戦中から無人島になったとされてきた尖閣諸島が、実際には戦後も、沖縄の漁師らの「生活の場」として利用されていた——。

 沖縄・伊良部島の漁師らの証言によると、尖閣諸島に滞在してカツオを加工したり、食糧を得るために野菜を植えたりしていたという。漁師らは「日本はこうした事実をもっと主張していくべきでは」と訴えている。

 「島中を歩いて流木を集めて薪を作った。水は苦くて飲めず、木々の多い魚釣島で水をくんでいた」。18歳で漁船「かもめ丸」の船員として尖閣に渡った奥原隆治さん(80)は振り返った。