平成21年5月に小野望美さん宛に母親の由美子さんが書いた手紙(一部画像を修正しています)(写真:産経新聞)

 東日本大震災後に移り住んだ借家は田に囲まれ、肌を切るような風が吹きつける。今年も、津波が母を奪ったあの春のように寒い。この2年で身長は7センチ伸びた。母が喜んでくれる娘になれているだろうか−。小さな心に問いかけている。

 《このてがみがとどいたとき のぞみはどんな子どもになっているでしょうか》

 丸っこい筆跡でつづられた母からの手紙が届いたのは、震災から半年後のことだった。「なぜ」。家族全員が首をひねった。

 望美さんの小学校入学時、母がランドセル会社のタイムレターの企画に応募し、千日後に娘へ届くようにしていた。当時の望美さんは母に甘えて、わがままばかり。けれど、母は受け止めてくれていた。

 《げんきに学校にいってくれるだけで おかあさんは、とてもあんしんしていました》

 その小学校も被災し、望美さんはいまだに中学校の校舎で授業を受けている。「小学校を建ててほしい」。望美さんは1月、亘理を訪れた安倍晋三首相(58)にこう頼んだ。

 安倍首相は震災直後、訪れた避難所で母を失いながら辛抱強く生活する望美さんに出会い、「夢」としたためた色紙を贈った。それから交流が続く。1月の所信表明でも望美さんに触れ、「過去を振り返るのではなく、将来への希望を伝えてくれたことに強く心を打たれた」と語っている。