キャリアの中で歴史の十字路に何度か立つことができた」と振り返った石原慎太郎氏  衆院選比例東京ブロックで落選した次世代の党・石原慎太郎最高顧問(82)が16日、東京都千代田区の日本記者クラブで会見し、政界引退を正式表明した。1968年の参院初当選から46年にわたる政治家人生に終止符を打った心境を「死ぬまで言いたいこと言って、人から憎まれて死にたい」と吐露するなど、最後まで“慎太郎節”を炸裂(さくれつ)させた。  足元を気にしながら、ヨロヨロと登壇する姿が引退の真実を物語っていた。冒頭、慎太郎氏は「50年以上も政治に携わって参りました(実際には初当選から46年)が、今度の選挙でああいう結果になって引退の決心を致しました」と思いを語った。  最高顧問として率いる次世代の党が19議席から2議席に減らす大惨敗を喫した衆院選から2日。自らも立候補したが、比例最下位での出馬は事実上の引退宣言だった。「仲間に対する最低限の義理は果たせました。落選という形で討ち死にするのも一つの宿命」と殊勝に語りつつ、敗因を問われると「党名が浸透しなかった。『新党富士』とか『新党ヤマト』が良かったけど、富士はリンゴがあって、ヤマトは『宇宙戦艦ヤマト』で重複するとかで」と笑った。  1968年に参院議員として政界入りして46年。歯に衣着せぬ物言いで物議を醸し続けてきたが、やはり最後まで慎太郎節を炸裂。中国メディアから「中国嫌いですか?」と問われると「嫌い!」と即答し「共産中国、好きな人はいない。あんたがたがチベットなくしたんだ!」とカミついた。