第33救難中隊の兵士を乗せ、被災地へと飛び立つHH60救難ヘリ=平成23年3月13日、沖縄県の米空軍嘉手納基地 (米空軍提供)(写真:産経新聞)

 沖縄県の米軍基地キャンプ・ハンセン(宜野座村(ぎのざそん)など)敷地内で今月5日、米軍ヘリコプターが墜落し乗員1人が死亡した事故。墜落したのは、東日本大震災の在日米軍の救援活動「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」で被災地を飛び回った救難部隊のヘリだった。殉職した同部隊所属の米軍兵士に対し、全国から哀悼の意を表するメッセージが在日米軍に次々寄せられている。

 事故では、米空軍嘉手納基地(同県嘉手納町など)の第33救難中隊で救難活動や医療搬送、災害対応に当たってきた救難ヘリ「HH60」が墜落し、マーク・スミス1等軍曹(30)が殉職した。

 「あなた方は日本の誇りです。お悔やみ申し上げます」。在日米軍司令部(東京都福生市)などによると、嘉手納基地には125通を超える哀悼のメールが寄せられ、司令部には短文投稿サイトのツイッターを通じて300を超えるメッセージが寄せられた。

 沖縄県内を中心に在日米軍に批判的な報道が目立つためか、「さまざまな報道があるが、日本人の中には在日米軍の皆さんに感謝している人もいます」と支援のメッセージもあったという。

 スミス1等軍曹が所属していた第33救難中隊は、震災直後から交通が寸断され孤立した地域や離島をヘリで飛び回り、支援の手がなかなか届いていなかった被災地に水や食料などを届けてきた。

 同部隊で通訳を務めた20代の女性兵士は、震災から3日たった3月14日夜、支援の手が回っていなかった宮城県南三陸町の介護老人保健施設の屋上に「200人SOS」の文字を見つけた。

 すぐに暗闇の中、空中でホバリングしたヘリからロープをつたって降下。各地で被災者との橋渡しを務め、今も被災地で感謝されている。