汚れた床をはがし、荒れ果てた自宅でこの先を考える飯野光夫さん=常総市三坂新田町で2015年10月3日午後2時39分、去石信一撮影

 「小貝川の洪水は何度も経験したが、鬼怒川の水足はこんなに速いものかと驚いた」。水害常襲地帯の茨城県常総市三坂新田町の農業、飯野光夫さん(87)は関東・東北豪雨を振り返る。この地域の人が警戒しているのは「暴れ川」と呼ばれる東側の小貝川だが、今回襲ったのは西側の鬼怒川。逃げる間もなく水かさが増し、印鑑一つも取り出すことができなかった。

 飯野さんが住む地域は小貝川と鬼怒川に挟まれ、両川の間隔は2~3キロ。水害と言えば小貝川で、1928(昭和3)年生まれの飯野さんが記憶する最も古い経験は38(同13)年。床上1.5メートルが浸水したという。その3年後も床上浸水。最近では86(同61)年だが、庭に水が入った程度だったという。

 地域住民は洪水の備えとして、数十センチ盛り土した上に自宅を建てているケースが多い。飯野さんも、86年の洪水の数年前に建てた現在の家を、庭より約50センチ高くしている。それでも今回は床上約1.5メートルが水に沈んだ。

 国土交通省によると、35(同10)年以来、小貝川の主な洪水は10回ある。平野を流れるため勾配がゆるく、水かさがゆっくり増して、引きにくい特徴がある。鬼怒川は上流に険しい山が多く、勾配も急で、雨が降ると増水のペースが早い。飯野さんは「小貝川はゆっくり水が来るので、大事なものを持ち出したり、高い所に置いたりする余裕がある。今回は水が来たと思ったら5分で身動きが取れなくなった」という。