明治29(1996)年の明治三陸地震、昭和三陸地震で2度も壊滅的被害を受けた田老は戦後、防潮堤に命を預ける選択をする。営々と築かれた防潮堤は高さ10メートル、総延長2・4キロ。「万里の長城」に守られた要塞都市、「防災の町」を自負することになる。だが、東日本大震災の津波は軽々と乗り越えた。  「だれもこの防潮堤を越えるとは思いませんよ。田老は大丈夫と、みんな安心していたのです」  地元の男性は自分もそうだったという。津波の様子を見るため、防潮堤に上り、流された人も多い。死者・行方不明者は200人近くに上った。  「町のあちこちに津波の碑や標識がありますが、だれもが昔話と思っていたのでしょうか。地震が起きたら高台に逃げるが『田老の掟(おきて)』だったはずですけどね」  ところどころ崩壊しているが、防潮堤はいまも海と陸を仕切り、悠然とそびえる。上から眺めるとその内側はほとんどが更地だ。時折、国道45号を車が横切る。万里の長城はいま、何を守っているのだろうか。