北朝鮮の拉致被害者に関する調査の経過(写真:産経新聞)

 日朝両政府で合意した拉致被害者に関する調査が、平成16年以来10年ぶりに始まる。北朝鮮は過去に5回、調査を約束したが、虚偽説明や実施されないこともあり、不誠実な対応に終始してきた。

 最初は9年11月。与党訪朝団に対し、北朝鮮側は拉致被害者について「日本人行方不明者」として調査することを約束したが、10年に「日本の求める(行方不明者)10人は1人も見つからなかった」と回答した。

 2回目は11年12月の日朝赤十字会談の席上で、再び「行方不明者」として北朝鮮捜査当局に調査を依頼することで合意。ところが、13年12月に、北朝鮮の朝鮮赤十字会は「わが国(北朝鮮)では『拉致』などありえず、あったこともない」として、調査を中止した。

 14年9月の日朝首脳会談が3回目だった。小泉純一郎首相(当時)と面会した金正日(キムジョンイル)総書記が日本人拉致を初めて認めたものの、日本側が安否について確認を求めた拉致被害者のうち8人について「死亡」と説明した。

 北朝鮮の説明は矛盾点が多いうえ、「証拠」として出してきた文書などに改竄(かいざん)された跡があったため、日本政府は再調査を要求。そして、16年5月に再び開かれた日朝首脳会談で、金総書記は白紙に戻しての再調査実施を明言し、4回目の約束を結ぶ。

 だが、その後3回にわたって開かれた日朝実務者協議でも従来の説明を覆すことはなく、11月の実務者協議では横田めぐみさん=拉致当時(13)=のものとする「遺骨」を提示。その後、日本側のDNA型鑑定で別人のものと判明し、日本政府は北朝鮮に厳重に抗議した。

 その後、20年8月の日朝実務者協議で再調査を行う委員会の立ち上げで合意したが、翌月に委員会発足の先送りを通告し、5回目の約束では調査すら行われなかった。