パラオへ出発される天皇、皇后両陛下=羽田空港で2015年4月8日午前11時16分、山本晋撮影

 「私は戦争のない時を知らないで育ちました」

 天皇陛下は、即位10年の記者会見で、幼い頃の記憶が日中戦争の導火線となった盧溝橋(ろこうきょう)事件が起きた3歳から始まり、戦火の中で子供時代を過ごしたと述べられた。終戦までの8年間は栃木・奥日光などへ疎開し、疎開先から列車で原宿駅に降り立った時、目の前に広がった一面の焼け野原が強烈な印象として残っていると話したこともある。

 日本人が忘れてはならない日として、陛下は終戦記念日、広島と長崎に原爆が投下された日とともに、国内で唯一地上戦となった沖縄戦が事実上終結した「沖縄慰霊の日」の四つを挙げる。そして、戦後60年時のサイパンや今回のパラオなど日本人が多数犠牲になった海外の地での慰霊は陛下にとって、長年の課題になっていた。

 「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」。羽田空港からの出発に当たり、陛下は、慰霊とともに自身がこだわってきた戦争の記憶を伝え続けることの重要さも語った。