サンゴを密漁中の中国漁船(手前)は黒煙をはきながら、海上保安庁の巡視船「するが」から逃走した=9日、小笠原諸島・父島南の領海内(大山文兄撮影)(写真:産経新聞)

 日本が領有権を持つ小さな島に中国漁船約200隻が押し寄せた。中には、領海侵犯を繰り返す船も出た。中国政府に必要な措置を求めても、らちが明かない。緊迫した状況の中で、中国・北京の日本大使館では大使と公使の2人が抜き差しならぬ会話を交わしていた。

 「こうなったら自衛艦の出動を要請するのもやむを得ないな…」

 「私もそう思います…」

 現実問題として自衛艦を投入することは難しいが、中国当局は日本大使館を盗聴しているはず。それを見越した日本の外交官が一芝居を打ったのだ。やり取りを盗聴していた中国政府は事態を深刻に受け止め、中国漁船は何の前触れもなく引き上げていった-。

 これは、中国漁船のサンゴ密漁問題で揺れる東京・小笠原諸島、伊豆諸島沖の話ではない。尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域で起きた昭和53年4月の出来事だった。当時、外務省中国課で尖閣問題担当を務めていた杉本信行・元上海総領事が著書『大地の咆哮』(PHP研究所)の中で、このエピソードを明かしている。

 この時は日中平和友好条約の締結交渉が大詰めを迎えており、自民党内で尖閣の帰属を明確にするよう求める声が上がっていた。これを受け、「中国側の強硬派が動いて、尖閣の領有権を主張する勢力を束ねた」というのが杉本氏の見立てだ。約200隻の漁船には、中国本土の海軍基地2カ所から無線で指示が下されていたという。