ef81hokutosei.way-nifty.com > 見守りたい被災地の子供たち

大震災5年5カ月 山下第二小学校新校舎完成
大震災被災時の1年生 統廃合乗り越え小学校卒業
震災5年 髪に宿るパパのぬくもり 津波にのまれた父、切れない思い出
震災5年 あの日生まれた命、小さな「お姉さん」
震災で被災の新校舎建材に寄せ書き 岩手県大槌町
津波被災地5年ぶり「最後」の運動会
福島の水族館で「海開き」
原発事故4年 川内中たった一人の入学式
石巻・門脇小を忘れない 校舎被災で焼失、統合前に閉校式
被災の子支援 仙台二華中生がプロジェクト
岩手に震災遺児の施設「陸前高田レインボーハウス」が完成
岩手、陸前高田市立小友小で震災後初のプール開き
原発避難解除で4年ぶり運動会 福島県田村市
福島・双葉町の小中学校が再開
東日本大震災 母兄が津波犠牲、妹「星の電飾見えるかな」
自作曲に3年の思い込め 津波で校舎失った釜石の中3生54人、卒業
卒業式の歌の練習に真剣に取り組む渡波小6年の児童たち
東日本大震災 天国の母へ「元気だよ」 石巻の15歳卒業
志賀原発 活断層判断の現地調査開始 原子炉建屋下の断層
大船渡の中学生・森田礼子さん「二つの震災を忘れずに」
東日本大震災 両親亡くした遺児ら5人 ミュージカル出演
故郷や学校のことなどを話し合う中で、笑顔を見せる佐藤希さん
東日本大震災 陸前高田の遺児、阪神被災地でミュージカル
震災被災小、桜の絵に囲まれ式典
川内小学校の広い校庭で虫を探す1年生の児童たち
海開きした福島県いわき市の四倉海水浴場で遊ぶ子どもたち
復元された「奇跡の一本松」記念式典で歌を披露する地元の保育園児たち
奇跡の一本松「復活」完成式典 陸前高田市
カニだよ!津波被害の浜で磯遊び3年ぶり 岩手・宮古
釜石で広々新園舎 福岡県から支援得て落成
福島・川内村の小学校で運動会
出雲大社で浪江町の「田植踊」披露
福島の田植え踊り、出雲大社に奉納
3年ぶり 校庭で運動会…南相馬の小学校
福島県広野町の広野小が3年ぶり運動会
東日本大震災 天国のママに届け…小4遺児、母の日も歌う
東日本大震災 小学生が心のケア「卒業式」 宮城・名取
「福島で子育てを」未来のために決断… 深刻な産婦人科医不足
長野県北部地震 3・12忘れない…栄村で復興イベント
東日本大震災2年 夢へ前進、友の分も 福島の女子高生
「南相馬ソーラー」の野菜工場で、レタスの種をまく小学生
東日本大震災2年 家族を失った男性 震災後に新しい命
東日本大震災2年 気仙沼「水を運ぶ少年」が夢を運ぶ捕手に
成長した2年 被災地の子供たちがメッセージ
東日本大震災 ママ見て、ほめて 石巻の10歳遺児
子どもたちの歓声が響く石巻市上釜ふれあい広場
浪江町立浪江小学校で行われた授業参観で歌う児童たち
仮設住宅に「こどもの家」
津波で亡くなった母への思いをつづった詩を朗読する阿部花澄さん
阪神大震災経験者が岩手の被災児招く「恩返ししたくて」
宮城の被災地で始業式
福島県川内村の川内小学校で終業式
「飯舘人だと堂々と言えるよう」子供たちにも強い望郷の念
天国のゆいちゃんへ届け はなちゃんの思い
東日本大震災 七五三の笑顔戻る…岩手
飯舘村の新小学生にランドセルの贈り物
宮城県名取市閖上湊神社で例祭と復興祈願祭
思い出にさよなら 解体前に校舎お別れ会
福島・川内村の小学校で運動会
再会のつどい
芝生グラウンド陸前高田にオープン
浪江町・子供綱引きチームが活動休止
震災遺児ミュージカルを共演
相馬市の子供たちがメキシコ訪問
宮城県で唯一の海開き 気仙沼
気仙沼で海開き
仮設校舎内で金房・鳩原小合同の終業式に臨む児童たち
福島のカブトムシ園が再開
ペップキッズ郡山、来館者20万人を突破
三陸鉄道田野畑駅で七夕祭り
仮設住宅でスポーツ大会
福島で屋外プール授業再開
米の漂着ボール、気仙中に戻る
ベラルーシの子供舞踊団
2年ぶり運動会福島の小学校、2年ぶり運動会
福島、屋外で小学校運動会
被災児童が熱気球体験
宮城県の被災小、統合
福島の小中学校入学式
綾里小入学式
苅野幼稚園の卒園式
ペップキッズ郡山
強く生きて
富岡第一小卒業式
大熊町立熊町小の5年生
「ありがとう」

<< 前 | トップページ | 次 >>

天国のゆいちゃんへ届け はなちゃんの思い

天国のゆいちゃんへ届け はなちゃんの思い

小さな手で一生懸命、思いを込めるようにメッセージを書いていく羽奈ちゃん。その姿を包み込むように、光が差し込んでいた =4日午後、宮城県山元町(写真:産経新聞)

 ■ひまわりのたね いっぱいもらったから こんどあげるね

 「ここに来れば会える…」。東日本大震災で大きな被害を出した宮城県山元町の沿岸部近く。この町に住む岩佐羽奈(はな)ちゃん(7)は毎週日曜日、通っていた幼稚園の献花台を訪れ、津波の犠牲になった親友の「ゆいちゃん」にメッセージを書き続けている。大震災は11日に1年8カ月を迎えるが、小さな心に友達への変わらぬ思いを抱き続けている。(写真報道局 大里直也)

 羽奈ちゃんとゆいちゃんは、家族ぐるみの付き合いで入園前からいつも一緒だった。周りに男の子が多い羽奈ちゃんには近所で女の子遊びができる唯一の友達。「ずっと仲良しでいるんだろうな」。周囲の大人はそう信じていた。

 が、笑って過ごす日々は一瞬で変わった。あの日、海岸から約1・5キロ内陸の幼稚園も津波が襲い園児8人、職員1人が犠牲に。ゆいちゃんは園庭の送迎バスに避難したが車両ごと濁流にのまれ、数日後、変わり果てた姿で見つかった。

 この時、羽奈ちゃんがいたのは海から離れた病院。予防接種を受けるため早退していた。いつも通りなら、ゆいちゃんと一緒にバスに乗っていたかもしれない。生死を分けたのは「単なる偶然」だった。

 幼稚園に献花台ができた昨夏以降、羽奈ちゃんは毎週、足を運んでいる。「年が年だから、どういうふうに受け止めているのか…」。父親の竜治さん(33)も、その小さな心のバランスを複雑な思いで見守る。

固定リンク