卒業式を迎えた中野美咲さん。友との別れに涙が流れた=宮城県石巻市で2014年3月8日午後3時17分、森田剛史撮影

 「もっと一緒にいたかった。でも最近は空からちゃんと見ててくれてるって信じているんだよ」。離婚で父の顔を知らずに育ち、大好きだった母を東日本大震災の津波で亡くした宮城県石巻市の中野美咲(みさき)さん(15)は8日、市立渡波(わたのは)中で卒業式を迎えた。仮設住宅から仮設校舎に通った3年間。「中学は楽しかったよ」。笑顔で母に報告した。

 震災11日後の2011年3月22日。私は、避難生活を送る小学生に欲しいものや困っていることを聞く取材で、避難所になっていた同市の渡波小体育館を訪ねた。「ママに『私は大丈夫です。連絡ください』と伝えて」。にっこり笑って答えてくれたのが同小6年の美咲さんだった。

 その日訪れた市役所で、遺体安置所に運ばれた人たちのリストを目にした。母喜子(よしこ)さん(当時33歳)の名前があった。市中心部で弟夫妻と買い物中に地震に遭った喜子さんは、車で帰宅する途中、同小から1.5キロの地点で津波に襲われていた。