災害

2017年4月24日 (月)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2226

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<関西電力>高裁決定受け 福井県と町に高浜原発再稼働説明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<九州道>被災の益城熊本空港-松橋 28日までに規制解除 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高速炉「常陽」、審査保留=申請出力、現状と一致せず―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高浜4号機、来月再稼働=3号機は6月に―関電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大分・別府温泉>湯を無料で全国の家庭へ 復興支援に感謝 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「一刻も早くお堂を再建したいが…」寺社の復旧進まず 補助に政教分離の壁も 熊本地震1年経てもなお - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発事故自主避難、8割超戻らず…県外で定着 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:玄海再稼働に知事同意を歓迎 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>年内にも再稼働へ 3、4号機 知事同意受け - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>県内外、やまない反対の声 佐賀知事再稼働同意 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発>除染労災隠し 元作業員が1次下請けを賠償提訴 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大飯原発は「審査不十分」=元規制委員、差し止め訴訟で―名古屋高裁支部 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発>県外自主避難者「帰還せず」8割 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発>3号機で「ミュー粒子」調査 5月から炉内を - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染土の再利用事業開始=福島で安全性検証―環境省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「おもちゃみたい」 近大研究炉の運転再開 田中俊一原子力規制委員長が皮肉ったワケ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佐賀県知事、玄海原発再稼働に同意…手続き完了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佐賀知事が再稼働同意=玄海原発、夏以降に―地元手続き終了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>被災地の頑張り、映画で 行定監督、続編完成 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<関西電力>高裁決定受け 福井県と町に高浜原発再稼働説明
毎日新聞 4/25(火) 21:39配信

 ◇4号機の5月中旬皮切りに

 関西電力は25日、高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止め仮処分を取り消した大阪高裁決定を受け、4号機を5月中旬、3号機を6月上旬に再稼働させる方針を福井県と高浜町に伝えた。西川一誠知事は「今後の準備作業で気を引き締めてほしい」と述べて了承した。同原発はクレーン転倒事故などトラブルも相次ぎ、関電の安全への姿勢も問われる中、司法判断で停止した2基が再び動き出す。

 福井県庁を訪れた関電の岩根茂樹社長は「運転再開が、原子力への信頼を得るための重要な段階であることを肝に銘じる」と再稼働への理解を求め、西川知事は「関電全体で情報を共有し、油断、不注意がないようにお願いしたい」と安全対策の徹底を求めた。

 一方、高浜町には関電の大塚茂樹・原子力事業本部副事業本部長が報告。野瀬豊町長は「しっかりと取り組んでほしい」と注文を付ける一方、再稼働への安堵(あんど)も示した。

 関電は再稼働に向け、4号機への燃料装着を今月中、3号機は5月中旬に行うと説明。ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料は4号機に4本、3号機には24本入れる予定という。

 一方、電気料金について岩根社長は報道陣に「営業運転に入った際にはできるだけ速やかに値下げをしたい」と説明。関電は4号機が6月中旬に営業運転に入るタイミングで電気料金の値下げを国に届け出て、7月にも値下げを実施したい考えだ。

 高浜3、4号機は新規制基準に合格後、2015年12月の知事同意を経て、それぞれ昨年1、2月に再稼働した。しかし、大津地裁が同3月に運転を差し止める仮処分を決定。関電は保全抗告し、大阪高裁が今年3月に地裁の仮処分決定を取り消していた。【岸川弘明、高橋一隆、大森治幸】


<九州道>被災の益城熊本空港-松橋 28日までに規制解除
毎日新聞 4/25(火) 18:26配信

 西日本高速道路は25日、熊本地震で被災した九州道の益城(ましき)熊本空港(熊本県益城町)-松橋(まつばせ)インターチェンジ(IC、同県宇城市)間約17キロで片側1車線にしていた車線規制を28日午後1時までに解除すると発表した。

 熊本地震による九州道の車線規制は全て解除される。同区間は地震で路面が波打つなどの被害が出ていた。昨年のゴールデンウイークは最長約10キロの渋滞があったが、今年は解消される見通しという。【中里顕】


高速炉「常陽」、審査保留=申請出力、現状と一致せず―規制委
時事通信 4/25(火) 18:23配信

 原子力規制委員会は25日、日本原子力研究開発機構の高速実験炉「常陽」(茨城県)の再稼働に必要な審査の初会合を開いた。

 常陽は熱出力140メガワットだが、原子力機構は同100メガワットでの運転を前提に申請しており、規制委は「出力は重要な前提条件。設備と整合するよう補正してほしい」と注文を付け審査を保留した。

 常陽は廃炉が決まった高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)の前段階に当たる実験炉。政府は常陽の再稼働で知見を得て、次期高速炉開発に役立てるとしている。

 1977年に運転を開始した常陽は、核燃料の構成を変えながら徐々に出力を増強。トラブルで停止した2007年まで、140メガワットで運転していた。

 東京電力福島第1原発事故を受けて改訂された防災指針では、熱出力100メガワットまでの研究炉の場合、重大事故に備え避難対策が必要な範囲が半径5キロ圏なのに対し、100メガワット超では同30キロ圏とされた。原子力機構は、周辺自治体との調整などで再稼働が遅れるのを避けるため、100メガワットを超えない運転を前提に申請した。

 規制委側は「出力は審査の大前提。100メガワットで申請するなら、燃料を含む設備を整合させるべきだ」と指摘。「出力が明確でないと、審査はできない」と保留した。原子力機構が想定した重大事故についても、「一番厳しい条件を選んでいない」と再考を求めた。


高浜4号機、来月再稼働=3号機は6月に―関電
時事通信 4/25(火) 18:18配信

 関西電力は25日、高浜原発3、4号機(福井県高浜町)を再稼働させる方針を同県に伝えた。

 4号機は5月中旬、3号機は6月上旬に原子炉を起動する予定。

 関電の岩根茂樹社長が同日、同県庁で西川一誠知事と面談し、方針を伝えた。終了後、西川知事は記者団に「運転開始の手続きを取っていただくということだ」と述べ、了承する考えを示した。

 高浜3、4号機は原子力規制委員会の審査に合格し、昨年1~2月に再稼働したが、大津地裁が同3月に運転差し止めを命じる仮処分決定を出し、停止している。大阪高裁は今年3月、運転差し止めを取り消し、再稼働を容認する決定を出していた。


<大分・別府温泉>湯を無料で全国の家庭へ 復興支援に感謝
毎日新聞 4/25(火) 17:07配信

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動画「別府温泉の恩返し」を撮影する長野市長(前列中央)ら別府市民=大分県別府市鉄輪の「おにやまホテル」で、大島透撮影

 熊本地震から1年を迎えた被災地の大分県別府市は25日、復興支援への感謝を伝えるため、全国の家庭の風呂へ別府温泉の湯を無料で届ける「別府温泉の恩返し事業」を始めた。

 温泉ならぬ“恩泉”の宅配には、お湯を入れる4トンまたは7トンの保温タンクを積んだ「恩泉トラック」を使用。方面ごとにコースを組み、各家庭まで届くよう全国を回る。「震災後に別府に宿泊した思い出」や「別府温泉へ寄せる思い」などを市のホームページ(HP)に寄せた応募者から市側が選考し、5月中に第1便を走らせる。宅配の予算は1400万円。用意する湯量は、銭湯の男女の浴槽を満たせる程度の8トン分を47都道府県に配れる規模という。ただし多くは各家庭に配る。

 約4分間のPR動画「別府温泉の恩返し」も作り、市のHPで公開を始めた。ユーモアがあり、ホロリとさせる「恩返し」の12パターンを市民110人が演じ、市内15カ所で3日間撮影した。震災による観光客の減少を食い止めようと、市が昨年6月に作った15秒の笑えるCM「別府温泉の男達」シリーズ14本(インターネットで公開中)の続編的な内容だ。

 市によると、震災で昨年のゴールデンウイークの宿泊者は前年比で33%減ったが、被災県の観光業を支援する割引旅行商品「九州ふっこう割」などの効果でお盆には4%減にまで戻し、年末年始は1%増に回復した。

 長野恭紘市長は「観光客の激減で一時は途方に暮れたが、ここまで回復した。今度は私たちからお湯の形で恩返しの元気を配りたい」と話している。【大島透】


「一刻も早くお堂を再建したいが…」寺社の復旧進まず 補助に政教分離の壁も 熊本地震1年経てもなお
西日本新聞 4/25(火) 10:25配信

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熊本地震で本堂などが全壊した専寿寺=昨年4月

築130年の本堂と庫裏、納骨堂が全壊
 熊本地震で被災した熊本県内の寺社で復旧が進んでいない。倒壊した楼門が国の重要文化財に指定されている阿蘇神社(阿蘇市)などを除き、檀家(だんか)や氏子も被災して寄付集めもままならない上、政教分離の原則で公的支援を受けられないためだ。地震から1年を経てもなお、対応の難しさが課題となっている。

 「プレハブは手狭で読経も響かない。一刻も早くお堂を再建したいが…」。益城町にある専寿寺の高千穂義静(ぎじょう)住職(72)はため息をつく。本震で築130年の本堂と庫裏、納骨堂が全壊。昨年12月にプレハブの仮本堂を建てた。

467寺のうち240カ所が被災
 再建の見込み額は約1億5千万円。地震保険や宗派の融資、自己資金を加えても大半は寄付に頼らざるを得ない。ただ、門徒約700軒の多くも被災し、仮設住宅や親類宅に身を寄せる。高千穂住職は「どこにいるか分からず、話し合いもできない状況」と戸惑う。

 専寿寺が属する浄土真宗本願寺派だけでも467寺のうち240カ所が被災。本堂全壊は21、大規模半壊は24。全国の宗派の寺を通じて集めた見舞金が200万~560万円ずつ分配されたが、再建が見通せない寺は少なくない。

中規模の神社で再建に3千万円以上
 神社も深刻だ。県神社庁によると、県内1360法人のうち約880法人が被災した。全壊34、半壊31。全国の神社から届いた義援金が100万~300万円ずつ分配されたものの、中規模の神社で再建に3千万円以上かかるという。

 こうした状況に県は、国の補助対象外の復旧を援助する復興基金に「地域コミュニティ施設復旧等再建支援」を追加。祭りなど地域共同体の維持活動に活用され、自治会などが主体の場合、神社の復旧に上限1千万円の補助を認めている。ただ、3月からの受け付けに対して申請は今のところ4件にとどまる。

 昨年12月には宗教法人の施設復旧に寄付する場合、所得税や法人税の減免が受けられる指定寄付制度も適用対象としたが、申請は5件のみだ。県神社庁の赤星出事務局長(57)は「氏子の生活再建が先。神社の再建は10年単位で考えなければ」と複雑な胸の内を明かす。

=2017/04/25付 西日本新聞朝刊=


原発事故自主避難、8割超戻らず…県外で定着
読売新聞 4/25(火) 9:54配信

 東京電力福島第一原発事故で福島県外へ自主避難している世帯の8割超が、県による住宅無償提供の終了後も帰還せず、県外避難を続けているとみられることが24日、県の調査で分かった。

 原発事故から6年余り。就労や子供の進学など新たな生活を始めている世帯が多く、避難先への定着が一層進んでいる。

 調査は避難指示区域外から自主的に避難している1万2239世帯が対象。福島県が住宅無償提供打ち切りを発表した2015年6月までに避難指示解除となった川内村東部の一部などの世帯も含まれている。今年3月末の打ち切りを前に、県が戸別訪問などを行い、4月以降どこで暮らすか意向を確認できた8744世帯についてまとめた。


玄海再稼働に知事同意を歓迎
ホウドウキョク 4/25(火) 7:58配信

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(写真:ホウドウキョク)

玄海原発再稼働への知事の同意を歓迎した。
24日、菅官房長官は「3、4号機の再稼働にあたり、知事の理解を得られたことは重要である。このように考えます」と述べた。
菅官房長官は、24日の記者会見で、佐賀県の山口知事が九州電力玄海原発3号機と4号機の再稼働に同意したことについて、「知事の理解を得られたことは重要だ」と評価した。
「九州電力が、安全確保を最優先することを期待したい」とも述べた。
周辺の自治体に、反対論があることについては、「国民の理解を得ることができるように、粘り強く進めていきたい」と述べた。


<玄海原発>年内にも再稼働へ 3、4号機 知事同意受け
毎日新聞 4/24(月) 23:15配信

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佐賀県の山口祥義知事が再稼働に同意した九州電力玄海原発の4号機(手前左)と3号機=本社ヘリから津村豊和撮影

 佐賀県の山口祥義(よしのり)知事は24日、記者会見を開き、九州電力玄海原発3、4号機(同県玄海町)の再稼働に同意した。知事は「再生可能エネルギーは安定供給に課題があり、一定程度、原発に頼らざるを得ない」と述べた。玄海町議会と町長、県議会に続き、知事が同意を表明したことで一連の地元手続きは終わり、玄海原発は年内にも再稼働する見通しとなった。

 山口知事は「県議会の決議などを総合的に勘案した」と説明。避難計画の作成が義務づけられている原発から30キロ圏内の佐賀、長崎、福岡の3県8市町のうち4市の市長が反対を表明するなど、再稼働に懸念の声が上がっている点について「不安があるのはむしろ当然で自然なこと」としつつ、「県民の理解も全体として得た」と主張した。

 玄海原発は東京電力福島第1原発事故後、全国最初の再稼働を目指したが、再稼働に関する県民説明番組で九電が関連会社員らに賛成意見の投稿を呼びかけた「やらせメール」問題が発覚。再稼働に向けた手続きは大幅に遅れたが、原子力規制委員会が今年1月、新規制基準に「合格」したことを示す審査書を決定した。これを受け、玄海町議会が2月、同町長が3月、県議会が今月13日、それぞれ再稼働に同意した。

 2013年7月の新規制基準施行後、立地県が再稼働に同意したのは▽九電川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)▽四国電力伊方原発3号機(愛媛県)▽関西電力高浜原発3、4号機(福井県)--に続き4例目。

 九電は年内の再稼働を目指すが、今後、原子炉設備の詳細設計をまとめた「工事計画」の審査や使用前検査などもあり、実際の再稼働時期は不透明だ。九電は「知事の判断を大変重く受け止めている。残りの審査に真摯(しんし)に取り組んでいく」とのコメントを発表した。【関東晋慈】


<玄海原発>県内外、やまない反対の声 佐賀知事再稼働同意
毎日新聞 4/24(月) 23:08配信

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佐賀県の山口祥義知事が再稼働に同意した九州電力玄海原発の4号機(手前)と3号機=本社ヘリから津村豊和撮影

 九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働を巡り、佐賀県の山口祥義(よしのり)知事が24日、地元としての最終判断を下した。記者会見で再稼働に同意した知事は「悩み抜いた上の結論」と理解を求めたが、長崎県壱岐市議会が同日、反対の意見書を採択するなど、県内外からの反対の声はやむことがない。

 「心の底から悩み抜き、熟慮に熟慮を重ねてまいりました」。佐賀市の県庁4階で午後3時に始まった記者会見。用意した紙を約35分かけて読み上げた知事は再三「熟慮」という言葉を繰り返し、「再生可能エネルギーが主役となる時代」まで「やむを得ない」という考えを強調した。

 一方で、知事が再稼働の条件に挙げていた「県民の理解が得られたか」についての具体的な説明は乏しかった。県内5カ所で実施した県民説明会や県へのメールなどで多くの反対意見が寄せられたが、知事は「県民と対話した皮膚感覚で、総合的に考えて理解を得られた」と強弁。「県民83万人全員が同じ方向に向くことは難しい」とも話した。

 知事の再稼働同意が近付くにつれて高まってきた周辺自治体からの反対の声は24日も上がり、島の南側が原発から30キロ圏内に入る離島の壱岐市議会は「市民からは安全性や避難に対する不安が払拭(ふっしょく)できないとの声が相次いでいる」とする意見書を全会一致で採択した。

 再稼働に反対する30キロ圏内の議会は長崎県平戸市、同松浦市に続き三つ目。この3市は市長も反対を表明しており、以前から反対している佐賀県伊万里市長を含め、30キロ圏内8市町の首長の半数を占める。

 この日、県庁1階の県民ホールには脱原発を訴える県内外の市民団体メンバーら約50人が山口知事に宛てた要求書を携えて詰め掛けた。知事が早口で話し続ける姿をテレビモニターで確認したメンバーからは「県民の命を預かる知事自身の責任はないのか」「理解は得られていない」といった批判の声が上がった。

 市民らは会見終了後、知事への面会を求めて知事室があるフロアまで押しかけたが県職員から拒まれた。佐賀市の市民団体代表、石丸初美さん(65)は「知事は就任当初から県民の声を聞くといいながら面会に応じない。批判の声に向き合ってほしい」と憤った。【関東晋慈、松尾雅也、浅野翔太郎】

 ◇「地元同意の範囲拡大を」求める声が噴出

 玄海原発の再稼働を巡っては、佐賀県と玄海町に事実上限定されている「地元同意」の範囲拡大を求める声が県境を越えて噴出している。

 全域が玄海原発から30キロ圏に入り、再稼働に反対する長崎県松浦市の友広郁洋市長は「30キロ圏内に緊急防護措置区域(UPZ)を設定するなら、それに沿った発言権や権限は一体的でないといけない。避難だけというのはバランスが取れていない」と指摘。避難計画の作成を義務付けられる一方で、意見が顧みられない現状に不満を示し「我々に発言権がないのが一番(の問題)。地元同意の中に入れてもらう制度にしてほしい」と訴える。

 これまでに再稼働が認められた九電川内原発(鹿児島)、四国電力伊方原発(愛媛)、関西電力高浜原発(福井)の場合も、立地自治体と立地県だけが同意の対象となった。だが実際は、地元同意手続きに法律上の明確な規定はない。国が2014年に策定したエネルギー基本計画に、原子力規制委員会の新規制基準に適合した場合「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう、取り組む」と書かれているだけだ。

 こうした実態も踏まえ、長崎県の中村法道知事は23日、資源エネルギー庁に、同意を求める範囲の明確化を含んだ申し入れ書を提出。佐賀県の山口知事も24日の会見で「他県の首長の思いをどう受け止めるか非常に悩んだ。原発政策を国の中で議論し、一つの選択肢として法制化もある」と述べ、国の関与を求めた。【浅野孝仁、石井尚】

 ◇「再稼働で財源は維持される」玄海町長、歓迎の意

 歳入の6割を交付金など玄海原発に依存する玄海町の岸本英雄町長(63)は「再稼働で財源は維持される」と歓迎の意を示した。ただ、笑顔はなく「(2011年12月に)全基が止まって5年4カ月は長く、その間経済は右往左往した。東日本大震災以前の水準まで回復してほしい」と期待した。

 町民の反応は賛否さまざまだ。町内で働く事務職の女性(45)は「原発が止まってから町の空気が重たくなった。動いたら人が来て経済も潤う」とほっとした表情を見せた。一方、民宿と飲食店を経営する溝上孝利さん(58)は「再稼働で経営が安心できるかといったらそ


<福島原発>除染労災隠し 元作業員が1次下請けを賠償提訴
毎日新聞 4/24(月) 22:46配信

 ◇1952万円支払い求めて横浜地裁川崎支部に

 環境省による東京電力福島第1原発周辺の除染事業で、作業中に事故に遭った元作業員の男性(49)が24日、1次下請けだった愛媛県の建設会社を相手取り、約1952万円の損害賠償の支払いを求めて横浜地裁川崎支部に提訴した。雇用主の2次下請け会社が倒産し、「1次下請け会社にも労災事故を把握し、安全に配慮する義務があった」などと主張している。

 訴状などによると、男性は2014年12月、福島県富岡町で鉄製のトラック荷台の一部が落下する事故に遭い、右足を骨折した。だが2次下請け会社は、事故現場から離れた資材置き場での事故だとする虚偽の労災保険の申請書を労働基準監督署に提出。男性にも「申請内容が事実だと証言すれば、休業分の日当を払う」と虚偽報告を求めたという。男性は「除染作業中の事故を隠すためだったのではないか」と指摘している。

 男性は、事故の後遺症で就業困難になった上、虚偽報告請求で精神的苦痛を受けたとして2次下請け会社に賠償を求めようとしたが、同社が破産手続きに入り、1次下請け会社への提訴を決めた。

 男性は提訴後に記者会見し、「多くの除染作業員が自分と同じように労災隠しにあっているはず。裁判で事実を明らかにする先陣を切りたい」と話した。1次下請け会社は「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。【国本愛】


大飯原発は「審査不十分」=元規制委員、差し止め訴訟で―名古屋高裁支部
時事通信 4/24(月) 19:58配信

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働差し止めを住民らが求めた訴訟の控訴審で、元原子力規制委員会委員長代理の島崎邦彦東京大名誉教授の証人尋問が24日、名古屋高裁金沢支部(内藤正之裁判長)であった。

 島崎氏は、再稼働の前提となる審査に事実上合格したとする規制委の判断について「必要な審査が行われていない」と批判した。

 証人尋問は住民側が申請していた。島崎氏は、規制委が審査で使った予測式「入倉・三宅式」では、想定される地震の揺れ(基準地震動)が過小評価される恐れがあると指摘。別の予測式での再計算をしないとした規制委の方針について「誤っている。入倉・三宅式を使う神経が分からない」と述べた。


<福島原発>県外自主避難者「帰還せず」8割
毎日新聞 4/24(月) 19:41配信

 東京電力福島第1原発事故で政府の避難指示が出ていない区域から避難した「自主避難者」らのうち、福島県外に避難している世帯の約8割が県内に戻らない意向を示したことが24日、県の調査で分かった。県は除染が進むなど「生活環境が整った」として3月末で住宅の無償提供を打ち切っている。県の担当者は「放射線への不安を抱えていたり、生活基盤が避難先に移ったりした人が多い」と分析している。

 調査は無償提供を受けていた1万2239世帯が対象で、県外に避難した5718世帯のうち4781世帯の意向を確認し、「避難先で生活を継続する」と答えた世帯が最多の78.2%を占めた。「避難先以外の県外で生活する」世帯も3.5%あり、「避難元に帰還する」世帯は18.3%にとどまった。

 一方、県内に避難している自主避難者らの場合、避難先での生活継続は23.6%で、帰還希望者が66.6%と多数となり、対照的な結果となった。

 内堀雅雄知事は24日の定例記者会見で「県外避難者は避難先で仕事に就いたり、子どもが就学したりするなど、生活が定着したことで避難継続を選択した方が多いのではないか。(帰還の判断は)避難者の意思を尊重するのが基本だが、できれば将来帰っていただけるよう、安心して暮らせる生活環境を作っていく」と話した。【土江洋範】


<福島原発>3号機で「ミュー粒子」調査 5月から炉内を
毎日新聞 4/24(月) 19:24配信

 東京電力は24日、福島第1原発3号機で、事故で溶け落ちた核燃料(溶融燃料)の位置を把握するため、物質を透過する性質がある素粒子「ミュー粒子」を使った炉内調査を来月から始めると発表した。3号機では初めてで、今後予定される溶融燃料の取り出し計画に活用する方針だ。

 事故を起こした3号機は、いまだ溶融燃料の位置がほとんど分かっていない。上空から降り注ぐミュー粒子は、密度の高い核燃料をほとんど通り抜けられないため、原子炉建屋を透視すると、溶融燃料の場所を把握できるとされる。調査には数カ月かかる見込み。

 1、2号機では既にミュー粒子調査を実施。1号機では大半の核燃料が原子炉圧力容器の底を抜け、2号機では大部分の核燃料が圧力容器の底に残っているとみられている。【柳楽未来】


汚染土の再利用事業開始=福島で安全性検証―環境省
時事通信 4/24(月) 18:54配信

 環境省は24日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た福島県内の汚染土を再利用するための実証事業を、同県南相馬市で開始した。

 汚染土から異物を取り除き、放射性物質の濃度を測定した上で、5月から試験的に盛り土を造って安全性を検証する。

 大型土のうを開封して約1000立方メートルの汚染土を出し、石や木の枝などを除去。放射性物質の濃度が高い土壌を取り除いた上で、盛り土しやすいよう水分などを調整する。盛り土を造った後は、空間線量などを継続して監視。安全性が確認されれば、道路の基盤材などに使う。


「おもちゃみたい」 近大研究炉の運転再開 田中俊一原子力規制委員長が皮肉ったワケ
産経新聞 4/24(月) 15:31配信

 近畿大が所有する試験研究用原子炉(大阪府東大阪市)が、運転再開を果たした。新規制基準に適合した教育・研究用原子炉としては初の運転再開で、大学関係者からは喜びの声が上がったが、定例会見で所感を求められた原子力規制委員会の田中俊一委員長は「おもちゃみたいな原子炉」などと皮肉った。普段の田中委員長からは想像できない発言だったが、あえて過激な発言をしてでも伝えたかった真意とは-。(社会部 蕎麦谷里志)

■3年2カ月ぶりの再開

 4月12日午後2時46分、教員が見守る中、学生が制御棒を抜くボタンを押し、原子炉を起動。約1時間後には最大出力の1ワットになり、核分裂が連続する臨界状態に達した。

 近畿大によると、同研究炉は昭和36年11月11日に初臨界に達し、日本初の大学原子炉として運転を開始したという。同大理工学部の実習で使われたほか、大阪大や名古屋大など他大学の学生のほか、外部の研究者にも門戸を開き、教育や研究の場を提供してきた。

 しかし、福島第1原発事故を受けて、新規制基準が施行されると、平成26年2月から停止した状態が続いていた。

 同大原子力研究所の伊藤哲夫所長は「原子力規制庁による検査に合格し、本日の原子炉運転実習を再開できることを大変うれしく思います」とするコメントを公表した。

■深刻な“原子力離れ”

 興味深かったのは、同日開かれた田中委員長の定例会見での発言だった。

 記者から、運転再開した所感を聞かれると「おもちゃみたいな原子炉なので、もっと速やかに動かせればよかった。新規制基準のハードルがいくらか高すぎた」と振り返った。

 田中委員長や近畿大によると、同原子炉の出力は小さいため、放射線量も低く、温度上昇もほとんど生じない。停止直後でもすぐに燃料を手で触ることが可能で、危険性は極めて低いのだという。

 田中委員長のあまりに意外な発言に多くの記者が驚く中、こう付け加えた。

 「ただ、古すぎますよね、原子炉が。本当に原子力利用を続けるのであれば、教育とか研究するインフラを整備する必要がある。そういう認識が正直言って文部科学省には欠けている」

 原発を今後も利用するのであれば、きちんと教育を受けた人材の輩出は不可欠となる。しかし、実際は東京電力福島第1原発事故以降、学生の“原子力離れ”は進んでいる。田中委員長は、こうした状況を危惧しており、人材を育成する上で、設備が整っていない教育現場の状況を、「おもちゃみたい」「古すぎる」と指摘することで伝えたかったのだ。

 実際、近畿大以外で原子炉を持つのは、京都大のみ。他大学で原子力を学ぶ学生が、原子炉の運転を実際に体験するには、近畿大や京都大、原子力研究開発機構が所有する研究炉を使わせてもらうしかないのだ。

■10~15年に1基は研究炉建設を

 学生の原子力離れは、就職面で特に顕著となっている。日本原子力産業協会の調べでは、原子力関連企業の就職合同説明会に参加した学生は、福島原発の事故前の平成22年度は1903人だったのに対し、事故後の23年度は496人にまで激減。その後も減少傾向は続いており、28年度は442人だった。

 原子力の知識を持った人材は、原発を動かさないとしても欠かすことはできない。福島第1原発はもちろん、使わなくなった原発の廃炉や核のごみの処理などを安全に進める上でも必要となるからだ。

 文科省にも危機感がないわけではない。27年には専門家による「原子力人材育成作業部会」を立ち上げ、昨年夏に中間取りまとめを公表。その中でも「原子力および関連事項に関する質の高い教育を行うことが期待される」と記されている。

 問題は今後、十分な予算が、教育現場に投じられるかだ。田中委員長は「人材育成には新しい研究炉を10年とか15年に1つぐらい造っていくことが一番いい。200~300億円あれば、立派なものができる。そういう予算がないかといったらそんなことはない」と指摘した上で、文科省の予算配分に注文を付けた。

 その上で「このままでいけば、どんどん人材はいなくなっていくと思う。安全上も問題だし、非常に困った状態になる」と、危機感をあらわにした。


佐賀県知事、玄海原発再稼働に同意…手続き完了
読売新聞 4/24(月) 15:24配信

 九州電力玄海原子力発電所3、4号機(佐賀県玄海町)について、佐賀県の山口祥義(よしのり)知事は24日、県庁で記者会見し、再稼働への同意を表明した。

 これで地元同意の手続きは完了した。2013年施行の新規制基準下で、立地自治体の同意がそろったのは、鹿児島、愛媛、福井3県に続き4か所目。原子力規制委員会の使用前検査などを経て、再稼働は秋以降になる見通し。

 山口知事は会見で「熟慮に熟慮を重ね、今回の再稼働については、原子力発電に頼らない社会を目指すという強い思いを持ちつつ、現状においてはやむを得ないと判断した」と述べた。

 同意した主な理由として▽3、4号機の安全性の確保▽九電全体で安全性や信頼性の向上に取り組む姿勢▽政府が避難計画の充実・強化に努めていくこと――などが確認できたとした。


佐賀知事が再稼働同意=玄海原発、夏以降に―地元手続き終了
時事通信 4/24(月) 15:13配信

 佐賀県の山口祥義知事は24日午後、県庁で記者会見し、九州電力玄海原発3、4号機(同県玄海町)の再稼働について「非常に重い判断で、熟慮に熟慮を重ねた。原発に頼らない社会を目指すという強い思いを持ちつつ、現状ではやむを得ない」と述べ、同意を表明した。

 玄海町長と町議会、県議会は既に容認しており、地元の同意手続きは終了した。3、4号機は原子力規制委員会で残り二つの認可を得た後、使用前検査を受ける必要があり、再稼働は早くても夏以降の見通し。

 県知事が再稼働に同意したのは、鹿児島、愛媛、福井に続き4カ所目。九電では運転中の川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)に続き、2カ所目になる。

 会見で知事は、原発周辺地域以外も含む県内計5カ所で国などによる説明会を開催したことや、県内全ての市町長から再稼働についての意見を聴いたことなどを県独自の取り組みとして挙げ、「丁寧かつ慎重に検討を進めてきた」と強調。「再生可能エネルギーは安定供給に課題がある。一定程度は原発に頼らざるを得ない」などと説明した。


<熊本地震>被災地の頑張り、映画で 行定監督、続編完成
毎日新聞 4/24(月) 13:16配信

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「うつくしいひと サバ?」の1シーン。地震で倒壊した家屋もスクリーンに映し出される=(C)2017 SSTF

 熊本地震からの復興途上にある被災地が舞台の短編映画「うつくしいひと サバ?」が完成した。地震前の熊本の美しい風景が収められ、地元で異例のロングラン上映された短編映画「うつくしいひと」の続編。今夏から全国で上映される予定で、前作に続いてメガホンを取った熊本市出身の行定勲(ゆきさだ・いさお)監督(48)は「熊本が頑張っている姿を未来に残したかった。日本ではどこで地震が起きるか分からず、全国の人たちにシンパシーを感じてもらえるはずだ」と話す。

 行定監督は地震後の昨年6月、両親が住む南阿蘇村で崩落した阿蘇大橋を見た際、被災前の姿が思い出せないことにショックを受けた。「変わりゆくこの風景を撮らなければ、取り返しがつかなくなる」と被災地が舞台の続編の製作を決めた。

 前作に続いて出演者には高良健吾さんら県出身の俳優陣を中心に起用し、同10月から1週間かけて撮影。多くの家屋が倒壊した益城(ましき)町や屋根瓦が落ちた熊本城、崩落した阿蘇大橋などを舞台に、被災地で亡き妻の家族を捜すフランス人男性を助ける探偵の活躍を描いた。タイトルに加えた「サバ?」はフランス語で「元気?」「大丈夫?」を意味し、熊本へのエールを込めた。

 前作は熊本地震の前に完成したため、被災していない熊本城や阿蘇の草千里などを記録していた。地震後に熊本市の映画館で上映されると連日満席となった他、全国各地でチャリティー上映会が開かれて義援金が集まるなど復興を目指す県民を励ます映画になった。

 今月7日に益城町であった続編の試写会では招待客の町民約500人が観賞。行定監督は「被災地の前向きな部分も後ろ向きな部分も全て入っている。映画を通じて熊本との距離を縮めてほしい」。高良さんは「熊本の今を残したかった。全国の人に熊本をすてきだと思ってもらえたらうれしい」と語った。

 スクリーンに映し出された古里の姿を見た同町の会社員、岩下美紀さん(47)は「涙が出た。当たり前だった日常に感謝できる気持ちに気付いた。下を見たり、後ろを振り返ったりする日々だったが、勇気が出た」。自宅が全壊したという同町の看護師、石川美和さん(47)は「ぜひ復興した熊本の姿を映した第3弾を製作してほしい」と話した。【佐野格】

2017年4月19日 (水)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2225

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:ブルーインパルスが熊本にエール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ブルーインパルス>熊本城上空を展示飛行 6万人が歓声 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・飯舘村>笑顔満開 桜を楽しむ花見会 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:廃炉研究の拠点完成=福島・富岡町に―原子力機構 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>自宅再建に高い「壁」 土砂災害特別警戒区域 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>「知事は国の言いなり」経産相訪問に県民ら抗議 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【熊本地震1年(中)】  観光地、復興ほど遠く... 阿蘇・草千里は閑散、熊本城修理に20年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>世耕経産相が視察 佐賀知事と会談へ 稼働巡り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<釜石津波訴訟>原告控訴へ「162人の命の重み考えて」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福井県>反原発活動中止要請 県庁近く「通行の妨げ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「原発いじめ」教育長らの処分発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<飯舘村>ゆるキャラ「イイタネちゃん」で復興アピール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:島根原発1号機も配管に穴=空調用の87カ所に―中国電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「命の重み考えていない」=原告遺族ら、判決を批判―東日本大震災訴訟 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<釜石津波訴訟>市の過失否定 賠償請求棄却 盛岡地裁判決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発避難いじめ、元校長ら処分…横浜市教委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【熊本地震1年(上)】  「仮設」暮らしの先に... 故郷を去るのか、戻るのか - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波で防災センター避難、遺族の賠償請求棄却 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発いじめ、職員ら処分=教育長は厳重注意―横浜市教委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波避難訴訟、遺族敗訴=釜石市の賠償責任認めず―防災センター犠牲めぐり盛岡地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本城>天守閣3カ所、解体して造り直し 損傷激しく - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>追体験を 東海大阿蘇学生が語り部ツアー - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「何もこんな日に、と思わせちゃいけない」震度6弱、宿泊客は満室1800人 一人もけが人を出さなかった別府のホテル - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:茨城県北部で、震度4の地震2回 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<地震>茨城県北部で震度4 津波の心配なし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:〔地震〕茨城県日立市・高萩市で震度4、津波の心配なし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:茨城で2回震度4 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:茨城県北部で震度4の地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<地震>茨城県日立市で震度4 津波の心配なし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:〔地震〕茨城県日立市で震度4、津波の心配なし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東電社長>新潟県知事に謝罪 柏崎刈羽の免震棟問題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<釜石津波訴訟>21日判決 避難場所の周知、争点に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発5基の廃炉計画を認可 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:柏崎刈羽 耐震不足で報告書 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

ブルーインパルスが熊本にエール
ホウドウキョク 4/24(月) 7:36配信

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(写真:ホウドウキョク)

航空自衛隊のブルーインパルスが、アクロバット飛行で被災地にエールを送った。
地震からの復興支援のため実現した、ブルーインパルスの熊本での展示飛行。
メイン会場の熊本城二の丸広場には、およそ6万人の観客が集まった。
熊本での飛行は、熊本城築城400年の祝賀式典以来、実に10年ぶり。
披露された7種類のパフォーマンスの中には、復興への思いを込めた「不死鳥・フェニックスローパス」と呼ばれる演技も盛り込まれた。
ブルーインパルスは、地震で甚大な被害を受けた益城町のほか、西原村や南阿蘇村の上空も飛行し、被災地・熊本に空からエールを送った。

テレビ熊本/FNN


<ブルーインパルス>熊本城上空を展示飛行 6万人が歓声
毎日新聞 4/23(日) 21:32配信

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地震からの復興を祈念しての飛行で、熊本城上空に円を描くブルーインパルス=熊本市中央区で2017年4月23日午前11時21分、津村豊和撮影

 航空自衛隊の曲技飛行隊「ブルーインパルス」が23日、熊本城(熊本市中央区)の上空を展示飛行した。熊本地震で被災した熊本城の現状などを全国に伝える目的。6機が約30分間にわたって円やハート形などの航跡を快晴の空に描くと、熊本城二の丸広場に集まった約6万人から歓声が上がった。

【写真】地震復興を祈念して熊本城上空を飛行するブルーインパルス

 家族4人で観覧した熊本市北区の松本晃典(あきのり)さん(31)は、熊本地震で勤務先の病院が被災して別の病院に職場を移らざるを得なかったといい「ブルーインパルスが復興への力をくれた」と話した。

 ブルーインパルスが所属する松島基地(宮城県)は東日本大震災で被害を受けたが、同隊は九州新幹線全線開業イベントのため九州に移動していて被災を免れた。熊本県での展示飛行は、熊本城築城400年で祝賀飛行した2007年4月以来10年ぶり。【中山裕司】


<福島・飯舘村>笑顔満開 桜を楽しむ花見会
毎日新聞 4/23(日) 21:00配信

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飯舘村の大部分で避難指示が解除されたのを祝って、紅白餅や菓子を投げて振る舞う村民ら=福島県飯舘村伊丹沢で2017年4月23日午前11時56分ごろ、尾崎修二撮影

 福島第1原発事故の避難指示が3月末に大部分で解除された福島県飯舘村で23日、約3000本の桜を楽しむ花見会があった。住民や県外ボランティアら約100人が餅まきなどで春を満喫した。

 桜は、村で農業を営んでいた会田(あいた)征男さん(72)が20年前から自宅近くの畑や道沿いに植樹してきた。原発事故後は全国から苗木が寄せられ、ボランティアらが植樹や草刈りを手伝った。

 村への帰還者は1割に満たないが、避難先から桜の手入れに通う会田さんは「飯舘に花見の名所を」との夢を諦めていない。5分咲きの桜に包まれながら、みんなの笑顔は満開になった。【尾崎修二】


廃炉研究の拠点完成=福島・富岡町に―原子力機構
時事通信 4/23(日) 19:20配信

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廃炉国際共同研究センターの小川徹センター長。後方は完成した国際共同研究棟=23日午後、福島県富岡町

 東京電力福島第1原発の廃炉に必要な研究開発や人材育成の拠点として、日本原子力研究開発機構の廃炉国際共同研究センター「国際共同研究棟」が福島県富岡町に完成し、開所式が23日行われた。

 東電は事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)を取り出すため状況把握を急いでいるが、原子炉内は放射線量が非常に高く、作業は難航している。

 完成した国際共同研究棟では、デブリにレーザーを照射して成分を調べる技術を開発したり、核燃料と制御棒を溶かす模擬実験で事故過程を推定したりして課題の解決を目指す。

 同センターは昨年4月、楢葉町で「楢葉遠隔技術開発センター」の本格運用を開始。大熊町には放射性物質を分析する「大熊分析・研究センター」を建設中。

 廃炉国際共同研究センターの小川徹センター長(元長岡技術科学大教授)は「福島第1原発に近く、現場の情報にすぐアクセスできる。溶融金属の分析は冶金(やきん)学、ロボットの放射線対策は半導体など、さまざまな分野の専門家と一緒に研究を進める」と報道陣に説明。「国内外の研究者や学生による会議を年5、6回開きたい。若い人に素晴らしいアイデアを出してほしい」と話した。


<熊本地震>自宅再建に高い「壁」 土砂災害特別警戒区域
毎日新聞 4/23(日) 11:30配信

 熊本地震の被災地・熊本県で、土砂災害防止法に基づく特別警戒区域(レッドゾーン)内で損壊した自宅の再建が困難な被災者が出ている。再建には、土砂災害を想定したコンクリート壁の設置などが同法などによって義務づけられ、多額の費用が必要になるからだ。被災者からは「このままでは自宅を再建できない」と行政の支援を求める声が上がる。

 ◇被災の阿蘇市 対策義務費用かさみ

 昨年4月16日の本震による土砂災害は熊本県の阿蘇地域などで多発した。約100世帯が暮らす阿蘇市の的石(まといし)地区は、約半数の住宅が特別警戒区域の中にある。区長の山本直樹さん(67)の自宅は本震で基礎が傾き、取り壊しを余儀なくされた。

 自宅を建てたのは2001年の法施行前だったのでコンクリート壁を設置しなかった。今回再建する場合、災害時に想定される土砂流入量などから高さ数メートルの壁が必要とされ、その設置費用だけで数百万円が見込まれる。更地になった自宅跡を見ながら、山本さんは「とても家は造れない」とため息をついた。現在、市内のみなし仮設住宅に家族5人で暮らしている。

 的石地区の林業、家入(いえいり)年也さん(58)の自宅も本震で崩れ「全壊」と認定された。大雨が降ると背後の山から大きな石などが集落近くに落ちてくるため、「また大きな地震があったらどうなるか分からない」と不安は尽きない。それでも自宅を取り壊して再建するのは資金的に苦しいため、修復にとどめることに決めた。現在は市内の仮設住宅で80代の両親と暮らすが、修復工事が終われば自宅に戻る。

 熊本県によると、熊本地震によって特別警戒区域内で損壊(半壊以上)した住宅は阿蘇地域などで推計約1000戸にのぼる。県は特別警戒区域から移転する住民には最高300万円を補助する制度を設けているが、区域内での再建費用に対する補助はない。

 的石地区では、少なくとも3世帯が自宅の再建をあきらめて地区を出た。区長の山本さんは「行政になんとかしてほしい」と焦りを募らせる。阿蘇市は昨年12月に特別警戒区域内の被災者に対する財政支援の拡充を県に要望したが、県砂防課は「財源には限りがあり、支援できるかは検討中だ」としている。【蓬田正志】

 【ことば】土砂災害警戒区域

 急傾斜地の崩壊、土石流、地滑りの恐れがある地域について、土砂災害防止法に基づき都道府県が指定する。特にリスクの高い地域は特別警戒区域に指定され、新たな建築には規制がかかる。熊本県によると、県内の警戒区域は3月末現在で1万9626カ所あり、このうち1万8256カ所が特別警戒区域に指定されている。


<玄海原発>「知事は国の言いなり」経産相訪問に県民ら抗議
毎日新聞 4/23(日) 10:43配信

 九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働を巡り、世耕弘成経済産業相が22日佐賀県を訪れ、山口祥義知事が提示していた同意判断までの手続きが終わった。山口知事は安全対策など国の責任を確認したとするが、県民からは「国は助けてくれない」と批判が上がった。【松尾雅也、関東晋慈】

 世耕氏は午前、九電の瓜生道明社長らの案内で玄海原発を視察した。原子炉格納容器が破損した際の放射性物質の拡散対策などの説明を受けた。

 世耕氏は午後、佐賀県庁に移動。正面玄関前では再稼働に反対する県内外の市民団体らが詰め掛け「山口知事は県民の声を聞け!」などと抗議の声を上げた。世耕氏を乗せた車が正門に入ると「再稼働反対」「大臣帰れ」と連呼した。福岡県久留米市の元高校教諭、堤静雄さん(70)は「福島の事故を経験し、世論調査では原発に否定的な意見が半数を超え、再稼働を容認した県議会の決議とねじれている」と批判した。

 山口知事と世耕氏の面談は公開で約30分間行われた。世耕氏は、山口知事から要請されていた5項目について、核燃料サイクルなど原子力政策を国が責任を持って進める▽原子力災害対策の改善強化▽県民説明会での丁寧な対応▽立地地域の経済振興▽再生可能エネルギーの導入促進--などを回答した。

 山口知事は改めて6項目を要請。原発の安全性の規制強化▽使用済み核燃料などバックエンド対策▽再生可能エネルギーなど原子力に依存しない経済社会構造の確立▽県民の理解を得る取り組み▽原子力災害対策の継続的見直し▽立地地域の振興対策--を挙げた。面談後は「国として責任を持って取り組む強い決意の言葉をいただいた」と評価した。

 首長ら再稼働反対の声がある中での地元同意の手続きについて、山口知事は「非常に分かりにくい」と明確化を提言。世耕氏は面談後の会見で「一律に法律で縛るより地域の状況に合わせて対応した方が良い」と法制化を否定した。

 県庁前で抗議した佐賀市の無職、野口佳代子さん(62)は「福島を見れば国は被災者を助けていない。山口知事は国の言うままに同意すれば、県民に向き合っているとは言えない」と憤った。


【熊本地震1年(中)】  観光地、復興ほど遠く... 阿蘇・草千里は閑散、熊本城修理に20年
J-CASTニュース 4/22(土) 14:00配信

 熊本県内有数の観光地、阿蘇は1年前の地震で大打撃を受けた。熊本市内につながる国道57号は大規模な地滑りで寸断され、阿蘇大橋崩落もあって阿蘇へ向かうには大幅に遠回りせざるを得ない。JR豊肥線も、不通区間の復旧には時間がかかる。

【写真】火口見学のためのロープウエーは運休中

 春から初夏のこの時期、本来なら阿蘇山の雄大な風景を見に訪れる観光客が増える時期だ。休日に訪れた記者は、厳しい現実を目にした。

■中岳ロープウエーは運休中

 熊本市内から「九州横断バス」で阿蘇に向かった。最初の目的地はJR阿蘇駅。本来なら直接、草千里や阿蘇中岳火口にアクセスするロープウエーの駅まで行けるはずだが、現在は中断中。しかも国道57号に不通区間があるため、JR肥後大津駅を過ぎた後に「ミルクロード」と呼ばれるう回路を通る。ただでさえ時間がかかるうえ多くの車両がこの道を通るので、しばしば渋滞が起きる。記者が乗ったバスも30分近く遅れて到着した。

 阿蘇駅で路線バスに乗り換える。乗客は外国人観光客5人を含め10人もいない。20分ほどで草千里やロープウエーの駅がある終点「阿蘇山西駅」に行ける。山登りの道で頻繁に工事をしており、時折1車線に制限されていて対向車を待つこともあった。ところどころに「地震で崩れた道路を舗装しています」という看板が立つ。

 草千里は有名な観光地だが、下車する客はゼロ。外を見ると駐車場はガラガラで、草千里を巡る観光用の馬はつながれたまま、所在ない様子だ。終点に到着すると、ここも駐車場は車がまばらで、マイカーで訪れている観光客も少なく土産物店は閑散としていた。

 売店の店員は「地震の前まではお客さん、いっぱいだったんですけど...」と渋い表情だ。大きな原因のひとつに、道路事情を挙げた。地震による国道57号の寸断が、熊本市内からのアクセスに大きく影響している。県道111号(阿蘇吉田線)で阿蘇山に南から向かうルートや、西側につながる県道298号(阿蘇公園下野線)も通行止めが続き、車の利用者には障害となっている。

 もうひとつ、火山活動の影響で中岳火口へ行くロープウエーが現在運休中なのだ。阿蘇山の噴火警戒レベルは2017年2月7日に「1」に引き下げられ、平常時に戻ったが、ロープウエーを再開させるには整備が必要で、4月21日現在、動かせない状態となっている。

 1時間ほど滞在して、記者は阿蘇駅に戻るバスに乗り込んだ。乗客は「行き」の時とほとんど同じ顔触れだ。これを逃すとあと3時間ほど待たねばならない。火口を見物できず、もう十分と判断した人が多かったのだろうか。

  「震災前は、中国や韓国からの観光客でいっぱいで、1台のバスに乗り切れず臨時便を出したんですよ」

 バスの運転手はこう明かした。

 短時間の滞在だったが地震は起きず、危険を感じることは一切なかった。ただ、ゴールデンウィークに客足がどこまで戻るか、先行きは不透明だ。

阿蘇神社では修復費用の募金の張り紙が
 その後、阿蘇駅からJR豊肥線の電車に乗り、2つ目の宮地駅で降りて、地震で倒壊した阿蘇神社に足を運んだ。こちらは、参拝客の数は多かった。国の重要文化財に指定されている楼門をはじめ6棟が地震で倒壊した。すでに解体された建造物もあるが、楼門は修復のため全体が大きなカバーに覆われていた。参拝路には、震災直後の建物の様子を写した写真が何枚も張られており、痛々しさが伝わってくる。

 案内所で話を聞くと、楼門の再建は手作業で進められており、少なくとも7年はかかるだろうという。境内では数か所で、修復費用の募金を呼びかける張り紙があった。

 別の日、やはり地震で被災した熊本市内にある熊本城にも行ってみた。現在、城に近づいて中に入ることはできない。遠巻きに眺めようと二の丸公園から、加藤清正をまつった加藤神社まで歩いた。天守閣付近には鉄骨が組まれ、大型のクレーン車も見える。崩れた石垣の修復のため、ひとつひとつの石に番号が振られて並べられていた。今後、時間をかけて積み上げられていくようだ。

 熊本市は、熊本城の修理が完了するには20年かかるとしている。


<玄海原発>世耕経産相が視察 佐賀知事と会談へ 稼働巡り
毎日新聞 4/22(土) 11:51配信

 九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働を巡り、世耕弘成経済産業相が22日、同原発を視察した。佐賀県の山口祥義(よしのり)知事が再稼働を容認するか判断するにあたって世耕経産相に安全対策確認のための視察と、面談を要請していた。

 世耕氏は午前11時過ぎから、原発敷地内で原子炉の冷却に使う移動式大容量ポンプ車や中央制御室などを視察。午後からは公開で30分程度、山口知事と面談する。

 山口知事は再稼働判断の前提としていた手続きを終えることになり、来週にも再稼働同意を表明するとみられる。【関東晋慈】


<釜石津波訴訟>原告控訴へ「162人の命の重み考えて」
毎日新聞 4/21(金) 21:39配信

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東日本大震災の際、多くの住民が避難し犠牲になった鵜住居地区防災センター=岩手県釜石市で2011年3月28日、須賀川理撮影

 東日本大震災の津波で住民ら162人が犠牲になったとされる岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターを巡り、女性2人の遺族が市に計約1億8400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、盛岡地裁は21日、請求を棄却した。市が震災前、センターが正しい避難場所ではないことを十分周知していたかが最大の争点だったが、小川理津子裁判長(中村恭裁判長代読)は「市が住民を誤解させたとは言えない」として市の過失を否定した。

        ◇

 請求棄却が言い渡されると、犠牲になった幼稚園臨時職員の女性の父は法廷で天を仰ぎ、母と夫はじっと裁判長を見据えた。「亡くなった162人の命の重みを考えない不当な判決だ」。判決後、3人は代理人を通じてコメントを出した。3人は控訴する方針。

 盛岡市内で記者会見した遺族側の上山直也弁護士は「到底承服しがたい。証拠を精査することもなく、こちらの主張を一方的に排斥した」と批判。学識者らの調査委員会報告が市の行政責任を認めていたことを挙げ「200人近く避難しているのに、『住民に誤解させなかった』というのは常識的に考えてありえない。有識者や弁護士らの知見と聞き取りに基づく事実が、こうも簡単に否定されていることは怒りを覚える」と憤った。

 一方、釜石市の野田武則市長も盛岡市内で記者会見し「主張は認められたが、センターで多くの方々が亡くなったのは事実。今から見るとさまざまな対応のまずさがあった。二度と悲劇を繰り返さないよう街づくりを進めたい」と述べた。ただ「3月11日より前の状況では、(巨大津波を)想定するのは非常に難しかった」と話し、法的責任はないとの見解を改めて強調した。【小鍜冶孝志、佐藤慶】

 ◇今後は責任免れない

 米村滋人・東大大学院准教授(民法)の話 判決は、釜石市が住民に避難場所を誤解させたかどうかが証明されていないとして請求を棄却しており、市の対応に問題があったかどうかには触れていない。ただし、巨大津波を経験していない震災前の認識に基づいて法的責任の有無を判断しているので、今後同じようなことがあれば行政の責任は免れないだろう。自治体には避難場所周知に万全の対策が求められる。同時に、住民側もしっかりと確認することが必要だ。


<福井県>反原発活動中止要請 県庁近く「通行の妨げ」
毎日新聞 4/21(金) 21:31配信

 福井県が、県庁近くの歩道で反原発アピールを行う市民らに活動自粛を求める文書を手渡していたことが21日、分かった。県公安委員会の許可を得ており、県内の反原発3団体は「市民活動の自由を妨げるものだ」として同日、公開質問状を県に提出した。

 団体によると、有志が平日昼と金曜夜に県庁前の歩道で通行者らに反原発を呼びかけている。3月31日の活動後、県財産活用推進課の課長(当時)らが文書を持ってきた。

 文書では、自粛要請の理由について「通行の妨げになる」「音量が大きく不快」などの苦情が県に寄せられているため、としている。同課の大川淳一郎・課長は「あくまでお願いで、(自粛要請は)問題ない」と述べた。

 多くの原発関連施設が立地する茨城県東海村の村上達也・元村長(74)は「福井県の行動は、首長経験者として残念だ。表現や集会の自由を保障した憲法上も問題があり、行政の横暴だ」と話している。【岸川弘明、高橋一隆】


「原発いじめ」教育長らの処分発表
ホウドウキョク 4/21(金) 21:29配信

福島第1原発事故で、避難してきた児童がいじめを受けていた問題で、神奈川・横浜市は、教育長に対する処分を発表した。
また、市の教育委員会は、当時の学校教育事務所長を戒告処分とするなどした。
横浜市の林 文子市長は21日、原発事故で避難してきた児童が、いじめを受けるなどした問題で、適切な対応をとらず、学校・教育行政全体の管理監督者として、組織マネジメントが不十分だったとして、岡田優子教育長を文書による厳重注意処分にした。
また、市の教育委員会は、当時の学校教育事務所長2人を戒告処分とし、当時の校長に対しては、退職していることを理由に、戒告相当とするなど、6人を処分した。
処分を受け、岡田教育長は「再発防止策を着実に実施し、組織力の向上や、教師の指導力の向上に取り組む」としている。


<飯舘村>ゆるキャラ「イイタネちゃん」で復興アピール
毎日新聞 4/21(金) 21:13配信

 3月末に福島第1原発事故の避難指示が大部分で解除された福島県飯舘村が21日、植物の種をイメージした「イイタネちゃん」を村のPRキャラクターに決めたと発表。夏に着ぐるみも披露する。

 3年前、小学生が模擬議会で「村のゆるキャラを作って」と提案したのがきっかけ。広告代理店による複数案から、子どもたちの投票結果を考慮して、村名と「種」をかけた名前のキャラを村が選んだ。

 芽吹いた葉をプロペラに空を飛び、笑顔や愛の種を振りまく--。村への帰還者は1割に満たないが、菅野典雄村長は「子どもたちの提案で生まれた種が、復興の花を咲かせますように」。【宮崎稔樹】


島根原発1号機も配管に穴=空調用の87カ所に―中国電
時事通信 4/21(金) 20:00配信

 中国電力は21日、島根原発1号機(松江市)の中央制御室の換気に使う空調配管の87カ所で腐食による穴が見つかったと発表した。

 環境に影響はないという。

 同原発2号機で昨年12月、空調配管に穴が見つかり、原子力規制委員会は今年1月、全国の原発に配管の点検を指示。中国電が1号機も調べていた。

 中国電によると、1号機で見つかった穴は最大で直径約8ミリ。最後に点検した2008年1月には発見されていなかったという。

 1号機は廃炉が決まっており、15年4月に営業運転を終了し現在は停止している。


「命の重み考えていない」=原告遺族ら、判決を批判―東日本大震災訴訟
時事通信 4/21(金) 19:50配信

 岩手県釜石市の鵜住居地区防災センターでの津波被害をめぐる訴訟で、市への賠償請求を退けた21日の盛岡地裁判決を受け、原告の遺族側は記者会見し、「許し難い判決」と批判した。

 同センターでの犠牲者数について、市の調査委員会は200人以上と推計し、市はその後の調査で推定162人としている。

 市立幼稚園の臨時職員だった女性=当時(31)=の遺族は、「主張が一切認められなかった。亡くなった162人の命の重みを考えない不当な判決だ」とするコメントを出し、会見で弁護団が読み上げた。弁護団によると、女性の遺族は判決後、落胆しながら憤りをあらわにしていたという。


<釜石津波訴訟>市の過失否定 賠償請求棄却 盛岡地裁判決
毎日新聞 4/21(金) 19:15配信

 東日本大震災の津波で住民ら162人が犠牲になったとされる岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターを巡り、女性2人の遺族が市に計約1億8400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、盛岡地裁は21日、請求を棄却した。市が震災前、センターが正しい避難場所ではないことを十分周知していたかが最大の争点だったが、小川理津子裁判長(中村恭裁判長代読)は「市が住民を誤解させたとは言えない」として市の過失を否定した。

 原告は幼稚園臨時職員の女性(当時31歳)と住民女性(同71歳)の遺族。市は津波の1次避難場所を、海から約1.2キロ、海抜約4メートルの低地にある2階建てのセンターではなく、約500メートル内陸側の高台にある神社などを指定していた。

 訴訟で遺族側は「津波避難訓練で使われ、住民の多くがセンターを避難場所と思い込んでいた。地震後も、市職員は正しい避難場所に誘導しなかった」と市の過失を主張した。

 これに対し判決は、市が訓練でセンターを利用したことを「望ましいとは言い難い」とする一方で「センターでの訓練は地元町内会の要請だった。市は本来の避難場所を広報していた」と指摘。地震後も、女性2人は自らの判断でセンターに避難したと認定し、津波到達予想時刻が迫っていたことから市職員の対応に過失はなかったと結論付けた。

 この問題を巡り、市が設置した学識者らによる調査委員会は2014年3月に「センターが避難場所ではないとの周知を欠いたことが被害拡大につながった」との報告書をまとめている。【藤井朋子、伊藤直孝】


原発避難いじめ、元校長ら処分…横浜市教委
読売新聞 4/21(金) 16:51配信

 2011年の東京電力福島第一原発事故後に福島県から避難した男子生徒(13)が、転校先の横浜市立小でいじめを受けた問題で、横浜市教育委員会は21日、当時の市教委出先機関の責任者2人を戒告の懲戒処分とし、退職している校長を戒告の懲戒処分相当とした。

 市教委によると、生徒は小学5年の14年5月から長期間の不登校となったが、学校側は生徒への聞き取りをせずに、「いじめは把握できない」と結論づけ、市教委も追認。その結果、いじめなどが見過ごされた。市教委の第三者委員会は昨年11月、小学2~5年の暴行などをいじめと認定した。


【熊本地震1年(上)】  「仮設」暮らしの先に... 故郷を去るのか、戻るのか
J-CASTニュース 4/21(金) 16:31配信

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大津町に建てられた仮設団地の一部

 熊本地震から1年となる2017年4月14日夜、熊本市の繁華街「下通(しもとおり)」と周辺の商店街は、週末に重なったこともあり多くの人でにぎわった。この日、熊本県内の各所では、追悼の式典やセレモニーが開かれた。

 震災により家族や自宅を失った人は、この1年をどう過ごしてきたのか。

■「畑仕事ができない」

 震度7の地震が2度も起きた熊本県益城(ましき)町。記者は11か月ぶりに同地を歩いた。当時は崩れ落ちた家屋がそのままで、がれきが山積みになっている個所も多かったが、見た限り大半は既に撤去され、更地が点在していた。

 甚大な被害を受けたのは、益城町だけではない。南阿蘇村では、2度目の地震となった2016年4月16日未明の「本震」で大規模な土砂崩れが発生し、阿蘇大橋が崩落。多くの村民は避難を余儀なくされた。岸森俊巳さん(75)・てい子さん(69)夫妻も、同村新所地区の自宅をすぐに離れた。15年前、俊巳さんが定年を期に購入した4LDKの「昔ながらの木造の家」。てい子さんと一緒に、阿蘇の大自然に囲まれて趣味の家庭菜園や庭の手入れを楽しむ日々を送っていた。しかし地震による家屋の傷みは激しく、その後「半壊」の判定を受けた。

 自宅を出た夫妻は、てい子さんの兄や、熊本市に住む娘の住まいに身を寄せた。その間も、自宅の片付けのため南阿蘇村を行き来した。避難所やテント暮らし、車中泊も経験した。時期は梅雨から夏に差し掛かっており、「テントは暑さが耐えられませんでした」と2人は振り返る。大津町の仮設団地に入居できたのは2016年8月12日。避難生活は既に4か月ほどに達していた。

 2人が住む仮設住居は、四畳半二間に台所があり、風呂とトイレは別になっている。エアコンは1機だけで、ほかに必要なら自費で購入となる。この仮設団地は78戸で、同じ南阿蘇村から避難してきた顔見知りの住人もいるので2人にとっては心強い。ただ、お互いに騒がしくならないよう気を使っているという。集会場では週に数回、体操や料理教室といったイベントが開かれ、住人同士が交流する機会が設けられている。広々としていた南阿蘇村の自宅に比べれば手狭なのは否めないが、近所付き合いは良好だ。

 だが、2人が口をそろえたのは「畑仕事ができない」つらさだ。南阿蘇で毎日精を出していた野菜や花づくり、草むしりは2人にとっての「ライフワーク」。それが奪われた。

  「楽しみがなく、テレビばかり見ていても......何もすることがなければ早めに酒でも飲むしかなか(苦笑)」(俊巳さん)
  「時間はたっぷりあっても、気力がわかない」(てい子さん)。

 仮設住宅に住める期限は2年間。2人は南阿蘇村の自宅の解体を決めた。仮設を出た後は、家を探して娘と一緒に住む予定だ。

分断されなかった地区住民
 阿蘇くまもと空港から車で15分ほどの場所にある「西原村小森仮設団地」。被災した西原村の住民が、ここで暮らしている。岸森さん夫妻が住む大津町の仮設団地と比べて、規模はずっと大きい。機械修理・メンテナンス業を営む志賀勇さん(39)は現在、妻と3人の子の5人で「3K」の部屋に住んでいる。

 1年前の4月14日夜、仕事を終えて西原村古閑(こが)地区の自宅に帰宅した後、地震にあった。大きな被害はなく、翌日の夜もそのまま自宅で寝ようとしていたが、長男が「家は怖い、車で寝たい」とぐずった。仕方なく親子5人で車中泊を決め、寝入ったところに本震が起きた。西原村は震度7を記録。家屋の倒壊は免れたが、揺れが収まった後に中に入るとタンスやテレビが倒れていた。志賀さんは当時、娘が生まれて間もなかった。もしもあのまま全員家で寝ていたら、無傷ではいられなかったかもしれない――。

 一家は地区住民とともに、避難所が開設された山西小学校に移った。日中はそこで過ごし、夜は「幼い子が騒いで避難者に迷惑をかけてはいけない」と、妻は赤ちゃんと広い体育館に残り、志賀さんは2人の息子を連れて車中泊することが多かった。その後、NPO団体が東日本大震災の際、宮城県石巻市の被災者のために活用したキャンピングカーを西原村に回し、その1台に入ることができたため、妻の実父を加えた6人で生活を始めた。しばらく住んだが、いったん西原村の自宅に戻る。「半壊」と判定されてはいたが、屋根にブルーシートをかけて雨漏りを防ぐなど「応急処置」を施して1か月ほど住んだ。志賀さんは、民間賃貸住宅などの「みなし仮設」に応募していた。仮設団地の場合、子どもが騒いで隣近所に迷惑をかけるのが心配だったからだ。ギリギリまで待ったが結局、希望はかなわず、2016年12月初めに今の仮設住宅入居を決断した。

 住み始めて感じたのは「意外と不便じゃない」。子どもの物音には気を使うが、隣人たちは「小さい子は元気よく飛び回って当たり前」と理解がある。近所には古閑地区からの被災者も多く、子どもたちは顔見知りの「お兄ちゃん、お姉ちゃん」が毎日のように遊んでくれて大喜び。スーパーは、むしろ実家にいた頃より近くなった。自宅に比べれば狭いし、家の周りでは子どもたちの遊び場が限定されてはいるが、実生活面の不満はないという。

 阪神・淡路大震災や東日本大震災では、被災者の仮設住宅移動に伴うコミュニティーの分断が問題となった。だが志賀さんの場合、古閑地区の住民が同じ仮設団地にまとまっている。多くのボランティアに励まされ、仮設団地では「地区住民の絆が強まった」と志賀さんはほほ笑む。地区の「区長」を務めた経験から、このまま地区のつながりを維持したいと考え、仲間たちと話して昔から続いてきた夏祭りのような行事を絶やさないようにしようと決めた。

 まだ先の話だが、仮設を出た後は古閑地区に戻って自宅を建て直す予定だ。同じ地区の消防団に所属する若者たちも「古閑に残りたい」と口にしている。全員が帰って来るわけではない。それでも、「復興委員会」を立ち上げて再建を目指す機運が高まってきた。

  「地区に人が戻ってくれるように、ここにおるみんなでがんばらんとダメばい」


津波で防災センター避難、遺族の賠償請求棄却
読売新聞 4/21(金) 15:08配信

 東日本大震災で、岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターに避難して津波の犠牲になったのは、市が正しい避難場所の周知を怠ったためなどとして、犠牲者2人の遺族が市に計約1億8400万円の損害賠償を求めた訴訟で、盛岡地裁の小川理津子裁判長(中村恭裁判長代読)は21日、遺族側の請求を棄却する判決を言い渡した。

 震災発生時、市の推計では同センターには196人が避難し、このうち死者・行方不明者は162人で、死亡した女性2人(当時71歳と31歳)の遺族計6人が提訴していた。

 遺族側は、市が津波発生時の「1次避難場所」ではないセンターで避難訓練を行い、正しい避難先を十分に周知しなかったため、住民らが勘違いしてセンターに逃げ込み、犠牲になったなどと主張していた。

 判決では、「避難訓練でセンターを利用したことは望ましいとは言い難い」としたが、「市は全戸配布の冊子などで正しい避難場所を周知しており、住民に誤解を与えたとはいえない」と判断。また、遺族側の「市職員がセンターに避難誘導した」という主張に対しては、「住民自らの判断で避難した」と認定した。

 判決を受けて記者会見した釜石市の野田武則市長は、「主張が認められたと考えている」としつつも、「多くの人が亡くなっており、行政としてもっとやるべきことはあった」と対応の不備を改めて認めた。

 原告のうち当時31歳の女性の遺族は「162人の命の重みを考えない不当な判決だ」とのコメントを出し、控訴する方針を示した。


原発いじめ、職員ら処分=教育長は厳重注意―横浜市教委
時事通信 4/21(金) 14:59配信

 東京電力福島第1原発事故で福島県から横浜市に自主避難した男子生徒がいじめを受けた問題で、市教育委員会は21日、職員2人を戒告の懲戒処分とし、岡田優子教育長を厳重注意処分とした。

 戒告処分を受けたのは、市教委出先機関の当時の所長2人。他に、生徒が通っていた小学校の当時の副校長ら2人を訓戒処分、既に退職した当時の校長と教育次長はそれぞれ戒告相当、厳重注意相当とした。

 岡田教育長は同日に記者会見し、「長い間つらい思いをさせて申し訳ない」と改めて謝罪した。


津波避難訴訟、遺族敗訴=釜石市の賠償責任認めず―防災センター犠牲めぐり盛岡地裁
時事通信 4/21(金) 13:30配信

 東日本大震災の津波により避難者200人以上が犠牲になったとされる岩手県釜石市の「鵜住居地区防災センター」で、家族が死亡したのは市が正しい避難場所の周知を怠ったのが原因として、犠牲者2人の遺族が市にそれぞれ約9000万円の賠償を求めた訴訟の判決が21日、盛岡地裁であった。

 小川理津子裁判長(中村恭裁判長代読)は市の賠償責任を認めず、遺族側の請求を棄却した。

 原告は、同センターで死亡した市立幼稚園臨時職員の女性=当時(31)=と別の女性=同(71)=の各遺族。原告側弁護団によると、うち1遺族は控訴する意向を示している。

 原告側は、釜石市が震災前、津波災害の避難場所に指定していない同センターで避難訓練を実施したため、多くの住民は津波避難場所だと誤解しており、市は津波時に避難すべきではないという周知を怠ったと主張。地震当日も市職員が同センター内への避難を誘導しており、正しい避難先を指示する義務に違反したと訴えていた。

 判決で小川裁判長は、同センターでの避難訓練は町内会の要請に基づき行われたと指摘。訓練で使用させた施設に多くの住民が集まったからといって、市が住民を誤解させたとは言えず、同センターが津波避難場所ではないことまで周知する義務はなかったと判断した。

 地震当日の対応についても、女性らは自らの判断で同センターに避難しており、津波到達予想時刻が迫る中、本来の避難場所へ誘導することが適切だったとは言えないとした。

 釜石市が設置した有識者委員会は2014年、行政の適切な対応で被害回避は可能だったとして、市の責任を指摘する報告書をまとめていた。


<熊本城>天守閣3カ所、解体して造り直し 損傷激しく
毎日新聞 4/20(木) 19:51配信

 熊本市は20日、熊本地震で被災した熊本城の天守閣の3カ所を解体して造り直すと発表した。当初は解体を予定していなかったが、屋根の支柱の損傷が激しいことから、市は耐震性を高めるために解体することとした。

 天守閣のうち大天守の最上階にあたる6階と1階の入り口部分、大天守につながる小天守1階の大部分を解体する。大天守6階は5月下旬に解体を始め、6月までに終える予定だ。天守閣全体の復旧は2019年3月ごろを目指している。

 天守閣を覆う工事用シートは透明に近い薄い灰色を使い、市民や観光客らに復旧過程が見えるよう工夫する。大西一史市長は「しばらくは屋根のない天守閣を見ることになるが、強い城を造るために理解してほしい」と話した。【城島勇人】


<熊本地震>追体験を 東海大阿蘇学生が語り部ツアー
毎日新聞 4/20(木) 15:29配信

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ツアー参加者とともに東海大生が犠牲になったアパート跡で黙とうする石田さん(右)=熊本県南阿蘇村で2017年4月15日午後3時13分、和田大典撮影

 昨年4月16日の熊本地震の本震で大きな被害を受けた熊本県南阿蘇村の東海大阿蘇キャンパスで学んだ農学部生らが、地震の体験を伝える語り部ツアーを続けている。アパートが倒壊した現場などを巡り、実体験を語り継ぐことで災害を身近な問題として捉え直してもらいたいと願う。地震発生から1年を機にツアーに同行した。

 ツアーを始めたのは昨年9月。地震を直接体験した学生4人が語り部の中心となり、約1時間にわたって地震の爪痕が残る各地をたどる。インターネット上で参加希望を受け付け、これまでに20回以上実施した。

 15日午後3時ごろ、県外から来たボランティアや企業関係者ら約10人が同村河陽の旧長陽西部小学校のグラウンドに集まった。「ここに住民が避難しましたが、暗闇の中、余震の音と(携帯電話の)緊急地震速報の音が響き続きました」。代表の農学部4年、石田仁星さん(21)が本震発生直後の様子を語り始めた。グラウンドには重傷者らが次々と運ばれ、ドクターヘリで搬送されたという。

 次に、農学部4年の脇志朋弥さん(当時21歳)が犠牲となった倒壊アパートの現場に移動。隣のアパートに住んでいた農学部3年、国貞尚伸さん(20)が当時の写真を手に説明する。

 国貞さんが外に飛び出すと、脇さんのアパート1階部分がつぶれていた。その場にいた学生らと取り残された学生を助け出したが、脇さんだけ救えなかった。「もっと(自分たちでできる)救助方法の知識を持っていれば助けられたかもしれない」と後悔をにじませた。参加者で黙とうをささげた。

 阿蘇大橋の崩落現場はほぼ当時のままだ。数メートル先にあったはずの橋はなく、向こう岸の山肌はまだ茶色くえぐれている。農学部2年の井手良輔さん(20)は「一夜明けて斜面が崩れているのを見て、地震の大きさが初めて分かった」と振り返った。最後に、駐車場にいくつもの亀裂が入ったコンビニエンスストア前を訪れ、ツアーは終了した。

 ボランティアで村を訪れ、ツアーに参加した鳥取大1年の堀内夏樹さん(19)は「(昨年10月の)鳥取地震を経験したが、災害に備える意識が低かった。防災に強い地域になれるように熊本であったことを広げていきたい」と思いを語った。

 阿蘇キャンパスが使えず、村に住んでいた学生約750人は今、熊本市内のキャンパスに通うために南阿蘇を離れている。多くの学生は地震前、住民が経営するアパートに住んでおり、東海大農学部4年の広田有柚さん(22)は「大家さんはうれしいことがあれば報告するお父さんお母さんのような存在だった」と話す。石田さんは「地震の被害だけでなく、地震前の学生と住民の暮らしぶりも伝えていきたい」と話した。

 ツアーの参加希望は「阿蘇復興への道」のホームページで受け付けている。【山下俊輔】


「何もこんな日に、と思わせちゃいけない」震度6弱、宿泊客は満室1800人 一人もけが人を出さなかった別府のホテル
西日本新聞 4/20(木) 11:03配信

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熊本地震でひびが入った杉乃井ホテルの客室の窓ガラス=2016年4月(同ホテル提供)

 大分県内で観測史上最大の震度6弱を記録した昨年4月16日の熊本地震本震から1年が経過した。あの日、全国有数の温泉リゾートホテル、杉乃井ホテル(別府市)では、満室の宿泊客約1800人がロビーや駐車場に避難したが、従業員が朝まで寄り添い、一人の負傷者も出さなかった。そのとき、ホテル従業員は何を考え、どう動いたのか。

⇒【画像】別府・杉乃井ホテルの全景

 バーやボウリング場も営業を終え、ひっそりとしたホテル。午前1時25分、ドーンと突き上げる衝撃が襲った。2日前の前震以降に頻発していた余震とは全く違う揺れ方だ。

 「まずい。施設は無事か? お客さまは?」。車で約10分の自宅にいたホテル部長の友末重己さん(59)はすぐに被害の把握に動いた。建物にひびはない。自家発電も生きている。だが、窓ガラス約300枚が割れ、エレベーターは停止。644の客室を手分けして回り、安否を確かめた。

 宿泊客が浴衣姿のまま、ロビーや駐車場に集まり始めた。1800人が一斉に動くと、階段や廊下が人の波で埋まる。避難訓練では想定していない光景。「倒壊の危険はありません。安心してください」。誘導して毛布や水を配った。寒さを訴える客はマイクロバスで暖を取らせた。

 宿泊客全員の無事を確認したのは夜明け前。非番も含め、社員約250人のほぼ全員が駆け付けた。

「よし、少しでも早く温かいものを」
 「全部作るのは無理。炊き出しをすべきか」。午前3時すぎ、総料理長の成安宣章さん(67)は悩んでいた。約70品の朝食バイキングはホテルの売り。食材は前日までに納められ、冷蔵・冷凍庫も無事。ただ、ガスは安全が確認できるまで使えない。非常用プロパンは火力が足りない。

 幸い、調理スタッフも1時間早くそろった。「人海戦術で作れるだけ作ろう」。腹を決めたときにガス復旧の知らせが届いた。

 「よし、少しでも早く温かいものを」。避難客にコーヒーを運ぶ。全員が強い力に引っ張られるように動き回り、朝食開始を1時間前倒しできた。いつも通りのご飯やみそ汁に、疲れた客の表情が緩む。「温かい食事は人を元気づける。まさにそのものでした」

「何もこんな日に、と思わせちゃいけない」
 ホテルはこの日、6組の婚礼披露宴が予定されていた。熊本県内の新郎新婦は交通事情で延期したが、大分県内の5組は延期しなかった。招待される側の負担も小さくないからだ。

 「何もこんな日に、と思わせちゃいけない」。シャンデリアは落下しないか、避難ルートは安全か。ブライダル課長の坂田浩さん(57)らは何度も確認して客を迎えた。

 祝宴のさなかにも緊急地震速報のメールが響き、皆が身をすくめる。余震はあったが、何とか無事に終えた。「笑顔でサービスを尽くす。いつも通りがどんなに大切か、あれほど身に染みた日はありません」

 午前11時、ホテルは1800人を送り出し終えた。苦情はなかったという。総支配人の佐々木耕一さん(70)は振り返る。「お客さまに不自由をさせてしまったけれど、従業員は全力を尽くした。それを分かってくれたのだと思います」


茨城県北部で、震度4の地震2回
読売新聞 4/20(木) 5:05配信

 20日午前2時13分頃と同4時46分頃、茨城県北部を震源とする地震があり、同県日立市と高萩市で震度4を観測した。

 気象庁によると、1回目の地震は震源の深さ約10キロ、マグニチュード(M)4・4、2回目は震源の深さ約10キロ、M4・2と推定される。


<地震>茨城県北部で震度4 津波の心配なし
毎日新聞 4/20(木) 5:03配信

 20日午前4時46分ごろ、茨城県日立市などで震度4の地震があった。気象庁によると震源地は茨城県北部で、震源の深さは約10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは4.2と推定される。なお、この地震による津波の心配はないという。

 各地の主な震度は以下の通り。▽震度4=茨城県日立市、高萩市


〔地震〕茨城県日立市・高萩市で震度4、津波の心配なし
レスキューナウニュース 4/20(木) 4:50配信

気象庁によると、20日04:46頃、茨城県北部を震源とするM4.2の地震があり、茨城県日立市・高萩市で震度4の揺れを観測しました。
この地震による津波の心配はありません。

■発生事象
・発生日時 :4月20日04:46頃
・震源地  :茨城県北部(北緯36.7度、東経140.6度)
・震源の深さ:約10km
・地震の規模:M4.2(推定)

■震度3以上が観測された市町村(*印は気象庁以外の震度観測点)
【震度4】
・茨城県 :日立市助川小学校*、日立市十王町友部*、高萩市下手綱*
【震度3】
・茨城県 :日立市役所*、高萩市安良川*


茨城で2回震度4
時事通信 4/20(木) 2:34配信

 20日午前2時13分と同4時46分ごろ、茨城県北部を震源とする地震があり、同県日立市と高萩市で震度4の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源の深さはいずれも約10キロ。地震の規模(マグニチュード)は1回目が4.4、2回目が4.2と推定される。2回の地震の主な各地の震度は次の通り。

 震度4=茨城県日立市、高萩市
 震度3=茨城県常陸太田市。


茨城県北部で震度4の地震
読売新聞 4/20(木) 2:29配信

 20日午前2時15分頃、茨城県北部を震源とする地震があり、日立市で震度4を観測した。

 気象庁によると、震源の深さは約10キロ、マグニチュードは4・4と推定される。

 この地震による津波の心配はないという。


<地震>茨城県日立市で震度4 津波の心配なし
毎日新聞 4/20(木) 2:26配信

 20日午前2時13分ごろ、茨城県日立市で震度4の地震があった。気象庁によると、震源地は茨城県北部で、震源の深さは約10キロ。地震の規模はマグニチュード(M)4.4と推定される。この地震による津波の心配はないという。

 各地の震度は以下の通り。▽震度4=茨城県日立市▽震度3=茨城県常陸太田市、高萩市


〔地震〕茨城県日立市で震度4、津波の心配なし
レスキューナウニュース 4/20(木) 2:15配信

気象庁によると、20日02:13頃、茨城県北部を震源とするM4.4の地震があり、茨城県日立市で震度4の揺れを観測しました。
この地震による津波の心配はありません。

■発生事象
・発生日時 :4月20日02:13頃
・震源地  :茨城県北部(北緯36.7度、東経140.7度)
・震源の深さ:約10km
・地震の規模:M4.4(推定)

■震度3以上が観測された市町村(*印は気象庁以外の震度観測点)
【震度4】
・茨城県 :日立市十王町友部*
【震度3】
・茨城県 :日立市助川小学校*、日立市役所*、常陸太田市町屋町、高萩市安良川*、高萩市下手綱*


<東電社長>新潟県知事に謝罪 柏崎刈羽の免震棟問題
毎日新聞 4/19(水) 21:48配信

 東京電力ホールディングス(HD)が柏崎刈羽原発の免震重要棟の耐震性を実際より高く説明していた問題で、東電HDの広瀬直己社長は19日、問題発覚後初めて新潟県庁を訪れ、米山隆一知事に原因や対策を報告した。米山知事は「今後は適切な報告があることを切に願う」とくぎを刺した。

 広瀬社長は「自社の都合を優先し、県や地元に対して説明する意識が不足していた」などと記した経緯報告書を米山知事に提出。「自社の都合、目線で判断したことが反省点だ。おわび申し上げたい」と直接陳謝した。

 米山知事は会談後、記者団の取材に「極めて重要な問題で(再稼働のスタンスに)影響を及ぼしうる」と強調。東電は免震重要棟に代わる事故対策拠点として、同原発5号機内の「緊急時対策所」を活用する方針を示しているが、米山知事は「(対策所の活用案には)疑念が残る」と述べ、今後県の検証委員会で独自に検証する考えを示した。【柳沢亮】


<釜石津波訴訟>21日判決 避難場所の周知、争点に 
毎日新聞 4/19(水) 19:47配信

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津波の際、多くの住民が避難し犠牲者が出た鵜住居地区防災センター=岩手県釜石市で2011年3月28日午後4時33分、須賀川理撮影

 東日本大震災の津波で162人の死者・行方不明者が出たと推定される岩手県釜石市の鵜住居(うのすまい)地区防災センターを巡り、遺族2組が市に計約1億8400万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が21日、盛岡地裁で言い渡される。市が津波発生時の避難場所に指定していなかった防災センターに多くの人が誤って避難したとされ、正しい避難場所の周知を市が十分に行っていたかが最大の争点。司法の判断が注目される。

 原告は、センター近くの幼稚園の臨時職員だった女性(当時31歳)と、地区住民だった女性(同71歳)の遺族。2014年9月に提訴した。

 遺族側は「避難訓練でセンターがたびたび使われ、住民の多くが津波の時に避難すべき場所と思い込んでいた。市は避難場所でないと強く周知する義務があった」と主張。震災の地震発生後も「市職員がセンターに避難誘導し、正しい避難場所に誘導すべき義務を怠った」としている。

 一方、市は「実施した自主防災会の要請に応じ、やむを得ず避難訓練でセンターの使用を認めた。避難場所でないと強く周知することは自治体に過度の負担を強いる」と主張。震災当時の市職員による避難誘導も「1階に避難してきた住民を2階に誘導したに過ぎない」と反論している。

 ただ、センターの被災の原因を究明するために市が設置した学識者らによる調査委員会は、14年3月の最終報告書で「事態を回避することは可能だった。行政の適切な対応で、生命を救う機会は多くあった」などと指摘していた。【藤井朋子】

 ◇妊婦の妻亡くした原告男性 市の責任認めて

 幼稚園臨時職員だった女性(当時31歳)は、妊娠9カ月で産休前最後の出勤日に命を奪われた。原告の夫(47)は「妻と娘」の死を無駄にしたくない一心で裁判を闘ってきた。

 2010年6月に結婚。授かったのが女の子と分かり、震災前には妻と一緒にベビー服を買いに行っていた。

 6年前のあの日。男性は釜石市中心部で営んでいた美容院で震災に見舞われ、近くの高台に逃れた。翌朝、市街地から約10キロ離れた鵜住居地区へ向かうまでは、「妻もどこかに避難しているだろう」と楽観していた。

 ところが見慣れたはずの同地区の町並みは、跡形もなく消えていた。避難所や病院を捜しても妻とは会えない。数日後、遺体安置所になっていた倉庫で無言の妻と再会した。顔はきれいなままだった。

 しばらくは自宅や店の復旧に追われ余裕はなかった。半年後、妻の勤務先だった幼稚園で遺品を捜しているうちに、「なぜ津波にのみ込まれたセンターに避難し、亡くなったのか」と疑問が膨らんだ。センターの犠牲者の遺族に対し市は責任を認め謝罪したものの誠意を感じられず、法廷で争うことを決意した。

 男性は今も、妻と笑顔で納まった写真を持ち歩く。先月12日、妻との思い出を忘れまいと腰の先まで伸ばしていた髪に、震災後初めてはさみを入れた。前に進んでいきたいと思ったからだ。同じ悲劇を繰り返さないためにも、判決で市の責任を認めてほしいと願う。【小鍜冶孝志】

 【ことば】鵜住居地区防災センター

 釜石市が2010年2月に開所した。鉄筋コンクリート2階建て約1600平方メートル。海岸から約1.2キロ、標高4.3メートルにあり、津波発生時に逃げ込む「1次避難場所」でなく、中長期の避難生活を送る「拠点避難所」だった。東日本大震災では津波が高さ約9.5メートルの屋上近くまで到達して全壊。市は13年4月時点で犠牲者を210人と推定したが、16年3月に162人と修正した。建物は14年2月に解体が完了した。


原発5基の廃炉計画を認可
ホウドウキョク 4/19(水) 16:50配信

5基の原発の廃炉計画を、原子力規制委員会が認可した。
認可されたのは、5基の原発の廃炉計画で、福井県にある敦賀原発1号機は2039年度に、佐賀県にある玄海原発1号機は2043年度に、また、島根県にある島根原発1号機と、福井県にある美浜原発1号機、2号機は2045年度に、それぞれ廃炉を完了する予定。
福島第1原発事故を受けて、原発では重大事故対策などが義務づけられたが、今回の5基については、事業者が採算などを理由に運転延長を申請せず、廃炉を決めていた。
規制委員会が発足してから、原発の廃炉計画を認可するのは初めて。
そのほか、愛媛県にある伊方原発1号機でも廃炉計画の申請が出ていて、秋までに認可される見通し。


柏崎刈羽 耐震不足で報告書
ホウドウキョク 4/19(水) 15:51配信

柏崎刈羽原発の免震重要棟問題で19日、東京電力の広瀬直己社長が、米山隆一新潟県知事に原因や対策などをまとめた報告書を手渡した。
19日、米山知事を訪ねた東京電力の広瀬直己社長。
東京電力が免震重要棟の耐震不足を2014年に把握していながらも、2017年2月まで誤った説明を続けていた問題を受けて、県は原因や対策などの報告を求めていた。
これに対して、広瀬社長は19日、米山知事に報告書を提出し、「社内での情報共有、そして地元への説明が不足していた」と話した。
広瀬社長は「どうしても、自分の会社の都合、自分の会社の目線で物事を判断してしまうことは、大いに反省点」と述べた。
米山知事は、原発の安全や安心には、複数の目で確認することが必要だと指摘し、あらためて正確な情報の提供を求めた。

新潟総合テレビ/FNN

2017年4月17日 (月)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2224

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:「命の重さ、戒めに」=防災センター避難訴訟で原告男性―21日判決・盛岡地裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:核燃料サイクルの重要施設 ウラン濃縮工場が新規制基準に「合格」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震で運休した時期もあったのに…佐賀空港利用客が最多 16年度66万2472人 国際便は10万人突破 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:4原発5基の廃炉計画認可=完了まで最長29年―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震発生時、SNSの活用激増 東日本の40倍 防災無線は減少 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>マンション復旧・修繕 高い壁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発>元除染作業員が1次下請け会社を提訴へ  - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原子力規制委員長に更田氏…政府が同意人事案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<鳥取県中部地震>三仏寺の入山再開 迂回路設ける - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:断崖の「投入堂」参拝再開=鳥取地震から半年ぶり - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:規制委員長に更田氏=原発審査を主導―政府人事案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:政府、原子力規制委員長に更田氏を提示 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<柏崎刈羽原発>敷地内に活断層か 13万年前以降に活動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ピーク時は571人が暮らした「テント村」野口健さん振り返る 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国道57号北側復旧ルートと国道325号阿蘇大橋ルートの全線開通の目標は2020年度…熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原子力規制委>田中委員長の後任に更田氏…人事案提示 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原子力規制委員長に更田氏=日銀審議委員に片岡、鈴木氏―国会同意人事案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>東電社食を一般開放 飲食店オープン第1号 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:もんじゅ、模擬燃料の大半使えず 197体にさび、新たに製作へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>大分・由布が被災建物を再調査へ 判定に誤り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:9月に「ツール・ド・東北」=5回目、自転車で復興支援―宮城 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>みなし仮設住宅で3人「孤独死」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・浪江>桜満開も…花見姿はまばら - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難所の女性用更衣室、4割設置なし…熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:南阿蘇鉄道の全線復旧は「5年程度」「65億円」…国交省が試算 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電寮の食堂開放=大熊町で初、住民も利用―福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 “学生村”の記憶つむぐ 「助けること諦めないで…」語り部続ける東海大生 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「水、食料どこにあるか」誤算続き 熊本激震…最前線ドキュメント - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「あって良かったもの、なくて困ったもの」地震対策をおさらい 非常袋と家具を再点検 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」寂しさ抱えそれぞれの1年 熊本地震の犠牲者追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震で倒壊した鳥居再建 寄付金集まる 佐賀の愛宕神社 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・浪江町>請戸川沿いのソメイヨシノ見ごろ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:2度目の激震、鎮魂 熊本地震・本震1年、想定外教訓に訓練 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:崩落阿蘇大橋 2020年度開通へ - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

「命の重さ、戒めに」=防災センター避難訴訟で原告男性―21日判決・盛岡地裁
時事通信 4/19(水) 14:13配信

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東日本大震災の発生時、岩手県釜石市の鵜住居地区防災センターに避難した津波犠牲者のうち2人の遺族が、市に賠償を求めた訴訟の判決が21日、盛岡地裁で言い渡される。写真は解体された防災センターの跡地=11日

 東日本大震災の発生時、岩手県釜石市の「鵜住居地区防災センター」に避難した津波犠牲者のうち2人の遺族が、市に賠償を求めた訴訟の判決が21日、盛岡地裁で言い渡される。

 出産間近だった妻=当時(31)=を亡くした原告の男性(47)は、「妻と娘の命の重さを感じ、二度と悲劇を繰り返さないよう戒めとしてほしい」と訴える。

 釜石市北部の鵜住居地区にあった同センターには、震災時に多くの住民が逃げ込み、市の調査委員会の報告書によると200人以上が亡くなったとされる。遺族側は、海に近い同センターは津波避難場所に指定されていなかったのに、市は津波避難訓練などに利用して住民を誤解させ、正しい避難場所の周知を怠ったと主張している。

 男性の妻は同センターに隣接する市立幼稚園の臨時職員で、震災当日は産休前の最後の勤務日だった。4日前に女の子と分かり、帰りの車で話し合って名前も決めた。男性は、「おなかの子にずっと呼び掛けていた名前にすぐ決まった」と振り返る。

 翌月の出産予定日を心待ちにする中での大地震発生。同市中心部の職場にいた男性も津波に襲われ、高台に避難した。連絡が取れない妻も無事に避難していると信じて、がれきが散乱する町を歩いて捜した。数日後、無言の妻と遺体安置所で対面した。

 それからは、同センターへ足を運ぶのが「生活の一部」になった。仕事帰りの夜、妻が発見された2階でたたずみ、人知れず泣いた。建物はその後解体され、跡地への立ち入りは禁止されている。それでも、「まだ妻がそこにいる感じがする。少しでも近くにいたい」と、今も頻繁に付近を訪れる。

 市側の謝罪はなく、身重の妻が職員としての責任を果たしたことが認められていないと感じる。「なぜ避難場所ではない場所に逃げなければならなかったのか」。訴訟で責任をはっきりさせ、教訓として残したいと考えている。

 娘は間もなく6歳になるはずだった。「3人でたくさん写真を撮ろうね」。妻と約束して購入したカメラは一度も使われず、箱に入ったままだ。


核燃料サイクルの重要施設 ウラン濃縮工場が新規制基準に「合格」
産経新聞 4/19(水) 12:38配信

 原子力規制委員会は19日、定例会合を開き、日本原燃のウラン濃縮工場(青森県)について、新規制基準に適合しているとする審査書案を了承した。今後、経済産業相の意見を聴いた上で、正式に決定する。

 政府は使った燃料を再利用する核燃料サイクル政策を推進しており、濃縮工場はサイクルに欠かせない重要施設の一つ。同施設は原発などに比べリスクが低いことから、新基準を満たさなくても5年間は運転が認められており、現在も操業中。

 ウラン鉱山から取れる天然ウランは、核分裂しやすいウラン235の割合が約0・7%しかなく、原発で使うには、同工場の遠心分離の技術を使い3~5%に濃縮する必要がある。

 原燃を巡っては、業務改善が終わっていないのに、品質保証担当部署が「完了した」と虚偽の社内報告をしていた不祥事が昨年発覚。規制委は社内体制を改めて審査し、濃縮工場の審査書案の取りまとめが遅れていた。

 核燃料サイクルの重要施設では、使用済み燃料から使えるウランとプルトニウムを取り出す「再処理工場」と、取り出した原料からウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を作る「MOX燃料工場」も新基準の審査が大詰めを迎えている。


熊本地震で運休した時期もあったのに…佐賀空港利用客が最多 16年度66万2472人 国際便は10万人突破
西日本新聞 4/19(水) 12:01配信

 佐賀県は18日、2016年度の佐賀空港の利用者数が、66万2472人(前年度比2万8714人増)となり、1998年の開港以来、過去最多だったと発表した。5年連続の増加で、12年1月に就航した国際便も2路線合計で初めて10万人を突破した。県空港課は「増便し利便性が向上したことや外国人観光客の旺盛なインバウンド需要が要因」と分析している。

 全日空の羽田便の利用者は前年度より3540人増の42万9047人で、9年連続で過去最多を更新。搭乗率は67・3%だった。

 格安航空会社(LCC)では、春秋航空日本の成田便が過去最多の13万1311人で搭乗率76・8%。韓国・ティーウェイ航空のソウル便も過去最多の5万2572人で、搭乗率80・2%。中国・春秋航空の上海便は4万8145人で搭乗率85・5%だった。

 県空港課は「昨年4月の熊本地震で運休した時期もあった中での過去最多利用者数で意味のある数字だ。3月からのソウル便増便に加え、5月から成田便も増便する。ビジネス客にもPRし、さらなる利用者増につなげたい」としている。

=2017/04/19付 西日本新聞朝刊=


4原発5基の廃炉計画認可=完了まで最長29年―規制委
時事通信 4/19(水) 11:42配信

 原子力規制委員会は19日、九州電力玄海原発1号機(佐賀県)、日本原子力発電敦賀原発1号機(福井県)、関西電力美浜原発1、2号機(同)、中国電力島根原発1号機(島根県)の4原発5基について、廃止措置(廃炉)計画を認可した。

 廃炉の完了時期は2039~45年度で、最長で29年かかる。

 廃止措置計画は、廃炉作業を安全に進めるための基本計画で、工程や核燃料の管理方針、放射性廃棄物の取り扱いなどのほか、事故想定や対応策を記載。規制委の認可を受けて作業が進められる。


熊本地震発生時、SNSの活用激増 東日本の40倍 防災無線は減少
西日本新聞 4/19(水) 9:45配信

 昨年4月の熊本地震発生時に、情報収集の手段として会員制交流サイト(SNS)を利用した被災者が、2011年の東日本大震災の40倍以上に激増したことが総務省の調査で明らかになった。スマートフォンの普及が背景にあり、家族や友人の安否確認、食料や水の配給情報収集などに幅広く活用された。東日本大震災で注目され、国や自治体が整備を進めた防災行政無線は利用が減った。

 昨年11月~今年1月、熊本県内の被災者を対象にインターネットで調査。862人から回答があった。

 それによると、SNSはスマホ利用者を中心に、地震発生当日に38%、発生から数日間の応急対応期に41%、約1カ月後までの復旧期に34%が利用。同様の調査で、東日本大震災でのSNS利用は発生当日が0・9%、復旧期でも2%にとどまっていた。

 熊本地震では通信網の復旧が迅速だったため、携帯電話は発生当日から復旧期までを通じ、70%前後の利用があった。

 テレビの利用は、発生当日40%▽応急対応期44%▽復旧期55%-だった。地上波放送は「役立った」との声を最も多く集めた。ラジオは3期間を通じて22~25%が利用。東日本大震災発生時に12%の利用があった防災行政無線は、熊本地震で3%しかなかった。

 名古屋大の林秀弥教授(経済法学)は「わずか数年で情報収集の手段が大きく変化した。災害対策に反映すべきだ」と指摘。熊本地震で「動物園からライオンが放たれた」などのデマがSNSで出回ったことを踏まえ、「デマや誤報への対策も急務」と話した。

=2017/04/19付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震1年>マンション復旧・修繕 高い壁
毎日新聞 4/19(水) 8:00配信

 ◇保険会社に「一部損」と判定 資金難が要因

 熊本地震の発生から1年以上が経過したが、損傷した分譲マンションの復旧・修繕はなかなか進んでいない。

 熊本県マンション管理組合連合会が2016年12月~17年1月、当時加盟していた熊本市内の71管理組合にアンケートしたところ、連絡が取れなかった7組合を除くと、罹災(りさい)証明に伴う市の被害認定調査で全壊6▽大規模半壊4▽半壊16▽一部損壊38--と判定されていた。

 このうち修繕工事をしたり、工事の見積もりを終えたりしたのは3割ほどしかない。連合会によると、保険会社に一部損と判定され、補償額が少ないために修繕に着手できないケースが目立つ。

 損壊したマンションが建て替えが必要なのか、修繕で居住可能なのかの判定作業も遅れている。日本建築防災協会の講習を受講した建築士が調査して判断する「被災度区分判定」があるが、阪神大震災で約370棟のマンション再建を支援した福岡大工学部の古賀一八教授(建築防災学)は「この仕組みも十分に周知されておらず、復興の遅れにつながっている」と指摘する。

 連合会の堀邦夫会長は「『修繕したいが、積立金が少なく、資金を工面できない』との相談が寄せられている。資金が足りずに修繕工事を一部にとどめるケースもある」と話す。

 古賀教授は「地震保険は半損と一部損で補償額にかなりの差がある。損害の実態に合うよう査定方法の見直しも必要だ。地震による被災は全国どこでも起きうる問題なので、住民同士の結びつきを普段から作っておくことが最も大切だ」と話している。【土田暁彦、柿崎誠】

 ◇公的制度フル活用で成功 合意形成、住民力で

 熊本地震で損壊し、熊本市の被害認定調査で「大規模半壊」と判定され、4月末に復旧・修繕工事を終える同市中央区の分譲マンションがある。分譲マンションは修繕費用が高額で住民の合意形成に時間がかかる。費用面から修繕を一部にとどめて工事を終えるケースもあるといい、熊本県マンション管理組合連合会は「大規模半壊で住民が望んだ修繕工事を終えるのは県内で初めてではないか」と話している。

 このマンションは1991年完成。鉄筋コンクリート14階建てと5階建ての2棟に73世帯が入居していた。熊本地震で壁や廊下に亀裂が入り、住民のほぼ半数は、自治体が民間住宅を借り上げた「みなし仮設」に避難している。

 建物の被災状況の研究で現地入りした専門家の判定で、建て替えでなく修繕したうえで居住可能と判明したが、課題は費用と住民合意だった。地震保険は保険会社が当初、補償が保険金額の5%しかない「一部損」と判定。その後、住民が新たに見つけた亀裂などの被害を保険会社にアピールし、50%補償される「半損」になった。

 自治体判定の「大規模半壊」の建物を住民が修繕して居住する場合、被災者生活再建支援法に基づき1世帯当たり最大150万円の支援金が出るほか、災害救助法に基づく応急修理制度で、1世帯当たり57万6000円を上限に修理費が補助される。

 こうした公的制度も活用すれば、管理組合の積立金のほかに1世帯当たり50万円支出すれば修繕費1億数千万円を賄えるめどがたった。大規模修繕には住民の4分の3以上の同意が必要になるが、この分譲マンションでは日ごろから夏祭りなどイベントなどで交流しており、管理組合副理事長の稲田雅嘉さん(57)は「日ごろの活動が今回のスピーディーな合意形成に生きた」と振り返る。

 管理組合は昨年7月末の臨時総会で修繕に合意し、同10月上旬に着工。耐震性が高い壁やドアなどへの改修を進め、現在は仕上げの段階に入っている。【柿崎誠、土田暁彦】


<福島原発>元除染作業員が1次下請け会社を提訴へ 
毎日新聞 4/19(水) 7:30配信

 ◇直接雇用主の東京都の2次下請け会社が倒産で

 環境省による東京電力福島第1原発周辺の除染事業で、作業中の事故に遭った元作業員の男性(49)が、愛媛県の建設会社を相手取り、逸失利益の賠償や慰謝料を求めて近く横浜地裁に提訴する。直接の雇用主である東京都の2次下請け会社が倒産したため、1次下請け会社への提訴を決めた。除染事業では復興需要に合わせた小規模業者の一時的な参入や撤退が多く、労災事故の被害回復にも影響が出ている。【関谷俊介、宮崎稔樹】

 代理人弁護士によると、男性は福島県富岡町の除染作業に従事していた2014年12月、鉄製のトラック荷台の一部が落下する事故に遭い、右足骨折の重傷を負った。

 だが雇用主の2次下請け会社は、実際の事故現場から離れた場所にある資材置き場で事故が起きたとする虚偽の労災保険の申請書を労働基準監督署に提出した。この虚偽報告について、富岡労働基準監督署は16年、法人としての2次下請け会社と、現場責任者を労働安全衛生法違反容疑で書類送検し、いわき簡裁が罰金10万円の略式命令を出している。虚偽申請は元請けのゼネコンに迷惑が及び、仕事がもらえなくなることを恐れたためとみられている。

 男性は、事故で障害を負い、作業員として働くのが困難になったことや、会社による虚偽の報告によって精神的な苦痛を受けたことの補償を雇用主の2次下請け会社に求めようとした。ところが会社は15年6月に破産手続きに入り倒産。同社に仕事を発注した1次下請け会社を提訴することにしたという。「1次下請け会社も、作業員を指揮・監督していたのだから安全に配慮する義務があった」と主張し約1800万円を求める考えだ。

 1次下請け会社は毎日新聞の取材に「係争中につきコメントは控える」と答えた。環境省による除染事業は、3月に帰還困難区域を除いて完了している。

 除染や原発作業員の支援団体「被ばく労働を考えるネットワーク」によると、除染事業には元請けの工事関係書類にも名前が出ないような末端業者が多く社会保険にも加入していないため、労働者が不安定な労働環境に置かれているケースがよくみられるという。

 ◇「労災で泣き寝入りの作業員、他にも」

 男性は、毎日新聞の取材に事故の経緯を語った。

 除染作業の現場でけがをした日、雇用主の会社に電話で報告すると「現金で処理するから」との返事だった。翌日、病院で右足の甲を骨折していることがわかった。右足を引きずり、重機に乗って作業を続けた。1週間後、全身の震えが止まらなくなり、右足は紫色に変色して腫れ上がっていた。医師からは「傷口から細菌が入り、壊死(えし)を起こしている」と告げられた。約10日間入院し治療を受けた。

 自力で治療費を賄えないことを会社に相談すると、事故現場とは異なる場所を現場とする労災保険の申請書が会社から送られてきた。この虚偽申請について男性は「仕事の元請けに迷惑がかからないよう、除染作業の場所で事故が起きたことを隠すことが目的だったのではないか」と振り返る。申請書には「(現場では)安全衛生責任者が指導していました」と自分の記憶とは食い違う記述もあった。男性は治療後も右足の指が動かず、中腰になっての作業ができないという。

 震災で家族を亡くした岩手県の知人を見舞い、被災地を目にしたのを機に、除染の仕事に携わるようになった。「私だけの問題でなく、労災で泣き寝入りしている作業員はいると思う。被災地の力になりたいという気持ちはあるが、この件を決着しないと前に進めない」。男性は怒りをこらえるように語った。【関谷俊介】


原子力規制委員長に更田氏…政府が同意人事案
読売新聞 4/18(火) 22:41配信

 政府の原子力規制委員会の田中俊一委員長(72)が交代し、後任に更田豊志(ふけたとよし)委員長代理(59)が起用される見通しとなった。

 政府は18日の衆参両院の議院運営委員会理事会に、国会同意人事案として提示した。田中氏と共に規制委を運営してきた更田氏の起用で、規制基準を満たした原発の着実な再稼働を進める路線は維持される方向だ。

 関係者によると、政府は当初、田中氏の再任で調整したが、田中氏が年齢などを理由に辞退したという。

 田中氏は2012年発足の規制委の初代委員長として、「世界一厳しい」と自負する規制基準の策定を主導した。田中氏の下で審査申請された16原発26基のうち、合格を出したのは5原発10基。原発推進派の一部からは「慎重すぎる」との不満が出る一方、反対派の反発が強い関西電力高浜原子力発電所1、2号機(福井県)の運転延長を認可するなど、「科学的根拠に基づき粛々と審査を進めた」(政府関係者)と、安定感には定評があった。


<鳥取県中部地震>三仏寺の入山再開 迂回路設ける
毎日新聞 4/18(火) 21:22配信

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整備された三徳山三仏寺参道の迂回路で鎖を頼りに岩場を登る参拝客=鳥取県三朝町で2017年4月18日正午、小野まなみ撮影

 昨年10月21日に起きた鳥取県中部を震源とする地震で被災した同県三朝(みささ)町の三徳山三仏寺(みとくさんさんぶつじ)が18日、約半年ぶりに入山を再開した。断崖絶壁にあり、観賞するのが「日本一危険な国宝」と呼ばれる投入堂(なげいれどう)への参道が被災で通れなくなっていたが、インターネットで資金を集め、迂回(うかい)路を設けた。

 同町では震度5強を観測。三仏寺では、参道中腹にある国指定重要文化財「文殊堂」が建つ巨岩に長さ15メートル、深さ2メートルを超える亀裂が入った。このため山頂近くの投入堂へ行けなくなった。

 投入堂には年間3万人が訪れる。参道の修復には億単位の費用で数年がかかるとみられるが、再開を望む声が多く寄せられ、当面の策として迂回路を作ることにした。3月からインターネットで寄付を募る「クラウドファンディング」を利用して呼び掛けたところ、目標の200万円を4日で達成、1カ月で約880万円が集まった。寺は巨岩の亀裂を避け、急峻(きゅうしゅん)な岩場をよじ登るための鎖を新たに設置した。余った寄付金は今後、参道の修繕に充てる。

 入山再開に先立ち本堂で開山式があり、米田良中(りょうちゅう)住職(72)は「大勢の人の力で完成し、感激している。世界中の人に知ってもらう機会にしたい」と感謝。あいにくの雨で参拝客は少なかったが、東京都東村山市から夫と訪れた飯田早苗さん(63)は「たくさんの人がこの場所を大事にしているんだと分かった」と話していた。【小野まなみ】


断崖の「投入堂」参拝再開=鳥取地震から半年ぶり
時事通信 4/18(火) 19:45配信

 昨年10月に鳥取県中部で起きた最大震度6弱の地震後、参道などに地割れが見つかり立ち入りが規制されていた三徳山三仏寺(同県三朝町)が18日、迂回(うかい)路の整備を終え入山を再開した。

 
 険しい岩場に新たに打ち込まれた鎖などを使い、関係者や観光客ら計53人が約2時間登り、断崖絶壁に建つ国宝「投入堂」を参拝した。

 地震では、三徳山中腹にある「文殊堂」の土台となる岩に長さ約15メートルの亀裂が入るなどし、同寺は入山許可を麓の本堂までに規制。参道の完全な修復には億単位の費用と長い期間が必要なため、迂回路による当面の観光客受け入れを決めた。

 同寺の米田良順次長は「震災復興の第一歩。先人たちが1300年にわたり伝えてきた知恵や技術を守っていきたい」と話した。


規制委員長に更田氏=原発審査を主導―政府人事案
時事通信 4/18(火) 17:50配信

 政府は18日、原子力規制委員会の次期委員長に更田豊志委員長代理(59)を充てる国会同意人事案を、衆参両院の議院運営委員会理事会に提示した。

 9月で任期が切れる田中俊一委員長(72)の後任で、人事案は今国会で同意される見通し。

 更田氏は原子力工学が専門で、2012年9月の規制委発足時からのメンバー。日本原子力研究開発機構で核燃料や原子炉の安全研究に取り組んだ実績を買われ、規制委では原発の設備対策の要求を引き上げる新規制基準の策定に関わった。

 新基準の施行後は原発設備の審査を担当。主導的な役割を果たしたほか、東京電力福島第1原発事故の廃炉作業を監視する検討会の座長を務めた。

 第1原発の汚染水対策では、東電や経済産業省資源エネルギー庁の見通しの甘さを指摘。再任された15年9月の記者会見では今後の廃炉作業について「より難しくなってくる」と述べていた。

 原則40年と定められた運転期間をめぐっては、関西電力高浜原発1、2号機(福井県)、美浜原発3号機(同)で延長を認めた。

 更田氏は「原発事故の教訓を決して忘れることなく、新たな規制課題にも向き合っていく覚悟です」とのコメントを出した。


政府、原子力規制委員長に更田氏を提示
読売新聞 4/18(火) 14:28配信

 政府は18日午前、衆参両院の議院運営委員会理事会に、原子力規制委員会の田中俊一委員長の後任に更田(ふけた)豊志(とよし)委員を充てる国会同意人事案を提示した。

 近く衆参両院で同意される見通し。このほか、日本銀行審議委員に三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士(ごうし)・上席主任研究員と、三菱東京UFJ銀行の鈴木人司(ひとし)・常勤監査等委員を新たに起用する人事案も示した。田中氏は2012年9月に発足した規制委の初代委員長に就任し、現在1期目。


<柏崎刈羽原発>敷地内に活断層か 13万年前以降に活動
毎日新聞 4/18(火) 12:27配信

 新潟県内の地質学者などで構成する「柏崎刈羽原発活断層問題研究会」(大野隆一郎代表)は17日、東京電力柏崎刈羽原発敷地内にある複数の断層について、約13万年前以降に活動した「活断層」の可能性があると発表した。東電は「活断層はないというこれまでの評価は変わらない」としているが、原子力規制委員会の新規制基準では12万から13万年前以降に活動した可能性のある断層は活断層と評価されるだけに、事態の推移によっては原発再稼働の判断に影響を与える可能性が出てきた。

 同原発敷地内には、基盤を成す地層の上にある「安田層」内に、23本の断層があることが知られている。

 東電は、安田層に含まれる火山灰層「刈羽テフラ」の組成が青森・下北半島沖で報告されている20万から23万年前の火山灰と似ていることなどを根拠に、テフラ周辺の安田層の堆積(たいせき)時期を20万から三十数万年前と評価。テフラの上にある安田層と分ける形で「古安田層」と新たに名付け、23本の断層は古安田層内で生じたものだとした。規制委も同原発6、7号機の審査過程で東電の主張を「おおむね妥当」と認めている。

 一方、研究会は、刈羽テフラは柏崎市藤橋に分布する火山灰「藤橋40」と組成成分が「完全に一致」していることに着目。東電もこの一致点は認めているが、研究会は、藤橋40は12万から13万年前の地層に挟まれていることから、刈羽テフラは古くても13万年前の火山灰層であると結論づけ、20万から23万年前とする東電の推定を「科学的推定とは言えない」と評価した。敷地内の断層は活断層である可能性があるとして、東電に「調査・解析結果の全面的な見直し」を求めるという。

 研究会のメンバーで県技術委員会の委員も務める立石雅昭・新潟大名誉教授(地質学)は「東電の主張は従来の地質学・地形学で広く認められてきた科学的推論とは異なる」と話している。

 東電の年代推定は刈羽テフラの他に、古安田層に挟まれる約24万年前の火山灰層「阿多鳥浜テフラ」や約33万から34万年前の「加久藤テフラ」、古安田層の上に堆積する約13万年前の「中子軽石層」も根拠にしている。東電は「複数のテフラの年代を根拠にしっかりと評価し、古安田層の年代と整合している」と反論している。【内藤陽】


ピーク時は571人が暮らした「テント村」野口健さん振り返る 熊本地震
西日本新聞 4/18(火) 12:10配信

 熊本地震の避難場所として熊本県益城町にテント村を開設していた登山家の野口健さん(43)が17日、当時の体験をまとめた著書「震災が起きた後で死なないために」(PHP新書)を出版した。「テント村が避難における選択肢の一つになるように書き残したかった」との思いを込める。

 「熊本、やります。まずはテントを集めます!」。昨年4月19日、ツイッターでつぶやいたのが支援の始まりだった。活動に賛同するNPO法人や自治体と連携してテントを運び込み、5日後には町の総合運動公園にテント村を開設した。「車中泊対策のつもりだったが、避難所から移ってくる人もいた。プライベートな空間があり、周囲への騒音に神経質になる必要もない。特に子どもがいる家族に喜ばれた」と振り返る。

 テント村にはヒマラヤ登山のベースキャンプのイメージを重ねた。「いかに心身をリラックスできるかを考えるんです」。簡易ベッドの支給やトイレ増設に加え、避難者の自炊も認めた。約40日間にわたりテント156張りを設置、ピーク時は571人が暮らした。

 行政や施設管理者との確執、責任の問題…。最終的には梅雨時期の水害の懸念を理由に閉村を求められた。要請を待たずに支援する「プッシュ型支援」の重要性を感じつつ、うまくいかないもどかしさもあった。「民間人が突然『テント村をつくる』と言っても受け入れてもらえない。自治体側もパニック状態だし、その気持ちも分かる」と振り返り、テント村の認知度を上げる必要性を強調する。

 地震から1年。「人間はつらいことは忘れたいし、危機感は長く続かない」と考えるからこそ、レジャーとして日常的にアウトドアに親しむことを提唱している。「この本が次に来るかもしれない震災への備えにつながってほしい。次はもっと完璧なテント村ができるはずです」。同書は950円。

=2017/04/18付 西日本新聞朝刊=


国道57号北側復旧ルートと国道325号阿蘇大橋ルートの全線開通の目標は2020年度…熊本地震
レスポンス 4/18(火) 11:51配信

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熊本地震で被害を受けた阿蘇大橋地区の主要幹線道路の通行確保

国土交通省は、熊本地震で通行不能となっている国道57号北側復旧ルートと国道325号阿蘇大橋ルートの開通を2020年度の全線開通を目標に復旧工事を進めると発表した。

熊本地震による大規模な斜面崩壊により国道57号と国道325号の一部区間は通行不能となっている。早期復旧のため、直轄事業として災害復旧事業を進めている。

このうち、国道57号北側復旧ルートと国道325号阿蘇大橋ルートについては、それぞれの主要な構造物である二重峠トンネルと阿蘇大橋の工事契約を3月に締結した。

今回、受注者からの技術提案を踏まえ、工程を精査した結果、2つのルートの全線開通を、2020年度に目標に復旧工事を進めていくことにした。

《レスポンス レスポンス編集部》


<原子力規制委>田中委員長の後任に更田氏…人事案提示
毎日新聞 4/18(火) 11:39配信

 政府は18日、9月に任期満了を迎える原子力規制委員会の田中俊一委員長の後任に、更田(ふけた)豊志委員長代理を起用する人事案を衆参両院の議院運営委員会理事会に提示した。任期は5年。新たな委員には山中伸介・大阪大副学長をあてる。国会の同意が得られれば、両氏は9月に就任し、田中氏は退任する。

 規制委は2012年9月、東京電力福島第1原発事故を防げなかった経済産業省原子力安全・保安院や内閣府原子力安全委員会を再編して発足し、田中氏は初代委員長、更田氏は委員に就任した。更田氏は、福島第1原発事故を踏まえた原発の新規制基準の策定や、原発の設備などの安全対策の審査を担当してきた。【岡田英】


原子力規制委員長に更田氏=日銀審議委員に片岡、鈴木氏―国会同意人事案
時事通信 4/18(火) 11:18配信

 政府は18日、衆参両院の議院運営委員会理事会に対し、原子力規制委員会委員長に更田豊志同委員長代理を充てるなど計12機関28人の国会同意人事案を提示した。

 日銀審議委員には片岡剛士三菱UFJリサーチ&コンサルティング上席主任研究員と鈴木人司三菱東京UFJ銀行取締役を新たに起用する。人事案は今国会で採決され、同意される見通し。


<福島原発事故>東電社食を一般開放 飲食店オープン第1号
毎日新聞 4/18(火) 10:41配信

 東京電力福島第1原発事故による全域避難が続く福島県大熊町の大川原地区にある東電の社員食堂「大熊食堂」が17日から、一般向けに開放された。ランチタイムに営業し、一時帰宅した町民や復興に携わる作業員らが利用できる。原発事故後、町内で一般向け飲食店が「オープン」するのは初めて。

 約250席ある店内は初日、作業員らでにぎわった。みそラーメンとカレーを食べた除染作業員、三川勝さん(32)は「これまでは自宅で作った弁当だったので、温かいご飯はありがたい。ピリ辛カレーのおかげで、午後も元気に働けそう」と額の汗を拭った。

 大川原地区は大熊町が「復興拠点」と位置づけ、廃炉などに携わる東電社員約700人が社員寮で暮らす。大熊食堂は寮に併設され、富岡町からいわき市に避難している飲食業「鳥藤本店」(本社・富岡町)が昨年9月から、社員に朝食と夕食を提供してきた。

 事故後、町内から飲食店がなくなっており、鳥藤本店が一般開放を決めた。町民が自宅に10泊できる特例宿泊が始まる28日に間に合わせたといい、営業担当の森敬信さん(49)は「この店を拠点に復興が進んでほしい」と望んでいた。

 営業時間は午前11時半~午後2時、土日祝日は休業。メニューは週替わりの定食や丼物、ラーメン、カレー、そばなど。問い合わせは大熊食堂(電話070・2016・5969)。【土江洋範】


もんじゅ、模擬燃料の大半使えず 197体にさび、新たに製作へ
産経新聞 4/18(火) 7:55配信

 昨年末に廃炉が正式決定した高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県)について、日本原子力研究開発機構は17日、原子力規制委員会の会合で、燃料取り出し作業に不可欠な模擬燃料計197体がさびて、そのままでは使用できなくなっていることを明らかにした。

 模擬燃料は計370体必要だが、原子力機構は210体しか保有しておらず、これまでも不足分を新規調達する必要が指摘されていた。しかし、保有分についても大半が使えない状態であることが判明した。

 もんじゅの燃料は互いに支え合う形で原子炉容器に入っており、燃料を抜く際は、模擬燃料を代わりに入れる必要がある。さびた模擬燃料は洗浄して使うことも考えられるが、原子力機構は「異物が混入する可能性がある」とリスクを説明。その上で、新燃料を製作するために調達していた材料が178体分はあるとして、「新たに製作した方が早いかもしれない」としている。

 原子力機構などはもんじゅの廃炉について、燃料取り出しだけでも5年半かかると説明している。


<熊本地震>大分・由布が被災建物を再調査へ 判定に誤り
毎日新聞 4/18(火) 7:15配信

 大分県由布市が、熊本地震で被害を受けた建物の罹災(りさい)証明書発行に伴う調査に誤りがあったとみて、1774件の再調査に乗り出すことが、分かった。被災状況を低く判定した可能性もある。判定が変われば、被災者生活再建支援金などの給付額も変わってくる。内閣府の防災担当は、今回のような再調査について「聞いたことがない」と話している。

 「被災状況の評価が低い」と被災者から相談された建築士の指摘で、調査に誤りがある可能性が浮上した。建物の外観の被災程度などから全壊や半壊などと判定する調査の一部で、誤りがあったとみられる。

 内閣府の防災担当や市によると、家屋の基礎部分を調査する際、外周の長さに対する損傷した部分の割合で判断するが、由布市の調査では、外周に必要のない部分も入れてしまい、被災割合を低く見積もった可能性があるという。

 由布市は被災状況の調査を昨年4月26日から開始。担当課以外の職員や県職員の応援も含めて延べ数百人が調査に当たり、調査員によって調べる方法に差があったとみられる。

 既に解体済みの家屋もあり、当時の調査データを基に再調査するケースもあるという。【田畠広景】


9月に「ツール・ド・東北」=5回目、自転車で復興支援―宮城
時事通信 4/17(月) 21:46配信

 東日本大震災の復興支援や、被災地の現状を知ってもらうことを目的としたサイクリングイベント「ツール・ド・東北 2017」が9月16、17日に開催されることが決まった。

 主催する河北新報社とヤフーが17日、仙台市で発表した。

 大会は13年に始まり、今年で5回目となる。初日には、走行管理ライダーのガイドに従って走る「グループライド」で東松島市をめぐる70キロコースを新設。震災遺構の旧野蒜駅舎の見学や、震災の語り部の説明を聞く時間を設けた。初心者にも走りやすい道で、自転車を降りて奥松島の絶景を堪能できるという。牡鹿半島を走る100キロコースと合わせ、500人を募る。

 2日目は、石巻市、女川町、南三陸町、気仙沼市を舞台に65~210キロの全5コースで実施。3500人を募集する。

 公式ジャージーのデザインを英国のファッションデザイナーで世界的に有名なポール・スミスさんが手掛ける。


<熊本地震>みなし仮設住宅で3人「孤独死」
毎日新聞 4/17(月) 21:03配信

 熊本県は17日、熊本地震の被災者用に県などが民間賃貸住宅を借り上げた「みなし仮設住宅」で、1人暮らしをしていた熊本市の40~80代の男女3人が誰にもみとられずに亡くなっていたと発表した。死因は3人とも病死で、遺体が見つかったのはいずれも死後2、3日だった。

 熊本県内ではみなし仮設で1人暮らしをしていた6市町の男女13人が死亡していたことがわかり、県は孤独死に当たるかどうかなど詳細を自治体を通して調査していた。

 県と熊本市によると、同市東区の40代女性は昨年7月24日に死亡。亡くなる前日まで電話などで安否確認をしていた知人が連絡がとれないのを心配し、同26日に女性宅を訪問して見つけた。

 昨年12月23日に死亡した同市東区の70代男性は同26日、市地域支え合いセンターの職員が男性宅を見守り訪問。応答がなく新聞もたまっていたため、警察に通報して判明した。昨年9月、同市西区の80代女性もみとられずに亡くなっていた。

 県によると13人の他に、みなし仮設で1人暮らしをしていた同市東区の70代女性が4月12日に死亡していたことがわかり、市は詳細な経緯を調べている。

 蒲島郁夫知事は「支え合いセンターの活動やNPO、ボランティア、新聞、ガスなど民間との連携や情報通信技術を活用した見守り体制を構築したい」とのコメントを出した。【柿崎誠】


<福島・浪江>桜満開も…花見姿はまばら
毎日新聞 4/17(月) 19:10配信

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東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示解除後、初めて見頃を迎えた請戸川沿いの桜並木=福島県浪江町で喜屋武真之介撮影

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が帰還困難区域を除き解除された福島県浪江町で、桜の名所として知られる請戸川沿いのソメイヨシノが満開になっている。

 原発事故前は「桜まつり」が開かれ大勢の観光客らでにぎわったが、避難指示解除後も帰還する住民は乏しく、花見の人の姿もまばら。避難先の同県南相馬市から7年ぶりに訪れた国分敏勝さん(79)は「避難している間に桜の木が大きくなった。すばらしいもんだ」と目を細めていた。【喜屋武真之介】


避難所の女性用更衣室、4割設置なし…熊本地震
読売新聞 4/17(月) 17:46配信

 熊本地震の被災地で女性に配慮した支援が行われたかどうかを検証するため、内閣府が実施した調査報告書の全容が17日、明らかになった。

 市町村の指定避難所への女性用更衣室や授乳室などの設置について、対象となる市町村の約4割で実施しておらず、報告書は「十分な対応ではない」と改善を促した。

 調査では、指定避難所の設置・運営をした34市町村のうち、期間が短い市町村を除く24市町村に女性用更衣室や授乳室、プライバシー確保のための間仕切りの設置の有無などを聞いた。約4割の10市町村はいずれも設置していなかった。

 報告書は、女性の着替えや授乳のできる「女性専用スペース」の不足で避難所を敬遠し、「車中泊」が増える危険性を指摘。「女性や子どもが気兼ねなく避難所に避難できるような環境整備を進め、リスクや対応策について事前の周知や情報発信に努める必要がある」と強調した。


南阿蘇鉄道の全線復旧は「5年程度」「65億円」…国交省が試算
レスポンス 4/17(月) 17:22配信

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第1白川橋りょうの構造部材。変形や破断などの被害が見られる。

国土交通省の鉄道局施設課は4月16日、南阿蘇鉄道が運営する高森線の災害復旧に関する調査報告書を公表した。全線復旧には早くても5年程度かかる見通しだ。

[関連写真]

高森線は立野(熊本県南阿蘇村)~高森(高森町)間17.7kmを結ぶ鉄道路線。2016年4月の熊本地震で甚大な被害が発生し、現在も立野~中松間10.5kmが運休している。

報告書によると、犀角山トンネルの高森方約40mは、トンネルが山ごと動いた影響でゆがみが生じ、内壁のコンクリートが剥落するなどの被害が発生している。3Dスキャナーで計測したところ、横ずれは最大で490mmになることが確認されたという。

犀角山トンネルに隣接する第1白川橋りょうも、橋台や橋脚のずれが見られる。2P(第2橋脚)を基準に測量したところ、1A(第1橋台)と1P(第1橋脚)は下流方向にそれぞれ404mm、258mm移動。橋りょうを構成する部材の破断や変形なども生じている。このほか、戸下トンネルや立野橋りょうなどでもひび割れなどの被害が発生した。

復旧費用は概算で約65~70億円。このうち約40億円が第1白川橋りょう、約20~25億円が犀角山トンネルと戸下トンネルの復旧費になる。犀角山トンネルは高森方約40mの山を削り取り、これによりトンネル自体を短縮するとともに、第1白川橋りょうを架け替えるための工事基地を設けることが想定されている。

設計期間を含む工事期間は犀角山トンネルと戸下トンネルが3年程度、第1白川橋りょうが5年程度とされた。それ以外の施設は1年程度とされている。

《レスポンス 草町義和》


東電寮の食堂開放=大熊町で初、住民も利用―福島
時事通信 4/17(月) 16:21配信

 東京電力福島第1原発事故で全域に避難指示が出ている福島県大熊町で、東電社員寮の食堂「大熊食堂」が17日から一般に開放された。

 一時帰宅した住民らに食事する場所を提供しようと、運営する鳥藤本店が決めた。原発事故後、大熊町内で住民が利用できる飲食店の営業は初めて。

 一般向けの営業は土日・祝日以外の午前11時半~午後2時。食堂は約240席あり、750円の週替わり定食や、カレーなど21種類のメニューを社員と同じ値段で提供する。

 鳥藤本店は同県富岡町に本社があるが、原発事故で、いわき市に避難した。食堂を担当する社員の森敬信さん(49)は「復興に少しでも役立ってくれれば」と話した。


熊本地震1年 “学生村”の記憶つむぐ 「助けること諦めないで…」語り部続ける東海大生
産経新聞 4/17(月) 14:43配信

 ■「風化させてはいけない」 南阿蘇村

 熊本県南阿蘇村で熊本地震の記憶と教訓をつないでいこうと、閉鎖が続く同村の東海大阿蘇キャンパスに通っていた学生たちが、県外から訪れた人に現地を案内する「語り部」活動を続けている。「地震を風化させてはいけない」。あの日から1年。学生たちは思いを強くしている。(桑村朋)

 本震からちょうど1年を迎えた16日昼。東海大農学部3年の国貞尚伸(たかのぶ)さん(20)が、大学のサークルの先輩だった脇志朋弥(しほみ)さん=当時(21)=が亡くなったアパートの跡地近くで、女性会社員ら3人に1年前の「あの時」を語っていた。

 アパートは国貞さんが住んでいた学生寮の隣にあった。「突然『ドーン』と突き上げられて外に出ると、アパートの2階が1階に沈んでいた」。一つ一つ思い出すように語りかけた。

 手にくぎが刺さり血まみれになりながらも、他の学生と一緒にがれきを必死に取り除き救助を試みたが、脇さんは最後まで見当たらなかったという。

 「助けることができなかった。もっと自分に知識があれば…」。国貞さんは悔しさを語り、「何かあっても落ち着いて、最後まで助けることをあきらめないでほしい」と力を込めた。

 この日は、アパートの跡地や崩落した阿蘇大橋、避難した小学校跡地を1時間半かけて案内した。参加した愛知県岡崎市の会社員、中根未結(みゆ)さん(24)は「自分なら冷静に救助できるだろうか」と言葉を詰まらせ、「もし地震が起きたら今日の話を思い出したい」と語った。

 語り部は昨年9月、農学部生らでつくる団体「阿蘇復興への道」が始めた。地震では脇さんら学生3人が亡くなり、当初は迷いのようなものもあった。だが、「被災した自分たちが伝えられることもあるはずだ」と信じ、約20人が毎週末に交代でキャンパスが移転した熊本市内から村に戻って続けてきた。すでに50回以上重ねている。

 阿蘇キャンパスの周辺は「学生村」と呼ばれ、学生と地元住民とのつながりも強く、それが救助活動に役立ったとされている。

 同団体代表の農学部4年、石田仁星(じんせ)さん(21)は「今回のケースは防災を考える上でも大切なヒントになる。第二の故郷である『学生村』で教わったことをできる限りつないでいきたい」と話した。


「水、食料どこにあるか」誤算続き 熊本激震…最前線ドキュメント
西日本新聞 4/17(月) 12:01配信

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米軍新型輸送機MV22オスプレイで届けられた支援物資を運ぶ自衛隊員たち=昨年4月18日、南阿蘇村

 昨年4月16日午前1時25分、最大震度7の「本震」が発生。被害は熊本県央・県南の全域に広がり、18万人が避難所に押し寄せた。県の備蓄は、前震対応でほぼ枯渇していた。「水、食料はどこにあるのか」。知事公室長の田嶋徹(60)は、市町村長からのSOS対応に忙殺された。

 知事の蒲島は政府に、被災地の要請を待たずに物資を送り込む「プッシュ型支援」を要請した。官房長官の菅義偉(68)は同日夜、記者会見で「非常災害対策本部に物資調達班を設置し、90万食を供給する準備を進めている」と述べた。

 実際は誤算続きだった。物資の集積拠点に想定していた益城町の大型展示場グランメッセ熊本が被災して使えなかった。国は急きょ、佐賀県鳥栖市の民間物流センターを集積拠点にした。農林水産省が食料を調達、民間業者が配送する手はずだったが、高速道や国道は寸断されていた。

 県が政府現地対策本部に物資が届く場所を尋ねても「業者に任せている」との回答しか得られなかった。しびれを切らした陸上自衛隊OBの県危機管理防災企画監、有浦隆(59)が依頼し、陸自の車両が鳥栖市に向かったが「内閣府の許可がなければ駄目だ」と引き渡しを拒まれる一幕もあった。

 17日夜、物資が被災各地の拠点に届き始めると、新たな障害が起こった。「ラストワンマイル」問題だ。せっかく届いた大量の物資が各地の集積拠点に滞留し、その先にある避難所に行き渡らなかった。

 市町村は避難所対応に人手を割かれ、荷受けや仕分けの人手が不足していた。田嶋は「混乱が収まるまで約1週間かかった」と振り返る。東日本大震災を機に制度化されたプッシュ型支援で、国は「市町村の拠点まで国の責任で運ぶ」と明言していたが、初の「実戦」は多くの課題を残した。

プッシュ型支援
 大規模災害で緊急を要する場合、被災地からの要請を待たずに必要な物資を送ること。2012年改正の災害対策基本法に明記され、熊本地震では昨年4月17日~5月6日に278万食(一部はプッシュ型以外も含む)を国が供給した。国は今年4月に改定した防災基本計画で、熊本地震の教訓を踏まえ「自治体、物流事業者などが物資の配送・到着状況を把握するため、情報共有できるシステムの整備に努める」とした。

 ※敬称略、肩書は当時、年齢は現在

=西日本新聞朝刊=


「あって良かったもの、なくて困ったもの」地震対策をおさらい 非常袋と家具を再点検
西日本新聞 4/17(月) 11:39配信

 地震対策の「基本のき」をおさらいする「防災のヒント」。今回は非常用持ち出し袋の準備と家具の転倒防止を確認する。「もうやってる」という人も、この機会に点検してみてはいかがだろうか。

「あって良かったもの、なくて困ったもの」
 備える上で参考になるのが被災した人の経験。被災者の声をまとめた冊子「熊本地震の体験談から学ぶ防災ヒントブック」が昨年10月に出来上がった。設計会社の日建設計(東京)社員有志でつくるボランティア部が、現地でのボランティア活動の傍ら被災者約40人の話を集め、漫画やイラストを使ってまとめた。

 「あって良かったもの、なくて困ったもの」として挙がったのは運動靴、眼鏡、防寒着、ブルーシート、ウエットティッシュ、ガスこんろ、ラップ、リュックサックなど。熊本地震の発生は4月だったが夜は冷え込み、防寒着が必要だったという。車中泊ではバスタオルがカーテン代わりになり、座布団が倒したシートの段差をなくすのに役に立った、との声もあった。

 部員の一人で1級建築士の西勇さん(35)は「必要なものは家族構成や年齢、地域、季節によっても違う。市販の防災セットだけでは不十分で、自分たちに合わせた備えが必要と実感した」と話す。特に薬や生理用品は現地では手に入りにくかったという。被災後すぐに持ち出すものと、その後の生活用とに分けて準備すればより安心だ。

 持ち出し袋について「押し入れの奥にあり取り出せなかった」「車にも入れておけばよかった」「子どもが大きくなり不要なのにオムツをたくさん入れたままだった」という事例も。西さんは「衣替えの時期に一緒に見直す習慣をつけるのがいいのでは」と提案する。

◆転倒防止対策と配置
 室内で地震に遭えば、家具は凶器にもなる。転倒防止について福岡市消防局防災センターの消防士長、東島浩平さん(39)に聞いた。

 主な方法は(1)L字金具で壁に固定(2)天井との隙間に突っ張り棒を設置(3)家具の底に粘着マットを敷く-。ねじで固定する(1)が最も効果があるが、壁に穴を開けられない場合は(2)と(3)を同時に施せば効果が高まるそうだ。いずれも量販店などで購入できる。

 今すぐできる方法もある。家具の上に段ボール箱を載せると、突っ張り棒のような働きをするという。「箱は空でいい。できるだけ天井との間に隙間ができないサイズを選んで。丸めた毛布でも代用できますよ」と東島さん。棚やたんすは下の方に重いものを入れた方が倒れにくい。収納の仕方にも心を配りたい。

 家具の配置にも工夫がいる。特に寝室では、寝ている間に倒れても、家具が頭や体に当たらないようにしておこう。倒れた家具が出入り口をふさがない配慮も必要だ。東島さんは「災害から時間がたつにつれ危機感は薄れていく。定期的に備えをチェックすることが命を守ることにつながります」と呼び掛ける。


「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」寂しさ抱えそれぞれの1年 熊本地震の犠牲者追悼式
西日本新聞 4/17(月) 11:29配信

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花梨ちゃんの写真と大好きだった縫いぐるみを抱いて熊本県の犠牲者追悼式に参列した宮崎貴士さんと妻さくらさん=14日午前10時半すぎ、熊本市中央区

 つい1年前までそばにいた。「まだ実感がなくて」「どうか安らかに」。熊本地震から1年、遺族や知人たちは、それぞれの思いを胸に追悼の場を訪れた。

 「心臓病だったけれど活発な子。お姉ちゃんのまねが好きで」。14日、熊本県庁で営まれた熊本地震の犠牲者追悼式。当時4歳の次女花梨(かりん)ちゃんを亡くした同県合志市の会社員宮崎貴士さん(38)と妻さくらさん(38)は、遺影と犬の縫いぐるみを抱いて参列した。

 昨年4月16日の本震後、入院していた熊本市民病院から福岡市に転院。5日後に息を引き取った。さくらさんは遺影を見詰めながら「式を迎えたら変わるかなって思ったんですけど、気持ちに区切りなんてつかなくて」と静かに語った。

「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」
 同県益城町の「みなし仮設」で暮らす持田武久さん(76)も参列した。昨年、金婚式を迎えた妻哲子さん=当時(70)=を失った。「かあちゃんがおらんのはつらいが、子ども3人、孫6人と一緒に、これからの幸せを見詰めて頑張っていく」と涙を浮かべた。

 式典で遺族代表の言葉を述べた熊本市中央区の冨永真由美さん(58)は「被災者や遺族が悲しみから一歩でも抜け出せたら」との思いを一言一言に込めた。そして、大役を無事に務められた感謝を亡き母、津崎操さん=当時(89)=に心の中で伝えた。

 14日朝、益城町惣領。荒牧不二人さん=当時(84)=の自宅跡に、60年来の友人の西村治信さん(83)=同町古閑=が姿を見せた。「あっという間。まだ実感がないよ」。自宅でカラオケ教室を営んでいた荒牧さんの指導を受けていた井手幸代さん(63)はレッスン中、震度7に襲われ、一緒にがれきの下敷きになった。「『先生』と何度も呼んでも返事がなくて」。以来、涙がこみ上げて歌えなくなった。

 村上ハナエさん=当時(94)、正孝さん=当時(61)=の親子が犠牲となった益城町木山の自宅跡。更地となった敷地には住民約15人が集まり、一周忌法要を営んだ。村上さんが育てた野菜を買っていた島田靖枝さん(61)は「更地を見て、寂しさがこみ上げてきた。どうか安らかに休んでください」。


熊本地震で倒壊した鳥居再建 寄付金集まる 佐賀の愛宕神社
西日本新聞 4/17(月) 10:39配信

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熊本地震で倒壊した楼門と鳥居のがれきが撤去され、鳥居が再建される佐賀市の愛宕神社

 1年前の4月16日午前1時25分ごろ、熊本地震の本震で佐賀市呉服元町の愛宕神社の鳥居と楼門は倒壊した。このうち、先に再建が決まっていた鳥居(高さ3メートル、幅4メートル)が29日に完成披露される。3月に石材店に発注して製作中。再建費は善意の寄付金で賄った。残っていたがれきの撤去も終了し、一歩ずつ元の姿へと修復が進んでいる。

 約300年前の建立とされる鳥居と楼門は、熊本地震の前震には耐えたものの、佐賀市でも震度5を観測した本震で崩れ落ちた。

 総代会は神社の歴史や被災前後の写真を載せたチラシを作成し、再建費の募金を開始。これまでに住民や県神社庁、日本バーテンダー協会佐賀支部などの約100個人・団体から約150万円が集まった。総代の鎌坂荒夫さん(60)は「頑張ってください、と温かく元気づけられた。感謝している」と話す。29日のお披露目では神事を営む。

 熊本地震の前震から1年の14日、鎌坂さんは境内で犠牲者に黙とうをささげた。この1年、毎日のように神社の掃除や草刈りをして再建を願ってきた。「皆さんの善意をやっと形にできる」と、ほっとしたような表情を見せる。

 総代会は楼門の修復も目指し、募金活動を続ける。

=2017/04/17付 西日本新聞朝刊=


<福島・浪江町>請戸川沿いのソメイヨシノ見ごろ
毎日新聞 4/17(月) 10:27配信

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東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示解除後、初めて見ごろを迎えた請戸川沿いの桜並木=福島県浪江町で2017年4月14日午後0時44分、喜屋武真之介撮影

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が帰還困難区域を除き解除された福島県浪江町で、桜の名所として知られる請戸川沿いのソメイヨシノが見ごろを迎えた。

 原発事故前は毎年「桜まつり」が開かれ、桜並木の下は大勢の地元住民や観光客でにぎわったが、避難指示解除後も帰還する住民は乏しく、訪れる人の姿はまばら。浪江町から避難し現在は同県南相馬市で暮らす国分敏勝さん(79)は7年ぶりに桜並木を訪れ、「避難している間に桜の木が大きくなった。すばらしいもんだ」と目を細めていた。【喜屋武真之介】


2度目の激震、鎮魂 熊本地震・本震1年、想定外教訓に訓練
西日本新聞 4/17(月) 9:59配信

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熊本地震本震から1年、大野睦さんが犠牲になったアパート跡地で花を手向け、手を合わせる同級生たち=16日午前8時20分、熊本県南阿蘇村

 熊本地震は16日、最大震度7を観測した本震から1年を迎えた。本震により倒壊した建物の下敷きになるなどして、熊本県内で最多の16人が直接死した南阿蘇村など各地で犠牲者の追悼行事が営まれた。前震に続き震度7の激震に2度見舞われた「想定外」の被災の教訓を踏まえ、大規模な防災訓練も実施された。

 熊本県南阿蘇村では直接死16人と関連死11人の計27人が犠牲になった。16日午前、東海大農学部生3人が死亡した「学生村」で、友人らが更地となったアパート跡に献花した。大野睦さん=当時(20)=の友人川口晃典さん(20)は「また来るけん、と手を合わせた」と話した。同日、大学や村主催の追悼式も営まれた。

 熊本市は市内5区で、住民や企業、市関係者約2千人が参加し、震災対処実働訓練を実施した。市職員らが避難者数や必要物資を迅速に把握し、運送業者が避難所へ物資を運ぶ訓練などに取り組んだ。市とJR九州は、鹿児島線の線路上で列車が緊急停車したと想定し、乗客を避難誘導する訓練も行った。

=2017/04/17付 西日本新聞朝刊=


崩落阿蘇大橋 2020年度開通へ
ホウドウキョク 4/17(月) 9:37配信

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(写真:ホウドウキョク)

2020年度の開通を目標に、復旧工事を進めていくことを明らかにした。
南阿蘇村の阿蘇大橋は、熊本地震の本震で崩落し、国交省は元の場所からおよそ600メートル下流に新しい橋の架け替えを検討している。
石井国土交通相は現地を視察し、2020年度の開通を目標に復旧工事を進めていくことを明らかにした。
また、土砂崩れで一部通行不能となっている国道57号線の新しい北側復旧ルートについても、2020年度の開通を目指すという。

2017年4月15日 (土)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2223

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:南阿蘇村 遺族ら出席 追悼式典 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:水流寸断、水田壊滅も…避難所から通い育てたカライモ再生の実り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震本震1年>東海大の犠牲者の後輩ら、冥福祈る - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>九州道、完全復旧へ 28日までに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「経験を全国に」復興祈念シンポ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇大橋、20年度開通=熊本地震で崩落―国交省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震「本震」から1年、南阿蘇村で追悼行事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震本震1年>復興への思い新たに 南阿蘇村で追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>花好きの亡き妻に「自宅跡に桜を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:手合わせ、犠牲者しのぶ=「希望つなぐ」思い込め―熊本地震本震1年・南阿蘇 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:死者の4人に1人は避難後の帰宅で犠牲 熊本地震から1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「暗い谷底で待ち続けた晃を、まだ送り出せない」遺骨、今も手元に 熊本地震、本震きょう1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町の潮井神社、地震で落差70センチの断層出現 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震度7が2度の益城町住民「活断層との共存」に複雑 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設入居、7割近くが「延長希望」…熊本被災者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城 何十年かかっても石垣再生へ、“現代の清正”石工養成から - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>東海大キャンパスで3学生追悼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>益城町と西原村で追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震から1年 被災地で追悼式典 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:学生「決して風化させない」=3人犠牲の東海大追悼集会―熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:一周忌、家族で現場に=「ゆっくり休んで」―崩落阿蘇大橋で犠牲の大学生 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:17年度までの燃料搬出困難=ふげん、新たな工程検討―原子力機構 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本激震…最前線ドキュメント 首相指示「青空避難を解消せよ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:コナン、ドラえもん…漫画家らが復興支援 南阿蘇鉄道で激励ラッピング 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本で追悼式、遺族「前へと歩くことこそ供養」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>「前に」 益城町と西原村で追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:漫画キャラが復興後押し、熊本にラッピング列車 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<南阿蘇鉄道>ドラえもんやコナンが復興願い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被害甚大の益城町で追悼式=遺族「生き抜くことが供養に」―熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>LINEとFB 災害時の機能追加 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:南阿蘇村から大学生が消えた…でも下宿はたたまない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 転院先で次女関連死、癒えぬ悲しみ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「何で向こうだけ」被災地の明暗、映し出す夜の街 支援と特需 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本県産木材の活用進む=被災庁舎や住宅再建―復興需要をチャンスに・地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

南阿蘇村 遺族ら出席 追悼式典
ホウドウキョク 4/17(月) 8:31配信

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(写真:ホウドウキョク)

熊本地震から1年を迎えた16日、南阿蘇村では、犠牲者を悼む式典が行われた。
大規模な土砂崩れで阿蘇大橋が崩落するなど、甚大な被害を受けた南阿蘇村で行われた式典には、遺族や村の関係者など、およそ300人が参列した。
南阿蘇村での犠牲者は、直接死、関連死あわせて27人。
泊まっていた宿泊施設が土砂崩れで流され息子夫婦を亡くした鳥居政次さんは「あんたの思いは、お父さんが連れて帰るから心配するなと」と話した。
式典では、参列者全員が献花し、犠牲者に祈りをささげていた。

テレビ熊本/FNN


水流寸断、水田壊滅も…避難所から通い育てたカライモ再生の実り
スポニチアネックス 4/17(月) 7:01配信

 ◇熊本地震“連震”から1年 一歩一歩

 最大震度7を2度観測した熊本地震は16日、「本震」から1年を迎えた。阿蘇大橋が崩落した熊本県南阿蘇村などでは、犠牲者を追悼する式典が行われた。震源となった布田川・日奈久(ふたがわ・ひなぐ)断層帯の上にある西原村布田の農地は、水流が寸断され深い傷を負った。だが、地震直後に植えたカライモ(サツマイモ)の出荷がピークを迎えるなど、前へ歩きだしている農家もいる。

 布田の農家は、カライモなど水を引かなくてもできる作物を畑で作っている。だが辺りの水田は壊滅状態だ。緑に見えた西原の景色は、近寄って見ると牧草やレンゲソウが多かった。レンゲソウは主に休耕田の肥料として植えられる。「雑草が生えた田んぼも多い。手入れせんと、すぐ荒れ果ててしまう。コメはできんでも、土を混ぜたりで骨が折れる」と顔をしかめた。

 丹波家は畑15反(約1万4900平方メートル)でカライモを、水田6反でコメを作っている。地震直後は、西原中学校に避難。そこからかなり距離があり、数カ所に散らばっていた畑に通った。「家の片付けもしてないのに、何で農作業せなあかんのかと。避難所に泥だらけで帰るのも恥ずかしかった。でも父が“イモを植えなあかん”と。バカじゃないかと腹が立った」と当時を振り返る。

 ただ、今は父に感謝している。「去年、頑張ってイモを植えたから、今こうして生活できる。やっぱり土地のあるもんは強い」と、1年の苦労が詰まったカライモを大切に手に取った。今年は水田の幾つかをカライモの畑にするという。「息子も農業を継いでくれてるし、家も再建せにゃいかん」。丹波家は布田を離れず、これからも土とともに生きていく。


<熊本地震本震1年>東海大の犠牲者の後輩ら、冥福祈る
毎日新聞 4/16(日) 23:58配信

 ◇南阿蘇村 アパート倒壊現場を訪れて

 熊本地震の本震でアパートが倒壊し、東海大の学生3人が亡くなった熊本県南阿蘇村では16日、犠牲者の後輩や同級生らが既に更地となった倒壊現場を訪れ、冥福を祈った。

 同大農学部2年の梅崎世成(せな)さん(20)はアパート跡地を訪れ、学部の1年先輩で犠牲となった大野睦(りく)さん(当時20歳)をしのんだ。

 梅崎さんも同じアパートで、本震2日前の前震で外に避難していた際に、大野さんが入学したばかりの梅崎さんらを落ち着かせようと大学生活などを語ってくれたのを覚えている。本震で生き埋めになり、梅崎さんは約6時間後に助け出されたが、大野さんは命を落とした。

 梅崎さんも建物に長時間押しつぶされ、右脚の膝上から先を失った。3カ月入院し、今は義足での生活を懸命に送る。「この1年で人生が変わったが、乗り越えることができた。これからも見守っていてください」。後輩思いの先輩を思った。

 同大農学部4年生の脇志朋弥(しほみ)さん(当時21歳)が犠牲になったアパート跡では、鹿児島の高校で同級生だった熊本市東区の会社員、永吉龍平さん(22)が手を合わせた。

 現場に供えられたリンゴに手を伸ばし「高校時代、リンゴが大好きで毎日お弁当に入っていたのを思い出す」と在りし日を思った。「優しさで包み込んでくれるような人だった。『忘れないよ。元気でね』と伝えました」【徳野仁子、久保玲、山下俊輔】


<熊本地震>九州道、完全復旧へ 28日までに
毎日新聞 4/16(日) 23:55配信

 ◇益城熊本空港-松橋IC間が復旧見通し明らかに

 西日本高速道路は16日、熊本地震の復旧工事が続く九州道の益城熊本空港(熊本県益城町)-松橋(まつばせ)インターチェンジ(IC、同県宇城市)間の約17キロについて、28日までに4車線に復旧できる見通しを明らかにした。地震による九州道の車線規制がすべて解消される。

 同社によると、同区間は損壊した橋脚や路面などの復旧工事で車線規制されていた。速度も50キロに規制されているが、復旧後は御船-松橋IC間のみ80キロ規制となり、他区間は100キロ規制に戻る。

 昨年のゴールデンウイークでは最長約10キロの渋滞があったが、今年は解消される見通し。同社は「今後は他区間でも耐震補強を進めたい」と話している。【吉川雄策】


<熊本地震>「経験を全国に」復興祈念シンポ
毎日新聞 4/16(日) 23:52配信

 熊本県が主催する熊本地震復興祈念シンポジウムが16日、熊本市中央区のホテルであった。地震直後に蒲島郁夫知事が設置した「くまもと復旧・復興有識者会議」のメンバーが1年を振り返り、「熊本の経験を全国に伝えていく必要がある」などと話し合った。

 有識者会議は、座長の五百旗頭(いおきべ)真・熊本県立大理事長や御厨(みくりや)貴・東大名誉教授(政治学)ら7人で構成。昨年6月に「創造的な復興」を掲げた提言を県に提出し、県はこれを踏まえて24項目の復旧・復興プランをまとめた。

 シンポでは、防災の専門家、河田恵昭(よしあき)・関西大社会安全研究センター長が、熊本地震で実現した、被災地の要請を待たずに支援物資を調達・発送する国の「プッシュ型支援」について「首都直下型地震や南海トラフ地震など、熊本地震を大きく超える被害が出た場合には無理だろう」と指摘。「自治体や市民が何をできるのか、考えなければいけない」と警鐘を鳴らした。

 坂東真理子・昭和女子大理事長は「自治体が助けを求める『求援』も重要だと感じた。そうした経験の蓄積を広く分かち合うことが大事だ」と指摘。谷口将紀(まさき)・東大大学院教授(現代日本政治論)も「市民が得た経験を持ち寄って復興に参画する必要がある」と話した。

 東日本大震災復興構想会議で議長代理を務めた御厨さんは「有識者会議を閉じることなく熊本の経験を観察していきたい」と話し、蒲島知事は「熊本の教訓を分かりやすい形で発信していきたい」と応えた。【笠井光俊、佐野格】


阿蘇大橋、20年度開通=熊本地震で崩落―国交省
時事通信 4/16(日) 21:31配信

 国土交通省は16日、昨年4月の熊本地震で崩落した阿蘇大橋(熊本県南阿蘇村)について、新たな橋を2020年度に開通させる方針を発表した。

 崩落現場より約600メートル下流に設置予定。一部通行止めとなっている国道57号の新ルートも20年度の全線開通を目指す。

 また、一部区間が運休中の第三セクターの南阿蘇鉄道(本社・熊本県高森町)の復旧について、設計から工事完了まで最長で5年程度かかるとの見込みを公表した。65億~70億円程度の費用が必要とみている。

 九州自動車道は益城熊本空港インターチェンジ―松橋インターチェンジ間で車線規制が行われているが、今月28日までに地震前の4車線に復旧する見通しだ。


熊本地震「本震」から1年、南阿蘇村で追悼行事
読売新聞 4/16(日) 20:30配信

 熊本地震は16日、「本震」の発生から1年を迎えた。

 2度目の震度7を観測した本震では41人が亡くなった。昨年4月14日の「前震」と合わせた直接死は50人。本震で16人が犠牲になった熊本県南阿蘇村では追悼行事が営まれ、家屋倒壊や土砂崩れが起きた現場でも、冥福(めいふく)を祈る遺族や友人らの姿が見られた。

 本震は、前震から約28時間後の同16日午前1時25分に起きた。同県益城(ましき)町と西原村で震度7を観測。震度6強を記録した南阿蘇村を含む阿蘇地域では土砂災害が相次ぎ、阿蘇大橋が崩落した。

 同村にある東海大阿蘇キャンパスの学生3人が亡くなった三つのアパート跡地では16日、同級生らが花を手向けた。地震の影響による震災関連死を含む27人の犠牲者を追悼した村主催の式典で、吉良清一村長は「早く元の生活に戻れるよう復旧復興に取り組む」と決意を述べた。

 熊本地震では、直接死50人に加え、関連死などで計225人が犠牲になった。「みなし仮設」を含む県内の仮設入居者数は約4万5000人。被災者の生活再建が今後も課題になる。


<熊本地震本震1年>復興への思い新たに 南阿蘇村で追悼式
毎日新聞 4/16(日) 20:16配信

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熊本地震本震で住宅が土砂に流された高野台団地で、友人が犠牲となった場所を見つめる男性=熊本県南阿蘇村で2017年4月16日、津村豊和撮影

 熊本地震の本震から1年を迎えた16日、直接死16人と震災関連死11人の計27人が犠牲となるなど大きな被害が出た熊本県南阿蘇村では、犠牲者の遺族や知人らが追悼の意をささげて復興への思いを新たにした。

 同村河陽の長陽体育館で開かれた村主催の追悼式には計315人が参列し、正午の防災サイレンを合図に参列者全員が黙とう。会場前列に座った遺族16人の中にはハンカチで目頭を押さえる姿も見られた。吉良清一村長は「犠牲者や被災者の思いを心に刻み、ふるさとを再興する」と誓った。

 地震による大規模な土砂崩れで5人が死亡した同村河陽の高野台団地には犠牲者の友人や知人が相次いで訪れた。犠牲になった前田友光さん(当時65歳)の同僚だったという同県阿蘇市の会社員、米原義幸さん(32)は「地震後、職場だったゴルフ場が閉鎖されて仲間たちはばらばらになったけれど、みんな元気です」と伝え、故人がよく飲んでいたという野菜ジュースを現場の祭壇にささげた。

 南阿蘇村の立野地区では現在も357世帯(877人)が地区ぐるみでの避難を強いられている。土砂崩れに巻き込まれて犠牲になった片島信夫さん(当時69歳)と妻利栄子さん(同61歳)の自宅跡地では、地域住民ら約60人が集まって法要が営まれた。信夫さんの妹チヅ子さん(68)は「1年前は訃報を聞いて表現できないくらい落ち込んだ。立ち直らなければいけないとここに来た」と声を詰まらせた。【杉山恵一、山下俊輔、中里顕】


<熊本地震1年>花好きの亡き妻に「自宅跡に桜を」
毎日新聞 4/16(日) 19:00配信

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母を亡くした熊本地震の「本震」から1年となる16日、2月に解体した自宅を訪れ花を手向ける島崎浩さん(右から3人目)と家族=熊本県益城町で2017年4月16日午後3時9分、和田大典撮影

 熊本地震の本震から1年となった16日、被災地各地で犠牲者を悼む遺族らの姿が見られた。

 地震で壊滅的な被害を受けた熊本県益城町。解体された自宅跡地では、島崎敏幸さん(82)と長男の浩さん(57)、親族らが花を手向け、地震で犠牲となった敏幸さんの妻、京子さん(当時79歳)の冥福を祈った。

 京子さんは倒壊した自宅の下敷きになって亡くなった。

 敏幸さんは、「(妻は)花が好きで桜も好きだった。(自宅跡に)桜を植えてあげたい」と思いを語った。

 浩さんは、「まだ信じられない気持ちが強い。今日は父親や兄弟とも一緒だから(自宅跡に)来ることができた。当時を思い出してしまいつらい」と話した。【和田大典、後藤由耶】


手合わせ、犠牲者しのぶ=「希望つなぐ」思い込め―熊本地震本震1年・南阿蘇
時事通信 4/16(日) 17:06配信

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最大震度7を再度記録し、被害を拡大させた熊本地震の本震から16日で1年。関連死を含め27人が犠牲となった熊本県南阿蘇村で追悼式が行われた。写真は黙とうする参列者。

 最大震度7を再度記録し、被害を拡大させた熊本地震の本震から16日で1年。

 関連死を含め27人が犠牲となった熊本県南阿蘇村で追悼式が行われた。参列者らは予期せぬ「2度目の地震」で奪われた家族や友人らをしのび、静かに手を合わせた。

 式には遺族ら315人が参加。約1分間の黙とうの後、献花台に白い花を手向けた。会場の体育館には時折、参列者らのすすり泣く声が小さく響いた。

 同村の「ログ山荘・火の鳥」に宿泊中、土砂崩れに巻き込まれ亡くなった香川県東かがわ市の鳥居敬規さん=当時(42)=の父政次さん(73)は献花の後、天を仰いだ。「思いがこみ上げてきて、献花台にすがりつきたかった」。式中は「お父さんが来たけん、あんたの思いは連れて帰るから心配するな」とつぶやいたという。この1年を振り返り、「寂しく、悔しい。優しく素直な息子だった」と涙を拭った。

 同日は、下宿先のアパートの倒壊により学生3人が犠牲になった東海大阿蘇キャンパス(同村)でも慰霊式があった。学生と同大の職員計約120人が参列し、約30秒間黙とう。献花して犠牲者に追悼をささげた。

 農学部のあった同キャンパスは地震後、校舎の損壊などにより閉鎖。慰霊式は被害が比較的少なかった講義棟の前の広場に献花台を設けて行われた。

 荒木朋洋農学部長は追悼の辞で犠牲者一人ひとりの名前を挙げ、「あなた方の希望をつないでいくのが私たちの使命。一丸となり農学部の復興に取り組む」と語り掛けた。


死者の4人に1人は避難後の帰宅で犠牲 熊本地震から1年
産経新聞 4/16(日) 12:00配信

 発生から1年が経過した熊本地震は、震度7の激しい揺れが2度も襲う異例の大災害だった。死者の4人に1人は前震で避難しながら自宅に戻り、2日後の本震で犠牲になったことが調査で判明。帰宅判断の難しさを浮き彫りにした。(伊藤壽一郎)

 ■古い家屋で被害

 熊本地震は昨年4月14日、熊本県益城町から南西に延びる活断層の日奈久(ひなぐ)断層帯が活動し、マグニチュード(M)6・5の前震が発生。16日には隣接する布田川断層帯でM7・3の本震が起き、いずれも最大震度7を記録した。

 2つの断層帯に沿うように木造家屋の倒壊や土砂崩れなどの被害が発生し、直接的な死者は前震で9人、本震で41人に上った。

 死者の被災状況や行動を静岡大の牛山素行教授(災害情報学)らが調査したところ、全体の7割を超える37人が家屋の倒壊で死亡。うち30人は1970年代以前に建てた古い家屋で被災したことが分かった。

 木造家屋の耐震能力は、関東大震災翌年の24年に設けられた旧耐震基準で「震度5程度で倒壊しない」と定められた。81年に「震度6強以上で倒壊しない」との現行基準に強化されたが、熊本地震で死者が出た家屋の大半は、脆弱(ぜいじゃく)な旧基準だったとみられる。

 牛山教授は「犠牲者を軽減するには、建物の耐震性向上が重要だと再確認された」と指摘する。

 ■難しい帰宅判断

 熊本地震では前震でいったん避難したのに、倒壊を免れた自宅に戻り、本震で犠牲になった人が少なくないとされる。実態はどうだったのか。

 牛山教授らは本震による死者の行動を詳しく分析。その結果、3割に当たる13人が前震時に避難しながら自宅に戻り、死亡していたことが判明した。

 避難しなかった8人のうち4人は、前震時に県外にいて、本震前に自宅に戻っていた。残る20人の行動は不明で、避難後に帰宅して犠牲になった人は、さらに多い可能性があるという。

 ただ、牛山教授は「前震で避難したことで助かった人もいるとみられ、油断して帰宅したことで死者が大きく増えたとまではいえない」と分析する。

 倒壊を免れた家屋への帰宅は判断が難しい。基本的な基準は避難が必要か診断する応急危険度判定で、熊本県は前震翌日に開始したが、20戸を終えた時点で本震に襲われ間に合わなかった。今後は判定が出るまで帰宅しない慎重さが求められそうだ。

 ■現行基準でも倒壊

 国土交通省の調査では、建物被害が最も大きかった益城町中心部の木造家屋は前震で35棟、本震後に297棟が倒壊した。前震に耐えた家屋が、なぜこれほど多く倒壊したのか。京都大の竹脇出(いずる)教授(地盤環境工学)によると、前震で変形が生じたためだという。

 木造家屋は地震の際、しなるように動いて揺れを吸収する。だが、限界を超えると柱や壁の継ぎ目がゆがんで変形。再び大きな揺れに襲われると変形が一気に進んで倒壊につながる。

 現行の耐震基準は震度6強以上の揺れに1回耐えることしか想定していない。熊本地震を機に竹脇教授が試算したところ、このクラスの地震に2回耐えるには現行基準の1・5倍の耐震強度が必要と分かった。

 静岡大の調査では1980年代以降に建てた家屋の倒壊で6人が死亡。国交省の調査でも2000年以降の7棟が倒壊し、うち2棟で変形の限界を超えた可能性が指摘されている。

 国交省は熊本地震を受け現行基準の見直しを検討したが、昨年10月に見送りを決定した。今回は特殊なケースで基準を変更する必要はないと判断したためだ。

 ただ、竹脇教授は「耐震基準は最低限の強度であり、人的被害の軽減には極力、強度に余裕を持たせた方がいい。それが熊本地震の教訓だ」と指摘する。

 強度に余裕を持たせるには壁の数を増やすことが定番だが、既存の家屋では改修コストが高く、居住空間の圧迫にもつながる。

 竹脇教授は「最近は制震ダンパーが有効だ。階段裏などへの設置で家屋の揺れを吸収し安価に耐震性を向上できる」と話している。


「暗い谷底で待ち続けた晃を、まだ送り出せない」遺骨、今も手元に 熊本地震、本震きょう1年
西日本新聞 4/16(日) 11:32配信

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阿蘇大橋の崩落現場(左奥)を訪れ、手を合わせる大和晃さんの(手前から)父卓也さん、母忍さん、兄の翔吾さん=15日午前、熊本県南阿蘇村

 1年の区切りはまだ付けられそうにない。熊本地震から4カ月間、安否不明だった熊本県阿蘇市の大和晃(ひかる)さん=当時(22)=の両親は今も遺骨を手元に置いている。県の捜索が中断された時の「取り残された傷」も癒えていない。「それほど命は重いんです」。だからこそ全国から励ましの声が届き、自分たちの手で捜索を続けられた。感謝を返すため、半歩でも前へ-。本震から1年を迎える16日、自宅で一周忌法要を営む。

 朝昼晩、母の忍さん(49)は仏前に食事を供え続けている。好物だった卵焼き、めんたいこ…。「遠くに行けば、母親がしてあげられることができなくなる」。父の卓也さん(58)も「暗い谷底で待ち続けた晃を、まだ送り出せない」。一周忌に予定していた納骨は盆まで延ばそう。3月末、夫婦で決めた。

 晃さんは昨年4月16日、阿蘇大橋(熊本県南阿蘇村)付近を車で走行中、土砂崩れにのまれた。県は二次災害の恐れがあるとして、5月に入ると継続的な捜索を打ち切った。諦めきれない両親はほぼ毎日、現場に足を運び続けた。

 その間、忍さんは「母親がしてあげられること」を続けた。毎朝、おむすびを握り、谷底に投げ入れた。千羽鶴を折り、祈った。昨年7月に車体を発見。8月11日、遺体が収容された。

 その後も忍さんは晃さんの部屋で鶴を折り続けた。一緒に捜索してくれた友人ら延べ300人に感謝を形で示したい。部屋のこたつ布団もベッドも1年前のままだが、最近は鶴に「晃が次の世で穏やかに過ごせるように」との願いも込められるようになってきた。今月に入り、ようやく新しい千羽鶴が出来上がった。

 立ち止まった背中を押される出来事もあった。晃さんに婚姻届の証人になってもらったという友人が訪ねてきて、夫婦で披露宴に招かれた。被災した東海大の学生も線香を上げに来てくれた。その縁で学生たちが5月に南阿蘇村で開く追悼行事のために、農業を営む卓也さんが竹灯籠を作る約束をした。東日本大震災の被災者をはじめ、全国から激励の手紙も寄せられた。

 「晃が引き合わせてくれた。谷底で見つけられたのも、人のつながりが広がったおかげ」。卓也さんはそう振り返りつつも、捜索が遅れた悔しさは忘れていない。検証はされたのか。「今後、同じ思いをする人が出れば、晃の命が報われない」。一周忌を過ぎたら県に要請するつもりだ。

 それでもまだ「半歩」。そんな両親を支えようと、兄の翔吾さん(24)は就職先に地元を選んだ。今月、広島大大学院から熊本県内の製薬会社へ。大学4年で事故に遭った晃さんも、今春から社会人になっていたかもしれない。「晃の分まで頑張らなければと思っています」と自分に誓う。

 15日には親子3人で事故現場を訪れた。「慣れていかないといけないのかな。変わっていかないと」。晃さんが好んだ黄色の花を手向け、卓也さんは静かに語った。

=2017/04/16付 西日本新聞朝刊=


益城町の潮井神社、地震で落差70センチの断層出現
日刊スポーツ 4/16(日) 10:21配信

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潮井神社本殿前を落差70センチほどの断層(シートで覆われている部分)が現れた(10日撮影)

<震度7の大地震から1年 熊本の今(3)>

 熊本地震で昨年4月14日の前震、同16日の本震と、2度の震度7を記録した熊本県益城町。その中でも杉堂地区は布田川断層の真上に位置し、集落が大きな被害を受けた。

 杉堂の集落にある「潮井神社」本殿前には地震後、長さ4メートル、落差70センチの断層が地表に現れた。町を立て続けに襲った震度7のすさまじさを物語るもので「活断層との共存」を目指す町はこの断層を文化財に指定、シートで覆って保存している。だが住民は「共存と言われても、杉堂は(建物の)解体もまだまだ。1年たってもそのままたい」と肩を落とした。


震度7が2度の益城町住民「活断層との共存」に複雑
日刊スポーツ 4/16(日) 10:21配信

<震度7の大地震から1年 熊本の今(3)>

 熊本地震で昨年4月14日の前震、同16日の本震と、2度の震度7を記録した熊本県益城町。その中でも杉堂地区は布田川断層の真上に位置し、集落が大きな被害を受けた。「活断層との共存」を復興計画に打ち出した同町だが、実際の住民はどう感じているのか。家屋が全壊した被災者に聞いた。

 谷の間に挟まれるように、ひっそりと瓦屋根の家々が立ち並ぶ杉堂地区。熊本空港からわずか約2・5キロの距離にある。古き良き日本の集落だったが地震を境に姿を変え、1年がたった今もなお、倒壊家屋が解体されずに残っていた。

 地震の1週間前、矢嶋あつみさん(60)は父斉さん(90)と「断層があるけ、いつか地震は来る」と話していたという。「まさか本当に来るとは」。斉さんも「90年間こんな地震は来たことがない」と話した。ハザードマップで知らされていても、いつ来るか分からない地震に対処することはほぼ不可能だ。

 全壊した母屋は今月5日にようやく解体工事が始まった。人手が足りず、いつ倒壊してもおかしくない建物内の掃除を、矢嶋さん自ら行った。今は父と倉庫を改造して暮らしている。

 「活断層と共存」という考え方について「確かに怖い。震度3、4でもドキドキする。でも他のところに住もうとは思わない。また一からやり直し」と複雑な思いを語った。

 集落の入り口から一番奥の高台に上ると、鎌を持ち、庭先の草むしりをする山内誠一さん(68)がいた。

 自宅は全壊。裏山は大きく崩れ、大雨が降れば土砂災害につながりかねない。なぜそんな場所を手入れするのか尋ねると「ここが好きだから雑草を取ってる。でなきゃ来ん。住み慣れたところが一番だ」と笑顔で語った。山内家は明治時代から代々、杉堂に住んできた。「集落がなくなってしまった。80軒ほどあった家は今、10軒ほどしか住んでないだろう」。

 1年前。14日の前震では自宅は倒れなかったが、停電のため避難した。それが奏功。本震時は倒壊した自宅にいなくて済んだ。3日後、がれきや土砂でふさがった道を必死に上ると、姿を変えたわが家が目に入り、涙が止まらなかった。

 今は仮設住宅に妻と2人暮らし。「仮設住宅の2年間が終わったら復興住宅に入ろうと思っているけど、それすら造られるか分からん。先が見えない不安が強い」。高台から見える崩れた瓦屋根とブルーシートが目立つ故郷に、桜だけが地震前と変わらず咲いている。もう戻れないと覚悟していても、未練は捨て切れていない。【三須一紀】

 ◆益城町の被害 熊本地震では4月14、16日ともに震度7の激震を観測。建物が倒壊するなどして死亡した直接死が県内最多の20人、避難生活で体調を崩すなどして亡くなった関連死を含め計37人が犠牲に。住宅も6000戸以上が全半壊した。


仮設入居、7割近くが「延長希望」…熊本被災者
読売新聞 4/16(日) 8:48配信

 熊本地震は16日、「本震」から1年を迎えた。

 読売新聞は、地震の影響で仮設住宅に暮らす計100人にアンケートを実施した。仮設住宅の入居期限(原則2年)について、7割近くが「延長を希望する」と回答した。仮設住宅を出た後の住まいが「確保できておらず、見通しも立たない」とした人は約6割に上った。いまだに生活の礎となる住まいの見通しが立たず、復興の大きな課題になっている。

 地震後、整備された仮設住宅は、熊本県内16市町村で計4303戸に上り、3月末現在で4179戸に1万985人が暮らしている。アンケートは4月1~3日、仮設住宅が多い熊本市、益城(ましき)町などの6市町村を対象に行った。

 仮設住宅の入居期限の延長を希望するかどうかを尋ねた質問では、67人が「希望する」と回答。このうち、現時点で必要と思う延長期間を「分からない・見通せない」としたのは、半数近くの32人に上った。


熊本城 何十年かかっても石垣再生へ、“現代の清正”石工養成から
スポニチアネックス 4/16(日) 7:00配信

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復旧工事が進む熊本城の飯田丸五階櫓

 【熊本地震“連震”1年から 一歩一歩】震度7を2度観測した熊本地震は、2度目の激震の本震から16日で1年。多数の屋根瓦が天守閣で落下し、国の特別史跡・石垣も大きな被害を受けた熊本城。天守閣の再生時期は2年後に定められ4月から作業が開始されたが、石垣は復旧のメドが立っていない。「武者返し」と呼ばれる特徴的な造りや、修復技術を持つ職人、石工(いしく)の不足という壁が立ちふさがる。市を中心とした再生チームは“石工養成作戦”で復活を目指している。

 県のシンボル、熊本城は、今も多くのエリアが立ち入り禁止で長いフェンスに囲まれている。観光客が入場を許されている城内の神社からは、美しい曲線を描く「武者返し」とともに、えぐるように崩れ落ちた箇所が見える。公開されていない場所では、多くの石垣が崩落した。熊本市は2019年のラグビーW杯日本大会の会場の一つ。市は「震災復興のシンボルに」と19年中にまずは天守閣の外観を元の姿に戻す計画を立て、工事を4月から開始。石垣の再生は20年後の2037年としているが、専門家からは「復旧のメドが立っていない」との声が上がる。構造力学が専門の熊本大の山尾敏孝教授(65)は「崩れた石を元通りに積み直す技術を持つ石工が不足している」と指摘。さらに戦国武将の加藤清正が敵の侵入を防ぐために築いた「武者返し」、強度を増すために長方形の石を交互に積む「算木(さんぎ)積み」なども“壁”となっているとする。

 山尾氏は「独特の構造も修復を難しくしていてこのままだと、いつ修復が終わるか分からない。ただ何年かかろうとも直さなければならない。そのために石工も養成しないといけない」と話す。石工は、石を加工して、石垣や石造橋などを造り、修復も行う職人。

 石垣は50カ所以上で崩落があり、崩れた石が7万~10万個。熊本大は、それぞれの石が石垣のどの部分にあったのかをコンピューターで検索するシステムを開発したが、山尾氏は「修復するには、石工の技術が必要」と強調。石を一つ一つ積み直す作業でわずか数ミリの隙間ができてしまうと、複雑な構造ゆえに大きなゆがみにつながり、倒壊しやすくなってしまう恐れがある。地震による崩落で多数の石が傷つき、以前はなかった隙間を生む懸念があり、石工が石の形を整える必要がある。

 近年、石を資材とする公共事業が減るのに伴い石工も減少。戦国時代に全国の石垣を築いた石工集団の流れをくむ粟田建設(滋賀県)の粟田純徳社長(48)によると、石工は全国に200人ほどで熊本城の仕事にかかれるのはごくわずか。

 そんな中、市を中心とした再生プロジェクトチームは、石工養成を本格化。11年から開講し、主に九州地区の参加者を募っていた石工養成講座を今年から全国に向けて呼びかけている。一人前になるには10~15年かかるが、同講座の世話役の尾上一哉氏(64)は「文化財の再生を加速させるためにも力を注ぎ続けたい」と語った。

 ▼熊本城 城造りの名人と言われた戦国武将の加藤清正が築いた。完成は1607年。後に細川氏が熊本藩主となり、明治維新まで居城とした。熊本市によると、江戸時代に大地震で3回被災した記録が残る。明治時代は政府が軍の司令部「鎮台」を城内に設置。1877年の西南戦争中に、城内で火災が生じ天守閣などが焼失した。現在は特別史跡に指定されており、地震前には170万人前後の観光客が毎年訪れていた。

 《熊本市が復旧・復元試算634億円》熊本市の試算では、熊本城の復旧・復元には634億円を要するとされる。それを支えるのが「復興城主制度」だ。1万円以上の寄付に対して城主証と城主手形が送られ、手形は市内の観光施設や店舗で割引などの特典がある優待券として使用できる。同市によると、昨年11月に導入し、これまでに5万人を超える“復興城主”から約9億円の寄付が集まっている。今年2月からは検索サイト「ヤフー」のネット募金でも応募できるようになり、復興城主の数を増やしている。


<熊本地震1年>東海大キャンパスで3学生追悼
毎日新聞 4/15(土) 23:49配信

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東海大で開かれた追悼集会で、熊本地震の犠牲者を悼み献花する学生や関係者=熊本市東区で2017年4月15日午後2時22分、徳野仁子撮影

 熊本地震から1年を迎え、東海大の学内集会には学生や教職員約350人のほか、農学部4年生だった脇志朋弥(しほみ)さん(当時21歳)を亡くした父忠行さん(59)と母千鶴子さん(54)も遺影を手に参列し、冥福を祈った。

 山田清志学長が「集会を新たな一歩を踏み出す機会としたい」とあいさつ。学生代表の農学部3年、田中大智(だいち)さん(20)が「復興には時間がかかると思うが記憶を風化させないようにしたい。志半ばで亡くなった3人の分も生きていきたい」と述べた。

 脇さんの両親は集会後、大学を通して「1年間はあっという間で時間がたつのは早いなと感じた。先日、研究室にあった娘の写真やCDをいただき、中を見たら笑顔がたくさん写っていた。自分たちもその笑顔に負けないように前を向いて、笑顔で生きていこうと思っています」とのコメントを出した。【金森崇之、山口桂子】


<熊本地震1年>益城町と西原村で追悼式 
毎日新聞 4/15(土) 23:43配信

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熊本県益城町主催の熊本地震犠牲者追悼式で追悼の言葉を終え、祭壇を見つめる遺族代表の河添登志子さん=熊本県益城町で2017年4月15日午前11時9分(代表撮影)

 熊本地震の被災地は16日、2度目の震度7を観測した本震から1年を迎える。震災関連死を含め37人が亡くなった熊本県益城(ましき)町と8人が犠牲になった西原村では15日に追悼式が営まれた。

 益城町文化会館であった追悼式には390人が参列。遺族を代表し、長女河添由実さん(当時28歳)を亡くした母登志子さん(57)が「生活を一変させたこの土地は、豊かな実りを与えてくれる大切な古里です。悲しみとつらさを乗り越えながらどこよりも防災に強く人が支え合う豊かな町になるはずです」と語った。

 約300人が参列した西原村の追悼式では、父内村政勝さん(当時77歳)が亡くなった次男勝紀さん(47)が「父は残念ながら帰らぬ人となったが、村の人たちは不自由な暮らしに耐え、復興のつぼみを開かせようとしている」と述べた。

 熊本地震では14日の前震で9人、本震で41人が亡くなり、震災関連死を含めた犠牲者は225人に上った。【杉山恵一、取違剛】

 ◇遺族代表のことば

 熊本県の益城(ましき)町で15日に開かれた熊本地震犠牲者の追悼式で、長女河添由実さん(28)を亡くした母登志子さん(57)が遺族を代表して述べた追悼のことばは次の通り。

             ◇

 あの日、1年前の4月15日。

 前日に起きた地震の余震におびえながらも、私たち親子は、明日もあさっても当然のように、決して離れずに暮らせると信じて疑いませんでした。

 けれどその日が、家族全員が一緒に過ごせた、最後の日となってしまったのです。

 地震の後片付けに追われ、私たち家族は、暗い台所で懐中電灯の明かりを頼りに、寄り添うようにしてカップ麺を食べていました。

 ラジオに耳を傾けながら麺をすすっていると、真っ暗だった家に明かりが灯りました。「九電ってすごいね」娘はそう言って、無邪気に笑いました。

 それでも私は余震の恐怖におびえていました。「2、3日は車の中で寝ようよ」と言う私に「大丈夫だから」と、夫と息子、そして娘は家の中で寝ることにしたのです。そして私だけ、トラックの荷台で眠りにつきました。

 16日の午前1時ごろでした。のどの渇きを覚えた私は、一旦家の中に入りました。水を飲みながら「揺れも感じないし、静かね。私の取り越し苦労だったかもしれない」そう思い、私は再びトラックの荷台に戻りました。そしてその数分後、再び、あの震度7の本震が襲ったのです。

 荷台で激しく揺さぶられながら私は、今、起きている事実を把握することができませんでした。揺れが収まった後、暗闇の中の視界に映ったのは、無残に壊れた家の姿でした。

 くずれた家の2階の窓から、主人と息子が、娘の名前を呼ぶ声が聞こえてきたのです。

 私は無我夢中で娘の姿を探しました。そしてくずれ落ちた天井と床の間の1メートルほどの隙間(すきま)に、娘はマットレスごと飛ばされて横たわっていたのです。

 娘の体に傷はなく、一瞬、気を失っているのだと思いました。3人で「起きろ、起きろ」と娘の名前を呼び続けました。けれど、娘は二度と目を開けることはありませんでした。

 一瞬にして私たちから、いとおしい娘を奪った熊本地震。やり場のない怒りと深い悲しみ、そのつらさと、後悔は筆舌に耐えません。

 そしてこの地震で、大切な伴侶、慈しみ育てた子ども、親きょうだい、優しいおじいちゃんやおばあちゃん、大切な友だちを亡くされた方も多くいらっしゃいます。

 私たち遺族にとって失ったものはあまりにも大きく、ぽっかりと空いた心の穴が埋まることはありません。

 避難所で、ハウスの中で、小屋の隅で、命をつないだ多くの人たちの「生きる本能」に、人間の強さを見た気がします。そして、人の優しさや思いやりに支えられながら過ごした1年です。

 悲しみは癒えることはありませんが、私たちが、前へと歩いて生き抜くことこそが、この地震で命を落とした娘や、亡くなられた犠牲者への供養だと思います。

 現在、解体が進む益城町では、更地が広がりながらも、新しい家も建ち始めています。かつての家並みはなくなっても、また新しい町の姿が生まれようとしています。

 2度の揺れで私たちの生活を一変させたこの土地は、また、豊かな実りを与えてくれる大切な古里です。

 多くの悲しみとつらさを乗り越えながら、きっと益城町は、どこよりも防災に強く、人が温かく支え合う豊かな町になるはずです。

 例年より遅れて咲いた桜が、数日前の嵐にも負けず咲いています。「がんばれ」と背中を押してくれている気がします。

 最後になりましたが、地震直後から、全国から駆け付けてくださった警察、消防、自衛隊の方々、ボランティアの方々、全国の自治体及び役場の職員の方々、そして寄せられた多くの皆様のご厚意に、深く、深く感謝申し上げます。

 また、ご自身も被災しながら、人命救助、避難所運営、炊き出しを行っていただいた、区長、消防団を始めとした地域の皆様にも感謝申し上げます。

 今回の熊本地震でお亡くなりになられた、全ての皆様のご冥福をお祈り申し上げ、追悼のことばといたします。


熊本地震から1年 被災地で追悼式典
ホウドウキョク 4/15(土) 22:09配信

熊本地震から1年に合わせて、熊本県の益城町などで、犠牲者を悼む式典が開かれた。
遺族代表・河添 登志子さんは「悲しみは癒えることはありませんが...」と述べた。
当時28歳の長女・由実さんを亡くした河添 登志子さんが、遺族を代表して追悼の言葉を述べた、益城町の追悼式。
震度7の揺れに2度襲われた益城町では、これまでに直接死、災害関連死あわせて、犠牲者は37人にのぼっている。
一方、本震で震度7が襲った西原村では、地元の中学生が合唱で、阪神・淡路大震災から歌い継がれている、復興のシンボル曲「しあわせ運べるように」を歌い、犠牲者を追悼した。

テレビ熊本/FNN


学生「決して風化させない」=3人犠牲の東海大追悼集会―熊本地震1年
時事通信 4/15(土) 17:57配信

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熊本地震で学生3人が犠牲となった東海大学は15日、熊本市内のキャンパスで追悼集会を開いた。学生や教職員が参加、学生代表が「決して風化させない」と誓った。

 熊本地震で学生3人が犠牲となった東海大学は15日、熊本市内のキャンパスで追悼集会を開いた。

 学生や教職員が参加、学生代表が「決して風化させない」と誓った。

 同大熊本キャンパスで学ぶ1~4年生と教職員の計約350人が参加。全員で黙とうし献花した。会場の学生棟には、多数の写真を貼り付け、「新たな一歩を」の文字が書かれた学生ら手作りのパネルが壁に設置された。

 亡くなった大野睦さん=当時(20)=の友人で、農学部3年の田中大智さん(20)が学生を代表して慰霊の言葉を述べた。「一晩で数え切れないほど多くの物と大切な仲間を失い、計り知れないほどの恐怖や悲しみを経験しました」と1年前を振り返り、「私たちにできることは経験や記憶を決して風化させず、志半ばで亡くなった3人の分まで前を向いて歩いていくこと」と力を込めた。

 また、犠牲になった脇志朋弥さん=当時(21)=の両親は同大にコメントを寄せ、「娘の笑顔に負けないように前を向いて、笑顔で生きていこうと思っています」とした。


一周忌、家族で現場に=「ゆっくり休んで」―崩落阿蘇大橋で犠牲の大学生
時事通信 4/15(土) 17:33配信

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崩落した阿蘇大橋付近で手を合わせる大和晃さんの家族=15日午前、熊本県南阿蘇村

 熊本地震で崩落した阿蘇大橋(熊本県南阿蘇村)付近で土砂崩れに巻き込まれ犠牲となった熊本学園大4年大和晃さん=当時(22)=の家族が15日、一周忌を前に現場を訪れ、手を合わせて晃さんの冥福を祈った。

 橋は崩落したままで道路は封鎖されている。谷を挟んだ対岸の山肌は大きく崩れ、流れ出た土砂が橋があった部分まで覆い一面茶色。状況は1年前とあまり変わらないが、橋の架け替えが予定されている約600メートル下流側では、重機が整地作業を進めていた。

 封鎖された手前の道路脇、晃さんの遺体が発見された谷底を見下ろす場所に、アスファルトの破片を数十センチの高さに積んだ「祭壇」が作られている。訪れた父卓也さん(58)と母忍さん(49)、兄(24)の3人は、「祭壇」に供えられた花を替え、線香に火を付けて一緒に手を合わせた。

 卓也さんは「工事が進み崖の上は変わってきたが、谷底は当時のままだ。(晃さんには)ゆっくり休んでと言いたい」と静かに語った。忍さんは「(晃さんとは)いつも一緒にいる気持ちでいるので」と自分を勇気づけるように話した。

 晃さんは昨年4月16日、本震約1時間前に友人宅を出て自宅へ戻る途中で行方不明になった。二次災害の恐れから捜索作業は打ち切られたが、両親は独力で捜索を続行。7月24日、崩落現場下流の谷底で土砂に埋もれた車を見つけて県に捜索再開を訴え、遺体は8月11日に収容された。


17年度までの燃料搬出困難=ふげん、新たな工程検討―原子力機構
時事通信 4/15(土) 16:54配信

 日本原子力研究開発機構の新型転換炉「ふげん」(福井県敦賀市、廃炉作業中)で貯蔵されている使用済み核燃料466体について、2017年度までに搬出するとしていた工程の達成が困難であることが15日、原子力機構への取材で分かった。

 原子力機構は新たな工程を検討中だが、「33年度の廃炉完了を変えるつもりはない」としている。

 燃料搬出の工程を見直せば、原子力規制委員会の認可が必要となる可能性がある。

 ふげんの廃炉計画では、原子力機構の東海再処理施設(茨城県)に使用済み燃料を搬出することになっていた。しかし同施設は14年に、新規制基準に適合させるには1000億円超の費用が掛かるとして廃止方針が決定。原子力機構は使用済み燃料の海外処理も視野に検討しているが、搬出先は決まっていない。


熊本激震…最前線ドキュメント 首相指示「青空避難を解消せよ」
西日本新聞 4/15(土) 15:59配信

 熊本地震の発生から1年が過ぎた。最大震度7の激震に2度見舞われた被災地では当時、市町村、県、政府が被災者支援の使命を背負い、職員たちが不眠不休で対応に当たった。

 だが現場は混乱を極めた。救援物資は被災者の元に届かず、初動対応に多くの課題を残した。行政同士の不信感、駆け引き、意思疎通の不足。それは今も復旧復興に影を落とす。

 舞台裏で何が起きていたのか。緊迫の日々から1年を迎え、最前線にいた関係者が口を開き始めている。証言をもとに当時の状況を再現すると、数々の教訓が浮かび上がってきた。六つの視点で検証した。

「なぜ、避難者が寒空の下にいるんだ」
 首相の安倍晋三(62)は、熊本地震の「前震」が発生した昨年4月14日夜、都内のフランス料理店にいた。車を飛ばして首相官邸に戻り、直後に発した一言が混乱の始まりだった。

 「なぜ、避難者が寒空の下にいるんだ」

 危機管理センターのモニターにはNHKや民放の臨時ニュースが流れていた。熊本県益城町役場の駐車場に避難者が詰め寄せ、毛布にくるまる姿を映し出していた。

 鶴の一声は側近、官僚を通じて瞬く間に熊本県庁に届いた。新館10階の災害対策本部で、県総務部長木村敬(42)の携帯電話が鳴った。「青空避難者をただちに収容せよ」。木村は知事蒲島郁夫(70)の東大教授時代の教え子で、総務省から派遣された最側近の一人だ。

 間断なく余震が続いていた。一晩で震度5以上の地震だけでも7回を数えた。「皆、屋内にいるのが怖くて外にいるんです」。木村は電話口で何度も叫んだ。東京からの電話は一晩中鳴り続けた。

 15日、政府現地対策本部長として内閣府副大臣の松本文明(68)が県庁に入った。普段は温厚な蒲島が目をつり上げた。「現場が分かっていない」

 次々に舞い込む被害情報と救急要請。現地は救命率が急落するとされる災害発生から「72時間」を意識した対応を最優先していた。そこに各省庁から優先度の低い指示や問い合わせが相次ぐ。「住民基本台帳システムはどうなっているのか」「県の災対(災害対策)本部に官邸とのテレビ会議用の大型モニターを置かせてくれ」-。

 指揮に当たった県幹部は「上から目線の指示に苦慮した」と顔をしかめる。ぎくしゃくした国と県の関係。16日未明、再び最大震度7の「本震」に襲われ、混乱に拍車が掛かる。

避難所外避難
 熊本地震では、県内63カ所の指定避難所が天井の落下などで、施設の一部または全体が使用できなかった。余震も頻発し、多くの人が避難所外への避難を余儀なくされた。こうした避難者への対応について、県の初動対応検証報告書は「車中泊、テント泊、自宅の軒先など指定避難所以外に滞在する被災者の実態把握は困難で、物資の支援や情報提供が十分でなかった」と指摘。(1)消防団や自主防災組織と連携した情報把握(2)物資提供体制の整備-などが必要と総括した。

※敬称略、肩書は当時、年齢は現在

=2017/04/15付 西日本新聞朝刊=


コナン、ドラえもん…漫画家らが復興支援 南阿蘇鉄道で激励ラッピング 熊本地震1年
産経新聞 4/15(土) 14:50配信

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人気漫画のキャラクターをデザインした「よせがきトレイン」の出発式 =15日午前、熊本県高森町の高森駅(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 熊本地震から1年が経過した15日、熊本県の南阿蘇村と高森町を結ぶ第三セクター「南阿蘇鉄道」で、117人の漫画家らの応援イラストを描いたラッピング列車の運行が始まった。南阿蘇鉄道は、線路や鉄橋が損傷し、今も部分運休が続く。担当者は「漫画の力が復興の後押しになれば」と期待を寄せている。

 この企画は、昨年から4回目となる「復興祭」の一環で、熊本出身の小学館の編集者らが「復興のためお手伝いを」と提案し実現した。「名探偵コナン」や「ドラえもん」などの原作者ら117人が、自作の主人公の応援イラストを寄せ車両の内外にデザインしている。

 この日は、コナンのテーマ曲が流れる中、親子連れや観光客らが列車に乗り込み、多くの拍手に見送られながら午前10時半に高森駅(高森町)を出発した。南阿蘇村の小学4年、後藤遙さん(9)は「大好きなコナンが地元で走ってうれしい」と笑顔で話した。

 南阿蘇鉄道は、立野駅(南阿蘇村)と高森駅を結ぶ全長17・7キロのローカル鉄道。阿蘇の自然を満喫できるトロッコ列車などが人気で、地元の貴重な交通手段でもあったが、地震で被災し一時全線運休に追い込まれた。

 今も、被害の小さかった約7キロ(中松-高森間)での部分運行を強いられている。社長を兼務する草村大成・高森町長は「南阿蘇になくてはならない鉄道。復興のシンボルになれば」と話していた。

 列車は、8月末まで運行される。


熊本で追悼式、遺族「前へと歩くことこそ供養」
読売新聞 4/15(土) 12:32配信

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益城町の追悼式で献花する参列者(15日午前)=沼田光太郎撮影

 昨年4月16日の熊本地震の本震で震度7を観測した熊本県益城(ましき)町と西原村は15日、それぞれ犠牲者の追悼式を開いた。

 益城町では直接死20人、地震の影響による震災関連死17人の計37人が犠牲になった。町文化会館で行われた追悼式には、遺族ら約390人が参列。全員で犠牲者に黙とうをささげた後、西村博則町長が「町民が心を一つに合わせてこの苦難を乗り越え、新しい町を創造していくことが私たちに課せられた使命です」と述べた。

 遺族代表であいさつをした河添登志子さん(57)は、長女の由実さん(当時28歳)を亡くした。家族5人で暮らしていた自宅は本震で倒壊し、1階にいた由実さんだけが犠牲になった。

 河添さんは式典で、「ぽっかりと開いた心の穴が埋まることはないが、前へと歩いて生き抜くことこそが、娘や亡くなられた犠牲者への供養だと思う」と述べた。


<熊本地震1年>「前に」 益城町と西原村で追悼式
毎日新聞 4/15(土) 12:11配信

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西原村の追悼式で、熊本地震の犠牲者を悼み黙とうする遺族ら=熊本県西原村で2017年4月15日午前10時2分、徳野仁子撮影

 熊本県の益城(ましき)町と西原村は15日、発生から1年を迎えた熊本地震の犠牲者追悼式を開いた。

 益城町が同町文化会館で開いた追悼式には西村博則町長や遺族ら390人が参列した。長女河添由実さん(当時28歳)を亡くした母登志子さん(57)が遺族代表として「悲しみは癒えることはありませんが、私たちが前へと歩いて生き抜くことこそが、この地震で命を落とした娘や亡くなられた犠牲者への供養だと思います」と述べた。

 西原村の追悼式には約300人が参列。遺族代表の内村勝紀さん(47)は地震で父政勝さん(当時77歳)を亡くした。内村さんは「1年という節目は我々遺族が前に進んでいく新たな機会になる」と語った。

 益城町では直接死が県内最多の20人で震災関連死は17人。西原村では直接死が5人、関連死が3人だった。【杉山恵一、取違剛】


漫画キャラが復興後押し、熊本にラッピング列車
読売新聞 4/15(土) 11:44配信

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運行が始まった南阿蘇鉄道のラッピング列車(15日午前、熊本県高森町で、読売ヘリから)=中司雅信撮影

 熊本地震で被災し、一部区間で運休が続いている第3セクター「南阿蘇鉄道」(熊本県高森町)は15日、「ドラえもん」や「名探偵コナン」など人気漫画のキャラクターを描いたラッピング列車(1両)の運行を始めた。

 11月30日まで。

 観光客を呼び込み、復興を後押ししようと企画。漫画家や原作者ら117人が協力した。キャラクターには熊本県出身の漫画家、室山(むろやま)まゆみさんの「あさりちゃん」も描かれ、車内には「負けんばい熊本」といった漫画家らが寄せた応援メッセージの色紙が並んでいる。

 初日は、大勢の家族連れらが詰めかけ、車体を撮影するなどしていた。同鉄道のファンという同県合志(こうし)市の男性(66)は「運行をきっかけに、多くの人に阿蘇の美しい風景を見に来てほしい」と話していた。

 列車は高森(高森町)―中松駅(南阿蘇村)間で運行。平日は1往復、土日、祝日と大型連休期間(4月29日~5月7日)などは2往復する。


<南阿蘇鉄道>ドラえもんやコナンが復興願い
毎日新聞 4/15(土) 11:24配信

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高森駅を出発する南阿蘇鉄道のラッピング列車「がんばれクマモト!マンガよせがきトレイン」(右奥は阿蘇山)=熊本県高森町で2017年4月15日午前10時半、森園道子撮影

 熊本地震で一時全線が運休し、一部区間で運行を再開している第三セクター「南阿蘇鉄道」の高森駅(熊本県高森町)で15日、アニメなどの人気キャラクターがずらり描かれたラッピング列車が発車した。著名漫画家ら117人による「がんばれクマモト! マンガよせがきトレイン」(協力・小学館など)。列車は11月末まで甚大な被害が出た南阿蘇村などを走行する。

 1両編成の列車は、「ドラえもん」や「名探偵コナン」などの人気キャラクターが縦2.4メートル、横15.8メートルの側面いっぱいに描かれ「走れ!南阿蘇鉄道」「少しずつ前へ」などと復興を願うメッセージも添えられた。

 高森駅であった出発式では、同鉄道の社長を務める草村大成町長が「漫画家と原作者の思いに感謝し、全線復旧を目指したい」とあいさつし、一日駅長に任命された地元高校生2人の合図で一番列車が出発した。11月末まで平日は1往復、休日は2往復する。

 南阿蘇鉄道は全線17.7キロのうち、昨年7月に高森-中松(同県南阿蘇村)間の7.1キロで運行を再開している。しかし、残る路線は鉄橋やトンネルの損傷が激しく、全線再開のめどはいまだ立っていない。【比嘉洋、山下俊輔】


被害甚大の益城町で追悼式=遺族「生き抜くことが供養に」―熊本地震1年
時事通信 4/15(土) 11:21配信

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熊本地震の発生から1年となり、2度の震度7に見舞われ甚大な被害が出た熊本県益城町で15日、町主催の追悼式が開かれた。93人の遺族と町職員ら計390人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

 熊本地震の発生から1年となり、2度の震度7に見舞われ甚大な被害が出た熊本県益城町で15日、町主催の追悼式が開かれた。

 93人の遺族と町職員ら計390人が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

 式典では参列者全員が黙とう。西村博則町長は「町民と心を一つにし、寄り添い支え合いながら一日も早い復興を目指す」と誓いを語った。遺族代表として、本震で自宅が全壊し長女由美さん=当時(28)=を亡くした河添登志子さん(57)が「悲しみが癒えることはないが、前へと歩き生き抜くことが命を落とした娘や亡くなった人への供養になる」と、時折声を詰まらせながら思いを述べた。

 参列者は、白やピンクの花が飾られた祭壇の前で犠牲者に献花し、手を合わせた。

 町によると、地震による益城町の犠牲者は14日時点で関連死を含めて37人。また、家を失い仮設住宅で暮らす被災者は少なくとも約7600人に上る。

 本震の際に震度7を観測した隣の同県西原村でもこの日追悼式が開かれ、約300人が参列した。同村では関連死を含め8人が犠牲となった。


<熊本地震1年>LINEとFB 災害時の機能追加
毎日新聞 4/15(土) 10:00配信

 ◇安否確認など情報共有を拡充

 大災害時の安否確認や情報共有の機能を、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のLINEやフェイスブックが拡充している。一方、自治体のSNS利用では情報発信にとどまり、被災地のニーズを吸い上げる情報収集での利用はまだ少ないことから、政府のIT総合戦略室は3月に「災害対応におけるSNS活用ガイドブック」を作成し、効果的な利用法を呼びかけている。【岡礼子】

 ◇LINEは「災害連絡サービス」

 LINEが3月にスタートした「災害連絡サービス」は、災害が起きた国の全利用者に、LINEから自動的に安否確認のメッセージが送信される。メッセージの画面で(1)被害あり(2)無事(3)災害地域にいない--のいずれかを選ぶと、投稿入力画面が表示され、自分のタイムラインに投稿できる仕組みだ。

 LINEは、東日本大震災時に家族との連絡が難しかったことをきっかけに生まれた。昨年4月の熊本地震では通常のメッセージ機能が連絡手段として利用され、国内のLINEのメッセージ送信回数は通常の倍に増えたという。

 ◇フェイスブックは「コミュニティーヘルプ」

 一方、熊本地震で安否確認の機能を国内の災害で初めて設けたフェイスブックは2月、食料や避難場所を探す人と、提供できる人が情報を結びつける「コミュニティーヘルプ」機能を追加し、日本でも利用できるようにした。移動手段や赤ちゃん用品など12項目あり、「40人分の食事を提供できます」「200人分の水を求めます」などと書き込む。

 これらのLINEとフェイスブックの新機能は災害発生時のみで、規模などに応じて、各社の判断で利用可能になる。

 ただ、LINEには日常から利用でき、災害時にも役立つアプリ「LINE HERE」もある。スマートフォンのGPS機能を使って地図上に自分の居場所を表示し、知人のLINEアカウントに送ることができるもので、利用者同士でグループをつくり、メンバーの現在地を地図上に表示してシェア(共有)することもできる。

 ◇政府が自治体向けガイド

 内閣官房のIT総合戦略室は2014年度から、全国1741市区町村を対象に防災や災害情報の発信にソーシャルメディアを使っているか調べてきた。導入割合は初年度4割に満たなかったが、16年度には半数を超え増加傾向だ。ただ被害情報や被災者の要望を知る情報収集での利用は、茨城県龍ケ崎市や滋賀県湖南市など全国7自治体にとどまっている。

 このほど作成された自治体向けガイドブックでは、実際に被災状況を調査するきっかけになる情報を集める場としてソーシャルメディアを利用する利点を強調している。無料閲覧ソフトを使って投稿を見やすく並べたり、「地震+場所」「地震+感情を表す言葉」のように検索語を組み合わせたりすることで、大量の投稿から有用な情報を抽出するコツを解説している。


南阿蘇村から大学生が消えた…でも下宿はたたまない
日刊スポーツ 4/15(土) 9:42配信

<震度7の大地震から1年 熊本の今(2)>

 震度7を2度観測し、熊本、大分両県で225人の犠牲を出した熊本地震は14日で発生から丸1年を迎えた。南阿蘇村は16日の本震で震度6強を記録。東海大農学部が立地する黒川地区では下宿する学生3人が犠牲になった。授業は現在も再開には至っておらず、学生村だった同地区のにぎわいは消えたまま。半壊認定された下宿「新栄荘」を営む竹原満博さん(56)は3月末が締め切りだった「公費解体」は申請せず、同地区復活への思いを語った。

 学生が笑い、語らい、活気があった地震前が目に浮かぶ。竹原さんは迷った末に公費解体申請を見送った。壊したら、あの時はもう戻らない。

 東海大は地震後、阿蘇キャンパスを閉鎖。約750人が下宿していた黒川地区に学生はいなくなった。現在は直線で約25キロ離れた熊本キャンパス(熊本市)で講義を行い、実習は国や県の施設を借りて行っている。

 それでも新栄荘で暮らした学生はこの1年、定期的に遊びに戻ってきた。3月上旬、4年生の卒業を祝う毎年恒例の「追い出しコンパ」を開いた。在校生と卒業生みんなでバーベキューを楽しんだ。

 「この1年は思い出したくない。学生たちがかわいそうで。4年生は特に、慣れ親しんだここから送り出してやりたかった」。急な校舎変更。黒川地区であれば地域住民とのコミュニティーが開かれていたが、都市部ではそのつながりはなく、戸惑った学生も多かったという。

 大学は今年1月、阿蘇キャンパスでの実習を17年度で一部再開、18年度の全面再開を目指すと発表。熊本キャンパスからのバス送迎となる。大学の担当者は黒川地区での下宿について「民間同士ですから、学生側の判断となる」と話した。

 それでも竹原さんは不安が募る。土砂崩れや橋の倒壊により、いくつもの道路が通行止めという状況で、熊本市内から車で1時間30分以上かかる。「そんな状況で実習が再開できるのか」。

 しかし、学生の安全面を考えれば大学側へ強くも言えない。「地震前のように講義も含めた全体的な再開は不可能だろう」と話しながらも「3、4年生は講義が少ない。そういう子たちだけでも、こっちに住むという形になれば…」と控えめに語った。

 竹原さんの祖父が始めて約40年の新栄荘。そう簡単にたためない。「卒業生が立ち寄るところがなくなってしまう」と寂しそうに語る。あの活気が恋しい。食堂には「追いコン」で使った万国旗の一部が残されたままだった。【三須一紀】


熊本地震1年 転院先で次女関連死、癒えぬ悲しみ
産経新聞 4/15(土) 7:55配信

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宮崎花梨ちゃんの遺影を手に追悼式に参列した母、さくらさん(右)と父、貴士さん=14日、熊本市の熊本県庁(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 ■「花梨にほめられるよう立ち直らないとね」

 あのとき転院さえしなければ、娘は助かったのではないか-。熊本県合志(こうし)市の宮崎さくらさん(38)は、重い心臓病を患っていた次女の花梨(かりん)ちゃん=当時(4)=を熊本地震の被災後に失った。14日で前震の発生から1年。さくらさんはやり場のない思いを抱えながら、「少しずつ立ち直らないと」と懸命に前を向こうとしている。

                  ◇

 宮崎さん一家の時計の針は止まったままだ。居間には、花梨ちゃんが、よく遊んだぬいぐるみが、そこかしこに並ぶ。毎日の食卓にも花梨ちゃんのご飯を欠かさない。「でも花梨がいない現実は変わらないんですけどね」。さくらさんは悲しげな表情を浮かべる。

 花梨ちゃんは生後まもなく重い心臓病だと診断された。だが、病気が嘘のように公園を走り回る元気な子だった。2歳のころに大分に初めて旅行した際は、今でも鮮明に覚えているほど笑顔を振りまいていた。

 昨年1月の3回目の手術も成功。主治医から「早ければ3月に退院できる」と言われたが、その直後に合併症を起こした。熊本地震は、その治療中の難しい時期に発生した。

 入院先の熊本市民病院は地震で傾き、院内の壁には亀裂も入った。「心臓への負担もあるが、倒壊の恐れがあるので転院を」。主治医の要請を断ることはできなかった。

 本震のあった昨年4月16日、花梨ちゃんは救急車で約2時間かけ、福岡市の病院へ移った。だが、到着後に容体が悪化。5日後に息を引き取った。

 姉が脱いだ幼稚園の服を着て通園の練習をしていた花梨ちゃん。さくらさんは「幼稚園、通おうね」と声をかけ続けたが、かなうことはなかった。

 昨年の夏、合志市に震災関連死を申請し、認定された。「倒壊しない建物であれば転院せず治療を続けられ、違う結果になったはず」。今もそんな気持ちがぬぐえない。

 一家には、花梨ちゃんと交わした10の約束事がある。

 《こうえんでいっぱいあそぶこと》

 《いつもえがおでいること》

 《かりんちゃんにほめてもらうようにがんばること》

 《かりんちゃんはいつもみんなといることをわすれないように》

 居間の壁に、その約束を記した色紙を掲げ、守り続けている。

 約束のうち、「ほめてもらうようがんばること」と「みんなといることをわすれない」は花梨ちゃんが亡くなってから付け加えた。悲しみが癒えることはないが、花梨ちゃんのためにも前を向こうとしているからだ。

 さくらさんは14日、花梨ちゃんが大好きだったぬいぐるみや遺影を手に県の追悼式に出席した。「式を迎えれば何か変わると思いましたが…」と複雑な心境をのぞかせた。

 ただ、約束がある。「少しずつ立ち直らないといけないとは思っている。これからも守って生きていきます」。さくらさんは、自分に言い聞かせた。


「何で向こうだけ」被災地の明暗、映し出す夜の街 支援と特需 熊本地震1年
西日本新聞 4/15(土) 6:20配信

 雑木に囲まれた郊外にある熊本県甲佐町の白旗仮設団地には、熊本地震の被災者88世帯が暮らす。4月になっても朝夕は冷える。独居男性(76)が自室でテレビをつけると、同県益城町の大規模仮設団地で住民と大学生が交流するニュースが流れた。「何で向こうだけなんだって思うよ」。チャンネルを変えた。

 昨年6月初旬、県内で最初の仮設住宅として開設され、県内外からボランティアが駆け付けた。各地に仮設が増えるにつれて応援組も散り、夏が終わるころには波が引くように姿を見なくなった。

 益城町へ個人や企業から直接寄せられた義援金は10億円超。周辺自治体は1億円に届かない。最大震度7の地震が2度起きた益城町は当初から、象徴的な被災地として繰り返し報道され、今も支援が続く。

 同じ上益城郡の甲佐町も2574棟が被災した。静まり返った白旗仮設で、自治会長の平雄二郎さん(76)は「被災した一人一人に痛みがある。差があるのはどうか」と語った。

地震を区切りに廃業した旅館も
 明治から昭和初期の木造3階建ての旅館が並ぶ同県八代市の日奈久温泉。「熊本地震の日奈久断層帯」として名が知られ、客足が遠のいた。阿蘇や熊本城に比べ被害は小さかったが、予約のキャンセルが600件に上った旅館もあった。

 昨夏、総額約180億円に上る国の観光復興キャンペーン「九州ふっこう割」が始まり、何とか息を吹き返した。それでも地元で旅館を経営する松本寛三さん(63)は「日奈久温泉全体では、まだ地震前の5、6割程度」と言う。

 温泉街は地震前から課題に直面していた。経営者の高齢化と後継者不足。「もう少し先だろうと思っていた決断が、地震に見舞われて目の前に迫ってきた」。地震を区切りに廃業した旅館もある。

「復興するけん出ていけ」
 熊本市中心部の飲食店で、男性店主(61)は「復興するけん出ていけだと。地震で製氷機やエアコンが壊れて修繕に230万円もかかったのに」と憤った。

 入居ビルは築40年近く。オーナーは地震を機に建て替える予定で、二十数軒が立ち退きを迫られている。新たな契約更新では賃料が跳ね上がると、もっぱらのうわさだ。「減った客足がやっと戻ったとに」

 被災者の多くが生活再建に不安を感じる一方で、地場経済は潤い始める。不動産業の男性(45)は「一段落したら親に家ば建ててやらにゃんたい」。

 特需の恩恵にあずかる人、あおりを受ける人。夜の街は被災地の明暗を映し出す。12日午前0時すぎ、日付が変わった繁華街で、人通りが絶えることはなかった。


熊本県産木材の活用進む=被災庁舎や住宅再建―復興需要をチャンスに・地震1年
時事通信 4/15(土) 5:11配信

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多くの住宅が被害を受け、約8700棟が全壊となった熊本地震。熊本県内では、住宅などの再建に県産木材を活用する動きが広がっている。写真は県産ヒノキなどを活用する「くまもと型復興住宅」=同県宇城市

 度重なる強い揺れで多くの住宅が被害を受け、約8700棟が全壊となった熊本地震。

 復興が本格化しつつある熊本県内では、住宅などの再建に県産木材を活用する動きが広がっている。復興需要を林業活性化につなげる好機とにらみ、自治体や地元企業が動きだした。

 ◇仮設も木造で温かみ
 熊本県は面積の6割を森林が占める全国4位の木材産地。昨年4月の地震は、山腹崩壊などで林業にも大きな打撃を与えた。被害額は約438億円。復興への思いも込め、地震直後から県産材の活用が始まった。

 県内で整備された仮設住宅約4300戸のうち、木造は683戸。床や梁(はり)などに県産のスギやヒノキを使った。プレハブ仮設に比べ断熱、防音に優れているという。プレハブ仮設でも、玄関部分のスロープなどに県産材を採用し、入居者が温かみを感じられるように工夫した。

 被災者が仮設住宅退去後に利用する災害公営住宅は、熊本市や益城町など県内12市町村が計約1000戸の整備を計画。県は整備に当たり、木造化の推進や地域の木材産業との連携などを求める指針を示した。

 庁舎建て替えでも、県産材を活用する動きが進む。今年3月、県は公共施設の木造化率を2015年度の60%から19年度には75%に引き上げる計画を発表。地震で本庁舎が損壊し新庁舎建設を計画中の八代市も、床や壁などの木質化に数値目標を設定する予定だ。新庁舎建設課は「建物の規模が大きく、内装材を不燃加工する必要があるほか、消防上の配慮から木材が使いにくいなど課題はあるが、市産・県産材の積極利用を進めたい」と話している。

 ◇地元企業が主役に
 民間企業も積極的だ。県内に本社を置く工務店が県と一体となり、耐震性能を備えた手頃な価格の木造住宅を県産材で建築する「くまもと型復興住宅」を提案している。

 くまもと型復興住宅は3月末現在で約20件が受注済み、約110組が商談を進めている。県は「将来的な建設戸数は不明だが、くまもと型は20坪(1坪=約3.3平方メートル)の住宅で約15立方メートルの県産材を使用する。県産材需要に寄与することは間違いない。県産材は地域の気候にも適応し、虫食いにも強い。工務店側も自信を持って勧められる」(林業振興課)とみている。

 500戸以上が立ち並ぶ県内最大の「テクノ仮設団地」(益城町)では、モデル住宅3棟が完成。うち1棟を建設した熊本工務店ネットワーク(KKN)の久原英司会長は「熊本産の木を熊本の企業が加工し家を建てるからこそ、県内の雇用や消費の拡大が望める。全国から木材を購入する大手のハウスメーカーが復興の主役になっては熊本の経済が発展しない」と、地場産業が復興需要の受け皿になることの重要性を説く。

 モデル住宅には、昨年12月から約4500組が見学に訪れる盛況ぶり。久原会長は「今後3年間の間に、くまもと型を200件は受注したい」と意気込んでいる。

 住宅以外でも県産材の活用が進む。JR九州が3月4日から熊本―人吉間で運行を始めた観光列車「かわせみ やませみ」は、内装にスギやヒノキをふんだんに使用。観光回復と同時に、県産材の魅力をアピールする機会として期待されている。

2017年4月14日 (金)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2222

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:熊本地震1年、鎮魂の祈り…遺族ら復興誓う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>義妹の冥福祈る「心の中に思い出」 益城町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新潟、長野で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>連続した激震、傷痕は深く 今も… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>古く耐震でなくても安さ求め 学生向け物件 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>被災地、冥福と復興の祈りに包まれて - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>京都でも追悼法要 佛教大 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>JR博多駅の応援イベントにスザンヌさん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:灯籠に明かり、決意新た=大型仮設団地で追悼行事―甚大被害の益城町・熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>安倍首相、熊本城復旧の財政支援表明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震から1年 復興状況視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:<熊本地震>物資拠点を見直しを教訓に 菅官房長官 - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:熊本地震1年で追悼式、犠牲者の冥福祈る - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:「まだまだ支え必要」全壊判定の自宅やテントで暮らす人も ボランティア同行ルポ 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>悲しみ乗り越え、復興へ誓い 犠牲者追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災文化財に寄付50億円超 引き続き支援呼び掛け - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

熊本地震1年、鎮魂の祈り…遺族ら復興誓う
読売新聞 4/15(土) 0:06配信

 熊本地震は14日、「前震」の発生から1年を迎えた。

 直接死は前震が9人、16日の「本震」が41人で、地震の影響による「震災関連死」などを含め、犠牲者は計225人に上る。熊本県内の仮設住宅では発生時刻の午後9時26分に合わせ、住民らが黙とうをささげた。県庁では追悼式が開かれ、被災地は鎮魂の祈りに包まれた。

 熊本地震は観測史上初めて震度7を2度記録。甚大な被害が出た同県益城(ましき)町の木山仮設団地(220戸)では、14日夕から、住民が「地震に負けず復興する」と書き込んだ竹灯籠に明かりがともされた。午後9時26分、静かに目を閉じ手を合わせた植村鎮男(しずお)さん(75)は、「余震のたび、犠牲になった知人の顔が浮かび、悔しくなる。住民同士で励まし合い、少しずつ前に進めたら」と話した。


<熊本地震1年>義妹の冥福祈る「心の中に思い出」 益城町
毎日新聞 4/14(金) 23:54配信

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前震で亡くなった宮守陽子さんの自宅跡で手向けた花を整える義姉の宮守るみさん=熊本県益城町で2017年4月14日午前9時12分、久保玲撮影

 最大震度7を2度観測し、震災関連死を含め225人の犠牲者が出た熊本地震は14日、発生から1年を迎えた。被災地では、犠牲となった人たちを悼む姿がみられた。

 熊本県益城町では、前震の際に亡くなった宮守陽子さん(当時55歳)の自宅跡で、義姉の宮守るみさん(66)が手向けられた花を前に祈りをささげていた。

 自身も当時隣に住んでおり、つぶれた自宅から命からがら救助された。「無念だったろうな。でも私たちの心の中には思い出として残ります」と、今は更地となった自宅跡に立ち、陽子さんのことを思った。【久保玲、後藤由耶】


新潟、長野で震度3
時事通信 4/14(金) 23:22配信

 14日午後11時1分ごろ、新潟県中越地方を震源とする地震があり、同県上越市と長野県栄村で震度3の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源の深さは約10キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.1と推定される。


<熊本地震1年>連続した激震、傷痕は深く 今も…
毎日新聞 4/14(金) 22:50配信

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被災した宇土市役所の庁舎跡地=熊本県宇土市で2017年4月12日、本社ヘリから上入来尚撮影

 熊本県内で連続した激震の傷痕は深く、1年たった今も各地に爪痕を残している。

 宇土市の市役所庁舎は4階部分が押しつぶされるなど大きく損傷した。1965年の建築で新耐震基準を満たしておらず、防災拠点となるべき自治体庁舎の無残な姿は耐震化の遅れを印象づけた。解体工事は今年3月までに終わり、一時的に駐車場として使われている。新庁舎はこの場所か近くの公園を候補に計画され、完成は4年ほど先の見込みだ。

 阿蘇市の阿蘇神社は国の重要文化財の楼門が倒壊するなど大きな被害を受け、昨年11月から復旧工事が始まった。楼門は現在、工事用の素屋根にすっぽりと覆われ、いったん解体して部材を調べる作業が進んでいる。2022年度中の完了を目指している。

 震度7の激震に2度襲われた益城町。全住宅の約3割にあたる3000戸以上が全壊し、町並みは変わり果てた。1年後の今、町内での公費解体の進捗(しんちょく)率は約7割。解体が終わった更地も目立つようになる一方、壊れたまま手つかずでがれきが横たわる家も多い。地盤が沈下した地域では水害防止の土のうも並び、日常の風景はまだ戻っていない。【中村敦茂】


<熊本地震1年>古く耐震でなくても安さ求め 学生向け物件
毎日新聞 4/14(金) 22:05配信

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熊本地震によって1階部分が潰れた木造2階建ての学生向けアパート=熊本県南阿蘇村で2016年5月8日午後4時47分、関谷俊介撮影

 「築60年 ワンルーム 月2万8000円」「築41年 1K 月1万9000円」。インターネットの学生向け物件紹介サイトには、都市部や地方にかかわらず、1981年の新耐震基準導入前に建てられた古いアパートがいくつも掲載されている。そうした物件に生活費を少しでも切り詰めたい学生が飛びつき、今も多くの若者が入居している。

 81年以降の建物でも耐震性が不十分なものもある。このため、国土交通省は2000年に建築基準法施行令を改正し、柱と柱の間に斜めに取り付ける筋交いや柱の接合に金具を使うことなど、具体的な方法を告示で明示している。

 一方、国交省・国土技術政策総合研究所によると、熊本地震によって熊本県南阿蘇村で倒壊した学生向けの木造2階建てアパート7棟はすべて、航空写真から00年より前の建物と推定される。そして、現地調査で接合部を確認できた5棟(犠牲者が出た3棟を含む)が国交省の告示に反して、くぎ打ちだけで留められていた。そればかりか、筋交いの端がシロアリに食い荒らされていたり、土台のコンクリートに鉄筋が入っておらず亀裂が入ったとみられるアパートもあった。

 7棟の中には、物件紹介のホームページにこのように載せられているものもある。

 「1DK 築3年 月3万7000円」

 だが、このアパートの不動産登記簿を取り寄せてみると、「昭和57(1982)年新築」とあり、リフォームした時から数えて「築3年」と表記したものとみられる。

 ほかの倒壊アパートの中にも、ホームページに「改築5年」とあるのみで、築年数が書かれていないものがあった。登記上は「昭和49(74)年新築」だった。

 こうした物件はリフォームしていたら内装などはきれいに見える。だが、新たにユニットバスを設置したりすれば、耐震化が不十分なまま2階の重みが1階にのしかかることになりかねない。南阿蘇村の倒壊アパートの多くも1階部分が2階に押しつぶされていた。

 学生向けアパートの耐震化について、国交省は「特化した取り組みは実施していない」と取材に答える。文部科学省も「民間の資産なので特別に助成制度を設けたり、啓発活動を進めたりする動きもない」としている。

 だが、同じように古い建物によって若い命が奪われた事例は、95年の阪神大震災でも報告されている。

 兵庫県は、震災による死者について年代別(5歳ごと)にまとめているが、20~24歳が全体に占める割合は4.67%で、その前後の年代の2%台と比べて突出して高い。専門家は多くの学生が下宿先の建物の下敷きとなったとみている。【関谷俊介】


<熊本地震1年>被災地、冥福と復興の祈りに包まれて
毎日新聞 4/14(金) 22:05配信

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熊本地震前震の発生時刻に合わせ、竹灯籠に手を合わせる木山仮設団地の人たち=熊本県益城町で2017年4月14日午後9時26分、徳野仁子撮影

 熊本地震は発生から14日で1年を迎えた。最大震度7を2度観測した一連の地震は、熊本県を中心に甚大な被害を及ぼし、震災関連死を含め熊本、大分両県で225人が命を奪われた。熊本県主催の犠牲者追悼式などが開かれ、被災地は亡き人への冥福と復興の祈りに包まれた。

 県主催の犠牲者追悼式は県庁(熊本市中央区)であり、遺族ら365人が参列した。遺族代表の冨永真由美さん(58)=熊本市=が「熊本が笑顔と活気にあふれるふるさとに再建されることを願う」と語り、安倍晋三首相と蒲島郁夫知事もあいさつした。

 祈りは各地で続いた。熊本市中央区の熊本城内にある加藤神社では午後6時、東日本大震災で被災した福島県民が「熊本負げねでがんばっべ」などと書いたキャンドル約1000本に火がともされ、参加者が早期の復興を願った。

 震災関連死を含め37人が亡くなった益城(ましき)町でも、木山仮設団地で「地震に負けず復興する」などと書かれた竹灯籠(とうろう)約600本が並び、千羽鶴も飾られた。前震が起きた午後9時26分に住民らが1分間の黙とうをささげた。【城島勇人、佐野格】


<熊本地震1年>京都でも追悼法要 佛教大
毎日新聞 4/14(金) 20:59配信

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熊本地震の犠牲者を追悼する法要でキャンドルの灯を見つめる学生や職員=京都市北区の佛教大で2017年4月14日午後6時50分、小松雄介撮影

 京都市北区の佛教大では14日夜、熊本地震犠牲者の追悼法要が営まれた。学内の礼拝堂前にろうそくを「4・14」の形に並べ、震災関連死を含めた犠牲者の数と同じ225個のLEDキャンドルをともした。

 地震発生後に現地でボランティアや募金活動に携わった学生たちが「震災の記憶を伝えていきたい」と企画した。学生や職員ら約80人が参列し、焼香して手を合わせ、被災地の復興を祈願した。

 熊本市内で、被災者の家の片付けを手伝ったという社会学部4年の兼田靖さん(21)は「熊本には夢や希望を抱きながら亡くなった人もいる。使命を持ってしっかりと生きていきたい」と話した。【宮川佐知子】


<熊本地震1年>JR博多駅の応援イベントにスザンヌさん
毎日新聞 4/14(金) 20:55配信

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JR博多シティの熊本復興支援のトークショーに登場したスザンヌさん=福岡市博多区で2017年4月14日、末永麻裕撮影

 熊本地震から1年の14日、JR博多駅の複合商業施設「JR博多シティ」で開かれたトークショーに熊本市在住のタレント、スザンヌさんが登場した。

 同施設の熊本応援プロジェクトの初日に合わせたイベント。スザンヌさんは自宅が被災し、ブログで避難所で不足している支援物資の情報を発信したことを振り返った。

 熊本県の「宣伝部長」も務めており郷土の食や自然の魅力を語って観光もしっかりPR。「熊本はみなさんをお待ちしています。支援への恩返しもしていきたい」【末永麻裕】


灯籠に明かり、決意新た=大型仮設団地で追悼行事―甚大被害の益城町・熊本地震1年
時事通信 4/14(金) 20:27配信

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熊本地震の前震から1年の14日夕、甚大な被害が生じた熊本県益城町に造成された大型仮設住宅団地「テクノ仮設団地」で、犠牲者の追悼行事が行われた。写真は黙とうする入居者ら=14日午後

 熊本地震の前震から1年の14日夕、甚大な被害が生じた熊本県益城町に造成された大型仮設住宅団地「テクノ仮設団地」で、犠牲者の追悼行事が行われた。

 団地内の広場に入居者ら約100人が集まって犠牲者に黙とうをささげ、「亡くなった方の分まで生きる」と復興への決意を新たにした。

 同団地は県内最大の仮設団地で約500世帯が暮らす。追悼行事は自治会長の吉村静代さん(67)らが「犠牲になった方の思いをつないでいきたい」と企画した。

 ペットボトルに紙を巻き発光ダイオードを入れた灯籠約500個を手作り。広場と各戸の玄関前に並べられた。吉村さんは「亡くなった方の分まで生きよう。一緒に(新しい)街づくりをしていこう」と決意を込めあいさつ。参加者らは約30秒間黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。

 参加した奥田由美子さん(72)は町内にあった自宅が全壊、夫(75)と長男(46)とともに同団地で暮らす。「仮設は狭いのでストレスもたまり大変な面もあるが、みんな仲良く楽しい」と話しながらも、「資金の問題で自宅再建は難しく、考えると眠れなくなる」と不安を隠せない様子で胸の内を語った。

 益城町では、震災関連死を含め37人が犠牲になった。住宅約1万棟以上が被災し、18カ所の仮設団地やみなし仮設住宅で少なくとも計約7600人が生活している。

 約200世帯が暮らす同町の木山仮設団地では、輪切りの竹にろうそくを入れた灯籠約600個に火がともされた。地震発生時刻の午後9時26分に合わせ、集まった入居者数十人が黙とう。涙ぐむ参加者の姿もあった。


<熊本地震>安倍首相、熊本城復旧の財政支援表明
毎日新聞 4/14(金) 20:20配信

 安倍晋三首相は14日、熊本地震の被災地を視察し、被災した熊本城について「熊本県のシンボルであり、観光の拠点だ。県民も一日も早い復旧を望んでおり、財政面でも支援したい」との考えを表明した。

 首相はこの日、熊本市の商店街を視察し、陸上自衛隊健軍駐屯地で隊員らを激励。また同県益城町のテクノ仮設団地で被災者と意見交換し、「災害公営住宅など、それぞれの事情に合わせた(政策)メニューを説明する体制を作る」と語った。


熊本地震から1年 復興状況視察
ホウドウキョク 4/14(金) 20:20配信

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(写真:ホウドウキョク)

熊本地震から1年、復興状況を視察した。
安倍首相は、熊本地震から1年を迎えた14日、復興状況を確認するため、熊本県を訪れた。
安倍首相は、石垣の崩落など、地震により大きな被害を受けた熊本城を視察したほか、住宅の倒壊が多かった益城町では、仮設団地で被災者と意見交換を行った。
安倍首相は「心のケア、心身のケアをはじめ、そして住まい、なりわいの復旧に向けて、できることは全てやるという基本的な考え方のもとに支援をしてまいります」と述べた。
地震から1年を迎え、安倍首相は「にぎわいを取り戻す」と、復興に向けた決意をあらためて述べた。

テレビ熊本/FNN


首相、「熊本城復旧支援したい」…修復作業見学
読売新聞 4/14(金) 19:36配信

 安倍首相は14日、熊本県を訪れ、県庁で行われた追悼式に出席した後、熊本地震からの復旧復興状況を視察した。

 熊本城の修復作業を見学した首相は記者団に「熊本城は熊本県のシンボルであり観光の拠点だ。財政面でも復旧を支援したい」と語った。

 また、首相は益城(ましき)町の仮設団地を訪問し、仮設住宅を出た後の生活支援について要望を受けた。首相は「益城に住みたいという皆さんが、益城で恒久的な住まいに移れるよう協力したい」と応じた。


<熊本地震>物資拠点を見直しを教訓に 菅官房長官
毎日新聞 4/14(金) 18:30配信

 菅義偉官房長官は14日の記者会見で、熊本地震から1年を振り返り、「東日本大震災の教訓を生かし、被災自治体の要請を待たずに物資を調達・発送する『プッシュ型支援』を初めて行い、大量の食料や生活必需品が行き渡った」と強調した。ただ一方では、道路の寸断・渋滞などで物資が避難所まで届かなかった事例を反省点に挙げ、「配送方法や物資拠点の見直しを教訓として次に備える」と語った。【竹内望】


熊本地震1年 両陛下が御所で黙祷
産経新聞 4/14(金) 17:41配信

 熊本地震から1年を迎えた14日、天皇、皇后両陛下は、熊本県庁で行われた犠牲者追悼式に合わせて、皇居・御所で黙祷された。宮内庁が発表した。

 両陛下は、地震発生から約1カ月たった平成28年5月19日、日帰りで熊本県を訪れ、被害が大きかった南阿蘇村と益城町の避難所に足を運び、被災者をねぎらわれていた。


熊本地震1年 大分・由布市の現状
ホウドウキョク 4/14(金) 16:39配信

熊本地震から14日で1年。震度6弱の揺れを観測した大分・由布市の現状。
大分・由布市では、住宅およそ130棟が全半壊。
ホテルや旅館も被災し、一部は休業を余儀なくされた。
大分県全体では、地震発生の翌月は、宿泊客が前年の6割にまで減少し、観光業への影響は深刻だった。
あれから1年、海外からの観光客も戻ってきて、宿泊客は前年並みに回復した。
しかし、住宅が被災し、いまだ市営住宅などでの生活を続けている人がいるのも現実。
全ての人が地震前の日常を取り戻すには、まだ時間がかかるとみられる。

テレビ大分/FNN


熊本地震から1年...追悼式が執り行われる
ホウドウキョク 4/14(金) 15:10配信

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(写真:ホウドウキョク)

熊本地震から14日で1年。熊本県庁では、犠牲者追悼式が執り行われ、犠牲者の冥福を祈った。
熊本県主催の追悼式には、遺族をはじめ、関係者およそ370人が参列し、安倍首相らが追悼の言葉を述べた。
安倍首相は「被災者の方々、お1人おひとりのお気持ちに寄り添い、1日も早い生活の再建となりわいの再生、被災地の復興を実現するため、引き続き政府一丸となって、全力で取り組んでまいります」と述べた。
このあと遺族を代表して、89歳の母親を亡くした冨永 真由美さんが「熊本が、笑顔と活気にあふれるふるさとに再建されていくことを願います」と述べた。
一連の地震による熊本県内の犠牲者は、災害関連死などをあわせて、222人となっている。
また、仮設住宅などで暮らす人は、今なお、4万7,000人を超えている。
熊本地震から1年。
被災者の新たな住まいの確保が課題となっている。

テレビ熊本/FNN


熊本地震1年 「花梨と交わした10の約束守り続ける」転院負担で次女が関連死 母、懸命に前見つめ…
産経新聞 4/14(金) 14:34配信

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花梨ちゃんの遺影を手に追悼式に参列した母・さくらさん(右)と父・貴士さん=14日午前、熊本市の熊本県庁(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 あのとき転院さえしなければ、娘は助かったのではないか-。熊本県合志(こうし)市の宮崎さくらさん(38)は、重い心臓病を患っていた次女の花梨(かりん)ちゃん=当時(4)=を熊本地震の被災後に失った。14日で前震の発生から1年。さくらさんはやり場のない思いを抱えながら、「少しずつ立ち直らないと」と懸命に前を向こうとしている。

 宮崎さん一家の時計の針は止まったままだ。居間には、花梨ちゃんが、よく遊んだぬいぐるみが、そこかしこに並ぶ。毎日の食卓にも花梨ちゃんのご飯を欠かさない。「でも花梨がいない現実は変わらないんですけどね」。さくらさんは悲しげな表情を浮かべる。

 花梨ちゃんは生後まもなく重い心臓病だと診断された。だが、病気が嘘のように公園を走り回る元気な子だった。2歳の頃に大分に初めて旅行した際は、今でも鮮明に覚えているほど笑顔を振りまいていた。

 昨年1月の3回目の手術も成功。主治医から「早ければ3月に退院できる」と言われたが、その直後に合併症を起こした。熊本地震は、その治療中の難しい時期に発生した。

 入院先の熊本市民病院は地震で傾き、院内の壁には亀裂も入った。「心臓への負担もあるが、倒壊の恐れがあるので転院を」。主治医の要請を断ることはできなかった。

 本震のあった昨年4月16日、花梨ちゃんは救急車で約2時間かけ、福岡市の病院へ移った。だが、到着後に容体が悪化。5日後に息を引き取った。

 姉が脱いだ幼稚園の服を着て通園の練習をしていた花梨ちゃん。さくらさんは「幼稚園、通おうね」と声をかけ続けたが、かなうことはなかった。

 昨年の夏、合志市に震災関連死を申請し、認定された。「倒壊しない建物であれば転院せず治療を続けられ、違う結果になったはず」。今もそんな気持ちがぬぐえない。

 一家には、花梨ちゃんと交わした10の約束事がある。

 《こうえんでいっぱいあそぶこと》

 《いつもえがおでいること》

 《かりんちゃんにほめてもらうようにがんばること》

 《かりんちゃんはいつもみんなといることをわすれないように》

 居間の壁に、その約束を記した色紙を掲げ、守り続けている。

 約束のうち、「ほめてもらうようがんばること」と「みんなといることをわすれない」は花梨ちゃんが亡くなってから付け加えた。悲しみが癒えることはないが、花梨ちゃんのためにも前を向こうとしているからだ。

 さくらさんは14日、花梨ちゃんが大好きだったぬいぐるみや遺影を手に県の追悼式に出席した。「式を迎えれば何か変わると思いましたが…」と複雑な心境をのぞかせた。

 ただ、約束がある。「少しずつ立ち直らないといけないとは思っている。これからも守って生きていきます」。さくらさんは、自分に言い聞かせた。


熊本地震1年 犠牲225人を追悼 安倍首相も参列、各地で祈り
産経新聞 4/14(金) 14:32配信

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犠牲者追悼式で黙とうする参加者ら =14日午前、熊本市(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 観測史上初めて同一地点で2度の震度7を観測し、熊本、大分両県で関連死などを含む225人の犠牲者を出した熊本地震は14日、前震の発生から1年を迎えた。熊本県庁では同日、遺族や蒲島郁夫知事、関係者ら約370人が出席し、県主催の犠牲者追悼式が開かれた。安倍晋三首相も参列。県内の各地でも犠牲者に祈りがささげられた。

 追悼式の冒頭、参列者全員で黙祷(もくとう)。主催者を代表し、蒲島知事が「創造的復興を成し遂げた『ふるさと熊本』を次の世代に引き継ぐ」とあいさつすると、安倍首相は「地震から得られた教訓を踏まえて、災害に強い、強靱(きょうじん)な国造りを進めていくことを固くお誓いする」と述べた。

 さらに遺族代表として、母親の津崎操さん=当時(89)=を避難中に亡くした熊本市中央区の主婦、冨永真由美さん(58)が「遺族として悲しみが癒えることはない」と述べた。

 その後、出席者が会場で献花した。

 式に先立ち熊本県は、地震1年に合わせ、震度6弱が発生したとの想定で、職員の参集訓練を実施した。

 熊本地震の犠牲者は、建物の下敷きになるなどした直接死が50人で、関連死170人と、6月の大雨で地盤が緩んだ土砂に巻き込まれて死亡した5人を含めると計225人。関連死認定は、直接死の3倍強となっている。住宅被害は熊本、大分両県合わせて19万棟超。約4万7千人が仮設住宅など仮住まいでの暮らしを続けている。

 一連の地震では、熊本城をはじめとした観光名所が大きな被害を受け、外国人観光客が一時大幅に減少。さらに一部の国道や鉄道などは今も寸断されたままで、交通インフラの早期復旧も大きな課題になっている。


熊本県と市、徒歩や自転車で職員が参集訓練
読売新聞 4/14(金) 14:18配信

 熊本県と熊本市は14日早朝、地震を想定した職員の参集訓練を行った。

 大地震では、公共交通機関が使えない可能性が高いため、徒歩や自転車で、決められた集合場所に向かった。

 県の訓練には、ほぼ全職員にあたる約3900人が参加。県の地域防災計画では、震度6弱以上の地震が起きた場合に全職員が参集することになっているが、昨年4月16日の本震で、12時間以内に登庁できたのは半数だった。

 県内の全市町村で、震度6弱以上を観測したとの想定。県危機管理防災課が、午前6時に災害発生を知らせるメールを一斉送信し、受け取った職員は県庁(熊本市中央区)や県内各地の地域振興局などに向かった。この後、県庁では熊本地震の復旧・復興本部会議が開かれ、蒲島郁夫知事が「復興をスピード感を持って進めていくため、総力を挙げて対応してほしい」と幹部らに指示した。

 熊本市の訓練には、職員や教職員計約8700人が参加した。管理職ら約570人は中央区の市役所や各区役所などに集まり、無料通話アプリ「LINE(ライン)」を使って、部下らの安否を確認した。


入居期限、焦りと不安=仮設暮らし今も4万人超―熊本地震1年
時事通信 4/14(金) 14:16配信

 熊本地震で家を失い、仮設住宅などで暮らす県内被災者は今も4万人を超える。

 避難所から移り日常を取り戻そうとする中、入居期限は原則2年と定められており、次の住まいの確保を迫られている。県は災害公営住宅など受け皿づくりを進めているが、生活再建が困難な高齢者らには不安や焦りが広がる。

 熊本市東区の東町仮設団地。38世帯73人のうち65歳以上が半数を占める。自宅が全壊し昨年9月に入居した内野アイ子さん(79)は、1人暮らしながら自己資金で自宅を建て直すめどがついた。期限内に移る予定だが「自己負担が膨らむため、戻った後の生活を支える資金が心配」と話す。

 山川孝一さん(66)は次の行き先が決まっていない。収入もないため、行政に「弱者を最後まで助ける覚悟を持ってほしい」と注文を付ける。

 県によると、民間住宅を借り上げる「みなし仮設」も含めた県内の仮設住宅入居者は今年3月末で約4万4600人。このうち自力再建が難しく、引き続き支援が必要な人は1割程度とみられる。県は、安い家賃で恒久的住まいとなり得る災害公営住宅約1000戸の整備を進めており、蒲島郁夫知事は「移転が難しい人には個々の事情に応じ丁寧に対応する」とし、仮設からの強制退去を求めることはないと強調する。

 しかし、東町仮設団地で生活支援相談員を務める40代の女性は「災害公営住宅はどこになるか分からず、高齢者は住み慣れた土地を離れ難い気持ちがあるため、不安や焦りは解消されない」と指摘する。

 住まいとともに課題となるのは、仮設住宅でのコミュニティーづくりだ。県内110カ所の仮設団地で、自治会などを軸にコミュニティーが機能している例はまだ少ない。3月末には、益城町で61歳の男性が孤独死しているのが見つかった。

 「くまもと災害ボランティア団体ネットワーク」代表の樋口務さん(56)は「顔の見える近所付き合いの大切さが浮き彫りになった。行政で行き届かない部分を、民間でしっかりサポートすることが求められる」と話す。


「数字の7を見たくない」子に強烈な記憶 心のケアに、サイン見逃さないように
西日本新聞 4/14(金) 13:08配信

 校庭の満開の桜が、新入児童116人の笑顔を出迎えた。11日、熊本県益城町の広安西小。井手文雄校長は入学式で「地震を乗り越えた町の未来を担う大切な子どもたちです」と出席した保護者に語り掛けた。

 養護教諭の江崎賀子(のりこ)さん(44)は熊本地震以降、傷ついた児童の心のケアに取り組んできた。

 昨年5月の学校再開後、保健室を訪れる子が増え、欠席がちになる子もいた。目に見える異変が落ち着いたと感じた今年3月、気になる話を聞いた。

 「頑張れー」。高学年の男児は自宅でテレビに向かって突然、興奮気味に叫んだという。母親によると、画面に東日本大震災の映像が流れていた。3月は地震関連の報道が増える。

 災害や事件、事故の節目になると、心身に不調をきたすアニバーサリー(記念日)反応-。熊本地震から1年、江崎さんは表情を引き締める。「子どもたちのサインを見逃さないようにしながら、長い目で見守らないと」

1247人が「カウンセリングが必要」
 兵庫県立大大学院教授の冨永良喜さん(64)=臨床心理学=が3月、広安西小を訪ねた。4年生の教室で披露したのは軽い運動。「全身にぎゅーと力を入れて、すとーんと抜いて」。不安や不眠になったときのリラックス法という。

 冨永さんは阪神大震災以降、被災地で子どもの心理支援をしている。教室に広がった笑顔に表情を緩めながらも「今も気持ちを押し込めている子はいる」と話した。熊本県教育委員会によると、昨年末の県内調査で児童生徒17万7627人のうち、1247人が「カウンセリングが必要」との結果が出ている。

 教室で「数字の7を見たくない」と打ち明けた男児(10)がいた。震度7の激震を2度体験。「7」の数字は強烈な記憶として刻み込まれた。男児は「地震でびっくりしたら、体操をしてみる」と言った。熊本地方は4月9日にも、最大震度3の地震が起きた。

2階の寝室に1人でいたとき地震を体験
 県東部の小学校に入学した男児(6)は、自宅の2階に上がれない。

 2階の寝室に1人でいたとき地震を体験した。母親(28)が駆け付けると、震えて激しく泣いた。以降、1階で両親、妹の4人で一緒に寝る。今も怖いのだろう。他の家では普通に上がれる階段も、自宅では見上げただけで、母親の脚にしがみつく。

 入学を控え、1階の客間に学習机を運び子ども部屋にした。男児は最近、「ここで、1人で寝るけん」と言うようになった。ささやかな成長が両親はうれしい。この1年で男児は6センチ背が伸びた。


<熊本地震1年>花手向け住民が冥福祈る 益城
毎日新聞 4/14(金) 13:02配信

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熊本地震で亡くなった村上さん親子の住宅跡で手を合わせる近所の住民=熊本県益城町で2017年4月14日午前9時56分、津村豊和撮影

 あなたと生きた日を忘れない--。連続した突然の激震が大好きな家族、友を奪った熊本地震から1年となった14日、被災地ではあの日の別れを惜しみ、復興を誓う人たちの祈りに包まれた。

 前震で犠牲となった熊本県益城町木山の村上正孝さん(当時61歳)と母ハナエさん(同94歳)親子の自宅跡に設けられた献花台では14日午前、住民ら約15人が花を手向けて冥福を祈った。

 献花台は13日夜、町内で活動を続けるボランティアが遺族と相談して設置した。色とりどりの花や故人が好きだった甘酒などが供えられ、「祈り」と書かれた竹灯籠(とうろう)も置かれた。村上さん親子と親しかった近くの富田ヒサエさん(90)は「とても絆の強いご家族だった。冥福を祈り、『残されたご家族を見守ってください』と伝えました」とこぼれる涙をぬぐった。【金森崇之】


祭壇に花好きの母しのぶ=遺族代表の冨永さん―熊本地震
時事通信 4/14(金) 12:48配信

 14日行われた熊本地震の追悼式で、遺族代表として思いを述べた熊本市の冨永真由美さん(58)は式典後、「祭壇の花を見て、花が大好きだった母を思い出した」と静かにほほ笑みを浮かべ、亡くなった母津崎操さん=当時(89)=をしのんだ。

 昨年4月14日の前震後、冨永さんは寝たきりだった操さんと自宅近くの駐車場に車で避難。車中泊をしていたが、16日未明の本震後に操さんの体調が悪化。病院に運んだが、同日朝亡くなった。

 葬儀では、ひつぎに自宅の庭に咲いたバラを入れた。今年もバラのつぼみが膨らみ、「1年の月日を感じた」。遺族代表の役を務め上げ、操さんに「ありがとう。おかげでうまく(遺族代表の言葉を)読めた。無事に終わったよ」と感謝をささげた。


熊本地震1年 安倍晋三首相「復興実現のため全力で取り組む」
産経新聞 4/14(金) 12:40配信

 安倍晋三首相は熊本地震発生から1年となる14日午前、被災地の復興状況視察のため、熊本県を訪問した。県庁で開かれた犠牲者追悼式に出席した安倍首相は、哀悼の意を表した上で「復旧・復興をできるだけ早く成し遂げることこそが、犠牲となられた方々の御霊に報いる道だ。一日も早い生活の再建と生業の再生、被災地の復興を実現するため、政府一丸となって全力で取り組む」と復興加速の決意を語った。

 安倍首相は式典に出席した後、地震で石垣が崩れた熊本城を視察した。鉄骨が貫かれるように設置された天守閣をながめ、担当職員から復旧工事の進捗(しんちょく)状況について説明を受けた。また、店舗の外壁が崩れるなど、被害を受けた熊本市内の中心商店街を訪れ、被災者を激励した。

 首相の熊本地震の被災地訪問は4回目となる。


<熊本地震1年>「まだ生きている気が」60年来の友が祈り
毎日新聞 4/14(金) 12:06配信

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荒牧不二人さんが亡くなった自宅跡を訪れ、手を合わせる西村治信さん=熊本県益城町で2017年4月14日午前6時28分、徳野仁子撮影

 あなたと生きた日を忘れない--。連続した突然の激震が大好きな家族、友を奪った熊本地震から1年となった14日、被災地ではあの日の別れを惜しみ、復興を誓う人たちの祈りに包まれた。

 前震で倒壊した自宅の下敷きになって死亡した熊本県益城町惣領の荒牧不二人さん(当時84歳)宅には14日早朝、60年来の付き合いがある同町の電気工事業、西村治信さん(83)が訪れ親友の死を悼んだ。西村さんは「まだ生きている気がするけど、くよくよしたってどぎゃんならん。はよ成仏してくれ」と祈りをささげた。

 昨年4月14日、頼まれて朝から荒牧さん宅の庭にある松の手入れをしていた。「明日、また手入れするけんな」。午後7時ごろ別れた数時間後、震度7の前震が襲った。午後10時半ごろに荒牧さんの様子を見に来ると、救出する消防団などが既に集まっていた。「寝とらすような顔だった」

 あれから1年、ほぼ毎日のようにあるじのいない荒牧さん宅で手を合わせた。更地となった自宅跡に設けた小さな祭壇には一周忌を前にした13日、「生花だとすぐ枯れてしまう」と菊の造花を飾った。【出口絢】


忘れられた被災地、湯布院の1年間 「熊本よりはましだから。でも…」
BuzzFeed Japan 4/14(金) 12:02配信

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震災翌日(2016年4月17日)の湯布院・川北地区

熊本地震で被害を受けたのは、熊本だけではない。2016年4月16日未明にあった本震の被害は隣県・大分にも及んだ。中でも大きな被害を受けたのが、日本屈指の温泉街、湯布院だ。【BuzzFeed Japan / 籏智 広太】

大分県のまとめによると、湯布院町がある由布市の建物被害は全半壊あわせ176棟と、県内でいちばん多い。一部破損は2247棟と別府市(4386棟)に次ぐ多さだ。

発災直後に湯布院に入ったBuzzFeed Newsは、再び現地を訪れた。「忘れられた被災地」の1年間を知るために。

気がまぎれる、けれど……
「今度地震があったら、終わりじゃ。この家は持たない。次の地震がこんうちに、早くあの世に行きたいねえ」

そう語るのは、被害の大きかった川北地区に暮らす木部鉄朗さん(75)だ。

震災直後、取材に対し「もう湯布院には住めない」と話していた木部さん。妻の実家がある別府に半年ほど暮らしていたが、慣れない暮らしにストレスが溜まる一方だったため、11月ごろに戻ってきた。

「30年以上、暮らしてきたんですから。畑もあるし、庭の花木の世話もできる。ここに帰ってきたほうが、気がまぎれるからね」

いまだに眠るのが怖い
しかし、自宅は半壊状態だ。建て直しも考えたが、「年金暮らしだから」と諦めた。

あちらこちらに走ったヒビなど直せるところは自分で直し、妻と2人で暮らす。壁が剥がれ落ちるなど、被害の大きかった2階はそのままにして、1階のみを使う。

「もうちょっと若かったら自分で直すけどねえ。私たちも先が見えているし、帰ってくる子がいるわけでもない。金もないし、そのままにしているよ」

いまでも、小さな揺れにトラウマを呼び覚まされるという。車が通るたびに「ビクっとしてしまう」のだ。

「最初の頃はたまに頭が混乱して、震えが止まらなくなってね。いまだに眠るのが怖いんですよ」

震災後、精神安定剤の処方も受けるようになった。ただ、最近は飲むのをやめている。服用してから寝入ったときに地震がきても、「動けないんじゃないか」と思うからだ。

覚えていてほしい
また地震があるんじゃないかーー。これから先のことが、不安だ。トラウマは、1年が経とうとするいまも心に深く残る。

「それでも、熊本の人に比べれば、と思うんです。向こうは2度も大きな揺れがあって、それもこっちより大きい地震で……。本当、かわいそうだなあと」

そう語る木部さんは、一息おいてこう続けた。

「ただ、大分で被害にあった人たちのことも忘れんでほしい。湯布院も崩れたりしたのはここら辺の一部だけで、もう復興したようにも見えるけれどね」

「観光や復興ばかりをいうんじゃなくて、こういう個人がいることも、覚えていてほしいんです」

きちんと手入れが行き届いた庭の木々は、色とりどりの花を開かせていた。

30周年を目前にした旅館が……
「とにかくずっと、前向きにやってきた1年でしたね」

同じ川北地区にある旅館「山荘わらび野」の経営者・高田淳平さん(38)はそう話す。

2016年11月に30周年を迎えるはずだった旅館の建物は、もうない。地震で配管などの傷みが激しく、解体したからだ。

いまそこには、更地だけが残る。

「解体するときは感傷的になるのかなと思ったんですが、そうなる暇もありませんでしたね。震災があって、ずっと走り続けてきたような感覚です」

従業員や経営のことなど、「これから」について考えるべきことが多く、直後から自分のことを顧みる時間はなかったという。

やむを得なかった従業員の解雇
震災時、10棟あった客室は満席だった。幸いけが人などは出なかったが、すぐには再開できない状態だった。

当初は5月中の再開を目指していたが、修理をするのは「不可能」と判断。震災から2週間ほど経った4月末、社長である父親や兄と話し合って、旅館の建て直しを決めた。

「建物どうこうは良いんです。建て直そう、これでやり直そうと思えますから」

でも、と表情が曇る。15人いた社員は、全員解雇せざるを得なかった。それがいちばん辛かった。

「震災によって毎日顔をあわせてきた人たちを解雇しないといけなかったのは、キツかった。高校を卒業してから、20年近く働いてきた人もいた。解雇を伝えたときの脱力感は大きかったです」

再開を待つ人への恩返し
そんな状況に置かれた高田さんを励ましたのが、常連客たちの言葉だった。

「寄付を名乗り出るお客さんや、わざわざ九州の他県からお菓子を持ってお見舞いに来てくれる人がいたんです」

「『がんばってください』『オープンしたら連絡してください』という問い合わせもたくさんあった。本当に嬉しかったですね」

38歳。まだまだ若手だ。

「数億円かけて新たな出発をしようとしているのだから、妥協はしたくありません。新しい『わらび野』は、次の世代の湯布院を引っ張るような存在にしたい。それが、再開を待っている人たちへの恩返しにもなるはずです」

この町が、好きだから
震災を経験して、「この町で生きる覚悟」を決めたという高田さん。こう言葉に力を込める。

「なぜ湯布院に旅館を建て直すのか、考えたんです。やっぱりそれは、ここが自分の生まれ育った町で、好きだから。そしてこの町を、ネイティブとしてもっと良くしたいから。そう、改めて実感しました」

「旅館を営む仲間たちにはこう言われました。『湯布院が復興するのは、新しいわらび野ができたときだ』って。嬉しいし、恥ずかしい。でも、責任も感じています」

「山荘わらび野」の再開は、2018年夏の予定だ。


両陛下、御所で黙とう=熊本地震1年
時事通信 4/14(金) 11:58配信

 熊本地震の発生から1年を迎えた14日、天皇、皇后両陛下はお住まいの皇居・御所で、午前10時から行われた熊本県主催の追悼式の様子をテレビ中継で見ながら、犠牲者に黙とうをささげられた。

 宮内庁によると、天皇陛下は午前10時半から、エクアドルとモルディブの新任大使の信任状奉呈式に臨む予定があった。追悼式の中継を蒲島郁夫県知事のあいさつまで見守った後、歩いて向かう予定だった宮殿へ、車で向かったという。


「助けて」暗闇の中に響く声 手にくぎ、サンダルは血まみれ…亡き友、学生村 伝える決意
西日本新聞 4/14(金) 11:50配信

 「あの日を風化させない」。東海大農学部3年の国貞尚伸さん(20)は、そう心に刻み込んでいる。

 昨年4月16日午前1時25分。農学部がある熊本県南阿蘇村は震度6強の激しい揺れに襲われ、学生約800人が暮らす「学生村」は壊滅的被害を受けた。

 次々と倒壊したアパートの下敷きとなり、4年脇志朋弥(しほみ)さん=当時(21)、2年大野睦さん=同(20)、1年清田啓介さん=同(18)=が犠牲になった。

 「この辺りが下宿先でした」。今年2月、今は大半が更地となった学生村跡地。被災地見学に訪れた東京の企業の社員約10人を前に、国貞さんは語り掛けた。

 「あの日」の記憶をたどりながら、話を続ける。

「救いきれなくて、悔しかった」
 学生寮の1階から着の身着のまま飛び出すと、周囲には1階部分がつぶれたアパートがいくつもあった。「助けて」。暗闇の中に響く声。他の学生と一緒に、がれきをかき分けた。手にはくぎが刺さり、素足のまま履いていたサンダルは血まみれになった。

 消防隊も駆け付け、次々と救出されたが、バレーボールサークルの先輩の脇さんがいない。部屋は隣のアパートの1階。「脇さん、脇さん」。何度も名前を呼んだ。同じ東京都出身の大野さんもいない。実家が近かったことで仲良くなったサッカー仲間だ。

 「救いきれなくて、悔しかった」

 国貞さんが取り組むのは、地震後に先輩たちと立ち上げた学生団体「阿蘇復興への道」による「語り部」活動。見学者の求めに応じて跡地を案内する。「在りし日の学生村、地震当時のことを知ってほしいから」

 学生村のがれき撤去、街頭募金、学生団体で開いた南阿蘇大復興祭。地震後、学生村の再建を目指して動き回った。「阿蘇に戻りたい」。その一心だった。

 昨年7月から始まった熊本校舎(熊本市)の生活にも少しずつ慣れてきたが、先輩や友人に気安く会えた学生村の生活が、今も恋しい。

 大学は今年1月、阿蘇校舎の現地再建を断念する方針を発表。願いは遠ざかったが、「いつかは」という希望は持ち続ける。

 今春、先輩たちは卒業し、農学部には223人の仲間が入学した。あの日から、間もなく1年。

 「地震のこと、亡くなった3人のこと、学生村のこと」。新入生や多くの人たちに伝えたいこと、伝え続けなければならないことが、たくさんある。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


仙台で児童ら黙とう=熊本派遣の教諭呼び掛け
時事通信 4/14(金) 11:27配信

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熊本地震の発生から1年を迎えた14日、東日本大震災を経験した仙台市では、市立西中田小学校(太白区)の児童らが熊本地震の犠牲者の冥福を祈り、黙とうをささげた。

 熊本地震の発生から1年を迎えた14日、東日本大震災を経験した仙台市では、市立西中田小学校(太白区)の児童らが熊本地震の犠牲者の冥福を祈り、黙とうをささげた。

 同小の桜井浩志教諭(54)は昨年7月から今年3月末まで、熊本市立秋津小学校に応援教員として派遣されていた。「熊本の先生や子どもたちは今も3月11日に黙とうを行ってくれている。私たちもその思いを返したい」と提案した。

 全校児童約570人は始業前、桜井教諭の校内放送に合わせ、それぞれの教室で1分間黙とうした。6年生の桜井理子さん(11)は「自分たちも熊本の人たちも同じ怖い思いをした。だから一緒に頑張ろうという気持ち」と話した。

 桜井教諭は「被災者にとって一番つらいのは、忘れられてしまうこと。熊本と仙台のつながりをずっと大事にしたい」と力を込めた。


熊本地震1年で追悼式、犠牲者の冥福祈る
読売新聞 4/14(金) 11:11配信

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熊本地震犠牲者追悼式の冒頭で黙とうする参列者たち(14日午前10時、熊本県庁で)=久保敏郎撮影

 熊本地震は14日、最初に震度7を観測した「前震」から1年となった。

 前震では9人が亡くなり、2日後の「本震」で亡くなった人や、地震の影響による震災関連死などと合わせ、犠牲者は計225人。熊本県庁では追悼式が開かれ、遺族や蒲島郁夫知事、安倍首相ら約360人が犠牲者の冥福(めいふく)を祈り、復興を誓った。

 式典では全員で黙とうをささげ、蒲島知事は「2度の激震は私たちの古里を一変させた。亡くなられた方々の遺志を受け継ぎ、災害に対する万全の備えを築いてまいります」と誓った。安倍首相は「復興を実現するため、引き続き全力で取り組んでいく」と述べた。

 母の津崎操(みさお)さん(当時89歳)が関連死に認定された遺族代表の冨永真由美さん(58)(熊本市)は「1年で一番美しく穏やかな季節を、私たちはずっと心の痛みとともに生きることになった」と祭壇に語りかけ、「笑顔と活気にあふれる古里に再建されることを願います」と締めくくった。

 被害が甚大だった同県益城(ましき)町などでも、住民たちが手を合わせる姿が見られた。


佐賀県議会が玄海原発再稼働容認 知事、月内にも判断へ
西日本新聞 4/14(金) 10:39配信

 佐賀県議会は13日、臨時会本会議で、自民党の2会派と1人会派が共同提出した九州電力玄海原発3、4号機(同県玄海町)の再稼働を容認する決議案を賛成多数で可決した。山口祥義知事は閉会後、記者団に「県議会の判断は極めて重く受け止める。(同意判断は)4月のうちの可能性が高い」と述べ、月内にも再稼働に同意する公算が高まった。

 山口知事は「県議会の判断は県民の判断」との考えで、臨時会を11日に招集。決議案は容認2案と反対1案が議員提出された。

 可決された決議は(1)安全性を国、県が確認した(2)電力を安定、安価に供給する必要がある(3)エネルギー情勢、地球温暖化対策を踏まえ、当面、原発に依存せざるを得ない-などを理由に「再稼働の必要性が認められる」とした。採決結果は公明党の2人を含む賛成28人、反対7人だった。

 共産党などが提出した「拙速な判断や同意しないよう求める」決議案と民進党議員らの「再稼働せざるを得ない」とする容認決議案は、それぞれ否決された。

 山口知事は、月内に世耕弘成経済産業相と会談するなどして判断を表明する意向を示した。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


「まだまだ支え必要」全壊判定の自宅やテントで暮らす人も ボランティア同行ルポ 熊本地震1年
西日本新聞 4/14(金) 10:35配信

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表通りから住宅街に足を踏み入れると、解体を待つ崩れたままの家屋が残る=3月31日午後、益城町

 ガタン、ガタン。無数の亀裂を舗装した跡が残る路上を、大型トラックが鈍い音を立てて走る。沿道のプレハブで、住民たちは遠方からの顔なじみを笑顔で出迎えた。熊本県益城町に、熊本地震発生直後から毎週、支援に訪れる福岡市のボランティア団体「夢サークル」代表吉水恵介さん(60)に同行した。「いつもありがとうねえ」。明るい声色の奥底に、失った暮らしを取り戻せない焦りもにじんだ。

 がれきが撤去された更地に、修理されたばかりの石垣が目立つ。3月31日、益城町の中心部、木山地区。「吉水さん、まんじゅう食べていかんね」。快活な声を響かせたのはまんじゅう店「九ちゃん万十」の松原恵美さん(47)。半壊した店舗の改修を吉水さんらが手伝い、昨年10月末、営業を再開した。

 「調子はどう」(吉水さん)。「元気しとるよ。おかげさまで」(松原さん)。吉水さんが「ここのまんじゅうはおいしいけ、俺も食べ過ぎて10キロ太ったとよ」と目を細める。

 復旧が進むにつれ、力仕事を中心としたボランティアは一段落。吉水さんは今、仮設の店舗や住宅を一軒一軒、訪ね歩いている。時には1時間以上、座り込んで話す。

「出て行かないといけない土地に家を建てろと言うのか」
 路上で吉水さんに会釈し、手を上げた男性がいた。40代で7人家族。狭い仮設住宅には入らず、全壊判定の自宅で今も暮らしているという。「仮設以外で生活していると、支援物資は回ってこん。役場の情報も、よく聞き取れん防災無線で流れてるだけ」。困り顔でこぼす。

 なじみの食堂に到着。プレハブの壁は薄く、暖房がかかっていても肌寒い。食堂を経営する70代男性の自宅は、中心部を走る幹線道路「県道熊本高森線」沿い。町の復興計画で拡幅が予定され、いずれ所有地からの立ち退きを余儀なくされる。現在はテント暮らしだが「土地をいくらで買ってくれるとか、具体的な話がない。役場の窓口で聞くと、『今なら新築を建てる許可が出せる』と言われた」と憤る。「出て行かないといけない土地に家を建てろと言うのか」

 街中には新築が決まり、地鎮祭を行う所も。一方で幹線道路から住宅街へ足を踏み入れれば、重機が入れず解体できない家屋や、陥没して波打ったままのアスファルトが残る。本当に町が、支援や復興に主体的に取り組んでいるのか。慣れない生活が長引くにつれ「住民の間では微妙な空気も流れ始めている」(ある町議)-。

 東北などでも被災地支援の経験がある吉水さんは「被災者はぎりぎりの生活を送り、不安や不満を募らせている。話し相手となるのもボランティアのあり方だ」と言う。仮設住宅で交流イベントも企画し、精神的なケアにも努める。

 「1回顔を出すだけでは心を開いてもらえない。ボランティアの数はかなり減ったが、まだまだ支え手が必要なんです」

 日が落ちると、足元に散らばるがれきは全く見えない。傾いた電柱の遠くに、信号機の明かりだけがぼんやり浮かんでいた。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震1年>悲しみ乗り越え、復興へ誓い 犠牲者追悼式
毎日新聞 4/14(金) 10:32配信

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熊本県庁で行われた熊本地震犠牲者追悼式=熊本市中央区で2017年4月14日午前10時3分、野田武撮影

 最大震度7を2度観測し、震災関連死を含め225人の犠牲者が出た熊本地震は14日、発生から1年を迎え、熊本県庁(熊本市中央区)で県主催の犠牲者追悼式が開かれた。式には遺族ら365人が参列して黙とうをささげ、白菊を祭壇に献花して犠牲者の冥福を祈った。

 遺族代表の冨永真由美さん(58)=熊本市=は「悲しみを乗り越え、このつらさを心の糧として立ち上がる人が増えて、熊本が笑顔と活気にあふれるふるさとに再建されていくことを願う」とあいさつ。冨永さんの母津崎操さん(当時89歳)は車中泊による体調悪化で昨年4月16日に亡くなり、震災関連死に認定された。冨永さんは「追悼式をきっかけに、私たち遺族が少しでも前を向いて元気に歩き出すことは、亡くなった方々の望みではないでしょうか」と締めくくった。

 来賓を代表し、安倍晋三首相が「被災者の方々お一人お一人のお気持ちに寄り添い、一日も早い生活の再建と、なりわいの再生、被災地の復興を実現するため、引き続き政府一丸となって全力で取り組んでいく」とあいさつ。蒲島郁夫知事は「亡くなられた方々の遺志を受け継ぎ、残されたご家族をこれからも守り続けていくため、災害に対する万全の備えを築く」と語った。

 熊本地震は、昨年4月14日午後9時26分にマグニチュード(M)6.5の前震、同16日午前1時25分にM7.3の本震がそれぞれ起きた。全半壊した家屋被害は約4万2000棟に上り、今も被災者約4万8000人が熊本県内外の仮設住宅などで避難生活を強いられている。【中里顕、山下俊輔】


被災文化財に寄付50億円超 引き続き支援呼び掛け
西日本新聞 4/14(金) 10:21配信

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大切に保管されている熊本城石垣の石材。積み直しのため、一つ一つに番号が書かれている

 熊本県や熊本市は被災した文化財の復旧に対する寄付を募っている。これまでに寄せられた寄付金は総額50億円を超え、引き続き支援を呼び掛けている。

 県は昨年5月、「熊本城・阿蘇神社等文化財復興支援募金」の受け付けを開始。2月末現在、約26億7000万円が集まった。国や自治体の指定文化財が対象だが、未指定文化財に拡大する可能性もあるという。

 熊本市は、地震発生から間もない昨年4月21日に熊本城を対象とした「熊本城災害復旧支援金」を開設。約15億7400万円(3月末現在)が寄せられた。11月には「復興城主」制度を導入。1回1万円以上寄付した人を対象に「城主証」などを発行するほか、熊本城近くの観光施設に設けた「デジタル芳名板」に名前を掲載する仕組みで、約8億5900万円(同)が集まった。

 また、同市は2月、熊本城以外の被災した国、県、市の指定文化財など約70件(被害総額約25億円)を対象とする「市文化財災害復旧支援金」も設けており、この2カ月間で約110万円が寄せられている。

 県文化課=096(333)2704。熊本城災害復旧支援金と復興城主は熊本城総合事務所=096(352)5900、熊本市文化財災害復旧支援金は市文化振興課=096(328)2039。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=

2017年4月13日 (木)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2221

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:「無名の文化財」次々救出 倒壊家屋から6200点、保管庫へ 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「奇跡的に無事」天守閣に残された国重文 戻したい、あの熊本城に 復興への道のり長く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城の復興パズル 崩落石垣10万個から読み解く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設生活なお4万7725人 有感地震は1年間で4300回 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>届かぬ支援 避難生活続く障害者の声は - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>大分、状況把握などに課題 県が初動を検証 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 住宅再建に課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 自治体、防災計画見直せず 復旧で手一杯/財源確保に苦戦 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 「中越」の経験生かす…新潟から助っ人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>「仮設2年以内解消困難」6割 首長アンケ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 不明大学生3カ月かけ発見の父 落ち込んではいられない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災市町、県外避難実態把握できず 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:水前寺清子「がまだしなっせ」震災復興「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設生活、なお4万5000人…熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元の生活、少しずつ=喪失感は消えず―4カ月後収容大学生の両親・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:課題残る罹災証明=市町村、負担大きく―発行遅れの教訓生かせ・熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遺族ら、200人超の冥福祈る=「歩きだすことが犠牲者の望み」―熊本県で追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>新生熊本城へ始動 2年後お披露目 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【熊本地震1年】神戸から、新潟、東日本、熊本へ。歌い継がれる『復興の歌』 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>避難4万7725人 関連死170人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<伊方原発>運転差し止め却下「不服」 住民側が即時抗告 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:クレーン工事を再開=倒壊事故の高浜原発―関電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:住民側が即時抗告=伊方原発差し止め却下で―広島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興住宅の仮受付始まる 西原村、熊本地震で初 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、閉じこめの78%が1階…警察庁分析 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震から1年 不通の国道は今 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震の被害実態分析 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:伊方原発差し止め仮処分却下、住民側が即時抗告 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 阿蘇立野病院が診療再開 住民安堵、院長「再生への灯火に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「被害認定士」登録徹底へ 迅速な職員派遣目標 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇観光、客足鈍く=「被災イメージ払拭を」―交通事情が影響・熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災犠牲者200人超=避難所閉鎖、仮設暮らし続く―熊本地震、14日で1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:玄海原発再稼働、佐賀県議会が容認決議案を可決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇被災地、復旧状況を報道陣に公開 復旧工事へ本格着手 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

「無名の文化財」次々救出 倒壊家屋から6200点、保管庫へ 熊本地震
西日本新聞 4/14(金) 10:15配信

 熊本地震の被害にあった古民家に残されていた古文書など、国や自治体の文化財指定を受けていない「無名の文化財」の救出活動が続いている。

 熊本県益城町の「益城保管庫」を訪ねた。県の要請で昨年7月に始まった文化財レスキュー事業で、町内外の倒壊家屋から運び出された文化財が集められている。古い木箱に収められた古文書やびょうぶ、陶器、民具があった。

 県文化課によると、九州内外の文化財担当者や学芸員ら延べ約800人が熊本入りし、壊れた旧家や蔵から約6200点を救い出した。救出した文化財は益城町のほか、宇城市と八代市の保管庫に収めている。

 同事業は、県が1998年にまとめた文化財リストを基に進められた。約2千件が記録され、初動段階で大いに役立ったが、リストが古いという難点もあった。自治体が把握していなかった文化財も多く見つかり、中には熊本藩の御用絵師が手掛けたとみられるびょうぶもあった。「将来、熊本の指定文化財になる可能性がある。今こそ守らなければならない」と同課指導主事の溝辺浩司さん(53)は力を込める。

 今後、住宅再建が本格化すれば救出文化財はさらに増える。だが、既に益城と宇城の保管庫は満杯状態で、県は新たな保管場所を探している。所有者の生活が再建されないと、救出文化財の返却も進められない。

 同事業の参加団体「熊本被災史料レスキューネットワーク」は、県内の歴史研究者が震災直後に立ち上げた。代表の稲葉継陽(つぐはる)熊本大教授(50)は言う。「救出した文化財をきちんと調査研究し、いつか、その価値を伝える展覧会を開きたい」。先人が残した文化財を次の世代へ伝えていくことも、古里の復興には欠かせない、大切な取り組みだ。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


「奇跡的に無事」天守閣に残された国重文 戻したい、あの熊本城に 復興への道のり長く
西日本新聞 4/14(金) 10:05配信

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地震の1カ月後に撮影された熊本城の頬当御門。石垣が激しく崩壊し、無残な姿に変わり果てていた=昨年5月

 熊本地震で傷ついた文化財を修復する動きが目立ってきた。変化が見え始めた文化財もあるが、全ての復興までには長い年月がかかりそうだ。文化財は古里の復興を目指す被災者の心の支えになる-。そう信じて活動する人々の思いを聞きながら、震災1年を迎える熊本の被災地を歩いた。

石垣修復へ、番号で目印
 無残に壊れた熊本城(熊本市中央区)。奉行丸と呼ばれる西側の広場に、崩れた石垣の石材が整然と並ぶ。その数、約1900個。近くの頬当(ほほあて)御門などから運ばれた。一つ一つの石の表面には「H456-17」というように、番号とアルファベットが書いてある。震災前の写真や図面を参考に積み直すための番号だ。その工程を考えれば気が遠くなるほどの石の数だが、作業着手はまだ先の話だ。

 番号から石材の落下地点が分かる。それを分析することで石垣崩壊のメカニズムが解明できるかもしれない。「再び大地震が起きても強い石垣にしたい。そのために何ができるのか、考える材料を提供したい」。熊本城調査研究センターの文化財保護主幹、鶴嶋俊彦さん(62)は言う。

 震災の1カ月後、ここで見た光景が忘れられない。頬当御門周辺の石垣は両側から崩れ落ち、爆撃を受けたかのような惨状だった。「石垣に近づきすぎないで!」。報道陣に呼びかける、市職員の緊迫した声が耳に残る。

 久しぶりに訪れると、景色は一変していた。鉄筋コンクリート造りの天守閣の復旧工事が本格化。天守閣へ続く長さ約98メートルのスロープが設置され、資材を積んだ大型トラックが上っていく。天守閣は5月の大型連休後から徐々にシートで覆われ、しばらく見えなくなる。大天守は2019年、小天守は21年の工事完了を目指す。

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角の部分が残った「一本石垣」として有名になった飯田丸五階櫓の復旧工事も本格化する

「奇跡的に無事だった」天守閣に残された国重文
 天守閣の中に取り残されていた国重要文化財「細川家舟屋形」も工事に合わせて搬出される。藩主細川家が参勤交代に使った御座船の一部。解体して夏までに運び出す。外傷がないことは震災直後に確認したが、木材のゆがみやズレが生じた可能性があるそうだ。

 舟屋形は、改装する市立熊本博物館の展示の目玉だ。震災で当初のスケジュールは1年遅れ、公開は18年の秋冬頃になる見通し。同館学芸員の木山貴満さん(33)は「舟屋形は奇跡的に無事だった。大切にして後世に伝えたい」と語る。

 今月から熊本城の復旧支援のため、県外の文化財専門職員2人が調査研究センターに派遣されている。その一人、仙台市文化財課の関根章義さん(35)は「被害が大きく、短時間での復旧は難しいが、東日本大震災で崩れた仙台城の石垣の復旧に携わった私の経験を役立てたい」と意気込む。

 復旧の兆しは見え始めたが、城内を見渡すと、崩れたままの石垣が多い。東側にある国重文の櫓(やぐら)群は、崩落防止のために重しで支える処置がなされただけ。石材の保管場所も不足しつつある。

 復旧の手順や工法などを盛り込んだ「復旧基本計画」は本年度末までに策定される。「天守閣は熊本城の一部。文化財の部分は慌てることなく進めたい」と熊本城総合事務所長の津曲俊博さん(60)。全面復旧まで20年。目標達成までの道のりは長い。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


熊本城の復興パズル 崩落石垣10万個から読み解く
日刊スポーツ 4/14(金) 10:03配信

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「奇跡の一本石垣」となった飯田丸五階櫓。アーチで櫓を支えている(撮影・清水優)

<震度7の大地震から1年 熊本の今(1)>

 震度7が連発した熊本地震から今日14日でちょうど1年。社会面では「熊本の今」と題した連載を始め、被災地に密着したリポートをお届けします。第1回は、地震で大きな被害を受けた熊本城の復旧工事がテーマ。「武者返し」と呼ばれる美しく高い石垣が至るところで崩れ、積み直しが必要な石は推定7万~10万個。1つ1つがどこから落ちたか解き明かす作業が不可欠で、遠い道のりだが、担当職員は復興へのパズルに挑み続けている。

 熊本城の北東、開かずの門に近い熊本城調査研究センター。城に隣接した建物の2階で、市文化財保護主事の嘉村哲也さん(32)はこの1年で読み解いてきた石垣のパズルを見せてくれた。「これは本丸の小天守入り口の石垣です。難しかったのは『86番』。崩落後に割れ、形が変わっていた。崩落前の写真を見ると、ほら、少しヒビが入ってるでしょ」。写真の石垣には丁寧な赤ペン文字の数字が並ぶ。1つ1つのピースへの愛情が伝わってくる。

 嘉村さんの仕事場は崩落現場だ。落ちた積石に番号を付け、石垣の表面に出ていた面の形を記録。崩落前の石垣の写真と照合し、表面の形やコケの模様などから崩落前の位置を特定する地道な作業を続けている。

 熊本城の石垣は昨年4月14日の前震、同16日の本震で2度にわたり崩落。天守閣では小天守の石垣、残った角石だけで櫓(ろ)を支える「奇跡の一本石垣」と話題になった飯田丸五階櫓の石垣、国指定重要文化財の北十八間櫓、東十八間櫓の石垣も崩れた。飯田丸の東側、備前堀の石垣は堀の中に落ちている。

 昨年度は、嘉村さんともう1人の職員2人でパズルを続けてきた。「崩落した積石は全体の1割。これを含め、積み直しが必要な積石は全体の3割にあたる推定7万個から10万個。崩落した積石で表面の形を確認できたのが7500個。元の位置を特定できたのは1000個いくかどうかです」。気の遠くなる作業だが、手作業の調査で「石垣内部の裏込石に押され、石垣の中腹くらいから積石が『く』の字のようにはがれ落ちている」という崩落の傾向も分かってきた。

 複数面の石垣が崩れ、積石が複雑に重なる現場もある。石垣の夢でうなされそうだが、大学で考古学を学んだ嘉村さんは「こういう作業は嫌いじゃないので」と笑顔を見せた。大天守は19年、全体の再建は37年を目指し、熊本市は本年度から城の本格的な復旧に入る。パズル担当も計5人に増員され、熊本大学はパズルを解くソフトを開発中だ。

 1万円以上の寄付で「復興城主」になれる支援制度には、5万3600人が参加し、計8億8000万円が集まった。「熊本城は愛されているんだなあと実感します。そんな城の研究と修復に携われるのは幸せです」と嘉村さん。復活のその日まで熊本城に寄り添うつもりだ。【清水優】

 ◆熊本城 加藤清正公により、関ケ原の戦い(1600年)のころには築城が始まり、1607年(慶長12)には完成したとされる。周囲5・3キロに及ぶ広大な城で、天守閣のほかに、他の地域の城では天守クラスの高さのものも含む櫓49棟、櫓門18棟、城門は29棟もあった。1871年(明治10)の西南戦争の火災で天守閣、本丸御殿が焼失。宇土櫓など13棟が国指定重要文化財に指定されている。現在の天守閣は消失以前の姿を忠実に再現する形で1960年(昭35)に鉄筋コンクリートで再建された。1625年、1889年などの大地震で被災したが、何度も修復を繰り返し、美しい姿を保ってきた。

 ◆熊本地震 昨年4月14日午後9時26分ごろ、熊本を震源とするマグニチュード6・5の地震(前震)が発生。益城町で最大震度7を観測した。さらに同月16日午前1時25分ごろ、M7・3の地震(本震)が発生。益城町と西原村で最大震度7を観測した。関連死を含めた死者数は222人(13日現在)。避難中の災害関連死は166人に上り、地震による家屋倒壊などで亡くなった直接死の50人を大きく上回っている。一部損壊から全壊まで約19万棟の家屋被害があり、仮設住宅などに仮住まいする被災者は4万7725人に上っている。


仮設生活なお4万7725人 有感地震は1年間で4300回 熊本地震
西日本新聞 4/14(金) 9:42配信

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大規模な土砂崩れ跡が残る熊本県南阿蘇村=13日午前10時半すぎ(本社ヘリから)

 熊本地震は、熊本県益城町で震度7を観測した前震から14日で1年。一連の地震による犠牲者は震災関連死を含め熊本、大分両県で225人になり、仮設住宅や民間賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」などで暮らす被災者は3月末で4万7725人に上る。住まい再建や途絶した交通網の回復など復興は途上にある。3月末には益城町の仮設住宅で初の孤独死が確認されるなど、被災者の孤立防止の課題も生じている。

 熊本県は13日、仮設住宅を出た被災者が入居する災害公営住宅を12市町村が計1027戸整備する計画を発表。同県西原村は来夏に完成予定の災害公営住宅入居の仮受け付けを始めた。

有感地震は1年間で4300回
 昨年4月14日午後9時26分にマグニチュード(M)6・5の前震が発生、16日午前1時25分にもM7・3の本震があり、ともに最大震度7を観測した。犠牲者は13日現在、直接死50人、関連死170人、昨年6月の豪雨による二次災害死者が5人。震度1以上の有感地震は1年間で4300回に迫り、活動が続く。

 熊本県内の仮設住宅には4179世帯1万985人が暮らし、みなし仮設などに1万5647世帯3万5963人が入っている。県外のみなし仮設などで暮らす被災者も、32都道府県で380世帯777人いる。

 住家被害は熊本、大分両県で計20万棟に迫る。内訳は全壊8683棟、半壊3万3915棟、一部損壊は15万5616棟。熊本県内の一部市町村では、支援金の受給などに必要な罹災(りさい)証明書交付のための再調査がなお続いている。家屋の公費解体の進捗(しんちょく)率は同県内で59・0%(3月末現在)。

 14日は午前10時から、熊本県庁で犠牲者追悼式がある。安倍晋三首相も出席、被災地を視察する。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震1年>届かぬ支援 避難生活続く障害者の声は
毎日新聞 4/14(金) 9:40配信

 「避難できる避難所が見つからず不安になった」「障害者は事実上(支援の輪から)排除されている」--熊本地震発生から1年。現地で障害者やその支援者を訪ねると、口々に被災後に直面した困難を語ってくれた。大規模災害発生時、障害者にはどのような支援が必要なのか? 当事者の声を集めた。【写真映像報道センター・後藤由耶】

 ◇「バリアフリーの避難先が見つからない」

 熊本県益城町の作本誠一さん(50)は地震で自宅が全壊した。19歳の時に頸椎(けいつい)を損傷。首から下がまひし、車いす生活を送る。隣接する熊本市や益城町内の避難所を経て昨年11月、町内にようやく完成したバリアフリー対応の福富仮設団地に移った。

 避難生活は苦労の連続だった。地震発生後、体育館や町の施設を転々とした。トイレや入浴の介助が必要で、自分では起き上がることができない。電動ベッドが欠かせず、受け入れてくれる避難所探しは容易ではなかった。最初に避難した熊本市内の高校の体育館ではトイレが使えず、やむなく携帯用トイレを使った。

 「条件の合う避難先が見つからず、時間だけが過ぎて不安になった」と振り返る。昨年7月、益城町内の総合体育館に障害者トイレがあり、自宅から運び出した電動ベッドが置けることが分かり、同年10月末まで過ごした。

 総合体育館に移った頃、町内に完成した仮設住宅も見学した。しかし、室内は狭すぎて段差があり、車いすの障害者は入居できなかった。そこで町にバリアフリー対応の仮設住宅の建設を要望。仮設住宅としては最も遅くなったが、6戸が建設された。ようやくストレスのない生活を送れるようになったが、住民は障害者だけで、災害時の対応に不安もあるという。

 ◇「災害は平等、避難生活は不平等」

 「くまもと障害者労働センター」代表の倉田哲也さん(50)は脳性まひの障害がある。地震発生直後、センターを自主避難所にして障害者を受け入れ、多いときには10人ほどが寝起きした。行政からの支援はなかったが、全国の福祉関係者が駆けつけ、炊き出しなどの支援をしてくれた。

 一般の避難所は列に並べる人しか配給がもらえない仕組みになっていたり、手話通訳がいなかったり、建物がバリアフリーになっていなかったりするなどの問題点があった。

 「災害は平等に来るけれど、避難生活は平等ではないことを(障害者は)体験した」と倉田さん。災害時の仕組みは障害者を想定せずに作られていると指摘する。

 ◇「障害者は見えない存在」

 熊本学園大教授で弁護士の東俊裕さん(64)は幼児期のポリオ罹患(りかん)の後遺症で車いす生活を送る。益城町の北に位置する菊池市の自宅で本震を経験した。

 東日本大震災発生後、内閣府「障がい者制度改革推進会議」の担当室長として、被災地で障害者の状況を調査。支援の輪からこぼれ落ちる様子を見てきた。その経験から、熊本地震では発生後1週間ほどで「被災地障害者センターくまもと」を設立した。

 事務局長として、主に在宅避難者のため、困りごとの相談や支援物資の提供、各種申請への付き添いなど、500人以上の支援の先頭に立ってきた。活動を通じ、「障害者が見えない存在となっている」と感じた。被災行政で障害者の存在が想定されていない現状は、東日本大震災後も何も変わっていないと話す。

 熊本地震後、避難所では障害者を巡るトラブルが多発した。ある発達障害の子どもは配給の列に並べずに配給をもらえなかった。聴覚障害者は配給などを知らせる放送が聞こえずに孤立しがち。視覚障害者は夜間、トイレに行く途中で就寝中の人にぶつかることもあった。

 東さんによると、こうしたトラブルが原因で避難所を離れ、長期間の車中泊や地震で損傷した自宅での生活を余儀なくされた障害者やその家族も多かったという。

 熊本地震直前の昨年4月、障害者差別解消法が施行され、行政には障害者への合理的配慮が義務づけられた。東さんは地震発生後、作本さんの支援で仮設住宅を調べたが、車いすでの使用は想定されていなかったという。「熊本県には車いすの障害者がいないかのごとき設計だった」と憤る。

 東さんは、東日本大震災や熊本地震の経験を生かし、災害時の障害者への支援対応をまとめたマニュアルを作成する必要性を強調。災害時に特化した障害者への支援について、災害対策基本法や災害救助法を改正して位置づけていくことが必要と訴えている。


<熊本地震1年>大分、状況把握などに課題 県が初動を検証
毎日新聞 4/14(金) 8:36配信

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一目八景で知られる観光地・深耶馬渓では巨石が道をふさいだ=2016年4月16日、大漉実知朗撮影

 大分県内でも由布・別府市を中心に、震災関連死3人など大きな被害を出した熊本地震。始まりとなった前震(県内最大震度4)から14日でちょうど1年がたつ。観光面での風評被害は落ち着いたが、家屋の修理が終わっていない被災者は少なくない。県は発生から半月の初動対応を検証し、情報収集、避難所運営、支援物資について問題があったことを認める報告書をまとめた。自然災害はいつ起きてもおかしくない。課題の克服が急務になっている。【池内敬芳】

 ◇状況把握不足

 報告書は災害情報収集について「建物被害や避難所の状況など必要な情報が十分に把握できなかった」と率直に反省している。

 県は以前から、被災市町村に県職員を「情報連絡員」として派遣する制度を作っていた。熊本地震でも派遣されたが、発生は4月中旬と年度当初。担当市町村の職員と顔合わせも済んでいなかったこともあり、情報収集に手間取った。任務や目的を十分理解できていなかった連絡員もいたという。

 このため報告書は、連絡員が担当市町村と日ごろから「顔の見える関係」を築くことの大切さを指摘。業務マニュアルを作り、研修や訓練を重ね、実際に機能するよう備えておくことを求めている。また、県は防災訓練を例年の秋から年度当初の4月中に前倒しで行うよう計画。職員が災害時の役割をいち早く理解できるようにするのが狙いだ。

 報告書ではさらに全体状況把握のためにどんな情報が必要か、応急対策に必要な情報は何かを、災害発生後の各段階ごとに整理しておくべきだとする。支援を受ける「受援」の体制を整えるため、リーダーの明確化も必要だとした。

 情報の発信では、留学生や外国人観光客らに向けて県災害対策本部に「外国人救援班」を設置。多言語で災害情報を発信するセンターを作るとしている。

 ◇避難所運営

 避難所については、運営に多くの市職員が関わり、市の本来業務に手が回らなくなったことや、運営の手法・手順が確立されていないことが問題とされた。また、車中に泊まる人に支援が届きにくいことも挙げられた。

 今後は、地域住民主体の避難所運営が重要だと指摘し、市町村にマニュアル見直しを促す。ペットを連れた人への対応も充実させる。トイレ不足に備えた簡易トイレの備蓄や、マンホールトイレの導入も支援するという。車中泊をはじめ、指定避難所以外に逃げた人をどう把握するかも、検討課題になった。

■支援物資 支援物資の面では、輸送の拠点確保のため、九州各県が施設を相互利用することや、民間との協力協定締結、ブルーシート備蓄数の増加などを検討する。

 広瀬勝貞知事は3日の定例記者会見で「市町村に出かけて情報を取ってくることが大事だ。避難所運営はできれば早い時期に(被災者による)自助運営にしたい。備蓄ではブルーシートが足らなくなった」と反省点を挙げ、早急に見直す考えを示した。


熊本地震1年 住宅再建に課題
ホウドウキョク 4/14(金) 8:08配信

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(写真:ホウドウキョク)

震度7を観測した熊本地震の前震から、14日で1年。熊本県では、4万7,000人を超える人が仮設住宅などでの生活を余儀なくされ、新たな住まいの確保などが課題となっている。
益城町で、九州で初めてとなる震度7を観測したあの日から、14日で1年。
震度1以上の余震は、13日までにおよそ4,300回を数える。
熊本県などによると、一連の地震による犠牲者は、直接死50人、災害関連死167人など、あわせて222人となっている。
各自治体ごとに関連死を認定する審査は、今も続いていて、犠牲者の数は、さらに増えるとみられる。
また、応急仮設住宅や、みなし仮設などで暮らす人は、県内外をあわせて4万7,000人を超え、今もなお、仮の住まいでの生活が続いている。
仮設住宅とみなし仮設の入居期限は、原則2年で、現在、県内であわせて1,000戸余りの災害公営住宅の整備が予定されているが、ようやく一部が設計に着手したばかり。
熊本地震から1年、被災者の新たな住まいの確保が課題となっている。

テレビ熊本/FNN


熊本地震1年 自治体、防災計画見直せず 復旧で手一杯/財源確保に苦戦
産経新聞 4/14(金) 7:55配信

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工事中の熊本城を見上げる観光客ら。天守閣を貫くように鉄骨が設置されている=13日、熊本市(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 産経新聞社は熊本地震から1年を機に、熊本県内の被災17自治体にアンケートを実施した。全ての自治体が、災害時の対策などを定めた「地域防災計画」を見直す予定だが、見直しを終えたのは2自治体のみだった。被災者支援や復旧・復興業務に追われ、将来の備えにまで手が回らなかった事情がうかがえる。

 アンケートは3月22~31日に実施。地域防災計画をすでに「見直した」のは2自治体で、残る15自治体は「今後見直す」と回答した。地震から2カ月後に実施したアンケートでは、17自治体のうち15自治体が計画を見直す考えを示していたが、実現した自治体は極めて少なかった。

 震度7の揺れを2度観測した益城町は「大規模に見直す」と回答。福祉避難所で地震直後に高齢者や障害者らを十分サポートできなかった反省から、避難所運営計画も根底から見直す。また、今年度の一般会計当初予算は、復旧復興関連事業によって15自治体で過去最大になり、13自治体が財源確保で「困ったことがあった」と回答。苦しい財政事情の中「貯蓄」に当たる財政調整基金を取り崩したり、「借金」に相当する起債を増やしたりして捻出していた。

 今年度の一般会計当初予算の増加率トップは益城町の251・8%。西原村、嘉島町、南阿蘇村も大きく増えた。財源確保で困った理由には「特別交付税の交付額の見通しが立たなかった」「国や県の補助対象から外れた経費の工面」などが挙がった。


熊本地震1年 「中越」の経験生かす…新潟から助っ人
産経新聞 4/14(金) 7:55配信

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熊本地震後の集落再生に取り組む佐々木康彦さん(右)=熊本県西原村(市岡豊大撮影)(写真:産経新聞)

 被災地では住宅再建が進まず、元の集落に戻るか悩んでいる住民たちがいる。阿蘇地方山間部に位置する熊本県西原村に臨時職員として派遣されている新潟県の団体職員、佐々木康彦さん(38)は、平成16年の新潟県中越地震後の再建支援に取り組んだ経験を生かし、こうした熊本の住民たちの力になっている。

 仮設住宅で暮らす同村の坂田善昭さん(63)は、地震で自宅に隣接する石垣が約10メートル崩れる被害を受けた。修復には数百万円かかるが、公道に面した石垣は行政負担で修復できることを佐々木さんから教えてもらい、再建を決意。坂田さんは「住民だけで話し合っても、どうにもならんかった」と感謝する。

 住民の少ない山間部では生活再建が遅れがちだ。坂田さんの住んでいた大切畑集落では22世帯のうち、戻ったのは1世帯。戻るつもりがあるのは12世帯で、9世帯は移住を考えている。

 佐々木さんは「コミュニティーで思いを共有することが第一。押し付けないで決断を待つようにする」という。その言葉通り、住民を集めた話し合いを1年の間に、村内7集落で計約100回重ねてきた。

 佐々木さんは中越地震の被災地で集落再生を支援する公益財団法人「山の暮らし再生機構」(新潟県長岡市)のメンバー。中越では住民同士が十分に議論しないまま戻り、維持が難しくなった集落もあったという。佐々木さんは「住民自身が積極的に取り組む姿勢を持たないと真の復興は果たせない」と話す。


<熊本地震1年>「仮設2年以内解消困難」6割 首長アンケ
毎日新聞 4/14(金) 7:30配信

 14日で発生から1年を迎えた熊本地震で被害を受けた熊本県内では、今も4万4000人以上が仮設住宅と、民間住宅を県などが借り上げる「みなし仮設住宅」で避難生活を送っている。被害が大きかった県内21市町村の首長に毎日新聞がアンケートしたところ、過半数の13市町村が仮設住宅の入居期限である2年以内での仮設解消は難しいとの見通しを示した。背景には入居者の高齢化もあり、経済基盤が弱い高齢の避難者への支援などさまざまな課題が浮かび上がった。【中里顕、樋口岳大】

 「我が家は欲しいけれど、もう高齢だし」。震度7の揺れに2度襲われた益城(ましき)町の仮設住宅で昨年7月から1人で暮らす増岡孝子さん(77)はつぶやいた。夫には5年前に先立たれ、35年前に建てた木造2階建ての自宅は全壊した。解体は終わったが、多額の費用をかけて建て直してもいつまで住めるか分からない。「次の住まいをどうするかが一番の悩み」と顔を曇らせる。

 県によると3月末現在で仮設住宅に入居している4179戸のうち、15%の606戸が65歳以上の1人暮らしで、夫婦など高齢者のみの世帯800戸(19%)と合わせると3割を超す。みなし仮設もそれぞれ13%と19%で、やはり3割を超えている。

 災害救助法はみなし仮設も含め、仮設住宅の入居期限を原則2年と規定している。しかし、毎日新聞のアンケートでは、被害が大きかった南阿蘇村や西原村をはじめ13市町村が2年での仮設解消を「困難」と回答。「可能」と答えたのは八代市など3市町村だけだった。

 長期化を見込む理由として、住宅再建を担う業者確保の難しさや被災者全体の経済的問題に加え、「高齢単身世帯への対応に時間がかかる」(宇土市)、「避難者の半数ほどが高齢者で将来に不安を持っている」(山都町)など入居者の高齢化を挙げる自治体も目立った。

 阪神大震災では仮設解消まで約5年かかり、東日本大震災では6年たった今年3月時点でもなお、岩手、宮城、福島3県で被災した約8万人が仮設住宅で生活している。こうした現実も踏まえ、熊本県の蒲島郁夫知事は3月の毎日新聞のインタビューで入居期限を延長する考えを示した。被害が甚大な「特定非常災害」に指定された熊本地震の場合は国が同意すれば延長が可能だ。知事はまた高齢者向けの住宅再建融資への支援など「さまざまな選択肢を用意しながら自宅の再建を進めなければいけない」と語った。


熊本地震1年 不明大学生3カ月かけ発見の父 落ち込んではいられない
スポニチアネックス 4/14(金) 7:01配信

 関連死を含め、200人以上が亡くなった熊本地震は14日、発生から1年を迎えた。震度7の激震が立て続けに2度起きた異例の大地震。深い傷を抱えながらも、前へ進み始めた人々と大地の姿を紹介する。阿蘇大橋付近の土砂崩れに車ごと巻き込まれた大学生・大和晃(ひかる)さん(当時22)を捜し続けた父卓也さん(58)。深い谷川の底に下り、見つけ出した息子への思いを語った。

 阿蘇市にある大和家の仏壇脇には、柔らかな笑顔の遺影が飾られていた。会社役員で父の卓也さんは「報道でよく出た顔写真は、母と兄と並んで照れ隠しで口をゆがめとるけん、ヤンチャっぽく見えたかも。本当はこういう優しい顔です」と教えてくれた。

 晃さんの車が阿蘇大橋の下流約400メートルで見つかったのは、地震発生約3カ月後の7月24日。砂利に沈む黄色い車体は大きな岩に挟まれ、わずかに顔を出していた。「車が板のようだった。中は凄いことになっているだろう。晃はいるのか?」。だが、重機なしには手も足も出ない。時刻は午後4時半。崖を登るのに1時間はかかる。一緒に下りてくれた知人ら約20人を無事に帰す義務もある。後は行政の仕事だ。

 周囲に「帰ろう」と伝えたが、妻忍さん(48)は車から離れない。肩をつかみ離そうとしても、泣きながら車の周りの砂を手で掘り続けた。引きはがすように妻を連れ帰った。「たまらんかったですよ、本当」。卓也さんの目が潤んだ。思いは忍さんと同じだったはずだ。

 晃さんは昨年4月16日未明の本震の犠牲になった。14日夜の前震で被害に遭った熊本市内の友人宅に、水を届けた帰り道だった。警察と消防、自衛隊の捜索は5月1日に打ち切られた。その2日後から夫妻は長男翔吾さん(24)と3人で捜索を始めた。連日、昼は望遠レンズで写真を撮りまくり、夜は写真を見つめて手掛かりを探し続けた。時には河原にも下りた。比較的入りやすい下流域は、約11キロにわたって調べた。

 ただ阿蘇大橋付近は谷が深すぎて近寄れなかった。加えて梅雨の増水が危険を高めた。「人の高さほどある水のうねりで、流れる岩がゴン!ゴン!とぶつかる音がした。川の中に晃がおるかもしれんのに」。

 晃さんが成長するにつれ、父子の会話は減っていた。「顔を合わすと、厳しいことばかり言ってしまった。晃なりの考えもあったろうにね。もっと認める言葉を掛けてやれば良かった」。捜索中は後悔ばかり浮かんだ。「晃は俺を嫌やったかもしれん」。そんな思いもよぎった。だが妻から「私には“お父さんのこと尊敬してる”と言ってたよ」と初めて聞かされた。「どんな形でも家に連れ帰る」と誓った。

 梅雨が明け、手つかずだった上流に初めて入った日に車は発見された。引き揚げられた車内から遺体が見つかった。そして8月14日、DNA鑑定で晃さん本人と確定した。「捜索の苦労が報われた。家に連れ帰れて良かったと思った。ただ希望もなくなった」。どこかで期待していた、生存の可能性が完全に消えた。

 地震から1年、晃さんの“帰宅”から8カ月がたとうとしている。捜索を支えた親の深い愛に誰もが胸打たれたが、卓也さんは「捜してくれる人がいなければ、親なら絶対同じことをする」と強調する。

 身も心も擦り減らす1年だったはずだ。今も「晃がバイトしていたガソリンスタンドを通ると、若い子と晃を見間違えることがある」という。だが「体を壊したりはしてない。落ち込んだりもしていない」と声に張りがあった。傷は少しずつ癒え、前を向き始めている。

 ◇熊本地震 昨年4月14日午後9時26分ごろに熊本県熊本地方を震源として、マグニチュード(M)6.5の地震が発生。2日後の16日午前1時25分ごろにもM7.3の地震があり、いずれも同県益城町で震度7を記録。同じ地点で震度7を2度記録したのは気象庁の観測史上で初めて。16日の地震が本震で、14日のものは前震と考えられている。家屋の倒壊や土砂崩れに巻き込まれるなど地震による直接死は50人に上り、関連死も含めると200人以上が犠牲になった。重軽傷者は約2700人。住宅の被害は全壊約8600棟、半壊約3万3000棟で、現在も4万人以上が仮設住宅で暮らしている。


被災市町、県外避難実態把握できず 熊本地震1年
神戸新聞NEXT 4/14(金) 6:15配信

 多くの被災者が全国へ避難した熊本地震。災害対策基本法の改正で自治体同士による避難者情報の提供が可能になったが、県域を越える県外避難者は正確な人数や実態を把握する仕組みがない。公営住宅の提供などを受けて行政から把握されているはずの避難者にも支援情報が届いていないなど、出身市町村による対応の差も生じている。

 熊本県益城町(ましきまち)で自宅が全壊した下田準二さん(73)、絹子さん(70)夫婦は昨年4月、次男を頼り、神戸市西区の市営住宅に避難した。

 「故郷に戻りたい」との思いが強く、神戸市の担当者が届けてくれた益城町の広報紙で仮設住宅の募集を知り、昨年12月に同町へ戻って入居。既に町内の中古住宅を購入し、今年7月には住み始める予定だ。

 神戸では近隣住民に親切にしてもらい、帰郷時にはマフラーも贈られたという。夫婦は「阪神・淡路大震災を知る皆さんは温かく、不便は感じなかった」と振り返るが「そうした支えがなく、情報も届かなかったら心細かっただろう」。

 益城町は同町を離れた避難者約300人から連絡があり、住所などを登録。広報紙を送るなどしているが、担当者は「さらに何倍もの避難者がいるはず。連絡がない人の支援はできず気掛かりだが、打つ手がない」とする。

 一方、熊本県宇城市から避難し、兵庫県内の公営住宅で子ども3人と暮らす女性(39)は兵庫での定住を決めた。

 自宅は半壊し、車中泊を続けていたが、昨年5月に「安心して生活できるように」と、以前住んでいた兵庫に避難。知人らの助けで生活用品などは調達し、なんとか暮らしは成り立つが、女性の元には宇城市から支援情報は届いていない。市の担当者は「公営住宅に入っている県外避難者は把握しているが、連絡を取るのはこれから」とする。

 子どもが避難先の学校に慣れたこともあり、5月から別の公営住宅に正式入居することにした。

 関西学院大学災害復興制度研究所(西宮市)の野呂雅之教授(60)は「熊本地震で県外避難者の把握は一歩進んだが、さらに広域で避難者が出る南海トラフ地震などに対応するためには『避難する権利』を確立し、今も漏れている人を把握するための仕組みが必要だ」と話す。(高田康夫、小林伸哉)


水前寺清子「がまだしなっせ」震災復興「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」
スポーツ報知 4/14(金) 5:53配信

 熊本市出身の歌手・水前寺清子(71)がこのほどスポーツ報知のインタビューに応じ、熊本地震の復興への思いを語った。

 1年前。地元の名所・水前寺成趣園と武将・加藤清正から芸名を付けたほど愛する故郷を大地震が襲った。幼少期によく遊んだ熊本城は、いまだに石垣が無残に崩壊したまま。「熊本は私の誇り。一日も早く昔の姿に戻ってほしい」と願う。

 昨年11月には米ニューヨークで震災復興支援ライブを行い、自身の代表曲「三百六十五歩のマーチ」を現地のファンと日本語で大合唱した。同ライブ会場や自宅のある東京・桜新町などで集められた義援金を熊本に届けてきた。「陰ながらみんな応援してくれるのを微力ながら届ける役割。これからも続けたい」

 昨年10月に同県が公開した復興応援動画「フレフレくまもと!」に出演。「―マーチ」に合わせ、高良健吾、スザンヌら熊本出身の著名人と県民ら約900人が被災地を背景に歌とダンスを披露している。震災から365日。2番では歌詞を変えて「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」と地道に逆境に立ち向かう人々を鼓舞。最後の歌詞「うつむくなわらえ」を合言葉に、水前寺は「がまだしなっせ(頑張ろう)」と復興を呼び掛けた。(星野 浩司)

 ◆フレフレくまもと!(2番)

 くまもとの あしたへつづく みちをあなたは あるいてく
 365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ
 じんせいは ワンツーパンチ くじけぬすがたは うつくしい
 おもいでつまったふるさとが ふたたびかがやくそのひまで
 うでをふってあしをあげてワンツーワンツー うつむくなわらえ
 うでをふってあしをあげてワンツーワンツー
 やすまないであるけ うつむくなわらえ


仮設生活、なお4万5000人…熊本地震1年
読売新聞 4/14(金) 4:40配信

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復旧工事の足場を設置するための鉄骨を差し込む作業が行われる熊本城天守閣(13日午後、熊本市中央区で、読売ヘリから)=中嶋基樹撮影

 熊本地震は14日、最大震度7を観測した「前震」から1年となる。

 2度目の震度7を記録した「本震」を含め、直接死は50人、地震の影響による震災関連死は170人で、昨年6月の豪雨による「二次災害死」5人と合わせた犠牲者は計225人。避難者数が最大約18万4000人に上った熊本県内では、なお約4万5000人が仮設住宅などで暮らしている。14日は熊本市で県主催の追悼式が行われ、安倍首相も参列する。

 熊本地震では昨年4月14日午後9時26分頃の前震で9人が亡くなった。同16日午前1時25分頃には本震が襲い、熊本県内の住宅の損壊は計18万9921棟に達し、うち8674棟が全壊だった。

 県内には16市町村に計4303戸の仮設住宅が整備され、県によると、うち4179戸で計1万985人が避難生活を送っているという。


元の生活、少しずつ=喪失感は消えず―4カ月後収容大学生の両親・熊本地震
時事通信 4/14(金) 4:36配信

 熊本地震の本震で崩落した阿蘇大橋(南阿蘇村)付近を車で走行中に土砂崩れに巻き込まれ、犠牲になった熊本学園大4年の大和晃さん=当時(22)=。

 県などが中止した後も両親は執念で捜索を続けて手掛かりを発見。遺体は地震4カ月後にして収容された。それから8カ月。両親は少しずつ以前の生活を取り戻しつつあるが、喪失感が消えることはない。

 晃さんは本震の約1時間前に友人宅を出て、自宅へ戻る途中で行方不明になった。県などは捜索したが、二次災害の恐れから昨年5月1日に打ち切った。両親は独力で捜索を続け、7月24日に崩落現場近くの谷底で土砂に埋もれた車を発見。県に捜索再開を訴え、8月11日に遺体が収容された。「時間が止まっていたが、これでようやく動き始めると思う」。この時、父卓也さん(58)はそう語った。

 葬儀を終えた後、卓也さんは休んでいた仕事に復帰した。趣味で所属している地元のバスケットボールクラブも、一周忌まではと参加していなかったが、最近「また始めようかという気持ちが湧いてきた」という。

 母忍さん(49)も昨年10月に職場に戻った。ここ最近は、悲しみに襲われ叫びそうになっても「感情をコントロールできるようになってきた」と話す。「捜索活動中、これだけ報道してもらって(晃さんが生きていて)ひょろっと出てきたら、地下室を造ってかくまわないと、なんて話をしてたんですよ」。少しだけ冗談も言えるようになった。

 しかし、悲しみは今も不意に訪れる。「アルバイトしていたガソリンスタンドの横を通ると、従業員が(晃さんと)だぶって見える」と卓也さんは話す。忍さんは、地震直後に晃さんの発見を祈り作り始めた折り鶴を、今も折っている。「気持ちを落ち着かせるためです」。以前のままの晃さんの部屋を埋める鶴は5000羽を超えた。

 「あの子がいなくなったのは事実。あとは自分たちのこれまでの生活リズムを取り戻すしかない」と卓也さん。「あの子がいた時間とこれからの残されている時間を重ね合わせ、今後の人生を生きていく」と忍さん。自分に言い聞かせるように話した。


課題残る罹災証明=市町村、負担大きく―発行遅れの教訓生かせ・熊本地震1年
時事通信 4/14(金) 4:12配信

 約18万9000棟の住宅が被害を受けた熊本地震では、公的支援を受けるのに必要となる罹災(りさい)証明書の発行が遅れ、被災者の不満を招いた。

 同時に損壊程度を判定し、証明書を発行する市町村の負担の大きさも浮き彫りになった。地震から1年たち、発行業務に多くの職員を投入した県内市町村からは、判定の効率化や業務を支援するシステムの統一を求める声が上がる。検討すべき課題は多い。

 ◇官民情報共有、難しく
 3月末で罹災証明書の新規申請受付を終了した熊本市は、これまでに約16万件を発行。地震発生から半年間は、窓口での申請や被害認定調査などの業務に1日当たり618人を動員した。申請期限を過ぎた現在もなお、住宅分だけで約1000件の調査が終わっていない。家屋内部を含めて調べる2次調査の依頼もあり、約30人が調査に当たっている。

 同市の大西一史市長も「膨大な事務処理量で圧倒的なマンパワー不足に陥る」と発行業務の負担の大きさを訴える。甚大な被害が出た同県益城町では「通常業務との兼ね合いで発行が遅くなるケースもあった」という。

 こうした罹災証明制度をめぐり県は昨年9月、民間保険会社による地震保険損害調査との調査一本化を国に提案。情報を共有し、複数の調査結果が出て被災者を混乱させることを防ぐとともに、人的資源の有効活用を実現するという内容だ。しかし、各調査の目的や根拠となる法律が異なるため実現は難しい。内閣府担当者は「情報共有がどこまで効率化につながるのかは分からない。各調査の狙いを住民に分かりやすく説明するため、広報面の連携はできると思っている」と語る。

 ◇「共通システムを」
 内閣府も判定業務効率化の必要性は認識している。被害認定調査に携わる職員の負担を減らすため、今年度に判定の効率化に向けた検討に着手する。例えば、全壊が明らかな家屋は、通常の目視調査を省き、写真だけで判定する手法を研究。調査員の育成体制や住民への説明の在り方なども議論していく。

 罹災証明書の発行や被災者支援業務を効率化するシステムについては、「国で共通のシステムをつくることが望ましい」との意見がある。

 熊本地震では、県内市町村の多くがNTT東日本が提供する「被災者生活再建支援システム」を導入したが、市町村の既存のシステムと連携できず、確認作業などが膨大になった例が内閣府の作業部会で報告されている。「他県の応援職員の場合、被災地に派遣されてから初めてシステムを使うため、交代するたびに研修が必要。国が共通のシステムを開発すれば効率化する」(大西熊本市長)との指摘もある。

 しかし、システムを独自に開発し効率的に運用できた西原村のようなケースもあり、内閣府は「自治体が使いやすいシステムを導入し、地域に合った改良を加える方が効率的」と、共通システムの開発には消極的。

 被災者の生活再建に大きな影響が及び、迅速な発行が求められる罹災証明書。自治体の発行業務をめぐり、熊本地震の教訓を生かせるか―。具体化はこれからだ。


遺族ら、200人超の冥福祈る=「歩きだすことが犠牲者の望み」―熊本県で追悼式
時事通信 4/14(金) 4:11配信

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熊本地震の前震から1年となる14日、熊本県主催の追悼式が県庁で行われた。遺族約110人や県職員ら計約370人が参列。犠牲者の冥福を祈るとともに、熊本の新たな再生を誓った。

 熊本地震の前震から1年となる14日、熊本県主催の追悼式が県庁で行われた。

 遺族99人や県職員ら計365人が参列。犠牲者の冥福を祈るとともに、熊本の新たな再生を誓った。

 式典では、まず参列者全員が1分間黙とう。来賓の安倍晋三首相が「被災者一人一人の気持ちに寄り添い、復興を実現するため政府一丸となり全力で取り組む」と言葉を述べた。また、地震後の車中泊の影響で母を亡くした熊本市の冨永真由美さん(58)が遺族を代表し、「私たち遺族が少しでも前を向き、元気に歩きだすことが亡くなった方々の望みではないか」と思いを語った。

 参列者は、白や紫など一面の花で飾られた祭壇の前で献花し、犠牲者に手を合わせた。ハンカチで涙を拭う遺族の姿も見られた。

 式典後、蒲島郁夫県知事は「仮設入居者が快適に暮らし、孤独にならないように対応する」と語った。

 県によると、建物倒壊による圧死などの直接死は50人。避難生活による病気悪化で死亡するなどした関連死も合わせると、震災による県内の犠牲者は13日時点で222人に上る。

 式典に先立ち、県は午前6時に大地震が発生したとの想定で職員の参集訓練を実施。非常時の対応などを確認した。


<熊本地震1年>新生熊本城へ始動 2年後お披露目
毎日新聞 4/14(金) 0:57配信

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復旧工事が本格化し、大型クレーンを使って鉄骨が差し込まれる熊本城の天守閣=2017年4月13日午後1時21分、野田武撮影

 熊本地震で被災した熊本城(熊本市中央区)の天守閣に長さ18メートルの鉄骨が設置され、復旧工事が本格化している。鉄骨は工事の足場を組むために使われ、13日は大型クレーンによって、最上階の展望室を貫くように鉄骨が通された。

 天守閣は1960年に鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建されたもので、大天守(地上6階、地下1階)と小天守(地上4階、地下1階)がある。熊本城総合事務所によると、5月の大型連休までに全ての足場が組まれる。連休後に天守閣はシートで覆われ出し、夏ごろには外から見えなくなる。工事は2019年3月ごろに終了し公開する予定。

 地震で天守閣は屋根のしゃちほこや瓦が落下するなどの被害が出て、立ち入り禁止になっている。【柿崎誠】


【熊本地震1年】神戸から、新潟、東日本、熊本へ。歌い継がれる『復興の歌』
ホウドウキョク 4/14(金) 0:00配信

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ホウドウキョク

阪神・淡路大震災で自宅全壊
1995年に発生した阪神・淡路大震災。その被災地・神戸で生まれ、「復興の歌」として歌い継がれている曲がある。

【動画】子どもたちによる『復興の歌声』はこちら

曲名は『しあわせ運べるように』。

この歌を作詞・作曲したのは神戸市の小学校で音楽を教える臼井真さんだ。

22年前の阪神・淡路大震災では、間一髪で命は助かったものの自宅が全壊した。その直後、胸にこみ上げてくるものがあり、手元にあった紙に歌詞を走り書きして『しあわせ運べるように』が誕生したという。

今では、新潟中越地震や東日本大震災など、地震で傷ついた被災地で地名を換えて歌い継がれるようになっている。

『傷ついた熊本』を元の姿に
臼井さんは今年2月、熊本を訪れた。去年4月の熊本地震後、県内の子どもたちが歌っていることを知って、子どもたちに会いに来たのだ。

一番伝えたかったのは、この歌が生まれたときのことだ。

「今まで生きてきた中で一番悲しい、追い詰められた状況の中で作りました。熊本の街も、家が潰れたり、なくなったり、大変な状況だけど、死んではいない。必ず生まれ変わって新しくなる。大けがをしているだけ。『傷は治る』という意味の、『傷ついた熊本』を元の姿に戻そうと」(臼井さん)

しかし、22年経っても癒えない悲しみもある。大切な家族を失って、心の傷が全くふさがっていない人たちが大勢いる。

歌詞の中に「亡くなった人々のぶんも、毎日を大切に生きてゆこう」という部分があり、臼井さんは、その人たちへの想いも込めている。

「熊本で亡くなられた方もたくさんおられるので、その家族の皆さんに寄り添うように、そして、生きたくても生きられなかったたくさんの人がいるので、自分の命は絶対に大切に思ってほしい」

臼井さんは、今すぐでなくても、歌が少しでも復興の役に立てばと思っている。

「もう少し復興しないと、心に傷を負った人は歌どころではない。まだまだ厳しい状況の人も多いと思うが、前に向かってちょっとでも進んでいこうという気持ちになった時に、心の復興などで歌は役に立つと思う」

熊本地震の最初の揺れがあってから一年。復興の道のりはまだこれからだが、多くの人の心に歌声が響いている。

取材=テレビ熊本・関西テレビ

しあわせ運べるように(ふるさとバージョン)
一、
地震にも 負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた「ふるさと」を もとの姿にもどそう
支えあう心と 明日への 希望を胸に
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 「ふるさと」のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

二、
地震にも 負けない 強い絆(きずな)をつくり
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた「ふるさと」を もとの姿にもどそう
やさしい春の光のような 未来を夢み
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 「ふるさと」のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

(作詞・作曲 臼井真)


<熊本地震1年>避難4万7725人 関連死170人
毎日新聞 4/13(木) 21:33配信

 最大震度7を2度記録した熊本地震は14日、発生から1年を迎えた。熊本県の被災者は3月末現在、4万7725人が県内外の仮設住宅などで避難を続けている。仮設生活の長期化に懸念が強まる中、県は13日、被災者の長期的な受け皿となる災害公営住宅(復興住宅)を被災12市町村が1027戸整備する予定であることを初めて発表した。

 県は昨年11月までに仮設住宅4303戸の整備を終え、4179戸に1万985人が入居している。民間アパートなどを借り上げる「みなし仮設住宅」には県外も含む1万4705戸に3万3832人、公営住宅などには1322戸で2908人が暮らしている。親族宅に身を寄せるなど把握できない人を含めると、避難者の数はさらに膨らむとみられる。

 一連の地震で最大震度7を2度記録したのは観測史上初で、熊本県を中心に甚大な住家被害に見舞われた。罹災(りさい)証明書の発行に伴う建物被害の判定が進む中で損壊家屋数は増え、県内では13日現在、約19万棟の住家に被害が出ており、全半壊は約4万2000棟に上った。

 そのうち、1万棟を超える住家被害が出た同県益城(ましき)町では、この1年で解体作業が進み、住宅地には更地が目立つようになった。一方、県内では3万3554棟が公費解体を申請しているが、3月末時点の進捗(しんちょく)率は約6割(2万487棟)にとどまっている。県は今後1年以内での解体完了を目指している。

 地震による直接死は50人で、熊本、大分両県の震災関連死170人と地震後の豪雨災害の死者を含めると犠牲者は225人に上る。

 熊本県主催の追悼式は14日午前10時から熊本市中央区の県庁で開かれ、遺族や安倍晋三首相、蒲島郁夫知事らが参列する。車中泊による体調の悪化で母津崎操さん(当時89歳)を亡くした冨永真由美さん(58)=熊本市=が遺族代表としてあいさつするなど、被災地は追悼の祈りに包まれる。【中里顕】


<伊方原発>運転差し止め却下「不服」 住民側が即時抗告
毎日新聞 4/13(木) 20:38配信

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四国電力伊方原発=本社ヘリから幾島健太郎撮影

 広島、愛媛両県の住民が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申請で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁の決定を不服とし、広島高裁に即時抗告した。

 3月30日の決定は、中央構造線断層帯に近い伊方原発を巡り、四電が耐震設計で想定した揺れの大きさ(基準地震動)に「不合理な点はない」と判断した。

 住民側は13日の記者会見で、九州電力川内原発の運転停止を認めなかった福岡高裁宮崎支部決定(昨年4月)を広島地裁が参照したことについて「裁判官の独立に反する」と批判。「司法が原発事故発生に対する防波堤になってほしい」と訴えた。【東久保逸夫】


クレーン工事を再開=倒壊事故の高浜原発―関電
時事通信 4/13(木) 19:59配信

 関西電力は13日、1月に高浜原発(福井県高浜町)で起きたクレーン倒壊事故を受け、中断していた1、2号機での大型クレーンを使った工事を約3カ月ぶりに再開した。

 40年超運転を目指す高浜1、2号機の重大事故に備え、クレーンで原子炉格納容器にドーム状の屋根を設置する。安全対策工事の完了予定は1号機が2019年8月、2号機が20年3月。


住民側が即時抗告=伊方原発差し止め却下で―広島
時事通信 4/13(木) 18:03配信

 広島市の住民らが四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを求めた仮処分申請で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁決定を不服として、広島高裁に即時抗告した。


復興住宅の仮受付始まる 西原村、熊本地震で初
西日本新聞 4/13(木) 17:43配信

 熊本県西原村は13日、熊本地震の被災者向け災害公営住宅(復興住宅)の入居申請の仮受け付けを開始した。県によると、熊本市を含む12市町村で復興住宅約千戸を整備する計画で、仮受付を始めたのは西原村が初めて。

 村は仮設住宅や自治体が民間賃貸住宅を借り上げて提供する「みなし仮設」の入居者を対象に実施したアンケートを踏まえ、復興住宅の整備戸数を80戸と見込み、来年7月に完成予定。仮受付では世帯構成や復興住宅の希望場所などを聞き取る。村震災復興推進室の吉井誠係長(47)は「住まいのタイプなどニーズを把握したい」と話した。

 併せて、宅地被害の復旧に関する相談窓口も開設された。村役場を訪れたパート白見悟さん(50)は「自宅の隣で崩れたのり面の復旧が復興基金の対象になると聞いて安心した」と喜んだ。

=2017/04/13 西日本新聞=


熊本地震、閉じこめの78%が1階…警察庁分析
読売新聞 4/13(木) 17:38配信

 熊本地震の「前震」からあす14日で1年を迎えるのを前に、警察庁は13日、警察が出動した災害現場の分析結果を公表した。

 倒壊建物に閉じこめられた被災者のうち、78%が「1階居室」にいたことが判明。2階にいれば閉じこめられずに、自力で脱出可能なケースもあった。7割が60歳以上で、同庁は「高齢者は1階中心の生活を送っているためではないか」と分析している。

 同庁は、熊本地震で、警視庁など18都府県の機動隊員ら972人を現地に派遣。111現場で、160人(生存128人、心肺停止32人)を救助した。警察庁は今回、警察が主導した39現場について分析した。

 熊本地震では50人が直接死で、39現場では、このうち18人が心肺停止状態で発見された。倒壊したのは全て木造建物で、37現場は2階建てで、2現場が平屋建て。いずれも1階部分が崩壊し、2階部分は崩れていないケースが多かった。


熊本地震から1年 不通の国道は今
ホウドウキョク 4/13(木) 16:26配信

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(写真:ホウドウキョク)

14日で、熊本地震最初の震度7の揺れを観測してから1年となる。
熊本・南阿蘇村立野では、熊本地震の本震で大規模な土砂崩れが発生し、熊本市と阿蘇や大分を結ぶ、交通の大動脈である国道57号線やJR豊肥線が、土砂崩れによって寸断され、阿蘇大橋は崩落した。
熊本地震から1年を前に13日、FNNのカメラが、初めて土砂崩れの現場に入った。
南阿蘇村立野の土砂崩れの工事現場。
14日で熊本地震から1年、現場にはまだ人の体のおよそ5倍はある大きな岩が残っており、地震の脅威を物語っている。
現場は、2017年に入って人の手による作業が始まったばかりで、今でも、大きな岩が転がり、JRの線路も流されていた。
現場は、国土交通省が工事を進めていて、完了のめどは立っていないが、国道の北側を走る復旧ルートの整備が進められている。

テレビ熊本/FNN


熊本地震の被害実態分析
ホウドウキョク 4/13(木) 16:18配信

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(写真:ホウドウキョク)

14日で発生から1年を迎える熊本地震で、倒壊家屋に閉じ込められた人のほとんどが、発災当時1階部分にいたことが、警察庁の分析で明らかになった。
警察庁の分析によると、熊本地震で警察が主導して行った倒壊家屋に閉じ込められた人の救助活動は39カ所にのぼり、あわせて60人が現場から助け出されたが、18人が心肺停止状態だった。
60人のうち、倒壊した1階部分に閉じ込められていた人は、78%にあたる47人にのぼることがわかった。
また、建物のはりなどに挟まれていた人は、67%にあたる40人だったほか、70%にあたる42人が60歳以上だった。
警察庁は、分析結果を今後の災害救助訓練などに生かしたいとしている。


伊方原発差し止め仮処分却下、住民側が即時抗告
読売新聞 4/13(木) 15:19配信

 四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)を巡り、広島市などの住民が運転差し止めを求めた仮処分裁判で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁の決定を不服として、広島高裁に即時抗告した。

 広島地裁は3月30日の決定で、原子力規制委員会が定めた原発の新規制基準について「不合理な点はない」などと判断した。住民側は即時抗告状で、新規制基準は「東京電力福島第一原発事故の反省を踏まえたものになっていない」などと改めて主張した。

 四電は「伊方3号機の安全性が確保されていると認めていただけるよう、引き続き丁寧に主張、立証したい」とコメントした。


熊本地震1年 阿蘇立野病院が診療再開 住民安堵、院長「再生への灯火に」
産経新聞 4/13(木) 15:05配信

 ■住民「通い慣れた所がいい」

 昨年4月の熊本地震で被災し、休止していた熊本県南阿蘇村唯一の救急指定病院「阿蘇立野病院」が約1年ぶりに一部の診療業務を再開した。当面は毎週水曜のみの診療だが、地域医療の中核を担う病院の再開に住民は「どこか安心する」と喜ぶ。夏頃には入院患者の受け入れなど本格的な再開を目指しており、上村晋一院長(52)も「立野再生に向け、一つの灯火(ともしび)になれれば」と誓っている。(桑村朋)

 診療は12日午後2時に再開された。十分な医療機器や体制がそろっておらず救急患者の受け入れなどもまだできないが、地元の住民が次々と来院した。

 南阿蘇村に住む、自営業の村上六彦(むつひこ)さん(74)はぜんそくの持病で何十年も通院。再開をききつけ、迂回路(うかいろ)を通って車で50分かけてやってきた。「やはり通い慣れた病院がいい」と笑顔を見せた。

 自宅が全壊し、大津町の仮設住宅に住む藤本ケサ子さん(82)も不整脈で20年以上、通っていたという。「再開が待ち遠しかった」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 病院の再開は絶望視されていた。昨年4月16日の本震で病棟3棟のうち2棟が壊滅的被害を受け、残る1棟も損傷。近くの阿蘇大橋が崩落し、病院は村中心部から分断された。業務を休止せざるを得ず、入院患者70人は全員を別の病院に転院させた。

 全140人の職員の解雇も余儀なくされ、昭和54年開院以来、初めての危機を迎えた。上村院長は「地域医療の役割を果たせなくなり、苦しい1年だった」と振り返る。

 ただ、かかりつけ医としての責任を果たそうと、被災約1カ月半後には、村内の特別養護老人ホームの一角を借りる形で診療所を開設。解雇した看護師ら約30人も呼び戻し、内科や外科の診療を始め、村外の仮設住宅に避難する住民らを巡回診療して回ったという。

 診療所は医療機器が十分でなく、エックス線検査もできないが、それでも住民は頼ってくれた。「やっぱり長年診てくれている先生が安心」「先生と話すと立野の暮らしを思い出す」。そんな声を聞き、上村院長は「皆さんが帰りたい場所で病院を再開する」との思いを強くした。

 そして、被害が少なかった1棟の修復を終え、この日、1年ぶりに診療業務を一部再開させた。再開にあたり、看護師や職員らを集め、上村院長は「今日の良い天気のように、晴れ晴れとした気持ちで地域のために安心の医療を届けよう」と言葉をかけた。

 病院のある立野地区は阿蘇大橋や阿蘇長陽大橋の崩落・損壊など、甚大な被害を受け、357世帯877人の大半が地区外避難を余儀なくされている。夏頃には阿蘇長陽大橋が復旧する予定だが、地区に住民が戻るかは不透明だ。

 こうした中での病院の再開に、受診した藤本さんは「病院が再開すれば立野に戻る人も増えるはず。早く全面復旧してほしいです」と期待を寄せている。

 病院側もスタッフが足りず残る補修作業など課題は山積しているが、上村院長は「住民は病院に『いつでも帰れる』との安心感を求めている。今日がまた、始まりです」と話していた。


<熊本地震>「被害認定士」登録徹底へ 迅速な職員派遣目標
毎日新聞 4/13(木) 15:01配信

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熊本県益城町で活動する「家屋被害認定士」の兵庫県淡路市職員=2016年4月、兵庫県淡路市提供

 熊本地震で自宅の被害を記した「罹災(りさい)証明書」の発行に時間がかかった問題を受け、内閣府は、被害認定ができる自治体職員を速やかに被災地に派遣できるよう、各都道府県で職員を登録する制度の導入徹底に乗り出す。

 モデルは兵庫県の「家屋被害認定士制度」で、熊本地震では延べ約500人を送り込んだ。内閣府によると、多くの都道府県では職員が被害認定を学ぶ研修をしているが、登録制度があるのは兵庫や和歌山など一部。内閣府の担当者は「初動に役立つので、導入を働きかけていく」としている。

 罹災証明書は、仮設住宅入居や被災者生活再建支援金給付に必要。被害認定は、内閣府の基準をもとに市町村の税務や建築を担う職員が担当し、被災家屋を調べて全壊、半壊などと判定する。2次被害を防止するために建築士らが行う応急危険度判定とは別の手続き。

 熊本地震では避難所運営などと重なり、被害認定の要員が不足。証明書申請は地震発生1カ月後で10万件以上あったが、3割しか発行できなかった。その後の申請分も含めて約18万件の発行を終えるまでに約4カ月半かかり、生活再建の大きな障害となった。

 被害認定については、1995年の阪神大震災でも問題化し、兵庫県は2006年に家屋被害認定士制度を創設。県や市町の職員が1、2日間の研修を受け、家の傾きを測る器具の使い方を学んだり、被災家屋の写真で損壊具合を判定したりしている。修了者は3月末現在、県内全41市町で計1644人。名簿に登録され、県が把握しているため県外派遣者の人選がスムーズで、熊本地震では発生直後から派遣を始めて延べ525人が活動した。

 内閣府によると、被害認定研修の実施は14年度の29都府県から昨年度は38都道府県まで増えたが、登録制度は兵庫、和歌山、徳島などにとどまっている。愛知県では研修をしていたが名簿がなく、熊本への派遣職員向けに改めて被害認定研修をして対応した。今年度は登録制度を導入する。

 内閣府は都道府県担当者向けの説明会も近く開く予定だ。【井上元宏】

 ◇研修制度統一を

 田村圭子・新潟大教授(危機管理)の話 半壊や大規模半壊では、被害認定に一定の時間がかかる。迅速化には被災地外の応援体制整備が効果的だ。認定基準を作る国は、全国統一の研修制度を作るなど踏み込んだ対策を取るべきだ。

 ◇ことば「家屋の被害認定」

 罹災証明書発行のための被害認定は「全壊」「大規模半壊」「半壊」があり、内閣府の基準や指針に従って判定される。東日本大震災でも発行に時間がかかり、2013年施行の改正災害対策基本法で被害認定ができる人材育成などが市町村の努力義務とされた。


阿蘇観光、客足鈍く=「被災イメージ払拭を」―交通事情が影響・熊本地震1年
時事通信 4/13(木) 14:35配信

 熊本地震から1年となり、県内の多くの観光地は客足が戻りつつある。

 しかし阿蘇市は、県内最大の観光名所の一つ阿蘇山を抱えながら回復が遅れている。交通事情の影響だが、関係者は「被災イメージが払拭(ふっしょく)し切れず、訪問先の選択肢から外れてしまっている。道路事情は改善しておりぜひ来てほしい」と呼び掛けている。

 阿蘇市観光課によると、市内の宿泊者数は2015年は約78万人だったが、16年は約51万人と大幅減の見込み。うち復興工事関係者が約20万人を占める。

 JR豊肥線は現在も一部不通で、熊本―阿蘇間の交通手段として利用できない状態が続いている。車の場合、熊本市から阿蘇市へ向かう国道57号は寸断で迂回(うかい)が必要。昨年12月に俵山トンネルを通る県道ルートが開通し、迂回路の渋滞は解消された。

 それでも観光客が目立って増えないことに、阿蘇市観光協会事務局長の松永辰博さん(53)は「阿蘇市への道は渋滞、阿蘇山への道は被災し危険、というイメージが定着してしまったのでは」と懸念する。

 阿蘇山頂付近の景勝地「草千里ケ浜」にレストランや売店を構える観光施設「ニュー草千里」は昨年9月に再開したが、月の売り上げは地震前の6分の1程度。支配人の浜本雄一さん(39)は「35人いた従業員を10人ほどに減らした。ツアーバスが来ないので、休日でも売り上げが2万円ほどしかない日もある」と表情を曇らせる。

 観光客誘致のため、阿蘇市は海外の旅行会社関係者を招待するなどPRに力を入れる。今年3月には韓国の旅行会社社長を草千里ケ浜などに案内。「魅力が伝わった。熊本空港への定期便が就航すれば、阿蘇旅行の商品を販売したい」との評価を得た。

 市観光課長の秦美保子さん(50)は「電車の代わりのバス乗り場を設けたり、迂回路の案内板を道の駅に設置したりなど、被災後の阿蘇周遊についてお客さまに満足いただけるよう取り組んでいる。受け入れ余力はあるので、ぜひ訪れてほしい」と話している。


震災犠牲者200人超=避難所閉鎖、仮設暮らし続く―熊本地震、14日で1年
時事通信 4/13(木) 14:31配信

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熊本地震は14日で前震発生から1年となる。熊本城の天守閣は屋根の瓦が落ちたまま。地震がもたらした影響は依然残る=13日午後、熊本市

 熊本地震は14日で前震発生から1年となる。

 復興に向けた動きは加速、避難所はなくなり、仮設住宅で被災者の生活再建が進む。一方、熊本県内の震災犠牲者は13日時点で222人と増え続け、道路や鉄道は一部で不通が続くなど、地震がもたらした影響は依然残る。

 県によると、避難住民の数は最大855カ所の避難所で計18万3882人に達したが、昨年11月に西原村で最後の避難所が閉鎖されゼロとなった。しかし、「応急」と民間住宅を借り上げた「みなし」を合わせた県内の仮設住宅に住む被災者は今年3月末で26市町村計約4万4600人に上る。

 建物倒壊による圧死など直接死は50人。避難生活による病気悪化などで死亡し関連死と認定されるケースは、現在も相次いでいる。

 住宅被害は全壊から一部損壊まで計約19万棟に上ったが、倒壊家屋の公費解体が進み、被害が激しかった熊本市や益城町では無残な姿で残る住宅は大幅に減った。県は来年3月の解体完了を目指している。

 インフラ面では、地震で通行止めとなった幹線道路の多くが通行可能となる中、熊本市と阿蘇方面を結ぶ国道57号や熊本―大分間のJR豊肥線で一部区間の不通が続いている。熊本城は天守閣の瓦が落ち石垣も崩れたまま。熊本市は2019年までの天守閣修復を目指すが、全体の修復には約20年かかる見通しだ。


玄海原発再稼働、佐賀県議会が容認決議案を可決
読売新聞 4/13(木) 12:13配信

 九州電力玄海原子力発電所3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働について、佐賀県議会(定数38、欠員2)は13日の臨時会で、容認する決議案を賛成多数で可決した。

 山口祥義(よしのり)知事はこれまで、安全性の確認と住民の理解を前提に「再稼働はやむを得ない」との姿勢を示しており、閉会後、「県民の代表である県議会の決議を重く受け止めている」と語った。月内にも最終判断する方針。

 2013年の新規制基準の施行後、原発が立地する県議会が再稼働を容認したのは、九電川内(せんだい)原発がある鹿児島県議会などに続いて4例目。山口知事が同意すれば、玄海3、4号機は今夏以降に再稼働する見通しだ。

 決議案は最大会派の自民党県議団など27人が13日、連名で提出した。同県議団の議員は臨時会で「原子力規制委員会が九電の安全対策を審査し県もそれを確認した。電力を安定的に供給するためにも再稼働は必要だ」と説明。議長を除く議員35人による採決が行われ、28人が賛成した。


阿蘇被災地、復旧状況を報道陣に公開 復旧工事へ本格着手
西日本新聞 4/13(木) 12:10配信

 熊本県阿蘇地域振興局は12日、熊本地震の発生1年を前に、管内の被災地域の復旧状況などを報道陣に公開した。一部箇所は初公開で、被災規模が大きく、多くはこれから復旧工事に本格着手する。

 阿蘇山上を経由して阿蘇市と南阿蘇村を結ぶ県道阿蘇吉田線。南阿蘇村側で山腹崩壊が大きく、山上広場から国道325号に下りる区間は現在も通行規制している。地震後の大雨の影響もあり、中腹地点では崖が約40メートルの高さから崩れ落ちている。県は本年度中の全線復旧を目指す。

 阿蘇山麓では治山事業が進む崩落箇所を見た。南阿蘇村の尻無地区で、345カ所ある治山関係現場の一つ。斜面が崩壊して大量の土砂が流れており、流出防止工事が進んでいる。

 農地の地割れ被害では、阿蘇市的石の水田で亀裂を土で埋める工事が近く始まる。表土をはぎ、新たな土を入れて表土を戻す。新たな土は山腹崩壊で生じて処分する“捨て土”を活用。復旧と並行して、農地区画を2~3倍に拡大する事業も実施する。

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=

2017年4月11日 (火)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2220

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<玄海原発>佐賀県議会が再稼働同意 知事月内にも判断 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「熊本級」の地震恐れも 福岡の筑豊地区に2断層帯 旧産炭地、地下には無数の坑道跡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佐賀知事、月内にも容認=玄海再稼働、県議会が同意 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「何がつらいって、先が見えんのがな」出るか戻るか 集落再生悩み深く 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:災害拠点病院、BCPを義務化 厚労省、熊本教訓に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地の今を歩く 土砂崩れの跡、強烈な存在感 地元商店街には活気 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地、待ちに待った開花 南阿蘇の樹齢430年「一心行の大桜」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:8割1階で閉じ込め=倒壊木造建物、被災60代以上多く―熊本地震救助分析・警察庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城大天守に鉄骨3本搬入、復旧工事が本格化 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>くすぶる懸念「次の大地震」 未活動断層も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「南阿蘇水の生まれる里白水高原」日本一名前の長い駅は不通のまま…熊本地震から14日で1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<高浜原発>クレーン工事、13日にも再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>益城町で給食本格再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>被災地企業助成45%辞退 検査院指摘 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城ゆかりの品々...復興祈念展 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:近大研究炉が運転再開=新規制基準で初―大阪 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発作業員バスと軽トラ事故 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:夜の森、桜満開=大半は立ち入り禁止―福島・富岡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興予算5兆円未使用=防潮堤など遅れ―11~15年度・検査院 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 車中泊、自宅の庭にトイレ…27歳女性が体験漫画をネットで公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:免震棟耐震データ経緯、新潟知事に19日報告=柏崎刈羽原発で東電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>広がる外国人対応…マニュアル、商品開発など - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<正面衝突>マイクロバスと軽トラ、1人死亡 福島・大熊町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「感情が無になった」負の連鎖に焦りと不安 復興特需に沸く被災地、実感乏しい現場も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>県外避難今も630人 自治体は人口流出を懸念 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇の宿、客足なお遠く 損壊で10ヵ月休業も 修学旅行予約激減 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:浅田真央、昨夏に被災熊本を訪問 500人と会話 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島避難者いじめ199件 「原発爆発お前らのせい」悪口も 文科省調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島避難者いじめ、人間不信…今も心に傷 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:茨城で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:〔地震〕茨城県・栃木県・千葉県で震度3、津波の心配なし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<避難いじめ199件>文科省調査に被害者「氷山の一角」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>震災関連死8割が70歳以上 県内19市町村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>発生1年の14日 首相、熊本訪問へ - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<玄海原発>佐賀県議会が再稼働同意 知事月内にも判断
毎日新聞 4/13(木) 11:57配信

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玄海原発(手前左から)3、4号機=佐賀県玄海町で2016年11月6日、本社ヘリから津村豊和撮影

 佐賀県議会は臨時議会最終日の13日、九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働に同意する決議案を賛成多数で可決した。地元同意手続きは山口祥義(よしのり)知事の同意判断を残すのみとなり、早ければ4月中にも示すとみられる。

 自民会派が「再稼働の必要性が認められる」とする決議案を提出。民進党県議らが条件付き容認、共産などは同意をしないよう求める決議案を出したが、自民の決議案が可決された。

 自民の決議案は「政府、国に対し、再生可能エネルギーの導入促進など、将来的に原子力に依存しない経済、社会構造の確立を目指すことなどを要請する」などとしている。

 山口知事は閉会後、報道陣に「県民の代表である県議会の決議なので重く受け止める」と述べた。判断時期については、調整中の世耕弘成経済産業相や九電との会談をあげ「私が考えているようにしっかりと対応できるという返事であれば4月のうちにという可能性が高い」とした。【関東晋慈】


「熊本級」の地震恐れも 福岡の筑豊地区に2断層帯 旧産炭地、地下には無数の坑道跡
西日本新聞 4/13(木) 11:42配信

 最大震度7を記録した熊本地震から1年。福岡県筑豊地区にも大地震の震源となりうる二つの活断層帯があり、国の調査機関が優先的に調査する「主要活断層帯」に指定されている。もし動けば、マグニチュード(M)7以上の地震が起きる可能性もある。旧産炭地の筑豊の地下には無数の坑道跡があるとされ、専門家は「坑道跡に地震で亀裂が入った場合、被害が拡大する恐れがある」と指摘する。

 昨年4月14日の熊本地震の前震はM6・5、同16日の本震はM7・3だった。

 国の地震調査研究推進本部地震調査委員会が注目している筑豊を通る活断層帯は、西山断層帯と福智山断層帯。

 西山断層帯は、沖ノ島南方の玄界灘から宗像市大島の北岸付近までの「大島沖区間」(約38キロ)と同市大島の北岸から飯塚市西部までの「西山区間」(約43キロ)、桂川町から東峰村および朝倉市まで伸びる「嘉麻峠区間」(約29キロ)で構成され、全長は約110キロ。同委員会は、隣接する区間が同時に活動する可能性は否定できないとし、その際の地震の規模はM7・9~8・2程度としている。

 一方、福智山断層帯は、北九州市若松区頓田付近から田川市夏吉付近にかけて分布する全長約28キロ。同委員会は、この断層帯全体が動いた場合はM7・2程度の地震が起きる可能性があるという。

 断層に加え、筑豊地区の特異な地下構造の影響も懸念される。どこに、どれくらいの坑道跡があり、今どうなっているのか-。炭鉱閉山からほぼ半世紀がすぎ、現状把握が極めて困難なのだ。飯塚市の担当者は「ぼた山は土砂災害の恐れがあるため警戒しているが、坑道跡の状況は分からない」といい、宮若市も「把握していない」という。

 炭鉱の採掘図などを管理する九州経済産業局鉱業課によると、50メートルより深い採掘跡は安定しているが、50メートル未満の所は今後陥没する恐れもあるという。

 福岡市の警固断層調査検討委員会の元委員長で、西南学院大人間科学部の磯望教授(自然地理学)は「これまでほとんど注目されてこなかったが、坑道跡で地震により落盤などが生じた場合には、地表が陥没したり、湛水(たんすい)したりすることになるだろう」と警告する。

 西山断層帯での平均活動間隔は分かっておらず、最新活動時期は、大島沖区間が約2万年前より後、西山区間が約1万3千~2千年前の間であったと推定、嘉麻峠区間は不明。福智山断層帯での最新の活動時期は、約2万8千~1万3千年前の間であったと推定され、平均活動間隔は約9400~3万2千年であった可能性があるという。磯教授は「活動間隔に不明な点が多く、さらに調査が必要だが、これを機に地域の特性に応じた防災対策を考えてほしい」と話す。

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=


佐賀知事、月内にも容認=玄海再稼働、県議会が同意
時事通信 4/13(木) 11:41配信

 佐賀県議会は13日の臨時議会で、九州電力玄海原発3、4号機(同県玄海町)の再稼働を容認する決議案を賛成多数で可決した。

 県議会の同意を受け、山口祥義知事は月内にも再稼働容認の判断を示す見通し。

 山口知事はこれまで、原子力規制委員会による安全性の確認と住民の理解を条件に、「再稼働はやむを得ない」との考えを示している。玄海町長と町議会は既に再稼働容認を表明しており、知事が同意すれば地元の手続きは完了する。

 決議案は、議会で過半数を占める自民党などが提出。公明党が賛同し、賛成28、反対7で可決された。共産党など2会派は山口知事に対し、拙速に再稼働の判断をしないよう求める決議案を提出。民進党議員らは自民党などとは別に再稼働容認の決議案を出したが、いずれも否決された。

 閉会後、山口知事は記者団に「県民の代表である県議会の決議を重く受け止めたい」と述べ、判断の時期について「4月のうちにという可能性が高い」と明言。近く玄海原発を視察し、瓜生道明九電社長と面談する。世耕弘成経済産業相とも面談し、最終判断するとみられる。

 規制委は1月、玄海3、4号機が新規制基準を満たしていると判断。佐賀県は住民説明会を県内5カ所で開催し、山口知事は県内全首長から再稼働に関して意見を聴いた。同原発30キロ圏に含まれる福岡、長崎両県では国などによる住民説明会が終了している。

 九州電力は「残る審査に真摯(しんし)に取り組み、地域住民に安心いただくよう、丁寧なコミュニケーション活動に努める」とコメントした。


「何がつらいって、先が見えんのがな」出るか戻るか 集落再生悩み深く 熊本地震1年
西日本新聞 4/13(木) 11:26配信

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5人が犠牲になった高野台分譲地。家屋の解体は進むが、つぶれた車は今も残る=3月29日、熊本県南阿蘇村

 重機の音が響く高原の住宅地は人けがない。熊本県南阿蘇村の高野台分譲地。熊本地震の土砂崩れで5人が犠牲になった。解体が進む家屋の横にぺしゃんこの車が取り残されている。

 崩れた斜面で約20億円かけた砂防工事が始まるが、16軒のうち現地に残ると決めたのは4軒だけ。「あんな経験をして住み続けるのはあり得ない」。16年前に購入した自宅を失った医療事務員の高橋俊夫さん(48)は、仮設住宅に家族4人で暮らす。

 昨秋、住民と村側の会合で、国の制度を活用した集団移転話が持ち上がった。明るい兆しに思えた。

 2月、話を前に進めようとあらためて会合が持たれた。村は大まかな移転候補地と再建に必要な個人負担の試算例を示した。2094万円-。土地売却益などの3倍強にもなっていた。

 「ローンが残っているのにとても無理だ」

 話は止まった。

「早くしないと。俺たちももう70を過ぎた」
 30年以上前にできた南阿蘇村のペンション群「メルヘン村」も、斜面崩落の被害が大きく、移転を検討している。立ちはだかるのが制度の壁だ。計6軒のメルヘン村は、国の防災集団移転事業の条件「10戸以上」に満たない。

 オーナーたちが3月下旬に集まった。「条件緩和は難しそうだ」。風の丘・野ばらの栗原有紀夫さん(52)は、村役場で収集した情報を伝えた。東日本大震災では5戸でも認められた特例の実現は望みが薄い。ならばと、移転を希望する他の地区と合わせて10軒をクリアする策を模索し始めた。

 村内には先祖代々の土地を守ってきた住民も多く、住民の合意形成は難しい。時間がかかるのは間違いない。「早くしないと。俺たちももう70を過ぎた」。オーナーの1人がつぶやいた。

「何がつらいって、先が見えんのがな」
 阿蘇大橋の崩落などで村中心部と寸断された立野地区は、さらに悩みが深い。全328世帯が長期避難世帯に認定され、ほとんどが村外に避難している。

 あの日から、もう1年。「何がつらいって、先が見えんのがな」。道路や水道が復旧しても、宅地に山肌が迫る一帯では次の災害への恐怖が消えない。崖下に住む男性(67)は自宅を手放し、親戚のいる大分県に移ることを決めた。集落単位の移転を検討する動きもある。熊本市近郊の「みなし仮設」に暮らす男性(72)は「戻りたい気持ちが薄らいできた」と明かす。

 吉野光正さん(71)は、隣の大津町にある仮設住宅から毎日のように自宅に通う。「ガンバロー立野」。一部損壊の自宅の壁に決意の文字が大きく書かれている。「前と同じようにはならんかもしれんけど、自分は戻る」。無人の集落に、今年も野辺の花が咲いていた。

=2017/04/11付 西日本新聞朝刊=


災害拠点病院、BCPを義務化 厚労省、熊本教訓に
西日本新聞 4/13(木) 10:55配信

 厚生労働省は、災害時に24時間体制で傷病者を受け入れる「災害拠点病院」に対し、被災しても速やかに機能を回復し、診療を続けるための業務継続計画(BCP)策定を義務化した。東日本大震災以降、努力目標としてきたが、熊本地震を教訓に備えを強化する。都道府県に3月31日付で、指定要件に追加するよう通知。各病院は対応を迫られる。

 BCPは被災した病院のダメージを最小限に抑え、早期に回復し、被災者の診療に当たれる事前の備えや対応を盛り込んだマニュアル。通知では、BCPに基づく研修や訓練の実施も指定要件とした。既存の災害拠点病院は、2019年3月までに策定することを前提に指定を継続できる。

 今年3月現在、災害拠点病院は約710あり、BCP策定済みは45%。九州は103施設のうち23カ所(約22%)にとどまる。

 熊本地震では熊本県内の約6割の医療機関が被災。県によると、ライフラインが途絶えるなどして、14病院が入院患者計1243人を転院させざるを得なくなった。震災関連死の認定では病院機能の低下が原因とされた被災者もおり、BCPの整備が課題として浮上していた。

 多くの病院は初動対応をまとめたマニュアルを作成しているが、BCPはより実践的、具体的な内容が求められる。例えば「震度6弱以上で職員参集」だけでは、交通の遮断時には対応できない。BCPでは「近隣に職員を住まわせる」「自転車など移動手段の確保」といった具体策が必要になる。

 医薬品やガス、酸素などの備蓄やライフラインの確保、病棟の安全性評価の仕組みなども必要で、計画の項目は多岐にわたる。厚労省は、策定のための研修会開催を検討している。

 九州で最も多い30の災害拠点病院を指定する福岡県で策定済みは7病院。医療指導課は「内容が幅広く、部署間の調整も必要で策定が難航している病院もある。参考となる病院のBCPを提供するなど支援を考えたい」としている。

【ワードBOX】災害拠点病院
 災害時に24時間体制で傷病者の受け入れができる病院。病棟や備蓄倉庫など施設整備の国庫補助が受けられる。1995年の阪神大震災を教訓に整備が始まった。都道府県による指定要件は、災害派遣医療チーム(DMAT)の保有▽原則として敷地内にヘリコプターの離着陸場▽3日程度の備蓄-など。東日本大震災を受けて「通常時の6割程度の発電容量のある自家発電機等の保有」も追加された。

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=


被災地の今を歩く 土砂崩れの跡、強烈な存在感 地元商店街には活気
西日本新聞 4/13(木) 10:49配信

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倒壊した家屋は取り壊され、更地が目立つ熊本県益城町

 最大震度7の激震に2度襲われ、犠牲者が熊本県222人、大分県3人の計225人(11日現在)に上った熊本地震の発生から、14日で1年を迎える。被害が大きかった熊本県南阿蘇村から熊本市へ、被災地の今を歩いた。

 黄土色の斜面を重機がせわしなく動き回る。熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋のたもと。橋が消えた対岸に見える土砂崩れの跡は、1年がたつ今も山々の間で強烈な存在感を放っていた。

住宅の97%が損壊した益城町
 東海大農学部の学生3人が犠牲になった同村のアパート群。かつて約800人が暮らした「学生村」は解体が進み、息づかいが消えた。「すっきりしてしまったね」。ここで1軒だけ営業している食堂「おふくろ亭」の橋本としえさん(61)はつぶやいた。

 昨年末に仮復旧した俵山トンネルを抜け、同県西原村の農産物直売所へ。道路事情の改善でようやく3月に営業を全面再開した。駐車場は県外ナンバーを含む車で埋まっていた。

 住宅の97%が損壊した同県益城町に立つ。傾いた家屋が林立していた中心部の県道沿いは更地が目立つ。町では熊本市へ続く道路の拡幅計画も進む。「何十年も先を考えれば必要なのかな」と地元の男性(71)。2車線の道路はトラックで混み合い、家屋の解体現場では土ぼこりが舞った。

地震前より歩行者が増えた
 熊本市に入ると、被災の色が徐々に薄まる様子がうかがえる。買い物袋を手にした若者らが行き交う中心部アーケード街。撤去された建物跡は点在するも、休業していた老舗書店などが再開し、活気が戻った印象だ。地元商店街の調査では、復興需要などで地震前より歩行者が増えたという。

 熊本城が視界に入った。傷ついた天守閣は間もなく修復作業が始まる。二の丸広場へ回ると、観光客の団体から韓国語や中国語が聞こえてきた。誰もが、崩れた石垣にカメラを向ける。全面復旧が終わるのは20年後。その間、一部を除いて立ち入り規制は続くが、城内の保安や案内に携わる西允大(のぶひろ)さん(76)は言う。「外からでも城の魅力を伝えたい。修復が終わったらまた来てもらえるようにね」

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=


被災地、待ちに待った開花 南阿蘇の樹齢430年「一心行の大桜」
西日本新聞 4/13(木) 10:16配信

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今年も見頃を迎えた「一心行の大桜」。多くの人々がさまざまな思いを胸に訪れる=12日午後5時すぎ、熊本県南阿蘇村

 幹回り7メートル余り、両脇26メートルに広げた枝先に薄紅色の花がほころぶ。樹齢430年を誇る熊本県南阿蘇村の「一心行の大桜」が見頃となった。3月下旬の冷え込みと長雨のため開花は例年より10日遅れたが、熊本地震から1年に合わせるように、花は満開へ。数々の自然災害を耐え抜いてきた巨木に、人々は古里と自身の歩みを重ねる。

 約50年前に落雷で幹が六つに裂け、うち1本は近年の台風で折れた。傷を負っても乗り越え、力強く咲く花は、南阿蘇の春の観光シーズンを支えてきた。

 それは満開直前の印だという。12日夕、八分咲きの花びらは色が濃く染まり始めた。「復興の象徴に」。地元が主催する桜祭りの運営委員長を務める村上忠〓さん(58)は、地震後に迎えたこの春に特別な思いを寄せる。

待ちに待った開花宣言
 村上さんが村で営んでいた飲食店は地震後、観光客の激減により休業。東京や大阪で地元の特産品をPRする仕事を始め、しばらく村を離れた。今年3月、飲食店を本格再開。例年、見物者がどっと押し寄せる桜の季節に期待した。だが-。

 3月の冷え込みで一向に花が咲かなかった。祭りに地鶏焼きの店を出す近くの福本るみ子さん(63)は「根元が傷んでいるのでは」と気をもんだ。地震後の昨年6月、豪雨で大桜のすぐそばまで土砂が押し寄せたからだ。

 4月に入ると、開花を待ちきれない見物客が姿を見せた。熊本県大津町の仮設住宅から来た年配夫婦は村内の自宅が被災し、避難生活を続けているという。まだ固いつぼみを見上げ「木が元気ならよかたい」と笑ってくれた。

 待ちに待った開花宣言は8日。村上さんたち主催者は、9日までの予定だった祭りを本震1年を迎える16日まで延長した。福岡、大分、宮崎…。開花翌日、駐車場に県内外ナンバーの車が並んだ。カップルが肩を寄せ合い、父親が子どもを抱きかかえて、巨木の前で写真を撮った。

 例年20万~30万人の来客は、今年はまだ2万人程度。天候不順と、地震で寸断された道路事情が響いている。大桜は満開宣言の当日から3日間、夜間ライトアップされる。被災地のさまざまな思いに照らされ、闇に無数の花が浮かび上がる。

※〓は「ネ」へんに「喜」

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=


8割1階で閉じ込め=倒壊木造建物、被災60代以上多く―熊本地震救助分析・警察庁
時事通信 4/13(木) 10:10配信

 昨年4月に発生した熊本地震で、警察が救助活動を行った木造家屋の倒壊現場で、救助した被災者の8割近くが崩壊した建物1階部分の狭い空間に閉じ込められた状態だったことが13日、警察庁の調査で分かった。

 同庁は、空間を確保して被災者を救助した事例などをホームページに公開し、行政機関や防災関係者の研究に役立ててもらいたいとしている。

 熊本地震は14日で発生から1年を迎える。

 調査は熊本地震で警察が行った全救助活動現場を対象に、現場責任者らのヒアリングや独自に作成した調査シートを使い、収集したデータを分析した。

 その結果、熊本市内や益城町、南阿蘇村などでの家屋倒壊現場で、警察主導の救助活動は39現場あったが、いずれも木造住宅で1階部分が崩壊。救助した60人(うち生存42人)の約8割が1階部分の高さ75センチ未満の狭い空間に閉じ込められていた。60代以上が7割を占めた。

 救助活動では、天井やはりなどの圧迫物に挟まれた被災者の下方に空間を確保して救助に成功した事例が、圧迫物を持ち上げる救助方法よりも多かった。警察庁の担当者は「これまでの警察の災害救助訓練では、被災者の下部に空間を作るという訓練はしておらず、今後はそうした訓練も取り入れていきたい」と話している。


熊本城大天守に鉄骨3本搬入、復旧工事が本格化
読売新聞 4/13(木) 10:08配信

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復旧工事で鉄骨が差し込まれた熊本城の天守閣(12日午後、熊本市中央区で)=泉祥平撮影

 熊本地震により大きな被害を受けた熊本城(熊本市中央区)で進められている復旧工事で12日、工事用の足場を組むための鉄骨3本が天守閣に搬入された。

 天守閣は大型連休頃から工事用シートで徐々に覆われるため、外装工事が完了する2019年1月頃まで、建物の全体は見られなくなる。

 天守閣は1960年に復元された鉄筋コンクリート造りで、南側に大天守(地上6階、地下1階)、北側に小天守(地上4階、地下1階)がある。地震では屋根瓦が落ちたり、天守閣内部の石垣が崩れたりするなどの被害を受け、立ち入りが禁止されている。

 12日は、大天守最上階の展望室に、大型クレーンを使って鉄骨(長さ約18メートル)を搬入。工事を請け負う大林組によると、鉄骨で最上階を囲むように足場を組むという。


<熊本地震1年>くすぶる懸念「次の大地震」 未活動断層も
毎日新聞 4/13(木) 9:53配信

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 大きな被害を出した熊本地震から14日で1年。2回起きた震度7の地震はどのように発生したのか。小規模も含めて余震が多発したが、震源に近い断層でまだ本格的に活動していない地域もあり、次の大地震を懸念する専門家もいる。

 ◇余震が多発

 熊本地震は、昨年4月14日に発生したマグニチュード(M)6.5の前震、同16日にあったM7.3の本震の両方で、震度7を記録したことで注目された。観測したのは熊本市の東の熊本県益城町だ。前震と本震それぞれを起こした2本の断層帯が地下で交わるうえ、軟弱な地盤だったことが影響したとみられている。

 小規模なものも含めて地震が多発したことも特徴だ。気象庁によると、揺れを感じない小さな地震も含めると、九州全体で1年間に13万回も発生。大部分が熊本地震の余震だ。M3.5以上に限っても339回も起きた。最大震度7を記録した他の内陸型地震の発生後1年間を見ると、2004年の新潟県中越地震(M6.8)は200回台半ば、1995年の阪神大震災(M7.3)は100回を少し上回る程度で、熊本地震での多さが際立つ。

 東北大の遠田晋次教授(地震地質学)は「九州には、分かっている活断層のほか、隠れた小さな断層もたくさんあると考えられる。それが地震の多さにつながっているのではないか。活断層の末端はほうきの穂先のように細かく広がっているという考え方があるが、まさにそんな形で震源が分布している場所もある」と指摘する。

 ◇特異な連鎖?

 政府の地震調査研究推進本部(地震本部)は、前震が起きたのは日奈久(ひなぐ)断層帯の3区間のうち、最も北にある高野-白旗区間との見解を示している。

 本震はその北側にある布田川断層帯のうち、主に北東端の布田川区間が活動し、前震で動いた高野-白旗区間も動いた連動型地震と考えられる。地震でできた土地の亀裂など「地表地震断層」の調査結果などから分かった。さらに詳しく分析すると、高野-白旗区間で前震を起こした場所は断層が東に傾いているのに対し、本震の場所は西に傾いていることが分かってきた。

 この関係から注目されるのが、前震発生から約2時間半後に起きたM6.4の余震(最大震度6強)だ。前震と本震が起きた2区間の断層の接点付近が震源になった。遠田教授は「これは前震の余震だが、断層は西に傾いていて、本震が起きた断層の形状に近い。前震に刺激されて動いた断層が、本震の断層が動く素地を作った可能性がある」と推測する。

 ◇軟弱地盤も懸念

 小さなものも含めて余震が多発した一方で、比較的大きな余震が少ない地域がある。今後そこが本格的に活動し、大地震が起きるのではないかと心配している専門家も少なくない。

 前震を起こした日奈久断層帯では、南西側の日奈久区間から八代海区間がこれに当たる。調査を進めている産業技術総合研究所(茨城県つくば市)の宮下由香里・活断層評価研究グループ長は、「特にこの区間がかかっている八代平野は、過去は海だった軟弱な地盤の所が多いので、地震が起きると非常に揺れやすい土地と言える」と注意を呼びかける。

 現在、断層の付近を掘削して地層を調べたり、余震の震源の位置などを分析したりして、日奈久断層帯は3区間ではなく、2区間に分けた方が実態に合いそうだとの可能性が浮上している。宮下さんは「3区間の真ん中の日奈久区間の中央で分け、全体を2区間とするのが妥当かもしれないとの指摘が、他の調査からも出ている」と話す。断層の状態がより正確に分かれば、有効な防災対策につながることが期待できる。

 本震を起こした布田川断層帯では、3区間のうち中央にある宇土(うと)区間と西端の宇土半島北岸区間で規模の大きな地震が少ない。近くに地域の中心都市である熊本市があり、大地震があれば大きな被害が出ることもあり得る。遠田教授は「中規模以下の地震は起きており、地下のひずみはある程度解放されているとみられる。そのためM7級が起きる可能性は低いと思うが、M6級は十分に考えられ、警戒が必要」と訴える。【飯田和樹】


「南阿蘇水の生まれる里白水高原」日本一名前の長い駅は不通のまま…熊本地震から14日で1年
スポーツ報知 4/13(木) 6:04配信

 最大震度7を記録し、関連死も含めるとこれまでに200人以上が死亡した熊本地震から14日で1年を迎える。スポーツ報知では、現在も地震の爪痕が各地に残る中、前に向けて歩み続ける被災地の姿を「明日へ」と題して紹介する。

 阿蘇大橋の崩落など、熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村を含む高森―立野間を走る「南鉄」こと南阿蘇鉄道は、地震から3か月半後の7月31日に高森―中松間7・1キロが部分開通したものの、鉄橋やトンネルの損傷などにより、現在も10・6キロは不通のまま。列車の走る音が聞こえない駅のすぐそばで、全線開通と「日本一の復活」を待つ人がいる。

 「南阿蘇水の生まれる里白水(はくすい)高原」。読みが22文字の駅名は、茨城県を走る鹿島臨海鉄道の「長者ケ浜潮騒はまなす公園前」と並び、日本一の長さだ。だが、部分開通は1・4キロ離れた隣の中松駅まで。4月14日を最後に、駅に列車は到着していない。

 渡邊重行さん(60)は、その駅前で食堂「田舎ごはん きしゃぽっぽ」を営む。南阿蘇村で生まれ育ち、一時は故郷を離れていたが2年前に帰郷し、2015年5月に店をオープンした。「地震の前は、妻と一緒になるべく店の外に出て、乗客や運転手に手を振っていました。朝は早くから通勤・通学のために駅を利用する人を送ってくる車がドアを開け閉めする音がバタバタして…。当時は『うるさいなあ』と思っていましたが、聞けなくなると寂しいですね」と声を落とす。

 地震発生前は高森駅から列車で店に酒を飲みに来て、終電で帰るという客もいた。地震により客数は大幅に減少したかと思いきや「必ずしも客足が鈍ったということはない」という。「なぜなら地震で被害を受けて、店をやめた人がいるから。数が減ったぶん、うちに来てくれるということもあるんです。だから、一概には喜べません」

 現在も、週末になると車を利用して駅を訪問する鉄道ファンもいる。「でも、やっぱり南鉄に乗って駅に来てほしい。今は列車が走っていないので『日本一』は“一時お預け”の形ですから。地元の人間にとっても『日本一』は誇りですし、強い思い入れがあります。それに、鉄道がなくなると一気に過疎化が進んでしまうんです」

 毎週日曜には地元の住民が交代で駅を掃除。いつでも列車を迎え入れる準備はできているが、見通しは立たない。南阿蘇鉄道によると、3月に国による被害状況の調査が終了。その結果を受け、今後の復旧方針が決まるという。(高柳 哲人)


<高浜原発>クレーン工事、13日にも再開
毎日新聞 4/13(木) 2:30配信

 関西電力が、高浜原発(福井県高浜町)2号機で1月に起きた大型クレーン倒壊事故後に中止していた工事を、13日にも再開することが関係者への取材で分かった。これで1、2号機の再稼働に向けた安全対策工事が本格化する。

 同原発1、2号機では、大型クレーン4台を使って原子炉建屋上部にドーム屋根を設置する工事などが実施されていたが、倒壊事故を受け、全て中止されていた。関電は、県が求めた安全管理に関する総点検の結果を今月7日に県と高浜町に報告し、了承を得ていた。

 同原発1、2号機は運転開始から40年以上が経過しているが、原子力規制委員会が昨年6月、最長20年の運転延長を認可している。3、4号機についても、大阪高裁が先月、運転を差し止めた大津地裁の仮処分を取り消したため、再稼働へ向けた準備が進められている。【高橋一隆】


<熊本地震>益城町で給食本格再開
毎日新聞 4/12(水) 23:31配信

 熊本地震で給食センターが被災した熊本県益城町は12日、町内の7小中学校で学校給食を本格的に再開させた。最初に最大震度7を観測してから14日で1年。これまでは民間業者の弁当給食で代用していただけに、児童や生徒は温かい給食に喜びの声を上げた。

 益城中央小(岩下育男校長)の6年2組では、西村博則町長が児童40人と給食を楽しんだ。メニューは「チンゲン菜のクリームシチュー」「にんじんサラダ」など5品で、おかわりする児童もいた。

 担任の松村美甲子(みきこ)教諭は「昨年度は食べる間も話している児童が多かったが、今日は食べることに集中している」と喜び、水上正義(まさよし)さん(11)は「シチューの具が軟らかくて温かく、味も濃厚。めちゃうまい」と目を細めた。

 給食は、教諭の分も含めて町内で計3310食が用意された。7小中学校のうち5小中学校が隣接する熊本市から提供を受け、2小学校は益城町が御船町の施設を借りて調理した。益城町は来年度中に給食センターを町内の別の場所に新築して調理を再開する予定。【杉山恵一】


<東日本大震災>被災地企業助成45%辞退 検査院指摘
毎日新聞 4/12(水) 23:21配信

 東日本大震災で被災した自治体の企業立地を支援する国の補助事業について会計検査院が検査したところ、2013~15年度に採択された512件のうち45%に当たる232件で事業者が辞退していたことが分かった。復興予算として同事業に2090億円が計上されたが、15年度末までに執行されたのは111億円(執行率5.3%)どまり。国は16年度以降を被災地の自立につなげる期間と位置付けているが、産業復興の難しさが浮かんでいる。【島田信幸】

 検査したのは、青森、岩手、宮城、福島、茨城の5県に工場などを新設、増設する企業に、経済産業省が基金を通じて経費の一部を補助する「津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金」。公募に対し、企業は立地先の県と調整して申請し、基金側が事業内容を審査して採択する。企業には地元住民の雇用が義務付けられ、設備の完成後に補助金が交付される。

 検査院によると、岩手県は8市町で37件が採択されたが19件で事業者が辞退し、宮城県も14市町で161件が採択されたが81件で事業者が辞退した。両県とも辞退率が50%を超えた。辞退した全事業者で計2738人の地元雇用を見込んでいたが実現しなかった。未執行の約1980億円は基金に積み残されており、事業は20年度末まで続く。うち約757億円は交付先が決定している。

 岩手、宮城両県によると、計画していた土地が取得できない▽資材高騰による事業計画の見直し▽地元雇用の達成が困難--が主な辞退理由。岩手県の担当者は「津波の土砂置き場などの解消が予定され、企業誘致の必要性は高い。事業は途中段階」と指摘する。

 ◇5兆円使われず

 東日本大震災の復興予算として国が2011~15年度に計上した総額約33兆円のうち、少なくとも約5兆円(14.9%)が15年度末時点で使われていなかったことが、会計検査院の調べで判明した。検査院は12日、被災者の生活再建の見通しなどを十分に把握し、着実な事業実施を後押しするよう国に求める報告書を提出した。

 内訳は、国の予算ベースで繰り越しなどの剰余金が計1兆9229億円。国から地方に配分された交付金・補助金が計2兆5066億円、自治体負担を軽減する震災復興特別交付税5758億円が積み残されていた。

 交付金のうち、自治体支援の柱とされた復興交付金は、5年間に計画された事業費2兆6429億円の執行率が61.8%。事業費全体の約半分を占める住宅整備関連4事業の執行率も69.3%にとどまる。合意形成や用地取得の難航などが影響したとみられる。

 また復興関連基金4兆4483億円のうち、1兆3746億円が未消化だった。【松浦吉剛】

 ◇避難所2割、耐震課題

 津波被害を受けた東北3県の太平洋沿岸31市町村が16年3月末時点で指定した避難所計1059カ所のうち、226カ所(21.3%)が耐震性に課題を抱えていたことが、検査院の抽出調査で明らかになった。各自治体は検査院に対し、耐震診断の実施や指定そのものの見直しを検討するなどと回答している。

 建物が耐震基準を満たしていなかったり、自治体が耐震性の有無を把握していなかったりする避難所は、調べた岩手県12市町村のうち9市町村で132カ所、宮城県15市町のうち8市町で92カ所、福島県4市町ではいわき市の2カ所だった。民間施設について把握が進んでいない傾向がみられる。

 岩手県大船渡市は避難所計64カ所のうち、社寺など44カ所に懸念がある。同市担当者は「代わりの建物がない。管理者に耐震診断を働き掛けるにも予算の裏付けが必要になる」と話す。【松浦吉剛】


熊本城ゆかりの品々...復興祈念展
ホウドウキョク 4/12(水) 21:00配信

熊本地震から14日で1年になるのを前に、被害を受けた熊本城ゆかりの品々を集めた復興祈念展が、東京都内で始まった。
東京・日本橋高島屋で開かれている展示会には、熊本城を築いた加藤清正や、のちに城主となった細川家ゆかりのかぶとやよろい、書状など、およそ70点が集まった。
最大震度7の揺れを2度にわたり観測した地震で崩れ落ちた天守閣の瓦のほか、50カ所以上で崩れたとされる石垣も展示されている。
熊本城は、復興のシンボルとして、復旧工事が行われているが、回復には20年、被害額は、600億円以上にのぼるという。


近大研究炉が運転再開=新規制基準で初―大阪
時事通信 4/12(水) 18:23配信

 近畿大は12日、大阪府東大阪市のキャンパスにある試験研究用原子炉(出力1ワット)の利用を再開した。

 東京電力福島第1原発事故後に策定された研究用原子炉の新規制基準に合格した研究炉の運転再開は初めて。塩崎均学長は記者会見で「研究者を育てなければならず、教育面では非常に大切な原子炉と認識している。やっとここまでこぎ着けた」と話した。

 近大によると、研究炉は2014年2月に運転を停止。新規制基準への対応で、防火扉を規格に合わせるなどした。今年3月に使用前検査と定期検査が終了し、原子力規制委員会から合格証の交付を受けていた。

 この日は学生8人が実習し、原子炉を起動させた。理工学部生命科学科4年の島津美宙さん(21)は「操作一つで出力が上がったり、下がったりした。これからしっかり勉強したい」と話した。


原発作業員バスと軽トラ事故
ホウドウキョク 4/12(水) 17:29配信

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(写真:ホウドウキョク)

福島・大熊町で、軽トラックとマイクロバスが正面衝突し、1人が死亡、原発作業員など22人がけがをした。
事故があったのは、原発事故で帰還困難区域となっている大熊町熊の国道6号で、12日午前5時20分ごろ、軽トラックとマイクロバスが正面衝突した。
この事故で、軽トラックを運転していた40代の男性が、胸を強く打って、まもなく死亡した。
また、マイクロバスに乗っていた原発作業員など22人も、全員けがをして、病院に搬送されたが、命に別条はないという。
軽トラックが反対車線にはみ出したとみられていて、警察が、事故の原因をくわしく調べている。

福島テレビ/FNN


夜の森、桜満開=大半は立ち入り禁止―福島・富岡
時事通信 4/12(水) 17:05配信

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除された福島県富岡町で、桜の名所として知られる夜の森地区の桜並木が12日、ほぼ満開となった。

 桜並木は全長2.2キロ。このうち1.9キロは放射線量が高いため原則立ち入り禁止の帰還困難区域に含まれ、訪れる人はほとんどいない。

 50年間暮らした帰還困難区域内の自宅を引き払うことになり、後片付けのため移転先の同県郡山市から一時帰宅した小椋春男さん(81)は「昔はもっと立派だった。手入れをしないから枝が傷んで少なくなってしまった」と嘆いた。妻富美子さん(76)は「原発事故後に桜並木を見たのは初めてで感無量」と語った。

 富岡町の避難指示は、帰還困難区域を除いて今月1日に解除された。桜並木のうち、立ち入り可能な300メートルの区間では、7年ぶりのライトアップを16日まで実施する。


復興予算5兆円未使用=防潮堤など遅れ―11~15年度・検査院
時事通信 4/12(水) 17:05配信

 東日本大震災の復興予算として政府が2011~15年度に計上した計33兆4922億円のうち、15年度末時点で約15%に当たる5兆54億円が使われていなかったことが12日、会計検査院の調べで分かった。

 検査院は、防潮堤の整備や区画整理の遅れなどが要因と分析。国と被災自治体が緊密に連絡調整し、事業を迅速に実施するよう求めた。

 検査院は参院の要請に応じ、政府が「集中復興期間」と位置付けた11~15年度の復興事業の実施状況について、検査結果の報告を続けてきた。5回目の今回が最後で、全体を総括した。


熊本地震1年 車中泊、自宅の庭にトイレ…27歳女性が体験漫画をネットで公開
産経新聞 4/12(水) 15:13配信

 ■西原村の宮脇さん「体験役立てて」

 熊本地震で被災した女性が、震災直後の生活を描いた漫画をインターネット上で公開し、話題を呼んでいる。作者は熊本県西原村のアルバイト、宮脇理子さん(27)。車中泊や自宅の庭でのトイレ体験など被災体験を、自らの日記を頼りに再現した。防災教育への活用などを視野に冊子化も進めており、「多くの人に役立つことができれば」と話している。(細田裕也)

 作品は「ネココの熊本地震日記」。宮脇さんら家族の被災体験がモデルで、余震が続く昨年4月下旬から残していた日記をもとに描き始めた。多くの読者に感情移入してもらうため、すべての登場人物は動物のネコに置き換えている。

 宮脇さんは20歳ごろから本格的に漫画を描き始め、少年誌の新人賞に選ばれた実績もあるが、災害をテーマにしたのは初めて。「特別な経験を形として世の中に残したかった」という。

 《西原村に住む我が家が味わった現実を記録したものである》。約60ページにわたる漫画は、この言葉で始まる。《これ以上強い地震なんてない》。4月14日の前震後、安心して眠りについていた主人公「ネココ」を16日未明、本震が襲う。1週間に及ぶ車中泊生活。断続的な余震でも車の中にいれば恐怖が少し和らぎ、普段はかかわりがない近所の人と会話する機会が増えたことなどを描いた。

 重点的に描写したのは日常生活への影響だ。長引いた断水のため、自宅のトイレや風呂は使用不能に。自宅の庭に掘った穴をトイレとして使用したこと、ペットボトルの水で体を洗ったことなどを克明に描き、地震が起きるまでの「当たり前」が、いかにもろい存在だったのかを伝えた。

 自分が被災者になり、初めて気が付いた視点も描いた。買い物ができるようになった後も、食べきれないほど手に入った救援物資への違和感。豚汁が振る舞われるイベントに鍋を持って参加したものの、手ぶらで来ていた他の被災者と自分を比べてしまい、沸き上がった恥ずかしさ…。「被災者にしか分からない心情も伝えたかった」と語る。

 出来上がった作品は、父親の周太さん(60)がネットで公開。その後、作品を読んだコピーライターの糸井重里さんが、短文投稿サイトのツイッターで「100万人くらいが読めばいい」などと評価したことをきっかけに、注目が集まった。

 現在は家族が後押しして漫画の冊子化を進めており、今月下旬には300部が刷り上がる予定だ。家族は教育現場での活用や、ネットが利用できない高齢者への配布を検討している。

 宮脇さんは「地震を経験したことがない人に、怖さや被災生活の難しさをどう伝えられるかと考えたとき、私には漫画しかないと思った。少しでも役に立つならばうれしい」と話している。


免震棟耐震データ経緯、新潟知事に19日報告=柏崎刈羽原発で東電
時事通信 4/12(水) 15:09配信

 東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の事故対応拠点と位置付けてきた免震重要棟の耐震性計算で誤った説明を原子力規制委員会に行っていた問題をめぐり、東電の広瀬直己社長は19日に新潟県庁で米山隆一知事に会い、原因や経緯を報告する。

 東電が12日発表した。

 問題発覚を受けて県は2月、東電に原因や対策の報告を求める要請書を送った。東電はこれに答える形で報告を行う。


<熊本地震>広がる外国人対応…マニュアル、商品開発など
毎日新聞 4/12(水) 12:54配信

 昨年4月の熊本地震で被災した大分県の観光地で、地震発生時の混乱を教訓にして、外国人観光客への災害時対応をスムーズに実施するための取り組みが進んでいる。人気の温泉地がある由布市が今春に対応マニュアルを作成したほか、大分市の企業は非常時に使用する防寒具に、避難の際に必要になる会話を日本語と外国語でプリントした商品の開発を検討している。

 昨年4月16日の本震で由布市は最大震度6弱の強い揺れに襲われた。同市の旅館「旅籠(はたご)香乃蔵」マネジャーの根本勝美さん(46)は「地震当時、外国人の観光客への素早い対応ができなかった」と振り返る。

 市を訪れる韓国などの外国人観光客数は年々増加。2005年は4万5000人だったが、15年は20万9000人までに伸びた。しかし熊本地震発生時、外国人観光客への対応がうまくいかなかったケースが少なくなかった。由布院温泉旅館組合(約80旅館)によると、強い揺れにパニック状態になった外国人の宿泊客らに対し、落ち着いて行動することを求めたり、避難場所へ安全に誘導したりすることに手間取った。

 そのため市や観光協会などが市内のホテルや旅館にアンケートを実施し、その結果を基に観光業向けの対応マニュアルをまとめた。地震自体を経験したことがない観光客がいることを想定して、マニュアルには、「体を低くして、その場から動かないでください」「エレベーターを使用しないでください」「倒れやすいものや窓から離れてください」などの対応例を記した。

 呼びかけの言葉はそれぞれ英語・中国語・韓国語の3カ国語で表記。会話できなくても、外国人観光客にその言葉を指さして使えるようにしている。

 市は11日にマニュアル説明会を実施し、市の担当者は「マニュアルを基に、旅館独自のものも作成してみてほしい」と説明。参加者の一人の根本さんは「今後の対策を検討したい」と意欲をみせる。

 一方、大分市の高山活版社(高山英一郎社長)は、登山時などに体温を保つために体に巻いて使うサバイバルブランケットとも呼ばれる薄いアルミシート(縦1メートル、横2メートル)に着目。災害時にも使用できるため、シートに「避難所はどこですか」「ここは安全ですか」などの会話を英語や日本語でプリントして商品化することを検討している。

 外国人が訪れる観光施設などに備蓄してもらうことを目指しており、高山社長は「寒さを防ぐだけでなく、意思疎通にも役立つようにしたい」と話している。【尾形有菜、安部志帆子】


<正面衝突>マイクロバスと軽トラ、1人死亡 福島・大熊町
毎日新聞 4/12(水) 11:20配信

 12日午前5時20分ごろ、福島県大熊町熊の国道6号で、軽トラックと作業員ら22人が乗ったマイクロバスが正面衝突した。軽トラックを運転していた同県相馬市小泉の事務員、丸山高雄さん(48)が病院に搬送されたが、胸などを強く打っており約2時間後に死亡が確認された。マイクロバスの全員も病院に搬送され、うち20人が軽傷という。

 県警双葉署によると、バスには東京電力福島第1原発の廃炉作業員らが乗っており、対向してきた軽トラックと衝突したという。


「感情が無になった」負の連鎖に焦りと不安 復興特需に沸く被災地、実感乏しい現場も
西日本新聞 4/12(水) 11:11配信

 熊本県御船町の女性(57)は昨年10月に失職した。同県益城町にある企業の社員食堂で調理員をしていた。熊本地震後、母(80)が骨折し、介助が必要になった。職場で休暇を請うと嫌な顔をされ、自ら辞めた。

 昨年末、親子で仮設住宅に入った。母がデイサービスに通っている間でも働こうと思うが、時間の融通が利く求人がない。今は生活保護を受給している。懸命に働いてもかつかつだった地震前の日々から、働きたくても働けないぎりぎりの暮らしへ。どっちもこたえる。

 つい、母に手を上げてしまうこともある。母はもの忘れの症状が進み、要介護度は2段階上がった。2人とも離婚をして頼れる身内はいない。

 職探し、介助、次の住まい…。貧困のらせんから抜け出せない焦りと不安の深みにはまる。眠れない、仮設の夜が更ける。「明日なんて来なくていい」。時計の針は午前4時を回った。

工場など5棟が全半壊「感情が無になった」
 従業員に給料を払う金も底を突いた。益城町の吉原食品社長、吉原憲幸さん(55)は地震の直後、従業員14人全員に解雇を告げた。工場など5棟が全半壊した。先代の時代から勤続30年の社員にも離職票を渡した。「感情が無になった」。こみ上げるものに耐えられなくなった。

 漬物を製造販売して約50年になる。主力はキムチ。今やどこでも手に入り、競合する会社も増えたことで売り上げはピーク時の半分に落ちた。銀行に金を借りて社員のボーナスに充てる、じり貧の経営。風味が落ちない製法を工夫するなど、努力を重ねて持ちこたえていた中で地震が起きた。

 約1カ月後、何とか使えた機械で製造を部分再開した。資金繰りは厳しい。それでも従業員7人が戻ってくれた。彼らのためにも歯を食いしばる。

復興特需に沸く被災地 介護現場に実感は乏しい
 益城町で高齢者施設を経営する男性(39)はため息をつく。「これ以上の給料は払えん」。職員たちは週5日勤務、月4回夜勤を入れても手取りは14万円だ。

 地震後、訪問介護やデイサービスの利用者が約20人増えた。入所先が被災して移ってきた人や、仮設住宅で体力や認知能力が落ちた高齢者も目立つ。利用希望者は後を絶たない。

 なのに、肝心の職員を確保できない。地震後、実家に帰るなどして正職員52人のうち10人が退職した。被災者でもある利用者の不調を見逃さないためには、じっくり話に耳を傾ける必要がある。しかしその聞き役は低賃金にあえぎ、全国的に不足する。国による待遇改善もなかなか進まない。

 午前6時。経営側の男性も自ら施設内を巡回し、入所者の起床介助をする。大型トラックが行き交い、復興特需に沸く被災地。介護現場に実感は乏しい。


<熊本地震1年>県外避難今も630人 自治体は人口流出を懸念
西日本新聞 4/12(水) 10:36配信

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天守閣や石垣など、地震で壊滅的な被害を受けた熊本城=2016年5月13日午前9時46分、熊本市(本社ヘリから

 熊本地震で被災し、熊本県外の公営住宅や「みなし仮設」と呼ばれる民間賃貸住宅で暮らす避難者は少なくとも630人いることが11日、熊本県の調査で分かった。避難生活が長期化する背景には、被災地の生活再建の遅れや避難先への定住などがあり、被災地は人口流出を懸念している。

 熊本県によると、3月末時点で県外の公営住宅やみなし仮設に入居している被災者は、32都道府県に296世帯630人いる。258世帯536人は九州で、内訳は福岡322人、宮崎55人、鹿児島54人、長崎49人、佐賀46人、大分10人。昨年末時点では全国で460世帯945人だった。

 熊本市が独自に把握した県外避難者数は11日時点で679人。実際は自治体が把握したより多くの避難者が県外にいるとみられる。

 被災者に公営住宅を無償提供する期間は1、2年の自治体が多く、鹿児島県は来春までに転居や定住の意向を確認する。

 被災自治体は「戻れない理由を分析し、戻ってきてもらう努力をしなければならない」(益城町)と危機感を抱く。熊本市の担当者は「避難先で仕事を見つけた人もいる。戻る意思のある人がどのくらいいるかを調査したい」と話した。

=2017/04/12付 西日本新聞朝刊=


阿蘇の宿、客足なお遠く 損壊で10ヵ月休業も 修学旅行予約激減
西日本新聞 4/12(水) 10:29配信

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ホテルや旅館が立ち並ぶ内牧温泉(手前は黒川)=11日午後、熊本県阿蘇市

 熊本地震の発生から間もなく1年。西日本新聞は旅行客の激減に悩む熊本県阿蘇市の観光旅館・ホテル主要20施設を対象に、地震の影響、復旧の状況、宿泊客数の動向などを調査した。対象施設は全て建物などに被害が出ており、今も途上にある復旧に数億円が見込まれる施設も複数あることが分かった。

 調査は、阿蘇温泉観光旅館協同組合加盟の施設を対象に実施した。被害は建物内部の隆起、基礎部分の亀裂、壁の倒壊、漏水、天井落下、空調設備の損傷などが挙げられた。建物が大規模損壊し、10カ月の休業を強いられた施設もある。

 温泉旅館にとって大切な泉源が被害に遭ったのは12施設。地下で地層がずれて使用不能になった。ほとんどの施設が新しい井戸を掘って泉源を確保したが、一部は今も掘削工事中だ。

 施設被害とともに、地震(本震)直後は電気や水などのライフラインも途絶えた。観光地の命脈である広域道路も寸断され、組合の集計によると、宿泊予約のキャンセルが本震後40日の時点で約15万人に達した。

この1年は1校もなかったホテルも
 修学旅行への影響は、地震前まで年間約15校(約3500人)を受け入れたホテルが、この1年は1校もなかった。別のホテルは「例年1万3千人が宿泊していたが、地震後は300人にとどまる」と答えた。

 多くの施設は本震から3カ月が過ぎたころから宿泊客が戻り、7~9月は前年比で稼働率50%を超えた施設が6割あった。復旧工事関係者やボランティアの利用とともに、国の支援で旅行代金を割り引く「ふっこう割」が寄与した。

 旅館・ホテル20施設の収容力は計約千室(約2500人)。施設によって収容力も稼働率も異なり、「7月以降、現在まで工事関係者で満室状態」というホテルも一部あるが、多くは前年比で大幅減収を見込んでいるという。

 打撃を受けた阿蘇観光の復興の鍵は何か。多くの施設が「一部区間で不通が続く国道57号とJR豊肥線の早期復旧」を挙げたが、次の意見もあった。

 「阿蘇観光は阿蘇山を中心にした自然景観の恩恵で成り立ってきた。これからも阿蘇が旅の目的地に選ばれるためには、熊本地震の体験を旅行者に伝えるとともに、各旅館が独自の魅力を発信していく必要がある」

=2017/04/12付 西日本新聞朝刊=


浅田真央、昨夏に被災熊本を訪問 500人と会話
日刊スポーツ 4/12(水) 10:05配信

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浅田真央

 まもなく発生1年を迎える熊本地震の被災地で、震度7の激震を2度受けた益城町の総合体育館に昨年8月、フィギュアスケートの元世界女王、浅田真央選手(26=中京大)はプライベートで駆けつけていた。10日の引退表明から一夜明けた11日、ボランティアセンター長だったYMCA熊本の秋寄光輝さん(44)は「避難所が本当に明るくなった」と当時を振り返った。

【写真】着物姿の浅田真央、舞姉妹

 報道陣もおらず、浅田は自身を含め3人だけで訪れた。菓子や日用品などの支援物資をワンボックス車いっぱいに詰めてやってきた。「400~500人いた」という避難者1人ひとりと会話し、写真を撮り、サインした。隣接する避難所も回った。滞在30分ほどの予定が、気付けば1時間を超えていたという。「優しい人柄が出ていました。芸能人の方が来られるとマネジャーさんがガードすることもありますが、浅田さんはそんなことは全くなかった」。

 秋寄さんも被災者だ。同県合志市で震度6強を受け半月、車で寝泊まりした。「当時4歳の娘が怖くて建物に入ることすらトラウマになった」。被災者ながら避難所の責任者を務めていた中で、浅田の慰問。「みんなが盛り上がりました。引退は残念ですが、ご本人が十分考えてお決めになったこと。ありがとうございました」と感謝しきりだった。【三須一紀】


福島避難者いじめ199件 「原発爆発お前らのせい」悪口も 文科省調査
産経新聞 4/12(水) 7:55配信

 文部科学省は11日、東京電力福島第1原発事故で福島県から県内外に避難した児童生徒に対し、今年3月までに199件のいじめがあったとする初めての調査結果を公表した。このうち東日本大震災や原発事故に加害者側が言及するなど関連があると認められたいじめは13件だった。中には「お前らのせいで原発が爆発した」といった悪口もあった。

 松野博一文科相は記者会見で、「(いじめが)表面化していない可能性も含め、学校現場などと今後の対応を検討したい」と述べた。

 調査は昨年12月、避難している小中高校生ら約1万2千人を対象に実施した。他に被害児童生徒を特定できなかったいじめが3件、調査時点で中学、高校を卒業している人へのいじめが5件あり、これらを加えると200件を超える。

 199件のうち、平成28年度にあったいじめは129件で、このうち原発事故などに関連するのは4件。いずれも原発事故や震災に関わる悪口やからかいで、被害に遭った児童生徒は現在、平常通り学校生活を送っているという。

 調査では、在籍する学校に進む前の状況も聞き取る形で27年度以前のいじめも確認。70件のいじめがあり、うち原発事故などに関連するのは9件だった。「お前らのせいで原発が爆発したんだ」といった悪口以外にも、「放射能が付くから近づくな」という仲間外れなどがあった。文科省はどの都道府県でのいじめか明らかにしていないが、「物を壊したり、遊興費を要求されたりして不登校になった」という横浜市の中学生が被害に遭ったいじめも含まれていた。

 文科省は昨年12月、避難した児童生徒を受け入れている学校に、面談などを通じていじめの有無を確認するよう通知していた。


福島避難者いじめ、人間不信…今も心に傷
産経新聞 4/12(水) 7:55配信

 「放射能がうつる」。文部科学省の調査結果からは、東京電力福島第1原発事故の影響で避難を余儀なくされた福島県の児童生徒がいまなお、こうした悪口で心に傷を負っている実態が浮かび上がった。

 「福島へ帰れ」。平成23年度に避難先の小学校に入学した児童は、同級生から面と向かってからかわれた。児童はその後、別の小学校に転校した。

 中学生の1人は、避難当初の小学校低学年のころ、「お前らのせいで原発が爆発した」と言われ、嫌な思いをした。別の中学生も小学生の時に「放射能」と呼ばれた。いずれも学校が対応し、その後、いじめはなくなったという。

 ただ、公立中学校に通う生徒は、避難先の小学校に転校した当時、同級生3~5人から「放射能が付くから近づくな」などと仲間外れにされるいじめに遭いながら、保護者にも教員にも伝えられなかった。

 小中学校時代に福島県から転校してきたことを理由にいじめを受けた高校生は、人間不信になり人付き合いが苦手に。そのため、高校では震災や原発事故とは直接関係のないいじめに遭ったといい、被害の深刻さが浮き彫りになった。


茨城で震度3
時事通信 4/12(水) 4:31配信

 12日午前3時10分ごろ、茨城県南部を震源とする地震があり、水戸市などで震度3の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源の深さは約60キロ、地震の規模(マグニチュード)は4.5と推定される。


〔地震〕茨城県・栃木県・千葉県で震度3、津波の心配なし
レスキューナウニュース 4/12(水) 3:15配信

気象庁によると、12日03:10頃、茨城県南部を震源とするM4.5の地震があり、茨城県・栃木県・千葉県で震度3の揺れを観測しました。
この地震による津波の心配はありません。

■発生事象
・発生日時 :4月12日03:10頃
・震源地  :茨城県南部(北緯36.2度、東経140.1度)
・震源の深さ:約60km
・地震の規模:M4.5(推定)

■震度3以上が観測された市町村(*印は気象庁以外の震度観測点)
【震度3】
・茨城県 :水戸市内原町*、笠間市石井*、笠間市中央*、笠間市笠間*、茨城町小堤*、小美玉市小川*、小美玉市上玉里*、土浦市常名、土浦市藤沢*、土浦市田中*、石岡市柿岡、下妻市本城町*、下妻市鬼怒*、牛久市城中町*、つくば市研究学園*、美浦村受領*、坂東市馬立*、坂東市役所*、稲敷市結佐*、筑西市舟生、筑西市門井*、かすみがうら市上土田*、かすみがうら市大和田*、行方市麻生*、桜川市岩瀬*、常総市新石下*、常総市水海道諏訪町*、つくばみらい市福田*
・栃木県 :栃木市旭町、栃木市岩舟町静*、真岡市石島*
・千葉県 :神崎町神崎本宿*、野田市鶴奉*


<避難いじめ199件>文科省調査に被害者「氷山の一角」
毎日新聞 4/11(火) 22:39配信

 文部科学省は11日、東京電力福島第1原発事故で福島県から避難した児童・生徒に対するいじめが今年3月までに199件あり、このうち東日本大震災や原発事故に関連するいじめは13件だったと発表した。しかし、子どもが打ち明けないケースもあり、いじめに遭った子どもの保護者からは「数字は氷山の一角」などの声が上がっている。

 調査は昨年12月、福島県から県内外に避難している小中高生ら約1万2000人を対象に聞き取りで実施した。「福島へ帰れ」と言われて転校したり、「放射能がうつるからこないで」と言われたりするなど、震災や原発事故に関連する13件の内訳は、公立小3件、公立中9件、私立高1件。このうち9件は15年度以前だった。このほか、事実関係を確認中のいじめが5件、既に卒業していじめられた当事者に聞き取りできなかったのが5件あったという。

 福島からの避難者のいじめは昨年11月、横浜市で当時中学1年の男子生徒が名前に「菌」をつけて呼ばれ、金銭を要求されていたことが発覚して問題となった。この生徒の保護者は、代理人の弁護士を通じて「それぞれの理由で福島から他県に移っている中、皆、いまだに元の生活に戻っていない」とした上で「そんな避難者に対するいじめは許されるものではない」と強調。避難者に特化することなく、いじめ問題全般に正面から取り組んでほしいと注文した。

 自主避難先で子どもがいじめられた経験を持つ30代の母親は「避難者の中には『避難者だということを表に出したくない』『事を荒立てたくない』と思って我慢している人が相当いる。(今回の数字は)『氷山の一角』という言葉では言い表せないくらい少ないと思う」と語気を強めた。

 東日本大震災の被災者をサポートする「東京災害支援ネット」事務局長の山川幸生弁護士は、支援で関わってきた自主避難の子どもたちは誰もが、いじめに似た経験をしていると感じるという。「いじめを受けたと親にすら明かせない子どももいる。調査が十分なのか疑問だ」と語った。原発事故被害者団体連絡会の村田弘幹事(74)は「社会に原発事故をいじめの材料としない風潮をつくってほしい」と話した。【伊澤拓也、杉山雄飛、堀祐馬、水戸健一】


<熊本地震>震災関連死8割が70歳以上 県内19市町村
毎日新聞 4/11(火) 22:10配信

 熊本地震で震災関連死と認定された熊本県内の167人のうち、70歳以上の高齢者が133人と全体の約8割に上ることが、毎日新聞の取材で分かった。東日本大震災でも震災関連死の大半を高齢者が占めており、専門家は災害弱者に対する被災後のきめ細かな対応を求めている。

 熊本地震の発生から1年を迎えるのを前に、関連死が出ている19市町村に聞いた。167人の年代別は70代37人▽80代61人▽90代33人▽100歳以上2人--で、69歳以下が34人だった。男女別は男性91人、女性76人。東日本大震災では、昨年9月末時点の震災関連死3523人のうち約9割が66歳以上だった。

 167人のうち車内で寝泊まりする車中泊を1泊でもした人は少なくとも36人で、判明分だけでも14人が70歳以上。入院中の病院から別の病院に転院した人は24人で、同じく判明分だけでも12人が70歳以上だった。車中泊や転院は高齢者や持病がある人にとって負担が大きく、車中泊は長時間同じ姿勢でいることで血管が詰まるエコノミークラス症候群のリスクも高まることが指摘されている。

 宇土市の80代男性は昨年4月14日の前震の後から駐車場で車中泊し、5日後に車外で倒れているのが見つかり死亡が確認された。死因は肺梗塞(こうそく)だった。益城町の80代男性は前震で入院中の病院が被災して転院したが、本震で転院先も被災したため、さらに別の病院に転院。4月中に容体が急変して亡くなった。

 震災関連死に詳しい神戸協同病院(神戸市)の上田耕蔵院長は「高齢者や入院患者など健康リスクが高い人ほど震災関連死は起こりやすい。しかも障害や持病がある人ほど『周囲に迷惑をかけたくない』といった理由で車中泊を選ぶ傾向がある。関連死の予防は容易ではないが、周囲が目配りするとともに早期の受診を勧めるなど対策に知恵を絞るべきだ」と指摘した。【山下俊輔、樋口岳大】

 ◇ことば【震災関連死】

 避難生活による疲労や精神的ストレスで体調を崩したり、病院の機能低下で病気を悪化させたりするなど、震災が間接的な原因で死亡すること。遺族の申請を受け、自治体が設置した審査委員会が震災との因果関係を判断する。認定されると250万~500万円の災害弔慰金が支給される。熊本地震では家屋倒壊などによる直接死(50人)を大きく上回っている。


<熊本地震>発生1年の14日 首相、熊本訪問へ
毎日新聞 4/11(火) 20:57配信

 菅義偉官房長官は11日の記者会見で、安倍晋三首相が熊本地震発生から1年となる14日に熊本県を訪問することを検討していると明らかにした。

 菅氏は「まだ4万人を超える人が仮設住宅で生活し、崩落した阿蘇大橋の復旧にも時間がかかる。地元の皆さんからさまざまな要望を伺い、政府としてお応えしていきたい」と述べた。

2017年4月 8日 (土)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2219

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:熊本地震の活動は依然継続 地震調査委「強い揺れないと思っては困る」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震の活動「継続」=発生回数は大幅減―政府調査委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震で防災計画見直し - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 災害廃棄物44%処理 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「原発いじめ」全国で13件 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、14日熊本入り検討 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、14日に熊本訪問 震災1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<文科省>震災・原発いじめ13件…福島避難者計199件 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「私たち年寄りは、最後までおらにゃんたい」孤独な老い、描けぬ再建 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:いじめ防止に取り組む=福島からの避難児童生徒―松野文科相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「ばあばのひとりごと」小学校の元教員、熊本地震の体験つづる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:南相馬で高校開校=復興へ人材育成―柳さん、長渕さんも祝う・福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島避難者へのいじめ199件、原発・震災関連は13件 「お前らのせいで原発が爆発」「放射能がうつる」などの悪口も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:姿見せた「復興の架け橋」=宮城県気仙沼市〔地域〕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:16年度いじめ129件=原発事故の福島から避難―文科省が初調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:災害対応にICT導入を=熊本地震で基本計画修正―中央防災会議 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>日奈久断層に大地震の痕跡 4~5回発生か - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島避難のいじめ129件…4件は震災原発関連 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:長沢復興副大臣が三瓶と「よしもと福島シュフラン」視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>益城に揚がる、復興願う大型の旗 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震「引き続き活発」=大きな地震に注意―気象庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 小中学校で始業式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:満開の桜、熊本城で特別公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本城>桜満開、被災者も「ようやく春が来た」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>その後13万回発生 九州1年間、前年比22倍 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>酪農家が「牛魂碑」 餓死した家族忘れない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>山本原子力担当相が視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災経験の子どもら語り合う=東北、熊本復興に向けて―神戸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:浜岡差し止め取り下げへ=住民側、1~4号機仮処分―静岡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本・益城>鳥の目で古里見つめ 被災状況をドローン撮影 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<安倍首相>「風評被害払拭を応援」 福島の牧場で激励 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、福島の牛乳を試飲「風評被害を払拭し、販路が拡大できるよう応援したい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>原子力担当相と長崎知事 避難計画で意見交換 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

熊本地震の活動は依然継続 地震調査委「強い揺れないと思っては困る」
産経新聞 4/11(火) 20:24配信

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濃霧に覆われる阿蘇大橋崩落現場=11日午後、熊本県南阿蘇村(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 政府の地震調査委員会は11日、昨年4月の熊本地震について「一連の地震活動は減衰しつつも継続している」との評価をまとめた。熊本県と大分県中部を震源とする震度1以上の地震は今月10日までに4291回に達した。

 地震活動は昨年4月14日と16日にそれぞれ最大震度7を記録した熊本地方と、熊本県阿蘇地方を中心に継続している。先月の震度1以上の地震は25回で、最大震度3が1回発生した。

 平田直委員長は会見で「まだ地震前に比べ回数は多い。熊本地域では大地震の1~数年後に同程度かそれ以上の地震が起きた例がある。1日に何度も大きな揺れを感じることがなくなっても、もう強い揺れはないと思われては困る」と指摘した。


熊本地震の活動「継続」=発生回数は大幅減―政府調査委
時事通信 4/11(火) 19:26配信

 政府の地震調査委員会は11日、震度7の地震発生から間もなく1年となる熊本地震について、「全体として減衰しつつも、活動は継続している」との見解を明らかにした。

 平田直委員長は「(九州では)大きな地震の発生後、数年以内に同規模程度の地震が起きた例は複数回ある」と説明し、引き続き警戒を求めた。

 地震調査委によると、3月に震度1以上の揺れを観測した地震は計25回。昨年5月の529回や同6月の217回に比べ、大幅に減っている。ただ、熊本地震発生前と比べると地震の回数は依然、多い状況が続いている。


熊本地震で防災計画見直し
ホウドウキョク 4/11(火) 19:20配信

政府は、2016年に発生した熊本地震などをふまえ、防災基本計画を見直した。
熊本地震では、支援物資が物流拠点までは届いたものの、避難所への到着が遅れたことをふまえ、見直された計画では、都道府県が広域の、市町村が地域単位の物流拠点を、それぞれ設置する。
また、関係する全ての機関が、支援物資の輸送状況などを管理、把握できるシステムを構築する計画。
このほか、災害拠点となる建物の耐震化を進め、被災自治体に応援職員を派遣する場合は、被災地の出身者や勤務した経験のある人を優先するとした。
さらに熊本地震では、車中で避難生活をして体調を崩す人が相次いだことから、避難者がどこにいるのかを、携帯の位置情報などで確認し、医療関係者を適切に配置する仕組みなどを検討することも、盛り込まれている。


熊本地震 災害廃棄物44%処理
ホウドウキョク 4/11(火) 18:09配信

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(写真:ホウドウキョク)

熊本地震の発生から、まもなく1年を迎えるのを前に、環境省は、災害廃棄物のうち、44%の処理を終えたと発表した。
山本環境相は「災害廃棄物の処理が予定通り、着実に進んでいると考えている。(今後も)全力で、必要な支援を行ってまいります」と述べた。
環境省は、熊本地震で発生する災害廃棄物の量を、316万トンと推計しているが、2017年2月末までに、44%にあたる140万トンの処理を終えたと発表した。
69%にあたる97万トンは、紙や燃料などに再生利用している。
一方、損壊して解体を申請している家屋およそ3万3,500棟のうち、解体されたのは61%にとどまっている。
環境省は、処理は計画通り進んでいるとしていて、熊本県は、2018年4月までに、全ての処理を終える予定となっている。

テレビ熊本/FNN


「原発いじめ」全国で13件
ホウドウキョク 4/11(火) 14:09配信

東日本大震災や福島第1原発事故を原因とした、いじめが、全国で13件あったことが文部科学省の調査でわかった。
文科省によると、福島第1原発事故などの影響で、福島県から避難し、別の学校に通う子どもへのいじめは、これまでに把握しているだけで199件あり、そのうち東日本大震災や原発事故に関するものが、13件あったという。
中には小学校で、「放射能がうつるから近づくな」、「お前らのせいで原発が爆発した」などの悪口を言われた事案もあった。
松野文科相は「慣れない環境の中で生活を送る友達のことを理解し、その方に寄り添い、一緒に支えながら学校生活を送ってほしい」と述べた。
文科省では、表面化していない事案も含め、学校現場と連携して、避難した生徒たちへの対応を行っていくとしている。


安倍首相、14日熊本入り検討
時事通信 4/11(火) 12:48配信

 菅義偉官房長官は11日の記者会見で、安倍晋三首相が熊本地震発生から1年となる14日の熊本県訪問を検討していることを明らかにした。

 被災地の復旧・復興については「残念ながらまだ4万人を超える方が仮設住宅で生活している」と指摘、地元の要望を踏まえながら支援に取り組む考えを示した。


安倍首相、14日に熊本訪問 震災1年
産経新聞 4/11(火) 11:49配信

 菅義偉官房長官は11日午前の記者会見で、安倍晋三首相が熊本地震発生から1年となる14日に、熊本県を訪問する方向で検討していると明らかにした。首相の同県訪問は昨年6月以来で、県庁で開かれる「犠牲者追悼式」への出席も調整している。

 菅氏は4万人以上の被災者が仮設住宅で暮らしている現状に触れ「地元からさまざまな要望を聞き、政府としてしっかり応えたい」と述べた。


<文科省>震災・原発いじめ13件…福島避難者計199件
毎日新聞 4/11(火) 11:24配信

 東京電力福島第1原発事故で福島県から県内外に避難した児童・生徒に対するいじめが今年3月までに199件あったことが文部科学省の調査でわかった。11日の閣議後記者会見で松野博一文科相が発表した。同省は、うち13件を東日本大震災や原発事故に関連するいじめと認定した。

 調査は昨年12月、福島県から県内外に避難している小中高生ら約1万2000人を対象に実施。2016年度の状況と、15年度以前に在籍した学校での状況をそれぞれ聞き取った。その結果、今年3月までに計199件のいじめが判明。同省は、このうち公立小3件、公立中9件、私立高1件の計13件について震災や原発事故に関連するいじめだったとしている。13件のうち4件は16年度、9件は15年度以前のケースだった。いじめを受けた児童・生徒は現在、平常通り学校生活を送っているという。

 また、このほかに事実関係を確認中のいじめが5件あるという。

 公表された事例の中には、「福島へ帰れ」と言われた児童が転校したケースや、「放射能が付くから近づくな」と言われた例などがある。小学校時代に「放射能」とあだ名をつけられた中学生もいた。松野文科相は「背景には避難者のつらい思いへの理解不足がある」と述べた。

 昨年11月、福島県から横浜市に避難した当時中学1年の男子生徒が「ばい菌」と呼ばれ、金銭を要求されるなどしたいじめが発覚。同様のいじめが全国で相次いで判明したため、文科省が調査していた。【伊澤拓也】


「私たち年寄りは、最後までおらにゃんたい」孤独な老い、描けぬ再建 熊本地震
西日本新聞 4/11(火) 11:21配信

 熊本地震の被災地で最大規模のプレハブ516戸が並ぶ熊本県益城町のテクノ仮設団地。広大な敷地の一角に立つ真新しいモデルハウス3棟が目を引く。

 1千万円前後に値段を抑えた耐震構造の「くまもと型復興住宅」。昨年末の設置以来、既に4千組超が来場した。仮設住民のほか、熊本市などからも足を運ぶ。住まいの安心への需要は高い。働き盛りを中心に約20組が契約し、約90組が商談中。施工まで1~2年待たせる工務店もある。

 仮設で家族3人と暮らす看護師の女性(26)は、更地にした益城町内の自宅跡に新しい家を建てる。家族会議で会社員の父(60)と一緒にローンを返そうと話し合った。

 テクノ仮設では既に11世帯が自宅を建て直すなどして退去した。あの日から1年。前を向き始めた人、将来を描けない人が同じ仮設に軒を並べる。

「私たち年寄りは、最後までおらにゃんたい」
 「明るかね。こんな家に住めたら」。テクノ仮設で1人暮らしの高瀬真璃子さん(77)も、同県宇城市から遊びに来た長女(47)とモデルハウスを見学した。新築の木の香りが漂う2LDKにときめく。「でも、無理かな」。仮設を出た後は、町が整備する災害公営住宅に入るつもりだ。

 亡き夫、娘2人との思い出が詰まった自宅を地震で失った。昨夏、仮設へ。貯金と義援金で新築も買えなくはない。踏み切れないのは、老い先と娘たちの将来を考えてしまうから。

 緑内障が進んで左の視力を失い、心臓にはペースメーカー。建てた家は死後、それぞれ家庭がある娘たちの足手まといになりかねない。自問自答の繰り返し。夕方になると疲れる。

 仮設の解消時期を、県は2020年ごろと見込む。高瀬さんは、独り身のご近所さんと冗談めかして言い合う。「私たち年寄りは、最後までおらにゃんたい」

亡くなった男性の言葉が女性の耳に今も
 テクノ仮設で整骨院を営む増永清人さん(48)は最近、高齢者の体の変化が気になっている。「疲れが足腰にね。避難所、仮設とずっと我慢しとらすけん」

 3月28日、町役場にほど近い惣領(そうりょう)仮設団地で、独居男性(61)が亡くなっているのが見つかった。死後数日。熊本地震の被災地で初めての孤独死だった。

 「お元気ですか?」。3週間前、支援員の女性は男性宅を訪ねた。プレハブの壁は薄い。男性は隣人にテレビの音が漏れないよう、いつもヘッドホンを使っていた。玄関扉をたたいてもなかなか気付いてくれない。その日、たまたまトイレに立っていて、気配を察して玄関先に出てくれた。

 男性はふさぎ込みがちで近所付き合いも少なかった。「大丈夫。何も心配いらんよ」。珍しく聞いた男性の言葉が女性の耳に今もこびりついている。

   ◇   ◇

 被災地につち音が響く。熊本地震から14日で1年。あの日から一変した光景と変わらぬ現実、新たに向き合う課題もある。復興へ-。長い道の半ばでもがき、揺れる人たちの歩みを追う。

=西日本新聞=


いじめ防止に取り組む=福島からの避難児童生徒―松野文科相
時事通信 4/11(火) 11:12配信

 松野博一文部科学相は11日の閣議後記者会見で、東京電力福島第1原発事故などで福島県から避難した児童生徒に対するいじめの全国調査結果を受け、「分析を進めて今後の対応を考え、引き続き被災児童生徒に対するいじめの防止に取り組む」と語った。

 文科相は、避難児童生徒へのいじめ防止を訴えるメッセージも公表。全国の児童生徒に「慣れない環境で生活する友達を理解し、支えてほしい」と呼び掛け、教育委員会や教職員に対しては「心のケアなど格別の配慮をお願いする」とした。

 保護者や地域住民には「いじめの背景には大人の配慮に欠ける言動があるとも考えられる」と、被災地の状況や放射線に関する理解を求めた。


「ばあばのひとりごと」小学校の元教員、熊本地震の体験つづる
西日本新聞 4/11(火) 11:00配信

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「今の子どもたちが大きく成長したときにこの冊子を開いてほしい」と話す寺尾禎子さん

 熊本市の寺尾禎子さん(72)=ペンネーム・寺山よしこ=が、熊本地震の被災体験や復興への思いを俳句や詩で表現した作品集「2016年熊本地震 ばあばのひとりごと」を自費出版した。2004年に定年退職するまでの38年間、宇土市や宇城市などの小学校で教員を務めた寺尾さん。「後の世代の子どもたちに、助け合うことや備えの大切さを伝えたい」と話している。

 “避難所から帰る途中、『井戸があります。水をお分けします』という張り紙があった。この地区の区長さんの家だ。先に家に帰った娘たちもさっそくもらいに行っていた。地震後、いろんな人のやさしい心、助け合いの精神に触れることができて、心が和んだのだった。”

周囲から受けた思いやりへの感謝をつづる
 作品集は、熊本地震の前震の昨年4月14日から約3カ月間を記録した日記から始まる。寺尾さんは、熊本市内のマンションの自室で被災。家族と避難所の小学校に数日間身を寄せた。普段顔を合わせることがほとんどない近隣住民たちが、声を掛け合って互いに身の安全を確保したこと、宮城県から駆けつけたボランティアが自宅の片付けを手伝ってくれたこと…。経験したことのない激しい揺れの被害に戸惑う中で、周囲から受けた思いやりへの感謝をつづる。

 心の通いあいが、災害にあった中でも救いである。

 地震で傷ついた街並みの中で、再び立ち上がろうとする自然の生命力を描写する俳句もある。

 “地の揺れに 荒れし川にも 蛍涌く

 地のひびに 青花青を 重ねけり

 倒れたる 家を囲める 麦の秋”

子どもが読みやすいよう、創作童話も
 現代詩「小さな復興」には、コチョウランの植木鉢が出窓から1メートル下の床に落下したにもかかわらず、1カ月後に見事な黄色い花を咲かせたことの喜びを描いた。「地震にめげない植物から、前を向くエネルギーをもらいました」

 子どもが読みやすいよう、創作童話「ちいちゃんと小犬のミニー」も収めた。地震をきっかけに少女と祖母、愛犬の絆が深まるストーリーで、自作のイラストも添えた。作品集は38ページ、A5判。要望があれば無料で配布する。寺尾さん=096(364)0680。

    ◇    ◇

 寺尾さんが所属する「くまもと文学・歴史館友の会」は16日(日)午後1時半~4時半、熊本市中央区の同館展示室3で熊本地震をテーマとする俳句や短歌の朗読会を開く。参加無料。


南相馬で高校開校=復興へ人材育成―柳さん、長渕さんも祝う・福島
時事通信 4/11(火) 10:30配信

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が昨年7月に解除された福島県南相馬市小高区で、二つの高校を統合した県立小高産業技術高校が11日、開校した。

 避難指示が解除された区域での高校再開は初で、被災地の産業復興を担う人材の育成を目指す。

 同校は高度な知識・技能を身に付けた専門的な人材を育成する文部科学省の「スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール」に指定されている。

 小高区にあった県立小高工業高校と小高商業高校は、原発事故で市内の仮設校舎に避難。昨年7月の避難解除を受け、両校を統合し、小高工業の校舎を改修して再出発することになった。

 入学式では、代表に選ばれた武内幸輝さんが「地域の復興に貢献できるように、たくさんの知識や技術を学んでいきたい」と決意を述べた。

 その後、講義などを通じて交流があり校歌を作詞した作家の柳美里さんと、作曲したシンガー・ソングライターの長渕剛さんが登場。長渕さんが校歌を熱唱した。

 小高産業技術高校の生徒数は、この日入学の1年生165人を含め503人。事故前は両校で計805人だった。


福島避難者へのいじめ199件、原発・震災関連は13件 「お前らのせいで原発が爆発」「放射能がうつる」などの悪口も
産経新聞 4/11(火) 10:08配信

 文部科学省は11日、東京電力福島第1原発事故で福島県から県内外に避難した児童生徒に対し、今年3月までに199件のいじめがあったとする初めての調査結果を公表した。うち東日本大震災や原発事故がきっかけだったり、関連したりするいじめは13件あり、「お前らのせいで原発が爆発した」「放射能がうつるから近づくな」といった悪口もあったという。

 松野博一文科相はこの日の記者会見で「(関連するいじめが)表面化していない可能性も含め、自治体などと今後の対応を検討したい」と述べ、さらに精査する意向を示した。

 調査は昨年12月、避難している小中高校生ら約1万2千人を対象に実施した。ほかに被害児童生徒を特定できなかったいじめが3件、調査時点で中学、高校を卒業している人へのいじめが5件あり、これらを加えると200件を超える。

 199件のうち、平成28年度にあったいじめは129件で、このうち原発事故に関連するなどしたのは4件。いずれも原発事故や震災に関わる悪口やからかいで、被害に遭った児童生徒は現在、平常通り学校生活を送っているという。

 調査では、在籍する学校に進む前の状況も聞き取る形で27年度以前のいじめも確認。70件のいじめがあり、うち原発事故に関連するなどしたのは9件だった。この中には小学校在学時、金品をたかられたほか、遊ぶふりをしてたたかれたり、蹴られるなどのいじめを受けて不登校となったケースもあった。公立中学に通う生徒は避難当初の小学校低学年のころ、「お前らのせいで原発が爆発したんだ」と言われたという。

 昨年11月、横浜市の中学生に対するいじめが発覚した後、避難した児童生徒へのいじめが各地で問題となり、文科省は昨年12月、避難した児童生徒を受け入れている学校に、面談などを通じていじめの有無を確認するよう通知していた。

 東日本大震災の影響で、福島県から震災前の居住地とは別の学校で受け入れた児童生徒数は昨年5月1日現在1万1828人。


姿見せた「復興の架け橋」=宮城県気仙沼市〔地域〕
時事通信 4/11(火) 9:47配信

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東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市で、離島・大島と本土をつなぐ「気仙沼大島大橋」が姿を見せた。本土沿岸部や、津波で被災した大島にとっては「復興の架け橋」で、2019年春に開通する予定=3月29日撮影

 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市で、離島・大島と本土をつなぐ「気仙沼大島大橋」が姿を見せた。長さ228メートル、重さ2700トンを誇るアーチ橋の中央部が大型クレーン船でつり上げられ、海をまたぐように一気に架けられた。

 架橋工事は県事業の一環。本土沿岸部と同じく、津波で被災した大島にとっては「復興の架け橋」で、2019年春に開通する予定だ。宙づりのまま半日ほどかけて位置を微調整する壮大な光景に、多くの住民らが見入っていた。


16年度いじめ129件=原発事故の福島から避難―文科省が初調査
時事通信 4/11(火) 9:23配信

 文部科学省は11日、東京電力福島第1原発事故などで福島県内から避難し、転校した小中高校・特別支援学校などの児童生徒らへのいじめが2016年度に129件(公立121件、私立8件)あったとの調査結果を発表した。

 うち公立小中の計4件が東日本大震災と原発事故に起因・関連するいじめで、からかいや悪口などだった。

 文科省は昨年12月、各学校で避難児童生徒らがいじめられていないか確認し、被害者支援などの対応を取るよう全国の教育委員会などに通知。今年3月、全国の国公私立学校に対する実態調査を実施した。避難児童生徒へのいじめについて同省が全国調査をしたのは初めて。

 対象は各学校などが昨年12月以降に把握したいじめで、15年度以前のいじめも計70件(公立65件、私立5件)あったと判明した。うち震災や原発事故関連は9件(公立8件、私立1件)。

 震災・原発関連計13件の具体的な内容は、「福島へ帰れ」と言われた▽「放射能が付くから近づくな」と言われた▽たたかれたり遊興費を要求されたりして不登校になった―など。いずれも学校が対応するなどした後、通常通り登校したり、不登校の生徒向けの施設に通ったりしているという。


災害対応にICT導入を=熊本地震で基本計画修正―中央防災会議
時事通信 4/11(火) 8:32配信

 政府の中央防災会議(会長・安倍晋三首相)は11日、昨年4月の熊本地震や8月の台風10号による豪雨災害を踏まえ、国や地方自治体の防災対策の基礎となる防災基本計画を修正した。

 熊本地震の教訓から災害時に救援物資を輸送する際、避難者の数や被災地のニーズを把握するため、情報通信技術(ICT)の導入を検討することなどを盛り込んだ。

 安倍首相は会議の冒頭、「多くの犠牲の上に得られた教訓を、災害対策に十分に生かすことが私たちの役割だ」と述べた。


<熊本地震>日奈久断層に大地震の痕跡 4~5回発生か
毎日新聞 4/11(火) 8:00配信

 熊本地震を引き起こした日奈久(ひなぐ)断層帯北部の高野-白旗区間の地層調査で、過去約1万5000年の間に4~5回、大地震があったことを示す痕跡を産業技術総合研究所(茨城県つくば市)が見つけた。これまで1回の痕跡しか見つかっておらず、発生間隔が不明だった。南部の日奈久区間でも4~6回の大規模地震の痕跡が見つかり、両区間の地震が連動したと考えられるケースもあったという。

 同研究所の宮下由香里・活断層評価研究グループ長は「高野-白旗区間では、昨年の地震でもおそらく地層に記録は残らないだろう。今回の調査では確認できなかった地震がたくさん漏れているかもしれない」と話し、この地域ではこれまで考えられていたより高頻度で大規模地震が発生していた可能性があるとみている。

 熊本地震を受け、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が実施した重点観測の一環で明らかになった。同研究所は、日奈久断層帯で、規模の大きな地震が過去にどのような頻度で発生していたかなどを、調査用の溝(トレンチ)を高野-白旗区間(熊本県甲佐町)、日奈久区間(同県宇城市)で1カ所ずつ掘って調べた。

 高野-白旗区間ではこれまで、1200~1600年前に1回、大きな地震があったことが分かっていたが、今回の調査で過去1万5000年の間に4~5回の大地震の痕跡が見つかり、3000~4000年に1回の頻度で大地震が起きたことが分かった。一方、日奈久区間では、従来は2万年前以降に3回と考えられていたが、4~6回の痕跡が見つかった。両区間の地震があった年代が重なると考えられるケースもあったという。【飯田和樹】


福島避難のいじめ129件…4件は震災原発関連
読売新聞 4/11(火) 6:05配信

 東京電力福島第一原発事故などの影響で、福島県から県内外に避難した児童生徒へのいじめは2016年度、129件(公立121件、私立8件)に上り、このうち4件(いずれも公立)は東日本大震災や原発事故関連だったことが文部科学省の初の全国調査でわかった。

 同省は11日にも結果を公表し、児童生徒をいじめから守る措置を取るよう各教育委員会などに求める。

 調査は今年3月、都道府県教委などを通じ、国公私立の小中高校などを対象に実施した。調査の過程で、15年度以前のいじめ計70件(公立65件、私立5件)も判明。うち9件(公立8件、私立1件)は震災・原発関連だった。15年度以前の数字は時間が経過しており、判明したのは全体の一部とみられる。


長沢復興副大臣が三瓶と「よしもと福島シュフラン」視察
スポーツ報知 4/11(火) 6:03配信

 長沢広明復興副大臣(58)が10日、東京・上野の松坂屋で開催中の「よしもと福島シュフラン2017」の会場を訪れ、福島県出身のタレント・三瓶(40)と商品を試食しながら、ブースを視察した。

 長沢副大臣は、まず1階にある販売エリアに向かった。よしもと物産プロジェクトの関係者に「よしもと福島シュフラン」の説明を受けると、「こういうふうに百貨店さんで福島の商品が売れることをアピールしてもらうのは大切なことですね」。6日に行われた試食選考会を見たと話し「横澤夏子さんがこれ、おいしいと言ってましたよね」と、会見で横澤夏子(26)が推していた「バター最中」と、店員から薦められた「卵卵プリン」を購入した。

 続いて、6階で行なわれている東北物産展へ。長沢副大臣は到着を待っていた三瓶に近づくと、おなじみの自己紹介「三瓶で~す」をポーズ付きで披露。「身内に三瓶さんのファンがいるんですよ」とうれしそうに握手した。長沢副大臣から「料理が得意なんですよね?」と声をかけられた三瓶は、「福島のスイーツをつくったらどうですか? “三瓶で~スイーツ”」という提案に、「あぁ、いいですね!」と笑顔で返した。

 2人は「よしもと福島シュフラン」の選考会が行なわれているブースで商品を試食。「発芽&雑穀キューブ米」を試食した長沢副大臣は、「お米がおいしいから、これだけでもいけますね」と絶賛。「阿武隈紅葉漬(紅鮭)」は「これおいしい! お酒のつまみに最高ですね」と満足げだった。

 視察後、長沢副大臣は「よしもとさんは福島と連係して、いろいろな企画を考えていただいていることを大変ありがたく思っています」と感謝。「我々も風評の払拭、福島の方々が自信を持って地元の商品を薦められる環境を作っていきますので、今後もよろしくお願いします」と述べた。


<熊本地震>益城に揚がる、復興願う大型の旗
毎日新聞 4/10(月) 22:22配信

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復興を願う旗(奥)の除幕式で明るい未来を願い、風船をとばす荒木桃園さん(右から3人目)と子供たち=熊本県益城町で2017年4月10日午後2時半、和田大典撮影

 昨年4月の熊本地震で大きな被害を受けた熊本県益城(ましき)町で10日、大規模半壊した民家の跡地に、復興を願う色鮮やかな大型の旗が掲げられた。除幕式では地元の子供たちが空に向けて風船を一斉に飛ばし、笑顔がはじけた。

 企画したのは熊本市の1級印章彫刻技能士、荒木桃園(とうえん)(本名・由美)さん(36)。大型の旗(縦約2.7メートル、横約6メートル)には「雲外蒼天(うんがいそうてん)」の文字や地震直後に地元で咲いたポピーの花畑、鶴が益城町の文字をくわえて空に飛び立つ様子も篆刻(てんこく)で添えた。

 旗を掲げた場所は荒木さんの実家跡地で「雲外蒼天の言葉通り、絶望せずに困難を乗り越えてほしい」と荒木さんは願いを込める。

 町立広安小の児童ら約10人が放った風船を見上げた益城町惣領(そうりょう)の主婦、田尻なつみさん(51)は「子供たちが通学の時によく通る場所なので、旗を見て前向きな気持ちになると思う」と笑顔で話した。【山口桂子】


熊本地震「引き続き活発」=大きな地震に注意―気象庁
時事通信 4/10(月) 18:06配信

 最大震度7の地震が2回相次いだ熊本地震から1年がたつのを前に、気象庁の尾崎友亮地震情報企画官は10日の月例記者会見で、「熊本県の熊本、阿蘇地方の地震活動は全体として減衰しているが、引き続き活発だ」と述べた。

 「過去には大きい地震が数年後に発生したことがあり、注意が必要」という。

 昨年4月14日に最初の最大震度7の地震が起きてから、熊本・大分両県では体に感じる震度1以上の地震が今月9日までに4291回発生。最大震度5弱の地震は熊本地方で昨年8月末、震度4の地震は今年1月11日に起きたのが最後だが、震度3の地震は今月9日にも起きた。 


熊本地震1年 小中学校で始業式
ホウドウキョク 4/10(月) 18:06配信

熊本地震から4月14日で1年となるのを前に、熊本県の小中学校で、新年度の始業式を迎えた。
2016年4月の熊本地震で、避難所などとして利用されていた益城町の益城中央小学校でも、10日から新学期がスタート。
始業式では、386人の児童が元気に顔をそろえ、新しいクラスの担任の先生が発表されると、歓声を上げ、希望にあふれた表情を見せていた。
また、東日本大震災の教訓を伝えるため、宮城・石巻市の小学校から派遣された、柏 晃司先生が紹介され、「同じ地震の被災地として、一緒に、どうやったら安心して生活していけるか勉強してきたい」とあいさつした。

テレビ熊本/FNN


満開の桜、熊本城で特別公開
ホウドウキョク 4/10(月) 11:02配信

満開の桜を見ようと、多くの花見客でにぎわった。
桜の名所として知られる熊本城の行幸坂は、地震の復旧工事のため、立ち入りを禁止されているが、花見の時期に合わせて期間限定で特別に開放された。
桜の開花が遅れたため、期間を延長して9日が最終日となった。
10日以降は、再び見ることができなくなるため、訪れた多くの花見客が、熊本城と桜の美しい風景を写真に収めていた。

テレビ熊本/FNN


<熊本城>桜満開、被災者も「ようやく春が来た」
毎日新聞 4/10(月) 10:16配信

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開放された熊本城の行幸坂で満開になった桜を楽しむ観光客ら。奥は鉄骨で支えられた飯田丸五階櫓=熊本市中央区で2017年4月9日午後3時57分、森園道子撮影

 熊本地震の影響で立ち入りが禁止されている熊本城(熊本市中央区)で9日、桜の名所として知られる行幸(みゆき)坂が部分開放され、家族連れや観光客らが満開の桜を楽しんだ。熊本地方気象台によると、熊本市の桜は8日満開になった。昨年より6日、平年より7日遅い。

 行幸坂からは石垣の崩落部分を鉄骨で支えた飯田丸五階櫓(やぐら)が正面に見え、写真撮影する人が絶えなかった。熊本城の桜を毎年見るという同区の藤村瑠美子(るみこ)さん(66)は地震で自宅が一部損壊する被害を受けた。「ようやく春が来た。地震前と変わらず、今年も桜が咲いたことがうれしい」と話した。

 行幸坂の開放は当初、3月25、26日と4月1、2日の4日間だったが、開花が遅れて9日も追加した。熊本市熊本城総合事務所は「桜を見たいという市民の声に応えられて良かった」と話した。【出口絢】


福島で震度3
時事通信 4/9(日) 8:20配信

 9日午前7時20分ごろ、福島県沖を震源とする地震があり、同県いわき市などで震度3の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源の深さは約50キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.9と推定される。主な各地の震度は次の通り。

 震度3=福島県いわき市、楢葉町、富岡町、双葉町
 震度2=宮城県石巻市、茨城県日立市、栃木県大田原市。


<熊本地震>その後13万回発生 九州1年間、前年比22倍
毎日新聞 4/9(日) 7:30配信

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熊本県周辺で起きた地震の震源

 震度7を2回記録するなど大きな被害が出た昨年4月の熊本地震の発生から今年3月末までの約1年間に、同地震の活動域を中心に九州で、揺れを感じないものも含めた地震が約13万回発生していたことが、気象庁気象研究所(茨城県つくば市)の調べで分かった。大部分は余震で、熊本地震発生前の1年間(2015年4月~16年3月)に九州で起きた約6000回の約22倍。15年に全国で起きた約12万回も上回った。

 熊本地震で震源となった布田川(ふたがわ)断層帯と日奈久(ひなぐ)断層帯に沿う形で発生していたほか、本震で誘発された地震があった大分県の別府-万年山(はねやま)断層帯付近にも広がっていた。特に、昨年4月14日の前震直後から5月末までの約1カ月半で約7万回を記録した。

 大きな被害が出た他の内陸型地震よりもかなり多く、遠田晋次(とおだ・しんじ)・東北大教授(地震地質学)は「九州には分かっている活断層のほか、隠れた小さな活断層もたくさんあると考えられる。それが地震の多さにつながっているのではないか」と話している。

 同研究所地震津波研究部の溜渕功史(たまりぶち・こうじ)研究官によると、同研究所が昨年4月に導入した自動処理手法で回数をまとめた。

 従来は職員が手動で解析していたが、地震が多発している状況でも震源などが決定できるようになった。【飯田和樹】


<福島原発事故>酪農家が「牛魂碑」 餓死した家族忘れない
毎日新聞 4/9(日) 7:10配信

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小高区大富地区の酪農家の仲間たちと建立した牛魂碑に線香を供え、祈りをささげた渡部隆雄さん=福島県南相馬市で2017年4月8日午前9時17分、小出洋平撮影

 「牛に生き地獄を味わわせてしまった」。東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされ、家族同然の牛たちを餓死させた福島県南相馬市小高区大富の酪農家、渡部隆雄さん(55)の気持ちは今も晴れない。避難指示は昨年7月に解除されたが、後悔の念に駆られて酪農を再開できないからだ。同じ境遇の酪農家らと牛舎近くに「牛魂碑」を建て、慰霊の祈りをささげる。

 「(建立に)6年もかかってごめんな」。渡部さんは8日午前、真新しい慰霊碑の前で静かに目を閉じた。

 2011年3月11日は牛舎で作業中だった。乳牛約60頭にけがはなかったが、原発事故で避難指示が出た。色も臭いもない放射線に実感が湧かない中、14日に両親と家を離れた。牛をつなぐ鎖を外すか迷ったが、「他の家に迷惑をかけても困る」と思い、そのままにした。一時帰宅が許された同年6月、牛舎に入ると、地面には大量のウジ虫とハエ。牛たちは、骨と皮の無残な姿で餓死していた。牛舎の柱が異様に細い。「餌がなく木までかじったのか」

 「土地を荒れ放題にしてはおけない」と、14年から牛の餌となる牧草やトウモロコシ作りを再開。知人も餌作りはできても、誰一人として牛を飼うことができない。渡部さんは「死んだ牛たちのためにも大富を発展させていきたい」と前を向いた。【南茂芽育】


<玄海原発>山本原子力担当相が視察
毎日新聞 4/8(土) 20:08配信

 山本公一・原子力防災担当相は8日、再稼働の地元同意手続きが進む九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県玄海町)を視察した。佐賀県の山口祥義(よしのり)知事が再稼働の判断をするにあたり現地視察を要請していた。

 山本氏は原発と、放射線防護の工事をした玄海町の特別養護老人施設も視察。岸本英雄・玄海町長によると「気密性も高く、この施設で屋内退避の大事さを住民に認識してもらいたい」と話した。山口知事と9日に面談予定。世耕弘成経済産業相の視察日程も調整している。【原田哲郎】


震災経験の子どもら語り合う=東北、熊本復興に向けて―神戸
時事通信 4/8(土) 20:03配信

 東日本大震災や熊本地震で被災した子どもたちが、震災を経験して感じたことなどを発表するイベントが8日、神戸市内で開催された。

 震災前は当たり前と思っていた普段の生活のありがたさを感じたことや、復興に向けた願いなどを語った。

 子どもの支援活動を行う国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」の主催で、岩手、宮城、福島、熊本各県の小学6年~高等専門学校4年の計5人が参加。

 昨年4月の熊本地震で甚大な被害が出た熊本県益城町の小学6年栗林宏汰さん(11)は地震が起きてしばらく車中泊が続き、学校が休校になるなど、「普段の生活が実はとても幸せなことなのだ」と気付いた。「まだまだ元の益城町に戻るには先が長い」と感じる。同町の高校1年興梠莉桜さん(15)は、「子どもや若い世代の意見も取り入れ、新しい町をつくっていかなければならない」と訴えた。

 福島県いわき市の高専4年猪股未来さん(18)は、当時原発に関する情報が分からずに避難したことが「一番の恐怖だった」と振り返る。いわき市に戻ってからも、屋外での活動制限がストレスになったという。猪股さんは「心の復興が全体の復興につながっていく」と話した。


浜岡差し止め取り下げへ=住民側、1~4号機仮処分―静岡
時事通信 4/8(土) 15:03配信

 中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の周辺住民らが1~4号機の運転停止を求めた仮処分申請で、住民らでつくる「浜岡原発を考える静岡ネットワーク(浜ネット)」は8日、訴えを取り下げることを決めた。

 静岡市内で会合を開き、決定した。

 住民側は2002年4月、1~4号機の運転停止を求め、静岡地裁に仮処分を申請。地裁は07年10月に申請を却下し、住民側は東京高裁に即時抗告していた。

 浜岡原発は1、2号機が廃炉になり、3~5号機も東京電力福島第1原発事故を受け停止。中部電は3、4号機の再稼働を目指し、原子力規制委員会に審査を申請している。

 浜ネットの鈴木卓馬代表(77)は「既に1~4号機は停止し、仮処分の意味がなくなった。今後は3、4号機の廃炉を目指したい」と話した。


<熊本・益城>鳥の目で古里見つめ 被災状況をドローン撮影
毎日新聞 4/8(土) 14:04配信

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ドローンで撮影した熊本県益城町の郊外。倒壊した建物やブルーシートのかかった住宅が見える=2016年6月、小嶺隆さん撮影

 ◇模型店主、地震の爪痕が残る町のありのままの姿を…

 熊本地震で震度7の激震に2度襲われた熊本県益城(ましき)町の様子を小型無人機「ドローン」で撮影し続けている男性がいる。同町の自宅兼模型店が全壊し、仮設店舗で営業を再開したばかりの小嶺隆さん(67)だ。「復興が終わるまで撮り続ける」と傷ついた古里を空から見つめている。

 町役場近くの仮設商店街で1月に営業を再開した模型店「戸島屋」。店主の小嶺さんが「これは全壊した自宅から取り出したんです」と言い、手にした愛機を見つめた。

 昨年4月14日夜、自宅にいた小嶺さんは突き上げるような揺れに襲われ、妻ひろ子さん(67)、右半身まひの障害がある次女典子さん(39)と必死に外へ飛び出した。約20年前に建て替えた木造2階建ての店舗兼自宅は全壊となり、現在は町内の仮設住宅で暮らす。

 小嶺さんは100年以上続く靴屋の3代目だったが、20歳で店を継ぐと、趣味だった無線操縦の飛行機を店に並べ始め、いつしか主力商品に。約4年前からドローンも扱うようになった。地震後、崩れた自宅の中でほとんどの商品がぐちゃぐちゃに壊れた中、ケースに入れていたドローン数機は無傷だった。被災状況の確認などをする土木業者から「ドローンを買いたい」と注文も殺到した。

 一方で、小嶺さんも仕事や家の片付けに追われながら、慣れ親しんだ町並みが大きく傷ついた姿に、心を痛めていた。「誰かが記録に残さないと、被災の様子が忘れられてしまう」。地震から約2カ月後、被災を免れたドローンを飛ばし、倒壊した家や地表にむき出しになった断層など、地震の爪痕が残る町のありのままの姿を撮り始めた。月に数回撮影して、撮りためた画像は大事に保存している。

 小嶺さんは来月、被害が大きかった町中心部での飛行に必要な国の許可を取り、撮影を本格化させる。「自分にできることで復興に関わっていきたい」。いつの日か、立ち直った古里が撮れる日を心待ちにしている。【金森崇之】


<安倍首相>「風評被害払拭を応援」 福島の牧場で激励
毎日新聞 4/8(土) 12:47配信

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安倍首相=首相官邸で2017年3月16日、小川昌宏撮影

 ◇避難指示解除区域で初めて原乳出荷再開の牧場訪問

 安倍晋三首相は8日、東日本大震災からの復興状況を視察するため、福島県を訪問した。楢葉町では東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除された区域で初めて原乳出荷を再開した牧場を訪ね「風評被害を払拭(ふっしょく)して販路を開拓できるよう応援する」と激励した。

 首相はその後、富岡町夜(よ)の森地区の「復興の集い」に出席し桜並木を散策。あいさつでは、町域の大半で避難指示が解除されたことを挙げ「本格的な復興に向けた第一歩だ。お花見が7年ぶりにできるようになった。大変うれしい」などと述べた。原発事故の自主避難者について「本人の責任」などと発言し、謝罪・撤回した今村雅弘復興相も同行した。首相は浪江町や南相馬市も訪問する。【竹内望】


安倍首相、福島の牛乳を試飲「風評被害を払拭し、販路が拡大できるよう応援したい」
産経新聞 4/8(土) 12:44配信

 安倍晋三首相は8日午前、福島県を訪問し、東日本大震災からの復興状況を確認した。1日に東京電力福島第1原発事故による避難指示が一部を除き解除された富岡町では、町民の帰還開始を祝う「復興の集い」に出席。「(全域での避難指示解除という)皆さまの願いを一刻も早くかなえられるように、力を合わせていきたい」とあいさつした。

 これに先立ち、原発事故による休業から経営を再開した楢葉町の牧場を視察。昨年12月に出荷制限が解除された生乳から作った牛乳を試飲し、「風評被害を払拭し、販路が拡大できるよう応援したい」と述べた。

 午後は浪江町で、昨年10月にオープンした同町の特産品などを販売する市場を訪れ、町民らを激励。ロボット産業の集積地を目指す南相馬市では、小型無人機「ドローン」の操縦教室に参加する。

 安倍首相の被災地訪問は33回目で、福島県は15回目。


<玄海原発>原子力担当相と長崎知事 避難計画で意見交換
毎日新聞 4/8(土) 12:15配信

 山本公一・原子力防災担当相は8日、長崎県庁で中村法道知事と会談し、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働を巡る住民の避難計画について意見交換した。中村知事は県内に離島が多いことなどを挙げ、防災対策の充実強化への協力を要請した。

 長崎県は、玄海原発の30キロ圏に4市を抱えている。中村知事は原発事故時の避難について「離島地域が非常に多く、陸路による避難ができないのが特徴的な課題。原発に向かって避難する経路もあり、(地元から)港湾や道路機能の整備の要望も寄せられている」として支援強化を要請した。山本担当相は「住民の不安に応えるべく、作業を丁寧に進めたい」と述べた。

 山本担当相は同日午後、佐賀県で玄海原発や事故時の対策拠点となるオフサイトセンターなどを視察する。9日には福岡、佐賀両県の知事とそれぞれ面談する予定。【加藤小夜】

2017年4月 5日 (水)

栃木のスキー場で雪崩 高校生ら8人死亡、40人負傷・7

27日午前9時20分ごろ、栃木県那須町の那須温泉ファミリースキー場で雪崩が発生し、県高校体育連盟の春山安全登山講習会を受けていた県内の高校生が巻き込まれ、8人が死亡、重傷含む40人の負傷者が出ている。

同スキー場は去る3月20日に今シーズンの営業を終了していた。また宇都宮地方気象台は26日午前10時から雪崩注意報を発令していた。

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リンク:<栃木・那須の雪崩>大田原高、恒例「85キロ強歩」中止に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:7年前にも同じ講習会で雪崩 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:栃木スキー場雪崩 7年前の講習会でも雪崩…高校生ら数人巻き込まれ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:山岳部出身記者の「雪崩事故」…疑問に答えぬ栃木県教委、大人の失態で子どもの夢壊さないで - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須雪崩>7年前も登山講習で発生 事故現場付近で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:生徒巻き込む雪崩、7年前も=同じ講習会で―栃木8人死亡事故 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:那須・雪崩事故 遺留品の捜索 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:那須の雪崩現場、遺留品捜索…小物類見つかる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須雪崩>無線連絡に応答なく通報遅れ 検証委が初会合 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩事故の遺族、知事に検証要望書 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩事故の検証委初会合=遺族「偽りない証言を」―栃木 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須雪崩>遺族、検証委に要望書提出 午後初会合 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須雪崩>遺族が検証委に要望書提出へ「真相究明を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩犠牲の大田原高で始業式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:8人死亡の大田原高で始業式=犠牲者に黙とう―栃木雪崩事故 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<栃木雪崩>山岳部犠牲の大田原高で始業式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:栃木スキー場雪崩 「悲しいだけじゃだめ。友達の分まで強く生きたい」教員・生徒8人死亡の大田原高で始業式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩で8人死亡の高校で入学式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩8人犠牲の高校で入学式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:栃木スキー場雪崩 那須塩原市長「未来ある8人亡くなり残念」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須の雪崩>最高時速50~60キロ 18秒間で停止か - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雪崩に限らない「安全だろう登山」遭難の危険性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<那須雪崩>野口健さんに聞く教訓「春山の方が危険大」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:6月中にも検証結果=8人死亡の雪崩―栃木県教委 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<栃木・那須の雪崩>大田原高、恒例「85キロ強歩」中止に
毎日新聞 4/25(火) 9:11配信

 栃木県那須町であった雪崩事故で山岳部の生徒や教諭の計8人が亡くなった県立大田原高(大田原市)は24日、一昼夜をかけて歩き、心身を鍛える恒例の「85キロ強歩」を、今年度は中止すると発表した。

 同校によると、県教委が設置した雪崩事故の検証委員会による最終報告をふまえ、学校行事の安全管理を再点検する方針で、「再点検することなく、強歩を実施することは早計という結論に達した」としている。

 強歩は、教育方針の「質素堅実」を具現化した伝統行事として昨年まで31回開催している。【柴田光二】


7年前にも同じ講習会で雪崩
ホウドウキョク 4/21(金) 23:41配信

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(写真:ホウドウキョク)

栃木・那須町で、登山講習中の高校生ら8人が雪崩で死亡した事故で、7年前にも同じ講習会で生徒が雪崩に巻き込まれていたことがわかった。
那須町のスキー場付近で、3月27日に発生した雪崩では、登山講習会に参加していた高校生ら8人が雪崩に巻き込まれて死亡した。
その後の県教育委員会への取材で、7年前にも同じ講習会で雪崩が発生し、高校生数人が腰の辺りまで、雪に埋もれていたことがわかった。
また、この時期に引率していた教員は、今回の講習会にも参加していたという。
警察は、今回の事故では、雪崩が発生する危険が予測できたかどうかなど、業務上過失致死などの疑いで調べを進めている。


栃木スキー場雪崩 7年前の講習会でも雪崩…高校生ら数人巻き込まれ
産経新聞 4/21(金) 17:48配信

 栃木県那須町で登山講習中に雪崩に巻き込まれ、県立大田原高校の生徒7人と教員1人が死亡した事故で、平成22年3月に同じ場所で実施された講習会でも雪崩が起き、参加者が巻き込まれていたことが21日、県教育委員会への取材で分かった。

 22年と今回の講習会の両方に参加した教員が複数いることも判明。県警は、雪崩の発生場所は異なるものの、今回の雪崩が予見できた可能性があるかどうか、関連を調べている。

 県教委によると、講習会は県高等学校体育連盟の主催で昭和38年以降、那須町湯本の那須ファミリースキー場付近で毎年実施されている。22年の講習会では、同年3月27日に「郭公沢(かっこうざわ)」と呼ばれる沢付近で雪崩が起き、数人の参加者が流され、腰の辺りまで雪に埋もれた。負傷者はなく、県教委には報告されていなかった。今月11日に実施した参加教員への聞き取り調査で発覚した。

 今回の事故では、雪崩注意報が出ている中で、雪をかき分けて進むラッセル訓練をしていたときに高校生らが雪崩に巻き込まれた。県警は業務上過失致死傷容疑で調べており、雪崩の発生を関係者が予想できたか「予見可能性」が焦点となっている。


山岳部出身記者の「雪崩事故」…疑問に答えぬ栃木県教委、大人の失態で子どもの夢壊さないで
スポーツ報知 4/21(金) 16:02配信

 高校山岳部で顧問の先生に雪山の素晴らしさを教えてもらい、大学でヒマラヤ登山を経験した者として、高校生ら8人が亡くなった栃木・那須での雪崩事故は残念でならない。世界の山々に出掛けて、その素晴らしさを味わって欲しかった。

 講習の責任者だった栃木県県高等学校体育連盟登山専門部委員長の記者会見を聞き、自分なりに事故現場の俯瞰図や地形図を検討したが、腑に落ちない点は多々ある。1つ目はなぜラッセル訓練の場所としてあの急斜面を選んだのか、ということだ。

 積雪登山で歩行訓練が必要なのは当然だ。だが、なぜ尾根筋へと続く急斜面を選ぶ必要があったのだろうか。樹林帯を選択したのは雪崩の危険を回避する意図があったのだろうが、雪崩の走路となることは明らかだったはずだ。それ以前にあの急斜面は高校生の登山訓練に適しているとはとても思えない。管理されたスキー場付近も30センチ程度の積雪があったそうなので、その近辺で十分だったのではないか。

 2つ目は樹林帯を登りきって、尾根筋まで出てしまったのはなぜなのか、という点だ。茶臼岳山頂へと続く尾根筋まで出たということは、茶臼岳登山の中止を判断した意味がほとんどなくなる。事故当時は吹雪いており、視界が悪かったとの情報もあり、樹林帯を抜けきったことに引率者が気づいていなかった可能性もある。だが、位置確認すらできない状態だったのならば、それこそ即座に引き返すべきだったのではないか。

 ラッセル訓練の1班を先導していたのは「登山経験が豊富」とされる教諭の一人だった。例えば「30年以上趣味で登っています」という中年は「経験豊富」と言えなくはないだろうが、その人物が正しい状況判断ができるかどうかは全く別問題だ。事故当時の状況についてはこの人が一番良く分かっているのではないだろうか。栃木県教委にこの教諭への取材を申し込んだところ「個人情報になるので」との頓珍漢な理由で拒絶をされてしまった。

 4月16日には事故の検証委員会の初会合が行われた。若い命を奪った事故の真相究明のカギを握るのは、事故当時現場にいた教諭から真実を聞き出すことではないか。山を愛する者として懸念しているのは、防げたはずの事故が起きたことを理由に、無闇と積雪期登山を禁止とする潮が広がってしまうことだ。10代のうちに山と触れ合うことの教育的効果があるからこそ、高校山岳部が存在して来たのではないか。大人が巻き起こした失態を理由に、子どもたちの夢を壊さないでいただきたい。(記者コラム・甲斐 毅彦)


<那須雪崩>7年前も登山講習で発生 事故現場付近で
毎日新聞 4/21(金) 11:31配信

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雪崩事故の現場周辺で遺留品を調べる那須塩原署員ら=那須町湯本で2017年4月20日、本社ヘリから

 栃木県那須町湯本の雪山で先月27日、登山講習会に参加していた高校生と教諭計8人が死亡した雪崩事故で、7年前にも同時期に実施した講習会で高校生が雪崩に巻き込まれていたことが21日、県教委への取材で分かった。

 当時、講習会に参加していた教諭の中には、今回の登山講習会で訓練の実施を判断した教諭もいたという。県警は引率教諭が雪崩の発生をどの程度予測し、危険性を予見できたかについて慎重に捜査している。

 県教委によると、7年前の2010年3月に実施した講習会では、今回の事故現場に近接する「郭公沢(かっこうざわ)」と呼ばれる場所の付近で雪崩が発生。けが人はなかったが、複数の生徒が腰まで雪に埋まったという。講習会を主催した県高校体育連盟などによると、講習会は1963年から毎年実施しており、山岳部の生徒らが4、5月に登山をするために必要な講習として参加を呼びかけていた。県教委はこれまで「過去約10年間で事故はなく、講習会を中止したケースもない」と説明していたが、改めて調査した結果、雪崩の事実を確認したという。

 今回は「春山安全登山講習会」と題して先月25~27日の日程で実施。27日朝は悪天候だったため、当初予定した茶臼岳(標高1915メートル)までを往復する登山を中止し、登山経験が豊富だった3人の教諭が「経験則」を基に、雪をかきわけて進むラッセル訓練に急きょ変更して実施し、雪崩に巻き込まれた。

 県立大田原高など県内7校の山岳部の生徒らが被害に遭い、大田原高の生徒7人と教諭の計8人が死亡し、他校も含め40人が重軽傷を負った。【野口麗子】


生徒巻き込む雪崩、7年前も=同じ講習会で―栃木8人死亡事故
時事通信 4/21(金) 11:27配信

 栃木県那須町で登山講習会に参加した高校生ら8人が死亡した雪崩事故で、7年前にも同じ講習会中に雪崩が発生し、複数の生徒らが巻き込まれていたことが21日、県教育委員会などへの取材で分かった。

 けが人はいなかったという。当時の参加者には今回の引率教諭も含まれており、県警は雪崩発生を予見できた可能性もあるとみて調べている。

 県教委によると2010年3月、今回の発生場所に近い「郭公沢」と呼ばれる場所で雪崩が発生し、実技講習をしていた生徒らが流された。生徒数人が腰の付近まで雪に埋もれたが、けが人はおらず、講習はその後も続けられた。

 この雪崩の発生は、講習会を主催する県高校体育連盟登山専門部が発行する会報などに記載がなく、今回の事故を受けた引率教諭への聞き取りで判明した。教諭は「けががなかったので、特に報告しなかった」と説明しているという。講習会は近年、ほぼ同時期に那須温泉ファミリースキー場周辺で行われていた。


那須・雪崩事故 遺留品の捜索
ホウドウキョク 4/20(木) 14:13配信

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(写真:ホウドウキョク)

栃木・那須町のスキー場付近で、登山講習中の高校生などが雪崩に巻き込まれて、8人が死亡した事故で、警察などは、朝から現場周辺の斜面に入って、遺留品の捜索を行った。
遺留品の捜索は、20日午前8時すぎから、警察と山岳救助隊などあわせて13人で行われた。
雪崩が起きた事故当時は雪で覆われていた山も、今では山肌が見え始めている。
20日の捜索は、完全に雪が溶けてしまうと、遺留品がクマザサややぶなどの中に紛れて、探しにくくなるため実施したもの。
警察は、この捜索で生徒などの遺留品が見つかれば、証拠品として調べたうえで、持ち主や遺族に返すことにしている。


那須の雪崩現場、遺留品捜索…小物類見つかる
読売新聞 4/20(木) 13:27配信

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雪崩事故の現場周辺で遺留品を捜す捜査員ら(20日午前9時50分、栃木県那須町で、読売ヘリから)=武藤要撮影

 栃木県立大田原高校の生徒と教諭計8人が死亡した同県那須町の雪崩事故で、県警は20日、現場の茶臼岳(1915メートル)中腹の尾根付近で遺留品の捜索を行った。

 現場周辺はここ数日暖かい日が続いて積雪が減り、今後草木が生い茂ると遺留品が見つけにくくなることから、この時期の捜索を決めた。

 県警などによると、捜索は午前8時20分に始まり、警察官11人、那須山岳救助隊員2人の計13人が参加。手袋のような小物類が見つかった。

 雪崩は3月27日、県高校体育連盟登山部主催の春山安全登山講習会で、雪をかき分けて進むラッセルの訓練中に起き、高校生と引率教諭48人が雪崩に巻き込まれ、大田原高校の生徒7人、教諭1人が死亡した。県警は訓練の実施に問題がなかったか、業務上過失致死傷容疑で調べている。


<那須雪崩>無線連絡に応答なく通報遅れ 検証委が初会合 
毎日新聞 4/16(日) 22:09配信

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雪崩が発生した現場周辺でで活動する救助隊=那須町湯本で2017年3月27日、本社ヘリから長谷川直亮撮影

 登山講習会中だった高校生と教諭計8人が先月27日に栃木県那須町の雪崩で死亡した事故で、原因究明や再発防止策を提言する第三者による検証委員会が16日、宇都宮市内で初会合を開いた。県教委が講習会に参加した教諭に聞き取りをした結果、雪崩に巻き込まれた教諭らが、現地本部にいた責任者の教諭に何度も無線で連絡したが応答がなく、通報が遅れた経緯も報告された。

 検証委は、弁護士や雪崩研究の専門家ら委員10人と地元の山岳関係者ら協力委員4人で構成。現地調査を経て6月までに中間報告をまとめ、再発防止への提言を含む報告書を9月末までに公表する方針を決めた。

 会合に先立ち、遺族側が検証委に事故の原因究明や責任の所在を明らかにするよう求める要望書を、福田富一知事らに提出した。遺族の一人は「息子を含め8人の命が無駄にならないようにしてほしい」などと真相究明を求めた。【野口麗子、萩原桂菜】


雪崩事故の遺族、知事に検証要望書
ホウドウキョク 4/16(日) 20:34配信

栃木・那須町で、雪崩に巻き込まれ死亡した高校生ら8人の遺族が16日、栃木県知事に事故検証の要望書を提出し、午後から検証委員会が開かれた。
亡くなった鏑木悠輔さんの父・浩之さんは「徹底して、関わった指導者の方にも、うそ偽りなく証言していただき、私どもも納得いくように説明していただければ」と話した。
3月の雪崩事故で亡くなった高校生らの遺族は16日、福田県知事に事故の経緯や責任の所在を検証するよう求めた要望書を手渡した。
午後からは、検証委員会が始まり、事故の経緯や連絡態勢などの問題点の議論が行われた。
今後も議論が重ねられる予定。


雪崩事故の検証委初会合=遺族「偽りない証言を」―栃木
時事通信 4/16(日) 18:44配信

 栃木県那須町で登山講習会に参加した高校生ら8人が死亡した雪崩事故で、県教育委員会は16日、検証委員会の初会合を宇都宮市内で開いた。

 今後、現地調査などを経て6月中をめどに中間報告を公表し、9月末までに再発防止策の提言をまとめる方針。

 検証委は、県内外の学識経験者や登山関係者ら14人で構成。委員長に選出された東京女子体育大の戸田芳雄教授は会合後、記者団に「このような事故を二度と繰り返さないためにどうすればよいか調査していきたい」と述べた。

 初会合に先立ち、遺族らは同日、事故の真相究明を求める要望書を福田富一知事に提出した。犠牲になった県立大田原高校2年の鏑木悠輔さん(17)の父浩之さん(51)は「関わった指導者の方にもうそ偽りなく証言していただき、納得のいくように説明してほしい」と涙ながらに訴えた。


<那須雪崩>遺族、検証委に要望書提出 午後初会合
毎日新聞 4/16(日) 11:13配信

 栃木県那須町の雪山で登山講習中だった県立大田原高の生徒と教諭計8人が死亡した雪崩事故で、遺族側が16日、事故の原因や問題点を検証し、再発防止策を提言する第三者委員会「那須雪崩事故検証委員会」に対し、事故の経緯や責任の所在を明らかにするよう求める要望書を提出した。この日午前、遺族が宇都宮市内で福田富一知事らに要望書を手渡した。「真相を究明するため、切実な対応をお願いします」などとつづっている。同日午後には検証委の初会合が開かれる予定。

 要望書では、悪天候のために登山を中止しながら、雪をかき分けて進む「ラッセル訓練」に切り替えた当時の引率教諭らの判断や危険性の認識などについて、疑問点を列挙している。

 前日の気象情報や訓練現場の把握、事前に表層雪崩を予測するための「弱層テスト」の実施の有無、訓練継続を決めた経緯や理由の説明など、訓練前と訓練時の大きく二つに分けてまとめた。


<那須雪崩>遺族が検証委に要望書提出へ「真相究明を」
毎日新聞 4/16(日) 10:12配信

 栃木県那須町の雪山で登山講習中だった県立大田原高の生徒と教諭計8人が死亡した雪崩事故で、事故の原因や問題点を検証し、再発防止策を提言する第三者委員会「那須雪崩事故検証委員会」に対し、遺族側が事故の経緯や責任の所在を明確にするよう求める要望書を提出することが15日、分かった。16日に宇都宮市内で行われる検証委の初会合前に福田富一知事らに手渡す予定で、「真相を究明するため、切実な対応をお願いします」などと訴えている。

 要望書では、悪天候のために登山を中止しながら、雪をかき分けて進む「ラッセル訓練」に切り替えた当時の引率教諭らの判断や危険性の認識などについて、疑問点を列挙している。

 前日の気象情報や訓練現場の把握、事前に表層雪崩を予測するための「弱層テスト」の実施の有無、訓練継続を決めた経緯や理由の説明など、訓練前と訓練時の大きく二つに分けてまとめた。

 雪崩事故で高校1年の息子を亡くした遺族によると、多くの遺族が今回の要望書の提出に賛同しているという。検証委の傍聴を希望している遺族もおり、16日に今後の対応などについて話し合う方針。【萩原桂菜、野田樹】


雪崩犠牲の大田原高で始業式
ホウドウキョク 4/10(月) 15:33配信

栃木・那須町で3月27日に発生した雪崩に巻き込まれ、生徒ら8人が亡くなった大田原高校で10日、始業式が行われた。
雪崩事故から2週間がたった10日、生徒と教員のあわせて8人が亡くなった大田原高校では、始業式が行われ、生徒らが登校する姿が見られた。
大田原高校の生徒は、「亡くなった人の分まで頑張って生活していきたい。(雪崩事故は)ショックを受けたし、このような事故が二度と起きないよう対処してほしい」と語った。
始業式では、校長から、事故の経緯などについてなんらかの説明があったとみられる。
県の教育委員会は、講習会に参加した学校へカウンセラーを派遣し、生徒らの心のケアをすると同時に、関係者への聞き取り調査を行い、4月中に行われる事故の検証委員会に向けて準備を進めている。
一方、警察は3月31日、講習会の引率責任者が山岳部の顧問を務める大田原高校の家宅捜索を行っていて、引率の教員らの安全管理に問題がなかったか調べている。


8人死亡の大田原高で始業式=犠牲者に黙とう―栃木雪崩事故
時事通信 4/10(月) 11:15配信

 栃木県那須町で起きた雪崩事故で山岳部の生徒ら8人が死亡した県立大田原高校(同県大田原市)で10日、始業式が開かれ、全校生徒と教職員計約750人が犠牲者に黙とうをささげた。

 生徒らの多くは午前7時半ごろから硬い表情で登校。校門前に立った教職員が「おはよう」と声を掛け見守った。

 バレー部に所属する2年生の男子生徒は「ショックを受け、最初は信じられなかった。亡くなった方の分まで精いっぱい生活したい」と話した。陸上部に入る予定という1年生男子生徒は「今後、こんな事故がないよう対策をしてもらいたい」と伏し目がちに訴えた。

 学校側によると、始業式では三森謙次校長が「二度と事故を起こさないよう、部活動や学校行事に万全の危機管理体制を取っていく」と生徒に話した。続く離任式では、植木洋一前校長が「事故を決して忘れず、前を向いて頑張ってほしい」と呼び掛けた。

 事故のあった講習会に参加して負傷した山岳部の生徒5人も、全員が始業式に出席した。


<栃木雪崩>山岳部犠牲の大田原高で始業式
毎日新聞 4/10(月) 10:46配信

 栃木県那須町の雪山で起きた雪崩事故で山岳部員ら8人が死亡した県立大田原高で10日、新学年の始業式があった。雪崩に巻き込まれながらも一命を取り留めた部員らも不安な面持ちで登校。「友の分まで生きていこう」と心に決めるまでの胸中を語った。

【発生現場の地図を見る】

 午前10時すぎからの始業式を前に登校した生徒の中に、雪崩の直撃を受けた先頭班にいた男子部員(新3年)がいた。肺炎で1週間入院したといい「(亡くなった)みんなのいない学校に登校するのは正直、とても不安でした」。しかし「いつも通り元気に来ることが、みんなのため。気負わず、新学期を頑張ろう」と思い直したという。

 犠牲となった奥公輝さん(16)と同じクラスだった男子生徒(新2年)は「これからの人生、失った仲間の分まで頑張りたい」と話し、校門をくぐった。

 県教委はスクールカウンセラーを派遣するなど生徒の心のケアを続ける。一方で、学識経験者や登山、消防、医療、気象関係者で構成する事故原因などの検証委員会を近く開催する。

 雪崩は先月27日、県内7高校が参加した春山登山講習会のラッセル訓練中に発生。大田原高の生徒7人と教諭の計8人が死亡し、40人が重軽傷を負った。県警は安全管理に問題がなかったか業務上過失致死傷容疑で捜査している。【野口麗子、萩原桂菜】


栃木スキー場雪崩 「悲しいだけじゃだめ。友達の分まで強く生きたい」教員・生徒8人死亡の大田原高で始業式
産経新聞 4/10(月) 10:27配信

 栃木県那須町のスキー場付近で起きた雪崩事故で、登山講習会に参加した生徒7人と教員1人が死亡した同県大田原市の県立大田原高で7日、始業式が開かれ、生徒が自転車や徒歩で登校した。

 花を手にする生徒もおり、犠牲になった佐藤宏祐さん(16)と同じクラスだったという同県さくら市に住む2年の男子生徒(16)は「早過ぎるだろうと納得できない気持ちはある。悲しいという気持ちだけじゃだめ。友達の分まで強く生きていきたい」と話した。

 同県那須塩原市の2年の男子生徒(16)は「(事故は)ショックを受けた。二度と起こらないようにしっかり学校で対処してほしい」と指摘。大田原市内から通う2年の男子生徒(16)は「二度と事故が起きないように改めるところは改めてほしい。もう少しいい対応ができたと思う」と静かに語った。

 県教委は同校をはじめ登山講習会に参加した7校の教員を対象にセミナーを開くなど生徒の心のケア対策を強化している。

 県教委によると、県精神保健福祉センター(宇都宮市)の専門家が講義。教員らは深いショックを受けた生徒たちへの接し方、支援の仕方、ショックを受けた後の状態などについて学んだ。今月5日に大田原高で同校教員約40人が参加し、6日には同センターで、同校以外の6校の教員約20人が参加した。県教委は既に7校にスクールカウンセラーを派遣。生徒らの状況把握に努め、支援態勢を整えられるよう図っている。

 事故をめぐり県警は、引率教員らの安全管理態勢に問題がなかったか、業務上過失致死傷容疑で調べている。県教委による検証委員会もまもなく始まり、講習会参加者への聞き取りを進めている。

 雪崩は3月27日午前8時半ごろ発生。生徒らは雪をかき分けて進む「ラッセル」の訓練をしていた際に巻き込まれた。


雪崩で8人死亡の高校で入学式
ホウドウキョク 4/7(金) 19:44配信

栃木・那須町で3月に起きた雪崩事故で、山岳部の生徒など8人が亡くなった県立大田原高校で、入学式が行われた。
大田原高校の生徒と教師8人は、3月27日に那須町で、登山講習会で雪をかき分けるラッセル訓練をしていた際に雪崩に巻き込まれ、死亡した。
大田原高校では7日、入学式が行われ、参加者によると、式の冒頭に黙とうがささげられたという。
新入生は、「亡くなった方たちのご冥福をお祈りした」、「先輩になる人が亡くなったので、その人の分まで、この高校で頑張りたい」などと話した。
新入生の保護者は「(校長先生から)これから信頼を回復していけるよう、みんなで頑張りましょうと」と話した。
一方、警察は、大田原高校から無線機を押収するなどして、事故の際の通信環境に問題がなかったかなどを調べている。


雪崩8人犠牲の高校で入学式
ホウドウキョク 4/7(金) 14:59配信

栃木・那須町で3月に起きた雪崩事故で、山岳部の生徒など8人が亡くなった県立大田原高校で、入学式が行われた。
大田原高校の生徒と教員8人は、3月27日に那須町で、登山講習会で雪をかき分けるラッセル訓練をしていた際に、雪崩に巻き込まれ死亡した。
大田原高校の入学式は、多くの新入生が集まり、午前10時から行われた。
新入生は「(先生から)悲しいことがあったので、切り替えてやっていくしかないと」、「スポーツなど、そういう部活に入る人への安全管理はしっかりしてほしい」と話した。
在校生は「何かがあっても、それを力に変えて進める学校になると伝えたい」と話した。
一方、警察は、大田原高校から無線機を押収するなどして、事故の際の通信環境に問題がなかったかなどを調べている。


栃木スキー場雪崩 那須塩原市長「未来ある8人亡くなり残念」
産経新聞 4/7(金) 11:39配信

 栃木県那須塩原市の君島寛市長は6日の記者会見で冒頭、県立大田原高校の生徒らが犠牲になった雪崩事故に触れ、「未来ある8人が亡くなり、大変残念だ。お亡くなりなった方々のご冥福を心より祈りたい」と述べ、「県教育委員会が検証作業を進めており、要請があれば協力を惜しまない」との考えを示した。犠牲となった生徒のうち、大金実さん(17)と浅井譲さん(17)が市内在住だった。

 君島市長は頸椎(けいつい)症性脊髄症手術で2月に入院し、3月31日、42日ぶりに公務に復帰したばかり。退院後、初の定例記者会見となり、「市民に多大なる迷惑と心配をかけ、おわびしたい。重要な市議会も欠席したが、議会の理解をいただき、感謝している。手術後は順調に回復しており、今後は健康管理に十分配慮して公務に支障がないようにしたい」と述べた。


<那須の雪崩>最高時速50~60キロ 18秒間で停止か
毎日新聞 4/6(木) 19:56配信

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西村浩一・名古屋大大学院教授のシミュレーションした画像。中心部の三角形の部分が雪崩の起きた範囲=本人提供

 栃木県那須町湯本のスキー場付近で登山講習会に参加した県立大田原高の生徒ら8人が死亡した雪崩事故について、雪崩のメカニズムに詳しい名古屋大大学院の西村浩一教授(雪氷学)が、当時の状況をシミュレーションした。気象条件や斜度などから、雪崩は最高時速50~60キロで、約18秒間で停止した可能性が高いという。

 西村教授は当時の気象データや地形から、幅40メートル、長さ5メートル、深さ50センチの雪の層が滑り落ちたと想定。大岩の「天狗の鼻」直下は急斜面だが、比較的すぐ緩斜面に移行するためそれほど加速せず、50~60キロ程度にとどまった。それでも「雪には水の3分の1程度の重さがあり、相当な衝撃が加わったはず」と予測した。

 現地調査も行った西村教授は、発生地点とみられる「天狗の鼻」直近に、雪崩の起点の可能性のある痕跡を見つけたが、保存状態から断定はできないという。仮に起点となっていたとすれば、50~60センチの雪の層が動いたと推定されるという。

 この結果に、西村教授は「18秒程度で止まっていることから考えれば、もう少し下の斜面で訓練していれば、被害は違ったかもしれない」と話した。【高橋隆輔】


雪崩に限らない「安全だろう登山」遭難の危険性
THE PAGE 4/6(木) 18:40配信

 栃木県那須町で登山講習中の高校生ら8人が死亡した雪崩事故はなぜ防げなかったのか。山岳関係者らは栃木県警の捜査を見守りながら、あらためて山岳や雪との向き合い方を検証しています。アルプスを抱える長野県で長年、遭難防止の指導に当たってきた登山家の丸山晴弘さん(長野市)は、「気象情報などで引っかかることがあったらとにかく“行かない”“やめる”に尽きる」と強調。車の「だろう運転」に似た、楽観的な判断に引きずられての遭難は雪崩事故に限らないと警鐘を鳴らしています。

【写真】多発する冬山遭難 遭難は「出発前」の自宅から始まっている?

どこでどんな降り方をしていたか
 栃木県北部には3月26日からの降雪で雪崩注意報が出ており、事故当日の27日午前中までに30センチ以上の積雪がありました。丸山さんは「南岸低気圧の影響も指摘されており、重くて大量の積雪があった。雪崩が発生するのは分かっている。そういう時は山に行かないものです」。

 栃木県高体連の登山講習会の責任者の「雪崩の危険を知って、登山からラッセル訓練に変更したが、尾根筋なので当時は絶対安全と判断した」との説明について丸山さんは首をひねります。ラッセルとは雪の中をかき分けて道を作りながら進むことで、雪山登山には必須の技術。「雪崩の事故防止で一番気を付けることは降雪直後の様子。どこの地域でどんな降り方をしたかが問題です。それによって雪の状態がどうなっているか、雪崩が起きやすい状態かどうか重要な判断をし、行事を実行するかどうか決めることになる」とし、そうした具体的で詳細な状況分析があったかどうかを問いかけます。

 さらにラッセル講習会で、山の斜面を登りながらビーコン(小型の無線機)などの遭難対策の機材がなかったことも「問題外」。「ビーコンがあれば万全というわけではないが、ビーコンの配備で以前に比べ遭難時の生存率が上がったのは確かなのだから」と言います。事故当時の指導者らの対応の是非は今後の捜査に委ねられます。

低気圧接近は発生に強く影響
 「今回の事故のように南岸低気圧の接近など気象の変化や地形などが雪崩の発生に強く影響する」と話す丸山さんは、雪崩の発生要因について「自然発生」と「誘発発生」に分けられ、自然発生では(1)横なぐりの風、(2)多量の降水、(3)気温の上昇、を挙げます。

 風の影響では、雪の斜面の横から平行に吹く風、尾根上の雪庇(せっぴ)の下の斜面の風、風上の斜面の順に危険。雨の関連では、積もり方が速い「ドカ雪」にみぞれ、大雨で発生しやすい。気温は高くなるほど危険。

 登山者やスキーヤーらによる誘発発生では、「急傾斜」が危険。斜度60度以上だと雪が舞って来るスノーシャワー型の雪崩が頻発するが、危険度は低い。問題は斜度30~60度の斜面で、「ここをスキーで横切ったりすると大きな雪崩を誘発することがある」。また、丈の高いササや草、樹高2~3メートルの低木が雪の下に伏せた状態であると積雪の移動を促す、としています。

雪崩に遭ってしまったら
 雪崩に遭った際、登山者はどうしたらいいのか。よく言われる「雪に埋まっても口元で空気を確保する空間を作ったら助かるのでは」との見方について、実際に訓練で雪崩遭難の状況をつくってみたことがある丸山さんは、肯定的ではありません。「救助隊員に雪中に全身埋まってもらって確かめたところ、隊員は雪の圧力で手足を少しも動かすことができなかった。よほど偶然の状態がないと自由に手足を動かして対応することは難しい」。

 では、雪に埋まった状態でどのくらい生存できるのか。「実際に体験してもらった状況から、おそらく雪に埋まって30分ほどで死亡するのではないかというのが当時の判断でした」と推察します。

 人体に対する雪の重圧は予想以上。丸山さん自身、雪山の登山中に上の方から雪がサラサラと落ちてくるチリ(塵)雪崩に遭い、「足が半分ほど埋まっただけで、どうあがいても身動きが取れなくなったことがある」と振り返りました。

雪崩事故以外でも重要な状況判断
 雪崩事故に限らず、状況判断が大きな事故につながるのは他の遭難でも同様。例えば2006年の10月に白馬岳でツアー客4人が死亡した遭難。コースは富山県黒部市から欅(けやき)平、不帰岳(かえらずだけ)、清水岳(しょうずだけ)、白馬岳頂上宿舎(2850メートル)、白馬岳、白馬以北縦走、日本海(親不知)の5泊6日で、ガイドなどを除く登山客は平均60代。コースの標高差は1950メートルという本格的なスケジュールでした。

 初日の午前5時に出発して、その日のうちに標高差2000メートル近い白馬岳近くの小屋を目指しましたが、朝からの小雨がみぞれになり、目的の小屋近くで凍死者を出しました。

 丸山さんによると中高年は平均的に1時間で標高差250メートルを登ります。この計画だとこの日1日の日程の標高差が1950メートルなので休憩なしで歩いて8時間のコース。休憩を入れれば10時間近く歩くコースです。そこへ雨やみぞれの悪天候が加わって遭難しました。

 途中の不帰岳には避難小屋があったので「そこに避難していれば遭難は避けられたかもしれないが、悪天候の中、白馬へ向かってしまった」と判断の誤りがあったと見ます。さらに中高年の登山客を同行してのハードな日程は、計画段階で遭難のおそれがある「典型的な“入山前遭難”と言っていい」と丸山さん。このケースでは同行したプロでもある山岳ガイドの責任が問われました。

美しい冬山の自然を親しんで
 「家を出る前の計画段階で“遭難”しているケースがある」「入山前遭難」など計画や実行段階からの危険を指摘してきた丸山さんは、さらに「心が遭難している」という表現でも警鐘を鳴らしてきました。「『心』は用意のことで、十分な自覚をすること。そして勉強をすることが大切だということです」。山岳や雪という自然と正面から科学的に冷静に向き合うことの大切さを今回の雪崩事故は教えているようです。

 ただ、雪崩遭難をきっかけに雪山訓練などの自粛や禁止の動きが出ることについては懐疑的で、「美しい冬山の自然に親しみ、訓練を重ねていくことは、適切な指導の下にこれからも進めていってほしい」と話していました。

◎丸山晴弘(まるやま・はるひろ) 1940年長野市生まれ。1961年以降北穂高岳滝谷ツルム正面壁、鹿島槍ケ岳荒沢奥壁ダイレクトルンゼなど初登はん。1971年、イラン最高峰ダマバンド峰(標高5671メートル)スキー初滑降。長野県山岳遭難防止対策協会講師。ニュージーランド山岳会会員

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■高越良一(たかごし・りょういち) 信濃毎日新聞記者、長野市民新聞編集者からライター。この間2年地元TVでニュース解説


<那須雪崩>野口健さんに聞く教訓「春山の方が危険大」
毎日新聞 4/6(木) 11:56配信

 栃木県那須町のスキー場付近で登山講習会に参加した県立大田原高の生徒7人と教諭の計8人が死亡した雪崩事故は、6日で発生から10日を迎える。世界的な登山家の野口健さん(43)に事故再発防止への思いを聞いた。【聞き手・野口麗子】

 ◇引率するリーダーの質を高めて

 今回の雪崩事故で、冬山登山の禁止を検討するという報道を見ましたが、何をもって「冬山」とするのか。私は「春山」だと思います。国際的に見ても3月下旬は春山です。

 私の感覚では春山の方が危険です。春は気温も、天気も変わりやすい。山が暖かくなり、湿度が上がると、晴れたり、雪が降ったり、みぞれになったりと不安定です。雪が重くなり、雪崩のスピードも速くなります。

 冬は寒くて厳しい気候ですが、春の方が分かりにくい怖さがあります。例えば、冬の里山は危険でしょうか。夏のエベレストは安全でしょうか。季節より、高校の山岳部員がどこまで登れるのかを判断して登山計画を設定すべきです。そして、登山計画書にない行動をしてはいけません。

 今回の事故は明らかに判断ミス。季節の問題ではありません。雪崩注意報が出たから全て危険というわけではなく、地形や天候を見て登ることも私はあります。今回雪崩が発生した場所の付近は、緩やかな斜面で雪がたまり、落ちてきます。木が生えていないくぼ地になっている雪崩の通り道が、私が見る限りでも5本程度ありました。しかも、付近のスキー場の第2ゲレンデは雪崩の危険性があるため今年は一時封鎖しています。

 つまり、定期的に雪崩が起きる山だと考えた方がいい。それなのに、現場責任者の教員は、(雪をかき分けて進む)ラッセル訓練をする場所を見ずに訓練を決行しました。山の上とゲレンデでは、雪の積もり方が全然違います。高校生を連れて行くのですから、引率教員がまず訓練場所を下見すべきでした。

 「春山だから」「冬山だから」危ないとして、チャレンジ精神が無くなることが心配です。山岳部の活動全体が危険と思われるのはおかしい。山は季節に関係なく判断を誤ると人が亡くなります。

 地元の山岳連盟や山岳ガイドを招くなど、外部の人をコーチにすることも必要です。引率するリーダーの質を高めないといけない。今回は地元の山を知るスキー場職員などのスタッフを加えていれば、雪崩を予見できた可能性が高いです。

 本当に残念な事故が起きましたが、教訓にしなければなりません。山岳部の子は自然の中でいろんなことをします。困難の中でチャレンジするのが山岳部です。チャレンジ精神を養ったり、チームワークを学んだりと、魅力ある活動ができます。高校生には登山活動を続けてほしいと思います。


6月中にも検証結果=8人死亡の雪崩―栃木県教委
時事通信 4/5(水) 18:04配信

 栃木県那須町で「春山安全登山講習会」に参加した高校生ら8人が死亡した雪崩事故で、県の宇田貞夫教育長は5日、第三者による検証委員会の検証結果を6月中をめどに公表する考えを示した。

 
 県教育委員会は、講習会に参加した七つの高校に対し、引率教諭から当時の状況を詳細に聞き取り調査するよう要請。現場にいた生徒らへの聞き取りもしてもらい、検証委の検討資料にする。

 県教委は、県内外の登山関係者らで構成する検証委の人選を進めている。4月中に初会合を開き、6月までに5回程度開催する予定。

2017年4月 4日 (火)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2218

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:通行止めの熊本城、桜がひっそりと見頃に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>安倍首相が福島県訪問 復興状況を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・富岡>春の風物詩「桜まつり」 7年ぶりに復活 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:関電、総点検の結果報告=福井県「改善実施された」―クレーン事故 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「自主避難」と「自己責任」 今村復興相発言「撤回」でも、くすぶる議論 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発汚染水から粉状堆積物=1号機格納容器で採取―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>南阿蘇村唯一の救急病院再開へ「帰還後押しに」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難指示解除後初の入学式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<南三陸町>好調「さんさん商店街」1カ月で20万人来訪 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城復旧へ工事本格化 天守閣再建目指し安全祈願祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・楢葉>町内で全校6年ぶり再開 避難先から登校も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:帰還の小学校で入学式=児童は9割減―福島・南相馬 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災関連死38人が車中泊 18人は転院後 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興談合疑惑 ゼネコンに農水OB 公取委、東北農政局立ち入り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東北農政局も立ち入り=農地震災復旧談合―公取委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本県>「みなし仮設」13人死亡、実態調査へ…知事方針 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:複数ゼネコンに農水OB=業界団体にも立ち入り―公取委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本城>復旧へ一歩…本格工事を前に安全祈願祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:本格工事前に安全祈願=熊本城内の神社で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:京大火山センター修復へ 阿蘇山の観測拠点内部初公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:テロ対策施設の審査「合格」=川内原発、20年までの設置―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「強制的に入るわけにもいかず…」孤独死防止、悩む地域 仮設での目配り難しく 熊本地震で初確認 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災農地復興で談合疑い 公取委、ゼネコン十数社立ち入り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「復興カキ」に隣接産地を交ぜて販売、宮城県「ブランド意識に欠ける」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>1トンの地震計傾く 京大が被災研究所公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災農地復旧事業で談合の疑い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「みなし仮設」死亡は13人に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災復旧談合疑い>20社近く立ち入り検査 公取委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本・仮設住宅で初の孤独死 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高浜原発の再稼働認めた大阪高裁決定が確定 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ゼネコン十数社に立ち入り検査、震災復興事業で談合疑い 公取委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、初の孤独死=益城町の仮設住宅で61歳男性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>孤児へ土地の贈り物 3県シェア - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災農地復旧で談合か、ゼネコンに公取立ち入り - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

通行止めの熊本城、桜がひっそりと見頃に
読売新聞 4/8(土) 11:52配信

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立ち入り禁止の看板の先で見頃を迎えた行幸坂の桜並木(8日午前、熊本市中央区で)=大原一郎撮影

 発生から間もなく1年を迎える熊本地震の影響で通行止めとなっている熊本城(熊本市中央区)の行幸(みゆき)坂(ざか)で、桜がひっそりと見頃を迎えている。

 8日、あいにくの雨の中、坂の上り口を訪れた観光客らが、立ち入り禁止の看板越しに写真を撮っていた。

 天守閣に続く行幸坂は、桜並木の名所で知られ、例年多くの花見客が訪れる。観光で来た東京都品川区の会社員(49)は「見事な桜。一日も早く復旧し、自由に歩けるようになってほしい」と話していた。

 熊本市は9日午前8時半から午後6時まで、行幸坂のほぼ半分の約250メートルを一般開放する。坂からは、地震で土台の石垣の多くが崩落した飯田丸五階櫓(やぐら)も間近に見られる。


<東日本大震災>安倍首相が福島県訪問 復興状況を視察
毎日新聞 4/8(土) 11:33配信

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「富岡町復興の集い」の会場に到着した安倍晋三首相(中央)=福島県富岡町で2017年4月8日午前11時43分(代表撮影)

 安倍晋三首相は8日午前、東日本大震災からの復興状況を視察するため、福島県を訪問した。楢葉町では東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除された区域で初めて原乳出荷を再開した牧場を訪問。富岡町、浪江町、南相馬市も視察する。

 原発事故の自主避難者について「本人の責任」などと発言し、謝罪・撤回した今村雅弘復興相も同行する。

 首相は楢葉町では「蛭田牧場」を訪れ、酪農家から再出荷に至るまでの過程を聞く。この後、今月1日に避難指示が解除された区域にある富岡町のイベント「復興の集い」に出席。浪江町の仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」を訪問する。南相馬市では地元企業などが開発した災害対応ロボットの視察などを行う。【竹内望】


<福島・富岡>春の風物詩「桜まつり」 7年ぶりに復活
毎日新聞 4/8(土) 11:16配信

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咲き始めた夜の森の桜並木の下でよさこいを踊る人たち。沿道からは大勢の人たちが歓声を送っていた=福島県富岡町で2017年4月8日午前10時35分、喜屋武真之介撮影

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が町域の大半で解除された福島県富岡町で8日、春の風物詩「桜まつり」が7年ぶりに復活した。夜(よ)の森地区にある桜のトンネルは花がぽつぽつと咲き、大半のつぼみは膨らんで今にも開きそう。久しぶりのにぎわいの中で、町民らは古里の復興を願った。

 夜の森地区は2キロ以上の桜並木がある福島屈指の名所。まつりは例年2日間で約10万人が訪れていた。並木道の大半は今も放射線量が高く、今回は「復興の集い」として、避難指示が続く帰還困難区域の外にある約250メートルでこの日だけ開催した。

 避難先の同県いわき市から帰還準備を進めている主婦、赤城静子さん(67)は「事故前のように開かれ、安心した。やっぱり自分の町が一番」と話していた。【曽根田和久】


関電、総点検の結果報告=福井県「改善実施された」―クレーン事故
時事通信 4/7(金) 20:40配信

 関西電力の豊松秀己副社長は7日、福井県庁に藤田穣副知事を訪ね、1月に関電高浜原発2号機(高浜町)で起きたクレーン倒壊事故を受け、同県が指示していた安全管理の総点検の結果をまとめ、改善点を報告した。

 藤田副知事は「現時点で具体的な改善が実施されたものと受け止めたい」と理解を示した。


「自主避難」と「自己責任」 今村復興相発言「撤回」でも、くすぶる議論
J-CASTニュース 4/7(金) 19:16配信

 「撤回する、ということで理解していただいて結構です」――2017年4月7日午前、記者会見に臨んだ今村雅弘復興相は、記者からの質問に渋い顔で答えた。東日本大震災での東電福島第1原発の事故による放射能汚染からの「自主避難」者への支援についての4日の記者会見で、質問した記者に「ブチ切れ」たのみならず、自主避難者の行為は「自己責任」である、と取られる発言が問題視され、当初は発言撤回を拒否していたが、発言から3日たって、兜を脱いだ形だ。

 発言撤回でも批判は収まらず、野党のほか、被災者支援団体などからは「辞任」を求める動きが相次ぐ一方、ネット上の一部では、復興相への同情論も散見される。

■「発言の撤回と謝罪、そして復興大臣を辞任することを求めます」

 「避難者を苦しめる今村大臣は辞任をしろー!」「避難の権利を認めろー!」――7日夕方、東京・霞ヶ関の復興庁前にシュプレヒコールが響いた。

 この日、先だって行われた午前の会見で今村復興相は、問題となった「自己責任」発言について、「意図するところと誤った伝わり方がした」として改めて謝罪、その上で冒頭にある通り、発言内容を「撤回」した。

 あわせて「誠心誠意職務に当たり、被災者に寄り添い、復興に全力を尽くしてまいりたい」と、重ねて辞任を否定していた。

 復興庁前で行われたアピールは、震災避難者を支援する市民団体が主催したものだ。参加者からは、「『寄り添う』『寄り添う』と言いながら、実際にはこの6年間、復興庁は、復興大臣は私たちに寄り添う姿勢を見せずに来た」など、厳しい批判が飛んだ。

 ネット上でも、今村復興相の辞任を求める動きが盛り上がっている。

  「上記発言は,避難指示区域外から避難している方々の実情を全く知らないが故の発言です。4月以降の避難生活を継続される、多くの方が生活困窮に陥りながら、避難の理由である放射能被害から家族を守る為に苦闘しています」
  「私たちは、貴職に対し、発言の撤回と謝罪、そして復興大臣を辞任することを求めます」

 「今村復興大臣の辞任を求める避難当事者・支援者有志一同」が、ウェブサイト「change.org」で行っているこの署名活動には、7日17時時点で実に約3万5000筆が寄せられた。

「税金がいくらあっても足りない」
 安倍晋三首相は6日、国会の質疑で辞任の必要なし、との見解を示したが、民進党の蓮舫代表が同じ6日の会見で「復興担当をする責務にあらず。辞任を要求する」と指弾するなど、野党は攻勢を強めている。

 一方で、一連のやりとりを詳しく紹介した5日のJ-CASTニュース記事には、

  「小池都知事の『安全でも安心じゃない』の戯れ言じゃないけど、科学的に安全な根拠が示されているのに安心と思えないから行かない・帰らないのは本人の自己責任だよ」
  「立ち入り禁止地域の人達が避難した市の市民が他県に自主避難しているが、この人たちは移転でしかないと思う。こんなこと(支援)を続けていたら税金がいくらあっても足りない」

と、自己責任論に一定の理解を示す声も寄せられている。

 また、ジャーナリストの門田隆将氏は6日、自身のブログで、ブチ切れた会見の場で復興相への質問の中に、福島のみならず栃木や群馬、千葉からも「避難」している人がおり、だからこそ福島県ではなく国の取り組みが必要だ――という趣旨の議論が展開されていることに触れ、

  「『群馬』や『栃木』、『千葉』からの避難者に対しても、私たち国民の税金から援助をしなければならないのだろうか。そもそも、なぜ『群馬』や『栃木』、『千葉』から避難しなければならないのか。風評被害に苦しむ福島の人々の姿を知る私には、とても納得することはできない」

と指摘、今村復興相を批判する大手メディアの報道姿勢に疑問を呈している。

 7日の会見で、「自主避難者」を含む避難者への今後の対応について問われ、今村復興相は以下のように述べた。

 「どういう理由で、どういう事情で帰還されないのかという原因をですね、よく分析をしながら、どういうことが足りないのか、ということについては、そこを把握して、対策を立てるときの参考にしたいと思います」


原発汚染水から粉状堆積物=1号機格納容器で採取―福島第1
時事通信 4/7(金) 18:53配信

 東京電力は7日、福島第1原発1号機の格納容器にたまった汚染水の底から、粉状の堆積物を10ミリリットル程度採取したと発表した。

 金属部品のさびや、剥がれた塗料が含まれるとみられ、東電はX線による簡易検査を実施して成分を分析する。

 堆積物は6日に採取した。格納容器に長いホースを入れて底部から汚染水を吸い取り、中に含まれる堆積物を沈殿させた。東電は3月31日にも同様の方法で汚染水を採取したが、堆積物が微量で成分を解明できなかったため再び実施した。


<熊本地震>南阿蘇村唯一の救急病院再開へ「帰還後押しに」
毎日新聞 4/7(金) 10:00配信

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阿蘇立野病院=熊本県南阿蘇村で2016年9月、中里顕撮影

 熊本地震で被災して休診中の熊本県南阿蘇村の阿蘇立野病院が12日、1年ぶりに一部業務を再開する。病院がある立野地区は阿蘇大橋が崩落するなど大きな被害を受けて避難勧告が続き、357世帯877人が「地区ぐるみ」の避難を今も強いられている。熊本地震で被災し休診した同県内38病院のうち、阿蘇立野病院のみ再開が遅れていた。上村晋一院長(52)は「再開が、住民帰還の後押しになれば」と語る。

 65歳以上の高齢住民が約4割を占める立野地区で、病院は村唯一の救急指定病院として地域医療の中核を担っていた。しかし、昨年4月16日の本震で病棟3棟はそれぞれ半壊、大規模半壊、一部損壊の被害を受けた。入院患者70人と職員は無事だったが、医療機器が壊れ業務が続けられなくなり、入院患者は全員転院、看護師ら約140人は解雇せざるを得なかった。

 しかし、上村院長らは住民に寄り添い続けた。被災から1カ月半後には、阿蘇大橋が架かっていた黒川を挟んで対岸にある特別養護老人ホーム内に診療所を開設し、隣の大津町の仮設住宅にも足を延ばして、避難する地区住民を巡回診療した。避難生活を送る住民から「先生が戻るなら、私たちも戻る」と言われ、再開を決意した。

 一部損壊の病棟を改修して再開するが、開院は水曜のみ。内科診療と検査に限られ、開腹手術や入院はできない。残る2棟も復旧を進め、夏ごろの全面再開を目指す。

 職員の確保など課題は多いが、上村院長は「1年以内に再開できてうれしい」と語る。立野地区から大津町の仮設住宅に避難している中村義生さん(75)は「先生たちは家族のようなもの。病院が再開することで『地区に戻りたい』という住民が増えるのではないか」と期待する。【中里顕】


避難指示解除後初の入学式
ホウドウキョク 4/6(木) 16:41配信

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(写真:ホウドウキョク)

2016年、福島第1原発事故の避難指示が解除された地区で、東日本大震災後、初の合同入学式が行われた。
合同で入学式を行ったのは、福島・南相馬市小高区の4つの小学校。
福島第1原発から20km圏内にある4つの小学校は、2016年度までは避難先の仮設校舎で学んでいた。
2016年7月に南相馬市の大部分の避難指示が解除されたことを受けて、6年ぶりとなる地元での学校再開となる。
新入学児童は4人で、全員が震災の前の年に生まれた。

福島テレビ/FNN


<南三陸町>好調「さんさん商店街」1カ月で20万人来訪
毎日新聞 4/6(木) 11:18配信

 宮城県南三陸町志津川に常設の商業施設としてオープンした「南三陸さんさん商店街」は3日、オープンから1カ月を迎えた。5日までに県内外から約20万人が訪れたとみられ、順調な滑り出しを見せている。

 同商店街には、仮設店舗から移った飲食店や鮮魚店など28店舗が入る。運営会社「南三陸まちづくり未来」によると、初日の3月3日の来場者数は約1万人に上り、その後も土日を中心に多くの観光客や買い物客らが訪れたという。年間の目標来場者数80万人を大きく上回るペースに、同社の三浦洋昭社長は「今後も、周辺施設との相乗効果でお客様に来ていただける仕掛けをしていきたい」、佐藤仁町長も「仮設では約5年間で約200万人が訪れたが、このペースなら年間200万人も可能ではないか」と期待を寄せる。

 同町産の野菜や海産物などを扱う産直施設「さんさんマルシェ」の渋谷祐介店長(37)は「平日は予想より2~3割多い約500人が訪れている。この機会に南三陸の商品をPRしたいが、週末はこれ以上増えるとパンクするのでは」と話す。一部の飲食店は営業時間を延ばして対応している。海鮮料理屋「創菜旬魚はしもと」の店主、及川満さん(43)は「仮設時代の3倍の来客で、睡眠時間は約3時間。生産能力が追いつかない。5月からの『うに丼』を目当てに来る人に、きちんと提供できるか心配」と言う。

 ただ、駐車スペースが足りないなど問題も浮上している。週末や平日の昼時は最大300台が止められる駐車場がほぼ満車状態となり、周辺の道路で断続的に渋滞が発生している。登米市の会社員、及川裕さん(48)は「商店街はいい雰囲気なのでまた来たいが、昼は混んでいると思って避けた」と話す。

 大型連休に向け、運営会社は近くの魚市場の駐車場も借りて対応する方針だが、担当者は「十分に駐車場を確保できるかどうか不安。店主の体調も心配です」と話す。【三浦研吾】


熊本城復旧へ工事本格化 天守閣再建目指し安全祈願祭
西日本新聞 4/6(木) 11:03配信

 熊本地震で大きな被害が出た熊本城(熊本市中央区)の天守閣と飯田丸五階櫓(やぐら)の復旧工事が本格化するのを前に5日、城内の加藤神社で安全祈願祭が行われた。天守閣の工事は今月中旬から作業用の足場を設け、5月の連休後から大天守を工事用シートで覆う。大天守は、2019年の工事完了を目指す。飯田丸五階櫓の崩落した石垣の復旧工事も本格化する。

 神事には熊本市の大西一史市長と市の担当者、設計・施工を担当する大手ゼネコン大林組の白石達社長ら約50人が参列した。大西市長は「地震から立ち直り、復興に向かっていく歴史的な一歩。この事業を成し遂げないといけない」と決意を述べた。

 大林組は、1960年に再建された天守閣の施工も担当した。今回の天守閣の復旧工事では耐震性を強化するとともに、高齢者や身体障害者が見学しやすいようバリアフリー化を進め、エレベーターを新設する。

 角の部分が辛うじて残った「一本石垣」で倒壊を免れ、現在は櫓を下から鉄骨のアームで支えている飯田丸五階櫓については、崩れた石垣の回収に着手する。

=2017/04/06付 西日本新聞朝刊=


<福島・楢葉>町内で全校6年ぶり再開 避難先から登校も
毎日新聞 4/6(木) 10:57配信

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が一昨年9月に解除された福島県楢葉町の全町立小中学校3校が6日、町内で6年ぶりに再開した。原発事故で全域避難となった自治体での学校再開は初めて。生活拠点が避難先に移ったり、生活インフラへの不安があったりして帰還者は町民の1割あまりにとどまるが、「友達と一緒に学校に行きたい」と、避難先から電車とバスを乗り継いで登校する子供たちもいた。

 再開したのは小学校2校と中学校1校で、授業は楢葉中学校の校舎で行われる。多数の町民が避難する同県いわき市内の仮設校舎から移った。再開した学校に通うのは対象者の2割強に当たる105人にとどまる。

 約30キロ離れたいわき市から通う子供が22人おり、この日は午後からの入学式に参加する新入生などを除く子供たちが、JR常磐線いわき駅から25分かけて隣町の広野駅まで電車で移動、スクールバスに乗り換え学校に向かった。

 町内は人通りが少なく、安全上の配慮から、ほぼ全ての児童・生徒がスクールバスで登下校する。同中では、地元住民らが校舎の玄関で太鼓を打ち鳴らし、登校してくる子供たちを歓迎した。

 町内で経営する食堂にいわき市内から車で通う横田峰男さん(52)は、避難で3回の転校を経験した中学2年の長女を町内の学校に通わせると決めた。「車で送迎するつもりだったが、娘が自分で上級生と話して一緒に電車通学すると決めた。子供の輪ができていてひと安心だ」と話していた。

 開校式で、松本幸英町長は「楢葉での学校再開は一時は不可能と思えたが、子供たちの姿のない町に将来はあり得ないという強い決意の下、準備を進めてきた」と述べた。【乾達】


帰還の小学校で入学式=児童は9割減―福島・南相馬
時事通信 4/6(木) 10:33配信

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が昨年7月に解除された福島県南相馬市小高区で、移転先から6年ぶりに戻った小学校が6日、入学式を行った。

 市立小高小の校舎に近隣の3校を集約する形で再開し、児童数は4校で62人と、東日本大震災前の2010年に比べ9割以上減少した。

 入学式では、在校生が4校の校歌を歌って歓迎。4人の新入生が教科書を重たそうに受け取った。生後1カ月で震災に遭った井戸川美羽さん(6)は「ランドセルは重くない。国語の勉強をしたい」と話した。3月に避難先の宮城県名取市から小高区に戻ったという母邦子さん(36)は「子どもは少ないが、一人ひとりに目が届くかも」と目を細めた。

 避難指示を受け、小高区内の小学校4校は市内の中学校の校庭に建設した仮設校舎に移転した。避難解除から9カ月近くたったが、放射線への不安が根強いことなどから、小高区の人口は震災前の1割にとどまっている。再開した小高小では、4校の児童が混在した形で一緒に授業を受ける。


震災関連死38人が車中泊 18人は転院後 熊本地震1年
西日本新聞 4/6(木) 10:02配信

 熊本地震で過酷な避難生活などによって「震災関連死」と認定された熊本、大分両県の169人(5日現在)のうち、マイカーなどに寝泊まりした「車中泊」経験者が38人、入院中の医療機関が被災して転院を迫られた人が18人に上ることが、被災市町村への取材で分かった。熊本地震の犠牲者は、倒壊建物の下敷きになるなどした「直接死」50人を、関連死者が大きく上回っているのが特徴で、専門家は「車中泊や医療機関の被災に伴う転院のダメージが一因」と指摘する。

 関連死と認定されたのは、熊本県内が熊本市62人、阿蘇市と益城町各17人、南阿蘇村11人など。大分県は由布市が3人を認定した。

 熊本地震は、発生後1週間に起きた震度1以上の余震が2千回を超え、建物内での被害を恐れるなどして大型駐車場などに車中泊の車が殺到。約3千人に対する熊本県のアンケートでも、避難者の68・3%が車中泊を経験していた。

 医療機関の被災も甚大で、県の調査で約6割の施設が被害を受けたと回答。関連死者のうち被災した病院に入院中だったのは36人に上り、うち18人が別の病院に転院後死亡していた。

 市町村によると、関連死者の死因は当初、心筋梗塞などの突然死が目立ち、車のシートに長時間座ることで脚などにできた血栓が肺に詰まるエコノミークラス症候群が疑われる3例もあった。昨年5月以降、転院後や車中泊解消後に衰弱、肺炎で亡くなる人が増えた。

 関連死は遺族の申請を市町村が審査、認定する。「医療機関の機能停止による初期治療の遅れ」「避難所生活などによる肉体的・精神的負担」などが認定理由となる。関連死に詳しい神戸協同病院(神戸市)の上田耕蔵院長は「2度の震度7の激震と余震の多さが大きなストレスになった。持病などを理由に他人に気を使って避難所に行かず車中泊をした人も多いとみられる。転院後の死亡も目立つのは高齢化の影響だろう」と話す。

=2017/04/06付 西日本新聞朝刊=


復興談合疑惑 ゼネコンに農水OB 公取委、東北農政局立ち入り
産経新聞 4/6(木) 7:55配信

 農林水産省東北農政局が発注した東日本大震災の復興事業の土木工事をめぐる談合疑惑で、公正取引委員会は5日、東北農政局(仙台市)を立ち入り検査した。また独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで、新たにゼネコン十数社を立ち入り検査した。検査を受けた複数社に農水省OBが再就職していたことも判明。公取委はすでにOBの親睦団体「北杜会」と建設業界の任意団体「東北土地改良建設協会」にも立ち入っている。

 公取委は4日、鹿島建設や大林組、飛島建設、フジタ、東急建設、前田建設工業(いずれも東京)など十数社の東北支店などに立ち入り検査。4、5の両日で約30社に上る。

 このうち複数のゼネコンに農水省OBが天下っており、OBが東北農政局との仲介役を担っていた可能性もあるとみて、公取委は集めた資料を分析し、談合疑惑の実態解明を進める。

 各社は東北農政局が発注した土木工事で事前に受注調整していた疑いが持たれている。

 東日本大震災で津波被害を受けた農地を再び耕作できるようにするなど、農政局は12カ所で災害復旧事業を行っている。

 鹿島建設や大林組など大手ゼネコンは平成17年末に「談合決別」を宣言したが、これらのゼネコンも立ち入りの対象となった。一方、東北農政局関係者は産経新聞の取材に「入札は総合評価落札方式のため、価格だけで勝負はできず、受注調整などは想定しがたい」と話している。


東北農政局も立ち入り=農地震災復旧談合―公取委
時事通信 4/5(水) 19:34配信

 農林水産省が発注した東日本大震災の復旧工事などをめぐる談合問題で、公正取引委員会は5日、発注元の同省東北農政局(仙台市)を関係先として立ち入り検査した。

 関係者によると、検査は復旧工事の入札業務などを担当した設計課などを対象に行われ、関係資料を入手したとみられる。


<熊本県>「みなし仮設」13人死亡、実態調査へ…知事方針
毎日新聞 4/5(水) 12:48配信

 熊本地震の被災者用に熊本県などが借り上げた「みなし仮設住宅」で1人暮らしをしていた男女13人が死亡した問題を受け、蒲島郁夫知事は5日の定例記者会見で、13人が誰にもみとられずに亡くなった孤独死に当たるかなどについて実態を調べる考えを示した。

 蒲島知事は「孤独死は阪神大震災や東日本大震災でも問題視されてきた。できる限り情報収集したい」と強調した。13人が亡くなるまでの詳しい状況について市町を通じて調査し、再発防止に生かす方針という。

 県は4日、熊本市など県内6市町で被災し、みなし仮設住宅で1人暮らししていた40~90代の男女13人が死亡していたと公表したが、孤独死かどうかは明らかにしていない。【中里顕】


複数ゼネコンに農水OB=業界団体にも立ち入り―公取委
時事通信 4/5(水) 12:31配信

 農林水産省東北農政局が発注した東日本大震災の復旧工事などをめぐる談合疑惑で、公正取引委員会の立ち入り検査を受けた複数のゼネコンに、同省から天下りしたOBが在籍していたことが5日、関係者への取材で分かった。

 業界団体である東北土地改良建設協会(仙台市)を、公取委が立ち入り検査していたことも判明。協会の事務所にはOBらの親睦団体も入居しているという。公取委は、OBらが受注調整に関与していないか慎重に調査する。


<熊本城>復旧へ一歩…本格工事を前に安全祈願祭
毎日新聞 4/5(水) 11:55配信

 昨年4月の熊本地震で被災した熊本城(熊本市)の復旧工事が本格的に始まるのを前に、工事の安全祈願祭が5日、城内の加藤神社であった。

 地震で熊本城は天守閣の瓦が多数落ち、各所で石垣が崩落。「飯田丸五階櫓(やぐら)」の石垣も大部分が崩れ、わずかに残った石垣が櫓を支えて倒壊を免れた。

 祈願祭には、大西一史市長や工事関係者ら48人が参加。今月から天守閣の外装工事などに着手し、飯田丸五階櫓も建物を解体し、石垣を積み上げる作業などが始まる。市は飯田丸の石垣を2020年3月まで、天守閣を21年3月までに復旧させ、37年までの熊本城の再建を目指す。

 また、市は1万円以上の寄付をすれば「復興城主」に認定される特典付きの制度で支援を募っており、4日までに5万2395人が8億6441万円を寄付した。【山下俊輔】


本格工事前に安全祈願=熊本城内の神社で
時事通信 4/5(水) 11:24配信

 昨年4月の熊本地震で大きな被害を受けた熊本城天守閣の復旧工事が本格化するのを前に、城内の加藤神社で5日、工事の安全を祈る安全祈願祭が行われた。

 大西一史熊本市長や、工事を請け負う大林組の白石達社長ら約50人が参加した。

 大西市長はあいさつで、「一日も早い復興のため、先頭に立って取り組む」と決意を述べた。白石社長は「美しく力強い姿に再建することを約束する」と話した。

 熊本市は2019年中に天守閣の復旧を終える方針で、工事用車両が通行するスロープの設置工事などを今年2月から進めていた。今後は大小の天守閣本体で足場の設置などを進める。

 加藤神社は熊本城を築いた戦国武将、加藤清正が祭られている。


京大火山センター修復へ 阿蘇山の観測拠点内部初公開
西日本新聞 4/5(水) 11:17配信

 京都大は4日、熊本地震で被災した熊本県南阿蘇村の同大火山研究センターを3~5年かけて修復を目指す方針を明らかにした。1928年に開設した地上6階、地下1階の洋風建築は国登録有形文化財で、阿蘇山研究の中核施設。地震被害に加え、昨年10月に阿蘇山が36年ぶりに爆発的噴火するなど、激動の1年を送った同センターの大倉敬宏教授(53)は「この施設で研究を続けたい」と決意を語った。

 センターは同日、国内の大学火山観測施設で最も古い洋風建築の内部を地震後初めて報道陣に公開した。地盤が最大約20センチ沈み、1階を中心に床がゆがみ、壁も崩れたまま。屋外の敷地では地割れが幾筋も走るが、大学側は地盤調査の結果などから、修復しての使用が可能と判断したという。

被災1週間後に隣町で業務を開始
 大倉教授は昨年4月16日の本震時、4階の宿直室で被災した。斜面の土砂が崩れ、近くの住宅地では住民5人が死亡。周囲の道路は寸断された。再開の道を探し、1週間後に隣の大津町で業務を開始。データ解析などの作業場としては手狭で、同7月に阿蘇市にも事務所を開いた。

 昨年10月にあった阿蘇山の爆発的噴火も大倉教授にとって初めての経験だった。それでも慌てず騒がなかった。火山活動の兆候や噴火後の変動などの情報を気象庁へ提供し続け、壊れたセンターに通っては貴重な資料を運び出すなどした。

 今月中に二つの事務所を統合し、阿蘇市の旧小学校舎に造る仮研究棟に移転、センターが復旧するまで使用する予定。大倉教授は「火山に近いこのセンターを復旧したかった。阿蘇地域全体の復興にも貢献したい」と力を込めた。

=2017/04/05付 西日本新聞朝刊=


テロ対策施設の審査「合格」=川内原発、20年までの設置―規制委
時事通信 4/5(水) 11:04配信

 原子力規制委員会は5日、九州電力が川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)のテロ対策施設などとして基本方針を示していた「特定重大事故等対処施設」(特重施設)について、規制基準に適合しているとした審査書を正式決定した。

 特重施設の合格判断は関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)に続き計4基となった。

 規制委は当初、特重施設を2018年7月までに設置することを要求していた。しかし、原発の再稼働の前提となる審査に想定より時間がかかり、期限までに設置できない例が相次ぐと判断。再稼働しやすいように期限を先送りした。川内原発1、2号機の場合、特重施設の設置期限は20年3~5月となる。

 特重施設には、テロ攻撃などで原発の中央制御室が破壊された場合に備えた「第2制御室」や、事故時に格納容器の圧力を外部に逃すための「フィルター付きベント」などが含まれる。


「強制的に入るわけにもいかず…」孤独死防止、悩む地域 仮設での目配り難しく 熊本地震で初確認
西日本新聞 4/5(水) 10:24配信

 熊本地震の被災者が入居している熊本県益城町の仮設住宅で3月末、県内で初めて独居男性(61)が孤独死しているのが見つかった。避難所と違い、プライバシーが守られて暮らしぶりが見えにくくなる仮設。それを念頭に、住民自治会や町、支援団体が孤立防止に取り組んできた中での悲劇だった。間もなく地震から1年。「そっとしておいて」と自室にこもりがちな入居者の異変に気づくのは難しく、地域の悩みは深い。

 「残念。ただ強制的に部屋に入るわけにもいかず、どうしていいか」。男性が亡くなった惣領(そうりょう)仮設団地で4日、楠田登喜男自治会長(65)は肩を落とした。

 男性の死亡は3月28日に確認された。エアコンの室外機が回り続け、郵便物がたまっていたのを、楠田さんらが不審に思い、役場に通報。警察官が窓ガラスを割って室内に入ると、男性は既に死亡していた。町によると、死後数日とみられ、病死という。

 惣領仮設団地は約60世帯。楠田さんは茶話会などを企画し、住民の交流に努めてきた。ただ、男性は姿を見せず、近所付き合いもほぼなかったという。団地では2日から、自分の無事を周囲に知らせる黄色い旗を玄関先に掲げる取り組みを始めた。「できることをやるしかない」と楠田さん。

「会いにくい人ほど見守り、気配り、心配りがいる。」
 団地では、町社会福祉協議会が委託した支援員2人が週2、3回巡回。男性宅はノックをしても返事がないことが多く、最後に面会できたのは3月3日だった。町社協の国元秀利事務局長は「会いにくい人ほど見守り、気配り、心配りがいる。さらに踏み込んでいくべきかもしれない」。町社協は独居入居者の寄り添い活動を強化する考えだ。

 東日本大震災などの被災地でも仮設で孤立したり、酒に依存したりする高齢の独居男性が多いことが問題化した。「静かに過ごさせてくれとも思う。踏み込まれたくない」(60代独居男性)との声もあり、団地内のコミュニティーに入ることを無理強いしていいのか、住民たちも惑う。

 神戸市の防災研究施設「人と防災未来センター」の菅野拓研究員は「仮設住宅も、それ以上に支援が届きにくいみなし仮設でも、孤独死を完全に防ぐことは難しい。行政や自治会などの見守り支援を地道に続けるしかない」と指摘した。

=2017/04/05付 西日本新聞朝刊=


被災農地復興で談合疑い 公取委、ゼネコン十数社立ち入り
産経新聞 4/5(水) 7:55配信

 農林水産省東北農政局が発注した東日本大震災の復興事業の土木工事入札で談合を繰り返していた疑いがあるとして、公正取引委員会は4日、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで、鹿島建設(東京)や大林組(同)などゼネコン十数社の本社や東北支店を立ち入り検査した。公取委は、押収した資料を分析して全容解明を進める。

 他に立ち入り検査を受けたのは、飛島建設、フジタ、りんかい日産建設、青木あすなろ建設、安藤ハザマ、東急建設、前田建設工業(いずれも東京)など。

 関係者によると、各社は東北農政局が発注した宮城県や福島県などの農地や農道などの土木工事で、事前に受注調整し、特定の業者が落札するよう談合していた疑いが持たれている。

 公取委が検査対象としている工事の内容は、東日本大震災で津波被害を受けた農地を再び耕作ができるようにするため、農地を除塩したり、水路を整備したりするものとみられる。

 震災復興事業をめぐっては昨年2月、損傷した東北地方の高速道路の復旧工事で談合を繰り返していたとして、公取委が道路舗装会社10社と各社の営業担当幹部ら11人を刑事告発。その後、有罪判決が確定している。飛島建設は産経新聞の取材に「立ち入り検査が入ったのは事実。詳細を確認中」、鹿島建設や大林組、フジタなど各社は公取委の検査に対し「全面的に協力していく」としている。


「復興カキ」に隣接産地を交ぜて販売、宮城県「ブランド意識に欠ける」
産経新聞 4/5(水) 0:12配信

 宮城県は4日、復興庁が認定した「水産業復興特区」(水産特区)で事業を展開する「桃浦かき生産者合同会社」(同県石巻市)が、平成26、27年度に他の漁場で生産されたカキを交ぜて販売していたと発表した。県は「違法性は認められない」としながらも、「ブランド意識に欠けていた」として同社に管理の徹底を求めた。

 県によると、同社の漁場に隣接する「侍浜」の漁場で生産したカキを26年度に3.6トン、27年度に1.7トンを仲買業者を通じて購入し、「桃浦かき」の表示で販売していた。購入数量は同社の生産数量の3~6%に当たる。

 県は「『桃浦かき』は会社名で、産地表示ではない」と違法性はないとの認識を示した。

 漁業権を民間企業に与える水産特区は、東日本大震災からの復興策として村井嘉浩知事が提唱した。


<熊本地震>1トンの地震計傾く 京大が被災研究所公開
毎日新聞 4/4(火) 22:29配信

 京都大学は4日、熊本地震で被災し立ち入りを規制している火山研究センター(熊本県南阿蘇村)の内部を報道陣に地震後初めて公開した。

 南阿蘇村は本震で震度6強に見舞われ、鉄筋コンクリート造りの地下1階、地上6階建てのセンターは最大20センチ沈下した。現在も庭には複数の亀裂が残り、内部の壁は一部が崩れ、床は波打っている。1階の資料展示室にある重さ1トンを超す大型地震計は2台が傾くなどして損傷していた。

 一時、観測業務を停止し、現在は隣接する阿蘇市と大津町の仮事務所で実施している。幸いボーリング調査などで基礎地盤の安定性が確認され、建物を修復する方向で検討しているという。

 本震時に1人で宿泊していたセンターの大倉敬宏教授(火山物理学)は「被害はひどいが、この建物に命を救ってもらった。教育機能や観測の充実を図るためにも今度はこの建物を救いたい」と語った。

 センターは阿蘇山を観測するため1928年に開設され、建物は国の登録有形文化財となっている。【蓬田正志】


被災農地復旧事業で談合の疑い
ホウドウキョク 4/4(火) 22:02配信

東日本大震災で被災した農地などの復旧をめぐり、農林水産省が発注した土木工事の入札で、ゼネコンなど18社が談合した疑いが強まり、公正取引委員会は4日、立ち入り検査をした。
独占禁止法違反の疑いで立ち入り検査を受けたのは、フジタや飛島建設など、ゼネコン18社の東北支社や東京本社など。
関係者によると、東日本大震災後、農水省東北農政局が発注した宮城県などの農地や水路の復旧工事をめぐり、事前に落札業者を調整し、決まった業者が落札できるよう、談合していた疑いがあるという。
飛島建設などは、「全面的に協力していく」とコメントしている。


<熊本地震>「みなし仮設」死亡は13人に
毎日新聞 4/4(火) 21:35配信

 熊本県は4日、熊本地震の被災者用に県などが民間賃貸住宅を借り上げた「みなし仮設住宅」で1人暮らしをしていた県内6市町の男女13人が死亡していたことを明らかにした。誰にもみとられずに亡くなった孤独死の可能性もあるが、県は詳しい状況を明らかにしていない。

 13人の市町別の内訳は▽熊本市の50~70代の男性4人と40~90代の女性4人▽玉名市の70代女性▽宇城(うき)市の60代女性▽御船(みふね)町の60代男性▽益城(ましき)町の40代男性▽甲佐町の90代男性。昨年8月~今月、親族らが死亡を理由に退去すると県などに届け出た。県すまい対策室は「住民同士の交流を活発にし、見守り活動を強化したい」と語った。

 熊本県内でみなし仮設に入居しているのは昨年12月28日現在、25市町村で1万2568世帯(2万9094人)。うち65歳以上の1人暮らしが1332世帯ある。避難者用に設置された応急仮設住宅には16市町村で4173世帯(1万1027人)が入居している。

 市町村は入居者を訪問するなど見守り活動をしているが、みなし仮設入居者は賃貸アパートなどの広範囲に点在しており、状況把握が課題になっている。

 熊本県内の仮設住宅では、3月28日に益城町の応急仮設住宅で入居者の男性(61)が孤独死しているのが見つかった。【中里顕、樋口岳大】


<震災復旧談合疑い>20社近く立ち入り検査 公取委
毎日新聞 4/4(火) 21:16配信

 東日本大震災の復旧事業として農林水産省東北農政局が発注した土木工事を巡る談合疑惑で、公正取引委員会は4日、独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で鹿島(東京都港区)や大林組(同)など大手、中堅ゼネコン20社近くを立ち入り検査した。両社のほか、安藤・間(同)▽フジタ(渋谷区)▽前田建設工業(千代田区)▽西松建設(港区)▽東急建設(渋谷区)▽飛島建設(港区)--の東北支店や東京本社などに入った。

 震災の復旧事業を巡っては、高速道路工事で談合をしていたとして、公取委が2016年2月に道路舗装会社10社を独禁法違反容疑で刑事告発。今年2月には、宮城県の自治体などが発注した農業用ハウスの建設の入札で談合していたとして、農業設備メーカー5社に約6億円の課徴金納付命令を出している。

 関係者によると、各社は東日本大震災で被害を受けた宮城、福島両県での農業土木工事の入札で、事前に調整して落札業者を決めていた疑いがある。公取委は農地や用水路、排水路の復旧工事や区画整理事業などで受注調整が行われていた疑いがあるとみて調べを進めている。

 各社は取材に、立ち入りの事実を認め「全面的に協力する」などとコメントした。【高木香奈】


熊本・仮設住宅で初の孤独死
ホウドウキョク 4/4(火) 21:03配信

3月28日、熊本・益城町の仮設団地で、1人暮らしの男性が亡くなっているのが見つかった。
男性は孤独死とみられ、県などによると、応急仮設住宅での孤独死は、初めてという。
益城町によると、3月28日、町内にある惣領(そうりょう)仮設団地の自治会長から、「住民の男性の家に新聞がたまっている。最近、姿を見かけない」と連絡があり、警察と町の職員が訪れたところ、この部屋に住む男性が亡くなっていたという。
警察によると、男性は病死とみられ、死後5日ほどたっていたという。
男性は1人暮らしで、みとられずに、死後数日たって見つかったことから、いわゆる「孤独死」とみられている。
熊本県内にある応急仮設住宅で、これまでに「孤独死」とみられる入居者の死亡報告はなく、今回が初めてだという。


高浜原発の再稼働認めた大阪高裁決定が確定
読売新聞 4/4(火) 20:48配信

 関西電力高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定を取り消した大阪高裁決定が4日、確定した。

 仮処分を申し立てた住民の弁護団が、抗告期限の3日までに最高裁への不服申し立てを行わなかった。住民側は今後、大津地裁に提訴している正式裁判で高浜原発の運転差し止めを求めていく。

 3月28日の大阪高裁決定は、原子力規制委員会が定めた新規制基準に合理性を認め、関電の安全対策に問題はないと結論付けた。


ゼネコン十数社に立ち入り検査、震災復興事業で談合疑い 公取委
産経新聞 4/4(火) 16:12配信

 東日本大震災の復興事業として農林水産省東北農政局が発注した土木工事の入札で談合を繰り返していた疑いが強まり、公正取引委員会は4日、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで、飛島建設(東京)などゼネコン十数社を立ち入り検査した。

 立ち入り検査が入ったのは飛島建設のほか、フジタ、青木あすなろ建設(いずれも東京)などの本社や東北支店。

 関係者によると、各社は農水省東北農政局が発注した土木工事で、事前に話し合いで決めた業者が落札できるよう談合していた疑いが持たれている。

 公取委が検査対象としている工事の内容は、東日本大震災の津波で、被害を受けた農地の除塩や水路を整備するものとみられる。

 震災復興事業をめぐっては、損傷した東北地方の高速道路の復旧工事で談合を繰り返していたとして、公取は昨年2月、道路舗装会社10社と各社の営業担当幹部ら11人を刑事告発した。

 産経新聞の取材に、飛島建設は「立ち入り検査が入ったのは事実。詳細は確認中」、青木あすなろ建設は「調査については全面的に協力していく」とコメントした。


熊本地震、初の孤独死=益城町の仮設住宅で61歳男性
時事通信 4/4(火) 15:54配信

 熊本県益城町は4日までに、熊本地震で被災し町内の仮設住宅に入居していた1人暮らしの男性(61)が死亡しているのが見つかったと明らかにした。

 発見時、死後5日ほど経過していたとみられる。熊本地震の仮設住宅で、誰にもみとられずに亡くなる孤独死が確認されたのは初めて。

 益城町によると、男性は同町惣領にある「惣領仮設団地」(58世帯)に昨年10月上旬に入居。今年3月28日、仮設団地の自治会長が「数日前から見掛けない」と町に連絡し、町職員と県警御船署員が訪問して死亡しているのを発見した。病死とみられるという。


<東日本大震災>孤児へ土地の贈り物 3県シェア
毎日新聞 4/4(火) 15:00配信

 「東日本大震災で親を亡くした孤児の支援のために使ってほしい」。こう遺言を残して亡くなった1人の寄付者から贈られた土地を、岩手、宮城、福島の被災3県が共同で受け取り、手続きを進めている。県有財産として一般競争入札にかけ、売却代金を3県で均等に配分する。今年度の早い時期に入札にかける予定で、落札されれば「あしながおじさん」の遺志が成就する。【佐藤慶】

 遺言書を作成し、死後に自治体などに遺産を寄付する「遺贈寄付」は近年広がりを見せつつあるが、不動産が被災自治体に寄付されたケースは珍しく、被災3県で協定を結び、入札や精算など役割分担して処理するのは異例という。

 寄付者本人が公表を望んでいないため、各県は性別や年齢など詳細を明らかにしていないが、寄付の申し出があったのは2014年10月。遺言書には「土地を3県で等分に」との趣旨の文言があった。土地は約60平方メートルで被災地以外の場所にあるという。

 高額な不動産の寄付を拒否する理由もないため、3県は土地を受け取り、一般競争入札で売却した上で、各県の基金に充当することを決めた。15年10月に調査など不動産の受け入れ準備を始め、16年6月、役割分担や精算までの手続きを盛り込んだ協定を結んだ。

 協定に基づき、建築基準法上問題があった建物の解体は宮城県が担当した。その後の不動産鑑定や入札などの土地売買は岩手県、各県が負担した事務経費を差し引いた配分額の調整などは福島県が担うこととなった。


震災農地復旧で談合か、ゼネコンに公取立ち入り
読売新聞 4/4(火) 14:36配信

 東日本大震災で被災した農地の復旧を巡り、農林水産省東北農政局が発注した工事で談合した疑いが強まったとして、公正取引委員会は4日午前、鹿島建設(東京)と大林組(同)などゼネコン十数社を独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で立ち入り検査した。

 立ち入り先は、各社の本社や東北支店など約20か所に上り、公取委は資料を分析し、全容解明を進める。

 他に立ち入りを受けたのは、フジタ、飛島建設、青木あすなろ建設(同)など。関係者によると、各社は同局が発注した、東日本大震災後の復旧に向けた農業土木工事などで、事前に受注予定者や落札額を決めるなどした疑いが持たれている。

 談合の疑いがある同局発注の「仙台東災害復旧関連区画整理事業」では、2013年12月~16年3月に計20件の工事の入札が行われたが、入札執行調書によると、平均の落札率は94%と高水準だった。

 大林組と飛島建設は「詳細な事実関係を確認中」、鹿島建設、フジタと青木あすなろ建設は「調査には全面的に協力したい」とそれぞれコメントしている。

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