人物・伝記

2017年6月12日 (月)

天皇皇后両陛下、日本学士院賞授賞式にご出席

天皇皇后両陛下は12日午前、日本学士院会館(東京都台東区)で行われた日本学士院賞の第107回授賞式にご出席された。

リンク:両陛下、日本学士院賞授賞式にご出席 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、日本学士院賞受賞者を皇居に招き茶会 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>両陛下が学士院賞の受賞者らと懇談 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:学士院賞受賞者らと歓談される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、学士院受賞者と茶会 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、日本学士院授賞式にご臨席 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:日本学士院授賞式に出席された両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:研究について説明を受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、日本学士院授賞式に - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

両陛下、日本学士院賞授賞式にご出席
6/12(月) 23:20配信 ホウドウキョク

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(写真:ホウドウキョク)

天皇皇后両陛下は12日、日本学士院賞の授賞式に出席された。
日本学士院賞は、学術の分野で功績をあげた研究者に贈られるもので、両陛下は授賞式に出席し、拍手で受賞者を祝福された。
これに先立ち、両陛下は、受賞者から研究内容について説明を受け、地震学の東北大学・長谷川 昭名誉教授が、プレートの沈み込みと地底の水の移動について説明すると、陛下は「いつ頃から、そういうふうなことがわかるようになったんですか」などと、熱心に質問された。
午後には、受賞者らを招いて、皇居・宮殿で茶会が行われ、陛下は「これからも体に気をつけて、元気にそれぞれの道を進められるよう願っております」と述べられた。


両陛下、日本学士院賞受賞者を皇居に招き茶会
6/12(月) 21:05配信 読売新聞

 天皇、皇后両陛下は12日、今年度の日本学士院賞受賞者を皇居・宮殿に招き、茶会を開かれた。

 皇太子さまと秋篠宮(あきしののみや)ご夫妻も同席された。茶会には、地震活動の解明に大きく貢献した長谷川昭・東北大名誉教授(72)らが出席。天皇陛下は受賞者に、「これからも体に気をつけて、元気にその道を進められますよう願っています」と述べられた。


<皇室>両陛下が学士院賞の受賞者らと懇談
6/12(月) 18:05配信 毎日新聞

 天皇、皇后両陛下は12日、皇居・宮殿に今年度の日本学士院賞の受賞者らを招き、懇談された。陛下は「これからも体に気をつけ、元気にその道をすすめられるよう願っております」とあいさつした。皇太子さまと秋篠宮ご夫妻も同席され、受賞者から研究成果などについて聞いた。【高島博之】


学士院賞受賞者らと歓談される両陛下
時事通信 6/12(月) 17:29配信

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日本学士院賞受賞者らを招いた茶会で、恩賜賞と日本学士院賞を受賞した長谷川昭東北大名誉教授(左手前)らと歓談される天皇、皇后両陛下=12日午後、皇居・宮殿

(時事通信社)


両陛下、学士院受賞者と茶会
6/12(月) 16:54配信 時事通信

 天皇、皇后両陛下は12日午後、第107回日本学士院賞受賞者を皇居・宮殿に招き、茶会を開かれた。

 天皇陛下は冒頭、受賞者らに「このたびの受賞を心からお祝いします。これからも体に気を付けて、元気にその道を進められますよう祈っています」と声を掛けた。

 地震活動を研究した長谷川昭東北大名誉教授らと同じテーブルに着いた天皇陛下は、説明を受け「重要な問題ですね」などと応じた。

 茶会には、皇太子さま、秋篠宮ご夫妻も出席した。


両陛下、日本学士院授賞式にご臨席
6/12(月) 12:40配信 産経新聞

 天皇、皇后両陛下は12日、東京都台東区の日本学士院会館で、優れた業績を修めた研究者に贈られる「日本学士院賞」の授賞式に臨席し、受賞者らを拍手で祝福された。

 今回で107回目となる受賞者は、プレート沈み込み帯の地殻やマントルの構造と地震活動の関係を調べ、恩賜賞も同時受賞した長谷川昭・東北大名誉教授(72)や、乳幼児がかかる川崎病で、心臓の冠動脈障害の合併症に対する手術法を確立した北村惣一郎・国立循環器病研究センター名誉総長(76)ら10人。


日本学士院授賞式に出席された両陛下
時事通信 6/12(月) 12:32配信

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天皇、皇后両陛下が出席されて行われた日本学士院賞の第107回授賞式。写真中央は恩賜賞と日本学士院賞を受賞する長谷川昭東北大名誉教授=12日、東京・上野の日本学士院会館


研究について説明を受けられる両陛下
時事通信 6/12(月) 12:12配信

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恩賜賞と日本学士院賞受賞者の長谷川昭氏(右)から研究について説明を受けられる天皇、皇后両陛下=12日、東京都台東区(代表撮影)

(時事通信社)


両陛下、日本学士院授賞式に
6/12(月) 10:39配信 時事通信

 天皇、皇后両陛下は12日午前、東京・上野の日本学士院会館で開かれた日本学士院賞の第107回授賞式に出席された。

 天皇陛下の退位を実現する特例法成立後、陛下の皇居外での公務は初めて。

 学士院賞は学術上、特に優れた研究業績に対し贈られ、両陛下は毎年授賞式に出席。今回は海洋プレートの沈み込み帯の構造と地震活動を研究した長谷川昭東北大名誉教授(72)や小児の心臓の冠動脈再建手術を確立した国立循環器病研究センターの北村惣一郎名誉総長(76)ら9件10人が受賞した。長谷川名誉教授には恩賜賞も併せて贈られ、両陛下は壇上で拍手を送った。

 両陛下は式典に先立ち、受賞者から研究内容の説明を受けた。長谷川名誉教授が、地震発生には断層面に含まれる水が関わっていることを説明すると、天皇陛下は「いつごろからそういうことが分かるようになったんですか」と尋ねた。午後には受賞者らを皇居・宮殿に招いて茶会が催される。

2017年6月 8日 (木)

桂宮宜仁親王殿下ご薨去「三年式年祭墓所祭」

三笠宮家のご次男で天皇陛下の従兄弟にあたられた桂宮宜仁親王殿下がご薨去(こうきょ)されてから3年を迎えた8日午後、東京都文京区の豊島岡墓地で「三年式年祭墓所祭」が営まれ、母の三笠宮百合子妃殿下皇太子殿下秋篠宮紀子妃殿下など皇族方をはじめ、天皇皇后両陛下のご長女、黒田清子さんらが参列された。

三笠宮百合子妃殿下は墓前で車いすから立ち上がり、玉串をささげてご拝礼され、皇族方も順次拝礼された。天皇皇后両陛下は慣例により参列されず、使者を送られた。

同日午前には、東京・元赤坂の三笠宮邸で「霊舎祭」が執り行われた。

桂宮宜仁親王殿下ご薨去三周年にあたり、改めて謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

リンク:桂宮さま 三年式年祭営まれる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:桂宮さましのび三年式年祭 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

桂宮さま 三年式年祭営まれる
6/9(金) 10:51配信 ホウドウキョク

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(写真:ホウドウキョク)

天皇陛下のいとこにあたる桂宮さまが亡くなられて、3年となる8日、墓所で祭祀(さいし)が行われた。
桂宮さまを悼む墓所祭は、午後2時から、東京・文京区の豊島岡墓地で行われ、皇太子さまや、秋篠宮妃紀子さまなど皇族方をはじめ、天皇皇后両陛下の長女、黒田清子(さやこ)さんなど34人が参列した。
両陛下は、慣例に従い参列せず、使者を遣わされた。
桂宮さまの母で、94歳の三笠宮妃百合子さまは、使者の拝礼に続いて墓所の前へと進み、車いすから立ち上がり、玉ぐしをささげ拝礼し、2番目の息子となる桂宮さまをしのばれていた。


桂宮さましのび三年式年祭
6/8(木) 17:52配信 時事通信

 桂宮さまが亡くなって3年となる8日午後、東京都文京区の豊島岡墓地で三年式年祭「墓所祭」が営まれ、母親の三笠宮妃百合子さまや皇太子さま、秋篠宮妃紀子さまらが参列された。

 最初に天皇、皇后両陛下の使者が玉串をささげて拝礼。続いて百合子さまも車椅子から立ち上がって頭を下げ、ほかの参列者も続いた。これに先立つ同日午前には東京・元赤坂の三笠宮邸で「霊舎祭」が営まれた。

2017年6月 6日 (火)

三笠宮寛仁親王殿下ご薨去「五年式年祭墓所祭」

三笠宮家のご長男で天皇陛下の従兄弟にあたられた寛仁親王殿下がご薨去(こうきょ)されてから5年を迎えた6日午後、東京都文京区の豊島岡墓地で「五年式年祭墓所祭」が営まれ、母の三笠宮百合子妃殿下長女の彬子女王殿下次女の瑶子女王殿下皇太子殿下秋篠宮殿下ご夫妻など皇族方をはじめ、天皇皇后両陛下のご長女、黒田清子さんらも参列された。

三笠宮百合子妃殿下は墓前で車いすから立ち上がり、玉串をささげてご拝礼され、皇族方も順次拝礼された。天皇皇后両陛下は慣例により参列されず、使者を送られた。

同日午前には、東京・元赤坂の三笠宮邸で「霊舎祭」が執り行われた。

三笠宮寛仁親王殿下ご薨去五周年にあたり、改めて謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

リンク:両陛下、三笠宮寛仁さまの墓拝礼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、寛仁さまの墓参 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼される天皇陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、寬仁親王殿下の墓所をご参拝 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、寛仁さまの墓参 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮寛仁さま墓所祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:寛仁さましのび、五年式年祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:寬仁親王殿下の命日、墓所祭営まれる - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

両陛下、三笠宮寛仁さまの墓拝礼
6/14(水) 23:26配信 ホウドウキョク

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(写真:ホウドウキョク)

天皇皇后両陛下は、三笠宮寛仁さまの墓を拝礼された。
両陛下は14日午前10時半ごろ、豊島岡墓地に到着し、出迎えた寛仁さまの長女・彬子さまとともに、寛仁さまの墓へと向かわれた。
陛下のいとこにあたり、「ひげの殿下」として親しまれた寛仁さまが亡くなって、6月6日で5年がたち、両陛下は、静かに玉ぐしをささげ、寛仁さまをしのんで、深く拝礼された。
墓前には、母、三笠宮妃百合子さまが立ち会われ、両陛下は、94歳の百合子さまをねぎらわれていた。


両陛下、寛仁さまの墓参
時事通信 6/14(水) 12:35配信

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三笠宮家の彬子さまに迎えられ、寛仁さまの墓に向かわれる天皇、皇后両陛下=14日午前、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)


拝礼される天皇陛下
時事通信 6/14(水) 12:09配信

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三笠宮家の寛仁さまの墓に拝礼される天皇陛下=14日午前、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)


両陛下、寬仁親王殿下の墓所をご参拝
6/14(水) 11:36配信 産経新聞

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寛仁さまの墓に向かわれる天皇、皇后両陛下=14日午前10時44分、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)(写真:産経新聞)

 天皇、皇后両陛下は14日、東京都文京区の豊島岡墓地を訪れ、陛下のいとこにあたる寬仁親王殿下の墓所を参拝された。

 寬仁さまが薨去(こうきょ)されてから5年の命日だった今月6日には、同墓地などで五年式年祭が営まれたが、両陛下は慣例により参列せず、日を改めて訪問された。

 両陛下は寬仁さまの母、三笠宮妃百合子さまと長女の彬子さまの出迎えを受けた後、順番に墓前に進み、玉串をささげて深々と拝礼された。


両陛下、寛仁さまの墓参
6/14(水) 11:23配信 時事通信

 天皇、皇后両陛下は14日午前、東京都文京区の豊島岡墓地を訪れ、2012年6月に亡くなった三笠宮家の寛仁(ともひと)さまの墓にお参りされた。

 両陛下は今月6日に行われた五年式年祭には慣例で参列していなかった。

 モーニングと和服姿の両陛下は、寛仁さまの長女彬子(あきこ)さまに出迎えられ墓所に到着。三笠宮妃百合子さまらが見守る中、それぞれ墓前に進むと玉串をささげ、深々と拝礼した。


三笠宮寛仁さま墓所祭
6/6(火) 22:59配信 ホウドウキョク

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(写真:ホウドウキョク)

天皇陛下のいとこで、「ひげの殿下」として親しまれた、三笠宮寛仁さまが亡くなられて5年の命日にあたる6日、墓所祭が営まれた。
寛仁さまの墓所祭は、午後2時から東京・文京区の豊島岡墓地で行われ、皇太子さまや秋篠宮ご夫妻など、皇族方をはじめ、天皇皇后両陛下の長女、黒田清子さんなども参列した。
両陛下は、慣例に従い参列せず、使者を遣わされ、寛仁さまの母で、94歳の三笠宮妃百合子さまは、墓の前で車いすから立ち上がり、玉串をささげられた。
長女・彬子さまや、次女の瑶子さまも拝礼し、66歳で亡くなられた寛仁さまをしのばれた。


寛仁さましのび、五年式年祭
6/6(火) 16:43配信 時事通信

 三笠宮家の寛仁(ともひと)さまが亡くなってから5年となる6日午後、東京都文京区の豊島岡墓地で五年式年祭「墓所祭」が営まれ、母親の三笠宮妃百合子さま、長女彬子さま、次女瑶子さま、皇太子さまらが参列された。

 天皇、皇后両陛下の使者が墓所に玉串をささげ、百合子さまが車椅子から立ち上がって拝礼した。同日午前には、東京・元赤坂の三笠宮東邸で「霊舎祭」が営まれた。


寬仁親王殿下の命日、墓所祭営まれる
6/6(火) 16:32配信 産経新聞

 天皇陛下のいとこにあたる寬仁親王殿下が亡くなられてから5年の命日を迎えた6日、東京都文京区の豊島岡墓地で五年式年祭の「墓所祭」が営まれた。しきたりで参列されない天皇、皇后両陛下の使者を務めた侍従に続き、母の三笠宮妃百合子さまが墓前に玉串をささげられた。長女の彬子さま、次女の瑶子さまも墓前で深々と拝礼された。皇太子さまや秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も参列された。

 これに先立ち、東京都港区の赤坂御用地内にある三笠宮東邸では「霊舎祭」が営まれた。

2017年4月27日 (木)

眞子内親王殿下がご乗車の車が自損事故、おけがはなし

26日午後6時ごろ、東京都千代田区の東京国際フォーラム前の交差点で、秋篠宮殿下ご夫妻のご長女、眞子内親王殿下がご乗車の宮内庁の乗用車が右折する際、中央分離帯に接触する事故を起こしていたことが27日、同庁への取材で分かった。この事故で乗用車の右の後輪がパンクし走行不能となったが、眞子内親王殿下におけがはなく、また運転していた同庁の男性職員にもけがはなかった。

宮内庁によると、乗用車は41歳の同庁職員が運転していた。眞子殿下は別の車に乗り換え、元赤坂の宮邸に戻られたという。同庁は「運転手の不注意と初歩的な運転ミス」が原因としている。

昨年11月には相模原市内の中央道で、秋篠宮妃紀子殿下とご長男の悠仁親王殿下がご乗車された宮内庁職員が運転するワゴン車が乗用車に追突する事故を起こしていた。

リンク:<眞子さま>乗用車が自損事故、けがなし 宮内庁職員運転 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:眞子さまお乗せの車、都内で自損事故 けがなし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:眞子さまの車が自損事故=走行不能に、けが人なし - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<眞子さま>乗用車が自損事故、けがなし 宮内庁職員運転
毎日新聞 4/27(木) 12:57配信

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秋篠宮家の長女眞子さま=皇居・宮殿「松の間」で2017年1月13日午前11時35分、長谷川直亮撮影

 秋篠宮ご夫妻の長女眞子さま(25)が乗られた乗用車が26日夕、東京都内で自損事故を起こしたが、眞子さまを含めてけが人はなかった。27日、宮内庁への取材で分かった。

 同庁によると、26日午後6時ごろ、東京都千代田区の交差点で、同庁職員(41)が運転する乗用車が右折した際、中央分離帯に後部右側のタイヤが接触してパンクした。車には眞子さまが乗っていたがけがはなかった。

 昨年11月には、秋篠宮妃紀子さま(50)と長男悠仁さま(10)が乗ったワゴン車が追突事故を起こしており、同庁は「(職員の)安全運転意識の向上を徹底させたい」としている。【高島博之】


眞子さまお乗せの車、都内で自損事故 けがなし
産経新聞 4/27(木) 12:49配信

 26日午後6時ごろ、東京都千代田区の東京国際フォーラム前の交差点で、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが乗られた乗用車が右折する際、中央分離帯と接触する事故を起こしていたことが、宮内庁への取材で分かった。この事故で右の後輪がパンクしたが、眞子さまや、同乗者にけがはなかった。

 宮内庁によると、乗用車は41歳の同庁職員が運転していた。車は自走不能となったが、眞子さまは別の車に乗り換え、元赤坂の宮邸に戻られたという。同庁は「運転手の不注意と初歩的な運転ミス」が原因としている。

 昨年11月には相模原市内の中央道で、秋篠宮妃紀子さまと長男の悠仁さまが乗られたワゴン車が乗用車に追突する事故があった。


眞子さまの車が自損事故=走行不能に、けが人なし
時事通信 4/27(木) 12:26配信

 秋篠宮ご夫妻の長女眞子さま(25)を乗せた宮内庁の乗用車が、東京都千代田区の交差点で中央分離帯に接触する自損事故を起こしていたことが27日、同庁への取材で分かった。

 眞子さまや、運転していた同庁の男性職員(41)にけがはなかった。

 宮内庁によると、眞子さまの乗用車は26日午後6時すぎ、千代田区の東京国際フォーラム西側の交差点を右折しようとした際に、右後輪が中央分離帯に接触。タイヤがパンクしたため車は走行不能に陥り、眞子さまは別の車に乗り換えて宮邸に戻られたという。

2017年4月24日 (月)

佳子内親王殿下、9月からイギリス・リーズ大にご留学

秋篠宮家の次女、佳子内親王殿下が、今年9月からイギリス・リーズ大にご留学されることが24日、宮内庁から発表された。

佳子内親王殿下は現在、国際基督教大学(International Christian University、ICU)の3年としてご在学中だが、昨年10月に同大の交換留学プログラムにご応募され、書類選考や面接試験などを経て今年3月にリーズ大へのご留学が決定した。来年6月までのコースで夏ごろにご帰国の予定とされる。皇室の方々が同大で学ばれるのは初めて。履修科目は未定だが、心理学や美術に関心を持たれているという。

佳子殿下は学習院大1年の25年には、米国で1カ月間のホームステイをご経験された。またご長女の眞子内親王殿下はICU3年だった24年に同じプログラムを利用し、イギリス・エディンバラ大にご留学、その後26年にはイギリス・レスター大学大学院にご留学されている。

リンク:秋篠宮佳子さま、イギリス留学へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>佳子さま英国のリーズ大に留学へ ICUの制度利用 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佳子さま、英中部の名門・リーズ大に短期留学へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佳子さま、9月に英国ご留学へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佳子さま、英国へ短期留学=今年9月からリーズ大に - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

秋篠宮佳子さま、イギリス留学へ
ホウドウキョク 4/24(月) 20:40配信

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(写真:ホウドウキョク)

秋篠宮ご夫妻の次女・佳子さまは、2017年9月から、イギリスのリーズ大学へ短期留学されることになった。
佳子さまは、ICU(国際基督教大学)の3年に在学中で、宮内庁によると、以前から留学に関心があり、ICUの交換留学制度を利用し、2017年9月からおよそ1年間、イギリスのリーズ大学に留学されるという。
ウエスト・ヨークシャー州にあるリーズ大学は、伝統ある国立大学で、佳子さまは、この大学を自ら志望し、ICU内での選考試験を経て、3月に留学が決まったという。
佳子さまは、心理学や芸術などに関心があり、幅広い分野で学ぶことを希望されているという。
姉の眞子さまもICU在学中、同じ制度を利用して、イギリスに留学されている。
佳子さまは、2013年の夏休みに、アメリカでホームステイを経験されているが、留学は今回が初めて。


<皇室>佳子さま英国のリーズ大に留学へ ICUの制度利用
毎日新聞 4/24(月) 20:30配信

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秋篠宮家の次女佳子さま=代表撮影

 宮内庁は24日、秋篠宮ご夫妻の次女で国際基督教大(ICU)3年の佳子さま(22)が、9月から来年6月まで英国のリーズ大に短期留学されると発表した。佳子さまは昨年10月にICUの交換留学プログラムに申し込み、書類選考と面接を経て留学が決まった。

 姉の眞子さま(25)もICU3年時の2012年9月から、同プログラムを利用して英エディンバラ大に留学された。【高島博之】


佳子さま、英中部の名門・リーズ大に短期留学へ
読売新聞 4/24(月) 19:19配信

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佳子さま

 宮内庁は24日、秋篠宮ご夫妻の次女で、国際基督教大の3年生の佳子さま(22)が今年9月から、英・リーズ大学に短期留学されると発表した。

 期間は来年6月頃までの予定。佳子さまの海外留学は初めて。

 宮内庁によると、佳子さまは、書類や面接選考を経て、今年3月に留学が決定した。学部や専攻は今後決めるが、心理学や美術に関心を示されているという。

 リーズ大は1904年設立の英国中部の名門大学で、6000人以上の留学生を受け入れている。


佳子さま、9月に英国ご留学へ
産経新聞 4/24(月) 16:37配信

 宮内庁は24日、秋篠宮ご夫妻の次女で国際基督教大(ICU)3年の佳子さまが9月から英中部のリーズ大に留学されると発表した。来年6月までのコースで夏ごろに帰国される。皇室の方々が同大で学ばれるのは初めて。履修科目は未定だが、心理学や美術に関心を持たれているという。

 宮内庁によると、佳子さまは昨年10月、ICUの交換留学プログラムに応募され、書類選考や面接試験などを経て今年3月にリーズ大での受け入れが決まった。教職員と相談し、世界各国から留学生が集まるなど文化的に多様性がある同大を選ばれたという。

 佳子さまの外国ご訪問は3度目。学習院大1年だった25年には8~9月の約1カ月間、米国でホームステイを経験された。姉の眞子さまはICU3年だった24年に同じプログラムを利用し、英国エディンバラ大に留学されている。


佳子さま、英国へ短期留学=今年9月からリーズ大に
時事通信 4/24(月) 16:28配信

 宮内庁は24日、秋篠宮ご夫妻の次女で国際基督教大(ICU)3年の佳子さま(22)が今年9月から、英国のウエスト・ヨークシャー州にあるリーズ大に短期留学されると発表した。

 宮内庁によると、佳子さまは昨年ICUの交換留学プログラムに出願し、書類選考などを経て、今年3月にリーズ大から留学受け入れの回答を受けた。同大は英国でも国際性が高いといい、各国から多くの留学生を受け入れていることや、幅広い科目の履修が可能なことなどから、佳子さまが自ら留学先に選んだという。

 帰国は来年夏ごろの見通しで、その後は引き続きICUで学ぶ。大学間の交換留学協定で、留学先での取得単位はICUの単位として認められるため、4年で卒業が可能という。所属する学部や、現地での住まいなどはまだ決まっていない。

2017年4月18日 (火)

渡部昇一氏が死去 戦後の売国風潮を敢然と批判した勇気ある言論人

英語学者・評論家で第1回正論大賞を受賞した上智大名誉教授の渡部昇一氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。

昭和51年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超のベストセラーとなった。

57年の高校日本史教科書の検定で、当時の文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたとする新聞・テレビ各社の報道を誤報だといちはやく指摘し、ロッキード事件裁判では田中角栄元首相を擁護するなど論壇で華々しく活躍。一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として60年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。主な著書に「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」など。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」など翻訳も多数手がけた。

人権教や平等教といった“宗教”に支配されていた戦後日本の言論空間に、あっけらかんと風穴を開けた真に勇気ある言論人だった。いまでこそ渡部さんの言論は多くの日本人に共感を与えているが、かつて左翼・リベラル陣営がメディアを支配していた時代、ここにはとても書けないような罵詈(ばり)雑言を浴びた。渡部さんは、反論の価値がないと判断すれば平然と受け流し、その価値あると判断すれば堂々と論陣を張った。

※以上、産経新聞報道から抜粋。

渡部昇一氏の生前の業績に深く敬意を表し、謹んでご冥福をお祈りする。

リンク:第1回正論大賞の渡部昇一氏が死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:渡部昇一さん死去、86歳 保守の論客、『知的生活の方法』 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:渡部昇一氏が死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:渡部昇一氏が死去=保守派の評論家 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:保守派の論客、渡部昇一さん死去…86歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:渡部昇一氏死去 戦後の言論空間に風穴、勇気ある知の巨人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:評論家の渡部昇一氏が死去 「知的生活の方法」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

第1回正論大賞の渡部昇一氏が死去
SankeiBiz 4/19(水) 8:15配信

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(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 産経新聞正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。

 1930年、山形県鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授を経て教授に。76年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は100万部超のベストセラーとなった。

 一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として85年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。


渡部昇一さん死去、86歳 保守の論客、『知的生活の方法』
J-CASTニュース 4/18(火) 12:03配信

 『知的生活の方法』のベストセラーを出し、保守派の論客として知られた英語学者で、上智大学名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)さんが、2017年4月17日、心不全で死去した。86歳だった。各メディアが報道した。

 昨16年秋には、天皇陛下の生前退位を巡り、専門家として意見を求められ、退位ではなく「摂政」で対応すべきとの見解を明らかにしていた。

■第1回正論大賞を受賞

 1930年、山形県生まれ。上智大学、同大学院を経て、独ミュンスター大学、英オックスフォード大学に留学。上智大学教授などを務めた。

 英語学者として英文法史などを研究するかたわら、75年の『腐敗の時代』で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。76年に出版した『知的生活の方法』は100万部を超えるベストセラーとなり、一躍名前を知られるようになった。

 80年代に入ってから次第に保守派論客としての活動が多くなり、85年には第1回正論大賞を受けた。歴史教科書、東京裁判、従軍慰安婦問題などで盛んに発言した。

 多数の著書があり、フランシス・フクヤマ『歴史の終わり』などの翻訳も手がけた。


渡部昇一氏が死去
時事通信 4/18(火) 11:02配信

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保守派の評論家として知られた英語学者で、上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が18日までに死去した。86歳だった。山形県出身=2000年撮影

(時事通信社)


渡部昇一氏が死去=保守派の評論家
時事通信 4/18(火) 10:46配信

 保守派の評論家として知られた英語学者で、上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都杉並区の自宅で死去した。

 86歳だった。山形県鶴岡市出身。葬儀は近親者で行う。喪主は妻迪子(みちこ)さん。

 上智大大学院修士課程、独ミュンスター大大学院博士課程修了。1971年から上智大教授。旧文部省の臨時教育審議会専門委員などを務めた。著書に「実践・快老生活」「知的生活の方法」など。

 天皇退位を検討する政府の有識者会議に専門家として招かれ、退位に反対する立場から意見を述べていた。


保守派の論客、渡部昇一さん死去…86歳
読売新聞 4/18(火) 1:13配信

 保守派の論客として知られた英語学者で、上智大学名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)さんが、17日午後、心不全で死去した。

 86歳だった。告別式は近親者のみで行う予定。後日、お別れの会を開く。喪主は妻の迪子(みちこ)さん。

 渡部さんは1930年、山形県生まれ。上智大学、同大学院を経て、独ミュンスター大学、英オックスフォード大学に留学。帰国後、上智大学で教壇に立ち、後に教授に就任した。

 英語学者として英文法史などを研究するかたわら、日本のあり方について保守派の立場から積極的に発言した。

 「不平等主義のすすめ」「日本史から見た日本人」など著書多数。「知的生活の方法」はミリオンセラーになった。76年には「腐敗の時代」で日本エッセイストクラブ賞を、85年には第1回正論大賞を受けた。


渡部昇一氏死去 戦後の言論空間に風穴、勇気ある知の巨人
産経新聞 4/18(火) 1:04配信

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講演後に談笑する渡部昇一さん(右)とジャーナリストの櫻井よしこさん=平成25年9月12日、東京都千代田区(荻窪佳撮影)(写真:産経新聞)

 産経新聞正論メンバーで論壇の重鎮として活躍した渡部昇一さんが17日、86歳で亡くなった。

 人権教や平等教といった“宗教”に支配されていた戦後日本の言論空間に、あっけらかんと風穴を開けた真に勇気ある言論人だった。いまでこそ渡部さんの言論は多くの日本人に共感を与えているが、かつて左翼・リベラル陣営がメディアを支配していた時代、ここにはとても書けないような罵詈(ばり)雑言を浴びた。渡部さんは、反論の価値がないと判断すれば平然と受け流し、その価値あると判断すれば堂々と論陣を張った。

 もっとも有名な“事件”は「神聖喜劇」で知られる作家、大西巨人さんとの論争だろう。週刊誌で、自分の遺伝子が原因で遺伝子疾患を持った子供が生まれる可能性のあることを知る者は、子供をつくるのをあきらめるべきではないか、という趣旨のコラムを書いた渡部さんは「ナチスの優生思想」の持ち主という侮辱的な罵声を浴びた。

 批判者は《「既に」生まれた生命は神の意志であり、その生命の尊さは、常人と変わらない、というのが私の生命観である》と渡部さんが同じコラムの中で書いているにもかかわらず、その部分を完全に無視して世論をあおったのだ。

 大ベストセラーとなった「知的生活の方法」も懐かしい。蒸し暑い日本の夏に知的活動をするうえで、エアコンがいかに威力があるかを語り、従来の精神論を軽々と超え、若者よ、知的生活のためにエアコンを買えとはっぱをかけた。

 また、英国の中国学者で少年皇帝溥儀の家庭教師を務めていたレジナルド・F・ジョンストンが書いた「紫禁城の黄昏」を読み直し、岩波文庫版に日本の満州進出に理があると書かれた個所がないことを発見、祥伝社から完訳版を刊行したことも忘れられない。

 繰り返す。勇気ある知の巨人だった。(桑原聡)

 ■ジャーナリストの櫻井よしこさんの話「非常に博識で、歴史問題や東京裁判などあらゆるテーマについて精通しておられた。日本の国柄について、優しい語り口で解説することができる、かけがえのない存在です。今、日本はとても大事なところに立っていて、渡部先生に先頭に立って日本のあるべき姿を論じていただけたら、どんなに力になったかと思うと本当に残念です」


評論家の渡部昇一氏が死去 「知的生活の方法」
産経新聞 4/18(火) 1:01配信

 本紙正論メンバーで第1回正論大賞を受賞した英語学者・評論家で上智大名誉教授の渡部昇一(わたなべ・しょういち)氏が17日午後1時55分、心不全のため東京都内の自宅で死去した。86歳だった。葬儀・告別式は親族で行う。喪主は妻、迪子(みちこ)さん。後日、お別れの会を開く。ここ数日、体調を崩していた。

 昭和5年、山形県鶴岡市生まれ。上智大大学院修士課程修了後、独ミュンスター大、英オックスフォード大に留学。帰国後、上智大講師、助教授をへて教授に。専門は英語学で、「英文法史」「英語学史」などの専門書を著した。

 48年ごろから評論活動を本格的に展開し、博学と鋭い洞察でさまざまな分野に健筆をふるった。51年に「腐敗の時代」で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。同年に刊行された「知的生活の方法」は、読書を中心とした知的生活を築き上げるための具体的方法を論じ、100万部超のベストセラーとなった。

 57年の高校日本史教科書の検定で、当時の文部省が「侵略」を「進出」に書き換えさせたとする新聞・テレビ各社の報道を誤報だといちはやく指摘し、ロッキード事件裁判では田中角栄元首相を擁護するなど論壇で華々しく活躍。一連の言論活動で「正確な事実関係を発掘してわが国マスコミの持つ付和雷同性に挑戦し、報道機関を含む言論活動に一大変化をもたらす契機となった」として60年、第1回正論大賞を受賞。東京裁判の影響を色濃く受けた近現代史観の見直しを主張するなど、保守論壇の重鎮だった。平成27年、瑞宝中綬章。主な著書に「日本史から見た日本人」「ドイツ参謀本部」など。フランシス・フクヤマ「歴史の終わり」など翻訳も多数手がけた。

2017年4月13日 (木)

三笠宮瑶子女王殿下、右膝ねんざと診断

宮内庁は13日、故三笠宮寛仁親王殿下のご息女・瑶子女王殿下の右膝に痛みがあるため、12日に宮内庁病院で検査を受けられ、右膝のねんざと診断されたと発表した。

宮内庁によると、3月中旬に東京都内を友人と歩いていた際に貧血の症状で路面に膝をつき、その後痛みが強まったため、宮内庁病院でレントゲン検査などを受けられた。

日常生活に影響はないが、ご回復には1カ月以上かかる見通し。今後、20日に予定される春の園遊会などご公務への臨席を見送られる可能性があるという。

リンク:瑶子さま、貧血で右膝捻挫 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮家の瑶子さま右膝捻挫、貧血で立ちくらみ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:瑶子さまが右膝ねんざ=宮内庁 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

瑶子さま、貧血で右膝捻挫
産経新聞 4/14(金) 0:02配信

 宮内庁は13日、三笠宮家の瑶子さまの右膝に痛みがあり、12日に宮内庁病院で捻挫との診断を受けられたと発表した。先月中旬に友人と都内を歩いていた際、貧血の症状で路面に膝をついて以降、お痛みが続いていたという。

 日常生活に影響はないが、ご回復に1カ月以上かかる見通し。今後、20日に予定される春の園遊会など公務への臨席を見送られる可能性があるという。


三笠宮家の瑶子さま右膝捻挫、貧血で立ちくらみ
読売新聞 4/13(木) 18:30配信

 宮内庁は13日、三笠宮家の瑶子(ようこ)さま(33)が右膝の痛みを訴えられ、宮内庁病院で捻挫と診断されたと発表した。

 同庁によると、瑶子さまは3月中旬、都内の歩道で、貧血による立ちくらみで両膝をつかれた。その後、公務や通常の生活を送っていたが、痛みが増してきたため、同病院で検査を受けられたという。


瑶子さまが右膝ねんざ=宮内庁
時事通信 4/13(木) 17:54配信

 宮内庁は13日、三笠宮家の瑶子さまが宮内庁病院で検査を受けられ、右膝のねんざと診断されたと発表した。

 完治には月単位の時間がかかるとみられ、20日に予定されている春の園遊会などを欠席する可能性がある。

 宮内庁によると、3月中旬に東京都内を友人と歩いていた際に立ちくらみを起こし、両膝を地面にぶつけていた。その後痛みが強まったため、12日に宮内庁病院でレントゲンなどの検査を受けたところ、ねんざと診断されたという。

2017年2月23日 (木)

皇太子殿下、今日23日、57歳のお誕生日をお迎え

皇太子殿下が今日23日、57歳のお誕生日をお迎えになられた。

皇太子殿下は今回のお誕生日に先立ち、21日に記者会見を行なわれ、天皇陛下が昨年8月に譲位の意向を表明されたことについて、心を揺さぶられたとした上で、お言葉を「常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたい」と述べられた。

リンク:皇太子さま57歳 陛下の譲位ご意向「心揺さぶられました」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇太子さま57歳 「国民に寄り添う」天皇像継承のご決意にじませ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇太子さま、57歳の誕生日 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:陛下への思い切々と=お言葉「模索と熟慮の結果」―皇太子さま誕生日会見 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:陛下のお言葉「心揺さぶられた」=皇太子さま57歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:退位お言葉、心揺さぶられた…皇太子さま57歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇太子さま会見>雅子さまの「活動の幅広がる」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇太子さま>「国民を思い、祈る」中世・後奈良天皇に触れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇太子さま>次の天皇、にじむ覚悟 表情引き締め丁寧に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇太子さま>57歳 おことば「重く受け止めます」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

皇太子さま57歳 陛下の譲位ご意向「心揺さぶられました」
産経新聞 2/23(木) 7:55配信

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57歳の誕生日を前に、記者会見に臨まれる皇太子さま=21日、東京・元赤坂の東宮御所(松本健吾撮影)(写真:産経新聞)

 皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、東京・元赤坂の東宮御所で記者会見に臨み、天皇陛下が昨年8月に譲位の意向を表明されたことについて、心を揺さぶられたとした上で、お言葉を「常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたい」と述べられた。皇位継承順位第1位の皇太子さまが、陛下の譲位に関するお言葉について公式に感想を述べられたのは初めて。

 皇太子さまは昨年8月の陛下のお言葉を、公務を終えた名古屋市の名古屋駅で「厳粛な思い」で聞かれたという。譲位の意向については、折に触れて陛下から直接聞いたり、陛下の姿やお話しぶりから推し量ることがあったとご説明。陛下が象徴天皇としての務めを果たす過程で「模索と熟慮の結果を踏まえ」られたとの認識を示された。

 「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」と案じた陛下のお言葉には「とても心を揺さぶられました」とし、譲位の意向表明に至った背景については「十分お察し申し上げている」と述べられた。また「今後私自身が活動していくのに当たって、常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたい」との意向を示された。

 天皇、皇后両陛下の今後についても言及し、「御自身のためにお使いになる時間をもう少しお取りになれるとよろしいのではないかと思っています」と気遣われた。


皇太子さま57歳 「国民に寄り添う」天皇像継承のご決意にじませ
産経新聞 2/23(木) 7:55配信

 皇太子さまは57歳の誕生日を前にした記者会見で、慎重に言葉を選びながらも自らの「象徴天皇像」に触れ「祈り」「国民に常に寄り添う」天皇を継承する決意をにじませられた。過去の天皇に思いをはせながら、国民とともに歩まれてきた天皇陛下に倣う姿勢を示された形だ。皇太子さまは象徴天皇の在り方に関する質問に対し、16世紀の第105代、後奈良天皇を例示された。昨年8月、後奈良天皇が疫病に苦しむ人々を案じ、神社などに奉納するために書いた写経を見て、「徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」との思いが添え書きされていることに気づかれたという。

 皇太子さまは、被災地訪問などで感じた「直接国民と接することの大切さ」について、「都を離れることがかなわなかった過去の天皇も(同じ考えを)強くお持ちでいらっしゃった」と推測された。天皇陛下が過去に述べられた、国民と苦楽を共にし、国民の幸せを願うことの必要性にも言及された。その上で皇太子さまは、象徴天皇の活動として「国民を思い、国民のために祈る」ことを挙げ「国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたい」と結ばれた。これは、陛下が昨年8月のお言葉で「天皇の務め」として述べられた内容とほぼ重なる。象徴天皇の理想を、陛下をはじめとする歴代天皇に見いだされようとしていることがうかがえる。


皇太子さま、57歳の誕生日
ホウドウキョク 2/23(木) 7:37配信

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(写真:ホウドウキョク)

皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎えられた。事前に行われた記者会見で、皇太子さまは、天皇陛下のお気持ち表明について、「とても心を揺さぶられました」と心境を明かされた。
皇太子さまは「(陛下が)『全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか』と御案じになられていることに、とても心を揺さぶられました」と述べられた。
皇太子さまは、2016年8月、退位の思いがにじんだ陛下のビデオメッセージを、「厳粛な思いで伺いました」と振り返ったうえで、次の皇位継承者として、「真摯(しんし)に重く受け止め、常に心にとどめつつ務めに取り組んで参りたい」と述べられた。
陛下のお気持ち表明後、皇太子さまが感想を述べられるのは、これが初めて。
象徴天皇のあり方については、両陛下のように「国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむということを続けていきたい」との考えを示された。
また、中学校卒業を控えた長女・愛子さまの体調については、「今は普段通り、学校生活に戻っております」と説明し、雅子さまと共にご一家で臨む行事も増え、「私たち家族としては、活動の幅を広げることができた1年ではなかったか」と振り返られた。


陛下への思い切々と=お言葉「模索と熟慮の結果」―皇太子さま誕生日会見
時事通信 2/23(木) 5:05配信

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雅子さま、愛子さまと過ごされる皇太子さま=12日午後、東宮御所(宮内庁提供)

 57歳の誕生日を前に、記者会見に臨まれた皇太子さま。

 次の天皇として、退位の意向をにじませた天皇陛下に対する思いや、自身が描く象徴天皇像を、準備した原稿に時折目を落としながら、切々と口にした。

 「(天皇、皇后)両陛下が一つ一つの行事を大切に思われ、真摯(しんし)に取り組まれるお姿を間近に拝見してまいりました」。4歳だった1964年の東京五輪をはじめ、ボーイスカウトの大会や高校総体、冬季国体などの行事に、両陛下と一緒に出席したことを回顧。「陛下はご即位以来、長年象徴天皇として、そのあるべき姿について真摯に模索してこられた。今回のお考えは、そうした模索と熟慮の結果を踏まえ、おまとめになられたものであろう」と推し量った。

 退位に関する陛下の考えをいつどのような形で聞いたのかは「折に触れて」などとして明言しなかった。両陛下の今後について「ご自身のためにお使いになる時間をもう少しお取りになれるとよろしいのではないか」と気遣い、「お仕事の一つ一つを心から大切にしてこられた陛下のお気持ちを十分踏まえ、私をはじめ、皇族が適切に役割を担っていくことが重要」と、公務の引き継ぎや分担に言及した。

 陛下のビデオメッセージ公表前日の昨年8月7日、愛知県西尾市で戦国時代の後奈良天皇が自ら写経した書を見た。飢饉(ききん)や疫病の流行に心を痛めていたことを知り、「時代は異なりますが、図らずも、2日続けて、天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます」と述べた。


陛下のお言葉「心揺さぶられた」=皇太子さま57歳に
時事通信 2/23(木) 5:04配信

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誕生日を前に記者会見される皇太子さま=21日午後、東宮御所「檜の間」(代表撮影)

 皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎えられた。

 これに先立ち東宮御所(東京都港区)で記者会見。退位の意向を強くにじませた昨年8月の天皇陛下のビデオメッセージについて、「陛下が『全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか』とご案じになられていることに、とても心を揺さぶられました」と語った。

 皇太子さまが公の場で陛下のビデオメッセージへの感想を述べたのは初めて。「厳粛な思いで伺いました」と述べ、「陛下のお気持ちがそこに至った背景につきましては十分お察し申し上げている」と言及。「陛下のお考えを真摯(しんし)に重く受け止め、私自身が活動に当たって、常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたい」と話した。

 次の天皇として、象徴天皇の在り方に関し、「過去の天皇が歩んでこられた道と、(象徴天皇制を定めた)憲法の規定に思いを致して、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けることが大切」と従来の考えを改めて説明。「(天皇、皇后)両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむことを続けていきたい」と述べ、「時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたい」とも語った。

 長期療養が続く雅子さまについて「活動の幅が広がってきていることを、うれしく思っております。一方で、依然体調には波もあります」と説明。昨秋に体調を崩し、学校の欠席が続いた長女愛子さまについては「ご心配をお掛けしましたが、雅子の支えもあり、今は普段通り学校生活に戻っております」と話した


退位お言葉、心揺さぶられた…皇太子さま57歳
読売新聞 2/23(木) 5:03配信

 皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎え、これに先立ち、お住まいの東宮御所で記者会見された。

 天皇陛下が昨年8月、退位の意向を示唆された「お言葉」について、公の場で初めて言及し、「両陛下がまさになさっておられるように国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたい」と陛下が模索されてきた象徴天皇の在り方を継承する考えを表明された。

 退位の意向について、陛下から特別な場で話があったわけではなく、折に触れて直接聞き、お姿やお話しぶりから推し量られることもあったという。陛下がお言葉のなかで、「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」と案じられたことに「心を揺さぶられた」と振り返られた。これからは、ご自身のためにお使いになる時間をもう少しお取りになれるとよい、と両陛下を気遣われた。


<皇太子さま会見>雅子さまの「活動の幅広がる」
毎日新聞 2/23(木) 5:02配信

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地図などを見ながら談笑される皇太子ご一家=東京都港区の東宮御所で2017年2月12日、宮内庁提供

 皇太子さまは57歳の誕生日を前にした記者会見で、療養生活が続く雅子さまについて、「活動の幅が広がってきている」と話された。昨年6月に岩手県で東日本大震災の被災地の復興状況を共に視察したことなどをその例に挙げ、「本人の自信にもつながり、私としてもうれしく思っている」と述べ、「引き続き快復を温かく見守っていただければありがたく思います」と語った。

 また皇太子さまは、中学3年で15歳の長女愛子さまについて「皇族としての務めに理解を深め、自覚と役割を学びつつあるように思う」と述べた。愛子さまは、昨年秋に一時体調を崩したが、今はふだん通りの生活に戻っているという。


<皇太子さま>「国民を思い、祈る」中世・後奈良天皇に触れ
毎日新聞 2/23(木) 5:01配信

 皇太子さまは57歳の誕生日を前にした記者会見で、戦国時代の後奈良天皇(在位1526~57年)が、飢饉(ききん)や疫病の流行に苦しむ人々のために「般若心経」を書写した歴史に触れられた。日本中世史を専攻した歴史家らしく、「過去の天皇が歩んでこられた道」を説明。「先人のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈る」と、活動の在り方についての考えを語った。

 後奈良天皇は、国の平安を祈念して般若心経を書写し、各地の神社などに奉納した。皇太子さまは、天皇陛下がおことばを公表された前日の昨年8月7日、愛知県の西尾市岩瀬文庫で、後奈良天皇の宸翰(しんかん)(天皇の直筆文書)の般若心経を見たと明かした。奥書に<私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている>との思いが記されたものも現存することを解説。「時代は異なりますが、図らずも、2日続けて、天皇陛下のお気持ちに触れることができたことに深い感慨を覚えます」と述べた。

 同文庫は古書の博物館。皇太子さまは、国際会議出席のために愛知県を訪れた際、同文庫に立ち寄った。


<皇太子さま>次の天皇、にじむ覚悟 表情引き締め丁寧に
毎日新聞 2/23(木) 5:01配信

 「厳粛な思いで伺いました」。57歳の誕生日を前にした記者会見で、天皇陛下の退位の意向がにじむおことばについてそう述べられた皇太子さま。引き締まる表情に、皇位を継ぐ立場としての覚悟が表れた。皇太子さまは、これまでの誕生日会見でも象徴天皇の在り方に関する考えをたびたび表明している。近年は陛下の公務を少しずつ引き継ぎ、皇室での役割を広げつつある。【高島博之、山田奈緒】

【誕生日を前に記者会見される皇太子さま】

 お住まいの東宮御所(東京都港区)で21日に行われた会見。皇太子さまは緊張した様子で席に着き、用意したメモ数枚を机でトントンとそろえた。発言中は、正面に視線を向けることに努めながらも、何度もメモに目を落とし、丁寧な口調で慎重に自身の考えを語った。

 天皇陛下のおことばが昨年8月8日に公表されて以来、初めての会見。自身の発言に関心が集まる中、ひとつひとつの言葉を正確に伝えようとの思いが表れていた。「両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、共に悲しむ、ということを続けていきたいと思います」

 皇太子さまは毎年、誕生日にあわせて会見をしている。質問は宮内記者会に所属する報道各社が取りまとめ、会見時間はおおむね30分。1年の出来事を振り返り感想を述べる一方、象徴天皇や皇室の在り方に関して発言することも多い。

 2010年には、皇室像への考えを尋ねる質問を受け、「天皇は国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けるということが大切」と述べた。同じ考えを、今回の会見でも語っている。

 01年の会見では「国民が皇室に対して、何を望んでいるか、何を期待しているかを的確に感じとることが重要です。時代に即した公務の内容というものも考えていく必要がある」と述べた。

 近年は、天皇陛下からいくつかの公務を引き継いでいる。15年には「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問、16年には国際緊急援助隊などとの面会4件を陛下から譲り受けた。今月19日の冬季アジア札幌大会開会式では、陛下の代理として開会を宣言した。

 皇太子さまは1960年2月23日に生まれ、名前は徳仁(なるひと)。幼少時の称号は浩宮(ひろのみや)。学習院大を卒業後、大学院に進み、英国のオックスフォード大にも留学した。水に関する諸問題の研究に長く取り組んでおり、07~15年には国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉総裁を務めた。


<皇太子さま>57歳 おことば「重く受け止めます」
毎日新聞 2/23(木) 5:01配信

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誕生日を前に記者会見される皇太子さま=東宮御所「檜の間」で2017年2月21日午後4時4分(代表撮影)

 皇太子さまは23日、57歳の誕生日を迎えられた。誕生日に先立ち記者会見し、昨年8月8日に天皇陛下が退位の意向がにじむおことばを公表されたことについて「お考えを真摯(しんし)に重く受け止めますとともに、常に心にとどめつつ務めに取り組んでまいりたい」と述べた。陛下のおことば公表後に、皇位継承順位1位の皇太子さまが公の場で感想を語るのは初めて。

 皇太子さまは、愛知県から帰京中のJR名古屋駅で、おことばのビデオメッセージをテレビ放送で見たという。この際の気持ちを「厳粛な思いで伺った」と振り返った。

 陛下の考えを初めて聞いた時期や場所については「特別な場でお話があったというわけではない」とした上で「折に触れてお考えを直接お聞かせいただいたり、お姿やお話しぶりから推し量ることもあった」と話した。公表に至った経緯を「模索と熟慮の結果を踏まえ、内閣をはじめ主な関係者ともご相談なさった上で、おまとめになられたと思う」と語った。

 おことばの中で陛下が、高齢になることで象徴の務めを全身全霊で果たすことが難しくなる懸念を示したことにも言及。一つ一つの行事に陛下が真摯に取り組む姿を間近に見てきたことを理由に、「心を揺さぶられたが、お気持ちがそこに至った背景は、十分お察し申し上げている」と強調した。

 会見では、象徴天皇の在り方について、「存在自体が重要である」との考え方と、「活動することに意味がある」との考え方が有識者の間で示されていることへの見解も尋ねられた。皇太子さまは「いろいろな考え方があることは承知しているが、私自身としては、勉強しながら今の陛下の例に倣いつつ考えていきたい」と答えた。【高島博之、山田奈緒】

2017年2月 3日 (金)

三笠宮崇仁殿下の墓所百日祭の儀

昨年の10月27日に100歳でご薨去(こうきょ)され、同11月4日に本葬にあたる斂葬(れんそう)の儀が執り行われた三笠宮崇仁殿下の「墓所百日祭の儀」が、3日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれ、天皇、皇后両陛下の使者に続いて、喪主の三笠宮百合子妃殿下が玉串をささげて拝礼。続いて秋篠宮殿下ご夫妻ら皇族方が順に拝礼された。

三笠宮崇仁殿下の御霊に、改めて謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

リンク:天皇皇后両陛下、三笠宮さまの墓所を訪れ拝礼される - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、三笠宮さまの墓所を参拝…豊島岡墓地 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、三笠宮さまの墓所をご参拝 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、三笠宮さまの墓参 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>両陛下が三笠宮さまの墓所を拝礼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの「墓所百日祭の儀」が営まれる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの墓所百日祭の儀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<三笠宮さま>「墓所百日祭の儀」東京・豊島岡墓地で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの百日祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの百日祭 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

天皇皇后両陛下、三笠宮さまの墓所を訪れ拝礼される
ホウドウキョク 2/10(金) 8:21配信

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(写真:ホウドウキョク)

天皇皇后両陛下は9日、2016年10月に亡くなられた陛下の叔父にあたる三笠宮さまの墓所を訪れ、拝礼された。
両陛下は、9日午前11時前、東京・文京区の豊島岡墓地を訪問された。
三笠宮さまは、2016年10月に100歳で亡くなられ、亡くなって100日目の2月3日に、「墓所百日祭の儀」が営まれたが、両陛下は、皇室の慣例で出席せず、日をあらためて訪問された。
墓前には、喪主の三笠宮妃百合子さま、孫の彬子さまが立ち会われ、モーニングにコート姿の陛下と、黒い和服姿の皇后さまは、順番に静かに進み出て、玉串をささげ、深く拝礼された。
両陛下は、帰り際、高齢の百合子さまや彬子さまに歩み寄り、声をかけられていた。


両陛下、三笠宮さまの墓所を参拝…豊島岡墓地
読売新聞 2/9(木) 15:43配信

 天皇、皇后両陛下は9日、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地を訪れ、三笠宮さまの墓所を参拝された。

 昨年10月27日に亡くなられた三笠宮さまの百日祭の儀が終わったことを受けた拝礼。両陛下は三笠宮妃百合子さまと三笠宮さまの孫の彬子さまに迎えられた後、墓標の前で深く拝礼し、玉串をささげられた。


両陛下、三笠宮さまの墓所をご参拝
産経新聞 2/9(木) 13:19配信

 天皇、皇后両陛下は9日、豊島岡墓地(東京都文京区)にある三笠宮さまの墓所を参拝された。三笠宮さまの薨去(こうきょ)から100日目の今月3日に「墓所百日祭の儀」が営まれたが、両陛下は慣例で出席せず、日を改めて訪問された。

 モーニングにロングコート姿の天皇陛下、和装の喪服姿の皇后さまは喪主の三笠宮妃百合子さま、喪主代理の三笠宮家の彬子さまの出迎えを受け、順番に墓前に進み出て、玉串をささげて深々と拝礼された。

 両陛下は帰り際、車のそばで見送られた彬子さまに優しく声をかけられた。


両陛下、三笠宮さまの墓参
時事通信 2/9(木) 11:46配信

 天皇、皇后両陛下は9日午前、東京都文京区の豊島岡墓地を訪れ、昨年10月に亡くなった三笠宮さまの墓にお参りされた。

 三笠宮さまの孫の彬子さまから出迎えを受けた両陛下は、墓前にそれぞれ玉串をささげ、深く拝礼した。車いすに乗った喪主の三笠宮妃百合子さまも、様子を見守った。


<皇室>両陛下が三笠宮さまの墓所を拝礼
毎日新聞 2/9(木) 11:45配信

 天皇、皇后両陛下は9日、東京都文京区の豊島岡墓地を訪問し、昨年10月27日に100歳で亡くなられた三笠宮さまの墓所で拝礼された。亡くなって100日目の「墓所百日祭の儀」は今月3日に同墓地で営まれたが、両陛下は皇室の慣例で参列せず、この日の拝礼となった。【高島博之】


三笠宮さまの「墓所百日祭の儀」が営まれる
ホウドウキョク 2/4(土) 13:36配信

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(写真:ホウドウキョク)

天皇陛下の叔父にあたる三笠宮崇仁さまが亡くなられて100日目にあたる3日、「墓所百日祭の儀」が行われた。
東京・文京区の豊島岡墓地で、3日午後2時すぎ、三笠宮さまが亡くなられてから100日目に行われる「墓所百日祭の儀」が営まれた。
儀式では、喪主をつとめる妃殿下の百合子さまが、車いすから立ち上がり、玉串をささげ、頭を深く下げられたのに続き、秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も、三笠宮さまをしのんで深く拝礼された。
両陛下は慣例により参列せず、使者を通じて玉串をささげられ、皇太子ご夫妻は午前の儀式に参列された。


三笠宮さまの墓所百日祭の儀
産経新聞 2/4(土) 7:55配信

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三笠宮さまの「墓所百日祭の儀」で拝礼を終えられた喪主の三笠宮妃百合子さま=3日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(松本健吾撮影)(写真:産経新聞)

 三笠宮さまが昨年10月27日に薨去(こうきょ)されてから100日目にあたる3日午後、豊島岡(としまがおか)墓地(東京都文京区)で「墓所百日祭の儀」が営まれ、喪主の三笠宮妃百合子さまをはじめとする皇族方が拝礼された。

 車いす姿の百合子さまは墓前で立ち上がって玉串をささげ、深々と頭を下げられた。秋篠宮ご夫妻、長女の眞子さま、次女の佳子さまの順に続かれた。

 これに先立つ同日午前、赤坂御用地(港区)の三笠宮邸では「権舎百日祭の儀」が行われ、墓所祭に参列しなかった皇太子ご夫妻が拝礼された。


<三笠宮さま>「墓所百日祭の儀」東京・豊島岡墓地で
毎日新聞 2/3(金) 20:45配信

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三笠宮さまの「墓所百日祭の儀」で拝礼を終えられた喪主の三笠宮妃百合子さま=東京都文京区の豊島岡墓地で2017年2月3日午後2時23分(代表撮影)

 三笠宮さまが100歳で亡くなられてから100日目となる3日、東京都文京区の豊島岡墓地で「墓所百日祭の儀」が営まれ、妻の百合子さまら皇族方が参列された。天皇、皇后両陛下の使者に続いて、出席者が拝礼した。一連の葬儀は10月27日の「墓所一周年祭の儀」まで続く。【高島博之】


三笠宮さまの百日祭
時事通信 2/3(金) 17:48配信

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三笠宮さまの「墓所百日祭の儀」で拝礼に向かわれる喪主の三笠宮妃百合子さま=3日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)

(時事通信社)


三笠宮さまの百日祭
時事通信 2/3(金) 15:34配信

 三笠宮さまが昨年10月に亡くなられてから100日となる3日午後、東京都文京区の豊島岡墓地で「墓所百日祭の儀」が行われた。

 天皇、皇后両陛下の使者に続いて、喪主の三笠宮妃百合子さまが玉串をささげて拝礼。続いて秋篠宮ご夫妻ら皇族方が順に拝礼した。皇太子ご夫妻は公務などのため欠席した。

2017年1月26日 (木)

俳優の松方弘樹氏が死去・4

俳優の松方弘樹(まつかた・ひろき、本名目黒浩樹=めぐろ・こうじゅ)氏が21日、脳リンパ腫のため東京都内の病院で死去した。74歳。東京都出身。昨年2月に体調不良を訴えて入院していた。東映の時代劇ややくざ映画を中心に活躍したスター俳優だった。

松方氏に脳腫瘍の可能性があることを報道各社に明かしたのは昨年2月23日。長期療養が必要となるため、出演予定だった「夢コンサート」を降板し、舞台「遠山の金さんと女ねずみ」を中止すると発表。その後、病名を「脳リンパ腫」と公表していた。懸命な闘病が続いたが、抗がん剤投与の治療中にたびたび脳梗塞を起こし、今年に入って一進一退の状況を続けた。

松方氏は時代劇スター近衛十四郎さんと女優の水川八重子さんの間に長男として誕生。俳優の目黒祐樹(69)は弟だ。歌手志望だったが、明大中野高3年の1960年に東映入りし、同年「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」でいきなりの主演デビュー。その後、スターへの階段を駆け上がり、「昭和残侠伝」シリーズといった任侠映画から「仁義なき戦い」シリーズなどの実録路線、さらに「柳生一族の陰謀」を初めとする大型時代劇で活躍した。その一方、日本テレビ系「天才・たけしの元気が出るテレビ」の笑い上戸キャラで人気を呼び、多くのバラエティー番組でも異彩を放った。

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リンク:松方弘樹さんの事実婚妻 最期まで入籍しなかった理由 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:15年以上会えないまま届いた訃報…仁科克基「親父の作品を片っ端から…」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:NHK、2・2に松方さん追悼番組放送 BSフジでは1・29“最後の旅” - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

松方弘樹さんの事実婚妻 最期まで入籍しなかった理由
NEWS ポストセブン 1/27(金) 7:00配信

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松方弘樹さん事実婚女性が入籍しなかった理由とは?

 羽織袴や黒いスーツを着た男たちがずらりと並び、僧侶たちの読経の声がごうごうと響く。壮大な葬儀の祭壇に飾られるのは、志半ばで凶弾に倒れたある男(松方弘樹)の遺影だ。さぞ無念だっただろうと、男の友人(菅原文太)は祭壇に向かって“追悼”のピストルを撃つ──。キネマ旬報が「日本映画史上ベストテン」で第5位に選出する名作映画『仁義なき戦い』(1973年)のラストシーンだ。生き急ぐ男の揺れる心情を体現した松方さんの演技は出色で、この作品で一気に名優の仲間入りを果たす。

 俳優の松方弘樹さんが1月21日、脳リンパ腫のため入院先の都内の大学病院で亡くなった。74才だった。しかし、『仁義なき戦い』のラストシーンのように、松方さんのために豪壮な葬儀が執り行われることはなかった。友人たちのほとんどは、その悲報をニュースで知り、お別れを告げる機会もなかった。

 松方さんの最期を看取ったのは、長年一緒に暮らしてきた女性。葬儀は彼女がひとりで取り仕切り、ひっそり行われたという。その女性とは、女優の山本万里子(45才)だ。松方さんにとっては30才年下の「愛人」である。

 時代劇スターの近衛十四郎と女優の水川八重子の間に長男として生まれた松方さんは、高校3年の時に東映入り。『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』でいきなり主演デビューし、前出の『仁義なき戦い』といった任侠ものや『柳生一族の陰謀』などの大型時代劇で活躍。その一方で、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などのバラエティー番組ではコミカルな一面で人気を呼んだ。

 豪気な「昭和の大スター」だけあって、女性関係も華やかだった。1968年に元モデルの女性と結婚して3人の子供をもうけたが、NHK大河ドラマ『勝海舟』(1974年)で共演した女優の仁科亜季子(63才)と恋仲になり、再婚。タレントの仁科克基(34才)と仁科仁美(32才)の2人の子供に恵まれた。愛人関係にあった元歌手の千葉マリア(67才)との間にも、認知した子供が1人いる。

 そんな松方さんと山本の出会いは、今から25年前の1991年にさかのぼる。

「当時、山本さんは京都・祇園の高級クラブでホステスをしていました。客として訪れた松方さんが山本さんに一目惚れし、口説き落として交際が始まったんです。松方さんは芸能界入りを希望していた山本さんをバックアップ。山本さんは松方さんが出演しているドラマ『遠山の金さん』(テレビ朝日系)や『HOTEL』(TBS系)に出演していました」(ベテラン芸能記者)

 交際が始まって7年後の1998年秋、当時、松方さんの妻だった仁科亜季子が本誌・女性セブンに「夫との離婚決意」を赤裸々に告白。山本との不倫交際は一気に世間に知れわたった。

 1999年1月に松方さんと仁科との離婚が成立。その騒動の中で、山本は「有名女優から夫を奪った」として、世の女性たちから激しいバッシングを浴びた。それでも山本は雑誌のインタビューに答える形で、仁科に向けてこんな発言をした。

《申し訳ないことをしました。ご迷惑をかけました。でも妻子ある人と承知していても魅かれていく気持ちや、相手の家族に対する罪悪感は、きっと仁科さんなら理解していただけると思います》

 仁科と松方さんの交際も、“不倫”からスタートしたことを暗示しながら、仁科の理解を求めた。

「山本さんの芯の強さと松方さんに対する並々ならぬ思いが伝わるメッセージだったと思います。それでも山本さんは、仁科さんとその子供たちへの配慮から、離婚が成立した後も入籍せず、事実婚を続けてきました」(山本の知人)

 その後、ふたりは都内で同棲生活を送り、レストランでふたりきりで仲よく食事する姿もたびたび目撃されていた。

「その姿は長年連れ添った夫婦の姿そのものでした。山本さんは松方さんの個人事務所に役員として名を連ね、公私両面でよきパートナーになっていました」(芸能関係者)

 松方さんは2011年の映画イベントで、こんな発言をしたことがある。

「なかなか正式に籍を入れてもらえないんだよ。籍を入れないのは介護要員になるのが嫌みたい」

 闘病中、松方さんの病状が外に伝わることはほとんどなかった。友人たちは見舞いに行きたくても行けない状況で、親交のある里見浩太朗(80才)は「毎日電話しても出ないんですよね。ちょっと心配」と打ち明けていた。

「山本さんは自身の両親からも“愛人に育てた覚えはない”と勘当同然ながら、25年間、松方さんを支え続けました。友人たちを病室に招かなかったのは、“最期は私が彼の隣にいる”という強い思いがあったんでしょうか」(前出・松方さんの知人)

※女性セブン2017年2月9日号


15年以上会えないまま届いた訃報…仁科克基「親父の作品を片っ端から…」
スポニチアネックス 1/26(木) 22:45配信

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仁科克基

 脳リンパ腫のため21日に亡くなった俳優・松方弘樹さん(享年74)の息子で俳優の仁科克基(34)が26日、自身のブログを更新。松方さんが出演した作品を「片っ端から観ようと思います」と宣言した。

【写真】仁科克基の元妻・華子

 松方さんの訃報が公表された翌日の24日に続いてのブログ更新。24日のブログでは「突然の事で、本当に残念で仕方ありません、15年以上も、会えないままの別れになってしまいました。最後にもう一度会って、一緒にお酒でも、飲みたかったです。僕にとって、偉大で、大変尊敬する役者でした。心から御冥福をお祈り致します」とつづっていたが、この日は「松方弘樹の親父の作品を改めて片っ端から観ようと思います。やっぱり偉大で尊敬する人です」と短くつづった。

 仁科がひんぱんにブログを更新することは珍しく、今月24日の前にブログを更新したのは昨年12月1日で、その前は同9月5日。24日のブログでは「親父…本当にありがとうございました。俺…頑張るからね」と決意を記していたが、亡き父への思いを胸に、まずは改めて作品を片っ端から鑑賞することにしたようだ。


NHK、2・2に松方さん追悼番組放送 BSフジでは1・29“最後の旅”
サンケイスポーツ 1/26(木) 7:00配信

 21日に死去した俳優、松方弘樹さん(享年74)の追悼番組が25日、発表された。

 NHK「ファミリーヒストリー」(木曜後7・30)が、2月2日に「松方弘樹・目黒祐樹~芸能一家の歳月~」として放送。兄弟の父で昭和を代表する俳優、近衛十四郎と母で元女優、水川八重子の人生をたどる。スタジオ収録は昨年12月23日に弟の俳優、目黒祐樹(69)だけが参加して行われた。

 BSフジでも、今月29日に「松方弘樹さん追悼企画 僕らはみんな生きてきた 松方・梅宮最後の旅」(後6・0)を放送。俳優、梅宮辰夫(78)との“最後の旅”となった2014年7月放送のハワイロケの模様を未公開シーンを加えて放送する。

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