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2017年4月13日 (木)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2221

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:「無名の文化財」次々救出 倒壊家屋から6200点、保管庫へ 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「奇跡的に無事」天守閣に残された国重文 戻したい、あの熊本城に 復興への道のり長く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本城の復興パズル 崩落石垣10万個から読み解く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設生活なお4万7725人 有感地震は1年間で4300回 熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>届かぬ支援 避難生活続く障害者の声は - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>大分、状況把握などに課題 県が初動を検証 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 住宅再建に課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 自治体、防災計画見直せず 復旧で手一杯/財源確保に苦戦 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 「中越」の経験生かす…新潟から助っ人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>「仮設2年以内解消困難」6割 首長アンケ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 不明大学生3カ月かけ発見の父 落ち込んではいられない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災市町、県外避難実態把握できず 熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:水前寺清子「がまだしなっせ」震災復興「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設生活、なお4万5000人…熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元の生活、少しずつ=喪失感は消えず―4カ月後収容大学生の両親・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:課題残る罹災証明=市町村、負担大きく―発行遅れの教訓生かせ・熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遺族ら、200人超の冥福祈る=「歩きだすことが犠牲者の望み」―熊本県で追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>新生熊本城へ始動 2年後お披露目 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【熊本地震1年】神戸から、新潟、東日本、熊本へ。歌い継がれる『復興の歌』 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1年>避難4万7725人 関連死170人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<伊方原発>運転差し止め却下「不服」 住民側が即時抗告 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:クレーン工事を再開=倒壊事故の高浜原発―関電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:住民側が即時抗告=伊方原発差し止め却下で―広島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興住宅の仮受付始まる 西原村、熊本地震で初 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、閉じこめの78%が1階…警察庁分析 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震から1年 不通の国道は今 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震の被害実態分析 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:伊方原発差し止め仮処分却下、住民側が即時抗告 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1年 阿蘇立野病院が診療再開 住民安堵、院長「再生への灯火に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「被害認定士」登録徹底へ 迅速な職員派遣目標 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇観光、客足鈍く=「被災イメージ払拭を」―交通事情が影響・熊本地震1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災犠牲者200人超=避難所閉鎖、仮設暮らし続く―熊本地震、14日で1年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:玄海原発再稼働、佐賀県議会が容認決議案を可決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿蘇被災地、復旧状況を報道陣に公開 復旧工事へ本格着手 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

「無名の文化財」次々救出 倒壊家屋から6200点、保管庫へ 熊本地震
西日本新聞 4/14(金) 10:15配信

 熊本地震の被害にあった古民家に残されていた古文書など、国や自治体の文化財指定を受けていない「無名の文化財」の救出活動が続いている。

 熊本県益城町の「益城保管庫」を訪ねた。県の要請で昨年7月に始まった文化財レスキュー事業で、町内外の倒壊家屋から運び出された文化財が集められている。古い木箱に収められた古文書やびょうぶ、陶器、民具があった。

 県文化課によると、九州内外の文化財担当者や学芸員ら延べ約800人が熊本入りし、壊れた旧家や蔵から約6200点を救い出した。救出した文化財は益城町のほか、宇城市と八代市の保管庫に収めている。

 同事業は、県が1998年にまとめた文化財リストを基に進められた。約2千件が記録され、初動段階で大いに役立ったが、リストが古いという難点もあった。自治体が把握していなかった文化財も多く見つかり、中には熊本藩の御用絵師が手掛けたとみられるびょうぶもあった。「将来、熊本の指定文化財になる可能性がある。今こそ守らなければならない」と同課指導主事の溝辺浩司さん(53)は力を込める。

 今後、住宅再建が本格化すれば救出文化財はさらに増える。だが、既に益城と宇城の保管庫は満杯状態で、県は新たな保管場所を探している。所有者の生活が再建されないと、救出文化財の返却も進められない。

 同事業の参加団体「熊本被災史料レスキューネットワーク」は、県内の歴史研究者が震災直後に立ち上げた。代表の稲葉継陽(つぐはる)熊本大教授(50)は言う。「救出した文化財をきちんと調査研究し、いつか、その価値を伝える展覧会を開きたい」。先人が残した文化財を次の世代へ伝えていくことも、古里の復興には欠かせない、大切な取り組みだ。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


「奇跡的に無事」天守閣に残された国重文 戻したい、あの熊本城に 復興への道のり長く
西日本新聞 4/14(金) 10:05配信

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地震の1カ月後に撮影された熊本城の頬当御門。石垣が激しく崩壊し、無残な姿に変わり果てていた=昨年5月

 熊本地震で傷ついた文化財を修復する動きが目立ってきた。変化が見え始めた文化財もあるが、全ての復興までには長い年月がかかりそうだ。文化財は古里の復興を目指す被災者の心の支えになる-。そう信じて活動する人々の思いを聞きながら、震災1年を迎える熊本の被災地を歩いた。

石垣修復へ、番号で目印
 無残に壊れた熊本城(熊本市中央区)。奉行丸と呼ばれる西側の広場に、崩れた石垣の石材が整然と並ぶ。その数、約1900個。近くの頬当(ほほあて)御門などから運ばれた。一つ一つの石の表面には「H456-17」というように、番号とアルファベットが書いてある。震災前の写真や図面を参考に積み直すための番号だ。その工程を考えれば気が遠くなるほどの石の数だが、作業着手はまだ先の話だ。

 番号から石材の落下地点が分かる。それを分析することで石垣崩壊のメカニズムが解明できるかもしれない。「再び大地震が起きても強い石垣にしたい。そのために何ができるのか、考える材料を提供したい」。熊本城調査研究センターの文化財保護主幹、鶴嶋俊彦さん(62)は言う。

 震災の1カ月後、ここで見た光景が忘れられない。頬当御門周辺の石垣は両側から崩れ落ち、爆撃を受けたかのような惨状だった。「石垣に近づきすぎないで!」。報道陣に呼びかける、市職員の緊迫した声が耳に残る。

 久しぶりに訪れると、景色は一変していた。鉄筋コンクリート造りの天守閣の復旧工事が本格化。天守閣へ続く長さ約98メートルのスロープが設置され、資材を積んだ大型トラックが上っていく。天守閣は5月の大型連休後から徐々にシートで覆われ、しばらく見えなくなる。大天守は2019年、小天守は21年の工事完了を目指す。

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角の部分が残った「一本石垣」として有名になった飯田丸五階櫓の復旧工事も本格化する

「奇跡的に無事だった」天守閣に残された国重文
 天守閣の中に取り残されていた国重要文化財「細川家舟屋形」も工事に合わせて搬出される。藩主細川家が参勤交代に使った御座船の一部。解体して夏までに運び出す。外傷がないことは震災直後に確認したが、木材のゆがみやズレが生じた可能性があるそうだ。

 舟屋形は、改装する市立熊本博物館の展示の目玉だ。震災で当初のスケジュールは1年遅れ、公開は18年の秋冬頃になる見通し。同館学芸員の木山貴満さん(33)は「舟屋形は奇跡的に無事だった。大切にして後世に伝えたい」と語る。

 今月から熊本城の復旧支援のため、県外の文化財専門職員2人が調査研究センターに派遣されている。その一人、仙台市文化財課の関根章義さん(35)は「被害が大きく、短時間での復旧は難しいが、東日本大震災で崩れた仙台城の石垣の復旧に携わった私の経験を役立てたい」と意気込む。

 復旧の兆しは見え始めたが、城内を見渡すと、崩れたままの石垣が多い。東側にある国重文の櫓(やぐら)群は、崩落防止のために重しで支える処置がなされただけ。石材の保管場所も不足しつつある。

 復旧の手順や工法などを盛り込んだ「復旧基本計画」は本年度末までに策定される。「天守閣は熊本城の一部。文化財の部分は慌てることなく進めたい」と熊本城総合事務所長の津曲俊博さん(60)。全面復旧まで20年。目標達成までの道のりは長い。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


熊本城の復興パズル 崩落石垣10万個から読み解く
日刊スポーツ 4/14(金) 10:03配信

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「奇跡の一本石垣」となった飯田丸五階櫓。アーチで櫓を支えている(撮影・清水優)

<震度7の大地震から1年 熊本の今(1)>

 震度7が連発した熊本地震から今日14日でちょうど1年。社会面では「熊本の今」と題した連載を始め、被災地に密着したリポートをお届けします。第1回は、地震で大きな被害を受けた熊本城の復旧工事がテーマ。「武者返し」と呼ばれる美しく高い石垣が至るところで崩れ、積み直しが必要な石は推定7万~10万個。1つ1つがどこから落ちたか解き明かす作業が不可欠で、遠い道のりだが、担当職員は復興へのパズルに挑み続けている。

 熊本城の北東、開かずの門に近い熊本城調査研究センター。城に隣接した建物の2階で、市文化財保護主事の嘉村哲也さん(32)はこの1年で読み解いてきた石垣のパズルを見せてくれた。「これは本丸の小天守入り口の石垣です。難しかったのは『86番』。崩落後に割れ、形が変わっていた。崩落前の写真を見ると、ほら、少しヒビが入ってるでしょ」。写真の石垣には丁寧な赤ペン文字の数字が並ぶ。1つ1つのピースへの愛情が伝わってくる。

 嘉村さんの仕事場は崩落現場だ。落ちた積石に番号を付け、石垣の表面に出ていた面の形を記録。崩落前の石垣の写真と照合し、表面の形やコケの模様などから崩落前の位置を特定する地道な作業を続けている。

 熊本城の石垣は昨年4月14日の前震、同16日の本震で2度にわたり崩落。天守閣では小天守の石垣、残った角石だけで櫓(ろ)を支える「奇跡の一本石垣」と話題になった飯田丸五階櫓の石垣、国指定重要文化財の北十八間櫓、東十八間櫓の石垣も崩れた。飯田丸の東側、備前堀の石垣は堀の中に落ちている。

 昨年度は、嘉村さんともう1人の職員2人でパズルを続けてきた。「崩落した積石は全体の1割。これを含め、積み直しが必要な積石は全体の3割にあたる推定7万個から10万個。崩落した積石で表面の形を確認できたのが7500個。元の位置を特定できたのは1000個いくかどうかです」。気の遠くなる作業だが、手作業の調査で「石垣内部の裏込石に押され、石垣の中腹くらいから積石が『く』の字のようにはがれ落ちている」という崩落の傾向も分かってきた。

 複数面の石垣が崩れ、積石が複雑に重なる現場もある。石垣の夢でうなされそうだが、大学で考古学を学んだ嘉村さんは「こういう作業は嫌いじゃないので」と笑顔を見せた。大天守は19年、全体の再建は37年を目指し、熊本市は本年度から城の本格的な復旧に入る。パズル担当も計5人に増員され、熊本大学はパズルを解くソフトを開発中だ。

 1万円以上の寄付で「復興城主」になれる支援制度には、5万3600人が参加し、計8億8000万円が集まった。「熊本城は愛されているんだなあと実感します。そんな城の研究と修復に携われるのは幸せです」と嘉村さん。復活のその日まで熊本城に寄り添うつもりだ。【清水優】

 ◆熊本城 加藤清正公により、関ケ原の戦い(1600年)のころには築城が始まり、1607年(慶長12)には完成したとされる。周囲5・3キロに及ぶ広大な城で、天守閣のほかに、他の地域の城では天守クラスの高さのものも含む櫓49棟、櫓門18棟、城門は29棟もあった。1871年(明治10)の西南戦争の火災で天守閣、本丸御殿が焼失。宇土櫓など13棟が国指定重要文化財に指定されている。現在の天守閣は消失以前の姿を忠実に再現する形で1960年(昭35)に鉄筋コンクリートで再建された。1625年、1889年などの大地震で被災したが、何度も修復を繰り返し、美しい姿を保ってきた。

 ◆熊本地震 昨年4月14日午後9時26分ごろ、熊本を震源とするマグニチュード6・5の地震(前震)が発生。益城町で最大震度7を観測した。さらに同月16日午前1時25分ごろ、M7・3の地震(本震)が発生。益城町と西原村で最大震度7を観測した。関連死を含めた死者数は222人(13日現在)。避難中の災害関連死は166人に上り、地震による家屋倒壊などで亡くなった直接死の50人を大きく上回っている。一部損壊から全壊まで約19万棟の家屋被害があり、仮設住宅などに仮住まいする被災者は4万7725人に上っている。


仮設生活なお4万7725人 有感地震は1年間で4300回 熊本地震
西日本新聞 4/14(金) 9:42配信

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大規模な土砂崩れ跡が残る熊本県南阿蘇村=13日午前10時半すぎ(本社ヘリから)

 熊本地震は、熊本県益城町で震度7を観測した前震から14日で1年。一連の地震による犠牲者は震災関連死を含め熊本、大分両県で225人になり、仮設住宅や民間賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」などで暮らす被災者は3月末で4万7725人に上る。住まい再建や途絶した交通網の回復など復興は途上にある。3月末には益城町の仮設住宅で初の孤独死が確認されるなど、被災者の孤立防止の課題も生じている。

 熊本県は13日、仮設住宅を出た被災者が入居する災害公営住宅を12市町村が計1027戸整備する計画を発表。同県西原村は来夏に完成予定の災害公営住宅入居の仮受け付けを始めた。

有感地震は1年間で4300回
 昨年4月14日午後9時26分にマグニチュード(M)6・5の前震が発生、16日午前1時25分にもM7・3の本震があり、ともに最大震度7を観測した。犠牲者は13日現在、直接死50人、関連死170人、昨年6月の豪雨による二次災害死者が5人。震度1以上の有感地震は1年間で4300回に迫り、活動が続く。

 熊本県内の仮設住宅には4179世帯1万985人が暮らし、みなし仮設などに1万5647世帯3万5963人が入っている。県外のみなし仮設などで暮らす被災者も、32都道府県で380世帯777人いる。

 住家被害は熊本、大分両県で計20万棟に迫る。内訳は全壊8683棟、半壊3万3915棟、一部損壊は15万5616棟。熊本県内の一部市町村では、支援金の受給などに必要な罹災(りさい)証明書交付のための再調査がなお続いている。家屋の公費解体の進捗(しんちょく)率は同県内で59・0%(3月末現在)。

 14日は午前10時から、熊本県庁で犠牲者追悼式がある。安倍晋三首相も出席、被災地を視察する。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震1年>届かぬ支援 避難生活続く障害者の声は
毎日新聞 4/14(金) 9:40配信

 「避難できる避難所が見つからず不安になった」「障害者は事実上(支援の輪から)排除されている」--熊本地震発生から1年。現地で障害者やその支援者を訪ねると、口々に被災後に直面した困難を語ってくれた。大規模災害発生時、障害者にはどのような支援が必要なのか? 当事者の声を集めた。【写真映像報道センター・後藤由耶】

 ◇「バリアフリーの避難先が見つからない」

 熊本県益城町の作本誠一さん(50)は地震で自宅が全壊した。19歳の時に頸椎(けいつい)を損傷。首から下がまひし、車いす生活を送る。隣接する熊本市や益城町内の避難所を経て昨年11月、町内にようやく完成したバリアフリー対応の福富仮設団地に移った。

 避難生活は苦労の連続だった。地震発生後、体育館や町の施設を転々とした。トイレや入浴の介助が必要で、自分では起き上がることができない。電動ベッドが欠かせず、受け入れてくれる避難所探しは容易ではなかった。最初に避難した熊本市内の高校の体育館ではトイレが使えず、やむなく携帯用トイレを使った。

 「条件の合う避難先が見つからず、時間だけが過ぎて不安になった」と振り返る。昨年7月、益城町内の総合体育館に障害者トイレがあり、自宅から運び出した電動ベッドが置けることが分かり、同年10月末まで過ごした。

 総合体育館に移った頃、町内に完成した仮設住宅も見学した。しかし、室内は狭すぎて段差があり、車いすの障害者は入居できなかった。そこで町にバリアフリー対応の仮設住宅の建設を要望。仮設住宅としては最も遅くなったが、6戸が建設された。ようやくストレスのない生活を送れるようになったが、住民は障害者だけで、災害時の対応に不安もあるという。

 ◇「災害は平等、避難生活は不平等」

 「くまもと障害者労働センター」代表の倉田哲也さん(50)は脳性まひの障害がある。地震発生直後、センターを自主避難所にして障害者を受け入れ、多いときには10人ほどが寝起きした。行政からの支援はなかったが、全国の福祉関係者が駆けつけ、炊き出しなどの支援をしてくれた。

 一般の避難所は列に並べる人しか配給がもらえない仕組みになっていたり、手話通訳がいなかったり、建物がバリアフリーになっていなかったりするなどの問題点があった。

 「災害は平等に来るけれど、避難生活は平等ではないことを(障害者は)体験した」と倉田さん。災害時の仕組みは障害者を想定せずに作られていると指摘する。

 ◇「障害者は見えない存在」

 熊本学園大教授で弁護士の東俊裕さん(64)は幼児期のポリオ罹患(りかん)の後遺症で車いす生活を送る。益城町の北に位置する菊池市の自宅で本震を経験した。

 東日本大震災発生後、内閣府「障がい者制度改革推進会議」の担当室長として、被災地で障害者の状況を調査。支援の輪からこぼれ落ちる様子を見てきた。その経験から、熊本地震では発生後1週間ほどで「被災地障害者センターくまもと」を設立した。

 事務局長として、主に在宅避難者のため、困りごとの相談や支援物資の提供、各種申請への付き添いなど、500人以上の支援の先頭に立ってきた。活動を通じ、「障害者が見えない存在となっている」と感じた。被災行政で障害者の存在が想定されていない現状は、東日本大震災後も何も変わっていないと話す。

 熊本地震後、避難所では障害者を巡るトラブルが多発した。ある発達障害の子どもは配給の列に並べずに配給をもらえなかった。聴覚障害者は配給などを知らせる放送が聞こえずに孤立しがち。視覚障害者は夜間、トイレに行く途中で就寝中の人にぶつかることもあった。

 東さんによると、こうしたトラブルが原因で避難所を離れ、長期間の車中泊や地震で損傷した自宅での生活を余儀なくされた障害者やその家族も多かったという。

 熊本地震直前の昨年4月、障害者差別解消法が施行され、行政には障害者への合理的配慮が義務づけられた。東さんは地震発生後、作本さんの支援で仮設住宅を調べたが、車いすでの使用は想定されていなかったという。「熊本県には車いすの障害者がいないかのごとき設計だった」と憤る。

 東さんは、東日本大震災や熊本地震の経験を生かし、災害時の障害者への支援対応をまとめたマニュアルを作成する必要性を強調。災害時に特化した障害者への支援について、災害対策基本法や災害救助法を改正して位置づけていくことが必要と訴えている。


<熊本地震1年>大分、状況把握などに課題 県が初動を検証
毎日新聞 4/14(金) 8:36配信

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一目八景で知られる観光地・深耶馬渓では巨石が道をふさいだ=2016年4月16日、大漉実知朗撮影

 大分県内でも由布・別府市を中心に、震災関連死3人など大きな被害を出した熊本地震。始まりとなった前震(県内最大震度4)から14日でちょうど1年がたつ。観光面での風評被害は落ち着いたが、家屋の修理が終わっていない被災者は少なくない。県は発生から半月の初動対応を検証し、情報収集、避難所運営、支援物資について問題があったことを認める報告書をまとめた。自然災害はいつ起きてもおかしくない。課題の克服が急務になっている。【池内敬芳】

 ◇状況把握不足

 報告書は災害情報収集について「建物被害や避難所の状況など必要な情報が十分に把握できなかった」と率直に反省している。

 県は以前から、被災市町村に県職員を「情報連絡員」として派遣する制度を作っていた。熊本地震でも派遣されたが、発生は4月中旬と年度当初。担当市町村の職員と顔合わせも済んでいなかったこともあり、情報収集に手間取った。任務や目的を十分理解できていなかった連絡員もいたという。

 このため報告書は、連絡員が担当市町村と日ごろから「顔の見える関係」を築くことの大切さを指摘。業務マニュアルを作り、研修や訓練を重ね、実際に機能するよう備えておくことを求めている。また、県は防災訓練を例年の秋から年度当初の4月中に前倒しで行うよう計画。職員が災害時の役割をいち早く理解できるようにするのが狙いだ。

 報告書ではさらに全体状況把握のためにどんな情報が必要か、応急対策に必要な情報は何かを、災害発生後の各段階ごとに整理しておくべきだとする。支援を受ける「受援」の体制を整えるため、リーダーの明確化も必要だとした。

 情報の発信では、留学生や外国人観光客らに向けて県災害対策本部に「外国人救援班」を設置。多言語で災害情報を発信するセンターを作るとしている。

 ◇避難所運営

 避難所については、運営に多くの市職員が関わり、市の本来業務に手が回らなくなったことや、運営の手法・手順が確立されていないことが問題とされた。また、車中に泊まる人に支援が届きにくいことも挙げられた。

 今後は、地域住民主体の避難所運営が重要だと指摘し、市町村にマニュアル見直しを促す。ペットを連れた人への対応も充実させる。トイレ不足に備えた簡易トイレの備蓄や、マンホールトイレの導入も支援するという。車中泊をはじめ、指定避難所以外に逃げた人をどう把握するかも、検討課題になった。

■支援物資 支援物資の面では、輸送の拠点確保のため、九州各県が施設を相互利用することや、民間との協力協定締結、ブルーシート備蓄数の増加などを検討する。

 広瀬勝貞知事は3日の定例記者会見で「市町村に出かけて情報を取ってくることが大事だ。避難所運営はできれば早い時期に(被災者による)自助運営にしたい。備蓄ではブルーシートが足らなくなった」と反省点を挙げ、早急に見直す考えを示した。


熊本地震1年 住宅再建に課題
ホウドウキョク 4/14(金) 8:08配信

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(写真:ホウドウキョク)

震度7を観測した熊本地震の前震から、14日で1年。熊本県では、4万7,000人を超える人が仮設住宅などでの生活を余儀なくされ、新たな住まいの確保などが課題となっている。
益城町で、九州で初めてとなる震度7を観測したあの日から、14日で1年。
震度1以上の余震は、13日までにおよそ4,300回を数える。
熊本県などによると、一連の地震による犠牲者は、直接死50人、災害関連死167人など、あわせて222人となっている。
各自治体ごとに関連死を認定する審査は、今も続いていて、犠牲者の数は、さらに増えるとみられる。
また、応急仮設住宅や、みなし仮設などで暮らす人は、県内外をあわせて4万7,000人を超え、今もなお、仮の住まいでの生活が続いている。
仮設住宅とみなし仮設の入居期限は、原則2年で、現在、県内であわせて1,000戸余りの災害公営住宅の整備が予定されているが、ようやく一部が設計に着手したばかり。
熊本地震から1年、被災者の新たな住まいの確保が課題となっている。

テレビ熊本/FNN


熊本地震1年 自治体、防災計画見直せず 復旧で手一杯/財源確保に苦戦
産経新聞 4/14(金) 7:55配信

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工事中の熊本城を見上げる観光客ら。天守閣を貫くように鉄骨が設置されている=13日、熊本市(宮沢宗士郎撮影)(写真:産経新聞)

 産経新聞社は熊本地震から1年を機に、熊本県内の被災17自治体にアンケートを実施した。全ての自治体が、災害時の対策などを定めた「地域防災計画」を見直す予定だが、見直しを終えたのは2自治体のみだった。被災者支援や復旧・復興業務に追われ、将来の備えにまで手が回らなかった事情がうかがえる。

 アンケートは3月22~31日に実施。地域防災計画をすでに「見直した」のは2自治体で、残る15自治体は「今後見直す」と回答した。地震から2カ月後に実施したアンケートでは、17自治体のうち15自治体が計画を見直す考えを示していたが、実現した自治体は極めて少なかった。

 震度7の揺れを2度観測した益城町は「大規模に見直す」と回答。福祉避難所で地震直後に高齢者や障害者らを十分サポートできなかった反省から、避難所運営計画も根底から見直す。また、今年度の一般会計当初予算は、復旧復興関連事業によって15自治体で過去最大になり、13自治体が財源確保で「困ったことがあった」と回答。苦しい財政事情の中「貯蓄」に当たる財政調整基金を取り崩したり、「借金」に相当する起債を増やしたりして捻出していた。

 今年度の一般会計当初予算の増加率トップは益城町の251・8%。西原村、嘉島町、南阿蘇村も大きく増えた。財源確保で困った理由には「特別交付税の交付額の見通しが立たなかった」「国や県の補助対象から外れた経費の工面」などが挙がった。


熊本地震1年 「中越」の経験生かす…新潟から助っ人
産経新聞 4/14(金) 7:55配信

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熊本地震後の集落再生に取り組む佐々木康彦さん(右)=熊本県西原村(市岡豊大撮影)(写真:産経新聞)

 被災地では住宅再建が進まず、元の集落に戻るか悩んでいる住民たちがいる。阿蘇地方山間部に位置する熊本県西原村に臨時職員として派遣されている新潟県の団体職員、佐々木康彦さん(38)は、平成16年の新潟県中越地震後の再建支援に取り組んだ経験を生かし、こうした熊本の住民たちの力になっている。

 仮設住宅で暮らす同村の坂田善昭さん(63)は、地震で自宅に隣接する石垣が約10メートル崩れる被害を受けた。修復には数百万円かかるが、公道に面した石垣は行政負担で修復できることを佐々木さんから教えてもらい、再建を決意。坂田さんは「住民だけで話し合っても、どうにもならんかった」と感謝する。

 住民の少ない山間部では生活再建が遅れがちだ。坂田さんの住んでいた大切畑集落では22世帯のうち、戻ったのは1世帯。戻るつもりがあるのは12世帯で、9世帯は移住を考えている。

 佐々木さんは「コミュニティーで思いを共有することが第一。押し付けないで決断を待つようにする」という。その言葉通り、住民を集めた話し合いを1年の間に、村内7集落で計約100回重ねてきた。

 佐々木さんは中越地震の被災地で集落再生を支援する公益財団法人「山の暮らし再生機構」(新潟県長岡市)のメンバー。中越では住民同士が十分に議論しないまま戻り、維持が難しくなった集落もあったという。佐々木さんは「住民自身が積極的に取り組む姿勢を持たないと真の復興は果たせない」と話す。


<熊本地震1年>「仮設2年以内解消困難」6割 首長アンケ
毎日新聞 4/14(金) 7:30配信

 14日で発生から1年を迎えた熊本地震で被害を受けた熊本県内では、今も4万4000人以上が仮設住宅と、民間住宅を県などが借り上げる「みなし仮設住宅」で避難生活を送っている。被害が大きかった県内21市町村の首長に毎日新聞がアンケートしたところ、過半数の13市町村が仮設住宅の入居期限である2年以内での仮設解消は難しいとの見通しを示した。背景には入居者の高齢化もあり、経済基盤が弱い高齢の避難者への支援などさまざまな課題が浮かび上がった。【中里顕、樋口岳大】

 「我が家は欲しいけれど、もう高齢だし」。震度7の揺れに2度襲われた益城(ましき)町の仮設住宅で昨年7月から1人で暮らす増岡孝子さん(77)はつぶやいた。夫には5年前に先立たれ、35年前に建てた木造2階建ての自宅は全壊した。解体は終わったが、多額の費用をかけて建て直してもいつまで住めるか分からない。「次の住まいをどうするかが一番の悩み」と顔を曇らせる。

 県によると3月末現在で仮設住宅に入居している4179戸のうち、15%の606戸が65歳以上の1人暮らしで、夫婦など高齢者のみの世帯800戸(19%)と合わせると3割を超す。みなし仮設もそれぞれ13%と19%で、やはり3割を超えている。

 災害救助法はみなし仮設も含め、仮設住宅の入居期限を原則2年と規定している。しかし、毎日新聞のアンケートでは、被害が大きかった南阿蘇村や西原村をはじめ13市町村が2年での仮設解消を「困難」と回答。「可能」と答えたのは八代市など3市町村だけだった。

 長期化を見込む理由として、住宅再建を担う業者確保の難しさや被災者全体の経済的問題に加え、「高齢単身世帯への対応に時間がかかる」(宇土市)、「避難者の半数ほどが高齢者で将来に不安を持っている」(山都町)など入居者の高齢化を挙げる自治体も目立った。

 阪神大震災では仮設解消まで約5年かかり、東日本大震災では6年たった今年3月時点でもなお、岩手、宮城、福島3県で被災した約8万人が仮設住宅で生活している。こうした現実も踏まえ、熊本県の蒲島郁夫知事は3月の毎日新聞のインタビューで入居期限を延長する考えを示した。被害が甚大な「特定非常災害」に指定された熊本地震の場合は国が同意すれば延長が可能だ。知事はまた高齢者向けの住宅再建融資への支援など「さまざまな選択肢を用意しながら自宅の再建を進めなければいけない」と語った。


熊本地震1年 不明大学生3カ月かけ発見の父 落ち込んではいられない
スポニチアネックス 4/14(金) 7:01配信

 関連死を含め、200人以上が亡くなった熊本地震は14日、発生から1年を迎えた。震度7の激震が立て続けに2度起きた異例の大地震。深い傷を抱えながらも、前へ進み始めた人々と大地の姿を紹介する。阿蘇大橋付近の土砂崩れに車ごと巻き込まれた大学生・大和晃(ひかる)さん(当時22)を捜し続けた父卓也さん(58)。深い谷川の底に下り、見つけ出した息子への思いを語った。

 阿蘇市にある大和家の仏壇脇には、柔らかな笑顔の遺影が飾られていた。会社役員で父の卓也さんは「報道でよく出た顔写真は、母と兄と並んで照れ隠しで口をゆがめとるけん、ヤンチャっぽく見えたかも。本当はこういう優しい顔です」と教えてくれた。

 晃さんの車が阿蘇大橋の下流約400メートルで見つかったのは、地震発生約3カ月後の7月24日。砂利に沈む黄色い車体は大きな岩に挟まれ、わずかに顔を出していた。「車が板のようだった。中は凄いことになっているだろう。晃はいるのか?」。だが、重機なしには手も足も出ない。時刻は午後4時半。崖を登るのに1時間はかかる。一緒に下りてくれた知人ら約20人を無事に帰す義務もある。後は行政の仕事だ。

 周囲に「帰ろう」と伝えたが、妻忍さん(48)は車から離れない。肩をつかみ離そうとしても、泣きながら車の周りの砂を手で掘り続けた。引きはがすように妻を連れ帰った。「たまらんかったですよ、本当」。卓也さんの目が潤んだ。思いは忍さんと同じだったはずだ。

 晃さんは昨年4月16日未明の本震の犠牲になった。14日夜の前震で被害に遭った熊本市内の友人宅に、水を届けた帰り道だった。警察と消防、自衛隊の捜索は5月1日に打ち切られた。その2日後から夫妻は長男翔吾さん(24)と3人で捜索を始めた。連日、昼は望遠レンズで写真を撮りまくり、夜は写真を見つめて手掛かりを探し続けた。時には河原にも下りた。比較的入りやすい下流域は、約11キロにわたって調べた。

 ただ阿蘇大橋付近は谷が深すぎて近寄れなかった。加えて梅雨の増水が危険を高めた。「人の高さほどある水のうねりで、流れる岩がゴン!ゴン!とぶつかる音がした。川の中に晃がおるかもしれんのに」。

 晃さんが成長するにつれ、父子の会話は減っていた。「顔を合わすと、厳しいことばかり言ってしまった。晃なりの考えもあったろうにね。もっと認める言葉を掛けてやれば良かった」。捜索中は後悔ばかり浮かんだ。「晃は俺を嫌やったかもしれん」。そんな思いもよぎった。だが妻から「私には“お父さんのこと尊敬してる”と言ってたよ」と初めて聞かされた。「どんな形でも家に連れ帰る」と誓った。

 梅雨が明け、手つかずだった上流に初めて入った日に車は発見された。引き揚げられた車内から遺体が見つかった。そして8月14日、DNA鑑定で晃さん本人と確定した。「捜索の苦労が報われた。家に連れ帰れて良かったと思った。ただ希望もなくなった」。どこかで期待していた、生存の可能性が完全に消えた。

 地震から1年、晃さんの“帰宅”から8カ月がたとうとしている。捜索を支えた親の深い愛に誰もが胸打たれたが、卓也さんは「捜してくれる人がいなければ、親なら絶対同じことをする」と強調する。

 身も心も擦り減らす1年だったはずだ。今も「晃がバイトしていたガソリンスタンドを通ると、若い子と晃を見間違えることがある」という。だが「体を壊したりはしてない。落ち込んだりもしていない」と声に張りがあった。傷は少しずつ癒え、前を向き始めている。

 ◇熊本地震 昨年4月14日午後9時26分ごろに熊本県熊本地方を震源として、マグニチュード(M)6.5の地震が発生。2日後の16日午前1時25分ごろにもM7.3の地震があり、いずれも同県益城町で震度7を記録。同じ地点で震度7を2度記録したのは気象庁の観測史上で初めて。16日の地震が本震で、14日のものは前震と考えられている。家屋の倒壊や土砂崩れに巻き込まれるなど地震による直接死は50人に上り、関連死も含めると200人以上が犠牲になった。重軽傷者は約2700人。住宅の被害は全壊約8600棟、半壊約3万3000棟で、現在も4万人以上が仮設住宅で暮らしている。


被災市町、県外避難実態把握できず 熊本地震1年
神戸新聞NEXT 4/14(金) 6:15配信

 多くの被災者が全国へ避難した熊本地震。災害対策基本法の改正で自治体同士による避難者情報の提供が可能になったが、県域を越える県外避難者は正確な人数や実態を把握する仕組みがない。公営住宅の提供などを受けて行政から把握されているはずの避難者にも支援情報が届いていないなど、出身市町村による対応の差も生じている。

 熊本県益城町(ましきまち)で自宅が全壊した下田準二さん(73)、絹子さん(70)夫婦は昨年4月、次男を頼り、神戸市西区の市営住宅に避難した。

 「故郷に戻りたい」との思いが強く、神戸市の担当者が届けてくれた益城町の広報紙で仮設住宅の募集を知り、昨年12月に同町へ戻って入居。既に町内の中古住宅を購入し、今年7月には住み始める予定だ。

 神戸では近隣住民に親切にしてもらい、帰郷時にはマフラーも贈られたという。夫婦は「阪神・淡路大震災を知る皆さんは温かく、不便は感じなかった」と振り返るが「そうした支えがなく、情報も届かなかったら心細かっただろう」。

 益城町は同町を離れた避難者約300人から連絡があり、住所などを登録。広報紙を送るなどしているが、担当者は「さらに何倍もの避難者がいるはず。連絡がない人の支援はできず気掛かりだが、打つ手がない」とする。

 一方、熊本県宇城市から避難し、兵庫県内の公営住宅で子ども3人と暮らす女性(39)は兵庫での定住を決めた。

 自宅は半壊し、車中泊を続けていたが、昨年5月に「安心して生活できるように」と、以前住んでいた兵庫に避難。知人らの助けで生活用品などは調達し、なんとか暮らしは成り立つが、女性の元には宇城市から支援情報は届いていない。市の担当者は「公営住宅に入っている県外避難者は把握しているが、連絡を取るのはこれから」とする。

 子どもが避難先の学校に慣れたこともあり、5月から別の公営住宅に正式入居することにした。

 関西学院大学災害復興制度研究所(西宮市)の野呂雅之教授(60)は「熊本地震で県外避難者の把握は一歩進んだが、さらに広域で避難者が出る南海トラフ地震などに対応するためには『避難する権利』を確立し、今も漏れている人を把握するための仕組みが必要だ」と話す。(高田康夫、小林伸哉)


水前寺清子「がまだしなっせ」震災復興「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」
スポーツ報知 4/14(金) 5:53配信

 熊本市出身の歌手・水前寺清子(71)がこのほどスポーツ報知のインタビューに応じ、熊本地震の復興への思いを語った。

 1年前。地元の名所・水前寺成趣園と武将・加藤清正から芸名を付けたほど愛する故郷を大地震が襲った。幼少期によく遊んだ熊本城は、いまだに石垣が無残に崩壊したまま。「熊本は私の誇り。一日も早く昔の姿に戻ってほしい」と願う。

 昨年11月には米ニューヨークで震災復興支援ライブを行い、自身の代表曲「三百六十五歩のマーチ」を現地のファンと日本語で大合唱した。同ライブ会場や自宅のある東京・桜新町などで集められた義援金を熊本に届けてきた。「陰ながらみんな応援してくれるのを微力ながら届ける役割。これからも続けたい」

 昨年10月に同県が公開した復興応援動画「フレフレくまもと!」に出演。「―マーチ」に合わせ、高良健吾、スザンヌら熊本出身の著名人と県民ら約900人が被災地を背景に歌とダンスを披露している。震災から365日。2番では歌詞を変えて「365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ」と地道に逆境に立ち向かう人々を鼓舞。最後の歌詞「うつむくなわらえ」を合言葉に、水前寺は「がまだしなっせ(頑張ろう)」と復興を呼び掛けた。(星野 浩司)

 ◆フレフレくまもと!(2番)

 くまもとの あしたへつづく みちをあなたは あるいてく
 365ほでダメでも さらにすすもう いっぽずつ
 じんせいは ワンツーパンチ くじけぬすがたは うつくしい
 おもいでつまったふるさとが ふたたびかがやくそのひまで
 うでをふってあしをあげてワンツーワンツー うつむくなわらえ
 うでをふってあしをあげてワンツーワンツー
 やすまないであるけ うつむくなわらえ


仮設生活、なお4万5000人…熊本地震1年
読売新聞 4/14(金) 4:40配信

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復旧工事の足場を設置するための鉄骨を差し込む作業が行われる熊本城天守閣(13日午後、熊本市中央区で、読売ヘリから)=中嶋基樹撮影

 熊本地震は14日、最大震度7を観測した「前震」から1年となる。

 2度目の震度7を記録した「本震」を含め、直接死は50人、地震の影響による震災関連死は170人で、昨年6月の豪雨による「二次災害死」5人と合わせた犠牲者は計225人。避難者数が最大約18万4000人に上った熊本県内では、なお約4万5000人が仮設住宅などで暮らしている。14日は熊本市で県主催の追悼式が行われ、安倍首相も参列する。

 熊本地震では昨年4月14日午後9時26分頃の前震で9人が亡くなった。同16日午前1時25分頃には本震が襲い、熊本県内の住宅の損壊は計18万9921棟に達し、うち8674棟が全壊だった。

 県内には16市町村に計4303戸の仮設住宅が整備され、県によると、うち4179戸で計1万985人が避難生活を送っているという。


元の生活、少しずつ=喪失感は消えず―4カ月後収容大学生の両親・熊本地震
時事通信 4/14(金) 4:36配信

 熊本地震の本震で崩落した阿蘇大橋(南阿蘇村)付近を車で走行中に土砂崩れに巻き込まれ、犠牲になった熊本学園大4年の大和晃さん=当時(22)=。

 県などが中止した後も両親は執念で捜索を続けて手掛かりを発見。遺体は地震4カ月後にして収容された。それから8カ月。両親は少しずつ以前の生活を取り戻しつつあるが、喪失感が消えることはない。

 晃さんは本震の約1時間前に友人宅を出て、自宅へ戻る途中で行方不明になった。県などは捜索したが、二次災害の恐れから昨年5月1日に打ち切った。両親は独力で捜索を続け、7月24日に崩落現場近くの谷底で土砂に埋もれた車を発見。県に捜索再開を訴え、8月11日に遺体が収容された。「時間が止まっていたが、これでようやく動き始めると思う」。この時、父卓也さん(58)はそう語った。

 葬儀を終えた後、卓也さんは休んでいた仕事に復帰した。趣味で所属している地元のバスケットボールクラブも、一周忌まではと参加していなかったが、最近「また始めようかという気持ちが湧いてきた」という。

 母忍さん(49)も昨年10月に職場に戻った。ここ最近は、悲しみに襲われ叫びそうになっても「感情をコントロールできるようになってきた」と話す。「捜索活動中、これだけ報道してもらって(晃さんが生きていて)ひょろっと出てきたら、地下室を造ってかくまわないと、なんて話をしてたんですよ」。少しだけ冗談も言えるようになった。

 しかし、悲しみは今も不意に訪れる。「アルバイトしていたガソリンスタンドの横を通ると、従業員が(晃さんと)だぶって見える」と卓也さんは話す。忍さんは、地震直後に晃さんの発見を祈り作り始めた折り鶴を、今も折っている。「気持ちを落ち着かせるためです」。以前のままの晃さんの部屋を埋める鶴は5000羽を超えた。

 「あの子がいなくなったのは事実。あとは自分たちのこれまでの生活リズムを取り戻すしかない」と卓也さん。「あの子がいた時間とこれからの残されている時間を重ね合わせ、今後の人生を生きていく」と忍さん。自分に言い聞かせるように話した。


課題残る罹災証明=市町村、負担大きく―発行遅れの教訓生かせ・熊本地震1年
時事通信 4/14(金) 4:12配信

 約18万9000棟の住宅が被害を受けた熊本地震では、公的支援を受けるのに必要となる罹災(りさい)証明書の発行が遅れ、被災者の不満を招いた。

 同時に損壊程度を判定し、証明書を発行する市町村の負担の大きさも浮き彫りになった。地震から1年たち、発行業務に多くの職員を投入した県内市町村からは、判定の効率化や業務を支援するシステムの統一を求める声が上がる。検討すべき課題は多い。

 ◇官民情報共有、難しく
 3月末で罹災証明書の新規申請受付を終了した熊本市は、これまでに約16万件を発行。地震発生から半年間は、窓口での申請や被害認定調査などの業務に1日当たり618人を動員した。申請期限を過ぎた現在もなお、住宅分だけで約1000件の調査が終わっていない。家屋内部を含めて調べる2次調査の依頼もあり、約30人が調査に当たっている。

 同市の大西一史市長も「膨大な事務処理量で圧倒的なマンパワー不足に陥る」と発行業務の負担の大きさを訴える。甚大な被害が出た同県益城町では「通常業務との兼ね合いで発行が遅くなるケースもあった」という。

 こうした罹災証明制度をめぐり県は昨年9月、民間保険会社による地震保険損害調査との調査一本化を国に提案。情報を共有し、複数の調査結果が出て被災者を混乱させることを防ぐとともに、人的資源の有効活用を実現するという内容だ。しかし、各調査の目的や根拠となる法律が異なるため実現は難しい。内閣府担当者は「情報共有がどこまで効率化につながるのかは分からない。各調査の狙いを住民に分かりやすく説明するため、広報面の連携はできると思っている」と語る。

 ◇「共通システムを」
 内閣府も判定業務効率化の必要性は認識している。被害認定調査に携わる職員の負担を減らすため、今年度に判定の効率化に向けた検討に着手する。例えば、全壊が明らかな家屋は、通常の目視調査を省き、写真だけで判定する手法を研究。調査員の育成体制や住民への説明の在り方なども議論していく。

 罹災証明書の発行や被災者支援業務を効率化するシステムについては、「国で共通のシステムをつくることが望ましい」との意見がある。

 熊本地震では、県内市町村の多くがNTT東日本が提供する「被災者生活再建支援システム」を導入したが、市町村の既存のシステムと連携できず、確認作業などが膨大になった例が内閣府の作業部会で報告されている。「他県の応援職員の場合、被災地に派遣されてから初めてシステムを使うため、交代するたびに研修が必要。国が共通のシステムを開発すれば効率化する」(大西熊本市長)との指摘もある。

 しかし、システムを独自に開発し効率的に運用できた西原村のようなケースもあり、内閣府は「自治体が使いやすいシステムを導入し、地域に合った改良を加える方が効率的」と、共通システムの開発には消極的。

 被災者の生活再建に大きな影響が及び、迅速な発行が求められる罹災証明書。自治体の発行業務をめぐり、熊本地震の教訓を生かせるか―。具体化はこれからだ。


遺族ら、200人超の冥福祈る=「歩きだすことが犠牲者の望み」―熊本県で追悼式
時事通信 4/14(金) 4:11配信

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熊本地震の前震から1年となる14日、熊本県主催の追悼式が県庁で行われた。遺族約110人や県職員ら計約370人が参列。犠牲者の冥福を祈るとともに、熊本の新たな再生を誓った。

 熊本地震の前震から1年となる14日、熊本県主催の追悼式が県庁で行われた。

 遺族99人や県職員ら計365人が参列。犠牲者の冥福を祈るとともに、熊本の新たな再生を誓った。

 式典では、まず参列者全員が1分間黙とう。来賓の安倍晋三首相が「被災者一人一人の気持ちに寄り添い、復興を実現するため政府一丸となり全力で取り組む」と言葉を述べた。また、地震後の車中泊の影響で母を亡くした熊本市の冨永真由美さん(58)が遺族を代表し、「私たち遺族が少しでも前を向き、元気に歩きだすことが亡くなった方々の望みではないか」と思いを語った。

 参列者は、白や紫など一面の花で飾られた祭壇の前で献花し、犠牲者に手を合わせた。ハンカチで涙を拭う遺族の姿も見られた。

 式典後、蒲島郁夫県知事は「仮設入居者が快適に暮らし、孤独にならないように対応する」と語った。

 県によると、建物倒壊による圧死などの直接死は50人。避難生活による病気悪化で死亡するなどした関連死も合わせると、震災による県内の犠牲者は13日時点で222人に上る。

 式典に先立ち、県は午前6時に大地震が発生したとの想定で職員の参集訓練を実施。非常時の対応などを確認した。


<熊本地震1年>新生熊本城へ始動 2年後お披露目
毎日新聞 4/14(金) 0:57配信

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復旧工事が本格化し、大型クレーンを使って鉄骨が差し込まれる熊本城の天守閣=2017年4月13日午後1時21分、野田武撮影

 熊本地震で被災した熊本城(熊本市中央区)の天守閣に長さ18メートルの鉄骨が設置され、復旧工事が本格化している。鉄骨は工事の足場を組むために使われ、13日は大型クレーンによって、最上階の展望室を貫くように鉄骨が通された。

 天守閣は1960年に鉄骨鉄筋コンクリート造りで再建されたもので、大天守(地上6階、地下1階)と小天守(地上4階、地下1階)がある。熊本城総合事務所によると、5月の大型連休までに全ての足場が組まれる。連休後に天守閣はシートで覆われ出し、夏ごろには外から見えなくなる。工事は2019年3月ごろに終了し公開する予定。

 地震で天守閣は屋根のしゃちほこや瓦が落下するなどの被害が出て、立ち入り禁止になっている。【柿崎誠】


【熊本地震1年】神戸から、新潟、東日本、熊本へ。歌い継がれる『復興の歌』
ホウドウキョク 4/14(金) 0:00配信

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ホウドウキョク

阪神・淡路大震災で自宅全壊
1995年に発生した阪神・淡路大震災。その被災地・神戸で生まれ、「復興の歌」として歌い継がれている曲がある。

【動画】子どもたちによる『復興の歌声』はこちら

曲名は『しあわせ運べるように』。

この歌を作詞・作曲したのは神戸市の小学校で音楽を教える臼井真さんだ。

22年前の阪神・淡路大震災では、間一髪で命は助かったものの自宅が全壊した。その直後、胸にこみ上げてくるものがあり、手元にあった紙に歌詞を走り書きして『しあわせ運べるように』が誕生したという。

今では、新潟中越地震や東日本大震災など、地震で傷ついた被災地で地名を換えて歌い継がれるようになっている。

『傷ついた熊本』を元の姿に
臼井さんは今年2月、熊本を訪れた。去年4月の熊本地震後、県内の子どもたちが歌っていることを知って、子どもたちに会いに来たのだ。

一番伝えたかったのは、この歌が生まれたときのことだ。

「今まで生きてきた中で一番悲しい、追い詰められた状況の中で作りました。熊本の街も、家が潰れたり、なくなったり、大変な状況だけど、死んではいない。必ず生まれ変わって新しくなる。大けがをしているだけ。『傷は治る』という意味の、『傷ついた熊本』を元の姿に戻そうと」(臼井さん)

しかし、22年経っても癒えない悲しみもある。大切な家族を失って、心の傷が全くふさがっていない人たちが大勢いる。

歌詞の中に「亡くなった人々のぶんも、毎日を大切に生きてゆこう」という部分があり、臼井さんは、その人たちへの想いも込めている。

「熊本で亡くなられた方もたくさんおられるので、その家族の皆さんに寄り添うように、そして、生きたくても生きられなかったたくさんの人がいるので、自分の命は絶対に大切に思ってほしい」

臼井さんは、今すぐでなくても、歌が少しでも復興の役に立てばと思っている。

「もう少し復興しないと、心に傷を負った人は歌どころではない。まだまだ厳しい状況の人も多いと思うが、前に向かってちょっとでも進んでいこうという気持ちになった時に、心の復興などで歌は役に立つと思う」

熊本地震の最初の揺れがあってから一年。復興の道のりはまだこれからだが、多くの人の心に歌声が響いている。

取材=テレビ熊本・関西テレビ

しあわせ運べるように(ふるさとバージョン)
一、
地震にも 負けない 強い心をもって
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた「ふるさと」を もとの姿にもどそう
支えあう心と 明日への 希望を胸に
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 「ふるさと」のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

二、
地震にも 負けない 強い絆(きずな)をつくり
亡くなった方々のぶんも 毎日を 大切に 生きてゆこう
傷ついた「ふるさと」を もとの姿にもどそう
やさしい春の光のような 未来を夢み
響きわたれ ぼくたちの歌
生まれ変わる 「ふるさと」のまちに
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように
届けたい わたしたちの歌 しあわせ 運べるように

(作詞・作曲 臼井真)


<熊本地震1年>避難4万7725人 関連死170人
毎日新聞 4/13(木) 21:33配信

 最大震度7を2度記録した熊本地震は14日、発生から1年を迎えた。熊本県の被災者は3月末現在、4万7725人が県内外の仮設住宅などで避難を続けている。仮設生活の長期化に懸念が強まる中、県は13日、被災者の長期的な受け皿となる災害公営住宅(復興住宅)を被災12市町村が1027戸整備する予定であることを初めて発表した。

 県は昨年11月までに仮設住宅4303戸の整備を終え、4179戸に1万985人が入居している。民間アパートなどを借り上げる「みなし仮設住宅」には県外も含む1万4705戸に3万3832人、公営住宅などには1322戸で2908人が暮らしている。親族宅に身を寄せるなど把握できない人を含めると、避難者の数はさらに膨らむとみられる。

 一連の地震で最大震度7を2度記録したのは観測史上初で、熊本県を中心に甚大な住家被害に見舞われた。罹災(りさい)証明書の発行に伴う建物被害の判定が進む中で損壊家屋数は増え、県内では13日現在、約19万棟の住家に被害が出ており、全半壊は約4万2000棟に上った。

 そのうち、1万棟を超える住家被害が出た同県益城(ましき)町では、この1年で解体作業が進み、住宅地には更地が目立つようになった。一方、県内では3万3554棟が公費解体を申請しているが、3月末時点の進捗(しんちょく)率は約6割(2万487棟)にとどまっている。県は今後1年以内での解体完了を目指している。

 地震による直接死は50人で、熊本、大分両県の震災関連死170人と地震後の豪雨災害の死者を含めると犠牲者は225人に上る。

 熊本県主催の追悼式は14日午前10時から熊本市中央区の県庁で開かれ、遺族や安倍晋三首相、蒲島郁夫知事らが参列する。車中泊による体調の悪化で母津崎操さん(当時89歳)を亡くした冨永真由美さん(58)=熊本市=が遺族代表としてあいさつするなど、被災地は追悼の祈りに包まれる。【中里顕】


<伊方原発>運転差し止め却下「不服」 住民側が即時抗告
毎日新聞 4/13(木) 20:38配信

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四国電力伊方原発=本社ヘリから幾島健太郎撮影

 広島、愛媛両県の住民が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた仮処分申請で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁の決定を不服とし、広島高裁に即時抗告した。

 3月30日の決定は、中央構造線断層帯に近い伊方原発を巡り、四電が耐震設計で想定した揺れの大きさ(基準地震動)に「不合理な点はない」と判断した。

 住民側は13日の記者会見で、九州電力川内原発の運転停止を認めなかった福岡高裁宮崎支部決定(昨年4月)を広島地裁が参照したことについて「裁判官の独立に反する」と批判。「司法が原発事故発生に対する防波堤になってほしい」と訴えた。【東久保逸夫】


クレーン工事を再開=倒壊事故の高浜原発―関電
時事通信 4/13(木) 19:59配信

 関西電力は13日、1月に高浜原発(福井県高浜町)で起きたクレーン倒壊事故を受け、中断していた1、2号機での大型クレーンを使った工事を約3カ月ぶりに再開した。

 40年超運転を目指す高浜1、2号機の重大事故に備え、クレーンで原子炉格納容器にドーム状の屋根を設置する。安全対策工事の完了予定は1号機が2019年8月、2号機が20年3月。


住民側が即時抗告=伊方原発差し止め却下で―広島
時事通信 4/13(木) 18:03配信

 広島市の住民らが四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転差し止めを求めた仮処分申請で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁決定を不服として、広島高裁に即時抗告した。


復興住宅の仮受付始まる 西原村、熊本地震で初
西日本新聞 4/13(木) 17:43配信

 熊本県西原村は13日、熊本地震の被災者向け災害公営住宅(復興住宅)の入居申請の仮受け付けを開始した。県によると、熊本市を含む12市町村で復興住宅約千戸を整備する計画で、仮受付を始めたのは西原村が初めて。

 村は仮設住宅や自治体が民間賃貸住宅を借り上げて提供する「みなし仮設」の入居者を対象に実施したアンケートを踏まえ、復興住宅の整備戸数を80戸と見込み、来年7月に完成予定。仮受付では世帯構成や復興住宅の希望場所などを聞き取る。村震災復興推進室の吉井誠係長(47)は「住まいのタイプなどニーズを把握したい」と話した。

 併せて、宅地被害の復旧に関する相談窓口も開設された。村役場を訪れたパート白見悟さん(50)は「自宅の隣で崩れたのり面の復旧が復興基金の対象になると聞いて安心した」と喜んだ。

=2017/04/13 西日本新聞=


熊本地震、閉じこめの78%が1階…警察庁分析
読売新聞 4/13(木) 17:38配信

 熊本地震の「前震」からあす14日で1年を迎えるのを前に、警察庁は13日、警察が出動した災害現場の分析結果を公表した。

 倒壊建物に閉じこめられた被災者のうち、78%が「1階居室」にいたことが判明。2階にいれば閉じこめられずに、自力で脱出可能なケースもあった。7割が60歳以上で、同庁は「高齢者は1階中心の生活を送っているためではないか」と分析している。

 同庁は、熊本地震で、警視庁など18都府県の機動隊員ら972人を現地に派遣。111現場で、160人(生存128人、心肺停止32人)を救助した。警察庁は今回、警察が主導した39現場について分析した。

 熊本地震では50人が直接死で、39現場では、このうち18人が心肺停止状態で発見された。倒壊したのは全て木造建物で、37現場は2階建てで、2現場が平屋建て。いずれも1階部分が崩壊し、2階部分は崩れていないケースが多かった。


熊本地震から1年 不通の国道は今
ホウドウキョク 4/13(木) 16:26配信

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(写真:ホウドウキョク)

14日で、熊本地震最初の震度7の揺れを観測してから1年となる。
熊本・南阿蘇村立野では、熊本地震の本震で大規模な土砂崩れが発生し、熊本市と阿蘇や大分を結ぶ、交通の大動脈である国道57号線やJR豊肥線が、土砂崩れによって寸断され、阿蘇大橋は崩落した。
熊本地震から1年を前に13日、FNNのカメラが、初めて土砂崩れの現場に入った。
南阿蘇村立野の土砂崩れの工事現場。
14日で熊本地震から1年、現場にはまだ人の体のおよそ5倍はある大きな岩が残っており、地震の脅威を物語っている。
現場は、2017年に入って人の手による作業が始まったばかりで、今でも、大きな岩が転がり、JRの線路も流されていた。
現場は、国土交通省が工事を進めていて、完了のめどは立っていないが、国道の北側を走る復旧ルートの整備が進められている。

テレビ熊本/FNN


熊本地震の被害実態分析
ホウドウキョク 4/13(木) 16:18配信

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(写真:ホウドウキョク)

14日で発生から1年を迎える熊本地震で、倒壊家屋に閉じ込められた人のほとんどが、発災当時1階部分にいたことが、警察庁の分析で明らかになった。
警察庁の分析によると、熊本地震で警察が主導して行った倒壊家屋に閉じ込められた人の救助活動は39カ所にのぼり、あわせて60人が現場から助け出されたが、18人が心肺停止状態だった。
60人のうち、倒壊した1階部分に閉じ込められていた人は、78%にあたる47人にのぼることがわかった。
また、建物のはりなどに挟まれていた人は、67%にあたる40人だったほか、70%にあたる42人が60歳以上だった。
警察庁は、分析結果を今後の災害救助訓練などに生かしたいとしている。


伊方原発差し止め仮処分却下、住民側が即時抗告
読売新聞 4/13(木) 15:19配信

 四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)を巡り、広島市などの住民が運転差し止めを求めた仮処分裁判で、住民側は13日、申し立てを却下した広島地裁の決定を不服として、広島高裁に即時抗告した。

 広島地裁は3月30日の決定で、原子力規制委員会が定めた原発の新規制基準について「不合理な点はない」などと判断した。住民側は即時抗告状で、新規制基準は「東京電力福島第一原発事故の反省を踏まえたものになっていない」などと改めて主張した。

 四電は「伊方3号機の安全性が確保されていると認めていただけるよう、引き続き丁寧に主張、立証したい」とコメントした。


熊本地震1年 阿蘇立野病院が診療再開 住民安堵、院長「再生への灯火に」
産経新聞 4/13(木) 15:05配信

 ■住民「通い慣れた所がいい」

 昨年4月の熊本地震で被災し、休止していた熊本県南阿蘇村唯一の救急指定病院「阿蘇立野病院」が約1年ぶりに一部の診療業務を再開した。当面は毎週水曜のみの診療だが、地域医療の中核を担う病院の再開に住民は「どこか安心する」と喜ぶ。夏頃には入院患者の受け入れなど本格的な再開を目指しており、上村晋一院長(52)も「立野再生に向け、一つの灯火(ともしび)になれれば」と誓っている。(桑村朋)

 診療は12日午後2時に再開された。十分な医療機器や体制がそろっておらず救急患者の受け入れなどもまだできないが、地元の住民が次々と来院した。

 南阿蘇村に住む、自営業の村上六彦(むつひこ)さん(74)はぜんそくの持病で何十年も通院。再開をききつけ、迂回路(うかいろ)を通って車で50分かけてやってきた。「やはり通い慣れた病院がいい」と笑顔を見せた。

 自宅が全壊し、大津町の仮設住宅に住む藤本ケサ子さん(82)も不整脈で20年以上、通っていたという。「再開が待ち遠しかった」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

 病院の再開は絶望視されていた。昨年4月16日の本震で病棟3棟のうち2棟が壊滅的被害を受け、残る1棟も損傷。近くの阿蘇大橋が崩落し、病院は村中心部から分断された。業務を休止せざるを得ず、入院患者70人は全員を別の病院に転院させた。

 全140人の職員の解雇も余儀なくされ、昭和54年開院以来、初めての危機を迎えた。上村院長は「地域医療の役割を果たせなくなり、苦しい1年だった」と振り返る。

 ただ、かかりつけ医としての責任を果たそうと、被災約1カ月半後には、村内の特別養護老人ホームの一角を借りる形で診療所を開設。解雇した看護師ら約30人も呼び戻し、内科や外科の診療を始め、村外の仮設住宅に避難する住民らを巡回診療して回ったという。

 診療所は医療機器が十分でなく、エックス線検査もできないが、それでも住民は頼ってくれた。「やっぱり長年診てくれている先生が安心」「先生と話すと立野の暮らしを思い出す」。そんな声を聞き、上村院長は「皆さんが帰りたい場所で病院を再開する」との思いを強くした。

 そして、被害が少なかった1棟の修復を終え、この日、1年ぶりに診療業務を一部再開させた。再開にあたり、看護師や職員らを集め、上村院長は「今日の良い天気のように、晴れ晴れとした気持ちで地域のために安心の医療を届けよう」と言葉をかけた。

 病院のある立野地区は阿蘇大橋や阿蘇長陽大橋の崩落・損壊など、甚大な被害を受け、357世帯877人の大半が地区外避難を余儀なくされている。夏頃には阿蘇長陽大橋が復旧する予定だが、地区に住民が戻るかは不透明だ。

 こうした中での病院の再開に、受診した藤本さんは「病院が再開すれば立野に戻る人も増えるはず。早く全面復旧してほしいです」と期待を寄せている。

 病院側もスタッフが足りず残る補修作業など課題は山積しているが、上村院長は「住民は病院に『いつでも帰れる』との安心感を求めている。今日がまた、始まりです」と話していた。


<熊本地震>「被害認定士」登録徹底へ 迅速な職員派遣目標
毎日新聞 4/13(木) 15:01配信

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熊本県益城町で活動する「家屋被害認定士」の兵庫県淡路市職員=2016年4月、兵庫県淡路市提供

 熊本地震で自宅の被害を記した「罹災(りさい)証明書」の発行に時間がかかった問題を受け、内閣府は、被害認定ができる自治体職員を速やかに被災地に派遣できるよう、各都道府県で職員を登録する制度の導入徹底に乗り出す。

 モデルは兵庫県の「家屋被害認定士制度」で、熊本地震では延べ約500人を送り込んだ。内閣府によると、多くの都道府県では職員が被害認定を学ぶ研修をしているが、登録制度があるのは兵庫や和歌山など一部。内閣府の担当者は「初動に役立つので、導入を働きかけていく」としている。

 罹災証明書は、仮設住宅入居や被災者生活再建支援金給付に必要。被害認定は、内閣府の基準をもとに市町村の税務や建築を担う職員が担当し、被災家屋を調べて全壊、半壊などと判定する。2次被害を防止するために建築士らが行う応急危険度判定とは別の手続き。

 熊本地震では避難所運営などと重なり、被害認定の要員が不足。証明書申請は地震発生1カ月後で10万件以上あったが、3割しか発行できなかった。その後の申請分も含めて約18万件の発行を終えるまでに約4カ月半かかり、生活再建の大きな障害となった。

 被害認定については、1995年の阪神大震災でも問題化し、兵庫県は2006年に家屋被害認定士制度を創設。県や市町の職員が1、2日間の研修を受け、家の傾きを測る器具の使い方を学んだり、被災家屋の写真で損壊具合を判定したりしている。修了者は3月末現在、県内全41市町で計1644人。名簿に登録され、県が把握しているため県外派遣者の人選がスムーズで、熊本地震では発生直後から派遣を始めて延べ525人が活動した。

 内閣府によると、被害認定研修の実施は14年度の29都府県から昨年度は38都道府県まで増えたが、登録制度は兵庫、和歌山、徳島などにとどまっている。愛知県では研修をしていたが名簿がなく、熊本への派遣職員向けに改めて被害認定研修をして対応した。今年度は登録制度を導入する。

 内閣府は都道府県担当者向けの説明会も近く開く予定だ。【井上元宏】

 ◇研修制度統一を

 田村圭子・新潟大教授(危機管理)の話 半壊や大規模半壊では、被害認定に一定の時間がかかる。迅速化には被災地外の応援体制整備が効果的だ。認定基準を作る国は、全国統一の研修制度を作るなど踏み込んだ対策を取るべきだ。

 ◇ことば「家屋の被害認定」

 罹災証明書発行のための被害認定は「全壊」「大規模半壊」「半壊」があり、内閣府の基準や指針に従って判定される。東日本大震災でも発行に時間がかかり、2013年施行の改正災害対策基本法で被害認定ができる人材育成などが市町村の努力義務とされた。


阿蘇観光、客足鈍く=「被災イメージ払拭を」―交通事情が影響・熊本地震1年
時事通信 4/13(木) 14:35配信

 熊本地震から1年となり、県内の多くの観光地は客足が戻りつつある。

 しかし阿蘇市は、県内最大の観光名所の一つ阿蘇山を抱えながら回復が遅れている。交通事情の影響だが、関係者は「被災イメージが払拭(ふっしょく)し切れず、訪問先の選択肢から外れてしまっている。道路事情は改善しておりぜひ来てほしい」と呼び掛けている。

 阿蘇市観光課によると、市内の宿泊者数は2015年は約78万人だったが、16年は約51万人と大幅減の見込み。うち復興工事関係者が約20万人を占める。

 JR豊肥線は現在も一部不通で、熊本―阿蘇間の交通手段として利用できない状態が続いている。車の場合、熊本市から阿蘇市へ向かう国道57号は寸断で迂回(うかい)が必要。昨年12月に俵山トンネルを通る県道ルートが開通し、迂回路の渋滞は解消された。

 それでも観光客が目立って増えないことに、阿蘇市観光協会事務局長の松永辰博さん(53)は「阿蘇市への道は渋滞、阿蘇山への道は被災し危険、というイメージが定着してしまったのでは」と懸念する。

 阿蘇山頂付近の景勝地「草千里ケ浜」にレストランや売店を構える観光施設「ニュー草千里」は昨年9月に再開したが、月の売り上げは地震前の6分の1程度。支配人の浜本雄一さん(39)は「35人いた従業員を10人ほどに減らした。ツアーバスが来ないので、休日でも売り上げが2万円ほどしかない日もある」と表情を曇らせる。

 観光客誘致のため、阿蘇市は海外の旅行会社関係者を招待するなどPRに力を入れる。今年3月には韓国の旅行会社社長を草千里ケ浜などに案内。「魅力が伝わった。熊本空港への定期便が就航すれば、阿蘇旅行の商品を販売したい」との評価を得た。

 市観光課長の秦美保子さん(50)は「電車の代わりのバス乗り場を設けたり、迂回路の案内板を道の駅に設置したりなど、被災後の阿蘇周遊についてお客さまに満足いただけるよう取り組んでいる。受け入れ余力はあるので、ぜひ訪れてほしい」と話している。


震災犠牲者200人超=避難所閉鎖、仮設暮らし続く―熊本地震、14日で1年
時事通信 4/13(木) 14:31配信

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熊本地震は14日で前震発生から1年となる。熊本城の天守閣は屋根の瓦が落ちたまま。地震がもたらした影響は依然残る=13日午後、熊本市

 熊本地震は14日で前震発生から1年となる。

 復興に向けた動きは加速、避難所はなくなり、仮設住宅で被災者の生活再建が進む。一方、熊本県内の震災犠牲者は13日時点で222人と増え続け、道路や鉄道は一部で不通が続くなど、地震がもたらした影響は依然残る。

 県によると、避難住民の数は最大855カ所の避難所で計18万3882人に達したが、昨年11月に西原村で最後の避難所が閉鎖されゼロとなった。しかし、「応急」と民間住宅を借り上げた「みなし」を合わせた県内の仮設住宅に住む被災者は今年3月末で26市町村計約4万4600人に上る。

 建物倒壊による圧死など直接死は50人。避難生活による病気悪化などで死亡し関連死と認定されるケースは、現在も相次いでいる。

 住宅被害は全壊から一部損壊まで計約19万棟に上ったが、倒壊家屋の公費解体が進み、被害が激しかった熊本市や益城町では無残な姿で残る住宅は大幅に減った。県は来年3月の解体完了を目指している。

 インフラ面では、地震で通行止めとなった幹線道路の多くが通行可能となる中、熊本市と阿蘇方面を結ぶ国道57号や熊本―大分間のJR豊肥線で一部区間の不通が続いている。熊本城は天守閣の瓦が落ち石垣も崩れたまま。熊本市は2019年までの天守閣修復を目指すが、全体の修復には約20年かかる見通しだ。


玄海原発再稼働、佐賀県議会が容認決議案を可決
読売新聞 4/13(木) 12:13配信

 九州電力玄海原子力発電所3、4号機(佐賀県玄海町)の再稼働について、佐賀県議会(定数38、欠員2)は13日の臨時会で、容認する決議案を賛成多数で可決した。

 山口祥義(よしのり)知事はこれまで、安全性の確認と住民の理解を前提に「再稼働はやむを得ない」との姿勢を示しており、閉会後、「県民の代表である県議会の決議を重く受け止めている」と語った。月内にも最終判断する方針。

 2013年の新規制基準の施行後、原発が立地する県議会が再稼働を容認したのは、九電川内(せんだい)原発がある鹿児島県議会などに続いて4例目。山口知事が同意すれば、玄海3、4号機は今夏以降に再稼働する見通しだ。

 決議案は最大会派の自民党県議団など27人が13日、連名で提出した。同県議団の議員は臨時会で「原子力規制委員会が九電の安全対策を審査し県もそれを確認した。電力を安定的に供給するためにも再稼働は必要だ」と説明。議長を除く議員35人による採決が行われ、28人が賛成した。


阿蘇被災地、復旧状況を報道陣に公開 復旧工事へ本格着手
西日本新聞 4/13(木) 12:10配信

 熊本県阿蘇地域振興局は12日、熊本地震の発生1年を前に、管内の被災地域の復旧状況などを報道陣に公開した。一部箇所は初公開で、被災規模が大きく、多くはこれから復旧工事に本格着手する。

 阿蘇山上を経由して阿蘇市と南阿蘇村を結ぶ県道阿蘇吉田線。南阿蘇村側で山腹崩壊が大きく、山上広場から国道325号に下りる区間は現在も通行規制している。地震後の大雨の影響もあり、中腹地点では崖が約40メートルの高さから崩れ落ちている。県は本年度中の全線復旧を目指す。

 阿蘇山麓では治山事業が進む崩落箇所を見た。南阿蘇村の尻無地区で、345カ所ある治山関係現場の一つ。斜面が崩壊して大量の土砂が流れており、流出防止工事が進んでいる。

 農地の地割れ被害では、阿蘇市的石の水田で亀裂を土で埋める工事が近く始まる。表土をはぎ、新たな土を入れて表土を戻す。新たな土は山腹崩壊で生じて処分する“捨て土”を活用。復旧と並行して、農地区画を2~3倍に拡大する事業も実施する。

=2017/04/13付 西日本新聞朝刊=

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