« 北朝鮮、今度は弾道ミサイル発射・40 | トップページ | 北朝鮮、金正恩の兄・金正男氏暗殺 金正恩の刺客による犯行説濃厚・29 »

2017年3月31日 (金)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2217

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<熊本地震>「みなし仮設」で5人死亡 孤独死か - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<公取委>鹿島など立ち入り 震災復旧で談合疑い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:農地の震災復旧で談合疑い=東北農政局発注工事―ゼネコン十数社立ち入り・公取委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<玄海原発>再稼働、佐賀県議会が同意へ 13日にも可決 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「数日見かけない」益城町の仮設で孤独死 61歳男性 熊本地震で初めて - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:外部電源が一時途絶=川内原発、九電が報告訂正 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高浜再稼働容認が確定=住民側、抗告見送り―大阪高裁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震から1年 益城町に新入職員 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「益城のために」復興の決意 辞令交付式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:17年度「まだ有事」=残る避難区域、根強い風評被害―福島知事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町、被災庁舎で入庁式 21人が新たな一歩「やりがいと責任感じる」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・浪江町>「復興に尽力したい」役場業務が本格再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「土砂災害」地震は想定外 警戒区域の指定「豪雨」前提 熊本地震では8人が死亡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<JR浪江駅>6年ぶり再開 戻れ古里 ホームに笑顔 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<よさこいまつり>被災地を元気づけ 気仙沼で第1回開催 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:桜のトンネル、7年ぶり点灯…避難指示解除で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:JR常磐線・浪江-小高間再開 「一歩一歩元の町に」「6年は長かった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:再出発の浪江に春呼ぶ列車 常磐線「小高~浪江」6年ぶり再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:茨城県で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島・富岡町の避難指示が解除 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1原発事故 「新しい町の誕生日」浪江で常磐線再開 今春の避難解除が完了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1原発事故 浪江町長「常磐線運転再開は復興の原動力」 地域再生に期待高まる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震源近く「心構えできた」=緊急地震速報、熊本震度7で―気象庁が住民調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【震災6年 ふるさとの今(4・完)宮城県気仙沼市】  「苦境」逆手、活路はシンガポールに 水産加工、団結の力で交渉力 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「原発の町」富岡町が避難解除 町に少しずつ増える“ぬくもり”と決意の火 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:浪江駅、新たな出発…JR常磐線6年ぶり再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<常磐線>原発の町、戻れ古里…浪江-小高・再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:常磐線、小高―浪江が再開=避難解除に合わせ―JR東 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難指示解除の福島3町村、再建へ一歩 「ゴールでなくスタート」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難先から老舗うどん店帰還 「生まれ育った飯舘村で再開したい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難指示7割で解除=残るは原発立地2町など―福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・避難指示解除>自治体、苦渋「まち残し」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・避難指示解除>帰還1割未満 追い続ける復興 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:12市町村 除染作業終わらず - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<熊本地震>「みなし仮設」で5人死亡 孤独死か
毎日新聞 4/4(火) 14:30配信

5
熊本県益城町の仮設住宅=2016年7月5日、本社ヘリから今冨英樹撮影

 熊本市は4日、熊本地震の被災者用に市が民間賃貸住宅を借り上げた「みなし仮設住宅」で1人暮らしをしていた男女5人が死亡していたことを明らかにした。誰にもみとられずに亡くなった孤独死の可能性もあるが、市は個人情報を理由に詳しい状況を明らかにしていない。

 市によると、死亡したのは40、70、80代の女性3人と、50代と70代の男性。昨年8月~今年1月末、親族らが死亡を理由に退去すると市に届けた。

 被災者の申請によると、熊本市のみなし仮設に入居した被災世帯は3月15日現在で8742世帯。このうち契約を終え、市が入居人数など詳細を把握したのは6914世帯(1万5761人)で、1032世帯が65歳以上の1人暮らしという。

 また、プレハブの応急仮設住宅には529世帯(1381人)が入居し、うち81世帯が65歳以上の1人暮らし。入居者の死亡は確認されていないという。

 市復興総室は「これまでも見守りに努めてきたが、5人が亡くなったのは残念。一層見守りを徹底したい」と話した。

 熊本県内の仮設住宅では3月28日に益城町の応急仮設住宅で入居者の男性(61)が孤独死しているのが見つかった。【樋口岳大】


<公取委>鹿島など立ち入り 震災復旧で談合疑い
毎日新聞 4/4(火) 14:14配信

 農林水産省東北農政局が発注した東日本大震災による津波被害の復旧事業を巡り、受注調整をしていた疑いが強まったとして、公正取引委員会は4日、独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で鹿島(東京都港区)など大手・中堅ゼネコン複数社の東北支店などに立ち入り検査に入った。関係者から事情を聴いて実態を解明する。

 関係者によると、複数社は数年前から、東日本大震災の被害に遭った宮城・福島両県での復旧事業の入札で、事前に調整して受注業者を決めていた疑いがある。

 農地や排水路の復旧のほか、区画整理事業など多岐にわたる事業で、受注調整をしていた疑いが持たれているという。

 鹿島の広報室は「立ち入り検査には全面的に協力してまいります」とコメントした。

 東北農政局によると、東日本大震災による宮城、福島、岩手の3県の農林水産関係の被害額は2兆円超で、農地の流出・冠水面積は約2万ヘクタール。うち約7割が宮城県だった。

 東北農政局発注の復旧工事を巡っては、宮城県亘理町での工事で、入札情報を漏らした見返りに飲食や宿泊の接待を受けたとして、山形県警が昨年11月、同局に勤務していた職員を加重収賄の疑いで、落札業者を贈賄容疑で逮捕している。【高木香奈】


農地の震災復旧で談合疑い=東北農政局発注工事―ゼネコン十数社立ち入り・公取委
時事通信 4/4(火) 13:53配信

 農林水産省東北農政局が発注した東日本大震災の復旧工事などをめぐり、談合した疑いが強まったとして、公正取引委員会は4日、独禁法違反(不当な取引制限)の疑いで、鹿島建設(東京都)や大林組(同)などゼネコン十数社を立ち入り検査した。

 ほかに立ち入り検査を受けたのは、飛島建設やフジタ、青木あすなろ建設、りんかい日産建設(いずれも東京)など。

 関係者によると、各社は東日本大震災で被災した農地や水路を復旧する土木工事などをめぐり、事前に受注予定者を決めるなどしていた疑いが持たれている。

 東北農政局の資料によると、同局管内では青森、岩手、宮城、福島の4県で2万ヘクタール超の農地が津波被害を受けた。被害の大きい宮城など3県では、農業以外に転用された土地を除き昨年11月時点で83%の農地が、がれき撤去や塩分除去作業を終え、農業再開が可能となった。

 農業分野での震災復旧・復興をめぐっては、農業用ハウスの復興工事で談合を繰り返したとして、公取委は今年2月、メーカー5社に課徴金納付を命じた。

 また、被災した高速道路の復旧をめぐり、東北、関東地方でそれぞれ談合を摘発している。

 鹿島建設、大林組、フジタなどは「検査には全面的に協力する」とコメントした。


<玄海原発>再稼働、佐賀県議会が同意へ 13日にも可決
毎日新聞 4/4(火) 13:03配信

Kgnp
玄海原発(手前左から)3、4号機=佐賀県玄海町で2016年11月6日、本社ヘリから津村豊和撮影

 佐賀県議会は4日、議会運営委員会を開き、九州電力玄海原発3、4号機(同県玄海町)の再稼働の判断を巡る臨時議会を11日から13日までの3日間とし、再稼働に関する決議案を採決することを申し合わせた。自民党県議団は再稼働に同意する決議案を提出する方針を明らかにした。自民は県議会の大半を占めており、再稼働に同意する決議案が13日の県議会本会議で可決される見通しとなった。

 再稼働の判断に至っていない山口祥義(よしのり)知事が「議会としての意見を聞きたい」として臨時議会の招集を表明していた。玄海原発が立地する玄海町の町議会と岸本英雄町長は既に同意している。

 議会運営委員会では、過半数を占める自民党と公明党の委員が議会としての意思を示す決議案の提案を主張。野党会派は「性急だ」と反発し、委員会を退席した。野党会派は再稼働に反対する決議案を提出する見込み。【松尾雅也】


「数日見かけない」益城町の仮設で孤独死 61歳男性 熊本地震で初めて
西日本新聞 4/4(火) 11:26配信

 熊本県益城町は3日、熊本地震の被災者が入居する町内の仮設住宅で、1人暮らしの男性(61)が亡くなっているのが見つかったと明らかにした。発見時、死後数日が経過していたとみられる。県によると、熊本地震の仮設住宅で孤独死が確認されたのは初めて。

 町によると、男性は惣領仮設団地(約60戸)に昨年10月上旬に入居。3月28日に仮設団地の自治会長から「数日見かけない」と町に相談があり、警察と訪問し死亡している男性を発見した。死因は明らかにしていないが、持病があったという。町内の仮設住宅には同21日現在、3885人が入居している。

 町は、仮設住民らの見守り活動の拠点を町社会福祉協議会に整備。町内の仮設住宅では、支援団体が戸別訪問して入居者の健康状態を把握したり、孤立しがちな独居男性を集めた交流会を開いたり、孤独死を防ぐ取り組みを続けていた。

 被災地の孤独死問題に詳しい熊本学園大の高林秀明教授(地域福祉論)は「時間がたつにつれ、自立する力の弱い人たちが仮設住宅に残され、孤独死が起きやすくなる。戸別訪問や住民同士の関係づくりが個々の仮設で行き届いているかを確認し、支援を強化する必要がある」と指摘した。 

=2017/04/04付 西日本新聞朝刊=


外部電源が一時途絶=川内原発、九電が報告訂正
時事通信 4/4(火) 10:53配信

 九州電力は4日、運転中の川内原発(鹿児島県)で2日に外部電源3系統のうち1系統から一時受電できなくなるトラブルが発生したと発表した。

 九電は原子力規制委員会や地元自治体に運転上のルールの逸脱と報告したが、その後に事前に定めた3系統とは別の系統から受電ができているため、逸脱ではないと訂正。規制委は再確認を要求し、九電は4日になって、事前に決めた系統からの受電はできていなかったため、やはりルールの逸脱だったと再訂正した。

 九電によると、2日午後4時25分ごろ、川内原発につながる外部電源の1系統から受電できない状態になった。九電は外部電源について事前に選定した3系統の動作が可能であることを必要と定めており、運転上のルールの逸脱と判断した。

 だが、3系統とは別の系統から受電できていることが分かったとして、2日午後7時15分に逸脱ではないと訂正し、報道発表なども行わなかった。


高浜再稼働容認が確定=住民側、抗告見送り―大阪高裁
時事通信 4/3(月) 23:14配信

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)をめぐり、滋賀県の住民らが運転差し止めを求めた仮処分申し立てで、住民側は3日、運転を認めた大阪高裁決定について最高裁に特別抗告などをしないことを決めた。

 大阪高裁決定が確定する。

 大津地裁は昨年3月、運転中の原発を初めて停止させる決定をし、関電の異議も退けたが、高裁は今年3月28日、関電の保全抗告を認め、差し止めを取り消す決定をした。

 住民側弁護団は「本訴でしっかりと主張・立証し、勝訴を目指すことが得策だと判断した」と抗告を見送った理由を説明した。


熊本地震から1年 益城町に新入職員
ホウドウキョク 4/3(月) 15:03配信

熊本地震の発生から間もなく1年。震度7の揺れに2度襲われた熊本・益城町では、2017年度の新規採用職員などの辞令交付式が行われた。
辞令交付式では、2017年度に採用された新規採用21人と再任用6人、あわせて27人の名前が1人ひとり呼ばれ、辞令が手渡された。
採用職員を代表して、東野 加保里さんが宣誓書を読み上げ、西村博則町長が、「熊本地震で多くの人から支えていただきました。いろんなことにチャレンジしてください」と激励した。
復旧事業課の高浜宏弥さんは、「配属は復旧事業課です。いち早く、町民の皆さんが、今までの生活を取り戻せるよう、一生懸命職務に取り組みたい」と話した。
益城町では、熊本地震からの復旧復興に向けて、新年度から、復旧事業課や復興整備課などを新設して業務にあたる。


<熊本地震>「益城のために」復興の決意 辞令交付式
毎日新聞 4/3(月) 13:19配信

 昨年4月に発生した熊本地震で震度7の揺れが2度襲った熊本県益城(ましき)町で3日、新採用職員21人が辞令交付式に臨んだ。被災から14日で1年となる町の早期復興への尽力を誓った。

 地震関連の対応などで会議室が使えず、式は町長室前廊下で開かれた。西村博則町長は「町は生活再建を第一に取り組む。失敗もあったけどさまざまな事業をできたといえるような職員人生を送ってもらいたい。大いにチャレンジしてください」と呼びかけた。

 復興整備課に配属となった園田剛章さん(32)は2015年に青年海外協力隊員として派遣されていたアフリカから帰国後「熊本のために仕事をしたい」と行政職を志した。出身は同県八代市だが熊本地震後「被害の大きかった益城町の町づくりに携わりたい」と町職員を選んだ。「町民の不安や要望は多いと思うが、職員としての責任を受け止めて復興に携わりたい」と力を込めた。【出口絢】


17年度「まだ有事」=残る避難区域、根強い風評被害―福島知事
時事通信 4/3(月) 12:44配信

 「2017年度もまだ有事が続いている」。

 福島県の内堀雅雄知事は、新年度初となる3日の記者会見でこう語り、東京電力福島第1原発事故からの復興がいまだ途上にあるとの認識を示した。

 その理由として、内堀氏は(1)原発事故に伴う避難指示区域が、双葉町や大熊町など7市町村にまたがる地域に残っている(2)農産物を中心に、風評被害が依然として根強い―ことなどを列挙。加えて、県の人口が「全国でもトップクラスの減り幅だ」と指摘した。


益城町、被災庁舎で入庁式 21人が新たな一歩「やりがいと責任感じる」
西日本新聞 4/3(月) 11:14配信

 熊本地震で甚大な被害が出た熊本県益城町は、被災して取り壊しが決まっている庁舎で入庁式を開き、21人の新規採用職員が一歩を踏み出した。

 新設の復興整備課に配属される園田剛章さん(32)は「自分の仕事がまちづくりに直接反映されることに重い責任を感じます」。町では今なお、約3千世帯が仮設住宅や民間賃貸住宅を自治体が借り上げる「みなし仮設」で暮らす。西村博則町長は「多くの住民が日常でない避難生活を送っている。切磋琢磨(せっさたくま)して町を支えてほしい」と期待した。

=2017/04/03 西日本新聞=


<福島・浪江町>「復興に尽力したい」役場業務が本格再開
毎日新聞 4/3(月) 11:12配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が3月末に一部で解除された福島県浪江町では、約6年ぶりに町内の役場で業務が本格再開した。全域避難中は約50キロ離れた同県二本松市に仮事務所を置き、町役場ではインフラ整備など一部業務の再開にとどまっていた。辞令交付式で「復興に尽力したい」などと抱負を語る新顔の職員らに、先輩職員は温かい拍手を送った。

 職員約200人の8割が戻った役場では、8人の新採用職員や、全国の自治体からの派遣職員らへの辞令交付式があった。訓示で馬場有(たもつ)町長は「復興に向けていよいよ今日から出発した。スタートダッシュが大切で、遅れると後々に憂いを残すことになる。一致団結と行動力に期待したい」と呼びかけた。

 浪江町出身で、県内の大学を卒業後に新採用された佐藤望(のぞみ)さん(24)は教育委員会に配属。町が来年4月にも小中学校を再開させることから、「栄養士の資格を持っているので、給食面などでサポートできる。町に子どもたちの笑顔が戻ってくるよう頑張りたい」と語った。

 当面、町への帰還者は数%とみられ、多数の町民が避難を続ける二本松市には仮事務所を残す。【土江洋範】


「土砂災害」地震は想定外 警戒区域の指定「豪雨」前提 熊本地震では8人が死亡
西日本新聞 4/3(月) 10:06配信

 崖崩れや地滑りの危険性が高い「土砂災害警戒区域」の指定を巡り、地震による発生可能性も考慮すべきだとの声が上がっている。現在の国の指定基準は、基本的に「豪雨時」の発生を想定しているためだ。昨年4月の熊本地震では指定区域外の4カ所で大規模な土砂災害が発生し、8人が死亡。東日本大震災でも同様に死者が出た。専門家は「地震での土砂災害の傾向も分析し、基準に反映すべきだ」と指摘する。

 国土交通省によると、警戒区域の指定基準は、過去の豪雨時に発生した土砂災害のデータを基に(1)高さ5メートル以上で傾斜度が30度以上の急傾斜地(2)過去に地滑りした痕跡があり、地滑りを起こす恐れがある地域-などとされる。都道府県が基礎調査に入り、基準に当てはまれば指定している。

 しかし、昨年4月16日の熊本地震の本震では、熊本県南阿蘇村河陽の高野台地区などで大規模な地滑りや土砂崩壊が発生し、8人が死亡した。いずれも基準に該当せず、警戒区域ではなかった。

 警戒区域について、国は77人が犠牲となった2014年の広島市の土砂災害後、全国に指定を強化するよう促したため、この1年で急ピッチに進められてきた。指定することで住民に事前周知し、危険性の認識と備えの意識を高められる利点がある。

 警戒区域とみられる箇所のうち、指定済みは全国平均で71%(1月末現在)、約14万カ所が見込まれる九州は63%。各都道府県は全基礎調査の終了目標を2019年度と設定しているが、「豪雨」を基本とする現行基準での指定作業すら遅れているのが現状だ。

 指定基準に地震の要素も加えるべきだとの指摘に、国交省は「現実として熊本地震では警戒区域以外での土砂災害が起きているが、現在の科学技術では地震による土砂災害の予測は難しい」としている。

 東京農工大の石川芳治教授(砂防学)は「地震時には基準に満たない緩やかな傾斜地でも、火山灰由来など軟らかい地質の地域で土砂災害の危険性がある。地震時の地形や地下水を分析すれば傾向は導き出せる」と指摘。「突発的な地震では豪雨時のように事前避難も難しい。地震による発生を想定した基準が必要だ」と話す。

九州7県に8万9164ヵ所
 九州7県の土砂災害警戒区域は8万9164カ所(1月末現在)で、昨年3月末から8397カ所増加。このうち、特別警戒区域は7万4465カ所で、昨年3月末に比べ8103カ所増えた。

 国土交通省によると、九州7県の警戒区域数は、福岡が1万7602カ所(うち特別警戒区域1万6069カ所)で最多。続いて、熊本1万6489(同1万5432)▽鹿児島1万6334(同8271)▽長崎1万5171(同1万4483)▽佐賀8072(同6981)▽大分7750(同7171)▽宮崎7746(同6058)となっている。

 九州各県で、警戒区域とみられる箇所の指定がほぼ完了したのは福岡のみ。各県の完了率は、熊本80%▽佐賀70%▽鹿児島65%▽宮崎54%▽長崎48%▽大分39%。大分は「基礎調査を行う専属班を設けており、指定を急ぐ」としている。

【ワードBOX】土砂災害警戒区域
 崖崩れや土石流、地滑りが起こる危険性が高い場所。都道府県が土砂災害防止法に基づいた基礎調査をした上で指定する。通称イエローゾーン。指定されれば市町村は地域防災計画に盛り込み、ハザードマップなどで周知し、避難体制を整える。さらに危険な場所は特別警戒区域(通称レッドゾーン)に指定され、住宅地分譲などの土地開発や建築物の構造についての規制がある。

=2017/04/03付 西日本新聞朝刊=


<JR浪江駅>6年ぶり再開 戻れ古里 ホームに笑顔
毎日新聞 4/3(月) 9:46配信

384
JR常磐線の浪江-小高間の再開を記念し、浪江駅で開かれた式典=福島県浪江町で2017年4月1日、喜屋武真之介撮影

 福島県浪江町は、東京電力福島第1原発事故により全域に出ていた避難指示が一部で解除され、中心市街地にあるJR浪江駅も約6年ぶりに再開し、再起への歩みを進めている。だが当面の帰還者は数%とみられ、かつて周辺地域からも人を集める「商業の町」として、原発作業員らでにぎわった駅前商店街もシャッター通りとなっている。原発で盛衰を味わった町の復興はなお遠い。【土江洋範】

 浪江町権現堂(ごんげんどう)地区にあるJR浪江駅。1日午前10時12分、馬場有(たもつ)町長(68)らを乗せた電車がホームに到着すると、大勢の町民らが笑顔で出迎えた。東日本大震災と福島第1原発事故の影響で不通だったJR常磐線の浪江(浪江町)-小高(南相馬市)間8.9キロの運行が再開し、沿線では、地元住民が「お帰りなさい」の横断幕を掲げ歓迎した。

 避難先の南相馬市から始発電車に乗った町出身の東海林サチ子さん(61)は「町の新たな誕生日をお祝いしたかった。約40年前に通学で利用していたので懐かしい」と話した。

 看板が傾くスナックや倒壊寸前のバー、板で入り口を塞いだ花屋……。町関係者は浪江駅が再開し、仙台と直結したことで復興に弾みがつくと期待するが、人だかりができた駅から少し歩けば人影はまばらだ。

 街は復興作業のトラックばかりが目立ち、ガソリンスタンドや整備工場がわずかに店を開ける。3月末に放射線量が高い「帰還困難区域」を除き、避難指示が解除されたものの、帰還に向けて自宅宿泊に登録していた町民は解除対象人口の5%にとどまっている。

 避難指示が出た浪江など双葉郡8町村は、1971年に運転を始めた福島第1原発(大熊・双葉町)が立地するまで主だった産業がない農村だった。浪江駅からは多くの若者がSLに乗り出稼ぎに行った。馬場町長は「農閑期に日銭を稼ぐ人が多かった。中学卒業後に集団就職でみんなして東京に行っていた。原発ができてからは、働く場所が生まれて町民が定着し、商業も盛んになった」と話す。

 原発効果は大きく、昼は買い物客でにぎわい、夜はネオンがともる店が増えていった。

 権現堂地区の区長会長を務め、種苗店を経営する佐藤秀三さん(72)は「スナックなど飲食店は100軒近くあった。終電が過ぎても東電関係者や原発作業員が飲み歩き、運転代行もほとんどつかまらなかった」と振り返る。

 そんな町も原発事故で全域避難となり、若者は仕事や子育てで避難先に定着した。佐藤さんは、昨年9月に町内宿泊が認められてから自宅兼店舗で暮らすものの、町民の帰還が進まず、店を再開できないでいる。

 駅から約400メートル離れた「田河輪業商会」は昨年9月に店を開けた。2代目の田河一良(いちろう)さん(77)は「他の店主が『あの人がやってんだったら俺もやってみんべ』と思うきっかけに」と願う。ただ、客が誰も来ない日も珍しくなく、倉庫に6年間眠らせていたスクーターを点検したり、テレビを見たりして時間を潰す。自転車やバイクの在庫を売り切ったら店を畳むつもりだ。

 町内で営業を始めた飲食店や商店などの事業所は約50カ所。事故前は約1000カ所だった--。


<よさこいまつり>被災地を元気づけ 気仙沼で第1回開催
毎日新聞 4/2(日) 20:06配信

 東日本大震災の被災地を「よさこい」で元気づけようと、宮城県気仙沼市の産直施設で2日、「第1回気仙沼みなと復興よさこいまつり」が開かれ、宮城、岩手、秋田の計9団体が演舞を披露した。

 市内のよさこい4団体のうち震災後も活動を続けるのは、開催を呼びかけた「祭りや」だけ。「祭りや」は「活動できなくなった仲間と再会したい」との思いを込めたオリジナル曲「祭海(さいかい)」を力強く演じた。

 まつりは来年以降も4月に開催する予定で、「今後参加団体を増やしたい」と「祭りや」の小山ひとみ代表(52)。被災地を代表する水産業のまちの新たな春の風物詩となることを願う。【三浦研吾】


桜のトンネル、7年ぶり点灯…避難指示解除で
読売新聞 4/2(日) 9:29配信

391
ライトアップされた夜の森地区の桜並木(1日午後6時24分、福島県富岡町で)=林陽一撮影

 福島県富岡町で1日、東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示区域(帰還困難区域を除く)が解除され、桜の名所「夜の森」地区の桜並木が7年ぶりにライトアップされた。

 住民たちはつぼみをつけた木々を見上げ、古里の再生を願った。

 「3、2、1……」。1日午後6時、投光器の光が約90本の桜の木を一斉に照らし出すと、うすいピンク色のトンネルが闇夜に浮かび上がった。同県いわき市で避難生活を送る富岡町の大和田剛さん(64)は、その様子を見守った。ライトアップを仕掛けた町民有志の取りまとめ役。古里への思いは強まるが、高齢の母を残してすぐには戻れず、改修した自宅とを往復する日々を過ごしている。


JR常磐線・浪江-小高間再開 「一歩一歩元の町に」「6年は長かった」
産経新聞 4/2(日) 7:55配信

390
東京電力福島第1原発事故と東日本大震災で運休が続いていたJR常磐線の浪江(福島県浪江町)-小高(同県南相馬市)間が1日、6年ぶりに運行を再開した(桐山弘太撮影)(写真:産経新聞)

 東京電力福島第1原発事故と東日本大震災で運休が続いていたJR常磐線の浪江(福島県浪江町)-小高(同県南相馬市)間が1日、6年ぶりに運行を再開した。浪江町は再び仙台圏と鉄路で結ばれ、復興に向けて前進した。

 昭和62年に国鉄が分割・民営化され、JR発足当時の浪江駅長だった栃本勝雄さん(72)=同町=は「6年は長かった。復旧・復興のために交通網は必要なもの。町に戻ってくるのは高齢者が多く、再開は非常に大きい意義がある」と強調。浪江町から南相馬市に避難中で、一番列車に乗った東海林サチ子さん(61)は「一歩一歩少しずつ元の浪江町に戻っていくんだなあと思った。40年くらい前、理容学校に行くため原ノ町駅まで同僚と通った。とても楽しい思い出」と感慨深げだった。

 常磐線の竜田(同県楢葉町)-富岡(同県富岡町)間は今年10月ごろに再開予定で、残る富岡-浪江間は平成31年度末までの全線開通を目指している。

 浪江町などは3月31日に、富岡町は1日に帰還困難区域を除いて避難指示が解除。今春に予定された4町村の解除が完了した。富岡町の宮本皓一町長は「新たな町の本格復興がスタートする」と話した。今春解除された地域で将来も含め帰還の意向を示している住民の割合は、川俣町山木屋地区(43・9%)▽飯舘村(33・5%)▽浪江町(17・5%)▽富岡町(16・0%)。


再出発の浪江に春呼ぶ列車 常磐線「小高~浪江」6年ぶり再開
スポニチアネックス 4/2(日) 7:01配信

 東京電力福島第1原発事故と東日本大震災で不通となっていたJR常磐線の小高(福島県南相馬市)―浪江(同県浪江町)が1日、6年ぶりに再開した。再び仙台市と鉄路で結ばれ、復興の加速が期待される。

 浪江行き始発列車には約40人が乗車。浪江駅では記念式典が開かれ、馬場有(たもつ)町長は「再開は大変ありがたく、復興の大きな原動力になる」とあいさつした。

 町民も待ちわびていた。駅から約1キロの所にある仮設商店街「まち・なみ・まるしぇ」内で、B―1グランプリにも輝いた「なみえ焼きそば」を提供する「浪江焼麺太国アンテナショップ」の阿久津雅信さん(46)は「これで復興のスタートラインに立った。いろんな地域から浪江に足を運んでもらい、現状がどうなっているのかを見てもらいたい」と期待を寄せた。この日は1皿500円の焼きそばが通常の土曜日より2倍売れたといい、「列車効果かな」と喜んだ。ただ鉄道が通っても、駅前にはまだ倒壊店舗や空き地も多く残っており「以前のようになるまで、時間はかかるかもしれない」とも話した。

 また、浪江町で行政区会会長を務める佐藤秀三さん(72)も鉄道再開は明るいニュースとしながら「学校も企業もなく、利用者は少ないだろう」と道半ばであることを強調。浪江町は前日3月31日に、放射線量の高い区域を除いて避難指示が解除となったが「すでに避難先で生活基盤ができてしまった人もいる。住民がいてこそ復興。待ちに待った解除ではあるが、バンザイとはならない」と厳しい現状を口にした。浪江駅は大震災の地震で線路がゆがむなどの被害が出たほか、長期の不通で電気設備や駅舎などの修繕が必要となった。JR東日本は2016年1月に復旧工事に着手、今年3月に試運転をした。

 今後は一日に上下線計22本を運行する。常磐線は浪江町の南側の富岡―竜田は10月ごろに再開する見通し。その後は第1原発のある双葉、大熊両町を経由する浪江―富岡が不通区間で残る。JR東は20年3月末までの全線開通を目指している。


茨城県で震度3
時事通信 4/1(土) 20:48配信

 1日午後8時28分ごろ、茨城県北部を震源とする地震があり、同県日立市などで震度3の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源はごく浅く、地震の規模(マグニチュード)は4.0と推定される。主な各地の震度は次の通り。

 震度3=茨城県日立市、高萩市
 震度2=茨城県東海村。


福島・富岡町の避難指示が解除
ホウドウキョク 4/1(土) 19:15配信

388
(写真:ホウドウキョク)

福島第1原発の事故で福島・富岡町に出されていた避難指示が、4月1日に解除された。
解除された午前0時に、東日本大震災の犠牲者に黙とうがささげられた富岡町。
復興の願いを込めた、3,000本の竹の灯籠の光によって、「富岡は負けん!」というメッセージが浮かび上がった。
富岡町民と交流してきた40代男性は「この日の迎え方も人それぞれですけれど、そのそれぞれを共有したいなと強く思います」と話した。
解除に合わせて、1日から路線バスと町が運営する無料バスの運行が始まった。
解除されたのは、帰還困難区域を除く避難区域で、対象の住民は3,817世帯9,544人と町全体の人口のおよそ7割にあたる。
一方で、帰還に向けた準備宿泊を申し込んだのは348人で、住民の帰還には、生活環境のさらなる整備が必要。

福島テレビ/FNN


福島第1原発事故 「新しい町の誕生日」浪江で常磐線再開 今春の避難解除が完了
産経新聞 4/1(土) 17:03配信

387
福島第一原発事故により不通になっていた浪江-小高駅間が6年振りに運転を再開。浪江駅に到着した車両からは多くの乗客が乗降した=1日、福島県浪江町(桐山弘太撮影)(写真:産経新聞)

 東京電力福島第1原発事故と東日本大震災で運休が続いていたJR常磐線の浪江(福島県浪江町)-小高(同県南相馬市)間が1日、6年ぶりに運行を再開した。浪江町は再び仙台圏と鉄路で結ばれ、復興に向けて前進した。

 浪江町から南相馬市に避難中で、一番列車に乗った東海林サチ子さん(61)は「新しい町の誕生日。一歩一歩、町が元に戻っていくんだなと思った」と感慨深そうに話した。

 浪江町などは3月31日に、富岡町は1日に帰還困難区域を除いて避難指示が解除。今春に予定された4町村の解除が完了した。


福島第1原発事故 浪江町長「常磐線運転再開は復興の原動力」 地域再生に期待高まる
産経新聞 4/1(土) 17:02配信

 東京電力福島第1原発事故による避難指示が解除された福島県浪江町に1日、鉄路が戻った。JR常磐線の浪江-小高(同県南相馬市)間の約8・9キロが6年ぶりに運行を再開。住民や関係者からは地域の再生に期待する声が上がった。

 午前6時27分、約40人を乗せて原ノ町駅(南相馬市)を出発した2両編成の始発列車が浪江駅に滑り込んだ。

 昭和62年に国鉄が分割・民営化され、JRが発足した際の浪江駅長だった栃本勝雄さん(72)=同町=は「復旧・復興のために交通網はなくてはならない。鉄道の再開は非常に意義がある」と話した。

 午前10時すぎには同駅で運転再開式が開かれ、浪江町の馬場有(たもつ)町長は「再び乗車したが、線路脇の草は刈られ、きれいな砂利も敷かれていた。運転再開は復興の原動力だ」と述べた。

 浪江駅は津波被害はなかったが、震災時の揺れで線路がゆがむなどの被害が出たため、JR東日本は昨年1月から復旧工事に着手していた。今後は1日に上下線計22本を運行する。

 常磐線は竜田(同県楢葉町)-浪江間の27・7キロで運休が続く。竜田-富岡(同県富岡町)間は今年10月ごろに再開予定で、残る富岡-浪江間は平成31年度末までの全線開通を目指している。

 また、富岡町に出ていた避難指示も1日午前0時、帰還困難区域を除き解除された。同町では住民の帰還に合わせ診療所や商業施設などの整備が進んでおり、宮本皓一町長は「新たな町の本格復興がスタートする」と話した。


震源近く「心構えできた」=緊急地震速報、熊本震度7で―気象庁が住民調査
時事通信 4/1(土) 14:10配信

 大きな被害をもたらした熊本地震は、14日で発生から1年を迎える。

 気象庁は九州と愛媛県の住民を対象に、昨年4月に最大震度7の地震が2回起きた際、緊急地震速報がどう受け止められたかを調べるアンケートを実施。震源に近い熊本県中心部では速報が強い揺れに間に合わず、直後のタイミングとなったが、「心構えができた」と回答した人が4割いた。

 アンケートは今年2月から3月初め、インターネットで行った。2回の大地震のいずれかで震度5弱以上を観測した市町村にいた成人男女約1900人を分析対象とした。

 昨年4月14日夜の最初の大地震で、緊急地震速報が強い揺れに間に合わなかった約400人のうち4割は、速報を見聞きして「体感していた揺れが地震だと分かった」「心構えができた」と回答。「自分自身の身を守る行動ができた」も1割強、「家族などの身近な人を守ることができた」は1割弱あった。

 一方、この地震で速報を見聞きした約1600人で、事前に速報への対応を考えていた人は1割強にとどまった。対応を考えていた人はそうでない人に比べ、「その場で身構えた」「安全と思う場所に移動した」「身近な人を守ろうとした」などと答えた割合が高かった。

 2回目の大地震は4月16日未明に発生。回答者の6割は眠っていたが、このうち4割が「速報で目を覚ました」と答えた。

 気象庁地震津波防災対策室でアンケートを分析した赤石一英さんは「緊急地震速報の効果は示されている。首都直下地震などが起きる可能性があり、普段から対応をしっかり考えてもらえるよう、普及啓発を進めたい」と話している。


【震災6年 ふるさとの今(4・完)宮城県気仙沼市】  「苦境」逆手、活路はシンガポールに 水産加工、団結の力で交渉力
J-CASTニュース 4/1(土) 14:00配信

 カツオの水揚げ量で20年連続日本一の宮城県気仙沼市は、サメやメカジキ漁でも知られる魚の街だ。東日本大震災で大打撃を受けた漁業関連施設は、6年の歳月を経て再建が進んだ。

 一方で、近年は日本人の「魚食離れ」が指摘されている。苦戦が予想される未来に備えて、地元の水産加工会社が団結した。視線の先にあるのは、海外だ。

■「個人プレーヤー」が組合結成

 気仙沼市の鹿折(ししおり)地区は、魚市場から2.5キロの距離にある。2011年3月11日、未曽有の津波と大火災に襲われ壊滅的な被害を受けた。震災後、復興工事が行われる中で港に近い一部区域は水産加工業集積地として整備され、今日では新築の工場が並んでいる。

 その中に、気仙沼鹿折加工協同組合がある。「個人プレーヤー」の色合いが強かった水産加工業者が震災を機にまとまり、大手商社や農林中央金庫が支援して2012年8月に設立された。目的は、生き残りのための「コストダウン」と「販売戦略」だ。コスト面では、農林中金からの低利融資約20億円を活用して共同利用の大型冷蔵庫と海水処理施設を設置した。おかげで個々の会社は、独自にこうした高額の設備を購入せずに済む。販売戦略面では、小規模業者の場合、単独だと商品の売り込みが困難だった百貨店のような大手に対して、組合としてまとまったことで交渉のテーブルに就いてもらえるようになった。

 ところが、厳しい現実が立ちはだかる。実は震災前から、日本国内の魚介類の消費が右肩下がりで減っているのだ。

 厚生労働省の「国民健康・栄養調査報告」2015年版に掲載されている、1人1日当たりの食品摂取量の平均値を見ると、1975年は魚介類が94.0グラム、肉類が64.2グラムだった。以降魚介類は減り続ける半面、肉類は増える一方だ。2006年は魚介類80.2グラム、肉類80.4グラムと逆転、直近の2015年は魚介類69.0グラム、肉類91.0グラムまで差が開いた。過去40年間で、魚食離れは一向に止まらない。

中国、韓国は今も被災地の輸入停止
 販路の課題もある。震災直後は事業が停止した影響で、製品が供給できなくなった。顧客側は別の地域や業者から商品を確保するようになり、結果的に国内販路の一部を失ったのだ。

 国内での販売は、将来苦戦が予想される。そこで組合では、日本とは逆に魚介類の消費量拡大が見込まれる海外に注目した。組合所属の各社が製造する水産加工品を売り込み、外国へ販路を広げていこうというのだ。

 ただアジアでは、中国や韓国といった隣国がいまも被災地からの水産物の輸入を停止している。そこで、ターゲットをシンガポールに定めた。1人当たりGDP(国内総生産)が世界でも上位で、組合の水産加工品を購入できる顧客層があるのも、選定の理由となった。対象は日本食レストランではなく、あくまで現地のバイヤーや飲食店だ。

 海外との取引経験が乏しい企業が多いため、組合をバックアップする三井物産が、現地と太いパイプを持つ輸出業の日本企業に販路開拓を要請した。資金面は農林中金がサポートする。農林中金仙台支店長の榎本浩巳氏は、この取り組みについて「被災地のみならず、国内消費減という課題を抱える全国の農林水産業における先駆的なモデルケースとなり得る」とコメントした。

 海外相手となれば、組合の「規模の力」が生きる。例えば海外市場を視察したり、現地で商品の見本市に参加したりする場合、中小企業だと費用面で厳しい。組合なら今回のように金融機関や商社の支援を受けやすく、水産加工会社としては組合経由で現地事情の情報を得られる。

 2017年2月、シンガポールのバイヤーを気仙沼に招待した。先方の希望を組合で吸い上げて最適な商品を提案する中、早くも具体的な商談に入るケースも見られた。バイヤーたちが鹿折にある水産加工工場を視察した際は、衛生管理状態を高く評価。実は現地ではいまも、気仙沼に原発事故の影響があるのではとの懸念が完全には消えていないようだが、雑菌の入り込む余地もない清潔な環境に「問題ない」と安心していた。

 3月には、気仙沼の代表団がシンガポールに渡りPRイベントを開いた。シンガポールの消費者は、日本人と味の好みが違う。まず食べてもらうのが大切だ。現地のレストラン関係者やバイヤー、政府関係者、メディアを招いて水産加工品を使った料理をふるまった。参加者からは好評で、その場で発注が来たほどだ。別の日には現地の人気ブロガーを招き、若者への情報発信を期待する。

「気仙沼の味」が海を越えて広がるか
 鹿折の水産加工企業にとって海外は未知の領域で、チャレンジだ。

 参加企業のひとつ、「気仙沼ほてい」は、フカヒレを中心とした缶詰やレトルトパウチ製品が主力だ。過去に海外進出の積極的なプランはなかったが、販路が国内だけに限られるといつか行き詰まるとの危機感はあったと、販売部長の熊谷敏氏は話す。組合から今回の話を聞いたとき、「長い目で見たら、(海外進出は)必然」と判断した。

 だが、2月にシンガポールのバイヤーが来て話した際、「初耳」の事実が多かった。現地では一般に3食とも外食で、家庭で調理しない。また外食産業向けの魚介の食材では、冷凍冷蔵の物流が発達していて、バイヤーからは「加工食品よりも、できれば(生の)原料に近いものが欲しい」と言われたという。熊谷氏にとっては「ショックだった」が、半面「現地の実情を把握できたのは大きい」とも考える。気仙沼ほていでは生鮮部門の工場を運営しており、ここから活路が開けるかもしれないとみている。

 サケのほぐし身を事業の柱とする「あかふさ食品」は、丁寧な手作業でつくる瓶詰の「ゴロほぐし塩鮭」「ゴロほぐし焼鯖」が消費者に人気だ。魚の生臭さがなく、塩加減も強すぎないので、そのまま食べてもよいし、料理の中に入れてもほかの食材の味を邪魔しない。海外では受け入れられやすそうだ。

 だが、被災した工場の再稼働を始めたのは2016年10月とごく最近。しかも人手不足で、海外市場に目を向ける余裕がない。社長の赤坂知政氏は、「現在抱える国内の顧客が第一だ。ただ、海外に興味はある。現状では可能な範囲で考えていきたい」と話している。

 組合所属の各社は、2017年10月には、シンガポールで開催される日本食の見本市「フードジャパン」出展を予定している。現地での足掛かりを築き、2018年度以降は組合が主体となって自力で海外への輸出拡大に取り組む予定だ。

 気仙沼の「ふるさとの味」が、海を越えて広がる日を目指す。(おわり)


「原発の町」富岡町が避難解除 町に少しずつ増える“ぬくもり”と決意の火
THE PAGE 4/1(土) 13:50配信

 公園に竹あかりが灯る中、黙祷が始まりました。4月1日午前0時。福島第2原発がある福島県富岡町は避難指示が解除(一部地域除く)されました。東日本大震災と福島第1原発事故から6年。その第1原発も北約10キロにある「原発の町」は、転機を迎えます。立ち入りが可能となった4年前から少しずつ、「人のぬくもり」が増えていました。

         ◇
 富岡町南部の岡内東児童公園に集まった町民は、雨の中、避難解除のときを静かに迎えました。割った竹に明かりを灯し、静かな音楽に耳を傾け、そして犠牲者を追悼しました。

 また公園内には、献花の絶えない「鉄の塊」が「震災遺産」として保存されています。2人の非番警察官が乗っていたパトカーでした。海岸近くで避難誘導していましたが、津波にのまれ、1人はいまだ行方不明です。

 富岡町は「地震、津波、原発事故」という史上類をみない「三重複合災害」を経験しました。その困難な中でも、再生に向けた動きがこれまで行われてきました。

生活のライフライン「コンビニ」
 東北へ向かう大動脈・国道6号線を北に進み、楢葉町から富岡町に入ると、最初の信号は、福島第2原発への入り口です。平日は多くの車やバスが右折して第2原発へ向かいます。

 北上するとまもなく「セブンイレブン上郡山店」が見えます。コンビニは「生活のライフライン」。全町避難中の昨年3月末、小売店舗として原発事故後初となる再開は、この店でした。車が吸い寄せられるように次々止まり、コンビニの「引力」を実感します。

 その先に「下郡山集会所」があります。立ち入り可能になった3~4年前、町は防護服の着用をよびかけており、町に入る前、薄い素材の防護服や帽子などを着用した場所です。いまは町の除染もほぼ終わり、その役割を終えました。

まちづくりの拠点「ショッピングモール」
 さらに北上すると、町の中心部です。右側に現れる「さくらモールとみおか」は、以前「トムトム」の愛称で親しまれたショッピングモール。スーパー「ヨークベニマル」(県内74店舗)が3月30日に開店。ホームセンター「ダイユーエイト」もあり、福島県民おなじみの店が並びます。

 モールのフードコートは昼食時、復旧・復興事業の作業員や地元住民でにぎわいます。町のお母さん手作り弁当や、鶏肉たっぷりの親子丼、そばなどが食べられます。

 店舗の反対側は事務所棟で、民間主体のまちづくり会社「とみおかプラス」や町商工会が入居。今後はまちづくりの拠点にもなりそうです。

 北隣は、福島第1原発見学への拠点となる東京電力の旧エネルギー館。常磐線代行バスがとまる現在の「富岡駅」でもあり、4月から竜田駅(楢葉町)との間で上下計22便も走ります。

「複合災害」の象徴・富岡駅
 モールの北側は住宅地で、真新しい「復興住宅」が建設の真っ最中でした。

 住宅地を東へ約10分歩くと、JR富岡駅です。海岸から約300メートルと近い富岡駅は「三重複合災害」の象徴でした。(当時の記事)

 津波で駅舎は基礎しか残らず、駅東側にびっしりあった住宅群は破壊されました。駅トイレ近くにも遺体が流れ着いたといいます。震災後、駅の脇に小さな慰霊碑が置かれ、訪れた人が手を合わせていました。

 現在、駅を北に約100メートル移設する工事が進みます。今年10月ごろ、富岡駅以南のJR常磐線が再開し、上野駅と直結予定です。

 ロータリーはすでに完成し、慰霊碑はモール近くにある冒頭の岡内東児童公園に移りました。駅東側には2年前、除染廃棄物の黒い袋が広大に積みあがっていました。現在、処理が進んでいますが、町北部などにはその廃棄物が残されています。

火祭りと桜が「町の誇り」
 「町の誇り」といえるイベントに「麓山の火祭り」と「夜ノ森の桜」があります。

 町北西部・麓山神社の「麓山の火祭り」は400年近くの伝統を誇り、火のついた松明を担いで山道を登ります。昨年9月、神社に新たな碑が建ちました。「除染と修復工事は困難を極めたが、復興への強い思いと町民の結束で修復した」。町民は祭りの復活を待ちわびています。

 町北東部は放射線量がいまだ高く、桜並木で有名な夜ノ森地区などは避難が続く帰還困難区域です。「境界」にはバリケードが一軒一軒にある一方で、道路を隔てた反対側の住宅群にはなく、4月から住み始めることができます。(当時の記事)

 夜ノ森の桜は、町民の「心の象徴」です。毎春「桜まつり」が開かれ、よさこい踊りも桜並木で行われました。新ショッピングモールも、桜にちなんだ名称です。

 6年経った今も、バリケードで「分断」される光景は変わりません。そんな中、夜ノ森の桜並木の7年ぶりライトアップが1日から16日間行われ、幻想的な光景となります。

被災地・熊本とつながる希望
 岡内東児童公園で竹明かりの演出を行った団体は、熊本市の「ちかけん」です。全国で竹あかりを活用した「まつり型まちづくり」に取り組んでいます。富岡町民は演出家の三城賢士さんを招き、準備を重ねました。

 三城さんは「熊本ではすでに13回、15万人が来場するイベントに広がり、昨年の熊本地震時にはボランティア活動もスムーズに立ち上がった。熊本と福島の被災地同士や、被災地以外の地域とのつながりのきっかけになれば」と話します。

 竹あかりは「希望のあかり」です。今回、町民は「感謝と追悼」の思いを表現しました。

 同時に、町民のこれまで、そして今後の決意が灯されています。

「富岡は負けん!」

(ヤフー社会貢献推進室・森禎行)


浪江駅、新たな出発…JR常磐線6年ぶり再開
読売新聞 4/1(土) 12:18配信

385
避難指示が解除され、運転が再開されたJR常磐線の電車(1日午前10時18分、福島県浪江町で)=冨田大介撮影

 東京電力福島第一原発事故で不通となっていたJR常磐線浪江(福島県浪江町)―小高(南相馬市)駅間(8・9キロ)の運転が1日、約6年ぶりに再開された。

 浪江町の一部で31日、避難指示が解除されたため。竜田(楢葉町)―浪江駅間(27・7キロ)は引き続き不通で、JR東日本は2020年3月末までの全線開通を目指している。

 浪江駅での記念式典には多くの町民が集まり、馬場有町長が「復興への大きな原動力になる」とあいさつ。電車を出迎えた女性(72)は「6年間大変だったが、負けていられない。駅前のにぎやかさを取り戻していきたい」と力強く話していた。


<常磐線>原発の町、戻れ古里…浪江-小高・再開
毎日新聞 4/1(土) 11:39配信

384
JR常磐線の浪江-小高間が再開を記念し、浪江駅で開かれた式典=福島県浪江町で2017年4月1日午前10時19分、喜屋武真之介撮影

 JR東日本は1日、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で6年以上不通だったJR常磐線浪江(福島県浪江町)-小高(同県南相馬市)間の運行を再開した。浪江町の全域に出た避難指示は3月末に一部解除され、駅にも客が戻った。浪江は商業の町だったが、当面の帰還者は数%とみられ、飲食店が軒を連ねて原発作業員らでにぎわった駅前商店街もシャッター通りだ。原発で盛衰を味わった町の復興は遠い。【土江洋範】

 浪江町の中心市街地・権現堂(ごんげんどう)地区にあるJR浪江駅。午前10時12分、馬場有(たもつ)町長(68)らを乗せた電車がホームに到着すると、大勢の町民らが笑顔で出迎えた。再開区間は8・9キロ。沿線では地元住民が「お帰りなさい」の横断幕を掲げて歓迎した。

 避難先の同県南相馬市から始発に乗ってきた町出身の東海林サチ子さん(61)は「町の新たな誕生日をお祝いしたかった。約40年前に通学で利用していたので懐かしい」と話した。

 看板が傾くスナック、入り口を塞いだ花屋--。仙台と直結し、町は復興に弾みがつくと期待するが、駅前から一歩入れば厳しい現実が広がる。復興作業のトラックばかり目立ち、ガソリンスタンドや整備工場がわずかに店を開ける。郵便局の再開は4日の予定だが、帰還に向けた自宅宿泊に登録した町民は解除対象人口の5%にとどまる。

 避難指示が出た浪江町など双葉郡8町村は、1971年に運転を開始した福島第1原発(大熊・双葉町)が立地するまで、主だった産業がない農村だった。浪江駅からは中学を卒業したばかりの若者がSLに乗り、集団就職で上京。農閑期に日銭を稼ぐため、古里を離れる人も多かった。馬場町長は「原発ができてからは働く場所が生まれて町民が定着し、商業も盛んになった」と話す。

 「原発城下町」として、昼は買い物客でにぎわい、夜はネオンがともる店が増えていった。権現堂地区の区長会長を務め、種苗店を経営する佐藤秀三さん(72)は「終電が過ぎても東電の関係者や原発作業員が飲み歩き、運転代行もほとんど捕まらなかった」と振り返る。

 そんな町も原発事故で全域避難となり、若者は仕事や子育てで避難先に定着した。佐藤さんは昨年9月に町内宿泊が認められてから自宅兼店舗で暮らすものの、町民の帰還が進まず、店を再開できないでいる。

 駅から約400メートル離れた「田河輪業商会」は昨年9月に店を開けた。2代目の田河一良(いちろう)さん(77)は「他の店主が『あの人がやってんだったら、俺もやってみんべ』と思うきっかけになれば」と願う。ただ、誰も来ない日も珍しくない。在庫を売り切ったら、店を畳むつもりだ。


常磐線、小高―浪江が再開=避難解除に合わせ―JR東
時事通信 4/1(土) 8:15配信

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の影響で運休していた福島県内のJR常磐線のうち、小高(南相馬市)―浪江(浪江町)間8.9キロが1日、6年ぶりに運転を再開した。

 浪江町の避難指示が帰還困難区域を除いて3月31日に解除されたのに合わせた。

 浪江駅で行われた再開記念式典で、馬場有町長は「復興の大きな原動力になる」と語った。

 同町から南相馬市に避難している無職女性(61)は、乗車した1番列車の車窓から景色を見ながら、「一つずつ元に戻っていくんだ」と感じたという。女性は「早く(全線が)復旧してほしい」と話した。

 JR東日本は浪江―小高間で、地震で損傷した電柱や橋桁などの復旧と除染作業を進め、3月7日から試運転を始めていた。

 残る運休区間のうち、富岡(富岡町)―竜田(楢葉町)間6.9キロは今年10月ごろ再開する予定。JR東は2020年3月末までの全線再開を目指している。


避難指示解除の福島3町村、再建へ一歩 「ゴールでなくスタート」
産経新聞 4/1(土) 7:55配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が福島県内3町村で解除された31日、対象となった浪江町、川俣町山木屋地区、飯舘村で記念式典や追悼式が行われた。富岡町に出ていた避難指示も1日午前0時に一部を除いて解除された。喜びと不安が交錯する中、各自治体は再建への一歩を踏み出した。

 町民ら約180人が東日本大震災の津波で亡くなった浪江町では日の出時刻に合わせ、馬場有(たもつ)町長と町民約20人が海を望む町内の慰霊碑に集まり、犠牲者に避難解除を報告した。

 この日は曇りで朝日は見えにくく、馬場町長は「町の現状と同じような天気。いつか晴れると信じて町を再生しよう」と呼びかけた。参加者は碑に黙祷(もくとう)をささげ、犠牲者を悼んだ。

 飯舘村は昨夏に開館した村交流センターで「おかえりなさい式典」を開催。避難先や村内の自宅から村民ら約300人が訪れ、再会と解除を喜んだ。菅野典雄村長は「6年の避難生活から待ちに待った解除だが、ゴールではなく復興のスタートだ」とあいさつした。

 3町村では31日午前0時、放射線量が高い「帰還困難区域」を除き避難指示が解除された。川俣町は避難区域がなくなり、飯舘村も大半で解消された一方、浪江町は面積の約8割で避難指示が続く。


避難先から老舗うどん店帰還 「生まれ育った飯舘村で再開したい」
産経新聞 4/1(土) 7:55配信

 「飯舘では肉うどんが人気だったけど、福島では五目うどんが人気だったね」

 福島県飯舘村の飯樋(いいとい)地区にある創業60年以上の老舗うどん店「ゑびす庵」の高橋ちよ子さん(68)は、店舗前に完成した新居への家財道具の搬入に追われていた。避難していた福島市内の住宅と店舗を引き払い、夫の義治さん(70)とともに31日から故郷に戻って生活を始めた。

 原発事故が起きたのは店を建て替えた数年後だった。避難先の福島市で店を再開し、同様に避難した村民や新たな常連客に親しまれた。福島市で店を続けることも考えたが、平成27年秋、義治さんが「生まれ育った飯舘村で店を再開しよう」と決意。家族で営業再開の準備を進めてきた。

 新築した自宅は工期が遅れ、荷物を運び込むことができたのは避難解除当日の31日午後。家財道具のほか、店で使う冷蔵庫、どんぶりなどはすべて軽トラックを使って自力で運んだ。「ゑびす庵」の看板もみんなで運び入れた。

 「ゼロからのスタートだけど、ここで店を開けてたら飯舘に来た人がほっとするでしょ。憩いの場になれたらいいね」。こう話すちよ子さんだが、帰還する村民がどれくらいいるかは分からない。厳しい経営になることは覚悟している。

 ちよ子さんは村の店に、「平成23年6月11日」のカレンダーをかけ続けてきた。避難のため村を出て行った日だ。店の再開とともに外すという。一方、義治さんは新しいカレンダーを持ってきた。4月26日に予約の印を付ける。営業再開はまもなくだ。(大渡美咲)


避難指示7割で解除=残るは原発立地2町など―福島
時事通信 4/1(土) 0:23配信

 東京電力福島第1原発事故で、福島県富岡町の全域に出されていた避難指示が1日、放射線量が高い帰還困難区域を除いて解除された。

 対象区域の住民登録者は、全町民の7割に当たる9544人(3月1日現在)。

 宮本皓一・富岡町長は解除後、「これまで以上の懸命さで復興、再生に取り組んでいかなければならない」と話した。

 3月31日には同県飯舘村と浪江、川俣両町の避難指示も同様に解除され、事故から6年で、県内11市町村の避難指示は対象区域の約7割で解除された。残るは七つの市町村にまたがる帰還困難区域と第1原発がある双葉、大熊両町となる。

 ただ、富岡町で解除の前段階として行われている準備宿泊の登録者は、28日時点で348人にすぎない。復興庁などが実施した住民の意向調査では、解除後も「戻らないと決めている」と答えた世帯が57.6%に上る半面、戻る希望があると回答した世帯は16.0%にとどまる。

 政府や町は帰還困難区域について、除染やインフラ整備を重点的に進める「特定復興再生拠点区域」を設け、おおむね5年以内をめどに解除を目指す。


<福島・避難指示解除>自治体、苦渋「まち残し」
毎日新聞 3/31(金) 23:02配信

 ◇国は避難者の自立促す

 「一言で言うと生き残り、『まち残し』なんです」。福島県浪江町の馬場有(たもつ)町長は1月下旬の町民説明会で、3月末に避難指示を解除する政府方針について、暗に理解を求めた。原発被災地を新産業の拠点にする国の方針に触れ、「企業誘致は他町村も立候補している。これは浪江町の百年の大計。誘致しないと、町はダメになる」とも訴えた。2月には富岡町の宮本皓一町長も「このままでは町が途絶えてしまう」として、政府の4月1日解除案を容認した。

 16年6月以降は避難指示が出た11市町村のうち7自治体を対象とした「解除ラッシュ」。帰還をためらう避難者が大半を占める中、首長が解除に踏み切ったのは、避難が長引くほど住民の帰還意欲が下がるからだ。政府内では、解除が最も難航するとみられていたのは浪江町だった。政府が避難者の自立を促すため、避難指示を解除して賠償を打ち切ろうとする中、町が町民の先頭に立って賠償の増額を求めていたからだ。だが周辺自治体で企業誘致や解除が進むうちに、「町は取り残されると思って焦るだろう」(関係省庁幹部)という思惑もあった。

 一連の解除は、人口減で自治体存続の危機に陥ると考えた首長と、避難の長期化による賠償を抑え、避難者の自立も促したい政府の思惑が一致した形だ。


<福島・避難指示解除>帰還1割未満 追い続ける復興
毎日新聞 3/31(金) 22:08配信

 ◇増える作業員 共生を模索

 政府は1日、前日の福島県浪江町・飯舘村・川俣町に続き、富岡町でも東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示を解除した。帰還困難区域を除き、今春までに解除するとの政府目標は達成されたが、当面の帰還者は1割に満たない。国や自治体は廃炉産業などを頼りに新住民を転入させ「まち残し」を図る一方、事故前からの住民には見知らぬ廃炉・除染作業員との共生に不安を感じる人も少なくない。作業員が帰還者の数を上回る町もあり、復興に向けた新旧住民の共生は一筋縄ではいかない。【土江洋範、関谷俊介、宮崎稔樹】

 「世界の研究者や廃炉企業の関係者など新しい住民を受け入れたい」。富岡町の宮本皓一町長は力説し、元の町民の帰還だけにこだわらないとした。

 国は、被災した沿岸部を廃炉研究やロボット開発などの集積で復興させる「イノベーション・コースト構想」を推進。自治体側も関連施設の誘致に躍起で、雇用創出による人口増を期待する。

 富岡町も、構想の拠点となる廃炉研究施設の誘致を要望。放射性物質を含んだ稲わらや焼却灰を町内で最終処分する国の計画を、2015年12月に受け入れるのと前後して建設が決まった。

 一方、富岡町に隣接する楢葉町。「ゴミ出しを指定日以外にしたり、分別しなかったりして、イノシシやカラスに荒らされる」と男性(79)は顔をしかめた。不満の先は、自宅近くにある宿舎に住む除染作業員らだ。

 同町は解除から1年半が過ぎ、廃炉や除染の作業員の流入が進む。帰還した町民は人口の11%にあたる818人(3月3日現在)にとどまるのに対し、作業員は約1500人。25カ所の民宿やプレハブ宿舎に滞在する。昨年8月には、除染作業員2人が自転車盗の容疑などで逮捕され、町は「帰還意欲が低下する」と環境省に抗議した。

 町は昨年、住民の不安解消に向け、作業員宿舎の建築主に計画書の提出を求め、何が建つのかを記した標識を予定地に立てるよう義務づける条例を施行。町民の求めに応じて、説明会を開くことも求めた。同様の条例は同町の南隣にある広野町でも施行されている。

 住民の帰還が富岡町より一足早く始まった楢葉町。担当者は「作業員も復興のためになくてはならない存在」と述べ、共生の方法を模索している。


12市町村 除染作業終わらず
ホウドウキョク 3/31(金) 22:06配信

382
(写真:ホウドウキョク)

政府は、福島第1原発事故にともない、帰還困難区域を除く地域について、31日までに除染を終えるとしていたが、12の市町村では、作業が2017年度までかかることがわかった。
31日までに除染が行われたのは、放射線量が高い帰還困難区域を除いた福島県など8つの県の100市町村で、2012年からこれまでに、およそ2兆8,000億円かけて、延べ3,000万人の作業員が携わった。
政府の目標では、31日までに作業を終えるとしていたが、100市町村のうち、福島市など12の市町村では、人が住んでいるため、農地の除染ができる期間が限られるなどの理由で作業が遅れ、2017年度までかかるとしている。
政府の除染作業は、いったん区切りを迎えるが、これまでの除染で出た土壌の処分や、帰還困難区域の除染など、復興に向けて多くの課題が残されている。

« 北朝鮮、今度は弾道ミサイル発射・40 | トップページ | 北朝鮮、金正恩の兄・金正男氏暗殺 金正恩の刺客による犯行説濃厚・29 »

ニュース」カテゴリの記事

災害」カテゴリの記事

社会・事件」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/65093409

この記事へのトラックバック一覧です: 東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2217:

« 北朝鮮、今度は弾道ミサイル発射・40 | トップページ | 北朝鮮、金正恩の兄・金正男氏暗殺 金正恩の刺客による犯行説濃厚・29 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31