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2017年1月 5日 (木)

東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2187

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:安倍首相、あんぽ柿出荷増を応援 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阪神大震災22年 震災を知らない世代も大きく成長「神戸で生まれた意味が少し分かった気がする」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発いじめ、金銭被害も認定を…生徒側が意見書 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島・富岡町、4月1日避難指示解除=政府が提示 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<始業式>真新しい校舎でスタート 宮城・東松島の小学校 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災22年>竹灯籠に文字入れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・富岡町>4月1日に避難指示解除へ 災害対策本部 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原発避難いじめ>生徒側、多額金銭の再調査申し入れ 横浜 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>木のぬくもりに包まれた新校舎 東松島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<希望の灯り>阪神大震災犠牲者の追悼と復興の願いを込めて - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:卒業前に新校舎落成式=震災後入学の児童ら参加―宮城・東松島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:もんじゅ廃炉に「甘さがあった」 動燃出身の瀬戸口さん、積年の思い語る - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>津波犠牲の子供たち 成人した姿似顔絵に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:全く荒れない被災地の成人式 南三陸町の若者は「今度は自分たちが支えになる」と誓う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「復興へ大きな使命」 益城町で新成人が誓いの言葉 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<成人式>被災地伝える活動通じ、帰郷決意 宮城、南三陸町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<成人式>復興へ決意新た 同級生の遺影と参加も 岩手 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<成人式>「復興の使命」誓う 熊本・益城町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<阪神大震災>妻へ、2人成長したよ…17日「追悼の集い」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災で6階部分つぶれた神戸市庁舎、建て替えへ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:防災無線「音ずれ」解消 重なり防ぎ、明瞭な声で 熊本地震で「こだま現象」聞き取りにくく - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>避難解除地域に役場、大熊町計画 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・病院長死亡>被災地医療の拠点危機 支援相次ぐが… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:もんじゅ廃炉で陳謝=機構理事長、福井知事に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第2廃炉、改めて要請=東電社長らと会談―内堀知事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>大熊、避難解除目指す…秋にも2地区 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:9月にも避難指示解除、大熊町が政府に求める - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<自主避難者>帰還も転居も難しく 都営住宅、入居要件が壁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<自主避難者>避難先 住宅支援に格差 9道府県が独自策 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<新潟知事面会>東電会長「地元の意向が第一だ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:玄海原発1号機、廃炉作業中も核燃料税課税へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「超人」とよばれた老院長の死 福島・高野病院を支える若手医師の思い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<新潟知事>柏崎刈羽再稼働に慎重…東電会長へ伝達 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

安倍首相、あんぽ柿出荷増を応援
時事通信 1/10(火) 15:32配信

 安倍晋三首相は10日、首相官邸で内堀雅雄福島県知事の表敬を受け、県が復興のシンボルと位置付ける干し柿「あんぽ柿」を贈られた。

 内堀知事は出荷量が東日本大震災前の約8割まで回復したことを説明。首相は「10割を超えていくように応援したい」と述べた。

 首相は、あんぽ柿を試食。ビタミンなどが多く含まれることに触れ、「ジューシーだ。サプリ(メント)を飲むよりあんぽ柿だ」と語った。


阪神大震災22年 震災を知らない世代も大きく成長「神戸で生まれた意味が少し分かった気がする」
産経新聞 1/10(火) 15:00配信

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母校の震災犠牲者を悼む「てんちの木」の前で、「命の大切さ」を語る圓藤沙和さん=昨年12月26日、神戸市兵庫区の夢野の丘小学校(彦野公太朗撮影)(写真:産経新聞)

 □東海大農学部4年・圓藤沙和さん(21) 熊本で被災「教員として復興支援を」

 ■神戸の教えを実感、命の尊さ子供たちに

 震災を知らない世代-。平成7年1月17日に起きた阪神大震災の5日前、神戸市兵庫区で生まれ、熊本県南阿蘇村の東海大阿蘇キャンパスに在学する農学部4年、圓藤(えんどう)沙和さん(21)は、そう呼ばれてきた。被災地で生まれ育ったとの実感はなかった。だが、それは9カ月前までの話だ。

 家族から「病院で眠っていたゆりかごが揺れただけで無事だった」と聞いたが記憶はない。学校でも避難時に必要な心がけをたたき込まれたが、「当時は意味さえも考えていなかった」と苦笑いを浮かべる。

 動物好きの思いから、兵庫県立農業高(同県加古川市)に進学。牛の繁殖技術に興味を持ち、25年4月から伝統和牛「あか牛」が特産の南阿蘇村にキャンパスがある東海大農学部に進み、農業の教員免許取得を目指した。

 ◆友人の突然の死

 「ゴゴゴ」「ドーン」

 昨年4月16日未明。大きな揺れで目覚め、寮のベッドで体が宙に浮くように跳んだ。2日前の14日に起きた前震を「1回きり」と考えていた直後の熊本地震の本震だった。

 散乱する家具を避け、停電で真っ暗の部屋を恐る恐る進み、ゆがんだ扉に体当たりし、なんとか脱出できた。ただ、隣のアパートは1階がつぶれ、別の場所では生き埋めで亡くなった同級生もいた。「友人の突然の死を前に、初めて地震の怖さを知った」

 17日に大分経由で神戸へ帰ったが、「自分だけ逃げてよかったのか」と罪悪感にさいなまれた。同時に「何か阿蘇のためにしたい」という気持ちも芽生えた。県外避難した学生らと連絡を取り合い、4月下旬に支援団体「阿蘇復興への道」を立ち上げた。

 発足当時のメンバー約80人は各避難先で義援金を集めた。自身も神戸や姫路で呼びかけ、団体として計約1480万円を南阿蘇村へ寄付。ステージライブや地元農産物の料理を振る舞う祭りや、熊本市で東海大の学生が例年開催するライトアップイベントを南阿蘇村で開くなど、「第二の故郷」の復興を目指し汗を流した。

 ◆大切なこと学ぶ

 昨年12月、帰省した際に“被災者”として母校の神戸市立旧東山小(現・夢野の丘小)を改めて訪れ、震災で犠牲になった児童を悼んで植えられた「てんちの木」を眺めた。バケツリレーに仮設給水栓作り…。大切なことは全部ここで学んでいたと気付いた。

 「自分は神戸の教えを実践できたのか」。熊本で被災後に冷静な行動ができなかった自分を反省した。同時に、「神戸で生まれた意味が少し分かった気がする」と笑顔も見せた。

 4月から兵庫県の農業高校の臨時教員として働く。将来は県教委の震災・学校支援チーム「EARTH」の一員として、被災地支援に関わりたいとも思う。

 「農業高校は『命』を扱う場所。阪神大震災の教訓と、熊本で被災して実感した命の尊さを伝えたい」。そんな思いを胸に3月、熊本を離れるつもりだ。(桑村朋)

                  ◇

 平成7年1月17日に起きた阪神大震災から、まもなく22年。あの頃生まれた子供たちも、大きく成長した。当時の記憶はないものの、その後の災害や出会いをきっかけに、支援や防災活動に取り組むようになった、かつての被災地にゆかりのある学生たちを追った。


原発いじめ、金銭被害も認定を…生徒側が意見書
読売新聞 1/10(火) 13:50配信

 2011年の東京電力福島第一原発事故後に福島県から避難した男子生徒(13)が、転校先の横浜市立小学校でいじめを受けた問題で、生徒側は10日、同級生らの遊興費を負担した金銭被害についても、市が「いじめ」と認定するよう林文子市長に意見書を提出した。

 生徒は小学5年生だった14年、同級生らに「(東電から)賠償金をもらっているだろう」と言われゲームセンター代などを支払い続けた。生徒側は150万円の被害があったと訴えている。市教育委員会の第三者委員会は昨年11月にまとめた報告書の中で、同級生の行為はいじめとまで認定できないとし、意見書はこれを批判。「生徒が苦痛を訴えており、法律が定めるいじめ」と、いじめと認定するように求めている。


福島・富岡町、4月1日避難指示解除=政府が提示
時事通信 1/10(火) 12:19配信

 政府は10日、東京電力福島第1原発事故で福島県富岡町の全域に出されている避難指示について、放射線量が高い帰還困難区域を除いて4月1日に解除したい意向を示した。

 今月中に住民説明会を開き、解除の可否を判断する。避難先の同県郡山市で開かれた町議会全員協議会で伝えた。

 町は4月の帰還開始を目標に、生活環境の整備などを進めている。政府は当初、今年1月の解除案を提示したが、町や町議会の反発が強く、撤回していた。

 4月1日の解除案に対し、一部の町議会議員からは反対意見も出た。政府原子力災害現地対策本部の後藤収副本部長は、住民説明会を踏まえて町などと協議した上で最終決定する考えを示した。

 一方、富岡町に住民登録している約1万3600人のうち、事故前に約3割が住んでいた帰還困難区域は解除の見通しが立っていない。


<始業式>真新しい校舎でスタート 宮城・東松島の小学校
毎日新聞 1/10(火) 11:25配信

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木のぬくもりを肌で感じられる新校舎で始業式を迎えた宮野森小学校の児童たち=宮城県東松島市で2017年1月10日午前10時19分、喜屋武真之介撮影

 東日本大震災で被災した宮城県東松島市立野蒜(のびる)小学校と、別の小学校が統合して昨春開校した宮野森小学校(児童数143人)の新校舎が同市の高台に完成し、10日に始業式があった。児童たちは元気に登校し、木のぬくもりに包まれた真新しい校舎での学校生活をスタートさせた。

 宮野森小は、震災の津波で校舎が全壊した旧野蒜小と、震災の影響で児童数が減少した旧宮戸小が統合して昨年4月に開校した。児童たちは市内のプレハブ仮設校舎で授業を受けていた。

 新校舎は木造一部2階建て。「森の学校」をコンセプトにし、ヒノキやスギなど約5000本の無垢(むく)材を使用している。

 始業式で、相沢日出夫校長が「たくさんの人のおかげで3学期の始業式を新校舎で迎えられました。みんなの気持ちが詰まった校舎を大切に使ってください」とあいさつ。この後、担任教諭と一緒に校舎内や校庭を探検した児童たちは「新しい木のにおいがする」「校庭に遊具がいっぱい」と喜んでいた。

 小学6年の後藤美姫さん(12)は「プレハブ校舎では図書室を音楽室としても使っていたけれど、新しい校舎では広い図書室があってうれしい。卒業まであと3カ月だけど、広い校庭で友だちといっぱい遊びたい」と笑顔を見せていた。【本橋敦子】


<阪神大震災22年>竹灯籠に文字入れ
毎日新聞 1/10(火) 11:11配信

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次々にメッセージが書き込まれる竹灯籠=神戸市灘区で2017年1月10日午前10時46分、加古信志撮影

 阪神大震災から22年の17日に神戸市中央区の東遊園地である追悼行事「1・17のつどい」で使う竹灯籠(とうろう)に、メッセージを書き込む作業が10日、同市灘区の摩耶埠頭(ふとう)公園であった。行事は市民有志が1998年に始め、99年からは東遊園地で実施。ろうそくを入れた竹灯籠約7000本を並べる。

 浮かび上がらせる文字は、震災21年だった昨年に続き公募した。昨年は、従来の「1・17」に「未来」が加わった。今年の文字は13日の実行委員会で公表される。

 10日は市民団体「神戸・心絆(ここな)」のメンバーや書家の佐井麗雪さん(58)らが、「祈り」「希望」「命」などの言葉を書き入れた。熊本地震の被災地や大火に見舞われた新潟県糸魚川市の地名も書かれ、山川泰宏会長(78)は「神戸だけでなく他の被災地にも思いを伝えたい」と話した。【神足俊輔】


<福島・富岡町>4月1日に避難指示解除へ 災害対策本部
毎日新聞 1/10(火) 10:53配信

 東京電力福島第1原発事故で福島県富岡町に出されている避難指示について、政府の原子力災害現地対策本部は10日、帰還困難区域を除き4月1日に解除する方針を示した。町は議会や住民説明会の意見を集約し、受け入れるかどうか判断する。

 10日、役場機能の大半が置かれている同県郡山市であった町議会全員協議会で表明した。政府は昨年10月、富岡町の避難指示解除時期を17年1月と提案したが、帰還開始目標を17年4月としていた地元の反発を受けて取り下げていた。

 県内に出された避難指示のうち、政府は、避難指示解除準備区域と居住制限区域について、17年3月末までに解除する方針を閣議決定している。【曽根田和久】


<原発避難いじめ>生徒側、多額金銭の再調査申し入れ 横浜
毎日新聞 1/10(火) 10:43配信

 東京電力福島第1原発事故で福島県から横浜市に自主避難した中学1年の男子生徒が転入先の市立小学校でいじめられた問題で、生徒側の代理人弁護士が10日、いじめを調査した市教育委員会の第三者委員会に、同級生が生徒から多額の金銭を受け取った行為をいじめと認定するよう再調査を申し入れた。

 第三者委は昨年11月にまとめた報告書で、名前に「菌」をつけて呼ばれた小学2年時の行為をいじめと認めた。一方、小5の時に「(原発事故の)賠償金をもらっているだろう」と言われ、金銭を渡した行為は「おごりおごられ行為」と評価し、「いじめとまでは認定できない」とした。

 代理人によると、男子生徒は計約150万円を10人前後の同級生に渡し、遊興、飲食、交通費として使われたという。

 申し入れに合わせ、代理人は、生徒が林文子市長にあてた文書を公表した。「またいじめが始まると思って、何もできずにただ怖くて仕方なくて、いじめが起こらないようにお金を出した。お金を取られたことをいじめとして認めてほしい。好きでお金を出しているわけじゃないのに」と記されている。

 代理人は「同級生が金銭を要求し、生徒が心身の苦痛を訴えており、いじめ防止対策推進法の定義するいじめに該当することが明らか」と主張している。【水戸健一、藤沢美由紀】


<東日本大震災>木のぬくもりに包まれた新校舎 東松島
毎日新聞 1/10(火) 10:39配信

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光に包まれた新しい木造校舎を見て回る宮野森小の児童と保護者ら=宮城県東松島市野蒜ケ丘2の同小で2017年1月9日、百武信幸撮影

 東日本大震災で被災した宮城県東松島市立野蒜(のびる)小と、震災後に児童数が激減した宮戸小が統合し、昨年4月に開校した宮野森小学校(児童数143人)の新校舎が同市野蒜ケ丘に完成し、9日に落成式があった。新校舎は校名にもある「森の学校」がコンセプトで、スギやヒノキなど約5000本の無垢(むく)材が使われている。木のぬくもりに包まれた校内を見学した児童たちは、新校舎での学校生活に期待を膨らませた。

 新校舎は木造一部2階建て(延べ床面積約4000平方メートル)で、防災集団移転の造成地の一角に建つ。中庭を取り囲むように教室と特別教室、屋内運動場(体育館)などが渡り廊下でつながる。航空自衛隊松島基地の飛行訓練も考慮し、防音機能も持たせたという。

 震災で旧野蒜小は壊滅的被害を受け、児童たちは2012年4月から仮設のプレハブ校舎で学校生活を送ってきた。16年4月に統合後は、旧宮戸小の児童もこの仮設校舎に通って新校舎完成を待ちわびてきた。この日の落成式で、阿部秀保市長は「6年生は震災直後の4月に入学し、卒業までに新校舎で学んでもらうため完成に努力を重ねてきた。宮野森小は本市復興のシンボル。地域と一体となった学校作りを進めてほしい」と述べた。

 児童と保護者らは校内を思い思いに見学して回った。校庭や木の香りあふれる校内を見た児童たちは「うんていがある」「木がいっぱいだ」と歓声を上げていた。旧野蒜小出身で6年生の和泉永(はるか)さん(12)は「木の校舎はあったかくてほっとする。3カ月しかいられないのはさみしいが、広い校庭には遊具もあり、下級生と一緒に遊びたい。教室の窓から見える景色が楽しみです」と笑顔で話した。【百武信幸】


<希望の灯り>阪神大震災犠牲者の追悼と復興の願いを込めて
毎日新聞 1/9(月) 18:52配信

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「1・17希望の灯り」を分灯する中学生たち=神戸市中央区で2017年1月9日午後1時14分、大西岳彦撮影

 阪神大震災(1995年)の犠牲者の追悼と復興の願いを込め、神戸市中央区の東遊園地でともされている「1・17希望の灯(あか)り」の分灯が9日、始まった。震災から22年となる17日や前後で開かれる各地の追悼行事で使われる。

 希望の灯りは、震災5年の2000年1月17日に設置されたガス灯。これまでに東日本大震災の被災地などにも分灯された。今年は約50団体から申し込みがあった。

 この日は小中学校やボランティア団体など約30団体がろうそくで火を採り、ランタンに移して持ち帰った。神戸市立湊川中学校は17日、近くの小学校と合同で開く追悼行事で使う。2年の中杉歩遠(ふおん)さん(14)は「この火を見ながら、防災について学んでいきたい」と話した。

 分灯は17日まで。「阪神淡路大震災1・17のつどい実行委員会事務局」(078・322・6491)。【矢澤秀


卒業前に新校舎落成式=震災後入学の児童ら参加―宮城・東松島
時事通信 1/9(月) 15:25配信

 東日本大震災で校舎を失い、児童らが仮設の教室で学校生活を送ってきた宮城県東松島市の小学校で9日、新校舎の完成を祝う落成式が開かれた。

 震災翌月に入学した現6年生の卒業を間近に控え、わずかな間だけでも新校舎で過ごしてもらおうと、市が急ピッチで建設を進めてきた。

 新校舎ができた宮野森小は、被災した野蒜小と別の小学校が統合して昨年、誕生した。津波で大きな被害を受けた野蒜小では震災後、仮設校舎での授業が続き、統合後も仮設のままだった。

 新校舎はスギなど約5000本を使った木造建築で、高台の集団移転地に建てられた。落成式には全校の半数に当たる約70人の児童が参加。初めて入る新校舎に、「広い!」と走り回る姿も見られた。

 野蒜小出身の6年生桜井陽与里さん(11)は、「入った時、木の香りがした。後輩のためきれいに使いたい」と笑顔。4年生阿部陽香さん(10)は、「仮設と違って、理科室や家庭科室が別々だった。勉強するのが楽しみ」と話した。


もんじゅ廃炉に「甘さがあった」 動燃出身の瀬戸口さん、積年の思い語る
産経新聞 1/9(月) 12:45配信

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「増殖炉は日本に不可欠な技術」と志を抱いて動燃に入った瀬戸口啓一さん。その思いは今も変わらない(蕎麦谷里志撮影)(写真:産経新聞)

 “夢の原子炉”といわれた高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)は、多くの人の夢も乗せていた。日本原子力研究開発機構高速炉研究開発部門アドバイザー、瀬戸口啓一さん(61)もその1人だ。「高速増殖炉は日本に欠かせない技術」と高い志をもって36年前、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)の門をたたいた。今回の事態を引き起こした組織の甘さを認めつつも、真面目に打ち込んできただけに、誤解があるとの思いもある。積年の思いが交錯した。(蕎麦谷里志)

 「高速増殖炉って、なんだ…」。大学の工学部で学んでいた瀬戸口さんは、当時、耳にした聞き慣れない言葉に興味を持った。調べたところ画期的な仕組みに感激し、一気に引き込まれた。

 《使った以上の燃料を生み出す》

 資源のない日本に不可欠な技術だと感じた。単にウランを燃やすだけなら、天然ガスや石炭を燃やす発電と大差ない。原発の本当の魅力は燃料を増殖させられることにあると確信した。「僕らの世代はオイルショックも経験しているから、資源の重要性は身にしみている。就職するならここ(動燃)しかない」と思った。

 ■最先端を実感

 昭和55年に念願かなって動燃に入る。配属も希望通りの高速実験炉「常陽」(茨城県)。渡された白いヘルメットに「高速実験炉」とあった。科学技術の最先端にいると実感した。普通の人が見ればただの作業用ヘルメットだが、「かぶって外を歩きたい」と思うくらい、格好良いと感じた。

 平成2年には、建設中の「もんじゅ」(福井県)に異動となる。高速炉は、「実験炉」「原型炉」「実証炉」「実用炉」の順番で開発される。実験炉の常陽から原型炉のもんじゅへ。自分も同じようにステップアップしていくと思った。実証炉からは民間の電力会社が運営する。「最後は自分も民間に転籍かな」。そんなことも考えた。

 ■初臨界に歓喜

 歓喜の瞬間は6年に訪れた。もんじゅの初臨界。臨界は核分裂反応が連続する状態で、稼働したことを意味する。忘れもしない瞬間は中央制御室で迎えた。「ただいま、もんじゅは臨界に達しました」。当直長のアナウンスが流れ、拍手と歓声が上がった。涙を浮かべる人もいた。夢が動き出した。

 しかし、1年8カ月後、事態は暗転する。ナトリウム漏洩(ろうえい)事故が発生。このとき動燃が公表したビデオに編集が発覚し、「情報隠(いん)蔽(ぺい)」と集中砲火を浴びた。

 事故から21年。6年前に3カ月だけ再稼働したものの、それ以外は止まったままだ。事故を起こしたのは事実だが、みんなまじめに取り組んでいただけに、誤解もあるという思いは今も強い。「なんとか再び動かしたい」。地元住民との対話活動などを懸命に続けてきたが、再び運転することは許されなかった。

 信頼を取り戻せなかった理由を聞いた。「難しい…いろいろな要因はあるけど、開発段階の原子炉だという甘さかな」。天を仰いでつぶやいた。開発段階の原子炉にトラブルはつきものだ。しかし、そこに甘えた組織を、国も国民も許さなかった。


<東日本大震災>津波犠牲の子供たち 成人した姿似顔絵に
毎日新聞 1/9(月) 12:29配信

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成人した子供たちの似顔絵を描いた森琢磨さん(前列左から2人目)と遺族=名取市で

 宮城県内各地で成人式が開かれた8日、東日本大震災で大きな被害を受けた名取市では、震災で犠牲になり、この日成人式を迎えるはずだった子供たちの似顔絵が遺族に贈られた。晴れ着やスーツ姿の大人びた姿に、遺族は「こんなふうに20歳になっていたんだろうな」と涙ぐんだ。

 那覇市のイラストレーター、森琢磨さん(43)が、震災時に名取市立閖上中学2年生だった4人の成人した姿を、写真を元に想像して描いた。森さんは震災半年後から被災地に通い、被災者の似顔絵を描き続けてきた。震災で子供を亡くした遺族の求めで、生前の写真から似顔絵を描いたところ、涙を流して喜ばれたことから、犠牲者の絵も描くようになった。これまで似顔絵を描いた人は約7600人に上る。

 この日は閖上中の遺族が集う「閖上の記憶」で、森さんが遺族に似顔絵を手渡した。遺族は表情をゆるめ、目頭を押さえながら似顔絵に見入った。

 次男駿さん(当時14歳)を亡くした大川ゆかりさん(48)は「いつも思い出すのは14歳の姿のまま。こんな20歳になっていたんだろうな」。長女和海(かずみ)さん(当時14歳)を亡くした佐々木清和さん(50)は、和海さんが好きだったピンクの晴れ着姿を描いてもらった。「『あなたが生きていればこんなふうに成人していたんじゃない』と娘に声をかけたい」と話した。

 森さんは「ご遺族は成長した子供たちの姿を見たかったはず。似顔絵でだけでも、成長した姿を見てもらえれば」と願った。【川口裕之】


全く荒れない被災地の成人式 南三陸町の若者は「今度は自分たちが支えになる」と誓う
BuzzFeed Japan 1/9(月) 12:22配信

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静かに式典を見守る新成人

全く荒れない成人式がある。1月8日、宮城県南三陸町。2011年3月の東日本大震災で、最も被害が大きかった町の一つでこの日、184人が成人を迎えた。【BuzzFeed Japan / 古田大輔】

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新成人代表の誓いの言葉

スーツや振袖姿に身を包んだ参加者たちが被災したのは、中学2年生の時だ。激しい揺れと、町の中心部を飲み込んだ津波で、死者・行方不明者832人、建物の約6割が全壊した。

同級生たちの中には、震災後に家族とともに南三陸を離れた人もいる。しかし、この日は「苦しかった時を一緒に過ごした友達と一緒に成人式を迎えたい」と遠方から参加する人もいた。

町役場の職員たちによると、震災が起こる前は、荒れる成人式とまではいかなくても、私語でざわついたり、久しぶりに会う友人同士ではしゃいだりする姿があったという。

佐藤仁町長はBuzzFeed Newsにこう語る。

「やっぱり震災があってからですよ。成人式の雰囲気が変わったのは。みんな、『バカなことはやってられねぇ』って思うようになったんでしょうね」

新成人の代表挨拶、誓いの言葉。参加者たちは静かに、じっと壇上を見つめる。

新成人を代表して挨拶した町職員の浅野祐介さんは、誓いの言葉をこう述べた。ほぼ全文を掲載する。

 □■□

私達はこの町で多くの喜びや悲しみを経験してきました。同じ目標に向かい協力し合ったこと、同じ壁を共に乗り越えてきたこと。数え切れないほどの経験や思い出が私達を成長させてくれました。

しかし、共に過ごしてきた日々の中にも、一人一人が置かれた状況は決して同じものではありませんでした。

自分一人で抱えた孤独や不安、そして何にもぶつけることの出来なかった悔しさ。ここにいる誰もが、違った苦しみや葛藤を抱えながらここまで歩んで参りました。そうして自分自身で乗り越えてきた壁も、一つ一つが私達の成長へと繋がっているはずです。

私達一人一人の目に映ってきた様々な景色と心に刻まれてきた光景は、これから先も決して色褪せることはないでしょう。そしていつの日かその思い出を糧とし、経験を誇りとしていきます。

人は互いに全てを理解し合うことはできません。それでも私達は、“人の苦しみや痛みを考え、人を思いやること”を怠ったことはありませんでした。自分に出来ること、相手が出来ないこと、互いが互いを思いやり、共に支え合いながら困難を乗り越えてきました。

人を思う優しさと、何事にも立ち向かう強さは、この町が教えてくれました。これから私達は、それぞれが選んだ新しい道を進んでいかなければなりません。その道でまた、乗り越えなければならない高い壁や、困難な状況に出会うかもしれません。それでも私達は前を向き、強く生きて参ります。

この町は決して南三陸町民だけで創られてきた町ではありません。この町を思い、汗や涙を流してきた方々がたくさんいます。町民の方々は、町を盛り上げることだけでなく、私達の成長を温かく見守り、常に支えて下さいました。

また、住む場所は違っていても、私達を思い、励まして下さった方々がたくさんいます。私達はその多くの思いを繋ぎ、これからの南三陸町を新しく創り上げて参ります。

南三陸町に残った人も、離れなければならなくなった人も、南三陸町で培った経験や思い出を糧とし、これから互いに進むべき道を懸命に歩んで参ります。

多くの壁を共に乗り越えたかけがえのない仲間と、今こうして南三陸町に再び集い、新成人を迎えることができたこと、私達を大きく成長させてくれた南三陸町に感謝申し上げます。そして何よりも、これまで私達を支え、南三陸町を創り上げてきたすべての方々に深く感謝申し上げます。

今、社会の中で、多くの人々や町が、様々な状況に置かれ、困難な状況に立ち向かっています。これまで支えられ、助けられることが多かった私達はこれから、この町で得た経験と、これから互いがそれぞれの道で重ねる経験を最大限に活かし、社会を支え、大きく貢献して参りますことをここに決意し、誓いの言葉と致します。

 □■□

式典後にBuzzFeed Newsは浅野さんに話を聞いた。どういう思いをこの誓いの言葉に込めたのか。

「今度は南三陸の私たちが力になりたい」
「3つあります。一つはこの場にいる人の中でも、立場はそれぞれ違うということ。被災をした人も、していない人もいます。でも、みんなで南三陸を作り上げていきたいということ」

「もう一つは、この場にいない人たちの中にも、いまの南三陸を作り上げてくれた人たちがいるということ。感謝の気持ちを込めました」

「そして最後に、いまも全国に災害で苦しんでいる人がいるし、これからもいるでしょう。今度は南三陸の私たちが力になりたい。支えになりたい」

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防災庁舎前の献花台

南三陸の街の中心部。津波にのまれた防災庁舎の前の献花台には、この日も花が手向けられていた。かつて家屋が並んでいた周囲は、津波対策でかさ上げするための土砂がうず高く積まれ、見る影もない。

6年が経っても、復興は道半ば。しかし、新成人たちの目は未来を見据える。

「この町を思い、汗や涙を流してきた方々がたくさんいます。私達はその多くの思いを繋ぎ、これからの南三陸町を新しく創り上げて参ります」


「復興へ大きな使命」 益城町で新成人が誓いの言葉
西日本新聞 1/9(月) 11:46配信

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地震の爪痕が残る熊本県益城町で、笑顔を見せながら式典会場に向かう新成人=8日午前9時49分

 〈復興元年とも言える年に、成人を迎えた私たちに課せられた使命は大きいと感じています〉

 熊本地震で震度7の激震を2度観測した熊本県益城町の成人式が8日、開かれた。新成人322人を代表して熊本大教育学部1年の西村恭平さん(20)が「誓いの言葉」で、亡くなった人を悼み、復興を担う覚悟を力強く語った。

 震災関連死を含む同町の犠牲者は30人に上る。振り袖やスーツ姿の新成人が集った町文化会館周辺には倒壊した建物が残る。

 〈以前の町並みを思い出せなくなる日が来るかもしれないと寂しく思う気持ちがある一方で、新しい家屋が建ち始めている光景に復興の兆しが見られ、希望が感じられます〉

 西村さんの自宅は半壊。3週間ほど家族4人で車中泊した。余震におびえる日々が続いたが、家々に声を掛けて安否確認したり、屋根の補修を手伝ったりする近所の大人の姿に奮い立ち、避難所運営の手伝いに取り組んだ。

 震災から間もなく9カ月。今も仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされる町民も多い。

 〈若い私たちにできることは小さなことかもしれないが、自分に何ができるかを考え、社会に貢献できる人間になれるよう努力してまいります〉

 誓いの言葉をこう締めくくった西村さん。古里で教師になる夢を抱く。「地震のことや地域が力を合わせて困難を乗り越えたことを子どもたちに伝えるのが私の役目」

=2017/01/09付 西日本新聞朝刊=


<成人式>被災地伝える活動通じ、帰郷決意 宮城、南三陸町
毎日新聞 1/8(日) 21:25配信

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成人式で抱負を述べる小野寺翔さん=宮城県南三陸町志津川で2017年1月8日午後2時8分、真田祐里撮影

 成人の日(9日)を前にした8日、各地で成人式が開かれた。東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町では、神奈川大2年、小野寺翔さん(20)が新成人代表のあいさつで「必ずや古里に戻ってくる」と決意表明した。この春から林業の専門学校に入り直す。小野寺さんは大学の友人らを被災地に招くツアーを企画してきた。自身にとっても古里の魅力を再認識する機会になった。

 震災時は中学2年生。避難していた校庭で津波に襲われ、斜面を駆け上がり住民を引っ張り上げた。同級生と一緒に、津波に流されたお年寄りの心肺蘇生をしたが息を吹き返すことはなかった。後輩や教員が犠牲になった。自宅も流失し、家族と隣接する登米市で避難生活を送った。翌年春の卒業式の答辞で「今日という日を生きたかった多くの人たちの分まで、この命を大切にする」と誓った。

 古里を離れて横浜市の大学に進学し、震災に対する周囲の関心が薄いことにショックを受けた。「伝えることが使命」と考え、中学時代の同級生とともに一昨年、大学の友人を案内するツアーを企画。中学校に連れて行って体験を語ったり、地元の人の協力で漁業や林業の体験をしてもらったりした。「絶対にまた来る」「この経験を発信したい」。参加者の声がうれしかった。

 ツアーを3回ほど実施するうち、古里の町がさまざまな人に支えられていることを知った。昨夏、先祖から受け継ぐ山に初めて登った。津波で流されずに残った唯一の財産だ。下草が茂り、間伐もせずに荒れ放題だが、立派な杉の木が目を引いた。「自分が守らないと」。古里の山で働こうと決意した。

 「私たちは町の希望。仲間とともに地域を支える力になる」。成人式の壇上で力を込めた。【川口裕之、真田祐里】


<成人式>復興へ決意新た 同級生の遺影と参加も 岩手
毎日新聞 1/8(日) 21:00配信

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振りそでやスーツ姿で成人式に臨み、笑顔で同級生と記念写真を撮る新成人たち=岩手県大槌町で2017年1月8日午後3時16分、喜屋武真之介撮影

 「成人の日」前日の8日、東日本大震災の被害を受けた東北各地で成人式が開かれた。岩手県大槌町や同県陸前高田市では、鮮やかな着物やスーツ姿で久々の再会を喜び合う中、津波で亡くなった同級生の遺影とともに式典に参加する姿もあった。

 陸前高田市の会場では新成人代表の大和田博史さんが「悲劇が繰り返されないために何をすべきか、自分たちなりに行動を起こすことが求められている。家族や地域の方、全国からの支援に恩を返せるよう、努力したい」と決意を述べた。【喜屋武真之介】


<成人式>「復興の使命」誓う 熊本・益城町
毎日新聞 1/8(日) 18:16配信

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熊本地震による倒壊家屋(左後方)が残る中、成人式の会場に向かう晴れ着姿の新成人たち=熊本県益城町で2017年1月8日午前9時49分、野田武撮影

 熊本地震で震度7の激震に2度襲われた熊本県益城(ましき)町の町文化会館で8日、成人式があり、新成人や保護者ら約400人が参加した。関連死を含め30人が犠牲になった大災害から間もなく9カ月。会場周辺には解体途中や全半壊の家屋が今も並ぶ。新成人代表の熊本大1年、西村恭平さん(20)は「町並みが姿を変えても古里を大切に思う気持ちは変わらない。復興元年に成人する私たちの使命は大きい」と述べた。

 県内の新成人は1万8347人(県教委調べ)で、うち同町は322人。式典で西村博則町長は「地震は町を一変させた。復興の一員として力を貸して欲しい」と呼びかけた。

 会場では色とりどりの振り袖やスーツ姿の男女が「元気にしとったか」などと言って写真を撮ったりした。作業療法士を目指す同町の専門学校2年、園田倫也(りんや)さん(20)は「町の高齢者に尽くしたい」と話した。【柿崎誠】


福島で震度3
時事通信 1/8(日) 13:30配信

 8日午後1時15分ごろ、福島県沖を震源とする地震があり、福島県いわき市で震度3の揺れを観測した。

 気象庁によると、震源の深さは約50キロ、地震の規模(マグニチュード)は4.2と推定される。主な各地の震度は次の通り。

 震度3=福島県いわき市
 震度2=福島県白河市、茨城県日立市。


<阪神大震災>妻へ、2人成長したよ…17日「追悼の集い」
毎日新聞 1/8(日) 12:30配信

 ◇遺族代表の58歳

 17日に神戸市が主催する阪神大震災から22年の「追悼の集い」で、妻を亡くした大阪府和泉市の会社員、大鳥居(おおとりい)慎司さん(58)が遺族代表であいさつすることが決まり、7日、神戸市役所で記者会見した。大鳥居さんは残された長男と長女を育て、その経験を東日本大震災(2011年)の遺児の保護者らに伝えている。「歴史の中に埋もれる前に経験を伝えたい」と思っている。【神足俊輔】

 ◇前日は家族で博物館に行ったのに…

 大鳥居さんは神戸市東灘区で被災。一戸建ての自宅が倒壊し、家族4人が生き埋めになった。大鳥居さんと2人の子供は助かったが、妻裕美子さん(当時32歳)が犠牲になった。

 当時4歳だった長男聡さん(26)に避難先の小学校で「ママはどうしたの」と聞かれた。「天国に行ったよ。もう戻ってこない」。言葉にすると、涙が止まらなくなった。震災前日は、大阪市港区の交通科学博物館(14年4月に閉館)に家族4人で出かけたばかり。楽しかった時間との落差が、悲しさをさらに深くした。

 長女真美さん(24)は当時2歳。「妻が生き残った方が幸せだった」と思ったこともあるが、育児は課せられた使命と考え、職場のある和泉市に引っ越した。おむつ替えから朝食づくり。苦労はあったが子供の成長がうれしかった。そしてこのことは一番、裕美子さんに伝えたかった。

 「裕美子がいなくなった現実」は夢だった--という夢をよく見た。最近は見なくなり、今度は「夢でいいから会いたい」との思いが募る。何事もきっちりしていた妻。「手抜きもしてしまった。ごめんね」と伝えたい。

 岩手県陸前高田市など、これまで12回訪問した東日本大震災の被災地で、遺児を抱える父親ら保護者たちと面談し、話を聞いている。同じような夢を見ている人が多く、「現実を受け入れられず、あの時の自分と同じようにしんどいのでしょう」と寄り添う。支援はこれからも続けていくつもりだ。17日のあいさつに向け、「私しか話せない経験がある。東日本大震災の被災者の役にも立てれば」と思っている。


震災で6階部分つぶれた神戸市庁舎、建て替えへ
読売新聞 1/7(土) 15:10配信

 1995年1月の阪神大震災で8階建ての6階部分が押し潰され、5階以下だけでの使用が続けられてきた神戸市庁舎2号館(中央区)が取り壊されることになった。

 築60年を控えて老朽化も進んでおり、市は中心部の再開発計画に合わせて新庁舎建設を検討。震災の<生き証人>は、その役割を終えようとしている。

 2号館は57年に建てられ、4号館まである市庁舎と全9区役所庁舎の中で最も古い。震災当時は都市計画局や水道局などが入っていたが、6階部分は潰れ、7、8階部分も1・5メートル北側にずれ、使用不能になった。市には建て替えるゆとりがなく、6階以上を撤去し、壁を耐震補強して継続使用する方針を決定。改修工事を行い、震災1年2か月後に使用を再開した。


防災無線「音ずれ」解消 重なり防ぎ、明瞭な声で 熊本地震で「こだま現象」聞き取りにくく
西日本新聞 1/7(土) 8:20配信

 災害時に避難などを呼び掛ける防災行政無線の屋外放送がこだまのように重なって聞き取りにくくなる現象を解消し、鮮明な音声で伝えられる自律型音響制御システムを苣木(ちさき)禎史千葉工業大教授(音響情報学)のグループが開発した。こだま現象は熊本地震でも情報伝達の障害になった。防災行政無線は高齢者を中心にニーズがあり、早期の製品化を目指している。

熊本地震で「こだま現象」
 防災行政無線は都道府県や市町村が整備。熊本県では、屋外スピーカーを備える「同報系防災行政無線局」が約1650カ所ある。

 放送は各所から一斉に流すため、複数から音が届く場所では聞き手との距離に応じて音がずれる。熊本地震では、こだま現象を含めて「聞きづらかった」との声が、熊本県菊池市の44件など多数寄せられた。

 一部の自治体は、こだま現象を生みやすい隣接地域では同時に流さない防止策を取る。ただ、内容が数十秒に及ぶと、情報の入手で被災者間に「時間的格差」を生む欠点があった。

製品化には既存の設備を利用できる
 苣木教授は昨春まで勤めた熊本大の大学院准教授時代、放送者が発した文章を細かく分け、文節単位で各スピーカーから順に流した方が時間的格差を軽減できると着想。例えば「地震の発生により避難所を開設しました」を2カ所のスピーカーで流す場合、(1)地震の発生により(2)避難所を開設しました-に文章を区切った上で、(1)を2カ所で交互に放送した後、(2)を同様に流すシステムを開発した。

 システムは自動音声認識技術を活用し、放送者が発した文章を瞬時に文節で区切り、音声データで保存。こだま現象が予測される場所のスピーカーに限り、ほぼリアルタイムで放送を始められるようにした。製品化には既存の設備を利用でき、1カ所当たり約10万円を見込む。

 苣木教授は「伝達に影響する建物などの障害物も感知して放送できるよう精度を向上させたい」と話している。


<福島原発事故>避難解除地域に役場、大熊町計画
毎日新聞 1/6(金) 21:53配信

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県大熊町が、避難指示区域のうち「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」について今秋の解除を目指していることが町への取材で分かった。実現すれば第1原発立地自治体で初のケースとなる。町は解除地域に「復興拠点」を設け、2019年度に町役場を新設する計画だ。

 町によると、住民が夜間、自宅に滞在できる「準備宿泊」を8月にも実施する意向だ。ただ、避難指示区域の3区分のうち最も放射線量が高く、事故前に町民の大半が暮らしていた「帰還困難区域」は対象外となる。

 居住制限区域と避難指示解除準備区域の多くは山林で、事故前に町民が住んでいたのは大川原と中屋敷の2地区。両地区の住民登録は計384人で町人口の3.6%に当たる。両地区の除染は14年3月に終了し、電気や水道などの生活インフラの復旧も進んだ。今後、町議会や政府と日程について協議する。

 「復興拠点」を置くのは大川原地区の一部エリア(約40ヘクタール)。帰還する町民や原発の廃炉作業員ら約3000人が暮らす公営住宅や町役場、高齢者福祉施設などを集める。昨年4月に町職員が平日常駐する連絡事務所を開設した。拠点の周辺では、東京電力社員向けの寮やメガソーラーも建設された。19年4月にはイチゴ栽培の植物工場も稼働予定だ。町の担当者は「大川原地区を皮切りに原発事故前の姿を少しでも取り戻したい」と話す。

 政府は事故後、第1原発周辺の11市町村に避難指示区域を設定。昨年7月までに5市町村で帰還困難区域を除いて避難指示が解除されたが、第1原発が立地する大熊、双葉両町は解除時期を示していない。【岸慶太】


<福島・病院長死亡>被災地医療の拠点危機 支援相次ぐが…
毎日新聞 1/6(金) 19:53配信

 福島県広野町の「高野病院」でただ一人の常勤医だった高野英男院長(81)が火災で亡くなったことを受け、全国の医師からボランティアの申し出が相次いでいる。支援グループに関東や九州など少なくとも31人が協力を申し出ており、月内の人繰りにはめどがついた。だが、医療法などの規定で常勤医が必要で、福島第1原発事故被災地の医療を守ってきた病院は危機にひんしている。

 火災は昨年12月30日夜、病院敷地内で高野さんが1人暮らしをする宿舎で発生。木造平屋建て住宅の一部を焼き、室内から高野さんの遺体が見つかった。

 院長以外の医師9人は非常勤で、勤務ローテーションが組めなくなった。入院患者は約100人。県内の若手医師が「支援する会」を発足させ、フェイスブックなどでボランティア医師を募っている。このほか、町や病院に複数の医師が支援を申し出ているという。

 厚生労働省によると、医療法などで病院管理者の要件は常勤医師と定められている。病院が県や国に支援を求めているが、確保の見通しは立っていない。

 二人三脚で病院を支えてきた理事長で次女の己保(みお)さん(49)によると、高野さんは県内外で勤務医を経験し、古里・南相馬市に近い広野町で1980年に高野病院を開いた。院長室に布団を持ち込み、ほぼ24時間体制で地域医療に打ち込んだ。2003年、敷地内に宿舎を建てた。己保さんは「父はこの病院が好きで患者を一番に考えていた」と振り返る。

 11年3月の原発事故で町民の大半が一時避難。高野さんは一部の入院患者と一緒に病院に残った。その後も双葉郡8町村で唯一の病院として帰還した住民や廃炉作業員の外来診療を担った。

 週2、3日は当直に入り、救急患者にも対応してきた。足元がふらつくこともあり、己保さんが体調を気遣うと「患者がいる。臨床医とはそういうものだ」と気丈に語ったという。己保さんは「患者さんたちを放り出すわけにいかず、存続できるのなら病院を町に寄付してもいい」と訴えている。【曽根田和久、高井瞳】


もんじゅ廃炉で陳謝=機構理事長、福井知事に
時事通信 1/6(金) 18:16配信

 政府が昨年末に廃炉を決めた高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)を運営する日本原子力研究開発機構の児玉敏雄理事長は6日、新年のあいさつのため福井県庁に西川一誠知事を訪ね、廃炉決定について「地元の期待に沿うことができないような形になり、誠に申し訳なくおわびする」と陳謝した。

 もんじゅの廃炉決定後、児玉理事長が西川知事と面談したのは初めて。

 西川知事はもんじゅを安全に廃炉にしたり知見を活用したりする体制について、「国の指導や指示を待つのではなく、機構自身も考えて国に自己主張をしないと話にならないし、われわれも困る」と指摘。児玉理事長は「もんじゅを一番知っているのは機構なので、責任を持って発言していきたい」と応じた。

 面談後の記者会見で児玉理事長は自身の進退に関し、「考えたことはあるが、この事態にきっちり道筋を付けることが私の責任」と述べ、続投に意欲を示した。


福島第2廃炉、改めて要請=東電社長らと会談―内堀知事
時事通信 1/6(金) 17:42配信

 東京電力ホールディングスの数土文夫会長と広瀬直己社長は6日、福島県庁を訪れ、内堀雅雄知事と会談した。

 内堀知事は福島第2原発の全基廃炉を改めて要請。これに対し、広瀬社長は「県民の声を受け止め、しっかり検討して判断する」と述べるにとどめ、明確な返答を避けた。

 会談で内堀知事は「福島県民の強い思いは、県内原発の全基廃炉だ」と強調した。福島県議会は昨年12月に、福島第2原発の全基廃炉を求める意見書を全会一致で採択し、国会や政府に提出している。


<福島原発事故>大熊、避難解除目指す…秋にも2地区
毎日新聞 1/6(金) 11:58配信

 ◇原発立地自治体で初

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県大熊町が町内2地区で、今秋の避難指示解除を目指していることが町への取材で分かった。帰還に向けて住民が夜間、自宅に滞在できる「準備宿泊」を8月にも実施したい意向だ。大熊町の避難指示が解除されれば、第1原発立地自治体では初のケース。ただし、放射線量が高く、大半の町民が暮らしていた「帰還困難区域」は対象外としている。

 町によると、解除の対象として想定しているのは「居住制限区域」の大川原地区と、「避難指示解除準備区域」の中屋敷地区。両地区の住民登録は計384人で、町人口の3.6%にあたる。両地区の除染は2014年3月に終了。町は大川原地区を「復興拠点」に位置づけ、19年度に役場機能を置く計画だ。

 両地区では電気や水道などの生活インフラの復旧も進んだことなどを踏まえ、今秋の解除を目指すことにした。今後、町議会や政府と準備宿泊や解除について協議を進める。一方、原発事故前に町民の96%が暮らしていた帰還困難区域は、解除のめどは立っていない。政府は事故後、第1原発周辺の11市町村に避難指示区域を設定。昨年7月までに5市町村で帰還困難区域を除いて避難指示を解除したが、第1原発が立地する大熊、双葉両町は解除時期を示していない。【岸慶太】


9月にも避難指示解除、大熊町が政府に求める
読売新聞 1/6(金) 7:37配信

 東京電力福島第一原発事故で全町避難が続く福島県大熊町が、帰還困難区域を除いた地域の避難指示を今年9月にも解除するよう政府に求めたことが、町幹部への取材でわかった。

 近く政府と正式に協議に入る。

 避難指示が出された11市町村のうち、帰還困難区域を除き、5市町村で解除されている。実現すれば同原発の立地自治体でも解除されることになる。今後、町議会とも本格的な協議を行う。

 解除を求めているのは居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区。両地区に住民票があるのは計384人(昨年12月末現在)で、町の人口の3・6%になる。

 政府は避難指示を解除する要件として、〈1〉年間被曝(ひばく)線量20ミリ・シーベルト以下〈2〉生活環境の十分な整備〈3〉地元との十分な協議――を挙げている。


<自主避難者>帰還も転居も難しく 都営住宅、入居要件が壁
毎日新聞 1/5(木) 22:30配信

 東京電力福島第1原発事故などの自主避難者に対する福島県の住宅無償提供が3月末に打ち切られる問題で、各都道府県による今春以降の住宅支援に大きな温度差があることが判明した。手厚い支援を打ち出す自治体では腰を据えて生活再建を図れる一方、支援の手からこぼれる避難者は暮らしの基盤が揺らぎかねない事態になっている。

 「当面は住居の心配をしなくていいので、本当にありがたい」

 鳥取県の県営住宅に中学生と小学生の子ども2人と避難する女性(38)は、感謝の言葉を口にした。鳥取県は2019年3月まで住宅を無償提供する方針で、2年間は今の生活を続けられるからだ。

 福島県沿岸部から避難して5年。古里に夫を残し、放射線量も下がる中、友達ができて鳥取を気に入っている子どもを見ると、帰還するかすぐには決心できない。「子どもがもう少し成長し、本人たちも納得の上で帰還できれば」と話す。

 群馬県は、避難者の公営住宅入居で要件緩和を求めた国の通知に沿い、県営住宅の定期募集で抽選番号を二つ与える「優遇策」を提示した。ただ入れる保証はなく転居費もかかる。福島県いわき市から民間住宅に1人で避難する50代女性は応募しなかった。「『6年もたつのに甘ったれるな』というメッセージと受け止めるしかない」。女性は落胆の色を見せた。

 一方、全国最多の約5200人が避難する東京都。都営住宅を希望する避難者に対する入居優先枠を300世帯分設けた。同様の枠は5道府県(北海道・新潟・埼玉・神奈川・京都)が設けたが、入居条件に関する細かい要件が壁となり、応募できない事態も生じている。

 福島県郡山市から東京23区内の都営住宅に避難する50代女性は、同居する子ども3人のうち長男が大学生で成人しており、ひとり親世帯に適用される「子どもが20歳未満」との要件に引っかかった。下の子ども2人は都心の高校に通学中で、福島への帰還も郊外への転居も難しい。年度末までの退去を迫られる中、落ち着く先は未定という。「せめて子どもが自立するまで住ませてほしい。福島の原発の恩恵を最も受け、財政も豊かな東京がなぜこんなに冷たいのか」

 東京都の担当者は「都民との公平性の観点から、要件に当てはまらない方は一般募集に応募してもらうしかない」とする。昨年11月の一般募集では、23区内の都営住宅の平均倍率は53・0倍だった。【大久保昂、尾崎修二】

 ◇6割が戻らない意向

 自主避難者を対象に福島県が昨年行った今年4月以降の住まいに関する意向調査によると、福島帰還を「希望」「決定」とした県外の避難世帯は計約2割にとどまる。約5割が「避難継続を希望」、約1割が避難先での定住を決めており、6割が福島に戻らない意向だ。

 県職員による戸別訪問などで順次、住居の確保状況を調査した。昨年11月15日現在で、確定済み=約5割▽ある程度確定=約3割▽未確定=約1割▽不在など=約1割。

 住まいが決まらない理由は「住宅が見つからない・公営住宅に当選しない」「子どもの就学(転校)が不安」「除染や県内の放射線が不安」などだった。【尾崎修二】

 ◇自治体は柔軟な対応を

 国策で進めた原発による事故で福島県外に自主避難した人たちにとって、避難先の違いで打ち切り後の支援策に差が出るのは不条理だ。自然災害を想定した災害救助法による期限付きの「仮設住宅」政策にとどめ、新たな仕組みを作らなかった国の姿勢こそ問題と考えるが、各自治体は柔軟に対応してほしい。

 福島県が打ち切りを決めた背景には、復興へ向けて避難者の帰還を促す意向がある。避難先の自治体の対応が分かれたのは、福島県への「遠慮」があるのかもしれない。

 避難生活が5年を超える中、帰還の意思を示した県外避難者は約2割にとどまる。放射能への不安だけではない。移転先が生活拠点になりつつある。福島に戻れば、子どもの転校や就職などに直面し、人間関係の修復も必要になる。

 500世帯以上の避難者が集まった山形・新潟両県は、財政負担を伴う支援策で応えた。避難先の自治体は戸別訪問などを通じて、避難者の苦悩を肌で感じているはずだ。国や自治体は避難者との対話を通し、可能な限りの支援策を講じてほしい。【尾崎修二】


<自主避難者>避難先 住宅支援に格差 9道府県が独自策 
毎日新聞 1/5(木) 21:59配信

 ◇福島県が3月末に打ち切る問題で

 東京電力福島第1原発事故などの影響で避難を余儀なくされた「自主避難者」に対する住宅の無償提供を、福島県が3月末に打ち切る問題で、避難継続を希望する世帯を対象に、9道府県が財政負担などを伴う独自策で支援することが毎日新聞の調査で分かった。その他の多くの自治体は、公営住宅を希望する自主避難者の入居要件緩和を求めた国の通知にならった支援内容にとどまっていた。原発事故から間もなく6年を迎える中、自主避難者の住宅支援は避難先の選択で格差が生まれることになる。

 福島県によると、打ち切り対象は1万524世帯・2万6601人(昨年10月末集計)で、うち県外は5230世帯・1万3844人。毎日新聞が昨年10月以降、福島県を除く46都道府県に打ち切り後の自主避難者への支援策を質問した結果、鳥取など6道府県が住宅を無償提供し、3県が家賃などを補助するとした。

 鳥取県は県営住宅などを無償提供し、民間賃貸住宅でも家賃を全額補助する。新たに住む避難者にも適用する。山形県は低所得者に県職員住宅を無償提供し、北海道と奈良、愛媛両県は道・県営住宅などの入居世帯の家賃を免除。京都府は入居後6年まで府営住宅などの家賃を免除し、2017年4月以降も期限まで居住できる。新潟県は子どもの転校を避ける目的で、民間賃貸住宅に住む低所得者に月額1万円を支給する。

 独自支援する鳥取県は「避難者は住まいの不安を感じていた。(過疎化・高齢化を抱える自治体として)定住への期待感もある」と回答。00年の鳥取県西部地震で支援を受けた恩返しの意味合いもあるとした。

 一方、大半の自治体は公営住宅希望者に対する入居優先枠を設けるなど、国の通知に合わせた支援策を用意するが、入居できても転居が必要で、要件が厳しく応募もできない例があるという。「国が統一的に対応を検討すべきだ」(岩手県)との意見もあった。【尾崎修二、大久保昂】

 ◇自主避難者への住宅無償提供

 福島県は災害救助法に基づき、公営・民間賃貸住宅のいずれも「仮設住宅」とみなし、国費などを財源に避難指示区域外(福島市やいわき市など)の自主避難者の家賃を負担してきた。自主避難者に対するほぼ唯一の公的支援だったが、一昨年6月に「除染やインフラの復興が整った」として今年3月末で打ち切ると表明。代替策として、民間賃貸入居者の一部家賃を2年間補助(所得制限あり)し、県外から戻る場合は転居費を最大10万円補助する。


<新潟知事面会>東電会長「地元の意向が第一だ」
毎日新聞 1/5(木) 20:02配信

 ◇米山知事から「検証なしに再稼働認められない」

 東京電力ホールディングス(HD)の数土文夫会長と広瀬直己社長が5日、新潟県庁を訪れ、米山隆一知事と面会した。同県の柏崎刈羽原発再稼働について米山知事は、福島第1原発事故の検証なしには認められないと強調。検証には「数年かかる」との見通しを示し、早期の再稼働を目指す東電にとっては、厳しい結果となった。

 「厳しくても、地元の意向が第一だ」。面会後、数土会長は記者団にこう話し、県の検証に協力する考えを示した。ただ、米山知事は福島原発事故の原因を調べる既存の委員会に加え、原子力災害の健康への影響や安全な避難方法を検証する委員会なども新設する考えで、検証の長期化は避けられそうにない。

 東電は、約21.5兆円と見積もられた福島原発事故の処理費用のうち16兆円を30~40年かけて負担する。原子力規制委員会が安全審査中の柏崎刈羽原発6、7号機が再稼働すれば、年1000億円の収益改善効果があるとされ、事故処理費用工面のために「再稼働は大きなポイント」(広瀬社長)となる。このため東電は、審査対応と並行して、地元の理解を得て、再稼働を急ぎたいのが本音だった。

 また、経済産業省の有識者会議「東京電力改革・1F問題委員会」が昨年末まとめた提言は、東電の収益改善策として原子力や送配電事業の他電力との再編を求めたが、柏崎刈羽原発の再稼働がその前提に位置づけられている。再稼働が果たせなければ提言に盛り込んだシナリオは前に進まず、経産省が期待する電力業界再編は遠のきそうだ。【岡大介、米江貴史】


玄海原発1号機、廃炉作業中も核燃料税課税へ
読売新聞 1/5(木) 19:31配信

 佐賀県は、廃炉が決まっている九州電力玄海原子力発電所1号機(佐賀県玄海町)について、廃炉作業中も核燃料税を課す方針を決めた。

 廃炉による年間約3億円の税収減を補う目的で、廃炉原発への課税制度は福井県が導入している。

 九電は、2015年12月に1号機の廃炉を申請。認められた時点で税収はなくなる。廃炉作業は約30年に及ぶと見込まれ、県は、廃炉作業中も課税し、原発立地・周辺地域の安全対策などに充てる財源を確保することにした。

 全国最多の15基(全て停止中)の原発を抱える福井県は昨年11月、県条例を改正。廃炉が決まった関西電力美浜原発1、2号機などで、廃炉作業中も2分の1を課税できるようにした。


「超人」とよばれた老院長の死 福島・高野病院を支える若手医師の思い
BuzzFeed Japan 1/5(木) 17:00配信

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高野病院外観

福島県広野町・高野病院。原発事故後にも地域に残り、医療を支えた老院長が亡くなった。彼の思いを受け止め、地域医療の崩壊を食い止めようと病院を支援する医師・坪倉正治さんが取材に応じた。【BuzzFeed / 石戸諭】

院長急死、高野病院はどうなる?
高野病院は福島第一原発のすぐ近くにありながら、避難せず、地域を支え続けた病院としてしられる。

その老院長、高野英男さん(81歳)が昨年末、火災で亡くなった。敷地内の院長宅から出火し、遺体で発見されたのだ。この病院で唯一の常勤医だった、名物院長の急
死を受けて、病院は存続の危機に立たされた。

一報直後から「地域医療の火を消すな」と医師らによる支援する会が立ち上がり、周辺自治体の支援など存続に向けて動き出した。残された100人を超える入院患者、スタッフを抱え、これから高野病院はどうなるのか。

支援に入った若手医師の思い
東日本大震災直後から南相馬市などで医療支援にあたっている坪倉正治医師(34歳)は、年明け1月3日に高野病院の当直に入った。BuzzFeed Newsの取材にこう口を開いた。
「厳しい。本当に厳しいです」
何が厳しいのか。坪倉さんによると、高野病院を支援する会を通じて全国各地から応援の申し入れが届いている。すでに当直医については、1月分は目処がつきそうな状況だ。
もとより、震災直後の混乱を乗り越えたスタッフは、辛い状況のなかでも士気を維持していた。患者にも、支援にはいった医師にも「悲壮感を感じさせなかった」という。坪倉さんは「スタッフが混乱なく業務をこなすことで、これだけの危機なのに高野病院は崩壊しない。すごいことだ」と敬意を払う。
高野病院はホームページで、院長の娘、高野己保理事長名義でこんな声明をだした。

「院長 高野英男が私たちに遺した、『どんな時でも、自分の出来ることを粛々と行う』この言葉を忘れずに、院長の意志を受け継ぎ、職員一丸となり、これからも地域の医療を守っていく所存です」

当面の危機は乗り切れたように思う。しかし、問題は医師の人数を集めただけで、解決しない。

「高野院長は私からみると『超人』です。80歳を越えてもなお当直をこなし、本業は精神科なのに内科の診療もやっていた。非常勤の医師を統率して、地域の医療を支えてきたんです」

火災にあった自宅も病院のすぐ近く。事実上、365日24時間、地域の医療のために働いているようなものだった。

高野病院が継続するには、次の院長=常勤医を確保すること。これが必須条件になる。

病院の方針、ボランティア医師の管理、入院患者の治療方針、いざというときの危機管理……。医療的にも、経営面でもボランティアだけでは難しい問題がついて回るからだ。

ここでも課題は、単に後任院長、常勤医を見つけただけでは解決しないところにある。

「原発事故後の避難などで、大きな影響を受けた福島県沿岸部(浜通り)に残って働こうという医師は、高齢になっても身を粉にして働く昔気質の医師が多い。高野医師もその一人です。その代わりをすぐに、というのはとても難しいのです」

高野病院を支えないといけない理由
坪倉さんはそれでも、高野病院が必要な理由を患者側、医師側の2つにわけて説明してくれた。

原発事故後、もっとも必要な医療が提供できなくなる

患者側にとって必要な理由。それは慢性期の疾患をみる病院の重要性だ。坪倉さんら地域に根ざして診療を続けてきた医師がほぼ一致しているのは、原発事故後の医療で、最大の問題は被曝影響ではなく、地域に残った高齢者向け医療にある。

例えば肺炎を起こしたとする。今までなら、同居した家族が面倒をみれば事足りた病気でも、家族が避難したため入院を余儀なくされる。介護が必要な病気も同じだ。

「高齢者の健康を今まで10本の柱で支えていたとします。その柱には、家族の絆だったり、地域の目だったりといった定義がしにくい、あいまいなものも含まれる。それが原発事故で、若い家族が多く避難して、高齢者が残ったため5本まで柱が減ってしまった」

「避難する決断は誰も責めることはできません。現実の問題として、家族や地域という柱が無くなってしまった後、高齢者のケアをどうするのか、という問題が残ってしまったのです」

高野病院が担ってきたのは、まさに地域に残った患者のケアだった。この病院が無くなるということは、原発事故後、もっとも必要な治療がなくなることを意味する。

もう一つ、医師側の視点。

「医師も高齢化していると感じます。地域に残り、頑張って必要な医療を提供しても『超人』的な働きをしないといけない。それでも経営が成り立たないとなったら……。どうしたらいいんだろうってなりますよね」

「地域の医療者の情熱に乗っかっているのが、いまの医療システムです。もし高野病院が続かないなら、この情熱自体がくじかれることになります」

本当に問われていること
坪倉さんは「高野病院」をどうするかだけでなく、地域の医療をどうするか、という視点も問われているという。つまり、個人の「根性」や「頑張り」で持ちこたえている、いまの医療が持つかだ。早晩、破綻することは目に見えているという。

「原発事故後の地域医療は、常にSOS状態だったけど、たまたまいた医師や、スタッフの根性でどうにかしてきた、という面が大きい。この先、10年後はどうなりますか?根性だけでなく、必要な医療を見極めて、必要な投資、方針を立てて支えないと大変なことになります」

当直に入った坪倉さんは、高野医師が書いたカルテを目にした。そこに書かれていたのは筆圧が落ち、かすれ気味になった文字だった。


<新潟知事>柏崎刈羽再稼働に慎重…東電会長へ伝達
毎日新聞 1/5(木) 13:07配信

 新潟県の米山隆一知事は5日午前、新潟市の県庁で、東京電力ホールディングスの数土(すど)文夫会長、広瀬直己社長らと昨年10月の就任後、初めて面会した。米山知事は、東電柏崎刈羽原発の再稼働について「福島第1原発事故の原因などの徹底的な検証がない限り、現状では認められない」と強調し、「検証には数年かかる」との見通しを伝えた。数土会長は面会後、記者団に「どんなに厳しくても地元の意向が第一だ。どんなものでも覚悟しないといけない」と述べた。

 米山知事は、選挙期間中から再稼働の議論の前提として、(1)福島第1原発事故の原因(2)原子力災害の健康への影響(3)安全な避難方法--の三つの検証の必要性を主張している。面会では、東電側に対し改めて「三つの検証がない限り、再稼働の議論はできない」と語った。数土会長は「3点の検証には誠心誠意対応したい。一番重視すべきは地元の方々で、厳しければ厳しいほど我々にとって有効だという気持ちで臨む」と述べ、検証に協力する姿勢を示した。

 検証作業に関し、米山知事は4日の年頭の記者会見で、福島第1原発事故の原因を調査する既存の「県原発の安全管理に関する技術委員会」に加え、(2)(3)の2項目を検証する新たな委員会をそれぞれ設置し、さらにこれらの委員会を統括する委員会も新設する意向を表明。検証期間については「3、4年はかかると思う」としたうえで、「ロードマップ(行程表)などの形は今年度内に示したい」と説明していた。【米江貴史】

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