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2016年12月29日 (木)

元俳優の根津甚八氏が死去

俳優として活躍した根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)氏が29日昼、深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎のため都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。葬儀については故人の遺志により近親者のみの密葬を行う。同日、所属事務所が発表した。

根津氏は1969年に劇団「状況劇場」に入団、78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じ、黒澤明監督の映画「影武者」「乱」のほか、舞台など幅広く活躍した。2001年ごろから「右眼下直筋肥大」という目の病気を発症、芸能活動を縮小。04年に死亡交通事故を起こし、活動を自粛。以降、ブログなどでの活動以外、表舞台から姿を消していた。09年に鬱病を患い、持病の椎間板ヘルニアも悪化したため療養生活を送っていた。

10年に引退を発表し、その後は、演出家、脚本家として活動。15年に映画館監督の石井隆氏の要望に応じ、映画『GONIN サーガ』に出演。一度限りの銀幕復帰を果たしていた。

リンク:【訃報】根津甚八さん=俳優 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津さん 14日にアルバム発売したばかり…「完成楽しみ」と思い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:無言の4時間ドライブ そして笑う/根津さんを悼む - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん訃報に名付け親の唐十郎さんは絶句 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 闘病15年 波乱の人生静かに幕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 2000年以降は病との闘い…10年引退 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死す 晩年は病魔と闘い…俳優業引退から6年で帰らぬ人に - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:<訃報>根津甚八さん69歳=元俳優 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優の根津甚八さん死去 69歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん最後のブログで「一回り大きくなってお目にかかりたい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去=大河ドラマや黒沢映画に出演 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優・根津甚八さん死去 昨年「GONIN サーガ」で1作限りの“復帰” - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八が69歳で逝去、黒澤明や石井隆の作品で活躍 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん略歴 黒澤映画で脚光浴びる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 69歳 大河「黄金の日日」、黒澤作品など出演 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優の根津甚八さん死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 昨年1度限りの俳優復帰「未練捨てて終止符を打てた」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん妻、闘病の苦悩語っていた TBSビビットで - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去 目、腰、うつで闘病…10年に俳優引退 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優の根津甚八氏が死去 69歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優・根津甚八さん、69歳で死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「影武者」など故黒沢明作品出演/根津甚八さん略歴 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:根津甚八さん死去、69歳 10年に俳優引退 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元俳優の根津甚八さん死去 69歳…事務所が発表 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

【訃報】根津甚八さん=俳優
読売新聞 12/30(金) 9:48配信

 俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・透=とおる)さんが、29日に肺炎で死去した。

 69歳だった。所属事務所によると、告別式は近親者で済ませる。

 山梨県出身。1969年に唐十郎さんが率いる劇団「状況劇場」に入り、看板役者となった。78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じて人気を博し、テレビドラマや映画などで広く活躍。80年には黒沢明監督の映画「影武者」に出演、同監督による85年の「乱」でも鮮烈な演技を見せた。代表作に、映画「さらば愛しき大地」「吉原炎上」などがある。

 近年は療養などで俳優活動から遠ざかっていたが、出演した映画「GONIN」(95年)の続編である「GONIN サーガ」(2015年公開)に登場。これが最後の出演作となった。


根津さん 14日にアルバム発売したばかり…「完成楽しみ」と思い
スポニチアネックス 12/30(金) 8:34配信

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アルバム「やすらぎ 根津甚八・男の哀歌」

 ◇根津甚八さん死去

 NHK大河ドラマ「黄金の日日」や黒澤明監督の映画「影武者」などに出演した元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日、肺炎のため都内の病院で死去した。69歳。うつ病や目の病気などで2010年に俳優業引退を表明していた根津さんだったが、14日にアルバム「やすらぎ 根津甚八・男の哀歌」を発売したばかりだった。

 1976年の初アルバム「―ゆきずり―根津甚八・男の哀歌」に収録した12曲とカバー曲5曲の計17曲を収めている。新たに録音し直した歌はないが、根津さんは所属事務所を通じて発売元のディレクターに「完成を楽しみにしています」と思いを伝えていたという。


無言の4時間ドライブ そして笑う/根津さんを悼む
日刊スポーツ 12/30(金) 7:54配信

 NHK大河ドラマ「黄金の日日」や映画「影武者」などで知られ、10年に俳優を引退していた根津甚八さん(本名・透=とおる)が29日昼、肺炎のため、都内の病院で死去した。69歳だった。

 とにかく、黙って、笑っている。そんな人だった。

 釣りが趣味と聞き、エッセーの連載記事「根津甚八のフィッシュ・オン」を企画、担当した。当時、新人の釣り記者だった私は、寡黙な彼に、とにかく毎日のように会いに行っていた。秋晴れのある日、都内の自宅にうかがうと、新車のポルシェが止まっていた。上機嫌そうにこう言って笑った。

 「秋田の渓流を見に行けば、慣らし運転は大丈夫だろ」

 私は黙って助手席に乗った。4時間ほどのドライブをほぼ無言で終え、自宅に戻った。秋田へは行かなかった。

 毛バリを巻くのが好きだと聞いていたので、巻く姿を見たいと伝えると、自宅に招き入れてくれた。1時間ほど無言。そして大きな目を輝かせ、完成品を手に満面の笑みで「どう?」。

 何て楽しそうな人生を生きている人なんだろう、そう思った。その後は、お目にかかるたびに「ロシアでベニザケを釣ろうぜ」「カナダに行こう」などと話しかけてくれた。同行取材はかなわなかったが、黙ってお供したかった。【元日刊スポーツ記者・荒牧公哉】


根津甚八さん訃報に名付け親の唐十郎さんは絶句
日刊スポーツ 12/30(金) 7:54配信

 俳優根津甚八さんの訃報が伝わった29日、芸能界から悲しみの声が上がった。

 根津さんが若き日に所属した劇団「状況劇場」主宰の劇作家唐十郎さん(76)は訃報を聞いて絶句したという。病気療養中だが、家族によると「亡くなったことを知らせると一瞬、言葉を失って驚いた表情を見せました」という。

 根津さんは69年から79年まで、アングラ演劇といわれた「状況劇場」に在籍。紅テントを拠点に、看板俳優として劇団の全盛期を支えた。芸名も、本名「根津」には真田十勇士の1人である「根津甚八」が合うと唐さんが命名。唐さんの家族は「遠くを見つめているようなまなざしで、根津さんとの思い出を懐かしんでいるようでした」と話した。


根津甚八さん死去 闘病15年 波乱の人生静かに幕
日刊スポーツ 12/30(金) 7:54配信

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80年4月 映画「影武者」公開で、劇場前に長蛇の列ができて顔もほころぶ根津甚八さん(右)。左は仲代達矢

 NHK大河ドラマ「黄金の日日」や映画「影武者」などで知られ、10年に俳優を引退していた根津甚八さん(本名・透=とおる)が29日昼、肺炎のため、都内の病院で死去した。69歳だった。体調悪化や人身事故などが重なり、うつ病に悩まされた。憂いのある演技と独特の存在感で多くの観客や視聴者を魅了した。葬儀・告別式は近親者で行う。

 関係者によると、根津さんは数カ月前から体調を崩して入院していた。所属事務所に先月、仁香(じんか)夫人から「体調が芳しくない」と連絡があった。容体はかなり悪かった。今月1日に69歳の誕生日を迎えたばかりだった。

 15年ほど前から闘病を続けていた。02年、右目下直筋肥大で、ものが二重に見えてしまう複視など症状に悩まされ、手術を繰り返した。04年に都内の交差点で車を運転中、自転車に乗った男性をはねて死亡させる事故を起こした。その後、体調が悪化して芸能活動をしばらく休止した。復帰後もヘルニア手術の後遺症でつえを手放せなくなり、満足な仕事ができなかった。

 俳優業に強い執着と愛着を持っていた根津さんは09年、度重なる闘病などから、うつ病を患った。夫人は後に当時を「笑えないし、眠れない。体温調節もできなかった」と出演番組で明かした。投薬治療も始めたが好転しなかった。医師の薦めで日記もつけた。その中で復帰への強い意欲も示したが、「なぜ次々と試練が降り掛かる」「ほんの少しでも希望が欲しい」とつづり、「もう自分の力ではどうにもできない」など無力感や「ろくなことを考えない」と自己嫌悪も記していた。俳優生活40周年を迎えた10年、満足な演技ができないとして、夫人を通じて俳優引退を発表した。その後、自宅で療養を続けていた。

 69年に唐十郎氏の劇団「状況劇場」に入って俳優業をスタート。78年NHK大河ドラマ「黄金の日日」で松本幸四郎(当時市川染五郎)演じる主人公・助佐の友人、石川五右衛門を演じてお茶の間にその名が知れ渡った。ワイルドな風貌やニヒルで憂いのある演技、独特の存在感などが高く評価され、映画「影武者」「乱」など黒沢明監督作品にも出演し、日本を代表する名脇役として活躍した。

 昨年は、多くの作品に出演した石井隆監督の熱意に応える形で、映画「GONIN サーガ」に出演したが、あくまでも1度きりの復帰だった。4日間の撮影を終えると「天が再び機会を与えてくれるものなら、仕事を続けたかった思いももちろんある。でも今回やり遂げたことで、未練を捨てて、終止符を打てたと思う」とコメント。俳優復帰は、かなわないと自覚していた。

 ◆根津甚八(ねづ・じんぱち)1947年(昭22)12月1日、山梨県生まれ。独協大中退後の69年に唐十郎主宰の状況劇場に入り、70年に舞台「ジョン・シルバー 愛の乞食編」でデビュー。78年NHK大河ドラマ「黄金の日日」の石川五右衛門役で注目された。その後、「影武者」「乱」など黒沢明監督作品や、高倉健主演「駅 STATION」などの映画に出演。82年映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞。右目下直筋肥大の発症や、うつ病などもあって10年に俳優を引退。172センチ。


根津甚八さん死去 2000年以降は病との闘い…10年引退
スポニチアネックス 12/30(金) 7:01配信

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映画「GONIN サーガ」で1作限りの俳優活動を行った根津甚八

 NHK大河ドラマ「黄金の日日」や黒澤明監督の映画「影武者」などに出演した元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日、肺炎のため都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。故人の遺志で近親者のみで密葬を行う。うつ病や目の病気などで2010年に俳優業引退を表明。15年公開の映画「GONIN サーガ」に1作限定で復活し、ファンを感激させたが、これが最後の晴れ舞台となった。

 舞台、映画、ドラマに歌と幅広く活躍した根津さんが、29日の昼すぎに静かに息を引き取った。数カ月前に体調を崩して入院。関係者によると、近しい人と面会することも避け、最期は仁香夫人(54)との水入らずの時間を過ごしたようだ。

 15年ほど前から病との格闘の日々を送った。2001年ごろ、右目下直筋肥大という顔面の病気を発症。後遺症に悩まされ、次第に活動を縮小させた。さらに04年7月には被害者が死亡する交通事故を起こし、謹慎生活に入った。06年5月に立ち上げた自身のブログで活動休止中の様子をうかがわせたが、08年2月から更新していなかった。

 翌09年には仁香夫人が雑誌に手記を発表。根津さんがうつ病を患っていることと、持病の椎間板ヘルニアが悪化していることを明かした。療養生活は続いたが、10年9月に俳優業からの引退を表明。同時に闘病の様子と俳優時代を回顧した夫人著の「根津甚八」(講談社)が出版された。献身的に看病した仁香夫人はテレビのインタビューで「つらいことばかり降りかかってきた。なぜこの人と結婚したのかと思ったこともあった」と胸中を明かしていた。

 そんな根津さんを再び表舞台に引っ張り出したのが石井隆監督(70)だった。それが15年公開の「GONIN サーガ」。根津さんが扮した元刑事の氷頭要は、95年公開の前作のラストで銃に撃たれて誰もが死んだものと思ったが、生きていたという設定にして続編を計画。何度も自宅に足を運んで説得する監督に根津さんも「本をじっくり読んで、これなら今の自分にできるという気持ちが湧いてきた」と心動かし復帰を決めた。

 関係者によれば、根津さんの撮影が終わると、すさまじい役者魂に東出昌大(28)や桐谷健太(36)ら共演者やスタッフが感涙。根津さんも「やり遂げたことで、未練を捨てて終止符を打てたと思う」と笑みを浮かべたという。

 突然の悲報に石井監督は「凄い役者で大好きでした。色悪というか、何をやっても格好がいいものだから、アクションスターと呼ばれましたが、とても繊細で、でもカチンコが鳴ると捨て身で演じるから腰を痛めたり、いつも満身創痍(そうい)でした。もう一度だけスクリーンでカッコイイ根津さんを見たくて、根津さんのために書いたシナリオを、一昨年、10年がかりで成立させたのですが、ただただ残念です」とコメントを寄せた。

 唐十郎主宰の「状況劇場」の出身。芸名は唐が真田十勇士の根津甚八に絡めて命名。勇士の甚八は大坂夏の陣で幸村の影武者となって討ち死にしたが、大河ドラマが「真田丸」だった年の根津さんの死。運命的なものを感じさせる。

 ◆根津 甚八(ねづ・じんぱち)本名・根津透。1947年(昭22)12月1日、山梨県生まれ。独協大中退後の69年に状況劇場に入団し、翌年の舞台「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」でデビュー。75年にフジテレビ「娘たちの四季」でドラマ初出演。78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で人気俳優となった。79年に状況劇場を退団。82年の「さらば愛しき大地」「この子の七つのお祝いに」の演技で日本アカデミー賞優秀主演男優賞などを受賞。黒澤明監督の「影武者」(80年)や「乱」(85年)、降旗康男監督の「駅 STATION」(81年)など多数の作品で活躍した。


根津甚八さん死す 晩年は病魔と闘い…俳優業引退から6年で帰らぬ人に
サンケイスポーツ 12/30(金) 7:00配信

 NHK大河ドラマ「黄金の日日」や映画「影武者」などで知られ、2010年に病気を理由に俳優を引退した根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)さんが29日、肺炎のため東京都内の病院で亡くなった。69歳だった。所属事務所によると、数カ月前に体調を崩して入院。一度限りの役者復帰を果たした昨年9月公開の映画「GONIN サーガ」が遺作となった。

 数々の作品で、圧倒的な存在感を見せてきた根津さん。引退から6年で静かに逝った。

 所属事務所によると、数カ月前から体調を崩し、都内の病院に入院していたが、この日昼、深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎のため帰らぬ人に。最後は1994年に結婚した夫人の仁香さんに見守られながら息を引き取った。

 2人の間には今年20歳になった長男がいるが、息子が看取ったかは不明。葬儀は故人の遺志により、近親者のみの密葬になるという。

 1969年に唐十郎(76)主宰の状況劇場に入団し、看板俳優として活躍。78年のNHK大河「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じ、一躍脚光を浴びた。

 他にも黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」、降旗康男監督(82)の「駅 STATION」など多数の話題作に出演。しかし2001年に「右目下直筋肥大」の手術をして以降は後遺症に悩み、徐々に活動を縮小。04年に自動車を運転中に死亡事故を起こしてからは、活動を自粛していた。

 その後は病との闘いが続いた。09年に鬱病を患い、持病の椎間板ヘルニアも悪化。満足する演技が困難になったとして10年に俳優業引退を発表。だが昨年、親交の深い石井隆監督(70)の熱烈オファーを受け、ほとんど体を動かせない状態ながら映画「GONIN サーガ」で一度限りの復帰を果たした。

 ちょうど50本目の映画出演作。根津さんは当時「久しぶりの撮影現場に気持ちが高揚し、自分はこの仕事が心底好きなんだと改めて感じた」としつつ、「やり遂げたことで、未練を捨てて終止符を打てた」と改めて俳優業との決別を宣言した。

 復帰作で主演の東出昌大(28)ら若手をうならせた渾身の役者魂は、確実に後輩たちに引き継がれるはずだ。


根津さん 1回限りの役者復帰 昨年「GONIN サーガ」が遺作に
スポニチアネックス 12/30(金) 6:30配信

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映画「GONIN」の製作発表が行われ、主役5人が初顔合わせ(前列左から佐藤浩市、本木雅弘、後列左から椎名桔平、根津甚八、竹中直人)

 ◇根津甚八さん死去

 根津さんは昨年9月、遺作となった映画「GONIN サーガ」の初日舞台あいさつに手紙を寄せた。

 手紙では「演じることは自分にとって生きることそのものでした。それができなくなり、引退は諦めでもありました。諦めていた自分に、再び演じることの楽しさを味わわせてくれた監督に心からのお礼を申し上げます」と感謝。同作に主演し、事務所の後輩でもある東出昌大に対し「たすきを受け取ったと言ってくれた東出くん。その言葉で、演じたいのに演じることのできない無念を断ち切ることができました」とつづり、「若い俳優たちの姿を見て、自分の思いを次の世代が背負ってくれる、自分は精いっぱいのことをしたんだという気持ちで俳優人生を締めくくることができました」と万感の思いを明かした。手紙を代読した東出は目を潤ませた。

 ▼東出昌大 はっきりと、畏敬の念を抱いております。どれだけの孤独を抱え続け、どれほどの努力を積み重ねてこられたのかは想像に及びませんが、ずっと闘ってこられたのだろうと思います。今はゆっくり休んでください。心よりご冥福をお祈りいたします。ありがとうございました。


根津甚八さん死去 視覚障がい、ヘルニア、うつ…病に苦しみ10年俳優引退
スポーツ報知 12/30(金) 6:05配信

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根津甚八さん

 2010年に芸能界を引退した元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)さんが29日昼、都内の病院で深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のため死去した。69歳だった。根津さんは視力に障害が出る右目下直筋肥大や体のまひなどを発症。04年に人身事故を起こしたことから、うつにも悩まされ、引退後は療養していた。15年夏には1作限りのスクリーン復帰を果たした。根津さんの遺志により近親者のみで密葬を行う。

 味のある渋い演技で、数々の名作を残した名俳優が天国に旅立った。関係者によると、根津さんはかねて療養中だったが、2、3か月前に体調を崩し入院。この日の昼過ぎに家族にみとられ息を引き取った。

 根津さんは、2002年ごろから物が二重に見えるなどの視覚障害が出る右目下直筋肥大、さらにヘルニア、体のまひに悩まされていた。04年には自動車を運転中に自転車の男性をはね、相手が死亡する人身事故を起こし、自身も足を負傷。08年ごろから車いすで過ごすようになり、うつ状態でリハビリ生活を送ったこともあった。10年には妻の仁香(じんか)さんが著書「根津甚八」で「思うような演技ができない」ことを理由に、俳優引退を公表していた。

 1作限りの復活がかなったのは昨年9月に公開された映画「GONIN サーガ」。根津さんが95年に主演した「GONIN」の続編にあたり、盟友でもある石井隆監督(70)が自宅に何度も出向き、口説き落とした。根津さんは前作と同じ元刑事役で出演。14年夏の撮影では、まひが残る体をさらけ出し、石井監督の激しい演出に応えた。過去の因縁に決着をつけるシーンは鬼気迫るものだった。

 劇作家・演出家の唐十郎さん(76)が主宰していた状況劇場出身。芸名は唐さんが、名字の「根津」に合うものとして真田十勇士の名から名付けたと言われている。在団中の78年、NHK大河ドラマ「黄金の日日」の石川五右衛門役で一躍ブレイク。翌年に劇団を退団後は80年の「影武者」、85年の「乱」など黒澤明監督の映画で存在感を発揮していた。

 ◆根津 甚八(ねづ・じんぱち)本名・根津透。1947年12月1日、山梨・都留市生まれ。69年に唐十郎の状況劇場に入団し、翌年の舞台「ジョン・シルバー 愛の乞食篇」でデビュー。75年にフジテレビ系「娘たちの四季」でテレビドラマ初出演。77年のTBSドラマ「冬の運動会」、78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で人気に。79年に劇団を退団後は、映画俳優や歌手など多岐に活躍した。その他の出演作に「吉原炎上」(87年)など。家族は妻と長男。


根津甚八さん、唐十郎氏の演劇論「特権的肉体論」に感銘
スポーツ報知 12/30(金) 6:03配信

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根津甚八さん

 2010年に芸能界を引退した元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)さんが29日昼、都内の病院で深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のため死去した。69歳だった。

 根津さんは視力に障害が出る右目下直筋肥大や体のまひなどを発症。04年に人身事故を起こしたことから、うつにも悩まされ、引退後は療養していた。15年夏には1作限りのスクリーン復帰を果たした。根津さんの遺志により近親者のみで密葬を行う。

 父親が歯科医だった根津さんは全共闘運動盛んなころ、唐十郎氏の演劇論「特権的肉体論」に感銘を受け、大学を中退して「状況劇場」へ。“赤テントのプリンス”と23歳で注目される存在となった。「黄金の日日」で人気はさらに全国区に。放送が終了し、舞台に戻ると劇団にはファンが殺到するようになる。本人は残るつもりだったが、驚異的な人気は劇団のヒエラルキーやアングラの世界からずれていく。居づらくなり、悩んだ末、去るしかなかった。その後の活躍を見れば、この選択は間違っていなかった。


根津甚八さん逝く 波乱万丈の二枚目俳優 大河「黄金の日日」黒澤映画など出演
デイリースポーツ 12/30(金) 5:59配信

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 亡くなった根津甚八さん

 大河ドラマ「黄金の日日」や映画「影武者」などに出演し、俳優として活躍した根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日昼、肺炎のため、東京都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。01年に右眼下直筋肥大を発症するなど体調を崩し、近年は入退院を繰り返していた。2010年に俳優を引退。盟友・石井隆監督(70)のために1作限りで復帰した15年公開の映画「GONIN サーガ」が遺作となった。故人の遺志により、葬儀は近親者のみの密葬を執り行う。

 壮絶な人生を歩んだ実力派が旅立った。所属事務所によると、肺炎のため、かねて病気療養していた都内の病院で昼ごろに亡くなったという。

 96年に長男が誕生するなど順風満帆に思われた根津さんの家庭生活だったが、01年に右眼下直筋肥大という病気を患った。手術を受けたことで顔のバランスが崩れてしまい、耳の軟骨を注入するなど何度も目の周辺にメスを入れた。表情の演技に支障をきたし、理想とする芝居とのギャップに苦しんだ。

 04年には自動車を運転中に自宅近くで事故を起こし、被害者が死亡。活動はほぼ休止状態となり、05年に持病のヘルニアを手術してからは、つえでの生活を余儀なくされた。15歳年下の妻・仁香さんによると、心身の不調からうつ病にも悩まされていたという。

 自身の目指す演技ができなくなったことで、2010年に俳優引退を発表。近年はマヒが残ることから車いすでの生活を送っていた。引退後は公の場に姿を見せていなかったが、事務所の後輩でもある俳優の東出昌大(28)が主演した映画「GONIN サーガ」で11年ぶりに1作限りの復帰を果たした。

 メーンキャストだった「GONIN」(95年公開)の19年後を描いた続編で、映画50作目の節目。自身最多8作品でタッグを組む石井監督からの熱烈なオファーを受け、最後の演技を決意。2014年6月の撮影時には、植物状態から意識を取り戻した人物を、這(は)いながら演じるなど鬼気迫る姿を披露した。往年の面影よりも体重が増え、髪は白くなっていたが、存在感は健在だった。役者魂を振り絞り「未練を捨てて、終止符を打てた」と自身が語る遺作となった。

 私生活でも3度の結婚を経験。公私ともに浮き沈みの大きい生涯を送り、多くの人に愛された二枚目だった。


<根津甚八さん>69歳で死去
まんたんウェブ 12/29(木) 20:50配信

 2010年に俳優を引退した根津甚八(本名・根津透)さんが29日、肺炎のため死去したことが分かった。69歳だった。所属事務所がファクスで発表した。

 所属事務所は「かねてより病気療養中のところ深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎のため本日12月29日昼、都内病院にて逝去いたしました」とし、葬儀は「故人の遺志により近親者のみの密葬を執り行います」とした。

 根津さんは1947年12月1日生まれ。山梨県出身。黒澤明監督の「影武者」(80年)、「乱」(85年)などに出演し、82年の「さらば愛しき大地」(柳町光男監督)で、日本アカデミー賞優秀主演男優賞、キネマ旬報主演男優賞などを受賞した。2010年に俳優業を引退。15年の映画「GONIN サーガ」(石井隆監督)で一作限りの俳優復帰をした。


根津甚八さん死去 “生みの親”唐十郎は絶句
デイリースポーツ 12/29(木) 20:43配信

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 亡くなった根津甚八さん

 元俳優の根津甚八さんが、29日に亡くなった。根津さんが俳優としての第一歩を踏み出した劇団の「状況劇場」を主宰していた劇作家・俳優の唐十郎(76)は訃報に絶句していたという。劇団唐組の関係者が明かした。

【写真】根津甚八さん“最初で最後”の俳優復帰

 唐は2012年5月26日に自宅前で転倒した際に頭部を強打。外傷性脳内血腫と脳挫傷と診断され、その後リハビリを続けている。追悼コメントは発表しなかったが、“俳優・根津甚八”の生みの親とも言える立場なだけに、訃報には驚きを隠せない様子だったという。

 根津さんは1969年から79年まで唐が主宰する「状況劇場」に所属。唐とは後にたもとを分かったが、アングラ劇団で芝居への情熱を燃やした“同志”でもあった。


根津甚八さん死去 うつ病、死亡事故、目の病気で手術…孤独とも闘った晩年
デイリースポーツ 12/29(木) 20:37配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、都内の病院で亡くなった。69歳。かねて病気療養中だった。所属事務所は報道各社にあてたFAXで、死因が深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のためと説明した。葬儀については、故人の遺志により近親者のみの密葬を執り行うという。

【写真】死亡事故を起こし、憔悴し被害者の通夜に出席した根津甚八さん

 根津さんは1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。憂いのある色気は男女問わず、多くのファンを魅了した。演技同様に寡黙な人柄だった。

 根津さんは01年秋ごろからうつ病を患っていた。04年7月には、自宅近くの交差点で交通事故を起こし、被害者が死亡。心に深い傷を負い、俳優活動をしばらく休止した。晩年は持病のヘルニアや目の病気など、けがや病気との闘いの連続だった。

 94年3月に15歳年下の仁香さん(54)と結婚。96年には長男が誕生。順風満帆に思われた家庭生活だったが、01年に右目下直筋肥大という病気を患った。右目の下まぶたが垂れ下がり、物が二重に見える「複視」という症状が出て、日常生活が不自由となったため、下まぶたを整形する手術を受けた。

 視界は改善されたが、顔の左右のバランスが崩れてしまい、その後何度も整形手術を受けた。しかし、元の顔に戻らず、「これではテレビには出られない」と大きなショックを受けたという。

 妻・仁香さんによると、同じころに最愛の母をなくし、金銭トラブルにも見舞われ、心身ともにダメージを負った。10年9月。俳優引退を発表した。


根津甚八さん死去「生前のご厚誼を深謝」所属事務所がコメント
スポーツ報知 12/29(木) 19:48配信

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根津甚八さん

 元俳優の根津甚八さんが29日午後に死去していたことが、関係者の話で明らかになった。69歳だった。

 所属事務所が報道各社へファクスでコメントを寄せた。

 「弊社所属の根津甚八(本名・根津透)がかねてより病気療養中のところ、深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のため、本日12月29日昼、都内病院にて逝去いたしました。ここに生前のご厚誼を深謝するとともに、謹んでお知らせ申し上げます。尚、葬儀につきましては、故人の遺志により、近親者のみの密葬を執り行います」


元俳優の根津甚八氏、死因は肺炎
サンケイスポーツ 12/29(木) 19:24配信

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根津甚八氏(写真:サンケイスポーツ)

 元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)氏が29日昼、肺炎のため東京都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。所属事務所が明らかにした。葬儀は根津氏の遺志により、近親者のみで執り行う。

 根津氏は1978年、NHK大河ドラマ「黄金の日日」に石川五右衛門役で出演、80年に映画「影武者」に出演するなど俳優として活躍。2002年頃から右目下直筋肥大という顔面の病気を患い、芸能活動を縮小。04年7月に死亡交通事故を起こし、しばらくの間、活動を停止。09年に鬱病を患い、持病の椎間板ヘルニアも悪化したため療養生活を送っていた。

 10年に引退を発表し、その後は、演出家、脚本家として活動。表舞台からは遠ざかっていた。15年に映画館監督の石井隆氏(70)の要望に応じ、映画『GONIN サーガ』に出演。一度限りの銀幕復帰を果たしていた。

 芸名は、真田十勇士の根津甚八に由来し、劇団「状況劇場」所属時に、主宰の唐十郎が苗字の「根津」に合う芸名として命名した。


根津甚八さん死去 死因は肺炎…哀愁のある演技、寡黙な人柄で魅了
デイリースポーツ 12/29(木) 19:22配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、都内の病院で亡くなった。69歳。かねて病気療養中だった。所属事務所が報道各社にFAXで死因を公表。「深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のため本日12月29日昼、都内病院にて逝去いたしました」と記されている。

【写真】根津甚八さん“最初で最後”の俳優復帰

 なお、葬儀については、故人の遺志により近親者のみの密葬を執り行うという。

 根津さんは1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。哀愁のある色気は男女問わず、多くのファンを魅了した。演技同様に寡黙な人柄だった。

 根津さんは1993年に撮影で落馬し腰椎(ようつい)を損傷。2001年ごろ右目下直筋肥大という目の病気を発症。物が二重に見える「複視」に苦しみ、右目下まぶたが垂れ下がってきたことから、俳優の“顔”を取り戻すため、何度も整形手術を繰り返した。

 04年7月に人身事故を起こし、被害者が亡くなってからは、公の場に出ることがなくなっていた。

 01年秋ごろからうつ病も患っており、持病の椎間板ヘルニアも悪化したことなどで、10年9月に俳優を引退した。

 2015年9月に公開された東出昌大主演の映画「GONIN サーガ」で、石井隆監督との男の友情から、一度限りの俳優復帰を果たしており、これが遺作となった。


元俳優・根津甚八さんが死去 6年前に俳優業を引退
J-CASTニュース 12/29(木) 18:45配信

 元俳優の根津甚八さんが2016年12月29日午後に亡くなった。69歳だった。所属事務所が同日、発表した。

 かつての名優も近年は病気に悩まされ、目立った活動を行っていなかった。

■「BOØWY」高橋まことも「安らかに」と追悼

 1947年、山梨県都留市生まれ。黒澤明監督の「影武者」、五社英雄監督の「吉原炎上」、原田真人監督の「金融腐蝕列島 呪縛」、降旗康男監督の「駅 STATION」などの人気映画に出演し、82年に日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した。プライベートでは病気に悩まされていた。02年ごろ右目下直筋肥大を発症。09年にはうつ病の発症や持病の椎間板ヘルニアの悪化も報じられ、10年に俳優業を引退した。

 発表をうけ、ツイッターでは

  「びっくりしました。」
  「俳優を引退されてたのね」
  「最近お見かけしないと思ったら」

とファンから驚きの声が上がった。

 また、東京芸術劇場の公式アカウントは同日、「ご冥福をお祈りいたします」と追悼。ロックバンド「BOØWY」の元ドラマー、高橋まことさんも「ボウイのベルリンでの録音の裏話、佐久間(正英)さんが根津さんのアルバムをベルリンでやった事からの繋がりでした。安らかに」とツイートした。


根津甚八さん 14日にCD発売したばかり…歌手としても哀愁の魅力放つ
デイリースポーツ 12/29(木) 18:42配信

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14日に発売された根津甚八さんのアルバム

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、亡くなった。69歳。1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。演技同様に寡黙な人柄だった。

 根津さんは、今月14日にCDアルバム「やすらぎ 根津甚八・男の哀歌」を発売していた。発売元のテイチクエンタテイメントによると、同アルバムは、1976年に発表したアルバム「ゆきずり」の12曲に加え、カバー曲などテイチク在籍時に収録した音源のすべてとなる17曲を収録したもの。

 根津さんが新たにレコーディングした楽曲はなかったが、男の生き様や哀愁、優しさ、強さ、もろさなど、自身の個性が豊かに表現された味わい深い歌が収録された作品の完成に、テイチクの関係者は「ずっと完成を楽しみにされていたようです」と語った。


根津甚八さん死去、69歳…「影武者」など出演
読売新聞 12/29(木) 18:37配信

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根津甚八さん

 俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・透=とおる)さんが、29日に肺炎で死去した。69歳だった。

 所属事務所によると、告別式は近親者で済ませる。

 山梨県出身。1969年に唐十郎さんが率いる劇団「状況劇場」に入り、看板役者となった。78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じて人気を博し、テレビドラマや映画などで広く活躍。80年には黒沢明監督の映画「影武者」に出演、同監督による85年の「乱」でも鮮烈な演技を見せた。代表作に、映画「さらば愛しき大地」「吉原炎上」などがある。

 近年は療養などで俳優活動から遠ざかっていたが、出演した映画「GONIN」(95年)の続編である「GONIN サーガ」(2015年公開)に登場。これが最後の出演作となった。


根津甚八さん 04年に交通死亡事故で心に深い傷…うつ病も悪化
デイリースポーツ 12/29(木) 18:34配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、亡くなった。69歳。1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。演技同様に寡黙な人柄だった。

【写真】死亡事故を起こし、憔悴し被害者の通夜に出席した根津甚八さん

 根津さんは1993年に撮影で落馬し腰椎(ようつい)を損傷。2001年ごろ右目下直筋肥大という目の病気を発症。物が二重に見える「複視」に苦しみ、その後、右目の下まぶたが垂れ下がる症状が出て、何度も整形手術を繰り返した。

 04年7月に自身が運転する車で交通死亡事故を起こし、被害者が亡くなってからは、公の場に出ることがなくなっていた。01年からはうつ病も患い、事故をきっかけに心に深い傷を負い、症状は悪化した。持病の椎間板ヘルニアも悪化したことなどで、10年9月に俳優を引退した。

 根津さんは交通死亡事故をきっかけに、心身ともに不調が続いた。04年7月6日、東京都目黒区内の交差点で、自身が運転する乗用車で、自転車で交差点を横切ろうとした男性(当時67歳)をはね、男性は頭を強く打ち、同日死亡した。

 都内で営まれた通夜には根津さんも参列したが、顔は青白く、妻らに両脇を抱えられ、片足を引きずるようにフラフラしながら斎場に入った。とても取材に対応できる状態ではなく、マスコミ各社には直筆署名入りのファクスで「○○(被害者)さん、もう私の声など届きようもなく、どんな言葉を並べようが、許されないことは重々承知しておりますが、言わせて下さい。本当に申し訳ありませんでした」などと記してあった。


<訃報>根津甚八さん69歳=元俳優
毎日新聞 12/29(木) 17:58配信

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根津甚八さん

 ニヒルな風貌で映画やテレビに幅広く活躍した元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち<本名・透=とおる>)さんが29日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。69歳。葬儀は近親者で営む。

 1969年に唐十郎さんの状況劇場に入団し、70年に初舞台を踏む。「唐版・風の又三郎」などに主演し、同劇場を代表する二枚目俳優となった。78年にNHK大河ドラマ「黄金の日日」の石川五右衛門役で人気に。79年に退団した後、黒沢明監督の「影武者」「乱」をはじめとする映画やテレビドラマに数多く出演した。2010年、目の病気の後遺症に悩まされ俳優引退を表明。15年には映画「GONIN サーガ」で一度限りのスクリーン復活を果たした。


元俳優の根津甚八さん死去 69歳
オリコン 12/29(木) 17:45配信

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根津甚八さん

 元俳優の根津甚八(本名・根津透)さんが29日昼、「深部静脈血栓症」及び「肺塞栓症」による肺炎のため亡くなった。69歳だった。同日、所属事務所が発表した。

■根津甚八さんのプロフィール&出演作

 根津さんは、2001年に右眼下直筋肥大の病気で複視を患いながらも俳優業を続けていたが、映画『るにん』(04年)の出演を最後に役者としての活動を休止。復帰のためのリハビリとトレーニングを続けるも、10年に発行された書籍『根津甚八』のなかで事実上の俳優業の引退を表明。15年9月に公開された東出昌大主演の映画『GONIN サーガ』(石井隆監督)に1作限りの“復帰”を果たしたが、再び療養生活を送っていた。


根津甚八さん最後のブログで「一回り大きくなってお目にかかりたい」
デイリースポーツ 12/29(木) 17:43配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年9月に俳優引退を発表した根津甚八=本名・根津透さん=さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。根津さんは目の病気や持病の腰痛、うつで闘病し、10年9月に引退を発表した。

【写真】根津甚八さん“最初で最後”の俳優復帰

 最後のブログ更新は08年2月8日。根津さんの看病を続けてきた15歳年下の妻・仁香さんが07年に転倒して、左膝を陥没骨折。今後について考えるきっかけになったことを伝えていた。【以下、08年2月8日のブログ全文】

 「永らくご無沙汰しておりました2008年02月08日」

 皆さん、いかがお過ごしですか? 根津甚八です。

 永らくご無沙汰しておりました。ブログを休んでいたことで、皆様にはご心配をかけてしまいました。申し訳ありません。

 その間、たくさんのメッセージをありがとうございました。コメントのひとつひとつに、心から感謝しています。

 妻の怪我を機に、あれこれ自分を振り返り、考えていました。

 去年の12月に還暦を迎えました。60歳になった今、思うところあって、これからの生き方を模索しています。

 今しばらく、じっくり考える時間、充電する時間をいただきたいと考えています。

 というわけで、このブログも一旦お休みさせてください。

 今より一回り大きくなって、皆様にお目にかかりたいと思います。

 それまで、どうぞお元気で。感謝をこめて。


根津甚八さん死去
時事通信 12/29(木) 17:39配信

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渋くニヒルな演技で知られた俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。69歳だった。


根津甚八さん死去=大河ドラマや黒沢映画に出演
時事通信 12/29(木) 17:28配信

 渋くニヒルな演技で知られた俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日、肺炎のため東京都内の病院で死去した。

 69歳。山梨県出身。葬儀は近親者のみで行う。

 強い意志を秘めた寡黙な役柄などで存在感を発揮した。唐十郎さん主宰の劇団「状況劇場」を経て映画やドラマで活躍。NHK大河ドラマ「黄金の日日」の石川五右衛門役などで人気を集め、1982年の映画「さらば愛(いと)しき大地」などに主演。黒沢明監督の映画「影武者」「乱」にも主要な役で出演した。

 所属事務所によると、目の病気などを患い、近年は活動を休止していたが、昨年、9年ぶりに映画「GONINサーガ」に出演。同作が俳優として最後の仕事になった。数カ月前から体調が悪化し、入院していたという。


元俳優・根津甚八さん死去 昨年「GONIN サーガ」で1作限りの“復帰”
東スポWeb 12/29(木) 17:24配信

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元俳優・根津甚八さん

 黒澤明監督の映画「影武者」の出演などで知られる元俳優・根津甚八(本名・根津透)さんが29日、死去したことがわかった。69歳だった。

 根津さんは1993年に撮影で落馬して腰椎を損傷。2001年ごろに右眼下直筋肥大を発症し、04年に起こした交通事故以後、表舞台に出ることはなかった。その後うつ状態になり、リハビリを続けていたが、10年に俳優引退を発表。それでも15年9月に公開された東出昌大主演の映画「GONIN サーガ」(石井隆監督)に1作限りの“復帰”を果たしファンを喜ばせたが、再び療養生活を送っていた。

 69年に唐十郎が主宰する状況劇場に入団した根津さんは、78年にNHK大河ドラマ「黄金の日日」に石川五右衛門役で出演し、注目された。79年に状況劇場を退団し、80年に「影武者」、85年に「乱」と黒沢作品に出演したほか、多くの映画やテレビドラマに出演。82年には映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した。


根津甚八が69歳で逝去、黒澤明や石井隆の作品で活躍
映画ナタリー 12/29(木) 17:18配信

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根津甚八

根津甚八が本日12月29日昼に逝去したことを所属事務所が発表した。69歳だった。

かねてより病気療養中だった根津は、深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎のため、東京都内の病院にて息を引き取った。本人の遺志により葬儀は近親者のみの密葬となる。

唐十郎が主宰する状況劇場からキャリアをスタートさせた根津は、その後大河ドラマ「黄金の日日」、黒澤明の「影武者」、柳町光男の「さらば愛しき大地」などに出演。2010年に俳優業を引退するも、多数の作品でタッグを組んできた石井隆の要望に応え、2015年公開の「GONIN サーガ」に出演。遺作となった。


根津甚八さん略歴 黒澤映画で脚光浴びる
デイリースポーツ 12/29(木) 17:12配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。根津さんは目や腰、うつで闘病し、10年9月に引退を発表した。

【写真】1976年撮影 若き日の根津甚八さん

 根津さんは1947年山梨県出身。1969年に劇団・状況劇場に入団、1975年「娘たちの四季」でエランドール賞を受賞。同年、「濡れた賽の目」で映画デビュー。1978年NHK大河ドラマ「黄金の日日」に出演。1980年に黒澤明監督の「影武者」で脚光を浴びる。

 1982年「さらば愛しき大地」でキネマ旬報主演男優賞、日本アカデミー賞主演男優賞受賞。1985年に再び黒澤明監督「乱」に出演し評価を高めた。

 1993年に撮影で落馬し腰椎を損傷。その後も目の病気やうつ病、椎間板ヘルニアなどを患い、2010年9月に俳優を引退し、表舞台から遠ざかったが、2015年に「GONINサーガ」で1作限定で復帰したのが遺作となった。


根津甚八さん死去 69歳 大河「黄金の日日」、黒澤作品など出演
スポニチアネックス 12/29(木) 16:58配信

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根津甚八さん(97年撮影)

 俳優として活躍した根津甚八(ねづ・じんぱち、本名透=とおる)さんが29日昼、深部静脈血栓症および肺塞栓症による肺炎のため都内の病院で死去した。69歳。山梨県出身。葬儀については故人の遺志により近親者のみの密葬を行う。同日、所属事務所が発表した。

 1969年に劇団「状況劇場」入り。78年のNHK大河ドラマ「黄金の日日」で石川五右衛門役を演じ、黒澤明監督の映画「影武者」「乱」のほか、舞台など幅広く活躍した。2001年ごろから「右眼下直筋肥大」という目の病気を発症。04年には東京都目黒区内で被害者が亡くなる人身事故を起こし活動を自粛。以降、ブログなどでの活動以外、表舞台から姿を消していた。10年に自身が万全の状態で演技をするのが困難となり、引退していたが、昨年のバイオレンスアクション作「GONIN サーガ」に1作限定で出演した。


元俳優の根津甚八さん死去
産経新聞 12/29(木) 16:45配信

 映画やテレビドラマ、舞台で活躍した元俳優の根津甚八さんが29日、死去したことが分かった。所属事務所に同日昼ごろ、連絡が入ったという。69歳だった。

 根津さんは平成13年ごろに目の病気を発症、治療を続けていたが後遺症などに悩まされ、22年9月、所属事務所が俳優活動の引退を発表、演出家や脚本家として活動するとしていた。

 所属事務所のホームページなどによると、根津さんは昭和22年12月1日生まれ。57年には日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した。

 映画では黒澤明監督の「影武者」、降旗康男監督の「駅 STATION」、五社英雄監督の「吉原炎上」、原田真人監督の「金融腐蝕列島 呪縛」 などに出演。平成27年には石井隆監督の代表作「GONIN」(7年)の続編「サーガ」に一作限りで復活した。

 テレビドラマではNHKの連続テレビ小説「ほんまもん」(13年)などに出演した。


根津甚八さん死去 昨年1度限りの俳優復帰「未練捨てて終止符を打てた」
デイリースポーツ 12/29(木) 16:44配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優業からの引退を発表していた根津甚八=本名・根津透=さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。根津さんは俳優引退後、ヘルニアなどの後遺症でマヒが残るため車イス生活を送り、公の場に姿を見せていなかったが、2015年9月に公開された東出昌大主演の映画「GONIN サーガ」で“最初で最後”の俳優復帰を果たしており、これが遺作となった。

【写真】ピストルを構え、熱演する根津甚八さん

 俳優業を引退していた根津さんは過去7作出演していた盟友・石井隆監督のために最初で最後の俳優復帰。ちょうど映画出演50作目で、「やり遂げたことで、未練を捨てて、終止符を打てた」と俳優人生に区切りを付けるコメントを発表していた。

 根津さんは一度限りの俳優復帰にあたり「自分自身が志すような演技者であることが困難になったため、引退を決めた。石井監督でなければ、この仕事は受けなかった」と明かしていた。


根津甚八さん妻、闘病の苦悩語っていた TBSビビットで
デイリースポーツ 12/29(木) 16:44配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八さんが29日に69歳で亡くなった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日の昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。

 根津さんの妻・仁香さんは2015年9月、TBS系情報番組「白熱ライブ ビビット」のインタビューに答え、「うつ」「椎間板症」など、さまざまな病に襲われ車いす生活となった夫に「本当に辛いことばかり降りかかってくるような…。なんでこんな人と結婚したんだろうって思ったこともたくさんあった」と苦悩を告白。

 また引退を宣言した後、2015年に東出昌大主演の「GONIN サーガ」で1作限りの出演を決意したことにも、根津は仁香さんに「できるか、できないか…でもできるものであればやりたい」と思いを語っていたことも明かしている。

 結婚して以来、「最初で最後」の撮影現場に立ち会った仁香さんは「根津の映画への愛を感じました」と語り、完成作は「2人で見ました。何かを話したわけではないけど、多分、同じ気持ち」と、“遺作”となってしまった作品を夫婦で鑑賞したことも明かした。

 あまりにも多くの苦難に見舞われた仁香さんだが、インタビュー最後には「愛しています」と夫への愛を語っていた。


根津甚八さん死去 目、腰、うつで闘病…10年に俳優引退
デイリースポーツ 12/29(木) 16:27配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。根津さんの晩年は、ケガや病気との闘いの連続だった。

【写真】根津甚八さん“最初で最後”の俳優復帰

 根津さんは引退に際し、「役者という自分の肉体を使って表現することをやるつもりはない(中略)これからもまっすぐ前を見て、自分のできることを精いっぱいしていきたい」などとパソコンで書いた手紙をメディアに発表していた。

 2001年に右目下直筋肥大という病気を患った。右目の下まぶたが垂れ下がり、物が二重に見える「複視」という症状が出て、日常生活が不自由となったため、下まぶたを整形する手術を受けた。しかし、左右の顔のバランスが変わってしまい、耳の軟骨を右目の下まぶたに注入。今度は目の周りが垂れ下がってくるなどしたため、手術…と目の整形手術を繰り返した。しかし、顔が元通りになることはなく、根津さんは落ち込んだという。

 05年に持病だったヘルニアの手術もし、後遺症で杖で生活するようになったことなどから、うつ病を患った。復帰を目指して治療をしていたが、万全の状態で仕事をするのが困難となり、引退を決意していた。


元俳優の根津甚八氏が死去 69歳
サンケイスポーツ 12/29(木) 16:22配信

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根津甚八氏(写真:サンケイスポーツ)

 元俳優の根津甚八(ねづ・じんぱち、本名・根津透=ねづ・とおる)氏が亡くなったことが29日、分かった。69歳だった。所属事務所が明らかにした。

 根津氏は1978年、NHK大河ドラマ「黄金の日日」に石川五右衛門役で出演、80年に映画「影武者」に出演するなど俳優として活躍。2002年頃から右目下直筋肥大という顔面の病気を患い、芸能活動を縮小。04年7月に死亡交通事故を起こし、しばらくの間、活動を停止。09年に鬱病を患い、持病の椎間板ヘルニアも悪化したため療養生活を送っていた。

 10年に引退を発表し、その後は、演出家、脚本家として活動。表舞台からは遠ざかっていた。15年に映画館監督の石井隆氏(70)の要望に応じ、映画『GONIN サーガ』に出演。一度限りの銀幕復帰を果たしていた。

 芸名は、真田十勇士の根津甚八に由来し、劇団「状況劇場」所属時に、主宰の唐十郎が苗字の「根津」に合う芸名として命名した。


元俳優・根津甚八さん、69歳で死去
スポーツ報知 12/29(木) 16:19配信

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根津甚八さん

 元俳優の根津甚八さんが29日午後に死去していたことが、関係者の話で明らかになった。69歳だった。

【写真】根津甚八さん

 ドラマ「男たちの旅路」、映画「影武者」などに出演した。02年ごろから根津さんは右目下直筋肥大という病気を患い、俳優業を縮小。09年、うつ病であることが明らかになった上に、椎間板ヘルニアが悪化。10年、俳優業を引退することを発表した。

 04年7月には被害者が亡くなる交通事故を起こしている。


「影武者」など故黒沢明作品出演/根津甚八さん略歴
日刊スポーツ 12/29(木) 16:14配信

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根津甚八さん

 元俳優の根津甚八さんが29日、死去したことが分かった。所属事務所が発表した。69歳だった。主な略歴は以下の通り。

【写真】根津甚八ラスト出演映画、石井隆監督「GONINサーガ」の印象的シーン

 ◆根津甚八(ねづ・じんぱち)本名・根津透。1947年(昭22)12月1日、山梨県生まれ。独協大中退後の69年に状況劇場入り。70年「ジョン・シルバー」で初舞台。76年フジテレビ「娘たちの四季」でドラマ初出演、同年「任侠外伝・玄界灘」で映画デビュー。78年NHK大河ドラマ「黄金の日々」で注目される。79年に状況劇場退団。80年「影武者」85年「乱」と故黒沢明監督作品に出演。82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞。171センチ。血液型B。


根津甚八さん死去、69歳 10年に俳優引退
日刊スポーツ 12/29(木) 16:14配信

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根津甚八さん

 NHKのドラマ「男たちの旅路」「黄金の日日」などで知られる元俳優の根津甚八さんが29日、死去した。69歳だった。所属事務所に死去したという連絡があったという。

【写真】根津甚八さんラストの出演映画、石井隆監督「GONINサーガ」の印象的なシーン

 根津さんは右眼下直筋肥大の発症や、うつ病などもあって、10年に俳優引退を発表。車いす生活を余儀なくされたが、15年に映画「GONIN サーガ」(石井隆監督)に出演して一時的な復帰を果たしていた。その後は、再び療養生活を送っていた。

 69年に唐十郎が主宰する状況劇場に入団。79年まで在籍した。78年にNHK大河ドラマ「黄金の日日」に石川五右衛門役で出演して注目された。また黒沢明監督の映画「影武者」「乱」にもメインキャストとして出演するなど、抜群の存在感と演技力で名脇役として活躍した。


元俳優の根津甚八さん死去 69歳…事務所が発表
デイリースポーツ 12/29(木) 16:02配信

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 亡くなった根津甚八さん

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、亡くなったことがわかった。69歳だった。所属事務所が発表した。事務所への取材では、この日昼過ぎに亡くなったと連絡が入ったという。

 1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。演技同様に寡黙な人柄だった。2010年9月に俳優業を引退している。

 根津さんは1993年に撮影で落馬し腰椎(ようつい)を損傷。2001年ごろ右目下直筋肥大という目の病気を発症。物が二重に見える「複視」に苦しみ、右目下まぶたが垂れ下がってきたことから、俳優の“顔”を取り戻すため、何度も整形手術を繰り返した。04年7月に人身事故を起こし、被害者が亡くなってからは、公の場に出ることがなくなっていた。

 01年秋ごろからうつ病も患っており、持病の椎間板ヘルニアも悪化したことなどで、10年に俳優を引退した。

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