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2016年12月23日 (金)

糸魚川市で大規模火災、150棟延焼 744人に避難勧告・2

22日午前10時30分頃、新潟県糸魚川市大町の中華料理店から出火した。

火は火は強い南風にあおられて燃え広がり、少なくとも約150棟に延焼し、計約4万平方メートルを焼失した。同市消防本部によると、住民や消防団員ら5人が煙を吸うなどして軽傷を負った。市は現場周辺の363世帯・744人に避難勧告を出し、避難所を開設、23日午前7時半現在、なお住民48人が避難している。県は自衛隊に災害派遣を要請し、近隣県などの消防も応援に入った。しかし、火の勢いは夜まで続き、出火から10時間以上たった22日午後8時50分になってやっとほぼ鎮火した。

最初の記事

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リンク:「糸魚川がんばれ」…火災後、ふるさと納税急増 - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:糸魚川大規模火災 1日と6時間ぶりに鎮火、自宅焼けた男性「何もかもが燃えて…」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

糸魚川市、大火で「ふるさと納税」急増 2日で1100万円超す
J-CASTニュース 12/25(日) 15:17配信

 大規模火災に見舞われた新潟県糸魚川市への「ふるさと納税」が急増している。

 2016年12月22日10時30分ごろに糸魚川市大町1丁目の、1軒の中華料理店で発生した火災は同日21時ごろに「鎮圧」、翌23日16時30分に、糸魚川市がようやく「鎮火」を発表。住宅など約150棟、約4万平方メートルを焼損する、大きな被害を出した。急増する「ふるさと納税」は、災害義援金として活用されることになる。

■対策本部「復旧・復興に役立たせていただきます」

 「糸魚川市駅北大火」は、住宅など156棟、約4万平方メートルに燃え広がり、過去20年で最悪の火災被害になった。強風の影響で、火が飛び火して被害が拡大した。

 この大火で、糸魚川市は市内3か所の避難所を設け、周辺の363世帯744人に避難勧告を出していたが、避難した住民が自宅の様子を確認できるようになったのは、2016年12月24日9時のこと(正午までの一時的な規制解除)。ほぼ2日間にわたり、住民らは不安な時間を過ごした。

 24日午後、ようやく避難勧告をすべて解除し、被災者らに限り自由な立ち入りを認めたほか、25日午前には、糸魚川市が「被災証明書」の発行申請の受け付けを開始した。同時に公営住宅や借り上げ民間アパートなどへの入居相談も始めた。

 そうしたなか、糸魚川市への「ふるさと納税」が急増している。米田徹市長が24日16時の記者会見で明らかにしたところによると、火災が発生した22日の正午から24日16時までに、572件で合計約1100万円に上る申し出があった。

 米田市長は記者会見で、「『頑張れ』という応援だと感じている」と、謝意を表した。糸魚川市対策本部は12月25日のJ‐CASTニュースの取材に、「皆さまからの寄附金(ふるさと納税)は、大火で被災された方々の支援と、復旧・復興に役立たせていただきます」と話した。

 ■休日返上の復旧作業

 糸魚川市のふるさと納税は、「ふるさと糸魚川応援寄附金(ふるさと納税)のご案内」としてホームページなどで呼びかけてきたが、22日の大火で、現在はふるさと納税を活用した、いわば「義援金」として受け付けている。市によると、2015年度の「ふるさと納税」では1096件、約4100万円を集めた。

 また、すでに一部で現金などによって集まりつつある災害義援金についても、12月26日から、銀行振込による災害義援金の受け付けを開始できるよう、銀行口座の開設などの準備を進めている。

 25日から受け付けを始めた被災証明書は火災保険などの請求時に必要となる。糸魚川市は建物被害の調査をほぼ終えており、身分証などで被災者であることが確認できれば、その場で「全焼」「半焼」など焼損程度が記載された被災証明書を発行する。

 火災により市内の約250戸で停電したが、24日夜には焼損した住宅などを除き、送電を再開。ガスも職員が開栓を始めるなど、ライフラインも復旧。また、糸魚川信用組合や第四銀行などの地元金融機関は休日返上で、書類消失や融資などに関する相談窓口の開設や、電話相談に応じている。


糸魚川大火 「心崩れそう」「復興させたい」
産経新聞 12/25(日) 7:55配信

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祖母の自宅跡で祖父が大事にしていたという灰皿の破片を掘り起こす高校2年の林皓大さん(写真:産経新聞)

 新潟県糸魚川市の大火から約2日ぶりに被災地に入った住民らは24日、自宅や店舗の状況を確認した。「心が崩れそうだ」。悲痛な声が漏れる一方で「復興させたい」と前を向く姿もあった。

 市内の別の場所に住む吉岡幸子さん(81)の実家は火元のラーメン店に近いものの、鉄筋コンクリートのためほぼ無事だった。

 「周囲の小さい家はめちゃめちゃ。昭和20年の東京大空襲はこうだったのかと、泣けた」。3階にあった両親や祖父母の位牌(いはい)、仏壇は残った。「それが一番うれしい」。吉岡さんは、被災者を気遣う23日の天皇陛下のお言葉に「こんな片田舎の火事にお言葉をいただき思い残すことはない」。

 慶安3(1650)年創業の老舗、加賀の井酒造は建物がほぼ崩れ、酒蔵は屋根が全て焼け落ちた。倉庫には焼けた日本酒の瓶が山のように転がっていた。

 第17代蔵元の小林幹男さん(64)は「ショックや悲しみを完全に通り越している」。それでも「街とともに加賀の井もよみがえらせたい」と前を向いた。

 避難所に身を寄せている水島舜互さん(76)は区域内に自宅があり「よく眠れなかった。心が崩れそうだ」と疲れ切っていた。


「糸魚川がんばれ」…火災後、ふるさと納税急増
読売新聞 12/24(土) 23:30配信

 火災発生後、新潟県糸魚川市に対するふるさと納税の申し込み件数が急増している。

 米田徹市長は24日に開かれた市災害対策本部の定例会議で、「糸魚川がんばれという全国からの声だと感じている」と感謝の気持ちを表明した。

 市によると、22日正午から24日午後4時までに全国から572件、約1100万円の申し込みがあった。2015年度の実績は1096件、約4100万円で、わずか3日足らずの間に、年間申し込み件数の半数を超えた。


糸魚川大火、避難勧告を解除…生活再建へ始動
読売新聞 12/24(土) 22:11配信

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火災現場で行われるがれきの撤去作業(24日午後、新潟県糸魚川市で)=片岡航希撮影

 新潟県糸魚川(いといがわ)市で22日に発生した大火で、市災害対策本部は24日午後4時、周辺の363世帯744人に出していた避難勧告をすべて解除した。

 安全確保のために実施している焼け跡への立ち入り規制も、住民に限って解除した。この日は、道路のがれきを撤去する作業が始まり、住民たちは生活再建に向けて動きだしたが、無残に焼け落ちた自宅や店舗を目の当たりにし、ぼう然と立ち尽くす人の姿もあった。

 道路のがれき撤去作業は25日中に終了する見込み。費用は市が負担する。民有地のがれき撤去は所有者が行うのが原則だが、市は支援する意向だ。


<糸魚川大火>避難勧告を解除 公営住宅など提供へ
毎日新聞 12/24(土) 20:53配信

 新潟県糸魚川市災害対策本部は24日午後4時、被災した区域に出していた避難勧告を2日ぶりに解除するとともに、被災住民らに規制区域への自由な立ち入りを認めた。同日午前には3時間の一時的な帰宅も認められており、相次いで自宅に戻った人々は、黒く焼け落ち、変わり果てた我が家や店舗を前に息をのんだ。

 「60年近く頑張ってきた店が一瞬でなくなった。本当に悔しい」。すし店を営む女性(76)は、焼失した自分の店を目にし、ぼうぜんとした様子で語った。10月に夫が亡くなり、3代目の息子たちと新たな店づくりに取り組み始めたばかりだった。「年末年始に向けたおせちやおすしの予約がたくさん入っていた。お客さんにごちそうを食べてほしかった」

 家具店従業員の木島善生さん(43)は、勤務先の店は無事だったものの実家を失い、「(規制されていた区域内は)焼け野原。空襲を受けたみたいだった」と振り返った。

 糸魚川市災害対策本部はこの日午後から、被災地域の路上にあるがれきの撤去を開始。家を焼失したのは200人余とみており、市は、公営住宅などを提供する方針だ。【山本有紀、南茂芽育】


糸魚川大火、被害200人規模=避難勧告と立ち入り規制解除―新潟
時事通信 12/24(土) 20:00配信

 新潟県糸魚川市の大規模火災で、市災害対策本部は24日、被害を受けた住民が200人規模になるとの見通しを示した。

 また、現場周辺の住民に対する避難勧告と立ち入り規制を全面解除し、がれきの撤去作業を始めた。

 県警と市消防本部は同日、合同で実施していた火災現場の実況見分を終了。市対策本部は25日にも、家屋の被害状況を公表する。

 市対策本部は被害者数について、延焼した範囲の住民票などから推計した。

 同本部は24日午前、住民らを対象に現場への一時立ち入りを認めた後、避難勧告の解除とともに、午後に立ち入り規制を全面解除した。住民や事業者など関係者以外の規制は継続する。

 避難勧告は火災が発生した22日、363世帯744人を対象に出していた。


<糸魚川大火>「互いを気遣う関係」死者ゼロに
毎日新聞 12/24(土) 19:43配信

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火災現場付近で知人と再会し、喜び合う女性=新潟県糸魚川市で2016年12月24日午前9時8分、小川昌宏撮影

 新潟県糸魚川市で22日朝に発生した大規模火災は、多くの高齢者が暮らす木造密集地帯約4万平方メートルを焼き、住民2人、消防団員9人が軽いけがをしたものの、死者は出なかった。長年にわたって地域で培われた「互いを気遣う関係」が、人的被害を抑えたのではないか--。難を逃れた人たちは口をそろえた。【川辺和将】

 JR糸魚川駅前のラーメン店から出た火は、強い南風によって北側に100メートル以上離れた二つの建物に飛び火した後、次々と燃え広がっていった。延焼が続く22日夕。火元の東側にある1937年創業の老舗「小竹(おたけ)海産物店」に足の不自由な60代の女性がやって来た。

 「火が迫ってきたので、逃げてきたけれど、市役所の避難所は遠すぎる。自宅を近くで見守っていたいから、しばらくここにいさせてくれませんか?」

 家族の思い出が詰まった家を見捨てることができない。そんな女性の願いを、同店を営む小竹慎太郎さん(46)は即座に理解した。市による避難勧告は知っていたが、店は風上だ。事務所を「避難所」として開放し、いざとなれば自分が安全な場所に誘導しようと小竹さんは考えた。

 同じような思いを抱え、他にもお年寄り3人が事務所に訪れた。夜になっても消火活動は終わらず家に帰れないと判断した女性らは避難所に移ったが、事務所で石油ストーブを囲み不安を慰め合う時間を共にした。小竹さんは「ここで生まれ育った人間にとって町の人は大切な存在だから、困った時はお互い様です」と語った。

 市の避難所に身を寄せた荒木一貞さん(76)は、最初に火事の知らせを受けた時「すぐ鎮火するだろう」と考えた。しかし、近くに住む女性から「役所が避難勧告を出したから、一緒に逃げよう」と言われ、家を出た。

 自宅は被害を免れたものの周囲はほぼ焼け野原になった。「もう少し逃げるのが遅かったら、命を落としていたかもしれない。誰も死ななかったのは、ご近所同士の気遣いのおかげです」。荒木さんは振り返った。

 延焼した地区の近くに店を持ち、両親と子供のころに暮らした生家を焼失した旅行会社経営の片山良博さん(40)も言う。「高齢化が進んでいる地域だけど、顔が分かる古くて小さな町だからこそ助け合うことができたと思う。大火で失われたものは多いけれど、災害で深まった人と人との絆が新たな街づくりにいかされることを願っています」


ふるさと納税が急増=新潟県糸魚川市
時事通信 12/24(土) 18:45配信

 大規模火災が発生した新潟県糸魚川市の米田徹市長は24日、同市へのふるさと納税が急増していると明らかにした。

 記者会見で「『糸魚川頑張れ』という応援だろうと感じている」と謝意を表し、被災者の生活支援などに全力で取り組む姿勢を示した。

 ふるさと納税を活用して糸魚川市に寄せられた寄付金は、火災が発生した22日の正午から24日午後4時までに572件、計約1100万円に上った。市によると、昨年度の寄付金は1096件、約4100万円だった。


糸魚川大規模火災 363世帯への避難勧告を解除
産経新聞 12/24(土) 17:07配信

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インフラ工事が進む糸魚川市街=24日午後、新潟県糸魚川市(宮崎瑞穂撮影)(写真:産経新聞)

 新潟県糸魚川市の災害対策本部は24日、JR糸魚川駅前の中心市街地で住宅や店舗約150棟が焼けた22日の大規模火災を受け、363世帯・744人に出していた避難勧告を午後4時に解除した。

 同市によると、火災が鎮火したことに加え、県警による立ち入り規制も全面的に解除され、ガスなどライフラインの復旧、がれきの処理も進んできたことから判断したという。


がれき撤去開始へ=糸魚川大火
時事通信 12/24(土) 12:39配信

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新潟県糸魚川市の大規模火災で、県警は24日午前、現場周辺の立ち入り規制を解除した。同市は道路上に散乱するがれきの撤去作業を午後から始め、生活再建に向けた取り組みを本格化させる。写真は火災現場=同日午前


糸魚川大火、住民らが規制区域で被災状況を確認
読売新聞 12/24(土) 11:59配信

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焼け野原のようになった火災現場に立つ男性(24日午前11時11分、新潟県糸魚川市で)=片岡航希撮影

 新潟県糸魚川(いといがわ)市で22日に発生した大火で、現場となった市中心部の住民らが24日午前、立ち入り規制が続く区域に一時的に入り、自宅などの被災状況を確認した。

 火災現場では、住宅など156棟、約4万平方メートルが焼損し、県警と消防が火元とみられる中華料理店を中心に実況見分を続けている。市は周辺の363世帯744人に避難勧告を出しているが、避難した住民が自宅の様子を確認できるように、午前9時から正午まで一時的に規制を解除した。住民らは雨の中、焼け落ちた建物の前に立ち尽くし、焦げた柱などを見つめていた。

 市はがれきの撤去などを進め、安全が確認された地域から順次、避難勧告を解除する方針。米田徹市長は「現地を確認して危険のないところから解除したい。住民ができるだけ早く帰れるようにしたいが、まだ時期を言える段階ではない」と述べた。


<糸魚川大火>思い出なくなった…嘆く住民ら 規制一時解除
毎日新聞 12/24(土) 11:30配信

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規制が一時解除され、焼け落ちた自宅や店舗を見て回る住民ら=新潟県糸魚川市で2016年12月24日午前9時35分、小川昌宏撮影

 新潟県糸魚川市の大規模火災が23日に鎮火したことを受け、県警は24日、被災住民らを対象に、一帯の立ち入り規制を3時間にわたって解除した。自宅の被災状況を確認したり、焼け残った生活用品を取りに戻ったりする人々の姿があった。また、県内の金融機関は同日、預金通帳を焼失した住民のための臨時営業や融資などの相談窓口を開設。がれきの撤去も午後から始まる予定で、年の瀬を前に復旧と生活再建の緒についた。【川辺和将、堀祐馬、山本有紀】

 焼け焦げたにおいが漂う規制ロープの前には、解除される前から傘を手にした住民たちが次々と集まった。

 姉の自宅が被災地内にある同市の河崎文雄さん(72)は、「姉は私の自宅に避難して無事だが、家のことをとても心配している。早く見たい」と解除と同時にロープをくぐった。

 焼け落ちた実家を見てきた東京在住の女性(43)は、「海のそばにある家なのに、なぜ消せなかったのだろう。子供のころの思い出の品々もすべてなくなり、ぼうぜんとしました」と悲しげな瞳を向けた。立ち入り規制の解除は午前9時~正午、県警などの実況見分があった出火元のラーメン店とその付近を除いて行われた。

 一方、大きな被害が出た大町地区の近くにある糸魚川郵便局(同市寺町1)は、休業日にあたる24、25の両日の午前9時~午後4時まで臨時営業を実施。クリスマスや年末年始の生活に支障がないよう、通帳や印鑑がなくても最大20万円の貯金返還に応じた。

 同局を訪れた際、郵便物の転送届を出した女性(66)は、「焼けてなくなった自宅に年賀状が届いたら大変だから」と語った。同局によると、26日以降は全国各地の郵便局でも同じように貯金を引き出せるようになる。

 第四銀行と北越銀行は、同市大町1のヒスイ王国館で午前11時~午後3時まで生活再建のための融資などの相談窓口を設置。富山第一銀行、県労働金庫は糸魚川支店で、ひすい農協は大和川支店で、糸魚川信用組合は本店で、いずれも日中に相談窓口を開設した。

 県弁護士会も26~29日の午前9時~午後4時、ヒスイ王国館で無料の弁護士相談会を開く。被災証明や焼失した自宅の取り壊し、固定資産税などについて相談に応じる。


糸魚川大火で全焼366年新潟最古の酒蔵絶やさない
日刊スポーツ 12/24(土) 10:05配信

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加賀の井酒造の18代目蔵元の小林大祐さん

 新潟県糸魚川市の大火は、発生から約30時間後の23日午後4時半に鎮火した。市は延焼が約150棟、約4万平方メートルに及んだとみられると明らかにした。火災では、1650年(慶安3)から続く、新潟県最古の造り酒屋「加賀の井酒造」も全焼したとみられる。18代目蔵元の小林大祐さん(34)は「下を向いても未来は来ない。この場所で、また酒を造りたい」と誓った。

 迫る火の手をはっきり確認したのは、火災発生から1時間後の22日午前11時半ごろだった。小林さんは「隣のブロックの建物が燃えるのが見えた。火の勢いが強かった」と振り返る。当時、7人いた従業員とともに避難した。「1時間もしたら戻れるかもしれないと、仕込み中だった米やこうじに布をかけて出た」。だが戻れなかった。燃えていく町をただ、テレビの画面で見守るしかなかった。

 大火から一夜明け。まだ煙と焦げたにおいが残る中、小林さんは建物の様子を見ようと、立ち入り規制のテープぎりぎりまで近寄った。長い歴史を刻んできた建物が、あるべき場所になかった。「寂しいですね」と漏らしたが、「この大惨事の中で、人の被害がほとんどなかったということに安堵(あんど)しています」と、自分に言い聞かせるように話した。

 加賀の井酒造は、今年で創業366年。酒どころ新潟県最古の酒蔵は、糸魚川市のシンボル的存在だった。規制のため正確な被害状況は分からないが、「(22日は)1000本分の用意をしていた。すでに酒をつめていたのはその2、3倍ほどあった」。大事な酒と建物が失われたとはいえ、このまま終わるわけにはいかない。小林さんは「(酒蔵は)加賀藩の本陣があった場所。だからまた、同じ場所で新しくやりたいんです」と強い決意を語った。

 酒造のホームページによると、「加賀の井」は加賀藩前田家3代藩主、利常が命名したもの。蔵の中には前田家ゆかりの品も展示されていたという。糸魚川は日本海に面し、もともと風の強い土地。過去の火災では、区画整理など街の大改造が行われた。小林さんは「街のデザインが変わるかもしれないが、自分たちにはやらなければいけないことがある」。変わり果てたこの場所で、歴史と伝統を守り続けていく。【小松正明】

 ◆加賀の井酒造 1650年創業。加賀藩主前田利常が、1652年に本陣を置いたことから、酒銘「加賀の井」が命名された。醸造された酒は、その後藩主、家老の献立にも用いられた。敷地は2800平方メートルで、酒蔵を含む6棟の建物があった。前田家からの寄贈文など、歴史的価値のあるものも収蔵されていた。


東京の「新潟館」加賀の井酒造商品1日で売上80本
日刊スポーツ 12/24(土) 10:05配信

 新潟県糸魚川市の大火は、発生から約30時間後の23日午後4時半に鎮火した。市は延焼が約150棟、約4万平方メートルに及んだとみられると明らかにした。火災では、1650年(慶安3)から続く、新潟県最古の造り酒屋「加賀の井酒造」も全焼したとみられる。18代目蔵元の小林大祐さん(34)は「下を向いても未来は来ない。この場所で、また酒を造りたい」と誓った。

 東京・表参道の「新潟館ネスパス」1階の物産コーナー「新潟食楽園」では、加賀の井酒造の商品を買う人が相次いだ。夕方までに80本以上が売れ、「糸魚川生まれなので」と涙ぐみながら商品を手にする女性がいたという。「火災前の在庫は300本ほどありましたが、24日から試飲会を予定していますので、年内にはなくなるかも」と担当者。楽天市場の最新の日本酒デーリーランキングでは、加賀の井の一升瓶が1位と3位に入った。


糸魚川大火 「住宅確保、支援に全力」 新潟知事、市長らと現場視察
産経新聞 12/24(土) 7:55配信

 米山隆一知事は23日、糸魚川市大町の火災現場を同市の米田徹市長らと視察し、住宅の確保など生活面の支援に全力を尽くす考えを示すとともに、県などの支援チームが同市内に入って2カ月ほど支援活動に当たる方針を示した。

 視察後、米山知事は「現場を見て、悲惨さを思い知った。まずは被災された皆さんの住宅を確保し、がれきの処理や店舗の営業再開などを全力で支援したい」と記者団に説明した。

 特に、住む場所を失った人が多いことから「県営住宅の提供や民間住宅の借り上げなどで、一日でも早く日常生活を取り戻せるようにしたい」と強調した。その上で「必要な物資は何でも支援する。人的にも支援の協力チームが24日にでも市内に入り、当面は1~2カ月間活動する態勢をとりたい」と話した。

 また、国に対しても「制度的な支援を要請する」と言及。具体的には、約4万平方メートルにも及んだ延焼地域の再開発にあたり、国の補助金を活用することなどを念頭に置いているという。

 視察に先立ち、米山知事は糸魚川市役所で米田市長から被害状況などの説明を受けた。この際、米田市長はがれきの処理や中小企業の経営再建などで国や県への支援を要請した。


糸魚川大火 密集市街地、全国に点在
産経新聞 12/24(土) 7:55配信

 約4万平方メートルもの広範囲にわたって延焼した新潟県糸魚川市の火災は、全国に点在する人口過密地域にとっても「対岸の火事」ではない。首都直下地震でも延焼防止は大きな課題で、事前の対策が必要だが、地域の備えは万全だろうか。

 ◆特区で改善促す

 国土交通省は平成24年、耐火建築物の状況などを基準に「地震時等に著しく危険な密集市街地」を指定。対象地域は大都市圏を中心に計17都府県、計約5745ヘクタールに及んだ。同年には東京都防災会議で、東京湾北部で冬の午後6時、マグニチュード(M)7・3の地震が発生した場合、約18万8千棟の家屋が焼失するとの予測も示されている。

 こうした懸念から、東京都は首都直下地震が起きた際に建物の倒壊と火災で大きな被害が想定される木造密集地域を「不燃化特区」とし、改善を促す取り組みを始めた。

 足立区の環状7号線の南に広がる「中南部一帯地区」は昨年4月に特区に指定され、木造住宅を耐火建築物に建て替えたり、建物を解体したりした場合は固定資産税などが一定期間減免される。

 火災が起きた際に消防車や救急車が入れない幅員4メートル未満の「狭隘(きょうあい)道路」の解消も課題だ。区内道路の約3割が狭隘道路という杉並区では、道路の拡幅に向け、重点整備路線を選定するなど積極的な取り組みを進める。

 助成金や税の減免などを活用し、道路に面した敷地で建物の建て替えを行う際には、建物や門、塀などを後退してもらう。

 防災システム研究所所長の山村武彦氏は「どの木造密集地でも道路の拡張などの対応をすることが望ましいが、住民の説得には時間がかかる。一朝一夕に密集地を解消するのは難しい」と指摘する。

 ◆消防力の限界も

 地域の消防力不足も課題だ。糸魚川市によると、今回の火災で最初に出動したのは消防車6台。同市消防本部の大滝正史消防長は23日、記者会見で「うちの体制では最大規模で対応した」と強調しながらも、木造建物の密集や強風といった悪条件に、対応が追いつかなかったことを認めた。

 現場周辺は「雁木(がんぎ)」と呼ばれる雪よけのひさしが軒先でつながっていることも、延焼拡大の要因となった可能性がある。同市の米田徹市長は、観光の“売り”になっている古い街並みについて「防火のために変えることが、なかなかできなかった」と語った。

 神戸大の室崎益輝名誉教授(防災計画)は「初動が最も大切だが、地方都市の消防力の限界が露呈した。糸魚川市は国基準の危険な密集市街地に指定されていなかった。国は未指定の場所でも大規模な火災が起こりうる地域を洗い出していくべきだ」と話す。


糸魚川大火 「信じられない」涙浮かべ 老舗の酒蔵・料亭も全焼 新潟
産経新聞 12/24(土) 7:55配信

 糸魚川市大町の大火から一夜明けた23日、火災現場の所々で火がくすぶり続け、規制線の外でも焦げ臭いにおいが鼻をついた。早朝から多くの被災者らが自宅などを確認するため現場を訪れたものの、規制線の中に入れず、警察官や消防士に話し掛けて情報を得ようとする姿があちこちで見られた。まちの財産ともいえる老舗の酒蔵、料亭も全焼。空襲にでも遭ったような一面の焼け野原を目の前にして「信じられない」と目に涙を浮かべる人も少なくなかった。

                   ◇

 創業から約200年の歴史を誇り、地元の人たちから愛されていた料亭「鶴来家」は、過去に2度あった大火の際には延焼を免れたものの、今回は全焼してしまった。

 5代目の店主、青木孝夫さん(67)は23日午前9時ごろ、現場で被害状況を確認。「家族は無事だったが、大事な物が全てなくなった」と肩を落とした。同市出身の詩人で佳人の相馬御風(ぎょふう)の作品なども灰になってしまったという。

 鶴来家の隣にある金沢光教さん(67)の自宅も全焼。金沢さんは「影も形もなくなり、どうしようもない。来年1月の新年会も鶴来家で開こうしていたのだが…」とうなだれた。

 午前7時過ぎ、雨脚が強まり、傘も開けない強風が吹き荒れる中、様子を見に来た同市横町の配管工の男性(73)は「鶴来家とは先代の頃からの付き合い。魚の料理がおいしかった」と残念がった。

 県内で最も古い酒蔵の一つ、加賀の井酒造も全焼した。敷地は延焼した地域では最大で2800平方メートル、焼失した建物は6棟に及ぶ。18代蔵元の小林大祐取締役(34)は23日朝、現場がどうなっているかを見た。「うちが(ここに)あったね、という感じでさみしい」

 慶安3(1650)年創業の老舗。原形はとどめていない。小林さんは22日、従業員の安全のことだけを考えたという。

 酒の仕込みに重要な麹(こうじ)づくりの作業中で、温度が下がると取り返しがつかなくなるので布をかけた。出荷の最盛期でもあり、22日は720ミリリットル瓶で1千本以上を瓶詰めする予定だった。出火当時は7人が作業にあたっていた。

 当初は、火が移っても消せる範囲だと思っていた。ところが事態は想像を超えた。「海の方まで火が来るとは思わなかった。従業員を安全に避難させる。それが第一だった」と小林さん。従業員らと糸魚川駅前にある観光施設の「ヒスイ王国館」に一時避難し、無事を確認し合った。

 今後についてはめどがついていない。「だが、やめる気はない。現実をしっかりと受け止め、やれることを一つずつやっていくしかない」。小林さんは規制線の外から、がれきとなった酒蔵の方向を見据えた。


糸魚川大火 「何もかもなくなった」 焼け跡見つめる被災者
産経新聞 12/24(土) 7:55配信

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火災発生から一夜明けた町では、インフラ関連の作業も行われていた =23日午後、糸魚川市(宮崎瑞穂撮影)(写真:産経新聞)

 新潟県糸魚川市の大火から一夜明けた23日、火災現場では消防と警察による実況見分が行われた。焼損面積は、サッカー場のピッチ6面分に相当する4万平方メートル。「何もかもなくなった」「先が見えない」。時折冷たい雨が激しく降る中で、長年住んだ自宅を年末に突然失った被災者らは、やるせない表情で焼け跡を見つめていた。また、避難所では着の身着のまま逃げてきた人たちが、生活の先行きが見えない不安を口にした。

 延焼した地域に住む金沢光教(みつのり)さん(67)は不安な夜を過ごし、午前9時ごろに現地を訪れた。築60年の家は全焼してがれきと化しており、マイカー2台も無残な姿をさらしていた。

 22日は火が回り始めた午後1時ごろに避難を決意。家族2人とともに親戚の家に身を寄せた。「何もかもが燃えてなくなった。残ったのはこれだけです」。こう言って、貴重品を入れて持ち出したかばんをさすった。自宅の向かいにある娘の家は延焼を免れた。金沢さんは「修理すればすぐに住めると思う。ゆくゆくは一緒に生活するつもりだ」と前を向いた。

 市内の集会所では、避難してきた住民が眠れぬ夜を過ごした。自宅が焼け落ちたという斎藤友紀雄さん(60)は、避難所の生活相談窓口に住宅の手配を頼んだといい、「免許証や保険証も焼けてしまった。先が見えない」。親戚の家に避難しているという会社員男性(61)も「家の屋根に穴が開いているのをニュースで見てショックだった。気持ちの整理がつかず、現場にはまだ行く気になれない」と吐露した。

 一方、消火活動に当たったという糸魚川市消防団糸魚川方面隊の吉田哲也さん(48)は、「想像以上に風が強く、どこに類焼するか予測できない状況で、火の走りが速く燃え広がってしまった。風にあおられ放水もそれた」と話した。

 昭和7年に糸魚川で起きた大火も経験したという電気製品修理業、西原正さん(88)は「この地域は火災が起これば広がりやすい。市の防災対策に、過去の教訓が生かされていないのではないか」と語気を強めた。


Xマスケーキ予約も店舗焼け「悲しい」糸魚川の大火
日刊スポーツ 12/23(金) 23:08配信

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糸魚川市の大火発生から一夜明け、消火活動を見守る自衛隊員(撮影・松尾幸之介)

 新潟県糸魚川市の大火発生から一夜明けた23日、現場には被害状況を確認しようと多くの住民らが訪れた。

 現場近くに住む小林昇さん(75)は、火元とみられる中国料理店の3軒隣に兄の家があったという。「火の手が早く、兄は風呂敷2つだけ持って逃げてきたと言っていた。私も25年住んでいた。仏壇も燃えてしまった。父がよく拾っていた翡翠(ひすい)の石がテレビ台の下に入っているのだが、それだけでも運び出したい」と話した。中国料理店については「私の父と創業者の中国人店主は仲が良かった。煮干しでだしをとっていて、大阪にいる私の孫も『あの店のラーメンが食べたい』と言うぐらい、うまいんだ」。

 会社員の清水映子さん(24)は「たまたま大阪からおばあちゃんに会いに来たら街が大変なことになっていた。燃えた酒蔵のある通りはメーン通りで、おもちゃ屋さんとか、お菓子屋さんとか何でもあった。糸魚川の銘菓『山のほまれ』の本店が無事なのか気になっています」と変わり果てた街の姿に驚いていた。

 その「山のほまれ」を販売する「御菓子司 紅久」の店主、安田貴志さん(48)は「店の近くにあった自宅は燃えてしまった。火事が起きてから1時間半ぐらいは普通に店を営業していたけど、火の手がすごくなったので家に戻ってホースで水を撒いていたがダメだった。店はなんとか大丈夫そうだと聞いているけど、見てみないとわからない」と話した。

 市内の高校に通う小川満宇さん(16)は、火災当時は高校の授業中だった。「昨日は高校の4階から火事の様子をみんな見ていた。よく行っていたケーキ屋さんも燃えてなくなってしまった。クリスマスのケーキも予約していたので悲しい」と話した。火元とされる中国料理店にも行ったことがあるといい、「友達に連れて行ってもらった。近くに先輩が住んでいて、火事のあとお店の夫婦が泣いて謝りに来たと聞いた」。

 火災は発生から約30時間後の23日午後4時半に鎮火された。現場近くに住む女性(80)は「鎮火してよかったけど、まだ気は抜けない。私たちの世代はこの街に火事がよく起こることを母たちから聞いている。この経験を、孫とか若い世代に伝えていかないといけない」と話していた。


「糸魚川うまいもん会」が被災者ら避難所で炊き出し
日刊スポーツ 12/23(金) 23:08配信

 新潟県糸魚川市中心部の大火を受け、同市の食をPRする「糸魚川うまいもん会」は24日に、被災者らの避難所となっている上刈会館で、B級グルメ「糸魚川ブラック焼きそば」の炊き出しを行う。

 同会は市内の飲食店や旅館などの有志で結成。23日から25日まで東京・表参道の「新潟館ネスパス」での物産イベントで焼きそばなどを提供する予定だったが、22日の火災により急きょイベント参加を取りやめ、その食材で炊き出しを行うことを決めた。

 15年に新潟で開催された「国際ご当地グルメグランプリ」でグランプリを獲得した、イカ墨を使用した「ブラック焼きそば」のほか、地元のエビを使ったエビ汁も振る舞う。昼ごろから計150食用意するといい、同会の男性スタッフは「避難者のほか、(市などの)職員さんたちにもぜひ食べていただきたい」と話した。


災害経験の職員チーム派遣へ=糸魚川大火で生活再建支援―新潟県
時事通信 12/23(金) 21:59配信

 新潟県糸魚川市の大規模火災を受け、同県は23日、住宅や会社を焼失した住民の生活再建を支援するため、同市への職員派遣を決めた。

 2004年の中越地震や07年の中越沖地震の際、住民支援に当たった職員を中心にチームを編成。災害経験を生かし、市と協力してがれき処理や住宅支援業務に当たる予定だ。

 米山隆一知事は「それぞれの(支援の)ステップをしっかりと実行し、元よりも良い町にするために全力を尽くす」と述べた。

 24日には先遣隊として防災局の職員らが入り、チーム編成のために必要な支援分野を確認する。準備が整い次第、支援チームを派遣し、約1カ月間現地に常駐する予定。


「鍋を火にかけ、店離れた」=出火元の料理店経営者―新潟県警
時事通信 12/23(金) 21:57配信

 新潟県糸魚川市の大規模火災で、県警糸魚川署は23日、消防と合同で実施した実況見分の結果、火元となった中華料理店の焼け跡から焦げた中華鍋を見つけたと発表した。

 店の男性経営者(72)は、県警の任意の事情聴取に対し「鍋を火にかけたまま店を離れた」などと話しているという。

 県警によると、男性は22日午前、店舗の1階で鍋をコンロの火にかけたまま、数十メートル離れた自宅に帰った。店舗に戻ると鍋から火が上がっており、消火しようとしたが失敗し、隣の家に119番を依頼したという。

 男性は聴取に「料理を作ろうと思い、中華鍋に食材を入れて火にかけ、そのまま店を出た」と説明。憔悴(しょうすい)した表情で「大変申し訳ないことをした」と謝罪したという。


<糸魚川火災>57人が避難所などに避難
毎日新聞 12/23(金) 21:39配信

 新潟県糸魚川市で発生した大規模火災は23日午後4時半ごろ、約30時間ぶりに鎮火した。糸魚川市によると、被災者の多くは親類宅などに身を寄せており、23日午後2時半現在、57人が市内3カ所の避難所や市の用意した宿泊施設に避難している。

 市災害対策本部によると、火災によるけが人は、住民女性2人と消防団員9人でいずれも軽傷。


<糸魚川火災>推定150棟焼く大火 延焼のなぜ 
毎日新聞 12/23(金) 21:36配信

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焼け落ちた火災現場で、解体作業を見つめる消防団員ら=新潟県糸魚川市で2016年12月23日午後3時9分、小川昌宏撮影

 新潟県糸魚川市で発生した大規模火災は23日午後4時半ごろ、約30時間ぶりに鎮火した。同市災害対策本部によると、全半焼や部分焼を含め推定で約150棟を焼き、被害が及んだ地域は約4万平方メートルに上った。総務省消防庁によると、震災を除き、市街地火災の焼損棟数としては過去20年で最多で、面積では1976年の山形県酒田市の大火(建物焼損約15万平方メートル)以来の規模になる可能性がある。延焼は、なぜ食い止められなかったのだろうか。

 ◇木造密集地

 被害が出た地域は、JR糸魚川駅前の木造建物が密集している地域。雪よけのための「雁木(がんぎ)」と呼ばれる木製のひさしがつらなっている。場所によっては、建物と建物の間に人が通る隙間(すきま)もなかった。

 「火元のラーメン店の西側には広めの道があり放水できたが、北側と南側は少し離れて狭い通路があるだけ。東側はほぼ放水不能だった」。消防士は当時の状況を振り返る。

 糸魚川市史によると、今回火災があった同市大町周辺では1928年にも105棟を焼く火災が発生。火は、今回と同様に南風にあおられて広がっていったという。また、西側にある横町では32年に380棟を全半焼する火災が起きている。

 23日に記者会見した米田徹市長によると、被災地区には大正から昭和初期に建築された建物が多いという。「古さが観光の売りにもなっており、住民に愛着もあって、防火のために街並みを変えるというのはなかなかできなかった」。市長は防災対策が後手に回っていたことをにじませた。【高木昭午、山本有紀】

 ◇消防体制

 消防の体制はどうだったのか。糸魚川市消防本部は当初、保有する消防車9台のうち6台を現場に送った。大滝正史消防長は「当日の勤務態勢からみて最大規模だった」と話す。だが火勢は拡大。22日正午には上越市などに、午後1時過ぎには新潟県全域に応援を求めた。長野県の消防も駆けつけ、地元消防団も合わせ最終的に消防車126台、約1000人の態勢になった。

 しかし応援が着くには時間がかかった。例えば新潟市から現場までは約3時間。火が140棟ほどに広がった午後3時半には未着だった。応援組は断続的に到着し、夜を徹しての消火となった。

 「消火用水が不足したのではないか」との指摘もあったが、大滝消防長は「水利は十分に確保できていた」と否定する。国の基準では、約2万平方メートルに一つの消火栓があればよいとされるが、当初延焼が懸念された区域約7万5000平方メートルの中には10カ所以上あったという。農業用水も使え、海岸近くのため海水も活用。だが広がる火の手には、現状の消防力では及ばなかったという。

 ◇風で飛び火

 新潟地方気象台によると、糸魚川の22日の最大瞬間風速は南風で24.2メートル。記録の残る2009年以降、12月では4番目に強い風だった。同日の最高気温は20.5度で平年より約11度高かった。「糸魚川では、近くの谷を強い南風が吹き下ろし、空気が圧縮されて気温が上がる。22日もこうなったのでは」と同気象台は推測。糸魚川では午後に雨が降っており、気流が山を吹き下りて乾燥し暖かくなる「フェーン現象」とは異なるとみられる。

 現場で消火活動に当たった消防士によると、出火後約1時間して、ラーメン店から100メートル以上離れた北東側と北西側の建物で、ほぼ同時に煙が上がったという。風で飛んだ火が屋根に移ったようだ。「強風で複数の飛び火が起きた。飛び火した先から、さらに飛び火が生じた」。糸魚川市消防本部の大滝正史消防長は23日の記者会見で語った。


<糸魚川火災>新潟県の金融機関は24~25日は臨時営業
毎日新聞 12/23(金) 21:07配信

 新潟県糸魚川市の大規模火災を受け、県内の各金融機関は24~25日の臨時営業を決めた。

 糸魚川郵便局(同市寺町1)は、午前9時~午後4時まで開店し、通帳や印章を紛失した被災者に最大20万円までの預金返金などに応じる。

 第四銀行と北越銀行は、ヒスイ王国館(同市大町1)で午前11時~午後3時まで相談窓口を設ける。富山第一銀行、県労働金庫は糸魚川支店で、ひすい農協は大和川支店で、糸魚川信用組合は本店で、いずれも日中に相談窓口を開設する。

 また県弁護士会は26~29日、ヒスイ王国館で無料の弁護士相談会を開く。被災証明や焼失した自宅の取り壊し、固定資産税などについて相談に応じるという。午前9時~午後4時(昼休憩を除く)。【堀祐馬】


糸魚川郵便局、週末も営業=貯金払い戻しなど
時事通信 12/23(金) 21:00配信

 日本郵便とゆうちょ銀行は23日、新潟県糸魚川市の大規模火災の被災者を支援するため、同市内にある糸魚川郵便局を24、25日の両日、臨時営業すると発表した。

 通帳や印鑑が焼失した場合でも通常貯金や定期貯金の払い戻しに応じるほか、民営化前に預け入れた定額貯金を担保にした貸し付けなども行う。いずれも上限は20万円。臨時営業は両日とも午前9時から午後4時まで。


<糸魚川火災>70年続く精肉店「本当に着の身、着のまま」
毎日新聞 12/23(金) 20:53配信

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火災発生から一夜明け、焼け落ちた民家や商店を見つめる人たち=新潟県糸魚川市で2016年12月23日午前8時53分、小川昌宏撮影

 「これからどうすればいいのか」。小雨が続いた23日、新潟県糸魚川市で発生した大規模火災で焼け出された人々は、年の瀬を目の前に不安を募らせた。

 火元のラーメン店と棟続きの建物で精肉店を営んできた平沢惣一郎さん(75)は、疲れた表情で「本当に着の身、着のままでした」と振り返った。自宅を兼ねていたため、知人が無償で用意してくれたアパートに妻照代さん(63)と身を寄せた。

 22日午前10時半ごろ、ラーメン店の店主が「おーい、火事だ」と店に飛び込んできたという。元消防団員であり、すぐに水道の蛇口にホースをつなぎ、ラーメン店に駆け込んだ。だが、1階は黒煙が渦を巻き、炎は2階に駆け上っていた。「強風にもあおられ、火の回りが早すぎた」。70年近く前に父が開業した精肉店も、あっけなく焼け落ちた。

 「これで商売は終わりだ。この年だし」と話す平沢さんも、「孫の希望で年越しはしゃぶしゃぶと約束してたけど、人生分からないものね」という照代さんも自らを鼓舞するように笑顔をつくる。「新婚時代を思い出し、一からやり直します」。2人の言葉が、がらんとしたアパートの部屋に切なく響いた。【浅見茂晴、南茂芽育、川辺和将】


<糸魚川火災>「コンロに鍋かけたまま自宅に」と火元男性
毎日新聞 12/23(金) 20:50配信

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火元となったラーメン店から、焼け焦げた机を運び出す新潟県警の捜査員や消防隊員ら=新潟県糸魚川市で2016年12月23日午前10時35分、小川昌宏撮影

 新潟県糸魚川市の大規模火災で、県警は23日、同市大町1のラーメン店が火元と断定したと発表した。男性店主(72)が鍋を空だきしたことが原因とみられる。

 県警糸魚川署によると、店主は任意の事情聴取に「開店前、火をつけたコンロに鍋をかけたまま失念して近くの自宅に帰った。戻ってきたら炎が換気扇の高さまで上がっていた。大変なことをして申し訳ない」と憔悴(しょうすい)しきった様子で話したという。店主は水をかけて消そうとしたが、炎の勢いは止まらず、隣の精肉店に通報を求めた。

 同署は実況見分で、店主の証言通り厨房(ちゅうぼう)のコンロ付近に中華鍋があることを確認した。【堀祐馬】


<糸魚川火災>366年続く県内最古・造り酒屋も焼き尽くす
毎日新聞 12/23(金) 20:49配信

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火災から一夜明けた加賀の井酒造付近=新潟県糸魚川市で2016年12月23日午前11時10分、本社ヘリから西本勝撮影

 ◇その時、18代蔵元はこうじ仕込み中だった

 新潟県糸魚川市で発生した大規模火災。大火は、江戸時代から366年続き県内最古とされる造り酒屋「加賀の井酒造」も容赦なく焼いた。

 18代蔵元の小林大祐さん(34)は出火当時、店の奥でこうじを仕込んでいた。出荷が最盛期となる年末年始の直前。店には瓶詰めが終わった約3000本の日本酒があった。「火が前の建物まで来ています」との声に、後ろ髪を引かれながら、従業員6人と避難した。

 経営難に直面していた家業を継ぐため、勤めていた会社をやめて2005年に入社。同じ条件で造っても同じ味にはならない酒造りのおもしろさに魅了された。

 火災後、全国のファンから応援の電話が続く。「いつの日かもう一度お客さんにお酒を届けたい」と再起を誓う。【浅見茂晴、南茂芽育、川辺和将】


<糸魚川火災>原因はラーメン店鍋空だきの可能性 県警発表
毎日新聞 12/23(金) 19:38配信

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火元となったラーメン店から、焼け焦げた机を運び出す新潟県警の捜査員や消防隊員ら=新潟県糸魚川市で2016年12月23日午前10時35分、小川昌宏撮影

 新潟県糸魚川市の大規模火災で、県警は23日、同市大町1のラーメン店で男性店主(72)が鍋を空だきしたことが火災の原因だった可能性があると発表した。


「これからどうしたら」=焼け落ちた建物、焦げた臭い―糸魚川大火
時事通信 12/23(金) 18:48配信

 新潟県糸魚川市の大規模火災は23日午後、約30時間ぶりにようやく鎮火した。

 市中心部の現場は家屋やビルが黒く焼け焦げ、残骸が溶け落ちた建物も。周囲は焦げた臭いが立ち込めていた。「一体どうしたらいいのか」。変わり果てた街に住民は肩を落とした。

 両側から崩れた建物のがれきで、人が通れなくなった路地も。火元となった中華料理店では同日朝から、現場を実況見分する警察官や消防隊員らが慌ただしく出入りしていた。

 「ぼうぜんとするしかない」。避難所から戻ったパート従業員の小竹恵美子さん(65)は、全焼したわが家を目の当たりにした。「何もなくなってしまった。これからの生活をどうしたらよいのか」と不安を隠さなかった。

 JR糸魚川駅前の施設に市が設置した相談窓口には多くの避難者が訪れた。

 現場に自宅がある倉又さかえさん(71)は、立ち入り規制がかかったままで、状況を確認できなかったという。「隣に火が迫って逃げた。携帯電話も置いてきた」と言葉少な。「早く家に住みたい。戻りたい」と訴えた。

 ケーキ店を営む女性(67)は店舗兼自宅が全焼した。「今一番忙しい時期。クリスマスの注文があったのに」と伏し目がちに。「まず住まい。住める場所を探す」と語った。


日本海側でなぜ「大火」多いのか 糸魚川は「フェーン現象」で炎広がる?
J-CASTニュース 12/23(金) 18:05配信

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延焼する糸魚川市街地(写真:毎日新聞社/アフロ)

 新潟県糸魚川市を襲った大火は、出火から1日半たった2016年12月23日16時30分ごろ、鎮火した。約150棟、4万平方メートルを焼いた糸魚川大火。その原因は「フェーン現象」にあるのではないか、と推測されている。

 12月22日の糸魚川市は、最大瞬間風速24.2メートル(12時10分ごろ)。その強風をおこし、より延焼させたのが、フェーン現象だというのだ。

■気象予報士「台風並みの乾いた熱風」

 フェーン現象は、風が山を越えるときに起きる。山越えで空気中の水分が減るため、乾いた風が抜けるのが特徴だ。今回の糸魚川でも、日本海に抜けた乾いた南風が、火災を広げる原因になったのではないかと考えられている。

 これまでも日本海側では、たびたびフェーン現象が原因とみられる大火が起きている。1952年の鳥取大火(鳥取県)や、56年の魚津大火(富山県)が、その代表例だ。新潟市でも55年の新潟大火をはじめ、大規模火災が複数回起きている。

 大火鎮圧から1夜あけた23日は、朝からテレビ各局のワイドショーが、この話題を取り上げた。各局とも被害拡大の要因として、強風による「飛び火」、木造家屋の密集、消火用水の不足を挙げていた。

 強風とフェーン現象の関連も伝えられ、「情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)では、気象予報士の蓬莱大介さんが、「台風並みの、しかも乾いた熱風が、南から北へ吹いた」と説明した。

40年前の「酒田大火」は...
 都市大火が起きるのは、1976年10月以来40年ぶり。その際の酒田大火(山形県)も強風が原因だったが、フェーン現象とは少し違ったようだ。元気象庁天気相談所長の宮澤清治氏は、「季刊 消防科学と情報」(2005年秋号)のコラムで、酒田大火を振り返っている。消防防災科学センターの情報サイト「消防防災博物館」に転載された、その一節を引く。

  「今回の酒田大火は、発達した低気圧が通過したあとで吹く、いわゆる吹き返しの強い北西風が火災を拡大させた。当夜、東京の気象庁には取材の電話が殺到し、予報官はフェーン現象による大火でないことを説明するのに一苦労した」

 いずれにしても、乾燥する冬は、火事が起きやすい。糸魚川と同じ12月22日には、東海道新幹線の沿線火災の影響で最大約2時間の遅れが出た。23日も新潟市中心部の住宅が火災に見舞われている。


鍋の空だき原因か、40年ぶり「大火」…糸魚川
読売新聞 12/23(金) 17:33配信

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約4万平方メートルが焼けた火災現場。上はJR北陸新幹線糸魚川駅(23日午後1時42分、新潟県糸魚川市で、読売ヘリから)=板山康成撮影

 新潟県糸魚川(いといがわ)市中心部で起きた大規模火災は23日午後4時30分、出火から約30時間を経て鎮火した。

 県は同日、建物の焼失は部分焼を含めて156棟の計約4万平方メートルで、負傷者は11人に上ったと発表した。周辺の363世帯・744人に出た避難勧告は継続し、23日も50人以上が避難所に身を寄せた。県警糸魚川署は、火元となった中華料理店の鍋の空だきが出火原因とみられると発表した。

 総務省消防庁は、建物の焼失面積が3万3000平方メートル(1万坪)以上の火災を「大火」と定義しており、過去40年の住宅火災(阪神大震災、東日本大震災時を除く)では、1976年の「酒田大火」(山形県酒田市、焼失面積約15万平方メートル)以来の規模となる。


糸魚川大規模火災 1日と6時間ぶりに鎮火、自宅焼けた男性「何もかもが燃えて…」
産経新聞 12/23(金) 17:22配信

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火災発生から一夜明け、焼け跡の中を歩く住民ら=23日午前、新潟県糸魚川市(宮崎瑞穂撮影)(写真:産経新聞)

 新潟県糸魚川市のJR糸魚川駅前に近い市街地の大火から一夜明けた23日、同市は午後4時半に鎮火したと発表した。既に22日午後9時前には延焼の恐れがない「鎮圧」状態に収っていたが、鎮火までには22日午前10時半ごろの発生から丸1日と6時間かかった。

 延焼は約150棟、約4万平方メートルに及び、けが人は消防団員8人、住民2人の計10人になった。鎮火を受けて糸魚川市は約360世帯、約740人に出していた避難勧告を解除する方針。

 新潟県の米山隆一知事は同日、現場を視察。「現場を見て悲惨さを思い知った。まずは被災された皆さんの住宅を確保し全力で支援したい」と記者団に語った。県警と地元の消防は、火元となった同市大町1の中華料理店などを実況見分した。

 市内3カ所の避難所には、23日朝の時点で計40人以上が身を寄せた。市は23日午前、糸魚川駅に隣接するヒスイ王国館と同駅から少し離れた上刈会館の計2カ所に、被災者向けの相談窓口を設けた。

 窓口を訪れた金沢光教(みつのり)さん(67)は「当面の住む場所を探しに来た」。不安な夜を過ごし、午前9時ごろに自宅を見に行くと、築60年の家は跡形もなく。がれきと化していた。マイカー2台も無残な姿をさらしていた。

 「何もかもが燃えてなくなってしまった。残ったのはこれだけです」。逃げるときに貴重品を入れて持ち出したという手持ちかばんをさすった。

 自宅の向かいにある娘の家は燃えずに残った。金沢さんは「修理すればすぐに住めると思う。ゆくゆくは一緒に生活を送りたい」と話した。

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