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2016年11月 3日 (木)

三笠宮崇仁殿下、4日に斂葬(れんそう)の儀

去る10月27日に100歳でご薨去(こうきょ)された三笠宮崇仁殿下のご葬儀は、2・3両日の御通夜に引き続き、本葬にあたる斂葬(れんそう)の儀が、4日午前10時から東京都文京区大塚の豊島岡(としまがおか)墓地で執り行われる。

1日には、葬列のお道筋が宮内庁より発表された。それによると、殿下の柩(ひつぎ)を載せた車列は、午前9時に東京都港区元赤坂の三笠宮邸をご出発、青山通りから三宅坂交差点を右折、皇居を半周するように内堀通りを進み、一ツ橋入り口から首都高速道路に入り、早稲田出口で下りて護国寺前交差点を右に回る11キロ余りの道程を進み、同9時35分にご葬儀が行われる豊島岡墓地にご到着されるとのこと。車列の通過に伴い、周辺では交通規制が行われる。

ご葬儀には、皇族方をはじめ、ゆかりの人々が参列する。ひつぎは落合火葬場(新宿区)に移され、火葬後に同墓地内の墓に埋葬される。喪主は妻の百合子妃殿下が務め、葬儀をつかさどる司祭長は日本・トルコ協会常任理事の東園基政氏が務める。

斂葬の儀での一般の拝礼は、同日の午前11時40分から午後0時半までと、午後1時半から同2時半までの2回受け付ける。午前は殿下のご霊柩、午後はご遺影が安置される葬場の前で拝礼する。また6、7両日の午前10時~午後3時は墓前での一般参拝を行う。一般拝礼、一般参拝とも墓地正門から入場する。服装は任意で、供花や供物は受けないとのこと。

なお、宮中のしきたりにより、ご葬儀にはご参列されない天皇皇后両陛下は、3日に赤坂御用地内の三笠宮邸を訪れ、最後のお別れをお告げになられた。

三笠宮崇仁殿下のご葬儀に際し、謹んで哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げます。

リンク:三笠宮さまをしのぶ列、墓所の一般参拝始まる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま薨去 両陛下が墓所をご参拝 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下が三笠宮さまの墓所参拝…墓標の前で拝礼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼される天皇陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、三笠宮さまの墓参=百合子さまいたわる - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:三笠宮さま薨去 「大殿下」にお別れ 斂葬の儀 ゆかりの人々、お人柄しのぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<三笠宮さま「斂葬の儀」>愛用の文具とともに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま薨去 75年支え続けられた百合子さま、最後のお別れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼された百合子さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼される彬子さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま、墓所に埋葬=愛用の品々と一緒に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの遺影と拝礼者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまの遺影 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<三笠宮さまご逝去>ひつぎの車列、厳かに 斂葬の儀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:葬場に向かう一般拝礼者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま斂葬の儀、皇族方ら最後のお別れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼を終えた石川さん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼する天皇の勅使 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「大殿下」に最後のお別れ=車椅子から立ち上がり―百合子さま、斂葬の儀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:拝礼に向かわれる彬子さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま薨去 明るく気さくな「大殿下」にお別れ 豊島岡墓地で斂葬の儀 ゆかりの人々、お人柄しのぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま薨去 しめやかに斂葬の儀 喪主の百合子さま、孫の彬子さま、皇太子ご夫妻がご参列 安倍晋三首相や政財界関係者、各国駐日大使らも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:百合子さまと皇族方 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<三笠宮さまご逝去>斂葬の儀 皇太子ご夫妻ら600人参列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:会場に向かう黒田清子さんご夫妻 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:参列される百合子さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまのひつぎ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:葬場に向かう安倍首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:見送られる秋篠宮ご夫妻と皇族方 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:葬場に向かわれる皇太子ご夫妻と皇族方 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまを見送る宮内庁職員ら - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま、きょう斂葬の儀=皇族方、三権の長ら参列―東京 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま、豊島岡墓地できょう斂葬の儀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:百寿展企画の中近東文化センター理事長「柩側者」に=三笠宮さま自筆ノートなど展示 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま「斂葬の儀」、4日に豊島岡墓地で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮邸に入られる眞子さまと佳子さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮邸を出られる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま、4日に斂葬の儀=東京・豊島岡墓地で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<三笠宮さまご逝去>4日、斂葬の儀 豊島岡墓地で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三笠宮さま本葬、宮内庁が葬列通過の順路発表 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

三笠宮さまをしのぶ列、墓所の一般参拝始まる
読売新聞 11/6(日) 22:01配信

 逝去された三笠宮さまの墓所の一般参拝が6日、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で始まった。

 この日は1801人が訪れ、墓標に向かって手を合わせたり、拝礼したりしていた。同区の団体職員の男性(56)は「皇族として激動の時代を生き抜いてこられたので『お疲れさまです』という気持ちを込めた」と語っていた。

 一般参拝は7日も午前10時から午後3時まで行われる。供花や供物は受け付けない。


三笠宮さま薨去 両陛下が墓所をご参拝
産経新聞 11/5(土) 19:56配信

 三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」から一夜明けた5日、天皇、皇后両陛下が豊島岡(としまがおか)墓地(東京都文京区)に設けられた三笠宮さまの墓所を参拝された。両陛下は、慣例に従って葬儀に参列しなかったため、日を改めて訪問された。

 喪主の三笠宮妃百合子さまをはじめとする皇族方が見守られる中、喪服姿の天皇陛下、皇后さまの順で、ご遺骨が納められた墓の前に進み出て、玉串をささげて深々と拝礼された。

 退出する間際には、百合子さまにいたわりの言葉をかけられた。百合子さまは車いすから立ち上がって応じられたという。

 これに先立ち、百合子さま、皇太子さま、秋篠宮さまをはじめとする皇族方も墓前で拝礼された。

 6、7日には、墓所での一般参拝が行われる。午前10時~午後3時に墓地正門から入る。服装は自由で、供花、供物は受けない。


両陛下が三笠宮さまの墓所参拝…墓標の前で拝礼
読売新聞 11/5(土) 19:20配信

 天皇、皇后両陛下は5日、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地を訪れ、本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が前日に行われた三笠宮さまの墓所を参拝された。

 両陛下は午後4時頃、三笠宮さまの孫の彬子さまや妃殿下の百合子さまに出迎えられ、それぞれ墓標の前で拝礼された。

 宮内庁によると、両陛下は墓所を退出する際、百合子さまに歩み寄って声をかけられ、百合子さまは車いすから立ち上がって応じられていたという。

 墓所では、両陛下の参拝に先立ち、「斂葬後一日墓所祭・墓所十日祭の儀」が営まれ、皇太子さまや秋篠宮さまをはじめとする皇族方が参列された。


拝礼される天皇陛下
時事通信 11/5(土) 18:59配信

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三笠宮さまの墓に拝礼される天皇陛下=5日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)

(時事通信社)


両陛下、三笠宮さまの墓参=百合子さまいたわる
時事通信 11/5(土) 17:49配信

 天皇、皇后両陛下は5日午後、東京都文京区の豊島岡墓地を訪れ、三笠宮さまの墓に初めてお参りされた。

 両陛下は慣例で、4日の本葬「斂葬(れんそう)の儀」には参列しなかった。

 三笠宮家の彬子さま(34)が両陛下を出迎え、天皇陛下は墓前に進み玉串をささげ深々と拝礼。皇后さまが後に続いた。同席した宮内庁幹部によると、両陛下は車いすから立ち上がって見送る三笠宮妃百合子さま(93)に、いたわりの言葉を掛けていたという。

 これに先立つ「斂葬後一日墓所祭」には、皇太子さまら皇族方や親族らが参列。百合子さまは車いすから立ち上がり、玉串をささげ拝礼した。これから1年間かけ墓が造営される。


三笠宮さま、斂葬の儀 首相ら582人参列
SankeiBiz 11/5(土) 8:15配信

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(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 10月27日に100歳で薨去(こうきょ)された三笠宮さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の「豊島岡(としまがおか)墓地」でしめやかに営まれた。このうち午前中の「葬場(そうじょう)の儀」には、喪主の三笠宮妃百合子さまと、喪主代理を務める孫で三笠宮家の彬子さま、皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方がご参列。親族や安倍晋三首相ら政財界関係者、各国駐日大使ら582人が三笠宮さまを悼んだ。

 ご遺体を納めたひつぎを乗せた霊車は午前9時ごろ、赤坂御用地(東京都港区)の三笠宮邸を出発。皇居を半周するように内堀通りを通り、同9時35分ごろ、同墓地に到着した。

 参列者が左右2つの幄舎(あくしゃ)と呼ばれるテントで見守る中、霊車が葬場に移動。三笠宮さまが名誉総裁に就かれていた日本・トルコ協会の常任理事、東園基政司祭長が、三笠宮さまの生前のご活動やお人柄をしのぶ「祭詞(さいし)」を読み上げた。

 続いて、しきたりで参列されない天皇、皇后両陛下から差し向けられた使者の河相周夫(ちかお)侍従長らが玉ぐしをささげ拝礼。百合子さまをはじめ、皇族方が続かれた。

 午後は落合火葬場(新宿区)での火葬の後、ご遺骨を埋葬する「墓所(ぼしょ)の儀」が行われ、三笠宮さまが趣味で書きつづられていた俳句手帳と原稿用紙などが副葬品として納められたという。同墓地での一般拝礼には、1335人が訪れた。


三笠宮さま斂葬の儀 軍人、歴史学者…多彩なご生涯
産経新聞 11/5(土) 7:55配信

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一般拝礼で、三笠宮さまに最後の別れを告げる人たち=4日午後、豊島岡墓地(福島範和撮影)(写真:産経新聞)

 ■ダンス「ステップはプロ級」

 100歳の天寿を全うした三笠宮さまは、戦前・戦中・戦後を知る最後の皇族であられた。軍人、歴史学者、ダンスの名手…。「大殿下」の素顔を知る人たちは、その多彩なご生涯に思いを寄せた。

 「『日本はなぜ戦争に負けたのか』と、本質的なことに疑問を持たれていた」と話すのは、石田友雄・筑波大名誉教授(84)。

 陸軍参謀として中国に赴いた三笠宮さまは、敗戦から欧米の文化、特にキリスト教に関心を持ち、古代オリエント史へと研究テーマを広げていかれたという。

 戦後も陸軍時代の交友関係を大切にされていた。4日の斂葬の儀で一般拝礼に訪れた森悠子さん(69)=福岡県=は50年ほど前、三笠宮さまが同県で開かれた陸軍士官学校の同期会に足を運ばれたのを覚えている。一員だった森さんの父は、馬に騎乗された三笠宮さまの写真を自宅に飾っていたといい、「亡くなるまで同期だったことを誇りにしていた」と語った。

 また、三笠宮さまは戦後の国民生活の荒廃を見て、ダンスやスケートなどの普及にも励まれた。教鞭(きょうべん)を執った東京女子大では、昼休みに学生らと講堂でフォークダンスを踊った。東京都三鷹市の女性(79)は「ステップはプロ級。楽しくて優しくて立派な方でした」と振り返った。

 40年以上の交流があった歴史学者の小林登志子さん(67)が今年3月に宮邸を訪れた際には、三笠宮さまは兄の昭和天皇から戦中に馬を贈られたことを話されていた。「陛下からいただいたので大切に乗っていた」と懐かしがられていたという。

 そのときには2020年の東京五輪・パラリンピックも話題に上り、小林さんが「宮さまもぜひ観戦にいらして」と促すと、「ユーモアをいつもお持ちだった」という三笠宮さまらしく、「無理、無理」といった様子で、笑いながら手を振られたという。

 小林さんは、高齢になってからも、三笠宮さまが自然災害の被災地を常に気にかけられていたことが印象に残っているといい、「最後まで皇族としての責任感を抱かれていた」としのんだ。


<三笠宮さま葬儀>彬子さま 学究の道「祖父いたから」
毎日新聞 11/5(土) 5:00配信

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彬子さま

 100歳で亡くなられた三笠宮さまの葬儀は、孫の彬子(あきこ)さま(34)が喪主代理を務め、喪主の三笠宮妃百合子さま(93)を支えられている。彬子さまは女性皇族として初めて博士号を取得し、学者として日本美術史の研究を続ける。これまでの毎日新聞の取材に「学者である祖父の存在があったからこそ今の私がある。このことを忘れたことはありません」と三笠宮さまへの尊敬の思いを語っていた。

 彬子さまは、三笠宮さまの長男で「ヒゲの殿下」として知られた故・寛仁さまの長女。学習院初等科時代から、疑問が浮かぶと同じ赤坂御用地(東京都港区)内に暮らす三笠宮さまの自宅を訪れたことがあったという。

 古代オリエント史の学者だった三笠宮さまの邸内には、百科事典などがずらりと並んでいた。三笠宮さまは彬子さまの質問にすぐに答えを示さず、「この本にはこう書いているが別の事典ではこうだよ」と話し、「資料を読んだうえであなたの答えを見つけなさい」と助言したという。彬子さまは「一つの資料だけで答えを導いてはいけないという教えだったと思う」と振り返った。

 最年長の孫である彬子さまは学究の道に進んだ。彬子さまが英国・オックスフォード大学に留学し、博士号を取得すると、三笠宮さまから「神武以来の快挙だ」と祝福されたという。彬子さまは「学問の厳しさを知っておられる祖父からの最高のほめ言葉でした」と語る。

 三笠宮さまは「常に新しいことに興味を持たれる方」だったという。高齢になって長年の趣味だった社交ダンスから離れると、日本舞踊に取り組んだ。80歳ごろからはワープロにも挑戦した。

 彬子さまは2013年、三笠宮さまが名誉総裁を務めていた日本・トルコ協会の総裁を寛仁さまから引き継いだ。三笠宮さまからは「本当にありがとう。よろしく頼むよ」と電話で励まされたという。彬子さまは「忘れられない最初で最後の祖父からの電話でした」と振り返っていた。彬子さまは現在、京都産業大学日本文化研究所などで研究活動を続けている。【長谷川豊】


俳句の筆記具など納め…三笠宮さま「墓所の儀」
読売新聞 11/4(金) 23:50配信

 三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で営まれた。

 午前には、告別式にあたる「葬場の儀」があり、喪主の妃殿下百合子さまをはじめとする皇族方や三権の長ら約580人が参列。午後には、新宿区の落合火葬場でご遺体を火葬後、再び同墓地に戻り、納骨、埋葬にあたる「墓所の儀」が行われた。

 ご遺体を納めた柩(ひつぎ)は午前10時頃、葬場の祭壇に安置された。慣例により出席されない天皇、皇后両陛下の使者に続き、参列者たちは順次、祭壇に黙礼。一般拝礼者約1300人も最後のお別れに駆けつけた。

 宮内庁によると、副葬品には背広などのほか、趣味の俳句を書き留めるための手帳、筆記用具などが納められたという。その後、三笠宮さまの孫にあたる喪主代理の彬子(あきこ)さまが墓標に玉串をささげ、「この墓所で永遠にお鎮まりください」という趣旨の「斂葬詞」を読み上げられた。


三笠宮さま薨去 「大殿下」にお別れ 斂葬の儀 ゆかりの人々、お人柄しのぶ
産経新聞 11/4(金) 23:41配信

 哀愁を帯びた雅楽の調べに包まれ、儀式は厳かに進んだ。4日に豊島岡(としまがおか)墓地(東京都文京区)で営まれた三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」。会場内外ではゆかりの人が最後を見送り、明るく気さくだった「大殿下」のお人柄をしのんだ。

 ひつぎを乗せた霊車は、宮内庁楽部による雅楽「竹林楽(ちくりんらく)」の演奏が流れる中、真榊や供花が並ぶ葬場にゆっくりと進み、三笠宮妃百合子さまが車いすで続かれた。東園基政司祭長による「祭詞」では、大学での講義や遺跡の発掘調査など、生前のご活動や功績が読み上げられた。

 参列者の中には、三笠宮さまがファンと公言し、親交を重ねられた演歌歌手の石川さゆりさんの姿もあり、「たくさん歌を聴いていただきました。深い悲しみと感謝でいっぱいです」と声を絞り出した。

 一般拝礼の列に並んだ東大名誉教授の内藤広さん(66)は、ご研究仲間だった親族が縁で三笠宮さまと知り合った。「宮邸にもお邪魔させていただいた。誰とでも分け隔てなく接するお姿が印象的でした」

 天皇、皇后両陛下は慣例で儀式に参列されず、勅使の河相周夫侍従長らが拝礼した。両陛下は5日に墓所を参拝されるという。


<三笠宮さま「斂葬の儀」>愛用の文具とともに
毎日新聞 11/4(金) 23:29配信

 亡くなられた三笠宮さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれた。中心的な儀式である「葬場(そうじょう)の儀」には582人が参列した。火葬の後、「墓所の儀」が行われ、遺骨を納めた箱が墓所に埋葬された。

 葬場の儀は午前10時過ぎに始まり、参列した皇族方らが拝礼した。喪主を務める妻の百合子さま(93)は車いすで参列され、拝礼の際はひつぎの前で立ち上がり、深く頭を下げていた。

 慣例により天皇、皇后両陛下は参列されず、使者の河相周夫侍従長と高橋美佐男侍従次長が参列した。

 新宿区の落合火葬場で火葬された後、豊島岡墓地で「墓所の儀」が行われた。遺骨を納め、白い布で包まれた箱が宮内庁職員に抱えられ、皇族総代の秋篠宮ご夫妻らが見守る中、石室に埋葬された。喪主代理を務める孫の彬子(あきこ)さま(34)が、別れを告げる「斂葬詞(れんそうし)」を読み上げた。

 三笠宮さまの墓は、先立たれた長男の寛仁さま(2012年6月逝去)、次男の桂宮さま(14年6月同)、三男の高円宮さま(02年11月同)の墓の近くに造営された。副葬品として、三笠宮さまが俳句の創作に使っていた手帳や国語辞典、原稿用紙、筆記用具などが納められた。

 同墓地では一般拝礼も行われ、1335人が訪れた。6、7両日の午前10時から午後3時には、墓前での一般参拝が行われる。三笠宮さまの一連の葬儀は、逝去から1年後に行われる「墓所一周年祭の儀」まで続く。【高島博之、山田奈緒】


三笠宮さま薨去 75年支え続けられた百合子さま、最後のお別れ
産経新聞 11/4(金) 22:42配信

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三笠宮さまのひつぎを乗せた車と共に葬場を後にされる三笠宮妃殿下の百合子さま=4日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(酒巻俊介撮影)(写真:産経新聞)

 三笠宮妃百合子さまが、75年にわたって支え続けた三笠宮さまに最後の別れを告げられた。薨去の瞬間も病室で寄り添い、4日までの一連の儀式では喪主として気丈に振る舞われた。

 「陰になり日なたになり私を助けてくれた」。結婚70周年を迎えた平成23年10月に公表した所感で、三笠宮さまは百合子さまへの感謝をこうつづられた。

 終戦間際の空襲で宮邸を焼かれる苦難を経験されたご夫妻。5人のお子さまに恵まれながら、親王方3人に先立たれた悲しみも、互いに励まし合って乗り越えられてきた。

 今年5月に三笠宮さまが入院されると、百合子さまは疲れから体調を崩しながらも足しげく見舞われた。10月27日に最期を見届けた際には「宮さま」と連呼して涙を流されたという。この日の斂葬の儀では、ひつぎの前で車いすから立ち上がり、深々と一礼された。


拝礼された百合子さま
時事通信 11/4(金) 19:33配信

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三笠宮さまの「墓所の儀」で拝礼された喪主の同妃百合子さま=4日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)

(時事通信社)


拝礼される彬子さま
時事通信 11/4(金) 19:33配信

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三笠宮さまの「墓所の儀」で拝礼される喪主代理の三笠宮家の彬子さま=4日午後、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影)

(時事通信社)


三笠宮さま、墓所に埋葬=愛用の品々と一緒に
時事通信 11/4(金) 18:24配信

 先月27日に100歳で亡くなられた三笠宮さまの遺骨を埋葬する「墓所の儀」が4日午後、豊島岡墓地(東京都文京区)の墓所で行われた。

 これで本葬「斂葬(れんそう)の儀」の行事は全て終了した。

 三笠宮さまのご遺体は午前中の「葬場の儀」が終わった後、新宿区の落合斎場に移され、火葬された。遺骨は午後4時すぎ、豊島岡墓地に戻り、墓所に埋葬された。

 三笠宮さまの墓所は長男寛仁(ともひと)さま、次男桂宮さま、三男高円宮さまが眠る墓所のすぐそば。副葬品として、愛用していた洋服や食器、俳句を書き留めていた手帳のほか、これからも執筆活動ができるようにと原稿用紙や筆記用具、国語辞典が納められた。

 午後5時ごろには、喪主代理を務める三笠宮家の彬子(あきこ)さま(34)が墓所に玉串をささげ、深々と拝礼。安らかに眠るよう祈る「斂葬詞」を読み上げた。続いて、喪主の同妃百合子さま(93)ら皇族方が拝礼した。

 宮内庁によると、4日に豊島岡墓地で行われた一般拝礼には1335人が参列。墓所への一般参拝は6、7日の午前10時~午後3時に受け付ける。


三笠宮さまの遺影と拝礼者
時事通信 11/4(金) 14:51配信

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「斂葬(れんそう)の儀」の葬場内に飾られた三笠宮さまの遺影と多くの一般拝礼者=4日午後、東京都文京区の豊島岡墓地


三笠宮さまの遺影
時事通信 11/4(金) 13:54配信

880
「斂葬(れんそう)の儀」で、葬場内に飾られた三笠宮崇仁さまの遺影=4日午後、東京都文京区の豊島岡墓地


<三笠宮さまご逝去>ひつぎの車列、厳かに 斂葬の儀
毎日新聞 11/4(金) 13:52配信

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人々に見送られながら赤坂御用地を出発する三笠宮さまのひつぎを乗せた車=東京都港区で2016年11月4日午前9時9分、中村藍撮影

 10月27日に亡くなられた三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれた。三笠宮さまのひつぎが安置されていた東京都港区の三笠宮邸では、斂葬(れんそう)の儀に先立ち、「霊車発引(れいしゃはついん)の儀」があった。ひつぎが車に移され、皇宮警察音楽隊がショパン作曲の「葬送行進曲」を演奏する中、17台の車列が静かに出発した。

 車列は「斂葬の儀」が行われる文京区の豊島岡墓地に向かい、道筋の皇居・大手門前では宮内庁職員や皇宮警察職員らが整列して見送った。

 墓地内に到着すると、車の両脇に、三笠宮さまが名誉総裁を務めた日本スリランカ協会の名誉会長の福田康夫元首相や、客員教授を務めた東京芸大の前学長、宮田亮平文化庁長官らゆかりの深い6人が寄り添って歩き、ひつぎが祭壇に置かれた。

 葬儀をつかさどる司祭長は、三笠宮さまが名誉総裁を務めた日本・トルコ協会の東園基政(もとまさ)常任理事が務めた。東園氏は「祭詞(さいし)」の中で、大学で古代オリエント史の講義をしたことや、日本レクリエーション協会や日本フォークダンス連盟の名誉総裁として全国各地を訪ね、発展に寄与したことなどを紹介し、逝去を悼んだ。【高島博之】


葬場に向かう一般拝礼者
時事通信 11/4(金) 12:32配信

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三笠宮崇仁さまの「斂葬(れんそう)の儀」の葬場に続く一般拝礼者の列=4日、東京都文京区の豊島岡墓地


三笠宮さま斂葬の儀、皇族方ら最後のお別れ
読売新聞 11/4(金) 11:54配信

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斂葬の儀に参列される三笠宮妃百合子さま(4日午前9時51分、東京都文京区で)=佐々木紀明撮影

 先月27日に100歳で逝去された三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で営まれた。

 午前10時過ぎに始まった「葬場の儀」には、喪主の妃殿下百合子さまや皇太子ご夫妻ら皇族方14人のほか、安倍首相ら三権の長など約580人が参列した。

 三笠宮さまの柩(ひつぎ)を乗せた「霊車」は午前9時頃、10台余りの車列を組み、港区の赤坂御用地内にある宮邸を出発した。車列は、青山通りや皇居・大手門前などを進み、沿道では、頭を下げたり、手を合わせたりする人がみられた。


拝礼を終えた石川さん
時事通信 11/4(金) 11:47配信

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三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」で拝礼を終え、皇族方に一礼する演歌歌手の石川さゆりさん(中央奥)=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地

(時事通信社)


拝礼する天皇の勅使
時事通信 11/4(金) 11:47配信

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三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」で拝礼する天皇、皇后両陛下の使者の河相周夫侍従長=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地

(時事通信社)


「大殿下」に最後のお別れ=車椅子から立ち上がり―百合子さま、斂葬の儀
時事通信 11/4(金) 11:43配信

 大正、昭和、平成と激動の一世紀を生き抜き、晩年は「大殿下」と親しまれた三笠宮崇仁さまとの別れを多くの人々が惜しんだ。

 豊島岡墓地(東京都文京区)で4日、厳かに営まれた「斂葬(れんそう)の儀」。車いす姿で参列した喪主の同妃百合子さま(93)は拝礼の際、ひつぎの前で立ち上がり、長年連れ添った三笠宮さまに最後のお別れをされた。

 ひつぎが納められた霊きゅう車は午前9時ごろ、車列を組んで静かに出発。皇宮警察音楽隊がショパンの葬送行進曲を奏でる中、職員に見送られて赤坂御用地(港区元赤坂)の三笠宮邸をゆっくりと後にした。皇居の大手門前では宮内庁職員らが一列に待機。午前9時20分ごろ車列が前を通り過ぎると深く一礼し、三笠宮さまを静かに見送った。

 車列は午前9時半すぎに墓地に到着。雅楽の葬送曲「竹林楽」が奏でられると、葬場は厳粛な雰囲気に包まれた。喪主代理を務める三笠宮家の彬子さま(34)ら皇族方が見守る中、ひつぎを乗せた霊きゅう車はゆっくりと祭壇の前へ。肩までかかる黒いベールで顔を覆った百合子さまは、車いすで霊きゅう車の後に続き、葬場に入った。

 ひつぎが祭壇に安置されると、午前10時すぎに葬場の儀が始まり、司祭長が三笠宮さまの生涯や功績を記した祭詞(さいし)を読み上げた。戦後、古代オリエント史の学者やフォークダンスの連盟総裁などとして各方面で活躍し、晩年もご夫妻で穏やかな日々を過ごしたという内容で、百合子さまは車いすに座って静かに耳を傾けた。

 その後、百合子さまは天皇、皇后両陛下の使者に続いてひつぎの前へ進むと、車いすから立ち上がって玉串をささげ、拝礼した。皇太子ご夫妻や彬子さまら皇族方も続いて深々と頭を下げ、三笠宮さまにお別れをした。

 親族や各界の代表、親交のあった人々らも次々に拝礼。三笠宮さまがファンで、コンサートに出向くなど生前交流があったという歌手の石川さゆりさんや、キャロライン・ケネディ駐日米大使の姿も見られた。

 墓地周辺の沿道には、お別れをしようと大勢の人が列を作った。東京女子大に通っていた学生時代、教壇に立つ三笠宮さまと昼休みにフォークダンスを楽しんだという三鷹市の主婦(79)は「ダンスがプロ級にお上手なだけでなく、本当に優しくご立派な方だった。一つの時代が終わった気がする」とハンカチで涙を拭いながら話した。


拝礼に向かわれる彬子さま
時事通信 11/4(金) 11:42配信

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三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」で拝礼に向かわれる喪主代理の三笠宮家の彬子さま=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地


三笠宮さま薨去 明るく気さくな「大殿下」にお別れ 豊島岡墓地で斂葬の儀 ゆかりの人々、お人柄しのぶ
産経新聞 11/4(金) 11:36配信

 哀愁を帯びた雅楽の調べに包まれ、儀式は厳かに進んだ。4日午前、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で営まれた三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」。オリエント史を研究された「学者」である一方、明るく気さくなお人柄で親しまれた「大殿下」を、多くの人が葬場や沿道で見送った。

 午前9時35分、ひつぎを乗せた霊車が墓地に到着。真榊(まさかき)や供花が並んだ葬場へ、ゆっくりと進んだ。灰色の装束をまとった宮内庁楽部による雅楽「竹林楽(ちくりんらく)」の演奏が流れる中、車の両側には文化庁の宮田亮平長官ら6人が並んで歩き、喪服姿の三笠宮妃百合子さまが続かれた。

 ひつぎが葬場に安置されると、日本・トルコ協会の常任理事、東園基政司祭長による「祭詞(さいし)」の読み上げが始まった。各大学で行った古代オリエント史の講義、トルコでの発掘調査支援など、生前のご活動や功績が朗読されると、百合子さま、孫で三笠宮家の彬子さまは静かに耳を傾けられた。

 葬場には、三笠宮さまのご研究仲間など、ゆかりの人も参列。一般拝礼を待つ人は墓地周辺で列をなし、三笠宮さまをしのんだ。

 三笠宮さまが初代会長を務められた日本オリエント学会を通じた研究仲間で、40年以上にわたって交流があった歴史学者の小林登志子さん(67)は、今年3月に宮邸を訪れ、雑談をしたのが最後になった。2020年の東京五輪が話題に上り、小林さんが「宮さまもぜひ観戦にいらして」と促すと、三笠宮さまは「無理、無理」と言うように、笑いながら手を振られていたという。

 小林さんは「学会の土台を作られた功績は計り知れません。最後まで皇族としての務めに責任感を持ちながら、ユーモアをいつも忘れない方でもありました」と別れを惜しんだ。

 親族が三笠宮さまの研究仲間だったという東京大学名誉教授の内藤広さん(66)は「宮邸にもお邪魔させてもらい、子供の時からよくしていただきました」と振り返り、「誰とでも分け隔てなく接するお姿が印象的でした。本当にありがとうございますとお伝えしたい」と話した。

 墓地へ向かう途中の皇居・大手門では宮内庁職員やOBらが見送った。宮内庁OBの玉生(たまにう)一美さん(66)は「昭和という時代が完全に終わった気がする。安らかに眠っていただきたい」と悼んだ。近くにあるホテルの従業員らも道路沿いに並び、車列に頭を下げる姿も見られた。


三笠宮さま薨去 しめやかに斂葬の儀 喪主の百合子さま、孫の彬子さま、皇太子ご夫妻がご参列 安倍晋三首相や政財界関係者、各国駐日大使らも
産経新聞 11/4(金) 11:22配信

 10月27日に100歳で薨去(こうきょ)された三笠宮さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の「豊島岡(としまがおか)墓地」でしめやかに営まれた。このうち午前中の「葬場(そうじょう)の儀」には、喪主の三笠宮妃百合子さまと、喪主代理を務める孫で三笠宮家の彬子さま、皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方がご参列。親族や安倍晋三首相ら政財界関係者、各国駐日大使ら582人が三笠宮さまを悼んだ。

 ご遺体を納めたひつぎを乗せた霊車は午前9時ごろ、赤坂御用地(東京都港区)の三笠宮邸を出発。皇居を半周するように内堀通りを通り、同9時35分ごろ、同墓地に到着した。

 参列者が左右2つの幄舎(あくしゃ)と呼ばれるテントで見守る中、霊車が葬場に移動。三笠宮さまが名誉総裁に就かれていた日本・トルコ協会の常任理事、東園基政司祭長が、三笠宮さまの生前のご活動やお人柄をしのぶ「祭詞(さいし)」を読み上げた。

 続いて、しきたりで参列されない天皇、皇后両陛下から差し向けられた使者の河相周夫(ちかお)侍従長らが玉ぐしをささげ拝礼。百合子さまをはじめ、皇族方が続かれた。

 午後は落合火葬場(新宿区)での火葬の後、ご遺骨を埋葬する「墓所(ぼしょ)の儀」が行われる。墓所は平成24年6月に薨去された長男の寛仁親王殿下の墓と並ぶ形となる。

 三笠宮さまは大正天皇の第4皇男子で、陛下の叔父にあたる。皇族の葬儀は三笠宮さまの次男、桂宮さまが薨去された26年6月以来。


百合子さまと皇族方
時事通信 11/4(金) 10:46配信

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三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」で司祭長の祭詞を聞かれる同妃百合子さまと皇族方=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地

(時事通信社)


<三笠宮さまご逝去>斂葬の儀 皇太子ご夫妻ら600人参列
毎日新聞 11/4(金) 10:44配信

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豊島岡墓地へ向かう三笠宮さまのひつぎを乗せた車両を見送る宮内庁の職員ら=東京都千代田区で2016年11月4日午前9時20分、小川昌宏撮影

 ◇喪主は妻百合子さま 東京・文京の豊島岡墓地で

 10月27日に亡くなられた三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれた。中心的な儀式である「葬場(そうじょう)の儀」には喪主の妻百合子さま(93)や皇太子ご夫妻ら皇族方、安倍晋三首相ら約600人が参列した。

 午前9時ごろ、港区の赤坂御用地の宮邸をひつぎを乗せた車が出発。皇居周辺などを通って同9時35分ごろ墓地に到着した。墓地内では雅楽の葬送曲「竹林楽(ちくりんらく)」が演奏される中、車が参列者の間をゆっくり走行し、祭壇にひつぎが安置された。

 午前10時過ぎに葬場の儀が始まり、三笠宮さまの功績などをしのぶ「祭詞(さいし)」が読み上げられた。その後、百合子さまや皇太子ご夫妻らが拝礼された。天皇、皇后両陛下は慣例によって参列されず、使者として河相周夫侍従長と高橋美佐男侍従次長が参列した。

 同日午後には新宿区の落合火葬場で火葬が行われ、同墓地で埋葬の儀式「墓所の儀」が執り行われる。

 斂葬の儀は本葬に当たる神道形式の儀式。一連の葬儀は逝去の1年後に行われる「墓所一周年祭の儀」まで続く。皇室の葬儀の手順を定めた1926年公布の「皇室喪儀令」は47年に廃止されたが、その後も皇室の葬儀は同令を参考にして営まれている。【高島博之】


会場に向かう黒田清子さんご夫妻
時事通信 11/4(金) 10:33配信

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三笠宮崇仁さまの「斂葬(れんそう)の儀」の会場に向かう天皇、皇后両陛下の長女黒田清子さんご夫妻=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地


参列される百合子さま
時事通信 11/4(金) 10:27配信

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三笠宮さまの「斂葬(れんそう)の儀」に参列される同妃百合子さまと皇族方=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地


三笠宮さまのひつぎ
時事通信 11/4(金) 10:27配信

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霊きゅう車に乗せられる三笠宮さまのひつぎ=4日午前、東京都港区の赤坂御用地(代表撮影)


葬場に向かう安倍首相
時事通信 11/4(金) 10:27配信

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三笠宮崇仁さまの「斂葬(れんそう)の儀」の葬場に向かう安倍晋三首相(中央)=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地

(時事通信社)


見送られる秋篠宮ご夫妻と皇族方
時事通信 11/4(金) 10:27配信

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三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車を見送られる秋篠宮ご夫妻と皇族方=4日午前、東京都港区の赤坂御用地(代表撮影)

(時事通信社)


葬場に向かわれる皇太子ご夫妻と皇族方
時事通信 11/4(金) 10:23配信

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三笠宮崇仁さまの「斂葬(れんそう)の儀」の葬場に向かわれる皇太子ご夫妻と皇族方=4日午前、東京都文京区の豊島岡墓地


三笠宮さまを見送る宮内庁職員ら
時事通信 11/4(金) 10:23配信

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三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車を見送る宮内庁職員(手前)ら=4日午前、東京都千代田区


三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車
時事通信 11/4(金) 10:23配信

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宮内庁職員(奥)に見送られ、豊島岡墓地に向かう三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車=4日午前、東京都千代田区

(時事通信社)


三笠宮さま、きょう斂葬の儀=皇族方、三権の長ら参列―東京
時事通信 11/4(金) 10:05配信

 先月27日に100歳で亡くなられた三笠宮崇仁さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれる。

 喪主の同妃百合子さま(93)ら皇族方のほか、三権の長、ゆかりの人ら約600人が参列し、歴史学や国際親善、スポーツなど幅広い分野で活躍した三笠宮さまと最後のお別れをする。

 三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車は、午前9時に港区元赤坂の赤坂御用地内にある宮邸を出発。車列は皇居前などを経て、午前9時半すぎに同墓地に到着する。雅楽の葬送曲が流れる中、霊きゅう車はゆっくりと会場内を進み、葬場にひつぎが安置される。

 一般の告別式に当たる「葬場の儀」は午前10時から始まり、儀式をつかさどる司祭長の東園基政日本・トルコ協会常任理事が、三笠宮さまの生涯や功績を記した祭詞(さいし)を朗読する。その後、慣例で参列しない天皇、皇后両陛下の使者の河相周夫侍従長らが玉串をささげて拝礼し、百合子さま、皇太子ご夫妻ら皇族方、親族らがこれに続く。

 正午前からは一般市民の拝礼が行われ、多くの人々が最後の別れをする。

 葬儀は三笠宮家の行事として執り行われ、百合子さまが高齢のため、喪主代理を孫の三笠宮家の彬子さま(34)が務める。葬儀委員長は秋元義孝宮内庁式部官長。

 ご遺体は午後、落合斎場(新宿区)で火葬され、夕方には豊島岡墓地内の墓所に納骨・埋葬する「墓所の儀」が営まれる。墓所での一般参拝は6、7両日の午前10時~午後3時に受け付ける。


三笠宮さま、豊島岡墓地できょう斂葬の儀
産経新聞 11/4(金) 7:55配信

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三笠宮さまの葬列コース(写真:産経新聞)

 三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区にある「豊島岡(としまがおか)墓地」で執り行われる。天皇、皇后両陛下は、慣例により通夜や葬儀に参列しないため、3日午後に赤坂御用地(港区)の三笠宮邸を訪ね、最後の別れをされた。

 4日はご遺体のひつぎを乗せた霊車が午前9時に宮邸を出発。青山通りに面した赤坂御用地南門から、皇居を半周するように内堀通りを通過し、首都高速5号池袋線を経て11・2キロ離れた同墓地に35分かけて到着する。同10時から皇族方が参列されるほか、三権の長やゆかりの人約600人が出席する斂葬の儀の「葬場(そうじょう)の儀」が行われる。

 落合火葬場(新宿区)での火葬後、ご遺骨を埋葬する「墓所(ぼしょ)の儀」は同日午後に行われる。喪主は三笠宮妃百合子さまが務められる。

 一般拝礼は同墓地で、午前11時40分~午後0時半と同1時半~2時半の2回受け付ける。

 また、宮内庁は3日、宮邸で同日まで受け付けていた一般弔問記帳数が計7575人だったと発表した。同日には、宮邸で「霊代(れいだい)安置の儀」があり、皇族方が拝礼された。


百寿展企画の中近東文化センター理事長「柩側者」に=三笠宮さま自筆ノートなど展示
時事通信 11/4(金) 7:05配信

 4日の「斂葬(れんそう)の儀」で、ひつぎを納めた霊きゅう車に付き添う「柩側者(きゅうそくしゃ)」(計6人)を、三笠宮さまが名誉総裁をされていた中近東文化センター(東京都三鷹市)の阿部知之理事長(73)が、福田康夫元首相らと共に務める。

 阿部理事長は三笠宮さまの100歳を記念し、歴史学者としての業績を紹介する特別展を企画。「皇族でこれだけすごい研究者がいらっしゃったということを残したかった」と語る。

 同センターは三笠宮さまの発意で、出光興産の創業者、故出光佐三氏の全面協力を得て1979年に開館。三笠宮さまがかつて週3~4回、研究のため訪れていたゆかりの深い場所だ。

 命日のちょうど1年前に当たる昨年10月27日、同センターで三笠宮さまの100歳を祝う会が開かれ、同妃百合子さま(93)や孫で同センター総裁の三笠宮家の彬子さま(34)のほか、阿部理事長らが出席。三笠宮さまが、ケーキに立てられたろうそくの火を「ふっ」と吹き消すと、周囲から拍手が湧き起こった。

 特別展では、歴史学の研究で書いた直筆のノートや年表、出版した本や写真などを展示。ノートには細かい字がびっしりと記されている。同センターの職員は「理事長が宮さまと相談の上で作り上げた展示物には、宮さまの魂が残っていると思う」と話した。

 特別展の詳細は同センター0422(32)7111まで。


三笠宮さま「斂葬の儀」、4日に豊島岡墓地で
読売新聞 11/4(金) 0:03配信

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(写真:読売新聞)

 三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」が4日午前10時から、東京都文京区の豊島岡(としまがおか)墓地で営まれる。

 皇太子ご夫妻ら皇族方のほか、安倍首相ら三権の長、ゆかりの人々など、約600人が参列。天皇、皇后両陛下は皇室の慣例により参列せず、侍従長らを使者として遣わされる。一般拝礼は、午前11時40分からと午後1時半からの2回に分けて受け付ける。

 三笠宮さまの柩(ひつぎ)を乗せた車は午前9時、車列を組んで赤坂御用地(港区元赤坂)の宮邸を出発。青山通りから三宅坂交差点を右折、皇居を半周するように内堀通りを進み、首都高速5号線を経由して、同9時35分、同墓地に到着する。周辺では交通規制が行われる。

          ◇

 両陛下は3日、宮邸を訪れ、三笠宮さまに最後の別れをされた。午後3時半頃、宮邸を出発される際には、宮家の職員をいたわるように声を掛けられた。午後6時からは前日に続いて通夜が営まれた。宮内庁によると、3日で受け付けを終了した一般の弔問記帳者数は、先月28日から計7575人に上った。


三笠宮邸に入られる眞子さまと佳子さま
時事通信 11/3(木) 19:44配信

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三笠宮邸に入られる秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまと次女佳子さま=3日午後、東京都港区の赤坂御用地(代表撮影)

(時事通信社)


三笠宮邸を出られる両陛下
時事通信 11/3(木) 18:36配信

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三笠宮邸を出られる天皇、皇后両陛下=3日午後、東京都港区の赤坂御用地(代表撮影)

(時事通信社)


三笠宮さま、4日に斂葬の儀=東京・豊島岡墓地で
時事通信 11/3(木) 15:42配信

 先月27日に100歳で亡くなられた三笠宮さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれる。

 喪主の同妃百合子さま(93)ら皇族方のほか、親族や三権の長、ゆかりの人ら約600人が参列する。

 慣例で参列しない天皇、皇后両陛下は3日午後、三笠宮邸を訪れ、最後のお別れをした。4日の斂葬の儀には使者を派遣する。

 三笠宮さまのひつぎを乗せた霊きゅう車は4日午前9時に赤坂御用地内の宮邸(港区)を出発し、皇居前などを通って午前9時35分に豊島岡墓地に到着する。ご遺体は午後、落合斎場(新宿区)で火葬され、夕方、同墓地に埋葬される。

 一般の告別式に当たる「葬場の儀」は午前10時から始まり、終了後の午前11時40分~午後0時半、午後1時半~午後2時半の2回、一般拝礼を受け付ける。墓所への一般参拝は6、7両日の午前10時~午後3時。


<三笠宮さまご逝去>4日、斂葬の儀 豊島岡墓地で
毎日新聞 11/2(水) 18:30配信

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三笠宮さまの葬列ルート

 10月27日に100歳で亡くなられた三笠宮さまの本葬に当たる「斂葬(れんそう)の儀」が4日、東京都文京区の豊島岡墓地で営まれる。三笠宮さまのひつぎは同日朝、お住まいだった赤坂御用地(港区)の三笠宮邸から車で移されるため、周辺道路は交通規制が行われる。

 宮内庁によると、ひつぎを乗せた車は午前9時に宮邸を出発する。皇居周辺を通過し、首都高速5号池袋線(一ツ橋-早稲田)を通る11.2キロのルートで、午前9時35分に墓地に到着する。

 午前10時からの斂葬の儀には、皇族方をはじめ、ゆかりの人々が参列する。ひつぎは落合火葬場(新宿区)に移され、火葬後に同墓地内の墓に埋葬される。喪主は妻の百合子さま(93)が務め、葬儀をつかさどる司祭長は日本・トルコ協会常任理事の東園基政氏が務める。三笠宮さまは同協会の名誉総裁だった。

 墓地では同日、一般拝礼を2回に分けて受け付ける。1回目は午前11時40分~午後0時半、2回目は同1時半~同2時半。また6、7両日の午前10時~午後3時は墓前での一般参拝を行う。一般拝礼、一般参拝とも正門から入る。服装は自由で、花や供え物は受け付けない。【山田奈緒】


三笠宮さま本葬、宮内庁が葬列通過の順路発表
読売新聞 11/2(水) 7:46配信

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(写真:読売新聞)

 宮内庁は1日、三笠宮さまの本葬にあたる「斂葬(れんそう)の儀」の葬列が通過する順路を発表した。

 斂葬の儀は4日午前10時から東京都文京区大塚の豊島岡(としまがおか)墓地で営まれる。

 同庁によると、三笠宮さまの柩(ひつぎ)は同日午前9時、車列を組んで赤坂御用地(港区元赤坂)の宮邸を出発。青山通りから三宅坂交差点を右折、皇居を半周するように内堀通りを進み、首都高速5号線を経由して同9時35分、同墓地に到着する。車列の通過に伴い、周辺では交通規制が行われる。

 また、斂葬の儀では、午前11時40分から午後0時半までと、同1時半から同2時半までの2回に分け、一般拝礼を受け付ける。墓所でも6、7日の午前10時から午後3時まで一般参拝が可能。

 一方、1日の閣議では、三笠宮さまの葬儀や墓の造営に今年度予算の予備費から約2億900万円を支出することが決まった。葬儀などの費用総額は、来年度予算分も合わせて約2億8900万円となる見通し。

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