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2016年10月20日 (木)

皇后陛下、本日20日、82歳のお誕生日をお迎え

皇后陛下は本日20日、82歳のお誕生日をお迎えになられた。

皇后陛下はこの日に先立ち、宮内記者会の質問に文書でご回答され、8月に天皇陛下が「生前退位」のご意向を示されたことについて「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」とご理解を示される一方、新聞報道に接し「衝撃は大きなものでした」とつづられた。天皇陛下のお気持ち表明について、皇后陛下が感想を述べられたのは初めて。

皇后陛下は、新聞の1面で「生前退位」という大きな活字をご覧になられた際、大きな衝撃を受けられたという。その理由として「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と自らの心情を振り返った一方、「私の感じ過ぎであったかもしれません」とも記された。

このほか、熊本地震台風10号、阿蘇山噴火などの被害に触れ「皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならない」とつづられた。

皇后陛下のお誕生日をお祝い申し上げますとともに、ご健康とご長寿を衷心よりご祈念申し上げます。

リンク:<皇后さま>誕生日行事、皇族方や閣僚ら次々に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:誕生日を迎えられる皇后さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:歓談される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:散策される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま82歳 「生前退位」報道 驚きと痛み - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:宮内庁幹部「言葉の裏側を連想されたのでは」 皇后さま82歳ご回答文書 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま82歳 生前退位報道「驚きと痛み」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま誕生日の宮内記者会質問と回答(全文) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま82歳、「生前退位」に言及 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さまの回答全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「生前退位」報道に衝撃=陛下の表明「謹んで承った」―皇后さま、82歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>皇后さま82歳 「生前退位」に衝撃 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>皇后さま82歳 次世代へ深い配慮 自然災害に心痛 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇室>皇后さま82歳 質問と回答全文 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<皇后さま>誕生日行事、皇族方や閣僚ら次々に
毎日新聞 10月20日(木)18時10分配信

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられ、皇居の宮殿や住まいの御所で行われた祝賀行事に皇族方や閣僚らが次々と訪れた。

 午前中は宮内庁や皇宮警察の職員らによる行事のほか、安倍晋三首相や衆参両院の議長、最高裁長官らが祝意を伝える行事があった。昼には宮殿で天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻をはじめ皇族方が集まられ、祝宴が開かれた。【高島博之】


誕生日を迎えられる皇后さま
時事通信 10月20日(木)9時3分配信

565
82歳の誕生日を迎えられる皇后さま=9月23日、皇居・御所「応接室」(宮内庁提供)


歓談される両陛下
時事通信 10月20日(木)9時3分配信

564
天皇陛下が小学生時代に使っていた教科書を手に歓談される天皇、皇后両陛下=9月23日、皇居・御所「応接室」(宮内庁提供)


散策される両陛下
時事通信 10月20日(木)9時3分配信

563
散策される天皇、皇后両陛下=5日、皇居・宮殿「南庭」(宮内庁提供)


皇后さま82歳 「生前退位」報道 驚きと痛み
SankeiBiz 10月20日(木)8時15分配信

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、8月に天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたことについて理解を示す一方、新聞報道に接し「衝撃は大きなものでした」とつづられた。陛下のお気持ち表明について、皇后さまが感想を述べられたのは初めて。

 皇后さまは、8月の陛下のビデオメッセージを「現在のお気持ちのにじむ内容のお話」とご表現。皇室の重大な決断が行われる場合に関われるのは「皇位の継承に連なる方々」とし、配偶者や親族であってはならないとの考えを示したうえで「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」と記された。

 陛下は2012年7月以降、月1回のペースで皇太子さま、秋篠宮さまを御所に招き、皇后さまと昼食をともにされている。陛下は、皇太子さま、秋篠宮さまの2人には事前に「生前退位」の意向を伝えたとされていたが、こうした機会に意見交換を重ねてこられたとみられる。

 ただ、皇后さまは、新聞の1面で「生前退位」という大きな活字を見た際、大きな衝撃を受けられたという。その理由として「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と自らの心情を振り返った一方、「私の感じ過ぎであったかもしれません」とも記された。

 このほか、熊本地震や台風10号、今月8日の阿蘇山噴火の被害に触れ「皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならない」とつづられた。


宮内庁幹部「言葉の裏側を連想されたのでは」 皇后さま82歳ご回答文書
産経新聞 10月20日(木)8時10分配信

 82歳の誕生日に先立ち、天皇陛下のご意向を「生前退位」との表現で報じた新聞報道について「衝撃」「驚き」「痛み」などの言葉で振り返られた皇后さま。宮内庁幹部は「初めて『生前退位』という単語に触れ、言葉の裏側に『死』を連想されたのではないか」と推し量った。

 陛下は8月のお気持ち表明より6年前の平成22年7月、「参与会議」の場ですでに退位への決意を打ち明けられ、皇后さまもその場に同席されていた。陛下は当時、「譲位」という言葉で説明されていた。

 このほか、宮内記者会の質問に対する回答文書では今年1月、天皇陛下とともにフィリピンでの戦没者慰霊を果たされたことを「心から感謝しています」と言及。戦後、フィリピン側が「憎しみの連鎖を断ち切るため」として、日本人捕虜を釈放したことに「改めて思いを致しました」と振り返られた。

 今夏のリオデジャネイロ五輪・パラリンピックについては「優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがありました」。一方、初の試みだった難民チームには「四年後の東京では、この中の一人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません」との思いを寄せられた。

 また、最近心にかかることに駅での視覚障害者の転落死事故を挙げ「様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切」と訴えられた。


皇后さま82歳 生前退位報道「驚きと痛み」
産経新聞 10月20日(木)7時55分配信

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、8月に天皇陛下が「生前退位」の意向を示されたことについて理解を示す一方、新聞報道に接し「衝撃は大きなものでした」とつづられた。陛下のお気持ち表明について、皇后さまが感想を述べられたのは初めて。

 皇后さまは、8月の陛下のビデオメッセージを「現在のお気持ちのにじむ内容のお話」とご表現。皇室の重大な決断が行われる場合に関われるのは「皇位の継承に連なる方々」とし、配偶者や親族であってはならないとの考えを示したうえで「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」と記された。

 陛下は平成24年7月以降、月1回のペースで皇太子さま、秋篠宮さまを御所に招き、皇后さまと昼食をともにされている。陛下は、皇太子さま、秋篠宮さまの2人には事前に「生前退位」の意向を伝えたとされていたが、こうした機会に意見交換を重ねてこられたとみられる。

 ただ、皇后さまは、新聞の1面で「生前退位」という大きな活字を見た際、大きな衝撃を受けられたという。その理由として「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と自らの心情を振り返った一方、「私の感じ過ぎであったかもしれません」とも記された。

 このほか、熊本地震や台風10号、今月8日の阿蘇山噴火の被害に触れ「皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならない」とつづられた。


皇后さま誕生日の宮内記者会質問と回答(全文)
読売新聞 10月20日(木)5時15分配信

 82歳の誕生日にあたり皇后さまが宮内記者会の質問に文書で答えられた内容は次の通り。

 問 この1年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました。8月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました。この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

(ご回答)

 昨年の誕生日以降、この1年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、これを記している今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、被害の規模を心配しています。8月末には、台風10号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました。この地方を始め、これから降灰の続くであろう阿蘇周辺の人々――とりわけ今収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています。自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます。皆(みな)が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています。

 今年1月にはフィリピンの公式訪問がありました。アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけるフィリピン、日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています。戦時小学生であった私にも、モンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、この度の訪問を機に、戦後キリノ大統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にもかかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパに収容されていた日本人戦犯105名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました。

 夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、大勢の日本選手が、強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました。競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾りましたが、健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切り抜いて持っています。

 前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で2回目のパラリンピックの終了後、陛下は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論(もちろん)のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観(み)る人をも引きつけるものとして育ってほしいとの願いを関係者に述べられました。今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います。

 今年の嬉(うれ)しいニュースの一つに、日本の研究者により新しい元素が発見され、ニホニウムと名付けられたことがありました。またこの10月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門でノーベル賞を受けられました。

 50年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグサイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした。この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及び日系社会シニアボランティアと更にその活動の幅を広げています。

 ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。今年の7月、その夢がかない、陛下と御(ご)一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました。流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました。

 最近心にかかることの一つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります。目が不自由なため、過去に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年8月にも残念な事故死が報じられました。ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切に思われます。

 この1年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金沢一郎元皇室医務主管、「名もなく貧しく美しく」をはじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました。

 国外では、この9日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました。長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います。

 日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎(ごと)に深刻さを増しています。各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、世界が真向かわねばならぬ大きな課題になっています。そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による1チームが編成され、注目を集めました。4年後の東京では、この中の一人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません。世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビアのサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした。

 8月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました。ただ、新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。

 この1年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした。1月には、秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を終え、本格的に成年皇族としての働きを始めました。真面目に、謙虚に、一つ一つの仕事に当たっており、愛(いと)おしく思います。

 この回答を書き終えた13日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報(しら)せを受けました。私より六つ七つ程お上で、20代の若い頃より兄のような優しさで接して下さっており、御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会をと望んでおりました。王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております。


皇后さま82歳、「生前退位」に言及
読売新聞 10月20日(木)5時8分配信

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられた。

 これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答し、天皇陛下が「生前退位」の意向を示唆されたお言葉について、「皇太子や秋篠宮ともよく御(ご)相談の上でなされた」と述べられた。生前退位を巡るお言葉について皇族が言及されるのは初めてだ。陛下のお言葉は、皇太子さまや秋篠宮さまとの話し合いを経て表明に至ったことを明らかにされた。

 皇后さまは文書回答で、「皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々で、その配偶者や親族であってはならない」と、ご自身の立場を説明された。そのうえで、「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」とされた。

 一方、「生前退位」という表現で報道されたことについては「衝撃は大きなものでした」と述べ、その理由を「それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と続けられた。

 文書回答では、この1年に各地で起きた自然災害の被災者をいたわる思いや、フィリピンでの戦没者慰霊が実現したことへの感謝の気持ちなどがつづられている。五輪・パラリンピックにも触れ、新聞掲載された選手たちの写真を「幾つも切り抜いて持っています」と明かされた。また、13日に亡くなったタイのプミポン国王に対する哀悼の意も表された。


皇后さまの回答全文
時事通信 10月20日(木)5時7分配信

 問 この一年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました。

 八月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました。この一年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

 答 昨年の誕生日以降、この一年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、これを記している今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、被害の規模を心配しています。八月末には、台風十号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました。この地方を始め、これから降灰の続くであろう阿蘇周辺の人々 ―とりわけ今収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています。自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます。皆(みな)が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています。

 今年一月にはフィリピンの公式訪問がありました。アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけるフィリピン、日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています。戦時小学生であった私にも、モンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、この度の訪問を機に、戦後キリノ大統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にもかかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパに収容されていた日本人戦犯百五名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました。

 夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、大勢の日本選手が、強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました。競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾りましたが、健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切り抜いて持っています。

 前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で二回目のパラリンピックの終了後、陛下は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観る人をも引きつけるものとして育ってほしいとの願いを関係者に述べられました。今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います。

 今年の嬉しいニュースの一つに、日本の研究者により新しい元素が発見され、ニホニウムと名付けられたことがありました。またこの十月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門でノーベル賞を受けられました。

 五十年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグサイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした。この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及び日系社会シニアボランティアと更にその活動の幅を広げています。

 ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。今年の七月、その夢がかない、陛下と御一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました。流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました。

 最近心にかかることの一つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります。目が不自由なため、過去に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年八月にも残念な事故死が報じられました。ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切に思われます。

 この一年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金澤一郎元皇室医務主管、「名もなく貧しく美しく」をはじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました。

 国外では、この九日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました。長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います。

 日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎に深刻さを増しています。各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、世界が真向かわねばならぬ大きな課題になっています。そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による一チームが編成され、注目を集めました。四年後の東京では、この中の一人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません。世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビアのサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした。

 八月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました。ただ、新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。

 この一年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした。一月には、秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を終え、本格的に成年皇族としての働きを始めました。真面目に、謙虚に、一つ一つの仕事に当たっており、愛(いと)おしく思います。

 この回答を書き終えた十三日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報せを受けました。私より六つ七つ程お上で、二十代の若い頃より兄のような優しさで接して下さっており、御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会をと望んでおりました。王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております。


「生前退位」報道に衝撃=陛下の表明「謹んで承った」―皇后さま、82歳に
時事通信 10月20日(木)5時5分配信

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散策される天皇、皇后両陛下=5日、皇居・宮殿「南庭」(宮内庁提供)

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎え、宮内記者会の質問に文書で回答された。

 天皇陛下が「生前退位」の意向を示したとの報道について、「新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした」と述べ、「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と振り返った。

 8月の「お気持ち」表明については、陛下が皇位継承に連なる皇太子さまや秋篠宮さまと相談の上でなされたものであり、「謹んでこれを承りました」と了承していることを明らかにした。

 この一年の出来事では、熊本地震、東北と北海道を襲った台風10号、文書を記している日に起きた阿蘇山噴火など、国内で起きた自然災害による被害を心配。「今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます」とした。最近心に掛かることとして、視覚障害者の駅での転落事故を挙げ、再発防止を訴えた。

 うれしかった出来事としては、新元素「ニホニウム」の発見、大隅良典東京工業大栄誉教授のノーベル医学生理学賞受賞決定を挙げた。リオデジャネイロ五輪・パラリンピックでの日本選手の活躍にも触れ、新聞に掲載された写真を幾つも切り抜いて持っていると明かした。

 文書を書き終えた13日夜、タイのプミポン国王の訃報に接した。「二十代の若い頃より兄のような優しさで接して下さって」と別れを惜しみ、「王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております」と記した。

 皇后さまは昨年8月、心臓の精密検査で冠動脈に軽度の狭窄(きょうさく)が見つかり、現在も医師による経過観察が続いている。


<皇室>皇后さま82歳 「生前退位」に衝撃
毎日新聞 10月20日(木)5時0分配信

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天皇陛下と82歳の誕生日を迎えられた皇后さま=皇居で2016年10月5日(宮内庁提供)

 皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、宮内記者会からの質問に文書で回答し、天皇陛下が生前退位の意向がにじむおことばを公表されたことについて「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされ、謹んで承りました」と述べた。一方、新聞報道への感想として「『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした」と振り返った。

 ◇おことば「皇太子や秋篠宮と御相談」

 皇后さまは、退位に関する陛下のお気持ちを以前から理解していたとされる。今回の回答の中で、8月8日に公表された陛下のおことばについて「現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました」との受け止めを示した。「皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々」と述べ、お気持ちの表明までに陛下が皇太子さまや秋篠宮さまと相談されていたことを強調した。

 また皇后さまは「新聞の1面に『生前退位』という大きな活字を見た時」の感想として「衝撃は大きなものでした」と振り返った。続けて「歴史の書物の中でもこうした表現に接したことがなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません」と「衝撃」の理由に触れ、「私の感じ過ぎであったかもしれません」と結んだ。

 陛下が生前退位の意向を宮内庁関係者に示していることは、新聞各紙が7月14日の朝刊で報じた。宮内庁関係者は皇后さまの感想について「『生前』という言葉に接して、その裏にある『死』を連想されたのではないか」と話している。

【高島博之】


<皇室>皇后さま82歳 次世代へ深い配慮 自然災害に心痛
毎日新聞 10月20日(木)5時0分配信

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天皇陛下と古い教科書を見ながら話される皇后さま=皇居で(宮内庁提供)

 82歳の誕生日を20日に迎えられた皇后さまは、宮内記者会への回答として公表された文書で、生前退位の意向がにじむ天皇陛下のおことばに言及した。「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の御表明」との文言からは、皇室の次世代を担う方々への深い配慮がうかがえる。この一年を振り返っての感想では熊本地震などの災害に触れ、被災者を「置き去りにすることのない社会を作っていかなければならない」とつづった。

 天皇陛下は毎月、皇居・御所で皇太子さま、秋篠宮さまと会合をもたれ、幅広い話題について議論しているという。会合後には皇后さまも加わって食事をすることもある。皇后さまの回答からは、陛下のおことば公表に向け、こうした場で親子の十分な話し合いがあったことがうかがえる。

 皇后さまはまた、熊本地震など自然災害を振り返り、「被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています」とつづった。東北や北海道の台風被害や阿蘇山の噴火にも言及し、「収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています」と気遣った。

 リオデジャネイロ五輪・パラリンピックでの日本選手の活躍を「強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました」とたたえた。「健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさ」に胸を打たれたという。

 今年7月に天皇陛下とともに神奈川県三浦市の「小網代(こあじろ)の森」を訪れ、中を流れる浦の川の源流から海までの約3キロを歩いたことも記した。陛下はハゼの研究のため以前も訪問しており、その話を聞いていた皇后さまは「歩いてみたい」と思っていたという。夢がかなって「よい思い出になりました」と振り返った。【高島博之】

 ◇天皇陛下とともに教科書眺め 宮内庁が映像公開

 皇后さまの誕生日に合わせて宮内庁が20日公開した映像には、天皇陛下が学習院初等科時代に使った教科書を、陛下と皇后さまが一緒に懐かしそうに眺められる場面がある。

 陛下は同級生らと栃木県・奥日光に疎開し、6年生の時に終戦を迎えた。映像の中で両陛下が眺めている教科書は「初等科国語」など。一部に黒塗りの部分がある。戦時中に発行された教科書は、終戦直後も一部を墨で塗りつぶして使われた。【高島博之】


<皇室>皇后さま82歳 質問と回答全文
毎日新聞 10月20日(木)5時0分配信

 皇后さまの82歳の誕生日にあわせた宮内記者会から皇后さまへの質問と、回答の全文。

 <質問>

 この一年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました。八月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました。この一年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

<回答>

 昨年の誕生日以降、この一年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、これを記している今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、被害の規模を心配しています。八月末には、台風十号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました。この地方を始め、これから降灰の続くであろう阿蘇周辺の人々-とりわけ今収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています。自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、今私どもは疑いもなくその活性期に生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます。皆(みな)が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています。

 今年一月にはフィリピンの公式訪問がありました。アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけるフィリピン、日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています。戦時小学生であった私にも、モンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、この度の訪問を機に、戦後キリノ大統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にもかかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパに収容されていた日本人戦犯百五名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました。

 夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、大勢の日本選手が、強い心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました。競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾りましたが、健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切り抜いて持っています。

 前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で二回目のパラリンピックの終了後、陛下は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つためには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観る人をも引きつけるものとして育ってほしいとの願いを関係者に述べられました。今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います。

 今年の嬉しいニュースの一つに、日本の研究者により新しい元素が発見され、ニホニウムと名付けられたことがありました。またこの十月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門でノーベル賞を受けられました。

 五十年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグサイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした。この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及び日系社会シニアボランティアと更にその活動の幅を広げています。

 ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。今年の七月、その夢がかない、陛下と御一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました。流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました。

 最近心にかかることの一つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります。目が不自由なため、過去に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年八月にも残念な事故死が報じられました。ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して努力していくことも大切に思われます。

 この一年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金澤一郎元皇室医務主管、「名もなく貧しく美しく」をはじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました。

 国外では、この九日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました。長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います。

 日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎に深刻さを増しています。各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、世界が真向かわねばならぬ大きな課題になっています。そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による一チームが編成され、注目を集めました。四年後の東京では、この中の一人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません。世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビアのサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした。

 八月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。私は以前より、皇室の重大な決断が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました。ただ、新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。

 この一年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした。一月には、秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を終え、本格的に成年皇族としての働きを始めました。真面目に、謙虚に、一つ一つの仕事に当たっており、愛(いと)おしく思います。

 この回答を書き終えた十三日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報せを受けました。私より六つ七つ程お上で、二十代の若い頃より兄のような優しさで接して下さっており、御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会をと望んでおりました。王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております。

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