« 安倍改造内閣、防衛相に稲田朋美政調会長を起用 | トップページ | 東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2137 »

2016年8月 2日 (火)

元横綱千代の富士の九重親方が死去・4

「ウルフ」の愛称で国民的な人気を集めた大相撲の元横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢)が死去したことが31日、東京都内の病院で死去した。61歳だった。昨年9月に、膵臓(すいぞう)がんの手術を受けたことを明らかにしていた。

北海道福島町出身。元横綱千代の山が師匠の九重部屋に入門し、1970年秋場所で初土俵を踏んだ。74年九州場所で新十両、翌年秋場所で新入幕を果たした。
引き締まった筋肉質の体に精悍(せいかん)な顔立ち。卓越したスピード相撲に加え、当意即妙のコメントも人気に拍車をかけ、「ウルフフィーバー」を巻き起こした。81年年名古屋場所で2度目の優勝を遂げ、場所後に58人目の横綱に昇進した。
86年夏場所から5場所連続優勝。88年夏場所7日目からは、双葉山の69連勝に次いで昭和以降で2番目の長さとなる53連勝(当時、2010年に白鵬が63連勝)をマークした。89年には相撲界で初めて国民栄誉賞を受賞した。91年夏場所3日目の取組後に現役引退を表明した。
優勝回数は白鵬の37、大鵬の32に続く歴代3位。通算1045勝(437敗159休)は魁皇に次ぐ2位、幕内807勝は3位。横綱在位59場所は、北の湖の63場所に次ぐ2位の記録を残した。

親方としては九重部屋を継承し、大関千代大海(現佐ノ山親方)らを育てた。日本相撲協会では審判、巡業、事業などの各部長を歴任した。

最初の記事
2番目の記事
3番目の記事

リンク:次女の秋元梢 涙浮かべ「ちょっとゆっくりして、見守って」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:千代の富士さん、告別式後に国技館で最後のお別れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:千代の富士さん次女・秋元梢「天国からみんなを見守ってくれれば」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:秋元梢、大粒の涙 横綱千代の富士の想い出かみしめて… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:千代の富士さん、九重部屋で通夜 亡き三女と同じ自宅から旅立ち - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:秋元梢、父・九重親方へ「家族5人の時間なかった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:先代九重親方の通夜 しめやかに2000人が故人しのぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:先代九重親方の通夜しめやかに 2000人が参列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:KONISHIKI、九重親方の銅像にレイかける - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元横綱千代の富士の通夜に2千人…各界著名人も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大横綱の通夜、しめやかに=元千代の富士、九重親方―大相撲 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大横綱の通夜、しめやかに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<千代の富士死去>九重部屋で通夜 八角理事長ら参列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重親方にお別れ記帳2000人 きょう部屋で通夜 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元横綱・千代の富士 6日の通夜にファンのための焼香所も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重親方「娘の誕生日までは…」と最期の踏ん張り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「千代の富士しのぶ会」故郷・北海道でも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:先代九重親方6日に通夜、お別れ記帳は2000人超 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元千代大海佐ノ山親方が部屋別最多Vの九重部屋継承 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:千代の富士からの伝言「なぜ出稽古で強い力士の胸を借りないのか」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重部屋の関取衆「寂しい」…親方死去で初めて心境吐露 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元千代大海・佐ノ山親方が九重部屋を継承 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:佐ノ山親方「九重」襲名、千代鳳が「佐ノ山」に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重部屋、千代の富士故郷で合宿決行!11日から北海道・福島町の記念館 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大相撲>元千代大海が九重部屋を継承 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重部屋、佐ノ山親方が継承…相撲協会発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重部屋、元千代大海が継承=元千代の富士の死去受け=大相撲 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大相撲中継の歴代最高視聴率は、「若貴」ではなく「千代の富士」だった! - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:球界の人脈も広い元千代の富士の九重親方…頭の切れ味も抜群だった - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元大関・千代大海が九重部屋を継承 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:訃報を機に再注目 千代の富士の名言「体力の限界!」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:九重親方「お別れの会」10・1両国国技館で開催 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元横綱千代の富士、NHKが追悼特番を放送 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:NHK、九重親方の追悼番組を8・5に放送 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

次女の秋元梢 涙浮かべ「ちょっとゆっくりして、見守って」
スポニチアネックス 8月7日(日)6時28分配信

830
父について語る秋元梢

 ◇元横綱千代の富士・九重親方 秋元貢さん通夜

 7月31日にすい臓がんで死去した元横綱・千代の富士=本名・秋元貢さん=の次女でモデルの秋元梢(29)が遺族を代表して取材対応した。

 きょうだいはいずれも成人しているとあって「なかなか家族5人の時間がなかった」というが「最期は家族で父をみとることができました」と明かすと、涙を浮かべ口元を押さえた。

 「誰よりも人のことを気にして。ちょっとゆっくりして、見守ってもらいたいと思います」と父への思いを気丈に話した。父が守ってきた九重部屋については「父が亡くなっても九重部屋は続いていくので、これからもご支援よろしくお願いします」と懇願していた。


千代の富士さん、告別式後に国技館で最後のお別れ
スポーツ報知 8月7日(日)6時6分配信

829
千代の富士の胸像にレイで献花するKONISHIKI

 先代・九重親方が両国国技館で最後のお別れをする。出棺は7日の告別式後の午後2時。部屋から車で約10分の距離にある国技館を周回して火葬場に向かうという。

 部屋の関係者は「ご遺族の意向です」と強調。国技館内に入るプランもあったが、当日は別なイベントが入っており、また休日のため協会関係者も不在。数々の名勝負を演じてきた思い出の場所の外からお別れすることになった。


千代の富士さん次女・秋元梢「天国からみんなを見守ってくれれば」
スポーツ報知 8月7日(日)6時5分配信

828
心境を語る故九重親方の次女・秋元梢

 先月31日にすい臓がんのため61歳で急死した大相撲の第58代横綱・千代の富士の先代・九重親方(本名・秋元貢)の通夜が6日、自宅でもある東京・墨田区の九重部屋で営まれた。モデルで次女の秋元梢(29)が心境を語った。

 「なかなか家族5人の時間がなかったんですけども、最期は家族だけでみとることができました。たくさんの方がいらっしゃって下さり、父がいろんな方に愛されていたんだなと感じました。誰よりも人のことを気にして、いろんなことを気を配っていたので、ちょっとゆっくりしてもらって天国からみんなを見守ってくれればと思います」


秋元梢、大粒の涙 横綱千代の富士の想い出かみしめて…
デイリースポーツ 8月7日(日)6時0分配信

827
 父との思い出を話す秋元梢=九重部屋(撮影・佐々木彰尚)

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんで亡くなった先代九重親方(元横綱千代の富士)の次女でモデルの秋元梢(29)が6日、都内の九重部屋で営まれた通夜後に取材に応じた。最愛の父を亡くした秋元は「天国から見守ってほしい」と言葉を絞り出した。成人後も手をつないで歩くなど仲良し親子として知られたが、父の現役時代は一緒の時間も少なく「最期は家族5人で見送れてよかった」と大粒の涙をハンカチでふいた。関係者によると、この日も参列者に対応するなど、気丈に振る舞っていたという。

 父譲りの鋭い目元は大粒の涙でぬれていた。それでも、大横綱の娘らしく振る舞った。部屋に詰めかけた報道陣の前に喪服姿で姿を見せた秋元は「暑い中お集まりいただき、ありがとうございます」と真っ先に感謝の言葉を述べ、頭を下げた。早口の口調から動揺が伺えたが、礼儀を重んじた。

 父の最期は家族全員で看取った。現役時代は巡業のため1年の半分は別々。誕生日やクリスマスなど節目は家族全員で集まるのが“九重流”だっただけに、秋元はこらえきれずに涙をこぼし「家族5人の時間がなかったので、最期は5人で見送れてよかったです」とハンカチで目元をぬぐった。

 2009年6月にモデルとしてデビュー。父に「やるなら一生懸命やりなさい」と背中を押されて活動を続け、父譲りの眼光の鋭さが評価されている。関係者によると、闘病中の父を仕事の合間に見舞った際、秋元は「オレのところに来るなら、仕事をやりなさい」と言われたことがあるという。父のプロフェッショナルに触れ、今がある。

 かけたい言葉を聞かれると「誰よりも人のことを気遣い、気を配っていたので、ちょっとゆっくりして、天国から見守ってほしいと思います」と少しだけ笑みがこぼれた。31日深夜のツイッターで「父の娘に生まれて、幸せです」とつづったように、最後まで言葉には父への愛があふれていた。

 7日には、パーソナリティーを務めるJ-WAVE「TOKYO DISTRICT」(日曜、前11・40)が放送される。本来は生放送の番組だが、収録で父を追悼しているという。


千代の富士さん、九重部屋で通夜 亡き三女と同じ自宅から旅立ち 
スポーツ報知 8月7日(日)5時4分配信

826
遺影の飾られた先代・九重親方の祭壇

 先月31日にすい臓がんのため61歳で急死した大相撲の第58代横綱・千代の富士の先代・九重親方(本名・秋元貢)の通夜が6日、自宅でもある東京・墨田区の九重部屋で営まれ、約2000人が弔問に訪れた。故人の遺志で、1989年6月に生後4か月で亡くした三女・愛ちゃんの葬儀会場と同じ自宅から旅立った。戒名は「千久院殿金剛貢力優梢禅大居士」。7日には葬儀・告別式が執り行われる。

 まな娘と同じ場所から旅立った。千代の富士さんは、自宅で通夜、葬儀を行うことを遺言で残していた。「大きな所ではなく(力士、親方として)育った所でやってほしいという意向です」と後援会関係者。別の関係者は「早世した娘さんの葬儀をした自宅で旅立ちたかったそうです」と故人の思いを付け加えた。

 戒名にも故人の思いが反映された。「千久院殿金剛貢力優梢禅大居士(せんきゅういんでんこんごうこうりきゆうしょうぜんだいこじ)」。久美子夫人、長女・優さん、長男・剛さん、次女・梢さんの名前が1文字ずつ入り、愛さんの名は「先に亡くなったので入れていない」と部屋関係者。天国で末娘に家族のことを報告するかのようだ。

 27年前、愛さんを乳幼児突然死症候群で失った。わずか4か月の命だった。亡くなる3か月前の1989年春場所で27回目の優勝を飾った際、生後間もない娘を大阪まで呼び寄せ「この娘だけ(優勝の記念写真を)撮ってないとかわいそう」と賜杯と一緒に写真に納まった。そのまな娘と、これからは空の上で心穏やかな日々を過ごす。

 当初、通夜と告別式は家族、関係者だけで行う密葬を予定していたが、「全国から来るファンの方にもご焼香ができるようにしました」(後援会関係者)と前日に対応した。前日までの記帳者は2000人以上。この日も弔問客は通夜が始まる前から300人以上が列を作った。

 祭壇は部屋1階の土俵上に設置。「親方がいつも稽古で投げかけていた視線と同じ目線で送り出したい」と、遺族の希望で上がり座敷と同じ高さにひつぎが置かれた。遺影は腕組みしたスーツ姿。2009年に国技館で撮影されたもので、後援会関係者は「力士として親方として道を極めた方ですが、相撲を広めるという一般的な感覚で選びました」という。

 遺族の意向通り、通夜はシンプルな装飾で営まれた。しかし、元大関でタレントのKONISHIKIが部屋入り口にある千代の富士の胸像に花の首飾りをかけるなど故人をしのぶ人々の思いは大きい。10月1日には角界初の国民栄誉賞横綱の「お別れの会」が東京・両国国技館で開かれる。(網野 大一郎)


秋元梢、父・九重親方へ「家族5人の時間なかった」
日刊スポーツ 8月6日(土)22時22分配信

825
報道陣にあいさつする次女の秋元梢

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳で亡くなった、元横綱千代の富士の前九重親方の通夜が6日、東京・墨田区の部屋で行われた。

 次女でモデルの秋元梢(29)は報道陣の取材に応じ、父への思いを語った。大横綱の家族ならではの苦悩か「うちの家族は、なかなか家族5人だけの時間がなかった」と明かし、涙も込み上げた。それでも気丈に振る舞い「最後は家族5人で、(父を)みとることができました。今日もたくさんの方が来てくださって、こんなにも父がいろいろな人に愛され、支持されていたということがあらためて分かりました」とあいさつした。

 父については「誰よりも人のことを気にして、気を配っていた。ちょっとゆっくりして、天国からみんなを見守ってもらいたい」と話した。


先代九重親方の通夜 しめやかに2000人が故人しのぶ
産経新聞 8月6日(土)22時19分配信

824
斎場となった九重部屋に設置された祭壇=東京都墨田区(撮影・長尾みなみ)(写真:産経新聞)

 大相撲の元横綱千代の富士で、7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳で急逝した先代九重親方=本名・秋元貢氏、北海道福島町出身=の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋で営まれ、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)や現役時代の師匠で解説者の北の富士勝昭氏(元横綱)ら約2千人が参列し、故人をしのんだ。

 部屋の土俵上に祭壇が設けられ、遺影はスーツにネクタイを締め、穏やかにほほ笑む姿だった。戒名には自身や家族の名前が入り「千久院殿金剛貢力優梢禅大居士(せんきゅういんでんこんごうこうりきゆうしょうぜんだいこじ)」。

 先代親方の死去で年寄「九重」を襲名し、部屋を継承した弟子の元大関千代大海は通夜を終え「本当にお別れ、という気持ち。次は自分が頑張らなきゃいけない」と決意を語った。

 先代九重親方は第58代横綱として、史上3位の31度の優勝を記録。「ウルフ」の愛称で国民的な人気を集め、平成元年に角界で初めて国民栄誉賞を受賞。現役引退後は九重部屋を継承し、千代大海らを育てた。

 7日には葬儀・告別式が執り行われる。また、九重部屋後援会は10月1日に両国国技館エントランスでお別れの会を開く。


先代九重親方の通夜しめやかに 2000人が参列
日刊スポーツ 8月6日(土)21時46分配信

823
故・九重親方の通夜は九重部屋でしめやかに行われた。けいこ場には故・九重親方のひつぎと遺影が(撮影・酒井清司)

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳の若さで死去した、元横綱千代の富士の先代九重親方の通夜が6日、東京・墨田区石原の九重部屋で、しめやかに営まれた。

 当初は密葬の予定だったが、それを知らずに来たファンを返すわけにはいかない、という親族の意向で、一般ファンも最後に焼香できるよう配慮された。

 通夜には、八角理事長(元横綱北勝海)ら日本相撲協会関係者や、親交のあった著名人ら約2000人が参列した。

 戒名は、家族5人の名前の1文字ずつ入れ「千久院殿金剛貢力優梢禪大居士」(せんきゅういんでんこんごうこうりきゆうしょうぜんだいこじ)になった。7日には同所で、告別式が行われる。


KONISHIKI、九重親方の銅像にレイかける
日刊スポーツ 8月6日(土)21時46分配信

822
先代九重親方の通夜に参列したKONISHIKIは部屋の入り口にある親方の銅像にレイをかける(撮影・酒井清司)

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳で亡くなった、元横綱千代の富士の先代九重親方の通夜が6日、東京・墨田区の部屋で行われた。

 元大関小錦でタレントのKONISHIKI(52)は、大きな箱を抱えて参列。一度部屋の中に入ったが、おもむろに玄関に出て、故人の銅像に故郷ハワイの装飾品「レイ」をかけた。


元横綱千代の富士の通夜に2千人…各界著名人も
読売新聞 8月6日(土)20時52分配信

821
花が掛けられた横綱千代の富士の像の脇に並ぶ、通夜に参列する人たち(6日午後、東京都墨田区で)=片岡航希撮影

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため、61歳で死去した大相撲の元横綱千代の富士の前九重親方(本名・秋元貢)の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋で行われ、約2000人が別れを惜しんだ。

 弟弟子に当たる八角理事長(元横綱北勝海)ら相撲界の関係者だけでなく、ボクシングの具志堅用高さんや歌手の松山千春さんら多くの著名人が弔問に訪れた。具志堅さんは「同い年で現役時代から、よく遊んだ。もっと遊びたかった」と悔やんだ。部屋を受け継いだ九重親方(元大関千代大海)は「天から見守ってくださいと声をかけた。さみしいし、悔しい」と語った。


大横綱の通夜、しめやかに=元千代の富士、九重親方―大相撲
時事通信 8月6日(土)20時24分配信

 先月31日に61歳で死去した元横綱千代の富士の九重親方の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋でしめやかに営まれ、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)ら角界関係者の他、アントニオ猪木さんや具志堅用高さんら約2000人が参列した。

 部屋を引き継いだ、弟子の新九重親方(元大関千代大海)は、「悲しいし、悔しい。教わったことを一つ一つかみしめながらやっていこうと思う」と決意を述べた。具志堅さんは、千代の富士の現役引退後も互いの実家を訪問し合う間柄で、「同い年なのに、こんなに早く去ったらさみしい。早過ぎる」と嘆いていた。

 祭壇は稽古場の土俵上に設けられ、スーツ姿で穏やかな表情の遺影が飾られた。


大横綱の通夜、しめやかに
時事通信 8月6日(土)20時21分配信

820
先月31日に61歳で死去した元横綱千代の富士の九重親方の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋でしめやかに営まれ、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)ら約2000人が参列した。写真は祭壇に飾られた遺影


<千代の富士死去>九重部屋で通夜 八角理事長ら参列
毎日新聞 8月6日(土)19時41分配信

819
九重部屋の中に置かれた元横綱・千代の富士の遺影=東京都墨田区で2016年8月6日午後3時52分、宮武祐希撮影

 先月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳で亡くなった大相撲の元横綱・千代の富士の先代九重親方(本名・秋元貢)の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋で営まれ、弟弟子でもあった日本相撲協会の八角理事長(元横綱・北勝海)ら約2000人が参列した。

 祭壇には、遺族の意向でスーツ姿の遺影が飾られた。親方衆のほか、現役時代の師匠だった北の富士勝昭さんら協会関係者、親交のあった元プロレスラーのアントニオ猪木さんや元プロボクシング世界王者の具志堅用高さん、歌手の松山千春さんらが参列した。今月3日に部屋を継いだ九重親方(元大関・千代大海)は「本当に師匠とお別れという気持ちになった。もっといろいろ話をしたかった」と述べた。次女でモデルの秋元梢さんも「ちょっとゆっくりして、天国から見守ってもらいたい」と話した。

 葬儀は7日に行われる。10月1日には、東京・両国国技館でお別れの会が開かれる予定になっている。【村社拓信】


九重親方にお別れ記帳2000人 きょう部屋で通夜
日刊スポーツ 8月6日(土)10時0分配信

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため死去した、元横綱千代の富士の先代九重親方(享年61)の通夜が今日6日、都内墨田区の九重部屋で営まれる。翌日に控えた5日も、一般ファンらが記帳に訪れ、その数はこの日までに2000人を超えた。

 通夜に備え故郷の北海道福島町から近親者らが、一足早く上京し亡き大横綱と対面した。葬儀を取り仕切る後援会関係者は、混雑に備えた周辺住民や所轄警察署との調整を進め、参列者の熱中症対策に医師や看護師も配備。明日7日の告別式と合わせ万難を排して、角界唯一の国民栄誉賞横綱を送り出す。


元横綱・千代の富士 6日の通夜にファンのための焼香所も
スポニチアネックス 8月6日(土)7時1分配信

818
九重部屋前の献花台に手向けられた大量の花束

 7月31日にすい臓がんのため61歳で死去した九重親方(元横綱・千代の富士)の通夜が6日、東京都墨田区の九重部屋で営まれる。参列者は家族や関係者のみとなるが、ファンのための焼香所が置かれる予定。既に玄関前に設けられている献花台と記帳台には通夜前日の5日までに全国から毎日約500人が訪れるなど千代の富士人気は健在だ。

 相撲専門誌の月刊「相撲」を発行するベースボールマガジン社では「千代の富士追悼号」(税抜き722円)を10日に緊急発売することが決定。現役時代の写真や成績などが52ページにわたって特集され、B2サイズのポスターも付録として付いている。同社が発行する力士の追悼号は昨年11月に死去した北の湖親方(元横綱)以来となる。


九重親方「娘の誕生日までは…」と最期の踏ん張り
NEWS ポストセブン 8月6日(土)7時0分配信

817
最期の踏ん張りを見せたという九重親方

 元横綱・千代の富士の九重親方が7月31日、膵臓がんのため61才で亡くなった。昨年6月に、緊急手術を受けるも、その後、がんは全身に転移。特殊な放射線治療を受けながら、親方としての仕事をこなしていたが、今年7月の名古屋場所4日目(7月13日)の後に体調を崩し、東京に戻り緊急入院した。親しい友人が明かす。

「入院後に連絡をもらいました。もう長くはないかもしれない。でも、弱った姿は見せたくないから、お見舞いはお断りさせてほしいと…」

 それでも、親方は最後の気力を振り絞っていた。

「娘の誕生日までは、踏ん張るよ」

 長女・優さんの誕生日は7月19日、モデルの次女・梢は27日だ。入院中はいつも優さんが親方の隣にいたという。

 九重親方の家族に対する愛情には、特別なものがある。妻の久美子さんとは関脇時代の1981年、後援者の紹介で知り合った。

「九州場所の博多で一目見て、“ピピッ”と感じるものがあったそうです」(ベテラン相撲記者)

 翌年9月に結婚式を挙げた。相撲の取り口同様の“一気の速攻”だった。その翌1983年には長女・優さんが誕生する。

「優さんが3才くらいの頃、千代の富士関が負ける場面を見て“パパが負けちゃった。かわいそう”と泣き止まなかったそうです。ところが、幼稚園に入ってから、横綱が“パパ負けてごめんね”と言うと、“この前勝ってくれたからいいよ”と小さいなりに慰めようとする。それには、“これじゃあ頑張らないわけにはいかないでしょう”と話していました」(ベテラン記者)

 1986年には長男、1987年には梢、1989年2月には三女・愛ちゃんが誕生した。

「千代の富士関は子供が生まれるたびに“この子を抱っこして優勝の記念写真を撮ってやる”と言っていました。“物心つくまでは勝ち続けて、父親が相撲取りだったとわからせてやりたい”とも。家族こそが自分の心の支えだと確信していたんです」(前出・ベテラン記者)

 その直後の1989年春場所。千代の富士は27回目の優勝を飾り、愛ちゃんは生後わずか1か月で優勝の記念写真に収まった。後に千代の富士はこう述懐している。

「女房には“まだ首も据わってないから無理”と言われた。それでも、なぜか無性に一緒に写真を撮りたくなった」

 撮影の時、千代の富士は目を赤くし、「これが念願だった」と喜びを口にした。

 だが、それからわずか3か月後の6月12日、愛ちゃんは乳幼児突然死症候群で、生後4か月というあまりにも短い生涯を終える。この時の千代の富士の憔悴ぶりは激しく、体重は一気に4kg減った。

 愛ちゃんの葬儀から2週間で始まった名古屋場所。千代の富士は首に大きな数珠をかけて場所に通った。

「涙を流して娘が帰ってくるなら泣く。それより、あの子のために優勝する」

 この場所、千代の富士は左肩脱臼の影響もあり、満身創痍の状態で、「15日間土俵に上がるだけで奇跡」といわれるほどだった。

 それでも愛ちゃんの霊前に供えるように、1日、1日、白星を積み重ねた。そして史上初となる同部屋の横綱同士による優勝決定戦の末、北勝海(現・八角親方)を破り、見事に優勝を果たす。千代の富士は後にこうも語った。

「忘れようと頑張った。でも、死んだ娘が後ろから押してくれて勝った、と思う相撲もあった」

 今年6月4日、九重親方は東京・台東区にある菩提寺を訪れ、愛ちゃんの眠る墓前で手を合わせた。

「(親方の)緊急入院は7月13日でした。19日の優さんの誕生日は、個室の病室でおかみさんと3人でお祝いをしたそうです。体調が急激に悪化し、集中治療室に運び込まれたのは24日。しだいに意識がなくなり危篤状態になりましたが、27日の梢さんの誕生日は何とか持ちこたえた。最期の最期まで、親方は気力を燃やし続けたんです」(前出・相撲関係者)

 2人の娘の誕生日を祝い終えた31日、大横綱は逝った。

※女性セブン2016年8月18・25日号


「千代の富士しのぶ会」故郷・北海道でも
スポーツ報知 8月6日(土)6時4分配信

816
故・九重親方

 先月31日にすい臓がんで亡くなった元横綱・千代の富士の先代・九重親方(享年61)の出身地、北海道松前郡福島町が同親方を「しのぶ会」を企画していることが5日、分かった。10月1日に東京・両国国技館で九重部屋後援会主催の「お別れの会」が開催されるが、同町役場の総務課によると「東京でお別れの会が行われた後に、こちらでも(先代)九重親方の追悼イベントをやる方向で進めています」と話し、現在は日程を調整している段階という。

 福島町の鳴海清春町長(60)は先代・九重親方と小、中学校の同級生でもあり、今回の訃報には即座に対応。地元が生んだ昭和の大横綱を地元ファンとともに胸に刻むイベントをいち早く開催することを決断したという。鳴海町長は今月3日から上京しており、6日に東京・墨田区の九重部屋で営まれる同親方の通夜にも弔問に訪れる。

 通夜には同親方と現役時代から親交の深かった参議院議員のアントニオ猪木氏(73)や歌手の松山千春(60)ら著名人も弔問に訪れる予定。5日は稽古場のある部屋1階に設けられた祭壇を飾る花が運び込まれるなど、準備が進められた。

 また、国技館内の相撲博物館ではベースボール・マガジン社の協力で、今月18日から館内にあるモニターに千代の富士の名勝負の取組映像が上映されることも決まった。博物館職員は、「次回の催し物が行われるタイミングで(取組映像を)流すことになりました」と説明した。

 ◆記帳台と献花台22日まで延長へ

 福島町の「横綱千代の山・千代の富士記念館」に設けられた先代・九重親方への記帳台と献花台が、当初の7日から予定を大幅に延長して22日まで置かれることになった。同町役場によると、「11日から22日まで部屋の合宿が(同所で)あるので引き続き行うことにしました」と説明。合宿を見学に訪れたファンにも弔意を表す場を提供するためだという。また、同記念館の無料開放も合宿が終わる22日まで延長されることが決定した。


先代九重親方6日に通夜、お別れ記帳は2000人超
日刊スポーツ 8月6日(土)5時54分配信

815
6日の故先代九重親方の通夜に備え赤じゅうたんを敷き詰めるなど、準備を整える九重部屋

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため死去した、元横綱千代の富士の先代九重親方(享年61)の通夜が6日、都内墨田区の九重部屋で営まれる。翌日に控えた5日も、一般ファンらが記帳に訪れ、その数はこの日までに2000人を超えた。

 通夜に備え故郷の北海道福島町から近親者らが、一足早く上京し亡き大横綱と対面した。葬儀を取り仕切る後援会関係者は、混雑に備えた周辺住民や所轄警察署との調整を進め、参列者の熱中症対策に医師や看護師も配備。7日の告別式と合わせ万難を排して、国民栄誉賞横綱を送り出す。


元千代大海佐ノ山親方が部屋別最多Vの九重部屋継承
日刊スポーツ 8月4日(木)10時14分配信

 日本相撲協会は3日、元大関千代大海の佐ノ山親方(40)が同日付で年寄「九重」を襲名し、元横綱千代の富士の前親方が死去した九重部屋を継承したと発表した。年寄「佐ノ山」は幕内千代鳳が所有するという。

 九重部屋は北の富士、北勝海を含めた3横綱を輩出し、千代の富士の31度を筆頭に部屋別の優勝回数で52度とトップを誇る。7月の名古屋場所番付では6関取など力士13人が在籍した。


千代の富士からの伝言「なぜ出稽古で強い力士の胸を借りないのか」
webスポルティーバ 8月4日(木)7時10分配信

814
陽杯を手に笑顔の千代の富士。1989年名古屋場所 photo by Kyodo News

 大相撲第58代横綱・千代の富士の九重親方が7月31日、すい臓がんのため都内の病院で亡くなった。61歳だった。ウルフの愛称で親しまれ、歴代2位(当時)の優勝31回を誇り、1989年には角界初の国民栄誉賞も受賞した大横綱。精悍なマスクと彫刻のような美しい肉体から繰り出す左前まわしを引く電光石火の速攻相撲は、広く国民的な人気を集めた。

 2006年から大相撲を取材する中で、親方から横綱としての姿勢、心構えを聞く機会があった。時代を築いた大横綱は、どんな思いで土俵を務めていたのか。その会話のやり取りの中には、これからの土俵を支える力士への激励が込められていた。

 あれは2014年九州(11月)場所だった。前の秋(9月)場所で新入幕の逸ノ城(湊部屋)が1横綱2大関を倒し、13勝2敗の大旋風を巻き起こした。上位をなぎ倒す姿は1984年秋場所で「黒船襲来」と謳われた小錦旋風を思い起こさせた。その場所が小錦と初顔合わせとなった千代の富士は、強烈なプッシュに体が浮き上がる惨敗を喫したのだ。

 しかし、その後の千代の富士は黒星の教訓を生かし、小錦に惨敗を喫することはなかった。怪物と評された新鋭を横綱は、どういう心構えで受け止めたのか。当時の思いを聞こうと場所中の朝稽古、福岡市内の鳥飼八幡宮にある九重部屋宿舎を訪ねた。

 小錦との一番を振り返っていただいた時、親方から出た言葉は意外なものだった。

「負ければ、不安なんだよ。もう勝てないんじゃないかと思うぐらい追いつめられるんだよ。あの時もそうだった。これから先、オレはどうなるんだろうって考えたよ」

「負けた夜は食事に行っても気持ちはうわの空で、明日、勝てるのか。オレはこのまま終わってしまうんだろうか。そんなことばっかり頭の中をグルグル回ってるんだよ」

 威風堂々の土俵での立ち姿。必殺の左前まわしを引けば、鮮やかな攻め手で相手を投げ飛ばす。そんな強烈な記憶と通算勝ち星1045勝という偉大な記録からは、かけ離れた「不安」の二文字。だが、この恐れこそ千代の富士を支えた源だったのだ。

 そして、親方は続けた。

「だから、やるんだよ。何をって。稽古に決まってるだろ。やるしかないんだよ。不安を消すには稽古しかない。稽古して自分を追い込んで納得するまでやる。そうすると、ここまでやったんだから負けるはずがないって、自分の中で思えるようになる。そこまで追い込まないと土俵には上がれない」

 言葉には説得力があった。稽古こそウルフの歴史そのものだからだ。

 北海道・松前郡福島町出身。15歳で同郷の横綱・千代の山の九重親方から「飛行機に乗せてあげる」の言葉に誘われて上京した。1970年秋の初土俵から類まれな運動神経はあったが、178cm、71kgの細身の体では圧力負けしてしまう。小柄な体は悲鳴を上げた。左肩の脱臼に幾度も悩まされたのだ。

 新十両が見えてきた幕下15枚目で迎えた74年春には右肩も脱臼してしまう。絶望と不安の中に叩き落とされた時、実行したのはやはり稽古だった。「脱臼を直すには肩に筋肉をつけるしかない」と1日1000回の腕立て伏せを自らに課し、筋肉の鎧(よろい)でケガを防いだ。

 十両、幕内と番付を上げていく中で苦手な力士がいれば、相手のもとへ出稽古した。有名なのが琴風(現・尾車親方)との稽古だ。押し相撲が苦手だった平幕時代、琴風に5連敗するなど、まったく歯が立たなかった。以来、毎日のように琴風の佐渡ケ嶽部屋に日参した。琴風が別の部屋へ行けば、そこへ行き胸を合わせた。後年、尾車親方が当時の千代の富士をこう振り返った。

「今日はいないだろうと思っても必ずいる。今でいうストーカーみたいな感じかもしれない。でも、あそこまでやらないと横綱にはなれないんだなと思わせていただいた。あの執念はすさまじいものがありましたよ」

 結果、通算で22勝6敗と苦手の琴風を圧倒する対戦成績を残した。

 その姿勢は横綱に上り詰めてからも変わらなかった。小錦に惨敗した後、高砂部屋への出稽古を繰り返した。ターゲットはもちろん、小錦だ。当時、胸を貸す立場の横綱が他の部屋へ出稽古に行くこと自体、めずらしかった。横綱の誇りを捨てたともいえる行動。この問いに九重親方は間髪入れずにこう言った。

「自分が弱いんだから当たり前でしょ。横綱だろうが何だろうが勝てない相手がいれば、稽古して研究するのは当然。弱いから稽古する。どこがおかしいの」

 通算成績1045勝437敗。歴代2位の勝ち星ばかりが目に行くが、437敗という“不安”があったからこその大記録だった。

 加えて体調管理も怠らなかった。日本を代表するトップスター。宴席も今の横綱とは比較にならないほど数多かった。それでも常に体重チェックだけは欠かさなかったという。ベストは125~126kg。

「これより2kg増えただけで動きが違ってくる。少し増えたなと思ったら多めに汗を流すとか、自分なりに工夫してベストを維持することを心掛けていたね」

 勝負勘も抜群だった。あのウルフフィーバーが吹き荒れた初優勝の1981年初場所。本割で横綱・北の湖につり出され、優勝決定戦で再び対決した。本割では北の湖と雪崩込むように土俵下に落ちたのだが、この時、相手が左足首をひねったのが見えたという。勝ち名乗りを受ける時に横綱が多少足を引きずっていることで確信。決定戦では「横綱の左足を揺さぶろう」と出し投げを狙い、見事に決めた。この一番を「相手の動きを見てれば、わかるよ」とこともなげに振り返ったが、瞬時に敵の変化に気づく勘は天性のものだろう。

 親方としては大関・千代大海(現・佐ノ山親方)を始め、多くの関取を育成。現役では7人もの関取を有する。育て方は対話重視。弟子一人ひとりと交換日記を行ない、自ら目を通し、赤字でアドバイスを送る。時にはLINEを使い、叱咤激励。厳しいだけでなく「勝ち越したら好きなものを食べさせてやる」とのアメもぶら下げて、弟子のやる気を引き出してきた。大横綱にして名伯楽。それが九重親方だった。

 そして取材中、話題は今の力士に移った。中心になったのは2年前(2014年)も綱に一番近いと言われた稀勢の里(田子ノ浦部屋)だった。「稀勢の里は横綱になれますか」と聞くと、即答だった。

「無理無理」

 続けてこう言った。

「稽古の仕方が全然、違うよ。自分より強い人がいるんだろ? なんでその人のところへ行って胸を借りないの? 強くなりたければ、自分より強い人と稽古するのが一番。そこへ行って最初は通用しないかもしれないけど、自分の課題もわかってくる。稽古を続けて少しでも通じるようになれば、それが自信になるんだ。それをやらないかぎり上には行けません。なんで、やらないのか、オレには不思議でしょうがないよ」

 不安を抱え、稽古で克服した千代の富士。大切なのは勝利への貪欲さだろう。その魂を受け継ぐ力士は、果たして出てくるのか。あの時の親方の熱い言葉が今の力士に少しでも届けばと切に願う。


九重部屋の関取衆「寂しい」…親方死去で初めて心境吐露
スポニチアネックス 8月4日(木)7時1分配信

 大相撲の九重親方(元横綱・千代の富士)が7月31日に死去したことを受け、所属部屋の関取衆が3日、現在の心境を初めて述べた。部屋頭の幕内・千代鳳は「寂しいです。今の地位に自分がいるのは師匠のおかげ。師匠じゃなかったら伸びていなかった」と感謝。生前時には「おまえが引っ張っていけ」と激励されていたそうで「九重部屋のみんなに“こういう関取になりたい”と思ってもらえるように頑張りたい」と自覚たっぷりに話した。この日正式に元大関・千代大海の佐ノ山親方が年寄「九重」を襲名して部屋を継承することが発表され、それに伴い千代鳳が「佐ノ山」を取得することも決まった。

 十両・千代大龍は「1場所で幕内に戻って少しでも恩返しができるように頑張りたい」と復活を誓い、十両・千代丸は「まだ現実として受け止められない。関取でいられるのも師匠のおかげです」といまだに信じられない様子。稽古場で厳しい言葉を掛けられたことには「それも愛情だった。厳しくも優しい方でした。苦になったことは一回もなかった」と振り返った。


元千代大海・佐ノ山親方が九重部屋を継承
サンケイスポーツ 8月4日(木)7時0分配信

 日本相撲協会は3日、元横綱千代の富士の九重親方が膵臓(すいぞう)がんで死去したことを受け、九重部屋の部屋付き親方だった元大関千代大海の佐ノ山親方(40)が同日付で年寄「九重」を襲名。九重部屋を継承したと発表した。

 九重部屋は「分家独立を許さず」の不文律があった出羽海部屋から昭和42年1月、元横綱千代の山が破門されるかたちで創設。それを元横綱北の富士(現相撲解説者・北の富士勝昭氏)が引き継いだ。亡くなった前親方は平成元年9月に協会から一代年寄を承認されたが、「部屋の名前は末永く続くものに」と辞退。看板に込めた思いが次世代へ受け継がれた。九重部屋は北の富士、北勝海(現八角理事長)を含めた3横綱を輩出。部屋別の優勝回数では52度でトップを誇る。


佐ノ山親方「九重」襲名、千代鳳が「佐ノ山」に
スポーツ報知 8月4日(木)6時4分配信

 日本相撲協会は3日、佐ノ山親方(40)=元大関・千代大海=が同日付で年寄「九重」を襲名。先月31日に亡くなった元横綱・千代の富士の先代師匠の部屋を継承したと発表した。新・九重親方はこれまでの年寄名跡「佐ノ山」を同「九重」と交換。前九重親方の遺族が「九重」以外の名跡を保有できないため、最高位が小結以上の保有資格を満たす部屋頭の幕内・千代鳳が「佐ノ山」を襲名した。

 千代鳳はこの日、「佐ノ山を預かる形。親方になりたかったが(師匠が死去したことでの)形の襲名は残念でもある」と語った。またこの日、部屋の関取のうち巡業を休場しない4人が4日の巡業先の立川へ出発。十両・千代大龍は「毎朝、線香をあげています。けがなく稽古して秋場所で勝ち越したい」と奮起を誓った。


九重部屋、千代の富士故郷で合宿決行!11日から北海道・福島町の記念館
スポーツ報知 8月4日(木)6時4分配信

 7月31日に61歳で亡くなった元横綱・千代の富士の九重部屋が毎年恒例で行っている北海道合宿が予定通り決行されることが3日、分かった。親方の故郷・北海道松前郡福島町の役場産業課によると、同町の「横綱千代の山、千代の富士記念館」で11日から22日まで行われる。

 師匠の急逝のため、部屋では一時中止も検討された。だが、おかみである久美子夫人の強い意向で開催が決定。部屋関係者によれば、これが最後の北海道合宿となる可能性もあるという。

 産業課の花田雅昭さん(56)によると「(親方が亡くなり)どういうふうになるか分からなかった。だが、2日に部屋のマネジャーから『(北海道行きの)チケットを手配してください』と連絡が来ました」。先代師匠への追悼の意味も込めた合宿となる。

97年から開催  追悼の意も 記念館が創立した1997年から毎年行われ、今年で20回目になる。年寄名跡を継承し部屋を引き継いだ新・九重親方(元大関・千代大海)も現役時代は北の大地で実力を磨いた。花田さんは「(先代)九重親方がいると、やっぱり若い人たちもピンと張りつめた様子で毎年稽古をされていましたね」と地元の風物詩を懐かしがった。

 6人の関取のうち4人は巡業に参加するため合宿は欠席する。右膝の故障のため巡業を休場する幕内・千代の国(26)も参加できない可能性が高い。少人数での合宿となるが、親方の生まれ育った地で、若手力士たちが追悼の思いも込めた稽古に励む。花田さんは「町としては、今後も続けていってほしい気持ちがあります」と話した。


<大相撲>元千代大海が九重部屋を継承
毎日新聞 8月3日(水)19時12分配信

 日本相撲協会は3日、元横綱・千代の富士の九重親方が先月31日に亡くなったことに伴い、弟子で部屋付きの佐ノ山親方(元大関・千代大海)が年寄「九重」を襲名し、部屋を継承すると発表した。九重部屋には7月の名古屋場所時点で、前頭の千代鳳や千代の国らが所属している。【村社拓信】


九重部屋、佐ノ山親方が継承…相撲協会発表
読売新聞 8月3日(水)19時0分配信

 大相撲の九重親方(元横綱千代の富士)の急逝を受け、部屋付きの佐ノ山親方(元大関千代大海)が九重部屋を継承することが承認された。

 3日、日本相撲協会が発表した。佐ノ山親方は年寄「九重」に名跡を変更した。九重部屋には幕内の千代鳳、千代の国ら関取6人が在籍している。


九重部屋、元千代大海が継承=元千代の富士の死去受け=大相撲
時事通信 8月3日(水)16時7分配信

 日本相撲協会は3日、元横綱千代の富士の九重親方が7月31日に死去したのに伴い、同親方が師匠を務めていた九重部屋を、弟子で部屋付きの佐ノ山親方(40)=元大関千代大海、本名須藤龍二、大分県出身=が、名跡を九重に変更して継承することを理事会で承認したと発表した。

 九重部屋には、幕内の千代鳳、千代の国らが所属している。


大相撲中継の歴代最高視聴率は、「若貴」ではなく「千代の富士」だった!
BEST TIMES 8月3日(水)16時0分配信

平成の相撲ブームは兄弟2人だけど“ウルフフィーバー”は俺1人だからね
 
 元横綱千代の富士の九重親方がすい臓がんのため、先月31日に61歳の若さで亡くなった。優勝31回、通算1045勝など輝かしい実績を残し、角界初の国民栄誉賞にも輝いた。そのサクセスストーリーが始まったのが、昭和56年1月場所。関脇で初優勝を飾り、“ウルフフィーバー”がうねりを上げたのがこの場所だった。

 のちの平成時代にいわゆる“若貴兄弟”を中心とした空前の大相撲ブームが巻き起こるが、NHKの大相撲テレビ中継の歴代最高視聴率をマークしたのは、実は“若貴時代”ではなく“ウルフ”が横綱北の湖を優勝決定戦で破って初優勝を決めた同場所千秋楽である。平均視聴率52.1%、瞬間最高視聴率65.3%はいまだ破られていない。後年、九重親方はこんなことを“豪語”していた。

「平成の相撲ブームは兄弟2人による数字だけど、“ウルフフィーバー”は俺1人だからね。どれだけすごかったか」。

 関脇で初優勝した4場所後には横綱に上り詰めた。左の前廻しを取って一気に走る速攻相撲で綱を射止めたのだが、横綱昇進以降は右手で相手の首根っこを押さえつけ、左上手から豪快に投げる“ウルフスペシャル”が“必殺技”となった。力を見せつけるような荒業だったが、そこにはウルフなりの思惑があった。

「横綱になったら勝った相撲は(新聞に)載せてもらえないんだよ。年に10回ぐらいしか負けないのに、それが全部載るわけだから悔しかったね。だったら、勝っても載せてくれるような内容の相撲を取ればいいのかなと。それが“ウルフスペシャル”になったんじゃないかな」。

 誰もが認める肉体的な強さはもちろん、新聞やテレビといったマスコミをも味方につけたことでそのイメージは倍加され、人々の記憶に深く刻み込まれていった。今、我々が抱いている大きな喪失感や悲しみは、その反動を物語っているのではないだろうか。


球界の人脈も広い元千代の富士の九重親方…頭の切れ味も抜群だった
サンケイスポーツ 8月3日(水)15時0分配信

884
故九重親方(写真:サンケイスポーツ)

 【球界ここだけの話】

 元横綱千代の富士の九重親方が7月31日に亡くなり、球界も悲しみに包まれ、親交のあったソフトバンク・王貞治会長らがお悔やみのコメントを出している。

 私も相撲担当として3年間取材させていただいたが、とにかく頭が抜群に切れる方だった。

 2002年頃。素朴な疑問をぶつけにいった。「貴ノ花(元大関)は親方と対戦し引退を決断。親方は貴乃花(現親方)に引退に追い込まれた。今度は親方の息子さん(剛さん)が貴乃花に引導を渡すというストーリーになっているんですけど。相撲はやらないんですか?」。

 そんな怖いもの知らずの、無茶な質問に「誰がそんなこと決めたんだよ!? 勝手に決めるな!! 今はバスケットをやってるよ。だいたい今から力士になって、貴乃花に勝つまでに何年かかると思ってるんだ」とちゃんと答えてくれた。

 娘の秋元梢は人気モデルになっているが、剛さんも力士になることはなかったが、ファッションの世界で活躍されているそうだ。

 ある年の名古屋場所。役員室に話を聞きに行くと「俺はおまえと相撲を取っても負けないよ」と言われたことがある。「当たり前じゃないですか」と返すと「俺はおまえの作戦がわかる。顔に『悪い記事を書きたいです』と書いてある。顔を洗って出直してこい」とこちらの狙いを見透かされ、すごすごと退散したこともあった。

 だから、こちらも考えた。例えば、親方の弟子の元大関千代大海(現佐ノ山親方)が序盤から負けがこんだとき。

 「大関はダメですね」とストレートに聞くと「そうか?」となる。そこで「大関は惜しかったですね?」といくと「どこが惜しいんだ! あんな相撲を取っているからダメなんだ」とうまくいくこともあった。

 そんな九重親方は力士にとっても憧れの存在。朝青龍が横綱のときに、勝ち名乗りを受けたあとに、必ず右を向く仕草をしていた。

 「どこを見ているのか?」と聞くと「審判の九重親方に『見てくれていましたか?』とチェックしている」と思ってもいない答えが返ってきた。

 その話を直撃すると「『俺も見ているよ』と言っておいてくれ。そんなに好きなら、うちの部屋に入ればよかったのにな」と話してくれた。

 5、6日の葬儀、告別式には多くの球界関係者が訪れるだろうが、強さだけではなく、こんな頭の切れるスーパースターはもう出てこないだろう。

 まだまだ辣腕(らつわん)を振るい、角界を盛り上げてほしかっただけに、残念でならない。(塚沢健太郎)


元大関・千代大海が九重部屋を継承
スポニチアネックス 8月3日(水)14時54分配信

 元大関・千代大海の佐ノ山親方(40)=本名須藤龍二、大分県出身=が3日付で年寄「九重」を襲名し、元横綱・千代の富士の前親方が死去した九重部屋を継承した。日本相撲協会が同日発表した。

 元千代大海の九重親方は1日に九重部屋で取材に応じた際、亡くなった前親方について「血のつながりはないが、父親としてずっと思っていた」と心境。九重部屋付き親方として弟子の指導に当たっていたが「生前時、次におまえが引っ張っていけと言われていた。これから不安にならないように頑張らせていただきます」と決意を述べていた。

 九重親方は若い頃、ケンカに明け暮れた悪ガキだったという。金髪にそり込みを入れて、入門を申し込みにいくと前親方が「その頭を何とかしてこい」と一喝。心を入れ替えて弟子入り。師匠の厳しい指導で、番付を駆け上がり、大関まで昇進した。優勝は3度で大関在位65場所は魁皇と並んで歴代最多。

 九重部屋には7月の名古屋場所時点で、幕内・千代鳳関ら6関取など力士13人が在籍。これまで北の富士、北勝海、千代の富士の3横綱を輩出した名門で、千代の富士の31度を筆頭に部屋別の優勝回数では52度でトップ。


訃報を機に再注目 千代の富士の名言「体力の限界!」
R25 8月3日(水)7時0分配信

元横綱の千代の富士(九重親方)が7月31日、61歳の若さで死去。名横綱の早すぎる死を偲ぶコメントが次々と寄せられている。

北海道出身の千代の富士は、1981年の初場所で初優勝を飾って大関に昇進すると、同年中に横綱に昇進。横綱として10年以上にわたって土俵に君臨し、優勝回数31回(歴代3位)、通算勝利数1045(歴代2位)、横綱在位59場所(歴代2位)など、数々の記録を打ち立て、1989年には角界初となる国民栄誉賞を受賞した。

力士としては小柄な120kg前後の体型ながら、大型力士の挑戦を鍛え上げられた身体で受け止め、「ウルフ」という愛称で抜群の人気を誇った千代の富士。そんな偉大な横綱の死に、ツイッターには、

「千代の富士強かったなぁぁって思いでしかないな」
「本当に格好良かった….リアルタイムで見れた事はある意味で幸せだったかも….」
「大きくない体なのに強くて、『相撲』を面白いと思ったのはこの人の魅力かも」
「千代の富士の土俵入り、雲竜型を見た時、なんて美しいのだろうと感動したことを今も鮮やかに目に浮かびます、まだ早過ぎます、残念です」

といった早すぎる死を悼む声が数多く寄せられているが、そんななかで目に付くのが、千代の富士の引退会見での発言に関するコメントだ。当時、猛烈な勢いで番付を駆け上がってきた貴花田(後の横綱・貴乃花)と初めて対戦し、これに敗れた千代の富士は、その2日後に引退を表明。涙で言葉を詰まらせながら、「体力の限界…気力も無くなり、引退することになりました」と述べ、当時大いに話題になった。

それゆえ、千代の富士の訃報が伝えられると、ツイッターには、

「体力の限界って周りも真似もしてたな よく覚えてるよ」
「『体力の限界!、気力もなくなり!』のセリフは、職場でよく使った」
「『体力の限界』。絞り出したその一言が今も忘れられない」
「『体力の限界』。あのカッコいい千代の富士の引退会見は、日本スポーツ史に残る名シーンだと思う」

など、改めてこのフレーズをつぶやく人が続出。潔い引退会見は日本中の涙を誘ったが、「人生」という土俵からも、あまりにもあっさりと去ってしまった大横綱を偲ぶ声が、続々と寄せられている。

(金子則男)
(R25編集部)

※コラムの内容は、フリーマガジンR25およびR25から一部抜粋したものです
※一部のコラムを除き、R25では図・表・写真付きのコラムを掲載しております


九重親方「お別れの会」10・1両国国技館で開催
デイリースポーツ 8月3日(水)5時59分配信

829
亡くなった元横綱千代の富士の九重親方

 日本相撲協会は2日、7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳で急死した元横綱千代の富士の九重親方(本名秋元貢)の「お別れの会」が10月1日に東京・両国国技館のエントランスで開かれると発表した。九重部屋後援会が主催で、時間は未定。

 相撲協会は、歴代3位の優勝31回、1989年に角界で初めて国民栄誉賞を受賞した大功労者に対し、協会葬を営む選択肢もあったものとみられるが、遺族側の意向が尊重された。


元横綱千代の富士、NHKが追悼特番を放送
日刊スポーツ 8月2日(火)19時38分配信

883
元横綱千代の富士

 NHKは2日、膵臓(すいぞう)がんのため、7月31日に61歳で急逝した元横綱千代の富士の九重親方をしのぶ特別番組を放送すると発表した。

 5日午後3時10分から「NHK特集『九州場所 千代の富士の15日間』」を放送するという。88年11月28日放送された番組の再放送。

 大鵬の持つ連勝記録45勝を破った横綱千代の富士はどこまで記録を伸ばすのかをテーマに、連勝阻止を目指す各力士と、挑戦を受けて立つ千代の富士との熱い戦いの日々を追ったドキュメンタリーという。


NHK、九重親方の追悼番組を8・5に放送 
スポーツ報知 8月2日(火)19時31分配信

 7月31日に61歳で急逝した第58代横綱・千代の富士の九重親方をしのんで、NHKは2日、1988年11月28日に放送されたNHK特集「九州場所 千代の富士の15日間」を5日午後3時10分から総合テレビで放送すると発表した。

 番組は88年の九州場所で大鵬の連勝記録「45」を破った千代の富士がどこまで記録を伸ばせるかに迫った内容。連勝阻止を目指す各力士と、挑戦を受けて立つ千代の富士の日々を描いている。

« 安倍改造内閣、防衛相に稲田朋美政調会長を起用 | トップページ | 東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2137 »

スポーツ」カテゴリの記事

ニュース」カテゴリの記事

人物・伝記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/64005971

この記事へのトラックバック一覧です: 元横綱千代の富士の九重親方が死去・4:

« 安倍改造内閣、防衛相に稲田朋美政調会長を起用 | トップページ | 東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2137 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30