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2016年7月13日 (水)

熊本・震度7の地震に関するニュース・95

引き続き、熊本県で4月14日および16日に発生した、震度6強~7の地震に関するニュースを伝達します。

※熊本地震発生から3カ月を経まして、ニュースの量も安定化してまいりましたので、この記事よりあとに発生するニュースの収録につきましては、『東日本大震災・原発事故関連のニュース』に統合させていただくことといたしますのでご了承ください。
そのため、上記記事につきましてはそのタイトルを『東日本大震災等および原発事故関連のニュース』に変更いたします。なおニュースの統合は『東日本大震災等および原発事故関連のニュース・2132』からとなります。
以上、謹んでお知らせいたします。

リンク:<熊本地震>「岩せつなだれ」現象…緩斜面の土砂災害 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>防災ずきんで園児ら「安心」…神戸の学生が寄贈 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>なんとか手がかりを 不明学生捜索、両親続ける - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:鹿児島の三反園知事の権限なき「原発停止」発言 規制委は一蹴 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>本震3カ月 学友が倒壊アパート前で追悼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大雨被害、二次災害と認定=熊本地震死者に2人追加 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震3ヵ月 関連死新たに4人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「今では監視されているようだ」 戻れぬ被災者 避難長期化で疑心暗鬼も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国道57号早期復旧へ…二重峠トンネルに「技術提案・交渉方式」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>9市町村 復興住宅の整備を検討 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ふるさと復興へメッセージ=地震3カ月で集い―熊本・御船町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本「前震」から3か月、被災地では追悼行事 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>3カ月の夜 犠牲者悼むキャンドルの火 益城 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災関連死10人に=新たに4人認定―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<伊方原発>避難計画を改定 「熊本地震対策」盛り込まれず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震3カ月>県外避難者950人 人口流出も懸念 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震3カ月 「生活再建を最優先」 益城町長、復興計画「年内に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「やっぱりおかしくなりますよ」熊本地震3カ月、続く車中泊 ボランティア団体が週2回、夜間巡回 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、発生から3か月…犠牲者を悼む - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震3カ月、冥福祈る=熊本市長「被災者のため制度を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本城>もう一つの“一本足”戌亥櫓が新名所に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難所運営、物資調達で民間活用検討 政府検証チーム、近く提言 熊本地震3カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「なかったこと」にされる性暴力=予防へ、早い段階から啓発―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「東日本」生かす避難所運営を=「女性に配慮」反映に課題も―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:人員不足対応追いつかず=自治体、罹災証明書発行に遅れ―体制整備進まず・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:農業ボランティア活躍=繁忙期、生活再建と両立支援―西原村に仲介窓口・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:選定地被災し確保難航=仮設住宅、着工に遅れ―「コスト高」指摘も・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設、幼い子にもストレス=室内狭く遊び場なし―熊本地震3カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本避難者4700人、再建進まず…地震3か月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震3カ月>避難続く4870人 健康悪化など懸念 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:4700人依然避難=復興なお道半ば―熊本地震、14日で3カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、ミュージアム建設を…五百旗頭氏提案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>関連死疑い130人に…遺族、64人認定請求 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅義偉官房長官 熊本復興を全力支援 財政「心配ない」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<熊本地震>「岩せつなだれ」現象…緩斜面の土砂災害
毎日新聞 7月18日(月)10時40分配信

 熊本地震で5人が犠牲になった熊本県南阿蘇村河陽の高野台団地を襲った土砂災害について、雪崩のように高速で土砂が流れ下る「岩せつなだれ」と呼ばれる現象が発生していたとする調査結果を、熊本大の宮縁育夫准教授(火山地質学)がまとめた。火山とその周辺では緩斜面でも起こる可能性があり、注意を呼びかけている。

 高野台地区を襲った土砂崩れがあった場所は、火山灰からなる土壌。地震で崩れただけでは土砂が流れないような傾斜角度が10度にも満たない緩斜面だが、最長で600メートル近くも流れ下っていた。

 宮縁准教授が現地調査したところ、土砂が水で運ばれた形跡がなかった。さらに、同地区で2000年6月~01年1月に行われた熊本県の遺跡発掘調査で、約2100年前の弥生時代の遺構が岩せつなだれによって土砂に覆われて埋没していたことから、宮縁准教授は「同じ岩せつなだれが小規模ながら発生した」と結論付けた。

 地盤災害に詳しい京都大防災研究所の千木良(ちぎら)雅弘教授(応用地質学)によると、岩せつなだれは火山灰からなる土壌の下の軽石の層が地震の強い揺れなどによって崩れ、泥状になることなどで発生。一般に土砂が流れ下る速度は時速100キロを超え、東日本大震災などでも起きたという。

 宮縁准教授は「火山などでは岩せつなだれが起きる可能性に配慮し防災につなげることが重要だ」と指摘した。【飯田和樹】


<熊本地震>防災ずきんで園児ら「安心」…神戸の学生が寄贈
毎日新聞 7月18日(月)10時30分配信

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寄贈された防災ずきんをかぶせてもらう子どもたち=熊本県西原村で2016年7月17日午前10時9分、中里顕撮影

 阪神大震災の被災地、神戸市にある保育士養成の専門学校「神戸こども総合専門学院」の学生ら7人が17日、熊本地震で被災した熊本県西原(にしはら)村の村立にしはら保育園を訪れ、防災ずきん150個を贈った。

 ピンクや黄色などがあり、贈られた園児らは大喜び。園田久美代園長(60)は「ありがたい。避難訓練で活用したい」と感謝した。同学院1年の久保田美緒さん(33)は「子どもたちが元気そうで安心した」と話した。

 地震後に西原村でボランティアをしている神戸市民から、同学院の関係者が被災状況を聞いたことをきっかけに子どもたちへの防災ずきん寄贈を計画。学生らが神戸市で街頭募金活動をするなどして購入した。【中里顕】


<熊本地震>なんとか手がかりを 不明学生捜索、両親続ける
毎日新聞 7月16日(土)20時50分配信

 熊本地震の本震発生から16日で3カ月になった。本震で崩落した阿蘇大橋(熊本県南阿蘇村)付近を車で走行中に安否不明となった熊本学園大4年、大和晃(ひかる)さん(22)=同県阿蘇市=の両親らが同日、阿蘇大橋から約5キロ西側の同県大津町の白川流域を捜索した。新たな手がかりは見つからず、母忍さん(48)は「あの日から私たちの時間は止まったままです」と話した。

 忍さんと父卓也さん(58)はほぼ毎日、流域で捜索を続けているが、今回は卓也さんが運営に携わる地域のスポーツクラブのメンバーら10人も加わった。同クラブの小坂今朝和(こざか・けさかず)会長(65)が「同じ年ごろの子供を持つ親として、いてもたってもいられない」と協力を申し出た。

 両親らは白川の川岸などを約4時間歩き、晃さんが乗っていた車の部品などを捜した。6月23日に白川の川岸で車のボンネットの一部のような金属板が見つかったが、卓也さんによると、晃さんの車のものかどうかは県警の調査で結論は出ていないという。

 16日の捜索終了後、忍さんは「孤独な捜索活動だったので支援はありがたい」と話し、卓也さんは「最近の雨で土が流され、見つからなかったものが出てくるかもしれない。どんなことでもいい。息子の手がかりを見つけたい」と語った。【平川昌範】


鹿児島の三反園知事の権限なき「原発停止」発言 規制委は一蹴
産経新聞 7月16日(土)13時50分配信

 鹿児島県知事選で当選した元テレビ朝日コメンテーターの三反園訓(みたぞの・さとし)氏(58)=7月28日に就任=が、国内で唯一稼働する九州電力川内原発(鹿児島県)の一時停止を公言していることが混乱を招いている。反原発団体は「廃炉への道筋を作るきっかけができた」と勢いづく一方、九電側は「停止の根拠が分からない」と困惑。原発を停止する法的権限は原子力規制委員会以外にない。反原発票を取り込もうという意図が透ける三反園氏の主張は、果たして責任ある発言といえるのだろうか。(原子力取材班)

 ■「脱原発」を公約

 三反園氏は10日の知事選で、任期満了に伴う4選を目指した伊藤祐一郎氏を破り、初当選を果たした。三反園氏は民進、社民両党のほか、伊藤氏に批判的な一部の保守層も巻き込んで、選挙戦を優位に展開した。

 三反園氏は、川内原発は熊本地震を受けて安全に不安があるとして、「一時停止して点検する必要がある」と公約、事故が起きた場合の避難計画についても見直しを挙げた。選挙運動の中では「原発のない社会を目指す」と訴えた。

 三反園氏の選挙戦略は、反原発票を取り込むことだった。告示の直前、反原発団体のメンバーが立候補を断念する代わりに、三反園氏が当選すれば九電に再調査を申し入れることや、県庁に「原子力問題検討委員会(仮称)」を設置することなど、政策合意文書を交わしていた。

 当選後、三反園氏は川内原発の一時停止の申し入れについて「いろんな人と相談し、一番良い方法を検討したい」と強調、「安全性が確保されていない原発を動かすわけにはいかない」と繰り返した。

 ■「政治家に言われても止めない」

 「私どもの判断は政治的な影響を受けない。熊本地震で差し迫った問題はない。判断根拠を求められれば説明するが、それ以上のことはできない」

 三反園氏の言動に対して、原子力規制委員会の田中俊一委員長はそう語った。

 熊本地震による川内原発の影響をめぐっては、規制委が4月の臨時会合で「安全上問題はない」との結論を出している。その理由はこうだ。

 熊本地震は、布田川(ふたがわ)・日奈久(ひなぐ)断層帯が引き起こしており、地震の規模は最大でマグニチュード(M)7・3。川内で観測された最大の揺れの強さは、わずか8・6ガルだった。

 規制委は川内原発の審査で、この断層帯の長さを92・7キロとし、この全区間が動く最も強い地震をM8・1と見積もった。それでも、川内で観測される加速度は100ガル程度。審査の中で、耐震設計上設定された最大の揺れ(基準地震動)は620ガルで、今回の揺れは想定の70分の1程度にしかならない。

 原子炉は一定以上の揺れの強さで安全確保のため自動停止する。川内原発の場合、水平方向で160ガル、垂直方向で80ガルで、実際の観測値を大幅に上回っている。

 熊本地震後に予備的に止める可能性について問われた田中委員長は「政治家に言われてもそういうつもりはない」と断言している。

 仮に三反園氏が、川内原発の安全性を検証するとしても、規制委をしのぐだけの専門性があるのかは疑問だ。

 規制委は約1千人のスタッフを抱え、川内の場合、審査会合を62回開き、非公開の事業者とのヒアリングを約700回行っている。三反園氏は県民の不安を解消するために何をどうやって調べようというのか。現状で、具体的な説明が全くない。

 ■「再稼働の同意」明記なし

 いったん再稼働の同意を得たにもかかわらず、それを覆すことは可能だろうか。

 もともと、再稼働のための「地元の同意」は法律上明記されていない。逆にいえば、同意がなくても再稼働は可能だ。しかし事業者と自治体が自主的に結んでいる「安全協定」がある。

 協定には通常、事故時の通報義務や自治体による立ち入り調査などを盛り込む。九電によると、川内原発では鹿児島県と立地自治体の薩摩川内市と結んでいるが、再稼働の事前同意などの規定はないという。

 前任の伊藤氏は平成26年11月に再稼働に同意した。それに先立ち、薩摩川内市の市長と議会、県議会も同意しており、知事だけの反発で、これまでのプロセスが破棄できるかは疑問視される。

 仮に三反園氏が同意を撤回した場合、国、九電がどう対応するか。九電関係者は「停止が必要だという科学的根拠がよく分からない」と首を傾げる。

 川内1号機は昨年8月、2号機は同10月に再稼働した。このまま運転を続ければ、法定通り、1号機は運転から13カ月後の今年10月半ば、2号機は12月半ばに定期検査(2~3カ月)に入るため停止する。定期検査後の再稼働には改めて地元の同意は必要ない。

 地元が最も心配するのが電力の安定供給だ。供給力がピーク時の需要をどれだけ上回っているかを示す「予備率」は、九電管内で、今年8月は13・9%、9月は12・2%。昨年、原発が稼働しなかった際の見通しは、他社からの電力融通を受けながらも、安定供給に最低限必要とされる3%だった。

 三反園氏がこうした住民の暮らしに直結する問題を考慮せずに、反原発イデオロギーに染まって原発の停止を公言する姿勢はあまりに無責任だろう。


<熊本地震>本震3カ月 学友が倒壊アパート前で追悼
毎日新聞 7月16日(土)10時32分配信

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大野睦さんが亡くなったアパートの前に花を手向け手を合わせる友人ら=熊本県南阿蘇村で2016年7月16日午前6時37分、須賀川理撮影

 ◇東海大阿蘇キャンパスの学生など亡くなった南阿蘇

 震度7を観測した熊本地震の本震から16日で3カ月となり、被災地の住民らが犠牲者を悼んだ。東海大阿蘇キャンパスの学生ら4人が亡くなった熊本県南阿蘇村河陽の黒川地区では早朝、学生の友人らが倒壊したままのアパートに花を手向け、冥福を祈った。

 地震前、黒川地区の住民約1000人のうち約800人が同キャンパスの学生だった。しかし地震を受けて学生たちは熊本キャンパス(熊本市東区)に移り、住民の大半も避難している。

 同大2年の大野睦(りく)さん(20)が亡くなったアパートの前では、学生3人らが手を合わせた。黒川区長の竹原満博さん(55)は「3カ月たつのに壊れたアパートはそのままで、残っている住民はほとんどいない。地域の将来が見通せない」と話した。

 本震で土砂災害が多発し阿蘇大橋が崩落した南阿蘇村立野地区の住民ら約20人も、避難先の大津町のホンダ熊本製作所体育館で黙とうした。

 立野地区では本震で3人が死亡した。避難所運営委員長の丸野健雄さん(72)は「これまでは皆で支え合ってきたが、仮設住宅への入居が進み、離ればなれになってしまったら引きこもる人もいるのではないか」と不安を口にした。【平川昌範、取違剛】


大雨被害、二次災害と認定=熊本地震死者に2人追加
時事通信 7月15日(金)19時9分配信

 熊本県は15日、6月19日からの大雨による土砂災害で死亡した男女5人を、熊本地震の二次災害による死者と認定した。

 これまでに熊本地震による直接死は49人、関連死は10人が認定されており、地震による死者は計64人となった。

 認定されたのは、6月20日から3市で発生した土砂崩れにより死亡した50~90代の男女5人。県などはいずれも、一連の地震で土砂が緩んだことが土砂崩れの原因になったと判断した。9市町村の家屋51棟の土砂崩れや浸水による被害も、二次災害と認定した。


熊本地震3ヵ月 関連死新たに4人
西日本新聞 7月15日(金)12時7分配信

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親子が亡くなった家の前で、お茶と線香を供え手を合わせる住民=14日午前10時20分、熊本県益城町

 熊本地震は14日、前震(4月14日)から3カ月を迎えた。犠牲者が集中した熊本県益城町では、遺族や関係者が故人を悼んで手を合わせた。熊本市は同日、新たに4人を関連死と認定。一連の地震による死者は49人、関連死は10人となった。県内ではなお、13市町村で4592人が避難所生活を余儀なくされている。

 村上ハナエさん=当時(94)、正孝さん=同(61)=親子が亡くなった益城町木山の倒壊した住宅には、正孝さんの友人の坂田良一さん(64)=同町寺中=が花束を手向けた。「自分の家も半壊したから、3カ月たって初めて訪ねた。(正孝さんは)弟のような存在で本当に悔しかっただろう」。同県御船町の避難所では夜、住民らが集まり、犠牲者に黙とうをささげた。

 一方、熊本市によると、関連死と認定したのは、4月16日の本震後、車中泊中に心筋梗塞を発症して亡くなるなどした70~80代の男女。うち3人は、これまで県が「関連死の疑い」と公表していた20人に含まれていた。

=2016/07/15付 西日本新聞朝刊=


「今では監視されているようだ」 戻れぬ被災者 避難長期化で疑心暗鬼も
西日本新聞 7月15日(金)11時59分配信

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親子が亡くなった家の前で、お茶と線香を供え手を合わせる住民=14日午前10時20分、熊本県益城町

 7月7日夜、熊本県益城町の展示場「グランメッセ熊本」。古閑郁海さん(26)が長男莉都(りと)君(4)を両親にいったん預けて駐車場に戻ると、テントからランタンの明かりとともに子どもたちの話し声が漏れた。

 「何をお願いしたの」「内緒」「見せてよ」「だめだめ」。顔見知りの小学生たちがじゃれ合いながら、テント暮らしを続ける莉都君に代わって願い事を考えていた。小1の女児が手元を隠して短冊にペンを走らせ、七夕の星空の下、ササの枝に結び付けた。

 《はやくおうちにかえれますように》

 熊本地震の直後、避難者が殺到した駐車場は2千台以上の車で埋まった。車中泊は10台程度に減り、緑地には12張りのテントを残すだけとなった。短冊に願い事を書いた女児の家族は避難生活を終えたが、「余震が怖い」と郁海さんのテントに時々顔を出す。

 郁海さんはシングルマザー。4月14日の前震当日から車中泊を始め、1カ月ほど前にテントへ移った。毎朝、一人っ子の莉都君を保育園に送った後、職場に通う。熊本市東区の自宅は半壊で何とか住めるため、郁海さんの両親は戻った。しかし、莉都君は何日も家に入ろうとしなかった。

 郁海さんは莉都君を自宅庭、玄関、さらに風呂場へと、毎日少しずつ慣れさせた。七夕の夜、寝室手前の部屋まで入れるようになった。「願い事がかなったのかな」と寝室から手招きすると、莉都君は「ママ、そこは危ないよ。死んじゃうよ」。東区を震度6弱の揺れが襲った夜、寝室の仏壇は倒れ、郁海さんの父が「つぶされるぞ」と声を張り上げた。莉都君は携帯電話の緊急地震速報が鳴るたびにパニックになり、以来、自宅では眠れない。

 8日、避難所管理の女性スタッフがテントを訪ねてきた。「7月中におうちに帰れたら、ご褒美をあげる」。女性が突然、指切りげんまんを始めると、莉都君は表情をこわばらせて身をよじった。「7月中に」。郁海さんは指切りの意図を感じ取り、気が重くなった。

「今では監視されているようだ」避難長期化疑心暗鬼も
 駐車場の緑地に立つ12張りのテントを強い雨がたたく。13日午後、熊本県益城町の展示場「グランメッセ熊本」。5月下旬からテント泊を続ける山下博正さん(33)は「水が染みてきて困る」と独りごちた。

 山下さんは熊本地震の揺れを体験し「天井が落ちてくる」との恐怖心にさいなまれる。親と兄弟が住む自宅を離れ、豪雨と猛暑に耐えてきた。気がかりなのは公的支援の先細りだ。

 1日2本だった飲料水の配給は7月から1本に減った。町は「現場スタッフの判断ではないか。困っているならば対応できる」としているが、山下さんは配給を減らし、テント撤去を促しているのではと疑う。

 町は7月中のテント泊解消を目指す。「強制排除はしたくない。ただ、あそこは危なすぎる」と担当者。夏場のテント内温度は50度に達し、風水害の危険もある。12張りの半数は仮設住宅への入居など行き先が決まり、残る半数に避難所への移動や帰宅を勧める。

 夜間、警備員がライトでテント内を照らし、のぞき込む。突然差し込む強い光に目がくらむ。「これまでは守ってくれた。今では監視されているようだ」

「しょんなかですもん、こぎゃんなったら」
 炊き出しの列を少し離れた椅子から眺める女性(83)がいた。12日昼、益城町総合体育館の避難所。「膝が悪いけん、長くは立っとられんとです」。メニューは、春雨と切り干し大根のスープ。列が途切れたところで配給カードを渡す。

 左手にスープ、右手につえ。たどたどしい足取りでベッドに戻った女性は、食べ慣れないチーズとマヨネーズのパンをかじり、スープを口に運んだ。日頃は揚げ物が多く、高齢者にはつらい。「しょんなかですもん、こぎゃんなったら」

 4月16日の本震後、避難所に来た。仕切りのないベッドでは寝付けない。避難者同士のささやきに「悪口を言われとる」と感じ、自分のスリッパが乱れていると「嫌がらせじゃなかか」と勘ぐるようになった。

 自宅は一部損壊で、制度上、仮設住宅には入れない。避難所を出るには自宅を修繕するしかなく、県外に住む息子2人が費用の工面を約束してくれた。「いつになるのか。次の連休に長男が帰ってくるけん、そん時に聞いてみようと思うとります」。息子の帰郷を指折り数えて待つ。

 さまざまな事情で今なお避難所やテントに残る被災者たち。現地で体調や悩み事の相談に乗るボランティアの看護師永尾貴巳さん(40)=福岡県筑紫野市=は指摘する。「避難生活の長期化で体力も気力も減退し、自立への一歩が踏み出せない人がいる。支援を途絶えさせてはいけない」

益城町の避難者
 熊本地震の避難者数のピークは約18万人。隣接自治体に避難するケースもあった。震度7を2度観測した熊本県益城町は最大1万6050人、13日現在で1584人。指定避難所や把握できた車中泊の合計で、テント泊の一部、自宅庭で寝泊まりする人を含まない。町は現在14カ所の指定避難所を段階的に集約し、地震発生半年を迎える10月までにすべて閉鎖したい考えだ。

    ◇    ◇

 熊本地震の発生から3カ月。被災地は復興へ歩み始めているが、いまだ生活再建を見通せない人、地域も残る。以前の暮らしに戻れない被災者たちを追う。

=2016/07/15付 西日本新聞朝刊=


国道57号早期復旧へ…二重峠トンネルに「技術提案・交渉方式」
レスポンス 7月15日(金)9時46分配信

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「国道57号北側復旧ルート」の「二重峠トンネル」

国土交通省は、地域住民の意見を踏まえてルートを決定した「国道57号北側復旧ルート」の「二重峠トンネル」工事の発注手続きを開始すると発表した。

[技術協力・施工(ECI)タイプについて]

発注にあたっては1日も早い復旧に向けて、設計段階から施工者独自のノウハウを取り入れる発注方式「技術提案・交渉方式」(技術協力・施工タイプ)を採用する。

これにより設計と工事発注手続きを同時進行し、工事着手が半年以上前倒しされるほか、施工者による設計段階から施工計画を検討してもらうことで、効率的に事業を推進などが図られるとしている。

《レスポンス レスポンス編集部》


<熊本地震>9市町村 復興住宅の整備を検討
毎日新聞 7月15日(金)7時30分配信

 ◇首長アンケート 仮設住宅の入居は最長2年

 熊本地震で被害が出た熊本県内の益城(ましき)町など9市町村の首長が、住まいを失った被災者が長期間生活することを想定した災害公営住宅(復興住宅)の整備を検討していることが毎日新聞のアンケートで分かった。同県で3万棟以上の住宅が全半壊したが、被災者の主な受け皿となる仮設住宅の入居は最長2年。自治体側がその間の被災者の生活再建を困難とみていることが明らかになり、避難生活の長期化が不可避な実態が浮き彫りになった。【中里顕、樋口岳大】

 地震発生から14日で3カ月になるのに合わせ、毎日新聞が19市町村の首長にアンケートし、18市町村から回答を得た。災害公営住宅は、住宅の自力再建が難しい被災者のために、県や市町村が、国の補助を受けて整備する賃貸住宅。

 災害公営住宅の整備を「検討している」と回答したのは、益城町と、宇土市、阿蘇市、美里町、大津町、御船(みふね)町、嘉島(かしま)町、南阿蘇村、西原村。美里町は「家屋を解体せざるを得ない高齢者世帯や低所得者世帯は、2年以内での住宅の新築や購入は難しい」と回答した。

 阪神大震災で2万6102戸、新潟県中越地震で336戸を整備。東日本大震災では2万9999戸の整備が予定される。着手した時期は、阪神大震災が発生から約2カ月後。東日本大震災では福島県相馬市が最も早くて8カ月後だった。

 一方、宇城(うき)市、八代市など8市町村は「検討していない」とし、理由は「市営住宅などで足りているため」(八代市)などとした。熊本市は「現時点では回答できない」と答えた。

 また、復興(生活などが地震前の水準に到達)までに必要と考える年数を質問したところ、10市町村が「見通しはまだ立たない」と回答した。


ふるさと復興へメッセージ=地震3カ月で集い―熊本・御船町
時事通信 7月14日(木)21時45分配信

 熊本地震の発生から3カ月を迎えた14日、大きな被害を受けた熊本県御船町で、犠牲者の冥福を祈り、ふるさとの復興を誓う集会が開かれた。

 参加者は厳しい生活環境となった3カ月間を振り返り、復興に向け住民が力を合わせて取り組んでいくとのメッセージを発信した。

 御船町は一連の地震で2人が亡くなり、現在も約240人が避難所生活を送っている。

 集会は約200人が避難する町スポーツセンターで開催。ステージに設置されたスクリーンには、避難所生活や仮設住宅建設の様子などが映し出された。自宅が全壊した徳永憲一さん(68)は、妻(64)と息子(36)の3人で同センターに身を寄せる。スクリーンを見詰めながら「集団生活が続きストレスを感じる。精神的にゆっくりしたい」と語った。

 続いて、避難所で家族と暮らす小学6年の平松武虎君(11)が「みんなで力を合わせて御船町を元通りにしたい」とのメッセージを読み上げ、最後に参加者全員で「ふるさと」を合唱した。会社員の緒方順子さん(49)は「前向きになれた。地震に負けていられない」と笑顔で話した。


熊本「前震」から3か月、被災地では追悼行事
読売新聞 7月14日(木)21時18分配信

 最大震度7を観測した熊本地震は14日で「前震」から3か月となり、熊本県内の被災地では追悼行事や復興に向けた集いが行われた。

 熊本市では同日、新たに4人が「震災関連死」と認定され、地震での死者は直接死が49人、関連死が10人の計59人となった。依然として1人が行方不明のままで、4592人が避難所などに身を寄せている。

 避難所となっている御船(みふね)町スポーツセンターでは14日夜、キャンドルがともされ、被災者ら約150人が犠牲者に黙とうをささげた。約80人が避難生活を送る益城(ましき)町立益城中央小の体育館では、仮設入居が決まった約30人を激励する集いがあり、3か月の避難所生活を振り返りながら、手作りの料理に舌鼓を打った。


<熊本地震>3カ月の夜 犠牲者悼むキャンドルの火 益城
毎日新聞 7月14日(木)21時0分配信

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避難所の体育館でキャンドルに火をともし、黙とうする住民たち=益城町の町立益城中央小学校で2016年7月14日午後8時、和田大典撮影

 熊本地震の発生から14日で3カ月になった。最大震度7の揺れに2度襲われた熊本県益城町の避難所で同日、キャンドルに火をともして犠牲者を悼み、町内各地の仮設住宅へ移った後の交流を誓い合う「スタート式」が行われた。

 今も39世帯86人が身を寄せる益城中央小の体育館では、地震直後から被災者が避難所運営に携わり、6月20日からは行政やボランティアの手を借りずに自主運営を続けてきた。スタート式では仮設住宅に移る前に避難所で育んだ絆を確かめ、新たな住まいとなるそれぞれの移転先でも自立したコミュニティーを作ることを確認しあった。

 午後8時、段ボールで作った二つの祭壇に並べた100個のキャンドルに火がともると、約50人が黙とう。避難所のリーダー、吉村静代さん(66)が共同生活を送ってきた保育園から高校生までの13人の子供たちに賞状を手渡し、避難所運営への協力をねぎらった。

 熊本市が14日に新たに4人を震災関連死と認定し、熊本地震の関連死は10人となった。熊本県の犠牲者は直接死49人を含んで59人に膨らんだ。同県では同日現在で4675人が避難生活を送り、仮設住宅1429戸が完成している。【福岡賢正、野呂賢治】


震災関連死10人に=新たに4人認定―熊本地震
時事通信 7月14日(木)19時50分配信

 熊本市は14日、熊本地震の震災関連死として新たに男女計4人を認定した。

 熊本県によると、建物倒壊による圧死などの直接死は49人。震災関連死はこれまでに6人が認定されており、今回の4人を含めると計10人が関連死となる。

 今回認定の4人のうち3人は、県が既に「震災関連死とみられる死者」として発表した中に含まれている。

 認定されたのは、4月16日に死亡した80代の男女2人と、24日に死亡した70代男性と80代女性で、いずれも熊本市在住。16日の本震後に車中泊のさなかに心肺停止となったり、本震の影響で入院先の病院のフロアに寝ざるを得なくなり肺炎で死亡したりした人などだった。

 関連死は、遺族が災害弔慰金を申請した人のうち、直接死ではないケースについて、市町村などの審査委員会が審査し認定する。今回認定されたのは4日の審査委に諮られたうちの4件。


<伊方原発>避難計画を改定 「熊本地震対策」盛り込まれず
毎日新聞 7月14日(木)19時20分配信

 ◇最大震度7が2度の経験…地域原子力防災協議会

 四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の再稼働が26日に予定される中、国と周辺自治体で作る地域原子力防災協議会は14日、同原発の避難計画を改定した。船による避難先を増やすなどしたが、最大震度7が2度襲った熊本地震の経験を踏まえた対策は盛り込まれなかった。

 同原発は細長い佐田岬半島の付け根にあり、半島の住民約4700人は地震や津波で孤立する可能性がある。このため、空路や海路、屋内退避など複数の避難方法を想定している。改定では、海路の避難先となる大分県が被災した場合に備え、愛媛県内の港を避難先に加えたほか、半径30キロ圏内の屋内退避施設のうち新たに2カ所に放射性物質を遮る対策を取る。

 しかし、熊本地震では激しい揺れで新耐震基準を満たす建物も倒壊した。同原発周辺で同様の事態が起き、屋内退避施設が壊れれば孤立した住民の被ばくを招く恐れもあるが、今回の改定でその対策はなかった。内閣府の担当者は「原子力災害だけでなく防災全体の課題。今後政府として考えていく」と説明した。【酒造唯】


<熊本地震3カ月>県外避難者950人 人口流出も懸念
毎日新聞 7月14日(木)15時0分配信

 熊本地震で住宅被害の大きかった熊本県内の17市町村からの県外避難者が、約950人に上ることが毎日新聞の取材で分かった。14日で地震発生から3カ月を迎えたが、避難の長期化や人口流出への懸念が強まっている。

 住宅の全半壊が200棟超を数えた17市町村に、13日の時点で把握している最新の県外への避難者数を聞いた。最多は熊本市の773人。南阿蘇村41人▽西原村38人▽宇城(うき)市24人▽御船(みふね)町23人▽菊陽町13人▽宇土(うと)市10人▽合志(こうし)市、八代市各8人▽阿蘇市7人▽甲佐町2人--の計947人。氷川町はゼロだった。このうち、菊陽町の担当者は「生活再建支援金などの申請書に記載された『避難先』の場所を考慮すると、県外避難者はもっと多いと感じている」と話した。

 震度7の激震に2度も襲われ、直接死だけで20人が亡くなり、住宅の全半壊が5000棟を超えた益城(ましき)町の担当者は「町外への避難者は約300人いるが、うち何人が県外に出たのかは分からない」。菊池市と大津(おおづ)、嘉島、山都の3町は「町外への避難者は把握していない」と回答し、県外避難者の実数は1000人を超えるとみられる。

 一方、国土交通省によると、27都道府県が公営住宅などで熊本地震の避難者を受け入れている。毎日新聞が熊本県を除く九州・山口の7県に13日、人数などを聞いたところ、福岡県267世帯596人▽大分県51世帯121人▽長崎県31世帯82人▽宮崎県25世帯63人▽佐賀県26世帯61人▽鹿児島県20世帯51人▽山口県6世帯18人--の計426世帯992人だった。

 熊本県は13日現在、県内270の避難所に4870人が避難していると発表している。しかし、この数字には県外避難者や親族宅などに身を寄せている人などが含まれていない。【まとめ・松本光央】


熊本地震3カ月 「生活再建を最優先」 益城町長、復興計画「年内に」
産経新聞 7月14日(木)14時21分配信

 熊本地震から14日で3カ月。甚大な被害が出た熊本県益城町の西村博則町長(60)が、産経新聞のインタビューに応じた。震度7の揺れに2度見舞われ、避難所も被災するなどした当時を振り返るとともに、被災者の生活再建に全力を尽くす意向を示した。

 --地震発生から3カ月が経過し、状況の変化はあるのか

 「町中には倒壊した家屋が目立ち、復興はまだ道半ばだ。いまなお14の避難所に1500人を超える被災者がいる。余震も続いたことなどで、みな強いストレスを抱えている。子供の約2割は何らかのストレスの兆候があるともされており、被災者らの心のケアに力を入れる必要がある」

 --発生直後の対応で難しい点はあったか

 「最大で約1万6千人の避難者が出た。職員は260人で被災した者も多い。人命救出や避難所の設営などで人手が圧倒的に足りなかった。体育館や公民館などの建物は耐震性は備えていたが、照明が落ちるなどして避難所として使えない所もあり課題を残した」

 --罹(り)災(さい)証明の発行が遅れたとの指摘や、一部仮設住宅では不便だとの声もある

 「罹災証明に関しては、被害認定調査を役場OBや全国の自治体の協力を受けて行い、時間的にはかなり頑張ったと思う。仮設住宅については、役場から車で7、8分の距離。バスも開通し、できるだけ生活しやすいように配慮している」

 --家屋の撤去なども思うように進んでいないようにみえる

 「住宅撤去は本人の許可が必要になる。公費解体が始まったが、業者の数も限られる中で進んでいない。県の試算では撤去だけで2年かかるとされているが、とにかく早期に進めたい」

 --庁舎も被災したが建て替えについての考えはあるか

 「庁舎を新たに作るにしても最後になると思う。当面はプレハブなどで対応していく。町民の生活再建を最優先させる」

 --この3カ月の間には大雨の被害もあった

 「地震で地盤が下がり、大雨の度に浸水する箇所もある。梅雨が早く終わってほしい」

 --今後、重点的に取り組むことは何か

 「今は本年度から10年間の復興計画の策定に取り組んでいる。復興課を6月1日に新設し、有識者らを入れた作業部会で議論してもらっている。この地で再建したいと考えている人は多い。年内には復興計画をまとめ、町全体をどのように再建するのかというグランドデザインを示し、道路幅を広げるなどし、災害に強い町づくりを実現したい」


「やっぱりおかしくなりますよ」熊本地震3カ月、続く車中泊 ボランティア団体が週2回、夜間巡回
西日本新聞 7月14日(木)12時42分配信

 熊本地震の前震から14日で3カ月。熊本県内の避難者は最大時の18万人超から約4700人に減ったが、今も公園や自宅の庭先などで車中泊を余儀なくされている人たちがいる。車やテントで寝泊まりを続ける被災者を支援するボランティアグループ・こころをつなぐ「よか隊ネット」(熊本市)の夜間巡回に同行した。

 7月上旬の夜9時前、同県益城町のグランメッセ熊本。2200台収容の駐車場は日中のうだるような暑さはないが、人けもなく、怖いほど静かだ。よか隊ネット副代表の高木聡史さん(48)とボランティアが3人一組で車やテントを回っていく。

 「こんばんは」。高木さんが駐車場の植え込みに張られたテントに声を掛けた。「ああ、こんばんは」。同町惣領のパート女性(57)が顔を出した。「暑かったけど大丈夫でしたか」「お茶やカップ麺を持ってきましたよ」。真っ暗な中、携帯電話の明かりだけを頼りに世間話をしつつ、困り事がないか尋ねる。

 女性は自宅アパートが全壊し、4月14日から夫らと避難。この3カ月間、ずっと車やテントで寝ている。「片頭痛持ちだけん、騒がしい所はおりたくない」。仮設住宅が完成するまで駐車場で過ごすという。

 よか隊ネットは、生活困窮者支援や環境保全、東日本大震災の被災者支援などに取り組んでいた複数の市民団体が地震後に連携して発足。7月5日現在、66団体が参加し、公的支援が届きにくい人々に必要な支援を提供している。5月以降は週2回、車中泊の避難者の巡回を続けている。

 この夜はボランティア3組が益城町の2カ所で約1時間半、声を掛けて回った。

「見捨てられたみたいなもんだ」
 地震発生直後、グランメッセ駐車場だけでなく、公園や店舗駐車場などあちこちに車中泊をする人があふれた。「電気や水道が復旧し始めた5月の連休明けから自宅に戻る人が増えた。6月半ばからの暑さと豪雨で車中泊の数は急激に減ってきた」と高木さん。車中泊をやめた人は、指定避難所や自宅、友人宅などに移ったとみられる。

 現在、グランメッセ駐車場で過ごす人で、よか隊ネットが名前などを把握できているのは約10世帯。昼は自宅で過ごして夜だけ庭の車で寝る人、余震の後だけは車で寝る人など、車中泊の方法はさまざま。車中泊を続ける被災者の正確な数は、行政も把握できていない。

 駐車場の北端にぽつんと止められた白い車。声を掛けると、後部座席にいた男性(62)=同町惣領=がドアを開けた。住んでいたアパートが全壊して4月15日に避難して以来、1人で車中泊を続けている。避難所にも行ったが、入る余地がなかった。「体調は大丈夫ですか」との問いに「やっぱりおかしくなりますよ」。血圧が高くなり、通院しているという。

 男性は無職。仮設住宅に当選はしたが、まだ完成しておらず入居できない。家がなくては仕事も探せない。「見捨てられたみたいなもんだ」とつぶやいた。

 「今もなお車中泊を続けている人こそ、手を差し伸べてくれる人も少なく、行き場所がない人たちや、建物に入るのが怖いという心の傷が深い人たちではないか。彼らが車中泊を終えた後も、つながり続けたい」。高木さんの言葉が胸に刺さった。

=2016/07/14付 西日本新聞朝刊=


熊本地震、発生から3か月…犠牲者を悼む
読売新聞 7月14日(木)11時2分配信

 最大震度7を観測した熊本地震は14日、発生から3か月となった。

 震災関連死を含めて55人が犠牲となり、1人は行方不明のまま。熊本県内では1429戸の仮設住宅が完成したが、現在も4692人が避難所などに身を寄せている。

 熊本県益城(ましき)町の災害ボランティアセンターでは14日朝、運営スタッフら約25人が黙とうをささげた。倒壊した住宅の前で手を合わせる女性の姿もあった。

 同センターはこれまでに延べ約2万7000人のボランティアを受け入れてきたといい、国元秀利センター長は「被災者は疲れの色も濃い。ボランティアの力を借りて、復興に全力を尽くしたい」と語った。


地震3カ月、冥福祈る=熊本市長「被災者のため制度を」
時事通信 7月14日(木)10時40分配信

 熊本地震の発生から3カ月を迎えた14日、熊本市役所では大西一史市長や職員らが災害対策本部会議の冒頭、犠牲者に1分間の黙とうをささげ、冥福を祈った。

 大西市長は会議で復旧が進みつつあると述べた上で、「被災者が制度に合わせるのではなく、被災者の利益のために制度を合わせなければ自治体の責務を果たせない」と話し、引き続き国に財政支援などを求める考えを示した。

 熊本県によると、一連の地震で55人が死亡し、うち6人が震災関連死と認定された。このほか関連死とみられる人は20人に上る。


<熊本城>もう一つの“一本足”戌亥櫓が新名所に
毎日新聞 7月14日(木)10時32分配信

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隅石に支えられた戌亥櫓(手前右)と天守閣(左)が一望でき観光客の人気を集めている=熊本市中央区の熊本城で2016年7月6日午後4時41分、野呂賢治撮影

 もう一つの“一本足”--。熊本地震で被害を受けた国の特別史跡「熊本城」(熊本市中央区)の新たな名所が人気を呼んでいる。櫓(やぐら)の崩壊を一本足で支えているように見える戌亥櫓(いぬいやぐら)だ。一本足といえば飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)が有名だが、城内の樹木が遮って見えにくい。一方、戌亥櫓なら現在立ち入り可能な「二の丸広場」北側から天守閣などとともに一望できる。

 戌亥櫓は本丸の北西(戌亥)に位置し、木造3階建て。初代藩主の加藤清正が完成させた1607年からあったが、1877年の西南戦争後に解体されたとされ2003年、約4億6000万円をかけて復元された。しかし、熊本地震によって石垣が崩れ、北北東の角に残った隅石で支えられている。

 熊本城のボランティアガイドでつくる「くまもとよかとこ案内人の会」によると、事前に申し込めばガイドが案内する。吉村徹夫会長(66)は「被害がひと目で分かる。櫓の重さに耐えている隅石をぜひ見てほしい」と話す。申し込みは同会(096・356・2333)。【野呂賢治】


避難所運営、物資調達で民間活用検討 政府検証チーム、近く提言 熊本地震3カ月
産経新聞 7月14日(木)8時0分配信

 発生3カ月を迎える熊本地震で、政府の初動対応について検証している作業チーム(座長・杉田和博内閣官房副長官)が、災害時の避難所運営や支援物資調達について、NPOや物流業者など民間団体を活用することなどを盛り込んだ対策を検討していることが13日、政府関係者への取材で分かった。チームは近く提言をまとめる方針で、政府の中央防災会議は今後、防災計画に反映させるための協議を始める。

 検証チームは主要省庁幹部らで構成され、6月6日の第1回から同月末までに非公開で5回開催。自治体支援、避難所運営、支援物資の3分野で検証した。

 政府関係者などによると、熊本地震で政府は自治体からの要請を待たない「プッシュ型支援」で、本震発生4日後までに計約150万食を被災地へ供給した。ただ、集積拠点から各避難所への「ラストワンマイル流通」が滞ったことが問題視された。原因として輸送状況や指揮系統が不明確なことによる現場の混乱が指摘された。

 避難所運営では車中泊など避難所外にあふれた避難者が把握できないなど自治体による対応の限界も指摘された。また、被災自治体では避難所運営や支援物資への対応に人員が割かれ、罹災証明書の発行など早期復旧に向けた取り組みが遅れた。そのため、検証作業では、業者やNPOとスムーズに連携するための枠組み作りが検討されたとみられる。

 作業チームの依頼を受けて検証リポートをまとめた東京大学の目黒公郎教授(都市震災軽減工学)は「市町村中心の災害対応では構造的に無理が出てきてしまう。都道府県がノウハウを蓄積した上で、専門性の高い民間団体の有効活用を考えることが必要だ」と指摘した。


「なかったこと」にされる性暴力=予防へ、早い段階から啓発―熊本地震
時事通信 7月14日(木)7時17分配信

 避難所・避難先では困っている女性や子どもを狙った性被害・性暴力、DVなどが増加します―。

 熊本市男女共同参画センター「はあもにい」(藤井宥貴子館長)が熊本地震の避難所で配ったチラシが、インターネット上で物議を醸した。

 同センターの対応は早かった。本震翌日の4月17日、東日本大震災での調査報告書を基に性被害の実例を挙げた啓発チラシを作り始め、同21日に完成。翌22日に避難所を回り掲示してもらった。その際、「本当にあるの?」という反応も多かったという。

 1995年の阪神大震災では、性暴力について情報発信した人が、「デマだ」とバッシングを浴びた。法務省の調査によると、性被害者の申告率は18.5%。性暴力被害ゼロを目指す特定非営利法人「しあわせなみだ」の中野宏美理事長は「平時でも少ないのに、震災時に届け出がないからといって起きなかったわけではない」と話す。

 被災地の性暴力の話題が、復興の妨げや風評被害につながると考える人は多い。今回のチラシも被害があったから作ったわけではないのに、既に起きているかのようにネット上で書かれたり、「不安をあおっている」と抗議の電話がかかってきたりした。

 抗議電話は、被災者らしき男性がかけてきたもので、チラシ配布の趣旨を丁寧に説明すると理解が得られたという。藤井館長は「1件も被害を出したくない。表に出にくいからこそ、皆に知ってもらうことが大事」と話した。

 一方、避難先でのDV被害について、同館長は「男性も傷ついている。家族のために一生懸命で、一人でいろいろ抱え込む。妻子だけでなく男性のケアもなされれば、DV被害は減るかもしれない」と指摘した。


「東日本」生かす避難所運営を=「女性に配慮」反映に課題も―熊本地震
時事通信 7月14日(木)7時15分配信

 熊本地震では過去の震災の教訓が生かされ、早い段階から女性に配慮した避難所運営がなされた所があった。

 しかし被災地すべてで万全な対応が取られたわけではなく、女性への配慮不足の側面も見られた。発生から3カ月を経て生活再建に焦点が移るが、震災への対応を女性の視点から改めて考えてみたい。

 本震翌日の4月17日、熊本県助産師会の坂梨京子会長らは、震度7の揺れに2度見舞われた益城町に直ちに駆け付けた。避難所になったホテルは被災者であふれたが、かろうじて空いていた部屋を女性専用スペースにしてもらった。

 5年前の東日本大震災では、生理用品の不足、授乳や着替えの場所がないなど問題が多発。これを踏まえ、内閣府は「男女共同参画の視点からの防災・復興の取組指針」をまとめ、授乳室設置、避難所運営への男女の参画などを明記した。

 しかし、坂梨会長は「女性に配慮した施設運営をお願いすると、理解ある人はすぐ対応してくれたが、『何で?』『男女平等でしょ』という避難所もあった」と振り返る。1週間たって落ち着いてくると、必要性を分かってもらえたという。

 「減災と男女共同参画研修推進センター」共同代表の浅野幸子さんは、「授乳室などが早くから注目され、女性用品のことも普通に語られるようになった。著しい進歩だ」と一定程度評価。それでも避難所の中には、プライバシーが確保できないほど雑然としていたり、2週間後にようやく女性用更衣室が設置されたりする所もあった。

 浅野さんは「女性への配慮を、現場に即反映させるのは簡単ではない」とし、防災への取り組みに常日頃、女性が参画する必要性を指摘している。


人員不足対応追いつかず=自治体、罹災証明書発行に遅れ―体制整備進まず・熊本地震
時事通信 7月14日(木)7時14分配信

 熊本地震では、被災者の生活再建に関わる各種の側面で行政の対応が追いつかない状態が続いている。

 大規模地震を想定した自治体の体制整備が進んでいなかったのが原因の一つにある。罹災(りさい)証明書発行の遅れが典型例で、自宅が損壊した被災者からは不満の声が上がる。

 熊本市東区の畑野真吾さん(47)宅は屋根が壊れ外壁に亀裂が入るが、罹災証明書では「一部損壊」とされた。再調査を依頼したが、市職員が来たのは地震約3カ月後の今月8日。畑野さんは「雨漏りがひどく、もっと早く調査してもらわないと生活が取り戻せない」と嘆いた。

 市町村が発行する罹災証明書は、仮設住宅入居や税減免・猶予、支援金支給などの判断材料となるため、被災者にとっては生活再建の基礎となる必須書類だ。

 今月11日時点で、県内36市町村に約16万3000件の申請があり、約13万件が発行されたが、2割に当たる約3万3000件は発行できていない。

 東日本大震災を受けて2013年に改正災害対策基本法が施行され、自治体の対応強化策が盛り込まれた。柱の一つとして罹災証明書の速やかな交付が市町村長に義務付けられ、自治体は(1)被害家屋を調査する専門職員育成(2)必要となる調査員数の算出(3)他の自治体との職員派遣協定整備―などが求められた。

 しかし熊本市、宇城市、益城町に尋ねたところ、いずれも職員育成や調査員数算出を行っていなかった。「具体的には何もしていなかった」(熊本市)、「取りかからねばとの意識はあったが、実現は難しいとの思いがあった」(宇城市)といい、3市町とも「人員不足」を理由に挙げた。「これほどの大地震が起きるとは想定していなかった」ことも共通していた。

 地震後、協定に基づき各市町村には他の自治体から職員が派遣され、調査や発行に当たった。熊本市だけでもその数は7日までで延べ約9200人に上る。それでも、4月14日の地震発生から発行開始まで熊本市で33日、益城町で36日、宇城市で40日を要した。

 熊本市は再調査申請も1万4000件を超える。市は150人態勢で臨み、8月中の発行完了を目指しているが困難な情勢という。多くの自治体が完了まであと1~2カ月かかると見込んでいる。


農業ボランティア活躍=繁忙期、生活再建と両立支援―西原村に仲介窓口・熊本地震
時事通信 7月14日(木)7時12分配信

 熊本地震では多くの農家も被災した。

 発災した4月中旬以降は稲や野菜の作付け・収穫時期と重なり、生活再建と農作業の両立に頭を悩ませている。熊本県西原村では、被災農家を支援するボランティアセンターが設置され、多くの人が農作業を手伝った。支援を受けた農家は「人手のかかる時期。遠くから手伝いに来てもらいありがたい」と歓迎している。

 7月上旬、30度を超える炎天下で男女10人が藤田保生さん(66)のサトイモ畑で草むしりを始めた。「農業ってこんなに手間がかかると思わなかった」。午前9時から午後4時まで、3カ所の畑で汗を流した。福岡県行橋市から訪れた会社員白上能央さん(43)は「一緒に作業するので被災者の顔が見え、やりがいも大きい。作業した畑はその後も気になりますね」と話す。

 藤田さんは、「西原村農業復興ボランティアセンター」に派遣を8回依頼した。自宅は全壊し、妻と納屋脇のコンテナハウスで暮らしている。専業農家のため、作物による収入がなければ再建資金を賄えない。サトイモは収穫を諦めかけたが、ボランティアのおかげで収穫できた。「いい値で出荷できた。作物は成長を待ってくれず、人手がなければ廃棄しかなかった。本当に助かった」
 センターを運営する河井昌猛さん(43)によると、農家から支援要請が相次いだことから、村や農協と協議。社会福祉協議会が運営する「災害ボランティアセンター」とは別の窓口を同じ仮設テント内に設け、担当者も別にした。5月上旬以降、フェイスブックで募集し、これまでに延べ約1900人が活動。大半がリピーターで、力仕事が難しい女性にも好評だ。二つのセンターは情報を共有、人が多く集まり過ぎた際は融通し合う。

 河井さんは「西原村は村民同士の顔が見える大きさの自治体で、農家が困っていれば何とかしたいという思いが強かった。応援を受けた農家も気持ちが前向きになった」と話している。


選定地被災し確保難航=仮設住宅、着工に遅れ―「コスト高」指摘も・熊本地震
時事通信 7月14日(木)7時11分配信

 熊本地震で多数の家屋が被災した熊本県。

 仮設住宅建設が急ピッチで進むが、地震前に選定していた公有地が被害を受け、用地確保が難航した。建設戸数の見極めも続いているが、コストの掛かる仮設住宅建設を抑え、民間住宅を借り上げる「みなし仮設」を活用すべきだとの指摘もある。

 仮設住宅は都道府県が用地を決定して建設し、国が災害救助法に基づき最大9割を補助する。市町村は事前の用地選定や被災者のニーズ把握を行う。着工は東日本大震災では被災8日後だったが、熊本地震では本震の13日後が最も早かった。熊本県によると、強い余震が続いたことも影響したという。

 震度7が2回襲った益城町では、県内最多の約1300戸を整備する。震災約3週間後から順次着工、入居も始まっており、8月中に建設を終えたい考えだ。

 町は町営グラウンドなど6カ所に600戸分を選定していたが、3カ所が地割れや地盤沈下で使用不能に陥った。急きょ民有地を探したがまとまった土地が見つからず、契約交渉も時間がかかった。町幹部は「ここまでの被害が出るとは思っていなかった。避難所対応に追われ、住まい確保に動き始めたのは地震2週間後。事前想定が甘く、初動が遅れた」と話した。

 18カ所に仮設住宅を建設する御船町は事前に用地選定をしておらず、着工までに時間を要した。

 国は5月下旬、自宅の「半壊」でも条件付きで仮設に入居できるよう基準を緩和した。半壊まで含めると被災家屋は約3万5000戸と約2倍に膨らむため、必要戸数の見極めが続いている。県は最大4000戸程度の建設を見込むが、1戸当たりの建設費用は約750万円に上る。

 県が設置した「くまもと復旧・復興有識者会議」委員を務める河田恵昭関西大特別任命教授(防災・減災)は、使用後の解体費用も含めると1戸当たりのコストは1000万円を超えると指摘。「仮設はほぼ国費で建設できるので自治体としては造りやすいが、結局は割高になる。入居期間が終了した2年後の払い下げや、みなし仮設の活用を検討すべきだ」と話す。


仮設、幼い子にもストレス=室内狭く遊び場なし―熊本地震3カ月
時事通信 7月14日(木)7時9分配信

 熊本地震で被災し自宅が損壊した人の仮設住宅入居が進んでいる。

 入居者は生活に落ち着きを取り戻しつつあるが、幼い子どもを持つ親は子どものストレスを心配する。

 熊本県甲佐町の白旗仮設団地。会社員下原武司さん(48)の一家は、震災から2カ月半が過ぎた6月27日に入居した。同町にある木造2階建ての自宅は基礎部分や外壁が大きく破損、「半壊」と判定された。

 自宅は4LDKだが、仮設は約40平方メートルの3K。それでも仮設で最も広いタイプだ。妻つぐみさん(36)、つぐみさんの母菊枝さん(63)と5歳~6カ月の3人の子どもを合わせた6人で生活する。

 6畳間を居間、エアコンがある4畳半の部屋を菊枝さんの部屋とし、別の4畳半を5人の寝室として使う。冷蔵庫やベビーベッドなど最小限の家具で室内はいっぱいだ。「避難所生活を続けている人がいる中ありがたい」としながらも、つぐみさんは「やっぱり狭い」と正直な気持ちを明かす。

 地震後は半壊した自宅で生活を続けたが、「子どもが夜、怖がって寝室に行くのを嫌がった」。仮設に入居すると、怖がることはなくなったという。

 しかし仮設暮らしも2週間を過ぎると、子どものストレスが心配になってきた。室内を駆け回り、つぐみさんとおしゃべりするが、長女つかさちゃん(5)は好きだったボール遊びができず、「狭い」と言って不満を募らせている様子だ。長男孝叶ちゃん(1)は自宅近くを通ると泣きだすことがあるという。

 団地に入居する被災者が増えるにつれ、車の出入りも多くなり、室外も危険が多い。近くに子どもが遊べる公園もない。つぐみさんは「仮設は子どもを育てるのに適した環境とは言えない。早く自宅を建て直したいが、公費解体がいつできるかも分からない」と不安を口にする。


熊本避難者4700人、再建進まず…地震3か月
読売新聞 7月14日(木)0時8分配信

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熊本地震から14日で3か月。熊本県益城町では道路脇にがれきが山積みのまま残る(13日午後4時45分)=近藤誠撮影

 熊本地震は14日、発生から3か月となる。

 甚大な被害を受けた熊本県では今なお、熊本市や益城(ましき)町、南阿蘇村など16市町村で計94か所の避難所が開設されており、約4700人が不自由な生活を強いられている。余震や梅雨などが仮設住宅建設に影響し、被災者の生活再建はなかなか進んでいない。

 4月14日に最大震度7を観測した「前震」以降、熊本、大分両県で発生した震度1以上の地震は7月13日午後5時現在、1885回に達した。

 地震による直接の死者は49人、震災関連死と認定されたのは6人、1人が行方不明のままだ。建物の被害は熊本、大分、福岡、山口など7県で約16万5000棟に上る。

 土砂崩れが発生した熊本県阿蘇地域の国道57号や国道325号などで通行止めが続いているほか、JR豊肥線の一部区間や第3セクター・南阿蘇鉄道の全線が不通となっている。


<熊本地震3カ月>避難続く4870人 健康悪化など懸念
毎日新聞 7月13日(水)20時49分配信

 熊本地震の発生から14日で3カ月になる。被災地の熊本県では、いまだに4870人が避難生活を続けている。避難者はピーク時の18万3882人から大幅に減少したが、時間の経過とともに減少のペースが落ちており、長期避難者の健康状態の悪化などが懸念されている。

 県によると、仮設住宅は被害の大きかった16市町村で3631戸の建設が進み、うち4割の1429戸が完成した。毎日新聞の各市町村への取材では、被災者が既に入居したのは1290戸にとどまり、多くの人が入居を待っている状況。県によると、民間賃貸住宅を県と熊本市が借り上げて家賃を負担する「みなし仮設」で入居が決まったのは3605戸となっている。

 罹災(りさい)証明書は16万3530件の申請に対し交付は13万1552件。交付の内訳は▽全壊9822件▽大規模半壊6958件▽半壊1万9361件▽一部損壊9万5411件--となっている。また、今も南阿蘇村などの約600戸では断水が続く。

 地震による直接死は49人で、熊本市が1日に6人を震災関連死と認め、犠牲者は55人となった。4月16日の本震で崩落した阿蘇大橋(南阿蘇村)付近を車で走行中だったとみられる熊本学園大4年の大和晃(ひかる)さん(22)が安否不明となっており、両親らが手がかりを探している。【樋口岳大、中里顕】

 ◇思い出も希望ものみ込まれ…72歳女性、自宅失い先見えず

 重い雲の下、5歳の孫の初節句に買ったこいのぼりを泥の中から掘り出した。「思い出も何もかも、流されてしまった」。熊本県南阿蘇村の山あいにある長野地区。ごみ袋をかっぱ代わりにかぶって自宅を片付ける渡辺茂子さん(72)が、汗をぬぐった。4月16日の本震で壁にひびが入った自宅は、6月下旬の大雨による土石流で完全に破壊された。

 村は震度6強の揺れに襲われた。渡辺さんは泊まりに来ていた孫を抱き、家を飛び出した。翌朝戻ると、横を流れる山王谷(さんおうだに)川には土砂が流れ、あふれた泥が床下にたまった。避難所から自宅に毎日通い、ボランティアにも手伝ってもらいながら、泥をかき出し続けた。

 片付けが一段落し、「また住めるかな」と気持ちが落ち着いたころ。6月21日午前0時5分までの1時間に70.5ミリを観測する非常に激しい雨が降った。再び発生した土石流は容赦なく家をのみ込んだ。外壁に岩がめりこみ、床や家財道具など全てが流された。

 渡辺さんは今も避難所から毎日、家に通う。「せめて、思い出のものを」。泥まみれのアルバムや孫のクレヨン、夫の釣り道具を探し当てた時は目頭が熱くなった。

 ここに嫁いで半世紀。100世帯余りの集落は顔見知りばかりで、収穫した野菜を分け合い、祭りを楽しんできた。住み慣れたこの地に戻りたい。でも泥にまみれた我が家や、生活道路が陥没したりガードレールがなぎ倒されたりした集落の風景を前に、希望は打ち消される。「もう無理なんでしょうね。とりあえず仮設住宅に入りたいが、その先が何も見えなくて」【平川昌範】


4700人依然避難=復興なお道半ば―熊本地震、14日で3カ月
時事通信 7月13日(水)17時15分配信

 熊本地震は、最初の震度7から14日で3カ月となる。

 仮設住宅建設が熊本県内の各地で進むが、依然約4700人が避難生活を続ける。倒壊家屋の撤去は進んでおらず、寸断された交通インフラの復旧も始まったばかりで復興は道半ばだ。

 県災害対策本部によると、13日時点で熊本市や益城町など16市町村の94避難所に4692人が身を寄せる。仮設住宅は約3600戸が着工したが、完成し入居が始まったのはうち4割弱の約1400戸にとどまる。

 被害の大きかった益城町や南阿蘇村などでは、いまも倒壊した建物が無残な姿をさらし、倒壊を免れた木造家屋も屋根をビニールシートで覆った家が目立つ。

 熊本市と阿蘇地域を結ぶ国道57号やJR豊肥線は大規模な斜面崩落により寸断されたままだ。南阿蘇村の入り口に当たる阿蘇大橋の崩落で、観光や通学などへの影響が続いている。国土交通省は下流部に橋を架け替え、崩落現場北側に新たなトンネルを通すことを決めたが、完全復旧までは数年かかる見通しだ。


熊本地震、ミュージアム建設を…五百旗頭氏提案
読売新聞 7月13日(水)15時52分配信

 熊本地震の復興計画策定に向けた最終提言をまとめた熊本県の「くまもと復旧・復興有識者会議」座長で、県立大の五百旗頭(いおきべ)真理事長は12日、地震発生から14日で3か月になるのを前に熊本市東区の同大で記者会見した。

 地震から得た教訓を次世代に伝えるため、最終提言にも盛り込んだ被害状況や復旧・復興の歩みを紹介するミュージアム建設を改めて提案した。

 五百旗頭理事長は会見で、2004年の新潟県中越地震で被害が大きかった複数の自治体が記念館や資料館を建てた事例を紹介。「施設を巡るバスツアーなどが人気を博している。(被害が甚大だった)山古志村(現・長岡市)は今や観光客が絶えない」と語った。

 建設費の財源については、国が補正予算に盛り込んだ「熊本地震復旧等予備費」7000億円のうち、1000億円程度で被災地が自由に使える「復興基金」を創設し、一部を活用することを提案。「特に次世代を担う子どもたちに地震を追体験してもらえる拠点を築いてほしい」と述べた。


<熊本地震>関連死疑い130人に…遺族、64人認定請求
毎日新聞 7月13日(水)15時1分配信

 熊本地震後に死亡した被災者の震災関連死について、熊本県が「関連死と思われる」と既に公表した20人以外に、5市町の64人の遺族が新たに認定を求めて申請していることが分かった。この他に16市町村で死者51人の遺族らから申請の相談がある。関連死の疑いが約130人にのぼることが明らかになり、市町村の審査が進めば、地震の犠牲者が大幅に増える可能性がある。関連死の人数が、直接死の49人を上回ることも想定される。

 毎日新聞が一部損壊以上の住宅被害があった熊本県内の36市町村を取材した。県公表分以外に遺族から申請があったのは▽熊本市59人▽合志市2人▽八代市、益城(ましき)町、大津町各1人。この他に申請方法などについての相談があったのは▽益城町10人▽菊陽町6人▽宇土市5人▽阿蘇市4人--などだった。

 避難生活中の身体的負担などが原因で亡くなったケースが震災関連死とされ、市町村が認定する。県公表の20人を含んで、市町村は申請を受ければ、医師や弁護士らによる審査会で審査する。関連死と認定すれば災害弔慰金支給法に基づき、生計維持者が死亡の場合は500万円、他の人の場合は250万円を遺族に支給する。

 熊本地震では初となる審査会を開いた熊本市は1日、地震後に車中泊中に呼吸困難になった人や、入院先から転院中に容体が悪化した人など計6人を関連死と認定した。熊本地震の犠牲者は直接死の49人を加えると、55人になった。

 東京女子大の広瀬弘忠名誉教授(災害リスク学)は「被災者は疲労に加え、震災による精神的なショックが死亡につながるケースも考えられ、自治体は関連死と思われる事案の救済枠を広く構えるべきだ」と指摘する。【樋口岳大、中里顕】


菅義偉官房長官 熊本復興を全力支援 財政「心配ない」
産経新聞 7月13日(水)13時2分配信

 菅義偉官房長官は13日午前の記者会見で、熊本地震発生から14日で3カ月を迎えることに関し、「被災自治体にとって財政面の心配は全くない」と述べ、財政を含め復旧・復興に向けて政府が全力で支援する姿勢を強調した。

 菅氏は、平成28年度補正予算に計上した7千億円の予備費のうち1823億円の使い道を閣議決定していることも説明した。

 被災自治体からは財政支援を巡り特別措置法の制定を求める声が出ている。

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