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2016年5月19日 (木)

熊本・震度7の地震に関するニュース・82

引き続き、熊本県で4月14日および16日に発生した、震度6強~7の地震に関するニュースを伝達します。

リンク:<熊本地震>母語で安心を 12言語で情報サイト 大阪大 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大分観光、長引く影響=余震に宣伝ためらい―集客工夫、情報発信・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>帰りは上機嫌 好評だった海保巡視船の風呂支援 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>南阿蘇村で2回目の2次避難 1次の全員移動へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:小中学校の夏休み6日間短縮 熊本市、地震で授業時間不足 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>校庭に仮設建設…益城、48戸分と駐車場など - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城、応急仮設の受け付け開始…ペットも可 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:守れ! 熊本の清酒文化=酒蔵損壊、復旧へ奮闘 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1カ月 余震とデマにおびえ車に…駐車場の車で何が起きていたのか? - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>クーリングオフ説明せず 自称便利屋を逮捕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>合言葉は「頑張ろう熊本」 各地から応援の声 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>避難や被災者格差でストレス 専門家に相談を - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>子供の心、深い傷…乱暴な言葉、赤ちゃん返りも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:南阿蘇鉄道、カメラで救う=地元写真家が義援金―復興願い絵はがき販売・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本、雇用相談が急増…地震後1万2千件超 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>義援金100億円超える - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:罹災証明の発行開始=「一部損壊」に不服も―熊本・益城町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災離職者を臨時職員に=生活再建支援へ120人募集―熊本県・7町村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下の励ましに「うれし涙出た」「頑張ろう」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復旧・復興へ調整会議設置=政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震には2つの「顔」 「阪神」「中越」から何を学べるか? - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町で罹災証明受付がスタート、200人以上が列 結果に悲喜こもごも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、今後予想される被災者の心の問題は?精神科医に聞く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震被災の子犬、新たな飼い主決まり再出発 北九州市動物愛護センター - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町で罹災証明書の発行開始…200人超が列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地で労災事故多発 熊本・大分35人、復旧作業中も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>益城町で罹災証明書発行 特設テントに長い列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:異例の措置、中小企業復旧へ新補助金 熊本地震修繕費の75%検討 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>郵便物4700通届かず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 被災者支援、広がる「ポイント募金」 少額から手軽に寄付 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、被災者とともに 熊本ご訪問 住民ら「ありがたいです」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:余震の不安、高齢者襲う=半壊の家離れられず―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下熊本ご慰問 日帰りの強行日程、苦渋のご選択 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、熊本の被災地をご慰問 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<熊本地震>母語で安心を 12言語で情報サイト 大阪大
毎日新聞 5月22日(日)15時20分配信

 熊本地震で被災した外国人に必要な情報を届けようと、大阪大が「熊本地震多言語情報サイト」を作り、更新を続けている。12言語に対応しており、行政からの連絡や避難生活中の注意点などを翻訳して掲載。開設から1カ月でアクセス数は8000件を超えた。

 対応する外国語は、英、仏、中、韓、スペイン、ポルトガル、インドネシア、タイ、ベトナム、タガログ、アラビア、ネパール。災害時の外国人の支援体制などを研究している塚本俊也特任教授(57)=危機管理学=が思いついた。4月14日に地震が起きると、外国人の避難所となった「熊本市国際交流会館」(同市中央区)を運営する市国際交流振興事業団に連絡し、連携して情報発信することで合意。同20日にサイトを作った。

 多言語に翻訳するには学生や教員だけでは限界があるため、フェイスブックなどで呼びかけて協力者を増やし、現在は国内外のボランティア翻訳者約80人が作業を分担している。エコノミークラス症候群や熱中症への注意喚起、交通機関や小中学校の再開状況などを順次、翻訳して載せてきた。

 法務省の統計によると、熊本県内には昨年12月現在で1万人強の外国人が暮らす。被災した外国人を支援している同事業団の八木浩光事務局長(54)は「日本語が十分に理解できず、大阪大のサイトで母語で書かれた情報を見つけて喜んでいた避難者もいた」と話す。

 塚本特任教授によると、阪神大震災や東日本大震災でも外国人への情報伝達が課題となった。塚本特任教授は「南海トラフ巨大地震では、被災する外国人が膨大な数に上り、ボランティアだけでは対応できない。情報が伝わるよう国が体制整備を進めるべきだ」と指摘する。【大久保昂、写真も】


大分観光、長引く影響=余震に宣伝ためらい―集客工夫、情報発信・熊本地震
時事通信 5月22日(日)14時12分配信

 熊本県を中心とする地震の発生から1カ月余り。

 最大震度6弱を観測した大分県では、人気の観光地・湯布院がある由布市で多数の住宅に被害が出たが、直接の被害が少なかった地域でも観光への影響が続いている。キャンセルが相次いだホテルなどは集客に工夫を凝らすが、余震が続き、大々的に宣伝することへのためらいもある。

 大分県別府市。温泉街を一望できる露天風呂が人気の「杉乃井ホテル」(641室)は昨年度、稼働率100%だった。地震後は海外や関東、関西の団体客からキャンセルが相次ぎ、稼働率は一時20%まで落ち込んだ。

 県外の観光客の警戒心が消えるには時間がかかる。ホテルは週末の家族客向けに子供料金を無料にし、県内や近県のお客の誘致に力を入れた。稼働率は6割まで回復したが、佐々木耕一総支配人は「割引だけでは長続きしない」と話す。夏休みまでイベントを切れ目なく打ち出す方針で、「商品力を上げ、魅力的な場所であり続ける」と意気込む。

 大分県西部の九重連山。ミヤマキリシマが山頂をピンクに染める6月初旬には毎年多くの登山客が訪れる。20の個室と大部屋で最大約200人を収容できる「法華院温泉山荘」(竹田市)は、夏の予約分を含めキャンセルが1200人を超えた。

 弘蔵岳久オーナーは「宿舎や温泉に被害はない。今年のミヤマキリシマは花つきが良いし、ぜひ来てほしい」と話しつつ、「被害の大きい阿蘇や湯布院に近く宣伝しづらい。余震がないとも限らず、安全ですと言えない」と悩む。

 県によると、大型連休中の主な観光施設の入場者数は前年の53%。日銀大分支店は4~12月の県内観光消費額を前年比116億円減と試算する。

 県内の各観光協会は「海外では九州全体が被災したようなイメージが広がっている。県外への発信は九州全体で取り組まないと効果が期待できない」と口をそろえる。

 官民でつくる九州観光推進機構は「九州観光復興ポータルサイト」を開設。九州各地の観光・交通情報や旅館おかみのインタビューを載せたほか、現状を知ってもらうため海外の旅行会社の招待を検討している。


<熊本地震>帰りは上機嫌 好評だった海保巡視船の風呂支援
毎日新聞 5月22日(日)13時0分配信

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巡視船かとりの風呂=千葉県銚子市で、米田堅持撮影

 熊本地震では、海上保安庁の巡視船も発生直後の4月16日から5月13日まで被災者の支援にあたった。地元の第10管区海上保安本部(鹿児島市)や第7管区海上保安本部(北九州市)に所属する船を中心に、関東や関西からの応援も含むのべ90隻の巡視船が、熊本港など3港で被災者への炊き出しや190トンに及ぶ給水、携帯電話の充電などを提供した。また、巡視船の風呂も提供し、のべ6323人が利用した。熊本に派遣された銚子海上保安部(千葉県銚子市)の巡視船かとり(680トン)の船長らに支援の様子を聞いた。【米田堅持】

 ◇感謝される珍しい任務

 「風呂上がりの子供が手を振って帰っていく姿が印象的だった。純粋に支援だけで感謝される任務は珍しいし、やりがいがあった」と、片山貴己船長(59)は笑顔で支援の様子を振り返る。

 かとりは、1980年に就役した旧型巡視船だが、尖閣諸島警備をはじめとする領海警備や救難業務を中心に活躍してきた。海難救助であっても感謝されるだけではないという。「救助しても、海難などで重大な法令違反があれば取り調べを行わなければならず、感謝されるだけとは限らない」と片山船長は海上保安官の置かれた複雑な立場を明かす。

 ◇旧型ゆえの苦労も

 地震発生当初、銚子から熊本までは丸2日かかることもあり、かとりへの支援要請はなかった。しかし、1983年の日本海中部地震や2011年の東日本大震災で捜索に従事したこともあるベテランの片山船長は、「古い船だが、そのうち派遣されることになるだろう」と乗組員に話しながら、準備を怠らなかったという。

 かとりの船内2カ所にある風呂場は普段は一般の人が乗らないうえ、旧型船ということもあって、きちんとした脱衣所もなく、やけどの危険がある蒸気パイプもある。隣接する区画をシートで仕切って毛布を敷いて簡易の脱衣所を作り、蒸気パイプにはロープを巻き受け入れ態勢を整えた。家族連れはなるべく広めの風呂に一緒に入れるように案内するなどの配慮もしたという。

 また、片山船長は「被災者にきれいな湯に入ってもらいたいという思いで、風呂の水は、1日に何度も入れ替えた」と話す。また、利用者アンケートの結果をもとに、仕事帰りに立ち寄れるように終了時間を午後7時半から8時に変更したり、女性海上保安官の意見を入れて風呂場にドライヤーを置くなど、支援開始後も細かい調整を重ねた。

 かとりで風呂を利用したのは、のべ209人に上った。陸から遠く離れた排他的経済水域(EEZ)で長期行動できるよう、かとりは最大148トンの水を搭載できるのだが、給水支援の約2.5トンなどを含めて計77トンの水を使用した。

 ◇リピーターも

 「自宅に立ち入り危険の赤い紙を貼られて、車中泊が続き、居場所がない」「水道復旧後も水圧が低くて風呂どころじゃない」「水質が分からず飲料水として使えるか分からない」

 支援中、かとりの乗組員にも被災者からの声が届いていた。熊本地震の被災地では、水道が大きな被害を受けており、風呂や給水支援のニーズは高かった。風呂には毎日のように訪れるリピーターもいて、被災者から乗組員へ感謝の手紙も寄せられた。入浴前にストレスをためていることが分かる表情の人も、帰る時には上機嫌だったという。

 かとりで船長を補佐する田邊弘芳・業務管理官(58)は「海上保安官が行政サービスをすることで、ありがとうという言葉をもらう機会は少ない。若い乗組員には良い経験になったと思う」と語った。


<熊本地震>南阿蘇村で2回目の2次避難 1次の全員移動へ
毎日新聞 5月22日(日)11時28分配信

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倒壊したブロック塀を撤去するボランティアの人たち=熊本県南阿蘇村で2016年5月13日午後3時41分、小関勉撮影

 ◇26日までに99世帯326人受け入れ

 熊本県南阿蘇村における熊本地震被災者の2回目の2次避難の本格的な受け入れが21日、始まった。同村河陽の観光宿泊施設「阿蘇ファームランド」は村最大の避難先で、26日までに99世帯326人を受け入れる予定。費用は国が負担する。村は1次避難者全員を移す方針。

 村は1回目の2次避難で高齢者や障害者、妊産婦ら41世帯132人を移している。今回は最大約1000人を収容できるファームランドやペットとの入居が可能な3施設を準備。入居条件も「体調を崩している避難者」と緩和し、村は実質的に全1次避難者を避難させる方針だ。

 村によると、18日に募集を始めたところ、20日正午までに106世帯307人の申し込みがあり、140世帯429人が26日までに2次避難することが決まっている。20日夜現在の1次避難者は計478人。避難期間は約2カ月で、村はその間に仮設住宅を建設し順次移していく方針だ。

 21日にファームランドに避難した同村河陽の橋本ユクコさん(77)は自宅が全壊し、近くの東海大体育館や親戚宅を転々としてきたといい「これでやっと落ち着ける。家族会議をして、これからの生活再建を考えたい」と話した。【中村清雅】


小中学校の夏休み6日間短縮 熊本市、地震で授業時間不足
西日本新聞 5月22日(日)7時10分配信

 熊本市教育委員会は20日、熊本地震の影響で休校した市立小中学校の授業時間不足を補うため、全137校で夏休みを6日間短縮すると決めた。7月23日~8月24日が夏休みとなる。

 夏休みの短縮でも授業時間が足りない学校は、7時間授業や土曜授業、行事の縮小などで対応する。夏休みは、市立の専修学校でも6日間、高校では7日間短縮する。

 県教委によると、熊本市以外の公立小中学校でも夏休みの短縮を一部で検討しているという。

=西日本新聞=


<熊本地震>校庭に仮設建設…益城、48戸分と駐車場など
毎日新聞 5月22日(日)2時30分配信

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農家や地権者が提供する田畑。奥の樹木の向こうに飯野小がある=熊本県益城町で2016年5月21日、福岡賢正撮影

 震度7の激震に2度襲われた熊本県益城(ましき)町が、小学校の運動場に仮設住宅を建設することを決めた。学校に隣接する田畑を町が借り上げ、今と同じ広さの仮設の運動場も合わせて建設する。広大な田畑があっても軟弱地盤や水害の問題で建設できない例が多いため、田畑と運動場を「交換」させる新しい仮設住宅建設のモデルとして注目される。町は21日、仮設住宅への申し込みの受け付けを始めた。

 仮設住宅に運動場を提供したのは飯野小学校(121人)。一周160メートルのトラックがある運動場全てを使って▽2DK23戸▽3K11戸▽1DK14戸--の計48戸と、住民が交流する広場や談話室、駐車場を整備する。

 きっかけは地元の冨田徳弘町議(57)の「地域のコミュニティーを壊さない形の仮設住宅が必要」との発案。同小横の田畑を耕作する杉浦時夫さん(62)、千枝子さん(62)夫婦と4人の地権者の内諾を得て、その田畑を仮設住宅用地とすることを町に提案した。

 近くの川が氾濫すれば田畑は水没のおそれがあるとの指摘を受け、断念しかけたが、発想を転換。地盤の高い運動場に仮設住宅を建て、代わりに田畑を運動場にすれば問題は解決すると思い立って飯野小に依頼した。

 柴田敏博校長(59)は「被災者の命が第一。地域への恩返しになる」と即断。職員らも「子供にとって逆に最高の教育」と賛同した。

 熊本地震で、学校運動場での仮設住宅建設は初めて。東日本大震災では、多くの自治体が学校運動場に建設したが、子供を巡って(1)運動できずに体力が低下(2)震災を忘れられない心の問題--の2点が指摘された。今回の方式だと「体力低下」の問題は解消される。

 益城町は同小の48戸を含んで955戸の仮設住宅の建設を決めている。【福岡賢正】


益城、応急仮設の受け付け開始…ペットも可
読売新聞 5月21日(土)17時51分配信

 熊本地震で震度7を2回観測し、多くの住宅が被害を受けた熊本県益城(ましき)町は21日、応急仮設住宅955戸分の入居希望者の受け付けを始めた。

 自宅が全壊・大規模半壊した町民が対象で、町は高齢者や障害者、乳幼児がいる世帯などを優先的に入居させる方針。仮設住宅が完成する6月中旬以降、順次、入居が始まる。

 町では6773棟の住宅が全半壊。仮設住宅は町内9か所で整備する予定で、1DK、2DK、3Kの3種類。風呂やトイレ、エアコンなどを備え、ペットの室内飼育も認める。既に一部の建設が始まっている。

 入居希望者が募集戸数を超えた場合、75歳以上の高齢者がいる世帯や3歳以下の乳幼児がいる世帯などを優先的に入居させるという。


守れ! 熊本の清酒文化=酒蔵損壊、復旧へ奮闘
時事通信 5月21日(土)14時47分配信

 一連の熊本地震では、熊本県内にある多くの酒蔵が被害を受け、酒造会社は生産体制の立て直しに時間がかかっている。

 生産設備が復旧し出荷を再開したメーカーもあるが、秋までに酒蔵の修復を終えなければ、来年販売する酒の仕込みに間に合わない。「熊本の清酒文化を守れ」を合言葉に、現場では奮闘が続いている。

 焼酎文化が強い九州で、熊本は「日本酒文化圏の最南端」(熊本酒造組合)に位置する。酒はまろやかな味わいが特徴だ。

 酵母や麹などの菌を用い、微妙な温度管理や発酵技術を駆使する日本酒造りは、伝統の味や風味を維持する上で、酒蔵の存在が欠かせない。県内の酒蔵は地震で倒壊したり、白壁が剥がれ落ちたりしたが、多くは修繕が手付かずのままという。

 県内酒造大手の瑞鷹(熊本市南区)は、地震で主な酒蔵が壊れ、酒類の損失は100キロリットル以上に達した。こうした中で生産ラインを修理し、出荷を再開。主力商品で高級料亭などで使われる料理酒「赤酒」は6月にも出荷できる体制が整った。

 ただ、酒蔵は修繕のめどが立っておらず、吉村謙太郎常務は「10月の仕込みに間に合うように全力を挙げる」と話す。

 阿蘇山の南にある通潤酒造(山都町)は蔵6棟のうち、全壊1棟を含む4棟が被害を受けた。今後発生する蔵の修繕費に備え、インターネットの通販やイベント会場での直販に力を入れる。

 同社は問屋などを経由する従来の流通ルートに加え、新たな販売ルートの開拓を模索中で、山下泰雄社長は「熊本の酒文化を守るため、負けてはいられない」と意気込んだ。


熊本地震1カ月 余震とデマにおびえ車に…駐車場の車で何が起きていたのか?
産経新聞 5月21日(土)14時40分配信

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熊本県益城町では、今なお車中泊で避難生活を送る人が絶えない=15日(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 熊本地震の被災地では発生から1カ月が経ってもなお、避難所の駐車場などで車中泊を強いられている人が多い。長期にわたる車内での避難生活はどのようなものなのか。長女(29)、長男(28)と家族3人で軽乗用車での車中泊生活を続けていた熊本県益城町の看護助手、女性(55)に、発生1カ月を機に振り返ってもらった。(三宅真太郎)

 ドドドドドド-。4月14日午後9時26分、自宅で震度7の激しい揺れに襲われた。建物がミシミシと音をたてる。ここにいると危険だ。「車へ」と、家にいた長女と軽乗用車に慌てて飛び乗った。ヘリコプターの音や救急車のサイレンが一晩中鳴り止まず、余震が続く。おびえて眠れないまま朝を迎えた。

 翌15日、避難所へ行こうか迷っていると、

自宅から最も近い益城町総合体育館の様子を見た隣人が「窓ガラスが割れて、壁も崩れていた。外も中も人であふれ、寝泊まりするスペースはなさそうだよ」と教えてくれた。

 「しばらく車中泊するしかない」と覚悟を決めた。

 16日未明、2度目の震度7に襲われた。車は上下左右に大きく揺さぶられ、車内で頭をぶつけないよう必死に座席やハンドルにしがみついた。

 揺れが収まると、町の風景は一変していた。自宅は柱が折れて窓枠がゆがみ、とても住めそうにない。長男が「どうにかなるよね」と力なくつぶやいた。だが、自宅は取り壊しが決まり、それぞれの職場には落ち着くまで休むと伝えた。

 この日、夕方から追い打ちをかけるような大雨が降り出したのを女性はよく覚えている。雨避けのために自宅の屋根に張ったビニールシートをつたって雨水がしたたり落ちてくる。自宅一帯に下水が混ざったような臭いが漂い、車の中にも充満した。

 「もう、ここには居たくない」「頭がおかしくなりそう」

 一家3人は、車中でも落ち着いて生活できる場所を探し始めた。

 19日になって近くの住民から聞いた話を頼りに町の産業展示場「グランメッセ熊本」に移動。2200台分の駐車場があり、停める場所には困らなかった。

 それまで夜は狭い軽乗用車の中で長女が運転席、母が助手席、長男は後席の荷物の隙間で眠っていた。疲労はピークに達していた。翌日の夜、たまりかねた長男がホームセンターでテントを購入し、車近くの木の下にテントを張った。

 前席の2人は座席を倒すことができるようになり、3人はようやく手足を伸ばして寝られるようになった。長女が大切にしていた「テディベア」のぬいぐるみも後部座席に座らせることができた。

 だが、平穏な夜はそう簡単に手に入らなかった。駐車場では真偽の分からない噂が飛び交っていたからだ。

 「寝ていたら複数の男が来て、無理やりドアを開けようとされた」「県外ナンバーの車が車上荒らしの下見に来ている」…。

 不安になり、寝る前にはアルミシートで車の窓を遮り、鍵がかかっているか何度も確かめた。

 移動して3日目の夜、駐車場にけたたましい救急車のサイレンが響いた。近くの避難者に聞いた。

 「エコノミークラス症候群になったみたいよ」

 ぞっとした。いつ自分たちが倒れてもおかしくない。翌朝から車外での体操と車内でのマッサージを日課にした。外出したときには階段で上り下りするようにした。巡回に来た医者の言うまま、必死で身体を動かした。

 暑い日も燃料節約のためエアコンが使えない。蒸し暑い夜には窓を開けたい衝動に駆られたが、見知らぬ人が不安で開けられない。かといって、避難所は感染症や食中毒が怖い。プライバシーに気を使う方がもっと疲れるに違いない。どうしても避難所に移る気になれなかった。

 グランメッセ熊本には、昼と夜の1日2回、ボランティアが炊き出しに来てくれた。出来たての食事が心を温めてくれた。

 「今日のメニューは何だろう」

 そんなことを考えると、まだ前向きな気持ちになれた。

 水や食料には困らなかったが、行政の担当者が様子を聞きに来たことは一度もないという。代わりに支えてくれたのは全国からきた支援者たちだった。

 神戸からボランティアに訪れた夫婦は「阪神大震災で被災したが、数年かかって生活を取り戻した。絶対大丈夫だからね」と声を掛けてくれた。駆けつけたJAF(日本自動車連盟)の職員はバッテリー点検をしてくれたという。

 この1カ月間、一日のほとんどを車内で過ごした。作業机代わりのダッシュボードの上にはティッシュやボールペン、暇つぶしにと購入した本が並んでいる。座席の足下にはタオルや服を詰めた袋が積まれ、足の踏み場はない。トランクや後部座席にも、生活に必要な物がすき間なく置かれていた。

 自宅からやっとの思いで運び出した大切な品々だった。車に積めなかった分はビニールシートにくるんで家の前に置いてきた。風で飛ばされないよう壊れた瓦を置いてある。

 自宅にあった物で車内を埋め尽くすと、まるで家の中にいるような気になって少し落ち着いた。避難所の駐車場にいる限り、食べる物やトイレには困らない。こんな環境でも生活していける。

 そんな実感と同時にある思いが女性の胸に去来していた。「自立したい」。朝食は車を運転して近くのコンビニに買いに行くようにした。住む場所を確保しようと、親戚や知人に当たり始めた。

 「車内にいると息苦しくて気がめいるんです。とにかく、つらくて苦しい1カ月でした」

 振り返るとどうしても目に涙が浮かんでくる。

 「でも、早く元の生活を取り戻したいという思いだけでやってきた。とにかく人としての誇りを失いたくなかったんです」

 やっとの思いで近くに知人が紹介してくれた住まいを見つけた。一家はようやく屋根の下で寝られるようになった。


<熊本地震>クーリングオフ説明せず 自称便利屋を逮捕
毎日新聞 5月21日(土)13時33分配信

 ◇民家の修繕を巡り 特定商取引法違反容疑で熊本県警

 熊本県警は20日、熊本地震で被災した民家の修繕を巡って、クーリングオフ制度を説明せずに契約したとして、熊本市東区八反田3、自称便利屋、亀井忠幸容疑者(59)を特定商取引法違反(書面の不交付)容疑で逮捕した。地震に絡む同法違反容疑での逮捕は初めて。容疑を認めているという。

 逮捕容疑は、5月17日、熊本市西区の女性(79)方を訪ね、地震で居間などにできた柱と壁の間のすき間を埋める修繕をした際、契約から一定期間は解約できるクーリングオフ制度などの記載がある書面を交付しなかったとしている。「書面を渡すつもりはなかった」と供述しているという。

 女性が同日に警察に相談し、発覚した。亀井容疑者は以前勤務していたリフォーム会社で女性宅を訪ねたことがあったという。熊本県内では地震に伴う家屋修理などに関する契約相談が県警に約80件寄せられている。【野呂賢治】


<熊本地震>合言葉は「頑張ろう熊本」 各地から応援の声
毎日新聞 5月21日(土)12時20分配信

 ◇九州各地の主要駅などに応援メッセージ掲げられる

 頑張ろう熊本--。九州各地の主要駅などに、熊本地震の被災地に向けた応援メッセージが掲げられている。地震から1カ月以上経過したが、応援の機運がしぼむことはない。関係者の共通の願いは「九州全体で熊本を盛り上げよう」だ。

 JR博多駅(福岡市)の新幹線改札口近くに、今月になって、福岡県出身の漫画家、松本零士さん(78)が描いたイラスト入り応援パネルが置かれた。足を止め、のぞき込む乗客らが目立つ。

 現在、同駅など山陽新幹線の5駅で、松本さんの代表作「銀河鉄道999」の映画版などに使われた曲が発車の予告音に使われている。その縁で、JR西日本が松本さんに応援メッセージを依頼。快諾した松本さんが色紙を寄せ、拡大したパネルを展示した。

 登場人物のメーテルが描かれ、被災地の熊本や大分に向け「我々も御協力いたします!! がんばりましょう!!」と書かれている。松本さんは取材に対し、「本当に胸が痛む。(福岡県の)久留米生まれ小倉育ちで、九州人であることを誇りにしている。(色紙には)応援したいとの気持ちを込めた。頑張ってほしい。心からそう思う」と話した。

 「笑顔で」「前に一歩ずつ」。JR門司港駅(北九州市)にはメッセージボードが置かれ、乗降客らの被災地への思いが書き込まれたシールが貼られている。

 JR九州によると、今月3日から始め、名刺大のシールが約100枚貼れるボードは同15日、いっぱいになり、現在は2枚目に取り換えられた。観光で訪れた奈良県天理市の男性会社員(35)は「晴れが来ない日はありません」と書き込んだ。「神戸で育ちで阪神大震災を経験した。私自身あの恐怖は忘れられない。でも、被災者には希望を捨てないでほしい」と話した。

 宮崎市のショッピングセンター「宮交シティ」にも「がんばろう熊本! がんばろう九州!」と書かれた縦約5・5メートル、横約1メートルの垂れ幕が掲げられている。自社で企画・印刷し、4月15日から掲示している。日高淳二総務部長は「熊本出身のオーナーによるテナントが2店舗入るなど、日ごろから熊本の人にお世話になっている。『元気を出してほしい』との願いを込めた」と話す。施設には募金箱も設置している。

 福岡空港(福岡市)の国内線第2ターミナルでは、「がんばろう、九州!」のメッセージを掲げ、熊本や大分の県産品を集めた物産展が開催中だ。百貨店「岩田屋三越」(同市)が企画し、熊本県の「阿蘇のあか毛和牛カレー」や同県八代市特産のトマトを使ったケチャップなど約100種類を販売し、売り上げの一部を被災地に寄付する。

 出品している「阿蘇ナチュラル・Jファーム」(熊本県南阿蘇村)は、経営するレストラン4店のうち2店が被災し営業再開ができない状態という。小野今朝雄常務取締役は「お客様からの『頑張ってください』という言葉がうれしい。復旧したら遊びに来てもらいたい」と話した。物産展は6月26日まで。【山崎あずさ、長谷川容子、宮原健太】


<熊本地震>避難や被災者格差でストレス 専門家に相談を
毎日新聞 5月21日(土)10時30分配信

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段ボールのパーティションで仕切られた熊本県嘉島町の避難所=2016年5月1日、猪飼健史撮影

 4月14日の熊本地震発生から1カ月以上がたった。熊本県内では5月20日現在、約1万人が24市町村にある避難所217カ所で避難生活を続けている。被災地で、心のケアを担う専門医からは、ストレスを抱え、不眠などを訴える被災者の多さが指摘されている。東日本大震災の被災者に対してメンタルヘルスの支援活動を続けている、NPO法人「心の架け橋いわて」理事で、千葉県精神科医療センター医長の山中浩嗣医師に、被災地でのメンタルケアのあり方を聞いた。【吉永磨美】

 ◇人は避難するだけで大きなストレス

 --発生から1カ月以上たち、被災者はメンタル面ではどんな状態だと想定できますか?

 まだ、心理的に落ち着いていない人もいるでしょう。ストレスについて、受ける衝撃の大きさを比較し、ランク付けした指標があるのですが、その上位に「転居」があります。災害時に避難するだけで、人は大きなストレスを抱えます。ストレスを抱えると、不眠になり、普段温厚な人でも、イライラして不機嫌になるなど、性格の変化が見られることがあります。このほか、急に悲しくなる、涙が止まらなくなる、という症状が出ることもあります。多くの場合、このような症状は、「急性ストレス反応」という一過性のもので、数日以内、長くても約1カ月以内でおさまります。

 しかし、激しい被災体験をした一部の人は、気をつけなくてはなりません。心に大きな傷を負う「トラウマ」(心的外傷)を受け、「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすことがあります。

 PTSDになると、急性ストレス反応と同様の症状が1カ月以上の長期にわたり続いたり、思い出したくない悲惨な状況を突然思い出してしまう「フラッシュバック」(再体験)という症状が表れたりします。

 また、トラウマの状況を思い出すことを避けてしまう、孤独を感じてしまう(回避、まひ)▽ささいな刺激でも反応してしまう過敏な状態(過覚醒)--などの症状が表れ、日常生活を送ることが困難になってしまう人がいます。

 ◇周囲に自分の状況を聞いてもらい、精神科受診を

 --そのような「いつもと違う自分」を自覚したら、どのようにすべきでしょうか?

 まずは、周囲に自分の状況を聞いてもらいましょう。不眠やPTSDが疑われれば、精神科の医師に相談することをすすめます。「いつものあなたらしくないわ」と言われたら、素直に耳を傾け、自分の精神状況を見つめなおしてください。

 そして、話を聞いて支援しようと思う人は、被災者が自分から話すようになるまで、つらい経験については、詳しく聞き出さないようにしましょう。相手に「心配しているんだよ」という気持ちが伝われば十分です。

 --今後、被災者はどのような悩みを抱えることが考えられますか?

 東日本大震災の被災地でも見られたのですが、被災者にとって、「被災者間で生まれる格差」が心理的負担になることがあるようです。先に仮設住宅を出て行く人たちを見て、出たくても出られない人が悩むという例はいくつも見られました。

 また、多くの被災者にとって、「次の展望が見えていること」が大事だと感じています。復興が進み、安定した生活を送ることが、一番の「心のケア」になるのではないかと考えています。


<熊本地震>子供の心、深い傷…乱暴な言葉、赤ちゃん返りも
毎日新聞 5月21日(土)8時30分配信

 「おい、クソジジイ」。熊本県益城(ましき)町の避難所の小学生の口から、次々ときつい言葉が飛び出す。園児は赤ちゃん返りし、いつまでたっても泣きやまない。震度7の激震を2度経験した子供たち。避難所で約5時間一緒に過ごし、深い心の傷を見つめた。【福岡賢正】

 避難所には約20人の子供がいた。中3女子生徒に背負われた小4女児が、私(記者)に延々と攻撃的な言葉をぶつける。「おい、クソジジイ。お前、えらそうだな。えらそうに、このオッサン」。小3男児も体が触れただけなのに「おい、足蹴るなよな。コラ」と突っかかる。

 児童虐待の取材をした際に接した被虐待児が里親などに示す「試し行動」とそっくりだ。心に深い傷を負って不安や恐怖を抱え込んだ子が、大人がどこまで許容するのかを試す無意識の行動だ。

 「ごめんごめん、痛かったやろ」と言いつつ、あまり相手にせず、女子生徒に知人について書かれた新聞記事を見せていると、「ジイサン、ジイサン、オジサン、オジイサン。コラ、俺にも見せろ」と小3男児がわめく。

 近くに座る高1女子生徒の膝の上に幼稚園年中の男児がいた。和やかだったが、年中男児は何かを要求し、女子生徒に断られると、地面に突っ伏して泣き出した。10分たっても泣きやまない。典型的な赤ちゃん返りだ。

 年中男児が怒ってぶちまけた遊び道具を私が片付けようとすると、中1の男子生徒が「いいよ。自分で片付けさせる」と止める。

 この男子生徒に「この1カ月、どうだった」と尋ねる。「まっ、いろいろ大変ですよね。でも俺は大人だから。友達と電話で『お前、生きとる?』みたいな。余裕余裕。楽勝楽勝」。懸命に背伸びしているように見える。

 攻撃的な言動の2人の小学生について、それぞれの母親に話を聞くと、「みんなと一緒だと偉そうにしてるけど、夜になると怖がって。絶対1人になれないし、トイレも1人じゃ行けない」と口をそろえる。地震で変わってしまったようだ。

 2人の母親のうち1人は、自宅が片付き、避難所を出られるのだが、ここで過ごす。子供が自宅を怖がるからだ。もう1人は最近家に帰ったが、昼間は避難所にいる。「夜はあの子、毛布かぶって縮こまって寝てます」

 2人の夫は一方が単身赴任中、もう一方が4月16日の本震の翌日から休みなしだ。2人は「生活するのに稼いでもらわんといかんから」と笑った。

 ◇周りは余裕持って

 トラウマを負った子のケアに詳しい井上登生(なりお)医師(発達行動小児科学)の話 心に恐怖を抱えると、自分を勇気づけるため攻撃的な言動をよく取るし、赤ちゃん返りや逆に頑張りすぎる子も。周りの大人が余裕を持って、大丈夫だよというメッセージを送り続ければ、時間はかかるが次第に症状は治まっていく。

 日本児童青年精神医学会が作成した対応マニュアルをホームページ(http://child‐adolesc.jp/notice/2016‐04‐18/)で公開中なので、活用してほしい。


南阿蘇鉄道、カメラで救う=地元写真家が義援金―復興願い絵はがき販売・熊本地震
時事通信 5月21日(土)4時25分配信

 熊本地震で全面運休が続く南阿蘇鉄道を救おうと、地元の鉄道写真家宮本快暢さん(44)が支援に乗り出した。

 南阿蘇鉄道の写真を使った絵はがきや写真集をインターネットで販売し、売り上げの一部を義援金として寄付。「南阿蘇鉄道の魅力を全国の人に知ってもらい、復活に向け世論を後押ししたい」と意気込む。

 埼玉県出身の宮本さんは2013年10月、阿蘇の雄大な景色の中を走る南阿蘇鉄道に魅了され、「1年や2年では撮り切れない。ここに永住するしかない」と決断。阿蘇白川駅(熊本県南阿蘇村)近くに自宅を購入し、毎日のように撮影を続けてきた。

 駅名が日本一長い「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」や、トロッコ列車で全国の鉄道ファンに知られる南阿蘇鉄道。宮本さんにとっては、17.7キロの短い路線に渓谷や橋、田園風景など撮影スポットが凝縮されていることも大きな魅力だった。

 だが、震度7の地震で線路や鉄橋、トンネルなどが大きく損壊。復旧に必要な予算は30億~50億円と見込まれている。

 「自分はこの1年に世界で一番、南阿蘇鉄道を撮影した人間だ。写真で復興の役に立てないか」。宮本さんは自信作を印刷した絵はがきや写真集で義援金を集めることを決意。作品13点を収録したデジタル写真集を300円、5枚セットの復興祈念絵はがきを500円で売り出すと、2週間で約100件の注文が集まった。

 写真集は150円、絵はがきは200円を義援金に充て、本震から1カ月を迎えた16日には、1回目として3万7700円を振り込んだ。「必要な額に比べると少額だが、全国の人が復活を望んでいると知ってもらうことが大切」と話す宮本さん。「南阿蘇鉄道は私にとって夢そのもの。一歩ずつでも前へ進んでほしい」と力を込めた。


熊本、雇用相談が急増…地震後1万2千件超
読売新聞 5月20日(金)22時34分配信

 熊本地震で職を失うなどした人たちから、熊本県内のハローワークや労働基準監督署に寄せられた相談件数が、地震発生後の1か月余りで約1万2500件に上っていることが分かった。

 2014年度の約1・4倍の多さで、雇用への影響が深刻化している。国は休業者や事業者に対する特例措置を設けたほか、県なども臨時職員の雇用を打ち出すなど支援に乗り出した。

 熊本労働局によると、県内のハローワークや労働基準監督署に対し、前震翌日の4月15日から5月17日までに寄せられた雇用などに関する相談は1万2496件。14年度9177件を大幅に上回った。


<熊本地震>義援金100億円超える
毎日新聞 5月20日(金)20時57分配信

 熊本県は20日、熊本地震で県や日本赤十字社などに寄せられた義援金が100億8951万760円になったと発表した。義援金は今後も増える見通し。

 県によると、県と日赤県支部などの幹部でつくる配分委が、被害に応じて各市町村への義援金の配分額を決める。被害の大きかった熊本市や益城町、南阿蘇村、西原村など25市町村には既に計約7億5200万円を1次分として分配した。

 市町村から、死亡者・行方不明者と重傷者はそれぞれ1人あたり、20万円と2万円、住宅の全壊と半壊は1世帯あたり20万円と10万円が支払われる。【柿崎誠】


罹災証明の発行開始=「一部損壊」に不服も―熊本・益城町
時事通信 5月20日(金)20時14分配信

 熊本地震で被災した熊本県益城町で20日、住宅支援などを受けるために必要な罹災(りさい)証明書の発行が始まった。

 同日は被害の最も大きかった4地区の被災者を対象に、600件を超える証明書が発行された。一部損壊など想定より低い判定をされた被災者からは、「しっかり見てほしい」と不満の声も上がった。

 同町では21日から仮設住宅約950戸の募集を開始するが、罹災証明書の発行が間に合わないため応募時点では不要としている。


被災離職者を臨時職員に=生活再建支援へ120人募集―熊本県・7町村
時事通信 5月20日(金)16時42分配信

 熊本県は20日、県内7町村と共同で、熊本地震に伴い離職した人を対象に臨時職員約120人を募集すると発表した。

 「生活再建支援」(蒲島郁夫知事)の一環。同様の臨時職員採用は、熊本市が50人程度を計画している。

 採用人数の内訳は、県が50人程度、益城町や南阿蘇村など7町村が計70人程度を予定。雇用期間は6~8月の3カ月間。18歳以上の人が応募できる。


両陛下の励ましに「うれし涙出た」「頑張ろう」
読売新聞 5月20日(金)13時47分配信

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避難所となっている南阿蘇中体育館でのお見舞いを終えられた天皇、皇后両陛下を見送る住民たち(19日午後2時39分、熊本県南阿蘇村で)=山本高裕撮影

 「うれし涙が出た」「負けずに頑張ろうと思った」――。

 天皇、皇后両陛下が熊本地震の被災地を見舞われた19日、両陛下の温かいお言葉に励まされた被災者らは復興を心に誓った。

 両陛下はまず、阿蘇大橋が崩落するなどの甚大な被害を受けた熊本県南阿蘇村を訪ねられた。南阿蘇中体育館では、避難生活を続ける約210人が拍手で両陛下を迎えた。

 家族や親戚ら8人で身を寄せている女性(40)は、皇后さまから「大変でしたね」と声をかけられた。父親が東海大の学生向けアパートを経営しており、「身を乗り出すように話を聞いていただいた。東海大のことも気にかけてもらい、本当にうれしかった」と目を潤ませた。

 震度7を2回観測した益城(ましき)町の益城中央小体育館では、約200人に声をかけて回られた。


復旧・復興へ調整会議設置=政府
時事通信 5月20日(金)12時59分配信

 政府は20日、熊本地震からの復旧・復興を加速するため、杉田和博官房副長官をトップに各府省庁の事務次官級で構成する「熊本地震復旧・復興支援連絡調整会議」を設置し、首相官邸で初回会合を開催した。

 
 これに先立ち菅義偉官房長官は閣議後の記者会見で、「被災地の復旧・復興を先手先手で迅速に進めるために設置する。引き続き、政府一丸となってできることは全てやるという姿勢で取り組んでいく」と述べた。


熊本地震には2つの「顔」 「阪神」「中越」から何を学べるか?
西日本新聞 5月20日(金)12時28分配信

 発生から1カ月が過ぎた熊本地震には、二つの「顔」がある。熊本市などの都市型地震と、南阿蘇村に代表される中山間地型地震だ。今後の復興は、双方の地震の特質を踏まえて進められるが、その過程で日本が体験した大規模な地震災害から学ぶべきことは多いだろう。都市型の阪神大震災(1995年)と、中山間地型の新潟県中越地震(2004年)で得た教訓を発信し続けている2人に、熊本の復興に向けて何が伝えられるのか、何を参考にしてほしいのか聞いた。

【中越】 元長岡市復興管理監(新潟県) 渡辺 斉氏
 -最大震度7の地震で新潟県中部(中越)の中山間地が被災した中越地震から12年。振り返ってどうか。

 「県建築住宅課の参事として、仮設住宅の建設を担当した。被災地は高齢者が多く、集落ごとの共同体が色濃く残る地域。仮設住宅の建設でも、そのコミュニティーや助け合いを維持することを第一に考えた。阪神大震災で問題になった孤独死を防ぎたかった」

 -被災から、仮設住宅完成までの時間は。

 「現地は積雪が4メートルにもなる豪雪地帯。雪で閉ざされる前に、家族で安心して暮らせる住まいを提供したかった。1日3交代で突貫工事をやり、被災2カ月で計3460戸の仮設住宅を完成できた。13市町村で最大1万人が暮らした」

 -熊本地震の被災地では、仮設建設用地の確保に苦労している。

 「地盤被害が大きかった中越でも用地確保は大変だった。公有地だけでなく、企業や個人、寺の土地なども提供してもらった。仮設住宅は出来るだけ、住み慣れた元の集落の近くに建てた。近場なら、自宅の片付けや田畑にも通える。高齢者には生きがいになる」

 -仮設住宅の建設や運営で留意した点は。

 「入居希望者をきちんと把握することが大切だ。まず入居者リストを作り、それを基に入居者の配置を決めた。仮設団地は最大で63カ所に上ったが、集落ごとの入居はもちろん、独居高齢者の隣に家族連れを配置するなど配慮した。談話室やイベント用の広場を作ったり、畑や花壇を整備したりした。仮設生活は1~3年と短くはない。少しでも潤いが出るようにして、厳しい仮設暮らしを乗り切れるように心がけた」

 -教訓は。

 「災害救助法では仮設住宅の通路は砂利敷きが標準だったが、歩行器を使う高齢者には不便。国と話して舗装にできた。法律を厳格運用すると、現場の実情に合わないことが出てくる。重要なのは『被災者目線』に立つことだ。被災者の立場で想像力を働かせれば知恵が出てくる」

 -震災翌年の2005年に、県庁から被害が甚大だった長岡市に出向したが。

 「市役所では復興管理監として、全村避難していた山古志村(05年に同市と合併)などの復旧・復興に携わった。大規模な地滑りで壊滅状態だった6集落の再生計画を担った。被災後、山古志の住民は、集落ごとに長岡市の仮設団地でまとまって暮らしていた。だから集落再生について毎晩のように話し合えた」

 「住宅を再建するだけでは、集落は再生できない。近場に集団移転する宅地だけでなく、生活道路や集会場、神社、農地など総合的な集落再生を目指した」
 -住民の合意形成は順調に進んだか。

 「住民の要望を聞いてプランを示し、何度も修正を重ねた。住民の多くが納得するまで話し合いを重ねることで、当初は被災2年後の帰村を目指したが、3年2カ月かかった。だが、集落再生の主人公は住民だ。山古志は過疎・高齢化で以前から非常に厳しい状況だったが、震災で知名度が上がり、被災地支援や観光目的で村を訪れる、交流人口が増えた。『村が元気になった』と、住民の多くが受け止めてくれている」

 -最後に、熊本地震の被災地へのメッセージを。

 「単に元に戻す復興ではなく、被災をバネにして、より良い地域づくりにつなげてもらいたい。それは可能だと思う。今大変な思いをしている被災者は、それどころではないだろうが、行政やサポートする側の方々は、そういう視点を持って取り組んでほしい」

▼渡辺 斉 わたなべ・ひとし
 1953年生まれ、新潟県新発田市出身。79年新潟県庁入庁。主に建築や地域づくりを担当。中越地震では、県庁で仮設住宅建設の総括を担い、2005年9月~08年3月、長岡市復興管理監。現在、県建築士会常務理事。

【阪神】 ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長兼研究調査本部長 室崎 益輝氏
 -熊本地震は、阪神大震災と同様に都市型地震の側面がある。

 「阪神、中越、東日本-。地震災害は異なった特性を持つ。同じ都市型とはいえ、神戸の経験がそっくり熊本に役立つとは限らない。特殊な要素と、共通する普遍的な要素がある。神戸と熊本の違いを理解して学ぶことも大切だろう」

 「阪神大震災の教訓を伝えるとき、うまくいったことだけではなく、失敗した経験をきちっと伝えるよう努めている。阪神の過ちを熊本で繰り返さないよう、われわれも願っている」

 -阪神の“失敗”とは?

 「復興で、前より大きいものを造ったことだ。巨大な公共施設やショッピングセンターが次々に建ったが、多くが借金を抱えている。神戸・長田地区が典型例だ。中高層の再開発ビルを建てたものの、空き店舗が目立ち活力が失われている。復興=拡大ではない。『(復興のシンボル)神戸空港も本当に必要だったのか?』との声まである」

 「今は人口減少社会だ。それを頭に入れて復興に取り組む必要があるだろう。地方創生を先取りしてやる、という意志が必要かもしれない。各地域の規模に応じた復興を目指し、将来の地域社会の在り方、産業構造などあらゆることを考えてゆく。コンパクトな復興を考える時代だ」

 -阪神大震災から21年。時間がたって初めて見えてくる課題もあるのでは。

 「神戸では震災直後、いち早く災害公営住宅を数多く建てた。しかし20年
たつと入居者が高齢化し、空き家が目立つようになった。新たな入居者はおらず、固定資産税が入るわけでもない。自治体は維持管理に悩んでいるのが現状だ」

 「神戸の教訓から、熊本では市民の力で家が建てられる仕掛けが重要だと考える。同じ恒久的な住宅を提供するにしても、住宅建て替えの費用を補助して可能な自力再建をしてもらう。公営住宅は建つまで待たされるが、自分の家ならば早く建てられる。建った後もメンテナンスする。税収も考えなければならない。例えば熊本らしく小国あたりの木材を使った木造公営住宅を建てるのはどうか。国の方針、過去の事例にこだわらず、弾力的に取り組むことも大切だろう」

 -一見して神戸ににぎわいが戻ったように映るが。

 「神戸の人口はほぼ震災前の水準に戻ったが、産業が壊滅的な状況になった。重工業大手が不振となり、大阪のベッドタウンになってしまっている。震災で一時停滞止しただけで港湾関係の産業が釜山に、ケミカルシューズが中国に取られてしまった。熊本は産業の自立をしっかりやらないといけない。現状、福岡と熊本は都市機能のバランスが取れているのに、地震で福岡の一極集中が加速する恐れもある。幸い熊本に根ざした企業は多く、強い産業基盤がある。社員をボランティアに出す企業もあり、地元企業とコミュニティーが力を合わせた新しい復興のパターンが生まれるのでは、と期待している」

 -阪神の復興から一貫している普遍性とは。

 「数々あるが、第1は復興の主人公は市民であること。市民がしっかり合意形成、協議をして復興への政策提言をつくりあげてゆくシステムづくりが重要だ。そのために行政と住民の間に立つ、中間支援組織の存在が求められる。ボランティア、研究者、弁護士、商工会議所や生協などの関係者が一緒になって被災者の意見や要望をくみ上げて、行政に伝える。コミュニティーと中間支援組織、そして行政がしっかりとスクラムを組み、復興を前に進めていただきたい」

▼室崎 益輝 むろさき・よしてる
 1944年生まれ、兵庫県尼崎市出身。神戸大名誉教授。京都大防災研究所客員教授、関西学院大災害復興制度研究所所長などを歴任。兵庫県立大防災教育研究センター長も務める。


益城町で罹災証明受付がスタート、200人以上が列 結果に悲喜こもごも
西日本新聞 5月20日(金)12時18分配信

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地震で倒壊した熊本県益城町の住宅街=4月22日

 熊本地震で2度にわたり震度7を記録した熊本県益城町で20日、被災家屋の被害程度を認定する罹災(りさい)証明書の発行が始まった。熊本県内では既に申請の3割程度が発行されているが、被害が甚大だった同町では家屋調査に時間がかかり、発行が遅れていた。窓口には午前9時の受け付け開始前から200人以上が列をつくった。

 町役場も被災し、主要な屋内施設は避難所となっているため、産業展示場「グランメッセ熊本」の駐車場に設置したテントに町が窓口を20個設けて対応した。申請は18日までで1万662件。被害が大きかった地域から発行手続きを始めた。

 罹災証明書は、住居の補修や仮設住宅への入居、生活再建支援金の給付などに必要で、家屋被害を全壊▽大規模半壊▽半壊▽一部損壊-の4区分で認定する。

 自宅が全壊と認定された男性(71)は家賃が無料になる借り上げ民間賃貸住宅(みなし仮設)への入居手続きを進めるという。「とにかく一安心。車中泊を続けていて足腰が痛い。早くゆっくりできる家に移りたい」と話した。

 一方、家屋の修理費が支給されない一部損壊と認定された主婦(64)は途方に暮れた。自宅のベランダは亀裂が入り、今にも落ちそうな状態。地割れで基礎部分も大きな被害を受けている。「せめて半壊にしてくれないことには、生活を再建できない」と2次調査を申請した。

 半壊とされた主婦(68)は「家の中はひびだらけで怖くて住めないのに、半壊では仮設住宅には入れない。悔しいけどあきらめて引っ越し先を探します」。

 罹災証明書は18日現在、熊本県内で11万2760件の申請があり、発行は3万5984件。益城町は5月いっぱいは特設会場を設けて対応する。

=2016/05/20 西日本新聞=


熊本地震、今後予想される被災者の心の問題は?精神科医に聞く
西日本新聞 5月20日(金)12時6分配信

 先月14日に発生した熊本地震から、あすで1カ月。被災者はどんなストレスを抱えているのか、どんな心のケアが必要なのか、2回に分けて考えたい。(上)では、地震の被災地でカウンセリングの経験がある不知火(しらぬい)病院(福岡県大牟田市)院長で日本ストレスケア病棟研究会会長、精神科医の徳永雄一郎さん(68)に、今回の地震で見られる特徴を聞いた。

-病院は、熊本県に隣接する大牟田市にある。余震が続いているが、同市の状況は。
 「私は前震のときは出張で山形県におり、本震のときは福岡市の自宅にいた。最初の地震以降、大牟田でもほぼ毎日揺れが続き、患者も職員も今でも気が休まらない。私自身も不安を感じている」

-1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災など過去の震災では被災地で治療にあたった。
 「余震が続き、いつか病院に被害が及ぶのでは、という不安があり今回は熊本に向かうことをためらっている。ただ、地震発生以降、不眠や不安などの症状を訴え熊本県内から受診に訪れる人が増えている」

-どんな症例があるか。
 「熊本市在住の40代女性は、自宅の天井が落下したが、危機一髪でけがをせずに済んだ。現在は福岡県内に避難している。ただ、自宅の被害が大きく、元の生活に戻れるのかという不安を抱いている」

 「熊本県山鹿市在住の30代男性は、4月14日の地震が本震ではなく、16日の地震が本震とされたことについて、次こそ本震とされるほど大きな地震が起こるのではと不安になっている。常に体が揺れているような感覚もあり、不眠の症状もある。不眠を訴える患者に睡眠導入剤を処方しても、眠っている間に大きな地震が起きたら逃げ遅れてしまう、と服用をためらう人が多い」

-診察をして感じることは。
 「事故や災害などに遭遇した場合、不眠や不安、食欲低下などの症状が現れる急性ストレス障害を発症するが、通常は1カ月程度で徐々に治まる。だが、今回は余震の回数が極端に多く、地震が『過去のもの』となっていない。被災者は、今後もっと大きな地震が来るのではないか、このまま余震が続けば家が倒壊するのではないか、という恐怖を抱いている。ストレスが1カ月以上続いた場合、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する恐れもある」

-今後予想される状況は。
 「生活の再建に向けた動きが始まり、行政に対する不満や批判が出てくる時期でもある。自治体職員の疲労やストレスが懸念される。自身も被災者でありながら、つらさを口にしづらい。休養を心掛け、被災者の対応にあたってほしい。被災地の皆さんは不安を心にためず、周囲の人に伝えることが大切。不調が続く場合は、早めに専門医を受診してほしい」

-今回もボランティアが現地で支援を行っている。
 「ボランティアによる支援は、被災者にとって大きな励みになる。多くの人たちが自分たちを思い、支えてくれているという実感は、孤独や不安を解消し、精神の不調を防ぐ大きな力になるだろう」


地震被災の子犬、新たな飼い主決まり再出発 北九州市動物愛護センター
西日本新聞 5月20日(金)11時48分配信

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譲渡会の会場で相性の良い子犬を探す参加者たち

 北九州市動物愛護センター(小倉北区)は19日、熊本地震で被災した熊本市動物愛護センターから受け入れた子犬6匹の譲渡会を開き、新たな飼い主6組が決まった。

 譲渡会には事前に応募した市内外の27組が参加。飼い方について講習を受けた後、お気に入りの子犬を選び、抽選で譲渡先を決めた。子犬はいずれも生後2カ月超の雑種で、きょうだいとみられるという。

 雄の子犬を引き取った小倉北区の美容師、下鶴秀美さん(56)は「地震を経験しておびえているかなと心配したけど、元気なので安心した。二度とかわいそうな目に遭わないように大切に飼いたい」と話した。

 6匹は熊本市のセンターが3月に保護。4月の熊本地震でセンターが被災して飼育が難しくなったため、北九州市のセンターが同20日に成犬10匹、猫10匹とともに受け入れた。成犬10匹と猫7匹は既に譲渡され、残る猫3匹は先着順に希望者を受け付けるという。

=2016/05/20付 西日本新聞朝刊=


益城町で罹災証明書の発行開始…200人超が列
読売新聞 5月20日(金)11時33分配信

 熊本地震で多くの建物被害が出た熊本県益城(ましき)町は20日、罹災(りさい)証明書の発行を始めた。

 罹災証明書は被災者生活再建支援金(最大300万円)の受給や仮設住宅の入居などに必要な書類。大型催事場「グランメッセ熊本」の駐車場に設置した窓口では、午前9時の受け付け開始時に200人以上が列をつくった。

 町は証明書を発行するため、町内の建物の被災状況を調査。19日現在、約85%にあたる1万4143棟の調査を完了したという。

 自宅が「全壊」と判定された同町宮園、会社員の男性(63)は「みなし仮設住宅への入居、自宅の解体などへの支援を申請したい」と話していた。


被災地で労災事故多発 熊本・大分35人、復旧作業中も
西日本新聞 5月20日(金)11時25分配信

 熊本地震の被災地で、がれきの撤去や家屋の修理などの際に作業員がけがをする労災事故が相次いでいる。労働局によると、熊本、大分両県で震災に関する負傷者は35人(19日現在)に上る。復旧作業の本格化に伴い、今後、大幅な増加が懸念されるとして、労働局は「復旧工事はスピードが求められるため、事故が起こりやすい。安全対策に十分留意してほしい」と呼び掛けている。

 労働局は、休業日数が4日以上の労災事故件数を公表しており19日現在、熊本県で本震と余震発生時に25人、復旧作業で8人が負傷した。大分県では復旧作業中に2人が負傷した。地震で倒れた書類棚がぶつかったり、工場の修理中に足場から転落したりしたケースがあり、瓦の撤去作業中に転落した作業員は4カ月以上のけがを負ったという。

 東日本大震災では、東北3県(岩手、宮城、福島)で復旧作業に関連する労災死傷者数が1300人を超えた。死傷者のうち作業経験が1年未満の作業員が約2割、5年未満が約半数を占め、経験が浅い作業員の事故が目立つという。

 被災地では罹災(りさい)証明の発行が本格化しており、今後も復旧関連の工事は増える見通し。労働局は関係団体に文書を送って注意喚起している。熊本労働局の秋吉博明健康安全課長は「過去にないほどの工事量が予想される。経験の少ない作業員が増えると、危険性が高まる。梅雨の時期を控えており、雨による二次災害などには注意してほしい」と話した。

=2016/05/20付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震>益城町で罹災証明書発行 特設テントに長い列
毎日新聞 5月20日(金)11時17分配信

 熊本地震で町庁舎が損壊した熊本県益城(ましき)町で20日、罹災(りさい)証明書の発行が始まった。町庁舎が使えないため、同町福富の熊本産業展示場「グランメッセ熊本」駐車場の特設テントで対応した。同町では5000棟以上の家屋が損壊しており、発行窓口には長い列ができた。

 罹災証明書は被災者が公的支援などを受けるために必要で、住宅を▽全壊▽半壊▽一部損壊--などと認定する。自宅が大きな被害を受け、現在は同県荒尾市の親戚宅に身を寄せているという同町宮園の藤村栄喜さん(69)は「ようやく発行された。今後どのように生活を再建していくか妻と相談したい」と話した。

 同町は747戸の仮設住宅に着工しており、6月中旬から入居が始まる予定。罹災証明書は県内33の自治体で申請を受け付けており、発行は今回で29市町村目となった。【宮崎稔樹】


異例の措置、中小企業復旧へ新補助金 熊本地震修繕費の75%検討
西日本新聞 5月20日(金)11時2分配信

 政府は、熊本地震で被災した中小企業の復旧を支援する新たな補助金制度を創設する方針を固めた。民間企業の生産、販売施設などは私有財産として、天災でも自費での復旧が原則となっており、国が補助金を支出するのは東日本大震災以来の異例の措置。雇用などを支える地域経済の早期復興に向け、工場や商店、旅館などの復旧を、資金面で直接後押しすることが必要と判断した。

 2016年度補正予算に計上した熊本地震復旧等予備費7千億円から、数百億円規模をこの補助金に活用する方向で調整に入る。

 国は民間企業の財産形成につながる補助金を原則として認めておらず、自然災害による被災でも、企業が復旧費用を借り入れた際の利子を補填(ほてん)するなどの間接支援しかできない。

 ただ最大震度7の揺れが2度も襲った熊本地震は被害が甚大で、地域経済の核となる商店街や工場、旅館などが数多く被災。多額の復旧費が重荷となって廃業を検討したり、資金繰りに苦しんだりする企業が多く、地域の産業や雇用を維持していくためにも、施設復旧そのものへの補助金創設を熊本県などが要望していた。

熊本県と大分県では民間企業の99%が中小企業
 新たな補助金は東日本大震災で導入した「グループ補助金」の枠組みを基に検討。対象は原則として、法律で規定された中小企業で、2社以上がグループになって事業計画を共同で策定し、補助金を申請する仕組みにする。

 地震で損壊した建物や設備の修繕、建て替えなどにかかる費用が補助対象で、75%程度を国と県が補助する方向で調整している。残りは自己負担だが、優遇金利を適用する融資制度などを併用できるようにする。補助の上限は元の施設の建設にかかった費用と同程度とし、既に自費で復旧した場合はさかのぼって申請できるようにする方針。

 被災地の熊本県と大分県では民間企業の99%が中小企業。資金繰りなどに関する相談が関係機関に相次いでおり、経済産業省は早ければ5月末までに制度の詳細を詰め、早期に運用を始めたい考えだ。

=2016/05/20付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震>郵便物4700通届かず
毎日新聞 5月20日(金)10時40分配信

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地震で倒壊した家屋の横を配達業務で走る郵便配達員=熊本県益城町で2016年5月18日午後3時36分、宮崎稔樹撮影

 熊本地震による住宅の倒壊などで住人が他所へ避難し、配達できなくなっている郵便物が熊本県内で約4700通(18日現在)に上っている。宛名の人物の所在が分からない郵便物は一定期間保管するが、それを過ぎると差出人に返送するため、日本郵便は「避難先など今の居場所を郵便局に届け出てほしい」と呼びかけている。

 日本郵便九州支社(熊本市)によると、4月下旬のピーク時には手紙や公共料金支払いのはがきなど県内全域で約1万3000通が配達不能になった。現在も、5000棟以上の住家が損壊した益城(ましき)町で約3000通、400棟以上の住家が被害を受けた南阿蘇村で約1700通が配達できていない。

 本来保管対象の郵便物は書留や宅配便だが、地震の場合、住宅のポストが破損したり、住人不在が明らかだったりすると、特例で手紙やはがきについても保管。住人の居所が分かれば、そちらに転送している。

 同社は各避難所で▽これまでの住所▽避難所や親類宅など現在の住所▽世帯主と家族の名前--を記入する「お客様確認シート」を配布・回収しているが、益城と南阿蘇では今も全てを把握しきれていない。

 避難所の益城町総合体育館を現住所として届け出て、転送された郵便物を受け取った同町寺迫の無職、森本マキ子さん(83)は「自宅は坂の上にあるけん、郵便ば取りに行くのはたいへん。こうやって届けてくれるのはありがたかです」と笑顔を見せた。

 家が倒壊し、がれきが積まれた道をバイクで走る益城郵便局の配達員、泉清史(きよし)さん(53)は「相手を気遣う差出人の思いをきちんと届けるため一通一通大事に届けたい」と話した。

 保管期間を通常の7日間から30日間に延長しており、同社は郵便局へ転出届の提出を呼びかけている。問い合わせは同社のお客様サービス相談センター(0120・232・886)まで。【宮崎稔樹】


熊本地震 被災者支援、広がる「ポイント募金」 少額から手軽に寄付
産経新聞 5月20日(金)8時0分配信

 熊本地震の被災者支援で、買い物や航空券の購入などでためたポイントやマイルを寄付する動きが広がっている。1ポイントは1円に換金。少額から受け付け、手続きも簡単で寄付が集まりやすいのが特徴だ。東日本大震災以降に認知が進み、街角募金に並ぶ支援の輪として注目されている。(玉崎栄次)

 ■「第2の通貨」

 コンビニエンスストアなど企業が会員登録者に発行するポイントは提携店舗などでの買い物でたまり、値引きなどに使える。野村総合研究所によると、ポイントの発行額は年々増加しており、今年度は8855億円と推計。平成32年度に1兆円を突破する見通し。その規模から「第2の通貨」と呼ばれることもある。

 災害支援募金にポイントを使う試みが本格化したのは東日本大震災以降だ。熊本地震が発生した4月14日以降、コンビニや航空会社、携帯電話会社などが相次いで被災者支援のポイント募金を立ち上げた。各企業ともインターネット上のホームページ(HP)に募金サイトを開設。会員登録(無料)して、IDを入力すれば申し込めるようになっている。

 1ポイントが1円に換金され、日本赤十字社や社会福祉法人中央共同募金会など募金受付団体を通して被災地へ送られる。

 野村総研の冨田勝己上級コンサルタントは「手続きの手軽さに加え、少額から受け付けているので、現金による通常の募金よりも心理的に寄付しやすいのが特徴」と指摘する。

 ■8割が選択

 レンタルビデオ店やファミリーマートなどのコンビニで使え、約5800万人が登録する「Tポイント」(Tカード)を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(東京都渋谷区)では、約1490万円(5月16日時点)が集まった。

 ヤフージャパン(港区)もTポイントとクレジットカードの2通りの方法で募金を実施。寄付した約51万人(16日時点)のうち8割はポイント募金を選択しているという。担当者は「たまったままになっていたポイントを寄付している人が多いようだ」と話す。

 コンビニ大手、ローソン(品川区)は、会員数約7500万人の「Ponta(ポンタ)ポイント」(Pontaカード)を使った募金を呼びかける。全国の1万2千店舗に設置された店頭端末を使えば登録なしで寄付できる。約237万円(4月末時点)が集まり、「支援の輪が広がっている印象を受ける」(同社広報)。

 NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの携帯電話各社も、利用料などに応じてたまるポイントの募金を行っている。

 ■マイルも可能

 航空券の購入時にたまるマイルでも寄付が可能だ。全日空(ANA)は約2億5千万円(5月12日時点)、日本航空(JAL)も約1億2千万円(10日時点)の寄付があった。JALの担当者は「ポイントやマイルには有効期限もあるため、寄付しやすい枠組みだ」と指摘している。


両陛下、被災者とともに 熊本ご訪問 住民ら「ありがたいです」
産経新聞 5月20日(金)7時55分配信

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熊本地震と両陛下のご対応(写真:産経新聞)
 天皇、皇后両陛下が19日、熊本地震で震度7を2度観測した益城(ましき)町と、土砂災害などで16人が死亡・行方不明となった南阿蘇村を日帰りで訪問された。地震発生後、両陛下の熊本県ご訪問は初めて。現地では、蒲島郁夫知事や被災市町村の長から話を聴き、見舞いの気持ちを伝えられた。「ありがたいです」。避難所で慰められた被災者からは感謝の声が相次いだ。

 両陛下は午後0時15分ごろ、羽田発の特別機で益城町の熊本空港にご到着。自衛隊ヘリに乗り込み、上空から阿蘇大橋の崩落現場や被災した東海大学の学生アパートなどを視察し、黙祷(もくとう)をささげられた。

 南阿蘇村の臨時ヘリポートからはマイクロバスでご移動。約200人が避難生活を送る南阿蘇中学校の体育館に入ると、二手に分かれ、一人一人に「大変でしたね」「家はどうでしたか」などと慰労された。

 裏手の崖が崩落し、家屋が半分埋まった藤原三男さん(69)に、陛下は「避難生活は慣れましたか」と声をかけ、孫で小学4年の杏太郎君(9)のことも「体は大丈夫でしたか」と気遣われた。

 夫が歯科医院を経営する丸野里佳さん(47)が「診療ができなくなりましたが、日常を取り戻せるよう頑張ります」と訴えると、陛下は「頑張ってください」と励まされた。また、主婦の市原すみ子さん(60)が「家がつぶれて家族がばらばらになってしまい、寂しいです」と涙ぐんで伝えると、皇后さまは「お寂しいでしょうね」と優しくいたわられた。

 その後、両陛下はバスで臨時ヘリポートに戻り、ヘリから熊本市や西原村などの被災状況をご覧に。降り立った益城中央小学校では、出迎えた住民らに笑顔で手を振られた。同校体育館では、カーテンで仕切られた居住スペースを一つ一つ丁寧に見て回られた。

 小学3年の正法地紅羽(しょうほうじ・くれは)さん(8)が差し出した赤色や黄色の紙でできた花を受け取り、陛下が「どうもありがとう」と笑顔を浮かべられる場面も。その後も花を大事そうに抱えたまま被災者を見舞われた。

 耳が不自由という山本久美代さん(57)には、皇后さまが手話を交えて「元気ですか」「大変ね」と慰められた。山本さんの避難生活を支えている寺本裕加里さん(42)にも「付き添ってくださってありがとう」と感謝の言葉をかけられていた。


余震の不安、高齢者襲う=半壊の家離れられず―熊本地震
時事通信 5月20日(金)5時26分配信

 震度7の大地震から1カ月が過ぎても、熊本県などでは余震が続いている。

 半壊した自宅で余震におびえながら暮らす高齢者からは「避難所の硬い床では痛くて眠れない」「罹災(りさい)証明書が発行されないと身動きが取れない」などの声が出ている。

 「『地震が来たらすぐ逃げないと』と思うと、毎晩眠れない」。熊本市の70代女性が疲れた表情で打ち明ける。同居する息子夫婦は不在がち。すぐに避難できるようにと、女性は暗い玄関に1人で座り込み、夜を明かすという。持病で片方の脚が悪く、つえがなければ歩けないことも不安を大きくしている。

 自宅は壁の一部が崩れ、天井から雨漏りがする半壊状態。長引く余震で損傷が広がり、13日に調査に訪れた保険会社の社員から「もう危ないので待避した方がいい」と勧められたが、行き場がない。「病気で死んでもいいが、地震では死にたくない」。女性はうつむき、かみしめるようにつぶやいた。

 熊本県宇土市。1人暮らしの男性(80)は買い物袋を手に、「危険」と赤い紙が貼られた自宅に戻った。2階建ての家は壁の一部が崩れている。市の応急危険度判定で、自宅への立ち入りは危険と判断された。男性は「余震はあるが、ここが落ち着くから」と言葉少なに語る。

 同様に赤い紙が貼られた隣人は避難所に移ったが、男性は改修が済むまで住み慣れた家で暮らすつもりだ。


両陛下熊本ご慰問 日帰りの強行日程、苦渋のご選択
産経新聞 5月20日(金)0時15分配信

 天皇、皇后両陛下の熊本地震の被災地訪問が、航空機とヘリコプターを乗り継がれての日帰りという強行日程で実現した。地震発生直後から、「一日も早く現地に足を運び、被災者を見舞いたい」とお考えだった両陛下。だが、被災者への対応に追われる地元自治体に負担をかけたくないとの思いから、熊本入りのタイミングは被災地側の判断に委ね、発生から1カ月余りでのご訪問となった。

 熊本に宿泊されれば、地元警察など警備に多くの人員が割かれてしまう上、宮内庁としては、余震の危険性も無視できない。近県での宿泊は、被災者が避難所や車中、自宅で余震におびえる中、両陛下の選択肢にはおありにならなかった。ご自身だけ安全地帯に身を置くような選択を、両陛下はよしとされないからだ。その根底には、常に国民とともに、被災者とともにという両陛下のお考えがある。

 東日本大震災も阪神大震災も、最初は日帰りでの被災地ご訪問だったが、熊本とは移動距離が全く異なる。両陛下は熊本市や西原村など、困難に直面しているあらゆる被災地に足を運び、被災者を見舞い、その声に耳を傾けたいと願われている。ともに80歳を超えた両陛下にとって、体力的にも困難な日程で、かつ限られた時間での被災地訪問は苦渋のご選択だったといえるだろう。(大島真生)


両陛下、熊本の被災地をご慰問
産経新聞 5月19日(木)21時56分配信

 天皇、皇后両陛下は19日、熊本地震で甚大な被害を受けた熊本県の益城(ましき)町、南阿蘇村を訪れ、被災者を慰められた。早期に被災地を見舞うことを望んでおり、発生1カ月余りで日帰りでの訪問を実現された。

 震度7を2度観測した益城町では、約200人が避難生活を送る益城中央小学校の体育館をご訪問。孫娘(28)を失った河添ハル子さん(85)を、天皇陛下は「本当に残念なことでね」と気遣われた。

 これに先立ち、南阿蘇村の避難所でも両陛下は「元気でいらして」などと励ましの言葉をかけられた。

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