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2016年5月15日 (日)

熊本・震度7の地震に関するニュース・78

引き続き、熊本県で4月14日および16日に発生した、震度6強~7の地震に関するニュースを伝達します。

リンク:東海大が授業再開、学生300人黙とう 熊本キャンパス - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本の水前寺公園再開…干上がった池、3割復活 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 学生村、活気戻った 東海大生「南阿蘇は故郷」被災者支える - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 息子を必ず見つける 不明の大和晃さん両親 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難長期化、2000人以上へ=熊本地震で益城町―日本財団調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 本震1カ月 罹災証明、発行遅れ 申請の3割程度、ゼロの自治体も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町でも職員ら黙とう=ラジオで呼び掛けも―熊本地震1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難者7割住居めど立たず 100人に調査、4割「経済支援を」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「本震」1か月、南阿蘇は道路寸断…集落の危機 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町の小中学校で給食再開=サツマイモ郷土菓子も―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「もう一度会いたい」=犠牲者の自宅跡に献花―熊本地震・南阿蘇村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本で夕方にかけ激しい雨、土砂災害に注意 なお1万人超が避難生活 震度1以上1464回 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>南阿蘇で活躍 大船渡の「DCAT」とは - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城町の避難所敷地内にペット預かり所開設 犬用の運動場も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本県全域、夕まで激しい雨…土砂崩れなど注意 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本支援の補正予算案、「十二分の備え」と首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:衆院予算委 安倍首相、熊本地震の復旧・復興は「できることはすべてやる」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「トリプルボランティア」熊本地震で再注目 作業・観光・伝達、復興の支え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「うちが頑張らないと」観光地、次々復活 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>黙とう 南阿蘇に鳴り響くサイレン 本震1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石綿の大気中濃度、環境省が調査へ 熊本地震、倒壊建物から飛散 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、被災地の財政支援を強化=補正予算あす成立―衆院予算委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>総額7780億円の補正予算、午後に衆院通過へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>母なくした園長「夢であってほしい」本震1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「村に笑顔取り戻す」=復興誓い、犠牲者に黙とう―本震1カ月の朝・南阿蘇村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:水前寺公園が再開=池の水位、徐々に戻る―熊本地震後干上がり - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震で医療機関3割被害、20施設診療制限 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>捜索・医療にも支障…緊急道寸断 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>緊急道寸断50カ所…耐震基準設定なく - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震時、自衛隊大型ヘリ緊急点検…8割飛べず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「帰ってきたんだね」…両親、遺品の時計見つめ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震ボランティア受け入れ強化「息の長い協力」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>16日で「本震」から1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「人の心の強さや優しさを感じた」 被災1カ月 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

東海大が授業再開、学生300人黙とう 熊本キャンパス
西日本新聞 5月16日(月)15時58分配信

 阿蘇キャンパスで学ぶ農学部の学生3人が犠牲になった東海大の熊本キャンパス(熊本市東区)では16日、建物の安全が確認できたことから授業が再開された。ガイダンスに集まった経営学部と基盤工学部の学生約300人が犠牲者に黙とうをささげた。

 同校は4月14日の前震以降、休校していた。中嶋卓雄九州キャンパス長はガイダンスで「若くて希望があった中での被災は、(亡くなった)本人たちにとっても非常に悔しい結果だろう」と沈痛な表情で語り、「学生たちの思いを皆さん方で新しい力につなげていっていただきたい」と呼び掛けた。

=2016/05/16付 西日本新聞夕刊=


熊本の水前寺公園再開…干上がった池、3割復活
読売新聞 5月16日(月)15時17分配信

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水位が以前の3~4割程度まで回復し、再開した水前寺成趣園(16日午前、熊本市中央区で)

 熊本地震後に閉園していた熊本市中央区の水前寺成趣(じょうじゅ)園(通称・水前寺公園)が16日午前、約1か月ぶりに再開した。

 全国有数の湧水地として知られる庭園の池は地震後に一時、干上がっていたが、水位は以前の3~4割程度まで回復し、訪れた人たちを楽しませている。

 園を管理する出水(いずみ)神社によると、「前震」直後の4月15日から閉園。池では湧水が途絶え、水深約50センチの池のほとんどが干上がった。その後、水位が徐々に回復してきたという。まだ、底が露出した部分は残るものの、日本庭園の趣を取り戻しつつある。公園を訪れた熊本市中央区の男性(60)は「池に水が戻ったのを見て安心した。いつもと変わらないこの風景が良い」と話していた。

 出水神社権(ごん)禰宜(ねぎ)の石本潤さん(39)は「一時はどうなることかと心配した。観光名所の熊本城や阿蘇が大きな被害を受けており、公園で癒やしを感じてもらえれば」と話している。同園は31日まで入場無料。


熊本地震 学生村、活気戻った 東海大生「南阿蘇は故郷」被災者支える
産経新聞 5月16日(月)14時53分配信

 「村のおじちゃんやおばちゃんの力になりたい」。東海大阿蘇キャンパスの学生アパートが密集し「学生村」と呼ばれた熊本県南阿蘇村の黒川地区で、地震後に帰省していた学生有志約10人が自主的に戻り、復旧作業を手伝っている。仲間が犠牲となった「本震」から1カ月。実の親のように下宿の大家を慕う若者たちが、“一つの家族”となって復興への一歩を踏み出した。(井上浩平)

 「仕事が来たぞ」。若者の明るい声が、震災ごみの集積場になっているグラウンドに響く。破損したテレビや冷蔵庫などを満載した軽トラックが到着すると、農学部3年の松村知毅さん(20)らは慣れた手つきで分別していった。

 背後の山には崩落した阿蘇大橋をのみ込んだ赤茶けた土砂崩れの痕跡が生々しく残る。頼もしい若者たちの姿に、下宿とアパートに34人を住まわせる黒川地区の区長、竹原満博さん(55)は目を細めた。

 「子供たちが戻ってきてくれてうれしい。大家として何十年も学生を見ているが、みんな素直でいい子ばかり。自分の家族のように感じている」

 ◆震災後全員が帰省

 黒川地区はもともと農業が主体の過疎地だった。変化をもたらしたのは昭和46年に開通した阿蘇大橋。熊本市方面へのアクセスが向上し、2年後に東海大が開校。学生約800人が暮らす村内で最も活気のある地域に生まれ変わった。

 大学近くには下宿やアパート約60棟が立ち並び、約50世帯の住民の大半が大家として学生とかかわった。大家主催で新入生歓迎パーティーが開かれ、卒業生の結婚式に大家が招かれることも珍しくない。

 そんなアットホームな雰囲気の「学生村」を熊本地震が襲い、4月16日未明の「本震」で倒壊した家屋の下敷きになった学生3人が亡くなった。大学は休校し住む場所がなくなった学生は全員が帰省。地区は一時火が消えたようになった。

 ◆一日も早く元に

 しかし5月上旬、数人が自主的に戻ってきた。「村の温かな人たちや自然、友人のいる学校が大好きだった。一日も早く以前の生活を取り戻したい。村のおじちゃんやおばちゃんを手伝って、不安や疲れを取ってあげたい」と松村さん。

 先輩と車2台に分乗して南阿蘇村入り。「食料の不足している被災地に迷惑はかけられない」とコンロを持ち込んで自炊し、車中泊を続けた。

 天候の回復を待って黒川地区に入り、竹原さんの全壊した家屋のがれきを撤去し、震災ごみの山と化していたグラウンドで分別を開始。避難所から自宅を片付けに来たほかの住人らも、松村さんらの姿を見つけると喜び、飲み物などを差し入れてくれた。

 松村さんらの活動は、ツイッターやフェイスブックを通じて広まり、全国に散り散りになっていた仲間たちも次々と南阿蘇に帰ってきた。「できる範囲で構わない。無理はするな」。阿蘇の父、と慕う竹原さんの言葉を胸に、ボランティアに励んでいる。


熊本地震 息子を必ず見つける 不明の大和晃さん両親
産経新聞 5月16日(月)14時53分配信

 熊本地震でただ一人、行方が分かっていない熊本県阿蘇市の熊本学園大生、大和晃(ひかる)さん(22)を、両親が捜している。晃さんは崩落した阿蘇大橋付近で車ごと土砂崩れに遭ったとみられる。「どんな姿でもいい。もう一度抱きしめたい」。二次災害の恐れがあるとして捜索は打ち切られているが、両親の活動は息子との再会を果たすまで終わらない。

 「乗っていたのは黄色い車。こんな着衣を見かけたら連絡をお願いします」

 16日朝、父の卓也さん(58)と母の忍さん(48)は、同県大津町で情報提供を求めるチラシを配った。同町は崩落した阿蘇大橋が架かっていた黒川の下流域にあり、「車の破片や衣服が流された可能性もある」と思い立った。

 本震があった先月16日、晃さんの友人からの連絡で土砂に巻き込まれた可能性を知った。それ以来、卓也さんは2日に1度は橋の崩落現場を訪れ、土砂の滑落面を上から下まで順番に撮影。1枚ずつ拡大しては手がかりがないか点検している。データファイルの写真は150枚を超えた。

 5月5日、何かの黄色い破片が写っているのを見つけた。「晃の車の破片かもしれない」。捜索方法を調べ、外国製の金属探知機なら10メートル以上埋まっていても探せると知り、滋賀県の輸入会社に連絡。機械の性能などから最も効率的な捜索ルートを教えてもらい、図面とともに県災害対策本部に提供した。

 少しでも早く見つけてやりたい-。その一心で動いてきた。勤務先に出社したのは数日間だけで食事も1日1~2食。忍さんは近所の住民と雑談するときも、晃さんの話題に触れるたびに涙が止まらなくなる。

 現場には今も大量の土砂が堆積する。安全が確保できず、捜索は5月1日で打ち切られた。「このままでは晃が取り残されるのではないか」と卓也さんの焦燥感は募る一方だ。

 できることは何でもやろうと決めた。13日には熊本県の蒲島郁夫知事と面会し、安全な場所での捜索再開を要望した。両親は固く誓っている。「このまま1人にはしない」(大森貴弘)


避難長期化、2000人以上へ=熊本地震で益城町―日本財団調査
時事通信 5月16日(月)14時53分配信

 日本財団は16日、熊本地震で甚大な被害を受けた益城町について、避難所生活が長期化する被災者数は2000人以上になるとの予測結果を発表した。

 同町で避難生活を続ける人の半分を占めるという。同財団は、避難長期化に伴う健康状態の悪化や災害関連死などを防ぐため、生活再建に向けた個別相談や支援策の対応に当たるコーディネーターの配置などが必要と提言している。

 同財団は5~8日に同町の避難所7カ所で暮らす225世帯(647人)に、家屋の被災状況や今後の見通しなどの聞き取り調査を行った。

 調査では、仮設住宅などを「一時的な住居として希望する」と答えた世帯が全体の47.3%に上った。同財団は結果から、調査期間中の避難者総数約4500人のうち、約2100人が避難所からの「退去予定がない」と推計。退去できない人の多くが職を失った人や高齢者であり、収入面の不安から退去が難しい環境にあると分析した。


熊本地震 本震1カ月 罹災証明、発行遅れ 申請の3割程度、ゼロの自治体も
産経新聞 5月16日(月)14時26分配信

 熊本地震による建物の損壊を自治体が証明し、被災者が公的支援を受けるために必要な罹災(りさい)証明書の熊本県内の発行数が3万226件と、申請件数(10万2215件)の3割程度にとどまっていることが分かった。16日でマグニチュード(M)7・3の「本震」発生から1カ月。被害が甚大だった同県益城町(ましきまち)など9市町村では一件も発行できておらず、被災者の生活再建への影響が懸念される。

 罹災証明書は借り上げを含めた仮設住宅への入居や、義援金の受け取りなどに必要で、生活再建に欠かせない。災害対策基本法に基づき、被災者の申請を受理した市町村が家屋の損壊状況を現地調査で確認し、「全壊」「大規模半壊」「半壊」といった判定をした上で各首長が発行する。

 だが熊本地震では、各市町村の職員が余震への対応や避難所の運営などに追われ、現地調査が進まなかったことなどから、益城町や南阿蘇村、西原村など熊本県内の9市町村では計約2万8千件の申請を受け付けたが、発行数はゼロ。証明書を受け取れない被災者の間では、生活資金不足への不安が広がっている。

 県内で最多の5万9528件を受理している熊本市も、4万件近くの証明書が発行できていない。市担当者は「職員1人あたり1日30件ほどの家屋を回っているが、倒壊した建物が多いこともあって発行が難航している。大勢の被災者が待っており、迅速に作業を進めていきたい」と話している。


益城町でも職員ら黙とう=ラジオで呼び掛けも―熊本地震1カ月
時事通信 5月16日(月)12時58分配信

 熊本地震で大きな被害を受けた熊本県益城町でも16日、正午の時報に合わせて職員らが犠牲者に黙とうをささげた。

 臨時災害FM放送局で全町民にも黙とうを呼び掛けた。

 熊本県や関係省庁など支援機関の拠点がある町役場3階の大会議室では、派遣された自治体職員ら約60人が仕事の手を止め、立ち上がって1分間黙とうした。

 兵庫県職員で関西広域連合支援チームの中井弘慈統括(59)は「1カ月がたち、支援する分野が変わってくる。できるだけ阪神大震災の経験を伝え、復旧に向けて一緒に進めていきたい」と話した。


避難者7割住居めど立たず 100人に調査、4割「経済支援を」
西日本新聞 5月16日(月)12時42分配信

 熊本地震で、西日本新聞は、今も避難生活を余儀なくされている熊本県内の100人に「生活再建と健康」に関してアンケートを行った。それによると、7割を超える71人の避難者が希望通りの住居に住める見通しが立っていない。避難者はなお1万人超。生活の基盤となる住まいを確保できず、避難生活が長期化せざるを得ない現状が浮き彫りになった。

 アンケートは8、9の両日、避難者が最も多かった熊本市や多くの家屋が倒壊した益城町などで本紙記者が避難者に対面して実施。熊本市36人▽益城町33人▽御船町7人▽宇城市、嘉島町、西原村、南阿蘇村は各5人▽阿蘇市4人-の計100人から回答を得た。

 避難生活を続ける理由は「自宅損壊」が半数以上の54人。次いで「余震が怖い」(18人)「水道、電気、ガスが止まっている」「自宅が片付かない」(ともに10人)の順だった。益城町では「自宅損壊」と答えた人が6割を超えた。

 避難所を出た後の当面の住まいの希望については、39人が「元の自宅」と回答。「仮設住宅」または「みなし仮設住宅(民間借り上げ)」と答えた人も計39人いた。「地元の公営住宅」に入居したいという人は6人いたが、「地元以外の公営住宅」を希望する避難者はいなかった。

 住まい確保のめどが立っていないと答えた71人に、理由を聞くと「仮設住宅の計画が見えない」(11人)「余震や梅雨が心配」(7人)「罹災(りさい)証明が出ていない」(3人)などを挙げた。南阿蘇村と阿蘇市では回答した9人全員が見通しが立っていないと答えた。

 生活再建のために必要だと思う支援について自由回答で質問したところ、40人が生活費や住宅の修理・再建費など「経済支援」を求めた。公営住宅や仮設住宅を増やしてほしいといった住宅に関する要望は29人だった。がれき片付けの手伝いなど「ボランティア」と答えた人も4人いた。

 着の身着のまま避難所に身を寄せた被災者も少なくない。地震への備えが十分だったかについては、64人が「まったく十分でなかった」。「あまり十分でなかった」という人も加えると9割近い計87人に上った。

=2016/05/15付 西日本新聞朝刊=


「本震」1か月、南阿蘇は道路寸断…集落の危機
読売新聞 5月16日(月)12時33分配信

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学生が亡くなったアパート前に集まり冥福を祈る東海大生ら(16日午前、熊本県南阿蘇村河陽で)=泉祥平撮影

 最大震度7を2回観測した熊本地震は、16日で「本震」から1か月となった。

 犠牲者49人のうち、本震では40人が亡くなり、1人は安否不明のままだ。被災地では16日、雨の中で追悼行事が行われ、遺族らが犠牲者の冥福を祈った。一方、本震で震度6強の揺れに襲われ、土砂崩れが相次いだ熊本県南阿蘇村では、道路の寸断などで一部の集落が存続の危機に直面している。

 東海大の学生3人が亡くなった南阿蘇村河陽(かわよう)の黒川地区にある通称「学生村」では16日午前、地元区長や同大関係者らが現場で花を手向けた。

 アパートの倒壊現場で手を合わせた同地区の男性(55)は「本震から1か月が経過しても、黒川は被災直後の状況とあまり変わっていない。それでも地域に学生が戻ってきてくれるなら、下宿やアパートの経営をやり直したい」と決意を述べた。


益城町の小中学校で給食再開=サツマイモ郷土菓子も―熊本地震
時事通信 5月16日(月)12時20分配信

 熊本地震で大きな被害を受けた熊本県益城町の小中学校7校で16日、学校給食が再開された。

 学校給食センターが地震で設備や調理器具が損壊したため、当分の間はパンと牛乳の簡易給食となる。初日は、サツマイモを使った熊本の郷土菓子「いきなり団子」もメニューに加わった。

 国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京)などから、給食再開支援として、ヨーグルトやジャムなどの補助食品が届けられたという。

 飯野小(児童数121人)3年の男児(8)は「給食が楽しみだったので、とてもおいしい。ハヤシライスがまた食べたい」と笑顔で語った。

 現在、町内の児童・生徒数は約3000人。今月9日から学校は再開されたが、給食が出せないため授業は2時間だけだった。給食再開に伴い、16日から5時間になる。


「もう一度会いたい」=犠牲者の自宅跡に献花―熊本地震・南阿蘇村
時事通信 5月16日(月)12時15分配信

 熊本地震の本震から1カ月を迎えた熊本県南阿蘇村では16日、犠牲者の自宅跡を訪れた遺族や知人らが、花束を手向けるなどして故人の冥福を祈った。

 大規模な土砂崩れが襲った河陽地区の別荘地では、亡くなった前田友光さん(65)の自宅跡を、妻の和子さん(61)が長男や次男とともに訪れた。がれきの前にしゃがみこんで菊の花束を手向けた和子さんは、大雨が吹き付ける中、目を閉じて手を合わせた。

 和子さんは「この1カ月間は夢のような感じで、今でもふらりと帰ってくるような気がする。もう一度会いたいです」とつぶやき、ハンカチで目頭を押さえた。心の中で、葬式をまだ挙げられていないことを友光さんにわび、「本当に今までありがとう」と伝えたという。

 同地区で亡くなった橋本まち子さん(66)の自宅跡でも、近くに住む知人の橋本力男さん(45)夫婦が静かに手を合わせた。力男さんは「こんなことになって信じられないが、安らかに眠ってほしい。地元の復興を見守ってほしい」と声を落とした。

 東海大阿蘇キャンパスの学生3人が死亡したアパート前には、花束のほかたばこやビールも供えられた。力男さんは阿蘇キャンパスに通う学生向けのアパートを経営しているといい、「早くがれきを片付けて、学生たちに戻ってきてほしい」と話した。


熊本で夕方にかけ激しい雨、土砂災害に注意 なお1万人超が避難生活 震度1以上1464回
西日本新聞 5月16日(月)12時12分配信

 熊本地震は16日、マグニチュード(M)7・3の本震の発生から1カ月を迎えた。14日の前震を含めた地震による死者は49人。1人が行方不明となっている。本震で15人が犠牲になり、阿蘇大橋が崩落するなど深刻な被害を出した熊本県南阿蘇村では、職員が犠牲者を悼んで黙とうした。

 15日現在で、同県内では、避難生活によるエコノミークラス症候群など震災関連死の疑いがある死者が他に19人。建物被害は8万4817棟に上り、1万434人が避難生活を送っている。車中泊が続き、エコノミークラス症候群で入院が必要とされた重症患者は51人。大分県内では、1231棟が被害に遭い、由布市で3人が避難している。

 本震は4月16日午前1時25分ごろに発生。同県益城町では14日に続き、観測史上初めて同じ場所で震度7を記録した。気象庁は当初、M6・5だった14日の地震を本震とみて、余震発生確率を「3日以内のM6・0以上の発生確率は20%」と公表。14日の地震の後、熊本県内で一時4万人以上いた避難者は15日午後には約7千に減り、避難先から帰宅した人が再び強震に襲われた。本震による死者は40人で、前震の犠牲者の4倍以上となった。

 気象庁によると、前震から16日午前9時までで、震度1以上の地震は1464回。「減衰傾向にあるものの、活発な活動を続けており、引き続き強い揺れに十分注意してほしい」と注意を呼び掛けている。

 福岡管区気象台によると、16日は夕方にかけて熊本県内で1時間雨量が40ミリ以上の激しい雨が降るところがあり、土砂災害などへの警戒を呼び掛けている。

=2016/05/16 西日本新聞=


<熊本地震>南阿蘇で活躍 大船渡の「DCAT」とは
毎日新聞 5月16日(月)12時7分配信

 熊本地震で大きな被害を受けた熊本県南阿蘇村で、岩手県大船渡市の医療法人が4月下旬から、災害派遣医療チーム「DMAT」の福祉版「DCAT」として活動を続けている。今回の地震で、災害弱者を支援する「福祉避難所」が機能しない中、要介護者ら弱者への支援を行って「震災関連死」などを防ぐ役目を担う。派遣された今野千賀子さん(56)は東日本大震災の被災者で、「今後も専門知識を持った人の応援を続けないと、災害弱者だけでなく現場の職員が潰れる」と危機感を募らせる。

 今野さんは同法人「勝久会」の看護部長。同僚3人と4月27日、同村にある24時間態勢の老人福祉施設で活動を始めた。翌日に訪れた施設では、入所者約60人が要介護3以上で寝たきりの状態。2階建ての建物に被害はなかったが、入所者は慣れない地震で1階の食堂に集まり、ベッドを持ち込んだり床に布団を敷いたりして過ごした。日中は気温も上がり、多くの人がぐったりした表情だった。

 2011年の東日本大震災では、定員152人の今野さんの施設は高台にあったため、津波を免れた。しかし、避難してきた人や被災施設の入所者を受け入れたため、施設は400人であふれかえり、備蓄していた食料はすぐ底をついた。介護に追われるストレスから、携帯電話の緊急地震速報が鳴ると突然過呼吸になったり、夜に眠れなくなったりする職員が続出した。

 熊本で活動する中、今野さんは自身の経験から、注意は施設の職員にも向けられた。職員も被災者で、入所者の対応に追われて疲れ果て、精神状態が崩れることを心配したのだ。実際に、熊本市と村を結ぶ阿蘇大橋の崩落で、同市から施設まで通常30分のところ迂回(うかい)路で3時間以上かかる事態に陥り、同市から通勤する職員の消耗は激しさを増した。

 今野さんは「自分の子どもを心配した管理職が突然泣きだしたこともあった。本人に寄り添って話をよく聞くようアドバイスしたが、混乱する現場ではこの当たり前の助言でも案外迷ってしまう」と話す。

 現在の課題は、介護の知識を持った専門職をいかに継続的に派遣するか。「現場の職員を休ませられるよう、どの場所にどう専門職やボランティアを配置するか、調整するのがDCATの仕事になった。今後は医師や保健師など専門職や自治体担当者との横の連携が必要」という。同法人は3~4人を約1週間のローテーションで派遣を続けている。支援終了の時期を「6月末」としているが、見通しが立つ状況ではないという。【二村祐士朗、野崎勲】

 ◇DCAT

 Disaster Care Assistance Team(災害派遣福祉チーム)の略。東日本大震災で、高齢者を中心に長引く避難生活のストレスが原因で震災関連死が相次いだことなどを受けて、各地で整備が進んでいる。国が主導するDMATと違い、法的位置づけがないため、派遣職員の宿泊費や介護職員の緊急招集をどうするかなどが課題となる。


益城町の避難所敷地内にペット預かり所開設 犬用の運動場も
西日本新聞 5月16日(月)11時59分配信

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ペット預かり所「ましきまちワンニャンハウス」

 熊本地震で多数の住民が避難している益城町木山の町総合体育館敷地内に15日、ペット預かり所「ましきまちワンニャンハウス」が開設された。

 預かり所は、ペット同伴の避難者の負担を減らそうと、NPO法人「人と犬の命を繋(つな)ぐ会」が提案。犬35匹、猫28匹を収容できるケージと空調を備えたコンテナハウスを、町が設置した。約60平方メートルある犬用の運動場もある。外出時や就寝時に預けることができる。

 飼い犬と体育館内に避難している女性(62)は「犬がストレスで吐くようになった。空調があり、落ち着いた環境で眠らせてあげられるので安心です」と歓迎した。体育館と周辺にはペット連れ専用避難テントの59匹を含む約80匹の犬猫が避難者と一緒に過ごしているという。

=2016/05/16付 西日本新聞朝刊=


熊本県全域、夕まで激しい雨…土砂崩れなど注意
読売新聞 5月16日(月)11時54分配信

 熊本県では16日、前線が南下した影響で南から湿った空気が流れ込み、各地で雨となった。

 同日夕方までに県内全域で激しい雨が予想されており、熊本地方気象台が、土砂崩れなどへの注意を呼びかけている。

 気象庁によると、降り始めから16日午後0時40分までの雨量は、天草市(牛深)55・5ミリ、玉名市53ミリ、熊本市7・5ミリ、南阿蘇村26・5ミリなど。土砂崩れなど二次災害への警戒が必要な阿蘇地方では今後、1時間に30ミリの激しい雨が予想されている。

 気象庁によると、4月14日の「前震」以降、熊本、大分両県で起きた震度1以上の地震は、5月16日午前11時現在、1464回に達した。


熊本支援の補正予算案、「十二分の備え」と首相
読売新聞 5月16日(月)11時54分配信

 熊本地震の復旧や被災者支援の費用を盛り込んだ総額7780億円の2016年度補正予算案は、16日夕の衆院本会議で可決される見通しだ。

 野党各党も賛成する方向で、ただちに参院に送付され、17日の参院本会議で成立する予定。これに先立ち衆院予算委員会は16日午前と午後、安倍首相や関係閣僚らが出席し、補正予算案に関する質疑を行った。

 首相は質疑で「余震が続き、被害状況が拡大する可能性にも配慮しつつ、被災地に必要な支援を行う上で十二分の備えをととのえるものだ」と語り、早期成立の必要性を強調した。また、被災自治体の財政負担について「国庫補助の拡充や強化を含めて検討する」と述べた。


衆院予算委 安倍首相、熊本地震の復旧・復興は「できることはすべてやる」
産経新聞 5月16日(月)11時39分配信

 衆院予算委員会は16日午前、安倍晋三首相が出席して熊本地震からの復旧・復興に向けた平成28年度補正予算案に関する基本的質疑を行った。首相は「できることは全てやるとの決意でしっかりと取り組む」と意義を強調するとともに、補正予算成立後の支援について、国庫補助の拡充強化や地方負担に対する財政措置の充実を含めた対応を検討する考えを示した。自民党の坂本哲志氏への答弁。

 2月29日以来の質問に立った民進党の岡田克也代表は、夏の参院選をにらみ対決姿勢を鮮明にした。政府の地震対応の初動について「支援物資が熊本県庁や市町村の役所に滞留した」と批判した上で、使い道を定めない予備費が補正全体の9割を占めている点を追及した。

 これに対し、首相は「滞留は事実だ。課題を精査したい」と説明。麻生太郎財務相は予備費について「個別の内容、予算額を見込みがたい状況では、必要に応じて迅速に対応せざるをえない」と理解を求めた。

 補正予算案は16日夕の衆院本会議で可決し、参院に送付。17日の参院本会議で成立する見通しだ。


「トリプルボランティア」熊本地震で再注目 作業・観光・伝達、復興の支え
西日本新聞 5月16日(月)11時24分配信

 「トリプル(三つの)ボランティア」-。2011年の東日本大震災をきっかけに生まれた言葉が熊本地震後、あらためて注目されている。ボランティアとしてがれき撤去など実際の「作業」に参加するだけでなく、被災地を「観光」したり、見聞きしたことをインターネットや口コミで「伝達」したりするのも復興の支えになるとの考え方。支援の輪を広げ、息長く被災地を支えていくために重要なキーワードといえそうだ。

 「自粛ムードはむしろ、被災地復興の妨げになりかねない」。宮城大(宮城県大和町)の野村尚克非常勤講師はこう強調する。トリプルボランティアの意義を提唱する一人だ。

 野村さんは今回、熊本県益城町などでがれき撤去のボランティアに参加。その後、営業を再開した熊本市の繁華街で知人と飲食した。インターネットでは熊本の街の魅力も発信。「観光」や「伝達」といった支援方法について「肉体労働ができない人にもお勧めしたい。被災地に必要なのはさまざまな形のボランティアです」と呼び掛けた。

「観光のリピーターをいかに獲得するか」
 宮城県気仙沼市の観光コンベンション協会によると、東日本大震災では被災直後にボランティアが増えたが、年月とともに風化し、観光客も半減した。担当者は「息の長い地域経済の復興には観光のリピーターをいかに獲得するかが課題だ」と指摘する。

 東日本大震災では官民一体の取り組みもあった。観光庁は11年4月、旅行業各社と共同でボランティア活動と観光を組み合わせたツアーを企画。同年7~9月には被災地への集客をにらみ、JTB関東と組んで発信力のある人気ブロガーなどを招いたトリプルボランティアのツアーも開催している。

 熊本地震の被災地では、ボランティア活動の参加者が既に減ってきている。野村さんは「被災地に観光に行くのは不謹慎な気がするかもしれないが、ボランティアに行く大義があれば抵抗も少ない。現地を見た人の口コミに信ぴょう性があり、支援の輪になる」と話す。

=2016/05/16付 西日本新聞朝刊=


<熊本地震>「うちが頑張らないと」観光地、次々復活
毎日新聞 5月16日(月)11時1分配信

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地震の後干上がった池の水位が戻り始め、営業を再開した水前寺成趣園=熊本市中央区で2016年5月16日午前8時45分、津村豊和撮影

 ◇水前寺公園、動物園や遊園地、温泉など

 熊本地震の影響で休園していた熊本市中央区の観光名所「水前寺成趣園(じょうじゅえん)(水前寺公園)」が16日、約1カ月ぶりに開園した。熊本県内では、ほかにも動物園や遊園地、温泉など、営業再開の動きが広がる。シンボルである熊本城(同区)の「復活」にめどが立たない中、各施設の担当者は「うちが頑張らないと」と意気込む。【宮崎稔樹、川上珠実】

 約1万平方メートルの湧水(ゆうすい)池の周りを新緑が囲む水前寺成趣園は、昨年約38万人が訪れた市内屈指の観光名所だが、4月14日の地震で鳥居4基などが倒壊し、翌日から休園。同16日からは池の水が引いた。

 倒れた鳥居を撤去し安全が確保できたとしてこの日、営業を再開。来園した熊本市中央区の無職、城崎一臣(じょうざき・かずおみ)さん(60)は、毎朝、同園と熊本城を交互に歩くのが日課で、「江戸時代から変わらないというこの景色が好き。また毎朝ここを訪れるのが楽しみです」と話した。水が引いた原因は不明なままだが、先週雨が続いたためか、水位は地震前の半分程度まで戻ったという。

 県内の観光地のうち、群を抜く「集客力」(2014年は約163万人)を誇る熊本城の被災が手痛いのは事実。しかし、同園を管理する出水(いずみ)神社の宮司、岩田徹さん(68)は「熊本城が大変な状況だから、うちが頑張らにゃいけん(頑張らなければ)」と前を向く。通常は小学生以上は有料だが、今月末まで無料にするという。

 荒尾市の「グリーンランド遊園地」は本震後の4月16、17日に、安全点検のために休園した後は通常通り営業。担当者は「キャンセル後に再度予約を取る団体客も出てきている。少しずつ客足が戻るのでは」と期待する。約200頭のクマで有名な阿蘇市の動物園「阿蘇カドリー・ドミニオン」も今月1日から営業を再開し、一部損壊して立ち入れない建物があり入園料を3割引きにしている。しかし大型連休明けの客は例年の半分以下。担当者は「ほとんどのアトラクションは通常通りなのですが……」と残念そう。

 八代市の「日奈久(ひなぐ)温泉」は旅館17軒中、14軒が営業を再開している。ただ、熊本地震を引き起こしたとされる断層の一つ日奈久断層が市内を走り、断層と同じ温泉名でもあることからキャンセルが相次ぎ、大型連休中の客は例年の10分の1に。担当者は「皆さんに足を運んでいただくことが復興の支援になる」と呼びかける。旅館17軒すべてが通常通り営業している小国町の「杖立(つえたて)温泉」も、風評被害のためか客が減少。約3500匹の鯉のぼりがはためく恒例の祭りは例年は大型連休で終わるが、今年は5月末まで延長して巻き返しに懸命だ。

 国の重要文化財に指定されている山鹿市の芝居小屋「八千代座」も建物に被害はなく、一部を除き予定通り公演している。担当者は「八千代座は元気。頑張っている熊本に遊びに来てください」と語った。


<熊本地震>黙とう 南阿蘇に鳴り響くサイレン 本震1カ月
毎日新聞 5月16日(月)10時53分配信

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本震から1カ月となった16日、被災地には雨が降り、学生が犠牲となったアパート前に手向けられた花束も雨でぬれていた=熊本県南阿蘇村で2016年5月16日午前8時58分、小川昌宏撮影

 ◇東海大阿蘇キャンパスで「静かに友の死と向き合いたい」

 一連の地震として、観測史上初めて2度目の最大震度7が襲った熊本地震の「本震」から1カ月の16日、被災地は再び祈りに包まれた。4月14日の1度目の地震による直接の死者は9人。2回目で40人が犠牲になり、なお1人の安否が不明のままだ。直接死だけで15人が命を落とした熊本県南阿蘇村では16日午前8時ごろ、雨の降る村内のほぼ全域にサイレンが鳴り響き、村職員や住民らが黙とうした。

 災害対策本部のある村役場久木野(くぎの)庁舎では約50人が整列し、犠牲者の冥福を祈った。市原一生(いっせい)副村長は記者団に「被災者の笑顔を取り戻せるよう、復旧復興に向けて全力投球したい」と語った。

 東海大阿蘇キャンパスに通う学生3人が亡くなった同村河陽(かわよう)では雨の中、知人らが倒壊した三つのアパートなどを訪れ、涙ぐみながら花やジュースを供えた。亡くなった同大2年の大野睦(りく)さん(20)が所属したフットサル部の先輩、松村知毅(ともき)さん(20)は「静かに友の死と向き合いたい」と手を合わせた。【竹内望、比嘉洋】


石綿の大気中濃度、環境省が調査へ 熊本地震、倒壊建物から飛散
西日本新聞 5月16日(月)10時52分配信

 熊本地震で壊れたビルや家屋から飛散する恐れのあるアスベスト(石綿)について、環境省は近く、被害の大きい地域で大気中濃度の調査に乗りだす。被災地では今後、がれきの撤去が本格化するため、住民や業者、ボランティアらの被害防止に生かす考えだ。

 熊本県益城町や熊本市などを中心に、倒壊した家屋やがれき置き場、避難所周辺などで大気1リットル当たりの石綿繊維の量を測定する。通常の大気中では1リットル中の繊維は0~1本とされる。

 同県によると、今回の地震による建物被害は8万棟を超える。損壊したビルや立体駐車場の石綿については、県や熊本市が既に目視による調査を進めているが、今のところ大規模な飛散は確認されていない。

 阪神大震災では、がれきの撤去作業に当たった業者が石綿による健康被害で死亡した例も報告されている。環境省は、東日本大震災でも2011年から15年にかけて、被災3県を中心に計12回、延べ約1800地点で調査。大気1リットル当たりの石綿繊維の量が通常を大幅に上回る場所もあった。

■撤去本格化で危険増
 熊本地震を受け、熊本県と熊本市が、日本アスベスト調査診断協会の協力を得て損壊ビルのアスベスト(石綿)調査を進めている。倒壊家屋の撤去が本格化すれば、危険性が増す可能性もある。熊本市の調査に同行した。

 11日、市中心部にある下通商店街の裏路地。市職員に案内された協会のアスベスト診断士が、ビル入り口の天井部分に目を凝らした。約4メートルの亀裂の奥に鉄骨があり、吹き付けられた石綿のようなものが見える。

 測定すると、石綿の含有率は基準値を超えた。石綿が露出しないようふさいでいた天板が外れていたようだ。市職員がビル関係者に飛散の可能性を伝え、「ひとまずブルーシートで覆うなど応急処置をしてください」と要請した。

 現在の調査は、損壊したビルや立体駐車場が対象。この日は7人が3班に分かれて計140件を終え、基準値を超えたのは2件。県も同じ調査を益城町や西原村、南阿蘇村など8市町村で続ける。これまでに170件ほどを調べた。割合は少ないが「飛散の可能性あり」が数件あった。

「最低限、防じんマスクは着けて」
 今回の調査に倒壊家屋は含まれておらず、県も熊本市も「予定はない」としている。だが、同協会の本山幸嘉理事長(56)は「倒壊家屋にも石綿の建材は使われているはず」と言う。耐熱性や保温性に優れる石綿は戦前から石こうボードや壁材などに混ぜて用いられてきた経緯があるためだ。

 本山理事長は東日本大震災の被災地でも石綿判定に携わったが、「東北では津波が建物を押し流し、撤去は人の少ない場所が多かった。熊本は生活圏内で撤去が始まる」と被害を懸念。

 災害時の石綿問題に詳しい立命館大の南慎二郎専門研究員は「建材に閉じ込めている石綿が、家屋倒壊や撤去作業で粉々になって飛散する可能性はある」と指摘する。

 熊本では今後、罹災(りさい)証明書の発行が本格化し、家屋の撤去が一気に進む見通し。大気汚染防止法は、撤去業者に石綿のある建物かどうかの掲示を義務付けているが、徹底されるか疑問がある。行政側は「問題があれば指導する」(熊本県)とするにとどまる。

 南研究員は「撤去前に石綿含有物を仕分けることが重要。思い出の品を取り出そうと住民が現場に居合わせることもあるが、最低限、防じんマスクは着けてほしい」と強調した。

■アスベスト
 繊維状の天然鉱物で、熱や摩擦に強い。加工しやすく、安価だったため、天井や壁などの建築資材に多用された。健康被害が指摘され、2004年に原則使用が禁じられた。国内での使用量は1千万トンといわれる。繊維は髪の毛の5千分の1ほどで飛散しやすく、吸い込むと肺がんや中皮腫などの一因となる。発症までの潜伏期間は20~40年とされる。

=2016/05/16付 西日本新聞朝刊=


安倍首相、被災地の財政支援を強化=補正予算あす成立―衆院予算委
時事通信 5月16日(月)10時51分配信

 衆院予算委員会は16日午前、安倍晋三首相と閣僚が出席し、熊本地震の被災地復旧に向けた2016年度補正予算案に関する質疑を行った。

 首相は被災自治体のインフラ復旧について、「国庫補助の拡充や強化、地方負担に対する財政措置の充実を含めて検討し、必要な財政支援をしっかり行う」と強調した。公明党の江田康幸氏の質問に答えた。

 補正予算案には野党側も賛成する方針で、委員会採決を経て、16日夕の衆院本会議に緊急上程、参院に送付される。17日に成立する運びだ。

 石井啓一国土交通相は質疑で、土砂崩れで寸断された熊本、大分両県を結ぶ国道57号について「まずは現在のルートで復旧を模索するが、困難な場合は別の位置に復旧する方法がある」と説明した。自民党の坂本哲志氏への答弁。


<熊本地震>総額7780億円の補正予算、午後に衆院通過へ
毎日新聞 5月16日(月)10時46分配信

 衆院予算委員会は16日午前、安倍晋三首相らが出席して熊本地震の被害に対応する総額7780億円の2016年度補正予算案に関する基本的質疑を行った。地震直後に被災地への食料や水などの供給が滞ったことについて、首相は「送ったものが(熊本県庁などに)滞留していたのも事実。どういう課題があったかしっかり精査したい」と答弁した。民進党の岡田克也代表が「より良い制度を考えるべきだ」と指摘したのに答えた。

 補正審議では野党も早期成立に協力する方針。同日夕に可決され、その後の衆院本会議も通過し、17日に参院での審議を経て同日中に成立する見通しだ。安倍首相は補正について「余震が続き被害状況が拡大する可能性にも配慮しつつ、必要な支援を行ううえで十二分の備えを整えるものだ」と意義を強調。そのうえで「国庫補助の拡充強化や地方負担に対する財政措置の充実も含め、どのような対応が必要になるか検討し、必要な財政支援を行う」と述べ、財政基盤の弱い被災自治体を今後も手厚く支援する考えを示した。自民党の坂本哲志氏への答弁。

 補正予算案は、事前に具体的な使い道を定めず必要に応じて道路や橋のインフラ復旧などに充てることができる「熊本地震復旧等予備費」に7000億円を計上。仮設住宅建設などに使う災害救助費573億円なども盛り込んだ。【大久保渉】


<熊本地震>母なくした園長「夢であってほしい」本震1カ月
毎日新聞 5月16日(月)10時34分配信

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倒壊した実家の前で手を合わせる園田久美代さん=熊本県西原村で2016年5月15日、蓬田正志撮影

 熊本地震の本震から16日で1カ月。熊本県西原村で亡くなった野田洋子さん(83)の長女、園田久美代さん(59)は、この日も園長として勤務する「村立にしはら保育園」に向かった。1カ月、悲しみを紛らわすようにほぼ休みなく働いてきた。しかし、頭からこの思いが離れなかった。「夢であってほしい」

 前震があった4月14日、園田さんは自宅で激しい揺れに襲われた。余震が続く翌日、村内で1人暮らしをしている母を迎えに行こうと電話したが断られた。「父ちゃんがいるから行かない」

 父は2011年に他界した。母は普段から仏壇の父に語りかける日々で、父との「別れ」を嫌がった。そして4月16日の本震。木造一部2階の実家は倒壊し、1階で母が見つかった。

 園長として、悲しんでばかりはいられなかった。「こんな時だからこそ、園を必要としている人がいる」。休園せずに園児を受け入れ続けた。被災者のために一部を避難所にし、園田さんは泊まり込むなどして対応した。今月10日、避難所としての役割を終えるまで、昼夜を問わず働き続けた。

 母は娘の仕事が忙しいと「無理せんでよかたい(無理しないでいい)」と気遣った。15日、園田さんは崩れ落ちた実家を訪れ、母の好きだったコーラと線香を供え、手を合わせて語りかけた。「無理してるけど頑張るよ」【蓬田正志】


「村に笑顔取り戻す」=復興誓い、犠牲者に黙とう―本震1カ月の朝・南阿蘇村
時事通信 5月16日(月)10時18分配信

 熊本地震で15人が死亡するなど甚大な被害が出た熊本県南阿蘇村では、震度7を記録した本震から16日で1カ月を迎えた。

 午前8時には村内全域で一斉に鎮魂のサイレンが鳴り、村役場や避難所などでは犠牲者の冥福を祈って1分間の黙とうがささげられた。

 村役場では、職員や他の自治体から派遣された応援職員ら約50人が整列し、静かに黙とうした。村災害対策本部の副本部長を務める市原一生副村長(68)は「亡くなられた方に慎んでお悔やみを申し上げたい。また村に笑顔を取り戻せるよう、村民一丸となって頑張っていきたい」と述べた。

 村内では1000棟を超える家屋が損壊したとみられ、今も約900世帯で断水が続く。阿蘇大橋や俵山トンネルの崩落、鉄道の途絶など交通インフラの被害も深刻で、復旧の見通しは立っていない。市原副村長は「この1カ月間、村民の方は夢にも見なかったような状態の生活が続いた。村の復興はまだまだマイナスの状態だ」と表情を曇らせた。

 村内の避難者の半数近くが身を寄せる村立南阿蘇中学校の体育館でも、サイレンに合わせて鎮魂の祈りがささげられた。コメ農家の古沢育男さん(79)、ミサヨさん(76)夫妻は、地震で亡くなった増田フミヨさん(79)の幼なじみといい、体育館前で手を合わせて故人をしのんだ。

 「友達の中で1番元気がよかったのが増田さんだった」。育男さんは黙とうの間、増田さんとの思い出が次々に頭に浮かんだという。学校帰りに一緒にワラビを採ったり、時にはけんかもしたり。「終戦時の玉音放送も、小学校の校庭で一緒に聞いた」と涙ぐんだ。

 ミサヨさんは増田さんの4歳年下。雨の日にみのをかぶり、一緒に登下校したことを「今の子どもには想像できないだろうけど」と懐かしがった。夫婦で稲作をする水田は土砂崩れで大きな被害を受け、生活再建の見通しは立たない。ミサヨさんは「何もかもだめになった。これからどうすればいいのか」と肩を落とした。


水前寺公園が再開=池の水位、徐々に戻る―熊本地震後干上がり
時事通信 5月16日(月)9時12分配信

 熊本地震後に池の水が干上がり休園していた熊本市の観光名所、水前寺成趣園(水前寺公園)が16日、池の水位が徐々に回復してきたことから、営業を再開した。

 水前寺公園は1671年に肥後藩主細川綱利が完成させた桃山様式の回遊式庭園。多いときには1日3000人の観光客が訪れたこともあり、「水の国・熊本のシンボル」だった。

 地震後、公園では湧き水が途絶え、1万平方メートルの池の大半が白い砂利底の見える状態になっていた。今月に入り水位が回復してきた。大雨が降ったことも影響したとみられるが、地下水脈が関係しているのか原因は分かっていない。

 倒壊した敷地内の大鳥居は撤去した。今月末まで入園料は無料にする。


熊本地震で医療機関3割被害、20施設診療制限
読売新聞 5月16日(月)9時5分配信

 熊本地震により、建物の損壊や医療機器の破損などの被害が出た医療機関は、熊本県内の全医療機関の約3割に上ることがわかった。

 約20施設は現在も急患の受け入れなどが制限され、うち4施設は、建物が使えないなど深刻な状況にある。高齢者施設も11か所が使用不能という。16日で「本震」から1か月だが、地域医療や介護への影響の長期化が懸念されている。

 県などによると、県内の医療機関の約3割に当たる450施設に何らかの被害があった。うち、建物が損壊するなどした市立熊本市民病院(熊本市、556床)、西村病院(嘉島町、96床)、東熊本病院(益城町、52床)、阿蘇立野病院(南阿蘇村、88床)は、それぞれ入院患者を別の病院などに移した。ほかの医療機関も、新患が受け入れられなくなったり、磁気共鳴画像装置(MRI)などの高度医療機器が使えなくなったりと影響が出ている。

 また、同県内では計447の高齢者施設も被災し、熊本市、西原村、益城町の計10施設が利用を中止。避難勧告区域内にある南阿蘇村の1施設と合わせて計11施設が使用不能になり、計約390人の入所者が他の施設に移っている。


<熊本地震>捜索・医療にも支障…緊急道寸断
毎日新聞 5月16日(月)7時31分配信

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土砂崩れが発生し阿蘇大橋(手前)が崩落したため分断された立野地区(左)=熊本県南阿蘇村で2016年4月22日、本社ヘリから矢頭智剛撮影
 熊本地震により、熊本県が指定する緊急輸送道路(緊急道)の50カ所で通行止めが発生していた。救助隊や救援物資の輸送に使われる緊急道は震災時の「命の道」とも呼ばれるが、橋や路面の被害、沿道の建物の倒壊などが相次ぎ、物資の輸送や捜索活動にも影響が出た。「道路が使えたら……」。捜索や輸送に関わった住民からは今も無念の声が上がる。【竹内望、比嘉洋、加藤小夜】

 ◇重機、DMAT遅れ

 4月16日未明の「本震」により、大きな被害を受けた熊本県南阿蘇村。5人が土砂崩れに巻き込まれた高野台団地で同日午前から捜索活動に当たった村の消防団員、甲斐敏一さん(44)は大量の土砂を前に無力感に襲われたという。「何もできない」。手にしたスコップがほとんど役立たないのは明らかだった。

 阿蘇大橋の崩落や土砂崩れの多発により、熊本市方面と村をつなぐ緊急道は各地で寸断された。重機は届かず、初日に現場にたどり着いたのは途中から徒歩で入った自衛隊や警察などを含めても50人ほど。手作業で捜索を続けたが、手がかりは得られなかった。

 翌日、数百人規模の捜索態勢が組まれ、18日以降、5人の犠牲者が次々と見つかった。初日に道路が通じていたら、助けられたかどうかは分からない。それでも甲斐さんは今も気持ちが整理できない。「道路が使えればもっと早く人手を確保できたはず」

 緊急道の寸断は県外からの支援にも影響を与えた。福岡空港からレンタカーで熊本赤十字病院(熊本市)に向かった那覇市立病院の災害派遣医療チーム(DMAT)は、途中で渋滞に巻き込まれた。メンバーの一人の病院職員、黒崎浩史さん(37)は「通常の倍の時間がかかった。医療支援は災害発生直後が重要なのに」と語る。

 益城(ましき)町では、沿道の建物の倒壊により、町を東西に走る緊急道の県道熊本高森線が通行止めになった。役所と主な指定避難所をつなぐ道だが、渋滞が慢性化。沿道に住む運送業の浅山洋一さん(69)は「普段は5分のところも1時間くらいかかった」と振り返る。

 県道周辺では今も倒壊の恐れがある建物があり、今月11日と12日には県が所有者の同意を得た上で4棟を解体した。そのうちの一つで商店を家族で経営する30代の男性は「この道が緊急道だとは知らなかった」と言う。築40年以上の店舗兼住宅は1階部分がほぼつぶれた。

 熊本県は緊急道沿いの旧耐震基準の建物について耐震診断の費用を補助していたが、男性は「補助制度のことも聞いたことがない」とつぶやいた。


<熊本地震>緊急道寸断50カ所…耐震基準設定なく
毎日新聞 5月16日(月)7時30分配信

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地震で陥没し、通行止めになった九州自動車道=熊本県益城町で2016年4月15日、本社ヘリから幾島健太郎撮影

 熊本県が大規模災害時に救助隊や救援物資の輸送に使うと指定している緊急輸送道路(緊急道)113路線のうち、28路線の計50カ所が熊本地震で通行止めとなったことが県などへの取材で分かった。緊急道の耐震化については明確な基準がなく、陥没や落石、沿道の家屋の倒壊などが相次ぎ、支援物資が滞る一因になった。専門家からは重要路線のさらなる強化や寸断された場合の備えを求める声が上がる。

 緊急道は1995年の阪神大震災で幹線道路の被害が相次いで、救急車などの緊急車両の通行が妨げられたことを受け、都道府県が指定している。熊本県では九州道や国道・県道の主要区間など計約2000キロが対象。県地域防災計画は、緊急道の「耐震性を確保する」としているが、国も県も新設の橋を除いて明確な耐震基準は定めていない。

 県などによると、一連の地震により幹線道路で155カ所が全面通行止めとなり、うち約3割の50カ所が緊急道に指定されている区間だった。橋の損壊や段差11カ所▽落石や土砂崩れ9カ所▽路面の亀裂や陥没8カ所--などの被害が出た。15日現在も13カ所で通行止めが続いている。

 このうち、橋桁がずれるなど多くの被害が出た九州道は、4月29日まで一部区間で通行止めが続いた。南阿蘇村周辺では土砂崩れで崩落した阿蘇大橋の他にも、県道熊本高森線などでトンネルや橋の損壊が相次ぎ、熊本市方面を結ぶ緊急道が寸断された。

 熊本市と益城(ましき)町では、道路脇の建物の倒壊または倒壊の恐れによる通行止めが計4カ所あった。熊本県は2007年度から緊急道の沿道にある旧耐震基準の建物について耐震診断の費用を補助する制度を始めたが、対象514棟のうち実施されたのは、記録の残る13年度までで6棟にとどまる。13年11月に改正耐震改修促進法が施行され、建物所有者に耐震診断を義務づけたが、対策が追いついていなかった可能性がある。

 緊急道が各地で寸断された結果、地震発生直後に九州道下り線で最大16・4キロの渋滞(4月17日)が発生したほか、一般道でも渋滞が相次いだ。運送会社などによると、支援物資の輸送が滞り、コンビニ、スーパーなどへの配送にも影響が出たが、県の担当者は「震度7の地震が2度来るのは想定外で、すべての被害を防ぐのは難しい」と話す。

 名古屋大減災連携研究センターの福和伸夫センター長は「緊急道は災害時に通行止めになっては困る道路で是が非でも守る必要がある。迂回(うかい)路の少ない重要路線を中心に沿道の建築物や橋の耐震補強のあり方などを再検討すると同時に、寸断された場合に備えた備蓄や早期の応急復旧の方法も事前に検討しておくべきだ」と指摘する。【平川昌範】

 ◇◇緊急輸送道路◇

 1995年の阪神大震災をきっかけに、国が96年に指定を指示した。都道府県が主要都市や役所などの防災拠点を結ぶ幹線道路を中心に指定し、全国の総延長は約10万キロ。被害を受けると復旧に時間がかかる橋は阪神大震災級の地震に耐えられるよう優先的な補強を求められており、15年3月時点の耐震化率は76%。昨年12月には電柱が地震などで倒れて通行に支障が出ないよう、沿道で電柱を新設することを禁じる通達も出された。


地震時、自衛隊大型ヘリ緊急点検…8割飛べず
読売新聞 5月16日(月)7時28分配信

 熊本地震の発生時、自衛隊の大型輸送ヘリコプター「CH47」全約70機の約8割が、緊急点検などのために飛行できなかったことが、関係者への取材でわかった。

 防衛省は、被災地への物資輸送が滞ると判断、米軍の支援を受けてオスプレイが投入されたという。

 同省関係者によると、熊本地震発生の約1週間前、CH47の点検で翼を回転させる部分近くに異常が見つかり、飛行を続けると事故が起こる恐れのあることが判明。自衛隊は全機の運用を中止して一斉点検を実施した。熊本地震後、自衛隊はCH47の出動を決めたが、多くが点検中で、被災地での救助・救援活動には、10機程度しか稼働できなかったという。


<熊本地震>「帰ってきたんだね」…両親、遺品の時計見つめ
毎日新聞 5月15日(日)22時54分配信

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大学生の脇志朋弥さんが亡くなったアパートの前で手を合わせる東海大4回生の門松憲哉さん。門松さんは「脇さんは悔しかったと思います」と話した=熊本県南阿蘇村で2016年5月15日、小関勉撮影

 熊本地震の本震から16日で1カ月を迎える。熊本県南阿蘇村河陽(かわよう)のアパートで亡くなった東海大農学部4年、脇志朋弥(わき・しほみ)さん(21)の両親は15日も遺品を見つめ、娘を思った。「きっと充実した学生生活を送ったんだよね」と。

 今月13日、九州最南端の鹿児島県南大隅町に住む両親がアパートの倒壊現場を訪れた。

 「時計があったぞ」。がれきをのぞき込んでいた父忠行さん(58)が叫んだ。卒業した高校から、無遅刻無欠席の皆勤賞の祝いで贈られた、木目調の目覚まし時計だ。

 2人姉妹の長女。脳出血で長く体が不自由だった近くに住む祖父が高2の時に亡くなり、健康について学ぼうとバイオサイエンス学科に進んだ。雄大な自然に囲まれた阿蘇キャンパスは、入学前に6回も下見に通うほど憧れの場所だった。

 「大学院に行ったらだめかな」。今年正月に帰省した際、脇さんは母千鶴子さん(54)に相談した。生活習慣病の研究を続けたいようだったが、妹麻奈好(まなみ)さん(15)の私立高校進学が決まっており、家計を気にしていた。「納得するまで研究したらいい。後悔しないよう好きな道を選びなさい」。千鶴子さんの言葉に忠行さんも無言でうなずいた。

 大学院入試に向け、脇さんは英語の勉強などに取り組んでいたが、夢は突然断たれた。

 13日には、友人らも現場を訪れ花を手向けた。バレーボールサークルの後輩の男子学生(20)は「しっかりした先輩で笑顔で話しかけてくれた」と振り返る。

 千鶴子さんは驚く。「人付き合いが不器用な方なのに大学で成長したんだね。親の知らぬ間にお酒も覚えたみたいだし」

 自宅に持ち帰った形見の目覚まし時計は、15日も午前7時半に大きな音を鳴らした。規則正しい生活を送っていた、頑張り屋の娘らしい時間だ。時計を見つめ千鶴子さんは思う。「ここに帰ってきたんだね」【竹内望】


地震ボランティア受け入れ強化「息の長い協力」
読売新聞 5月15日(日)22時8分配信

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被災した家屋のがれきを片付けるボランティア(15日午前11時10分、熊本県南阿蘇村で)=大原一郎撮影

 大型連休後に減少傾向にあった熊本地震のボランティアについて、熊本県内のボランティアセンターが受け入れ態勢を強化している。

 窓口を増やしたり、最寄り駅まで迎えのバスを運行したりする一方で、天候の良しあしに大きく左右されるといった課題も残る。県社会福祉協議会は「息の長い協力を」と呼びかけている。

 晴天に恵まれた15日、避難所や被災家屋などには大勢のボランティアが訪れた。現在ボランティアを受け入れている17市町村では、受け入れが本格化した4月22日に1772人を記録して以降、連日1000人を超える参加者があった。大型連休中には、雨だった5月3日を除いて1日あたり3000人前後が参加した。


<熊本地震>16日で「本震」から1カ月
毎日新聞 5月15日(日)22時7分配信

 熊本県益城(ましき)町と西原村で震度7を観測した熊本地震の「本震」から16日で1カ月を迎える。4月14日の「前震」から2日後の16日未明に起きた2度目の大地震以降に40人が亡くなり、1人が今も安否不明のままだ。

 熊本市で最高気温が30.8度の真夏日となるなど、県内各地で今年一番の暑さとなった15日、本震で大きな被害が出た南阿蘇村などの現場では、遺族や友人らが花を手向けたり、手を合わせたりして犠牲者をしのんだ。週末を利用して被災地を訪れたボランティアも多く、汗をかきながら、がれきなどを片付けていた。【小川昌宏】


<熊本地震>「人の心の強さや優しさを感じた」 被災1カ月
毎日新聞 5月15日(日)19時55分配信

 最初の最大震度7の地震発生から14日で1カ月を迎えた熊本地震の被災地。今も多くの人が避難所生活を続ける中、特に被害の大きかった熊本県益城町の避難所に、高校3年生の宮崎永遠(とわ)さん(17)がいた。自宅は倒壊の危険があり、同居していた祖父母と共に益城町総合運動公園に避難している。各地からの支援を受け「人の心の強さや優しさを感じた」と言う一方、「先が見えない」と悩む宮崎さんに話を聞いた。

 宮崎さんは、洋食店を持つことを夢見て熊本市内の高校の食物科で学び、陸上部で汗を流す日々を送っていた。「(阿蘇山の)噴火はあるかと思ったけど、まさか地震が来るとは」と振り返る。地震で生活は一変。自宅の壁ははがれ落ち、柱も多くが傾き、避難所生活を余儀なくされている。「部活の仲間では自分だけ家が無いんです」とつぶやく。「でも、みんな大なり小なり被害を受けている。今は学校にも通学できているから、勉強と部活を一生懸命やりたい」と、前向きであろうとしている。高校は被災前と同じようにいつも通りの日常が送れる場となっている。しかし、下校して益城町に近づき壊れた家や道を目にすると、自分の家が無くなったという現実を突きつけられる。

 避難所では各地からの支援やボランティアと接することで「支えられていることを実感した」という。そして支えられるだけでなく自分にできることはしたいと、宮崎さんも土日や平日の夜に避難所で物資を運ぶなどのボランティアを続けている。とはいえ避難所での生活は食事も偏りがちで、プライベートな空間がなく、硬い床で寝なくてはいけないため十分に睡眠が取れない。疲れもたまり「そろそろ限界です」と訴える。今の一番の希望は「家族で安心して暮らせる場所」だ。【後藤由耶】

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