« 韓国の犬、裏切り者・舛添要一を東京都知事から追放せよ・4 | トップページ | 熊本・震度7の地震に関するニュース・78 »

2016年5月14日 (土)

熊本・震度7の地震に関するニュース・77

引き続き、熊本県で4月14日および16日に発生した、震度6強~7の地震に関するニュースを伝達します。

リンク:前線通過 月曜日は熊本県で激しい雨のおそれ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:〔大雨警戒〕熊本地震の被災地 あす16日は1時間に40mmの激しい雨のおそれ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「元気な学生また見たい」=再開へキャンパス片付け―避難の東海大関係者・南阿蘇村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:南阿蘇村の分断長期化=橋が崩落、山道迂回―生活や観光、影響深刻・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>危険度判定で「平衡感覚まひ」 支援の技師語る - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 本震「自宅で被災」56% 前震避難後に帰宅2割 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 熟練ボランティアが存在感 行政の経験不足カバー - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 まず水路 総出で補修 「稲穂 復興の象徴に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本「避難所解消メド立たず」…首長アンケート - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1カ月>続く休院、戻らぬ体調 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>サポート情報 罹災証明書 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:犠牲者へ黙とう、古里復興誓う…熊本地震1か月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1カ月>追悼の灯、古里再生誓う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>益城町に仮設500戸建設へ 7月入居目指す - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「生活の立て直しを」=ラジオでメッセージ―発生時刻に黙とう・益城町長 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>新耐震基準でも全壊 施工不良など多く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震1カ月>犠牲者68人 避難生活1万人以上 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>本震、連動で大きく 前震の断層帯も揺れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>サポート情報 ボランティア - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:倒壊家屋、がれき手付かず=地震1カ月、傷痕深く―熊本・益城、南阿蘇 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:特産品買い支援はどぎゃん? =出身者ら熊本弁で販売―東京・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「地元スター」生徒ら追悼=近隣住民も花手向ける―益城町の犠牲者宅・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>「わが古里もっと元気に」日比谷で支援呼びかけ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震、今後の備えは「三段構え」で...気象庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震 集落区長、住民支援に奔走 村外避難多数の南阿蘇村 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1カ月 来年のアジサイ咲くころ…空襲も大水害も耐えた旧家失った嫁が再建誓う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本刑務所、避難者に開放=全国初、14施設でも協定など―地域住民に貢献・法務省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:熊本地震1カ月 防災「連続震度7」想定 大阪府など計画見直し - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:益城に「仮設の街」、500戸規模の団地建設へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<熊本地震>被災マンション 重い再建の扉 不安の管理組合 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難所生活をした高3男子「人の温かさ感じた」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興を誓い、被災地に祈りの朝…熊本地震1か月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:花手向け、涙=震度7、益城町の遺族―熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震度1以上、1430回超=06、10年の全国年間上回る―気象庁・熊本地震 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

前線通過 月曜日は熊本県で激しい雨のおそれ
ウェザーマップ 5月15日(日)17時5分配信

 九州北部では16日月曜日の朝から昼前にかけて、局地的に雷を伴った激しい雨が降り、大雨となるおそれがある。4月の地震で揺れの大きかった地域は、地盤の緩んでいるところがあるため土砂災害に注意が必要だ。

 月曜日にかけて低気圧が発達しながら朝鮮半島から日本海へ進み、低気圧からのびる寒冷前線が九州を通過する見込み。
このため、熊本県では朝から昼前にかけて局地的に1時間40ミリの激しい雨が降るおそれがあり、16日夕方までの24時間降水量は多い所で100ミリと予想されている。
土砂災害や河川の増水、低い土地の浸水、落雷や竜巻などの激しい突風に注意が必要だ。

 また熊本県以外でも、月曜日は西日本や南西諸島で、火曜日には東日本を中心に、短時間の強い雨や落雷・突風のおそれがある。今後の気象情報に注意が必要だ。


〔大雨警戒〕熊本地震の被災地 あす16日は1時間に40mmの激しい雨のおそれ
レスキューナウニュース 5月15日(日)16時15分配信

熊本地方気象台によると、熊本県では、朝鮮半島から北東に進む低気圧からのびる寒冷前線の通過に伴い、あす16日朝から昼前にかけて局地的に雷を伴った激しい雨が降り、大雨となるおそれがあります。
熊本地震の被災地では、これまでの地震で地盤が緩んでいるため土砂災害に注意するとともに、低地の浸水や河川の増水、落雷、突風にも注意が必要です。なお、被災地では、警報や注意報の発表基準が地震前よりも引き下げられた基準で運用されています。今後の警報や注意報、気象情報などに十分留意してください。

■防災事項<熊本県>
注意:土砂災害、低地の浸水や河川の増水、落雷、突風

【大雨(多い所)】
1時間雨量 : 40mm(16日)
24時間雨量:100mm(15日18:00~16日18:00)

◆用語解説「激しい雨」
1時間30~50mm未満の雨。バケツをひっくり返したように降る状態で、傘をさしていてもぬれる。道路が川のようになり、高速走行時にはブレーキが効かなくなるハイドロプレーニング現象が起こるおそれも。都市では下水管から雨水があふれ、土砂災害警戒区域では避難の準備が必要。


「元気な学生また見たい」=再開へキャンパス片付け―避難の東海大関係者・南阿蘇村
時事通信 5月15日(日)15時1分配信

 熊本地震で農学部の学生3人が犠牲となった熊本県南阿蘇村の東海大阿蘇キャンパス。

 施設も大きな被害を受け閉鎖されたままだが、再開を信じる関係者が片付けや家畜の世話を続けている。自宅が全壊し、避難先から通う男性は「元気な学生の姿をまた見たい」と話す。

 昨年3月から設備管理を担当する増田修一さん(45)は、4月16日未明の本震で自宅が全壊。同居する父賢次さん(68)が天井の下敷きとなったが、チェーンソーなどを使って何とか助け出した。現在は、知人を通じて紹介されたライダー向けの休憩所で、両親や自宅兼ペンションが全壊した弟の武蔵さん(43)と生活しながら、毎日のように大学の片付けに通っている。

 勤務先の要請を受け、地震後に初めて訪れたのは5月2日。約1000人の学生で活気に満ちたキャンパスは一転して静まり返っていた。校舎の壁にはひびが入り、敷地の所々に地割れが走る。棚などが倒れ、物が散乱する研究室も多かった。

 「今できることを一生懸命やりたい」と、家畜に水をやるポンプの整備や、研究室の片付けを続ける。当初は少なかった教職員らも、20人余りに増えた。牛や豚などに被害はなく元気という。

 アパートの片付けなどに来た学生が様子を確認しに来ることも。涙を浮かべて「大学は大丈夫ですか」と尋ねる学生もいたが、「自分たちも頑張るから頑張って」と声を掛けると、多くは「帰って来ます」と答えてくれたという。


南阿蘇村の分断長期化=橋が崩落、山道迂回―生活や観光、影響深刻・熊本地震
時事通信 5月15日(日)15時0分配信

212
熊本地震で阿蘇大橋やトンネルなどが崩落し、鉄道も寸断された熊本県南阿蘇村。本震から1カ月がたった今も、重要な交通インフラは復旧のめどが立たない。写真は止まったままのJR豊肥線の車両=13日、同県阿蘇市

 熊本地震で阿蘇大橋やトンネルなどが崩落し、鉄道も寸断された熊本県南阿蘇村。

 本震から1カ月がたった今も、重要な交通インフラは復旧のめどが立たない。村内は分断され、熊本市など県西部から村の中心部に入るには山道を迂回(うかい)しなければならず、生活や観光への影響は深刻だ。

 全長約200メートルの阿蘇大橋は、4月16日未明の本震の際に約50万立方メートルの土砂にのまれ、谷底に消えた。再建には早くても数年はかかるとみられ、国土交通省九州地方整備局は安全な場所に橋を架け替えることも視野に、専門家と技術的な検討を進めている。

 橋の南側で、村を東西に貫く県道28号熊本高森線も甚大な被害を受けた。全長約2キロの俵山トンネルは内壁が崩落し、大切畑大橋(全長265メートル)など五つの橋も大きく損壊。約10キロにわたって通行止めが続いており、「1年や2年では復旧できない」(県道路保全課)という。

 村中心部を東西に抜ける第三セクターの南阿蘇鉄道は、土砂崩れや橋の崩落で全面運休が続く。復旧には30億~50億円の費用が見込まれ、義援金など支援の動きはあるが財源のめどは立っていない。JR豊肥線も土砂流出などで、肥後大津―豊後荻間の長期運休が避けられない見通しだ。

 村西部の立野地区から車で20分ほどだった村中心部までの道のりは、阿蘇大橋の崩落で1時間以上かけて山道を迂回するしかなくなった。迂回路のグリーンロード南阿蘇やミルクロードは、冬場は道路凍結で通行止めの恐れがあり、住民から一刻も早い対応を望む声が上がる。

 こうした中、注目が集まるのが阿蘇大橋の下流にある阿蘇長陽大橋だ。橋桁や橋脚が残っており、比較的早く再建できる可能性があるという。阿蘇大橋や県道28号とともに、国が復旧工事を代行することも決まった。村の広報担当者は「もし冬までに通れるようになれば本当にありがたい。一日も早い復旧を祈っている」と話した。


<熊本地震>危険度判定で「平衡感覚まひ」 支援の技師語る
毎日新聞 5月15日(日)13時6分配信

 埼玉県川越市は4月下旬、熊本地震の被災地に被災建築物応急危険度判定士の資格を持つ職員2人を派遣した。そのうちの1人で市建築指導課の技師、武居直希さん(28)が取材に応じ「埼玉でも同様の災害は起こりうる。いざという場合、今回の経験を決して無駄にしない」と語った。

 武居さんは今回、上司から派遣を打診され「行きます」と即答した。東日本大震災の発生時は東京都内の不動産会社に勤めており「被災地の役に立ちたかったが、何もできなかった」と悔いる思いがあったという。

 今回は4月26~28日の3日間、熊本市と益城町で民家やマンション、店舗など計29棟の危険度を判定した。現地では、多くの傾いた建物や電柱を目の当たりにし、平衡感覚がまひしたという。

 判定作業は、川越市社会資本マネジメント課副課長の戸館貴之さん(49)とペアを組んだ。戸館さんは東日本大震災後に石巻市に応援職員として赴き、公共施設の復旧事業に当たった経験があった。

 作業では、建物の基礎や壁面などの破損具合を調べ、「要注意」の黄▽「危険」の赤▽黄や赤に該当しない緑--のステッカーを張っていった。武居さんは「いつ大規模な余震があるかもしれない中、正直、『緑』を張るのは勇気が必要だった」と振り返る。

 多くの被災者が車内で生活していた。益城町の住宅を判定した際、住人の高齢者女性に「近くの住民は東京の家族の所へ避難したが、私にはここ以外行くところはない」と涙ぐまれたことが忘れられないという。

 先月29日、川越市に戻ると、変わらぬ地元の日常に力が抜けた。武居さんは今後また、被災地への応援を打診されたら真っ先に手を挙げようと思っている。【遠藤大志】


熊本地震 本震「自宅で被災」56% 前震避難後に帰宅2割
産経新聞 5月15日(日)7時55分配信

 震度7の揺れに相次いで襲われた熊本地震は14日、発生から1カ月が過ぎた。産経新聞社は、地震災害に詳しい大阪市立大の宮野道雄特任教授の協力を得て、熊本県内の4市町村で被災者308人を対象にアンケートを実施。前震の28時間後に発生した本震の際、被災者の約6割が自宅にいたことが明らかになった。前震でいったん避難したものの本震までに自宅へ戻った被災者は、全体の約2割にのぼった。

 短期間に震度7の揺れが2度発生した熊本地震では、被災者が避難先から自宅へ戻り、本震で亡くなったケースもある。アンケート結果は地震の際の避難行動に、新たな課題を浮かび上がらせた。

 調査は5月2~11日、熊本市と熊本県益城町、南阿蘇村、西原村の避難所などで実施した。

 「本震が起きたとき、どこにいたか」との質問では、56%にあたる171人が「自宅」と回答。このうち、全体の20%にあたる63人は前震で避難したが、本震までに自宅へ戻っていた被災者だった。38%の117人はマイカーなどの車中を含む「避難先」と回答した。

 前震で避難したのは全体の59%となる182人だったが、本震の後は90%の276人が避難した。

 宮野教授は「本震までに自宅へ戻った人も相当数いたようだが、もう一度大きな地震が来ると思った人は少なかったのではないか」と指摘している。

 また、「避難生活をいつごろ終えることができると思うか」との質問に、被災者の63%にあたる194人が「めどはない」と回答する一方、「熊本を離れて他の土地に住みたいという気持ちがあるか」との質問に対して86%の265人が「ない」と回答。その理由としては「愛着がある」を挙げた被災者が175人で、最も多かった。

 熊本を離れたいという気持ちが「ある」と回答した被災者からは、「地震が怖い」や「家を失った」が理由に挙がった。宮野教授は「多くの人々が地元にとどまりたいと思っていることは復興へ向けた大きな力になる」としている。


熊本地震 熟練ボランティアが存在感 行政の経験不足カバー
産経新聞 5月15日(日)7時55分配信

 熊本地震の被災地では今も多くの被災者が、がれき撤去などの復旧作業に追われている。その中、過去の災害での経験を蓄えたベテランのボランティアが存在感を増している。こうした人材は現場から求められており、行政の経験不足を補う存在として、災害時にどう生かすかが問われている。(市岡豊大、三宅真太郎)

                   ◇

 「破片は土嚢(どのう)袋に入れて運んでください」

 建物のがれきが散らばる熊本県益城(ましき)町の住宅街で、初対面のボランティア12人を統率する大分県日出町の元建設作業員、尾畠春夫さん(76)。平成23年の東日本大震災、26年の広島土砂災害、昨年の東日本豪雨と数々の災害現場に赴き、今回も車中泊しながら連日の作業に参加する。

 被災地ではこうしたベテランのボランティアの姿が多い。益城町役場で炊き出しのテントを運営するNPO法人「キャンパー」(埼玉)代表理事、飯田芳幸さん(61)もその一人。東日本大震災では50日間で4万食以上を振る舞った。今回は4月22日から毎日、1日1200食を配った。

 食材を熊本県内で調達する一方、燃料は自前で用意。同行するボランティア70人分の保険も事前加入して現地入りした。「突然の震災に遭えば誰もが慌てふためく。万全の準備をしている私たちのような団体にしかできないことがある」と飯田さんは強調する。

 ◆人手足りない

 被災自治体は慢性的な人員不足で、ボランティアの手を借りざるを得ないのが実情だ。県ボランティアセンターによると、13日時点で延べ4万5497人が参加。1日当たりでは大型連休中の4日に3558人だったのをピークに減少しており、13日は1406人だった。

 継続的に活動するベテランは貴重な存在だ。益城町だけで「少なくとも10人以上」(尾畠さん)が活動しており、同町ボランティアセンターの国元秀利センター長は「運営全体に助言できるベテランも多く、心強い」と話す。

 ◆「判別難しい」

 熊本県の蒲島郁夫知事は「訓練されたボランティアには、一般人と別に早く来てもらわなくてはいけなかった」との見方を示す。今回、被災地での受け入れは益城町から始まったが、発生1週間後の4月21日だった。ただ、県ボランティアセンターの角田信也副センター長は「経験者の判別は難しい」と話す。

 神戸大学の室崎益輝名誉教授(防災計画)は避難者数が一時約18万人に上ったことを踏まえ、「本来は避難所だけで1日5千人規模の人手が必要だが、行政職員では足りない。ボランティアの力を積極的に借り、ノウハウを共有すべきだ」と指摘している。


熊本地震 まず水路 総出で補修 「稲穂 復興の象徴に」
日本農業新聞 5月15日(日)7時0分配信

211
破損した用水路をセメントで補修する農家の河原さん(右)ら(熊本県嘉島町で)

 熊本地震で農業用水路に甚大な被害が発生する中、今年産の作付けに間に合わせようと、各地で農業法人や農家が自ら復旧作業に乗り出し、営農再開へ大きな力となっている。水路やため池の損壊を農家総出で応急的に補修し、農業用水を確保して田の耕起を目指す。県は「農家の自助努力で想定以上に農業用水路など復旧が進んでいる」(農産園芸課)とみる。

 嘉島町で昨年11月に誕生した農事組合法人「かしま広域農場」。農家数383戸、面積478ヘクタールという九州最大の大型法人だ。

 その営農初年度を熊本地震が襲った。同町では農家3人が亡くなり、農業用水路の寸断、ひび割れなど深刻な被害に見舞われた。納屋が倒壊し農機を失った農家も多い。

 同法人組合長の工藤健一さん(75)は「水路の被害は何千カ所」とするが、「それでも、必ず田を耕す。水路を補修できる場所は米、無理な所は大豆だ」と力を込める。

 現在は各集落で、水路の状況に応じ大豆か米を作るよう調査と補修作業を並行して進める。機械を失った農家も、法人で共同利用が可能だ。米農家の河原泉さん(72)は「今年は法人の初年度、やるぞという年だ。田に何も作らないなんてあり得ない」と汗を流す。

 ただ、JAかみましきの大豆共同乾燥調製施設は昨年130%の稼働率で、荷受けの余力が少ないのが実態だ。JAと法人では「現状のままでは大豆面積を大幅に増やすことは不可能」とみるものの、JAは「植え付け時期をずらすなど対応できる方法を模索したい」(農産課)とする。

 益城町土地改良区は、管内の水田1214ヘクタール、農業用排水路200キロを役員や行政担当者らと目視調査した結果、全域で米を作る決断をした。6月下旬からの田植えに向けて、4チームに分かれて土木業者と農家が水路の復旧作業に懸命に当たっている。土木業者は夜間も工事を進める。

 同町では農業用水路やため池の崩壊だけでなく、断層により隆起、沈下、陥没、ひび割れなど被害がある田も相当数ある。最終的に米を作る判断は農家がするが、同改良区理事長の岩村久雄さん(74)は「水さえ確保できれば米は作れる。湿田なので益城は米しかない。稲穂が実れば復興の象徴になる」と話す。

 土木業者、大豊工業の川口宝成社長は「各農地で20トン以上の落石など甚大な被害が数多くある。米作りに向けた作業を急ピッチでやっている」と懸命だ。

 上益城地域振興局によると、上益城郡内5町で田植えまでに壊れた水路などを応急措置できれば「8割の田で作付けできる」(農林部)見通しだ。県全域でも「被災地各地でぎりぎりまで作付けを諦めまいと、農家による補修作業が進む。被害報告の一方で、復旧した農業用水路もかなりある」(農産園芸課)と説明する。(尾原浩子)


熊本「避難所解消メド立たず」…首長アンケート
読売新聞 5月15日(日)6時8分配信

 約1万人が避難生活を続ける熊本地震で、読売新聞が熊本、大分両県内の計13市町村の首長にアンケート調査を行ったところ、熊本県の首長11人中9人が「避難所解消のメドが立っていない」と回答した。

 14日で発生から1か月。避難の長期化が懸念され、喫緊の課題として「住民の生活再建」「住宅の確保」を挙げる首長が目立った。

 調査は7~11日、被災市町村のうち特に被害が大きかった熊本県の熊本市、宇城(うき)市、阿蘇市、八代市、御船(みふね)町、嘉島(かしま)町、益城(ましき)町、大津(おおづ)町、菊陽町、南阿蘇村、西原村と、大分県の別府市、由布市の首長に行った。

 熊本県では14日現在、25市町村に計238か所の避難所があるが、同県の11首長のうち、嘉島町長と西原村長は6月にも仮設住宅が完成することから「避難所解消のメドが立っている」と回答。しかし、他の9人は「解消のメドは立っていない」と答えた。


<熊本地震1カ月>続く休院、戻らぬ体調
毎日新聞 5月14日(土)23時4分配信

 熊本地震では、熊本県内の医療機関の3割にあたる450の病棟にひびが入るなどの被害が出た。震源に近い益城町では17の医療機関が被災。16機関は順次再開したものの、今も続く断水や医療機器の損傷、職員の被災による人手不足のため、開院時間を短縮したり、新規患者の受け入れを取りやめたりしている。町で唯一、急性疾患に対応する病床がある東熊本病院は地震から1カ月がたった今も再開できておらず、地域医療と患者の苦難は続いている。

 14日朝、益城町から約60キロ離れた多良木町の病院のベッドに横たわった田上カツエさん(95)は、次男英行さん(65)の姿に表情を緩めた。心臓が悪く、入院していた東熊本病院が震度7の揺れで損壊し、多良木町への転院を余儀なくされた。被災前は毎日見舞いに来た英行さんだが、車で往復4時間かかるここにはめったに来られない。地震発生から1カ月。この間、2回しか会えなかった。

 「来てくれてありがたい」。カツエさんは涙を拭った。

 東熊本病院にはカツエさんを含め45人が入院していた。しかし、4月14日夜の揺れで電気や水道が停止。職員らが夜通しで入院患者を別の病院に搬送していた16日未明、2度目の震度7に襲われ、病棟の一部が傾いた。

 益城町の自宅が倒壊し、避難所の体育館に身を寄せている吉山澄子さん(90)は日中、段ボール製のベッドに腰掛けて過ごす。血圧が高く、約20年通った東熊本病院は休院中。今は避難所で各地から派遣された医師チームに診てもらっている。

 「いつもの病院に行きたい」とつぶやく吉山さんの横で、親類の女性は「ここでもよく診てもらっているが、体調を崩しやすくなっている」と心配する。

 別の避難所にいる北村澄子さん(81)の通院先は再開したが、持病の薬の処方などに限られ本格的な診療とはほど遠い。次男良二さん(52)は「何かあったら熊本市の病院に救急車で行くしかない」。

 阪神大震災で被災者の診療にあたり、益城町にも入っていた兵庫県医師会の田中良樹常任理事(65)は「かかりつけ医の方が患者の変化に敏感に気づけ、安心感も与えやすい」と一刻も早い復旧を願った。【蓬田正志、佐野格】


<熊本地震>サポート情報 罹災証明書
毎日新聞 5月14日(土)22時59分配信

 地震による住宅の被害を市町村が証明する罹災(りさい)証明書は、どういうケースで必要なのか。内閣府や日本損害保険協会に聞いた。

 罹災証明書は、住宅が全壊・大規模半壊した場合に出される「被災者生活再建支援金」の受給や住宅の応急修理など、行政から支援を受ける際に必要になります。今回は他府県の公営住宅への入居で提出が求められる例もあります。内閣府によると、行政の支援だけでなく、義援金の受け取りや、企業や学校の支援を受ける際にも使われることがあります。

 罹災証明書は全壊、大規模半壊、半壊を認定するものですが、市町村による現地調査が必要で、被災自治体の一部では発行に手間取っているようです。被害が大きな住宅地から段階的に調査を実施する例もあります。罹災証明書に代わり、人的物的被害を示す被災証明書を出す自治体もあるので問い合わせてみましょう。

 「保険金の請求に必要」との報道も一部にありますが、日本損害保険協会によると、地震保険の申請に罹災証明書は不要です。原則的に各保険会社が現地調査するからです。地震保険は火災保険で支払われる額の3~5割の範囲で、住宅で5000万円を限度に払われる重要な保険です。誤解に基づいて罹災証明書を待ち、地震保険の受給が遅れると生活再建や復興に支障をきたす恐れもあります。【斎藤義彦】


犠牲者へ黙とう、古里復興誓う…熊本地震1か月
読売新聞 5月14日(土)22時30分配信

 熊本県で最大震度7を観測し、各地に深い爪痕を残した熊本地震は14日、発生から1か月を迎えた。

 死者49人、安否不明者1人、損壊建物8万6000棟超。今もなお、約1万人が避難所での生活を続けている。被災地では人々が黙とうをささげ、犠牲者を悼んだ。

 熊本地震では、4月14日夜の前震、同16日未明の本震と、2度にわたって最大震度7の揺れを観測。熊本県を中心に大きな被害が出た。その後も活発な余震が続き、震度1以上の地震は14日午後10時までに1443回を数える。気象庁は「今後最低1か月は熊本と阿蘇で震度6弱程度、大分で震度5強程度の余震に注意を」と呼びかけている。

 避難所になっている熊本県益城町の町保健福祉センターでは14日夜、犠牲者を追悼する「キャンドルナイト」が催された。ボランティアの学生らが企画。避難している子どもたちが、犠牲者数と同じ49個のキャンドルを木の周りに並べ、約30人で黙とうをささげた。


<熊本地震1カ月>追悼の灯、古里再生誓う
毎日新聞 5月14日(土)22時27分配信

210
地震発生時刻に黙とうする大山祐介さん家族ら。現在も約280人が避難するグランメッセ熊本にテントを建て、夜は車中泊する=熊本県益城町で2016年5月14日午後9時26分、久保玲撮影

 2度にわたる激震に襲われた熊本地震は14日、最初の地震発生から1カ月を迎えた。大きな被害を受けた熊本県内では、各地で市民らが犠牲者の冥福を祈り、黙とうをささげた。今もがれきが残り、復旧作業が続く中、被災者たちは、なお遠い生活再建への道のりを一歩ずつ歩み始めている。【福岡賢正、加藤小夜、尾垣和幸】

 先月14日の前震で被害が集中した益城町では14日午後7時半ごろ、避難所となっている町保健福祉センターで、避難生活を送っている子供たちが手作りしたろうそくに火をともし、犠牲者の鎮魂と古里の再生を祈った。避難者の熊本学園大付属高1年の松琴彩邑(あさと)さん(15)らが、亡くなった人たちの冥福を祈り、皆が前を向いて歩き出せる象徴的なことをできないかと提案。被災農家を支援する「熊本ヒノデ米プロジェクト」に関わるボランティア団体の協力で実現した。

 小中高校生ら20人が熊本地震の死者数と同じ49個のろうそくを作り、エノキの巨樹の根元に並べて日没後に点火。集まった避難者らと一緒に静かに手を合わせた。

 東稜高1年の三森菜月さん(16)は「被災した人たちは精いっぱい頑張り続けています。でも本当に大変なのはこれから。私たちの祈りが全国の人に届き、ふるさとの再生に協力してくれる人が増えたらうれしい」と話していた。

 一方、同町の西村博則町長は午後6時から災害FMに出演。「犠牲になった全ての方に哀悼の意を表する。今後は被災者の生活再建に取り組む。仮設住宅の建設や役場通常業務の再開、復興計画策定に積極的に取り組みたい」と語った。

 地震発生時刻の午後9時26分には、町役場で西村町長や職員約20人が黙とうし、防災行政無線などで町民にも追悼を呼び掛けた。約10日間の車中泊を経て町総合体育館に設けられたテントで生活する岩見初代さん(69)は「もう1カ月なのかという気持ち。つぶれてしまった自宅を再建する見通しは立たないが、少しずつでも前に進んでいくしかない」と話していた。

 また、御船町の指定避難所となっている町スポーツセンターでは復興支援イベントがあった。有志のミュージシャンが避難者にギター演奏などを披露し、避難者ら約150人が、復興への思いを胸に童謡「故郷」を合唱した。熊本市役所でも、この日開かれた災害対策本部会議で職員らが黙とうして犠牲者を悼んだ。


<熊本地震>益城町に仮設500戸建設へ 7月入居目指す
毎日新聞 5月14日(土)22時11分配信

 熊本地震で震度7の揺れに2回襲われた熊本県益城町に、県が500戸程度の仮設住宅を新たに整備する計画を立てていることが分かった。商業施設を設けて団地化する構想で、町と調整を進めている。県は先月29日から順次、各地で仮設住宅の建設に着手しているが、これまでで最大規模の計画となる。

 同町でも今月6日から計160戸の整備を始めた。一方で、町内では全壊が1000棟を超えるなど住宅被害が大きいことから、大規模な計画を進めることにした。関係者によると、今月中に着工して7月上旬の入居を目指している。建設候補地には熊本空港近くの県有地が浮上しており、入居者は1000人程度になる見通し。

 一方、内閣府は9日付で「みなし仮設」として使用する民間賃貸住宅の補修費を補助することを熊本県に通知した。【中里顕】


「生活の立て直しを」=ラジオでメッセージ―発生時刻に黙とう・益城町長
時事通信 5月14日(土)21時26分配信

 熊本地震で大きな被害を受けた熊本県益城町の西村博則町長は14日、前震の発生から1カ月が経過したことを受け、臨時災害FM放送局(災害FM)で町民へのメッセージを放送した。

 その中で、「今後は避難者の生活の立て直しに取り組む段階となり、仮設住宅の早期建設や復興計画の策定に積極的に取り組んでいく」と説明した。

 西村町長は前震が発生した時刻である午後9時26分に合わせて犠牲者に黙とうするよう呼び掛けた。

 同町役場では、2階の応接室前に西村町長ら約20人の職員が整列。発生時刻になると掛け声に合わせて1分間の黙とうをささげた。

 一方、町民からはこの日、「復旧・復興がどこまで進んでいるのかが見えづらい」といったいら立ちの声も聞かれた。

 曽我美智代さん(60)は、町営住宅から益城中央小学校に娘(34)と避難している。下水道が復旧すれば自宅に戻れるが、「町職員に聞いても『復旧時期は分からない』『担当者がいない』としか返事がない」と話す。床に毛布を敷いて寝ているといい、「段ボールベッドが既に設置された避難所もあるのに、なぜ遅れているのかも分からない」と訴える。

 同小で避難生活を続ける永田博志さん(59)は高齢の両親を北九州市の親戚の家に避難させている。「家を建て直すかどうかも含め、少しずつでも現状を両親に伝えていかなくては」と話す。長期化する避難所生活については「プライバシーが無いことが徐々にストレスになってきている」と疲れた表情で語った。

 御船町では14日夜、約150人が避難する同町スポーツセンターで集会があった。藤木正幸町長のあいさつなどに続き、地震発生時刻に合わせて参加者全員で犠牲者に黙とうをささげ、最後に「ふるさと」を合唱。避難者代表としてあいさつした小学2年藤本陽向君(7)は、「早く家に帰りたい」と訴えた。


<熊本地震>新耐震基準でも全壊 施工不良など多く
毎日新聞 5月14日(土)20時30分配信

 熊本地震で震度7を2回記録した熊本県益城(ましき)町で、新耐震基準の規定が強化された2000年以降に建てられたとみられる木造家屋400~500棟を日本建築学会が調査したところ、9棟が倒壊するなど計17棟が全壊したとみられることが分かった。14日に東京都内で開かれた調査速報会で報告された。報告した専門家は「基準にとらわれず、耐震性能をさらに高めることが必要」と提言した。

 倒壊は免れたものの大きく傾いた全壊家屋について詳しく調査したところ、太さや長さが適切ではないくぎが使われていたり壁のバランスが悪かったりするなど、設計上の配慮不足や施工不良が数多く見つかった。倒壊家屋は今後、図面などから原因を解明する。

 調査を担当した京都大学の五十田(いそだ)博教授は「現行の基準は『倒壊しない』という最低基準であり、基準に適合していても地盤や設計、施工の不良があれば倒壊・全壊することは想定される」と指摘。「基準を上げるべきか中長期的な議論が必要」とした上で、まずは基準にとらわれることなく耐震性能をさらに高めるなど、国民一人一人の意識を変えることが重要だと説いた。

 建築基準法は地震で建築物が損傷、倒壊しないように強度基準を定めている。以前は中規模地震(震度5強程度)の揺れがあった場合に「倒壊せず、破損したとしても補修で継続使用が可能」と規定していた。だが、28人が死亡した宮城県沖地震(1978年)を受けて81年6月に同法が改正され、大規模地震(震度6強~7程度)でも「人命に危害を及ぼすような倒壊をしない」とする新基準に変更された。さらに00年、接合部の金具や壁の配置などに関する規定を強化した。【円谷美晶】


<熊本地震1カ月>犠牲者68人 避難生活1万人以上
毎日新聞 5月14日(土)20時26分配信

 熊本地震による犠牲者は68人(震災関連死の疑いを含む)に上り、男子大学生1人の安否が分かっていない。住宅被害は既に8万棟を超え、収まらない余震の中で1万人以上が不自由な避難生活を続けている。ライフラインはほぼ復旧したものの、一部地域では今も断水が続いている。

 熊本県によると、益城(ましき)町で震度7を観測した4月14日の「前震」で9人、同町と西原村で震度7を観測した16日の「本震」以降に40人の死亡が確認された。助かっても病院が被災して転院を余儀なくされたストレスで死亡するなど震災関連死とみられる人も19人に上る。車中泊などが続いてエコノミークラス症候群で入院が必要と診断された人も50人が確認された。避難所ではノロウイルスやインフルエンザの感染も相次いだ。

 住宅被害は今月14日午後1時半現在で8万4160棟に達した。震度7の激震に2回襲われた益城町では、全壊が1026棟に上っているが、半壊と一部損壊のそれぞれの正確な数は把握されておらず、熊本市でも詳細な被害状況は分かっていない。県は益城町など12市町村で1096戸、熊本市は96戸の仮設住宅の建設に着手している。仮設住宅の入居などに必要で家屋の被害状況を証明する罹災(りさい)証明書の発行は遅れており、申請に対して交付した割合はわずか29.6%にとどまる。

 ライフラインでは、停電が最大約45万5200戸、ガスの供給停止が約10万900戸で発生したが既に全面復旧した。一方、最大約39万6600戸で発生した断水は、14日午後3時現在も益城町や南阿蘇村など5市町村の計約2700戸で続いている。九州新幹線や九州道は全面復旧した。【中里顕】


<熊本地震>本震、連動で大きく 前震の断層帯も揺れ
毎日新聞 5月14日(土)20時19分配信

 熊本地震の4月16日の本震は、震源とされてきた布田川(ふたがわ)断層帯だけでなく、14日の前震の震源だった日奈久(ひなぐ)断層帯が連動し、より大規模化したとの分析結果を、国土地理院がまとめた。本震は約80キロ離れた大分県内でも大きめの地震を誘発、地震が地震を呼ぶ連鎖となり、余震が終息しない状況を長引かせている。気象庁は5月14日、熊本、阿蘇地方で震度6弱程度、大分県中部で震度5強程度の余震に少なくとも今後1カ月は注意するよう呼びかけた。

 国の活断層評価では、布田川断層帯の布田川区間で予想された地震の規模はマグニチュード(M)7.0程度だが、実際の本震は約3倍大きなM7.3だった。同院は衛星で観測した地殻変動データなどを基に、日奈久断層帯の高野-白旗区間が同時に動いたと分析した。同区間は前震の震源だったが、本震の方がはるかに大きく動いたといい、本震の震央が位置する熊本県嘉島町の地下で両断層帯が近接しているという。同院の矢来博司・地殻変動研究室長は「本震は布田川、日奈久のどちらとも言えない場所が震源となり、双方の断層帯に破壊が進んだとも考えられる」と説明する。政府の地震調査委員会の平田直委員長(東京大地震研究所教授)も13日夜の記者会見で、従来の本震の評価を見直し、両断層帯の計約35キロ区間が連動したとの見解を示した。

 ■ひずみが飛び火誘発

 熊本地震では、阿蘇地方や大分県側へも地震が広がったことが最大の特徴だ。本震の32秒後には、約80キロ離れた大分県中部の別府-万年山(はねやま)断層帯近くでM5.7の別の地震が起きていたことが地震波の分析で判明した。調査委は13日、断層がつながっているのではなく、本震の強い揺れで「飛び火」のように誘発されたと評価した。この地震のため大分県側の余震が増えたとみられる。産業技術総合研究所の石川有三招聘(しょうへい)研究員(地震学)は「地下にマグマがあり力をためにくい火山周辺や、1975年に大分県であった地震の時に動いてひずみが残っていない場所では地震が起きず、その先の別府湾周辺で地震が誘発された」と推測する。

 東北大の遠田晋次教授(地震地質学)は、本震後に阿蘇-大分方面に地震が起きやすい大きなひずみがたまっていると分析。それに加え、九州中部には大小無数の断層があり、「一つの断層が動いて力のバランスが崩れると周辺にひずみが散らばり、少しの刺激で動いてしまうほどひずみがたまっていた断層が次々と地震を起こした」と、連鎖的に続発する地震のメカニズムを説明する。

 ■2カ月後にも強い余震

 余震はいつまで続くのだろうか。平田委員長は、2004年の新潟県中越地震(M6.8)や11年の福島県浜通りの地震(M7.0)では1、2カ月後にも震度5弱の余震があったとし、「今後も強い揺れを伴う地震が発生するおそれがある」と注意を呼びかけた。また、布田川、日奈久両断層帯の西側にまだ大きな地震が起こっていない区間があり、「現時点で地震活動が活発化する兆候はないが、引き続き監視を強めていく」と強調した。【飯田和樹、藤野基文、岡田英】


<熊本地震>サポート情報 ボランティア
毎日新聞 5月14日(土)19時2分配信

 ◆被災地の主なボランティアセンター

 <熊本県災害ボランティアセンター>096・342・8266。県内のボランティアセンター開設状況や求められている支援について情報提供する。

 <熊本市災害ボランティアセンター>熊本市中央区花畑町7の10の花畑広場(仮称)。受け付けは午前9時から。センター090・6653・1552▽090・6653・1649▽090・6653・1648。

 <宇城市災害ボランティアセンター>熊本県宇城市松橋町豊福1695の熊本県博物館ネットワークセンター多目的広場。受け付けは午前9時から。センター090・6653・1573▽090・6653・1442▽090・8348・2529。

 <御船町災害ボランティアセンター>

熊本県御船町木倉1600の御船町町民グラウンド南側駐車場。受け付けは午前9時から。センター070・3160・2396▽070・3152・3656。

 <益城町災害ボランティアセンター>熊本県益城町安永1400の井関熊本製造所グラウンド。受け付けは午前9時から。センター096・289・6090▽096・289・6092。

 <西原村災害ボランティアセンター>熊本県西原村鳥子358の3の東京カソード研究所跡地。受け付けは午前8時半から。センター096・279・4425。


倒壊家屋、がれき手付かず=地震1カ月、傷痕深く―熊本・益城、南阿蘇
時事通信 5月14日(土)18時25分配信

209
最初に震度7を観測した地震から14日で1カ月を迎えた熊本地震の被災地。住宅街の全壊、半壊家屋はほとんど手つかずのままになっている=上は4月16日、下は5月13日撮影、熊本県益城町

 最初に震度7を観測した地震から14日で1カ月を迎えた熊本地震の被災地。

 甚大な被害に遭った熊本県益城町や南阿蘇村では、倒壊した家屋の撤去やがれきの処理は進まず、今なお激震の深い傷痕は残ったままだ。処理計画策定が進まなかったことや、処分場所を確保できなかったことなどが原因となっている。

 被害の大きかった益城町惣領地区では、電柱が所々傾き、道路も亀裂や段差が目立つ。応急危険度判定で「危険」と判断され、赤紙が貼られた家屋が多く、本殿が大きく傾いた神社の境内は、石灯籠やこま犬が倒れたままになっていた。

 通行止めになっていた道路の多くは通れるようになったが、歩道は倒れたブロック塀などにふさがれた場所も多い。水道管が各地で漏水しており、職員が復旧作業を進めていた。

 町役場から程近い木山地区。手付かずの倒壊家屋があちこちにあり、連絡先を書いた紙を玄関に貼った家も。避難先から自宅に荷物を取りに来た今村文子さん(67)は「まだ現実と思えない。夢を見ているようだ」とつぶやいた。

 がれきの処理は進んでおらず、災害ごみの仮置き場には、壊れた家具などを運び込む住民の車が列をなしていた。

 コンビニなどの品ぞろえは通常に戻り、避難所もかなり改善が進んだ。町役場が一時入居した保健福祉センターは、発生直後はロビーや階段の踊り場まで人があふれたが、避難者の減少に伴い、全員室内に入れるようになり、掃除も行き届くようになった。

 2歳の長男を連れ、夫と避難する葉山アイリーンさん(34)は、当初は入り口近くのロビーで寝ていたが、5月上旬に間仕切りのある部屋に移り、段ボールベッドで寝られるようになった。「プライバシーが守られ、だいぶ良くなった」と笑顔を見せた。

 大規模な土砂崩れが直撃した南阿蘇村河陽地区の別荘地では、複数の重機が不明者捜索の際に掘り返された泥土を整地したり、土のうを積んだりして、二次災害が起きないよう備えていた。

 全壊した家の多くはほぼ手付かずの状態で、斜面がえぐれて土がむき出しになった山々の風景にも大きな変化は感じられない。作業を進める重機の横では、家ごと土砂崩れにのまれた布団や電化製品、女児用の靴などが泥にまみれたまま、変わらず野ざらしになっていた。

 地震直後は12カ所に設けられていた村内の避難所は、14日現在で8カ所に減った。一時500人を超える学生や住民が避難した東海大阿蘇キャンパスの体育館は閉鎖され、校舎にも人の気配はない。南阿蘇中学校でも、グラウンドを埋め尽くしていた避難者の車が大幅に減り、部活動に励む生徒たちの明るい声が響いていた。

 熊本市内では避難所の閉鎖が進み、スーパーも通常営業を始めるなど地震前の姿を取り戻しつつある。避難所となっていた市役所本庁舎の1階ロビーは、前震直後に住民が詰め掛け、足の踏み場もなかったが、今は避難者の姿はない。本震翌日にカップラーメンなどが売り切れた中央区のスーパーでも、商品不足は解消されていた。


特産品買い支援はどぎゃん? =出身者ら熊本弁で販売―東京・熊本地震
時事通信 5月14日(土)16時25分配信

 熊本地震で被災した農家などの商品を買って支援してもらおうと、東京都内で14日、熊本県出身者らが熊本弁で接客する販売会が開かれた。

 都内の別の会場では同県のマスコットキャラクター「くまモン」の紙風船も登場。いずれも売り上げは被災地に寄付される。

 「どぎゃん(いかが)ですか?」。日比谷公園(千代田区)では、熊本出身者らでつくる「熊本弁ネイティブの会」が同県の特産品を販売した。地震で被害を受けた農家やメーカーなどから、いちごやヨーグルトなど約50種類の特産品をそろえ、接客は熊本弁。会場は午前中からごった返し、馬肉を焼いてネタにしたすしには行列ができた。

 同県宇城市出身の平野洋一郎会長(52)は「被災地が心から笑顔になる日が来るまで、少しでも役に立てれば」と話した。

 上野公園(台東区)で開催中の新潟県5市町の物産展では同日、磯野紙風船製造所(同県出雲崎町)の磯野成子社長(64)がくまモンをモチーフにした紙風船を販売。200枚が4時間で売り切れた。

 被災地へメッセージを書くノートも置かれ、墨田区の昼間花音ちゃん(4)は「元気ですか、と書いた。くまモン好き」と紙風船を抱きしめた。


「地元スター」生徒ら追悼=近隣住民も花手向ける―益城町の犠牲者宅・熊本地震
時事通信 5月14日(土)16時3分配信

 熊本地震の前震から1カ月が経過した14日。

 倒壊した自宅の下敷きとなり死亡した熊本県益城町の荒牧不二人さん(84)の自宅前では、講師を務めていたカラオケ教室の生徒ら約20人が追悼式を開いた。荒牧さんが好きだったというトランペットも演奏され、参加した生徒は「あんないい人はいない。教え方も上手だった」としのんだ。

 歌やギターが得意な荒牧さんは、夏祭りで演奏を披露する「地元のスター」だった。4月14日の地震で、カラオケのレッスン中に被災。例年7月に開催していた生徒のコンサートは、今年は中止が決まった。

 「追悼式を」との声が生徒から上がり、亡くなって1カ月を機に実現した。昼すぎから次々と集まった生徒らは、倒壊した荒牧さん宅に花を手向け、手を合わせた。

 8年前から教室に通っていた木下礼子さん(72)は、「とても優しい人だった。家屋が倒れているのを見るだけでもつらい」と、声を絞り出すように話した。生徒の寺本敏春さん(77)は「最後に会ったのは4月7日の教室だった。いつも通りの様子だったのに」と悔やんだ。

 同じ益城町で犠牲になった村上正孝さん(61)と母のハナエさん(94)宅前には、午後4時ごろ、近隣住民約20人が集まり、花や線香を手向けた。

 村上さんと親しい富田正寿さん(67)によると、地震の一週間ほど前、近隣の家族で開いた食事会に2人も出席した。「こんなことになるとは思ってもみなかった。(正孝さんの)子どもを残して逝ってしまったことが悔やまれる」。倒壊し、がれきの山になったままの村上さんの自宅に目をやり、「早く撤去してあげて」と語った。


<熊本地震>「わが古里もっと元気に」日比谷で支援呼びかけ
毎日新聞 5月14日(土)15時43分配信

 ◇「熊本弁ネイティブの会」首都圏在住者が「熊本支援ブース」

 熊本地震の発生から1カ月となった14日、首都圏に住む熊本県出身者らが東京・日比谷公園で開かれたイベントに「熊本支援ブース」を出展、復興支援を呼びかけた。

 出展したのは、熊本県出身者ら751人でつくる「熊本弁ネイティブの会」(平野洋一郎会長)。首都圏や海外で暮らすメンバーが、熊本に関する情報をフェイスブック上で共有したり、懇親会を開いて方言で交流を深めている。

 今回の地震でも、それぞれの実家や知人の被災状況を報告し合いながら、どんな支援ができるか模索してきた。平野会長が実家の片付けをかねて帰郷した折、知り合いの生産者が「被災して、売りたくても売れない」と嘆くのを聞き、東京でのイベントを思い立った。

 日比谷公園では14、15日の両日、農林水産省などが主催する「みどりとふれあうフェスティバル」が開かれており、熊本支援ブースはメインステージの横に設置された。熊本県南阿蘇村出身のシンガー・ソングライター、タイチジャングルさん(43)が、母親からの手紙をもとに作った熊本弁の歌「待っとるけん」を披露し、「風景は少し変わっとるけど、熊本がもっともっと元気になるために、末永い支援ばお願いします。そして熊本に遊びに来てください」と呼びかけた。

 ブースには産地直送のトマトやイチゴ、ほうれん草などの青果に加え、干しシイタケや竹製品、熊本県小国町の「小国杉」を使った木工品など50品目が並べられた。出身地を書いた名札を下げた同会のメンバーらが「おいしかけん食べてみんね」「新鮮ばい」などと熊本弁で応対。今回のために都内のすし店が開発した馬肉のにぎりずし「馬(うま)か焼肉寿司」には、発売前から長い行列ができていた。

 15日は午前10時~午後5時。売り上げは全額、熊本地震の復興支援に寄付される。【元村有希子/デジタル報道センター】


熊本地震、今後の備えは「三段構え」で...気象庁
レスポンス 5月14日(土)15時25分配信

熊本県熊本地方で最大震度7を発生する熊本地震が起きて1か月を経過した5月14日、気象庁は会見を開いて、新たな地震への備えを呼びかけた。

地震津波監視課長の青木元課長は、熊本地震の最大の特徴は「熊本地方で発生して、そこにとどまらず、阿蘇、大分県中部に広がったこと」と述べ、今までとは違った地震への備えが必要であることを訴える。

「今なお地震活動が続いている3つの地域では余震活動の備え、その余震以外にも過去事例をもとにした周辺地域の新しい地震への注意、さらには周辺のまだ地震が発生していない活断層などについては、普段から備えておくべきという三段構えで」

気象庁も参加する地震調査委員会の熊本地震を引用して、「三段構えの備え」をこう解説した。

「熊本地方・阿蘇地方ではM5~6(最大震度6弱)、大分県中部地方ではM5(最大震度5強)の揺れに、今後1か月程度は注意が必要」

「その活動域に近接する地域、熊本県から大分県にかけて、今後も最低2か月程度は、震度6弱以上の揺れにみまわれることも否定できない」

「現時点で活発化する兆候が見られない活断層についても、その存在に注意し、日頃から備えておく必要がある」

震度1以上を観測する4月14日21時26分から5月14日9時までに発生した地震は1431回を数えた。これらの地震の活動域で起きる余震は今後も可能性が高い。そこに隣接する地域では、起きる可能性では高いものではないが否定はできない。その蓋然性の違いで、注意すべき期間を区別した。

揺れの頻発する九州だけでなく、全国どこでも地震発生のリスクはある。その注意喚起は全国にも及ぶ。

「活断層のあるところでは、ひとたび起きると地震が頻発する可能性がある。日ごろから十分備えをして、防災訓練などに積極的参加してほしい」(青木課長)

また、現在見合わせている余震確率の予測については、地震調査員会の結果を待って、気象庁での呼びかけの方法を検討することになった。

《レスポンス 中島みなみ》


熊本地震 集落区長、住民支援に奔走 村外避難多数の南阿蘇村
産経新聞 5月14日(土)14時40分配信

 ■皆で帰りたか、けど…

 熊本地震で大規模な土砂崩れが発生した南阿蘇村立野地区の集落の区長、山内博史さん(62)はこの1カ月、住民の多くが「村外避難」した隣の大津町で見守り活動を続けてきた。「生まれた場所に皆で帰りたか」と口にする。ただ復旧の道のりは遠く、大津町での定住を希望する住民も出始めている。複雑な思いを抑えながら山内さんは、「皆のことば考えて動く」と住民の生活支援に奔走している。(神田啓晴)

                   ◇

 「村と避難場所会議、大津町避難所に移動、避難期間について打ち合わせ」。黒革の手帳には1日に回る避難所や行政との打ち合わせの予定がびっしりと書き込まれていた。

 見守り活動では、住民の健康状況をチェックし、罹災(りさい)証明書の発行手続きなどを助言。立野地区の様子や交通網の復旧状況を数時間かけて確認し、住民たちに報告することもあった。

 携帯電話も鳴りっぱなしだ。避難所や仮設住宅に関する問い合わせは1日に数十件。その一つずつに丁寧に答える。山内さんも住む家を失った被災者だが、自分のことは後回しだ。「それが区長の使命たい」と迷いなく話す。

 4月16日未明。ドーン。2階で熟睡していた山内さん一家は突然、激しい揺れに襲われた。妻の久美子さん(62)や娘の香織さん(30)、母親の信子さん(88)とともに屋外に逃げ出したものの、黒々とした土砂が家に向かって流れてくるのが見えた。

 信子さんは一度は首まで泥水につかり「もうええ、先に逃げろ」と叫んだ。山内さんは「火事場のばか力」で信子さんをすくい上げ、何とか一緒に逃げることができたという。

 いったんは廃校となった小学校に身を寄せたものの、間もなくそこも土砂災害の危険性があると伝えられ、大津町にある知人の家へ。以来、大津町の避難所で生活する他の住民を訪ね歩く日々が続いている。

 南阿蘇村で生まれ育った山内さん。慣れ親しんだ阿蘇山や水がいとおしい。住民もほとんどが子供のころから一緒に育った人ばかりだ。できることなら、「全員そろって村に帰りたい」。

 しかし、故郷は土砂崩れで壊滅的な被害を受け、復興の見通しが立たない。立野地区と村役場をつないでいた阿蘇大橋も崩落し、村の中心部とは物理的な隔たりができてしまった。

 「気持ちだけではどうにもならんばい」。このまま大津町に住むことを希望する住民のために、町との交渉も進めている。震災から1カ月がたつのに、仮設住宅の建設地も決まらない現状に、住民の焦りは日増しに募っている。

 「時間がかかるのが現実。けど、早く解決せんばいけん」。住民の落ち着き先を求め、山内さんは14日も避難所や役場を回っている。


熊本地震1カ月 来年のアジサイ咲くころ…空襲も大水害も耐えた旧家失った嫁が再建誓う
産経新聞 5月14日(土)14時21分配信

 14日で発生から1カ月を迎えた熊本地震で、熊本県益城町(ましきまち)の増田邦子さん(68)は、150年近く家族で守ってきた大切な自宅を失った。明治3年築の古風な邸宅は、繰り返された激しい揺れで全壊。現在は、崩れ落ちた門のそばの塀に「倒壊の恐れあり」と判定されたことを示す「赤紙」が貼られている。安全確保が難しく、片付けもままならないが、邦子さんは再建を心に誓っている。(永原慎吾)

                   ◇

 14日朝、全壊した自宅の門前で、邦子さんは丹精を込めて育てていたガクアジサイの葉をいとおしそうに眺めていた。6月には色鮮やかな花をつけるという。

 「来年のアジサイが咲く頃には、また、先祖が残してくれたこの家で、家族と一緒に暮らしたい」

 がれきの山となっても、邦子さんにとっては増田家に嫁いだ頃からの思い出が詰まる大切なわが家だ。

 「家の中には、明治の頃からの貴重な文献や、家族のアルバムとかもあったとばってんね」と、表情を曇らせる。

 増田家は江戸時代から続く農家の家系。倒壊した家屋は戦時中の空襲も、昭和28年の大水害にも耐えたという木造一戸建てで、倉庫やみそ蔵なども備えた立派な邸宅だった。

 亡くなった義父も、修繕しながら大切に使ってきた家を誇りにし、亡くなる直前にも「今後も家を守っていくように」と言い残したという。

 しかし、4月14日午後9時26分、震度7の「前震」が益城町を襲った。

 自宅にいた夫の馨さん(71)と長男、健太郎さん(40)は、家具が倒れ、ガラスの破片が飛び散った家から、懐中電灯を頼りになんとか逃げ出した。たまたま近所の公民館で健康ダンスの練習に参加していて難を逃れた邦子さんは、近所の公民館で2人と再会した。

 追い打ちをかけるように16日午前1時25分、震度7の「本震」に襲われ、家はさらに決定的なダメージを受け、崩れ落ちた。

 大切にしてきたわが家を失い、ふさぎ込む日々が続いた邦子さんの気持ちを支えたのは、全国の友人たちから届いた「がんばってよ」のメッセージ。そして、同じように自宅を失った避難者たちの姿だった。「自分たちだけが落ち込んでいるわけにいかない」と気持ちを奮い立たせる。

 全壊した自宅のそばでみずみずしい緑の葉をつけるガクアジサイは、邦子さんにとって希望の花だ。「負けるなよ、自分たちもがんばっとるけん、と言われているような気がする」

 壊れた家を見つめて言った。「ご先祖様から受け継いだこの場所に、必ず、家を建て直すんです」


熊本刑務所、避難者に開放=全国初、14施設でも協定など―地域住民に貢献・法務省
時事通信 5月14日(土)14時17分配信

 熊本地震では、熊本刑務所が近隣住民の避難場所として施設の一部を開放した。

 法務省によると、2011年の東日本大震災で、宮城刑務所の会議室を職員の家族向けに活用した例はあるが、一般住民に開放されるのは全国初。他の刑務所や拘置所の14施設でも、災害時の住民受け入れなど相互協力に関する協定が結ばれるなどしており、同省は「地域住民への貢献」として、積極的に協定締結などを推進していく方針。

 同省によると、東日本大震災以降、12施設が地元自治体と協定を締結し、2施設が避難所に指定されている(4月現在)。刑務所には自家発電装置が配備され、地下水をくみ上げて利用している施設もある。受刑者や職員の食料なども1週間分備蓄されているという。

 熊本刑務所によると、4月14日夜の地震直後、着の身着のままの住民らが避難場所を求めて次々に来所した。そのため、「塀の外」の敷地内にある職員用の武道場などに受け入れ、約70人が一夜を明かした。翌日には帰宅したが、16日未明の本震後に再び住民が詰め掛け、最大で約250人を受け入れたという。

 避難者には非常食を提供。くみ上げた地下水を飲用のほか、洗濯などの生活用水として近隣住民にも給水したという。同刑務所も市との協定締結を目前に控えており、担当者は「日頃から住民の協力を受けている施設。来たら当然受け入れる」と話す。

 近くに住む野口宗親さん(71)は地震直後、屋外で寝泊まりしたが、16日の地震後に職員から「開放しているのでよかったらどうぞ」と呼び掛けられた。「道場に併設されたお風呂にも入れるので助かる」と笑顔で話した。別の避難所から移ってきたという井上浩子さん(71)も「体調はどうですかと昼も夜も声を掛けてくれる」と職員の対応に感謝の言葉を繰り返した。

 30日には法務省の「特別矯正監」を務める俳優の杉良太郎さんが訪れ、避難者を激励。「刑務所がそういうことをするのかと思われるかもしれないが、何かあったときに施設を使ってもらえれば」と刑務所への理解が進むことを期待した。


熊本地震1カ月 防災「連続震度7」想定 大阪府など計画見直し
産経新聞 5月14日(土)14時16分配信

 最大震度7の地震が連続して発生した熊本地震を受け、大阪府などが、災害時の対応などを定めた「地域防災計画」に、同様の事態を想定した対策案を盛り込む方向で見直しを始めたことが14日、分かった。熊本地震では、想定外の2度目の震度7によって被害が拡大しており、計画に盛り込むことで住民に危機意識を持ってもらいたい考えだ。

                   ◇ 

 熊本地震では4月14日の最大震度7の「前震」に続き同16日に震度7の「本震」が発生。熊本県の地域防災計画では、最大震度7の地震は想定していたが、連続発生は想定外で、前震で避難していた住民らが帰宅したところに本震が発生し、さらに深刻な被害が出た。

 産経新聞が近畿2府4県に取材したところ、「国が想定していない」(兵庫県)、「地震の発生回数ではなく、発災後の対応、事前の準備の観点からまとめている」(和歌山県)などの理由で、いずれも地域防災計画で震度7の連続発生を想定していなかった。

 大阪府では松井一郎知事が「震度7クラスの地震の後は余震を繰り返しながら収まっていくのが常識だったが、そうでない地震があることを位置づける必要がある」として、計画の見直しを指示。府は震度7が連続発生することを前提に、避難後、自宅に戻る際の具体的な注意事項を明記する方向で検討する。今後、専門家らの意見も踏まえ、年度内には修正する方針だ。

 京都府も熊本地震の発生後、府の防災会議に参加している専門家から「連続発生を想定した内容にする必要があるのでは」と指摘され、見直しの検討を始めた。

 兵庫県は地域防災計画で、震度は明示していないものの「南海トラフ沿いで複数の地震が連続発生する可能性がある」と記載。最初の地震で壊れやすくなった建築物が後の地震で倒壊して人的被害が出るのを防ぐため、「応急危険度判定」を早急に実施することなどを盛り込んでいるが、「震度7クラスの連続発生を想定した内容に修正することもあり得る」(担当者)としている。

 一方、奈良県は、専門家の意見を聴いたうえで「検討する」との立場。滋賀県と和歌山県は「未定」といい、「国の防災計画の見直しに基づいて対応したい」などとしている。

                     ◇

【用語解説】地域防災計画

 災害対策基本法に基づき、都道府県や市町村が策定する災害対策の基本方針。地震や津波、風水害などの災害の予防や応急対策、復旧復興対策などの手順を定めており、首長や専門家でつくる地方防災会議で決定する。情報の収集や伝達▽避難▽消火▽救助-の方法などが挙げられている。


益城に「仮設の街」、500戸規模の団地建設へ
読売新聞 5月14日(土)14時7分配信

208
「前震」から1か月。今でも倒壊した住宅などが残る(14日午前、熊本県益城町で、読売ヘリから)=中嶋基樹撮影

 熊本地震に伴う仮設住宅の確保を巡り、熊本県は、同県益城(ましき)町に500戸規模のプレハブ仮設団地を建設する方針を固めた。

 商業施設などを備えた県内最大の“仮設の街”にする構想だ。民間賃貸物件を借り上げる「みなし仮設」は対象物件の損傷が激しく、国が補修費を災害救助法の補助対象にする特例措置を決めた。地震発生から14日で1か月。今も避難所に1万人以上が身を寄せる中、住まい確保の道筋がようやく見えてきた。

 プレハブや木造の仮設については、熊本県内の15市町村が建設を要望している。県は4月29日に西原村などで最初の100戸を着工。益城町でも5月6日に160戸の工事を始めた。だが1000棟以上の住宅が全壊している同町では戸数が足りず、大規模な仮設団地が必要と判断した。


<熊本地震>被災マンション 重い再建の扉 不安の管理組合
毎日新聞 5月14日(土)12時59分配信

207
地震で大きな被害が出たマンション=熊本市内で2016年5月13日、野田武撮影
 ◇発生から1カ月 住民避難で総会も開けず…

 熊本地震発生から14日で1カ月を迎え、被災した分譲マンションの修復が滞っている問題がクローズアップされている。共有部分のひび割れなどを補修するには、マンションの所有者で作る管理組合の総会での同意が必要だが、避難者が相次ぎ「役員不在で総会を開けない」といった事態を招き、組合の委託を受けて管理業務を担う業者の手も回っていない。この日開かれた管理組合向けの相談会の会場は、不安を抱えた参加者であふれた。【井川加菜美、田中韻、吉川雄策】

 県内の管理組合などで構成するNPO法人「熊本県マンション管理組合連合会」は14日、弁護士や東日本大震災で被災した管理組合の役員らを招き、相談会を開催。発生から1カ月たった時期であれば余震が収まっていると見越し、住民らの不安解消に乗り出した。

 非会員の管理組合を含め、93組合の役員ら約200人が参加。用意された椅子では足りず、会場には立ったまま説明を聞く人たちの姿もあった。「住民の高齢化が進む中で、どれくらいの費用がかかるか不安。1カ月たつが修繕のメドが立たない」。熊本市東区のマンション管理組合の役員を務める男性(64)は訴える。水道が復旧せず住民は避難先から戻っていないという。

 マンション管理会社で作る「マンション管理業協会」(東京都港区)によると、熊本県内の会員会社29社が管理する572棟を調査したところ、回答があった294棟(4月28日現在)のうち5割強の156棟で被害が確認された。内訳は、建て替えが必要な「大破」1棟▽大規模な補強・補修が必要な「中破」5棟▽タイル剥離、ひび割れなど補修が必要な「小破」113棟--などだった。

 分譲マンションで廊下など共有部分の補修などをする場合、所有者が積み立てた修繕積立金や保険金を充てる。管理組合が総会を開き、工事の内容などに応じて所有者の一定数の同意が必要になるが、同連合会には「住民が避難して総会が開けない」「(総会を招集する立場の)理事長がどこにいるか分からない」などと約50件の相談が寄せられている。

 熊本市中央区の分譲マンションに住む女性(58)は、部屋の天井から壁にかけて長さ約1メートルのひびが入った他、廊下やエレベーターホールなどにもひび割れや水漏れなどの被害が出て、一時は避難所で暮らした。「地震とは無縁」と思い、15年前に購入した際、地震保険には加入せず、自分の部屋を修復する見通しは立っていない。

 共有部分についても、管理会社に問い合わせているがなかなか連絡がつかない。区役所に相談に行っても「応急危険度判定では問題ない」と言われたといい、「余震も続き、住み続けられるのか不安なのに誰からもアドバイスをもらえない」と焦燥感をにじませる。

 熊本市東区の分譲マンションに住む50代の女性宅は、共有部分の廊下などにひびが入り管理会社に相談したが、「所有者に一括して説明する」と言われたまま、明確な回答がない。市内で多数のマンションを管理する業者は「居住者への情報提供が最優先だが、人手が足りず、不満を抱かせているのは否めない」と話している。


避難所生活をした高3男子「人の温かさ感じた」
読売新聞 5月14日(土)12時54分配信

 熊本市中央区の私立真和高校では始業前、生徒たちが教室で1分間、黙とうした後、合掌した。

 同校は、地震で柱にひびが入るなどして校舎の一部が使えなくなり、校内にある学生寮の学習室で授業をしている。

 2週間の避難所生活を経験したという3年の男子生徒(17)は「全国から支援物資や応援の声を受け、改めて人の温かさを感じた1か月だった。これからは少しずつ元の生活に向けて進みたい」と話した。

 一方、熊本市役所では、大西一史市長や市幹部ら約40人が市災害対策本部会議の冒頭、黙とうをささげた。大西市長は「全国からの支援で復旧、復興に向かって進んでいる。次の1か月で『元の生活を随分取り戻してきたぞ』と市民に思ってもらえるよう、力を合わせて頑張ろう」と呼びかけた。


復興を誓い、被災地に祈りの朝…熊本地震1か月
読売新聞 5月14日(土)12時35分配信

 熊本県で最大震度7を観測し、各地に深い爪痕を残した熊本地震は14日、発生から1か月を迎えた。

 死者49人、安否不明者1人、建物損壊は8万3000棟を超え、今なお約1万人が避難所に身を寄せている。被災地ではこの日、鎮魂の黙とうがささげられ、復興を誓い合った。

 熊本市中央区の市災害ボランティアセンターでは午前8時頃から、スタッフ約70人が黙とう。14日も県内外から約800人が集まり、中川奈穂子センター長(51)はハンドマイクを握り、「皆さんの力を借り、少しずつでも前を向いて歩いていきたい」と呼びかけた。


花手向け、涙=震度7、益城町の遺族―熊本地震
時事通信 5月14日(土)12時9分配信

 熊本県益城町で亡くなった村上ハナエさん(94)と息子の正孝さん(61)の自宅前では14日午前、遺族とみられる女性ら3人が涙ながらに手を合わせる姿が見られた。

 倒壊した自宅前に花束と線香を手向けた3人は無言のまま、じっと拝むようにこうべを垂れた。

 隣に住むすし店主の吉本光雄さん(62)によると、正孝さんはハナエさんの介護をしていた。地震発生時、正孝さんの子どもたちが「お父さん」と叫んでいる声が聞こえたという。

 吉本さんは「1カ月はあっという間だった。つらかですね」と声を落とした。


震度1以上、1430回超=06、10年の全国年間上回る―気象庁・熊本地震
時事通信 5月14日(土)11時58分配信

 気象庁は14日、熊本・阿蘇地方と大分県中・西部では4月14日夜以降、震度1以上の地震が5月14日午前までに1430回を超えたと発表した。

 これは昨年、全国で発生した震度1以上の地震回数約1800回には届かないが、2006年や10年の約1300回を上回る。東日本大震災が起きた11年は約1万700回だった。

 気象庁の青木元・地震津波監視課長は記者会見で、「熊本地方で大きな地震が発生し、阿蘇地方や大分県中部にも広がったことが一番の特徴であり、近代観測が始まってから例を見ない。震源が浅いので小さめの地震でも震度1を観測する」と説明した。

 その上で、気象庁も参加する政府の地震調査委員会が13日まとめた評価に基づき、「全体として減衰傾向がみられるが、熊本・阿蘇では最大震度6弱程度、大分県中部では5強程度の揺れに今後最低1カ月程度は十分注意が必要」と呼び掛けた。

 政府調査委は、九州ではマグニチュード(M)6級地震の発生後、2~3カ月後にも近接地域で起きた例があることを踏まえ、余震以外の地震への注意も喚起した。青木課長は「熊本県から大分県では今後最低2カ月程度、震度6弱以上の揺れに見舞われることも否定できない」と改めて述べた。

« 韓国の犬、裏切り者・舛添要一を東京都知事から追放せよ・4 | トップページ | 熊本・震度7の地震に関するニュース・78 »

ニュース」カテゴリの記事

災害」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/63628994

この記事へのトラックバック一覧です: 熊本・震度7の地震に関するニュース・77:

« 韓国の犬、裏切り者・舛添要一を東京都知事から追放せよ・4 | トップページ | 熊本・震度7の地震に関するニュース・78 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31