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2016年3月25日 (金)

東日本大震災・原発事故関連のニュース・2113

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:福島第1原発の「凍土壁」を認可、凍結開始へ 原子力規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島第1原発>「凍土壁」認可決定…東電、海側から作業へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「凍土壁」運用を認可=福島第1、汚染水対策―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:最終処分、9割減量も=福島の汚染土、技術開発で―環境省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原発汚染水漏れ>東電幹部不起訴に「立証困難」 福島地検 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電社長ら不起訴=汚染水流出問題―福島地検 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:美浜3号機を現地調査=断層など視察―規制委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ケーブル不備218件=女川、東通原発全4基―東北電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:女川さいがいFM閉局でサザンの「TSUNAMI」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災、現地本部を廃止=応急は終了―河野防災担当相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵の試験輸送完了=汚染土搬入、本格化へ―環境省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第一の排水路出口、東電が付け替え工事終了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染雨水の外洋流出停止=排水路の付け替え完了―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>「がんばろう!石巻」看板建て替えへ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がんばっぺ!「さいがいFM」閉局後も活動は継続 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<中間貯蔵施設>用地「20年度末最大7割」…環境省見通し - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【震災5年 絆はどこに(4)宮城県気仙沼市】 津波と大火災に打ちのめされた魚の街 水産加工業復活で勢いを取り戻せ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:20年度までに最大7割=中間貯蔵の用地取得―環境省が工程表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:規制委VS朝日新聞 無期限「取材制限」処分の経緯を反原発メディアが報じないのはなぜか - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>被災時の1年生 統廃合乗り越え小学校卒業 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災5年 大川小校舎保存を石巻市長が表明 植栽で囲い遺族に配慮 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大川小の旧校舎、震災遺構として保存…石巻市長 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大川小保存決定>「震災の教訓を未来に」遺族への配慮課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<津波被災>大川小を震災遺構に 石巻市長、校舎保存発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波被害の仙台・荒浜小で閉校式 - 速報:@niftyニュース.
リンク:環境省が中間貯蔵工程表、用地取得など試算 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発事故5年 「津波でおごりや過信は流された」東電・広瀬社長は黙祷後にこう漏らしたが… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災した大川小保存を表明 - 速報:@niftyニュース.
リンク:被災の大川小、保存決定=慰霊・追悼の場整備―宮城県石巻市 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:規制委VS朝日新聞 第2の吉田調書になるのか?「角度つける」報道変わらず… - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災5年 大川小校舎保存へ 石巻市、復興庁と調整 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遺族が南三陸町長を告発 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<伊方原発1号機>課題は山積 四電が廃炉決定 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島自主避難者>7割、転居あてなく 無償提供終了後 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

福島第1原発の「凍土壁」を認可、凍結開始へ 原子力規制委
産経新聞 3月30日(水)11時29分配信

 原子力規制委員会は30日、東京電力福島第1原発の汚染水対策で、建屋周辺の土壌を凍らせて建屋内へ地下水の流入を防ぐ「凍土遮水壁」の運用の認可を決めた。東電は早ければ31日にも、海側(東側)の凍土壁から先行して凍結を開始し、3カ月程度かけて安全性や止水の効果を検証する。

 規制委が了承したのは、凍土壁を3つの段階で凍らせる計画の第1段階。まず、1~4号機の建屋の周囲(総延長約1500メートル)を取り囲むように約1メートル間隔で設置した凍結管のうち、海側全体(同約690メートル)と山側(同約860メートル)の一部を凍結。その後、地下水の流れ込みを一定程度確保するための未凍結部分(7カ所、約45メートル)を除く山側の95%を凍らせる。

 凍土壁を完全に凍らせると、建屋周辺の地下水位が急激に下がり、建屋内の汚染水が外へ漏れ出す可能性があることから、山側の残りの部分を凍結させる第二段階以降については、地下水位の変動を見ながら判断する。計画には、地下水位が急激に低下した場合に、建屋内の水を移送して水位の逆転を防ぐ仕組みなど、緊急時の対策も明記した。

 凍土壁は国費345億円を投じ、平成26年6月に着工、今年2月に設置工事が完了した。東電は凍土壁を山側まで凍らせると、建屋内へ流れ込む水の量を半減できると試算しているが、これまでに行った試験的な凍結では、止水効果は明らかになっていない。


<福島第1原発>「凍土壁」認可決定…東電、海側から作業へ
毎日新聞 3月30日(水)11時12分配信

 原子力規制委員会は30日の定例会で、東京電力福島第1原発1~4号機の原子炉建屋周辺の地下を凍結させて、地下水の流入を抑える「凍土遮水壁」について、海側から段階的に凍結させる東電の計画を認可することを決めた。東電は31日にも凍結作業を始める方針。しかし、これほど大規模な「氷の壁」が導入されたケースは世界でもなく、どの程度地下水の流入を防ぐことができるかは不透明だ。

 凍土遮水壁は、建屋周囲(全長約1.5キロ)の地下に1568本の凍結管を打ち込み、氷点下30度の冷却液を循環させて、地下に深さ30メートルの「氷の壁」を築く。建屋への地下水流入を防ぎ、汚染水の発生を減らすのが狙い。計画通りに進めば、8カ月後には凍結が完了する見通しで、東電は1日150~200トンある地下水の流入を数十トンまで減らせると試算している。

 東電は建屋海側(約690メートル)を先に凍結させ、山側については凍結させない7カ所(計約45メートル)を残す「段階凍結」を実施する。当初は、一度に全面凍結する計画だったが、建屋周辺の地下水が急減すると建屋内にたまった汚染水が建屋外に流出する恐れがあるため、規制委が段階的な凍結を求め、東電も応じた。

 凍土壁は、建屋周辺の井戸から地下水を抜き取って汚染水の発生を減らす「サブドレン計画」などとともに、汚染水対策の柱とされる。2014年6月に凍結管の埋設に着手、今年2月に凍結開始準備が整った。【酒造唯】


「凍土壁」運用を認可=福島第1、汚染水対策―規制委
時事通信 3月30日(水)10時55分配信

 原子力規制委員会は30日、東京電力福島第1原発で増え続ける放射能汚染水の抑制策として、1~4号機周囲の土壌を凍らせる「凍土遮水壁」について、海側を中心とする部分の運用の認可を決めた。

 東電は31日から凍結を開始する見通しで、総延長1.5キロのうち、まず1.1キロを凍らせ、1カ月半で効果が出始めると説明している。

 第1原発では高濃度汚染水がたまっている原子炉建屋などに地下水が流入し、汚染水が増えている。海側の護岸周辺でも土壌に付着した放射性物質で地下水が汚染されている。

 凍土壁は1~4号機建屋を囲むように凍結管を地中に打ち込み、冷却液を循環させて氷の壁を造る計画。東電は推定で1日300トン増えている汚染水を半分以下にできると期待している。設備にはこれまでに、国費345億円が予算計上されている。

 政府と東電は凍土壁で地下水の流入を防ぎ、護岸付近に地下水を近づけないようにすれば、汚染水の増加を抑えられると主張。早期の運用開始を求めていた。


最終処分、9割減量も=福島の汚染土、技術開発で―環境省
時事通信 3月30日(水)10時7分配信

 環境省は30日、東京電力福島第1原発事故後の除染で出た福島県内の汚染土に関し、最終処分に向けた技術開発の戦略をまとめた。

 汚染土を放射性物質の濃度別に分離する技術の確立などにより、最終処分量を「9割以上削減できる可能性がある」と指摘。今後10年程度で基礎的な技術開発を終え、最終処分地の具体的な検討に入る方針を示した。

 福島県内の汚染土は、大熊、双葉両町の中間貯蔵施設で保管され、30年以内に県外で最終処分される。貯蔵量は最大2200万立方メートルと見込まれ、最終処分場に運び出すまでに量を減らす。

 戦略では、技術開発を通じ、汚染土を濃度別に分け、比較的濃度の低い汚染土は、道路などを整備する際の資材として再利用を促進。土壌の再利用は1キロ当たりの濃度上限値を8000ベクレルとするが、用途に応じ、より低く設定する。


<原発汚染水漏れ>東電幹部不起訴に「立証困難」 福島地検
毎日新聞 3月29日(火)21時11分配信

 東京電力福島第1原発から放射性物質を含んだ汚染水を海に流出させたなどとして、公害犯罪処罰法違反容疑で書類送検された東電と同社の新・旧役員32人について、福島地検は29日、不起訴処分にした。「汚染水の排出は立証困難」などと判断した。

 書類送検されたのは、広瀬直己社長や勝俣恒久元会長ら。福島県民や避難者らでつくる「福島原発告訴団」の団長らが2013年9月に福島県警に告発。県警は(1)汚染水を強度の強くないタンクに入れるなどし、13年7月までに大量に漏水させた(2)政府から11年6月、地下水の遮水壁設置の検討を求められたが、先送りし、汚染地下水を流出させた--として、15年10月に書類送検していた。

 福島地検は、タンクからの漏水について「一部が流出した可能性は否定できないが、放射性物質の測定結果は検出限界値未満で排出の立証は困難」、汚染地下水の流出について「漏えいを疑わせるだけの高濃度放射性物質は検出されていない」と説明している。

 告発した武藤類子団長は29日、東京都内で記者会見し、「汚染水問題は深刻さを増している。東電幹部らが何をしなかったのかを調べてほしかった。納得できない」と話し、検察審査会に審査を申し立てる方針。

 東電広報部は「検察当局の判断であり、コメントは差し控えたい」とした。【宮崎稔樹、山下俊輔】


東電社長ら不起訴=汚染水流出問題―福島地検
時事通信 3月29日(火)20時14分配信

 東京電力福島第1原発事故の放射能汚染水が海に流出したとされる問題で、適切な対策を怠ったとして公害犯罪処罰法違反容疑で書類送検された東電の広瀬直己社長や勝俣恒久元会長ら新旧経営陣32人と法人としての東電について、福島地検は29日、嫌疑不十分などで不起訴処分とした。

 告発した市民グループは検察審査会に審査を申し立てる方針。

 地検は不起訴の理由として、貯蔵タンクから漏えいした汚染水が地下水に混入して海に排出されたとは認めがたいことや、排水路の放射性物質濃度が検出限界値未満であることなどを挙げた。


美浜3号機を現地調査=断層など視察―規制委
時事通信 3月29日(火)16時31分配信

 原子力規制委員会は29日、審査中の関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)で現地調査を行い、敷地内の断層などを視察した。

 終了後、取材に応じた石渡明委員は「深刻な問題があるとは捉えていない」と話した。

 石渡委員らは3号機裏の道路に掘ったトレンチ(試掘溝)に入り、原子炉建屋の下を通る断層を確認したほか、ボーリング調査で採取した試料を調べるなどした。

 規制委は昨年9月、敷地内の9本の断層は、活断層の可能性が低いとする有識者会合の評価書案を了承している。

 美浜3号機は運転開始から39年が経過。原発の運転期間は原則40年だが、関電は20年の延長を目指しており、11月末までに新規制基準と運転延長の二つの審査に合格する必要がある。


ケーブル不備218件=女川、東通原発全4基―東北電
時事通信 3月29日(火)16時15分配信

 東北電力は29日、女川原発(宮城県)と東通原発(青森県)の全4基で、中央制御室の床下を中心にケーブル敷設の不備が計218件あったと発表した。

 原発の新規制基準は火災対策として、ケーブルは緊急停止などに関連する安全系とそれ以外を分離するよう求めているが、分離板が損傷していたり、ケーブルが混在したりしていた。

 内訳は、分離板の損傷が計177件、混在が計41件。東北電は「難燃性のケーブルを使用しており、安全性に問題はない」(増子次郎常務)と説明している。


女川さいがいFM閉局でサザンの「TSUNAMI」
日刊スポーツ 3月29日(火)12時52分配信

 東日本大震災の被災地・宮城県女川町で11年4月21日に開局した臨時災害放送局「女川さいがいFM」が29日、最後の放送を終え、電波の停波と、インターネットで配信されるサイマルラジオを停止し、閉局した。この日は須田善明町長(43)が生出演し、閉局を迎えるにあたっての思いを語った。そして最後の曲として、28日にサプライズでミニライブを開いた桑田佳祐(60)率いるサザンオールスターズの代表曲で、震災後、流すこと自体が自粛ムードにあった「TSUNAMI」を流した。

 須田町長は、スタッフとリスナーへの感謝の思いを語り続けた。

 「本当に…いよいよ終了ということになりました。スタッフ、関わったそれぞれの皆さんに心から感謝申し上げます。歴代、関わるメンバーの変遷もあったんですけど、全部つながっていますよね。関わっているそれぞれが、つながって広がっていき…5年間の間にいろいろな人に届いた。正直、臨時災害放送局は応急、緊急のもの。被免許者は自治体(女川町)になります。(開局初年度の)11年時点での閉局が、行政の判断としてはなかったわけではない事実があったわけです。でも果たす役割、意義は…住んでいる我々、被災した方、女川に関心があり支えてくださった皆さんには大変、重要な存在。町も(免許)延長の交渉をさせていただき、ご了解いただいた国のご理解もあった。運用には我々も意見があったが(国は)斟酌(しんしゃく)して免許を出してくださった。資金も寄付など、いろいろな形で成り立ってきた。被免許者として(スタッフ)の皆さんに任せっぱなしで(スタッフが)エンジンとなってくださった」

 女川さいがいFMは今後、「onagawafm」(オナガワエフエム)プロジェクトとして新たなスタートを切る。4月3日からは、仙台市の東北放送(TBC)の1番組「佐藤敏郎のonagawa now! ~大人のたまり場~」(日曜午後11時)として放送される形で継続する。同番組は被災地と呼ばれた町の「いま」を伝え、少しずつ元気を取り戻している人々の「声」を伝える30分のトーク&音楽番組。NPO法人キッズ・ナウ・ジャパン事務局長で、女川さいがいFMをはじめ全国のコミュニティーFMなどで放送された「佐藤敏郎の大人のたまり場~牡鹿半島フォークジャンボリー~」に出演の佐藤敏郎氏と、女川さいがいFMで、生放送含め1日3度、放送された人気番組「女川地域情報ラジオおながわ☆なう」パーソナリティーを務めた阿部真知子が出演。番組はradiko.jpでパソコン、スマートフォンでも聴取可能で、有料のradikoなら全国で聴取可能。

 須田町長は、今後についても言及した。

 「これから、新しい形で魂、イズムがスタートする。一歩はTBCさんのAMラジオ。展開は(番組を継続するスタッフに)アイデアを出してもらって、皆さんにお願いする場面も出てくる。新しいスタートを切るということで、ご理解いただきたい。多くの皆様に温かいメッセージを送っていただき、遊びに来てほしい。町としては支えていただいた、それぞれのお立場の皆さんに感謝の思いしかありません。ここで気付いた、気付かされた、積み上げたものを、これからにつなげたい。今後、同様なことが起きた場合、どうあるべきか、新しい枠組みもあったら、いいということもございました。私だけでなく、関わる皆さんと将来の温かい道を切り開いていきたい。女川だからできる道を我々は開きたい」

 須田町長は、女川さいがいFMの番組「須田善明 THE VOICE」では、パーソナリティーも務めた。そのことについても振り返った。

 「的確にちゃんとお届けできたのか、自分自身、客観視できていないところがございまして、どうだったのか…というところある。今のあり方、考えた方、現実がある中、今をどう捕らえていくか、自分なりに全力でお届けした。番組はなくなるが、(今後、自分の考えを)お伝えする機会があれば」

 そして須田町長は最後の1曲として、「震災後、自粛を余儀なくされてきたが、待ち望んだ1曲。女川さいがいFM閉局のタイミングだからこそかけられる1曲」として、サザンオールスターズの「TSUNAMI」のタイトルをコールした。

 「名曲がある。その曲に罪があるわけじゃない。歌い継がれ、語り継ぐことに意味があり、人々の心に届く。私からご紹介させていただきます。先日は、ご協力いただきありがとうございます。サザンオールスターズで『TSUNAMI』」

 「TSUNAMI」が流れた後、MCとスタッフが「これを持ちまして、全ての放送を終了し、停波いたします。開局から今日まで5年間にわたって、女川町で放送を続けてきました。町民の皆さん、全国からインターネットで応援してくれた皆さん、ありがとうございます。お聴きのラジオは、女川さいがいFMでした。それでは皆さん、明日に向かって、がんばっぺ!!」とあいさつし拍手した後、時報が流れ、午後12時に放送は終了した。さらにインターネットで聴取する全国のリスナーに向け、同12時5分にスタッフが「現在、スタジオの周りには、たくさんのマスコミの方と関係者がいらっしゃいます。ありがとうございました」と言い、インターネットでの配信も完全に終了し、女川さいがいFMは5年の歴史に幕を下ろした。

 今後、始動する「onagawafm」プロジェクトは、TBCの番組だけではない。開局初年度からMCを務めた慶大総合政策学部3年の阿部真奈さんが(21)MCを務め、「onagawafm」が制作する番組「しぶや★なう」が、4月に開局するコミュニティーFM「渋谷のラジオ」で2日にスタートし、毎週土曜日午後4時から放送される。阿部さんは「女川の経験を生かしながら、渋谷で頑張っていきたいと思います」と抱負を語った。またツイッターやフェイスブックでは毎日、女川の話題や魚市場情報などを発信。女川の現在を伝えるインターネット放送の展開も検討中で、将来的には通販にもつなげていく方向だ。

 MCの木村太悦はJリーグ昇格を目指して、今季は東北社会人1部リーグで戦うサッカーチーム「コバルトーレ女川」のスタジアムDJを継続する。開幕戦は4月10日午後2時から、女川町総合運動公園で猿田興業(秋田)と対戦する。木村は「地元女川に根ざしたサッカーチーム。東北社会人1部で全力で戦っていきます。チーム一丸となって、Jと名の付く舞台に立てるようチーム全力で立ち向かっていくつもりです。10日の開幕戦は町民、町外の皆さん、1000人の動員を目指しています。多目的人工芝グラウンドでお会いしましょう」と呼び掛けた。


東日本大震災、現地本部を廃止=応急は終了―河野防災担当相
時事通信 3月29日(火)10時30分配信

 河野太郎防災担当相は29日の閣議後会見で、東日本大震災の発生に伴い設置した政府「東北地方太平洋沖地震緊急災害対策本部」の現地対策本部(仙台市)を、同日付で廃止すると発表した。

 現地対策本部は2011年の震災発生直後に発足。物資輸送などに関して被災自治体と政府との連絡役を担っていた。応急対策から復旧・復興の段階に移り、復興庁・復興局による支援体制が整ったと判断し廃止した。緊急災害対策本部本体は存続する。河野氏は「政府として復興に向け、さらにしっかりと取り組んでいきたい」と語った。


中間貯蔵の試験輸送完了=汚染土搬入、本格化へ―環境省
時事通信 3月29日(火)10時8分配信

 環境省は29日、東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設(福島県大熊、双葉両町)をめぐり、昨年3月から実施していた試験輸送を完了したと発表した。

 2016年度から汚染土搬入を本格化させ、段階的に搬入量を増やす方針だ。

 環境省によると試験輸送中、福島県内の43市町村から4万5382立方メートルの汚染土を施設の保管場に運び込んだ。16年度は15万立方メートルの搬入を予定している。

 施設では、最大2200万立方メートルの汚染土を保管する。環境省は、20年度までに500万~1250万立方メートルを運び込めるとの見通しを示している。


福島第一の排水路出口、東電が付け替え工事終了
読売新聞 3月28日(月)21時10分配信

 東京電力福島第一原子力発電所で汚染雨水が排水路を通じ外洋に流出していた問題で、東電は28日、排水路の出口を付け替える工事を終えたと発表した。

 今後は外洋と区切られた港湾内に排出される。

 この排水路は1~4号機建屋西側を通る「K排水路」。東電は2014年春頃に外洋流出を把握していたが、放射性物質の濃度が比較的低いことなどから昨年2月まで公表せず、地元漁業者らから批判を浴びた。

 付け替え工事には時間がかかるため、東電はまずK排水路の雨水をくみ上げるポンプを設置、昨年4月から港湾につながる別の排水路に移して排水していた。しかし、ポンプのくみ上げ能力を超える大雨のたびに、外洋流出を繰り返していた。


汚染雨水の外洋流出停止=排水路の付け替え完了―福島第1
時事通信 3月28日(月)19時21分配信

 東京電力福島第1原発で汚染された雨水が排水路から外洋に流出していた問題で、東電は28日、排水路の出口を港湾内に付け替える工事を完了した。

 直接的な外洋流出はなくなる。

 これまでは4号機建屋南側の排水路から外洋に出ていたが、この排水路から分岐させて約700メートルを新設。雨水が北側の港湾内に向かうようにした。従来の排水路の出口は鋼板でふさいだ。

 東電は昨年2月、雨が降るたびに汚染雨水が外洋に流出していたと発表。応急措置としてせきやポンプを設け、港湾につながる別の排水路に移送していた。しかし、くみ上げ量が追い付かず流出が相次いでいた。


<東日本大震災>「がんばろう!石巻」看板建て替えへ
毎日新聞 3月28日(月)19時9分配信

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「がんばろう!石巻」の看板に色をつける門脇中の生徒たち=宮城県石巻市で2016年3月28日午前9時42分、佐々木順一撮影

 宮城県石巻市で東日本大震災の慰霊の場として親しまれている「がんばろう!石巻」の看板を建て替えるため、同市立門脇(かどのわき)中の美術部員たちが新しい看板の製作を続けている。

 看板は津波直後の火災で焼け野原となった同市門脇町で、水道配管工事業を営む黒沢健一さん(45)らががれきの材木などを再利用し2011年4月11日に建てた。新しい看板は同じデザインで、幅約11メートル、高さ約2メートル。現在の看板は周辺の復興工事のため来月11日に取り外され、約100メートル南に新看板が設置される。黒沢さんは「今後も5年ごとに次世代の子供たちと新しい看板を作ることで、震災の記憶を伝承する機会になれば」と話している。【佐々木順一】


がんばっぺ!「さいがいFM」閉局後も活動は継続
日刊スポーツ 3月28日(月)10時1分配信

<全国の話題を追う:宮城県女川発>

 東日本大震災の被災地・宮城県女川町で、11年4月21日に開局した臨時災害放送局「女川さいがいFM」が、あす29日午後に閉局する。27日には最後の特番「おながわ☆なう。大感謝祭」が5時間、生放送され、須田善明町長(43)が今後の町政運営の方針を語った。来月3日からは東北放送(仙台市)のTBCラジオの番組として継続するにあたり、スタッフに今後の方向性を聞いた。

 被災した町民の生活と心を支えてきた女川さいがいFMが5年の歴史に幕を下ろす。27日の「-大感謝祭」には歴代MC、スタッフが集い、局の合言葉「がんばっぺ」で番組を締めた。

 開局は、東京在住の放送作家・大嶋智博プロデューサー(42)が震災発生後に、同町出身で局の現代表・松木達徳さんから相談を受けたことがきっかけだった。都内でコミュニティーFM局を立ち上げた経験があり、私物や知人から借りた機材を携え「炊き出しの代わりに2、3カ月のつもりで」始めたが、町の復興が進まず継続を決意。同5月に日本財団と中央共同募金会から約1000万円の助成金を受けて継続のめどが立つと、避難所の被災者からスタッフを集めた。

 水揚げ状況や求人情報など、町民に必要な情報を流してきた。基本的には寄付で運営を続けてきたが通常2、3カ月程度運営される臨時災害放送局を5年も続け、資金にも限界があった。存続を望む声が多く、大嶋さんはコミュニティーFMでの存続を考えたが「全国約300局のうち、8割は赤字で半数は自治体が出資。スポンサーも見つけなければいけないが、地元企業も再建途上の女川の体力では無理」と昨年11月に局の存続を断念。女川で週1回の番組を制作する形での存続を決めた。

 4月からは「佐藤敏郎のonagawa now! ~大人のたまり場~」(日曜午後11時)を放送し、ツイッターやフェイスブックでは毎日、情報を発信。インターネット放送の展開も検討中だ。大嶋さんは「身の丈に合った形から、いろいろなチャンネルで発信する自由な展開で考えています」と語った。須田町長も生放送で「身の丈に合うコンパクトな町にしていく考え方。一番待っていただいた住環境も供給できる。残って良かったという町を作りたい」と誓った。“身の丈復興”が女川の今後のテーマとなりそうだ。【村上幸将】

 ◆臨時災害放送局 大災害などが発生した際、住民の生活を支援するための臨時のFM局で、阪神・淡路大震災が発生した95年2月に制度が創設された。自治体などが総務省に電話などの口答で申請すれば免許を受けることができ、期間は日常生活が安定するまでとされている。


<中間貯蔵施設>用地「20年度末最大7割」…環境省見通し
毎日新聞 3月27日(日)20時28分配信

 環境省は27日、東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設(福島県大熊、双葉両町)について、2020年度末までに用地の最大7割を取得し、最大4割の汚染土を搬入するとの見通しを発表した。3月25日時点で取得した用地は必要面積の1.3%程度にとどまるなど地権者交渉は難航し、計画通りに進むかは不透明だ。【渡辺諒、土江洋範、喜浦遊、宮崎稔樹】

 ◇実現は不透明性

 中間貯蔵施設は、1600ヘクタールの敷地に汚染土などを保管する処分場や、廃棄物の容積を減らす焼却施設などを整備する。15年3月から試験輸送が始まり、最長30年間保管する。

 見通しは、環境省が27日に福島市で開かれた会議で提示。20年度末までに敷地面積の4~7割に当たる640~1150ヘクタールの取得を表明。環境省の担当者は、取得見通しの根拠について「既に1240人に戸別訪問などをしており、協力してもらえる感触を持っている」と説明した。

 施設には、同県内各地に仮置きしている汚染土など最大計2800万立方メートルを運び込む予定で、20年度末までに500万~1250万立方メートルの輸送を見込んだ。丸川珠代環境相は同日、福島市内で記者会見し「学校や住宅街など生活の場にある汚染土をまず運び出す。(地権者との交渉があり)数値に幅を持たせた」と述べた。

 一方、今回示された見通しについて、中間貯蔵施設の建設が予定される福島県大熊町の渡辺利綱町長は「大ざっぱな印象はあるが、目標とする数値を示したのは評価したい。今まで何も示さず、やる気があるのかと町民に疑われてきた。実現に向け取り組んでほしい」と話す。大熊町から同県いわき市に避難する地権者の男性(61)は「5年先に4~7割の取得では遅すぎる。こちらは売ると決めているのに補償額の提示がないなど国の動きが遅い」と国の対応を疑問視した。

 原発事故で全村避難し、帰還困難区域を除き17年3月末の避難指示解除を目指す同県飯舘村の菅野典雄村長は「環境省が示した見通しでは、あと5年は汚染土などが片付かない可能性がある。村には汚染土の入った袋が山積みとなり、復興の妨げとなっている。用地取得を急いでもらいたい」と述べた。


【震災5年 絆はどこに(4)宮城県気仙沼市】 津波と大火災に打ちのめされた魚の街 水産加工業復活で勢いを取り戻せ
J-CASTニュース 3月27日(日)16時30分配信

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福寿水産の社員が、フカヒレの加工作業に励む

 東日本大震災で、宮城県気仙沼市の鹿折(ししおり)地区は津波と大火災に襲われて壊滅状態となった。夜の街が燃え盛り、火の海となっている様子を上空から映した映像がテレビで流れ、衝撃を受けた人も少なくないだろう。

 あれから5年、鹿折地区では現在、災害公営住宅や水産加工施設の建設が進んでいる。漁業で栄えてきた気仙沼は、本来の姿を取り戻そうと懸命だ。

■柱残った工場を再建した矢先にフカヒレ相場が下落

 気仙沼の水産業を語るうえで外せないのが、サメだ。漁獲量は日本一を誇る。

 福寿水産は、社員数20人ほどでサメの加工を手掛ける。震災当日、勤務中だった社員は全員、会社の裏山に避難して助かったが、社屋と工場は津波にのまれた。突如訪れた、事業存続の大ピンチ。専務の臼井祐介さんは、社長で父の弘さんと話し合った。

  「社員の生活がかかっている。何とか踏ん張るしかない」

 工場は完全に津波に流されておらず、柱が残っていたのは不幸中の幸いだった。とは言え、建物の中は泥だらけでメチャメチャ、とても業務をすぐに再開できる状態ではない。個々の社員の生活もある。臼井さんは決断を迫られた。震災からしばらく後、社員全員をいったん解雇したのだ。それでも社員は、被災した工場に毎日来て自主的に片づけを手伝った。臼井さんは人づてに、年配の社員がこんなことを口にしていたと耳にする。

  「自分を使ってくれてありがたかった。その恩返しのつもりです」

 近くのホテルの一室を「仮事務所」として運営を続けながら、工場は2012年7月に再建を果たす。臼井さんが「ぜひ手伝ってほしい」と願っていた以前の社員も、戻ってきた。港に入る漁船の数は震災前と比べると少ないが、既に魚市場は開いており、冷蔵施設をはじめ水産加工に欠かせない事業者も徐々に稼働を始めていた。ところが、震災とは全く別の問題が発生した。

 同社の主要品であるフカヒレは、中華料理の高級食材として有名だ。しかし中国政府が2012年、フカヒレを「ぜいたく品」として公式晩さん会での使用を禁止する規定を導入すると発表、翌13年には実際に禁止する措置をとった。このため、フカヒレの最大市場である中国での相場が大幅に下落し、その影響が日本を直撃した。

 一部の海外環境保護団体による「反サメ漁キャンペーン」も起きた。フカヒレだけを切り取ってサメを捨てるという残酷な手法に反対したものだが、気仙沼ではフカヒレだけでなく、すり身をはんぺんに、軟骨は健康食材として、さらに皮はバッグや財布に加工される。1匹のサメをすべて無駄なく活用しており、批判は的外れだ。それでも、ようやく震災から立ち上がった臼井さんは神経質にならざるを得なかった。

解雇言い渡した社員が4年後、新工場に戻ってきた
 福寿水産と同じく鹿折で操業していた缶詰製造会社ミヤカンも、津波で被災した。社長の寺田正志さんは震災当日、横浜に出張していた。2日半かけて気仙沼に戻ると、目の前に惨状が広がっていた。地元で水揚げされたサンマやマグロを使った缶詰販売が軌道に乗り始めた時期だけに、ショックは大きかった。

 社員は全員、無事だった。だが事業再開の見通しは全く立たない。震災から1か月後、やむなく社員に解雇を言い渡した。「もしチャンスがあれば再会しよう」と声をかけたが、あまりの被害の大きさに「本当に再建できるのか、自信はありませんでした」と明かす。

 実際、悩んだ。時間の経過とともに取引先には別の会社が入り込んでいる。工場の再建費用自体も課題だった。巨額の資金を投じて事業再開にこぎつけても、利益を上げられる企業体質をつくれなければ意味がない。社員とその家族の生活を預かる社長の立場から、苦悩する日が続いた。それでも、前身の「宮城缶詰」から数えて70年の歴史を持つ会社を、自分の代で簡単に終わらせるわけにはいかなかった。

  「他の地域にはない、三陸の海の素材の良さで勝負しようと思いました。当社は魚市場から近く、新鮮な魚を『目利き』して手に入れられる。しょうゆやみそといった調味料は地元産を使うので、気仙沼の食文化を生かせる。『おいしいものをつくる』と気持ちの入った商品こそが、私たちの強みでした」

 工場再建にあたり、気仙沼市が指定する鹿折の「水産加工施設等集積地」を選び、最大で事業費の8分の7の補助が受けられる「水産業共同利用施設復興整備事業」を活用した。震災前に開発した「ピリ辛ツナ」はじめ、商品力には自信があった。親会社「SSKセールス」の強い販売力も武器となった。

 肝心なのは、熟練の人材の確保だ。社員の中には、既に再就職していた人もいた。寺田さんは震災以降、被災した社員の家を訪問して救援物資を届け、連絡を絶やさず、「ミヤカンが再開したら、また一緒に仕事しよう」「ミヤカンでなら、水産加工の技術を磨ける」と呼びかけるのを忘れなかった。2015年4月に新工場が竣工したときには、昔なじみの顔ぶれが並んでいた。「ご両親から『ミヤカンさんに戻りなさい』と説得された人もいたようです」。

人手不足が深刻化、それでも明るい兆しはある
 2社とも、事業再開後の歩みを徐々に進めている。福寿水産にとっては、フカヒレの相場が一時と比べれば落ち着いてきたのは好材料だ。2016年6月には新工場が竣工予定で、新商品開発を視野に入れる。専務の臼井さんは、「消費者のニーズは多様化してきており、新しいことにチャレンジしていかないと先細りしかねません」と話す。一方、ミヤカンは再開後、生産高が事業計画を上回った。3年目には震災前の売上高に戻すとの目標を立てている。

 攻勢をかけたい両社にとって悩ましいのが、人手不足の深刻化だ。募集しても、思うように人材が確保できない。

 2010年の国勢調査によると、気仙沼市の人口は7万3489人だったが、震災後の2014年3月末の住民基本台帳人口では6万8232人、さらに2016年2月末は6万6604人と減り続けている。0~14歳の年少人口も同様に「右肩下がり」で、未来を担う若い力を必要としている地元産業界にとっては厳しい現実だ。

 だが明るい兆しはある。震災で大ダメージをこうむった鹿折に、次々と水産加工施設が整備され活気が戻ってきた。2012年に設立された気仙沼鹿折加工協同組合には、2社をはじめ地元企業18社が加わった。臼井さんは、「過去に取引がなかった会社ともつながりができました」と喜ぶ。力を合わせて、気仙沼の水産業を盛り立てようというわけだ。

 ミヤカン社長の寺田さんは、これまで気仙沼に寄せられた支援を「ありがたい」と噛みしめつつも、「ずっと頼り続けるわけにはいきません」と口にする。街が完全に復興したわけではない。それでも自力で優れた製品を作り、消費者に届けるためにますます努力しなければと、決意を固めている。


20年度までに最大7割=中間貯蔵の用地取得―環境省が工程表
時事通信 3月27日(日)15時57分配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た福島県内の汚染土などを保管する中間貯蔵施設(同県大熊、双葉両町)の整備をめぐり、環境省は27日、今後5年間の工程表をまとめ、県などに示した。

 2020年度までに、用地の4~7割に当たる640~1150ヘクタールを取得できるとの見通しを明記した。

 これにより、500万~1250万立方メートルの汚染土の搬入が可能となる。同省は学校や住宅街など、住民に身近な場所で保管されている汚染土の搬入を、20年度まで終えたい考えだ。

 工程表は、福島市で同日開かれた国と地元自治体の協議会で提示された。丸川珠代環境相は終了後、記者団に「現実的な見通しを積み重ねて試算した。地域の理解を得る努力を地道に続けたい」と語った。


規制委VS朝日新聞 無期限「取材制限」処分の経緯を反原発メディアが報じないのはなぜか
産経新聞 3月27日(日)12時30分配信

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原子力規制委の田中俊一委員長(写真:産経新聞)

 原子力規制委員会は、九州電力川内原発(鹿児島県)の放射線量計の「不備」について報じた朝日新聞に対し、何度も抗議した上で無期限の「取材制限」を通告し、“徹底抗戦”を打ち出した。規制委は平成24年9月の発足以来、テレビ朝日系列「報道ステーション」や毎日新聞とも対立したことがある。これらメディアはいずれも訂正・謝罪をし、規制委に全面的に白旗を上げた。“反原発ジャーナリズム”はこんな調子で生き残れるのか?(原子力取材班)

■朝日に無期限「取材制限」

 原子力規制庁は朝日新聞に対し、ホームページに2回見解を掲載している。

 3月17日付の記事に対しては同日夜に、「誤った解釈を招きかねない」とするコメントをホームページに掲載。「規制委による審議や原子力規制庁の見解も引用されているが、記事としては、現時点における線量計の設置が、緊急時の防護措置がとれないかのような誤った解釈を招きかねない記事になっている」と指摘した上で、「(川内原発は)住民避難の判断に必要かつ十分な線量計が配置されている」との見解を示した。

 規制庁は翌18日朝、朝日の編集幹部を呼び、「明確な修正がされていない」と再抗議、今後は朝日の電話取材を一切受け付けず、対面取材の場合は録音するという無期限の取材制限措置を通告した。規制庁の報道官、松浦克巳総務課長は「取材を受けないというわけではなく、今後このようなことが起こらないように再発防止として録音対応する」と話した。

 産経新聞は18日に再び、朝日に対して取材。橋本仁・東京本社報道局長が「原子力規制委員会の見解としては受け止めますが、私たちの見解とは異なります。原子力事故はひとたび起きれば多くの人たちの安全を脅かし、生活の基盤を奪います。私たちはより安全で安心できる対策はどうあるべきかという視点に立ち、これからも報道を続けていきます」とコメントした。

 それにしても不可解なのは、他のメディアの姿勢である。

 規制委による朝日の取材制限について、他紙は報じていない(「抗議」だけは数紙ある)。日頃、政権によるメディア圧力を声高に非難しているメディアは、ダブルスタンダードを取っているのか。あるいは、朝日側の欠点が明らかで、朝日に味方するのは分が悪いと見たのか。

■毎日と報ステは“敗北”

 朝日以外にも、規制委は報道内容をめぐってメディアと2度対立している。

 一つは、毎日新聞が25年11月10日付朝刊1面で掲載した「被ばく防護策 規制委員長、住民聴取拒む」という見出しの記事だった。

 記事は、規制委の有識者会合で実施が決まった住民への聞き取り調査が事前に撤回されていたのは、田中委員長が指示していたとしたものだった。報道後、規制委は記事の内容が「事実誤認だ」として、毎日新聞社から説明があるまで、毎日記者の記者会見への出席や、電話などあらゆる取材を一切拒否した。

 結局は毎日が誤報を認め、1面におわびの記事を掲載したことで、事態は収束したが、どういう場合に出入り禁止という処断が下されるのか、明確な基準がなく、規制庁側の恣意性を各記者が問題視した。

 もう一つは、テレビ朝日系列の報道番組「報道ステーション」が26年9月10日に放送した川内原発をめぐる報道だった。田中委員長の記者会見での発言を不適切に編集し、事実誤認も見受けられた。

 規制委がテレ朝に訂正を求めるとすぐさま、古舘伊知郎キャスターが同月12日の番組内で「大きな間違いをした。田中委員長をはじめ関係者の方々、テレビをご覧の皆様を含めて、本当に心からおわび申し上げます」と画面に向かって深々と頭を下げて謝罪した。その後、テレビ朝日は番組プロデューサーや社会部の担当記者ら計7人を減給や譴責処分にした。

■取材拒否は行きすぎではないか

 メディアと国の機関は往々にして対立する。メディアは権力を持つ者を常に監視する役割があることから当然のことではあるが、ただ誤報などによって権力側が出入り禁止や取材拒否のような強権の発動を伴うことは、行き過ぎである。

 この点、規制委には記者クラブがないことによる弊害が生じている。外国メディアであれフリーランスであれ、誰でも取材は可能という利点はある。しかし他省庁であれば記者会見はそもそも記者クラブの主催であり、省庁側が特定の記者を勝手に排除できないシステムになっている。

 かといって、記者クラブを早急に作れと言っているわけではない。クラブの閉鎖性は全国的にも課題となっており、日本新聞協会が「より開かれた存在に」という公式見解をまとめたこともある。メディアに関わる透明性や公開性のあり方は、メディア自らが変えていく姿勢が必要だ。


<東日本大震災>被災時の1年生 統廃合乗り越え小学校卒業
毎日新聞 3月27日(日)10時1分配信

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式を終え、下級生に見送られる卒業生ら=石巻市立北上小学校で2016年3月18日、中嶋真希撮影

 東日本大震災で多くの校舎が被災した宮城県では、学校の統廃合が進んだ。今月卒業した小学6年生は1年生で被災。震災前の校舎を知る最後の世代だった。震災後は別の学校を間借りしたり、プレハブ校舎で授業を受けたりしなくてはならず、統廃合後も新しい学校に慣れる必要があった子供たちだ。苦労の多かった5年間を乗り越えて、卒業式の日を迎えた。【中嶋真希】

 宮城県石巻市の中心部から22キロ離れた同市立北上小学校で18日、卒業式が行われた。北上小は、2013年4月に生まれたばかりの学校だ。津波の被害を受けて校舎が全壊した相川小と吉浜小が、校舎が無事だった橋浦小を間借りしていたが、2年後の統廃合で一つの学校になった。20人の卒業生が壇上で卒業証書を受け取ると、保護者席に向かってガーベラとチューリップの花束を手渡した。花束を受け取ると、保護者はハンカチで涙をぬぐった。

 津波で3校11人の児童が犠牲になり、今年はそのうちの6人が卒業するはずだった。新妻憲男校長が祝辞で「卒業生は(6人の)おもかげを覚えているでしょう」と言う。学校は、6人の分の卒業証書も作り、式の後に手渡しや郵送で届けた。北上小のある旧北上町(現石巻市)の特産のヨシを、子供たちの手で刈り取ってすいた紙を使った、世界に一つだけの卒業証書だ。

 市内の小学校卒業式ではすっかり定番になったはかま姿の佐々木美咲さんと高橋沙也さんが、名残惜しそうに記念撮影をしながら、世話になった先生一人一人に手紙を渡していた。「卒業はうれしいけど、先生に会えなくなる」とさみしそうだ。

 ◇校舎を仕切って3校が授業

 卒業生にとって、この5年間は平たんな道のりではなかった。1年生の終わりに震災が起きると、3校一緒に授業をすることになった。1つのクラスに3校の児童が混在し、担任も3人いる状態。運営が難しくなり、翌年は教室を強化段ボールで区切って別々に授業をした。すでに統廃合が決まっていたこともあり、それぞれの学校で最後の思い出を作ろうという意図もあった。

 段ボールで仕切った教室は、すぐ隣から声が聞こえる。それでも、少人数で行き届いた指導ができた。震災から3年目の2013年、統廃合で一つの学校になり、やっと「普通の学校」としてスタートを切った。新しい学校といっても高台へ移転する計画があるため、校舎の改修に多額の費用はかけられない。ボランティア団体「プロジェクト結」が外壁を塗ったり、東京芸術大学の卒業生有志が校内すべてのトイレに絵を描いたりして、手作りの温かい新校舎ができた。

 移転が予定されている高台の運動場「にっこりサンパーク」では現在、117世帯277人が仮設住宅で暮らしている。移転の計画が動き出すのは、全員が無事に仮設住宅を出てからで、市教育委員会学校施設整備室によると、学校の建設は普通でも4~5年かかるからまだ先のことになる。

 ◇被災した門脇小は、石巻小と統合

 翌19日は、石巻駅から1キロほどの石巻小学校でも卒業式があった。石巻小は、昨年4月、津波被害で校舎が全壊した門脇小と統合した。1~5年生69人が石巻小に移り、一緒になって初めての卒業式だ。

 「門脇小と石巻小が統合して初めての卒業式です。統合してこの1年、責任ある役割を果たしてくれました」。卒業する74人が、佐藤文夫校長のあいさつに聞き入っていた。門脇小も、震災から統合するまでの4年間、不便な思いもしながら乗り越えた。

 ◇中学生サイズの校舎で奮闘

 門脇小は、震災後、高台にある門脇中の校舎の1フロアを借りていた。門脇中は校舎や体育館を快く使わせてくれたが、階段も黒板も中学生の身長に合わせて作ってあるため、子供には高すぎた。プールも小学生には深くて使えないなど不便なことが多かったが、石巻小と統合され、校舎もプールも自由に使える。

 門脇小最後の年は、全校児童109人しかいなかったが、統合されて全校児童は358人になり、大人数での劇や、チームスポーツもできるようになった。13年度まで門脇小にいた斉藤悦美・石巻小教頭は「最初は不安そうで、門脇小の子供たちでかたまってしまうこともあったが、5月の運動会が終わるころには、すっかりなじんだ」という。今では門脇小に通っていた児童もすっかりリラックスした様子だが、その裏には教員と子供たち自身の相当な努力があった。

 統合前に門脇小を訪れた際、「(石巻小には)幼稚園で一緒だった子もいるし、友達をたくさん作りたい」と話していた高橋輝良々さんは、統合後の昨夏、「校庭が自由に使えるようなった」とうれしそうに話してくれた。卒業式では、エメラルドグリーン色のはかまを着て、「石巻小での1年は、すごく充実していた」と振り返った。記念撮影をしていた同級生から「写真撮ろうよ」と声をかけられ、笑顔で友達のもとに駆けていった。


震災5年 大川小校舎保存を石巻市長が表明 植栽で囲い遺族に配慮
産経新聞 3月27日(日)7時55分配信

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震災遺構としての保存が決まった宮城県石巻市立大川小。震災5年を迎えた11日には、遺族らが追悼の祈りをささげた(宮崎瑞穂撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災の津波で計84人の児童らが死亡・行方不明になった宮城県石巻市の市立大川小について、亀山紘市長が26日、記者会見し、「震災の教訓を後世に語り継ぐ防災教育や追悼、慰霊の場として重要」と述べ、校舎を震災遺構として保存する方針を正式に表明した。同様に被災した市立門脇小も残す。

 亀山市長は「保存をめぐる賛否は拮抗(きっこう)しているが、どちらかといえば賛成の声が多く、震災5年を機に保存を決めた」と語った。

 市によると、大川小は鉄筋2階建ての校舎を現状のまま全て保存し、校庭を慰霊公園として整備する。「校舎を見たくない」と解体を望む遺族に配慮し、校舎を植栽で囲んで外観の雰囲気を和らげる。

 新年度に地元住民らと協議し、具体的な整備計画をまとめる。

 門脇小は鉄筋3階建ての校舎のうち、教室など一部を残す。現地保存するか、隣接地に整備する復興祈念公園に移すかは、今後検討する。

 震災遺構として整備に国費が充てられる施設は1市町村につき1カ所と定められ、市は大規模補強が必要で、より多額の費用がかかる門脇小を正式な震災遺構に位置付けた。大川小は基本的に補強が不要で、公園整備事業として進める。

 市の試算では、大川小の整備費は約2億2千万~約6億7千万円で、門脇小は約4億7千万~約7億円。

 門脇小は児童が高台に避難して難を逃れ、多くの犠牲者を出した大川小と対照的な結果となった。


大川小の旧校舎、震災遺構として保存…石巻市長
読売新聞 3月26日(土)22時24分配信

 東日本大震災の津波で児童と教職員の計84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の旧校舎について、亀山紘(ひろし)市長は26日、記者会見し、震災遺構として保存すると発表した。

 反対する遺族への配慮として、植栽により校舎を周囲から見えにくくする。亀山市長は「被災した建物のインパクトは大きく、防災教育上も必要だ」と述べた。

 旧校舎は津波で壁や渡り廊下が破損しているが、建物の強度に問題はなく、市はそのまま保存できると判断した。一帯を慰霊・追悼のための公園として整備する。安全対策として校舎を柵で囲うため、中には入れないが、ボランティアらによる語り部活動や被害を伝える案内板などで、教訓を後世に伝える。

 同市は、津波火災の痕跡を残す市立門脇小の旧校舎についても一部保存する。


<大川小保存決定>「震災の教訓を未来に」遺族への配慮課題
毎日新聞 3月26日(土)21時30分配信

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大川小学校被災校舎=宮城県石巻市で2015年2月、本社機「希望」から山本晋撮影

 84人の命が失われた宮城県石巻市立大川小学校の被災校舎が、東日本大震災の教訓を伝える震災遺構として保存されることが決まった。「見るのがつらい」という遺族感情も強く、保存の賛否を議論できない状態が長く続いたが、妹や級友を亡くした卒業生たちが「未来に語り継ぐため、校舎を残してほしい」と声を上げ、保存への大きな流れを作った。

 「次の世代、未来のために、残すことが大切。私たちにできることは語り継ぐことです」。地元住民で作る「大川地区復興協議会」が昨年3月、住民や遺族を集めて開いた集会。震災当時小学5年~中学2年の同小卒業生6人が参加者に訴えかけた。自分たちを「チーム大川」と名付けた6人が、地元で保存を訴えたのは、この日が初めて。

 地区住民も400人余りが亡くなり、解体を望んでいた参加者もチーム大川の声に耳を傾けた。この日行われたアンケートでは、建物全体の保存を求める意見が最多となり、協議会として市に保存を求めることが決まった。

 亀山紘(ひろし)市長は今年2月、住民の声を直接聴くため公聴会を開き、チーム大川のメンバーも参加。震災時に6年生だった妹みずほさんを亡くした佐藤そのみさん(19)は「救えた命があったことを、校舎を通して伝え続けたいので残してほしい」と呼びかけた。同小で津波にのまれて助かった只野哲也さん(16)もビデオメッセージで「ずっと語り継ぐため、これからの防災に絶対に必要」と訴え、解体を求める遺族に配慮しながら対話を継続することを求めた。

 亀山市長は校舎保存を発表した26日の記者会見で「卒業生たちの意見も判断材料になった」と話し、次世代に教訓を引き継ぐため、修学旅行の誘致や市内の小中学生の防災学習にも活用する考えを示した。決定を受けて、チームのメンバーで当時5年生の妹の千聖(ちさと)さんを亡くした紫桃(しとう)朋佳さん(18)は「まだ保存に納得していない人もいるので複雑だが、訪れた人が毎日を大事に生きようと思える場所になってほしい。これからも仲間たちと自分たちの目線で震災のことを伝えていきたい」と決意を述べた。

 一方、6年だった長女小晴さんを亡くし、公聴会でも解体を訴えた中学教諭の平塚真一郎さん(49)は「残すなら、見るのがつらい遺族にも配慮し、厳粛な気持ちで追悼できる場所にしてほしい」と話した。【百武信幸】

 ◇震災遺構、解体・撤去相次ぐ

 「見ると当時を思い出してつらい」「維持管理費がかかる」などの理由で、東日本大震災の爪痕を残す多くの建造物が解体・撤去されてきた。

 当時の町長ら職員40人が津波で犠牲になった岩手県大槌町の旧役場庁舎。前町長の碇川(いかりがわ)豊氏は「災害の記憶を風化させてはならない」と一部保存の方針を決めたが、昨年8月の町長選で解体を訴える平野公三氏に敗れた。

 平野町長は当選後、専門家や地域住民ら関係者と計9回の意見交換会を開き「保存で一人でも悲しい思いをする人がいるなら、解体すべきだ」と判断。今年中に解体に向けた関連予算案の成立を目指している。町は、震災の風化を防ぐ手段として、身元不明者の遺骨を保管する納骨施設や、モニュメントが設置された「鎮魂の森公園」を今後整備していく方針だ。

 震災遺構の維持管理費が多額のため、自治体が保存に踏み切れないケースもある。復興庁は2013年11月、国の復興交付金を活用した自治体支援策を設けたが、これまでに認められたのは、4階まで津波が襲った岩手県宮古市の「たろう観光ホテル」▽同県田野畑村の明戸(あけと)地区の被災防潮堤▽津波で流されてきた乗用車が3階の教室に残る宮城県気仙沼市の気仙沼向洋高校▽同県東松島市のJR仙石線旧野蒜(のびる)駅プラットホーム--の4件だけ。この制度で復興交付金は「保存のために必要な初期費用」に使えるが、維持管理費は自治体側の負担で、住民合意も条件となっている。

 一方、福島県内で保存が決まった建物はない。東京電力福島第1原発事故で避難が続く自治体では、住民の帰還や除染などの課題が山積しているためだ。全町避難が続く浪江町は昨年度から、津波被害を受けた請戸(うけど)小学校の保存を巡る検討を始めたが、具体的に進展していない。担当者は「インフラの復旧や避難者の生活再建が途上で、震災遺構には手が回らない」と説明する。避難指示区域内の建物については今後、除染方法も検討課題になるとみられる。【中田博維、土江洋範】


<津波被災>大川小を震災遺構に 石巻市長、校舎保存発表
毎日新聞 3月26日(土)21時3分配信

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大川小を訪れ、被災した校舎の前で遺族の話に耳を傾ける人たち=宮城県石巻市で2016年3月26日午後4時9分、佐々木順一撮影

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の被災校舎について、亀山紘(ひろし)市長は26日、震災遺構として建物全体を保存すると発表した。記者会見で亀山市長は「震災の反省、教訓を伝えていくことが最大被災地、石巻市の使命。大災害時に被害を最小限に食い止めるよう、次世代に伝承する役割を担っていく」と保存の意義を説明した。

 北上川の河口から約4キロ上流にある大川小は、川や陸上を遡上(そじょう)した津波に襲われ、児童らは避難途中にのまれた。津波は鉄筋2階建て校舎の2階天井まで達し、2階の教室は床が盛り上がっている。教室と体育館をつなぐ渡り廊下は引き波などが原因で海側にねじれるように倒れるなど、津波の脅威を伝えている。

 「見るのがつらい」と解体を求めてきた遺族に配慮し、周囲に植栽を施し見えにくくするほか、内部の公開方法も住民らと協議する。周辺を追悼の場にふさわしい形で公園として整備する考えも示し、公園整備事業として国の復興交付金を活用できないか協議する。保存のための初期整備費用は6億7000万円、年間の維持管理費は2300万円と試算。亀山市長は「津波の威力と、84人が犠牲になった事実を伝え、防災教育の場としたい」と述べた。

 火災の痕跡を残す旧門脇(かどのわき)小学校の校舎も一部保存する方針を発表した。校舎は石巻湾の約800メートル内陸にあり、当時学校にいた児童や地区住民ら約300人は近くの日和(ひより)山に避難して助かったが、津波で漏れ出した車のガソリンなどが引火して全焼。耐震補強費がかさむことや、周辺に住宅が建設されることから、保存は一部とする。大川小と同様、周囲に植栽を施し、国が周囲に整備する復興祈念公園と連動させる。保存のための初期整備費用は最大7億1000万円と試算しており、国が震災遺構として1自治体に1カ所助成する制度を活用する。【百武信幸】


津波被害の仙台・荒浜小で閉校式
2016年3月26日(土)18時59分配信 共同通信

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 震災遺構として保存される荒浜小の被災校舎。閉校式後、児童らが集まった=26日午後、仙台市若林区

 東日本大震災の津波で大きな被害があった仙台市立荒浜小学校の閉校式が26日、教室を間借りしてきた市立東宮城野小の体育館で行われ、在校生や保護者ら約300人が参加した。

 荒浜小の児童は震災時91人いたが、校舎が激しく損傷し、使用不能に。東宮城野小に移ってからも児童の転校が相次ぎ、2015年度は16人にまで減少した。荒浜の校舎周辺は震災後、人が住めない災害危険区域に指定されたため、市はことし4月から近くの市立七郷小と統合することを決めた。被災校舎は今後、震災遺構として保存する。


環境省が中間貯蔵工程表、用地取得など試算
読売新聞 3月26日(土)16時43分配信

 環境省は、東京電力福島第一原発事故の影響で出た汚染土などを保管する国の中間貯蔵施設の用地を、2020年度までに、計640~1150ヘクタール取得し、計500万~1250万立方メートルの汚染土が搬入可能になるとの試算をまとめた。

 具体的な工程表を策定するのは初めてで、27日に福島県内で開かれる地元自治体との会議に提示する。試算通りなら、予定地の4~7割を取得し、汚染土全体の2~5割強が搬入されることになるが、計画通り進むかは不透明だ。

 福島県内の汚染土は現在、計約1000万立方メートルあり、最大2200万立方メートルになると推測されている。国は中間貯蔵施設用地として大熊、双葉の両町にまたがる約1600ヘクタールの取得を目指しているが、2月末時点で買収は約1%の18・5ヘクタールにとどまる。


原発事故5年 「津波でおごりや過信は流された」東電・広瀬社長は黙祷後にこう漏らしたが…
産経新聞 3月26日(土)14時0分配信

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黙とうする東電の広瀬直己社長と福島復興本社の石崎芳行代表、福島第1廃炉推進カンパニーの増田尚宏最高責任者(左から)=3月11日午後2時46分、福島第1原発(代表撮影)(写真:産経新聞)

 「命を懸けた対応でも連鎖的な事故を食い止めることができず、社会の信用は失墜した。いわば、津波によって東京電力の過信やおごりは、木っ端みじんに流されたと言っても過言ではない」

 東電福島第1原発事故から丸5年を迎えた3月11日、福島第1原発構内の免震重要棟に設置された緊急時対策本部。廃炉作業に当たる約80人の社員とともに、東電の広瀬直己社長の姿があった。

 東電に対する地元の視線は厳しく、いまだに避難を余儀なくされている約10万人の「憎しみ」は深まるばかり。広瀬社長の言葉には悔恨の情が深々と刻まれていた。

 午後2時46分、広瀬社長は黙とうをささげた後、マイクの前に立った

 「福島の事故により丸5年がたった今もなお、大変厳しい避難生活を送っている方がたくさんいらっしゃる。その方々に、改めておわびを申し上げたい」

 その様子は、原発構内だけでなく東電東京本社、各支社で中継され、インターネット上でも公開された。

■死去した吉田所長を懐かしむ

 「ここにいると、5年前に事故の収束作業をしていた様子を思い出す。ちょうど(故)吉田(昌郎)所長がここに座っていて、大きな体に、少し猫背で…。いろいろな指示を出していた記憶が、鮮明によみがえってくる」

 広瀬社長は、目の前にある緊急時対策本部の円卓の左手の座席の1つに目を落とし、生々しく当時を振り返った。

 広瀬社長は事故後の5年間について、直後の危機的な状況を脱し、汚染水対策や4号機の使用済み燃料の取り出しなどで、「進展が図られた」と一定程度評価した。

 その半面、「デブリ(溶け落ちた燃料)や使用済み燃料を取り出すという、大きな作業が残っている。敷地の外でも、賠償や除染はまだまだ続く。住民のふるさとへの帰還も進んでいない。まだまだ私たちには、やらなければならないことがある」と、道半ばの現状を強調した。

 印象的だったのは、福島の事故の「風化」について言及した場面だ。

 「5年の月日がたって風化していくのではないか、ということが言われているが、私たちが福島の責任を忘れることは決してない。どれだけ月日がたっても、それぞれが、どんな所属になっても、どんな仕事をしていても、決して忘れない。東京電力にあって、福島の風化はありえないことだ」

■「いまも東電が憎い」視線受け止め

 黙とうの場には、東電復興本社代表の石崎芳行氏の姿もあった。

 福島復興本社は、原発事故の2年後に賠償や除染、復興支援活動の拠点として東電が設置、3月7日に間借りしていたJヴィレッジ(福島県楢葉町)から、同県富岡町の避難指示区域内に移転した。「地元密着」を進め、住民との交流や被災者の立場に立った支援を進めるためという。

 広瀬社長の訓示に続いてマイクに向かった石崎氏は、事故後の東電と地域住民との関係について、社員による復興支援活動の積み重ねにより、少しずつ前向きな「変化」が見えてきているとした。そしてこう続けた。

 「原発事故で失った信頼を取り戻すことは、並大抵の努力では成し遂げられない。今も『事故を起こした東京電力が憎い』という人は、たくさんいる。私たちの背中には、福島のみなさんの視線が常に注がれていることを意識しなくてはならない」

 社員への訓示とはいえ、公開された東電トップらの「事故から5年」のメッセージを、被災者はどのように受け止めただろうか。

 福島第1原発事故をめぐっては先月、炉心溶融(メルトダウン)の基準を明記したマニュアルの存在が初めて明らかになるなど、事実の「隠蔽」ともとられかねない事態も発生している。東電が5年間で重ねた信頼の積み木は、まだもろく、崩れやすい。(原子力取材班)


被災した大川小保存を表明
2016年3月26日(土)13時48分配信 共同通信

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 記者会見する宮城県石巻市の亀山紘市長=26日午後、石巻市役所

 東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小の被災校舎について、亀山紘市長は26日、記者会見を開き、震災遺構として保存する方針を表明した。

 大川小では地震後、教職員と児童が約50分間校庭にとどまり、避難を始めた直後に津波に遭った。学校管理下では最大の被害で、亀山市長も「悲惨な事実を後世に伝えなければならない」と遺構としての重要性を繰り返し述べていた。

 鉄筋2階建ての校舎には、2階の天井まで津波が押し寄せた。震災から時間がたった今も、遠方から慰霊に来る人たちで絶えない。


被災の大川小、保存決定=慰霊・追悼の場整備―宮城県石巻市
時事通信 3月26日(土)13時43分配信

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東日本大震災の津波で児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の旧校舎(写真)について、亀山紘市長は26日記者会見し、全体を保存の上、校舎周辺を慰霊・追悼の場として整備すると発表した=同日

 東日本大震災の津波で児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の旧校舎について、亀山紘市長は26日、校舎全体を保存すると発表した。

 遺族や住民は保存と解体で意見が分かれていたが、犠牲者への追悼と防災教育の場として残す必要があると判断した。

 市が昨年12月に公表した住民の意向調査では、市民全体で「保存」が60%。一方、校舎のある地区では「解体」が54%と過半数を占め、意見が割れた。

 亀山市長は記者会見で「解体を望んでいる遺族のつらい思いに配慮した保存の在り方を検討していきたい」と話し、住民との協議を通じ、樹木を植えて校舎を見えにくくする考えも示した。


規制委VS朝日新聞 第2の吉田調書になるのか?「角度つける」報道変わらず…
産経新聞 3月26日(土)9時0分配信

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川内原発の線量計について「半数測れず」と報道した朝日新聞3月14日付朝刊(写真:産経新聞)

 原子力規制委員会の怒りはすさまじかった。九州電力川内原発(鹿児島県)周辺に設置された放射性物質観測装置の整備が「不十分」と報じた朝日新聞の記事や社説に対してだ。謝罪や訂正を求めるだけでなく、「犯罪的」とまで表現した。この記事は確かに大きな問題がある。事実を素直に受け止めず、「角度を付ける」姿勢が、取材班には見受けられた。その姿勢は、事故時の福島第1原発所長、吉田昌郎氏(故人)の調書をスクープしながら、後に撤回・謝罪した「吉田調書」誤報問題に通じていないか、朝日自身が検証する必要があろう。(原子力取材班)

■「地域住民の不安をあおり立てる」

 「信頼を裏切る記事が出た。事実をきちっと理解しない上でああいう報道をするということは、地域住民の不安をあおり立てて遺憾だ。1面トップ、社説までおまけに書いているという姿勢については私は看過できない」

 3月16日、規制委の田中俊一委員長の定例会見は、こうした怒りの発言で始まった。この日の定例会では、田中委員長は「あたかも(避難を)判断できないように報道をし、立地自治体に無用な不安を与えたことは、非常に犯罪的だ」と厳しい口調で話した。

 朝日新聞の記事には何が書いてあったか。

 14日付朝刊の1面は「避難基準値 半数測れず」の見出しで、川内原発周辺に設置された観測装置のうち、半数が「事故時の住民避難の判断に必要な放射線量を測れない。事故時の住民避難の態勢が十分に整わないまま、原発が再稼働した」と批判。3面では「避難どう判断、住民に不安」との見出しで、不安をあおり立てた。

 15日付社説でも、川内原発に加えて関西電力高浜原発周辺での測定装置未設置問題を取り上げ、「事故時に住民を避難させる必要があるかどうか、判断するためのデータが得られないことを意味している」「国際的な常識を採り入れたはずなのに、避難についてここまでずさんでは、話にならない」と訴えた。

■「言っていないことを書かれた」

 記事のどこが問題なのか。

 原子力規制庁の説明によると、放射線の観測装置は、低線量(毎時80マイクロシーベルトまで)を測る装置と、高線量(毎時1マイクロシーベルト~100ミリシーベルト)を測る装置など異なる機能を持つ。それらを組み合わせて設置しており、避難判断のために全体をカバーしている。

 しかし朝日は低線量の装置だけに着目し、「高線量が測れないのは問題だ」と主張した。

 規制委の更田豊志委員長代理は「(観測装置の種類別は)外野手と内野手がいてそれぞれ守備範囲があるのに、(朝日の記事は)それを一人が全て守れと言っているのに等しい」と分かりやすく問題点を解説する。

 規制庁のある職員は「朝日の報道には悪意がないのか。原発の再稼働を阻止するという目的で、高線量と低線量の役割分担があるのを知っていてわざと事実に目をつぶったのではないか」といぶかった。

 さらに問題なのは、規制庁が、朝日の記事の中で規制庁の職員が「言ってもいないコメントを掲載された」と指摘していることだ。仮にそうだとすれば、朝日は記事を捏造したことになる。

 規制委の抗議に対し、朝日は17日付朝刊で見解を掲載した。「自治体の避難態勢が少しでも充実することを目指して掲載したもの」「(高線量の観測装置が)配備されているかどうかに注目した」と書かれているが、規制委の抗議にまともに答えた記述はない。

 産経新聞は16日、朝日に事実関係や規制委への対応について取材したものの、広報部からは「当該記事については複数回、原子力規制庁幹部に取材を重ねたものです。弊紙の見解については紙面に掲載する」というコメントが返ってきただけで、明確な回答はなかった。

■「吉田調書」誤報問題に“前科”

 朝日には“前科”がある。

 平成26年5月20日付で、「所長命令に違反 原発撤退」を大見出しにした上で、吉田昌郎氏の調書などを根拠に「吉田氏の待機命令に違反し、所員の9割が福島第2原発へ撤退していた」と報道した。

 しかし事実は違う。産経新聞も吉田調書を入手したところ、朝日報道にはなかった現場の複数の元所員にも取材し、所長の命令違反という実態は存在しなかったことが分かった。

 結局、朝日自身が記事を取り消し、社長が謝罪会見を行い、引責辞任という異例の事態を招いた。

 社長は当時の会見で「『命令違反で撤退』という記述と見出しは裏付けがない、と判断した。多くの所員らが吉田所長の命令を知りながら第1原発から逃げ出したような印象を与える間違った記事でした」と釈明した。

 この記事で問題だったのは、事実をねじ曲げる姿勢であり、原発への悪印象を与える意図があったとみられることだ。

 今回の川内原発の観測装置の報道にそういった意図がなかったのか、朝日自身がきちんと検証する必要があろう。


震災5年 大川小校舎保存へ 石巻市、復興庁と調整
産経新聞 3月26日(土)7時55分配信

 東日本大震災で児童74人、教職員10人の計84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小の被災校舎を、同市が震災遺構として保存する方向で復興庁と調整していることが分かった。亀山紘市長が26日に記者会見して表明する。

 同校は保存か解体かをめぐって市民、遺族の間で意見が分かれていたが、石巻市は惨事を繰り返さないよう校舎を追悼、伝承の場として残す意義を重要視したとみられる。同様に被災した同市立門脇小についても保存の方向で検討している。

 復興庁によると、同市から被災校舎の保存について打診があったという。震災遺構の維持・管理に国の復興交付金を充てる場合、1つの市町村につき1カ所限定で認められる。

 大川小の校舎は鉄筋2階建てで津波が2階まで到達した。校舎を一部または全部保存する場合は、整備費として約2億1千万~約6億7千万円が必要で、解体には約2億2千万円かかる。市は周辺や跡地を公園として整備することも想定している。

 市は昨年5月、地元の住民組織から校舎保存の要望を受け、可否の検討を始めた。市民アンケートを実施した結果、「保存」「解体」で意見が二分し、今年2月の公聴会でも賛否が分かれ、慎重な検討を求める声も上がっていた。

 学校管理下で最大の死者を出した「大川小の悲劇」について、亀山市長はこれまで「悲惨な事故を後世に伝えることが必要だ」と述べていた。

 ■歓迎と落胆 揺れる遺族

 大川小の被災校舎が震災遺構として保存される見通しになったことを受け、保存賛成派の遺族は歓迎の意向を示す一方で、反対派の遺族は複雑な心境を吐露した。

 6年生だった長男=当時(12)=を亡くした今野浩行さん(54)は、保存方針を好意的に受け止めた。ただ、「保存をめぐる住民の議論はまだ熟成していない。そうした中で保存方針が示され、反対派の理解が得られるかどうか心配だ」と話し、市が結論を急いだことに伴う弊害を懸念する。

 当時、高学年に在籍していた娘を失った40代の母親は解体を望む立場だ。「震災遺構として残す意義は否定しない」としながらも、「子供たちが大好きだった校舎は震災前の姿で、津波で変わり果てた校舎を保存しても子供たちは喜ぶだろうか」と話した。

 遺族らを対象にした今年2月の市の公聴会では、発言者のうち3分の2が「保存」を、残り3分の1が「解体」を求めた。保存派は「教訓を後世に伝え、悲劇を二度と繰り返さない機運を高める」と述べ、解体派は「被災校舎を見るたびに思い出してつらくなる」などと語っていた。


遺族が南三陸町長を告発
2016年3月25日(金)22時24分配信 共同通信

 東日本大震災の津波で宮城県南三陸町の防災対策庁舎にいた町職員らが犠牲になったのは、適切な避難指示を出さなかったのが原因として、遺族が業務上過失致死容疑で25日、佐藤仁町長に対する告発状を宮城県警に提出した。

 県警は「受理するかどうかは、今後検討する」としている。

 関係者によると、告発したのは、庁舎やその周辺で津波の犠牲になった職員ら9人の遺族。佐藤町長は地震発生後、庁舎に設置した災害対策本部の本部長を務めていた。

 佐藤町長は2012年3月にも同様の内容で別の遺族に告訴されたが、15年8月に不起訴処分となった。


<伊方原発1号機>課題は山積 四電が廃炉決定
毎日新聞 3月25日(金)22時8分配信

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廃炉が決まった四国電力伊方原発1号機(中央)。後方は(左から)3号機と2号機=愛媛県伊方町で2015年11月、本社ヘリから森園道子撮影

 四国電力が25日、運転開始から38年が過ぎた伊方原発1号機(愛媛県伊方町)の廃炉を決めた。原発に依存してきた地域経済への影響が懸念され、四電は官民の関係機関で検討会を発足させる。老朽原発はコスト面や事故リスクの問題があるため廃炉を歓迎する声もあるが、放射性廃棄物の処理などの課題は山積している。廃炉を円滑に進められるかは未知数だ。

 四電が発足させる検討会は、資源エネルギー庁▽愛媛県▽県内企業▽研究機関などで構成する予定。四電は浜岡原発(静岡県)や東海原発(茨城県)など廃炉の先行事例の研究を始めており、廃炉を地元経済の活性化につなげる思惑もある。

 愛媛県によると、廃炉で1号機からの核燃料税2億6400万円がゼロになる可能性があり、伊方町にとっては固定資産税と電源立地地域対策交付金が減る。山下和彦町長は「当然影響はあると思う」と語る。同県の中村時広知事はこれまでも伊方1号機廃炉を視野に「廃炉研究の拠点にしてほしい」との考えを示しており、それに応えた形だ。

 雇用面への影響には不安や期待が交錯する。旅館経営の三好富太良(とみたろ)さん(69)は「我々は宿泊客のほとんどを原発作業員に頼っており、ショックだ」と漏らしたが、町議の1人は「廃炉では全国から労働者が来る」とみる。25日に伊方町を訪問した四電の佐伯勇人社長は「定期検査の仕事が減るが廃炉の仕事が新たに増える。トータルではそんなに減らないのではないか」との見方を示した。

 一方、四電の試算では放射性廃棄物など1号機の解体で排出される「核のごみ」は約30万トン。当面の保管場所を含めた具体的な処理方法については「国が議論・検討中で白紙」という。

 四電は25日、伊方3号機を7月に再稼働させる方針を公表。脱原発団体「八幡浜・原発から子どもを守る女の会」(同県八幡浜市)の斉間淳子代表(72)は「廃炉は原発推進の世論対策に過ぎない」と冷ややかだ。【渕脇直樹、伊藤遥、橘建吾】


<福島自主避難者>7割、転居あてなく 無償提供終了後
毎日新聞 3月25日(金)22時2分配信

 福島県は25日、住宅の無償提供が2017年3月末で打ち切られる原発事故の自主避難者らを対象にした、住まいの意向調査の中間結果を発表した。回答者のうちの約7割が「17年4月以降の住宅が決まっていない」と答え、避難者の多くが支援終了後の具体的な見通しを立てられていないことが浮き彫りになった。県は5月から、住まいが決まっていない世帯を戸別訪問して、避難者の意向に沿った生活再建ができるように支援をする方針。

 県は、原発事故の避難指示区域を除いた地域からの避難者や、津波の被災者ら県内外の計1万2539世帯を対象に、今年1月末から郵送などで調査を実施。民間のアパートなど「みなし仮設住宅」に避難している計9944世帯(県内4636世帯、新潟県を除く県外5308世帯)を対象に行った結果を速報として発表した。回答率は61.3%(6091世帯)。工事の遅れなどで災害公営住宅や再建予定の自宅に入居できずに、入居期限が18年3月まで延長される世帯も含んでいる。

 調査で「17年4月以降の住宅が決まっている」と回答したのは約3割にあたる1774世帯。県内の避難者では4割近くを占めたのに対し、県外避難者は2割にとどまった。

 「決まっていない」は4285世帯だった。このうち打ち切り後に「福島県内での生活」を希望しているのは、県内避難者は約9割に上ったのに対して、県外避難者は約1割。県外避難者の約7割は「県外での生活」、約2割は「検討中」とそれぞれ回答した。

 県避難者支援課の松本雅昭課長は「避難している人を受け入れてくれている自治体などと協力して、住宅の見通しがつけられるように支援していきたい」と話している。

 県は支援を打ち切る17年度から2年間、低所得者や母子避難者を対象に1年目は家賃の2分の1(最大月3万円)、2年目は3分の1(最大月2万円)を補助する方針を打ち出している。【小林洋子、宮崎稔樹】

 ◇「無償提供がなければやっていけない」

 夫と小学生の子ども2人の家族4人で福島県郡山市から新潟市西区へ自主避難している高橋真由美さん(44)は、17年4月以降の住まいについて「夫は(避難に伴い)再就職せざるをえず、収入も減った。新たに部屋を借りるか、新居を建てるかの前に、どこに住むかさえ、今は将来の見通しが立たない」と戸惑いと不安を感じている。さらに「無償提供がなければやっていけない。無償提供の終了は早すぎる」と訴えた。【堀祐馬】

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