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2016年3月12日 (土)

東日本大震災・原発事故関連のニュース・2107

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<両陛下>震災復興支援コンサート鑑賞 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興相、今後5年「新たな産業育成にも力」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災5年 鎮魂のたこ、被災地の空に 岩手で復興願う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:医療正常なら138人生存 - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下、復興支援コンサート鑑賞 - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下、復興支援コンサートに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:解体か保存か、遺族の間でも意見二分…揺れる大川小の「未来」を切り開くには - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電 今ごろ事故マニュアル「見過ごしていた」はないだろ… 原発事故から5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災5年>米漂着の漁具、岩手に帰る 「家宝に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災で「防げた災害死」143人…岩手・宮城 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大津波生む断層、本格調査 東北の日本海溝沖 震災で高まるリスク - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災5年から一夜、次へ一歩 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「奇跡は、『偶然』ではおきない」園児全員を津波から救った保育所長が伝えたこと - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<長野北部地震5年>栄村「灯明祭」 3000個の光ともり - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<甲状腺がん>家族の会を発足 福島県実施の健康調査で診断 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:もう一つの震災「3・12」から5年…長野県栄村で灯明祭 「助けてくれた周りの人に感謝している」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:DNAより歯型鑑定有効 - 速報:@niftyニュース.
リンク:エチオピアで大震災展が中止 - 速報:@niftyニュース.
リンク:谷垣幹事長がシェフ姿…恒例の「自民党屋台村」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:甲状腺がん患者家族会設立=福島原発事故後診断で―東京 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:自民谷垣幹事長がエプロン姿で「牛たんカレー」提供 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:小泉進次郎氏トマト克服「ふくしまイレブン」PR - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:“知ってほしい”“踏み込まないで” 被災地のダークツーリズム、意義と求められる配慮 - 速報:@niftyニュース.
リンク:大震災の火災398件…揺れで出火、半数は電気 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「屋台村」で復興支援=自民 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「亡くなった人の分まで人生という物語を紡ぎたい」石巻市の建設会社社長、佐藤昌良さん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:自民党「屋台村」、被災地名物に舌鼓 谷垣コック、牛タンカレー振る舞う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災5年>米国務長官「日本の人々の勇気を思い起こす」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<長野県北部地震5年>直売所で栄村を元気に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<被災地の天然ウニ>「おいしく育って」プロジェクト - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:SPEEDI、自治体判断で…政府が活用認める - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災5年>インドの人もうまい 被災地の味「女川カレー」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:未来へ繋げる教訓、大川小で誓い新たに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災5年 高木復興相の居座りで復興行政はなお機能不全 自治体の職員不足も深刻… - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<両陛下>震災復興支援コンサート鑑賞
毎日新聞 3月13日(日)19時36分配信

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東日本大震災復興支援チャリティーコンサートに出席された天皇、皇后両陛下=東京都新宿区で2016年3月13日午後3時16分、代表撮影

 天皇、皇后両陛下は13日、東京オペラシティ(東京都新宿区)で、東日本大震災復興支援チャリティーコンサート「クラシック・エイド」を鑑賞された。日本を代表するソプラノの森麻季さんや福島県立郡山高校合唱部の歌に聴き入り、高校生ら出演者による唱歌「ふるさと」の合唱では、観客と共に口ずさんでいた。

 収益の一部が、震災遺児の進学を支援する基金に寄付されるコンサートで、両陛下はこれまでもたびたび鑑賞している。16日から18日までは、福島、宮城の両県を被災地の視察のために訪問する。【山田奈緒】


復興相、今後5年「新たな産業育成にも力」
読売新聞 3月13日(日)19時14分配信

 高木復興相は13日のNHKの番組で、2016年度から5年間の「復興・創生期間」に関し、「第1次産業などをしっかり再生・再建し、新しい産業も力強く進めていく」と述べ、水産加工業や酪農など被災地の産業再生に加え、新たな産業育成にも重点的に力を入れる考えを示した。

 東日本大震災から5年を経過したことを踏まえ、「まちの復興に合わせて『心の復興』をやることも大事だ」とも指摘し、被災者の心のケアや、災害公営住宅でのコミュニティー形成への支援の重要性を強調した。20年度末が設置期限の復興庁の扱いについては、「福島は(20年度以降も)国が前面に立って(復興を)やらなければならない。これから議論する課題だ」と述べ、存廃の可否を含めて検討する考えを示した。


震災5年 鎮魂のたこ、被災地の空に 岩手で復興願う
産経新聞 3月13日(日)18時55分配信

 岩手県の釜石市と陸前高田市で13日、東日本大震災からの復興を願うたこ揚げ大会が開かれた。釜石では、ショッピングセンターの駐車場で大人たちが大漁旗を振る中、約50人の子供たちが復興を願うメッセージなどを手書きしたたこを空に揚げた。

 市立双葉小5年の中軽米(なかかるまい)一樹君(11)は「復興がもっと早く進んでほしい。(2019年の)ラグビーワールドカップが今から楽しみ」と話した。

 会場では、震災を機に交流を続けるパレスチナ自治区ガザ地区とインターネット電話をつなぎ、互いの状況の報告も行われた。

 たこ揚げに先立ち、ラグビーの社会人クラブチーム「釜石シーウェイブス」の選手らのパネルディスカッションが開かれ、松原裕司選手(36)が「立ち止まることもあるけど、それも前に進むための準備。努力は必ず力になる」と、子供たちにエールを送った。


医療正常なら138人生存
2016年3月13日(日)18時43分配信 共同通信

 東日本大震災で被災した岩手、宮城両県の病院で亡くなった1042人中、約13%に当たる計138人が、通常の医療体制なら救えた可能性が高いことが13日、両県の医師が参加した厚生労働省研究班の調査で分かった。震災では、多くの病院が停電や断水による医療機器の停止や薬不足に見舞われた。次の災害に備え、医療機関が機器などを守る防災体制の強化が求められている。

 調査は震災発生日の2011年3月11日からの約20日間、岩手、宮城の災害拠点病院など主要な40病院で亡くなった患者が対象。記録などを基に、救急や災害医療の専門家が分析した。


両陛下、復興支援コンサート鑑賞
2016年3月13日(日)17時47分配信 共同通信

 天皇、皇后両陛下は13日午後、東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホールを訪れ、東日本大震災の復興支援チャリティーコンサートを鑑賞された。

 コンサートには、テノール歌手の錦織健さんやピアニストの舘野泉さんらに加え、被災地から福島県立郡山高校合唱団が特別出演。両陛下は、約1時間にわたり「アベ・マリア」や「花は咲く」などの楽曲に聞き入り、アンコールでは会場に集まった他の客と共に「ふるさと」を歌った。

 このコンサートは、震災が起きた2011年から毎年、都内で開催されており、今回が6回目。両陛下は宮城県を訪れていた昨年を除き、鑑賞に足を運んでいる。


両陛下、復興支援コンサートに
時事通信 3月13日(日)17時35分配信

 天皇、皇后両陛下は13日午後、東京都新宿区の東京オペラシティで開かれた「東日本大震災復興支援チャリティコンサート」を鑑賞された。
 
 今回で6回目の開催で、歌手の錦織健さんやピアニストの舘野泉さんらのほか、福島県立郡山高校合唱団の生徒43人も出演。復興支援のチャリティーソング「花は咲く」などの曲目が披露され、両陛下は演奏が終わるたびに盛んに拍手を送っていた。


解体か保存か、遺族の間でも意見二分…揺れる大川小の「未来」を切り開くには
スポーツ報知 3月13日(日)15時46分配信

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津波被害を受けた大川小の低学年の教室。天井の壁がほとんどはがれている

 「あれから5年たったと言いますが、私たちには何か区切りが付いたというわけではありませんから」。遺族の言葉が、胸に刺さった。

 2011年3月11日の東日本大震災による津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校。震災から5年となった11日、遺族会が被災校舎で法要を営んだ。遺族や住民ら200人以上が参列し、犠牲者の冥福を祈った。

 大川小校舎をめぐっては、現在、震災遺構として保存するか否かで、遺族や住民の間で意見が割れている。校舎の保存を望む遺族は「防災意識が高まる。2度と悲劇が起こらぬよう、未来の教訓のために残してほしい」などと主張し、解体を望む遺族は「校舎を見ると悲しみを思い出し苦しくなる。観光地化して記念写真を撮る人もいる」などと訴えている。

 双方とも、かわいい我が子を失った遺族。それなのに、違う答えに行き着いた。第三者から見れば、どちらも正論に聞こえる。しかし、一方を選択しなければならない。石巻市は「3月中に保存するか解体するか結論を出す」としているが、果たしてどうするのか。どちらに決まったとしても、半数近い遺族や住民らは納得しない状況だ。それで解決したと言えるだろうか。

 ある遺族は言った。「もっとお互いに話し合いが必要だと思う。遺族間でもまだ十分に議論していない。多くの人が少しでも納得し、一人でも同じ方向を向けるようになることを願っています」。震災遺構で、この5年間で残ったものは数少ない。だが、宮城県が31年まで管理する事を決めた南三陸町の防災対策庁舎の例もある。

 大川小の児童たちは、地震の後、校庭に約50分待機し約200メートル離れた川の堤防へ避難したところ、4キロ離れた河口から北上川を上ってきた津波に襲われた。校舎の傷跡は、今も生々しい。2階教室天井に津波の泥水の跡が残り、床は異様に盛り上がっているという。校舎と体育館をつなぐ渡り廊下はなぎ倒されていた。そして、教室の時計の針は津波が到着したとみられる「3時37分」を指して止まったまま…。

 大川小の校歌のタイトルは「未来をひらく」。あまりにも悲しいことがあった場所だが、どうか新たな「未来」を切り開く場所であってほしい。


東電 今ごろ事故マニュアル「見過ごしていた」はないだろ… 原発事故から5年
産経新聞 3月13日(日)14時30分配信

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炉心溶融の定義を明記した東京電力のマニュアルのコピー(写真:産経新聞)

 なぜこの時期にこんな大事なことが明らかになったのか。東京電力福島第1原発事故から5年。事故を「最悪」にさせたのは、燃料が溶け落ちる「炉心溶融(メルトダウン)」だが、東電は事故当初に「損傷」と言い続け、事故を過小評価してきた。実は社内マニュアルに従えば早期に「溶融」と判断できたのに、5年間も「マニュアルを見過ごしていた」と釈明した。東電は一体、何度信頼を失ってきたのだろうか。(原子力取材班)

 ■「何のために作ったんだ?」

 「じゃあ、マニュアルは何のために作ったんだ? 事故前から事故につながるような東電の体質が表れていたのでは。深刻に反省してもらう必要がある」

 原子力規制委員会の田中俊一委員長は3月2日の定例会見で東電を厳しく批判した。

 東電のマニュアル問題は、国会にまで波及する。参議院予算委員会は3日、東電の広瀬直己社長を参考人として呼んだ。

 広瀬社長は「マニュアルは、業務を遂行する人間は当然知っていなければならなかった」と頭を下げた。その上で「隠蔽するということではなかったと考えている。しっかり調べて再発防止をやっていきたい」と述べ、事実の解明は第三者を交えた調査委員会に委ねるという。

 発端は2月24日、東電側から担当記者に「福島第1原発事故当時の通報・報告状況についてレク(記者会見)をしたい」と連絡があったことだ。

 この「通報・報告」という伝達方法には問題がある。取材班もはじめ、今頃原発事故の通報について何を説明したいのか分からなかった。

 ところが担当記者に説明に訪れた東電の白井功・原子力・立地本部長代理は「社内のマニュアルに、炉心溶融の判断基準があった」とおもむろに話し出した。一転して、「大ニュース」となり、各社の記者の動きがにわかに慌ただしくなった。

 ■「官邸になぜ知らせないんだ!」と怒鳴り声

 時計の針を5年前に戻してみよう。なぜ東電は炉心「溶融」ではなく「損傷」と言い続けたのか。

 平成23年3月11日に発生した原発事故ではその日の夜に政府が「原子力緊急事態宣言」を発令した。

 その後の解析では、その日のうちに1号機で炉心溶融が始まっていたことが推測されている。翌12日には、当時の原子力安全・保安院の審議官が「炉心溶融がほぼ進んでいる」と溶融の可能性に言及した。民間事故調査委員会の報告書が、当時の民主党政権内の混乱ぶりの様子を詳しく記載している。

 報告書によると、審議官の「溶融」発言が官邸に知らされると、官邸中枢が「まだ分からないことをあったかのように言うのはまずいだろう」と異論が上がった。当時の枝野幸男官房長官の不快感は強く、保安院関係者に「まず官邸に知らせないということは何たることだ」と怒鳴り声を上げたという。

 その後、審議官は更迭され、東電は「判断する根拠がない」として炉心溶融を否定するという結果を生む。詳しい解析の結果として、東電がようやく溶融を認めたのは事故から約2カ月もたった23年5月15日だった。

 保安院も東電との議論の末、同年4月18日に「溶融の程度は燃料を取り出すまで確定しない」として溶融に否定的な見解をまとめている。

 ■「気付かなかった」は考えにくい

 では、「見過ごしていた」というマニュアルにはどう書いてあったか。

 マニュアルは平成15年に作られ、「原子力災害対策マニュアル」と呼ばれる。そこには「炉心損傷の割合が5%を超えれば炉心溶融と判定する」との記載されている。

 事故発生4日目の3月14日朝には、炉心の損傷割合が1号機で55%、3号機も30%と推定されており、マニュアルに従えば、この時点で炉心溶融と判断できていた。白井氏も「もっと早い段階で炉心溶融と判断できた」と認めざるを得なかった。

 東電側は規定の存在を「気付かなかった」と釈明し、社内で情報共有できていなかったという。しかし社内だけでなく、これまで政府や国会などさまざまな事故調査が行われており、この5年間、誰も気付かなかったとは考えにくい。

 一つの要因としては、マニュアルは25年12月に全面改定されていることだ。改定により炉心溶融の記載もなくなった。ただ改定作業中になぜ昔の記述を確認しなかったのか。東電は「細かい変更の時はビフォー・アフター(古いものと新しいもの)で調べるが、非常に大きな改定だったので、ビフォーまでしっかりチェックできなかった」と釈明した。

 早期に炉心溶融と判断すれば事故対応も変わっていたのだろうか。全電源喪失した第1原発では当時、炉心を放水で冷やすしか手がなく、東電は「収束作業への影響はなかった」と説明する。しかし住民への避難通告はどうだったか。改めて検証する必要もある。

 ■隠蔽体質は改まるか

 今回マニュアルの規定が発見されたのは、新潟県の調査がきっかけだ。

 東電柏崎刈羽原発を抱える新潟県の泉田裕彦知事はこれまで、「事故の検証と総括なしには再稼働の議論はしない」と明言してきた。このため、新潟県は独自に技術委員会をつくり、東電に事故検証を求めてきた。知事は特に「なぜ炉心溶融の判断が遅れたのか」にこだわっていたという。

 泉田知事はこの10月に任期満了を迎える。マニュアル問題の2日後に県議会で4選出馬を表明しており、柏崎刈羽の早期再稼働は難しくなったといえよう。

 新潟から指摘されて、事実を明らかにする東電の姿勢は非難されるべきである。不十分な情報伝達や広報体制は今も続いている。原発事故から5年という節目を迎えても、東電の情報隠蔽体質への不信感は変わっていない。


<東日本大震災5年>米漂着の漁具、岩手に帰る 「家宝に」
毎日新聞 3月13日(日)11時36分配信

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持ち主の大町幸平さん(左)に漁具を引き渡すジェス・ポールソンさん(右)、川俣真美さん夫婦=岩手県山田町役場で

 海の向こうから希望が届いた--。東日本大震災の津波で流された、漁師の大町幸平さん(67)=岩手県山田町=の漁具が、約7000キロ離れた米オレゴン州の海岸に漂着。12日、漁具を発見した現地の女性の息子夫婦が町を訪れ、5年ぶりに大町さんに引き渡された。大町さんは「震災ではすべてをなくした。自宅を再建したら額に入れて飾り、家宝にします」と感激した。【鬼山親芳】

 マスを取る引き縄漁に使う「潜行板」と呼ばれるヘラ状の漁具(長さ約30センチ)。大町さんが震災の10年ほど前、キリの木で手作りしたもので、作業小屋に保管していた。津波で小屋ごと流されたという。

 発見したのは同州ポートランドのデボラ・ディーンさん(65)。今年1月24日に同州オーシャンサイド地区の海岸を散歩中に見つけた。漁具には「大沢」「大幸丸」の文字のほか、電話番号が記されていた。ディーンさんの息子で、在日米国大使館に勤務するジェス・ポールソンさん(40)と妻の川俣真美さん(40)が連絡を取り、文字や電話番号を手がかりに大町さんにたどり着いた。

 ポールソンさん夫婦は12日、町役場で漁具を大町さんに手渡した。大町さんは「見つかったと聞いた時は半信半疑だった。間違いなく私の物です」と、懐かしそうに手に取ってなでた。ポールソンさんも「震災前と未来をつなぐ希望になればうれしい」と日本語で話した。引き渡しには佐藤信逸町長も立ち会い「地球はつながっているんですね。お届けしてくれてありがとうございます」と感謝した。


震災で「防げた災害死」143人…岩手・宮城
読売新聞 3月13日(日)9時19分配信

 東日本大震災で亡くなった人のうち、医療体制が維持されていれば死亡せずに済んだ「防ぎ得る災害死」の疑いがある人が、岩手、宮城県で計143人いるとの研究結果を、厚生労働省研究班(班長=小井土(こいど)雄一・日本DMAT事務局長)がまとめた。

 死因は「治療の遅れ」「病院の停電や断水」「医薬品不足」の順で多く、広域災害での医療の弱点が浮き彫りになった。

 調査対象は、岩手、宮城県沿岸部の災害拠点病院を中心にした計40病院。福島第一原発事故による避難があった福島県の病院は、対象から外した。

 研究班は、5年前の震災発生当日から4月1日までの約3週間にこの40病院で亡くなった計1042人のカルテを分析。このうち病院への搬送体制や治療体制の悪化が死因につながった143人を、地震や津波による直接死と区別し「防ぎ得る災害死」と判断した。


大津波生む断層、本格調査 東北の日本海溝沖 震災で高まるリスク
産経新聞 3月13日(日)7時55分配信

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アウターライズ地震の断層調査(写真:産経新聞)

 ■海洋機構、浸水域予測で減災目指す

 大きな津波が生じやすい「アウターライズ地震」を起こす断層について、海洋研究開発機構が東北地方の日本海溝沖合で本格的な調査を始めたことが12日、分かった。東日本大震災の影響で大地震が誘発される恐れがあり、津波の浸水域を即時に予測して減災に生かす仕組みづくりを目指す。アウターライズ地震の防災目的の断層調査は初めて。

 アウターライズは海溝の外側で、沈み込む海洋プレート(岩板)が盛り上がっている場所のこと。浅い部分が引っ張られ、断層が上下方向に動く地震が起きる。揺れは小さくても海底の変動が大きいため津波が巨大化しやすく、大震災の影響で発生リスクが高まっている。

 海洋機構が調査するのは日本海溝の東側で、岩手県沖から福島県沖にかけての南北約700キロ、東西約150キロの海域。日本海溝の西側に延びる大震災の震源域に隣接する。

 海底下の探査や地震観測によって断層の分布を調査。それぞれの断層が動いて地震が起きたと想定し、発生する津波を計算する。沿岸の地形などを基に津波の高さや到達時間、浸水域を求め、平成31年度までにデータベースを構築する。

 地震が起きた場合、防災科学技術研究所が設置した海底地震計や津波計の観測結果から、震源断層を即座に特定。行政側がつくる津波の即時予測システムにデータを役立てる。

 気象庁の津波警報と違って沿岸の浸水範囲がすぐに分かる利点があり、住民の確実な避難につながると期待される。当面は東北の港周辺など3地域を予測対象とする計画だ。

 津波の即時予測は、プレート境界の断層が分かっている日本海溝や南海トラフで取り組みが進んでいるが、アウターライズでは断層のデータが乏しいことが実現の壁になっていた。

 アウターライズ地震は巨大地震の後に起きやすい。明治三陸沖地震後の昭和8年に起きたマグニチュード(M)8・1の昭和三陸沖地震がこのタイプで、最大約30メートルの津波で約3千人が犠牲になった。大震災後もM8級の発生が懸念されており、海洋機構の小平秀一センター長は「起きてから『分からなかった』では決して済まされない。備えが不可欠だ」と話す。


東日本大震災5年から一夜、次へ一歩
産経新聞 3月13日(日)7時55分配信

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津波の進水区間を示す標識。復興工事が進む中、津波被害の大きさを語り継ぐ=12日午前10時34分、岩手県釜石市(沢野貴信撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災5年から一夜明けた12日、被災地では復興に向けた歩みが続けられた。復興のトップランナーともいわれる宮城県女川町のJR女川駅周辺では、かさ上げ工事が進み、福島県浪江町では帰還に向けた作業が進む。岩手県釜石市の国道45号では、浸水区間を示す標識が津波被害の大きさを伝えている。


「奇跡は、『偶然』ではおきない」園児全員を津波から救った保育所長が伝えたこと
BuzzFeed Japan 3月13日(日)7時0分配信

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佐竹悦子さん

それは「奇跡」だったのか?
宮城県沿岸部にある名取市閖上地区。東日本大震災の津波により、住宅地が流出し、当時の住民約6000人のうち、753人が亡くなった。その閖上地区で園児54人全員を避難させ、一人の犠牲者も出さなかった保育所がある。名取市立閖上保育所だ。のちに「閖上の奇跡」と呼ばれるようになったが、当時の所長、佐竹悦子さんは「奇跡は偶然では起きない」と話す。なぜ、閖上保育所は助かったのか。【石戸諭】

佐竹さんは2016年3月11日、東京にいた。杉並区の防災イベントの講演に招かれたためだ。震災から5年を迎えた日に、佐竹さんは教訓を静かに語り始めた。

2011年3月11日。閖上保育所には、この日、1歳~6歳まで54人の園児がいた。
海岸から800メートル、漁港まではわずか260メートル、海抜0メートル。船は身近なもので、海は園児たちの遊び場だった。


午後2時46分、園児たちのお昼寝の時間だった。近くの公民館に外出していた佐竹さんは突然の大きな揺れに「大変だ」と車に乗り込んだが、地面が波打ち、アクセルを踏んでも車が動かなかった。

佐竹さんにとって、この保育所は「新卒」として初めて働いた保育所であり、名取市職員として園長を務めた最後の保育所だった。

「名取市出身なんですけど、浜のほうの言葉はわからなくて、はじめは泣いてばかりいました。それを子供に慰めてもらい、励ましてもらう。そんな保育士でした」
揺れが収まるとともに、急いで保育所に急いだ。もしかしたら、この地震で園が壊れて、子供たちに死者がでたかもしれない。

「津波が来るかもしれないのに、内陸から沿岸部に向かうことはありえないことです。でも、私の職責は所長です。子供と職員を守って、いくらのもの」
園に戻ると、園庭にブルーシートを敷き、パジャマ1枚で子供たちが固まっていた。職員10人も外にいた。

園児と職員の目線は、戻った佐竹さんに一斉に注がれた。「園長先生、どうする?」と言われているように感じた。
午後2時55分、佐竹さんは決断を下し、3つの言葉で指示をした。

1・逃げます
2・車を持ってきてください
3・小学校で会いましょう

避難先は園児も良く行っていた2キロ先の閖上小学校。発達障害がある園児もいる。混乱しないよう、マニュアルで馴染みの場所に避難することを決めていた。職員の車に園児を分散させ、各車に乗れるだけ乗せて、逃げた。

「なにもなかったら、笑って戻ればいい。漁港近くに職員の駐車場があったので、もし戻ってこなかったら……。その時は、私たちは全員ダメ」
待つ間、園児たちと歌を歌いながら待った。

午後3時20分、閖上小東昇降口に全員がたどり着き、3階建て校舎の屋上へ駆け上がった。津波が到達したのは、その32分後、午後3時52分のことだった。

「もはやここまでか」。死を意識した。津波は閖上小にも到達した。車が流れ、人が流れていた。「助けて」という声が聞こえたが、手を伸ばしても届かない。
その日、名取市は雪が降っていた。3月の雪は珍しい。屋上にパジャマ1枚の子供たち。ここで風邪から肺炎になったりしたら…。

津波の流れをみていると、3階までは届かなそうだ。屋上にとどまるか、3階に戻るか。命を預かる決断を何度も迫られた。
寒さに凍える園児の姿をみて、佐竹さんは3階に戻した。

佐竹さんが懸念した事態は起きなかったが、別の危機が迫っていた。
午後4時10分ごろ、プロパンガスの爆発でそこらじゅうで火災が起きた。火の手が四方から迫る。

死を覚悟したのは、この日4度目。わずか1時間20分のあいだに4度だ。

それでも園児たちに不安を与えてはいけない。
危機の中、職員たちは視聴覚室で園児を円にし、平常時と同じように一緒に歌を歌い、お絵描きをした。
「思い返したときに、辛い思い出だけが残らないように心がけたのです」
午後6時、あたりは闇につつまれ、自衛隊、報道のヘリコプターの音だけが響いていた。その頃、子供の口から「もっとも聞いてほしくない質問」が増えてきた。
「ママは?」
「必ず来るよ」
と声をかけた。閖上小学校にたどり着き、保護者に受け渡すことができた子供たちもいたが、残る子供も当然ながらいた。

午後8時にはカーテンを外して、床に敷き子供たちを寝かした。「もう遅いから寝ようか」

寒く、辛い一晩だった。この夜、子供たちは誰一人、泣くことはなかった。

朝は普通にやってくる。朝日はきれいに上がった。やっと到着した避難用のバスに乗り込み、7キロ内陸の小学校の体育館へ移動した。途中、ショッピングモールの近くに津波で流された船があった。

「所長先生、お船も遊びにきたの」
「そうだね、お船もスーパーを見てみたかったのかもね」

見せたくない光景だと思いながら、そんな会話も交わした。

4日後、やっと最後の一人を引き渡すことができた。
佐竹さんは誰一人、子供の死者を出さずに「所長先生」の業務を完遂した。津波で、保育所は流出していた。がれきの中、子供が大好きだったプールだけは確認できた。
3月27日には、避難所で退所式を開いた。子供たちに「津波のせいでできなかった」と思ってほしくなかった。津波はきても、これからの人生にできないことはない。小さいけれど、そんな思いを込めた式だった。

迅速な避難で、一人の死者も出さなかった保育所。この出来事は「名取市の奇跡」と呼ばれることになる。

口頭伝承より、職責
佐竹さんは当初、「奇跡」と呼ばれることに困惑していた。「あそこは偶然、たまたま助かっただけだ」と言われているように感じたからだ。

佐竹さんは2010年4月から避難マニュアル作りをはじめた。 
難訓練をしようと思って職員に避難場所を訪ねても、行ったことはない、詳しくはわからないと答えが返ってきた。

「リアス海岸ではない閖上には津波が来ない」。閖上地区ではこんな話が、伝わっていたが佐竹さんは「ここは漁港から260メートル。津波を含めて、海に関係する災害は最悪を想定しました。場所柄、3メートル以上の津波がきたら、まず誰かが助からない」。

口頭伝承よりも、自らの職務である「朝お預かりした命を、夕方しっかりお返しする。最悪の可能性から子供の命を守る」を最優先した。

近くにある鉄骨の3階建てのアパートはどうか。そこに避難するか。発達障害の子供たちがいて、狭い空間だと不安になる。内陸にある公民館や、中学校はどうか。あまり行ったことがない場所で、なじみがない。だったら、不安を最小限に抑えるためなら小学校が一番だ。

震災後、車で逃げるなんてもってのほか、と批判も受けた。閖上地区では車で避難しようとした住民によって、渋滞が起きている。

佐竹さんの考えはこうだ。現実的に1歳児を抱えて、走って逃げることはできない以上、移動は車しかありえない。ならばどう渋滞を避けるか。あらかじめ渋滞発生しやすい道路かを予測しておく。信号が複雑で抜けるのに時間がかかる5差路は避け、職員同士で、地区内の道路を走り、議論を繰り返して避難ルートを決めた。

大事なのは、すべて自分たちで直接確認したということだ。

「マニュアルは作って安心ではなく、常に確認するもの。私たちはこの日、冷静じゃなかった。非常用の持ち出しグッズも持ってでることができなかった」
それでも助かったのは、日頃、全員が非常時にやるべきことを確認していたことに尽きる、と思っている。

「奇跡って偶然の上におきるものじゃないのです」

いま、佐竹さんは閖上地区の住民らでつくった防災教育の市民団体「ゆりあげかもめ」の会長を務めている。

佐竹さんもまた、震災で近しい親族を亡くしている。3月11日という命日を静かに過ごしたいとも思う。子供たちの話をしていると、あの日の顔を思い出し、時々、声が震える。元所長として講演する以上、涙は余計なものとわかっていても、精神的に辛い。

それでも登壇したのは、「あの震災から5年が過ぎたということは、次の災害も近づいている」という思いからだ。

東京の車道をみて、佐竹さんはこうつぶやいた。「いまここで、地震が起きたらどこに避難したらいいんでしょうね。車もこれだけ走っていて……」

日頃から考えていても、訓練をしていても、災害時にできないこともある。最低、どこまでできるようにしておくか。

「最後は自分で判断するしかないのです。自分で自分の命を守り、弱い立場の人には、できる人が手を差し伸べて、いざという時を考える。なにより、命をいちばんに考えてほしい」

佐竹さんは何度もこう繰り返した。


<長野北部地震5年>栄村「灯明祭」 3000個の光ともり
毎日新聞 3月12日(土)22時5分配信

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長野県北部地震から5年に合わせて行われた復興イベントで点灯されたキャンドルを見つめる子どもたち=長野県栄村で2016年3月12日午後6時6分、猪飼健史撮影

 長野県北部地震から5年を迎えた12日、被害が集中した同県栄村のJR飯山線森宮野原駅前で震災復興イベント「灯明祭」が開かれた。築かれた雪山に、灯をともしたキャンドルが子供たちの手で次々と置かれると、「3・12栄村」の文字が浮かび上がった。

 会場や国道沿いに約3000個の光がともり、幻想的な雰囲気に。村の復興の歩みを振り返る映像が流れた。被害があった村内の住宅や農地などはほぼ復旧。一部損壊した木造3階建ての自宅を修復した桑原千恵さん(83)は「5年でよくここまで復興したと思う。ろうそくのきれいな光を見て涙が出そうになった」と笑顔で話した。【安元久美子】


<甲状腺がん>家族の会を発足 福島県実施の健康調査で診断
毎日新聞 3月12日(土)20時55分配信

 東京電力福島第1原発事故後に福島県が実施している県民健康調査で、甲状腺がんと診断された5人の患者とその家族が12日、「311甲状腺がん家族の会」を発足させた。孤立している患者や家族同士が親睦を深め、治療などに関する情報交換や、課題解決のために政府や県に働きかけをしていくという。

 健康調査では昨年末までに、事故当時18歳以下だった166人が甲状腺がんやその疑いと診断された。これまで患者や家族同士の交流の機会がなく、同会の世話人らの働きかけで1月に初めて交流会が実現した。

 この日の記者会見には、患者2人の父親もインターネット中継で参加。事故当時10代の男子の父親は「突然がんと言われ、本当につらい思いをした。気持ちを分かり合える皆さんと話しただけでも救われた。大変な状況で悩む方はたくさんいると思うが、勇気を振り絞って参加してほしい」と呼びかけた。

 会員は原発事故後に甲状腺がんと診断された患者や家族が対象で、県外の人や事故当時18歳以上だった人も含む。年会費は1家族1000円。入会や相談は、電話070・3132・9155か、メール311tcfg@gmail.com、ホームページ311kazoku.jimdo.comへ。【須田桃子】


もう一つの震災「3・12」から5年…長野県栄村で灯明祭 「助けてくれた周りの人に感謝している」
産経新聞 3月12日(土)20時41分配信

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村民らが火を灯したろうそくの灯りが浮かび上がった=12日、長野県栄村(三宅真太郎撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災の発生翌日に最大震度6強の地震で大きな被害を受けた長野県栄村では、被災から5年を迎えた12日、復興を願ってろうそくに火をともす「灯明祭」が開かれた。

 灯明祭は同村の中心部にあるJR森宮野原駅前で行われ、約2500個のろうそくが道沿いや駅前広場に並んだ。全壊した自宅を離れ復興住宅に1人で暮らす福原勇一さん(92)は「戦争に行ったとき以来の恐怖を味わった地震だったが、5年たって気持ちも落ち着いてきた。助けてくれた周りの人に感謝している」と話していた。

 この震災による住宅の全半壊、一部損壊は約700棟に上り、道路や橋なども大きく破損。村の避難所には当時、最大で村民の8割にあたる1787人が避難した。直接の犠牲者はいなかったが、避難生活の中で過労やストレスで亡くなった男女3人が「災害関連死」と認定された。


DNAより歯型鑑定有効
2016年3月12日(土)19時31分配信 共同通信

 東日本大震災で亡くなった岩手、宮城、福島3県の犠牲者の身元確認は、歯型鑑定によるものがDNA鑑定の約7倍だったことが12日、警察庁への取材で分かった。震災では家族全員が亡くなったり、家が流されたりしたため、DNAを照合する試料が得られにくかった。大災害に効果を示したことで、各地の歯科医師会などが歯科情報を長期間、安全に保管する取り組みを始めている。

 警察庁の2月末現在の集計によると、3県で身元を確認した遺体は1万5749人。そのうち1万3955人(88・6%)は身体的特徴や所持品が身元確認につながった。歯型による鑑定は1248人(7・9%)だった。


エチオピアで大震災展が中止
2016年3月12日(土)18時47分配信 共同通信

 東アフリカのエチオピアで昨年10月31日、日本紹介イベントの一環として、国際協力機構(JICA)のボランティアが大震災や東電福島第1原発事故に関する展示を企画したところ、共催の日本大使館が「反原発」的だと難色を示し、展示が中止になっていたことが12日、関係者への取材で分かった。

 展示は首都アディスアベバで「おもてなし」をテーマに開かれたイベントで企画され、被災者のメッセージや津波の映像と写真、震災関連死の資料などの掲示を予定していた。

 ボランティア関係者によると、大使館側は福島県が原発事故の影響を調べている県民健康調査結果の展示などを問題視したという。


谷垣幹事長がシェフ姿…恒例の「自民党屋台村」
読売新聞 3月12日(土)18時33分配信

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自民党屋台村で牛たんカレーを振る舞う谷垣幹事長ら(12日午後、自民党本部で)=菅野靖撮影

 自民党は12日、東京・永田町の党本部駐車場に、党大会前日の恒例「自民党屋台村」を開設した。

 東日本大震災から5年を迎えた今年は、岩手県の「ひっつみ汁」、宮城県の「牛たんカレー」、福島県の「浪江焼きそば」の東北被災3県の名物料理を用意。シェフ姿の谷垣幹事長ら党幹部が、皿に取り分けたり自ら調理したりして、党大会のために集まった全国の党員や地方議員らに振る舞った。


甲状腺がん患者家族会設立=福島原発事故後診断で―東京
時事通信 3月12日(土)17時34分配信

 東京電力福島第1原発事故発生後、甲状腺がんと診断された患者とその家族の交流や情報交換を目的とした「甲状腺がん家族の会」(事務局・東京都千代田区)が12日、発足した。
 
 同会によると、福島県内の5家族7人が既に入会。代表世話人には、脱原発訴訟などに関わっている河合弘之弁護士と千葉親子元福島県会津坂下町議が就任している。


自民谷垣幹事長がエプロン姿で「牛たんカレー」提供
日刊スポーツ 3月12日(土)17時29分配信

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自民党「屋台村」で牛たんカレーをふるまう谷垣禎一幹事長(右)と稲田朋美政調会長

 自民党は12日、党本部で「屋台村」を開き、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島各県の名産品を使ったメニューを、党幹部らが来場した党員らにふるまった。

 昨年に続き、白い調理師ウエアとエプロンを身につけた谷垣禎一幹事長は、稲田朋美政調会長とともに、「牛たんカレー」を提供。カレーのルーをご飯の上に次々にかけて手渡し、150食は、あっという間に「完食」となった。

 茂木敏充選対委員長も、福島県浪江町の名物「なみえ焼きそば」を豪快にいためてふるまったほか、岩手県の郷土料理「ひっつめ汁」もお目見えし、いずれも「完食」だった。

 同党の屋台村は、党大会前日の恒例イベント。これまでにも、石破茂地方創生担当相が、「石破カレー」を提供するなど、党幹部の「こだわり料理」が提供される機会となっている。


小泉進次郎氏トマト克服「ふくしまイレブン」PR
日刊スポーツ 3月12日(土)17時29分配信

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福島の名産品を手に、復興支援を訴える小泉進次郎農林部会長(右)。右は谷垣禎一幹事長

 自民党の小泉進次郎農林部会長は12日、党本部で福島県の名産品、11種類を集めた「ふくしまイレブン」のPRイベントを開いた。

 「ふくしまイレブン」は、同県の生産量が全国上位の農林水産物を集めたもの。進次郎氏が党の青年局長時代に始めた、被災地3県を毎月11日に訪問する「TEAM11」と名称が似ている縁から、自ら発起人となって青年局とともに、今回のイベントを開催した。

 進次郎氏はこれまで生トマトが苦手だと公言してきたが、「農林部会長になって、生トマトを克服してきた。だから、トマトを持って撮影する機会も増えているが、最近、私にトマトを持たせる意味がわかってきた」と述べた。

 「トマトはストレスを与えるほど、甘く、大きくなるという。私も農林部会でストレスを与えられるほど、大きくなれるように、これからもふくしまイレブンとともに頑張りたい」と、あいさつ。「TEAM11をやっている自民党が、党をあげてふくしまイレブンを応援しないわけにいかない」とも述べた。

 トマト克服の公言通り? ドライトマトやカレー、福島の地酒「名倉山」の大吟醸など1万980円分を購入した進次郎氏は、今後も「ふくしまイレブン」とのコラボレーションに意欲をみせた。「この5年に積み重ねた縁や思いがある。被災地への関心は低下すると思うが、被災地出身ではない私が発信する意味もあると思う」と話し、「ふくしまイレブンをきっかけに、福島に無限にある良いものを知る機会にしてほしい」と、呼び掛けた。

 「ふくしまイレブン」は、米、アスパラガス、キュウリ、トマト、桃、福島牛、地鶏、ナメコ、ヒラメ、日本なし、りんどうの11種類。


“知ってほしい”“踏み込まないで” 被災地のダークツーリズム、意義と求められる配慮
2016年3月12日(土)17時0分配信 NewSphere

 東日本大震災で大惨事となった福島第一原発の事故は世界を驚かせ、原発や立ち入り禁止区域のショッキングな映像が、当時メディアを通じ広がった。あれから5年を経て、住民が避難し廃墟となった地域では、「ダークツーリズム(災害、戦争など、歴史的悲劇に見舞われた場所での観光)」が注目を浴びているが、その在り方には賛否がある。

◆ダークツーリズムはトレンド
 AFPによると、福島の原発事故で荒廃した場所がダークツーリズムのホットスポットとなり、年間2000人以上が訪れる。原発から8キロしか離れていない浪江町やその近隣の町では、地元のボランティアガイドが廃墟となった町を案内するツアーを実施している。参加者は、「報道とは違い、現実は何も変わっていない」、「被災者の怒りやフラストレーションが分かる」といった感想を述べるという。

 その一方で、愛する者を無くした悲しみが今も癒えない人々は、かつて住んでいた町に観光客がズカズカと足を踏み入れるのを、複雑な思いで見ているという(AFP)。デイリー・メール紙は、倫理に反するのか、そうでなければ、いつどのように訪れるのが適切なのかという問題があるとし、「ダークツーリズム」はセンシティブで、意見の分かれる話題だと指摘する。

 多くの旅行専門家は、観光客がいくつかの大切なルールを守る限りは、「ダークツーリズム」の存在意義はあると主張する。英国旅行代理店協会のショーン・ティプトン氏は、早すぎる訪問は迷惑となるが、時間を経てコミュニティの傷が癒え復興し始めるとツーリズムはそこに取り込まれ、傷ついた経済を支えるのに必要になり、不適切と思い遠ざかることこそ、問題をいっそうひどくすると述べる。旅行ガイドブック『フロマーズ』のエディトリアルディレクター、ポーリーン・フロマー氏は、場にそぐわない自撮りなどは禁物と指摘する。リスペクトの気持ちを持ちコミュニティにお返しする気持ちがあれば、「ダークツーリズム」は奨励するべきと述べている(デイリー・メール)。

◆追悼と商業行為の境目
 ユーロニュース(EN)によると、世界的トレンドであるダークツーリズムを、福島第一原発で実施することを目指すグループがある。その中心が作家の東浩紀氏だ。福島第一に関しては、現在はメディアツアーのみが許可されているが、同氏は福島の原発事故は人類全体にとっての問題だとし、世界中が事故の大きさとそれがもたらした被害について知ることが大切だと主張している(EN)。

 東氏は、福島にとって復興が何を意味するのかよく理解されていないために、同氏のプロジェクトによって地域に多くの訪問者が訪れると説明しても、人々はそれを検討することさえできなかった、と考えている。しかし被災地の反応はさまざまで、後世に記憶を残すことは大切と歓迎する声もあれば、「観光」という言葉を使い、被災地を商業化することへの懸念を表す人もいるという(EN)。

 英セントラル・ランカシャー大学ダークツーリズム調査研究所のフィリップ・ストーン氏は、「ツーリズムは商業的行為で、ダークツーリズムもそうであろう」と述べる。もっとも商業化と追悼の境目はあいまいで、それがダークツーリズムを作る側と消費する側の倫理が前面に出るところだとし、業界には、悲劇の歴史や遺産をどのように解釈し記憶するかについての指針も必要だと述べている(デイリー・メール)。

◆ダークツーリズムとしての福島とチェルノブイリ
 ダークツーリズムで大きな人気を集めているのが、1986年に事故を起こしたウクライナのチェルノブイリ原発だ。原子炉の爆発は数十人の直接の死因となり、長期の癌による何千人もの死を引き起こしたとデイリー・メールは説明する。キエフのある旅行代理店は毎年1万2000人の観光客を案内しており、教育的かつ原子力の危険を知らせるものだとし、倫理的な問題はないと述べている。

 ENは、多くの専門家が福島の事故による放射性降下物はチェルノブイリに比べてわずかであったと述べていること、また時期尚早ではあるが、福島県立医科大学の調査で、事故による放射線被ばくが、甲状腺がんや他の有害な健康リスクを近隣住民にもたらしたとは考えにくいとされたことを踏まえ、果たして福島第一がダークツーリズムに適しているのかと疑問符をつけている。


大震災の火災398件…揺れで出火、半数は電気
読売新聞 3月12日(土)16時12分配信

 東日本大震災で発生した火災は、岩手、宮城、福島など17都道県で計398件に上っていたことが、日本火災学会の調査でわかった。

 内訳は、主に地震の揺れによる火災239件、津波による火災159件だった。

 揺れによる火災のうち、ほぼ半数の122件は、電気器具や配電盤から出火する「電気火災」だった。揺れを感知して電気を遮断する「感震ブレーカー」を設置する重要性が、改めて浮き彫りになった。

 学会が、震災被害のあった291消防本部からアンケートを回収し、調査をまとめたのは昨年11月。火災の発生数は多い順に、宮城県145件、岩手県45件、茨城県39件、東京都35件、福島県34件などだった。

 学会が注目したのは、揺れによる火災の中で、電気火災が122件(51%)と多かった点。このうち、約100件は、電気ストーブにタオルなどの燃えやすい物が落ちてきたり、落下物で電気器具のスイッチが入ったりして出火したとみられる。


「屋台村」で復興支援=自民
時事通信 3月12日(土)15時6分配信

 自民党は12日、東京・永田町の党本部敷地内で「屋台村」を開いた。
 党大会前日の恒例行事で、東日本大震災から5年の節目となる今年は、岩手、宮城、福島の被災3県からご当地グルメを用意。「復興の一助に」と谷垣禎一幹事長ら幹部自ら、党員に振る舞った。


「亡くなった人の分まで人生という物語を紡ぎたい」石巻市の建設会社社長、佐藤昌良さん
産経新聞 3月12日(土)14時30分配信

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火葬後、父・治さんと母・英子さんの遺骨を自宅跡地に持ち帰って弔った=平成23年10月、石巻市鮎川(写真:産経新聞)

 「ゆっくり休んでください」。牡鹿半島の先端にある宮城県石巻市の鮎川地区。父の治さんと母の英子さんを失った市内の建設会社「丸本(まるほん)組」社長、佐藤昌良さん(56)は11日朝、両親の墓に手を合わせた。墓は、捕鯨基地として栄えた鮎川港と、普段は穏やかな海を望む高台に静かにたたずむ。

 大学卒業後、治さんのすすめで地元選出の衆院議員の秘書になり、以来27年間にわたり5人の国会議員秘書として東京・永田町で働いていた。治さんからは何度も「地元に帰ってこい」と言われ、いつもけんかになった。「国を動かす中枢で働いている」という自負もあった。

 しかし、平成23年3月11日、突如故郷を襲った津波は、実家と両親を容赦なく押し流した。妻の好美さん(50)と2人、両親を探すため東京と石巻を往復する日々が続き、約1カ月後、両親の遺体と対面。実家も両親も失い途方に暮れたが、知人に「帰るのは今しかない」と説得され、帰郷を決意した。

 5月には仕事を辞め、7月に石巻へ。旧牡鹿町役場に勤めていた治さんが定年退職後に働いていた丸本組に常務として就職し、がれきの撤去作業や、復興住宅の建設など、さまざまな復興の最前線に足を運んで汗を流した。

 仕事の先々で目にする故郷の惨状。「何もなくなってしまったが、実家を忘れないように」。そう思い、家を新築する際、実家で唯一残った床のタイルと植え込みのレンガを玄関に設置した。

 思わぬ両親との“再会”もあった。丸本組の社長に就任した26年1月、会社のホームページなどで使う写真を撮るために向かった市内の写真館で、震災の数年前、両親が「何かあったときの遺影に」と写真を撮りに来ていたことを知った。実家にあった写真は全て流されていた。「両親が自分の社長就任を祝ってくれている」。そう感じた。

 震災から5年。「たくさんの遺体や両親の死に様を見て、『生きる』ことに執着するようになった」という。「震災では、たくさんの人が亡くなって、自分の人生という物語の続きを書くことができなくなった。残った自分は両親や亡くなった人の分まで、自分の物語を書き続けなければならない」。そう決意した。

 「あの悲しみを忘れません。あの辛さを忘れません。あの無力さを忘れません。あの寒さを忘れません。5年の時が流れようとも、全世界に色あせることなく伝え、語り継いで参ります」。石巻市の遺族代表として11日、市の追悼式に遺族代表として参列した佐藤さん。帰らぬ人々に、こう言葉を捧げた。

 「『天から見えるいい石巻』を作ってまいりますので、天から見守っていてください」


自民党「屋台村」、被災地名物に舌鼓 谷垣コック、牛タンカレー振る舞う
産経新聞 3月12日(土)13時56分配信

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牛たんカレーをよそって配る谷垣禎一幹事長(右)と稲田朋美政調会長(左から2人目)=12日午後、東京・永田町の自民党本部(酒巻俊介撮影)(写真:産経新聞)

 自民党は12日、翌日に控えた党大会のプレイベントを東京・永田町の党本部で開き、谷垣禎一幹事長らが東日本大震災の被災地の名物料理を党員らに振る舞った。

 特設の「屋台村」では、谷垣氏が真っ白なコックコートを身にまとい、稲田朋美政調会長と並んで宮城県名物の牛タンカレーを自ら盛りつけて参加者をもてなした。

 茂木敏充選対委員長は太麺が特徴的な福島県浪江町の名物「なみえ焼きそば」で腕をふるい、さっそく口にした谷垣氏も「なかなかいける」と舌鼓。溝手顕正参院議員会長は、こねてちぎった小麦粉と野菜などを煮込んだ岩手県の郷土料理「ひっつみ汁」を配った。

 党員らは小雨が降る寒空の下、列をつくり、各150食は約40分で完売した。

 谷垣氏は記者団に「被災地の産物をみんなで応援しないといけない。政治の安定を作り、復興であろうと経済であろうと、きちっとやっていくことが大事だ」と述べた。


<震災5年>米国務長官「日本の人々の勇気を思い起こす」
毎日新聞 3月12日(土)12時6分配信

 【ワシントン和田浩明】ケリー米国務長官は11日、東日本大震災の発生5年に合わせて声明を発表し、「悲劇に対処した日本の人々の勇気を思い起こす」と強調するとともに、親しい人を失った人々に哀悼の意を表明した。また、日米が連携して被災地支援を行った「トモダチ作戦」について「同盟関係の持続的な強さを示した」と評価した。

 ケリー氏は数万人の被災者を救援したとして、日本の自衛隊や米軍、国際機関などを称賛。米国として今後も被災地の復興支援を継続する方針を示した。

 米国では、主要メディアが震災や原発事故の影響を改めて取り上げている。ワシントン・ポスト紙(電子版)は被災地が経済的な打撃を受け、復興が思うように進んでいないと報道。タイム誌は被災者が受けた精神的な影響を伝えている。


<長野県北部地震5年>直売所で栄村を元気に
毎日新聞 3月12日(土)11時44分配信

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栄村の農産物直売所「かたくり」で野菜を並べる店長の小林高行さん=栄村で2016年3月9日午前11時46分、巽賢司撮影

 ◇住民と連携 中越被災地に学ぶ

 2011年3月の長野県北部地震から、12日で5年を迎えた。被害が集中した同県栄村に昨年7月、復興に弾みを付けようと、地元農産物直売所「かたくり」が開業した。新潟県中越地震(04年10月)の被災地、同県長岡市の直売所に学び、売り上げを伸ばしている。運営に関わる村民たちは「復興に向けた強い意志を感じ、元気をもらった」と村の再興に意欲をみせる。

 長野・新潟県境の山あいにある栄村は、4月下旬になると街道筋をカタクリの花が彩る。直売所は村が設置し、村民約100人でつくる組合が運営する。

 店長の小林高行さん(48)は、地震で自宅が大規模半壊し、数週間の避難生活を送った。所有するキノコ栽培施設も損壊。「再建したかったが、億単位の費用がかかるため諦めた。離村を考えたことも」と唇をかむ。被災後に村の臨時職員となり、直売所の開業に合わせて店長に就任した。

 「小売業の経験がない自分にできるのか」と不安だった。長岡市・川口地区にある農産物販売所「あぐりの里」を手本に模索を続けた。あぐりの里は04年7月に開業して間もなく地震に見舞われ、同地区では犠牲者6人、住宅被害1393棟を出した。だが、当初約5000万円だった売り上げを約2億円にまで伸ばし、地域の復興の一端を担った。

 小林さんは昨年4月に約1週間、あぐりの里で研修を受けた。連日、農家との打ち合わせに同席するなど、販売所運営会社常務、小宮山芳治さん(45)の手腕に学んだ。あぐりの里は鮮度を重視し、当日入荷したものだけを販売。売れ残った野菜は出荷側が引き取る。出荷側には負担だが、小宮山さんは「新鮮さが売り上げにつながる」と、地元農家に理解を求めていた。

 小林さんは「一定の出荷量がないとできないことで、まねはできないが、出荷者が利益を得るために厳しさも必要だと知った」と話す。小宮山さんは「住民の元気が復興につながり、住民あってこその直売所。復興からさらにその先へ、栄村を元気にしてもらいたい」とエールを送る。

 小林さんは、長岡で学んだ「住民との連携」をかたくりでも重視した。その結果、初年度の売り上げ目標2200万円を、開業から半年で達成した。2人は定期的に互いの直売所を行き来している。小林さんは「復興への強い意志、それが大事だと知った。直売所が村の元気に一役買える存在に育てたい」と意気込む。【巽賢司】

 ◇長野県北部地震

 東日本大震災翌日の2011年3月12日午前3時59分、長野県北部を震源に起きたマグニチュード(M)6.7の内陸型地震。最大震度6強を観測した。長野・新潟両県で重軽傷者57人、住宅の全半壊499棟。長野県栄村では、避難後に死亡した3人が災害関連死と認定された。


<被災地の天然ウニ>「おいしく育って」プロジェクト
毎日新聞 3月12日(土)11時23分配信

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アラメを倒して食べつくしてしまうキタムラサキウニ=吾妻行雄・東北大教授提供

 ◇東北大などの研究チームが挑む

 東日本大震災後、大量発生して品質が落ちた天然のウニに餌を与え、おいしくなるよう育てようというプロジェクトに、東北大などの研究チームが挑んでいる。津波被害を受けた藻場の再生も目指す一石二鳥の復興の取り組みで、2年以内の実用化を目指す。

 吾妻行雄・東北大教授(水圏植物生態学)らは震災後、宮城県南三陸町沖の志津川湾で、コンブの仲間「アラメ」などの海藻の再生を調査してきた。アラメは津波で大打撃を受けたが、2013年ごろにはほぼ回復。ところが14年春の調査では、水深5.9メートルより深い場所でアラメが消滅していた。藻場が減少する「磯焼け」が進むと、魚なども減って漁業が影響を受ける。

 原因と考えられるのがウニだ。理由ははっきりしないが、ウニは震災後に宮城県北部から岩手県南部で大量発生し、志津川湾でも生態系のバランスが崩れた。生きたアラメにはウニの嫌がる物質が含まれ、本来なら好物にはならないが、餌が足りないため食べ尽くしてしまったとみられる。

 一方、ウニも品質が落ちた。他に餌がなくなって魚の死骸などを食べると、中身がスカスカになったり、味が悪くなったりするからだ。漁業者は商品価値のないウニを取らず、数がさらに増えて磯焼けを慢性化させる悪循環に陥っている。

 そこでチームが思いついたのが「短期養殖」。いったん取ったウニを売り物にはならないコンブと一緒に籠に入れ、海に3カ月間入れておく実験に地元の漁業者と取り組んだところ、大きさ、色、硬さとも向上し、甘みにつながる物質も増えたという。

 吾妻教授は「味を向上させるメカニズムを明らかにして、味で勝負できるウニ養殖法の開発を目指す。ウニと海藻のバランスが取れた環境にし、豊かな藻場を持続させたい」と話す。【大場あい】


SPEEDI、自治体判断で…政府が活用認める
読売新聞 3月12日(土)11時13分配信

 政府は11日、原子力関係閣僚会議を開き、放射性物質の拡散予測システム「SPEEDI(スピーディ)」について、自治体の判断で活用を認めることを決めた。

 今後は、原発で重大事故が起きた際、SPEEDIの計算結果を自治体が使って、避難経路や避難先を決めることができる。自治体が独自にSPEEDIを導入、運用する際には、国が財政支援する。

 原子力規制委員会は、SPEEDIの予測値には不正確な部分があるとして、避難の判断には使用しない方針を示していた。これに対し、全国知事会は避難への活用を求めていた。

 このほか、甲状腺被曝(ひばく)を防ぐ安定ヨウ素剤について、原子力災害対策指針で定めた原発から半径5キロ圏内だけでなく、30キロ圏内でも、自治体の判断で事前配布することが出来ることを明確にした。


<震災5年>インドの人もうまい 被災地の味「女川カレー」
毎日新聞 3月12日(土)10時43分配信

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東日本大震災5年を記念するイベントで、炊き出しの味を再現した「女川カレー」を食べるアローク・アバスティ氏(左から2人目)ら=ニューデリーで2016年3月11日、金子淳撮影

 インドの首都ニューデリーの国際交流基金で11日、震災直後に宮城県女川町で在日インド人らが行った炊き出しから生まれた「女川カレー」を振る舞うイベントが開かれた。来場したインド人らは5年前に被災者を元気づけた味を楽しんだ。

 女川町では震災直後、神奈川県鎌倉市で貿易業を営む在日インド人らが本場のスパイスを使ったカレーの炊き出しを行った。女川カレーは、このときの支援者が地元の雇用創出や町おこしにつなげるために商品化を企画。2012年に炊き出しの味を再現したスパイスセットの販売が始まった。辛みを抑えた優しい味で、体が温まりやすいのが特徴だ。

 女川カレーを試食したスシュマ・パンデーさん(43)は「印日両国をつないだ味。とてもおいしい」。インドの国家災害対応部隊の隊長として震災後に女川町で捜索活動を行ったアローク・アバスティさんは「素晴らしいカレーだ。いつかまた女川を訪れ、復興の状況を見てみたい」と語った。【ニューデリー金子淳】


未来へ繋げる教訓、大川小で誓い新たに
日刊スポーツ 3月12日(土)10時19分配信

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東日本大震災から丸5年を迎えた大川小学校を訪れる今野夫妻(撮影・三須一紀)

<あれから5年…忘れない3・11~東日本大震災~>

 東日本大震災から丸5年を迎えた11日、大津波で児童74人、教職員10人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校では追悼式が行われた。当時大川小の6年生だった大輔くんと2人の娘を亡くした今野浩行さん(54)ひとみさん(45)夫妻は、年々重くなる子ども全員を失った悲しみに耐えながら、未来の子どもを守るため「教訓」を伝え続ける誓いを新たにした。死者、行方不明者、関連死は2万1000人。午後2時46分、日本列島は鎮魂の祈りに包まれた。

 「お母さん、牛乳寒天つくって」。数日前、ひとみさんは夢の中でそう大輔くんに言われた。丸5年を迎えた朝、こしらえてお供えした。「悲しいけど、それしかしてあげられない」。

 長女麻里さん(当時高3)次女理加さん(当時高2)も同時に亡くした事実は年々重くのしかかる。「普通は慣れていくものなのに、年を追うごとに寂しさが増す」と浩行さん。ひとみさんも、周囲の子どもが成長する姿が目に入ると胸が苦しくなる。「うちは(成長する姿が)見られない。自分だけが取り残されているような感じがしてしまう」と目を真っ赤にした。

 5年前の朝、大輔くんは気だるさを訴え学校に行きたがらなかった。ひとみさんは「上級生なんだからシャキッと行きなさい」と言ったことを今も後悔している。「5年たったとは思えねえ。鮮明に覚えてる」。

 震災後から不妊治療を続けた。昨年4月、妊娠8周目までいったが実らなかった。「3月末で助成金がなくなる。諦めるしかないのかな」と下を向いた。

 そんな中、韓国のセウォル号沈没事故、JR福知山線脱線事故の遺族が大川小を訪れた。10日夜、約2時間の懇親会で語り合った。浩行さんは言う。

 「『教訓』にするために子どもをつくったわけではねえ。けど、子どもはもういねえ。次に出てくることは『教訓』しか、ねえっぺさ。我慢して、こらえて、ただ未来の命を守る。遺族同士、そういう社会にしなければと共感しあえた」

 来月には市と県を相手取った大川小裁判で現場目撃者の証人尋問が行われる。教訓を得るには真実が必要となる。【三須一紀】


震災5年 高木復興相の居座りで復興行政はなお機能不全 自治体の職員不足も深刻…
産経新聞 3月12日(土)10時5分配信

 東日本大震災は政治や行政のあり方にも大きな影響を与えた。復興行政の変化、被災自治体の慢性的な職員不足など、今後の災害発生時の教訓とすべき点は数多くある。一方、東京電力福島第1原発事故に伴う避難実態調査も中途半端な状況だ。震災から5年たつ今、改めて浮かび上がってきた課題を検証する。

 3月11日まで2日となった3月9日、国会内では高木毅復興相をめぐり、与野党が対立を深めていた。この日開かれた衆院東日本大震災復興特別委員会で、高木復興相が所信表明を行い、今後の復興政策の方針について語った。

 野党は所信表明を受け、高木氏に出席を求めて10日に委員会を開くよう主張したが、与党は「来週以降にしてほしい」の一点張りで、ものわかれとなった。

 こうした与党の対応に、民主党の安住淳国対委員長は、高木氏が女性下着の窃盗疑惑を指摘されていることを念頭に、「高木氏の過去のさまざまな問題が取り上げられるのが嫌で、逃げ回っているのだろう」と指摘。その上で、「疑惑追及が嫌だからといって『大臣隠し』をした。一番大事な復興特委を大震災から5年を前にやらないことに強く抗議する」と批判した。

 これに対し、与党は所信表明直後に閣僚への質疑を実施した前例はないことから、「ここで認めると、他の委員会にも影響が出てしまう」(ベテラン議員)としている。ただ、「さすがに3・11の前日にはできない…」というのがホンネだったようだ。

 改めて書くまでもないが、高木氏が復興相に就任してから復興行政は機能不全を起こしている。例えば、指定廃棄物の最終処分場や中間貯蔵施設の建設をめぐっては環境省に丸投げ。福島県の森林除染でも復興庁と環境省、林野庁が一体となった取り組みが停滞。業を煮やした自民党復興加速化本部が調整に動き、森林除染に関する政府方針が固まったほどだ。

 こうした復興庁のあり方について、初代復興相の平野達男氏(無所属)は「復興庁は復興に関することであれば、何でもできる。私が復興相のときは役所から煙たがられた。『あんたらは会社しか見ていないから、住民の思いが分からないんだ』と何度もぶつかった」と振り返る。

 その上で、高木氏に対し「やるならやるで、しっかり方向性を示してやるべきだ。『大臣、それは環境省の仕事ですから』といわれても、『関係ない、俺がやる』という気概を見せるべきだ」と注文をつけた。

 2代目復興相の根本匠氏(自民党)も「復興庁は復興行政に関する司令塔だ」と強調する。そして、「能力のある官僚に適切に指示が出せれば、彼らは一生懸命に仕事する。彼らに持ち場、持ち場があるのは当然で、だからこそ明確な方向性を打ち出す政治のガバナンスが大事だ」と語る。

 政府は3月10日、平成28年度から5年間の「復興創生期間」の基本方針を決定した。今後、復興庁は原発事故の補償問題、帰還困難区域の将来像、放射性廃棄物の中間貯蔵施設の建設、除染のあり方など、これまで以上に難しい課題に向き合わなければならない。改めて高木氏の復興相としての力量が問われる。

 復興行政の機能不全の一因として、司令塔の不在に加え、被災自治体の慢性的な職員不足も指摘されている。この5年間で、全国から被災地に約9万人の応援職員が派遣され、高台移転に伴う用地買収など、さまざまな復興事業を進めてきた。

 自治体職員の経験を持つ民主党の黄川田徹氏=衆院岩手3区=は「震災から5年たったと言っても、自治体がやるべき仕事は膨大。町の復興が進むと、また新しい課題が浮上してくる。深刻な人手不足は続いている」と話す。

 被災自治体には平成27年度、全国から2202人の地方自治体職員が応援入りしており、28年度も少なくとも1550人の応援が必要とされる。菅義偉官房長官は3月8日の記者会見で、「地方自治体の職員に加え、専門性を有した公務員のOB、民間実務経験者、こういう皆さんも活用して何とか要請に応えていきたい」と前向きな姿勢を示した。

 ただ、応援職員を派遣する側の自治体も人手不足となっており、「被災地ばかり優先する」という恨み節も聞こえる。

 一方、政府は東京電力福島第1原発事故での避難者らの実態調査(平成26年2月~5月実施)の結果を昨年12月、ようやく公表した。しかも、事故直後に事故情報や非難指示を何で知ったか、その後の避難時期・回数と家族の状況がどうなっているかなど、詳細を調査したのは今回が初めてだった。

 調査により、自治体などから複数回出されていた避難指示を知っていた人は2割未満で、8割の人が情報を知らなかったことが判明。避難先に関しても「どこに避難すればよいかについての情報がなかった」が約6割に達した。さらに23年3月11日から4月30日の間に家族構成が変化したのは半数で、そのうち一緒に暮らさなくなった家族がいると答えた人は約8割に上っていることも分かった。

 そうした避難時の状況や避難者の実態を政府が把握したのは、震災から4年半以上がたってからということになる。政府は結果から得た教訓を防災基本計画改定などに反映し、原子力災害指針でも対応したとしている。しかし、避難者らが高木氏の掲げる「被災地の皆さんに寄り添った支援」を実感できているかは疑問符がつく。詳細な調査が今回が最初で最後になり、避難者らは時間とともに忘れ去られてしまうのではないか、という不安もつきまとう。

 震災から5年を迎え、検証しなければならない課題はまだまだ多い。(政治部 千田恒弥)

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