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2016年3月 7日 (月)

東日本大震災・原発事故関連のニュース・2098

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:健康が復興の第1歩…41歳医師、故郷の石巻に戻る - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<液状化対策>「もう工事やめて」 資金負担…全戸同意の壁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<液状化対策>千葉、茨城の10市進まず 断念・縮小に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<世論調査>被災地への関心「風化」8割 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:プール燃料搬出、道半ば=1~3号機は大幅遅れ―福島第1原発・東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:増える汚染水、対応苦慮=処理遅れ簡易型タンク継続―福島第1・東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1、事故背景に「閉鎖性」=元原発所長の東電OB―東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1、汚染水100万トンに迫る=溶融燃料、計画見直しも―東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:見えぬ原子炉、停滞感=福島第1原発、21年の燃料取り出し困難―東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:再訪 震災5年 福島県桑折町 支え合い暮らす国分保夫さん(57)一家 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「復興」めぐり与野党論戦 中間貯蔵施設・子供の甲状腺検査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災時の官房長官・枝野氏に聞く 情報共有できず政府混乱 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災者7割超「復興遅い」…500人アンケート - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波で84人犠牲…大川小「校舎」解体か保存か 今月中に結論 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:放射線と甲状腺がんの因果関係「考えにくい」福島健康調査検討委・星座長 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、福島の除染強化を表明…参院予算委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災遺産>ガレキから我歴へ リアルな福島 県立博物館で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:水門安全規則の策定19% - 速報:@niftyニュース.
リンク:10社を指名停止=道路舗装談合で―国交省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国交省、道路舗装10社指名停止 - 速報:@niftyニュース.
リンク:東電福島本社が移転 - 速報:@niftyニュース.
リンク:岩手で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:宮城、災害公営住宅へ40世帯 - 速報:@niftyニュース.
リンク:【3・11から5年】宮城海上保安部巡視船「くりこま」海中捜索潜水士たちの思い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:参院予算委 安倍首相「福島産のコメも乳製品も毎日食べてる」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:編集長インタビュー…妻と病院、津波で流され それでも誓った「命を守る」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・双葉の森林組合>若者を正職員採用「山取り戻す」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:除染へ取り組み強化=消費増税「予定通り」―安倍首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大震災から5年、米で在留邦人や市民らが追悼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:参院予算委 安倍首相、常磐道の4車線化は「週内に報告受ける」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:石巻に世界初バイオガス聖火 東京五輪へ実験成功 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:室伏「情報も混乱」点火式で新国立の聖火台問題に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島原発事故>廃炉作業員不足 協力企業の5割が懸念 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:視察や職員振り替え=人材確保へ腐心―東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

健康が復興の第1歩…41歳医師、故郷の石巻に戻る
日刊スポーツ 3月8日(火)10時7分配信

<あれから5年…忘れない3・11~東日本大震災~:被災地医療の今>

 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市出身の医師・大森康司さん(41)は、復興への熱い思いを胸に今年、故郷に帰ることを決断した。津波直撃で全壊し、5年の時を経て9月1日に開院予定の石巻市立病院に就職する。石巻市の実家で自らも被災し、被災地の福島県いわき市でも医療に従事した経験を持つ大森さんは、なかなか進まない故郷の復興に尽力する決意を語った。

 「病院が流され、再建計画を聞いてから3年以上たちました」。JR石巻駅前の駐車場跡地。大森さんは、急ピッチで建設作業が進む市立病院を背に、しみじみと語った。5年前のあの日は、東北大大学院博士課程で学びながら大阪大で研究中だった。祖母の四十九日法要で実家に帰省し被災した。

 地震の後、1階の床まで浸水した段階で2階に避難。祖母が生前、使った簡易トイレと祭壇の果物や菓子で急場をしのいだ。

 石巻市立病院は、98年1月に海沿いの旧北上川河口付近に開院したが、東日本大震災による津波で全壊。当初は国の「医療施設等災害復旧費補助金」受給の原則である現地復旧の方向が市から示されたが、伊勢秀雄院長らが移転を希望して紛糾。国が現地再建以外でも災害復旧事業とする方針を固め移転で決着した。

 大森さんは12年から、いわき市立総合磐城共立病院に勤務。そのまま母校・東北大の人事に乗りキャリアを重ねる道もあったが「復興のために故郷に帰りたい」と切実に思った。07年から1年間、石巻赤十字病院に勤務し、震災以前から石巻地区の医療体制が不十分だと感じていたからだ。

 石巻市は市立病院が開院するまで、大きな病院は石巻赤十字病院しかなかった。震災で市立病院が全壊すると、震災でのダメージが少なかった赤十字病院に患者が集中。慢性的に「日赤一本の状態」(大森さん)だった。大森さんは「南三陸など周辺の人は石巻、石巻の人は近いから仙台の病院に行けばいいという“ピラミッド状態”。外部からの医師の応援も少ない」と地域の構造問題を指摘する。

 同じ被災地のいわき市も医療現場の人手は足りないが、常磐線1本で行き来が可能な東京からの医師の応援も多いという。

 大森さんは東北大に3年越しで思いを伝え、理解を得て故郷に帰る道を選んだ。「がれきは片付いても復興していない。人も減って正直、先が見えない。地区の医療を充実させ、人々が健康になるのが復興の第1歩だし、人が戻ってくる基盤でもあると思う。復興を目の当たりにしたいから頑張っていきたい」と力を込めた。【村上幸将】

 ◆被災地の人口減は危機的な状況にある。東日本大震災前の2010年と震災後の15年の国勢調査を比較すると、津波で壊滅的な被害に遭った宮城県女川町は37%、同県南三陸町は29%、岩手県大槌町は23%減った。人口減少は商業や町の再生を阻み、人口減に拍車を掛けている。

 福島県は津波や東京電力福島第1原発事故で被災した15市町村で、震災前より計約8万人(13%)減。原発に近い大熊、双葉、浪江、富岡の4町は統計上「人口ゼロ」に陥った。昨年9月に避難指示が解除された楢葉町も87%減少した。復興庁によると、今年1月時点で、震災の避難者数は岩手、宮城、福島の3県で計約17万8000人。


<液状化対策>「もう工事やめて」 資金負担…全戸同意の壁
毎日新聞 3月8日(火)8時31分配信

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液状化で家屋や電柱が傾いた住宅街=千葉県浦安市で2011年4月27日、山田泰蔵撮影

 東日本大震災で発生した液状化の対策が進んでいない。最も深刻な被害を受けた千葉県や茨城県でも、負担金の高さや対策の必要性に対する認識の違いなどから住民合意を得るのは難しい状況だ。南海トラフ巨大地震でも34都府県で被害が起きると想定されており、専門家は「全国で対策を進める必要がある」と指摘している。

 市域の4分の3が埋め立て地で、東日本大震災による液状化被害が最も深刻だった千葉県浦安市。8割超の約1455ヘクタールで液状化し、住宅被害は8700棟。「震災後、5000万円以上をかけて家を新築し、地盤改良もした。もう工事をしてほしくない」。震災当時、自宅が約30センチ沈み傾いたという男性(68)は対策工事に反対する思いを口にした。

 同市は、国土交通省が示す二つの工法のうち、宅地の境界にセメント系固定剤を地中深く流し込み、碁盤の目のように壁を作る「格子状地中壁工法」を採用した。市は1世帯最大100万円を補助するが、最大で400万円以上の自己負担が発生する。着工には、制度上「3分の2以上」の同意で足りるが、壁が「虫食い」になると効果が薄れるため、実質的には全戸の同意が必要となる。

 浦安市の16地区計4103世帯のうち、全戸から着工の同意が得られたのは1地区45世帯のみ。2地区は既に断念した。市の担当者は「残る地区でも8~9割の同意を得ており、全世帯から理解いただけるように努力する」と話す。

 都心に近く、新興住宅街や高層マンションが並ぶ同市は、子育て世帯にも人気があったが、住宅地の公示地価は震災から2年後に約1割下落。現在は回復基調にあり、住民には「対策をすることで、液状化で失った浦安のブランド力を取り戻したい」(50代男性)との思いも強い。

 一方、液状化で約1650棟の住宅被害が出た茨城県神栖市。18地区(地権者約5500人)で対策工事の調査を実施した。液状化の原因となる地下水をポンプでくみ上げ続ける「地下水位低下工法」が6地区で有効と判明。住民負担額はおおむね年1万円未満で、市は全額肩代わりする。

 しかし、地盤沈下というリスクを地区全体で引き受けてくれないと着工できず、原則100%の同意を目指したが、着工したのは2地区のみだ。

 比較的新しい一戸建てが建ち並ぶ同市の「筒井大沼地区」。液状化被害を受けた住民は自宅建物をジャッキで持ち上げて敷地を元通りにする工事をし、道路も整備された。

 地権者26人のうち「地下水位低下工法」に同意したのは1月末現在で約7割の18人。地元の西田義重さん(63)によると、住民の間では「快適な暮らしが戻ったのに、工事をすれば道路の通行止めなどで不便になる。税金の無駄遣いでは」との声があるという。「リスクに備える必要性はもちろん分かるが、また不便を被るのは嫌という気持ちも理解できる」。西田さんは複雑な心境を吐露した。【小林多美子、中里顕】

 ◇南海トラフ 被害想定は関東から九州までの34都府県に

 内閣府によると、発生が懸念される南海トラフ巨大地震では、液状化による全壊被害が11万5000~13万4000棟に上ると想定されている。被害は関東から九州までの34都府県に及ぶ。

 国は液状化対策事業の対象を2013年度から被災地以外にも拡大し、宅地と道路など公共部分の一体的な対策を実施した場合は、事業費の4分の1を国が補助することにした。だが、この制度を利用して対策のための地盤調査をしたのは大津市だけ。被災地同様、住民の3分の2の同意などが条件で、住民負担も高額なためだ。

 ただし、大津市は、調査結果を基に被害想定マップを作り、個人での対策に生かしてもらう方針で、国の補助事業を使って対策工事を行う考えはない。市開発調整課の担当者は「住民負担を伴い、合意も必要なので無理。液状化対策を優先させる余裕はなく、全国の自治体が『事前対策』として工事に取り組むのは難しいのではないか」と話す。

 国交省都市安全課は「宅地の液状化対策事業は過去に例がなかった。制度が使いにくいという指摘が市町村からあれば検討する。新たな工法など最新の知見があれば、自治体向けに公表していきたい」と説明している。【金森崇之】


<液状化対策>千葉、茨城の10市進まず 断念・縮小に
毎日新聞 3月8日(火)8時31分配信

 東日本大震災で発生した液状化の対策工事を国の補助事業で行おうとした千葉、茨城、埼玉県の12市のうち、計画通り実施できるのは2市にとどまることが分かった。負担金などを巡り地権者らの同意が集まらないためで、5市は対策工事を断念し、残る5市も縮小を迫られている。南海トラフ巨大地震などで液状化が懸念される自治体も補助事業を使えるが、工事を行おうとしている自治体はゼロ。対策の遅れが懸念される。

 国土交通省などの調査では、東日本大震災で13都県193市区町村で液状化現象が起き、住宅被害は9都県80市区町村の約2万7000棟に及んだ。宅地の液状化対策は住民自ら行うのが原則だが、震災ではインフラも被害を受けたため、同省は道路などの公共部分と宅地の対策を地区ごとに実施する「市街地液状化対策事業」を2011年11月に創設した。地権者らの3分の2以上の同意が条件で国が事業費の半分を自治体に補助し、住民は対策工事の負担を軽減できる。

 しかし、同事業を活用して地盤調査に着手した12市のうち、計画通りに工事ができるのは、茨城県潮来市と埼玉県久喜市だけの見通し。千葉県旭市▽我孫子市▽習志野市▽茨城県稲敷市▽ひたちなか市--の5市は計約6億円の補助を受けて調査をしたが、住民同意が得られないことなどを理由に工事に進むのを断念した。残る千葉市▽千葉県浦安市▽香取市▽茨城県鹿嶋市▽神栖市--の5市も一部地区で工事を断念したり、着工見通しの立たない地区を抱えたりしている。工法は地盤によって異なるが、住民負担が数百万円から1000万円以上と試算された地域もあり、住民の同意が集まらない状況が続いている。

 南海トラフ地震でも液状化が懸念されるため、国は13年度から補助対象を被災地以外に広げ、事業費の4分の1を負担することにした。しかし、ある自治体の担当者は「インフラの耐震化が優先。液状化に取り組む余裕はない」と話すなど対策は進んでいない。

 千葉大大学院の中井正一教授(地盤工学)は「住民が個人で自宅の対策をしても、周りが液状化すると影響を受けてしまう。可能な限り、地区ぐるみでの対策を検討すべきだ。まず地域にどの程度の液状化リスクがあるのか住民が知ることが必要。行政は、専門家を交えて地域ぐるみの話し合いを始められるよう環境作りを進めることが大事だ」と警鐘を鳴らしている。【金森崇之】

 ◇液状化現象

 埋め立て地や川沿いなど地下水を多く含み、砂粒の密度が低い地盤で起きる。普段は砂粒同士が支え合って安定している地盤が、地震の揺れによって支え合いが崩れてバラバラになり、泥水のような状態になる。地中から泥水が噴き出したり、マンホールや上下水道管が浮き上がったりするほか、建物が傾いたり沈んだりする被害が起きる。千葉県東方沖地震(1987年)で液状化した地盤が、東日本大震災で「再液状化」する現象が確認されており、対策の必要性が指摘されている。


<世論調査>被災地への関心「風化」8割
毎日新聞 3月8日(火)8時31分配信

 ◇原発再稼働「反対」53%、「賛成」30%

 毎日新聞が5、6両日に実施した全国世論調査で、東日本大震災の被災地に対する国民の関心が薄れたと感じることがあるかを尋ねたところ、「ときどき感じる」との回答が51%に上った。「よく感じる」の28%と合わせると8割が「風化」を意識している。安倍内閣のもとで昨年から進んでいる原発の再稼働については「反対」が53%で、「賛成」の30%を上回った。

 被災地への関心は、震災から2年にあたる2013年3月調査でも聞いた。このときも、関心の薄れを「ときどき感じる」は51%、「よく感じる」は26%で、傾向は変わっていない。今回、「あまり感じない」は9%、「ほとんど感じない」は4%だった。

 被災地に対する政府の支援や復興への取り組みを「大いに評価する」は5%、「ある程度評価する」は41%。「あまり評価しない」は36%、「全く評価しない」は9%だった。肯定的評価(計46%)と否定的評価(計45%)が拮抗(きっこう)している。震災から間もない11年6月調査では、同じ質問に肯定的評価が38%、否定的評価が57%だった。

 原発を今後どうすべきかについては、「時間をかけて減らすべきだ」62%▽「今すぐ廃止すべきだ」19%▽「減らす必要はない」9%--の順になった。11年8月調査より「時間をかけて減らすべきだ」が12ポイント減り、「今すぐ廃止すべきだ」は8ポイント増えた。

 「時間をかけて減らすべきだ」は、再稼働に反対する層の64%、賛成する層の71%を占め、再稼働への賛否にかかわらず、原発の将来的な漸減を望む意識が強い。反対する層では「今すぐ廃止すべきだ」も35%あった。

 内閣支持層では再稼働に「賛成」が48%、「反対」が36%。これに対し、不支持層では「反対」が73%に上り、「賛成」は14%にとどまった。【今村茜】

 ◇調査の方法

 3月5、6日の2日間、コンピューターで無作為に数字を組み合わせて作った電話番号に、調査員が電話をかけるRDS法で調査した。福島第1原発事故で帰還困難区域などに指定されている市町村の電話番号は除いた。有権者のいる1736世帯から、1017人の回答を得た。回答率は59%。


プール燃料搬出、道半ば=1~3号機は大幅遅れ―福島第1原発・東日本大震災5年
時事通信 3月8日(火)8時7分配信

 東京電力福島第1原発1~3号機の使用済み燃料プールには、今も核燃料が手付かずのまま残っている。
 現場の放射線量が想定通りに下がらず、放射性物質の飛散防止策に時間がかかっているためで、政府と東電は搬出開始時期を大幅に延期した。
 東電によると、1~3号機プールには使用済み燃料が計1393体ある。未使用の燃料は計180体で、いずれも事故発生当時のままだ。
 政府と東電は昨年6月、作業工程の見直しを発表。最も早く燃料を取り出す計画だった3号機プールの開始時期は、2015年度上半期から17年度に遅らせた。線量を減らす追加作業などが必要になったためで、16年度から搬出装置の設置に取り掛かる予定だ。
 1号機と2号機のプールの取り出し作業も3年程度遅らせ、20年度に変更。1号機は大破した原子炉建屋を覆っていたカバーを解体中で、2号機は建屋上部の解体工事が今後実施される。地元では放射性物質の飛散を懸念する声が根強く、東電は防止対策を行うことで理解を求めている。搬出が予定通り進んでも、完了は早くて22年度の見通しだ。
 取り出した燃料は敷地内の別の建屋に運び、保管する。使用済み燃料の温度は大幅に下がっており、冷却が一時的に途絶えても溶融事故が起きる可能性は低い。ただ、非常に強い放射線を放つため、厳重な管理が必要な状況は今後も続く。
 国は使用済み燃料からウランやプルトニウムを取り出し、再利用する「核燃料サイクル」を目指している。一方、第1原発の使用済み燃料や未使用燃料の扱いは決まっておらず、敷地内での保管は長期化しそうだ。
 メルトダウンを免れた4号機は、プール燃料の取り出しが14年12月に完了。使用済みと未使用の計1535体が他のプールに移された。


増える汚染水、対応苦慮=処理遅れ簡易型タンク継続―福島第1・東日本大震災5年
時事通信 3月8日(火)8時7分配信

 事故発生直後から東京電力が悩まされ続けてきた福島第1原発の放射能汚染水問題。
 汚染水は今も増え続け、放射性物質濃度を下げる処理も遅れ気味だ。増加抑制策として経済産業省や東電が運用開始を急ぐ「凍土遮水壁」もリスクがあり、もろ刃の剣となりかねない。
 東電によると、タンクに保管している汚染水は2月時点で約78万トンに上る。放射性物質を吸着して濃度を大幅に下げる装置「ALPS」(アルプス)で処理が終わっていない分が16万トン余りあり、完了時期は見通せない。想定より増加ペースが速いため、使用をやめるはずだった漏れやすい簡易型タンクも使って保管を続けている。
 溶けた核燃料を冷やした水が高濃度汚染水となって建屋地下にたまり、流入した地下水と混ざって増えている。東電は昨年秋から汚染水の増加抑制と、汚染された地下水の海への流出防止の両立を目指す対策を打ったが、もくろみ通りに進んでいない。
 計画では1~4号機周辺で流入前の地下水をくみ上げ、放射性物質濃度を下げて海に放出。港湾に鋼管を打ち込んで遮水壁を造り、汚染地下水の流出も減らしつつ、くみ上げて濃度を下げてから放出する予定だった。
 遮水壁の完成で港湾内の放射性物質濃度は下がったが、くみ上げた地下水の一部で濃度を下げられないトリチウムの値が高いことが判明。海に放出できないため建屋に移送せざるを得ず、汚染水の増加ペースを速める結果になった。
 経産省と東電にとって、頼みの綱は凍土遮水壁だ。1~4号機の周囲の土壌を凍らせて「氷の壁」を造り、地下水の流入を減らす。しかし原子力規制委員会は、周囲の地下水の水位が建屋内の汚染水より低くなることで、建屋から高濃度汚染水が外部に流出する恐れがあると懸念。海側から段階的に凍らせて運用するよう求めている。


福島第1、事故背景に「閉鎖性」=元原発所長の東電OB―東日本大震災5年
時事通信 3月8日(火)8時7分配信

 甚大な被害をもたらした東京電力福島第1原発事故の発生から間もなく5年。
 事故を招いた東電には、組織としてどんな問題があったのか。原発で所長を務めた経験のある東電OBに聞いた。
 「原子力部門は閉鎖的なムラで、外の意見に耳を傾けなかった」と話すのは宅間正夫さん(78)。東電の火力部門から原子力部門に移り、福島第1原発の技術課長や柏崎刈羽原発(新潟県)の所長などを歴任した。
 石油ショックを経て、火力に代わる新エネルギーとして原子力が期待を集めていた時期。東電の原子力部門は「最先端技術を扱っているというエリート意識が強かった一方、情実人事やごますりが横行していた。旧日本軍と一緒だった」と宅間さんは振り返る。「居心地の悪い職場だった。途中から原子力部門に行くと昇進もしにくかった」。
 1990年代後半には監査役として、情報隠しが行われやすいと体質を批判したが、改められることはなかったという。「原子力はもともと軍事技術として生み出され、機密性が高い。社会との対話もないまま、方向性も(電力会社でつくる)電気事業連合会で決まっていた」と指摘する。
 東京工業大特任教授の二見常夫さん(73)は97年から2000年にかけ、福島第1原発所長を務めた。大規模工場などが電力会社を自由に選べることが決まった90年代後半から、社内で「普通の会社になれ」と盛んに言われるようになったという。その意味を二見さんは「コストダウンに大きくかじを切ったということ」と説明する。
 その後、東電の原発でトラブル隠しが発覚した。地元の不信を招き、ゴルフでスコアをごまかした時はトラブル隠しに例え、「また東電か」と言い合う光景が見られたという。「電力自由化と合わせて、徐々に東電の体力は奪われた」と二見さんはみる。
 「コストを考えるなら、現場を分かった人間がトップにいないといけない。原発は大量の放射能を内蔵しているのだから」と強調する。4月から始まる家庭向けの電力小売り自由化を前に「電力は公益事業。どこまで普通の会社になるべきか、もっと内部で議論が必要だ」と訴えた。


福島第1、汚染水100万トンに迫る=溶融燃料、計画見直しも―東日本大震災5年
時事通信 3月8日(火)8時5分配信

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廃炉に向け作業が続く東京電力福島第1原発。(左から)1、2、3、4号機の原子炉建屋=2月24日、福島県

 広範囲に被害をもたらし、世界に衝撃を与えた東京電力福島第1原発事故の発生から間もなく丸5年となる。
 政府と東電は廃炉作業を30~40年と見込むが、この5年間で目標の未達成と工程の見直しが繰り返された。今後も計画通りに進まない状況が続くとみられる。
 敷地の建屋内やタンクに保管されている放射能汚染水は、2月下旬で86万トンを超えた。東電は5月中旬以降に汚染水対策が効果を発揮し、増加ペースが緩むと想定するが、それでも年内に100万トン近くに達する見通し。濃度を下げる作業も遅れ気味の上、処理を終えた水をどうするかも決まっていない。
 事故発生時、1~3号機原子炉にあった核燃料は大半が溶け落ちた。圧力容器を突き抜け、格納容器下部に落下したと推定されているが、位置や形状は不明のまま。ロボットによる内部調査も強い放射線などが障害となって進んでおらず、政府と東電が廃炉工程表で目標とする2021年の取り出し開始は、見直しを迫られる可能性がある。
 核燃料があるのは炉心溶融(メルトダウン)を起こした原子炉だけではない。原子炉建屋のプールには、強い放射線を放つ使用済み核燃料が1号機に292体、2号機に587体、3号機に514体ある。計1393体の核燃料は第1原発が抱える大きなリスクの一つだが、取り出しは遅れ、3基の中で最も早い3号機でも作業開始は17年度となっている。


見えぬ原子炉、停滞感=福島第1原発、21年の燃料取り出し困難―東日本大震災5年
時事通信 3月8日(火)8時5分配信

 史上最悪レベルとなった東京電力福島第1原発事故。
 廃炉に向けた作業では、1~3号機で溶け落ちた核燃料(デブリ)の回収が最難関とされるが、調査段階から停滞感が強まっている。政府と東電は2021年の取り出し開始を目標に掲げるが、デブリの位置や形状は分かっておらず、実現は難しい状況だ。
 1~3号機の原子炉には事故発生時、計1496体、約248.5トンの核燃料があった。大半が溶け落ち、圧力容器を突き破って格納容器下部に落ちたとみられる。
 東電は1月、今春に予定していた1号機格納容器内部のロボット調査を延期すると発表した。デブリの状況を確認する予定だったが、底部の水が想定以上に濁っており、困難と判断した。
 2号機も昨年8月に予定していた格納容器の調査が延期され、今も実現していない。3号機も内部の状況が分からないのは同じだ。調査が進まない背景には、極めて放射線量が高く、人間が入って作業できない事情がある。
 デブリの回収方法は、格納容器を水で満たして作業する「冠水工法」と、デブリが空気に触れた状態を前提に進める「気中工法」が検討されている。
 冠水工法は米スリーマイル島の原発事故で採用された。水によってデブリの強い放射線を遮ることができるため当初は有力視されたが、格納容器は損傷している。水で満たすには漏れを防ぐ作業が必要だが、漏水箇所が十分把握できていない。政府や東電は「難易度が高いことが明らかになってきた」と難しさを認めている。
 一方、気中工法は水を使わないため、別の方法で放射線を遮る必要がある。放射性物質の飛散を防ぐ対策も必要で、課題が多い。
 政府と東電は、18年上期中にデブリの取り出し方法を確定すると廃炉工程表で示しているが、前段階の炉内調査さえ思うように進んでおらず、計画の見直しが現実味を帯びている。


再訪 震災5年 福島県桑折町 支え合い暮らす国分保夫さん(57)一家
産経新聞 3月8日(火)7時55分配信

 ■「これからも皆で過ごしたい」

 「後ろ下がって!」「1本、1本!」

 5日、福島県桑折(こおり)町の町民バレーボール大会に、息の合った声が響いた。互いに名前を呼び合いながらボールを追いかけるのは、国分保夫さん(57)が監督を務める「エイトシスターズ」。メンバーは保夫さんの33歳から14歳までの娘8人で、助っ人なしに姉妹だけで大会に出るのは約2年ぶりだ。

 長女でリーダーの陽子さん(33)をはじめ、現在は5人が子育て真っ最中。事前の練習時間もとれず入賞は逃したものの、四女の貴恵(きえ)さん(28)は「ボロボロだったけど楽しかった」と大笑い。「いいんだ、楽しかったから。元気がでるわぁ」。母、美佐子さん(56)が姉妹をねぎらった。

 「バレーは姉妹でできる唯一の楽しみ。少し大きな大会も出て姉妹のチームってことを自慢したい」と次女の啓子さん(31)。ぜいたくできなくても、平凡でも、皆で笑える幸せ。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で再確認した家族の絆をかみしめる瞬間だ。

                 ■ ■ ■

 「放射能と一生付き合っていかなきゃいけないし、何十年後に病気になるかもしれない。でも、そんなことに負けないで、私はここで頑張りたい」。平成23年7月に長男の圭翔(けいと)君(4)を出産した五女の友香さん(27)は、この年12月の取材で地元に残る覚悟をこう語った。

 実家で激しい揺れに襲われ、祖母の徳子さん(86)、三女の典子さん(29)らと外に飛び出した。当時は妊娠6カ月。余震が続く中、啓子さんや七女の那奈美さん(21)らと5台の乗用車に身を寄せ、3晩を過ごした。

 寒さの中、姉妹は手分けして食料やおむつを探し回った。「指示しなくても娘たちが動いてくれたおかげで私はご飯作りに集中できた」。美佐子さんも驚く結束力だった。

 放射能の影響などを懸念して一時避難した知人もいるが、姉妹は現在、仙台市で働く六女の徳恵(のりえ)さん(24)を除いて県内に住む。今年も2月14日には、保夫さんの元に姉妹からのチョコがどっさり届いた。「やっぱり家族が離れて暮らすこと自体考えられなかった。これからも皆で過ごしていきたい」。友香さんの願いは変わらない。

                 ■ ■ ■

 震災後に変化したこともある。

 無料通信アプリ「LINE(ライン)」で「国分家連絡網」というグループを作った。震災時に携帯電話がつながりにくかった経験から、家族間の連絡手段を増やすためだ。八女の靖子さん(14)はまだ携帯を持っていないが、家族行事など、よりこまめに連絡を取り合うようになった。

 もう一つは、陽子さんと啓子さんが保夫さんの電気設備業を手伝うようになったことだ。啓子さんは重機も操作する。「気を使わないからやりやすいよ」と保夫さん。震災前に5人だった孫は11人に増えた。

 徳子さんの誕生日に当たる先月20日には、姉妹と孫たちが集まった。「歌おう!」。啓子さんの呼びかけで「ハッピーバースデーばあちゃん」の大合唱。孫たちが顔を突き出し、ケーキのろうそくを吹き消した。

 バレー選手に福祉の仕事…。末っ子の靖子さんの将来の夢は広がるが、一番は「ばあちゃんが元気なうちに花嫁姿を見せて泣かせること」。そして「おばちゃんになっても皆でバレーをやること」だ。震災で変わったことはたくさんある。でも、家族の笑顔がある風景はいつまでも守っていくつもりだ。(滝口亜希)


「復興」めぐり与野党論戦 中間貯蔵施設・子供の甲状腺検査
産経新聞 3月8日(火)7時55分配信

 7日の参院予算委員会は、東日本大震災から11日で5年を迎えるのを前に、「復興」をめぐり論戦が交わされた。安倍晋三政権の取り組みと成果を強調する政府・与党に対し、野党は用地買収で難航する放射性廃棄物の中間貯蔵施設建設など復興の遅れを追及。首相は「福島の復興なくして日本の再生なし」と述べ、復興に向けた決意を改めて表明した。

 最初に質問に立った自民党の渡辺猛之氏が常磐道で渋滞が起きやすい場所の4車線化を取り上げると、首相は「今週中に(石井啓一国土交通相から)検討結果の報告を受ける」と明らかにした。渡辺氏は東京電力福島第1原発事故で発生した放射性廃棄物の処理加速策についても質問。首相は「生活の現場から撤去し、中間貯蔵施設に速やかに搬入しなければならない」とした上で「明日、関係閣僚を呼んで進捗(しんちょく)状況を聞き、一層取り組みを強化していく」と語った。

 一方、民主党の増子輝彦氏は福島県内に建設予定の中間貯蔵施設の見通しをめぐり丸川珠代環境相を追及した。丸川氏は「工程表、全体の見通しは年度内に説明したい」と応じた。

 維新の党の川田龍平氏は原発事故後、福島県民の健康調査の一環として県が行っている子供の甲状腺検査を取り上げた。また、日本のこころを大切にする党の和田政宗氏が三陸沿岸に整備されている巨大防潮堤、新党改革の荒井広幸氏が福島県の農業再生について、それぞれ質問した。


震災時の官房長官・枝野氏に聞く 情報共有できず政府混乱
産経新聞 3月8日(火)7時55分配信

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インタビューに答える民主党の枝野幸男幹事長(酒巻俊介撮影)(写真:産経新聞)

 東京電力福島第1原発事故から11日で5年を迎える。官房長官として対応にあたった民主党の枝野幸男幹事長に当時の状況や教訓などを聞いた。(千田恒弥)

 --緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)が住民避難のために有効に使われなかった

 「最初、『SPEEDIは放射能の放出源情報から拡散予測を割り出す。放出源情報が分からないから使えない』という報告を受けていた。そんなバカな話があるかと思った。当時、何カ所もモニタリングしていたので、そこから逆算して割り出すよう指示した」

 --枝野氏はSPEEDIのデータを持っていたのに、公開しないよう指示したとの情報もある

 「全く事実とは違う。当時、飯舘村で高い放射線量が計測され、その情報は全て公表していた。SPEEDIの情報が上がってこないので、飯舘村の数字は局地的なものなのか、周辺全域が高い線量なのか、判断に苦慮した。SPEEDIの情報があれば、線量が高い理由の裏付けが取れたので欲しかった。材料があれば、逃げてもらうとの説明がやりやすかったと思う」

 --反省点や教訓は

 「政府の関係機関、東電を含め情報共有ができなかった。政治は結果だといわれれば、本当に申し訳ない。東電などの発表を聞いても素人はさっぱり分からない。翻訳して説明しなければ不安を呼ぶので、私がやるしかないということで動いた。NHKは専門の解説者が素人に分かる言葉で説明していた。私も断片的にその話を聞いて情報の理解を深めたことが何度かあった。これは危機管理の問題で、あらゆる広報担当者が直面する課題だ。日本中に原発があり、『最悪の事態になれば』というのは今だって一緒だ」


被災者7割超「復興遅い」…500人アンケート
読売新聞 3月8日(火)7時24分配信

 東日本大震災から5年を前に、読売新聞は岩手、宮城、福島3県の被災者計500人にアンケート調査を行った。

 復興の進み具合を尋ねたところ、7割超が「予想より遅れている」と回答。3県の沿岸と東京電力福島第一原発周辺の計42市町村長の6割が「遅れている」としたのに比べ、より厳しい評価をしていた。

 調査対象は、岩手、宮城両県の300人と、原発事故で福島県内外に避難中の200人。復興の進み具合が、震災から1年の時の予想より「遅れている」との回答は75%に上った。遅れの程度は、岩手、宮城両県の被災者では「2~3年」(28%)が最も多く、福島県の最多は「4年以上」(42%)だった。

 首長の認識との差は、福島県(調査対象15人)で特に大きく、「遅れている」とした市町村長12人のうち、遅れの程度を「4年以上」としたのは2人だけだった。


津波で84人犠牲…大川小「校舎」解体か保存か 今月中に結論
スポニチアネックス 3月8日(火)7時2分配信

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児童らが待機し続けたグラウンドから見た、宮城県石巻市立大川小学校の校舎。献花に訪れる人が後を絶たない

 東日本大震災による大津波で、児童ら84人が亡くなった宮城県石巻市立大川小学校の校舎をめぐり、解体か保存かを決める議論が大詰めを迎えている。学校で娘が犠牲になった佐藤敏郎さん(52)は「遺族に決めさせるのは残酷。被災しなかった人たちにこそ考えてほしい問題」と訴えている。遺族の意見は真っ二つに分かれる中、市は今月中に結論を出す。

 校舎は流域面積全国4位の東北最大の川、北上川の河口から約4キロの場所にある。コンクリートの外壁が崩れ、無残な姿。大津波は川をさかのぼって堤防を越え、校庭から避難場所へ移動を開始していた児童74人と教職員10人の命を奪った。

 敷地内には供養塔が建てられ、手を合わせる人が後を絶たない。京都から来た30代の女性2人組は「目の前で見ると、胸に迫るものがある。あの場で判断を迫られた教師を責めはしないけど、何があったかは明らかになってほしい」と話した。

 津波到達は、地震発生51分後。児童は直前まで校庭に待機していた可能性が高く、学校側の対応が問題視されている。

 「未来への教訓として保存を」「悲しい思いがよみがえるので解体を」。遺族も市民も意見が二分している。昨年、市が地区住民を対象に行ったアンケートでは54・4%が解体、45%が保存に賛成だった。先月、市が開いた公聴会では12人が意見を述べ、8人が保存を、4人が解体を求めた。石巻市は「今月中に結論を出す方針」としている。

 大川小6年生だった次女みずほさん(当時12)を亡くした佐藤敏郎さんは「小さな命の意味を考える会」代表を務め、校舎の保存を求めている。みずほさんは1週間後に迫った卒業式で、児童代表としてピアノ伴奏をするはずだった。「中学ではバレーボール部に入る」と話していた。

 「僕だって校舎を見るとつらい」と佐藤さん。解体派と対立しているわけではない。共に我が子の死という耐え難い思いを抱えている。「お互いを思えば、意見しにくい状況もある。遺族に決めさせるのは残酷。あの時起きたことに残すべき教訓があるのなら、被災地から遠くにいる人、未来の人のためこそ決めるべき問題ですよね」。

 元中学教師。「僕の教え子で震災語り部をしている高校生の言葉ですが“当事者しか語ってはいけないというのなら、戦争だって風化します”」と訴えた。

 ▼11年3月11日の大川小 午後2時46分の地震発生時は「かえりの会」や卒業式の練習の途中だった。約3分後、揺れが収まると校庭へ避難。児童を迎えに来た保護者への引き渡しなどが行われた。裏山に避難するか、校庭にとどまるか話し合った末に同3時半すぎ、校庭より数メートル高い新北上大橋のたもとに向け出発。移動中の同37分ごろ、津波が到達。全校児童108人のうち74人が犠牲になった。14年3月、児童23人の遺族は、県や市に損害賠償を求める訴訟を起こした。


放射線と甲状腺がんの因果関係「考えにくい」福島健康調査検討委・星座長
THE PAGE 3月8日(火)0時5分配信

 福島県の県民健康調査検討委員会の星北斗座長は3月7日、東京の外国特派員協会で会見した。星座長は、子どもに対する甲状腺検査や事故後4か月間の累積被曝線量を調査する基礎調査などの結果を説明。甲状腺がんと放射線との因果関係については、被曝線量が非常に少ないことなどから「放射線の影響とは考えにくい」との見解を示した。放射能の影響を証明する条件としては、「甲状腺への被曝線量とがんの発生の頻度に一定の因果関係があると証明する必要がある」と述べた。

福島の子どもの甲状腺がん疑いは167人
 福島県では、原発事故で放射線の影響をどの程度受けたのかを長期的に調査する県民健康調査を実施している。検討委員会は、同調査に対して専門的立場から助言する役割を担う。

 原発事故当時18歳以下の子どもに対する甲状腺検査については、超音波を使って甲状腺の状態を調べる検査を2度にわたって実施。星座長は、再検査の対象となったのは2度とも全体の0.8%だったこと、2015年12月末の段階で悪性腫瘍および悪性腫瘍の疑いがあるのは167人で、うち117人は手術を受けたことなどを説明した。

 また、原発事故後4か月間の累積被曝線量を計算する基礎調査では、県民の約27%にあたる54万6000人が回答し、うち99.8%が5mSv未満という結果だった。一方、星座長は「原発から離れた地域の方が線量が低い結果になっているが、天候の影響を受けるため完全に距離に依存するわけではない」とした。

 調査ではほかにも、避難を余儀なくされた県民の健康診断、生活習慣病、妊産婦調査なども実施。検討委員会では現在、中間とりまとめ案の作成中で、「できれば年度内にまとめて公表したい」との意向を示した。

放射線の影響かどうかを決着つけるには?
 質疑応答で星座長は、子どもの甲状腺がんが多発しているという指摘への見解を問われ、「多発という言葉を使って良いかどうかは考えるべきだが、これまでに知られている統計に比べて多く見つかっているという意味では事実。影響がまったくないというつもりはないし、それは繰り返し言っている」と述べる一方、「被曝線量が非常に少ないこと、がんの発見と被曝からの期間が短いこと、事故当時5歳以下の子どもからは今のところ発見されていないこと、地域ごとの差が大きくないということなどから、『放射線の影響とは考えにくい』という表現でとらえている」との見方を示した。

 1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故でも甲状腺がんが多発したが、これについては「(チェルノブイリとは)被曝線量が大きく違うし、検査を始めた時期や精度も違うので、科学的に専門家の意見を聞きつつ、今後も評価をし続けることになる」とした。

 放射能の影響だと科学的に決定づける条件としては、「甲状腺への被曝線量とがんの発生の頻度に一定の因果関係があることを証明する必要がある。ただ、事故当時の甲状腺への被曝線量を把握するための調査が少なく、得られたデータも非常に少ないのが事実」と説明した。その上で「実際に受けた被曝線量を推計するのは難しいとしても、これからもしっかりと調査をして、因果関係があるかどうかきちんと評価されるよう努力するべき」とした。

 最後に、星座長は5年前の震災と原発事故について、「多くの人々が恐怖にさらされたという事実は変わらない。それは放射線の医学的・科学的な影響を超えて、我々の心に大きく突き刺さっている。ある年代の子供たちからは『もう、私結婚できない」という話もよく聞いた。それを忘れてはいけないと思う。ただ、誤解を受けてそういう思いを持ち続けることはもうあってはならない。ぜひ多くの人に『今の福島』をみてほしい」と語った。

(取材・文:具志堅浩二)


安倍首相、福島の除染強化を表明…参院予算委
読売新聞 3月7日(月)20時12分配信

 安倍首相は7日の参院予算委員会の集中審議で、東京電力福島第一原発事故に関し、「除染(作業で出た)廃棄物を生活現場から撤去し、(汚染土などを保管する)中間貯蔵施設へ速やかに搬入しなければならない。一層取り組みを強化する」と述べた。

 首相は除染廃棄物撤去の進行状況について、8日に関係閣僚から報告を受ける考えを示し、丸川環境相は中間貯蔵施設の用地買収交渉の見通しについて、「年度内に工程表を示したい」と述べた。

 また、本格化している春闘交渉に関して、首相は「(経済団体から)賃上げの呼びかけを継続するとの回答を得た。4月の賃上げが実現されることを期待する」と述べた。首相は産業界の代表と意見交換する4日の「官民対話」で、過去2年の賃上げの流れを推し進めるよう要請した。


<震災遺産>ガレキから我歴へ リアルな福島 県立博物館で
毎日新聞 3月7日(月)19時33分配信

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地震発生時刻の午後2時46分ごろを指したまま止まっている富岡町の美容室の時計=福島県会津若松市の県立博物館で2016年2月、金志尚撮影

 震災や原発事故で発生したがれきなどを紹介する「震災遺産を考える-ガレキから我歴(がれき)へ」が、福島県会津若松市の県立博物館で開かれている。原発事故で立ち入りが制限されている区域から回収した物もあり、間もなく発生から5年を迎える複合災害の記憶を来場者に伝えている。

 県立博物館を中心に2年前に発足した「ふくしま震災遺産保全プロジェクト実行委員会」が主催した。

 同プロジェクトでは災害の教訓を後世に残そうと、同館の学芸員らが県内で発生したがれきや震災の深刻さを示す物の収集・保全に取り組んでいる。これまでに持ち主や関係機関の同意を得られた200点以上を回収。全域で避難指示が継続している浪江町や富岡町から収集した物も多く含まれている。

 今回はそのうち115点を展示。地震発生時刻の午後2時46分ごろを指したまま動かなくなった富岡町の美容室の時計や、津波で折れ曲がったいわき市の橋の欄干など、大小さまざまながれきが並ぶ。富岡町の県立富岡高校の体育館に残されていたバドミントンのラケットやシャトル、全国大会までの日数を記したボードといった、地震発生前の状況をそのまま残した物もある。

 来場した会津美里町の無職、江口誠さん(64)は「かつて仕事で富岡町に住んでいたことがある。(展示物を)見ると、懐かしいけど悲しい」とつぶやいた。

 県立博物館の金澤文利主任学芸員は「忘れ去られる物をすくい上げるのが私たちの使命だ。5年、10年ではなく、先々の子孫まで伝えていく覚悟を持っている」と話す。

 会場内では、被災地の様子を三次元のバーチャル映像で再現した「3Dデジタル震災遺構アーカイブ」も体験できる。

 21日まで(14日休館)。午前9時半から午後5時。無料。問い合わせは県立博物館(電話0242・28・6000)。【金志尚】


水門安全規則の策定19%
2016年3月7日(月)19時12分配信 共同通信

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 岩手県宮古市田老地区の防潮堤にある門扉=2月

 海岸がある39都道府県が管理し、津波や高潮の際に閉鎖作業が必要な水門など1万6521基のうち、作業員の安全を確保するための避難ルールを盛り込んだ「操作規則」を策定したのは2月末時点で19%にとどまることが7日、分かった。東日本大震災で水門を閉じようとした消防団員59人が津波の犠牲になったことを教訓に、国は2014年施行の改正海岸法で策定を義務付けたが、対応が遅れている実態が明らかになった。

 操作規則には、作業員が逃げる余裕を考えた活動時間の制限や、安全が確保できない場合に作業を中断して逃げることなどを明記することになっている。


10社を指名停止=道路舗装談合で―国交省
時事通信 3月7日(月)18時59分配信

 東日本大震災で被害を受けた高速道路の復旧工事をめぐる談合事件で、国土交通省は7日、独禁法違反罪で起訴された道路舗装業者10社を6~4カ月の指名停止措置とした。
 建設業法に基づく再発防止策の報告も求めた。
 国交省によると、東北地方整備局などが発注する工事の入札に、日本道路、NIPPO、前田道路の3社は6カ月間、残る7社は4カ月間、参加できなくなる。


国交省、道路舗装10社指名停止
2016年3月7日(月)18時7分配信 共同通信

 東日本大震災で被災した高速道路の復旧工事をめぐる談合事件で、国土交通省は7日、独禁法違反(不当な取引制限)の疑いで刑事告発された日本道路、NIPPO、前田道路など舗装会社10社について、国交省や海上保安庁、気象庁など東北地方にある国の機関の発注工事で6~4カ月の指名停止とした。

 当時の東北支店長が告発対象に含まれた日本道路は談合への関与が深いとして、東北以外の全国の地方整備局や地方運輸局などでも3カ月の指名停止とした。

 工事を発注した東日本高速道路も同日、10社を1年~6カ月の競争参加資格停止とした。


東電福島本社が移転
2016年3月7日(月)17時43分配信 共同通信
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 東京電力は7日、福島第1原発事故の復興支援に携わる福島本社を、避難指示が出ている福島県富岡町の浜通り電力所に移し、業務を始めた。

 福島本社は原発事故の対応拠点となっているサッカー施設Jヴィレッジ(同県楢葉町、広野町)に置いていたが、施設再開に向けた整備に伴い、出ることになった。

 Jヴィレッジで勤務していた社員約70人のうち、地元自治体との調整や広報を担う約50人が移転。約20人は引き続きJヴィレッジを拠点に復興支援業務を続ける。

 富岡町は全域が避難区域だが、来年4月にも一部住民の帰還を目指している。


岩手で震度3
時事通信 3月7日(月)16時51分配信

 7日午後4時37分ごろ、岩手県沖を震源とする地震があり、同県普代村で震度3の揺れを観測した。
 気象庁によると、震源の深さは約30キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定される。主な各地の震度は次の通り。
 震度3=岩手県普代村
 震度2=盛岡市、青森県八戸市、宮城県石巻市。


宮城、災害公営住宅へ40世帯
2016年3月7日(月)16時43分配信 共同通信

 東日本大震災で大きな被害があった宮城県東松島市で7日、被災者向けの災害公営住宅「市営沢田前住宅」の入居が始まった。入居者を代表して池田なが子さん(67)が、阿部秀保市長から鍵を受け取り「仮設住宅よりずっと広い。新たな住まいができて、第二の人生が始まるという思いだ」と笑顔を見せた。

 東松島市によると、今回完成したのは平屋建てと2階建ての計44戸で、敷地には公園も整備した。同市で被災した40世帯が入居する。

 池田さんは津波で自宅が流され、4年半以上にわたって、仮設住宅での暮らしを余儀なくされた。


【3・11から5年】宮城海上保安部巡視船「くりこま」海中捜索潜水士たちの思い
スポーツ報知 3月7日(月)13時2分配信

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巡視船「くりこま」の前で敬礼する寺門首席航海士(左から3人目)、河村主任航海士(同4人目)、加藤航海士補(同5人目)ら潜水士

 東日本大震災では、甚大な被害に遭った岩手、宮城、福島の3県でいまだ2558人(2月10日現在。警察庁調べ)が行方不明となっている。東北地方を管轄範囲とする第二管区海上保安本部の下部組織、宮城海上保安部に所属する巡視船「くりこま」の潜水士たちは、現在も行方不明者の手掛かりを、海から探し出そうと活動している。スポーツ報知では「歩み 3・11から5年」と題し被災地の今を伝えます。(高柳 哲人)

 「本来ならば、海の底にあってはならないものを見付けたい」

 班長を務める寺門嘉之首席航海士(46)ら「くりこま」の7人の潜水士はその言葉を胸に、被災地の海に目を光らせる。毎月11日の前後に通常業務に支障がない限り、行方不明者の家族や自治体からの要望があった地域を集中捜索。潜水しての捜索は、震災直後から数えると今年2月までで合計1253回(「くりこま」以外の潜水士の捜索も含む)に及ぶ。

 「我々は、すべての海域の水中の景色を熟知しているわけではありません。震災の前と後で、どこの地形が変化しているかも分からない。それでも『見付けよう』と思っていなければ絶対に見付けられないんです」と寺門さん。巡視船のソナーと呼ぶ水中探知機を使って当たりを付け、最深40メートルまで潜り捜索を行っている。

 2014年に1人の遺体を発見。以後、遺体を発見することはないという。震災から5年。現実は厳しい。

 「今年度は、食器類を見付けた以外は、これといったものを捜索できていません。水中に沈んでから時間が経過し、海藻などが付着してしまって、例えばそれが自動車かどうかも分からなくなっていたりもします。月日の流れは感じます」と寺門さんは話す。以前はアルバムやトロフィー、車の車検証など、個人の特定につながるものが発見されたこともあったが、現在は難しい状況だ。

 そんな寺門さんたちの支えとなっているのは、依頼する家族たちが捜索後に見せる安堵(あんど)の表情だという。「何も見付けられなかった時は、海底の様子の写真などを撮ってお見せすることもありますし、状況をお話しさせてもらいます。そんな時に涙を流される方もいますが、『ありがとう』と言ってくださる方がほとんど。心のモヤモヤを消していただけたのではないかと考えています」。後日、感謝の手紙を受け取ることも多いという。

 不明者の家族の中には、自ら潜水士の免許を取って捜索を行っている人もいるという。「水面下の捜索について、家族の方たちはどうすることもできない。何かが見付かる可能性は少ないと思っていても、自分たちでは何も見ることができません」。捜索を託される寺門さんは、家族の「胸のつかえが取れました」「震災当時のままだった気持ちが、ようやく安らぎました」という言葉を聞いた時に「ご家族の方に寄り添うことができた」と感じるという。

 集中捜索の依頼を最後に、不明者の生存を諦める家族も多い。寺門さんたち潜水士の仕事はある意味、その人たちに“最終宣告”をしなければいけない残酷な役目でもある。それでも寺門さんは「自分たちのやっている仕事は、決して悲観的なものではないと思っています」と明かす。「確かに、(諦める)決断をするきっかけになっているかもしれません。でも、たとえ何も見付けられなかったとしても、捜索が一つの節目となり、ご家族の方が前を向いて生きていこうと思ってくださるなら、こんなにうれしいことはないと思います」と寺門さん。今月も9日に宮城県南三陸沿岸、10日には岩手県陸前高田沿岸に、不明者の家族のために部下と共に潜水する。


参院予算委 安倍首相「福島産のコメも乳製品も毎日食べてる」
産経新聞 3月7日(月)12時32分配信

 安倍晋三首相は7日の参院予算委員会で、東京電力福島第1原発事故の風評被害対策として、福島県産の牛乳やヨーグルトを毎日摂取するよう求められ「官邸では福島県産のコメをいただいている。牛乳とヨーグルトも食べているので、風評被害払拭の意味で協力できるなら、これからも食べたい」と述べた。民主党の増子輝彦氏に答えた。

 首相は5日、福島県内の「復興牧場」を視察し、ヨーグルトを試食。7日の予算委員会で「大変豊かな味だった」と感想を語った。


編集長インタビュー…妻と病院、津波で流され それでも誓った「命を守る」
読売新聞(ヨミドクター) 3月7日(月)12時30分配信

 東日本大震災から5年が経(た)った。かけがえのない人を亡くし、自宅や職場が流されて生活が一変した被災地で、どれだけたくさんの人が悲しみを胸にこれまで生きてきたのだろう。あの日、自身が院長を務めていた岩手県立高田病院が津波にのみ込まれ、妻を失いながらも、地域の医療を守るため診療を続けてきた医師、石木幹人さん(68)。退職後の今も、自宅のある盛岡市には帰らずに仮設住宅に残り、地域医療の復興に挑み続ける。少子高齢化の急速な進行、地域コミュニティーの崩壊――。日本の未来を先取りしていると言われる被災地で奮闘してきた5年間と、これからの地域医療についてお話を伺った。

 インタビューは、震災後4か月で高台に設立された仮設の高田病院で行った。白衣の下は若々しいジーパン姿だ。

 「診察の時はいつもこれ。被災した年の正月に、うちのやつと約束したの。体重が70キロになったらジーパンを買うよって。結局、見せられなかったけどね」

 「うちのやつ」とは震災で亡くした妻たつ子さん(当時57歳)のことだ。かつて80キロ以上あったという体重は、被災後の奔走で自然に落ち、約束のジーパンを買った。今では、トレードマークのように毎日はいて、市内のあちこちを歩き回る。

 陸前高田市は、今年1月時点の高齢化率が36.2%と全国平均(26.0%)をはるかに上回る。高台造成に時間がかかっているため、高田病院の本格再建は来年度に予定されている。石木さんは今も、仮設病院から西へ約3キロ離れた西和野の仮設住宅で暮らし、2014年の退職後も仮設病院で週2回の認知症外来を持つ。週1回は市の「地域包括コーディネーター」として、市民の相談業務や健康関連の講演などを行っている。

 「地元の人と話していると離れがたい思いになるし、やっぱり、やり残したことがあるという思いがあるからでねえかな。医療と介護の連携も、今、自分が手を引いてしまったら、このまま崩壊してしまうと思うし、冬になると雪で介護や医療の手が届かなくなる山間部をどうするかという問題も手つかずのまま。地域の高齢者を支える仕組みがしっかりできて、先が見えるまではいないといけないんでねえかと思ってね」

◇あの日、大きな揺れに襲われた
 あの日、入院病棟のある4階で患者の回診をしていた時、これまで経験したことのないような大きな揺れに襲われた。身動きさえできないほどだ。揺れが収まってから、1階に降りて情報収集に当たったが、電話はすぐにつながらなくなり、職員も混乱状態で必要な情報は入ってこない。

 「こんな大きい地震なのだから津波は来るのだろうと思っても、情報がないから動けない。当時、有線放送で津波情報は流れていたらしくて、職員の中には聞いていた人もいるようなんですが、各部署でやることがいっぱいあり過ぎて、院長に情報が降りてこなかった。衛星電話もありましたが、使ったことがないから使おうという発想にもならない。その間にも面会に来ていた家族が『自宅に帰る』と言い張って、みんなで病院にとどまるように説得したりと、無為に時間を過ごしていました」

 やっと津波情報が入った時は、地震発生から30分以上経っていた。防災計画で想定していた最も高い津波は、病院の2階まで。訓練通り3階まで逃げた直後、窓の外に高田松原の松林を越えて、どす黒い津波が病院に押し寄せてくるのが見えた。

 「窓の外に津波を見てから2、3分だったと思います、高田病院がのみ込まれたのは。当時のことはもう記憶が薄れているのだけれども、私や職員は『屋上に逃げろ!』と叫びながら上がったらしいです。寝たきりの患者さんで救えなかった方もおり、最後まで1階で見回っていた事務局長も行方不明になりました」

 震災の時、父と共に働いた経験を話す医師、石木愛子さん(東北大加齢医学研究所で)

 屋上から陸前高田の町を見ると、一面津波に覆われて、風景が一変していた。専業主婦をしていた妻のたつ子さんは、病院より少し山側の宿舎にいるはずだったが、そのあたりの家屋もことごとくなくなっていた。

 「うちのやつはボランティアもしていたし、友達も多かったから、出かけていてくれたら、宿舎から動いていてくれたら助かっているかもしれないという希望をその時は持っていました」と石木さんは言う。妻の生存を祈って、水浸しになった町をどんな思いで見渡したのか。後に、娘の愛子さん(31)には、「屋上から探しても、お母さんの気配がまったく感じられなかった」と振り返ったという。

 屋上に避難した約100人のうち、患者や体力のない人は風がよけられる囲いの中に入り、防寒具を着ていた人は自主的に外に出て、一晩を過ごした。翌朝、ヘリでまず患者を、次に一般住民を運んでもらい、最後に病院スタッフと共にヘリに乗りこんだ時には夕方になっていた。3月11日の高田病院の死者(震災関連死を含まず)は、患者12人、職員(非番も含む)6人に及んだ。

 「ヘリで避難して、空から何もかも流された陸前高田を見渡した時に、改めて、『医療は壊滅だ』と思いました。それと同時に、『でも高田病院のスタッフの大半は生き残った。自分たちで医療再建をしなければならない』という思いが、すごく強くわき上がりました。感傷に浸っている暇はなかったですよね」

 高田病院のスタッフは全員、ヘリで市内の公民館「米崎コミュニティーセンター」に運ばれた。到着したとたん、うわさを聞いて集まった患者の診療が始まった。妻のことが心配だったが、日頃から夫婦で「何か災害があったら、市立第一中学校(一中)で落ち合おう」と約束していた。翌日、各避難所の様子を見回りに行った時に、一中にも足を伸ばすと、近所に住んでいた人にばったりと出会った。「先生の奥さん、直前は自宅にいたよ」と、その人は告げた。

 「それを聞いた瞬間、『ああ、もうだめだな』とあきらめました。もう絶対に無理なんだなと」

◇患者の診療を始めた
 その足でまたコミュニティーセンターに帰り、詰めかけていた患者の診療を始めた。

 医学生時代に結婚した妻は、家事や育児を一手に引き受け、石木さんが勉強や仕事に集中できるように支えてくれた。医師不足の高田病院に赴任し、医師を確保するために各地の大学病院を走り回った時は、50代になっても当直日数が多くて疲れ切っている石木さんの代わりに、長時間の運転をこなしてくれた。医療や社会問題にも関心が高い読書家で、「これを読むといいわよ」と勧めてくれて、診療の幅が広がった。自分の人生になくてはならない相棒だった。

 (今日の夜は大変だな。一人になったら泣いてしまうんでねえかな)

 一瞬、不安がよぎったが、患者の前に座ると、医師としての責任感が感情に溺れそうな心を押しとどめた。そこに突然、現れたのが、盛岡にいるはずの三男だった。周囲に止められたそうだが、「とにかく両親の無事を確かめたい」と緊急車両に紛れて車で陸前高田に入り、数時間、あちこちを歩き回って、父の元にたどり着いたのだ。

 「『先生、息子さん来たよ』って声をかけられたんだけど、診察中だったので『ちょっと待ってろ』って言ったみたい。『あの時、冷たかったなあ、お父さんは』って後で言われました。夜、みんなで雑魚寝しているところに2人で並んで寝て、『お母さんはどうも自宅にいたみたいだから、まず無理だ』と伝えたんですよね。でも、息子が来てくれたおかげで、心が乱れずにすんだな。その夜もちゃんと眠れたし。翌日には盛岡で研修医をしていた娘が来てくれて、初期に家族に支えられたというのは、すごくあったね」

 当時、盛岡市の岩手県立中央病院で初期研修中だった長女の愛子さん(現・東北大学加齢医学研究所老年医学分野所属)は、13日の昼頃、高田病院で研修中で、ヘリでいったん盛岡に運ばれた同期の研修医から、石木さんに託されたというメモを受け取った。そこには患者と職員の被災状況、当面必要な衣服や薬などが書かれ、「お母さんは絶望的です」とも書かれていた。愛子さんは翌日、職場の上司らと6人で支援物資を持って陸前高田に向かった。

 高田病院のスタッフの避難場所となった米崎コミュニティーセンターには、高血圧や糖尿病など持病の薬が津波に流されたという患者、風邪をひいたという患者が続々と来て、スタッフ自身も被災者なのにフル回転で診療をした。院長の石木さんは、地域医療に責任を持つ立場として、14日朝からは主な避難所を回り、被災者の健康状態を探った。

 「避難所に行くと、『ああ! 院長だ』と途方にくれた人たちが集まってくるじゃない。『何とかするから心配しないで』と声をかけると、ほっとした様子でした。一番大きい気仙町の避難所は橋が流されて、ぐるっと遠回りしないと入れなかったんだけど、『明日必ず医者を出すから、安心して』と伝えて、次の日は医者2人と看護師何人かに行ってもらった。そういう場所が何か所もあって、そこも何とかすると約束して回りました」

 院長に赴任して7年。高齢化が全国に先駆けて進んでいたこの地で、「高齢者に一番優しい病院」を掲げ、高齢者が退院後に自宅でスムーズに生活できるような医療体制を準備してきた。すべて流され、地域医療が壊滅的な被害を受けた時、改めて地域における医師の役割を思い知った。

 「ここで高田病院がこけたら、地域の人の命が守れなくなると思いました。震災翌日には日本赤十字の医療支援チームが入って広範囲に活動してくれていたのですが、だからといって、僕らが日赤に全部任せて休んでいるわけにはいかない。ヘリの上から何もかも流された高田のまちを見た時、高田病院が何とかして医療を復活させないと、この地域の未来はないとまで思っていたんです。市には救護所を設置する場所を探してもらい、そこに医者を張りつけていくという作業を繰り返しました」

 14日の夕方に駆けつけた愛子さんは、避難所回りを終えてコミュニティーセンターに帰ってきた父の姿を見ると、思わず駆け寄って抱き合った。「生きてて良かった」と父に告げた。後日、石木さんは「その言葉を聞いて、俺、生きているんだと、初めて気付いた」と語ったという。

 「父は、地震の発生からずっと気が張りつめたまま懸命に働いていた。自分の命のことを考える余裕がなかったのだと思います」と愛子さんは話す。

 すぐに医療チームに加わった愛子さんは、翌日、指揮を執る父から、「愛子先生は各避難所の医療ニーズを調べてきてください」と役割を振られた。避難所には寝たきりの人、人工透析が必要な人、高血圧や糖尿病で薬がない人、精神疾患を抱えた人ら、医療が必要な人でひしめいていた。しかし、薬も医療者も医療用具もない。その年の4月から、県立中央病院で後期研修を受ける予定だったが、現場を見て、残ることを決めた。

 「後期研修なんていつでもできる。こんなにすごいごたごたが復興していく過程には一生に1度かかわれるかどうかなんだから、経験しておいた方がいいよと話したら、娘も納得してね」と石木さんは当時を振り返るが、愛子さんは父に言われるまでもなく、自分自身で気持ちを固めていた。

 「まず、医師として目の前にやるべきことがたくさんあったし、やるべきだろうとしか思えませんでした。もう一つ、娘として父を一人で陸前高田に残していくという選択肢はなかった。母もいないし、着の身着のままで被災して何も残っていない。生活のサポートや精神的な支えがないまま、この大変な業務量を父にさせるということは、家族としてどうしてもできなかった」と愛子さんは言う。

 いったん盛岡に戻って、指導医の許可を得た上で、長期出向の形を取り、愛子さんは高田病院で働くことになった。

 夜は職員全員が雑魚寝をしている部屋で並んで眠った。震災後、石木さんは一人で眠ることはほとんどなかった。

 「互いに泣いた顔を見せたことはないと思うよ」と石木さんは振り返る。しかし、愛子さんは違う記憶を持っている。

 「夜、時折、父が泣いているのに気付くことがありました。黙ってそばにいましたが、それは娘ですから気がつきますよね……」

◇診療再開へ奔走
 高田病院の診療機能が停止したため、隣の県立大船渡病院に患者は殺到していた。高田病院を早く診療再開させるため、救護所運営は別の医師に任せ、石木さんは検査体制と調剤薬局の整備に奔走した。

 その傍ら、盛岡に行く用事がある時は、娘と共に遺体安置所に寄って、妻を捜した。見つかってほしいという気持ちと、見つかってほしくないという気持ちとが交錯する中、震災から3週間後の31日午後、妻が見つかった。色や形が特徴的な靴が決め手だった。ほぼ間違いないとわかった時は、2人で放心状態だった。

 「ようやく見つかったと、ほっとした思いはあったね。もう安置所に捜しに行かなくていいんだという思いも正直あった」。3週間ぶりの再会。しかし、33年連れ添った妻との別れを、ゆっくりと悼む時間はなかった。

 検査や薬局の体制のめどがつき、4月4日には高田病院が一般診療を本格的に再開することが決まっていた。これからの再建について、職員全員で話し合ったその日の夜が通夜で、その後数日で葬儀などすべての儀式を終えた翌日には、すぐに仕事に戻った。

 復興への長い道のりが始まった。

 岩永直子(ヨミドクター編集長)


<福島・双葉の森林組合>若者を正職員採用「山取り戻す」
毎日新聞 3月7日(月)12時22分配信

 東京電力福島第1原発の地元の森林組合が原発事故後、20~30代前半の若手の作業員を正職員として採用し始めた。森林は除染の対象外で、林業再生へのめどは立たないが、数十年先を見越して担い手を育成する狙い。昨年7月に採用された佐藤和幸さん(33)もその一人。避難指示が続く古里・福島県富岡町の山を取り戻す日を夢見ている。【三上剛輝】

 若手採用を始めたのは双葉地方森林組合。管轄する8町村の森林の多くが避難指示区域内にあり、林業ができるのは今のところ川内村と広野町だけだ。震災前は日雇い作業員が約80人いたが、震災後は約15人に。2014年、若手に来てもらうために地元公務員並みの給与水準で採用することを決め、佐藤さんら2人を採用。天候や季節で仕事量が変動する森林作業での正規雇用は異例という。10人前後の若手採用を目指し、今月中に希望者3人と面接する。

 「まだ慣れないけど、楽しいですよ」。2月下旬、川内村の工業団地造成地。木材収集運搬車に乗った佐藤さんは手足でレバーやペダルをたくみに操作しながら笑顔を見せた。

 祖父と父は富岡町で林業を営み、子供のころから山は遊び場だった。だが、「機械化が進んでいない」と林業を敬遠し、地元の木工所を経て、原発関連の会社に勤めた。

 原発事故当時、妻(34)は2人目の子を妊娠中で、郡山市の仮設住宅に身を寄せ、会社も退職。派遣社員や富岡町嘱託職員として町内でのパトロールや放射線量計測などに従事した。佐藤さんにとって「古里の原風景」の山は雑草が伸び、倒木が目に付いた。「手入れしないとだめになる」と危機感を持った。

 そんな時、森林組合から誘われ決意した。毎朝5時過ぎに起き、山に通う。富岡町の山には手をつけられないが、今は機械操作や林業経営の基礎を学ぶ時期だと考えている。「10年、20年後の若い世代が福島の林業に希望を持てるよう下地は作りたい」と意気込む。

 秋元公夫組合長(68)は「山の仕事は土の整備から木の伐採まで1サイクル50年。林業への行政の対策は後回しになっているが、今のうちに若手を育成しないと立ち行かなくなる」と佐藤さんらの活躍に期待を寄せる。


除染へ取り組み強化=消費増税「予定通り」―安倍首相
時事通信 3月7日(月)11時59分配信

 安倍晋三首相は7日午前の参院予算委員会で、発生から5年を迎える東京電力福島第1原発事故に関し、「除染廃棄物を生活の現場から撤去し、中間貯蔵施設に速やかに搬入しなければならない。一層取り組みを強化する」と述べた。
 廃棄物集積の進展状況について8日に関係閣僚から報告を受ける意向も示した。自民党の渡辺猛之氏への答弁。
 原発事故の影響で遅れる福島の復興について、首相は「皆さんが安心して暮らせる生活を取り戻すため全力で取り組む」と強調。常磐自動車道の渋滞解消のため、一部4車線化に向けた具体策を取りまとめ、週内に報告するよう石井啓一国土交通相に指示したことを明らかにした。JR常磐線の全線開通を急ぐ考えも重ねて示した。
 民主党の増子輝彦氏は、来年4月に予定される消費税率10%への引き上げ見送りを掲げて衆院を解散するのではないかと指摘。首相は「リーマン・ショック、大震災級の事態が発生しない限り、予定通り消費税を引き上げる。解散については全く考えていない」と従来の説明を繰り返した。


大震災から5年、米で在留邦人や市民らが追悼
読売新聞 3月7日(月)11時33分配信

 【ニューヨーク=水野哲也、ロサンゼルス=田原徳容】東日本大震災から5年を迎えるのを前に、米ニューヨークの教会で6日、追悼式典「Together for 3・11」が開かれ、在留邦人やニューヨーク市民ら約430人が参加した。

 式典は今年で5回目。黙とうの後、被災地からのビデオメッセージや合唱が披露された。被災地で支援活動にあたったことがある心理カウンセラーのジョイス・グロスバードさんは、宮城県石巻市の小学生たちが震災や復興の様子を表現した版画を紹介し、「東北の子供たちの立ち直る力の象徴。私たちは忘れません」と語った。

 ロサンゼルスでも6日、追悼集会が同市警本部前で開かれ、在留邦人や米国人ら約200人が集まった。


参院予算委 安倍首相、常磐道の4車線化は「週内に報告受ける」
産経新聞 3月7日(月)10時24分配信

 安倍晋三首相は7日午前の参院予算委員会で、常磐道で渋滞が起きやすい箇所の4車線化に向けた具体策について「今週中に(石井啓一国土交通相から)検討結果の報告を受ける」と明らかにした。

 首相はまた、東京電力福島第1原発事故などの影響で一部区間の不通が続くJR常磐線について、全線開通時期を早期に明らかにするよう石井氏に求めたことを説明。水素エネルギー活用の先駆地を協議する「福島新エネ社会構想実現会議」の新設も表明した。

 11日で東日本大震災から5年となることを踏まえ、「福島の復興なくして日本の再生なし」と改めて強調した。


石巻に世界初バイオガス聖火 東京五輪へ実験成功
日刊スポーツ 3月7日(月)10時10分配信

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旧国立競技場の聖火台前に集まった発案者の多田千佳准教授(右から4人目)ら

 「復興のシンボル」として宮城県石巻市に貸与されている旧国立競技場の聖火台に6日、牛のふんから生成されたバイオメタンガスを燃料にした「聖火」が、初めてともされた。

 20年東京五輪・パラリンピックで、再生エネルギーを使った聖火リレーを目指す多田千佳・東北大大学院農学研究科准教授(環境微生物学)らのチームが、同市の総合運動公園に設置された聖火台で、初の実証実験に挑戦。点火後、「ボン」という音とともに薄赤い炎が上がった。バイオガスを使った火が聖火台にともるのは、世界で初めてだ。

 バイオガスは、生ごみなどを発酵させてつくる。この日使った牛のふんは、普通のごみで約260キログラム相当。メタン発酵研究で知られる北海道鹿追町から提供された。準備は約1年。当初、昨年6月のいしのまき復興マラソンでの実施を目指したが整わなかった。昨年11月、聖火台専用バーナーが完成。100万円の費用は大学が負担した。

 多田氏は震災後の12年から、研究所近くの宮城・鳴子温泉で、旅館などから出た生ごみを使ったメタンガスで街灯をともすなど、生活に密着した使い方も研究する。実験を終え「ホッとしました」と笑顔をみせた。聖火リレーは全国を回るため、各地域で出たごみでメタンガスを生成→聖火に活用する「国民参加型」のリレー構想も温める。

 過去の五輪の聖火リレー燃料はすべて、プロパンガス。バイオガスが利用されれば世界初だ。この日は組織委員会関係者も視察。多田氏らは今後、実験結果をもとに、日本オリンピック委員会(JOC)などへの働き掛けを本格化させる。【中山知子】


室伏「情報も混乱」点火式で新国立の聖火台問題に
日刊スポーツ 3月7日(月)10時10分配信

 「復興のシンボル」として宮城県石巻市に貸与されている旧国立競技場の聖火台に6日、牛のふんから生成されたバイオメタンガスを燃料にした「聖火」が、初めてともされた。

 点火式には、陸上男子ハンマー投げの金メダリスト室伏広治も参加した。室伏は、新国立競技場への聖火台設置が検討されていなかった問題に関して、報道陣に「素晴らしい大会にするためにも、聖火台が観客から見えるところに設置され、オールジャパンで成功させないといけない」と述べた。その上で「(聖火台の情報は事前に)公開されるものではない。今までの大会で、設計段階から聖火台(の場所)を考えてつくったスタジアムはない。情報も混乱しているのではないか」と述べた。


<福島原発事故>廃炉作業員不足 協力企業の5割が懸念
毎日新聞 3月7日(月)9時0分配信

 東京電力福島第1原発事故で、毎日新聞が廃炉作業に携わる協力企業を対象に調査したところ、回答があった半数に当たる21社が作業員不足を懸念していることが分かった。被ばくのリスクのため若手が集まりにくく、今後高齢化が進めば、担い手や技術の空洞化を招く可能性もある。廃炉が遅れれば地元の復興を妨げる恐れもあり、作業員の継続的な確保が課題となる。

 「ご安全に」。福島第1原発の出入り口に当たる「入退域管理施設」では、作業員が行き交うたびに、無事故を祈るあいさつが交わされる。事故から5年。事故直後は「火事場」と言われた現場も平穏を取り戻している。しかし、被ばくや高齢化など作業員を取り巻く環境は依然厳しい。

 今回の調査は元請けのほか、福島県など地元自治体に提出された建築関係の許認可資料などから判明した246社を対象にアンケートを送り、2割の計42社から回答を得た。作業員が充足しているか聞いたところ、「足りない」「どちらかというと足りない」が21社で、「足りている」「どちらかというと足りている」(20社)を上回った。

 不足する理由について複数回答で挙げてもらったところ「定年で現場を離れる人が多い一方、若い人が集まらない」が最多の10社。次いで、「技術の継承が難しい」(7社)、「放射線量が高く、希望者が減っている」(6社)--などが多かった。

 「求人を出せば人は集まるが、つり荷の上げ下ろし操作の免許など必要な資格を持った人は来ない」。廃炉作業を請け負う福島県いわき市内の建設会社社長(52)は人手不足を嘆く。主に放射線量が高い現場作業を請け負っているが、「年50ミリシーベルト」「5年間で100ミリシーベルト」という国の制限がある。これを超えると現場作業ができないため、人数を増やしてカバーする必要がある。

 しかし、技術のある人は集まらない。このため別の会社から作業員を派遣してもらい、自社の従業員として使う「偽装請負」で人材の穴を埋めているのが現状だ。労働者派遣法などに抵触する恐れがあるが、社長は「違法なのは承知。でも、どこもやっていることだ」と話す。

 東電が、作業員を対象に実施した調査では2割前後が偽装請負で働いているとみられる。東電は協力企業に法令順守を求めているが、改善の見通しは立っていない。

 原発作業員の実態に詳しい東京大の縄田和満教授(計量経済学)は「廃炉作業が今後本番を迎える中、国が主導権を発揮して作業員確保のための対策を講じるべきだ」と指摘する。

 ◇福島第1原発の協力企業

 廃炉作業で、東京電力から発注される工事を請け負っている企業全体を指す。東電から直接受注している東芝などの原子力メーカーや、鹿島など大手ゼネコンの約40社が元請けとなり、その下で中小の建設会社など1000社以上が工事を請け負っているとみられるが、東電は個別企業の実態を明らかにしていない。今回の調査は元請けのほか、福島県など地元自治体に提出された建築関係の許認可資料などから判明した企業を対象に実施した。


視察や職員振り替え=人材確保へ腐心―東日本大震災5年
時事通信 3月7日(月)8時4分配信

 東日本大震災の復興事業本格化に伴い、岩手、宮城、福島3県の多くの市町村が職員確保に苦労している。
 各県は調整役として奔走。全国の自治体首長らを対象に被災現場の視察を実施したり、任期が切れた職員に人材の不足する他の市町村で勤務を続けてもらえるようマッチングを行ったり、工夫を凝らす。
 岩手県は2014年度、固定資産税の評価事務について内陸部の市町村と沿岸の被災市町村でパートナーを決め、繁忙期の数週間、内陸部から数日交代で応援職員を出す取り組みをスタート。15年度から対象を農地転用確認事務に広げた。派遣期間が短いため、内陸部の自治体にとっても無理がなく、集中的な支援ができる。さらに16年度は、他にも応援可能な業務がないか検討する。
 宮城県は昨年8月、全国の首長や人事担当者を招き、沿岸被災地の現状を1泊2日で見学する試みを初めて実施。99団体から157人が参加し、まちづくりの現場などを見ながら、被災自治体の首長らの派遣要請に耳を傾けた。県市町村課によると、視察後に行ったアンケートには「復興が途上ということが分かった」といった感想が寄せられた。担当者は「多くの自治体に参加してもらった」と手応えを感じており、来年度に向け「派遣継続や増員に結び付けば」と期待する。視察は今秋にも行う予定だ。
 一方、仙台市は復興にある程度めどが立ったため、任期付き職員の募集をやめた。県は同市と連携して14年度から、年度末に任期が切れる職員に就業意欲や希望勤務地を確認し、他の被災市町に照会。応援が必要な自治体で引き続き勤務してもらえるよう調整している。15年度末で任期が切れる21人のうち、6、7人の勤務が決まりそうだ。
 県は引き続き職員の増員に力を入れるが、「今いる応援職員の規模を減らさないように(維持)していくのもポイント」(市町村課)と指摘。振り替えにより、復興が遅れている地域に人を充てる考えを強調する。
 福島県は「県全体が被災地」との思いから被災市町村合同の採用説明会を東京だけで行ってきたが、15年度は郡山市でも開いた。被災地の事情に詳しく、理解のある県内在住者の応募が増えることを期待し、16年度も県内で実施する方針だ。
 他方、宮城県や県内市町に職員を派遣する兵庫県は、16年度も15年度と同規模の70人程度を送る予定だ。阪神大震災で全国から応援を受けた経験も踏まえ、担当者は「継続的に支援を続けたい」と力を込める。
 さいたま市から宮城県南三陸町に派遣され、生涯学習課主査を務める鳴瀬久美子さんは「いまだ復興しておらず、応援職員は必要だが、伝わっていない。こちらからも発信していくことが求められる」と話している。

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