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2016年3月 4日 (金)

東日本大震災・原発事故関連のニュース・2096

引き続き、2011年3月11日に発生した、東日本大震災ならびに東電福島第一原発事故に関連するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:震災時、非常通信7割「使えず」…被災地の病院 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:横浜で「3・11忘れない」大震災追悼イベント - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災5年>シイタケ原木1万本、福島に 三重のNPO - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:常磐線全面開通急ぐ=20年春目指す―安倍首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災5年 3・11 湯船 心の温もり 入浴木にメッセージ 東北へ届け - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:海に向かい、追悼の祈り…いわき・四倉海岸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:変わるもの、変わらないもの=カメラで追う被災地―東日本大震災5年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災5年>幾度の津波語り継ぐ 地域の災害史出版 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災5年>廃炉に長い闘い 福島第1原発 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仙台湾、堤防復旧9割完成で式典 - 速報:@niftyニュース.
リンク:安倍首相 「全力で応援していく」東日本大震災5年で福島視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:一時保管状況を視察=宮城の指定廃棄物―丸川環境相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<安倍首相>福島の復興牧場を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相、福島を視察 大震災5年控え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:景観めぐり対立=入札や用地買収難航―福島ようやく整備に見通し・防潮堤 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:再訪 震災5年 福島県南相馬市・家族4人を失った菅野長八さん(64) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「復興は途上」と被災3県知事 - 速報:@niftyニュース.
リンク:公取委、高速談合聴取で「威圧」 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<福島・双葉町>原発PR看板を撤去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地の自治会・町内会が消滅 - 速報:@niftyニュース.
リンク:汚染土、五輪までに集積を=復興加速化本部がメッセージ―自公 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:声楽家の姉妹、被災小学校に歌声届ける=宮城県南三陸町〔地域〕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相が5日に福島県視察へ 畜産・飲食業の復興状況を確認 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島・双葉町で思い出の品展示 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「責任問われず、日本は不思議」=福島原発で元国会事故調委員長―東京 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【3・11から5年】宮城県南三陸町・佐藤仁町長インタビュー<前編>…破滅した町を復活させるのは残された俺たちしかいない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【3・11から5年】宮城県南三陸町・佐藤仁町長インタビュー<後編>…ゼロからの再建を町民が誇れる町に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東北被災地へ…思い出偲ぶ「愛の灯火」、有馬の料理人ら考案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:志賀原発直下の断層は「活断層」 規制委調査団が最終判断 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<震災派遣で自殺>宝塚市職員、公務災害と認定 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災5年>漁港にそびえる防潮堤 岩手・山田 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<津波民話>「地蔵」に刻む伝承 気仙沼・大島出身の若者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災復興を地方創生のモデルに=今後5年の基本方針―政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興支援先自殺は公務災害と認定 - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

震災時、非常通信7割「使えず」…被災地の病院
読売新聞 3月5日(土)16時48分配信

 2011年3月の東日本大震災で携帯電話などの通信が途絶した際、岩手、宮城両県の医療機関の約7割が、衛星携帯電話などの非常用通信手段の利用に問題があり、患者の受け入れなどに支障を来していたことが、総務省の調べで分かった。

 「機器の設定や操作方法の問題で通信できなかった」という病院も1割に上った。

 調査は、総務省が昨年12月から今年1月末まで、通信網の被害が多かった岩手、宮城両県の病院や診療所計172機関を対象に実施。震災直後から1週間程度の通信状況や、非常用通信手段の使用状況などを尋ね、約6割に当たる計103機関から回答を得た。医療機関の非常用通信手段について詳細な調査を行ったのは初めて。

 ほぼ全ての医療機関で、何らかの通信障害が発生したが、衛星携帯電話や無線など非常用通信手段を保有していたのは36機関で、残る67機関は保有していなかったり、他の機関の通信手段を借用したりしていた。36機関のうち、「問題なく利用できた」と回答したのは28機関で、75機関(73%)は「通信手段を持っていなかった」、「持っていたが何らかの原因で使えなかった」などと回答した。


横浜で「3・11忘れない」大震災追悼イベント
日刊スポーツ 3月5日(土)16時22分配信

 東日本大震災の追悼イベント「3・11を忘れない 神奈川県から被災地にエールを 横浜から2万人に黙とうを」が5日、横浜スタジアム周辺の横浜公園などで始まった。横浜港近くの公園では、震災発生時刻の午後2時46分、約200人が東北沿岸の被災地に向けて黙とう。犠牲者の冥福を祈った。

【写真】さとう宗幸の思い…復興庁に疑問/忘れない3・11

 横浜市港北区から訪れた68歳女性は「近所の人から宮城県石巻市の惨状を聞いていた。被災地は本当に大変。私は何もできないから、祈るだけでもしたい」と、手を合わせた。神奈川県海老名市在住の61歳男性は「県内の震災復興イベントはなるべく訪れて、いろいろ買うようにしている。今日は出店で宮城県名取市の名物・せり鍋を食べた」と話した。

 実行委員長の三味線奏者、駒幸夫さんは黙とう終了後、鎮魂曲を演奏した。イベントは6日も行われる。


<大震災5年>シイタケ原木1万本、福島に 三重のNPO
毎日新聞 3月5日(土)15時35分配信

 東京電力福島第1原発事故による放射能汚染を受け、三重県名張市のNPO法人「赤目の里山を育てる会」が福島県の農家に送り続けているシイタケ栽培の原木が、9日で1万本を突破する。間伐による里山保存を兼ねた復興支援で、関わった学生や外国人のボランティアは延べ約4000人に上る。東日本大震災から間もなく5年。伊井野雄二理事長(61)は「終わりの見えない被害に苦しむ農家の助けになりたい」と語る。

 送り先は福島県昭和村の「青木農園」。経営者の青木秀之さん(37)によると、肉厚で甘いシイタケをかつては年間10トン出荷していた。だが原発事故で県内産の農産物などから放射性セシウムが検出されたため、地元の原木が使用できなくなり、今も自粛せざるを得ない逆風の状況が続いている。

 同会は、名勝・赤目四十八滝に近い名張市赤目地区に宿泊施設を持ち、日本国際ワークキャンプセンター(東京)を通じて招いた外国人と日本の学生らが里山を整備している。ここでボランティアをしたことがある昭和村の人が青木さんに同会を紹介し、送料などを青木農園が負担する形で2013年に支援が始まった。

 伊井野理事長は近隣の里山の地権者に「復興支援だけでなく、間伐で自分たちの山もきれいになり、田畑の獣害が減る」と説き、コナラを確保。13年3月に約4000本、14年3月に約3000本、15年3月に約2500本を届けた。今月9日にも約1000本を送る予定だ。

 福島県は原木の一大生産地だったため、原発事故後は原木の値段が高騰。青木さんは「原木は手に入りづらく、ありがたい」と感謝する。風評被害も重なって厳しい経営を迫られているが、スーパーで対面販売するなどの努力を重ね、最近は震災前の約7割まで出荷量が回復した。伊井野理事長は「復興を願う気持ちに国境はない。要請がある限り続けたい」と話している。【鶴見泰寿】


常磐線全面開通急ぐ=20年春目指す―安倍首相
時事通信 3月5日(土)14時39分配信

 安倍晋三首相は5日、視察先の福島県楢葉町で記者団に対し、東日本大震災の影響で一部が不通になっているJR常磐線について、「全線開通の時期を早急に示すよう(石井啓一)国土交通相に指示した」と述べた。
 2020年春の全面開通を念頭に、政府として全力を挙げる考えだ。
 JR東日本は常磐線の不通区間に関し、17年末までに順次再開する方針を示しているが、東京電力福島第1原発事故の現場に近い富岡―浪江間の再開時期は決まっていなかった。


東日本大震災5年 3・11 湯船 心の温もり 入浴木にメッセージ 東北へ届け
産経新聞 3月5日(土)14時19分配信

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宮城県の温泉施設に届けられるメッセージ入りの入浴木=神戸市中央区の神戸サウナ&スパ(沢野貴信撮影)(写真:産経新聞)
 ■神戸の温泉施設

 東日本大震災の被災地を元気づけようと、神戸市中央区の温泉施設「神戸サウナ&スパ」が、応援メッセージを書き込んだ入浴木を宮城県石巻市の温泉施設「元気の湯」に送る。震災から5年となる11日には、元気の湯の湯船に浮かべられるという。

 神戸サウナ&スパは、平成23年に東日本大震災が起こった際、7年の阪神大震災で避難所生活を経験したマッサージ師の女性が「同じ被災者として手伝いに行きたい」と提案したことをきっかけに、現地の避難所にマッサージ師12人をボランティアとして派遣するなど支援を続けてきた。

 昨年、阪神大震災から20年となり、感謝の気持ちを東北にも届けようと、現地に応援メッセージを記した入浴木を送ることを企画。入浴客らに直径約10センチ、厚さ約3センチのヒノキ製の入浴木にメッセージを書いてもらい、津波被害を受けた元気の湯に約千個をプレゼントした。

 今年も阪神大震災があった1月17日から入浴客や通行人に呼びかけ、メッセージを書き込んだ入浴木約千個を用意。入浴木には「東北がんばれ」「笑顔が届きますように」などのメッセージが書かれている。

 支配人の橋本憲一(のりかず)さん(54)は「ヒノキの香りの風呂につかりながらメッセージを読み、心と体が少しでも楽になれば」と話している。


海に向かい、追悼の祈り…いわき・四倉海岸
読売新聞 3月5日(土)13時39分配信

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東日本大震災の追悼行事で海に向かって黙とうする参加者(5日午前5時58分、福島県いわき市で)=源幸正倫撮影

 東日本大震災で330人が犠牲になった福島県いわき市で5日朝、県内外の約800人が海に向かって追悼の祈りをささげた。

 2012年から毎年、命日の時期に合わせて開かれている行事。参加者は四倉(よつくら)海岸で手をつないで一列に並び、日の出の時刻に黙とうした。津波で自宅が大規模半壊した同市の男性(73)は「津波の恐怖を今も覚えている。震災を忘れず、復興に向かわなければ」と話した。


変わるもの、変わらないもの=カメラで追う被災地―東日本大震災5年
時事通信 3月5日(土)13時11分配信

 東日本大震災から間もなく5年。
 岩手、宮城、福島3県の被災地を歩くと、復興が進み一変した地域がある一方、当時と変わらぬ光景が残る所も。「あの日」と「いま」をカメラで追った。
 宮城県女川町では、洗練されたデザインに建て替えられた駅舎から海へと続くコンコースに商店が並ぶ。岩手県陸前高田市のように大規模なかさ上げ工事が行われている所では、町の風景がまるごと変わった。
 一方、東京電力福島第1原発事故による福島県の避難指示区域では、いまだに5年前の風景が広がる。除染作業と時間の経過で放射線量が下がっているものの、かつての町を取り戻すには長い時間がかかる。
 犠牲者を慰霊し災害の教訓を伝えるため、震災遺構を残そうとする動きもある。陸前高田市の「奇跡の一本松」、宮城県南三陸町の防災対策庁舎などには多くの人が訪れ、静かに手を合わせる光景が絶えない。「後世に震災を伝える」という使命感、「つらい記憶を忘れたい」という思い。それぞれの複雑な思いを抱えたまま、被災地ではきょうも人々の営みが続けられている。


<大震災5年>幾度の津波語り継ぐ 地域の災害史出版
毎日新聞 3月5日(土)12時16分配信

 過去からの度重なる津波被害を記録にとどめ後世に生かしてもらおうと、岩手県釜石市・唐丹(とうに)地区の住民有志が、明治三陸地震による津波から120年、東日本大震災から5年となる今年、地域の災害史を出版する。記憶の風化がもたらす悲劇も鋭く指摘しており、有志らは「地域や家族内での伝承が難しい時代になった。何とか語り継ぐ材料に」と願う。

 かつて唐丹村だった同市唐丹町は七つの集落からなる人口約2000人の漁業集落だ。江戸時代に日本地図を作った伊能忠敬が測量に入り、その功績を生存中にたたえた全国唯一の標石とされる「測量之碑」がある。

 釜石市誌などによると、1896(明治29)年の明治三陸津波で、人口の6割以上に当たる1684人が死亡したとされる。ほぼ全滅した中心部の本郷地区は高台移転が進んだが水に不自由し、1913年の大火を機に再び浜近くに戻った。

 そのため、33(昭和8)年の昭和三陸津波では再び359人もが犠牲に。生存者が語り継ぎ、60年のチリ地震津波では死者を出さなかったが、90年に高さ12・5メートルの防潮堤が完成すると、防災意識の緩みとともに災害伝承が途絶えがちになり、東日本大震災では11人の犠牲者を出した。

 住民らで作る「唐丹の歴史を語る会」では、災害史をきっちりまとめ伝承しないと悲劇を繰り返すと考え、震災直後から出版準備に着手。地元では津波で資料が散逸してしまっているため、町外の寺などの協力を得た。震災時に地区の住民がどう行動したのかなどの調査結果も盛り込む。

 調査によると、昭和三陸津波で101軒中、100軒が流された本郷地区では震災時、「避難しなければならない」と強く思った人が72%いた。一方、昭和三陸津波が到達せず、被災集落の移転先となった現在の中心部・小白浜地区では44%にとどまった。

 語る会会長で元釜石市教育長、河東真澄さん(75)は「こんなに狭い範囲でも、過去の経験によって集落ごとに意識に違いが出る。こうした記録をしっかり残したい」と話す。

 災害史はB5判200ページ前後で、調査結果などの資料CDを付けて市販予定。明治三陸津波があった6月発刊を目指す。【道永竜命】

 【ことば】明治三陸地震

 1896(明治29)年6月15日夜に起きたマグニチュード(M)8クラスの地震。地震による被害はほとんどなかったが、大津波が発生し、北海道から宮城県までの太平洋沿岸で、約2万2000人の死者を出した。


<大震災5年>廃炉に長い闘い 福島第1原発
毎日新聞 3月5日(土)11時57分配信

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空間放射線量が高い凍土遮水壁の建設現場で、放射線を遮る効果のある金属が含まれたベストを着て作業する労働者ら=福島第1原発で2016年2月23日、森田剛史撮影

 東京電力福島第1原発原子炉建屋近くの放射線量は毎時100マイクロシーベルトを超え、事故から5年を迎えるが依然として高い。増え続ける汚染水を抑えるため完成した「凍土遮水壁」周辺では、全面マスク姿の作業員が、放射線を遮る効果のある重金属を含むベストを着て働いている。

 国は原発作業員の被ばく限度を1年間50ミリシーベルトかつ5年間100ミリシーベルトと規定。これを超えれば現場で働くことはできないため、作業員の確保は中長期的な課題だ。ある地元協力企業は「この先、福島第1原発をよく知る熟練労働者が再び必要とされる局面がある」と、現場から作業員を一旦離れさせているという。廃炉に向けた長く苦しい闘いが続く。【森田剛史】


仙台湾、堤防復旧9割完成で式典
2016年3月5日(土)11時41分配信 共同通信

 東日本大震災の津波で大破し、国が仙台湾沿いで復旧工事を進めている堤防の9割が完成し、震災発生から5年を迎えるのを前に、5日、仙台市若林区の荒浜地区で式典が開かれた。地盤改良などで強度を高め、住民の避難時間を確保する効果が期待されている。

 堤防は宮城県の仙台市、名取市、岩沼市と山元町の一部にまたがり、高さ約7・2メートル、総延長約29キロのコンクリート製。震災後、国土交通省が災害復旧事業として工事し、2月末までに全体の92%に当たる約26キロが完成した。

 同省によると、盛り土を覆うコンクリート同士をかみ合わせ接合力を高めたりして強度を上げた。


安倍首相 「全力で応援していく」東日本大震災5年で福島視察
産経新聞 3月5日(土)11時37分配信

 安倍晋三首相は5日午前、11日で東日本大震災から5年となるのを前に、復興状況を確認するため福島県を訪問した。首相は福島市内の「復興牧場フェリスラテ」を視察し、酪農家との懇談で「皆さんが成功していくことが東北の未来につながる。全力で応援していきたい」と激励した。

 復興牧場フェリスラテは、東京電力福島第1原発事故で避難を強いられた酪農家への支援策として整備された東北最大級の共同利用牧場で、昨年12月に生乳の本格出荷を開始した。牛乳やヨーグルトを口にした首相は「おいしいです」と笑顔を見せた。

 首相はその後、沿岸部に移動し、今春に営業再開が予定されるJR常磐線小高駅(南相馬市)を視察。午後には広野町のレストランや楢葉町の部品工場なども訪問する。

 首相の被災地訪問は2月の宮城県以来で、今年2回目。震災復興に政府が全力を挙げている姿勢をアピールする狙いがある。


一時保管状況を視察=宮城の指定廃棄物―丸川環境相
時事通信 3月5日(土)11時11分配信

 丸川珠代環境相は5日、東京電力福島第1原発事故で発生した放射性物質を含む指定廃棄物が一時保管されている宮城県岩沼市の玉崎浄水場を視察した。
 ビニールハウス内に一時保管された指定廃棄物の浄水汚泥の状況などを確認。村井嘉浩知事、菊地啓夫市長らから、周辺住民に不安の声があるなどと説明を受けた。


<安倍首相>福島の復興牧場を視察
毎日新聞 3月5日(土)10時56分配信

 安倍晋三首相は5日午前、東日本大震災から5年を迎えるのを前に福島県を訪問し、福島市の「復興牧場」を視察した。午後には東京五輪・パラリンピック開催前の2020年春までにJR常磐線の全面開通を目指す方針を表明する。

 復興牧場は、原発事故で休業を余儀なくされた飯舘村や浪江町などの酪農家が共同で運営している。昨年12月に生乳の本格的な出荷を始めた。首相は同牧場の牛乳を試飲した後、酪農家らと意見を交わし、「皆さんの成功が東北の未来につながっていく。全力で応援したい」と呼びかけた。

 この後、運行再開を今春に控えたJR常磐線小高駅(南相馬市)、福島県産の食材を使う広野町のレストラン、被災者の雇用の受け皿となっている楢葉町の工場などを訪れる。【加藤明子】


安倍首相、福島を視察 大震災5年控え
産経新聞 3月5日(土)8時53分配信

 安倍晋三首相は5日午前、東日本大震災からの復興状況を確認するため福島市を訪れ、同市内の牧場を視察する。11日で震災から5年となるのを控え、福島の復興に政府が全力を挙げる姿勢をアピールする考えだ。首相の被災地訪問は2月21日の宮城県以来。

 視察先は、東京電力福島第1原発事故で避難を強いられた酪農家を支援するために整備された「復興牧場」。首相は続いて沿岸部の南相馬市に移動し、JR常磐線の小高-原ノ町が今春に運行再開するのを踏まえ、小高駅を訪問する。


景観めぐり対立=入札や用地買収難航―福島ようやく整備に見通し・防潮堤
時事通信 3月5日(土)8時5分配信

 東日本大震災で被災した沿岸部で、防潮堤の整備に遅れが出ている。
 宮城では住民と協議を重ねて同意を得てきた一方、景観を損ねるとして今なお反対意見が強い地域も。岩手は着工率こそ高いものの、入札不調や用地買収の難航などで工期が延びる。東京電力福島第1原発事故の影響で遅れていた福島は、帰還困難区域を除き、ようやく整備完了時期の見通しがまとまった。
 宮城県気仙沼市の離島・大島の浦の浜地区では、約3年に及ぶ県と住民の話し合いの結果、発注の見込みが立った。景観を重視し、8メートル弱の「垂直の壁」から、道路との兼用や河川敷のように段差を設ける方式に変更。高さは30センチしか下がらなかったため、「それなら下げなくてもいい」との声もあったが、「行政側の誠意が感じられた」と住民代表の菅原弘さん(61)は評価する。約30回にわたる勉強会を重ね、防災への理解も進んだ。
 ただ、同県内では、少なくとも石巻、気仙沼、塩釜の3市で、住民との協議が続く見込みだ。
 高さ10メートル弱の壁が町の中心部を囲う計画の石巻市雄勝町では、県は2013年に行った住民約300人への説明会で「同意を取り付けた」と考えていた。だが、まちづくりに携わってきた住民が海の見える景観を維持するため高さを下げるよう求めたことから、発注は止まったまま。市の担当者は「高台移転で住民はほとんどおらず、守られるのは避難道路だけ。それでも防潮堤が動きださなければ町の復興も始められない」と県に調整を急ぐよう促す。
 岩手でも遅れが目立つ。宮古市では、重茂半島の高さ約14メートルの防潮堤工事で14年11月、入札不調が生じた。市中心部からのアクセスが悪く、応札した業者はゼロ。建設業界は人手不足の上、トラックも限られ、遠隔地での工事は敬遠されやすいという。随意契約に切り替え、業者が決まったが、完成は1年遅れの17年3月となる。県の担当者は「入札不調は一連の対策により減ったものの、当初の遅れを引きずっている」と話す。
 高さ10メートル、総延長約2・4キロで「万里の長城」と呼ばれた二重防潮堤が、津波で大きく損壊した同市田老地区。海側では高さ14.7メートルの防潮堤を17年3月に完成させる予定だったが、地権者が亡くなった後も相続が決まっていない土地などの買収が進まず、18年3月にずれ込む見通しだ。
 福島では、原発20キロ圏内での防潮堤の被害査定が帰還困難区域を除き終了した。同区域以外の地域では19年度の完成を目指す。住民が各地に避難し、用地交渉が一層難しくなっていることから、県は一部民有地について地権者の同意を得なくても取得できる土地収用法の適用を検討している。


再訪 震災5年 福島県南相馬市・家族4人を失った菅野長八さん(64)
産経新聞 3月5日(土)7時55分配信

 ■「野馬追に生かされている」

 騎馬武者500騎が戦国絵巻を繰り広げる福島県・相馬地方の伝統行事「相馬野馬追(のまおい)」が始まる日の朝、陣羽織と甲冑(かっちゅう)をまとい、仏壇の前に立った。隣にいる仲間が厳かに出陣のほら貝を吹き鳴らす。

 「今回は自宅から出られるぞ」。昨年7月、南相馬市の菅野(かんの)長八さん(64)は仏壇に並ぶ写真と遺骨に心の中で語りかけ、外に待たせていた馬にまたがった。腰の巾着には、がれきの中から見つけ出した古い家族写真をしのばせた。

 東日本大震災の津波で、母のハルヨさん=当時(85)▽妻のまち子さん=同(58)▽次男の武身さん=同(34)▽長女のあゆみさん=同(31)-を失った。ハルヨさん、武身さんの遺体はまだ見つかっていない。

 毎年7月の野馬追の出陣式は、先祖や亡くなった家族にささげるため家で行われる。震災後、手狭な仮設住宅や親族宅から出陣したときは遺骨を寺に預けていたが、「ずっと家族の前で出陣したかった」。昨年、ようやく、完成間近の自宅に仏壇、遺骨を持ち込み出陣式を執り行えた。

 陣列を組んで計約7キロにわたり地元を練り歩き、他の騎馬武者たちに指示を下す役目を堂々とこなした。家に戻ると、仏壇に線香をあげて報告した。

 「無事に終わったよ」

                 ■ ■ ■

 震災から間もない平成23年7月、規模を縮小して行われた野馬追に参加した際は、取材に「供養のためにも出陣を決めた」と伝えた。震災から1年を迎えたときは「野馬追があるから今の自分がある。心の支えになっている」と話した。

 40年以上携わってきた野馬追。今、改めて思う。そこには、いつも家族の支えがあったのだ、と。

 和裁が得意なハルヨさんが陣羽織やはかまを繕い、まち子さんと武身さんは馬の餌やりや馬房掃除を手伝ってくれた。

 震災当日は勤務先の郵便局の仕事中だったが、後日知人から、自宅隣にあった馬房の前を行ったり来たりする武身さんや、「何を持って、逃げたらいいか分からない」と焦るあゆみさんの姿を見たと伝えられた。

 「家族の協力があったからこそ、野馬追を続けられた。失ってから、ありがたさを思い知らされた」

 喪失感はぬぐえず、週の半分ぐらいは津波にのまれた海岸近くの旧自宅跡に通った。見つからないと分かっていたが、海沿いで家族にかかわるものを探した。

 26年秋ごろ、津波被害のリスクがあるとして、行政が土地を買い上げ、土台が撤去されて、やっと目が覚めた。「ここではない」。家族と楽しんだ野馬追を通じて、思い出と絆を大事にしていこうと前を向いた。それこそが「家族の思いにかなっている」。

                 ■ ■ ■

 野馬追の全観客数は、震災が起こった23年に前年の2割以下となる3万7400人まで減少し、参加した騎馬武者の人数も、自分の地区だけで約100騎から約40騎に激減。馬や武具を失い「生活が落ち着くまでは参加できない」などと参加を諦めた人が相次いだ。

 「復帰する意思がある仲間が戻ってこられるようにしたい」。引退した競走馬を牧場から引き取ったり、馬を貸してくれる乗馬クラブも見つけたりして、仲間たちに馬が行き渡るようにした。復帰の動きは広がり、昨年は地区の騎馬数が約85騎にまで回復。観客数も震災前の水準に近い20万7200人まで戻り、かつてのにぎわいを取り戻すまであと一歩となった。

 自分と同じように家族を失った仲間たちが馬上で「やっぱり野馬追はいいね」と喜ぶ。みんなにとっても野馬追は同じ目標を持った仲間が集まり、一人ではないことを実感できる場になっていた。

 震災から5年。かつての喪失感は薄れ、今は千年以上続く野馬追を絶やさないことが自分の使命だと思っている。「家族を失ったが、野馬追が残った。私は野馬追に生かされていると感じているんです」(福田涼太郎)


「復興は途上」と被災3県知事
2016年3月5日(土)5時55分配信 共同通信

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から5年を前に、岩手、宮城、福島3県の知事が5日までに共同通信のインタビューに応じた。インフラ整備やまちづくりの進展に一定の手応えはあるが、仮設住宅はいまだに解消されず、全員が「復興は途上」と強調。福島県の内堀雅雄知事は、原発事故の風化や風評被害に強い懸念を示した。

 復興の現状について達増拓也岩手県知事は「ピークを迎えているが、いまだに2万人超の被災者が仮設での生活を余儀なくされている」と指摘。内堀氏は「確実に前に進んでいるが、原発の廃炉・汚染水対策など課題は山積している」とした。


公取委、高速談合聴取で「威圧」
2016年3月4日(金)20時41分配信 共同通信

 東日本大震災で被災した高速道路の復旧工事をめぐる談合事件で、公正取引委員会の担当者が昨年、「鹿島道路」(東京)など舗装会社3社の社員を威圧するなど不適切な事情聴取をしたとして、企業側の弁護士事務所が相次いで抗議していたことが4日、関係者への取材で分かった。

 担当者が内部で注意を受けたり、途中で交代したりしたケースもあった。経済界はこれまでも聴取の適正化を求めており、さらに批判を強める可能性がある。公取委は今年1月から不適切な方法で供述を得ることを禁じる指針の運用を始めていた。

 公取委は取材に「公判への影響はないと考えている」としている。


<福島・双葉町>原発PR看板を撤去
毎日新聞 3月4日(金)20時3分配信

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支柱から切り離され、撤去される原発PR看板=福島県双葉町で2016年3月4日午前11時4分、佐々木順一撮影

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町で4日、町体育館前の原発PR看板が撤去された。

 PR看板は「原子力明るい未来のエネルギー」などの標語が掲げられ、町内に計2基あったが、老朽化のため、町が昨年12月、町役場前の1基を三つに切断して保管している。しかし、標語を考案した大沼勇治さん(39)が「看板を切らずに保存してほしい」と町に求め、町体育館前の1基は切断しないことになった。

 看板は横約16メートル、縦約2メートルの大きさ。標語部分は看板から既に取り外されており、この日は、クレーン車を使って看板を両脇の支柱から切り離した。その後、大型トレーラーで保管場所の町役場の敷地内に運ばれた。

 大沼さんは「この看板は、もはや双葉町だけのものではない。原発の負の遺産として、町は展示する場所を決めてほしい」と話した。【佐々木順一】


被災地の自治会・町内会が消滅
2016年3月4日(金)19時51分配信 共同通信

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した岩手、宮城、福島3県の沿岸を中心とした42市町村で震災後、住民同士の交流を担う自治会・町内会が多数解散、消滅したことが4日、分かった。住民が減って活動が続けられなくなったためで、一時は100団体以上減少した。仮設住宅や災害公営住宅には新たな自治会が生まれているが、地域の絆が弱まり「町や住民が元に戻るか不安」と復興への影響を懸念する声も上がっている。

 共同通信が2月、津波被害に遭ったり原発事故の避難指示が出たりした市町村に、住民でつくる自治会や町内会の現状を取材した。


汚染土、五輪までに集積を=復興加速化本部がメッセージ―自公
時事通信 3月4日(金)18時9分配信

 自民、公明両党の東日本大震災復興加速化本部は4日、2016年度に始まる復興・創生期間に向けたメッセージをまとめ、安倍晋三首相に提出した。
 政府に対し、福島県内に仮置きされている汚染土の入った袋の相当部分を、20年東京五輪・パラリンピックまでに中間貯蔵施設へ集積することなどを要請。首相は「原点に返り、被災者に寄り添って取り組みたい」と応じた。
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示区域のうち、放射線量が高く避難指示の解除時期が決まっていない「帰還困難区域」については、夏までに復興の中長期的な道筋を示すよう求めた。その際は「インフラ、生活環境整備といった観点から、除染などを含め国の考え方を示すべきだ」とした。


声楽家の姉妹、被災小学校に歌声届ける=宮城県南三陸町〔地域〕
時事通信 3月4日(金)17時57分配信

 プロの声楽家として姉妹で活動する佐藤容子さん(ソプラノ)・佐藤寛子さん(メゾソプラノ)が4日、2011年3月の東日本大震災で壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町の町立名足小学校(加藤えり子校長、児童67人)を訪れ、1年生から6年生まで全児童を前に童謡・唱歌やオペラをたっぷりと披露した。
 南三陸町歌津地区の名足小学校は海抜15メートルのところにあり、東日本大震災の際は、200メートル先にある海岸から巨大津波が直撃。その時、校内にいた児童64人は全員避難して無事だったが、校舎1階部分は全壊。今春卒業する6年生は当時1年生で、避難した高い台で津波を目の当たりにしている。
 佐藤さん姉妹が名足小を訪れるのは今年で3回目で、「赤い風船とんだ」や「青い目の人形」、「春が来た」といった童謡・唱歌やオペラ「カルメン」のハバネラなどを歌ったたほか、ピアニストの前田拓郎さんは「幻想曲さくら さくら」などを独奏。約1時間にわたって、児童たちは美しい歌声やピアノの音色に聞き入っていた。演奏会後は「きれいな声だった」「声の大きさがすごかった」と満足そうに感想を語っていた。佐藤さん姉妹は「今年もみなさんの前で歌えてよかった。来年もまた来たい」と話した。
 姉妹は山形県山野辺町出身。Sugar Sisters(シュガーシスターズ)の名で、14年11月には初のアルバムCD「わすれがたき ふるさと」を発売した。


安倍首相が5日に福島県視察へ 畜産・飲食業の復興状況を確認
産経新聞 3月4日(金)17時24分配信

 菅義偉官房長官は4日、安倍晋三首相が東日本大震災の復興状況を視察するため、5日に福島県を訪問すると発表した。畜産業や飲食業などの復興状況を視察する。


福島・双葉町で思い出の品展示
2016年3月4日(金)17時12分配信 共同通信

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 全町避難が続く福島県双葉町で、震災5年の慰霊に訪れる住民向けに展示される「思い出の品」=4日午後

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町の休憩施設・ふれあい広場で5日から、津波被災の現場で見つかった「思い出の品」を展示する。11日まで。

 施設は日中の立ち入りが可能な避難指示解除準備区域にあり、東日本大震災5年で慰霊に訪れる住民向けに、自衛隊員らが沿岸部で拾ったり、環境省ががれきの中から見つけたりした写真やぬいぐるみなど約4千点が展示される。

 自分のものと確認されれば持ち帰ることができ、町の担当者は「ようやくゆっくり閲覧できるようになったので多くの町民に見てもらいたい」と話している。


「責任問われず、日本は不思議」=福島原発で元国会事故調委員長―東京
時事通信 3月4日(金)16時38分配信

 東京電力福島第1原発事故で国会が設置した事故調査委員会の委員長を務めた黒川清・政策研究大学院大客員教授が4日、東京都千代田区の日本記者クラブで講演した。
 黒川氏は原発事故について「責任を誰も問われない。日本は不思議だ」と語った。
 国会事故調は関係者のヒアリングやアンケートなどの調査を行い、原発事故を「人災」と位置付ける報告書を2012年にまとめた。
 黒川氏は講演で、事故前の日本では原発の過酷事故が起きないことになっていたと指摘。「(海外では)不思議な国だとみんな言っていた」と振り返り、国際的に見ても原発事故の備えが遅れていたと訴えた。


【3・11から5年】宮城県南三陸町・佐藤仁町長インタビュー<前編>…破滅した町を復活させるのは残された俺たちしかいない
スポーツ報知 3月4日(金)15時4分配信

 東日本大震災による津波で住宅の6割近くが全壊し、620人の死者(2016年1月末現在)が出た宮城県南三陸町。佐藤仁町長(64)は、当時の町役場の隣に建っていた防災対策庁舎で津波にのまれながらも、奇跡の生還を果たした。現在も町のトップとして復興の指揮を執る佐藤町長が、「3・11」を語った。(取材、構成・高柳 哲人)

 震災から間もなく5年となりますが、最近は当時のことを夢で見るということはなくなったと思います。「思います」というのは、しばらくの間は、うなされていたこともあったようなのですが、自分では全く覚えていない。娘に「オヤジ、また溺れてたよ」と言われたことは、かつて何度もありましたが…。

 2011年3月11日午後2時46分は、町議会で閉会のあいさつ中。2日前(9日)にも地震があり、津波警報が出ました。それで『防災に気を引き締めていきましょう』と話していました。その後、町長室に戻り、防災服に着替えて隣の防災庁舎に向かいました。

 庁舎は高さ15・5メートルの津波に遭い、43人が犠牲になりました。その場で生き残ったのは10人。津波が来た時は、屋上のアンテナに登りました。太い方に7人、細い方に3人。でも、しばらくすると体力が落ちて、アンテナに上がれない。だから、階段の柵にしがみつきました。最初に水をかぶった時には、恐怖は感じなかった。しばらくして余震があり、大きく揺れるアンテナにつかまりながら濁流を目にした時に、初めて恐怖感が襲ってきました。

 ずぶぬれで疲れ果てた上に、夜は雪もちらついてきた。ただ、火をつけることができたので助かりました。あれがなかったら低体温症で全員死んでいたかも。火があったのは、たまたまです。アンテナの上の方にいた、たばこを吸う職員の1人がライターを胸のポケットに入れていた。それを使って、水に流されてくる木などに火をつけて暖を取りました。

 朝が来るまで私は「壊滅した町を復活させるのは、残されたオレたちしかいないじゃないか」と檄(げき)を飛ばしました。定年などで副町長や総務課長らが退職しましたが、10人のうち現在も6人が町役場で働き、復興を目指しています。

 防災庁舎から無線で避難を呼び掛け、津波にのまれた遠藤未希(当時24歳)のことは、多くの皆さんが知っていると思います。これについては、きちんと言っておきたいことがあります。未希のことはよく知られていますが、同じ放送室には彼女の上司の三浦毅(当時51歳)という男もいて、彼も犠牲となりました。

 毅も未希と同じく、最後まで町民を助けようと放送を続けていたことを知ってほしい。未希と最後に話をしたのは、災害対策本部で指揮を執る前に、町長室で着替えた背広を手に放送室に入った時。未希に「ここに服置かせてもらうから」と声を掛けたら「は~い」と明るく返事をしたのを、今でも覚えています。

 震災後、職員を避難させなかったとして、遺族に訴えられたこともありました(15年8月に不起訴処分)。ただ、震災当時の行動について説明するなら、簡単なんです。発生と同時に、町民は「逃げる側」、職員は「逃がす側」に分かれる。だから未希や毅にとっては、放送をするのが役割でした。

 その役割分担の中で犠牲になった人もいますが、それによって多くの町民を救うことができたと思っています。そもそも、津波の第1波は当初、6メートルと予測されていました。でも、一番高いのは24メートル。これでは、残念ながら対応はできませんでした。

全半壊62%の3321戸死者620人不明212人 津波で多くの死傷者が出た東北地方太平洋沿岸の中でも、南三陸町は同じ宮城県の牡鹿郡女川町と並び、甚大な被害を受けた地域として知られる。

 全壊、半壊した住宅は3321戸で、当時の世帯数の約62%。危機管理課に所属していた遠藤さん、三浦さんは、防災対策庁舎から町民に向けて「6メートルの津波が来ます。避難してください」と防災無線で呼び掛けたが、実際に来た津波の高さは15.5メートルだった。電気及び水道も、地震発生後に町内全域でストップ。復旧したのは電気が5月末、水道が飲用可能となったのは8月中旬だった。

 人的被害も多大で、11年3月19日の時点で、約1万8000人の町民のうち、約9800人が町内33の避難所に避難。安否不明者は1000人以上に上った。現在の死者は、災害関連死も含め620人、行方不明者は212人(いずれも16年1月末現在)となっている。

 ◆佐藤 仁(さとう・じん)1951年12月24日、宮城県志津川町(現南三陸町)生まれ。64歳。志津川中から仙台商高に進学し、野球部では遊撃手として活躍。高3時に夏の甲子園でベスト8。志津川町議、町長を経て、2005年に歌津町と合併して新設された南三陸町長に立候補して当選。初代町長となる。現在、3期目。


【3・11から5年】宮城県南三陸町・佐藤仁町長インタビュー<後編>…ゼロからの再建を町民が誇れる町に
スポーツ報知 3月4日(金)15時1分配信

 東日本大震災で津波に巻き込まれながらも、九死に一生を得た宮城県南三陸町の佐藤仁町長(64)。震災から間もなく5年を迎える中、町は息を吹き返しつつある。今後、災害を風化させないためには、どうしていくべきか。また、生まれ変わる町の将来像への思いを語った。(取材、構成・高柳 哲人)

 よく「震災から5年ですが…」と質問されますが、私の中には、その言葉はストンと落ちてこない。復興事業には区切りはないので。ただ、その中で「復興の一丁目一番地は住宅の再建」を胸に進んできました。震災以降、私は新年の訓示で毎年「住宅再建」を口にしてきましたが、今年は「これを言うのも最後になりそうです」と話しました。今年度中に、山を切り開いた団地の予定地の造成は終了すると思います。

 一方、防災庁舎の周辺は「復興祈念公園」が2018年に完成予定。来年度に入ると工事が始まり、4月から2年間、立ち入りできなくなります。献花台は、少し離れたところに移動させる予定です。現在は山を削った土の仮置き場となっており、工事は全く進んでいません。ですが、逆にいえば工事が始まるということは、復興が進んでいる証拠。公園や観光施設に手が回り始めたということは、住宅再建のゴールが見え始めたということです。来年度から、復興事業は「第2ステージ」に入ります。

 「庁舎の前で町長の話を聞かせてほしい」という要望も、何度も受けました。それでも、海外の方の視察など一部を除き、これまでは一切応じていません。当時を思い出したくないのではなく、そこで亡くなられた方に失礼な気がしていたんです。

 ただ、5年が経過して、国民の皆さんの中には、震災を「過去の災害」と感じるようになった人もいる。でも、実際はまだまだなんです。それを私は訴えていかないといけません。そのために、庁舎の前に立つ必要もあると考えるようになりました。失礼と思う気持ちは変わりませんが、それ以上に大切なことがあると考えるようになったということでしょうか。

 震災の遺構として防災庁舎を残すかどうかについて、当初、町民の方は意見を言えなかったと思います。小さい町なので、近くに被災したり身内を亡くした人がいる。その人たちの前で、どう考えているかを口には出しにくい。そこで去年の1月に意見を公募したのですが、580通が寄せられ、6割が県有化に賛成でした。普段、政策などでコメントを求めても数通しか来ない。それくらい町民の関心が強い中での6割の賛成を得たことで、2031年まで県有化することが昨年、決定しました。

 町の未来を考えた時、今後心配なのは心の問題です。町民の皆さんは、この5年でコミュニティーを何度も壊されました。震災で壊れ、避難所で新たな仲間ができたら、今度は閉鎖。その後の仮設住宅では、慣れない環境の中で肩を寄せ合って生きていたと思いますが、それも徐々に壊されていく。つながりができては離れるという心を行政が救うのは、非常に難しいことです。

 それでも、我々はできることをしなければならない。今の目標は、南三陸町を「国際津波防災都市」として世界にアピールすること。ゼロから再建したこの町を、町民ひとりひとりが誇ることのできる町にしていきたいと思います。

 南三陸町は津波被害に遭った場所は「災害危険区域」に指定され住宅を建てられないため、町は高台移転の造成工事を震災後から優先的に実施。町内27地区の団地と8地区の災害公営住宅は、今年中にほぼ完成する見込みだ。造成で削られた土砂は、災害危険区域のかさ上げに利用される。

 一方、同区域に建つ防災対策庁舎は、被害を受けた他の公共施設が取り壊される中、町が庁舎を震災遺構として保存する意向を示したため、そのまま残されてきた。震災から半年後の11年9月、佐藤町長は職員の遺族宅を訪問して謝罪した際に「解体する」と伝えたことを表明。ただ、その後に宮城県と復興庁が保存の方針を出し、結論が先送りされていた。

 15年1月に県有化の検討が始まり、佐藤町長は町民を対象に意見を公募した。その結果、6割が賛成し、県有化が決定。18年に完成予定の復興祈念公園は町が管理し、庁舎のみ県が管理保存をする。


東北被災地へ…思い出偲ぶ「愛の灯火」、有馬の料理人ら考案
産経新聞 3月4日(金)14時35分配信

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大田忠道さん(右)らが震災犠牲者の追悼に考案した、皿を使ったオイルランプ=神戸市北区(沢野貴信撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災の被災者を料理などを通して支援している有馬温泉(神戸市北区)の旅館「四季の彩 旅篭」館主、大田忠道さん(70)らが、震災5年となる11日を前に東北で、犠牲者を悼むランプスタンド500個の寄贈を計画している。「愛の灯火(ともしび)」と名付けた特製のオイルランプで、亡くなった人が愛用していた食器を使って火をともし、思いをはせてもらおうというものだ。

 大田さんは昭和43年から有馬温泉で料理人として活躍し、人気テレビ番組「料理の鉄人」にも出演した。

 平成23年3月の大震災では大田さんの下で修業した弟子らが被災。大田さんは「人ごととは思えない」と支援に乗り出した。同年6月には、福島県双葉町の住民らが避難した埼玉県内の避難所で炊き出しをし、和食を振る舞った。その後も継続的に岩手県陸前高田市や福島県いわき市などを訪れ、ボランティアで料理教室を開くなどしている。

 そんななか大田さんは「身近にある食器には生活の思い出が詰まっている」との思いから、震災で犠牲になった人々が使っていた食器を用いることを思い立つ。知人のセラピスト、藤田康子さん(72)=大阪府高槻市=らとともに、オイルランプにすることを考案した。

 ランプスタンドは、京都市の仏具店「仏沙羅(ぶっしゃら)」が作製した針金の台座に麻糸の芯を通したものとした。食器に食用油を入れてスタンドを置き、火をともすと、約4時間燃えるという。

 大田さんらは震災丸5年を前に福島市や陸前高田市を訪れ、現地の弟子らを通じてスタンドを贈る計画。11日には、持ち寄ってもらった思い出の食器に一斉にランプをともす追悼式の開催も考えているという。

 大田さんは「家族で集まってランプを囲み、亡くなった人の思い出を語り合ってほしい。そしてランプの火とともに、新たに幸せな思い出を作ってもらえれば」と話している。


志賀原発直下の断層は「活断層」 規制委調査団が最終判断
2016年3月4日(金)12時22分配信 J-CASTニュース

原子力規制委員会の有識者調査団は2016年3月3日、北陸電力志賀(しか)原発(石川県)の1号機原子炉建屋直下にある「S-1断層」が、将来動く可能性を否定できない活断層にあたるとする最終的な判断を示した。この日、調査団は評価書案を取りまとめ、規制委の会合で検証の上確定させる。

規制委の新基準では、活断層の真上に原子炉建屋など原発の主要施設を設置することを禁じている。今回の評価が確定すれば、1号機は再稼働できないまま廃炉に追い込まれる可能性が高くなる。

北陸電力の西野彰純副社長は、今回の調査結果は北陸電力側のこれまでの調査結果を踏まえておらず「到底納得できるものではない」とコメントした。


<震災派遣で自殺>宝塚市職員、公務災害と認定
毎日新聞 3月4日(金)12時17分配信

 東日本大震災で岩手県大槌町に派遣された兵庫県宝塚市上下水道局の男性職員(当時45歳)の自殺について、地方公務員災害補償基金岩手県支部が公務災害として認定したことが分かった。認定は2015年10月21日付。

 男性職員は、12年10月~13年3月末の予定で大槌町に派遣され、土地区画整理事業などを担当していた。13年1月、岩手県宮古市の仮設住宅で、首をつって死亡しているのが見つかった。男性職員の遺族が14年11月、申請していた。

 宝塚市は公務災害が認定されると見舞金を支給する条例に基づき、市議会に提案中の今年度補正予算案に関連予算を計上している。この自殺を受け、市は人事課長が3カ月に1回、派遣先を訪問し職員と面談する取り組みも続けている。【釣田祐喜】


<大震災5年>漁港にそびえる防潮堤 岩手・山田
毎日新聞 3月4日(金)12時5分配信

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海の中に横たわる津波で壊された岸壁。奥は建設中の防潮堤=岩手県山田町で、小川昌宏撮影(15秒間露光)

 養殖業や漁業が盛んな岩手県山田町。海と暮らすこの町で、5年前の津波は800人以上の死者・行方不明者を出した。

 町中心部に近い山田漁港では新しい防潮堤が完成しつつある。完成すると震災前より約3メートル高い海抜9.7メートルになる。一方港内には津波で壊れた岸壁の一部が横たわる。

 町なかには復興工事のつち音が響く。漁業関係者は防潮堤の重要性を理解しながらも「海が見えるのが普通だったから、息苦しくなるかも」と、新しい街への心は揺れているようだった。【小川昌宏】


<津波民話>「地蔵」に刻む伝承 気仙沼・大島出身の若者
毎日新聞 3月4日(金)12時1分配信

 宮城県気仙沼市の離島・大島に伝わる津波の民話「みちびき地蔵」。語り継いできた先人の心を、島出身の若者が受け継ごうとしている。東日本大震災で木彫りの地蔵は流されたが、仙台の美術大生だった小野寺佑紀さん(25)が新たに制作。卒業後は島の中学教師となり、お年寄りから民話を収集している。島を代表する語り部の熊谷すん子さん(88)は「島の若い人が民話に関心を持ってくれてありがたい」と喜んでいる。【安高晋】

 <ある晩。農作業帰りの吉兵衛は、白い着物姿の大勢の人たちがみちびき地蔵のまつられたお堂に吸い込まれていくのを見た。罪のない人があの世に旅立つ時、導かれるという言い伝えがあった。明け方。大津波が来て多くの島民がのまれた。吉兵衛は昨夜のことを思い出して手を合わせた>

 熊谷さんが幼い頃に祖母から聞かされたみちびき地蔵の民話だ。5歳で昭和大津波も経験した。フェリー乗り場前で土産物や食品の店を営んでいた熊谷さん。大震災の前から、発着を待つ客に語り聞かせたほか、島民の集まりや小学校でも講演し、民話伝承の先頭に立ってきた。みちびき地蔵の話はアニメ「まんが日本昔ばなし」の題材にもなった。

 震災で大島では30人以上が犠牲になり、熊谷さんも姉ら親族を亡くした。「悲しかったけれど、みちびき地蔵の話で津波の怖さを知っていたから逃げられた人もいるかもしれない」。だが、そんな地蔵も津波に流されてしまった。

 手を差し伸べたのが大学で彫刻を学んでいた小野寺さんだった。震災直後に故郷に戻り、物資運搬の手伝いをしていた時、地蔵の流失を知る。地蔵を管理していた島民に「俺が彫ってやる」と話していたところ、観光協会から依頼があり、流された3体を制作した。2012年10月にお披露目された。

 震災後に島のお年寄りと接し、それぞれの家や集落に代々伝わる民話が数多くあることを知る。「過去に津波が来た場所や地名の由来など、広くは知られていなかった言い伝えもまとめて、若い世代にも紹介したい」と考えた。

 大学卒業後の13年、島の中学の美術教師になると、休日を利用して生徒の祖父母らから本格的に聞き取りを開始。すでに熊谷さんら100人以上の話を記録した。「冊子にまとめ、将来は自分も語り部として広めたい」と話す。熊谷さんは「語り部も年を取り、語り継ぐことが難しくなっていた。赤ちゃんの頃から知っている小野寺さんのような人が協力してくれてうれしい」と歓迎している。


震災復興を地方創生のモデルに=今後5年の基本方針―政府
時事通信 3月4日(金)11時6分配信

 政府は4日、復興推進委員会(委員長・伊藤元重東大大学院教授)を開き、有識者委員に東日本大震災からの復興の基本方針案を提示、了承された。
 震災発生から10年となる2020年度までを復興の「総仕上げ」と位置付け、地方創生のモデルとなるような復興を目指すとしている。11日までに閣議決定される予定。
 方針案は今後の復興・再生について、町に人が戻るだけでなく、被災地外からも多くの人が訪問し、移り住むような地域を目指すと強調。住宅整備や交通網の復旧を進めながら、新たな地域資源を発掘し、NPOや女性のリーダーが被災者支援、産業再生などで活躍できる場を増やすことにより「新しい東北」の姿を創造するとした。
 一方、東京電力福島第1原発事故で被災した福島の復興については「中長期的対応が必要」と指摘。21年度以降も国が前面に立って廃炉・汚染水対策や放射性物質の除去を進め、被災者の働く場を確保するための企業誘致や農業施設の復旧を支援するとしている。


復興支援先自殺は公務災害と認定
2016年3月4日(金)10時58分配信 共同通信

 東日本大震災の復興支援で岩手県大槌町に派遣され、2013年に自殺した兵庫県宝塚市の男性職員=当時(45)=について、地方公務員災害補償基金岩手県支部が公務災害と認定していたことが4日、市への取材で分かった。認定は昨年10月21日付。

 市によると、男性職員は12年10月から13年3月末まで滞在する予定で、土地区画整理事業などを担当していた。13年1月3日、宿舎として利用していた岩手県宮古市の仮設住宅で首をつって、死亡しているのが発見された。遺書も見つかっている。

 宝塚市は現在も宮城県の南三陸町と女川町に職員を派遣している。

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