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2016年1月27日 (水)

天皇皇后両陛下、26~30日にフィリピンを公式にご訪問・3

天皇皇后両陛下は26~30日の5日間の日程でフィリピンを公式にご訪問される。

今年は日本と同国の国交正常化60周年に当たり、訪問の主な目的はアキノ大統領の招待を受けての友好親善だが、両陛下の強い意向で両国の戦没者を慰霊する。

同国訪問は皇太子夫妻時代の1962年11月以来。即位後は初めてで、歴代の天皇・皇后としても初めてとなる。滞在中は国賓として、マラカニアン宮殿での公式歓迎行事に臨み、現地の日系人や在留邦人らと懇談。看護師候補者らが来日前に日本語を学ぶ語学研修センターの視察なども予定されている。
29日にはラグナ州カリラヤに日本政府が建立した「比島戦没者の碑」で供花し、日本人戦没者遺族らと懇談する。フィリピンでは太平洋戦争中、海外地域別で最多の約51万8000人の日本人が死亡し、フィリピン人も多数犠牲となった。両陛下は日本側慰霊碑だけでなく、フィリピン側戦没者が眠る英雄墓地の「無名戦士の墓」にも花を供える。

両陛下の外国訪問は、昨年4月に戦後70年の戦没者慰霊のためパラオをご訪問されて以来となる。

※以上、時事通信の報道より。

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リンク:比島戦没者の碑 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下ご訪比 両陛下、日本人戦没者の碑へご供花 英霊51万8千人をご慰霊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:供花される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:供花される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<両陛下>「比島戦没者の碑」に供花…日本人51万人慰霊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:供花される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:供花される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、戦没者を慰霊=日本政府の碑に供花―比 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下と懇談するルビーさん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、慰霊碑に供花 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「癒やしには許し必要」=キリノ元大統領の孫ら語る―日本人戦犯全員を恩赦・比 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、29日に邦人戦没者慰霊碑にご供花 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、日系人とご歓談「戦争中は苦労されましたね」 フィリピン - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:レセプションに出席された両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:レセプションに出席された両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:授業を見学される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、語学研修施設を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、比日系人と懇談「苦労されましたね」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、苦難の日系2世ら慰める - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下、語学研修施設を視察=比人看護師候補者らと交流 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「苦労されましたね」=両陛下、比日系人ねぎらう―戦争で家族犠牲に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:懇談される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:歓迎を受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元留学生との懇談 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:元留学生との懇談 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、フィリピン人元留学生らと懇談=一人一人と握手、笑い声も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、元留学生と懇談 - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下ご訪比 両陛下、日系人らとご懇談 戦後の苦労ねぎらわれ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:比大統領主催晩餐会での天皇陛下のお言葉全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇皇后両陛下、フィリピンで戦没者を慰霊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:フィリピンご訪問 全ての戦没者ご慰霊 両陛下、変わらぬお気持ち - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「日本人の血を誇りに」=苦難の人生歩む―両陛下と面会・日系2世寺岡さん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「比犠牲者、決して忘れない」=陛下、大統領主催晩さん会で―両陛下比訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下ご訪比 「戦後の絆示す機会」国民的作家のホセさん - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

比島戦没者の碑
時事通信 1月29日(金)13時46分配信

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「比島戦没者の碑」に供花し、一礼される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ(代表撮影)


両陛下ご訪比 両陛下、日本人戦没者の碑へご供花 英霊51万8千人をご慰霊
産経新聞 1月29日(金)13時40分配信

 【カリラヤ=大島真生】日本とフィリピンの国交正常化60周年を記念してフィリピンを訪問中の天皇、皇后両陛下は29日午前、ヘリでラグナ州カリラヤを訪れ、「比島戦没者の碑」に供花された。海外で日本人の英霊を追悼する「慰霊の旅」を果たされたのは、戦後60年の節目だった平成17年の米自治領サイパン、戦後70年の節目だった昨年のパラオ共和国に次いで3度目となった。

 フィリピンは先の大戦最大の激戦地で、51万8千人に上る邦人犠牲者数は海外で最多。310万人とされる日本人戦没者の6分の1、軍人軍属に限れば230万人の4分の1に近い。日本から駆け付けた遺族や数少ない元生還兵ら約150人が見守る中、両陛下は日本から持参した白菊の花束をそれぞれ碑に手向けると、深々と拝礼された。

 その後、遺族の方に歩み寄り、父親がルソン島で戦死した杉山英夫さん(78)や田原政信さん(71)、岸野弘さん(78)らにお悔やみの言葉をかけ、遺族たちの戦後の苦労をねぎらわれた。

 フィリピンでのご慰霊は両陛下の悲願だったとされ、両陛下の強い意向によりようやく実現した。


供花される両陛下
時事通信 1月29日(金)13時39分配信

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日本政府が建立した「比島戦没者の碑」に供花し、一礼される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ(代表撮影)


供花される両陛下
時事通信 1月29日(金)13時39分配信

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日本政府が建立した「比島戦没者の碑」に供花し、一礼される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ


<両陛下>「比島戦没者の碑」に供花…日本人51万人慰霊
毎日新聞 1月29日(金)13時28分配信

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「比島戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下=フィリピン・ラグナ州カリラヤで2016年1月29日午前11時55分(代表撮影)

 【カリラヤ(フィリピン)高島博之】天皇、皇后両陛下は29日、フィリピンのラグナ州カリラヤにある「比島戦没者の碑」を初めて訪れ、供花された。2005年の米自治領サイパン島、15年のパラオに続き、海外での日本人戦没者の慰霊は3回目となる。

 両陛下は、戦没者の碑に白菊の花束を供え、拝礼した。フィリピンから帰還した元日本兵や、戦没者の遺族ら約150人が現地で参列した。

 戦没者の碑は、太平洋戦争中にフィリピンで亡くなった日本人51万8000人を追悼するため、1973年に日本政府が建てた。マニラから南東へ約70キロ離れたところにあり、車では長時間かかるため、両陛下は海上保安庁のヘリコプターで現地に向かった。皇太子ご夫妻時代にフィリピンを訪問したのは62年で、当時、この碑はなかった。

 今回のフィリピン訪問は国交正常化60周年の節目にあたり、友好親善を目的に国賓として招待された。両陛下は26日にマニラに到着。27日にはフィリピン人の慰霊のため「無名戦士の墓」に供花した。両陛下は国籍を問わず戦没者を慰霊することを希望されており、今回の訪問で、日本人とフィリピン人両方の慰霊碑への拝礼が実現した。


供花される両陛下
時事通信 1月29日(金)13時28分配信

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日本政府が建立した「比島戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ


供花される両陛下
時事通信 1月29日(金)13時25分配信

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「比島戦没者の碑」に供花される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ(代表撮影)


両陛下、戦没者を慰霊=日本政府の碑に供花―比
時事通信 1月29日(金)13時1分配信

 【カリラヤ(マニラ近郊)時事】フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は29日、マニラから南東に約70キロ離れたラグナ州カリラヤに日本政府が建立した「比島戦没者の碑」に供花し、太平洋戦争で犠牲となった日本人戦没者を慰霊された。
 
 同国は海外の地域別で最多の約51万8000人の日本人が戦没した激戦地。今回の訪問の主目的は日本との国交正常化60周年を機とした友好親善だが、両陛下の強い意向で現地での戦没者慰霊が実現した。戦後70年の昨年のパラオに続く海外での慰霊となった。


両陛下と懇談するルビーさん
時事通信 1月29日(金)12時44分配信

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日本大使夫妻主催のレセプションで天皇、皇后両陛下と懇談する故キリノ元大統領の孫ルビー・キリノさん(右から2人目)とコリー・キリノさん(同4人目)=28日午後、マニラ


両陛下、慰霊碑に供花
2016年1月29日(金)12時11分配信 共同通信

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 「比島戦没者の碑」に供花し、拝礼される天皇、皇后両陛下=29日、フィリピン・カリラヤ(代表撮影・共同)

 【カリラヤ共同】太平洋戦争の激戦地フィリピンを公式訪問している天皇、皇后両陛下は29日、ラグナ州カリラヤを訪れ、日本政府が建てた「比島戦没者の碑」に供花し、拝礼された。

 戦後の節目で「慰霊の旅」を重ねてきた両陛下の海外での慰霊は、戦後60年だった2005年のサイパン、70年だった昨年のパラオに次いで3回目。約51万8千人の日本人が犠牲になったフィリピンでは初めて。

 この日は、両陛下の姿を見守ろうと、100人を超える遺族も参列。

 両陛下は、27日にはフィリピンの犠牲者をまつる「無名戦士の墓」にも花を手向けている。


「癒やしには許し必要」=キリノ元大統領の孫ら語る―日本人戦犯全員を恩赦・比
時事通信 1月29日(金)11時13分配信

 【マニラ時事】日本とフィリピンの国交が正常化する前の1953年、当時フィリピンの刑務所に収容されていた100人超の日本人戦犯全員に恩赦を出し、釈放させた故キリノ元大統領。
 フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下と面会した元大統領の孫娘2人が29日までに取材に応じ、「祖父は癒やしが始まるために、まず許しが必要だと考えた」と語った。
 取材に応じたのは、28日夜にマニラの日本大使公邸で催されたレセプションで両陛下と懇談したコリー・キリノさん(63)とルビー・キリノさん(62)。コリーさんは両陛下に、「祖父は両国が友好の絆で結ばれることを心から望んでいました。私たち孫娘がこうして両陛下とお会いできたことで、それは実現したと思います」と伝えたという。
 コリーさんは、フィリピン戦で妻子を失った元大統領が日本人戦犯の恩赦を決断できたことについて、「非常に勇敢で勇気のある行動でした」とした上で、「許すということは非常に難しいことですが、祖父は大統領として、人間として、癒やしが始まるためにはまず許しが必要だと考えたのでしょう」と話した。
 宮内庁によると、天皇陛下は2人に「日本の人たちは大統領に感謝しています。このことをあなたたちに伝えることができました」と話し、感謝の言葉を述べられたという。ルビーさんは、両陛下との面会で涙があふれたと振り返り、「日本とフィリピンは世界平和のため、さらに協力を続けることが必要だと思います。天皇陛下もそう思っておられると思いますし、祖父が生きていたら同じように言ったと思います」と語った。


両陛下、29日に邦人戦没者慰霊碑にご供花
産経新聞 1月29日(金)7時55分配信

 ■遺族の仲沢誠也さん(71)「英霊たち喜ぶ」

 ルソン島で戦死した仲沢一也さんの戦死公報には、死亡した日付が「昭和20年8月16日」と記されていた。終戦翌日。当時26歳。一人息子の誠也(せいや)さん(71)=秋田県大館市=は「ジャングルにいて、戦争に負けた、降伏したという情報が届かなかったのではないか」と淡々と話す。

 生後60日で出征していった父親の記憶はない。戦死公報に遅れて届けられた骨箱には何も入っていなかった。「誠坊も大きくなったことでしょう」。フィリピンに向かう前の台湾で誠也さんの成長を楽しみにする言葉をつづった手紙と、軍服姿の写真だけが父親とのつながりを示すものだ。

 今月18日、天皇、皇后両陛下と皇居・御所で面会する機会があった。終戦翌日に犠牲になったことを気遣われる天皇陛下に「国のために戦ったので納得しています。父親を誇りに思っています」と伝えた。皇后さまからは「母一人、子一人で大変でしたね」といたわりのお言葉をかけられた。

 「戦後の苦労はみんな同じ。両陛下と話す機会をもらえたのは、おやじからのプレゼントだと思う」

 父の最期を知りたくて戦友に会い、何度も戦地を歩き回って現地住民からも話を聞いたが、詳しいことは分からなかった。ただ、英霊が眠る海、川、山をめぐっていると、声なき声が聞こえる気がするという。

 女手一つで育ててくれた母親は昨年、十三回忌を迎えた。両陛下のご慰霊の旅を出迎え、見届けるという思いから、今回は両親の写真をあえて持ってこなかった。父親の手紙だけをポケットに忍ばせて27日、フィリピン入りした。

 「父親もそばにきてくれるに違いない。両陛下のお姿を見れば、他の英霊たちも喜ぶでしょう」

 天皇、皇后両陛下は29日、マニラから約70キロ離れたカリラヤにヘリコプターで足を運び、日本政府が建設した邦人戦没者の慰霊碑「比島戦没者の碑」に供花し、拝礼される予定だ。


両陛下、日系人とご歓談「戦争中は苦労されましたね」 フィリピン
産経新聞 1月29日(金)7時55分配信

 【マニラ=大島真生】日本とフィリピンの国交正常化60周年を記念し、同国を公式訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、マニラ首都圏の宿泊先のホテルで、日系人の代表者5人とその家族らと懇談し、戦中・戦後の苦難の歴史を慰労された。

 戦前に麻栽培の労働者として渡った日本人男性と現地女性との間に生まれた日系人は、先の大戦で父親やきょうだいを失い、生き残った父親も終戦で日本に強制送還。反日感情による差別を恐れ、出自を隠して生活してきた人が多く、経済的にも苦労を重ねた。

 フィリピン各地で生存が確認されている2世は1946人。平均年齢は77歳。日系人社会は約10万人ともいわれる。両陛下は、世界各地に散らばった日本人移民と日系人に長年心を寄せており、今回も日系人との面会を強く希望された。

 大工だった父親がフィリピン人に殺害された元フィリピン日系人連合会会長のマサヨシ大成さん(79)が「第二次大戦は大変つらい経験でした。4歳の弟も殺されました」と英語で訴えるのを、天皇陛下はうなずきながら聞き、「どうぞ元気でね」といたわりの言葉をかけられた。

 前連合会会長のカルロス寺岡さん(85)は、日米両軍とフィリピン人ゲリラに家族4人を殺害された。陛下から「戦争中は苦労されましたね」と気遣われ、皇后さまからは「日系人のお世話をよろしくお願いします」と感謝のお言葉が伝えられたという。

 ホテルのロビーには、この日に合わせて各地から日系人約100人が集まり、両陛下のご訪問を日の丸の小旗を振って歓迎した。両陛下は一人一人に歩み寄り、声をかけられた。

 陛下は最後に全員に向かい、「戦争中は皆さん、随分ご苦労も多かったと思いますが、それぞれの社会において良い市民として活躍して、今日に至っているということを大変うれしく誇らしく思っています」と語りかけられた。

 懇談後、日系3世で現連合会会長のイネス・マリャリさん(44)は「日比の懸け橋として活動してきた。この懇談が今後の励みになると思う」と話した。

 両陛下はこの後、フィリピン技術教育技能開発庁語学研修センターをご訪問。経済連携協定(EPA)に基づき、日本で看護師や介護福祉士として働くことを志すフィリピン人が日本語の授業を受ける様子を見学し、激励された。


レセプションに出席された両陛下
時事通信 1月28日(木)22時0分配信

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日本大使夫妻主催のレセプションで、出席者と懇談される天皇、皇后両陛下。左端はフィリピンのアキノ大統領=28日、マニラ

(時事通信社)


レセプションに出席された両陛下
時事通信 1月28日(木)22時0分配信

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日本大使夫妻主催のレセプションに出席された天皇、皇后両陛下。左から2人目はフィリピンのアキノ大統領=28日、マニラ

(時事通信社)


授業を見学される両陛下
時事通信 1月28日(木)20時25分配信

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フィリピン政府語学研修センターで授業の様子を見学される天皇、皇后両陛下=28日、マニラ(代表撮影)

(時事通信社)


両陛下、語学研修施設を視察
時事通信 1月28日(木)20時25分配信

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フィリピン政府語学研修センターで授業の様子を見学される天皇、皇后両陛下=28日、マニラ(代表撮影)

(時事通信社)


両陛下、比日系人と懇談「苦労されましたね」
読売新聞 1月28日(木)20時12分配信

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滞在先のホテルで、日系人らからの歓迎を受けられる天皇、皇后両陛下(28日午後、フィリピン・マニラで)=横山就平撮影

 【マニラ=小野沢記秀】フィリピン訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、滞在先のホテルで、戦前に同国へ渡った日本人の子孫にあたるフィリピン日系人と懇談された。

 厳しい反日感情の中を生き抜いた人々は、両陛下から「苦労されましたね」と声をかけられて涙ぐむ姿も見られた。

 天皇陛下は代表者らとの懇談で、日系人2世のカルロス寺岡さん(85)を「戦争中は苦労されましたね」といたわられた。

 戦前に父、戦中に母を失い、戦後は日本名を隠して過ごしたこともある寺岡さんは、日系人会連合会会長も務めた。皇后さまからは「日系人のお世話よろしくお願いしますね」と声をかけられたという。

 寺岡さんから会長を引き継いだイネス・マリャリさん(44)はミンダナオ島在住。天皇陛下から「ミンダナオの日系人はお元気ですか」と尋ねられた。懇談後、「日比の懸け橋役として尽くしていきたい」と気持ちを新たにしていた。


両陛下、苦難の日系2世ら慰める
2016年1月28日(木)17時49分配信 共同通信

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 マニラのホテルで、高齢の日系人らと面会される天皇、皇后両陛下=28日(代表撮影・共同)

 【マニラ共同】フィリピンを公式訪問している天皇、皇后両陛下は28日午後、宿泊先にしている首都マニラのホテルで、戦後の激しい反日感情による差別に耐えた日系人ら約100人と面会された。天皇陛下は、戦争で父親と離別した2世らに「大変な困難があったでしょうが、みなさんを誇りに思います」と声を掛け、皇后さまと共に一人一人を丁寧に慰めた。

 歴代天皇として初めてフィリピンを訪れた両陛下。29日は、ラグナ州カリラヤに日本政府が建てた「比島戦没者の碑」に供花し、太平洋戦争で犠牲になった約51万8千人の日本人を追悼する。現地では遺族が見守る。


両陛下、語学研修施設を視察=比人看護師候補者らと交流
時事通信 1月28日(木)17時44分配信

 【マニラ時事】フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は28日午後、首都マニラにあるフィリピン政府語学研修センターを訪れ、経済連携協定(EPA)に基づいて日本で看護師や介護福祉士になることを目指すフィリピン人候補者らと懇談された。
 
 同センターはフィリピンの政府機関、技術教育技能開発庁(TESDA)が2007年に設立した語学研修施設。日本語のほか英語、スペイン語などのコースがあり、200人余りのフィリピン人が学んでいる。
 両陛下は同センターの教室で、フィリピン人候補者ら15人が漢字の授業を受ける様子を視察。その後の懇談で、候補者らが日本に行ったら桜や花火を見たり、スキーをしたりしてみたいと伝えると、天皇陛下は「良い思い出ができるといいですね」と笑顔でうなずいた。


「苦労されましたね」=両陛下、比日系人ねぎらう―戦争で家族犠牲に
時事通信 1月28日(木)17時7分配信

 【マニラ時事】フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、首都マニラのホテルで、太平洋戦争によって家族が犠牲になるなど苦難の道を歩んだ同国在住の日系人らをねぎらわれた。
 
 懇談したのは、フィリピン日系人会連合会前会長のカルロス寺岡さん(85)、同会長のイネス・マリャリさん(44)ら日系人5人とその配偶者3人、在留邦人の計34人。
 日系2世の寺岡さんは戦争中、2人の兄が日本の憲兵隊とフィリピン人のゲリラに殺され、米軍の爆撃で母と弟、妹が犠牲となった。天皇陛下が「戦争中は苦労されましたね」と声を掛けると、寺岡さんは「戦争ですから仕方がございません」と答えた。皇后さまは「日系人のお世話をよろしくお願いします」と話した。
 陛下は最後に「これからも皆さんがそれぞれ意義ある生活をされ、日本とフィリピンの関係がますます友好面で増進されることを願っています」と述べた。
 寺岡さんは「夢のようなこと。光栄で言葉にできません」と感慨深そうな様子。祖父が米軍の爆撃で亡くなった日系3世のマリャリさんは「日系人の代表として出たのはお礼の言葉ばかりだった。私たちは日比の懸け橋。きょうをきっかけに、日比の相互理解などの仕事に励みたい」と述べた。


懇談される両陛下
時事通信 1月28日(木)15時51分配信

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在留邦人や日系人らと懇談される天皇、皇后両陛下=28日午後、マニラ(代表撮影)


歓迎を受けられる両陛下
時事通信 1月28日(木)15時51分配信

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日系人の歓迎を受けられる天皇、皇后両陛下=28日午後、マニラ(代表撮影)


元留学生との懇談
時事通信 1月28日(木)15時23分配信

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フィリピンから日本への元留学生・研修生たちに迎えられる天皇、皇后両陛下=28日午前、マニラ(代表撮影)


元留学生との懇談
時事通信 1月28日(木)15時23分配信

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フィリピンから日本への元留学生・研修生たちに迎えられる天皇、皇后両陛下=28日午前、マニラ(代表撮影)


両陛下、フィリピン人元留学生らと懇談=一人一人と握手、笑い声も
時事通信 1月28日(木)15時13分配信

 【マニラ時事】フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は28日午前、スペイン植民地当時の城塞(じょうさい)跡が残る首都マニラのサン・ディエゴ庭園で、日本で学んだ経験のあるフィリピン人元留学生や元研修生ら約50人と、およそ30分間にわたり和やかに懇談された。
 
 両陛下は現地時間の午前10時20分ごろ、車で庭園に到着。元留学生ら一人一人と親しく握手を交わし、「日本の教育は役に立っていますか」「日本語は難しいでしょう」などと笑顔で言葉を掛けて回った。留学当時にできた娘にミチコと名付けたと両陛下に伝えた男性もおり、懇談中は何度も笑い声が上がった。
 1990年から6年間日本に留学していたリカルド・ラザロ・ジュニアさん(45)は、日本で学んだ知識や文化が日系企業での仕事に役立っていると天皇陛下に説明。「陛下と握手できるなんて、本当に夢のようで光栄です。日本の友達や家族に自慢したいと思います」と喜んでいた。
 弁護士のキャリー・ビ・ハオさん(38)は「日本とフィリピンをつなぐ仕事なのでやりがいがあります」と両陛下に伝えたといい、「私は日本への留学で人生が変わりました。きょうの思い出は人生で一番の宝物です」と語った。


両陛下、元留学生と懇談
2016年1月28日(木)13時58分配信 共同通信

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 かつて日本に留学したフィリピン人らと懇談される天皇、皇后両陛下=28日、マニラのサン・ディエゴ庭園(代表撮影・共同)

 【マニラ共同】フィリピンを公式訪問している天皇、皇后両陛下は28日、首都マニラの観光地イントラムロスにあるサン・ディエゴ庭園で、かつて留学生として日本で暮らしたフィリピン人約50人と懇談された。

 拍手で迎えられた両陛下は、元留学生一人一人とにこやかに会話。天皇陛下は、それぞれの仕事について説明を受け、「日本での勉強が役に立っているのでしょうね」と語り掛けた。

 その後は宿泊先のホテルに戻り、在留邦人や太平洋戦争で父親と離別した日系人と懇談。反日感情から来る差別におびえ、出自を隠して生きなければならなかった2世らが、両陛下に戦後の歩みを説明した。


両陛下ご訪比 両陛下、日系人らとご懇談 戦後の苦労ねぎらわれ
産経新聞 1月28日(木)13時7分配信

 【マニラ=大島真生】日本とフィリピンの国交正常化60周年を記念してフィリピンを訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、日系人の代表者らと面会し、戦後の苦労をねぎらわれた。

 同国では戦前、麻栽培などの労働者として渡った日本人男性が現地の女性と結婚して家庭を築いたが、戦争の犠牲になったり、終戦で強制送還となり、残された子供ら日系人は差別を恐れ出自を示す書類を処分したため、無国籍となっている人も多い。

 これに先立ち、マニラ市の旧市街イントラムロス地区のサン・ディエゴ庭園を訪れ、フィリピン人の元日本留学生らと懇談された。懇談したのは、日本に留学したり、JICA(国際協力機構)の事業で来日経験がある元研修生ら約50人。両陛下は元留学生の代表者の案内で庭園内に入ると、整列した元留学生らに笑顔で声を掛けられた。


比大統領主催晩餐会での天皇陛下のお言葉全文
読売新聞 1月28日(木)11時40分配信

 27日に行われたフィリピン大統領主催の晩餐(ばんさん)会での天皇陛下のお言葉全文は次のとおり。

 貴国と我が国との国交正常化60周年に当たり、大統領閣下のご招待によりここフィリピンの地を再び踏みますことは、皇后と私にとり、深い喜びと感慨を覚えるものであります。今夕は私どものために晩餐会を催され、大統領閣下から丁重な歓迎の言葉をいただき、心より感謝いたします。

 私どもが初めて貴国を訪問いたしましたのは、1958年12月、ガルシア大統領ご夫妻が国賓として我が国をご訪問になったことに対する、昭和天皇の名代としての答訪であり、今から54年前のことであります。1962年11月、マニラ空港に着陸した飛行機の機側に立ち、温顔で迎えてくださったマカパガル大統領ご夫妻を始め、多くの貴国民から温かく迎えられたことは、私どもの心に今も深く残っております。この時、カヴィテにアギナルド将軍ご夫妻をお訪ねし、将軍が1898年、フィリピンの独立を宣言されたバルコニーに将軍ご夫妻と共に立ったことも、私どもの忘れ得ぬ思い出であります。

 貴国と我が国の人々の間には、16世紀中頃から交易を通じて交流が行われ、マニラには日本町もつくられました。しかし17世紀に入り、時の日本の政治を行っていた徳川幕府が鎖国令を出し、日本人の外国への渡航と、外国人の日本への入国を禁じたことから、両国の人々の交流はなくなりました。その後再び交流が行われるようになったのは、19世紀半ば、我が国が鎖国政策を改め、諸外国との間に国交を開くことになってからのことです。

 当時貴国はスペインの支配下に置かれていましたが、その支配から脱するため、人々は身にかかる危険をも顧みず、独立を目指して活動していました。ホセ・リサールがその一人であり、武力でなく、文筆により独立への機運を盛り上げた人でありました。若き日に彼は日本に1か月半滞在し、日本への理解を培い、来る将来、両国が様々な交流や関係を持つであろうと書き残しています。リサールは、フィリピンの国民的英雄であるとともに、日比両国の友好関係の先駆けとなった人物でもありました。

 昨年私どもは、先の大戦が終わって70年の年を迎えました。この戦争においては、貴国の国内において日米両国間の熾烈(しれつ)な戦闘が行われ、このことにより貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。このことは、私ども日本人が決して忘れてはならないことであり、この度の訪問においても、私どもはこのことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりでいます。

 貴国は今、閣下の英邁(えいまい)なご指導のもと、アジアの重要な核を成す一国として、堅実な発展を続けています。過ぐる年の初夏、閣下を国賓として我が国にお迎えできたことは、今も皇后と私の、うれしく楽しい思い出になっています。

 この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆を一層強めることに資することを深く願い、ここに大統領閣下並びにお姉上のご健勝と、フィリピン国民の幸せを祈り、杯を挙げたいと思います。


天皇皇后両陛下、フィリピンで戦没者を慰霊
AFP=時事 1月28日(木)10時37分配信

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フィリピンの首都マニラにある、無名戦士の墓に拝礼される天皇皇后両陛下(2016年1月27日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】フィリピンを公式訪問中の天皇皇后両陛下は27日、首都マニラ(Manila)にある「英雄墓地(Libingan ng mga Bayani)」を訪れ、第2次世界大戦(World War II)の犠牲者を悼まれた。

【関連写真】戦没者を慰霊される天皇皇后両陛下

 両陛下は、日本とフィリピンの国交正常化60周年を祝うほか、第2次世界大戦の戦没者を慰霊するためにフィリピンを訪問されている。

 5日間にわたる訪問の公式行事は27日朝、マニラのマラカニアン宮殿(Malacanang Palace、大統領府)での歓迎式典から始まり、主催するベニグノ・アキノ(Benigno Aquino)大統領が両陛下を出迎えた。

 午後には、両陛下はマニラにある英雄墓地を訪れて供花し、「無名戦士の墓」の前で深々と拝礼された。この墓地は、第2次世界大戦で犠牲となったフィリピン人兵士を祭るため1947年に建てられた。【翻訳編集】 AFPBB News


フィリピンご訪問 全ての戦没者ご慰霊 両陛下、変わらぬお気持ち
産経新聞 1月28日(木)7時55分配信

 【マニラ=大島真生】先の大戦中、1700万人前後とされた人口のうち110万人が犠牲となったとされるフィリピンの戦没者が眠る「無名戦士の墓」の慰霊碑に27日、天皇、皇后両陛下が供花し、心を込めて拝礼された。

 戦前、米国の植民地だったフィリピンには昭和16年12月、日本軍が侵攻。翌17年1月に首都マニラを占領した日本軍は軍政を敷いた。日本軍占領下で、フィリピン人は抗日ゲリラを組織して全土で激しい抵抗を継続したことから、掃討作戦を進める日本軍は住民とゲリラの区別がつかず、住民にもたくさんの犠牲者が出たとされる。

 20年2~3月には、日本占領下のマニラで日米両軍による激しい市街戦が行われ、たった1カ月の間に10万人ものフィリピン人が亡くなっている。

 こうした大きな犠牲について、天皇陛下は昨年6月、フィリピンのアキノ大統領を迎えた宮中晩餐(ばんさん)会で乾杯のあいさつに立った際、「先の大戦においては、日米間の熾烈(しれつ)な戦闘が貴国の国内で行われ、この戦いにより、多くの貴国民の命が失われました。このことは私ども日本人が深い痛恨の心と共に、長く忘れてはならないことです」と述べられている。

 アキノ大統領はこれに対し、戦後に築いた日本との友好関係に触れて「過去に経験した痛みや悲劇は、癒やされてきました」と応じた。天皇、皇后両陛下はサイパン、パラオ共和国と慰霊の旅を続けてきているが、それは日本人の英霊だけを追悼されるものではない。国籍を問わず全ての戦争犠牲者の魂を慰められたいという一貫した強いお気持ちによるものだ。

 サイパンでは米軍や現地の人々、韓国人を慰霊する碑にも足を向けられた。パラオでは米陸軍第81歩兵師団慰霊碑で供花されている。フィリピンご訪問に同行している宮内庁幹部は「きょうのご供花も、両陛下の強いご意向で実現したものです」と語る。

 フィリピンでは通常、来訪した国賓を副大統領が空港に出迎えるが、今回、アキノ大統領が両陛下を自らお出迎えする異例の歓待をみせたのも、両陛下のこうしたなさりように最大の敬意を払っているからだとみられている。

 毎年、全国戦没者追悼式のお言葉を「戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と締めくくられる天皇陛下。戦争犠牲者に心を寄せられる両陛下の思いは、立場を問わず、世界に向けられている。


「日本人の血を誇りに」=苦難の人生歩む―両陛下と面会・日系2世寺岡さん
時事通信 1月28日(木)5時3分配信

 フィリピン訪問中の天皇、皇后両陛下は28日、同国の日系人代表と面会される。
 このうちの一人で日系2世のカルロス寺岡さん(85)は太平洋戦争で孤児となり、苦難の人生を生き抜いてきた。「日本人の血が流れているのを誇りに思ってきた。天皇陛下とお会いでき、これ以上光栄なことはありません」と語った。
 父宗雄さんは山口県出身。19歳で日本を離れてフィリピンに移り、母アントニーナさんとの間に、寺岡さんを含む6人の子供が生まれた。ルソン島北部のバギオで生活していたが、1941年8月に病死した。
 間もなく戦争が始まり、旧日本軍が進駐。バギオの日本人学校は国民学校となった。「朝礼の時、天皇のご真影に敬礼し、天皇のために命をささげなさいと教わった」と振り返る。
 45年1月に米軍がルソン島に上陸。長兄はスパイ容疑で日本の憲兵隊に、次兄はフィリピン人のゲリラにそれぞれ殺された。近くまで米軍が迫り、一家は4月23日夜に自宅を捨て、ジャングルの方に逃げた。「ドドドン」。翌朝、道端にいた家族を艦砲射撃が襲った。砲撃を100発以上受け、母と弟、妹が命を落とした。寺岡さんともう一人の妹マリエさんは生き残った。
 「俺を拳銃で撃ち殺せ」。逃避生活中、片足が吹っ飛んだ軍属の人にこう命令されたが、当時14歳の寺岡さんはできなかった。道路が遺体でふさがっているのも目の当たりにした。
 ジャングルで終戦を迎え、9月に捕虜に。収容所に向かう途中、「ハポン(日本)」と言われ石を投げられた。10月、引き揚げ船で日本に渡り、山口県に住む祖父に引き取られたが、無国籍者として扱われ、52年に再びフィリピンへ。対日感情は悪く、身元を隠さざるを得なかった。
 その後、林業などで身を立て、バギオ名誉総領事を15年間務め、日系人の世話役となった。「日本人の証しが欲しかった」との思いで、98年に日本国籍を取得。妹マリエさんは5年ほど前に病気で亡くなった。今はルソン島中部で農園を営み、家族と静かに暮らす。
 戦後70年が過ぎた今も、国籍がない日系2世が大勢いることに胸を痛めている。「戦争は絶対するものではない。私は生き残りではなく死に損ないなんです」。長い苦難の道のりを、とつとつと語った。


「比犠牲者、決して忘れない」=陛下、大統領主催晩さん会で―両陛下比訪問
時事通信 1月28日(木)0時10分配信

 【マニラ時事】フィリピンを公式訪問中の天皇、皇后両陛下は27日夜、首都マニラのマラカニアン宮殿(大統領府)で、アキノ大統領主催の晩さん会に出席された。
 
 天皇陛下はあいさつで、日本との国交正常化60周年に当たり、同国を54年ぶりに皇后さまと再訪したことを「深い喜びと感慨を覚えるものであります」と述べた。
 その上で、太平洋戦争で多くの同国人が日米の戦闘に巻き込まれ犠牲になったことについて「私ども日本人が決して忘れてはならないことであり、この度の訪問においても、このことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりでいます」と語った。
 大統領は、日本から受けた経済援助などに触れ、日本語で「どうもありがとうございます」と話した。続けて、「こよい、あまねく平和を実現する敬愛の象徴たる両陛下にご臨席たまわったことを心から名誉に思うとともに、全出席者の総意でもあると申し添えます」と述べた。
 晩さん会は2時間以上続き、予定の時間を大幅に超えた。
 両陛下はこれに先立つ同日午前、宮殿での歓迎行事に臨み、大統領と会見。宮内庁によると、大統領がフィリピンでは自動車の需要が急増しており、日本の自動車の人気が高いと話すと、陛下は「両国の交流がますます盛んになっていることをうれしく思います」と答えた。
 午後には、同国政府が設立した英雄墓地を訪れ、太平洋戦争などで命を落としたフィリピン人兵士らを祭る「無名戦士の墓」に花輪を供えた。同国側戦没者の慰霊は、両陛下の意向を受けて行われた。


両陛下ご訪比 「戦後の絆示す機会」国民的作家のホセさん
産経新聞 1月27日(水)23時53分配信

 フィリピンを訪問中の天皇、皇后両陛下は27日、フィリピン人を慰霊する「無名戦士の墓」に、お二人で供花された。不幸な歴史を乗り越えて友好を願う現地の人々は、戦後70年余りの時を経て、どんな気持ちで「慰霊の旅」を続けられる両陛下のお姿を見守っているのだろうか。

 「戦後の絆を示す、重要な機会だ」。フィリピンの国民的作家で、三島由紀夫など日本の作家とも親交があったショニール・ホセさん(91)は、両陛下のご訪問を歓迎する。

 戦争で家族や友人を失い、街で日本兵に意味なく頬をぶたれた記憶は数知れない。憎む気持ちも持って生きたが、日本の作家と交流し、文化を学ぶ中で「秩序だった国民性に見習う点が多いと気付き、好きになった」という。

 日本を許そうと思ったのは70歳を過ぎてから。「背負わなくてもいい重荷を、背負い続けていると感じた」。理由は分からないが「時間は全ての癒やしの基になるのは確かだ」と語る。「悪は沈黙がはびこらせる」と信じ文章を書いてきた。だからこそ、両陛下が平和を願い、慰霊の旅を続けられるお姿に敬意を払う。

 「この国を、忘れずに選んでくれてありがとう」。日本人、米国人、フィリピン人など、国籍を問わずに慰霊をされる両陛下のお気持ちは、確実に伝わっている。

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