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2015年12月23日 (水)

天皇陛下82歳の御誕生日お祝い申し上げます。

天皇陛下が今日12月23日、82歳の御誕生日を迎えられた。

天皇陛下の82歳の御誕生日にあたり、日本国民の一員として、衷心よりお祝いを申し上げ奉ります。

伝統と誇りある我が日本国の元首として御在位くださいますことを深く感謝申し上げ、これからもますます御健康にお過ごしくださいますよう、衷心より希望いたします。

リンク:天皇陛下82歳お祝い 記帳者含め2万6627人訪れる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<天皇誕生日>一般参賀に2万6627人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下、82歳に 皇居で一般参賀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下の82歳誕生日祝い、皇居で一般参賀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下、82歳の誕生日 「先の戦争のことを知り、考えを深めていくことが極めて大切」 - 速報:@niftyニュース.
リンク:手を振られる天皇陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇誕生日の一般参賀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:あいさつされる天皇陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下82歳 皇居で一般参賀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:陛下82歳、皇居で一般参賀 - 速報:@niftyニュース.
リンク:天皇誕生日の一般参賀=皇居 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下 82歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下82歳 「戦争のこと考えた1年」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下82歳 戦後70年「心が痛みます」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「本当に痛ましい」声震わせ=天皇陛下、戦没船員思い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下、82歳に「先の戦争考えて過ごした」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「戦争知ること極めて大切」=戦後70年の節目回顧―天皇陛下、82歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:天皇陛下82歳に、皇居で会見 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<天皇陛下>82歳の誕生日 記者会見の全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<天皇陛下>82歳に 戦後70年「先の戦争を考えた1年」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

天皇陛下82歳お祝い 記帳者含め2万6627人訪れる
SankeiBiz 12月24日(木)8時15分配信

 天皇陛下の82歳のお誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。宮内庁によると、記帳者を含め2万6627人が訪れた。

 陛下は皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、次女の佳子さまとともに、宮殿の長和殿のベランダに3回立ち、参賀者に笑顔で手を振って応えられた。

 陛下は「みなさんから寄せられたお祝いの気持ちを誠にうれしく思います」とお言葉を述べられた。

 さらに、豪雨などの被災者を気遣いながら、来年が「明るい良い年となるよう願ってやみません」と語られた。


<天皇誕生日>一般参賀に2万6627人
毎日新聞 12月23日(水)19時31分配信

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天皇誕生日の一般参賀で祝賀を受け、手を振って応えられる天皇ご一家=皇居で2015年12月23日午前10時23分、丸山博撮影

 天皇陛下の82歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居であり、記帳も含めて2万6627人が訪れた。陛下は午前中に3回、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまと宮殿・長和殿のベランダに立ち、集まった人たちに手を振って応えられた。

 陛下は「今年も豪雨などの災害があり、危険や苦労を味わった人々のあることに心を痛めています」と振り返り、「来る年が、皆さんにとって明るい良い年となるよう願ってやみません。皆さんの健康と幸せを祈ります」とあいさつした。

 午後は、安倍晋三首相ら三権の長らを招いた祝宴や、各国駐日大使を招いた茶会が開かれた。【高島博之】


天皇陛下、82歳に 皇居で一般参賀
AFP=時事 12月23日(水)16時34分配信

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82歳の誕生日を祝う皇居での一般参賀で、集まった人々に手を振られる天皇陛下(2015年12月23日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎えられた。皇居で行われた一般参賀では、皇后さまや皇太子ご夫妻らと皇居のベランダに立ち、集まった人々に笑顔で手を振られた。【翻訳編集】 AFPBB News

【関連写真】人々に手を振られる天皇、皇后両陛下


天皇陛下の82歳誕生日祝い、皇居で一般参賀
読売新聞 12月23日(水)13時0分配信

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一般参賀で集まった人たちに笑顔で手を振られる天皇、皇后両陛下(23日午前11時3分、皇居で)=菅野靖撮影

 天皇陛下の82歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われ、2万2920人が訪れた。

 陛下は午前中に3回、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまとともに宮殿・長和殿のベランダに立ち、笑顔で手を振られた。

 お言葉では、「危険や苦労を味わった人々のあることに心を痛めています」と今年発生した豪雨などの災害に触れたうえで、「来(きた)る年が皆さんにとって明るい、良い年となるよう願ってやみません」と述べられた。


天皇陛下、82歳の誕生日 「先の戦争のことを知り、考えを深めていくことが極めて大切」
2015年12月23日(水)12時39分配信 J-CASTニュース

天皇陛下は2015年12月23日、82歳の誕生日を迎えた。これに先立ち18日行われた記者会見では、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と語るとともに、戦後70年という節目を迎えた2015年を振り返り、

「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」
と話した。


手を振られる天皇陛下
時事通信 12月23日(水)12時1分配信

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天皇誕生日の一般参賀で手を振られる天皇陛下と皇后さま=23日午前、皇居

(時事通信社)


天皇誕生日の一般参賀
時事通信 12月23日(水)12時1分配信

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天皇誕生日の一般参賀で、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、長女眞子さま、次女佳子さまとともに宮殿のベランダに立たれる天皇陛下=23日午前、皇居

(時事通信社)


あいさつされる天皇陛下
時事通信 12月23日(水)12時1分配信

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天皇誕生日の一般参賀であいさつされる天皇陛下=23日午前、皇居

(時事通信社)


天皇陛下82歳 皇居で一般参賀
産経新聞 12月23日(水)11時58分配信

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参賀者に手を振られる天皇、皇后両陛下=23日、皇居(古厩正樹撮影)(写真:産経新聞)

 天皇陛下の82歳のお誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。宮内庁によると、午前10時20分からの1回目には1万3160人が訪れた。

 陛下は皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、眞子さま、佳子さまとともに、宮殿の長和殿のベランダから参賀者に笑顔で手を振って応えられた。

 陛下は「みなさんから寄せられたお祝いの気持ちを誠にうれしく思います」とお言葉を述べられた。さらに、豪雨などの被災者を気遣いながら、来年が「明るい良い年となるよう願ってやみません」と語られた


陛下82歳、皇居で一般参賀
2015年12月23日(水)11時15分配信 共同通信

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 天皇陛下の82歳の誕生日を祝う人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下=23日午前、宮殿・長和殿

 天皇陛下の82歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまとともに宮殿・長和殿のベランダに並んで立ち、集まった参賀者に「今年も豪雨などの災害があり、危険や苦労を味わった人々のあることに心を痛めています」とあいさつされた。

 午前10時20分からの1回目の一般参賀には、8千人を超す人が集まり、陛下は「お祝いの気持ちをまことにうれしく思います。来る年がみなさんにとって明るい良い年となるよう願ってやみません」と述べた。

 この日は終日、宮殿や住まいの御所で祝賀行事が続いた。


天皇誕生日の一般参賀=皇居
時事通信 12月23日(水)10時36分配信

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天皇誕生日の一般参賀で、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻、長女眞子さま、次女佳子さまとともに宮殿のベランダに立たれる天皇陛下=23日午前、皇居

 天皇陛下の82歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。
 
 陛下は午前中に計3回、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまと一緒に、宮殿・長和殿のベランダに姿を見せられる。
 午後には宮殿で祝宴が開かれ、皇族方や安倍晋三首相らが出席。夕方からは二重橋などのライトアップが行われる。


天皇陛下 82歳に
SankeiBiz 12月23日(水)8時15分配信

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82歳のお誕生日を迎えられた天皇陛下と、寄り添われる皇后さま=皇居・宮殿「連翠」(宮内庁提供)(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 天皇陛下は23日、82歳のお誕生日を迎えられた。これに先立ち皇居・宮殿で宮内記者会との会見に臨み、戦後70年に当たり、戦争を知らない世代が増えていることを踏まえ、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なこと」と述べられた。

 昨年から続く「慰霊の旅」の集大成として、4月に皇后さまと一緒に激戦地のパラオ共和国訪問を果たされた。陛下は同国周辺の海に無数の不発弾が沈んでいるとした上で、「島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならない」と訴えられた。

 6月には神奈川県横須賀市の「戦没船員の碑」に供花しており、会見でも、日本軍に徴用された民間船の船員が大きな犠牲を払ったことに触れられた。

 陛下は「平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失った」とした上で、「非常に心が痛みます」と声を震わせながら話された。


天皇陛下82歳 「戦争のこと考えた1年」
産経新聞 12月23日(水)8時2分配信

 天皇陛下は82歳のお誕生日を前にした記者会見で、戦後70年に当たるこの1年を振り返り、「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした」と述べられた。パラオ共和国での慰霊にとどまらず、国内の戦後の開拓地を相次いで訪れるなど鎮魂を祈る日々を送った一方、会見では「年齢というものを感じることも多く」と異例の言及をされた。

 陛下は4月にパラオを慰霊訪問した後も、6~8月に宮城、栃木、長野各県の開拓地を訪れ、入植者らをねぎらわれた。いずれも私的旅行や静養が目的だったが、陛下の強いご意向で実現したものだった。

 戦後70年関連以外にも、1月に神戸市で阪神大震災の20周年追悼式典に臨席し、10月に鬼怒川の堤防決壊で浸水被害に遭った茨城県常総市を見舞うなど例年以上に公務に精励された。

 宮内庁によると、この1年、大きなご健康上の問題はなかった。ただ、地方ご訪問は土日に重なることが多いため、月曜日には公務を入れず、事務報告を控えるなどして負担軽減に工夫を凝らしてきたという。

 また、お誕生日を前にした記者会見の質問数は昨年、宮内庁が「80歳を超えたご年齢」を理由に2問に減らしたものを、今年はさらに1問に減らした。

 一方、8月15日の全国戦没者追悼式では本来、正午の時報に合わせ、黙祷(もくとう)をささげた後にお言葉を述べるところを、黙祷の前にお言葉を述べ始められた。

 陛下は会見で「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と話された。宮内庁幹部は「率直なお言葉にもったいない気持ちがした」としている。


天皇陛下82歳 戦後70年「心が痛みます」
産経新聞 12月23日(水)8時1分配信

 天皇陛下は23日、82歳のお誕生日を迎えられた。これに先立ち皇居・宮殿で宮内記者会との会見に臨み、戦後70年に当たり、戦争を知らない世代が増えていることを踏まえ、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なこと」と述べられた。

 昨年から続く「慰霊の旅」の集大成として、4月に皇后さまと一緒に激戦地のパラオ共和国訪問を果たされた。陛下は同国周辺の海に無数の不発弾が沈んでいるとした上で、「島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならない」と訴えられた。

 6月には神奈川県横須賀市の「戦没船員の碑」に供花しており、会見でも、日本軍に徴用された民間船の船員が大きな犠牲を払ったことに触れられた。

 陛下は「平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失った」とした上で、「非常に心が痛みます」と声を震わせながら話された。


「本当に痛ましい」声震わせ=天皇陛下、戦没船員思い
時事通信 12月23日(水)5時12分配信

 82歳の誕生日に当たっての記者会見で、天皇陛下が太平洋戦争中に旧日本軍に徴用された民間船の船員が多数犠牲となったことについて、声を震わせながら話される場面があった。
 
 会見で陛下は、この1年の出来事について述べた後、戦後70年に当たり、戦争の話題を切り出した。戦争で民間人も含め多くの人命が失われたことを「非常に心が痛みます」と述べ、戦没船員の話題に及ぶと、声が震え始めた。
 陛下は幼い頃、船の絵はがきを見て楽しんでいたが、それらの船のほとんどが撃沈されたことを後に知ったと吐露。声を震わせながら「制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と話し、感情が込み上げてきた様子だった。
 6月に神奈川県横須賀市で行われた第45回戦没・殉職船員追悼式の際には、亡き船員を思い、「戦没船員の碑」に供花したと述べた。
 太平洋戦争では、米軍などに撃沈され、民間船の船員ら6万人余りが犠牲となった。天皇、皇后両陛下は第1回や第30回、第40回の追悼式に出席するなど、戦没船員に長年心を寄せてきた。


天皇陛下、82歳に「先の戦争考えて過ごした」
読売新聞 12月23日(水)5時10分配信

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記者会見される天皇陛下(皇居で)

 天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎えられた。

 これに先立ち、皇居・宮殿で記者会見に臨み、「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした」と、戦後70年の節目を迎えたこの1年を振り返られた。

 ■戦没者への思い

 陛下は、「平和であったならば、有意義な人生を送った人々が命を失った」と述べ、戦没者へ深い哀悼の意を示すとともに、戦争を知らない世代が増えていることを挙げ、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが、日本の将来にとって極めて大切」と強調された。

 6月の戦没・殉職船員追悼式では、強制的に徴用され、十分な護衛もない中、命を落とした民間船の船員らを思い、供花されたという。慰霊のため4月に訪れたパラオでは、美しい海に無数の不発弾が残り、処理には大変な時間がかかると知ったとして、「島々に住む人々に大きな負担をかけてしまったことを忘れてはならない」と述べられた。

 ■被災地への気遣い

 各地で発生した自然災害の被災者も気遣われた。

 5月の鹿児島県口永良部島の噴火を挙げ、「みな無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心を痛めています」と島民たちの暮らしを心配された。一方、9月に鬼怒川の堤防が決壊した茨城県常総市の被災地で、多くのボランティアが復旧作業に協力したことに触れ、「困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが、日本人の中に育っていることを心強く思います」と明かされた。

 ■うれしいこと

 喜ばしいこととしては、日本人研究者2人のノーベル賞受賞を挙げられた。

 以前、寄生虫病の「オンコセルカ症」で失明した患者たちの映像を見て心を痛めたといい、特効薬の開発に貢献した研究者の受賞を「本当にうれしく思いました」とたたえられた。

 日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が成功したことも、「うれしいこと」に挙げられた。1962年に戦後初の国産プロペラ旅客機「YS11」の試験飛行を関係者とともに見守ったことを懐かしく思い出されたという。

 会見の終わりに、陛下は「この誕生日で82歳になります。年齢を感じることも多く、行事の時に間違えることもありました」と率直に明かされた。「一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」との考えを示された。

          ◇

 (宮内記者会代表質問)

 問 今年は自然災害などいたましい出来事があった一方、日本人2人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありました。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり、新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び、今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ、パラオをはじめ、国内外で慰霊の旅を重ねられました。また、全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか、玉音盤の原盤や、御文庫付属庫の公開もありました。年明けには、フィリピンへの公式訪問が予定されています。

 戦争や平和への思いに触れながら、この1年を振り返るとともに、来年へのお考えをお聞かせください。

(ご回答)

 今年の自然災害としては、まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳(しんだけ)が噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。

 9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日、(茨城県)常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。

 今年の喜ばしい出来事としては、まず2人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で、人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュートリノに質量があることを見いだされたことに対する授賞でした。11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。

 また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。

 今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。

 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の絵はがきを見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。

 この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領ご夫妻、マーシャル諸島大統領ご夫妻、ミクロネシア連邦大統領ご夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は、今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国はサンゴ礁に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾(きたはらお)、栃木県の千振(ちぶり)、長野県の大日向(おおひなた)と戦後の引き揚げ者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し、家畜を飼い、生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

 この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

 私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

 今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。


「戦争知ること極めて大切」=戦後70年の節目回顧―天皇陛下、82歳に
時事通信 12月23日(水)5時9分配信

 天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎えられた。
 これに先立ち、皇居・宮殿で記者会見し、戦後70年の節目の今年を「さまざまな面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います」と振り返り、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と強調した。
 4月に戦没者慰霊のためパラオを訪問。太平洋戦争で民間人も含め多くの犠牲者が出たことを、「平和であったならば、社会のさまざまな分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、非常に心が痛みます」と語った。
 旧日本軍に徴用された民間船の船員が多数犠牲となったことにも言及。「制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と声を震わせながら話した。
 82歳を迎えることに関して、「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と明かし、「一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」とした。
 今年起きた自然災害にも触れ、鹿児島県・口永良部島の新岳噴火や、鬼怒川などが氾濫した関東・東北水害を挙げて、10月に茨城県常総市を訪れた際の印象を「泥水に漬かった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました」と述べた。
 喜ばしい出来事としては、日本人2人のノーベル賞受賞や、国産ジェット旅客機MRJの初飛行を挙げた。


天皇陛下82歳に、皇居で会見
2015年12月23日(水)5時0分配信 共同通信

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 82歳の誕生日を迎えられた天皇陛下と皇后さま=皇居・宮殿(宮内庁提供)

 天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち皇居・宮殿で記者会見し、戦後70年の節目となった今年を「さまざまな面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だった」と振り返った。戦争を知らない世代が年々増えていく中で「先の戦争を十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と述べた。

 多くの戦争犠牲者に思いを巡らせ「平和であったならば、社会のさまざまな分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、非常に心が痛みます」とも語った。


<天皇陛下>82歳の誕生日 記者会見の全文
毎日新聞 12月23日(水)5時0分配信

 天皇陛下が82歳の誕生日に合わせて行った記者会見の全文は次の通り。

 記者 今年は自然災害などいたましい出来事があった一方、日本人2人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありました。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり、新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び、今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ、パラオをはじめ、国内外で慰霊の旅を重ねられました。また、全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか、玉音盤の原盤や、御文庫附属庫の公開もありました。年明けには、フィリピンへの公式訪問が予定されています。

 戦争や平和への思いに触れながら、この1年を振り返るとともに、来年へのお考えをお聞かせください。

 天皇陛下 今年の自然災害としては、まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳が噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。

 9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います。後日、常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。

 今年の喜ばしい出来事としては、まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で、人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。

 また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたこともうれしいことでした。かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。

 今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。

 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。

 この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は、今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしょう)に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し、家畜を飼い、生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

 この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

 私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

 今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。


<天皇陛下>82歳に 戦後70年「先の戦争を考えた1年」
毎日新聞 12月23日(水)5時0分配信

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誕生日にあたっての記者会見に臨まれる天皇陛下=皇居・宮殿「石橋の間」で2015年12月18日午後3時34分(代表撮影)

 天皇陛下は23日、82歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち皇居・宮殿で記者会見し、戦後70年の今年を「先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います」と振り返り、「先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と述べた。

 天皇、皇后両陛下は4月、太平洋戦争の激戦地のパラオを訪問し、日米の慰霊碑に供花した。陛下は、周辺の海に不発弾が多く残っていることに触れ「島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならない」と話した。

 また、戦時中に民間船員が、軍に徴用された輸送船に乗り、多数が亡くなったことについて「輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います」と語った。

 日本人2人のノーベル賞受賞については「長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います」と話した。また、国産初の小型ジェット旅客機「MRJ」(三菱リージョナルジェット)が11月に初飛行に成功したことを「うれしいことでした」と述べ、皇太子時代の1962年12月、戦後初の国産旅客機「YS11」の完成披露式に出席したことを「懐かしく思い起こされました」と振り返った。

 自然災害では、5月の鹿児島県の口永良部島の新岳噴火について「避難生活が続いていることに心を痛めています」と述べた。また、9月の関東・東北豪雨で大きな被害を受けた茨城県常総市を見舞い、多くのボランティアが活動していることなどを「困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います」と話した。

 82歳を迎えたことについて「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と述べた上で、「一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」と語った。【高島博之】

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