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2015年11月12日 (木)

三菱MRJが初飛行・3

三菱航空機(愛知県豊山町)が開発中の国産初の小型ジェット旅客機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」が、11日午前9時半すぎに県営名古屋空港を離陸、待望の初飛行を行なった。同11時すぎに同空港に無事着陸、飛行時間は約1時間半となった。

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リンク:国内初ジェット旅客機MRJに「三菱」が託したある思い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ、11月の進捗 - 主翼生産で神戸に新工場、初フライトでポテンシャル実感 - 速報:@niftyニュース.
リンク:MRJが挑む「最強ライバル機」との頂上決戦 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:YS-11挫折でMRJが学んだこと 「優れたモノづくり」だけでは足りない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:納入まであと約1年半「MRJ」立ちはだかる課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:離着陸で歓声あがるMRJ初飛行 特集・半世紀ぶりの国産旅客機 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国産初ジェット旅客機MRJ 関連産業誘致を/三村知事が新構想 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJの型式証明携わる審査センター所長「今はソフトが飛ばしている」特集・MRJ、それぞれの初飛行(国交省編) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJの初飛行にJAXAが協力…実験用航空機で気象観測 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<話題>初飛行成功のMRJ、日本企業の恩恵どこまで - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ開発、飛んでからが正念場 最新の安全基準、国産航空機復活のプロセス - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:低燃費と居住性を両立!『MRJ』を生んだ三菱航空機の“大和魂” - 速報:@niftyニュース.
リンク:MRJの命運握る革新的エンジン その強み、活かせるか - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:記者が見たMRJ初飛行! 11.11ドキュメント - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:初飛行は「大成功」関係者の語るMRJファーストフライト - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ初飛行、石井国交相「安全性審査進める」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJのなりすましアカウントに注意…三菱航空機よびかけも依然存在 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大宮会長「初めて通園する我が子のよう」特集・MRJ、それぞれの初飛行(三菱重工編) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ初飛行、6度目の正直=裾野産業の拡大に期待〔深層探訪〕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:三菱重工がMRJに全力で挑む"真の意味" - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:世界で戦う覚悟決めたMRJ 「やってみろ」“血判状”で始まった第一歩 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「MRJ」初飛行フォトギャラリー - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ初飛行のUstream生中継を110万人が視聴 アーカイブを視聴可能 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:半世紀ぶりの日本の旅客機、MRJが初飛行 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJ初飛行は「大成功」。機長は「飛行機が飛びたいと言っているような感じ」と感想 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【フォトレポート】40年ぶりの国産旅客機 三菱・MRJが初飛行に成功 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:エアバス、MRJ飛行試験機の初飛行成功を祝う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:半世紀ぶりの国産旅客機「MRJ」初飛行、YouTubeで動画公開 Ustライブ映像の録画配信も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ブリヂストン、三菱航空機「MRJ」に航空機用タイヤを提供 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<MRJ初飛行>町工場の情熱、空へ 車輪周辺の部品供給/五戸・橘機工 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:MRJは2強に対抗できるか? 需要の増す市場で27%のシェアを獲得すると英企業が予測 - 速報:@niftyニュース.
リンク:MRJ初飛行の操縦士「操縦性は期待以上で快適なフライトだった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「われわれの夢を乗せ飛んだ!」MRJに部品供給、青森の関係者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:[コラム] 子供の原体験奪う展望デッキ閉鎖 MRJ初飛行、愛知県に航空語る資格なし - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

国内初ジェット旅客機MRJに「三菱」が託したある思い
週刊SPA! 11月28日(土)9時21分配信

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写真/三菱航空機のホームページより

 11月11日に「初飛行」に成功した国産初のジェット旅客機・MRJ(Mitsubishi Regional Jet)は、三菱重工業が2008年に設立した三菱航空機が開発、製造を牽引してきた。これまで、日本でもっとも有名な国産飛行機といえば、真っ先に「零戦」(零式艦上戦闘機)の名を挙げる人が多かったと思われるが、零戦もまた、三菱重工業の前進である三菱内燃機製造が開発したものだ。

 2年前に公開された宮崎駿監督のアニメーション映画『風立ちぬ』が、零戦の設計者、堀越二郎をモデルにしたことで、再び零戦が脚光を浴びることとなったが、MRJの開発がスタートしたとき、最初にエンジニアたちが集められた部屋は、70年以上前、堀越ら若きエンジニアたちが零戦の設計に奮闘していた「機体設計室」と同じフロアだったという。

 この「機体設計室」の入った建物は、三菱の名古屋航空機製作所のシンボルとも言える存在で、屋上に大きな時計があることから「時計台」と呼ばれており、堀越が終戦後に出版した著書『零戦--日本海軍航空小史』(奥宮正武共著・日本出版協同刊/1953年)にも登場している。

 それだけにMRJの初飛行は、70年余りの長い年月を経て結実したエンジニアたちの「夢」とも言えるが、『技術者たちの敗戦』(相思社)など航空業界をテーマにしたノンフィクションを数多く執筆し、零戦開発時、堀越の下で汗を流し、零戦の幻の後継機と言われる「烈風」の設計主務者であった曾根嘉年らにも取材を行った経験がある作家の前間孝則氏が、「三菱」がMRJに託した思いについてこう話す。

「名古屋航空機製作所のシンボルであった『時計台』は、新工場を建設するため2004年に取り壊しが計画されたのですが、当時三菱重工会長だった西岡喬(たかし)氏が待ったをかけて保存されることになったのです。三菱にとって象徴的な存在だった時計台を残すことで、『戦前からの三菱の伝統を引き継ぐ』という思いを社員全員に伝えたかったのでしょう」

 その西岡氏も、堀越の教え子の一人だった。西岡が東京大学航空学科の学生だった頃、堀越は新三菱重工業(三菱内燃機製造が社名変更、現・三菱重工業)の顧問を務めながら、東大航空学科の非常勤講師として教鞭を執っていた。

「西岡氏は就職先に日本航空を考えていました。当時の国内の航空機メーカーはまともな自主開発に乗り出していなかったからです。そこで、日本航空を会社訪問しようと東京駅で降りたところで三菱本社が近くにあることを思い出し、堀越に挨拶するために寄った。すると堀越に一喝され、その場で三菱への入社が決まったそうです」

 自分の教え子たちに「再び国産機を自主開発して欲しい」という堀越の強い想いがあったのだろう。終戦後の7年間、日本は航空機の生産を禁止されたが、「ヒコーキ屋」たちは、近い将来、日本の航空機産業を必ず復活させると確信していたようだ。

「航空機産業で三菱と双璧だった中島飛行機(現・富士重工業)のトップ・中島知久平(鉄道、軍需、商工大臣を歴任)は、日本の航空機産業は必ず復活すると語っていた。第一大戦で一敗地に塗れ、数年間、航空機を含め多くの産業が禁止されたドイツの航空機産業が復活した事例を見ていたからです。その読みは三菱も同じだった」

 だが、「空白の7年間」と呼ばれるこの期間に、中島飛行機と三菱は明暗が分かれていく。

「中島飛行機は戦後、三菱、川崎重工より徹底的に解体された。戦後は自動車やスクーター、電車、産業機械などさまざまな分野に手を出したが、軍用航空機のほぼ専門メーカーだったので、手を出した分野に事業としての基盤もなく、航空技術者の多くが退職に追い込まれて散逸してしまったのです。三菱内燃機名古屋航空機製作所長だった岡野保次郎氏も、技術者を分散して温存することを命じました。三菱は造船、橋梁、自動車、産業機械とさまざまなものをつくっていたので、復活まで温存することができたのです。三菱は国を背負って航空機や艦船を建造してきた。それは幕末以来の伝統だった。『その気概を持って、近い将来の復活まで待て』という気持ちで命じたのでしょう。技術者もそういった自負や心構えを持っていたと思います」

 次回の後編では、戦後初の国産民間機「YS-11」の挫折ほか、『「7年間の生産禁止」で停滞した航空機産業の復活にかけた人々』に迫る。 <取材・文/日刊SPA!取材班>


MRJ、11月の進捗 - 主翼生産で神戸に新工場、初フライトでポテンシャル実感
2015年11月28日(土)6時30分配信 マイナビニュース

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写真提供:マイナビニュース

三菱航空機は11月27日、次世代リージョナルジェット機MRJ(Mitsubishi RegionalJet)に関するWEB情報発信ツール「MRJ Newsletter」第7号にて、11月2日にMRJの主翼を生産する新工場の建設、また、11月11日に初フライトを実施したことを発表した。

主翼の新工場は三菱重工 神戸造船所(兵庫県神戸市兵庫区)に位置し、着工した新工場(敷地面積5,600平方メートル)と隣接する既存工場(敷地面積2万5,400平方メートル)を活用し、MRJの主翼部品(外板、骨組み)や主翼と胴体を結ぶ中央翼の一貫製造を行う。同日、新工場の着工に伴い起工式を実施し、三菱重工 交通・輸送ドメイン 石川副ドメイン長等が出席した。

また、11月11日に実施した、YS-11以来53年ぶりとなる国産旅客機の初飛行の様子も発表。MRJ飛行試験機初号機は9時35分離陸速度に達して県営名古屋空港を飛び立ち、富士山を遠くに見ながら太平洋側の訓練空域へと進出、その後、上昇・下降・左右への旋回といった基本特性の確認を行った。最高高度は1万5,000ft(約4,500m)、最大速度は150Kt(約280Km/h)となり、11時2分に同空港に着陸し、1時間27分にわたる初飛行は成功裏に完了した。

初飛行後に行われた記者発表で同機を操縦した機長は、「離陸の際、離陸速度に達したら飛行機が『飛びたい』と言っている感じで、ふわっと浮き上がった。機体が安定しているか、意図どおり動けるかという点については離陸時から非常に良好で、操縦してきた機体の中でもトップクラスの高いポテンシャルを持っている。素晴らしい飛行機をお届けできる確信を得た」とコメントしている。

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MRJが挑む「最強ライバル機」との頂上決戦
東洋経済オンライン 11月25日(水)6時5分配信

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11月11日に初めて大空を舞ったMRJ。初飛行を機に新規受注獲得にも期待がかかる

三菱重工業が傘下の三菱航空機を通じて開発を進める、小型ジェット旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)。開発本格着手から7年半を経て、11月11日に国産旅客機としては53年ぶりとなる初飛行をようやく実現した。いよいよ開発作業は終盤となる飛行試験のフェーズに入った。
現在のところ、獲得済みの受注は広義で407機(契約エアラインは日、米など6社)。ただし、半分近くは仮予約分などで、確定受注はまだ223機にとどまる。事業の成功のためには、今後のさらなる受注獲得が必要だ。
果たして、MRJに勝算はあるのか――。週刊東洋経済は11月28日号(24日発売)で『ようやく飛んだMRJの未来』を特集。その番外編としてライバルとの競合や受注活動の手応えについて、MRJの販売現場を率いる三菱航空機の福原裕悟・営業本部営業部長に話を聞いた。MRJ初飛行の動画はこちら ――2014年8月に日本航空(JAL)が32機の導入を決めて以降、MRJは新規の受注が途絶えています。現在、海外での商談はどういった状況にあるのですか。

【詳細画像または表】

 もちろん、われわれ営業部隊が世界を飛び回って、精力的なセールスをやっている。MRJの潜在的なお客さん(購入の可能性があるエアライン)は、世界でおよそ300社ぐらい。そのうち、3年内に次の導入機材選定を計画しているエアラインが30社ほどあり、それらの企業と本格的な商談を進めているところだ。

■ 目下の商談は、欧州や中南米がメイン

 地域でいうと、北米での目先の大きな商談がひとまず終わって、今は欧州と中南米、一部アジアでの商談がメイン。欧州はフォッカーなど古い機材を使っているエアラインが多く、そろそろ更新需要の大きな波が来る。中南米も国が地方路線の拡充政策を進めているブラジルを始め、チリやメキシコでも機材の発注計画がある。こうした商談を着実に受注につなげていきたい。

 ――MRJの獲得済み受注の内訳を見ると、一番の大口契約が米スカイウエストで200機(仮予約分の100機含む)。次いで米トランス・ステーツが100機(同50機含む)と、機数ベースでは米国での受注が全体の8割超を占めています。

 米国は地方路線のネットワークが充実していて、世界でもっとも多くのリージョナル機が日々飛んでいる。また、その運航形態も非常に独特。大手エアラインは100席以下のリージョナル機の運航業務を外部に委託しており、大手の便名であっても、実際のオペレーションや整備、機材調達はリージョナル専門の運航受託会社が担っている。

 スカイウェストやトランス・ステーツはそうした運航受託会社の主要な企業で、中でもスカイウェストはデルタやユナイテッド、USエアウェイズなどから運航を任されている業界の最大手。同社が運航しているリージョナル機はおよそ700機、トランス・ステーツにしても約200機に上り、2社から大口のMRJ発注を得ることができた。米国の他のリージョナル受託運航会社にもセールスしているが、こちらは機材選定の時期がしばらく先になる。

 ――米国以外では100機単位の大口契約はありえない? 

 ボーイングやエアバスが手掛けている100席以上の機体と違って、(市場規模が限られる)リージョナル機の商談は多くて30機、小さければ5機ぐらいのロットが世界の常識。今、交渉中の欧州や中南米にしてもそう。100機単位の契約は米国に限った話で、他の地域では、各エアラインから10~30機単位の受注をどれだけ積み上げられるかの勝負になる。

 今、われわれが意識しているのは、とにかくオペレーターの数、つまりカスタマー(顧客エアライン)の数を1社でも多く増やすこと。より多くのお客さんに導入してもらうことが、本当の意味でのMRJの成功につながると考えている。世界中で数多くの顧客を獲得できれば、それが事業を永続的に続けていくうえでの大事な基盤になる。

■ 飛行試験によって営業の説得力が増す

 ――初飛行の成功は、受注活動にどんな影響を及ぼしますか。

 確かに初飛行は機体開発における大きな節目だが、お客さんからすると、飛行機なんだから飛ぶのは当たり前だよねと(笑)。「飛んだからMRJを発注しよう」なんていうお客さんはまずいない。

 しかし、MRJの受注活動を考えた時に、飛行試験が始まったことはすごく重要。MRJは高い燃費・環境性能を謳ってきたが、中には半信半疑だったお客さんもいる。今までは、それを証明するすべもなかった。飛行試験がある程度進めば、実際の飛行データによって性能を示せるので、営業活動での説得力が格段に増す。お客さんも実際の飛行データを早く見たがっている。

 ――ライバルについて聞きます。MRJと同じ100席以下のリージョナル機を手掛けるのは、エンブラエル(ブラジル)、ボンバルディア(カナダ)、スホーイ(ロシア)、COMAC(中国)の4社ですが、実際の競合状況は? 

 新規参入のスホーイ、COMACには、さほど脅威を感じていない。スホーイは欧州の一部とメキシコで名前が出るくらい。中国COMACに関しては、少なくとも欧米や中南米、アジアでの商談で名前が出てきた記憶がない。もちろん、これから旧CIS諸国や中国で販売活動をやる時には両社が強敵になるが、世界でのライバルという点では、やはり長年の実績のあるエンブラエルとボンバルディアの2社になる。

 ただし、ボンバルディアに関して言えば、正直、リージョナル機での競争力はかなり落ちている印象を受ける。現行機の「CRJ」は機内が狭く、快適性の面で見劣りする。同社は社運を懸けて新型機「Cシリーズ」の開発を進めているが、座席数が110~130席の機体サイズで、こちらはもはやリージョナル機とは違ったカテゴリーになる。

 ――となると、最大のライバルはブラジルのエンブラエル? 

 間違いなく、そうだと思う。実際の商談でも、ほとんどのお客さんは三菱とエンブラエルのどちらにするかで悩んでいる。

■ エンブラエル改良型機との対決に勝機は? 

 ――そのエンブラエルは、現行機を改良した「E2」の開発を進めています。MRJと同じ最新鋭エンジンを積むので、MRJの最大の強みである性能優位性が薄れます。

 「E2」は現行機の設計をベースにしているので、同じエンジンを積んでも、少なくともMRJに4~5%の燃費優位性がまだ残る。ただ、現行機との比較では2割以上あったアドバンテージがかなり薄まるのは事実。その点は否定できない。

 ――エンブラエルはジェット旅客機で2000機以上の納入実績があり、多くの顧客をすでに有しています。さらに機体性能の優位性も縮まるとなると、MRJが勝つのは難しいようにも思えます。

 われわれは新規参入だが、それでもすでに400機の受注を取れたのは、MRJのズバ抜けた機体性能に負う部分が大きい。実績などの大きなハンディを抱えながらも、これまではMRJの高い機体性能で突っ走ってきた。ただし、「E2」が出てくると、単純な性能差で受注を取っていくことは難しくなる。性能以外の部分、たとえばトラブルが少ない信頼性の高い機体であることも証明していきたい。

 ――これから先、エンブラエルとの販売競争に勝つには何が必要ですか。

 機体だけでなく、エアラインに対するサポート体制や量産・納期、コスト競争力など、旅客機メーカーとしてのトータル的な実力、競争力が要求される。そういった意味で、ここから先はいわば総力戦。厳しい戦いになるが、三菱の力を結集して、エンブラエルの壁を突き崩したい。


YS-11挫折でMRJが学んだこと 「優れたモノづくり」だけでは足りない
SankeiBiz 11月22日(日)8時8分配信

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愛知県営名古屋空港から離陸したMRJ=11日午前9時35分、愛知県(本社ヘリから、竹川禎一郎撮影)(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 伊勢湾に面した木曽川の河口付近にある大起産業の工場(三重県木曽岬町)。ドリルの大きな音が響き渡る。ここで、MRJ(三菱リージョナルジェット)の中胴前部や後部のドア周りの構造物が造られている。同社の小森禎和は11日、MRJの初飛行の様子を自宅のテレビで娘と観賞した。「お父さんも一緒に造ったんだよ」と話しかけると、娘は笑顔でほほ笑んだ。三菱重工業は来年10月から中小企業10社を集め、松阪工場(同県松阪市)でMRJの部品を共同生産する。一貫生産でコスト競争力を高めるのが狙いだ。中胴前部の組み立てを手掛けるテックササキ(名古屋市熱田区)専務の大西清幸は「自分たちで生産管理も行い、納期短縮やコスト削減に貢献し、量産を支えたい」と力強く話す。

 日本の航空機産業の成長には、安全性や性能などモノづくりの技術に加えて、販売やサービスというソフト面の能力も不可欠だ。MRJの1機当たりの価格(90席タイプで約58億円)は、他社の同型機と比べてまだ高い。三菱航空機は開発と並行して、販売拡大につながるコスト削減を急ぐ。それは、苦い結果に終わった“日の丸航空機”YS-11の挫折から学んだ教訓の一つだ。

 42年前、戦後初の国産プロペラ旅客機「YS-11」が182機目を最後に生産を終了。販売不振で累積した赤字は360億円。三菱重工相談役の西岡喬は「赤字体質の原因は経営主体が不明確だったため」と振り返る。YS-11は国を中心に三菱重工や富士重工業などが出資する「日本航空機製造(日航製)」が開発・販売。部品製造や組み立てを重工各社が分担する体制だった。

 しかし、それまで防衛庁(当時)向けの製品が主だった重工各社のコスト意識は低く、高い製造費用をそのまま日航製に請求。ライバル機より高い価格があだとなり、海外での販売は低迷。値引きに応じれば、売るだけ赤字となる構造的な問題を抱えていた。加えて、営業活動や航空会社向けの保守・整備を行う、サービス拠点も十分ではなかった。優れた機体というモノづくりの評価とは裏腹に「高コスト体質」と「不十分なサービス」という2つの病巣が、YS-11をむしばんだ。

 三菱航空機社長の森本浩通は「営業とカスタマーサポートで競合他社と差別化を図りたい」と話す。営業は現在、日米欧に拠点を置き、約50人体制で受注活動を行っている。商社出身の営業も入り、手ごわい海外の航空会社との交渉を行っている。また、カスタマーサポートは米ボーイングと提携し、ノウハウを吸収している。2017年の初納入まで世界のアフターサービス網を構築する。現在、ANAの意見を取り入れ、日本らしいきめ細かなサービスを提供する準備を進めている。不十分なサービス体制、というYS-11の失敗を糧とした戦略だ。

 MRJと同じ小型ジェット旅客機の市場は、現在エンブラエル(ブラジル)とボンバルディア(カナダ)の2強が市場の8割超を占めている。4年前に初就航したスホイ(ロシア)のシェアは1.1%。中国国有企業も小型機「ARJ21」(90席)を開発しており、今後は日本、ロシア、中国勢が2強に挑む構図となる。

 民間機事業は膨大な初期投資を長期間かけて回収するビジネスモデルだ。MRJの受注は累計407機。採算ラインは超えたが、利益を出す600機にはまだ届かない。三菱重工会長の大宮英明は「2500機以上の受注を獲得したい」と意気込む。「モノづくり」プラスαとなる付加価値をいかに生み出すか。それが、日本の航空産業の離陸につながるエンジンとなる。


納入まであと約1年半「MRJ」立ちはだかる課題
ニュースイッチ 11月19日(木)8時12分配信

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初試験飛行を次ぎの目指す。左から戸田和男テストパイロット(副操縦士)、安村チーフテストパイロット(機長)、森本社長、岸副社長

開発の最前線は米国へ。飛行試験がヤマ場
 三菱航空機(愛知県豊山町)の国産小型旅客機「MRJ」が開発着手から7年を経て初飛行した。4年弱に及んだ初飛行の延期。しかし慎重にプロジェクトを進めたことで、むしろ機体の完成度は高まったといえる。大空に飛び立った”メード・イン・ジャパン“の翼は、計画通りに当局の「型式証明」を取得し、無事に”着陸“できるのか。初飛行を機に、開発や生産、さらには人材育成といった取り組みが本格化する。

 「エンジニアは概して心配性」。歴史的初飛行の瞬間、技術トップの三菱航空機副社長、岸信夫は不測の事態に備えて乗員らに指示を出す部屋にいた。眼前には機体の状態を映し出すモニター。MRJに随伴する航空機からのビデオ映像もリアルタイムで送られる。異常値を示すデータは特に見当たらない。

 それでも岸は不安でたまらなかった。「飛行中に問題が起きたら、乗員を絶対に安全に帰すためにどんな対策を取れば良いか。それを考えると、実は心配で心配で…」。万が一の場合、長らく携わってきた戦闘機と異なり、MRJに操縦士脱出用の射出座席はない。

 そんな岸の不安をよそに、MRJは優美に舞い上がった。「これまで経験した機体の中でトップクラスの操縦安定性」(機長の安村佳之)を世界中に見せつけ、帰還した。その後の記者会見で社長の森本浩通は、「初飛行は成功。しかも大成功に近い」と宣言した。

 岸ら技術陣が慎重の上にも慎重を期して開発したMRJ。初飛行成功で「飛ばせる」ことは実証した。ただ、今後も日米欧の航空当局から「型式証明」を取るという高いハードルが待ち構える。2017年4―6月の初号機納入まで、あと約1年半だ。

 最大のヤマ場は、米国で16年夏ごろから17年春にかけて計画する飛行試験だ。8月、三菱航空機はワシントン州シアトルにMRJの開発拠点を設けた。シアトルは航空機世界最大手ボーイングの本拠地。近郊モーゼスレイクにある空港は3000メートル以上の長距離滑走路を2本備え、晴天率も良いため、ボーイングをはじめ米空軍や航空会社の訓練施設が集中する。

 MRJも、米国の航空機開発インフラをフル活用する。三菱航空機はシアトル拠点に日本人50人、米国人100人を起用。初飛行の遅れを飛行試験の期間中に取り戻すため、一日3回程度のハイペースな飛行試験を全米で計画する。

 森本は「日程がタイトなことは否定できない。米国で頻度を上げて効率よく飛ばし、試験期間を短縮する」と意気込む。岸も「飛行前と飛行後で一日に計6回のブリーフィング(説明会)をこなし、試験とデータ解析を繰り返さないと(計画が)進まない」と先を急ぐ。

 ただ、試験では重要な改善点が見つかることもある。これまで慎重さを貫いてきた三菱航空機だが、今後は迅速な意思決定と素早い設計変更が一段と求められるようになる。MRJ開発の成否は、米国での飛行試験にかかっている。

サプライヤーの責任範囲拡大。中堅・中小企業も「下請け」脱却へ
 「いよいよ航空機産業の礎になるという実感が出てきた」―。三菱航空機(愛知県豊山町)社長の森本浩通はこう期待する。MRJが初飛行を済ませたことで、三菱重工業は全国の工場をフル活用して量産体制の構築に動く。キーワードは「熟練の手作業と、最新鋭システムの融合」だ。

 MRJが初飛行した愛知県営名古屋空港(豊山町)の隣接地。三菱重工がMRJの唯一の量産工場となる「小牧南新工場」を建設中だ。生産ラインが自動で動くU字型の「ムービングライン」を導入。床下のチェーンが1分間に1センチ―数センチメートルの速さで動き、製造中の機体を引っ張る。作業者はラインの上でエンジンや内装品などを取り付ける。

 小牧南新工場から南に30キロメートルほどの臨海部。飛島工場(愛知県飛島村)では主翼と胴体の生産準備が始まっている。主翼と胴体それぞれでラインを設け、自動車の工場でよく見かけるアーム型ロボットを大量に入れる計画だ。一方、狭あい部などの作り込みは機械化が難しく、熟練技能者による「匠(たくみ)の技」に頼る部分もある。

 組み立て以外の工場でも体制作りは加速する。主翼部品を作る三菱重工神戸造船所(神戸市兵庫区)内に新工場を設置するのは旭精機工業。社長の山口央は「17年早々には量産を開始する。期待通りにものを削れるか一連の流れを検証し、”本番“に向かう」と準備万端だ。

 MRJの生産には多くの中堅・中小企業も「パートナー」として参画。パートナーという言葉の裏には、サプライヤーに「下請けを脱皮してほしい」という三菱重工側の意図もある。MRJの「中胴」などを組み立てる東明工業(愛知県知多市)社長の二ノ宮啓は「いよいよ我々にもバトンが回ってきた」。「後胴」を手がけるエアロ(同弥富市)社長の和田典之は「生産の機械化(自動化)で先行したい」と熱弁を振るう。

 三菱重工松阪工場(三重県松阪市)では、中小企業など10社による”共同工場“が16年秋にも立ち上がる。機械・板金加工といった各社の強みを持ち出しつつ、設備投資のかさむ表面処理、熱処理装置などは共有化。自動車部品メーカーの生産システムも入れ、量産技術を磨き上げる。

 MRJの量産は、これまで各社が手がけてきた米ボーイング機の生産とは別次元の取り組みだ。サプライヤーの事業責任の範囲は拡大し、一部品の加工から生産全体の管理まで求められる。共同工場を運営する航空機部品生産協同組合代表理事の加藤隆司は「(共同生産に)取り組まなければ、航空機産業は日本で生き残れない。何が何でも進める」と決意する。

 航空機産業の生産技術は、他の産業と比べ遅れていると指摘されてきた。しかし、MRJをきっかけに各社が取り組む生産改革の先には、基幹産業としての道筋が見える。

 MRJ量産工場は一般にも開放し、飛行機づくりが間近で見られる構造にするという。MRJの生産を統括する三菱重工執行役員フェローの石川彰彦は「子どもの夢を育む工場にしたい」と目を細める。

作業者の不足感強まる。変わる航空人材の育成
 着陸の瞬間、講演会場では割れんばかりの拍手が起こった。国産小型旅客機「MRJ」が初飛行した11日。東京大学大学院教授の鈴木真二は松山市内で講演していた。初飛行の中継映像を講演会場スクリーンに投影。11時02分、着陸の様子を聴講者300人とともに見守ったという。

 鈴木にとってもMRJの初飛行は感慨深いものだった。東大や同大学院で学んだ数多くの教え子がMRJを開発する三菱重工業グループで働く。「日本にも(航空)産業ができてきた。航空を学んだ人が航空分野で活躍するいい流れができてきた」(鈴木)。MRJ以外にも、日本企業は米ボーイング向けの機体や欧米大手向けのエンジン部品への参画を増やしており、人材の受け皿が広がりつつある。

 鈴木は2008年のMRJ事業化と前後し、東大の航空宇宙工学専攻のカリキュラムを変更した。今では流体力学、エネルギー工学といった理系分野に交じり、航空ファイナンス(金融)や経営学といった科目を学べる。「その技術が航空会社にどんなメリットをもたらすのか。総合的に考えるのが航空機の技術者」(鈴木)。技術の適用にどれほど開発費がかかり、機体全体のコストや会社経営にどう影響するか。全体を見極められる技術者を産業界に送り出す。

 MRJをきっかけに、航空機産業の人材育成を強化する取り組みは各地で進む。10月下旬、名古屋市南区のパーソナック航空機事業部では、製造現場の新人作業者向けに実技研修が開かれていた。

 愛知県が実施する事業で、20日間かけて航空機の胴体を接合するリベット(鋲)の打ち方、機体構造などを学ぶ。講師を務めるのは、一等航空整備士の国家資格を持つ航空会社OBだ。

 ある20代受講者は自動車のライン作業に従事していたが、航空機に携わりたくて”転身“した。「いつかMRJにも携わりたい」と意気込む。研修後は航空機の製造現場で働くことが決まっているという。

 MRJの量産化を控え、中部地域を中心とする機体の製造現場では作業者の不足感が強まる。構造組み立てに携わる協力企業はいずれも例年以上の採用を決めた。ボーイング機の増産も重なり、ここ数年でも増員してきたが、MRJ量産を機にさらに増やす。

 中部経済産業局は航空機の製造技能者として求められる基礎知識や技術をまとめた共通カリキュラムを作成した。三菱重工業、川崎重工業、富士重工業など各メーカーがノウハウを出し合ったもので、15年度から実証を開始。16年度の本格開始を目指す。

 鈴木は航空機産業の将来をこう展望する。「資源に乏しい日本を支えるために、製造業が重要だ。航空機は参入障壁が高い。自動車に続く基幹産業の柱の一つになるのでは」。MRJの初飛行は、日本の航空機産業そのものを一歩前に進める起爆剤となる。

(敬称略)


離着陸で歓声あがるMRJ初飛行 特集・半世紀ぶりの国産旅客機
Aviation Wire 11月18日(水)12時10分配信

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初飛行するMRJの飛行試験初号機=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 国産初のジェット旅客機、三菱航空機の「MRJ」が11月11日に初飛行して、まもなく1週間が経つ。午前8時40分すぎにパイロットが搭乗してドアが閉まり、午前9時35分に愛知県の県営名古屋空港(小牧空港)を離陸したMRJは、1時間27分後の午前11時2分、同空港へ着陸した。離陸と着陸の瞬間には、招待客から歓声と拍手があがった。

【初飛行で離着陸するMRJの写真】

 「離陸速度に達すると、飛行機が飛びたいと言っているようだった」と、航空自衛隊出身で三菱航空機のチーフテストパイロットの安村佳之機長は、離陸の瞬間をこう振り返った。昨年10月のロールアウトでは、機体の美しさが絶賛されたが、外観だけではなく航空機としての性能も期待できるようだ。

 米プラット・アンド・ホイットニー製のGTF(ギヤード・ターボファン)エンジン「PurePower PW1200G」も好調。離陸時に残したものは、静かなエンジンのみだった。PurePowerシリーズは、低圧コンプレッサーとタービンでは異なる速度でファンを回転できるシステムを採用しているのが特徴で、新設計のエンジン・コアを組み合わせて燃費と排気、騒音を改善している。

 一方、インターネットサイト「USTREAM(ユーストリーム)」による生中継は、アクセスが殺到してつながらなくなり、離陸の瞬間を視聴できなかった人もいた。今回の特集では、出発から到着までを写真で振り返る。


国産初ジェット旅客機MRJ 関連産業誘致を/三村知事が新構想
デーリー東北新聞社 11月18日(水)11時37分配信

 青森県の三村申吾知事は17日、今月初飛行に成功した国産初のジェット旅客機MRJ(三菱リージョナルジェット)について、メンテナンス事業など関連産業の誘致に意欲を示した。まだ構想段階だが、三沢空港や周辺に航空機の整備を行うメンテナンスセンターや部品などを集積するパーツセンターなどの誘致を想定しているという。三村知事が進めるロジスティクス(物流)戦略の一環で、県内の新たな産業集積につながる可能性もある。

 同日、青森市で開かれた自身の後援会主催の「県政を語る集い」で明らかにした。

 MRJなど小型ジェット機の世界需要は今後20年で5千機あるとされ、MRJは約半分の2500機の獲得を目指す。航空機は自動車に比べて部品数が多く、産業の裾野が広い。MRJの生産が軌道に乗れば、国内産業への大きな経済波及効果が期待される。

 三村知事は、将来的な県内2次産業の方向性について「これまでは物を作ることに主眼が置かれてきたが、作った物をメンテナンスすることがこれから産業として成り立つ」と強調。

 話題のMRJについて「これからどんどん機数が増えてくる。エンジンは難しいかもしれないが、その他の部品は可能だ。土地もあるし、空港も二つある。メンテナンスという新しい取り組みを提案していきたい」と関連産業集積への意気込みを語った。

 航空機産業をめぐっては、県内企業の参入はまだ少数にとどまるが、五戸町の企業がMRJの部品を提供するなどの実績もある。

 メンテナンス産業について、三村知事はMRJ以外に風力発電などエネルギー産業との連携も挙げた。

 同日の集会には、三村知事の後援会関係者ら約500人が出席した。


MRJの型式証明携わる審査センター所長「今はソフトが飛ばしている」特集・MRJ、それぞれの初飛行(国交省編)
Aviation Wire 11月18日(水)9時33分配信

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MRJの型式証明の審査に携わる国交省航空局航空機技術審査センターの川上所長ー=15年10月 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「飛ぶ飛行機を作ることはそれほど大変ではないと思うが、レギュレーションにミート(合致)させながら作っていくのは大変」。三菱航空機の川井昭陽前社長はかつて、記者(私)がMRJの進捗を尋ねた際、こう応じた。

【初飛行するMRJ】

 MRJを製造する三菱重工業(7011)は、ボーイング767や777、787など旅客機の主要部位を手掛けてきた。787の複合材主翼など、高い技術力を誇ることは、改めて言うまでもないだろう。

 旅客機だけではなく、自衛隊機として旧マクドネル・ダグラス(現ボーイング)の戦闘機F-4EJファントムIIやF-15Jイーグルなど戦闘機のライセンス生産や、国産ジェット練習機T-2や支援戦闘機F-1の製造、双発ビジネスジェット機MU-300の開発と、“飛行機作り”としてみれば、世界的にもかなりの経験を有した企業だ。

 一方、民間の旅客機を世に出す上で難関となるのが、機体の安全性を証明する型式証明の取得だ。冒頭の川井前社長の言葉は、この旅客機のレギュレーションに沿った機体作りの難しさを表わしたものだ。しかも、審査をする国土交通省航空局(JCAB)も、日本航空機製造(日航製)が開発した戦後初の旅客機YS-11型機以来の製造国としての審査になる。民間航空機の安全性は、製造国が安全性を保証しなければならないからだ。

 記者は弊紙や日経ビジネスオンラインの連載「天空万華鏡」で、MRJのプロジェクトを進める難しさは、初飛行以上にこの型式証明取得にあると指摘してきた。

 では、実際に審査する側は、どのようにMRJを捉えているのだろうか。三菱航空機が本社を置く県営名古屋空港には、JCABの航空機技術審査センターがある。審査する立場である川上光男所長に聞いた。

◆年々厳しくなる審査基準

 航空機技術審査センターが発足したのは、2004年4月。国産旅客機開発の話が業界内で持ち上がったころ、国もこの動きに呼応して設置された。当初は6人体制だったが、航空会社や防衛省から人材を集めたり、人事院の官民交流制度を利用することで、現在は73人体制で審査に臨んでいる。

 航空機の開発から運航までの流れは、まず機体の設計ごとに安全性や環境基準に適合しているかを航空当局が確認し、型式証明書を発行する。米国であればFAA(米国連邦航空局)、欧州ではEASA(欧州航空安全局)が発行する。この役割をJCABが担うわけだ。

 そして当局が品質管理体制を認めた「認定事業所」となった工場で機体が製造され、1機ごとに安全性と環境基準に適合しているかを確認し、耐空証明書が発行される。これで初めて運航できる航空機となるのだ。

 「今の機体はソフトウェアが飛ばしている」と、川上所長は難しさを説明する。確かに半世紀ぶりとはいえ、日本もYS-11を世に送り出している。しかし、この時はまだコンピューター制御の機体ではなかった。「構造の部分では経験が生きたとしても、エンジンや電気は難しい」と語り、「なにより安全基準が厳しくなっている」と続ける。50年以上のブランクは、想像以上に大きい。

 川上所長によると、YS-11を開発当時の書類をひもとくと、5、6人の審査体制だったという。ここにFAAの審査官も加わり、型式証明や耐空証明の審査が行われた。そして、1990年代に開発されたボーイング777と比べても、今の審査基準は厳しくなっていると指摘する。

◆ソフトウェアをどう検証するか

 MRJの審査では、設計審査が一番膨大な作業量だという。「設計国が適切に審査しなければならず、日本が責任を持つ必要がある」(川上所長)と話す。旅客機の主翼や胴体を製造するのとは異なり、「順調にパスしました、という訳にはいかない。通常の運航では遭遇しないことも試験しなければならない」と、審査経験が蓄積されていない難しさを語る。

 こうした経験不足を補うため、FAAや米国・英国の大学へスタッフを派遣したり、FAAの専門家による研修、FAAやEASAとの定例電話会議などを積み重ねてきた。川上所長が着任した2012年4月の状況と比べると、「手前味噌だが」と前置きした上で、「審査官の能力は、上がってきているという実感はある」と、審査能力向上の手応えを感じている。

 今後課題となるのは、システムの安全性の証明だ。「システムが故障しても飛び続けられるかや、同時にトラブルが起きても安全に飛行できるかを審査する必要がある」(川上所長)と、最新鋭機ゆえのハードルの高さがある。

 そして、「FAAには豊富なガイドラインがある。しかし、そこに出ていないところで判断に迷う」と、先行事例だけでは対処できない難しさを打ち明ける。こうした場合は、FAAと会議を設け、個別具体的な議論をするという。

 型式証明取得は、MRJの開発にとって大きな山場だ。しかし、従来開発されてきた機体以上に求められる安全基準が高まり、さらには日本がかつての旅客機開発では経験していない、大規模なソフトウェア関連の検証と、従来の経験や欧米からのアドバイスだけでは対処しきれない課題もある。

 未踏領域での安全性確保が求められる国交省。では、運航する航空会社は、どう対応していくのだろうか。(つづく)


MRJの初飛行にJAXAが協力…実験用航空機で気象観測
レスポンス 11月16日(月)15時45分配信

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飛行前の実験用航空機「飛翔」とMRJ

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、実験用航空機「飛翔」が三菱航空機の「MRJ」の初飛行に協力したと発表した。

[関連写真]

MRJは、約半世紀ぶりに開発されている国際旅客機。実験用航空機の「飛翔」は、MRJが初飛行で、飛行試験を行う空域や飛行ルートの風や雲などの気象観測を実施し、MRJの初飛行を支援した。

JAXAでは、今後も航空技術の研究開発を通じて、日本の航空産業の発展に貢献していくとしている。

《レスポンス レスポンス編集部》


<話題>初飛行成功のMRJ、日本企業の恩恵どこまで
モーニングスター 2015/11/16 09:30

 三菱航空機と三菱重工業<7011>は11日、国産次世代リージョナルジェット機「MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)」飛行試験機初号機による初飛行を成功させた。MRJは70-90席クラスの次世代民間旅客機。世界最先端の空力設計技術、騒音解析技術などの適用と最新鋭エンジンの採用により、大幅な燃費低減と騒音・排ガスの削減を実現した。

 初飛行では県営名古屋空港を離陸後、太平洋側の空域を利用し上昇、下降、旋回などの基本特性の確認を約1時間半かけ実施。今後は国内での飛行試験を継続し、16年第2四半期から米モーゼスレイク市(ワシントン州)のグラント・カウンティ国際空港を拠点とした飛行試験を行い17年第2四半期の量産初号機納入を目指す。第2次世界大戦後、日本が独自の旅客機を開発するのはYS-11以来ほぼ半世紀ぶり。それだけに報道も大きく、三菱重工は大商いとなりMRJ関連銘柄としてジャムコ<7408>が物色されるなど市場でも大きな話題となった。

 自動車産業と同様、航空機産業のすそ野は広い。例えば日本航空宇宙工業会によると日米共同で開発したF-2戦闘機の生産は主契約者が三菱重工だが、下請負会社は1095社(特定下請負会社除く)に及ぶ。三菱重工を除いた日本で恩恵を受ける銘柄はMRJのパートナーシップ企業を中心に多岐にわたりそうで、機体製造では小糸製作所<7276>(内装関連照明)、ミネベア<6479>(機体構造・操縦系統ベアリング)、ナブテスコ<6268>(フライト・コントロール・アクチュエーション・システム)、島津製作所<7701>(ラック、ピニオン)、龍村美術織物(非上場)、ジャムコ(エルロン、ラバトリー)、住友精密工業<6355>(降着システム)あたりが本命と見ておきたい。

 ただ、注意したいのが日本製航空機といっても恩恵は日本企業だけではなく海外企業にも大きいという点だろう。スマートフォン(スマホ)はさまざまなメーカーの部品を組み合わせているが、航空機製造も同様の時代に入っている。これは米ボーイング、欧州エアバスの航空機製造に日本企業が参加しているように、MRJ製造に多くの海外企業が参加しているのを見ても明らか。また、MRJの合計受注機数は今年1月時点で407機(確定223機、オプション160機、購入権24機)。損益分岐点は400機とも500機ともされているが、値引きで水準が上がっているとの指摘が出ている。三菱重工を含め、関連銘柄が恩恵を受けられるか否かはこれからの勝負といえそうだ。

(モーニングスター 11月13日配信記事)


MRJ開発、飛んでからが正念場 最新の安全基準、国産航空機復活のプロセス
SankeiBiz 11月16日(月)6時32分配信

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着陸のため愛知県営名古屋空港に向かうMRJ=11日午前11時1分、愛知県(本社ヘリから、竹川禎一郎撮影)(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 「鳥が飛ぶ高度の変化について、データはないでしょうか」。三菱航空機技術本部の安全・開発保証グループリーダー、山口恭弘は国内の動物学者を訪ね、質問をぶつけた。2013年のことだ。国産初の小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」の開発をめぐり、航空当局から「鳥が以前より高い場所を飛んでいる。どこまで高度を上げれば安全か根拠を示せ」と求められたためだ。

 飛行制御などのエンジニアだった山口にとって動物学は畑違いだ。しかし、高速で飛ぶ航空機が鳥と衝突する「バードストライク」は、操縦席へのダメージやエンジン停止など重大事故にもつながる。国内外の文献を読みあさった山口は「どこが答えなのか全く分からない。想像を絶する仕事だった」と振り返る。高速で飛行し、激しい温度変化にさらされる航空機は、強度や設計・構造、動力装置など、さまざまな項目で安全基準をクリアする必要がある。

 約10分の1サイズの精巧な模型を50メートルのプールにカタパルトで射出し、非常着水時の挙動などを確認するなど開発と並行してさまざまな実験が行われた。山口の事例はその一端にすぎない。MRJ開発は、新たな安全基準を確立する道のりでもあった。

 MRJには炭素繊維などを使った新素材や、電子図面などの新設計手法といった従来ない技術も多く使われた。安全をめぐる過去のノウハウは役に立たない。「何をやればいいのかは分かっていたが、どう実現するかに戸惑いがあった」。13年8月、都内で会見した三菱航空機社長の川井昭陽(現三菱重工業特別顧問)は厳しい表情で09年以降、3度目となる納入時期の延期を発表した。最大の理由は安全性の確認に時間がかかったことだ。MRJ開発計画は計5回延期されているが、安全性を延期の理由として明確に示したのは初めてだった。

 MRJの部品は約100万点あり、機体だけでなく部品単位で安全性を証明する必要がある。国産プロペラ旅客機「YS-11」が生産中止となった1973年以降、事実上初となる旅客機の本格審査を行う国土交通省も、審査基準をゼロから構築する必要があった。その過程では、過剰な安全性の証明を求められた海外の納入事業者が「そこまでやる必要はないはずだ」と悲鳴を上げるケースもあった。三菱航空機幹部は「初めてのことで部品メーカーとの意思疎通にも時間がかかった」と振り返る。三菱航空機と国交省は、海外の航空当局やコンサルタントの力を借り、最新の安全基準を一つ一つ作り上げた。それは、ほぼ半世紀にわたる断絶から、日本の航空機産業が復活するためのプロセスだった。

 米ワシントン州のグラントカウンティ国際空港は4000メートル超の滑走路を備え、米国最大級の規模を誇る。11日に初飛行を終えたMRJは、飛行試験の中心をここに移す。あらゆる安全基準に適合したことを国が審査・認定する「型式証明」の取得に向けた仕上げの作業に入るためだ。MRJを国内外の航空会社に引き渡すには、型式証明の取得が絶対条件となる。日米で計2500時間に及ぶ飛行試験の約8割を米国で実施し、ANAホールディングスに初号機を納入する2017年4~6月に型式証明を取得する計画だ。飛行可能な空域が限られる日本と異なり、同空港では1日に複数回の飛行試験が可能で、実証期間が短縮できるという。

 ただ旅客機の開発作業は「飛んでからが正念場」だといわれる。米ボーイングの中型機「787」も初飛行以降のトラブル発生で引き渡しが2度延期された。三菱航空機社長の森本浩通は「ANAへの納入時期を変えるつもりはない」と強調したがゴールへの道のりは、まだ半ばだ。(敬称略)


低燃費と居住性を両立!『MRJ』を生んだ三菱航空機の“大和魂”
2015年11月16日(月)2時45分配信 @DIME アットダイム

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@DIME アットダイム

 三菱重工は08年に子会社・三菱航空機を立ち上げ、『MRJ』の開発をスタートさせた。『YS-11』以来、実に50年ぶりの国産ジェットだ。理由は、市場参入の好機だから。今後、中小都市間を結ぶ地域航空の発展により、100席以下のリージョナルジェット(地域間輸送機)と呼ばれる機体の需要が高まる。そしてこの市場にボーイング社やエアバス社は参入していないのだ。

 同社は日本らしい緻密な技術力を生かしての勝算を見込む。話すのは、プロジェクト初期から関わった三菱航空機?営業部 マーケティンググループ?部長代理・福原裕悟氏だ。

「旅客機の設計で難しいのは、燃費と居住性の両立です。しかし、日本の技術なら、両方を高いレベルで実現できるんですよ」

 機首や翼の形状まで、すべてを「これが理想的」と言えるまで設計し直し、効率性と居住性を追求、従来機に比べ燃費を約20%削減。居住スペースもライバル機より広くとることができた。

「ムダをそぎ落とした機体は、なぜか美しいんですよね」(福原氏)

 米国のスカイウェスト社から200機もの大型発注を受けるなど販売は好調。受注目標を1000機と掲げ、2015年11月には、飛行試験初飛行に成功した。

三菱航空機
『MRJ(Mitsubishi Regional Jet)』

リージョナルジェット(地域間輸送機)の需要は、今後20年間で5000機以上と見込まれている。三菱航空機は低燃費などを武器に1000機以上の受注を見込んでおり、生産前であるにもかかわらず、全日空、スカイウェスト社などから受注を獲得。デビューが待たれている。

【これがニッポンの技】
妥協なき改善で高めた居住性

例えば胴体。基本設計の終了後、2度にわたり「直径を2.5インチ広げれば居住性がさらに高まる」と、機体全体、さらには多くの部品を一から設計し直した。妥協なき作業が当然、という国民性あっての技術力だ。

MRJを生んだ三菱航空機の〝以心伝心〟力

●空力特性を計算、かつ安全性を高めた先端部
シミュレーションを繰り返して理想的な形状を突き止めた。コックピットにはマルチレーダーシステムなどを搭載、安全性を高めている。

●Pratt&Whitney社のGTFエンジンを採用
騒音を減らすために低速で回転したほうがよい部品と高速で回転したほうが効率よい部品をギアでつなぐ世界初の機構を採用。従来比約10%の燃費低減を実現した。

●外径が小さく効率的な胴体
細い(=燃費がいい)のに、居住性も高い。通常、座席の下にある荷物室を機体後部に配置し、さらには構造材などのムダも省いて実現した。

●アルミより軽い複合材を使用
炭素分子は軽いが、規則正しく並べるとダイヤのように硬くなる。そんな炭素繊維を、日常的な衝撃が加わりにくい尾翼に使っている。

●主翼端にはウイングレット
飛行時、空気の渦を減少させ、燃費を向上させる「ウイングレット」。スーパーコンピューターを駆使し、最も効率的な形状を実現した。

●薄い椅子で座り心地も居住性も快適
クッションに、厚さわずか6mmでありながら、従来の機材同様の快適な座り心地を実現した「スリムシート」を採用。これにより足もとのスペースが広くなり、居住性が向上した。

●優れた運航性能が一目瞭然!
空力特性で約10%、エンジンなどで約10%、従来機に比べ、合計20%以上の燃費削減を実現した。MRJに置き換えると年に数億円、燃料費を削減でき、エアライン各社のメリットも大きい。

三菱重工の歴史が、MRJに吹き込んだ
〝大和魂〟とは

 そもそも、三菱重工はかつて世界で最も先進的な航空機メーカーだった。その代表作が『ゼロ戦』だ。第2次大戦初期、圧倒的な軽さ=機動性と、太平洋の島々を行き来できる燃費のよさで連合軍を圧倒。当時の最も軽い素材である 「超々ジュラルミン」を随所に使い、操縦席の椅子に穴まで開けて軽量化する徹底ぶりが生きたのだ。しかし敗戦後、日本は戦勝国から航空機の研究・製造を全面禁止され、技術者は散逸、三菱は旅客機の市場では長く、部品を供給する側にとどまることになった。

 ところが、同社のDNAは眠っていなかった。

「いつか旅客機を造りたい──そう考える有志が社内にはたくさんいたのです。そこで、仕事を終えたあと、社内で〝勉強会〟と称して皆で集まるなどして、ずっと参入の機会を狙っていたんですよ。もし弊社に航空機を造っていた歴史がなければ『リージョナルジェットで勝機をつかもう』という機運は生まれていなかったかもしれませんね」

◎名戦闘機から平和の象徴へ受け継がれるもの

 設計のポイントも、結果的にゼロ戦と似たことが興味深い。MRJの特徴は、効率化、軽量化による低燃費化。ただし、無分別に行なうと居住性を損なうため、ゼロ戦同様、椅子に至るまで軽く薄い素材を使うなど細かい努力を重ね、徹底的にムダをそぎ落としているのだ。その行程に妥協はなし。時には一から設計し直すこともあった。

「合理化、効率化は日本人の得意分野なのかもしれませんね」(福原氏)

 ただし、MRJはゼロ戦と全く違う部分がある。国境は関係なく、世界中から優れた技術を集めて造っているのだ。これは平和な時代だからできること。平成のニッポンは、世界を震撼させた名戦闘機でなく、安全・快適に低コストで世界を結ぶ旅客機で、航空史に名を刻むことになる。

三菱航空機?営業部
マーケティンググループ?部長代理
福原裕悟さん

三菱重工の展示室で永い眠りにつく、実戦で使用された『零式艦上戦闘機』。重量は約1.8t、なんと軽自動車程度だ。


MRJの命運握る革新的エンジン その強み、活かせるか
乗りものニュース 11月15日(日)14時0分配信

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ついに初飛行した三菱「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」(写真提供:三菱航空機)。

既存機より圧倒的低燃費の革新的エンジン
 2015年11月11日(水)、県営名古屋空港(航空自衛隊小牧基地)において、三菱航空機「MRJ」が初飛行を実施しました。MRJはYS-11以来、実に半世紀ぶりとなる国産旅客機であり、総座席数70~90で約3000km以下の都市間を結ぶ「リージョナルジェット」と呼ばれる区分の航空機です。

MRJ、YS-11以上 消えゆく隠れた国産傑作機

 リージョナルジェット市場は今後20年間で約3500機もの需要が見込まれていますが、現在はカナダのボンバルディア社「CRJシリーズ」、ブラジルのエンブラエル社「E-Jetシリーズ」がほぼ二分する寡占状態にあり、三菱航空機は今回初飛行したMRJをもって、そこへ新規参入します。またMRJと同時に中国のCOMAC「ARJ21」、ロシアのスホーイ「スーパージェット100」といった新機種も開発が進んでおり、今後リージョナルジェット市場の競争は激化していくことになるでしょう。

 こうしたなかにあってMRJは、「低燃費」という武器を手に競合他社と差別化をはかります。三菱航空機は、競合他社の同等機に比べ燃費性能は20%以上優れているとアピール。航空機の運行費用は約4割が燃料費であるため、MRJの導入によって航空会社はその収益性を著しく改善することが可能となります。

 なぜMRJは、既存機に比べ20%もの圧倒的な低燃費を実現できたのでしょうか。その秘密は左右主翼下に2基搭載する革新的なジェットエンジン「PW1200G」にあります。

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MRJの左右主翼下に2基搭載される革新的なジェットエンジン「PW1200G」(写真提供:三菱航空機)。

実はプロペラ機に近い現代のジェット機
 意外に思われるかもしれませんが、多くのジェット機はプロペラ機に近い機構をもっており、燃料の燃焼によって生じた高圧ガスの噴射でタービン(風車)を回転させ、その運動エネルギーでファン(扇風機)を回し、その風の反作用で推進力を得る「ターボファンエンジン」が主流です。

 一方で、燃焼によって生じたガスの噴射で直接推進力を得る「ターボジェット」ないし「純ジェット」と呼ばれるエンジンを搭載した機は消えつつあり、日本で恒常的にみられる機種としては、航空自衛隊の戦闘機F-4EJ改「ファントムII」を残すのみとなっています。

 旅客機用ターボファンは、推進力のほとんどをエンジンの入り口に設けられた大きなファンで発生させており、ファンはできるだけ大きな直径で、かつゆっくり回すほど効率よく推力が得られ、また発生する騒音も小さくなります。

 しかしタービンで得られた運動エネルギーは、ファンを回すのと同時に、空気を圧縮してエンジンの燃焼室へ送り込むコンプレッサー(圧縮機)も駆動させねばなりません。そしてコンプレッサーはファンとは逆に、できるだけ高速回転させる必要があります。

 従来のエンジンは、低速回転が望ましいファンと高速回転が望ましいコンプレッサー、ふたつの相反する要求に対して妥協点を設けなくてはなりませんでした。

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MRJは、ANAが世界のエアラインとして初めての発注会社(ローンチカスタマー)になる(写真提供:三菱航空機)。

革新的エンジン搭載でライバルに先行するMRJ
 MRJが搭載するエンジン「PW1200G」は、アメリカのプラット・アンド・ホイットニー社が開発した「ギヤード・ターボファン」と呼ばれるエンジン。ファンにタービンから抽出された動力を伝達する際、途中にギア(減速機)を設けることによってファンだけをゆっくり回し、ファンとコンプレッサー、それぞれを最も効率的に運転可能な回転数の両立を実現しています。

 このギヤード・ターボファン自体は既存技術ですが、これまではほとんど小型のビジネス機に搭載されていました。この新機軸のエンジンがMRJの低燃費を支えているのです。

 ギヤード・ターボファンは今後、多くの旅客機に搭載されていくことになります。実際にMRJのPW1200と共通の設計を持ったエンジンを搭載するエンブラエル「E-Jet E2」が、MRJの223機を上回る325機の受注を集めているほか、やや大型の機体ながらボンバルディア社の「Cシリーズ」も受注は243機に達しています。

 MRJは開発が難航し、たびたびスケジュールの遅延が生じていますが、MRJ最大の強みはギヤード・ターボファン搭載旅客機としてE-jet E2などの競合機に対し先行している、というアドバンテージを有していることです。三菱航空機としてはこれ以上の遅れが生じぬよう、実用化を急ぐことが大きな課題となっています。


記者が見たMRJ初飛行! 11.11ドキュメント
ニュースイッチ 11月15日(日)8時19分配信

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名古屋市上空を飛行するMRJ(写真右下にナゴヤドーム、右奥には名古屋駅前の高層ビル群がみえる=三菱航空機提供)

その瞬間、まさかの・・・
 11月11日、国産旅客機「MRJ」が愛知県豊山町の県営名古屋空港から初飛行した。私(ニュースイッチファシリテーターの杉本要)も記者兼カメラマンとして、その瞬間に立ち会った。優雅に離陸していくMRJ。ハイタッチや握手で喜びを分かち合う関係者。胸には熱いものがこみ上げた。日本の航空機産業にとって歴史的な一日となった「11.11」を取材ドキュメントで振り返りたい。

<05:45>
 晩秋の肌寒い朝だった。空は快晴。11月11日。MRJがいよいよ初飛行する日だ。

 メディアは朝6時30分に現地集合だったため、「念には念を」と前もって行動したつもりだった。それでも5時45分、現場に到着した時にはすでに大勢の報道陣がスタンバイ。本紙(日刊工業新聞)は、名古屋支社ほぼ総出+東京本社からも応援という万全の体制を敷いていたが、どうやら他のメディアも同じ勢いのようだ。

 カメラ位置抽選の列に並ぶ。本紙が引いた数字は「22」。100社弱というメディア登録の中では、けっこう早いほうだ。いい撮影位置がゲットできるかもしれない。
 
 メディアの取材場所である空港エプロンにバスで移動する。途中、制限エリアに入るために少し手間取ったようで、バスは停止した。すると右手前、フェンスの向こうに、「本日の主役」が見えるではないか。朝日を浴びて輝く「MRJ」だ。整備士が機体の周りを入念にチェックしている。

 しばらくするとMRJの隣に駐機していたJAXAの飛行検査機「飛翔」がエンジンを回し、やがて離陸していった。「飛翔」はMRJに先駆けて飛行試験の空域へ飛び、気象条件などをチェックすることになっている。これが飛んだということは、三菱は今日、ついに本気でMRJを飛ばすようだ。

 実は、私はこの段になってもなお、MRJが飛ぶことに対して100%の自信を持てずにいた。4年以上に及ぶMRJの取材で、計3回の初飛行延期を目にしてきた。「あと一回くらい遅れるかも」、「直前で飛ばないかも」。そんな気持ちがどこかにあった。取材先(三菱航空機ではない)の中には、さらなる遅れを懸念する人も何人かいた。三菱を信じたい。信じたいが・・・。

 バスは報道陣用の撮影スペースに到着した。各社、くじ番号順に好きな位置へ撮影機材を置いていく。すると撮影スペース後方にも、スーツに身を固めた関係者・来賓が続々と集まってくる。歴代の三菱重工業社長経験者や三菱航空機社長、機体審査に当たる国土交通省関係者、初号機の受領を待ち続けるANA関係者など。思わずノートを片手に話を聞こうとするも、「ここでは取材NGです」、と遮られてしまった。

<09:00>
 午前9時頃、MRJに随伴する三菱航空機の社有機が離陸した。これに航空自衛隊岐阜基地から飛び立った練習機も合流。名古屋空港上空を時計回りに周回し、「主役」の離陸を舞っている。

 そこに女性の場内アナウンスが入った。「ただいま、MRJはエンジンを始動したとの情報が入りました」。現場には緊張が走る。いよいよだ。私も、ウェブ配信用の動画を撮るため、所定の位置でMRJの始動を待つ。

 9時20分、MRJはついに滑走路に向かって走行し始めた。我々のいる撮影スペースに背を向け、誘導路をゆっくりと南側に進んでいく。日の光を浴び、胴体上部、魚で言えば尾びれのあたりが白く輝いている。壮観だ。

 誘導路を南端まで進んだMRJは、滑走路手前で数分間待機した後、滑走路に進入した。場内アナウンスが日本語と英語で告げる。「MRJはまもなく離陸します」。
 周りではテレビ局の記者やアナウンサーが、刻一刻と迫る初飛行の瞬間を逃さぬよう、レポートを続けている。世紀の瞬間を逃してはいけない。ビデオカメラをいったん持ち直し、そのときに備えた。

<ついに初飛行、その瞬間―>
 そして、その時は訪れた。9時35分。MRJは加速を始めた。1秒、2秒と過ぎていくうちに、周囲で一斉に「動き出しました」とのレポートが聞こえてくる。ビデオカメラから片時も目を離さぬよう、MRJを追う。徐々にスピードを上げる機体。ぐんぐんぐんぐん近づいてくる。我々とMRJの距離は数百メートルに迫ったか。カメラのシャッター音が鳴り止まない。

 機首が上を向く。前輪が滑走路から離れる。よし、よし、離陸するぞ!!

 ・・・あっ・・・。

 次の瞬間、視界には赤白の建物が入ってきた。MRJを遮るように、赤白の建物がレンズに現れた。これでは離陸の瞬間が押さえられない!・・・一瞬の出来事だった。MRJは突然視界に入ってきた赤白の建物に隠れ、後ろ側から再登場した時には、すでに後輪が浮き、離陸していた。嗚呼、人生とはこういうものか。肝心の離陸が・・・。

 と、考えているうちにもMRJは横を通り過ぎ、どんどん高度を上げていく。初飛行の高揚感はなく、ビデオカメラを思い切り左上に振って、必死に画面の中で機体を捉え続けた。MRJのエンジン音は、前評判通り、静かな印象だ。MRJを追いかけるように上空を通過した練習機の、何と騒がしかったことか。

 徐々にMRJの機影は小さくなっていく。関係者席の方からは自然に拍手が上がった。MRJはやがて右に旋回し、南方、太平洋の方向へ消えていった。

 一息ついた後、周囲の知り合い記者と、離陸の瞬間を話し合った。例の「赤白の建物」についてだ。メディア向けの事前説明会でも「MRJは赤白の建物に隠れてしまうかもしれません」ということは通告されていた。だがしかし、こうもきれいに重なってしまうとは・・・。その場にいたカメラマンの方々も、だいたい離陸の瞬間を押さえられなかったようだ。

 着陸までは1時間半ほどある。安全のため現場を一度清掃するというので、いったん空港エプロンから待避。何をするにも落ち着かず、三菱の広報に質問したり、他の記者らと雑談したりしながら、着陸の時を待った。

着陸、拍手の嵐
 そして10時40分前後、再びエプロンに集合の号令がかかり、続々と撮影スペースに戻る。場内アナウンスによれば、MRJは11時05分頃に着陸の予定らしい。予定していた11時10分よりも、少し早まっているようだ。

 再び機材をセットし、広報マンと雑談したりしているうちに、ふと南の方角に目をやると、もう遠くにMRJらしき機影が見えるではないか。急いで脚立に登り、撮影を再開する。予定より早い到着になるのか。

 MRJは、自身が放つ白い光とともに、徐々に高度を下げながら近づいてくる。一瞬、風にあおられているようにも見えたが、危なさは感じさせない。その姿に滑走路が近づき、再びカメラのシャッターが勢いよく切られ始めた時、MRJは名古屋空港に降り立った。
 タイヤから一瞬の白煙を上げた後、ゆったりと減速し始めると、関係者スペースからは大きな拍手がわき起こった。そして鳴り止まない。
YS―11以来、53年ぶりの国産旅客機の初飛行。手が少し震えていた。うれしい。すごい。よく頑張った。いろいろな感情がこみ上げてきた。
時刻は11時02分。1時間27分の飛行だった。

 操縦かんを握った機長の安村佳之チーフテストパイロットは、記者会見で「離陸速度に達したとき、飛行機が飛びたいと言っている感じでフワッと浮いた。安定した状態で上昇した」という名言を残した。また、MRJのチーフエンジニアを務め、「MRJの堀越二郎」との社内評で知られる岸信夫副社長は「実は不安で仕方なかった」と、責任者の胸の内を明かした。

<ベンチャースピリット>
 MRJは、日本の航空機産業の総力をあげて作り込んだ機体だ。三菱重工や、装備品を供給するナブテスコや島津製作所などに加え、川崎重工業や富士重工業など、普段はライバル関係にある他の重工会社も技術者を派遣。表に裏に協力してきた。国や大学、全日本空輸(ANA)をはじめ航空会社も開発を力強く支援する。

 現在放送中のドラマ「下町ロケット」(池井戸潤原作)では、帝国重工といういかにも「親方日の丸」の企業が登場する。日本でロケットを製造しているのは三菱重工やIHIなどに限られ、どうしても重工メーカー=巨大企業、プライドが高く融通が利かないというイメージがある。

 しかし、MRJを開発する三菱航空機はまだまだ1500人の所帯。海外の航空機メーカーに比べれば小さなものだ。その意味で、三菱航空機、そしてMRJは、これまでなかった新たな産業に参入するという、日本人にとって久方ぶりのベンチャースピリットを感じさせてくれる。海外勢が席巻する空の勢力図を、塗り替えるかもしれない。

 何よりも「空への夢」を駆り立て、「あの飛行機にいつか乗ってみたい」という希望を抱かせてくれる。飛行機とは、なぜこんなにも人の心を惹きつけるのだろう。

 一方、初号機を受け取るANAへの納入は約1年半後。納期順守に向け、薄氷を踏むような毎日だ。来年夏からは米国での飛行試験が始まり、MRJの最大のヤマ場となることが予測される。他にも、航空会社向けのサポートや部品供給体制など課題を挙げればきりがない。しかし今回は、MRJ開発者に最大限の賛辞を贈りたいと思う。夢をありがとう、MRJ。


初飛行は「大成功」関係者の語るMRJファーストフライト
HARBOR BUSINESS Online 11月14日(土)16時21分配信

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11月11日、初飛行に成功した三菱・MRJ

 前回の記事では初飛行の模様をフォトレポートでお送りさせて頂いた。今回の記事ではその後行われた記者会見の様子をお伝えし、テストクルーの語った機体の感想、そして三菱重工の考える今後の計画について触れていこう。

 まず、今回の初飛行は約一時間半、その間に上昇、下降、左右旋回と着陸時のシミュレーションを行い、速度は150ノット(約280キロ)、高度は15000フィート(約4600メートル)で行われた。着陸脚とフラップは下げたまま実施され、初飛行の結果を三菱航空機代表取締役社長である森本氏は「大成功」と評価した。

◆初飛行の感想は「ファンタスティック」

 そう語ったのは機長の安村氏だ。元航空自衛隊のパイロットで、テストパイロット歴25年の氏は33機種の機体を乗りこなすテストパイロットであるが、今回の初飛行での離着陸に関して「完璧」と評価した。

 着陸進入中に若干揺れることもあったが、機体そのものの安定性が高く、コントロール性も高いため、立て直しは容易で素直な機体であったと語り、機体の出来には大変満足の様子であった。

 そして、初飛行の感想を聞かれ「グレイト」と答えた副操縦士の戸田氏。海上自衛隊を経てパイロットになった戸田氏は、テストパイロット歴は42年、総飛行時間9800時間以上のベテランだ。この日の初飛行を「首を長くして待っていた、みんなの力を合わせて、やっとここまでこれたという印象がある」と笑顔で語り、安村機長同様、関連会社を含む開発チームへの感謝の意を伝えると共に、機体の完成度にも大きな期待を寄せていた。

◆MRJの初飛行は協力会社にとっての道筋になっている

 そう語った森本社長は今回の初飛行は中京地域の地域活性化に触れ、今回のMRJの初飛行が地域産業の活性化になることに大きな期待を寄せているようだ。「日本の航空産業の礎となり、関連企業との協業でいい機体をつくり実力をつけていきたい。試験機の後の量産機では、協力体制の強化を具体的に進めていきたい」と語り、三菱だけではなく、関連する全ての企業や地域産業の活性化を進めていくという姿勢を明らかにした。

 具体的な型式証明の取得に関しても「飛ばないとわからないこともあるが、決められたスケジュールの中でよりよい飛行機にしていきたい」と今後の意気込みを語った。二年間で2500時間の試験を行うという計画に関してもモーゼスレイクでの飛行試験・シアトルの開発拠点と名古屋での設計、それぞれの拠点が綿密に連携し、今後の開発を加速していくとのことだ。

 また、実際の開発における懸念点としては「現状の三菱重工の課題としては人的リソースであり、まだまだ経験のある人材が少なく、航空先進国であるアメリカからの人材獲得を積極的に進めていきたい」と語った。

◆今後予想されるMRJ発展型旅客機について

 今後開発が予定されているMRJのバリエーションについても記者から質問が飛ぶこととなった。今回初飛行が行われた90人乗りクラス、MRJ90についてはこのまま開発を進めていくものとし、平行して短縮形の70人乗りクラス、MRJ70の開発を進めていくとのこと。

 具体的な投入次期に関しては名明言がなかったものの、MRJ90を更に大型化した100人乗りクラスの機体MRJ100(仮称)の開発に関しても検討を続けていくものとし、このクラスが主流を占める欧州市場への売り込みに繋げていきたいとの意欲を明らかにした。

◆諸外国への営業

 肝心の販売網の構築に関しては官民一体となり、トップセールス活動のミッション派遣に大きな期待をよせているとのこと。

 また、今後市場におおきな成長性が見込めるアジア市場に関しても「現状では資本力が弱い小規模な航空会社が多数ある状態であるが、それらが統廃合により大きな会社となり資本力を付けてくることは間違いないであろう」との見通しを明らかにした。

 その市場に対する営業活動は現状で日本国内から行っているが、今後は現地航空会社との関係を密接に築いていきたいとし、今後国外へ営業拠点を新設し、先進国だけではなく、新興国への売り込みを積極的に行っていきたいようだ。

 以上が今回の初飛行後に開催された記者会見の内容だ。初飛行時のフォトレポートでも触れたが、今回の初飛行はまだまだ通過点でしかない。

 これからは型式証明の取得・営業活動などの厳しい道が待ち構えており、三菱だけでなく日本の行政を含めた官民の密接な連携が必要であることは間違いない。そして、それは決して容易な道筋ではないはずだ。ボーイングやエアバスのような大手メーカーが新型機開発の度、難儀しているこれらの問題に三菱がいかに対処していくか、今後の経過を見守っていきたい。<文・図版/村野裕哉>

【村野裕哉】

PowerMacとWindows98で育った平成生まれのガジェッター。趣味の旅客機を眺めつつHTML/CSS/Javaなどを中途半端にかじって育つ。ブログなどでレビュー記事を執筆中。twitter : @anaji_murano


MRJ初飛行、石井国交相「安全性審査進める」
レスポンス 11月14日(土)15時30分配信

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MRJ(三菱リージョナルジェット)初飛行のようす

石井啓一国土交通相は11月13日の閣議後会見で、MRJの初飛行について「国土交通省としては、MRJに対する安全性審査を適切かつ円滑に進めていきたい」と述べた。

[関連写真]

石井国交相は「国産旅客機の開発としては、約半世紀ぶりのプロジェクトとなる。国交省としてもプロジェクトの成功をめざし、全力で取り組んでいく」と述べたうえで、三菱航空機に対し「飛行試験や地上試験等を確実に実施し、安全で快適な飛行機を開発してほしい」と期待感を示した。

《レスポンス レスポンス編集部》


MRJのなりすましアカウントに注意…三菱航空機よびかけも依然存在
レスポンス 11月14日(土)15時2分配信

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MRJのなりすましTwitterアカウント

初の国産ジェット旅客機、三菱航空機のMRJ(三菱リージョナルジェット)の飛行試験機初飛行が注目を集める中、MRJのなりすましTwitterアカウントが存在していることを11月13日、朝日新聞デジタルが報じた。

[関連写真]

14日現在、3000人弱がMRJのなりすましアカウントをフォローしている。偽アカウントのプロフィールには英語と日本語で「三菱リージョナルジェットの公式アカウントへようこそ」と記してあるが、Twitterの認証済みアカウントを示す、青いチェックマーク入りの認証バッジは付いていない。

三菱航空機は昨年10月、なりすましアカウントが出現した直後、「TwitterなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)は保有・運用していない」「三菱航空機の名を名乗るSNSは、同社と一切関係ない」と発表し、ユーザーに注意を呼びかけていた。

《レスポンス 日下部みずき》


大宮会長「初めて通園する我が子のよう」特集・MRJ、それぞれの初飛行(三菱重工編)
Aviation Wire 11月14日(土)11時1分配信

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初飛行を終えたMRJの前で取材に応じる三菱重工の大宮会長=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 「今日は11月11日で、YS-11と感じが似てる。機体の番号(登録番号JA21MJ)が21。いろいろな思いが頭の中をよぎった」

【初飛行するMRJ】

 MRJが初飛行に成功した11月11日、三菱重工業(7011)でプロジェクトを主導してきた大宮英明会長は、戦後初の国産旅客機である日本航空機製造(日航製)のYS-11型機と記念すべき日を掛け、こう表現した。

 国産初のジェット旅客機である三菱航空機のMRJ。2008年3月27日、全日本空輸(ANA/NH)がローンチカスタマーとして25機(確定15機、オプション10機)を三菱重工に発注し、事業化が決定。同年4月1日には設計や型式証明の取得、販売などを手がける三菱航空機が営業を開始し、三菱重工は製造を担う。

 1962年8月30日に初飛行したYS-11と同じく、県営名古屋空港(小牧空港)から離陸したMRJは、度重なる延期を乗り越え、7年越しでこの日を迎えた。

 半民半官だった日航製に参画していた三菱重工にとって、MRJはYS-11以来となる完成機を航空会社などに供給していくビジネス。旅客機の巨人、ボーイングへの主翼などの供給では実績があるが、旅客機まるごとを手掛けるのは勝手が異なる。さらに日本は製造国として、国土交通省航空局(JCAB)が機体の安全性を証明しなければならない。そしてANAは最初にMRJを運航する航空会社として、実際の運航で起こりうるトラブルに対処していく必要がある。

 機体メーカー、航空当局、ローンチカスタマー。11月11日をどのような思いで迎え、どのようにMRJを育てていくのだろうか(全3回)。

◆50席から90席へ

 今回初飛行したのは、5機ある飛行試験機のうちの初号機で、2014年10月18日にロールアウトした。この時、大宮会長は「ようやく夢から現実へと姿を変えようとしている」と、招待客の前に登場した機体を前に感想を語った。

 三菱重工がMRJのプロジェクトを本格的に開始したのは、ANAから最初の受注を獲得した2008年。しかし、当然ながらこの年からいきなり開発がスタートした訳ではない。MRJの安全性を審査するJCABの航空機技術審査センターは、2004年4月に県営名古屋空港内の庁舎に設置された。

 つまり、2000年代初めには三菱側と国は国産旅客機の開発に着手する意向を固め、プロジェクトをスタートさせるための最初の顧客「ローンチカスタマー」を募ることになる。三菱側と航空会社がトップを交えて情報交換を進めていく中で、現在の機体仕様が固まっていく。

 現在MRJは、メーカー標準座席数が88席で初飛行に成功した90席クラス機のMRJ90と、同76席で70席クラス機のMRJ70の、2機種をラインナップする。しかし、三菱重工の関係者によると、当初は30席クラスと50席クラスで検討を重ねていたという。これが原油高や航空市場の拡大に伴い、現行のサイズに変わっていった。

 実際、50席前後の機体は製造中止が進み、現在は天草エアライン(AHX)が導入した仏ATRのターボプロップ機ATR42-600型機(1クラス48席)などごくわずか。このサイズを手掛けるメーカーは、事実上ATRのみという状況だ。

 ANAグループが2014年3月末まで運航していたターボプロップ機のボンバルディアQ300(DHC-8-300)型機(56席)も、すでに製造中止になっている。三菱重工が、仮に50席クラスのジェット旅客機を製造していたとすると、初飛行に成功したところで売り先がなかったと言える。

◆我が子を見送る感じ

 MRJの初飛行は当初2011年、初号機納入は2013年の予定だった。これまでのスケジュール見直しを振り返ると、2009年9月に主翼の材料を複合材から金属に変更するなどの仕様変更により、まず1年遅れが決定。初飛行は2012年7-9月期、初号機納入は2014年4-6月期となった。そして2012年4月に2度目の延期が発表され、初飛行は2013年10-12月期、初号機納入が2015年度半ば以降にずれ込んだ。

 2013年8月には3度目の見直しで、初飛行は2015年4-6月期、初号機引き渡しが2017年4-6月にスライドした。今年に入ると4月10日に4度目のスケジュール変更が発表され、初飛行が9-10月期に延期。9月30日に、初飛行を10月26日から30日の期間内に実施すると発表した。

 しかし、10月23日に5度目の延期が決定。初飛行実施期間は最終的に11月9日から13日となり、11日に待望の初飛行となった。当初計画からは4年遅れの難産だったが、安全性をもっとも重視する航空機開発において、遅延そのものは致し方ないものだ。実際、ボーイングやエアバスですら、開発が遅れることは珍しくない。

 「幼稚園に初めて通園する我が子を見送るような感じで、離陸は見ていた」。三菱重工の大宮会長は、いとおしげな表情で初飛行を終えたMRJを出迎えた。

 開発を山登りに例えると、「6合目くらいだろう。まだやることがたくさんある。ひとつ一つ、きっちり乗り越えていくことが一番大事」と述べ、「スケジュールもものすごく大事だけど、安全で信頼性の高いものをお客様に提供する視点を忘れないようにやっていきたい」と気を引き締める。

 MRJの総受注は407機で、うち確定受注は223機。最大のライバルであるブラジルのエンブラエルは、500機以上の確定受注を獲得しており、初飛行は“はじめの一歩”に過ぎない。

 そして、ANAへの量産初号機引き渡しは、2017年4-6月期を目指す。納入に向けて最大の難関となる、JCABによる型式証明を2017年前半までに取得し、機体の安全性を国と共に証明しなければならない。

 では、安全性を審査する側は、今後どのように進めていくのだろうか。(つづく)


MRJ初飛行、6度目の正直=裾野産業の拡大に期待〔深層探訪〕
時事通信 11月14日(土)8時30分配信

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初飛行する小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」=11日午前、愛知県小牧市上空(代表撮影)

 三菱重工業と子会社の三菱航空機(愛知県豊山町)が手掛ける小型ジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」が、5度の計画延期を経て、国産旅客機としてはプロペラ機の「YS11」以来、約半世紀ぶりに初飛行を成功させた。量産が始まれば、部品など日本の裾野産業の拡大につながるとの期待が高まる。しかし、2017年4~6月に迫る全日本空輸への量産初号機の納入に向けた飛行試験や量産効果による黒字化など課題は多い。

 ◇「掛け替えない喜び」
 「秋晴れの中、美しい機体が青空に飛び立つ姿を見送ることができ、掛け替えのない喜びだ」。11日、初飛行の成功を受けた記者会見で、三菱航空機の森本浩通社長は、こう強調した。晴天下での約1時間半の飛行を無事終えた操縦士に、三菱重工の大宮英明会長は「良かったな」とにこやかに声を掛けた。
 今後2500時間に及ぶ飛行試験では、強風など悪天候下での耐性チェックを行い、運航に必要な型式証明を国土交通省から取得する必要がある。整備拠点の構築や、MRJを納入する航空会社向けの保守・運航マニュアル作成など、未経験の難題が待ち受けるが、幹部らの表情は明るい。
 ◇部品100万点
 MRJには、約100万点に上る部品が使われる。完成機の製造が国内で定着すれば、幅広い産業育成が期待できる。ただ、MRJに搭載するエンジンは現在、米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)製。装備品を中心に部品の約7割が海外製で、国産化に課題を残している。
 三菱重工の大宮会長は「後継機も手掛けることで、国内メーカーも商機が出ると感じるだろう」と話し、次世代機の開発まで軌道に乗せれば、日本のメーカーが本格的に航空機産業に参入できるとみる。赤字で生産打ち切りを余儀なくされたYS11のようなリスクが顕在化すれば、部品メーカーも本腰を入れることは困難になる。
 三菱重工は、20年ごろにMRJ事業の単年度黒字化を見込むが、数千億円に上る事業全体の経費を回収できる時期は明らかにしていない。今後、事業計画に遅れが出れば経費は膨らむ。大宮会長は「長期にわたる資金力を必要とし、参入障壁が高い分、一度うまく参入すれば利益が得られる」と強調。拠点整備などの初期投資がかさむ分、次世代機の開発費用は抑えられるとの立場だ。
 ◇受注増に課題山積
 座席数70~100の小型機では、現在ブラジルのエンブラエルとカナダのボンバルディアの2強が先行している。ボンバルディアの次世代機は100席を超すクラスに移行するため、将来的にはエンブラエルとの一騎打ちになる見通しだ。初飛行の成功で、三菱重工などは現状407機で足踏みしている受注に弾みを付け、今後20年で世界で見込まれる約5200機の小型機需要のうち、約2500機を受注する高い目標に挑む。
 小型機は近距離路線に使われ、欧米のほか、島の多いインドネシアなど東南アジアでの引き合いが期待できる。新興国へのセールスでは、機体の性能だけでなく、資金力に乏しい航空会社が機体を調達するためのリースや融資の仕組みの提案がカギを握る。三菱航空機の森本社長は11日の会見で、アジアに営業拠点を新設し販売を強化していく考えを表明した。
 一方、保守的な欧州の航空会社は、販売後のアフターケアなどサービス面での実績を重視するとされ、受注は依然ゼロだ。欧州からの信頼獲得に向けた実績の積み上げも含め、取り組むべき課題は山積している。


三菱重工がMRJに全力で挑む"真の意味"
東洋経済オンライン 11月14日(土)6時0分配信

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三菱重工業がMRJに取り組む意義とは?(提供:三菱航空機)

 三菱重工業が手掛ける国産ジェット機、「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の初飛行が話題となっている。「国産機が飛ぶ」という感動ストーリー的に取り上げられていることも多いが、実はそれ以外にも重要な点がいろいろある。

【詳細画像または表】

 そもそも、なぜ三菱重工業はMRJという国産旅客機を開発するのか。

 それは、ビジネスとしての旨味が、納入業者であるサプライヤーと、完成品メーカーである元請けとではまったく異なるからだ。自動車部品をトヨタに供給しているサプライヤーと、トヨタのどちらが儲かるかと聞かれたら、言うまでもなく後者のほうである。

■ サプライヤーと元請けでは収益性に大きな差

 基本的に、サプライヤーのビジネスは、部品の原価にマージンを乗せ、それによって利益を得る。注文が増えれば売り上げも増え、それに比例して利益も増えるが、どこまでいっても納入業者であることは変わらず、ビジネスとしてはどうしても限界がある。

 一方の元請け、最終的な組み立てを行う航空機メーカーは、いったいどれくらいの利益を上げられるかは事業の開始時点ではよくわからない。だが、表現は悪いが、どのくらい生産工程を効率化できるかなど、やり方次第では利益を拡大させる余地がある。

 たとえば、三菱重工業はボーイング787の主翼を造っているが、あくまでその主翼をいくらで買うかはボーイングが決めるもので、三菱側が努力してもそこから急激に利益を伸ばすことは難しい。

 しかし、部品ではなくMRJという「完成品」を作るとなれば、三菱重工業が基本設計から、サプライヤーの選定、部材の調達、組み立てまで、すべてを自社で決めることができる。その一連の過程の中で、部品を効率よく調達し、生産手法を改良し生産性を上げれば、利益を向上させることもできるわけだ。

 筆者はMRJの2023年の年間売上高を2500億円と予測した。リストプライス(カタログ販売価格)を1機当たり約4000万ドルとすれば、極端な例として2割引で販売したとしても1機3200万ドル。初飛行前までに確定受注だけでも200機以上の注文が入っていることから、順調に行けば年間に数十機以上コンスタントに生産されると見込んだのである。

 この2500億円は、売り上げであることに注意していただきたい。航空機の場合、エアラインは10年、20年といったスパンで導入計画を立てるため、導入機数とその売り上げ予測はそれほど変動はしない。しかし、生産技術においてイノベーションが起こり、より低コスト、短期間で生産できるようになれば、利益率は予想以上に向上することも十分にありうる。

 当初の計画では、主翼をCFRP(炭素繊維複合材)にすることで部材が高くなることが懸念されていたMRJだが、アルミ合金に変更されたことでこの懸念は少なくなった。主翼がアルミ合金でもライバル機より燃費性能は十分に高いとエアラインに評価されていることもあり、ビジネスとしては進めやすくなったともいえる。

 CFRPの場合には、最終的な生産機数が500機程度にならないと赤字になるのではないかとも言われていたが、アルミ合金に変えたことで300~400機程度あれば損益分岐点を超えるという見方も増えてきた。生産機数が500機に達すれば(確定受注以外のオプションも含めればすでにMRJの受注はすでに407機)、MRJは順調な事業展開が保証されるという明るいシナリオも、それほど非現実的ではない。

■ 可能性と同時に増大する「責任」

 最終的な組み立てを行うメーカーになるということは、利益だけでなく、ビジネス的な自由度も圧倒的に大きくなることを意味する。いかに優れた部品を造っていようと、サプライヤーはあくまでサプライヤーでしかない。最終製品に関する決定権は航空機メーカーが持つ。

 すべての製造物責任は航空機メーカーにかかってくるため、サプライヤーからすれば理不尽なほど厳しい条件を付けることもある。たとえば、ある航空機メーカーと、そこにリベット(機体構造部位などをつなぎ合わせるための鋲〈びょう〉)を納めているサプライヤーの間で、トラブルが起こったと仮定しよう。

 このサプライヤーは生産効率を上げるため、航空機メーカーの指定した手法から一部のプロセスを省いてリベットを製造したのだが、これが内部告発によって航空機メーカーの知るところとなってしまった。サプライヤーは何も安全性をおろそかにしたわけではなく、自社内で十分に強度試験を行ったうえで、このリベットの生産手法を採用し、十分な強度があることを説明したが、航空機メーカーは納得しない。「実際の航空機で20年間耐久試験を行ってみて、問題がなければ使用を認めるが、そうでなければ認めない」と言われれば、サプライヤー側も引き下がるしかないのである。

 また、サプライヤーの使う工作機械についても、航空機メーカーから細かな指示を受ける。指定されたものより、優れた工作機械があったとしても、航空機メーカーが認めなければ使うことはできないのだ。

 ただし、これらのエピソードで航空機メーカーが専横的だということを言いたいわけではない。航空機が墜落した場合、すべての責任は航空機メーカーにかかってくる。ビジネスとしての旨味も大きい代わりに、巨大なリスクを抱えるのも航空機メーカーなのである。

 三菱航空機はMRJのメーカーになることにより、サプライヤーの選定や部材、生産手法を自由にできる。その権利と共に、大きな責任もまた負うのである。

■ 航空機の部品発注は、「レシプロ取引」? 

 ここまで述べてきたように、航空機メーカーはサプライヤーに比べれば、ビジネス上の自由度は高い。ただし、航空機ビジネスは、その規模の大きさゆえに、政治的、経済的な制約を受けることもある。その代表的な例が「レシプロ取引」だ。

 航空機の国際共同開発の歴史は長い。日本の機体メーカー、装備品メーカーはサプライヤーとして、1980年代からボーイングやエアバス向けにさまざまな部品やモジュールを供給してきたが、こうした国際的な分担生産の背景に、生産分担国の航空機需要が深く関係していると言われる。

 簡単に言えば、たくさん買ってくれる国のメーカーには部品の注文を出す、あるいはたくさん買ってくれることを期待してその国のメーカーに注文を出す。こういったレシプロエンジン(往復動機関)の中のピストンの行ったり来たりのような、いわば「レシプロ取引」の考え方が底流にあることは否めない。

 たとえば、かつてのボーイングと日本のエアラインの関係についてみると、日本のエアラインが2006年7月までに発注したボーイング機は826機、760億ドル(2004年の価格)で、日本は同社にとって世界最大の顧客であった。特に、JALグループは747(ジャンボジェット)の世界最大の顧客で、ANAは767の米国外における最大の顧客だった。

 777についても、JALとANAを合わせると米国外における最大の顧客になる。確かに日本におけるボーイングのパートナーやサプライヤーが多い理由は、必ずしも技術力だけではないのかもしれない。

 それが露骨に見られるのが、アビオニクス(航法システム)に関する航空機メーカー2強の関係だ。国際的なアビオニクス市場は、米国のロックウェル・コリンズと、フランスのタレス・アビオニクスの2社の寡占状態にある。ところが、ボーイングが採用しているアビオニクスは欧州のタレス・アビオニクス製、一方のエアバスは米国のロックウェル・コリンズ製と、たすき掛けの関係になるケースも少なくない。

 サプライヤーへの発注という面では、ボーイングよりエアバスのほうが苦慮する傾向も見られる。エアバスは、フランス、ドイツ、スペイン、英国という4カ国の企業が合併してできたという経緯があるため、主要なサプライヤーもこれらの国々から優先的に選定される。日本のサプライヤーがエアバスの主要機体部位を手掛けていない背景には、こうしたエアバス側の事情もあるのだ。

 サプライヤーの選定には、資源外交的な側面もうかがえる。たとえば、747‐8のパイロン(エンジン取り付け部)の製造は、プレシジョン・マシーン・ワークス(米国)が担当するが、材料のチタンの調達には、ホン・ユアン・アビエーション・フォージング・アンド・キャスティング・インダストリー(中国)が当たっている。

 チタン資源国である中国を意識しているとみえなくもない。事実、ボーイングはもうひとつのチタン資源国であるロシアからも大量のチタンを購入している。

 近年は、ボーイングとエアバスの中国市場取り込みがエスカレートしている。ボーイングはラダー(方向舵)、前方ドア、自動緊急脱出装置など、787の構造部位の約10%を成都航空機工業など中国の航空機メーカーに発注したと言われる。エアバスは中国企業と合弁で、天津に中国国内向けA320の最終組立工場を建設してもいるのだ。

■ ものづくり復活のヒントは、MRJにあり

このように航空機は政治的、経済的にも日本に影響を与えるものだが、筆者は、MRJが日本のものづくり復活のカギになると考えている(詳しくは拙著『日本のものづくりはMRJでよみがえる!』でも解説している)。 もちろん、MRJをどんどん売れば景気がよくなるとか、航空機産業こそが日本の製造業を支えると言いたいわけではない。

 確かにMRJはライバル機に比べて圧倒的な燃費性能を誇り、なおかつ居住性にも優れた、すばらしい機体である。順調に飛行試験が進んでいけば、世界的なベストセラー機になっても何の不思議もない。それでも、MRJ1機種による年間の売上高は、前述のとおりせいぜい2500億円程度と見込まれる。2023年の航空機市場規模予測が2.4兆円なので、その1割というのはもちろん大きな金額ではあるが、約60兆円ある自動車産業に比べたら大したことはない。

 それでも筆者は、以下の2つ理由でMRJが日本のものづくり復活のカギになると考えている。

 ひとつは、MRJのような航空機の製造には日本の強みが集約されていること。もうひとつは、グローバル市場を攻略するためのヒントが隠されていることである。このふたつのポイントは、航空機産業のみならず、他産業へも応用が可能だ。こうした意味で、MRJは単に三菱重工業の業績や日本の航空機産業の規模拡大につながるというだけにとどまらず、日本にとって非常に重要な意味を持つのである。


世界で戦う覚悟決めたMRJ 「やってみろ」“血判状”で始まった第一歩
SankeiBiz 11月13日(金)10時35分配信

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愛知県営名古屋空港から離陸したMRJ=11日午前9時35分、愛知県(本社ヘリから、竹川禎一郎撮影)(写真:フジサンケイビジネスアイ)

 抜けるような秋空に、真新しい機体が弧を描いた。11日午前、愛知県営名古屋空港。歓声や拍手が沸き起こる中、三菱航空機初代社長を務めた戸田信雄は、興奮で手を震わせながら、小さくなる機体を目で追った。胸中に浮かんだのは、13年前の秋のことだった。「納入事業者(サプライヤー)から脱却しなければ、名航は生き残れない」。2002年。当時、三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所(名航)所長だった戸田は、こんな危機感を感じていた。

 三菱重工で航空事業の中核と期待した支援戦闘機F2は、同年8月、財政悪化を理由に防衛庁が調達数の削減を決定した。三菱重工が得意とする航空機用の材料分野には、新興国勢が参入する動きもあり、価格競争の懸念もあった。「サプライヤーのままではもうからない。完成機メーカーになりましょう」。戸田らは小型ジェット旅客機の開発案をまとめ、取締役会に提出した。背中を押したのは航空事業への危機感と、経済産業省が03年度概算要求に掲げた「環境適応型高性能小型航空機」の開発計画だ。

 だが、当時社長だった西岡喬(現相談役)の腰は重かった。西岡には、かつて米国で手掛けたビジネスジェット機「MU-300」で、1800億円の赤字を出し撤退した苦い記憶がある。03年春。渋る西岡に、戸田は一通の手紙を送った。和紙に毛筆で「自らの責任で、最後までやり遂げる」との旨を記し、署名・朱印を押した“血判状”だ。「やってみろ」。ついに西岡もこう決断した。MRJの開発は、こうして動き始めた。

 経産省のプロジェクトに名乗りを上げた三菱重工は、富士重工業と日本航空機開発協会と共同で、03年5月から研究開発に乗り出した。機体の軽量化や新エンジンで燃費を2割程度削減し、システムの合理化やデジタル機器で操縦を容易にする-。当初の開発コンセプトは優れた経済性や環境適合性というMRJのセールスポイントとも共通する。戸田は「世界で戦うために、航空会社が魅力的だと感じる機体にすることを重視した」と振り返る。

 特に燃費を2割削減するうえで、最も性能を左右するのはエンジンの選定だ。同プロジェクトの最終年度となる2007年夏、戸田は、腰痛で入院中だった西岡の病床を訪ねた。航空機用エンジンメーカー、プラット・アンド・ホイットニー(P&W)の新型エンジンを採用する承諾を得るためだ。P&Wの新型エンジンは燃費が他社製品に比べ20%優れるが、世界で初めての採用になる。戸田はベッドに資料を広げ、熱っぽく語った。他社が使っていない新型エンジンの搭載は、航空機開発のリスクでもある。だが、ベッドから半身を起こした西岡は「それで行こう」とうなずいた。

 「年率5%程度の成長により、今後20年間で約4兆ドル(約500兆円)に上る」。自民党が昨年まとめた航空ビジネスの基幹産業化に向けた提言にこうある。航空機に使われる部品点数は約300万点に上り、自動車の約100倍に及ぶ。素材や部品、搭載機器など産業への波及効果も高い。日本の航空機産業は、炭素繊維をはじめとする独自技術や、精密な加工技術などで、長く欧米の“下請け”に徹してきた。MRJの成否は、航空産業をわが国の新たな基幹産業とするための第一歩だ。

 着手から13年、08年の事業化から7年がかりで初飛行にこぎ着けたMRJは、約1時間半のフライトを終え無事着陸した。戸田は三菱航空機社長の森本浩通の元に歩み寄り、固く手を握ってこうねぎらった。「よく引き継いでくれた。最高のフライトだ」。


「MRJ」初飛行フォトギャラリー
Impress Watch 11月13日(金)0時5分配信

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写真:Impress Watch

 三菱航空機が開発を進める国産リージョナルジェット旅客機の「MRJ」は、既報のとおり11月11日に初飛行を行ない、同社社長が「大成功」と表現する成果を収めた。初飛行の模様や、それを受けた記者会見の模様は関連記事でお伝えしているとおりだが、ここではMRJ初飛行のフォトギャラリーをお届けする。

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【トラベル Watch,Photo:Burner Images 佐藤安孝】


MRJ初飛行のUstream生中継を110万人が視聴 アーカイブを視聴可能
Impress Watch 11月12日(木)18時50分配信

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写真:Impress Watch

 Ustream Asiaは、11月11日に実施された三菱航空機の国産リージョナルジェット旅客機「MRJ」初飛行の「Ustream」上での生中継について、のべ視聴者数が約110万人を記録したことを発表した。

 生中継時、フライト成功に対する歓喜の声や、三菱航空機や三菱重工業に対する祝福が多く寄せられたという。

 現在もUstream上には、離陸~飛行中の待ち時間~着陸までのすべての内容のほか、離陸時、着陸時それぞれのハイライト映像がアーカイブとして公開されており、視聴可能だ。

【トラベル Watch,多和田新也】


半世紀ぶりの日本の旅客機、MRJが初飛行
CNN.co.jp 11月12日(木)17時47分配信

(CNN) 50年ぶりの日本の国産旅客機「MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)」が11日、愛知県の県営名古屋空港で初の試験飛行を行った。世界の航空機産業で主要プレイヤーの仲間入りを目指す日本の野心を示す象徴的なイベントとなった。

約90分間のフライトは順調に進んだ。

開発を進める三菱航空機によると、同機は座席数が78と92の2つの機体が製造される予定。空気力学上優れたデザインにより、他の飛行機に比べて燃料を20%節約できるという。

100席以下の旅客機の製造では現在、ブラジルのエンブラエルとカナダのボンバルディアの2社が圧倒的シェアを誇る。三菱航空機はそこにMRJで勝負を挑むことになる。

今後も試験飛行は繰り返され、納入は2017年中旬以降に開始される見込み。最初の納入先は全日空で、15機の発注を確定している。


MRJ初飛行は「大成功」。機長は「飛行機が飛びたいと言っているような感じ」と感想
Impress Watch 11月12日(木)17時5分配信

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写真:Impress Watch

 三菱航空機が開発を進めてきた国産リージョナルジェット旅客機「MRJ」が11月11日に初飛行を行なった。終了後の記者会見で三菱航空機 代表取締役社長の森本浩通氏は「成功、それも大成功に近いと考えている」と喜びを示した。

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 初飛行については離陸直後にレポート記事をお届けしているが、記者会見で三菱航空機 取締役副社長の岸信夫氏から試験内容の詳細な報告があった。

 それによると、離陸時刻は9時35分、着陸時刻は11時02分で、飛行時間は1時間27分。当初予定していたよりも若干短いフライトとなったそうだが、チーフテストパイロットを務めた安村佳之氏によれば「余裕があれば実施する追加の試験項目を予定しており、もう少し粘れば実施できたが、それよりも、このタイミングで帰った方がよいという判断をした。着陸に際して必要な試験項目ではなく、元々スキップしてもよい項目の一部を持ち帰ったもの」と説明した。

 搭乗員は5名で、チーフテストパイロットの安村佳之氏のほか、テストパイロットの戸田和男氏、計測員としてエンジニアが3名搭乗。太平洋上にある防衛省の飛行訓練空域で、上昇、下降、左右の旋回、着陸の模擬、基本的な特性の確認を行なった。最高高度は1万5000フィート(約4500m)、最高速度は150ノット(約280km/h)。脚ならびにフラップ、スラットは下げ位置に固定したまま試験し、スラストリバーサー(エンジンの逆推力装置)は作動させずに着陸。「ほぼ計画どおりに試験を完了した」(岸氏)と報告した。

 飛行に際しては、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の実験用航空機「飛翔」による天候偵察が行なわれたほか、航空自衛隊 岐阜基地所属の練習機「T-4」、三菱重工業の「ビーチ 400」が随伴機としてともにフライト。地上で初飛行を見守った人は、関係者172名、報道関係者177名の計349名。もちろん、三菱重工業/航空機関係者の多数も集まっていた。

 着陸後、タラップに姿を見せたチーフテストパイロットの安村佳之氏は両手を、戸田氏は片手を挙げて拍手に応えたが、記者会見で安村氏は「飛行機をとめて地上にいるメンテナンススタッフとインターフォンを繋いでコミュニケーションをしたとき、『どういう風に出ると皆さん喜びますかねぇ?』と聞いたら、『それはもう手を上げるしかないでしょう』と言われたので、『やるしかないね』ということで、両手を挙げて、皆さんに『成功しました』ということを報告するために、そのようなスタイルにした」と笑顔を見せて裏話を明かした。

 その後、三菱重工業の地上の整備スタッフや、三菱重工業 会長の大宮英明氏、同取締役 副社長執行役員 ドメインCEO 交通・輸送ドメイン長の鯨井洋一氏、森本浩通 三菱航空機社長らと握手を交わして喜びを分かち合った。

■ 2017年第2四半期の納入スケジュールは予定どおり

 終了後に行なわれた記者会見では、森本氏が「秋晴れのなか、まさにMRJの美しい機体が、青空へ飛び立つ姿を皆さんとともに見送ることができ、開発に携わる者として、これ以上かけがえのない喜びと思っている。これまで多くの方々から、いったいいつ飛ぶんだという質問を多々いただき、ご心配をおかけしたが、期待にお応えできてほっとしているのが率直なところ」と喜びと安堵が入り交じった胸の内を披露。

 一方で「半世紀ぶりの国産旅客機の開発ということで予想以上に時間を要したが、ゼロからのスタートという意味においては、よくここまできたなという思いもしている。とは申しても、初飛行は文字どおりあくまで飛行試験の開始。これから数千時間におよぶ飛行試験を経て、型式証明の取得、そして初号機の納入とまだまだ道のりが続いている。本日の喜びを糧に、また明日から社員一同、ゴールに向かって邁進していきたいと思っている」と気持ちを引き締めていた。

 初飛行後のセールス活動については、「初飛行したから受注がすぐに……というシンプルなビジネスではないが、今まで“紙飛行機”だったものが現実に空を舞ったことは大きなインパクトがあり、お客様にも説得力のあるセールス活動に繋げられると考えている。今回の初飛行を励みに、これからさらに受注活動に注力し、その結果が注文に結びつけばよいと考えている」とコメント。さらに、現在日本から営業活動を行なっているアジア圏については、今後の成長を考え、アジアのどこかに拠点を置くような体制を検討するとの考えも示した。

 今後の試験について、岸氏は「飛行試験は今日が初めて、これから2500時間の試験をこなしていく。飛んでみて初めて分かることを改善しながら、決められたスケジュールのなかできっちりとよりよい飛行機にしていく。これをスケジュールどおりにこなしていくために、計画しているフライトを連続してやっていく。もちろん地上試験の一部も残っているし、型式証明に向けた文書を作るという作業もあるが、なんといっても飛行試験を計画どおり行ない、データをきっちり分析し、次に反映するため、アメリカでの飛行試験の役割に重心を移すことを加速する。すなわちモーゼスレイクでのフライトテスト、それを支えるシアトル・エンジニアリング・センター、名古屋の設計部門、これを適正な配分にし、もし不足人員があれば、必要であれば外国人を含めて充足していくということを加速していきたい」とした。

 さらに、質疑応答では「ほとんどの延期の記者会見などに出ていて、その時に判明した事項をスケジュールに反映してきたが、そのたびに悔しい思いで、次こそはきっちりやろうとしてきた。今回は、最後に2週間……延期というか変更はあったが、きっちりとスケジュールに、ほぼ約束を守れたと思っている」と胸をなで下ろした様子もあった。

 また、森本氏は「今回の初飛行の取り組みは今のところ初号機納入に影響がないスケジュールを維持しているが、残された時間が以前よりもタイトになっているのも、これはこれで否定できないところ。そのために、アメリカで頻度を上げて試験を実施することで飛行試験を短縮する。そうしたばん回策によって、2017年第2四半期の納入というのは可能と考えている。開発なので、どういう事象が出るかは見えない部分があるが、今の次点で納期を変えるつもりはなく、それに向かって邁進していく」と、現在予定されているスケジュールどおりの納入計画を進める意向を示している。

■ 「飛行機が飛びたいと言っているような感じでふわっと浮き上がった」

 今回の初飛行について、チーフパイロットを務めた安村氏は「先週までハイスピードタキシー(高速地上走行)を含めて地上走行試験を進めてきたが、本日は離陸速度に達したら、飛行機が飛びたいと言っているような感じでふわっと浮き上がった。天気も良好だったので、上昇するときは非常に安定した状態だった。シミュレータで訓練、検証を数年間に渡り行なってきたが、まさにシミュレータのとおり飛行機が飛んでいく感じで、まったく違和感がなかった」とコメント。

 さらに、「そのあと空域まで行き、着陸のシミュレーションなどを行なって、着陸になったが、本日は若干風のゆらぎがあり、着陸進入中、若干機体が揺れた。ただ、これに対して操縦の修正など、私が経験した機体のなかでもトップクラスと言えるぐらいの操縦性、安定性があった。それ以降、まったく問題なく着陸できた」と説明した。

 質疑応答で乗り心地についてのコメントを求められると、「パイロットは飛行機が自分の意図どおりに飛べるかどうかを乗り心地として判断している」としたうえで、「安定性がどうか、意図どおりに動けるか、意図した以上に動きすぎていないか、という見方をする。まず安定性については、離陸直後から空域に行って着陸するまで飛行機自体はすごく安定していた。手を離してもほぼまっすぐ、あまり揺れもせずに飛べる。意図どおり飛べるか動けるかについては、コントーラビリティチェックということで旋回や上昇、降下をしたりなど若干大きめの入力して機体の状況を確かめたが、非常にレスポンスよく動いた。着陸のとき、風は弱かったが、若干“息”があって、ピッチ(前後の傾き)とロール(左右の傾き)に若干揺れながらアプローチしたが、機体自身がみずから立て直そうとする力、パイロットが操縦桿を動かしたときの特性、どちらも素晴らしかった。今日、1時間半程度だが飛行機を触って、非常に高いポテンシャルを持っていると感じている。これから厳しい試験が続いていくが、必ずや素晴らしい飛行機ができあがって、みなさんにお届けできると確信を得ることができた」とMRJを評価した。

 また、初飛行の日をどのような思いで迎えたかを問われると、安村氏は「緊張や不安はなかった。朝早く来て、エンジンをかけて、走って、ブリーフィングしてまた走行という、地上走行試験を毎日のように継続してきた。今日に向けても、ここ数日間はシミュレータでのトレーニング、実機の確認などを日々やってきており、いろんなことを考える余裕がなかったのが現実だが、個人としては早く飛びたくて仕方なく、わくわくして今日の日を迎えた。ただし、どこかで緊張感があったのか、夜はあまり寝られなかった。2時頃に目が覚めて、ほとんど寝られなかった」と述べたほか、同乗した戸田氏は「今日の日を首を長くして待っていた。これまでも飛行に向けた準備を積み重ねてきたが、飛行試験のために各分野の人達、パイロットを含めて、設計、整備、製造などの各方面の方々の力の結晶が今日ということで、みんなの力を合わせて、やっとこの日を迎えられたという印象」と、両名とも期待が高まった状態で初飛行を迎えた様子を言葉に表わした。

 一方、エンジニアリングを統括している岸氏は、「安心してくださいとパイロットに言っているが、私自身は不安で不安で仕方なかった。エンジニアは概して心配性で、これがこうなったらどうだとか、こうなったらこうしようとか、常に考えている。初飛行をきっちり成功させて、機体が安全に帰ってくるのはもちろんだが、もし何かがあった時には乗組員を絶対に安全にかえす。そのためには何をするのか。そうすると、実は心配で心配で……。一方で、よくここまで飛行機ができあがったなという気持ちもあって、2つの気持ちが入り混ざっていた。パイロットが2時に目が覚めたと話していたが、私も2時半ぐらいに目が覚めて、メールなどを見てしまうとまた寝られなくなる状態だった。もう少し言うと、高速地上走行試験から心配だった」と不安のなかで迎えた初飛行だったことを吐露。この日は飛行試験のデータをテレメタリーでモニターする部屋の横で、飛行機の状態や、飛行機の実際の機上映像などを見て、まさかの事態に備えていたという。

 安村氏は飛行中の景色や着陸について訊ねられると、「試験に集中していたので、実はあまり外は見えていなかったが、空域に進出していくとき南向きに飛んでいくので、そういえば左側に富士山が見えるはずだな、と思って見たら、非常に美しい富士山がくっきりと見えた。その時、ふと我に返って感動を覚えた。帰りに名古屋空港に向かって飛行降下をしたが、ふるさとに帰っていくようなイメージで、みんなに素晴らしい着陸を見せたいと思いながら帰ってきた」「自分で言うのもなんだが、最高の着陸だったと思っている。MRJのポテンシャルが素晴らしいからできたことだと考えている」と答え、MRJの機体に自信を見せた。

【トラベル Watch,多和田新也/Photo:Burner Images 佐藤安孝】


【フォトレポート】40年ぶりの国産旅客機 三菱・MRJが初飛行に成功
HARBOR BUSINESS Online 11月12日(木)16時51分配信

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(ハーバー・ビジネス・オンライン)

 2015年11月11日、日本の航空機産業に新たな一ページが加わった。YS-11以来53年ぶりの国産ジェット旅客機、三菱・MRJの初飛行が成功したのだ。

⇒【画像】MRJが初飛行の様子

 以前の記事でも紹介した通り、国産ジェット旅客機の開発は日本国内の航空産業にとって悲願であり、三菱にとっても社運をかけたプロジェクトであると言っても過言ではない。同社の最終組み立て工場のある愛知県・県営名古屋空港で行われた今回のテスト飛行は、午前9時25分、滑走路34番へ進入、約一時間半の飛行の後、同飛行場に無事着陸した。

 三菱航空機代表取締役社長の森本氏をして「大成功」と言わしめた今回のMRJ初飛行の様子を、写真とともに紹介していく。

◆午前9時20分、出発

 前日までの曇り空から一転、快晴の下関係者・取材陣が見守る中、MRJは駐機場よりゆっくりと滑走路に向かっていった。

◆午前9時35分、滑走路に待機するMRJ

 随伴機である航空自衛隊のT-2高等練習機の到着を待ち、離陸を滑走していく。

◆午前9時36分、離陸

 最初のテスト飛行ということで燃料が少ないためか、非常に早い段階で機首を上げ、力強く上昇をしていった。

◆午前11時13分、着陸

 MRJは一時間半のテスト飛行後、随伴機を連れ無事名古屋飛行場に戻ってくる。初回飛行のため逆噴射は使用していないものの、接地から停止までスムーズにこなし、その操縦性の高さを示しているようだった。

◆午前11時15分、関係者の待つ駐機場へ

 着陸を無事こなしたMRJは滑走路より関係者、取材陣がまつ駐機場へゆっくりと転回し、そのまま駐機場へ入っていく。

◆午前11時50分、テストクルーが降機

 駐機後、フライト後のチェックを全て終え、降機するテストクルー。その表情は自信に満ちあふれており、この航空機の持つポテンシャルの高さを示しているようであった。

 以上が概ねの流れだ。

(三菱航空機(株)提供⇒http://youtu.be/VLuohjxs3k0)

 今回の初飛行はネット上でも生中継が行われ、多くの方々が見守っており、日本の航空業界の今後に大きな期待を抱かせるものとなった。しかしこれから2年という時間をかけ、2500時間に及ぶ飛行試験をパスしなければ市場に出すことはできない。

 テスト機であるため内装の取り付けはされておらず、開発はまだまだこれからが本番であるという様子だ。

 すでに国内外から400機もの注文を受けているという三菱・MRJ。しかし、日本の航空産業の悲願であるジェット旅客機製造への進出が成功するかどうかは、これからの飛行試験に掛かっている。 幾多の困難を乗り越え、初飛行にこぎつけた三菱・MRJであるが、実はまだ、歩き始めたばかりなのだ。<文・図版/村野裕哉>

【村野裕哉】

PowerMacとWindows98で育った平成生まれのガジェッター。趣味の旅客機を眺めつつHTML/CSS/Javaなどを中途半端にかじって育つ。ブログなどでレビュー記事を執筆中。twitter : @anaji_murano


エアバス、MRJ飛行試験機の初飛行成功を祝う
レスポンス 11月12日(木)15時30分配信

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MRJ(三菱リージョナルジェット)初飛行のようす

エアバスは11月11日、三菱航空機のMRJ(三菱リージョナルジェット)飛行試験機の初飛行成功を受けて、公式Twitterアカウントでお祝いのツイートを発信した。

[関連写真]

エアバスの公式アカウントは11日16時過ぎ、三菱リージョナルジェットの公式アカウントに「MRJ初飛行おめでとうございます」とツイート。70~90席クラスのMRJはエアバス機と競合しないが、初の日本産ジェット旅客機に欧州の巨大メーカーも注目していることがうかがえる。

MRJの特徴は、従来のリージョナルジェットを大きく上回る運航経済性、広い空間を確保した客室、排出ガス・騒音を大幅に低減した環境技術など。MRJ90ER(座席数88席、航続距離2870km)は全世界のリージョナル(地域)路線で運航可能。三菱航空機と三菱重工業は再来年の第2四半期に量産初号機納入を計画している。

《レスポンス 日下部みずき》


半世紀ぶりの国産旅客機「MRJ」初飛行、YouTubeで動画公開 Ustライブ映像の録画配信も
ITmedia ニュース 11月12日(木)15時10分配信

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YouTubeの映像より

 三菱航空機は11月11日、国産ジェット旅客機「MRJ」(Mitsubishi Regional Jet)の初飛行の様子を収めた動画をYouTubeで公開した。離着陸の様子はUstreamでライブ中継しており、録画映像が配信されている。

 MRJは、国産初の小型ジェット旅客機。国産旅客機の開発プロジェクトとしては約半世紀ぶりとなる。

 初飛行は11日午前に実施。機長と副操縦士など5人が搭乗し、名古屋空港を離陸。太平洋側の空域で上昇、下降、旋回などの基本特性を確認した後、同空港に着陸した。

 YouTubeの動画では、MRJがスタッフに見送られながら離陸し、自衛隊機に随伴されながら上空を飛行、着陸するまでの様子がさまざまなアングルから撮影され、2分弱の動画にまとめられている。Ustreamの録画映像では、離陸・着陸の様子が見られる。

 MRJは今後も試験飛行を継続。2017年第2四半期の量産初号機納入を目指す。


ブリヂストン、三菱航空機「MRJ」に航空機用タイヤを提供
Impress Watch 11月12日(木)13時20分配信

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写真:Impress Watch

 ブリヂストンは、11月11日に初飛行をした三菱航空機の次世代リージョナルジェット機「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」に、航空機用タイヤを提供したと発表した。

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 今回、同社の航空機用タイヤは、「MRJ」の降着装置システムを製造・販売する住友精密工業へ納入されMRJに装着された。

 航空機用タイヤは、航空機の重量と速度を支えながら離着陸を繰り返す過酷な状況で使用されるため、耐久性が求められるとともに、飛行中における燃費向上のためには、タイヤの軽量化も求められる。

 MRJに装着されたタイヤは、耐久性と軽量化を両立させた最新ラジアル構造RRR(トリプルアール= Revolutionarily Reinforced Radial)を採用。高弾性・高強力繊維を用いた新ベルト構造を採用し、タイヤを軽量化することで低燃費と環境負荷低減に貢献。

 耐久性能に優れた新ベルト構造の採用により耐摩耗性が向上し、タイヤ交換までの着陸回数が増加するため、経済性を向上させつつ、従来構造に比べより一層高い安全性を確保したとしている。

 同社の航空機用タイヤ事業は、エアバス「A380」やボーイング「787」への供給のほか、エアバス「A350XWB」にも採用が決定。世界的な航空機用タイヤ供給メーカーの一つとなっている。

【Car Watch,椿山和雄/Photo:Burner Images 佐藤安孝】


<MRJ初飛行>町工場の情熱、空へ 車輪周辺の部品供給/五戸・橘機工
デーリー東北新聞社 11月12日(木)11時56分配信

YS11生みの親、名誉町民・木村秀政の地元
 11日に国内初飛行を果たした国産初のジェット旅客機MRJ。その車輪周辺の足回り部品を供給するのが、五戸町の橘機工(橘賢志社長)だ。MRJのプロジェクトは航空機分野への参入のきっかけだった。橘社長(42)は「誇りが持てる。世界の空を飛ぶ姿を早く従業員のみんなと見たい」と感慨深げに話す。戦後初の国産プロペラ旅客機「YS11」の生みの親で、五戸町名誉町民・木村秀政(1904~86年)の地元から、YS11の初飛行以来、半世紀以上の時を経て、新たな国産旅客機開発に携わる企業が誕生した。

 田園が広がる同町切谷内の県道沿いに立つ小さな町工場。のどかな風景にすっかり溶け込み、外観からは航空技術の最前線にあるとは想像できない。従業員25人ほどの工場では自動車などの試作部品の製造を主力とする。5軸複合加工機を備え、複雑な部品の注文にも対応してきた。

 航空機分野参入は2011年に東京の展示会へ出品したのがきっかけだった。07年ごろから無人ロケットなどの宇宙分野や防衛分野で実績を積んでいた。確かな仕事が、航空機部品メーカーの住友精密工業(兵庫県)の関係者の目にとまり、MRJの開発プロジェクトに誘われた。

 人命を預かる航空機。本格参入には、国際的に通用する専門の認証取得が要件だった。品質の“むら”を無くすために作業工程を文書に起こすなどの事務作業だけでも膨大で、地方の町工場にとっては高いハードル。それでも「高度な生産管理の手法は今後、役に立つ」と会社のレベルアップを期し、難題に挑もうと決めた。

 設備強化を図りながら、12年2月に航空機製造に特化した品質マネジメント規格「JISQ9100」の認証取得に着手。住友精密工業の関係者の指導を毎月受け、技術も磨き、約1年半後の13年9月、念願だった認証を取得した。

 MRJ向けの部品はセンチ単位からメーター級まで大小さまざまあり、1千種類を優に超える。部品は角があるとそこからヒビが入る可能性があるため、全てに丸みを付ける。機械ではできない作業で、仕上げは手仕事。開発段階のため設計変更も珍しくなかったが、町工場ならではの小回りの良さを生かし、細かい要求に応えてきた。

 「航空機分野に参入しようと思えば数年掛かる。思いが強くなければ続かない」と橘社長。認証取得、設備更新、技術向上、メーカーの信頼…。参入にはいくつもの壁が立ちはだかった。支えたのは「航空機製造に関わりたい」というまっすぐな情熱と、「次世代まで続く仕事を残す」という経営者としての信念だった。大空を翔(かけ)る国産ジェット旅客機は、地方の町工場の大きな夢を乗せる。


MRJは2強に対抗できるか? 需要の増す市場で27%のシェアを獲得すると英企業が予測
2015年11月12日(木)11時48分配信 NewSphere

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記事画像

 国産初の小型ジェット旅客機「MRJ」(三菱リージョナルジェット)が11日、初飛行を実現した。国産の旅客機としては、1962年に「YS-11」が初飛行して以来、実に53年ぶりとなる。2017年以降とみられる就航に向け、大きな前進となった。MRJはこれまでに確定分だけで223機の注文を受けていて、YS-11の総生産機数の182機はすでに超えている。不遇に終わったYS-11と異なり、MRJは世界の航空市場に大きく羽ばたけるだろうか。

◆これまでに407機を受注。北米での需要が高い
 MRJは、三菱重工業の子会社の三菱航空機が開発するリージョナルジェットだ。リージョナルジェットは、国内の都市間など、リージョン(地域)内の短距離輸送用途が想定されるもの。製造は三菱重工業が担当。座席数78席のMRJ70と、92席のMRJ90の2タイプがあり、全長はそれぞれ33.4mと35.8m。ブルームバーグは、座席数が100席以下で、ハブ空港と地方都市を結ぶ航空路線でよく使われている機としている。航続距離は、モデルにもよるが、MRJ90で最長3310kmあり、それを半径とした円はヨーロッパ全域をすっぽり覆う。三菱航空機は、MRJがヨーロッパ内の航路でも人気になることを期待している、とブルームバーグは語る。

 これまでにMRJの合計受注数は407機(確定223機、オプション160機、購入権24機)に上っている。発注元は、全日空(ANA)、日本航空(JAL)の他、アメリカのスカイウエスト社、同トランス・ステーツ社など計6社。アメリカでの需要は強く、最大の大口注文はスカイウエスト社からである(購入100機、オプション100機)。スカイウエスト社は傘下に複数のリージョナル航空会社を持つ持ち株会社。次点のトランス・ステーツ社(確定50機、オプション50機)も同様だ。

「オプション」および「購入権」は、価格などの条件を確定しておき、将来その条件で購入できる権利(それを売買する)。権利を放棄して、キャンセルすることもできる。「オプション」の場合は、納入時期に関してあらかじめ取り決めがなされるが、「購入権」にはそれがない。

 2008年に最初に注文したANAが、最初に納入を受ける。三菱航空機は2017年4~6月の初納入を目指すとしている。一方、今年1月に正式契約したJALの場合、納入は2021年に開始の予定とされている。

 価格はMRJ70がカタログ価格で4630万ドル(56.9億円)、MRJ90が4730万ドル(58.1億円)とWSJは伝えているが、具体的にどのモデルかは言及してない。ブルームバーグはMRJ90の価格について、トヨタ自動車のプリウスおよそ1700台分だと伝えている。

◆リージョナルジェット市場は今後の拡大が期待。2強体制に挑めるか
 MRJが参入するリージョナルジェットの市場は、今後の拡大が期待されている。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によると、航空業界コンサルティング会社の英アセンドは、2034年末までに世界の航空会社からリージョナルジェット4360機、およそ1350億ドル(16.6兆円)分の注文が発生すると見積もっているという。

 三菱航空機はさらに強気で、MRJが参入する70~90席クラスのリージョナルジェット機市場で、今後20年間に全世界で5000機以上の新規需要が見込まれているという(同社ウェブサイト)。JPモルガン証券の呂丹アナリストはブルームバーグに、「より多くの人が飛行機を利用し、航空会社はより小さなジェット機を導入するようになっており、リージョナルジェット需要は増加するだろう」と語っている。

 この市場に、MRJはどれほど食い込んでいくだろうか。ロイターによると、三菱航空機はトータルで2000機以上販売することを目指しているという。アセンドは、三菱航空機が出荷数および額面で市場シェアの27%を獲得すると予測している(WSJ)。

 三菱航空機の前に立ちはだかるのが、ブラジルのエンブラエル社、カナダのボンバルディア社である。現在、リージョナルジェット市場はこの2社が事実上支配している。アセンドのコンサルタント部門トップのロブ・モリス氏は、現在業界2位のボンバルディアから、三菱航空機がそのポジションを奪うだろうとの同社の見通しを語った(ブルームバーグ)。

 またWSJは、2社の他に、ロシアのスホーイ社の民間航空機部門もリージョナルジェットを製造しているし、中国の中国商用飛機もリージョナルジェットを開発中だと伝え、市場の競争は激しくなっている、と語っている。

◆初飛行成功によって受注に弾みがつくか
 今回、MRJの初飛行が成功したことで、今後の受注に弾みがつくかもしれない。ブルームバーグは、この初飛行によって、エンブラエル社、ボンバルディア社との受注争いが激化するだろう、と語っている。アセンドのモリス氏はWSJで、(初飛行によって)三菱航空機がMRJの耐空性(空を安全に航行する性能)を実地で示したため、これまで様子見していた航空会社も、より信頼をもってMRJの取得交渉ができる、と語っている。

 MRJに問題があるとすれば、開発計画が度重なる延期に見舞われていることだろう。当初は、2011年の初飛行、2013年の初納入を目指していた。ブルームバーグは、MRJの初納入の予定日はこれまで3回延期されている、と伝える。また初飛行は5回延期されたという。WSJも計画の遅れに注目して伝えている。


MRJ初飛行の操縦士「操縦性は期待以上で快適なフライトだった」
レスポンス 11月12日(木)11時37分配信

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MRJ(三菱リージョナルジェット)初飛行のようす

次世代リージョナルジェット「MRJ」の初飛行に成功した三菱航空機の森本社長は「今後、さらに気を引き締め、型式証明取得、初号機納入に向けまい進していく」とのコメントを発表した。

MRJの飛行試験機初号機は11月11日に初飛行として、県営名古屋空港を離陸後、太平洋側の空域を利用し、上昇、下降、旋回などの基本特性の確認を約1時間半かけ実施した。

森本社長は「これまでの皆様の多大なる協力により、本日MRJは無事、大空に飛び立つことができた」と謝意を表明した。

また、MRJ飛行試験機初号機の機長を務めた安村操縦士は「MRJの操縦性は、期待以上のもので、大変快適なフライトだった」と述べた。

三菱航空機は今後、国内での飛行試験を継続し、2016年第2四半期から、米国モーゼスレイク市(ワシントン州)のグラント・カウンティ国際空港を拠点とした飛行試験を実施して、2017年第2四半期の量産初号機納入を目指す。

《レスポンス レスポンス編集部》


「われわれの夢を乗せ飛んだ!」MRJに部品供給、青森の関係者
Web東奥 11月12日(木)11時34分配信

 「夢が飛び立っていった」-。国産初のジェット旅客機「MRJ」が初飛行に成功した11日、同機に部品を供給している青森県内企業や、半世紀前に初就航した戦後初の国産旅客機「YS11」にゆかりのある人たちは、「日の丸ジェット」の旅立ちを熱い思いで見守った。
 MRJの脚部担当のメーカーに部品25点を納入した金属切削加工業「橘機工」(青森県五戸町)の橘賢志社長は、インターネット中継で離陸の様子を見つめた。
 「初飛行という不安もあったが、離陸の時はわれわれの夢も乗せて飛んでいったような思いだった」と感無量の様子。「他社に負けないよう競争力を高めながら、量産体制に備えたい。MRJは開発計画が遅れてきたが、機体の受注をさらに増やして遅れを挽回してほしい」と期待を込めた。
 YS11の設計に携わった木村秀政博士(1904~86)は五戸町の名誉町民でもある。三浦正名町長は「YS11の後継機とも言える旅客機が半世紀ぶりに登場したことを、木村博士も天国で喜んでいることと思う。その部品を作っている会社(橘機工)もわが町にあることは、町にとって大変誇らしい。縁を感じざるを得ない」と語った。
 YS11を展示している県立三沢航空科学館(三沢市)の大柳繁造館長も初飛行をネット中継で見た。「形はYS11と全然違うが、日本の飛行機らしさというか、共通する雰囲気があった。飛び上がる姿は美しかった」と感慨深げに話した。
 「過剰品質と言われるぐらい丁寧に造られたYS11と同様、MRJにも日本人ならではの神経の細やかさが感じられる。品質の良さは世界に誇れるはず」とたたえつつ、「販売やサービスの弱さで憂き目をみたYS11の轍(てつ)を踏まないよう、幅広いPRでマーケットへの食い込みを目指してほしい」とエールを送った。


[コラム] 子供の原体験奪う展望デッキ閉鎖 MRJ初飛行、愛知県に航空語る資格なし
Aviation Wire 11月12日(木)11時16分配信

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好天に恵まれた初飛行当日、県営名古屋空港の展望デッキに子供たちの姿はなかった=11月11日 PHOTO: Tadayuki YOSHIKAWA/Aviation Wire

 11月11日午前9時35分、三菱航空機のジェット旅客機MRJが初飛行に成功した。半民半官の日本航空機製造によるYS-11型機以来、半世紀ぶりの国産旅客機だ。奇しくも“11”が並ぶ日に、YS-11と同じ県営名古屋空港(小牧空港)の滑走路から飛び立った。

【初飛行し青空を舞うMRJ】

 しかし、これまで走行試験などの光景を一目見ようと、地元の人や航空ファンが詰めかけた、空港一の眺望を誇る展望デッキに人影はなかった。空港を管理する愛知県が、混乱と定期便客への迷惑防止を理由に閉鎖したためだ。

 そして、愛知県が空港付近での見学の代わりとして勧めたインターネットサイト「USTREAM(ユーストリーム)」による生中継は、アクセスが殺到してつながらなくなり、離陸の瞬間を視聴できなかった人もいた。

◆内外事例は生かされず

 記者は初飛行前日、「MRJ、11日午前初飛行へ 愛知県『空港来ないで』」と題した記事を出稿した。反響は大きく、たかだか飛行機の初飛行で騒ぐなという人もいれば、愛知県の対応に苦言を呈する人もいた。

 記者自身は航空ファンではない。正確に言うと、興味も愛着もあるが、航空を趣味としてはたしなんでいない。2012年2月に弊紙Aviation Wireを創刊して以来、幾度となく「飛行機が好きなんですか?」と尋ねられたが違う。海外と比べて、政府が航空宇宙産業を成長分野と位置づけている割に、専門誌や業界紙はあるものの、経済紙で常に航空産業を追うメディアが自分が知る限り存在しなかったので創刊した。つまり仕事としてMRJを取材し続けてきたので、日本の航空史に残るイベント、という点を重視して記事を書いた。

 全国紙などには記者(私)よりも取材力が遙かに秀でた友人・知人がいる。しかし、スクープを取る敏腕記者も、わずか1、2年で異動してしまうことが多い。長期的にひとつの産業を追い続けることは、既存の新聞・通信社・テレビ・雑誌では難しいのが実情だ。

 話を展望デッキ閉鎖に戻そう。記者が一番問題視したのは、MRJの初飛行は再三延期された。しかし、今回の展望デッキ閉鎖措置は、国内外で行われた大混雑する航空関連イベントの事例を基に立案されたものとは、とてもではないが言えない杜撰なものだ。

 例えば、昨年は英国でファンボロー航空ショー(偶数年開催)が、今年はフランスでパリ航空ショー(奇数年開催)が開かれた。どちらもいわゆる“田舎空港”での開催で、名古屋空港と同様に鉄道が直結しているわけではない。道路事情など、子細に見れば条件は異なるが、彼らは2年に一度、世界中からやってくる来場者をさばいている。

 MRJの初飛行はわずか一日であり、世界の二大航空ショーと比べれば、来場者の規模は比較にならないほどだ。こうした事例を研究し、展望デッキを閉鎖しないことを前提に初飛行当日を迎えず、閉鎖ありきでことを進めた愛知県愛知県振興部航空対策課は、いったい何を考えているのだろうか。

 ふた言目には「安全」という言葉を担当者からは高圧的な言葉で聞いたが、利用者の安全ではなく、管轄する場所で不測の事態が起こらぬよう、己の身の安全を確保することが最終目的では、と勘ぐってしまう。

◆子供の原体験奪う大人たち

 実はこの予兆はあった。2014年10月18日、MRJがロールアウトした。この時も名古屋空港の展望デッキは閉鎖された。事情を知る関係者によると、この時に“成功”したから、今回も同じ措置を取ることにしたのだという。

 ちょっと待って欲しい。ロールアウトのセレモニーは、主に格納庫内で開かれた。内部は展望デッキからは見えない。しかし、初飛行は展望デッキの眼前に広がる滑走路が舞台だ。ロールアウトでは支障がなかったとしても、まったく異なる種類のイベントを同一視するのは、“航空”を冠する部署の判断としては理解不能だ。

 昨年のセレモニーで唯一救いだったのは、地元の子供たちが合唱を披露したことだ。航空産業はパイロットや整備士不足など、華やかな業界の割には人手不足の話題が絶えることはない。ロールアウトという世紀の瞬間に立ち会った子供たちには、心の隅にでもこの体験が残ったはずだ。

 今回の初飛行で、展望デッキに子供たちの姿はなかった。なぜ半世紀ぶりの国産旅客機が初飛行する瞬間を、地元の子供たちに間近で見せようとしなかったのだろうか。

 目の前でMRJが離陸する瞬間を目撃した子供たちが、限られた人数でもいてくれれば、日本の航空産業にプラスになったはずだ。実際、パイロットや客室乗務員、整備士らに話を聞くと、幼少期の体験をきっかけに航空業界を目指した人が多い。

 愛知県は子供たちの未来の選択肢を奪ったと言っても過言ではない。それほど大きな損失だと、大人たちは気づいていないのではないか。

◆MRJ見学施設も「空港来るな」?

 愛知県は2017年秋、県営名古屋空港内にMRJの試作機を展示する見学施設をオープンする予定だ。ロールアウトセレモニーと初飛行では、展望デッキ閉鎖で見学者を締め出し、空港混雑を回避した愛知県が、「空港が混雑するので見学に来るな」と本末転倒なことを言い出しても何ら不思議ではなく、今から不安でならない。

 愛知県は大村秀章知事が先頭に立ち、航空宇宙産業の誘致を熱心に進めており、関連する製造業の集約を目玉に掲げている。YS-11に続き、MRJも初飛行した愛知県は、日本の航空の聖地。現在の航空宇宙産業の集積度から見れば、航空先進県と呼べる。しかしこれは、民間企業の話だ。

 あらかじめ定められた5日間の中で実施する初飛行すら、展望デッキ閉鎖という何の哲学もない対策でしか乗り切れない愛知県では、今後民間企業が野心的に海外へ打って出ようとしても、満足なサポートは期待できないと不安になる。そして、県を航空宇宙産業で盛り上げたい知事の意向とは、大きくズレている気がしてならない。

 航空宇宙産業の活性化は、企業誘致だけで実現するものではない。企業で働く人が、高い志を持っていなければ何の意味もない。

 愛知県による展望デッキ閉鎖は、MRJの初飛行が見られないという単純な問題ではない。日本の航空産業を将来担うはずの子供たちから、千載一遇の機会を奪ったのだ。この教訓が生かされるのか、はたまた歴史は繰り返されるのか。もっとも、愛知県に取材から締め出されるかもしれないが……。

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