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2015年10月20日 (火)

皇后陛下、本日20日、81歳のお誕生日をお迎え

皇后陛下は本日20日、81歳のお誕生日をお迎えになられた。

皇后陛下はこの日に先立ち、宮内記者会の質問に文書でご回答され、戦後70年の「慰霊の旅」で天皇陛下とパラオをご訪問されたことなどに触れ、「死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた1年でした」と振り返られた。
今月、豪雨被害を受けた茨城県常総市をご訪問され、被害の大きさに驚かれたという。「農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています」との思いをご表明され、発生から4年余が過ぎた東日本大震災の被災者もご案じになられた。

また、日本人2人のノーベル賞受賞決定を「明るい、嬉しいニュース」と表現された。

ご自身のご健康については、8月の精密検査で心臓の冠動脈に軽度の狭窄が見つかり、経過観察となったが、ご体調について「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と記された。宮内庁によると、心身の疲れを軽減するため、私的旅行や静養の機会を増やすことも検討しているという。

なお、皇后陛下のお誕生日の質問は例年3問だったが、今年はご年齢などを考慮して1問となった。 

皇后陛下のお誕生日をお祝い申し上げますとともに、ご健康とご長寿を衷心よりご祈念申し上げます。

リンク:皇后さまの81歳祝う - 速報:@niftyニュース.
リンク:茨城や福島、被災地への思いつづる…皇后さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳 お誕生日ご回答全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:81歳の誕生日を迎えられた皇后さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま、81歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:81歳の誕生日を迎えられた皇后さま - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま、81歳の誕生日 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳 パラオご慰霊「胸が一杯に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳 ご健康維持に「スロージョギング」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま、文書回答の全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳、パラオ慰霊「胸が一杯に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<皇后さま誕生日>質問とご回答全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:戦後70年「深く考えさせられた」=皇后さま、81歳に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:皇后さま81歳、文書で心境回答 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<皇后さま>81歳の誕生日「悲しみを負う人の多さ…」 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

皇后さまの81歳祝う
2015年10月20日(火)22時50分配信 共同通信

 皇后さまが81歳の誕生日を迎えられた20日、皇居にある住まいの御所や宮殿には、皇族や閣僚が次々と訪れ、祝賀行事が行われた。夜には皇太子、秋篠宮両ご夫妻や長女の黒田清子さん夫妻が御所に集い、天皇、皇后両陛下を囲んで夕食を共にした。

 午前は、河相周夫侍従長ら侍従職職員による祝賀が御所で行われた後、正午前に皇太子ご夫妻や秋篠宮ご夫妻ら皇族が宮殿を訪れて、お祝いのあいさつをした。

 安倍晋三首相や閣僚のほか、衆参両院議長、風岡典之長官ら宮内庁幹部もこれに先立ち、祝意を伝える行事に出席した。


茨城や福島、被災地への思いつづる…皇后さま
読売新聞 10月20日(火)10時45分配信

 81歳の誕生日を迎えられた皇后さま。

 天皇陛下とともに、先の大戦の激戦地に加え、自然災害の被災地を巡るなど、多忙な日々の中で感じたことを文書で回答された。

 今月1日には、甚大な浸水被害が出た茨城県常総市へ。水にえぐられた土地に驚き、収穫を前に水に漬かった稲の姿を見て「傷(いた)ましく、農家の人々の落胆はいかばかりか」と被災者らの胸中を推し量られた。

 7月には、東日本大震災の被災者が住む福島の復興住宅を視察。いまだ19万人に及ぶ避難者の暮らしを心配する一方、原発事故の復旧にも触れ、「日々激しく働く人々の健康の守られることを祈らずにはいられません」と作業員らの体を気遣われた。

 一方、今年の「嬉(うれ)しいニュース」としては、大村智・北里大特別栄誉教授と梶田隆章・東京大宇宙線研究所長のノーベル賞受賞やラグビーワールドカップでの日本代表の活躍などを挙げられた。

 皇后さまは今年6月から胸の痛みを訴え、心臓の血管が一時的に狭まる心筋虚血の疑いと診断されたが、「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と説明された。

 今年、宮内記者会が皇后さまに文書での回答を求めた質問の数は、年齢に配慮して昨年までの3問から、「この1年で感じられたこと」についての1問となった。


皇后さま81歳 お誕生日ご回答全文
産経新聞 10月20日(火)10時30分配信

 【問】 この一年、自然災害などさまざまな出来事がありました。戦後七十年にあたり、皇后さまは天皇陛下とともにパラオをはじめ国内外で慰霊の旅を重ねられました。また、玉音放送の原盤なども公開されたほか、若い皇族方も戦争の歴史に触れられました。一年を振り返って感じられたことをお聞かせください。八月には心臓の精密検査を受けられましたが、その後のご体調はいかがですか。

 【ご回答】 この一年も、火山の噴火や大雨による洪水、土地の崩落、竜巻など、日本各地を襲う災害の報に接することが多く、悲しいことでした。ごく最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して二人が亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています。先日、陛下の御訪問に同伴して同市を訪問いたしましたが、水流により大きく土地をえぐられた川沿いの地区の状況に驚くと共に、道々目にした土砂で埋まった田畑、とりわけ実りの後に水漬(みづ)いた稲の姿は傷ましく、農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています。

 東日本でも、大震災以来すでに四年余の歳月が経ちますが、未だに避難生活を続ける人が十九万人を超え、避難指示が解かれ、徐々に地区に戻った人々にも、さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます。また、海沿いの被災地では、今も二千名を超える行方不明者の捜索が続けられており、長期にわたりこの仕事に従事される警察や海上保安庁の人たち、また原発の事故現場で、今も日々激しく働く人々の健康の守られることを祈らずにはいられません。

 先の戦争終結から七十年を経、この一年は改めて当時を振り返る節目の年でもありました。終戦を迎えたのが国民学校の五年の時であり、私の戦争に関する知識はあくまで子どもの折の途切れ途切れの不十分なものでした。こうした節目の年は、改めて過去を学び、当時の日本や世界への理解を深める大切な機会と考えられ、そうした思いの中で、この一年を過ごしてまいりました。

 平和な今の時代を生きる人々が、戦時に思いを致すことは決して容易なことではないと思いますが、今年は私の周辺でも、次世代、またその次の世代の人々が、各種の催しや展示場を訪れ、真剣に戦争や平和につき考えようと努めていることを心強く思っています。先頃、孫の愛子と二人で話しておりました折、夏の宿題で戦争に関する新聞記事を集めた時、原爆の被害を受けた広島で、戦争末期に人手不足のため市電の運転をまかされていた女子学生たちが、爆弾投下四日目にして、自分たちの手で電車を動かしていたという記事のことが話題になり、ああ愛子もあの記事を記憶していたのだと、胸を打たれました。若い人たちが過去の戦争の悲惨さを知ることは大切ですが、私は愛子が、悲しみの現場に、小さくとも人々の心を希望に向ける何らかの動きがあったという記事に心を留めたことを、嬉しく思いました。

 今年、陛下が長らく願っていらした南太平洋のパラオ御訪問が実現し、日本の委任統治下で一万余の将兵が散華したペリリュー島で、御一緒に日米の戦死者の霊に祈りを捧げることが出来たことは、忘れられない思い出です。かつてサイパン島のスーサイド・クリフに立った時、三羽の白いアジサシがすぐ目の前の海上をゆっくりと渡る姿に息を呑んだことでしたが、この度も海上保安庁の船、「あきつしま」からヘリコプターでペリリュー島に向かう途中、眼下に、その時と同じ美しい鳥の姿を認め、亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました。

 戦争で、災害で、志半ばで去られた人々を思い、残された多くの人々の深い悲しみに触れ、この世に悲しみを負って生きている人がどれ程多く、その人たちにとり、死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた一年でした。

 世界の出来事としては、アフリカや中東など、各地で起こる内戦やテロ、それによる難民の増大と他国への移動、米国とキューバの国交回復、長期にわたったTPP交渉などが記憶に残っています。また、日本や外地で会合を重ね、学ぶことの多かったドイツのヴァイツゼッカー元大統領やシンガポールのリー・クァンユー元首相、四十年以上にわたり、姉のようにして付き合って下さったベルギーのファビオラ元王妃とのお別れがありました。

 この回答を記している最中(さなか)、日本のお二人の研究者、大村智さんと梶田隆章さんのノーベル賞受賞という明るい、嬉しいニュースに接しました。受賞を心から喜ぶと共に、お二人が、それぞれの研究分野の先達であり、同賞の受賞こそなかったとはいえ、かつてそれに匹敵する研究をしておられた北里柴三郎博士や、つい七年前に亡くなられた戸塚洋二さんの業績を深い敬意をもって語られることで、これらの方々の上にも私どもの思いを導いて下さったことを有難く思いました。また、大村さんや同時受賞のアイルランドのウィリアム・キャンベル博士と共に、同じこの分野で、国の各地に伝わる漢方薬の文献をくまなく調べ、遂にマラリヤに効果のある薬草の調合法を見出した中国の屠●(=口へんに幼)●(=口へんに幼)(と ゆうゆう)さんの受賞も素晴らしいことでした。

 スポーツの分野でも、テニスや車いすテニスの選手が立派な成果を上げ、また、ラグビーワールドカップにおける日本代表チームの輝かしい戦いぶりは、日本のみでなく世界の注目を集めました。四年後の日本で開かれる大会に、楽しく夢を馳せています。

 身内での変化は、秋篠宮家の佳子が成年を迎え、公的な活動を始めたこと、眞子が約一年の留学を終え、元気に戻ってきたことです。佳子はこの一年、受験、成年皇族としての公務、新しい大学生活、と、さまざまな新しい経験を積み、また時に両親に代わって悠仁の面倒をみるなど、数々の役目を一生懸命に果たして来ました。眞子が帰って来てホッとしていることと思います。また、この十二月には三笠宮様が百歳におなりで、お祝い申し上げる日を楽しみにしております。

 戦後七十年となる今年は、昭和天皇の終戦の詔勅の録音盤や、終戦が決められた御前会議の場となった吹上防空壕の映像が公開されるなど、改めて当時の昭和天皇の御心(みこころ)を思い上げることの多い一年でした。どんなにかご苦労の多くいらしたであろう昭和天皇をお偲び申し上げ、その御意志を体(たい)し、人々の安寧を願い続けておられる陛下のお側で、陛下の御健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たしていければと願っています。

 体調につき尋ねて下さり有難うございました。今のところ、これまでと変わりなく過ごしています。


81歳の誕生日を迎えられた皇后さま
時事通信 10月20日(火)9時45分配信

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皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。写真は天皇陛下と御所の庭を散策する皇后さま=9月29日、皇居(宮内庁提供)


皇后さま、81歳に
時事通信 10月20日(火)9時45分配信

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皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。写真は9月29日撮影=皇居・御所(宮内庁提供)


81歳の誕生日を迎えられた皇后さま
時事通信 10月20日(火)9時45分配信

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皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。写真は天皇陛下と皇后さま=9月29日、皇居・御所(宮内庁提供)


皇后さま、81歳の誕生日
AFP=時事 10月20日(火)8時41分配信

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皇居で撮影された着物姿の皇后さま。宮内庁提供(2015年9月29日撮影、10月20日公開)。【翻訳編集】 AFPBB News
【AFP=時事】皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。【翻訳編集】 AFPBB News


皇后さま81歳 パラオご慰霊「胸が一杯に」
産経新聞 10月20日(火)8時19分配信

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮内記者会の質問に文書でご回答。戦後70年の「慰霊の旅」で実現したパラオ共和国訪問は「忘れられない思い出」とした上で、ペリリュー島に向かうヘリから眼下に鳥を見た際、「亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました」とつづられた。

 この節目の年を「当時の日本や世界への理解を深める大切な機会」と考えながら「一年を過ごしてまいりました」と振り返られた。東日本大震災の被災者にも引き続き心を寄せられ、「さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます」。東京電力福島第1原発事故の現場で働く人たちの「健康の守られることを祈らずにはいられません」と記された。

 また、「最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢(あふ)れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して二人が亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています」と、繰り返される自然災害にご言及。「悲しいこと」と思いをつづられた。

 一方、ラグビーワールドカップでの日本代表の活躍にも触れられ、4年後の日本大会に「楽しく夢を馳(は)せています」。今後は「陛下の御健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たしていければ」と抱負を述べられた。8月に心臓の精密検査を受けて以降のご体調については「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と述べるにとどめられた。


皇后さま81歳に
SankeiBiz 10月20日(火)8時15分配信

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち宮内記者会の質問に文書でご回答。戦後70年の「慰霊の旅」で実現したパラオ共和国訪問は「忘れられない思い出」とした上で、ペリリュー島に向かうヘリから眼下に鳥を見た際、「亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました」とつづられた。

 この節目の年を「当時の日本や世界への理解を深める大切な機会」と考えながら「一年を過ごしてまいりました」と振り返られた。東日本大震災の被災者にも引き続き心を寄せられ、「さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます」。東京電力福島第1原発事故の現場で働く人たちの「健康の守られることを祈らずにはいられません」と記された。

 また、「最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢(あふ)れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して二人が亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています」と、繰り返される自然災害にご言及。「悲しいこと」と思いをつづられた。

 今後は「陛下の御健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たしていければ」と抱負を述べられた。8月に心臓の精密検査を受けて以降のご体調については「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と述べるにとどめられた。


皇后さま81歳 ご健康維持に「スロージョギング」
産経新聞 10月20日(火)8時13分配信

 皇后さまの誕生日に合わせて宮内庁が公開した天皇、皇后両陛下の動画などによると、両陛下は健康維持のため、毎朝、ゆっくりとジョギングをする「スロージョギング」を取り入れられているという。

 両陛下は毎朝6時にご起床。7時からの朝食の前に、6時半から皇居・御所の庭を約1キロ散策することを日課にされている。その際、徒歩とスロージョギングを交互に行われている。

 走られるのは3回で、距離は計約300メートルという。散策は以前から日課となっていたが、平成24年2月に天皇陛下が心臓のバイパス手術を受け、健康管理の重要性が一層増したことなどから、両陛下は2年ほど前からスロージョギングを取り入れられたという。


皇后さま、文書回答の全文
読売新聞 10月20日(火)5時7分配信

 問 この1年、自然災害などさまざまな出来事がありました。戦後70年にあたり、皇后さまは天皇陛下とともにパラオをはじめ国内外で慰霊の旅を重ねられました。また、玉音放送の原盤なども公開されたほか、若い皇族方も戦争の歴史に触れられました。1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。8月には心臓の精密検査を受けられましたが、その後のご体調はいかがですか。

(ご回答)

 この1年も、火山の噴火や大雨による洪水、土地の崩落、竜巻など、日本各地を襲う災害の報に接することが多く、悲しいことでした。ごく最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢(あふ)れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して2人が亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています。先日、陛下の御(ご)訪問に同伴して同市を訪問いたしましたが、水流により大きく土地をえぐられた川沿いの地区の状況に驚くと共に、道々目にした土砂で埋まった田畑、とりわけ実りの後に水漬(みづ)いた稲の姿は傷(いた)ましく、農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています。

 東日本でも、大震災以来すでに4年余の歳月が経(た)ちますが、未(いま)だに避難生活を続ける人が19万人を超え、避難指示が解かれ、徐々に地区に戻った人々にも、さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます。また、海沿いの被災地では、今も2000名を超える行方不明者の捜索が続けられており、長期にわたりこの仕事に従事される警察や海上保安庁の人たち、また原発の事故現場で、今も日々激しく働く人々の健康の守られることを祈らずにはいられません。

 先の戦争終結から70年を経、この1年は改めて当時を振り返る節目の年でもありました。終戦を迎えたのが国民学校の5年の時であり、私の戦争に関する知識はあくまで子どもの折の途切れ途切れの不十分なものでした。こうした節目の年は、改めて過去を学び、当時の日本や世界への理解を深める大切な機会と考えられ、そうした思いの中で、この1年を過ごしてまいりました。

 平和な今の時代を生きる人々が、戦時に思いを致すことは決して容易なことではないと思いますが、今年は私の周辺でも、次世代、またその次の世代の人々が、各種の催しや展示場を訪れ、真剣に戦争や平和につき考えようと努めていることを心強く思っています。先頃、孫の愛子と2人で話しておりました折、夏の宿題で戦争に関する新聞記事を集めた時、原爆の被害を受けた広島で、戦争末期に人手不足のため市電の運転をまかされていた女子学生たちが、爆弾投下4日目にして、自分たちの手で電車を動かしていたという記事のことが話題になり、ああ愛子もあの記事を記憶していたのだと、胸を打たれました。若い人たちが過去の戦争の悲惨さを知ることは大切ですが、私は愛子が、悲しみの現場に、小さくとも人々の心を希望に向ける何らかの動きがあったという記事に心を留めたことを、嬉(うれ)しく思いました。

 今年、陛下が長らく願っていらした南太平洋のパラオ御(ご)訪問が実現し、日本の委任統治下で1万余の将兵が散華したペリリュー島で、御(ご)一緒に日米の戦死者の霊に祈りを捧(ささ)げることが出来たことは、忘れられない思い出です。かつてサイパン島のスーサイド・クリフに立った時、3羽の白いアジサシがすぐ目の前の海上をゆっくりと渡る姿に息を呑(の)んだことでしたが、この度も海上保安庁の船、「あきつしま」からヘリコプターでペリリュー島に向かう途中、眼下に、その時と同じ美しい鳥の姿を認め、亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました。

 戦争で、災害で、志半ばで去られた人々を思い、残された多くの人々の深い悲しみに触れ、この世に悲しみを負って生きている人がどれ程(ほど)多く、その人たちにとり、死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた1年でした。

 世界の出来事としては、アフリカや中東など、各地で起こる内戦やテロ、それによる難民の増大と他国への移動、米国とキューバの国交回復、長期にわたったTPP交渉などが記憶に残っています。また、日本や外地で会合を重ね、学ぶことの多かったドイツのヴァイツゼッカー元大統領やシンガポールのリー・クァンユー元首相、40年以上にわたり、姉のようにして付き合って下さったベルギーのファビオラ元王妃とのお別れがありました。

 この回答を記している最中(さなか)、日本のお二人の研究者、大村智さんと梶田隆章さんのノーベル賞受賞という明るい、嬉(うれ)しいニュースに接しました。受賞を心から喜ぶと共に、お二人が、それぞれの研究分野の先達であり、同賞の受賞こそなかったとはいえ、かつてそれに匹敵する研究をしておられた北里柴三郎博士や、つい7年前に亡くなられた戸塚洋二さんの業績を深い敬意をもって語られることで、これらの方々の上にも私どもの思いを導いて下さったことを有難(ありがた)く思いました。また、大村さんや同時受賞のアイルランドのウィリアム・キャンベル博士と共に、同じこの分野で、国の各地に伝わる漢方薬の文献をくまなく調べ、遂にマラリヤに効果のある薬草の調合法を見出した中国の屠●●(トゥーユーユー)さんの受賞も素晴らしいことでした。(●は口へんに「幼」)

 スポーツの分野でも、テニスや車いすテニスの選手が立派な成果を上げ、また、ラグビーワールドカップにおける日本代表チームの輝かしい戦いぶりは、日本のみでなく世界の注目を集めました。4年後の日本で開かれる大会に、楽しく夢を馳(は)せています。

 身内での変化は、秋篠宮家の佳子が成年を迎え、公的な活動を始めたこと、眞子が約1年の留学を終え、元気に戻ってきたことです。佳子はこの1年、受験、成年皇族としての公務、新しい大学生活、と、さまざまな新しい経験を積み、また時に両親に代わって悠仁の面倒をみるなど、数々の役目を一生懸命に果たして来ました。眞子が帰って来てホッとしていることと思います。また、この12月には三笠宮様が100歳におなりで、お祝い申し上げる日を楽しみにしております。

 戦後70年となる今年は、昭和天皇の終戦の詔勅の録音盤や、終戦が決められた御前会議の場となった吹上防空壕(ごう)の映像が公開されるなど、改めて当時の昭和天皇の御心(みこころ)を思い上げることの多い1年でした。どんなにかご苦労の多くいらしたであろう昭和天皇をお偲(しの)び申し上げ、その御(ご)意志を体(たい)し、人々の安寧を願い続けておられる陛下のお側(そば)で、陛下の御(ご)健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たしていければと願っています。

 体調につき尋ねて下さり有難(ありがと)うございました。今のところ、これまでと変わりなく過ごしています。


皇后さま81歳、パラオ慰霊「胸が一杯に」
読売新聞 10月20日(火)5時4分配信

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎え、これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答された。

 戦後70年を迎えた今年を「改めて過去を学び、当時の日本や世界への理解を深める大切な機会」と受け止められたという。4月に天皇陛下とともに訪れた激戦地・西太平洋のパラオでの慰霊では、日本兵約1万人が玉砕したペリリュー島にヘリで向かう途中、眼下に美しい鳥の姿を目にされた。「亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました」と当時の心境を描写された。

 こうした慰霊などを通じ、志半ばで去った人々を思い、残された多くの人々の深い悲しみに触れ、「死者は別れた後も長く共に生きる人々である」と深く考えさせられたという。

 皇后さまはまた、「平和な今の時代を生きる人々が、戦時に思いを致すことは決して容易なことではない」としつつ、様々な催しに足を運び、戦争や平和について考えている次の世代を「心強く」思われている。

 孫の愛子さま(13)と、原爆投下4日目に広島の女子学生が路面電車を走らせたという新聞記事について話す機会もあり、「悲しみの現場に、小さくとも人々の心を希望に向ける動きがあったという記事に心を留めたことを嬉(うれ)しく思いました」とつづられた。

 ◆パラオでの慰霊=両陛下は4月9日、パラオ・ペリリュー島で、「西太平洋戦没者の碑」に供花、守備隊約1100人が玉砕した南のアンガウル島に向かって拝礼された。米軍の慰霊碑にも花輪を供えられた。

 ◇文書回答の全文はこちら


<皇后さま誕生日>質問とご回答全文
毎日新聞 10月20日(火)5時2分配信

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皇居・御所の車寄せホールに立たれる皇后さま=2015年9月29日撮影(宮内庁提供)

 ◆皇后さまの誕生日にあたっての、宮内記者会からの質問とご回答全文

(質問)

 この一年、自然災害などさまざまな出来事がありました。戦後七十年にあたり、皇后さまは天皇陛下とともにパラオをはじめ国内外で慰霊の旅を重ねられました。また、玉音放送の原盤なども公開されたほか、若い皇族方も戦争の歴史に触れられました。一年を振り返って感じられたことをお聞かせください。八月には心臓の精密検査を受けられましたが、その後のご体調はいかがですか。

(回答)

 この一年も、火山の噴火や大雨による洪水、土地の崩落、竜巻など、日本各地を襲う災害の報に接することが多く、悲しいことでした。ごく最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して二人が亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています。先日、陛下の御訪問に同伴して同市を訪問いたしましたが、水流により大きく土地をえぐられた川沿いの地区の状況に驚くと共に、道々目にした土砂で埋まった田畑、とりわけ実りの後に水漬(みづ)いた稲の姿は傷ましく、農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています。

 東日本でも、大震災以来すでに四年余の歳月が経ちますが、未だに避難生活を続ける人が十九万人を超え、避難指示が解かれ、徐々に地区に戻った人々にも、さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます。また、海沿いの被災地では、今も二千名を超える行方不明者の捜索が続けられており、長期にわたりこの仕事に従事される警察や海上保安庁の人たち、また原発の事故現場で、今も日々激しく働く人々の健康の守られることを祈らずにはいられません。

 先の戦争終結から七十年を経、この一年は改めて当時を振り返る節目の年でもありました。終戦を迎えたのが国民学校の五年の時であり、私の戦争に関する知識はあくまで子どもの折の途切れ途切れの不十分なものでした。こうした節目の年は、改めて過去を学び、当時の日本や世界への理解を深める大切な機会と考えられ、そうした思いの中で、この一年を過ごしてまいりました。

 平和な今の時代を生きる人々が、戦時に思いを致すことは決して容易なことではないと思いますが、今年は私の周辺でも、次世代、またその次の世代の人々が、各種の催しや展示場を訪れ、真剣に戦争や平和につき考えようと努めていることを心強く思っています。先頃、孫の愛子と二人で話しておりました折、夏の宿題で戦争に関する新聞記事を集めた時、原爆の被害を受けた広島で、戦争末期に人手不足のため市電の運転をまかされていた女子学生たちが、爆弾投下四日目にして、自分たちの手で電車を動かしていたという記事のことが話題になり、ああ愛子もあの記事を記憶していたのだと、胸を打たれました。若い人たちが過去の戦争の悲惨さを知ることは大切ですが、私は愛子が、悲しみの現場に、小さくとも人々の心を希望に向ける何らかの動きがあったという記事に心を留めたことを、嬉しく思いました。

 今年、陛下が長らく願っていらした南太平洋のパラオ御訪問が実現し、日本の委任統治下で一万余の将兵が散華したペリリュー島で、御一緒に日米の戦死者の霊に祈りを捧げることが出来たことは、忘れられない思い出です。かつてサイパン島のスーサイド・クリフに立った時、三羽の白いアジサシがすぐ目の前の海上をゆっくりと渡る姿に息を呑んだことでしたが、この度も海上保安庁の船、「あきつしま」からヘリコプターでペリリュー島に向かう途中、眼下に、その時と同じ美しい鳥の姿を認め、亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました。

 戦争で、災害で、志半ばで去られた人々を思い、残された多くの人々の深い悲しみに触れ、この世に悲しみを負って生きている人がどれ程多く、その人たちにとり、死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた一年でした。

 世界の出来事としては、アフリカや中東など、各地で起こる内戦やテロ、それによる難民の増大と他国への移動、米国とキューバの国交回復、長期にわたったTPP交渉などが記憶に残っています。また、日本や外地で会合を重ね、学ぶことの多かったドイツのヴァイツゼッカー元大統領やシンガポールのリー・クァンユー元首相、四十年以上にわたり、姉のようにして付き合って下さったベルギーのファビオラ元王妃とのお別れがありました。

 この回答を記している最中(さなか)、日本のお二人の研究者、大村智さんと梶田隆章さんのノーベル賞受賞という明るい、嬉しいニュースに接しました。受賞を心から喜ぶと共に、お二人が、それぞれの研究分野の先達であり、同賞の受賞こそなかったとはいえ、かつてそれに匹敵する研究をしておられた北里柴三郎博士や、つい七年前に亡くなられた戸塚洋二さんの業績を深い敬意をもって語られることで、これらの方々の上にも私どもの思いを導いて下さったことを有難く思いました。また、大村さんや同時受賞のアイルランドのウィリアム・キャンベル博士と共に、同じこの分野で、国の各地に伝わる漢方薬の文献をくまなく調べ、遂にマラリヤに効果のある薬草の調合法を見出した中国の屠��(とゆうゆう)さんの受賞も素晴らしいことでした。

 スポーツの分野でも、テニスや車いすテニスの選手が立派な成果を上げ、また、ラグビーワールドカップにおける日本代表チームの輝かしい戦いぶりは、日本のみでなく世界の注目を集めました。四年後の日本で開かれる大会に、楽しく夢を馳せています。

 身内での変化は、秋篠宮家の佳子が成年を迎え、公的な活動を始めたこと、眞子が約一年の留学を終え、元気に戻ってきたことです。佳子はこの一年、受験、成年皇族としての公務、新しい大学生活、と、さまざまな新しい経験を積み、また時に両親に代わって悠仁の面倒をみるなど、数々の役目を一生懸命に果たして来ました。眞子が帰って来てホッとしていることと思います。また、この十二月には三笠宮様が百歳におなりで、お祝い申し上げる日を楽しみにしております。

 戦後七十年となる今年は、昭和天皇の終戦の詔勅の録音盤や、終戦が決められた御前会議の場となった吹上防空壕の映像が公開されるなど、改めて当時の昭和天皇の御心(みこころ)を思い上げることの多い一年でした。どんなにかご苦労の多くいらしたであろう昭和天皇をお偲び申し上げ、その御意志を体(たい)し、人々の安寧を願い続けておられる陛下のお側で、陛下の御健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たしていければと願っています。

 体調につき尋ねて下さり有難うございました。今のところ、これまでと変わりなく過ごしています。


戦後70年「深く考えさせられた」=皇后さま、81歳に
時事通信 10月20日(火)5時1分配信

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。
 これに先立ち、宮内記者会の質問に文書で回答。戦後70年の「慰霊の旅」で天皇陛下とパラオを訪れたことなどに触れ、「死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた1年でした」と振り返った。
 原爆投下直後の広島で電車を復旧させた女子学生の記事を、皇太子ご夫妻の長女愛子さま(13)が自分と同様に気に留めていたことを知り、胸を打たれたというエピソードも紹介。子や孫の世代が戦争や平和について真剣に考えようとしていることを「心強く思っています」とつづった。
 今月、豪雨被害を受けた茨城県常総市を訪れ、被害の大きさに驚いたという。「農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています」と思いやり、発生から4年余が過ぎた東日本大震災の被災者も案じた。
 一方で、日本人2人のノーベル賞受賞決定を「明るい、嬉しいニュース」と表現。ラグビー・ワールドカップでの日本代表の活躍にも触れ、「4年後の日本で開かれる大会に、楽しく夢を馳せています」と期待を寄せた。
 8月の精密検査で心臓の冠動脈に軽度の狭窄(きょうさく)が見つかり、経過観察となった。体調について「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と記した。宮内庁によると、心身の疲れを軽減するため、私的旅行や静養の機会を増やすことも検討しているという。
 皇后さまの誕生日の質問は例年3問だったが、今年は年齢などを考慮して1問となった。 


皇后さま81歳、文書で心境回答
2015年10月20日(火)5時0分配信 共同通信

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 81歳の誕生日を迎えられた皇后さま=9月29日、皇居・御所(宮内庁提供)

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられた。これに際して宮内記者会の質問に文書で回答。戦後70年の節目となった今年の4月に「慰霊の旅」として、天皇陛下とともに太平洋戦争の激戦地パラオ・ペリリュー島を訪れたことについて「日米の戦死者の霊に祈りをささげることができたことは、忘れられない思い出です」とつづった。

 体調面では8月に心筋虚血と診断されたが「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と記した。


<皇后さま>81歳の誕生日「悲しみを負う人の多さ…」
毎日新聞 10月20日(火)5時0分配信

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皇居・御所の庭を散策される天皇、皇后両陛下=2015年9月29日撮影(宮内庁提供)

 皇后さまは20日、81歳の誕生日を迎えられ、宮内記者会からの質問に文書で回答された。この中で皇后さまは、東日本大震災の行方不明者の捜索が続いていることや、太平洋戦争の激戦地・パラオを4月に訪れたこと、関東・東北豪雨で被害を受けた茨城県常総市を10月に訪問したことなどを踏まえ、「この世に悲しみを負って生きている人がどれ程多く、その人たちにとり、死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考えさせられた」と述べた。

 戦後70年の今年、皇太子ご一家や秋篠宮ご一家が戦争に関するさまざまな催しに参加されたことについて「真剣に戦争や平和につき考えようと努めていることを心強く思っています」とつづった。

 皇后さまは、皇太子ご夫妻の長女愛子さまと、広島の原爆投下4日目に女子学生らが市電を動かしたことを書いた新聞記事について話し合ったという。ご回答ではこのことにも触れ、「小さくとも人々の心を希望に向ける何らかの動きがあったという記事に(愛子さまが)心を留めたことを、嬉(うれ)しく思いました」と述べた。

 また、北里大特別栄誉教授の大村智さん(80)と東京大宇宙線研究所長の梶田隆章さん(56)のノーベル賞受賞が決まったことについて「明るい、嬉しいニュースに接しました」と喜びの気持ちを表した。

 皇后さまは8月に心臓の精密検査を受け、経過観察が続けられているが「今のところ、これまでと変わりなく過ごしています」と回答した。【高島博之】

 ◇皇居・御所の庭散策の映像公開

 宮内庁は20日、皇后さまの誕生日に合わせて最近の写真や映像を公開した。映像には、天皇陛下と一緒に皇居・御所の庭で散策する様子が収められており、ゆっくりとしたスピードで走る「スロージョギング」もしている。宮内庁によると、両陛下は午前6時に起床し、侍医とともに同6時半から20~30分間かけて約1キロを散策している。約2年前から、体力をつけるため300メートルほどのスロージョギングを取り入れているという。【高島博之】

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