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2015年8月 5日 (水)

作家の阿川弘之氏が死去、94歳

小説「春の城」「雲の墓標」「山本五十六」「米内光政」「井上成美」「暗い波濤」など数々の文学作品で知られる作家で、文化勲章受章者の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)氏が3日、老衰のため死去した。94歳。

リンク:故阿川弘之氏のお別れの会 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「父らしい大往生」=父弘之さん逝去でコメント―阿川佐和子さん - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿川弘之さん死去 作品支えた海軍体験、中庸とユーモア愛し - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<訃報>阿川弘之さん94歳=作家、「山本五十六」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:作家で文化勲章受章者、阿川弘之さんが死去 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:阿川弘之氏死去=作家、端正な鎮魂文学―「山本五十六」「雲の墓標」、94歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:作家の阿川弘之氏が死去 文化勲章受章者、正論執筆メンバー - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:作家の阿川弘之さん死去 - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

故阿川弘之氏のお別れの会
時事通信 10月30日(金)16時47分配信

 故阿川弘之氏(作家、8月3日死去)のお別れの会 11月24日正午から東京都千代田区内幸町1の1の1の帝国ホテル本館3階富士の間で。
 発起人は作家の三浦朱門氏、平岩弓枝さん、倉本聰氏ら。会費1万円。


「父らしい大往生」=父弘之さん逝去でコメント―阿川佐和子さん
時事通信 8月7日(金)21時29分配信

 作家の阿川弘之さんが3日に94歳で亡くなったことを受け、長女で作家・エッセイストの阿川佐和子さん(61)が7日、コメントを発表し、父の最期について「さほど苦しむこともなく、大変に穏やかに安眠したということです」と記した。
 
 弘之さんはこの夏に入り衰弱が進んだものの、亡くなる前日には「ステーキが食いたい」とつぶやいたエピソードも紹介。「身体が弱り切っても、『うまいものが食いたい』という意欲を捨てなかったのは父らしく、立派な大往生だった」と思いをつづった。 


阿川弘之さん死去 作品支えた海軍体験、中庸とユーモア愛し
産経新聞 8月6日(木)7時55分配信

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横浜市の自宅でインタビューに応じる阿川弘之さん =平成23年1月(瀧誠四郎撮影)(写真:産経新聞)

 自身の海軍体験をもとに数々の戦争文学を生み出してきた作家の阿川弘之さんが94歳で亡くなった。「小説の神様」と呼ばれた志賀直哉に師事し、平明で引き締まった名文の書き手として知られた。

 青春時代を過ごした海軍と、戦死した同世代に対する思いは深かった。戦没者は無駄死にだ、とする戦後の風潮に強く反発。「自分の知る本当のことを書き残しておきたい」との思いを抱いたことが、出世作の自伝的小説「春の城」をはじめ、戦争を題材にした作品執筆の原動力となった。代表作の一つ「雲の墓標」は、特攻隊員となった海軍学徒兵の、生と死の間で揺れ動く心情をつぶさに描き、文学性豊かな新しい戦争小説の世界を開拓した。

 太平洋戦争時の3人の海軍大将を描いた評伝「山本五十六」「米内(よない)光政」「井上成美」の提督3部作は、伝記文学の傑作として評価が高い。ともに日独伊三国同盟や日米開戦に反対するなど、時代の熱狂に流されない合理的思考を備えた愛国者だった3人に対する深い共感は、そのまま阿川さんの姿勢にも重なる。

 戦中の軍国主義と同じく戦後の左派的風潮も嫌い、産経新聞「正論」欄で長く健筆を振るった。政治を論じても悲憤慷慨(ひふんこうがい)調にはならず、常に心の余裕を忘れない。「私は右翼も左翼も嫌い」と語り、中庸のバランス感覚と、海軍仕込みの英国流ユーモアを愛した。

 親しい友人だった作家仲間の遠藤周作さんや北杜夫さんらとの交遊を描いたユーモラスなエッセーも多い。乗り物好きでも有名で、各国の鉄道を訪ね歩いた紀行文「南蛮阿房列車」や、年老いた蒸気機関車が主人公の絵本「きかんしゃ やえもん」を生んだ無類の鉄道マニアでもあった。

 満90歳を機に筆をおき、数年前に入院した都内の病院では読書三昧の日々だった。長女の佐和子さんの活躍ぶりには常々、目を細めていたという。


<訃報>阿川弘之さん94歳=作家、「山本五十六」
毎日新聞 8月5日(水)21時33分配信

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阿川弘之さん=横浜市青葉区で2007年、石井諭撮影

 海軍体験を通して戦争を描いた「暗い波濤」や「山本五十六」などの作品で知られる作家の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さんが3日、老衰のため東京都内の病院で死去した。94歳。葬儀は近親者のみで営む。しのぶ会は後日開く予定。

 広島市生まれ。東大国文科を繰り上げ卒業後、予備学生として海軍入隊。士官として通信・諜報(ちょうほう)の任務につき、敗戦を中国・漢口で迎えた。復員した1946年、第1作「年年歳歳」を発表。以後、3年半の海軍体験をもとにした52年「春の城」(読売文学賞)や56年「雲の墓標」で頭角を現した。

 海軍予備学生を描いた74年「暗い波濤」や75年「軍艦長門の生涯」で注目される一方、65年「山本五十六」、78年「米内光政」、86年「井上成美」など従来の評伝とは一線を画す等身大の提督像をつくりあげて、伝記小説に新境地を開いた。

 また、旧制高校時代から志賀直哉に傾倒。復員後すぐに門下に入った。1700枚の評伝「志賀直哉」(94年、毎日出版文化賞・野間文芸賞)では師の肖像を慈しむように浮き彫りにした。

 旅の醍醐味(だいごみ)をつづった77年「南蛮阿房列車」など随筆も定評がある。2001年「食味風々録」(読売文学賞)は食への探求心と人生の考察が溶け合った秀作。また、保守派の論客として知られ、97年からは雑誌「文芸春秋」の巻頭随筆を担当していた。05~07年に「阿川弘之全集」(全20巻、新潮社)を刊行。絵本「きかんしゃ やえもん」(59年)の文も手がけ、ロングセラーとなった。

 エッセイストで小説家の阿川佐和子さんは長女。長男は元駐米公使で慶応大教授の尚之(なおゆき)さん。79年日本芸術院会員。99年に文化勲章を受けた。


作家で文化勲章受章者、阿川弘之さんが死去
読売新聞 8月5日(水)21時3分配信

 海軍の歴史を通し、日本の近代や人間を見つめた作家で文化勲章受章者の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さんが、3日午後10時33分、東京都内の病院で老衰のため死去した。

 94歳だった。告別式は近親者で行う。後日、しのぶ会を開く予定。

 広島県生まれ。東京帝大国文科卒。海軍士官として中国・漢口(現・武漢)で敗戦を迎え、1946年に復員。同年、「年年歳歳」を、志賀直哉の推薦で月刊誌「世界」に発表。戦中の青春群像を描く「春の城」で53年、読売文学賞。56年、実在の特攻隊員をモデルにした「雲の墓標」を発表した。

 真珠湾攻撃を指揮した連合艦隊司令長官の人間像を描いた「山本五十六(いそろく)」と「米内光政(よない)」「井上成美」の海軍提督3部作は、海軍提督の人間的実像に迫り、ベストセラーになった。


阿川弘之氏死去=作家、端正な鎮魂文学―「山本五十六」「雲の墓標」、94歳
時事通信 8月5日(水)20時38分配信

 厳しい歴史感覚に基づく目で日本人の姿を見据え、「山本五十六」「志賀直哉」などの人間味あふれる評伝や小説を著した作家で文化勲章受章者の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)氏が3日午後10時33分、老衰のため東京都内の病院で死去した。
 94歳だった。広島市出身。葬儀は近親者で行う。エッセイストの阿川佐和子さんは長女。
 旧制高校時代から小説を執筆、島尾敏雄らの同人誌「こをろ」に参加する。1942年、東大を繰り上げ卒業して海軍に入隊し、敗戦を中国・漢口で迎えた。46年に復員して志賀直哉に師事。同年「年年歳歳」でデビューした。戦時下で苦悩する青春像を描いた「春の城」や「雲の墓標」、広島の原爆を題材にした「魔の遺産」などを次々に発表し、作家としての地位を確立。安岡章太郎、遠藤周作、吉行淳之介らとともに「第三の新人」と呼ばれ、戦後文壇をリードした。
 戦友を失い、廃虚と化した故郷の広島を目の当たりにした阿川氏の心に長い間残っていたのは、「生き延びてしまった」という抜き難い無常観だった。戦後を生きる者として戦争と向き合い、端正な文体で鎮魂の文学を確立した。ベストセラー「山本五十六」「米内光政」「井上成美」の提督3部作では、登場人物に寄り添い、なぜ勝算のない戦争に突入していったのかを鋭く問い掛けた。
 生涯の師と仰いだ志賀直哉の最後の門下生。長編「志賀直哉」では、「小説の神様」と言われた文豪の素顔に迫った。食べ物や乗り物を愛し、洒脱(しゃだつ)な文章にユーモアを交え、「奇人狐狸庵」「南蛮阿房列車」「食味風々録」などのエッセーもつづった。
 他に「暗い波濤」「軍艦長門の生涯」など著書多数。2005年には「阿川弘之全集」(全20巻)が刊行された。日本芸術院会員。1999年文化勲章。 


作家の阿川弘之氏が死去 文化勲章受章者、正論執筆メンバー
産経新聞 8月5日(水)20時9分配信

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阿川弘之さん(写真:産経新聞)

 小説「雲の墓標」や評伝「山本五十六」など数々の戦争文学で知られる作家で、文化勲章受章者の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)氏が3日、老衰のため死去した。94歳。葬儀・告別式は近親者で行う。後日、しのぶ会を開く。

 大正9年、広島市生まれ。昭和17年、東大国文科を卒業後、海軍予備学生に。海軍中尉として中国に渡った。21年に復員し、尊敬する作家の志賀直哉を紹介され、文筆の道に。27年、戦時下の日々を自伝風に書いた長編「春の城」で読売文学賞を受賞。同時期にデビューした吉行淳之介さんらとともに「第三の新人」と称された。以後、「雲の墓標」「暗い波濤(はとう)」「軍艦長門の生涯」といったリアリティーあふれる戦争小説を発表し続け、作家としての地位を固めた。

 「米内光政」など海軍軍人を題材にした重厚な評伝を著す一方、紀行文や私小説的な短編小説も多数発表。35年に産経児童出版文化賞を受けた「なかよし特急」など、児童書も手がけた。他の主な作品に「井上成美」「志賀直哉」がある。平成11年、文化勲章受章。日本芸術院会員。本紙「正論」執筆メンバーとしても活躍した。法学者の阿川尚之さんは長男、エッセイストの阿川佐和子さんは長女。


作家の阿川弘之さん死去
2015年8月5日(水)19時55分配信 共同通信

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 死去した阿川弘之さん

 「山本五十六」「雲の墓標」など戦争を題材にした小説や、軽妙なエッセーで知られる作家で文化勲章受章者の阿川弘之(あがわ・ひろゆき)さんが死去したことが5日、分かった。94歳。広島市出身。葬儀・告別式の日取りは未定。

 特攻隊員の心境をつづった「雲の墓標」のほか、「山本五十六」「井上成美」「志賀直哉」などがある。「お早く御乗車ねがいます」「大人の見識」などのエッセーも得意とした。

 日本芸術院会員。1999年に文化勲章。

 法学者で慶応大教授の阿川尚之さんは長男。エッセイスト阿川佐和子さんは長女。

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