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2015年5月12日 (火)

ネパール中部でM7.8の地震・19

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに9000人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

また12日の午後0時50分(日本時間午後4時5分)ごろには、マグニチュード(M)7.3の地震が発生、東部チャウタラなどで建物が倒壊し、これまでに90人以上が死亡、2000人近くが負傷したと伝えられる。今回の地震は、4月25日の地震の余震とみられる。

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リンク:米軍ヘリの残骸、ネパール軍が発見 地震支援活動中に行方不明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震救援の米軍ヘリが不明、余震の死者が増加 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:余震死者100人超す ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>エベレスト雪崩に恐怖の叫び「やばい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>日本人が見た…雪崩が襲うエベレストBC - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>「れんがが三重苦を招き、死者増やす」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新たな地震で100人超死亡 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール東部の地震死者、90人超える - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 余震の死者、3カ国で90人超す 米海兵隊のヘリ不明も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールに義援金を贈呈 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:自衛隊のネパール派遣は遅い? 海外派遣に必要な手続きは - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新たな地震の死者80人超、建物多数倒壊 救助急ぐ ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:米軍ヘリ、ネパールで不明「燃料に問題」と連絡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:余震死者80人超=ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールに義援金贈呈 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:衆参がネパールに義援金 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:米軍ヘリコプターが行方不明、ネパールで救援物資輸送中 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール余震>うわさで恐怖 首相「落ち着いて」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール余震、今後も活発な地震が継続とUSGS - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールM7.3余震、現場の写真 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:米海兵隊のUH1多用途ヘリ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ヘリ不足で村々が孤立、ネパール大地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールで余震 3カ国で68人死亡、負傷者千人超える - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:倒壊した建物を捜索する救助チーム - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:携帯電話で安否を確認する人々 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール余震 現地滞在の野口さん「家崩壊、がれきの山」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 群馬県内初派遣の国際消防救助隊員・平崎さん活動状況など報告 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:米軍ヘリ、消息絶つ=ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールで米軍ヘリ不明 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール救援活動中の海兵隊ヘリコプターが行方不明に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:恐怖まざまざ「もう駄目」=復興機運くじく―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震での捜索活動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:路上に座り込む女性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール余震>M7.3死者60人 家屋倒壊や地滑り再び - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

米軍ヘリの残骸、ネパール軍が発見 地震支援活動中に行方不明
AFP=時事 5月15日(金)15時55分配信

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ネパールの首都カトマンズのトリブバン国際空港で、行方不明となった米軍ヘリコプターの捜索に向けて飛び立つ米海軍のヘリ(2015年5月13日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】大地震に見舞われたネパールで救援物資の輸送中に行方が分からなくなっていた米軍ヘリコプターの残骸が、中国との国境近くで見つかった。ネパール軍が15日、明らかにした。

米軍ヘリが行方不明、ネパールで救援物資輸送中

 ネパール軍幹部はAFPの電話取材に、ヘリの残骸を上空から確認したと説明。乗員の安否はまだ確認できておらず、軍は現在、情報収集のために付近への着陸を試みているという。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール地震救援の米軍ヘリが不明、余震の死者が増加
CNN.co.jp 5月14日(木)15時52分配信

カトマンズ(CNN) 米国防総省は14日までに、地震があったネパールで救出活動に従事していた米軍ヘリコプター「ヒューイ」が交信を絶ち、行方が依然わかっていないと発表した。

同機には米海兵隊隊員の6人とネパール軍兵士2人が搭乗。首都カトマンズから東へ約72キロ離れたチャリコット付近で12日午後、消息不明となっていた。

同省によると、乗組員は交信が断絶する前、燃料関連のトラブルが起きたと連絡していた。米統合任務部隊の報道担当者は、地上に墜落したとの形跡はないと述べた。

同ヘリが消息を絶ったドラカ地区の行政当局者は、ネパール軍兵士や警官が徒歩で山間部の捜索に当たっていると述べた。同地区は、12日に起きたマグニチュード(M)7.3の余震の震源に近い。

ネパールの山間部の一部では通信連絡に支障が生じており、同ヘリとの連絡途絶はこの種の地域に入り込んだための障害で、無事な可能性があるとも指摘されている。米軍によると、ヘリは人道支援物資を被災者に配布し、死傷者らをカトマンズへ運ぶ任務に就いていた。交信を絶った際、機内に被災者の負傷者はいなかったという。

今回の地震を受けネパールで援助活動に当たる米軍兵士らは約300人となっている。

一方、同国内務省の報道担当者は14日、2日前に起きた余震による同国内の死者は96人に達したと報告した。負傷者は2500人以上となっている。

隣国インドでの犠牲者は17人、中国は1人となっている。

ネパールでは先月25日、M7.8の地震が発生、近隣諸国含め8000人以上が死亡し、多数の村落が壊滅するなどの被害も出ていた。


余震死者100人超す ネパール
産経新聞 5月14日(木)7時55分配信

 【ニューデリー=岩田智雄】ネパールで12日に発生した地震で、ネパール警察によると死者の数は13日、91人に上った。インドと中国での死者18人を加え、3カ国での死者数は109人に上っている。現地の日本大使館によれば、邦人被害の情報はない。

 各地では余震を恐れる住民らが屋外で不安な夜を過ごした。AP通信によると、4月25日の大地震で各国の支援団体の拠点となっているシンドパルチョーク郡チャウタラでは、政府職員が損害を受けた建物から出るよう住民に呼びかけた。

 専門家はAPに、今回大きな揺れがあった地域は約660平方キロで、大地震の際の8千平方キロ弱に比べ限られているうえ、人口密集地ではなく、被害には差があるとの見方を示した。

 米兵とネパール兵8人が乗った米海兵隊の支援ヘリコプターが12日から山間部で行方不明になっており、ネパール軍などが捜索している。米軍当局者は、墜落した形跡はなく、無線などで連絡できなくなっている可能性があるとしている。


<ネパール地震>エベレスト雪崩に恐怖の叫び「やばい」
毎日新聞 5月13日(水)21時54分配信

 エベレスト(8848メートル)登頂を目指す途中、ベースキャンプ(BC)でネパール大地震による雪崩に巻き込まれた東京都日野市の団体役員、村山孝一さん(47)。村山さんのテントは雪で押しつぶされ、BCでは18人が犠牲になった。毎日新聞の取材に「想像したこともない規模の雪崩だった。生きて帰れたのが不思議なくらいだ」と振り返った。

          ◇

 私がヒマラヤの高山に挑んだのは、一昨年9月のマナスル(8163メートル)に続き2度目。プラネタリウムの解説員を20年務めていたこともあり、エベレスト山頂付近の星空を撮影しようと意気込んでいた。

 ネパール政府からはチームでの入山を許可されており、日本人8人で行動を共にした。高地に慣れる訓練をしながら標高5364メートルのBCに着いたのは4月23日夕。BCにはサポートメンバーを含め約7000人が滞在し、活気にあふれていた。日本チームは私たちだけだった。(注=死傷した日本人2人は別の外国人チームに入って登山していた)

 25日の正午前、自分のテントの中で持参した小説を読んでいる時、突然横揺れが来た。最初はめまいかと思った。地震だと気付き、まず恐れたのはBCの眼前にあるアイスフォール(氷河)が崩壊してBCを襲うこと。ビデオを手に外へ出ると、皆が氷河を心配そうに見つめていた。

 まもなくすると風景に変化はなかったが、地鳴りのような音が響き始めた。北西約3キロにある山、プモリ(7165メートル)で巨大な雪崩が起きた音だったが、この日はあいにく雲が低くたれこめ、最初は何なのかが分からなかった。

 20秒ほどして雲を切り裂いて火砕流のような雪崩が向かってきた。これまでの登山で雪崩は80回ほど見ているが、規模が全く違った。「やばい」「来たー!」。仲間が叫ぶ。とっさにテントに戻った。衝撃の緩和と呼吸できる空間の確保を考えて、腰まで寝袋に入って、体を二つに折り曲げて小さくなった。「比較的安全なBCだから」と、ビーコン(音波発信器)やナイフなどを身につけていなかったことは、今思えば甘かったと思う。

 数秒後に雪崩が襲い、テントはぺしゃんこになった。死ぬかと思った。だが幸い、同時に襲ってきた暴風が雪を吹き飛ばし、私は埋もれずに済んだ。見渡すと無事なテントは一つもなく、壊滅状態だった。チームの8人はけがもなかったが、被害は自分たちのチームの周辺に集中し、18人も犠牲になったのは後から知った。あらゆるリスクを考えていたつもりなのに、想像を超える事態が起きた。「これがヒマラヤか……」。思わず口に出た。

 山のスペシャリストが集まっているだけに、その後の行動は素早かった。誰もぼうぜんとしたり、泣き叫んだりしていない。言葉は通じなくても気持ちを通わせ、負傷者の手当てやテントの復旧を協力して進めた。私は散乱した備品を集めた。食料やガソリン、太陽光発電パネル……。中には200メートル以上流されたものもあった。山にはゴミを残してはいけないので、汚物をためる容器も回収した。

 当日の夜は、晴れて星空が広がった。前日まであちこちから酒盛りの声が聞こえていたのに、ひっそりと静まりかえっていた。

 被害のなかったチームもあり、BCには雪崩後も登頂を目指す雰囲気があったが、私たちのチームのリーダーの衛星携帯電話で、被害がネパール全土に及んでいることが分かってきた。皆、エベレストには人生を懸けて来ている。チーム内で議論になったが、結局、アタックを断念した。やむを得ない判断だったと思う。

 9日に帰国し、関係者へ渡す報告書の作成に追われている。いつか、あの場所に戻って再び山頂を目指したい。そのために今回の体験を伝え、安全対策に生かしていかねばと思っている。【聞き手・清水健二】


<ネパール地震>日本人が見た…雪崩が襲うエベレストBC
毎日新聞 5月13日(水)21時50分配信

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雪崩に襲われた直後に撮影したベースキャンプ。辺り一面が雪に覆われ、左手前にはテントが吹き飛ばされて資材だけが残った=2015年4月25日午後0時14分、村山孝一さん提供

 ひしめき合う色とりどりのテントが、一瞬にして雪の中に消えた--。4月25日のネパール大地震で雪崩に襲われ、世界の登山家ら18人が犠牲になったエベレスト(8848メートル)のベースキャンプ(BC)。日本チームの一員として現場に居合わせた東京都日野市の村山孝一さん(47)が、地震発生前後の写真と動画を撮影していた。エベレストに登れるのは春と秋の一時期だけ。世界最高峰を目指し、当時は約7000人が滞在していたという。

 ネパール政府などによると、今月12日の余震も含めた大地震の犠牲者は、周辺国も合わせ約8300人に上るという。【清水健二】


<ネパール地震>「れんがが三重苦を招き、死者増やす」
毎日新聞 5月13日(水)21時16分配信

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地震で倒壊したダルバール広場で救助作業を続ける人たち=カトマンズで2015年4月29日、望月亮一撮影

 ◇現地調査の土木学会チームが報告会

 ネパールで4月25日に発生した地震で、現地調査をした土木学会地震工学委員会のチームが東京都内で報告会を開き、粗悪なれんが造りの建物を中心に崩壊し、多数の死者につながったと説明した。

 目黒公郎・東京大教授は、れんがを積み上げた建物は、▽崩れるのが早く逃げる時間がない▽小さなれんがが崩壊すると生き残るすきまができにくい▽砂ぼこりが発生し息ができない--と指摘。「三重苦を招き、多くの死者が出た」と話した。

 カトマンズ周辺の南北約12キロにわたり、約600棟の建物の被害状況を調べた愛媛大の森伸一郎准教授のチームによると、修復不可能な被害を受けた建物は全体の5%にとどまっていた。大きな被害が出ていたのは、粗悪なれんが造りの建物が中心だったという。

 現地調査チームによると、4月25日の地震は、物の倒れ方や建物などの被害状況などから、地震の規模に比べ揺れはあまり強くなかったとみられるという。別に調査した北海道大のチームは、震度6弱から5弱相当だったと発表している。【藤野基文】


新たな地震で100人超死亡
2015年5月13日(水)21時15分配信 共同通信

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 余震を恐れ、ネパールの首都カトマンズの公園に避難してきた人々=13日(共同)

 【カトマンズ共同】ネパール当局は13日、東部で12日に起きたマグニチュード(M)7・3の新たな地震の死者が91人になったと明らかにした。隣国インドで17人、ネパール国境に近い中国チベット自治区でも1人が死亡したとされ、合わせて109人が犠牲となった。

 ネパールのコイララ首相は13日、緊急声明で国民に平静を呼び掛け「政府は持てるすべての手段と資源を使い、捜索や救援活動を実施する」と約束した。ただ今回の地震で北東部シンドパルチョーク地区や中部ゴルカ地区で道路が寸断され、救援の手配や情報収集に支障が出ている。ネパール政府の災害、復興対策が遅れるのは確実。


ネパール東部の地震死者、90人超える
読売新聞 5月13日(水)20時51分配信

 【イスラマバード=丸山修】ネパール東部で12日に発生したマグニチュード(M)7・3の地震で、同国政府は13日、国内の死者が76人に達したと明らかにした。

 インドや中国など周辺国も合わせた死者は90人を超えた。4月25日に起きたM7・8の大地震の余震とみられ、新たな土砂崩れが各地で相次いでいる模様で、雨期を前に土砂災害の危険性が高まっている。

 首都カトマンズ周辺では、支援活動中の米軍ヘリコプターが12日に行方不明になり、捜索が続いている。ロイター通信によると、川に不時着したとの情報もあり、ネパール軍は捜索に400人規模の地上部隊を投入している。


ネパール大地震 余震の死者、3カ国で90人超す 米海兵隊のヘリ不明も
産経新聞 5月13日(水)20時0分配信

 【ニューデリー=岩田智雄】ネパールで12日に発生した地震で、ネパール警察によると死者の数は13日、76人に上った。インドと中国での死者18人を加え、3カ国での死者数は94人に上っている。現地の日本大使館によれば、邦人被害の情報はない。

 各地では余震を恐れる住民らが屋外で不安な夜を過ごした。AP通信によると、4月25日の大地震で各国の支援団体の拠点となっているシンドパルチョーク郡チャウタラでは、政府職員が損害を受けた建物から出るよう住民に呼びかけた。専門家はAPに、今回大きな揺れがあった地域は約660平方キロで、大地震の際の8000平方キロ弱に比べ限られているうえ、人口密集地ではなく、被害には差があるとの見方を示した。

 米兵とネパール兵8人が乗った米海兵隊の支援ヘリコプターが12日から山間部で行方不明になっており、ネパール軍などが捜索している。米軍当局者は、墜落した形跡はなく、無線などで連絡できなくなっている可能性があるとしている。

 米地質調査所(USGS)によれば、12日の揺れはマグニチュード(M)7・3で、4月の大地震後の最大規模の余震だった。


ネパールに義援金を贈呈
時事通信 5月13日(水)17時29分配信

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ネパールの地震被害に対する義援金を贈呈し、バッタライ駐日大使(中央左)と握手する山崎正昭参院議長(同右)=13日午前、国会内


自衛隊のネパール派遣は遅い? 海外派遣に必要な手続きは
THE PAGE 5月13日(水)16時0分配信

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[写真]ネパール地震を受け、28日に現地入りした国際緊急援助隊。自衛隊は30日からカトマンズで活動を始めた(ロイター/アフロ)

 4月に発生したネパール地震(M7.8)は、首都カトマンズなど同国中部を襲い、8000人以上の死者を出しています。5月12日にはM7.3の余震も発生しました。山岳地帯に位置する同国は地震で道路が寸断されるなど支援活動が十分に行き届いていません。ネパールには、日本からも自衛隊を含む国際緊急救助隊が派遣されていますが、ネット上では実際の派遣が遅かったのでは、との声もありました。災害時の自衛隊の海外派遣にはどのような手続きが必要なのでしょうか。

【動画】ネパール地震 帰国の医師「まだ十分医療が届いてない」

被災国からの要請が派遣のルール
 4月25日、ネパールで非常に強い地震が起こり、カトマンズを含む広域にわたり大規模な被害が発生しました。安倍晋三首相および岸田文雄外相は、スシル・コイララ首相およびマヘンドラ・バハドゥル・パンディ外相に対し、被災者へのお見舞いと被災地の早期復旧・復興の祈念、また日本としての支援の用意を伝えるメッセージをそれぞれ発出しました。

 ネパール政府はその日のうちに各国に対し緊急援助の要請を行ないました。被災国政府の救助要請を受けて緊急援助隊を派遣するのがルールです。この要請がなければ善意であっても他国に押しかけるわけにはいきません。

 日本の緊急援助には、外務省が中心になって関係省庁と協力して派遣する救助チーム、医療チーム、専門家チーム(例:地震の専門家)と、それに自衛隊の部隊の合計4つのタイプがあります。自衛隊はとくに大規模な災害の場合に派遣されます。

 自衛隊の部隊が外務省派遣チームに入らないのは、指揮命令系統や行動様式などが異なるためですが、4タイプはいずれも「国際緊急援助隊の派遣に関する法律(国際緊急援助隊派遣法)」にしたがって派遣され、行動します。

 緊急援助を実施する際、どの国にとっても問題となるのは迅速な実施です。一般的に、時間がかかる理由としては、救助隊を派遣する側ではいつでも派遣できるよう物的・人的準備を平時から行うのが容易でないことや、被災国の側では、外国からの援助隊を受け入れない方針の国があること、場所によっては外国からの援助チームが立ち入れないことなどの事情があります。かつて、被災国政府が援助要請を発出しているかどうかが明確でないため時間がいたずらに経過した例もありました。

自衛隊は30日からカトマンズで活動
 日本が緊急援助を行なう場合には、これら一般的な事情に加えて、まず、実情を調べるため調査チームを派遣し、その調査結果に基づき援助チーム本体を派遣するという手順を踏むために時間がかかることがよくありました。このような2段構えの方法は、実情に応じた適切な対応をする、たとえば必要とされる器具や医薬品をきちんとそろえた上で行動するという意味では合理的ですが、どうしても時間がかかりすぎるので、なんとか迅速に対応するため努力が重ねられてきました。

 ネパールでの地震の際には、25日の午後10時前に日本政府はネパール政府からの援助要請を受領し、政府は同日中に外務省中心の援助隊の派遣を決定し、26日の夕刻に70人の救助チームがチャーター機で出発しました。非常に早い対応だったと思います。しかし、カトマンズ空港のキャパシティが小さいためバンコクで乗り換え、飛び立った商用機が機体の都合で引き返したこと、やっとカトマンズへついても空港の混雑(混乱に近かった)のため着陸許可が容易に得られなかったことなどの事情が重なり、救助隊がカトマンズ入りしたのは28日の昼前、活動を開始したのはその日の午後でした。

 また、これに次ぐ医療チームの46人は28日に出発しました。

 中国やインドなどネパールの隣国とは客観条件があまりにも違うので比較になりませんが、日本の対応は決して遅くなかったと思います。一部には日本の輸送体制に問題があるという意見もあるようですが、以前の2段構えの派遣と比べると格段の進歩です。 日本は事前調査をまったくしなくなったのではありません。今回は、最初の救助隊派遣と並行して外務・防衛両省の職員から成る調査チームを送り出していました。このようにできることから迅速に実施していくのは有効な方法です。

 今回、自衛隊の部隊も派遣されました。自衛隊の場合はまず27日に「自衛隊行動命令」が発出され(派遣の決定に当たります)、医療援助隊と国際緊急援助空輸隊が編成され、医療援助隊の一部である初動対処部隊の約20人が30日からカトマンズで活動を始めました。

 現在、カトマンズ市内では日本からの第二次派遣隊が複数の公園や避難所で医療を中心に活動を継続しており、現地の政府・国民から厚く感謝されています。

「PKO法」と「国際緊急援助隊法」
 かつて、自衛隊の部隊を海外へ派遣するのは、どんな場合でも日本国憲法に抵触する恐れが大きいと考えられていました。1987年に国際緊急援助隊法が制定された時もそのような考えが支配的でしたが、その後、湾岸戦争を契機に日本の国際貢献のあり方が再検討され、憲法が禁止する「武力の行使」の危険がない場合には海外派遣も可能との考えが採用されるようになり、「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(いわゆるPKO法、1992年成立)」と同時に、国際緊急援助隊法が一部改正され、(1)自衛隊の隊員または部隊に国際緊急援助活動を行わせること、(2)同活動を行うための人員や機材などを自衛隊の部隊または海上保安庁の船舶により輸送させること、が可能となりました。

 PKO法は紛争後の平和維持、国際緊急援助隊法は主に海外の災害支援が目的として法制度が整備されたのです。

 この結果、自衛隊はこれまでにトルコ、イラン、タイ、インドネシア、パキスタン、フィリピンなど10か国以上に国際緊急援助隊を派遣しています。

「海賊対処法」と「国際緊急援助隊法」
 さらに、自衛隊の海外派遣としては、2009年のソマリア沖での海賊対処があります。これは国際緊急援助とはいくつかの点で異なっています。問題の海賊の横行は2007年ごろから目立ってきました。この海域は日本の船舶も多数利用しており、その保護の観点からも、また、国際協力の観点からも日本としても対応が必要となり、とりあえずは自衛隊法ですでに認められていた方法である「海上警備行動」として、海上自衛隊の艦船が派遣されました。そして、間もなく海賊対処法が制定され、それ以降は同法にしたがって行動することになりました。

 海賊に対処するにはどうしても武器の使用が必要となることがあります。そうなると憲法との問題があるので国会での承認も必要です。国際緊急援助との具体的な違いはつぎの諸点です。

第1に、海賊対処は同年に成立した「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律(海賊対処法)」に従って行われますので、「国際緊急援助法」に従って行われる国際緊急援助と根拠法が違っています。

第2に、海賊対処の場合は、業務の性質上、定程度の武器使用が必要となることがありうることです。その点ではPKOの場合と類似しています。国際緊急援助隊はまったく武器を携行しません。

第3に、国会での承認の態様においても業務の性質の違いが反映され、海賊対処の場合は法律で活動結果を国会に報告することが義務付けられていますが、国際緊急援助の場合は結果を「随時報告」することが法律成立の際の決議(附帯決議)で求められているにすぎず、法的な義務ではありません。

 自衛隊によるこれら3つの種類の活動を国民は理解・支持していると思われます。内閣府が2012年に実施した世論調査では、国際平和協力活動について「大いに評価する」が32・0%、「ある程度評価する」は55・4%と、評価する意見は9割近くに達しました。

(美根慶樹/平和外交研究所)

■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹


新たな地震の死者80人超、建物多数倒壊 救助急ぐ ネパール
AFP=時事 5月13日(水)15時52分配信

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ネパールの首都カトマンズで、地震により崩壊した建物のがれきの中で生存者を捜索する救助隊(2015年5月12日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールでは、12日に新たに発生したマグニチュード(M)7.3の地震の生存者の救出活動が、翌13日も続いている。各地では地滑りが発生した他、多数の建物が崩壊。周辺国を含めた死者は80人以上で、先月25日に起きたM7.8の地震の死者数との合計は8200人を超えた。

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 ネパール内務省報道官によると、新たな地震によりこれまでに65人が死亡。またインド北部で17人、中国のチベット自治区で1人が死亡した。

 ネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)では、先月の地震で損傷していた大型の建物2棟が倒壊。だが、さらに被害が大きかったのは、先月の地震で最悪規模の被害が出ていたドラカ(Dolakha)地区とシンドパルチョーク(Sindhupalchowk)地区の2地区だった。

 バムデブ・ゴータム(Bamdev Gautam)内相によると、ドラカ地区では多数の家屋が倒壊。死者数は今後増える恐れがある。また赤十字(Red Cross)によると、シンドパルチョーク地区チャウタラ(Chautara)では数百人規模の負傷者が出ている。【翻訳編集】 AFPBB News


米軍ヘリ、ネパールで不明「燃料に問題」と連絡
読売新聞 5月13日(水)15時29分配信

 【ワシントン=今井隆】米軍は12日、ネパール中部で発生した大地震で人道支援や災害救助に当たっていた海兵隊のUH1Y「ヒューイ」ヘリコプターが同日夜、行方不明になったと発表した。

 ヘリには米兵6人とネパール軍の兵士2人が乗っていた。

 米軍によると、ヘリは首都カトマンズ東方のチャリコット付近を飛行中に連絡が途絶えた。ロイター通信によると、搭乗員は消息を絶つ前、燃料に問題が生じたことを伝えていたという。米軍やネパール軍が捜索を続けている。

 米軍はネパールにおける支援活動に米兵300人以上、在沖縄海兵隊のMV22オスプレイ4機、UH1Yヘリ3機、C17輸送機4機などを派遣している。


余震死者80人超=ネパール
時事通信 5月13日(水)14時52分配信

 【ニューデリー時事】ネパール東部で12日発生したマグニチュード(M)7.3の余震で、同国内務省は13日、少なくとも65人が死亡、2000人近くが負傷したことを明らかにした。隣国のインドと中国でも計18人が死亡しており、周辺国を合わせた死者は80人を超えた。 


ネパールに義援金贈呈
時事通信 5月13日(水)12時57分配信

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バッタライ駐日ネパール大使(右)に地震被害に対する義援金を贈呈する大島理森衆院議長(左手前から2人目)。大使は「温かい支援、大変ありがたいと思っている。連帯の証しだ」と謝意を表明=13日午前、国会内


衆参がネパールに義援金
時事通信 5月13日(水)12時41分配信

 大島理森衆院議長と山崎正昭参院議長は13日、大震災に見舞われたネパールのバッタライ駐日大使と国会内で個別に会い、全議員から募った義援金を贈呈した。衆院は約240万円で、参院は約120万円。大使は「温かいお気持ちは必ずネパールの政府と国民に伝える。両国関係はさらに強化されるだろう」と謝意を示した。 


米軍ヘリコプターが行方不明、ネパールで救援物資輸送中
AFP=時事 5月13日(水)11時25分配信

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ネパール・チャリコットで、UH-1Y ヒューイ・ヘリコプターから物資を降ろすネパール軍兵士(2015年5月5日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールで地震被災者への救援物資を輸送していた米海兵隊のヘリコプター1機が12日、乗員8人を乗せて行方不明になった。当局が、明らかにした。

ネパールでまたM7級の地震 24人死亡、住民に恐怖再び

 米太平洋軍(US Pacific Command)のデイブ・イーストバーン(Dave Eastburn)報道官は、「人道支援と災害救助活動にあたっていたヘリコプターが、チャリコット(Charikot)付近で消息を絶った」と述べた。ヘリコプターには米海兵隊員6人とネパール軍兵士2人が乗っていた。

 行方不明のヘリコプターは「UH-1Y ヒューイ(Huey)」で、防水シートとコメを輸送していた。同機は支援物資を降ろした後、別の目的地に向かったという。

 米国防総省のスティーブン・ウォレン(Steven Warren)報道官によると、同機は行方不明になる直前、乗員が無線で「燃料に問題があることを話していた」ことを明らかにした。

 航空機による日没前の捜索では、煙や墜落現場などは発見されておらず、同機が安全に緊急着陸をした可能性があることに希望を持っているとウォレン報道官は述べた。

 地上ではネパール軍が捜索を続けているが、空中からの捜索は夜明けを待って再開される。【翻訳編集】 AFPBB News


<ネパール余震>うわさで恐怖 首相「落ち着いて」
毎日新聞 5月13日(水)11時20分配信

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ネパールを再び襲った大地震の後に野外で眠る被災者ら=カトマンズで12日、AP

 【ニューデリー金子淳、ワシントン西田進一郎】ネパールのコイララ首相は12日、4月の大地震の余震とみられるマグニチュード(M)7.3の地震を受けて演説し、国民に平静を守るよう呼びかけた。

 地元警察によると、東部では住民が逃げる際に将棋倒しとなり、負傷者が出たという。首都カトマンズ近郊の男性は電話取材に「また大きな地震が来るといううわさがあり、みんな恐怖を感じている」と話した。

 一方、米軍は12日、ネパール中部ドラカ地区で人道支援・救援活動に当たっていた米海兵隊のヘリ「UH1」1機が消息を絶ったと発表した。米海兵隊員6人とネパール軍兵士2人が乗っていた。ロイター通信によると、消息を絶つ直前、乗員は無線で燃料に問題が生じたと話していたという。米軍はネパールにUH1ヘリ3機、垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ4機などを派遣している。

 12日の地震でネパール国内で少なくとも57人、隣国インドなどでも約20人が死亡した。


ネパール余震、今後も活発な地震が継続とUSGS
ナショナル ジオグラフィック日本版 5月13日(水)11時16分配信

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余震で避難する人々(Photograph by Metin Aktas/Anadolu Agency/Getty Images)

 ネパール東部で12日、マグニチュード7.3の地震が起こった。多数の死者が出ているほか、地すべりも発生しており、この地域が世界有数の地震発生地域であることを知らしめた。

【写真で見る】ネパールM7.3余震、現場の写真10点

 米国地質調査所(USGS)では今後も余震が続く可能性があるとみており、ここ数週間のものより強い揺れになることもあり得るとの見方だ。ある箇所で地震が発生すれば、隣り合った断層にストレスを加える原因になるため、地震がさらに地震を呼ぶことは珍しくない。

 USGSによれば、マグニチュード推定7.3という12日の地震は、先月25日に発生した大地震以降の数十回の余震の中でも最大だという。この余震で少なくとも68人が亡くなり、数千人が負傷した。

4月の地震で破壊された断層で
 今回の余震は震源の深さが約15キロと推定される。USGSによると、沈み込むインドプレートと、その上に載っている北のユーラシアプレートの境界を示す主ヒマラヤ断層に沿って衝き上げが起こったのが原因と考えられるという。

 12日の余震は、マグニチュード推定6.3の余震から間もなく発生した。USGSによれば、強い余震が発生したのは現地時間の正午。ネパール、コダリから南東に18キロ、カトマンズから南東に76キロの場所で起こった。

 この地点は、4月25日に大地震が起こった地点よりも150キロ南東にある。25日の大地震では8000人以上が死亡し、このときの地震のエネルギーは(12日の余震の)5.6倍を超す。ネパールでは、マグニチュード6を超える地震が過去100年で4回起こっており、大きな地震はそれ以前から多く発生している。

 カリフォルニア大学リバーサイド校の地震学者デビッド・オグルズビー氏は、「この余震は4月に破壊が起こった断層の東端に沿って発生しています」と説明する。

 オグルズビー氏はこの仕組みを、シャツを引き裂く動作にたとえた。「シャツに裂け目を作ってからもう一度着たら、新しい裂け目は最初の裂け目の端に最もできやすいはずです」。

氷河湖決壊のおそれも
 つまり、この地域ではさらなる余震、あるいは新たな地震に見舞われる可能性がある。しかし、原因は非常に複雑なため、発生しうる地震の規模や確率は専門家でも予測できない。

 ネパールでは間もなくモンスーンの季節が始まる。今回の揺れによって山の斜面が不安定になっている場合、今後さらに地すべりが起こるかもしれないとオグルズビー氏は懸念している。また、高山にある湖が自然のダムのようにかろうじてせき止められているツォ・ロルパ氷河湖などが、決壊し洪水を起こす危険性もある。


ネパールM7.3余震、現場の写真
ナショナル ジオグラフィック日本版 5月13日(水)10時44分配信

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屋外にタープが張られた病院の簡易ベッドで横になる患者(Photograph by Jonas Gratzer, Getty)

 ネパールで12日、マグニチュード(M)7.3の大規模な地震が発生した。

 4月25日に襲ったM7.8の大地震から2週間余り。それはすでに損傷している建物を倒壊させ、度重なる余震におびえる人々をさらに追い詰めている。

【写真】10点の写真で見る余震後の状況


米海兵隊のUH1多用途ヘリ
時事通信 5月13日(水)10時12分配信

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ネパールの空港に到着した米海兵隊のUH1多用途ヘリコプター=カトマンズ、米海兵隊が3日公開


ヘリ不足で村々が孤立、ネパール大地震
ナショナル ジオグラフィック日本版 5月13日(水)10時8分配信

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ゴダタベラ村に到着したネパール軍のヘリコプター。地震発生時、軍所有のヘリのうち全国に分散した被災者救助に向かえるものは9機しかなかった。(PHOTOGRAPH BY AUSTIN LORD)

 ネパールで発生した大地震から2週間が経過した。急峻な地形の同国では今もなお混乱が続いており、輸送手段として有用なのは唯一、ヘリコプターだけだ。

ネパールM7.3余震、現場の写真10点

 地震発生時、ネパールにあったヘリは、軍所有の9機と民間業者所有の22機のみ。当初はその数少ないヘリを用いて、山奥の村に散らばった推定1万6000人のけが人救助に当たっていた。カトマンズ トリブバン国際空港のビレンドラ・プラサド・シュレスタ空港長代理 は、地震直後の非常事態を振り返り、「もしあと40機ヘリがあったとしても、到底足りなかっただろう」と語る。

 多くのネパール人は、一刻を争う状況でまともにヘリを配備できず、対応が怠慢であるとして政府を非難した。被害が大きかったラスワ郡ランタン地域にある村、キャンジンゴンパに住むラクパ・ジャンバ氏は、「政府は外国人の救助しか考えていませんでした。私たちはいないも同然だし、力もありません。政府は愚かです。この村にはもう何年もリーダーがいないし、選挙も行われていないから何もできない。見捨てられたようなものです」と語った。

 2週間がたった今、全国で高まる支援物資の需要にまったく対応できていないネパールに、インド、中国、米国から23機のヘリコプターが応援にかけつけ、救助活動に取り組んでいる。

「望みは絶たれた」
ネパールは世界でも有数の山岳国家だ。道路網はもともと保守されておらず、地滑りや決壊による穴が多いため頼ることができない。そのため法外に高い経費はかかるが、ヘリコプターを使わざるを得ない。しかし、ネパール軍が所有するヘリコプターの半数は故障中で、飛べるものでも長い内戦でできた銃痕を塞いで使っているような状態だ。

 一方、民間のヘリ会社は震災発生から数日間、治療を必要とするネパール人よりも、立ち往生している外国人の救助を優先した。ジャンバ氏は、村にヘリが訪れたときの光景を思い出し、こう述べた。

「ケガもない外国人が(ヘリに)乗ろうとしていました。私は怒って、パイロットに『村の住民が死にそうで、助けが必要だ。私たちもヘリで助けてくれ』と言いました。するとパイロットは『それはできない。我々は、NGO職員と外国人を助けに来たんだ』と。私たちの望みは絶たれたのです」。

 その後ジャンバ氏は何とかカトマンズに避難し、同じランタン地域スワヤンブナート(モンキーテンプルと呼ばれる観光地)近くから来た100人ほどの住民と一緒に避難所生活を送っている。

 一方で、エベレストの第1キャンプからは100人以上の登山家とネパール人スタッフが民間ヘリで脱出した。被災した現地の人々が苦しみ、憤る中、裕福な西洋の旅行者は続々と救助される。「ヘリ会社はこの土地で10年以上ビジネスを営んできました。ここでお金を稼いできたくせに、いざというときに私たちを助けてくれない。なんという世の中でしょう。誰もが、自分のことにしか関心がない」とジャンバ氏は嘆く。

支援を妨げているもの
 エベレストでの救助が済むとすぐ、民間ヘリはネパール政府から援助要請を受けた。そのころ、インド、中国、米国からのヘリも応援にかけつけていた。

 空輸体制の強化は、ヘリの用途が緊急の捜索・救助活動から、長期的な物資輸送・救助活動に移行したことを示している。民間ヘリ会社の主力機は、Eurocopter AS 350。単発・単ローターで、小型SUV程度のキャビンを有する同機が輸送できるのは、乗客なら5~6人、装備なら1トンほどだ。

 一方、中国が3機、インドが8機配備したMi-17は双発の大型機で、30人の乗客と4トン以上の物資を運べる。米国空軍は、V-22オスプレイを4機派遣した。これは双発の航空機で、ヘリコプターのような垂直離着陸と、プロペラ機のような飛行が可能である。

 海外の政府やNGOから続々と支援が届いているものの、金銭面と物流面に支障があるせいで必要な地域に届けられていないのが現状だ。一番のネックはトリブバン国際空港(TIA)である。1本しかない滑走路に隣接してヘリパッド、軍基地、税関があるこの空港に、救援物資が集まっている。

 しかし、非常時であるにもかかわらず、政府は空域や運用に対する厳しい規制を緩和していない。TIAに着陸した米国海兵隊パイロットのエドワード・パワーズ中佐は、『New York Times』の取材に対し、カトマンズの着陸許可を待つため、「沖縄のランプで72時間も待たされた」と語った。

 同様に、捜索救助隊や物資を運ぶヘリコプターの離陸許可が下りず、出発が数時間も遅れる事態が毎朝続いている。ネパールでは、地形の影響で午後になると雲が増えるため、安全に飛行するためには朝のうちに出発しなければならない。税関職員も、支援物資に対して通常の検査や輸入手順を崩さないため批判されている。これに対し、内務省のスポークスパーソンは先週、「我々は必要なことをやっている」と述べ、その方針を擁護した。

 ネパールのような高地環境で航空機の性能が発揮できない事例も起きている。5月5日付『カトマンズ・ポスト』によると、ドラカ郡に初めて飛行したオスプレイが建物を壊してしまい、「使い物にならなかった」という。

 建物内に勤務する男性は、こう述べている。「オフィスにいたとき、オスプレイがやってきて屋根を吹き飛ばしました。屋根のブリキ板が、外にいた人に当たらなかったのは不幸中の幸いでした。当たっていたら、命はなかったでしょう。あのヘリコプターは、地震に耐えた屋根や塀を壊していったのです」。怒った住民は、着陸を妨害するためにヘリパッドをバイクで占拠した。おかげでオスプレイは、「二度とやってきませんでした」

近づくモンスーンシーズン
 ネパール軍の関係者によると、5月6日時点で、物資334トンが孤立した村に空輸され、4520人の住民と被害者の遺体が運び出されている。しかし、まだやるべきことは数多く残されている。国連人道問題調整事務所によると、地震で倒壊した家屋は25万5954軒、損害を受けた家屋は23万4102軒に上る。6月第2週にはモンスーンシーズンに入り豪雨が予想されるため、防水シートやテントが必要だ。

 ネパールで活動する人類学者オースティン・ロード氏はこう言う。「モンスーンで新たな地滑りが発生する可能性は高いでしょう。地滑りがあった場所は依然として不安定ですし、地震でゆるくなった斜面も豪雨で崩れるかもしれません。新たな地滑りで家屋や畑、道路が被害にあえば、さらに状況が悪化します。雨そのものが、避難生活を送る人々の健康を害する可能性もあります。モンスーンがもたらす新たなリスクを考慮して、タイミングを誤らずに支援し、復興計画を進めることが極めて重要です」


ネパールで余震 3カ国で68人死亡、負傷者千人超える
CNN.co.jp 5月13日(水)10時7分配信

(CNN) ネパール当局によると、同国東部の中国国境付近で12日に発生したマグニチュード(M)7.3の地震による国内の死者は、同日深夜の時点で少なくとも50人に上った。インドで17人、中国でも1人の死者が報告されている。

12日の地震は、4月25日にネパール中部で起きたM7.8の大地震の余震とみられる。大地震の被害からようやく立ち直ろうとした矢先、白昼に襲った大きな揺れで、家屋の倒壊や土砂崩れなどの被害が拡大した。

首都カトマンズの道路は安全な場所を求めて逃げ惑う住民らであふれた。30分後にはさらにM6.3を記録するなど13日未明にかけて余震が続き、住民は戸外にテントを張るなどして不安な一夜を過ごした。

ネパール政府当局者によると、今回の地震による負傷者は1260人以上。がれきの中から数十人が救出された。

インド内務省の報道官は、同国北東部のビハール州で16人、ウッタルプラデシュ州で1人が死亡したと述べた。

中国の国営新華社通信によると、チベット自治区で土砂崩れが起き、車に乗っていた女性1人が巻き込まれて死亡した。この地域では一部の道路が寸断されている。

25日の大地震がカトマンズの西側で発生したのに対し、今回の震源地は東側で、同市からの距離は約75キロ。同市近郊の村落でも新たな被害が報告されている。

専門家によると、現地では今後もしばらく大小の余震が続くとみられる。今回よりさらに大きな揺れがいつ襲ってもおかしくない状況とされるため、十分な警戒が必要だ。

一方、米国防総省によると、ネパールで12日、救援活動に協力していた米軍のヘリコプターが行方不明になった。ヘリには米海兵隊員6人とネパール人2人が搭乗していた。無線通信の記録によると、直前に燃料関連のトラブルが起きていたとみられる。


倒壊した建物を捜索する救助チーム
時事通信 5月13日(水)8時30分配信

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12日、ネパールのカトマンズで、地震により倒壊した建物の中を捜索する救助チーム。


携帯電話で安否を確認する人々
時事通信 5月13日(水)8時30分配信

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12日、カトマンズで、地震の後、屋外へ逃れ携帯電話で安否を確認するネパールの女性たち。


ネパール余震 現地滞在の野口さん「家崩壊、がれきの山」
産経新聞 5月13日(水)7時55分配信

 ネパール東部の中国国境付近で12日、マグニチュード(M)7・3の地震が発生した。先月25日の大地震の余震とみられ、大地震により崩れかけた家屋が耐えきれずに倒壊するなど、各地で被害が広がっているもようだ。

 アルピニストの野口健さん(41)はエベレスト街道沿いのターメ村で大きな揺れを感じたといい、12日午後、東京都内の事務所宛てに無事を知らせる連絡があった。「家の中にいたら突然大きな揺れを感じ、外へ飛び出た直後に家は崩壊した。周囲は砂煙が激しく舞い、がれきの山になっていた」と伝えてきたという。

 野口さんはヒマラヤ登山のため、4月10日にネパール入り。今回の地震の被害状況を調べるため、滞在予定を延長していた。

 「最初ゆらゆらと揺れ始めたので、『また余震かな』と思っていたらどんどん強くなり、外に避難するときも足元がふらつくような揺れだった」と話すのはカトマンズの南、パタンで日本食レストラン「だんらん」を経営する内藤純子さん(53)。現地のラジオからは「大地震で土砂崩れが発生し、大きな被害が出た場所でまた崖崩れが起きた」などの情報が流れているという。

 カトマンズの北東約25キロのメラムチ村に日本赤十字社の医療スタッフとして派遣されている杉本憲治さん(47)は「壊れかけの建物が1つ、2つ壊れたようだ。現地ではみな不安げな表情をしている」と状況を説明した。


ネパール地震 群馬県内初派遣の国際消防救助隊員・平崎さん活動状況など報告
産経新聞 5月13日(水)7時55分配信

 ネパール地震で政府が派遣した国際緊急援助隊チームに国際消防救助隊員として加わった高崎北消防署のレスキュー隊係長代理、平崎良典さん(40)が12日記者会見し、現地での活動状況などを報告した。国際消防救助隊員としての海外派遣は県内初。(椎名高志)

 今回の国際緊急援助隊は消防をはじめ、警察、海上保安庁、医療機関などの関係機関70人で構成し、うち国際消防救助隊は17人。

 国際消防救助隊員は全国77消防本部で599人が登録しており、非常事態の発生に備え、あらかじめ当番日を決めている。県内では高崎と前橋の消防本部に6人ずつ登録されている。いずれも豊かな経験や実績を持つ。

 派遣期間は4月26日から5月9日までだったが、カトマンズ国際空港の受け入れが遅れ、現地入りも4月28日正午ごろまでずれ込んだ。平崎さんは「飛行機はインドのコルカタで燃料補給したりバンコクへ引き返したりした。すぐにでも救出活動にあたりたい気持ちでいっぱいだった」と振り返った。捜索救助活動は旧王宮周辺と農村地帯のサクー、観光客向けのホテルが点在するゴンガブ地区で行ったが、「レンガと粘土がくっついて倒壊現場は隙間のない状態だった。重機も入れず、すべて人海戦術でレンガ一つ一つを手渡しした」と平崎さん。日本チームは旧王宮周辺で女性の遺体を収容したが、「家族のもとへ戻れたか今でも情報がない」という。

 救助経験は10年目になるが、「砂利などから足元を守るスパッツや粘着テープなどの必要性が現地に入って初めて気付いた。人海戦術が救助の基本と改めて考えさせられた」と話す。

 高崎市消防局では、平崎さんの経験を活用するため県内の各消防本部などでの報告会の開催も検討している。


米軍ヘリ、消息絶つ=ネパール
時事通信 5月13日(水)6時48分配信

 【ワシントン時事】米軍は12日、大地震に見舞われたネパールで人道支援・災害救助活動に当たっていた海兵隊のUH1多用途ヘリコプター1機が現地時間同日夜、消息を絶ったと発表した。ロイター通信によれば、ヘリには海兵隊員6人とネパール軍の兵士2人が乗っていた。
 ヘリとの連絡は、首都カトマンズ東方のチャリコット付近で途絶した。ロイターによると、搭乗員は消息を絶つ直前、無線で燃料に問題が生じたと話していた。ネパール軍による地上での捜索活動が続いているという。 


ネパールで米軍ヘリ不明
2015年5月13日(水)5時55分配信 共同通信

 【ワシントン共同】米軍は12日、ネパール大地震で人道支援に当たっていた海兵隊ヘリが同日、同国内で行方不明になったと発表した。太平洋軍司令部によると、米兵6人とネパール軍兵士2人の計8人が乗っていた。

 米軍によると、ヘリはとくに被害のひどかったカトマンズ東方のチャリコット付近で連絡が途絶えた。米軍やネパール軍が捜索しているが、険しい地形のため難航しているという。

 ロイター通信によると、ヘリはコメや防水布を運んでいた。


ネパール救援活動中の海兵隊ヘリコプターが行方不明に
JSF | 軍事ブロガー
2015年5月13日 4時26分

Uh1y
アメリカ海兵隊より5/11撮影、救援活動中のUH-1Yヴェノム

5月12日、ネパールで地震救援活動中のアメリカ海兵隊ヘリコプターUH-1Yヴェノム(ヒューイという愛称の方が有名)が1機、行方不明になった事がアメリカ太平洋軍司令部の発表によって分かりました。海兵隊員6名、ネパール兵2名が搭乗していたとの事です。

行方不明になった現場は首都カトマンズから東へ50km離れたチャリコット地区の付近とされています。

今回は震災救援活動の為にMV-22オスプレイ垂直離着陸輸送機4機のサポート役として、UH-1Yヴェノム3機がネパールに送り込まれていました。UH-1Yの行方不明が判明して直ちにオスプレイ3機が捜索に出ましたが、該当区域を90分間捜索しても成果は無く、夜になってしまったので一旦捜索を打ち切っています。

当該機は行方不明になる前に無線で「燃料に問題」と話していた事が伝えられています。それが燃料不足を意味するのか燃料系統のトラブルなのかは、分かっていません。


恐怖まざまざ「もう駄目」=復興機運くじく―ネパール
時事通信 5月12日(火)21時56分配信

 【ニューデリー時事】8000人以上の死者を出した大地震から18日目、復興に向けて機運が高まりつつあった中、ネパールは再び強い余震に襲われた。「この国はもう駄目かもしれない」。首都カトマンズ在住の主婦シタ・ブダトキさん(60)は声を震わせた。
 ネパールでは、海外からのボランティアや住民が、各地で倒壊した建物のがれきを片付け始めたところだった。「『悲しみを乗り越え、もう一度生活を立て直そう』と家族や友人と話し合っていた」とブダトキさん。
 そして再び襲った強い地震。4月25日の大地震では一部が損壊しただけで残った建物も倒壊。恐怖の記憶を呼び起こされた住民らはパニックに陥り、われ先に建物から走りだした。
 再び逃げ惑う人々の悲鳴と白煙に包まれた首都。「ようやく立ち直ろうと頑張り始めたのに、これでまたテント生活だ。この国はどんどん貧しくなる」とブダトキさんは途方に暮れた。
 市内で飲食店を経営するウスタブ・コイララさん(30)は3日前に店を再開したばかりだった。「次はいつ地震が来るのか不安で、もう店には戻れない。家族と地元の村に帰るしかない」と深いため息をついている。 


ネパール地震での捜索活動
時事通信 5月12日(火)21時25分配信

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12日、カトマンズで、地震によって倒壊した家屋での捜索活動に当たるネパールの警官隊。


路上に座り込む女性
時事通信 5月12日(火)21時25分配信

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12日、地震が襲ったネパールのカトマンズで、路上に座り込む女性。


<ネパール余震>M7.3死者60人 家屋倒壊や地滑り再び
毎日新聞 5月12日(火)21時12分配信

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倒壊したビルの跡地で犬を使って生存者を探すレスキュー隊=カトマンズで2015年5月12日、AP

 【ニューデリー金子淳】米地質調査所(USGS)によると、ネパール中部で12日午後0時50分(日本時間同4時5分)ごろ、マグニチュード(M)7.3の地震があった。震源は首都カトマンズから北東へ約76キロのコダリ付近で、震源の深さは約15キロだった。また、約30分後にも近くでM6.3の地震が起きた。AP通信などによると、ネパールでは少なくとも42人が死亡、1117人が負傷した。隣国インドで17人、中国チベット自治区でも1人が死亡し、死者数は計60人となった。

 今回の地震は、4月25日に発生したネパール中部を震源とする大地震(M7.8)の余震とみられる。震源はこれまで最大規模の被害が出ていた中部シンドゥパルチョーク地区付近。報道によると、同地区の中心都市チョータラでは複数の家屋が倒壊し、4人が巻き込まれて死亡した。AP通信によると、複数の地滑りが発生し、100人以上が負傷したという。同地区に住む教師、クリシュナ・サプコーターさん(48)は電話取材に「最初(4月25日)の地震と同じぐらい大きかった。周辺の家屋は非常に危険な状態だ」と話した。ネパール山岳協会によると、エベレスト付近の山間部では多くの家屋が倒壊しているとの情報があるが、通信状態が悪く、被害状況の把握は難航しているという。

 首都カトマンズでは地震発生直後、住民らが走って屋外へ避難した。複数の建物が倒壊したとの情報もある。カトマンズにあるネパール唯一の国際空港・トリブバン空港は一時、運航を中断した。空港で客待ちをしていたタクシー運転手のサロージさん(35)は電話取材に「揺れは1分弱続き、大勢の人が空港の外へ走って逃げてきた」と話した。

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