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2015年5月 4日 (月)

ネパール中部でM7.8の地震・16

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに7500人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

またインドやチベットなどでも多数の被害が出ている模様。

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リンク:「耐震技術で支援を」 ネパール外相、日本に期待 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遊び場奪われた ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール被災者に「助け合いの精神」 東日本大震災同様に略奪や暴動見られず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 校舎575棟全壊 「学校で友達に会いたい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>教育施設も深刻被害 教室1万2470全壊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>震源地バルパク「ツナミにやられたようだ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>がれきの中 体横たえ 次女かばい逝った母 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震で小中高の半数被災、遠い全校再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>死者7557人に 沖縄オスプレイが現地着 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 パンデ外相「長い友人の温かい対応に感謝」「歴史的建造物修復に期待」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 略奪・暴動みられず 日本と同じ「助け合いの精神」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:嘉手納基地からネパールに向かう米海兵隊員ら - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、1.2メートル隆起=断層4メートルずれか―国土地理院 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:インド亜大陸の加速原因推定=3倍速で北上、ユーラシア衝突―大地震の背景・米大学 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、101歳「がれきの下に7日間」は間違い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールに沖縄のオスプレイ=米軍 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大地震の死者7600人超に - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール大地震 日本の捜索犬、疲労で点滴受け活動 各国の救出チームは続々引き上げ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、米軍オスプレイとC17が到着 ヘリが活動開始 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:カトマンズ周辺、最大1・2m隆起…国土地理院 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:普天間のオスプレイ、ネパールへ - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール地震で外国人58人死亡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>「今季のエベレスト登山の再開が難しく」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>死者が7276人に けが人1万4300人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:外国救助隊、活動終了へ=被災者救援に移行―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>「でも頑張る」観光業の在留邦人に打撃深く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、山間部に残る重傷者救出が急務 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 8日ぶり男性救出「小麦粉で飢えしのぎ」 外国人旅行者の死者58人、112人が不明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール、AIIBに支援要請へ - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール大地震 地元紙で自衛隊の救援活動紹介 博物館で活動も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、エベレスト登頂の中止決める登山会社相次ぐ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 10万余冊所蔵の国立図書館が半壊、散乱する書籍…旧王宮施設、200年以上前の古書も危機 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【外信コラム】インドと中国にはさまれたネパール 災害支援の“本音” - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震の教訓、企業は海外の自然災害に備えよ 新興国、アジア地域は特に自然災害リスクが高い - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

「耐震技術で支援を」 ネパール外相、日本に期待
産経新聞 5月6日(水)7時55分配信

 【カトマンズ=吉村英輝】ネパールのパンデ外相は5日、産経新聞と単独会見し、「救出作業は85%完了した」とし、今後は被災者支援に注力していく方針を示した。日本が申し出ている歴史的建造物の修復作業支援については「長い友人としての温かい対応で、ありがたく受け入れる」との姿勢を示した。

 パンデ氏は、食糧支援や仮設住宅などの支援を本格化させるため、政府は20億ドル(約2400億円)の基金を設けたと説明。ただ、「十分ではなく、各国からの応援が必要」とする一方、受け入れには「それぞれの国が示す条件を見極めていく」とした。

 日本には、歴史的な建造物に加え、「地震国として培った耐震技術などで復興の支援を」と期待を込めた。

 一方、台湾が打診した捜索救助隊派遣を断ったことについては「ワンチャイナ・ポリシーを支持している」とし、政府として台湾を認めないと明言。「非政府組織(NGO)の形でなら受け入れていた」と述べた。


遊び場奪われた ネパール地震
産経新聞 5月6日(水)7時55分配信

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【ネパール大地震】こどもの日の5日のネパールの子供たち。カトマンズ近郊バクタプルのトウマディー広場で、崩れ落ちた寺院から運び出された石像で遊ぶ男の子=5月05日、ネパール・バクタプル(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 大地震に襲われたネパールでは、子供に十分な食糧が行き届かず健康が悪化する懸念が強まっている。ユニセフ(国連児童基金)によると、緊急の人道援助を必要とする子供は約170万人。「感染症のリスクも高まっている」(ユニセフ)という。首都カトマンズ近郊バクタプルの広場には5日、崩れ落ちた寺院から運び出された石像で遊ぶ男の子の姿があった。


ネパール被災者に「助け合いの精神」 東日本大震災同様に略奪や暴動見られず
産経新聞 5月6日(水)7時55分配信

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カトマンズ市内の避難所で、コメなどの配給のため列を作る被災者たち(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震は5日で発生から10日を迎えた。食糧事情の悪化が懸念されているが、目立った暴動は起きていない。無人の商店街では略奪も見られず、テント暮らしの被災者は比較的穏やかに過ごす。東日本大震災でも略奪などはほとんどなく、海外から称賛された。ネパール在住の日本人らは「こちらにも助け合いの精神がある」と両国の類似性を語った。

 首都カトマンズ最大規模の避難所となったラトナ公園では約2500人がテントで暮らし、毎日、ネパール軍による配給がある。配給のたびに1千人以上の列ができるが、整然と一列に並び、割り込む人もいなければ、支援物資を奪い合うこともない。

 テントで暮らす4人家族のダルマラール・サキアさん(44)は「ここに来れば皆さんが助けてくれる。大変ありがたいことだ。皆で分け合えば、なるようになるし、騒いでも仕方がない」と話す。

 ネパールに14年間在住する酒卸会社経営、高田英明さん(48)は「持てる者が持てない者に与える助け合いの精神があり、物を奪ったりした人は強く非難され、その社会で生きていけなくなる。輪廻(りんね)転生の宗教的精神もあり、起こったことに対し悔やむのではなく、あっさりと納得するという気質がある」と説明する。

 同国在住約20年の日本語教師、坂本みどりさん(64)も「政府の支援に頼るのではなく自ら何とかしようという気概がある」と強調。もともと貧しい国で、インフラも整っていない。半日の停電が当たり前で、不便な生活には慣れているという。豊かさを示す国連の指数で、ネパールは187カ国中145位(2014年版)だ。

 カトマンズで医療支援活動に携わる陸上自衛隊の佐藤裕己・2等陸曹(34)は、東日本大震災でも震災直後から約2カ月、被災者の巡回診療をした経験がある。佐藤氏は「被災されたネパール人は、日本人の被災者と同じように結構、表情が明るくて気持ちのよい対応をされる。こちらが逆に元気を分けてもらっている」と話す。

 06年のジャワ島中部地震で被災後に略奪や暴力行為が発生するなど、今回のネパール地震と同様レベルの災害では過去、略奪や暴動がニュースになってきた。

 ただ、在ネパール日本人会の水橋雄太郎会長(54)=JICA専門員=は「今は無事を親族たちと喜び合うことの方が大事。長期的には、家を失った人や仕事がなくなった人を助けていく必要がある」と継続的な支援の必要性を訴えた。


ネパール地震 校舎575棟全壊 「学校で友達に会いたい」
産経新聞 5月6日(水)7時55分配信

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5日、カトマンズ中心部の公園にNGOなどが設置したテントで遊ぶ子供たち (早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=吉村英輝】ネパール内務省は5日、大地震による同国内の死者数が7557人になったと発表した。首都カトマンズでは避難所の整備も進んだ。ただ完全復旧の見通しは立たず、テント暮らしを強いられる子供たちは被災前の生活に戻れる日を心待ちにしている。

 カトマンズ市内最大規模の避難所トゥディケル広場。水や乾物は1日2~3回配給されるようになった。だが、両親と兄弟4人で避難するジャムナさん(14)は、「料理した食事を食べたいけど、家におコメを買うおカネはないの」と言う。「でも、本当に欲しいのは学校で友達や先生に会うこと」とも。学校は閉鎖されたままだ。

 地震が起きた4月25日は土曜で休日だった。多くの学校が倒壊したが、子供は家にいた。ジャムナさんは、ベッドの下に隠れた。「地震の時は硬いものの下にと学校で習った」。家族も全員無事だった。

 テント生活が続く彼女の息抜きの場は、広場の片隅に設けられた「子供エリア」だ。家は傾き、教科書も制服も取りに帰れない。ボランティアが差し入れた本をここで読み、“居場所”にしている。

 避難所で子供たちの面倒を見る元教師のアガサさん(70)は「ちょっとしたことで怖がる子供が多い。ため込んでいる恐怖をお絵かきなどではき出させてあげたい」と話した。

 避難所の統括責任者、ネパール陸軍ラナ大佐は、地震発生直後の広場は、余震を恐れた避難民約9千人でごった返していたという。約300人の兵士を展開して80のテントを張り、簡易トイレ60個を設置した。

 家に戻る住民も増え、広場の避難者は2千人に減った。だが今後、地方から被災者が運ばれてくる。「テント数を増やし、帰宅可能被災者と必要な仮設住宅数を精査するのが課題」だ。避難者の5分の1強、約450人が子供だが、軍にケアのノウハウはない。

 教育省のネパル長官は5日、産経新聞に、地震により36地区で校舎575棟が全壊、969棟が半壊したと説明。竹とシートによる仮設校舎設置や教科書支給などに28億8千万ネパールルピー(約34億円)を計上し、今月15日の学校再開を目指すとしたが、作業が予定どおり進むかは不透明だ。


<ネパール地震>教育施設も深刻被害 教室1万2470全壊
毎日新聞 5月6日(水)2時31分配信

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壁面が崩れ落ちた国立パドマ学校の本館。子供たちががれきで遊んでいた=ネパール中部バクタプルで2015年5月2日午前10時、平野光芳撮影

 ◇28万教室の4% 多くの校舎はれんが造り

 【カトマンズ平野光芳】ネパールの大地震で、少なくとも1万2470の教室が全壊するなど教育施設も深刻な被害を受けていることが5日、同国教育省のまとめで分かった。全教室の約4%だが、調査が進めばさらに増えるのは必至だ。4月25日の地震発生が授業のない土曜日だったため「惨事」は免れたが「平日なら多くの生徒が被害を受けていた」と話す校長もいる。政府は15日以降に授業を再開させたい意向だが、校舎の復旧や耐震化は難題で、今後の教育にも影響が出そうだ。

 ネパールには3万5000校の9万棟に28万の教室があり、全壊は今のところ約4%に当たる。最大規模の被災地のシンドゥパルチョーク地区では4000教室以上に被害が出た。

 多くの校舎はれんが造りで強度に問題があり「カトマンズ周辺に限っても4分の3の校舎で耐震工事が必要だ」との分析が出ていた。

 ネパールでは予算不足や防災意識の低さから学校の耐震化が遅れていた。政府は近年、アジア開発銀行(ADB)の支援で学校の補強工事を進めてきたが、実際に終わったのは試験的に実施した約200棟のみ。全てに調査や工事を広げるには、約600億円かかるとの試算もある。

 ADBネパール事務所の横山謙一所長は「建築基準はあるが現場であまり守られていない。今回の地震を機に、政府や国民が防災に対する意識を変え、学校の耐震化を進めていく必要がある」と話す。

 カトマンズ近郊の古都バクタプルにある国立パドマ学校は、幼稚園児から大学生まで約1700人が通う。築70年の本館は壁などが崩落し、ラマ・ハダ校長(42)は「もし学校が休みでなかったら生徒数百人が被害を受けていたかもしれない」と不安がる。数年前に建設された図書館棟は無傷だった。

 カトマンズの別の学校では、地震で壁面のれんがが崩壊した。学校関係者によると当時、生徒はいなかったが、脇の道路にいた通行人や露天商ら12人ががれきの下敷きになって死亡したという。


<ネパール地震>震源地バルパク「ツナミにやられたようだ」
毎日新聞 5月5日(火)22時43分配信

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地震で壊滅的な被害を受けた震源地の村バルパク。見わたすかぎりの建物が崩壊した。近所に住む知人6人が死亡した場所でアズテックスミー・ガレさんは当時を思い、そっと目頭を押さえた=ネパール・ゴルカ地区で2015年5月4日午後1時3分、望月亮一撮影

 ◇標高2000メートル 「ドルルルル」大きな揺れが2分間

 【バルパク(ネパール中部ゴルカ地区)金子淳】ネパール大地震の震源地の村バルパクに4日、入った。標高約2000メートル。急な斜面を5時間かけて登り切った先に、これまで見たことのないような多量の石や廃材があった。尾根に広がる村の中心地のはずだった。「道の両側に家や店が並んでいたが、全てなくなった。ツナミにやられたようだ」。鳥のさえずりが響く中、村人が言った。

 中部ゴルカ地区の中心都市ゴルカからふもとの村バルワまで四輪駆動車で約3時間。そこから約1000メートルを登った。道は至るところで崩れ、巨岩が転がっている。ネパール軍兵士がむき出しの斜面をシャベルで削り、階段を付けていた。

 何度も大きなかごを背負った人とすれ違った。バルワまで救援物資を取りに行くバルパクの村人だ。女性や子供、老人も多い。雑貨店経営のチョウンさん(41)は、バルワの学校で寮生活をしていた息子(14)を捜しに行く途中だった。

 バルパクは山頂に近い尾根の上に約1500戸が集まっており、外国人旅行者も訪れる風光明媚(めいび)な土地だった。だが、大地震で9割以上が倒壊し、約70人が死亡。残った家屋も柱や壁が壊れ、人が住める状態ではない。車が通れた山道は崖崩れで寸断され、村は孤立した。一面の茶色いがれきの中にたたずんでいたアズテックスミー・ガレさん(22)は「美しい村だったのに完全に壊れてしまった」と、目に涙を浮かべた。

 「ドルルルル」。4月25日の昼、マグニチュード(M)7・8の大地震で、バルパクではごう音とともに大きな揺れが約2分間続いた。大工仕事をしていたテクバードル・ガレさん(50)は、山のあちこちで地滑りが起き、もうもうと空に舞い上がる土煙を見た。

 石細工師のチェバードゥル・グルムさん(51)は自宅の庭で仕事をしていたが、激しい横揺れで思わず地面に倒れ、一瞬気を失った。気がつくと自宅は崩れ、中から母(65)の叫び声が聞こえた。「ここから出して」。夢中で掘り、めい(7)らを助け出したが、約20分後に再び大きな余震が起きた。すると、がれきの中から炎の柱が噴き上がり、自宅は黒焦げになった。

 娘(5)ら4人が見つかったのは6日後。歯と小さな骨片だけになっていた。「何も残らなかった。でも怒っても仕方がない」

 発生から約4時間後、一度、軍のヘリが上空に来たが、着陸せずに飛び去った。村人はがれきの中からわずかな米を見つけ出し、ひとつまみずつ分け合ったという。その夜、雨が降った。誰もが眠れず、広場をうろうろ歩き回った。

 最初の救援物資が届いたのは翌日。インド軍のヘリが飛来した。その後も1日数回ヘリは来るが、テントは数家族に一つだけと、何もかもが不足している。

 だが、村人には明るさがあった。子供はテントの周囲を駆け回り、女性は井戸で洗濯しながら時折、笑い声を上げていた。かろうじて残った雑貨店で食事や飲み物の在庫を売っていたウサデビ・ガレさん(42)は「ここもいつ崩れるか分からず怖いけれど、人が来るから店を開けた」と、照れくさそうに笑った。

 下山中、救援物資をかごに積んだ村人たちが続々と登ってきた。その中に、見覚えのある顔があった。ふもとまで子供を捜しに行くと言っていたチョウンさんが、打って変わったような晴れやかな笑顔で言った。「やっと息子に会えたよ。気をつけて」


<ネパール地震>がれきの中 体横たえ 次女かばい逝った母
毎日新聞 5月5日(火)21時47分配信

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かごで眠る三女を囲む(左から)次女アスタちゃん、父ラトナさん、長女モニカちゃん、ラトナさんの母バガワティさん=ネパール・シンドゥパルチョーク地区で2015年5月4日午後3時20分、竹内良和撮影

 【チョータラ(ネパール中部シンドゥパルチョーク地区)竹内良和】ネパールの大地震で最大規模の被害が出たシンドゥパルチョーク地区で、家の下敷きになって亡くなった女性の体の下から、4歳の次女が無事救出された。女性は地震の3日前に三女を出産したばかりで、ベッドに横たえた体で次女をかばった。「妻のような強い女性に」。残った夫は、1人も欠けずに命をつないだ3人の娘を、妻の分までしっかり育てようと誓っている。

 地元政府関係者によると、カトマンズ北東の同地区では、4日までに人口約30万人のうち約3600人が死亡したとの情報もある。レンガ造りの民家や商店は軒並み倒壊した。地区の中心地チョータラで、妻ラクシミさん(26)を失ったラトナ・バニアさん(26)と母、3人の娘の一家5人は、がれきから拾い集めたシートと木の枝でテントを建て、避難生活を送っている。

 先月25日、3日前に三女を出産したラクシミさんは体調を崩し奥の部屋のベッドで休んでいた。腕の中では次女アスタちゃん(4)が昼寝をしていた。突然揺れに襲われ、ラトナさんはとっさに長女と三女を家から連れ出す。妻と次女を助けに戻ろうとした時、家が潰れた。やがて、兵士たちが来てがれきをどかした。妻の体が見えた。体の下に作った隙間(すきま)で次女を守るように、四つんばいの姿勢で息絶えていた。「アスタ、アスタ!」。次女を呼ぶと「ハイ」と返事が聞こえた。脚をすりむきながらも無事だった。

 子供が好きで、働き者の妻だった。小さな畑を耕していたほかは、ラトナさんが行商のポーター役などで得るわずかな収入があるだけで、暮らしは貧しかった。妻はしばしば自分の食事も娘たちに与えた。自分が十分な教育を受けられなかったせいか、家事や畑仕事の合間をぬって、娘たちの様子を学校まで見に出かけ、家でも勉強するよう促していた。

 「チョコレートが好きなの」「大きくなったらパイロットになりたい」。1歳上の姉とはしゃぐアスタちゃん。だが、母の話題になると姉妹は泣き出す。だからラトナさんは口にしないようにしている。「でも、死ぬまで妻を忘れない。この胸の中で生きている」

 籐(とう)のかごで眠る三女の名前は決めた。「サパナ」。ネパール語で「夢」を意味する。「どうか妻の死は夢であってほしい」との思いを込めたという。

 政府の支援はビニールシート1枚だけ。わずかな食料やお金の蓄えも底を突いた。それでも娘たちの元気な姿に、気持ちを奮い立たせる。「妻がいなくてもしっかり勉強させ、大きく育てたい」


ネパール地震で小中高の半数被災、遠い全校再開
読売新聞 5月5日(火)21時43分配信

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避難所になっている学校に支援物資が届き、喜ぶ村の被災者たち(5日午後0時40分、ネパール・カブレで)=竹田津敦史撮影

 【カブレ(ネパール東部)=石田浩之】ネパール中部を襲った大地震で、約3万校ある小中高校のうち約1万6000校が被災した。

 国連児童基金(ユニセフ)によると約5000校が深刻な被害を受けた。政府は全校の早期再開を目指しているが、見通しは立っていない。

 首都カトマンズの近郊にあるカブレ郡ダリムボード村。山中にある集落の住宅約120戸はほぼ壊れ、被害を免れた村の小学校には100人ほどが避難していた。地震発生から11日目の5日、初めてNGOから支援物資が届いた。

 レビーノ・コイララさん(12)は「一人でいると怖いから、早く友達と学校に集まりたい」という。村には夜になるとトラが出るため、屋外のテント生活は危険だといい、ビノドゥ・プラサド・ウマガイ校長(43)は「15日から再開するよう郡から言われているが、住民が戻るまで学校を再開できるはずがない」と語った。


<ネパール地震>死者7557人に 沖縄オスプレイが現地着
毎日新聞 5月5日(火)21時19分配信

 ◇米軍普天間飛行場から4機が首都カトマンズの空港に

 【カトマンズ平野光芳、ワシントン和田浩明】ネパール内務省は5日、大地震の死者が7557人になったと明らかにした。けが人は1万4409人。周辺国を含めた死者数は約7660人に達した。

 人気トレッキングルートのある中部ラスワ地区のランタン村では、外国人を含む多数の遺体が見つかっているが、地元政府当局者は「村全体が土砂にのまれており、全員の遺体を収容するのは困難だ」との見通しを示した。

 一方、米国防総省は4日、沖縄の米軍普天間飛行場から派遣された垂直離着陸輸送機オスプレイ4機が3日に首都カトマンズの空港に到着したと明らかにした。現地入りした米国際開発局(USAID)の職員と連携して活動する。ウォレン報道部長によると、ネパール政府の要請を受け約120人の米軍関係者が復旧活動を実施。タイや沖縄の米軍も後方支援に関与している。


ネパール大地震 パンデ外相「長い友人の温かい対応に感謝」「歴史的建造物修復に期待」
産経新聞 5月5日(火)20時34分配信

 【カトマンズ=吉村英輝】ネパールのパンデ外相は5日、産経新聞と単独会見し、「救出作業は85%完了した」とし、今後は被災者支援に注力していく方針を示した。日本が申し出ている歴史的建造物の修復作業支援については「長い友人としての温かい対応で、ありがたく受け入れる」との姿勢を示した。

 パンデ氏は、食糧支援や仮設住宅などの支援を本格化させるため、政府は20億ドル(約2400億円)の基金を設けたと説明。ただ、「十分ではなく、各国からの応援が必要」とする一方、受け入れには「それぞれの国が示す条件を見極めていく」とした。

 日本には歴史的な建造物に加え、「地震国として培った耐震技術などで復興の支援を」と期待を込めた。

 一方、台湾が打診した捜索救助隊派遣を断ったことについては「ワンチャイナ・ポリシーを支持している」として政府として台湾を認めないと明言。「非政府組織(NGO)の形でなら受け入れていた」と述べた。


ネパール大地震 略奪・暴動みられず 日本と同じ「助け合いの精神」
産経新聞 5月5日(火)18時44分配信

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震は5日で発生から10日を迎えた。食糧事情の悪化が懸念されているが、目立った暴動は起きていない。無人の商店街では略奪も見られず、テント暮らしの被災者は比較的穏やかに過ごす。東日本大震災でも略奪などはほとんどなく、海外から称賛された。ネパール在住の日本人らは「こちらにも助け合いの精神がある」と両国の類似性を語った。

 首都カトマンズ最大規模の避難所となったラトナ公園では約2500人がテントで暮らし、毎日、ネパール軍による配給がある。配給のたびに1千人以上の列ができるが、整然と一列に並び、割り込む人もいなければ、支援物資を奪い合うこともない。

 テントで暮らす4人家族のダルマラール・サキアさん(44)は「ここに来れば皆さんが助けてくれる。大変ありがたいことだ。皆で分け合えば、なるようになるし、騒いでも仕方がない」と話す。

 ネパールに14年間在住する酒卸会社経営、高田英明さん(48)は「持てる者が持てない者に与える助け合いの精神があり、物を奪ったりした人は強く非難され、その社会で生きていけなくなる。輪(りん)廻(ね)転生の宗教的精神もあり、起こったことに対し悔やむのではなく、あっさりと納得するという気質がある」と説明する。

 同国在住約20年の日本語教師、坂本みどりさん(64)も「政府の支援に頼るのではなく自ら何とかしようという気概がある」と強調。もともと貧しい国で、インフラも整っていない。半日の停電が当たり前で、不便な生活には慣れているという。豊かさを示す国連の指数で、ネパールは187カ国中145位(2014年版)だ。

 カトマンズで医療支援活動に携わる陸上自衛隊の佐藤裕己・2等陸曹(34)は、東日本大震災でも震災直後から約2カ月、被災者の巡回診療をした経験がある。佐藤氏は「被災されたネパール人は、日本人の被災者と同じように結構、表情が明るくて気持ちのよい対応をされる。こちらが逆に元気を分けてもらっている」と話す。

 06年のジャワ島中部地震で被災後に略奪や暴力行為が発生するなど、今回のネパール地震と同様レベルの災害では過去、略奪や暴動がニュースになってきた。

 ただ、在ネパール日本人会の水橋雄太郎会長(54)=JICA専門員=は「今は無事を親族たちと喜び合うことの方が大事。長期的には、家を失った人や仕事がなくなった人を助けていく必要がある」と継続的な支援の必要性を訴えた。


嘉手納基地からネパールに向かう米海兵隊員ら
AFP=時事 5月5日(火)17時25分配信

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沖縄県の米軍嘉手納基地から大地震に見舞われたネパールに向かうため米軍の小型ジェット機セスナ・サイテーションウルトラに乗り込む米海兵隊員たち。米海兵隊提供(2015年5月4日撮影・提供)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】沖縄県の米軍嘉手納基地(Kadena Air Base)から大地震に見舞われたネパールに向かうため米軍の小型ジェット機セスナ・サイテーションウルトラ(Cessna Citation Ultra)に乗り込む米海兵隊員たち。海兵隊員らはネパールの政府と軍を支援し、人道支援や災害救援活動を行う。【翻訳編集】 AFPBB News

ネパール大地震、米軍オスプレイとC17が到着 ヘリが活動開始


ネパール地震、1.2メートル隆起=断層4メートルずれか―国土地理院
時事通信 5月5日(火)15時49分配信

 国土地理院は5日までに、ネパールで起きた大地震により、首都カトマンズの北方から約30キロ東までの範囲で、最大1.2メートル以上隆起したとする解析結果を明らかにした。地下にあるインドプレートとユーラシアプレートの境界の断層が南に4メートル以上滑ったと推定される。
 宇宙航空研究開発機構の陸域観測技術衛星「だいち2号」を使い、3日の地表と地震前の4月5日の地表のデータを解析。地表の変動を調べた。
 10センチ以上の地殻変動が見られたのはカトマンズ北方の東西160キロ、南北120キロの範囲。南側が隆起し、北側は沈降したとみられる。
 地下にある断層の動きは地表の変化量から計算式で推定でき、今回は20~30キロの範囲で4メートル超の逆断層滑りが生じたとみられる。 


インド亜大陸の加速原因推定=3倍速で北上、ユーラシア衝突―大地震の背景・米大学
時事通信 5月5日(火)15時22分配信

 かつて独立していたインド亜大陸が南から北への移動速度を約3倍に上げ、約5000万年前にユーラシア大陸に激しく衝突してヒマラヤ山脈を隆起させた二つの要因を米国のマサチューセッツ工科大と南カリフォルニア大の研究チームが推定し、英科学誌ネイチャー・ジオサイエンス電子版に5日発表した。
 インド亜大陸のプレートはユーラシア大陸のプレートに衝突後、その下に沈み込んでおり、ネパールの大地震はその沈み込み部分が急にずれて起きた。研究成果はヒマラヤ山脈付近で採集した岩石の分析やコンピューター・シミュレーションに基づいており、この地域の大地震の仕組みを解明するのに役立つと期待される。
 第1の要因は、インド亜大陸のプレートが約8000万年前に分割され、横幅が約1万キロから約3000キロに縮小したことで、北へ移動しやすくなった。
 第2に、当時はこのインド亜大陸とユーラシア大陸の間に「テチス海」があり、インド亜大陸のプレートがテチス海のプレートの下へ沈み込むとともに、テチス海プレートがユーラシア大陸の下へ沈み込む運動が起きていた。このダブル運動により、北へ引っ張られる力が大きくなったという。 
 インド亜大陸は、大昔は巨大な「ゴンドワナ大陸」の一部だった。約1億2000万年前にゴンドワナ大陸の分裂が進み、インド亜大陸が北上し始めたころの移動速度は、年間約4センチだった。しかし、約8000万年前にインド亜大陸が分割されてスリムになり、ダブルのプレート沈み込み運動が強まると、年間約15センチまで加速したという。


ネパール大地震、101歳「がれきの下に7日間」は間違い
AFP=時事 5月5日(火)14時40分配信

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ネパールの大地震で負傷し、入院先の同国ヌワコット郡ハッティガウダの病院のベッドに座る101歳のフンチュ・タマンさん(2015年5月4日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールで先月25日にマグニチュード(M)7.8の大地震が発生し、自宅が崩れて大きな石が胸の上に載った時、約80年前にカトマンズ渓谷を襲った大地震も体験していたフンチュ・タマン(Funchu Tamang)さん(101)は自分の命もここまでだと観念した。

【写真6枚】大地震体験を語るタマンさん

 しかし、首都カトマンズ(Kathmandu)の北西80キロの山間地ヌワコット(Nuwakot)郡の村に住むタマンさんは、数時間後にがれきの中から救出された。

 胸と手と脚を負傷していたため航空機でハッティガウダ(Hattigauda)の病院に運ばれて入院中のタマンさんは4日、病院のベッドでAFPの取材に応じ、「私は庭にいたんだ…そうしたら石が私に当たった。もうだめだと思った」と当時の状況を語った。「だが今回もなんとか助かったよ」。今回の地震は1934年にカトマンズ渓谷を襲った地震より「ずっと怖かった」という。

 数時間後に義理の娘ががれきの下からタマンさんを助け出してくれたのだ。「彼女がいなかったら私は死んでいただろう」。その後1週間、タマンさんは自宅の庭で過ごし、今月2日にネパール軍の航空機で病院に搬送された。

 地元警察は当初、タマンさんが4月25日から今月2日に救出されるまで、倒壊した自宅のがれきに埋もれていたと発表していた。だが後になって、自宅の庭で被災生活を送っていたところを救助したと訂正した。

 タマンさんによると、震災で死亡した人の遺体が積み上がっているため、現地の信心深い仏教徒のコミュニティーは合同火葬を行うことを先週決めたという。

「運が良かったのかもしれないが、私は体も強いんだ。畑仕事をして、毎日歩いているんだから」とタマンさんはと語った。「私より若い人たちがもうたくさん逝ってしまったのをみると、いったい私はいつ死ぬんだろうと思うよ」

【翻訳編集】 AFPBB News


ネパールに沖縄のオスプレイ=米軍
時事通信 5月5日(火)12時16分配信

 【ワシントン時事】米国防総省のウォレン報道部長は4日、米軍が普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備している海兵隊の垂直離着陸輸送機オスプレイ4機を大地震に見舞われたネパールに派遣したと記者団に語った。オスプレイは、陸路や固定翼機では到達できないへき地に救援物資と援助要員を輸送する。
 米軍はネパール大地震の被災地支援のため、沖縄に司令部を置く第3海兵遠征軍のウィスラー司令官が指揮する統合任務部隊を編成した。 


大地震の死者7600人超に
2015年5月5日(火)12時15分配信 共同通信

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 食料の配給を受けるために列を作る大地震の被災者ら=4日、カトマンズ(ロイター=共同)

 【カトマンズ共同】ネパール内務省は5日、大地震による同国内の死者数が7557人になったと明らかにした。負傷者は約1万4千人。近隣国を含めた死者数は約7660人となった。

 4月25日の地震発生から11日目となり、ネパール政府は生存者救出から被災者支援へと軸足を移している。だが山村地域では集落全体が壊滅的な被害に見舞われている場所もあり、被害の全容は依然不明確なままだ。

 一方、地元紙ヒマラヤン・タイムズによると、ネパール政府は15日から学校を再開する方針。だが全国で学校関連施設575棟が全壊、969棟が半壊という被害が出ており、安全な教室の確保が課題。


ネパール大地震 日本の捜索犬、疲労で点滴受け活動 各国の救出チームは続々引き上げ
産経新聞 5月5日(火)11時27分配信

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カトマンズ市内のダルバール広場で、行方不明者の捜索を続ける日本の国際緊急援助隊の隊員と救助犬=4月30日、カトマンズ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震は5日、発生から10日たち、各国から集まった救出チームが続々と引き上げ帰国している。今後は長期的な支援が必要とされるが、国外から送られた救援物資が税関手続の遅れで空港で滞っており、国連がネパール政府に早期の物資の通過を要請している。

 同政府によると、集まった救出チームは34カ国で、内訳は、インド約1千人、中国約370人、イスラエル約300人、米国約100人、ロシア約90人など。ネパール内務省のサガル・マニ・パラジュリ計画監督局長は「10日もたち、あきらめてはいないが、生存者がいるとの望みは薄い。大半の救出活動を完了させ、次は復興の段階に入る。残る救出は自国のチームで行える」と話し、外国の救出チームの帰国準備を手伝っているという。

 日本も約70人と捜索犬4匹による国際緊急援助隊を編成し4月28日から救出活動を展開している。

 各国が帰国する中、日本のチームはネパール政府から必要とされており、団長を務める外務省の小林成信・国際緊急援助官は「要請がある限りは活動を続ける」と強調。ただ疲労の色は濃く、捜索犬が暑さとストレスで元気がなくなり、点滴を受けるほどだったという。

 一方で、山村地域の被災地では、救援物資が届かない取り残された集落も多数ある。ネパール政府はテントや防水シートに限って関税を免除する措置を講じたが、国連は全ての救援物資に拡大するよう求めていた。


ネパール大地震、米軍オスプレイとC17が到着 ヘリが活動開始
AFP=時事 5月5日(火)10時55分配信

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ネパールのカトマンズ国際空港に着陸する米軍のオスプレイ輸送機(2015年5月3日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールで7300人以上の犠牲者を出した大地震の発生から9日が経過した4日、米軍のヘリコプターが大きな被害を受けた山間地の情報収集活動を開始した。

【写真5枚】カトマンズ空港に到着した米中の輸送機

 米軍のティルトローター輸送機オスプレイ(Osprey)4機とC17輸送機1機が3日に首都カトマンズ(Kathmandu)に到着していた。米大使館関係者は4日、AFPに対し、「救援が必要な地域を特定するための偵察飛行に出たのは、これまでのところヒューイ(Hueys、ヘリコプターの機種名)だけだ。オスプレイはまだ出て行っていない」と述べた。

 米国のピーター・W・ボッド(Peter W. Bodde)駐ネパール米大使は記者団に対し、米軍は救援物資の輸送、救助活動、被害状況の調査などを行うと述べた。米海兵隊のポール・ケネディ(Paul Kennedy)准将は、すぐに目に見える活動の成果が出てくるだろうと述べた。

 4日現在で今回の地震によるネパール国内の死者は7365人、負傷者は約1万4000人に上っており、当局は最終的な死傷者はさらに増えるとみている。この他に隣国のインドと中国でも100人以上がこの地震で死亡した。

 ネパール警察によるとこの地震で外国人57人の死亡が確認され、さらに112人が行方不明になっている。その多くが地震発生時にトレッキングコースとして人気が高いランタン(Langtang)にいたという。ランタンの住民たちによると、多くの外国人が地滑りで死亡し、その遺体はまだ埋まったままだという。【翻訳編集】 AFPBB News


カトマンズ周辺、最大1・2m隆起…国土地理院
読売新聞 5月5日(火)10時7分配信

 ネパール中部の大地震で、国土地理院は4日、地球観測衛星「だいち2号」の観測データから、首都・カトマンズ周辺では最大で約1・2メートル隆起したとみられる場所があることが分かったと発表した。

 だいち2号は電波を使って、衛星と地上の距離を測定できる。この機能を利用して国土地理院は地震前後の観測データを比べた。

 その結果、カトマンズから北に数キロ・メートル離れた地点を中心に東西約160キロ・メートル、南北約120キロ・メートルに及ぶ広範囲で10センチ以上の隆起や沈降などの地面の変動が確認された。特に地面の変動の中心となった付近では約1・2メートル隆起していた。


普天間のオスプレイ、ネパールへ
2015年5月5日(火)8時28分配信 共同通信

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 3日、ネパールの首都カトマンズの空港に到着した米軍の新型輸送機MV22オスプレイ(米海兵隊提供、ロイター=共同)

 【ワシントン共同】在沖縄米海兵隊の普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に所属する新型輸送機MV22オスプレイ4機が3日、ネパール大地震の救援活動のために同国の首都カトマンズの空港に到着した。国防総省当局者が4日、明らかにした。

 米軍は1日、ネパール国内と、タイ中部のウタパオに拠点を持つ統合任務部隊を設置して運用を開始。米軍関係者ら計約120人がネパール入りし、復旧支援活動を本格化させている。

 オスプレイは、ネパール政府が垂直離着陸可能な航空機支援を米側に要請したことを受けて派遣した。救助隊をカトマンズから離れた被災地に送り届ける任務などに主に従事する。


ネパール地震で外国人58人死亡
産経新聞 5月5日(火)7時55分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパール中部で起きた大地震で、ネパール警察は3日夕、日本人1人を含む外国人58人の死亡が確認され、112人が行方不明になっていると発表した。日本は不明者リストに挙がっていない。けが人は日本人1人を含む52人。

 一方、4日付のネパール紙ヒマラヤンは、首都カトマンズの北西80キロの村で105歳の男性が地震発生から8日ぶりとなる3日、倒壊した自宅のがれきの中から救出されたと伝えた。「台所にいたので、小麦粉を食べて飢えをしのいだ」という。ネパール警察報道官は、報道を事実だと確認した。


<ネパール地震>「今季のエベレスト登山の再開が難しく」
毎日新聞 5月5日(火)1時28分配信

 ◇死者は7365人に けが人は1万4300人

 【カトマンズ平野光芳】AP通信によると、ネパール大地震の死者は4日、7365人に達した。けが人は約1万4300人。死者は周辺国を含めると約7470人に上る。

 人気トレッキングルートのある中部ラスワ地区のランタン村では、この日も外国人を含む多数の遺体が見つかった。村には55の観光客用宿泊施設があったが、雪崩で壊滅的な被害を受けており、他に120人以上が埋まっている可能性があるという。

 また、AP通信によると、ネパール観光当局者は同日、今季のエベレスト登山の再開が難しくなったと明らかにした。ルートの修復に時間がかかるためだという。


<ネパール地震>死者が7276人に けが人1万4300人
毎日新聞 5月4日(月)21時54分配信

 【カトマンズ平野光芳】ネパール政府は4日、大地震の死者が7276人に達したと発表した。けが人は約1万4300人。死者は周辺国を含めると約7380人に上る。

 人気トレッキングルートのある中部ラスワ地区のランタン村では、この日も外国人を含む多数の遺体が見つかった。村には55の観光客用宿泊施設があったが、雪崩で壊滅的な被害を受けており、他に120人以上が埋まっている可能性があるという。

 また、AP通信によると、ネパール観光当局者は同日、今季のエベレスト登山の再開が難しくなったと明らかにした。ルートの修復に時間がかかるためだという。


外国救助隊、活動終了へ=被災者救援に移行―ネパール
時事通信 5月4日(月)20時3分配信

 【ニューデリー時事】ネパール政府は大地震発生から10日目を迎えた4日、各国から派遣された救助チームの活動終了を決めた。同国政府は「首都カトマンズ周辺における生存者の捜索と救助活動はあらかた完了した。残る地域は主にネパール警察と軍で行い、今後は被災者への支援物資配布などの救援活動を優先させる」と説明した。
 日本の国際緊急援助隊・救助チームは地元警察の要請を受けて数日間は遺体捜索などを続け、その後帰国するとしている。
 ネパールのパンデ外相によると、25日の地震発生以降、34カ国が救助活動に参加。外相は「相次ぐ余震などの困難にもかかわらず、勇敢に人命救助に取り組んでくれた各国の救助チームに心から感謝する」と述べた。 


<ネパール地震>「でも頑張る」観光業の在留邦人に打撃深く
毎日新聞 5月4日(月)19時28分配信

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「大きな余震が来て更に観光客が減るのでは」と心配する「ホテル・キド」のマネジャー、タクール・ちず子さん=ネパール・カトマンズで2015年5月3日午後1時33分、竹内良和撮影

 【カトマンズ竹内良和】ネパールの大地震は現地の在留邦人たちにも打撃を与えている。地震直後からカトマンズに拠点を置く日本人会を中心に被害情報の発信や安否確認を進め、混乱をしのいできた。だが、今後は同国へ登山や観光に訪れる客が激減するとみられ、多くの在留邦人が携わる観光業への影響は避けられない状況だ。

 「ゴールデンウイークの予約は全てキャンセルになりました」。ネパール人の夫と結婚し、カトマンズで旅行会社を経営する上乃(うえの)知子さん(42)は淡々と口にした。契約を結んでいる日本の代理店は5月いっぱい、ネパールへのツアー客の募集をやめてしまった。「これからは、被害が少ないネパール西部への観光に切り替えて再起を図りたい」と話す。

 現地の在留邦人は約1100人。4日までに死者は確認されていない。在ネパール日本人会(会員約150人)によると、会員の一部は家を失って友人宅やホテルに避難。在留邦人の子供が学ぶカトマンズ補習授業校も休校が続く。同会は地震後、メールやフェイスブックで会員に被害の状況や生活情報を発信し、不足するガソリンや食料品、水が手に入りそうな場所などを伝えてきた。

 ネパールには、日本人が営む旅行会社が十数社、和食レストランも数軒あり、エベレストやカトマンズの世界遺産を訪れる登山客や観光客が出入りする。客が増えるのは雨期(6~9月)を避けた春と秋の年2回。だが、登山シーズンの真っただ中に大地震に見舞われてしまった。

 和食レストランを併設するカトマンズの「ホテル・キド」のマネジャー、タクール・ちず子さん(61)は「世界遺産が壊れてしまい、観光客がぐっと減るのではないか。大きな余震が来て更に敬遠されないか心配だ」と顔を曇らせる。

 日本人会副会長の高田英明さん(48)は「カトマンズの日本人は何とか生活ができているが、今後の観光への影響は心配だ」と漏らす。一方で、「支援の手が行き届かない農村部で困っているネパール人は多く、今後は会として支援を模索したい」と話した。


ネパール地震、山間部に残る重傷者救出が急務
読売新聞 5月4日(月)19時18分配信

 【カトマンズ=石田浩之】ネパール中部で発生した大地震で、都市部からの交通が寸断された震源地近くの山間部に取り残された重傷者の救出が急務になっている。

 地震発生から1週間以上が経過し、ようやく一部の重傷者が首都カトマンズの病院に運び込まれ始めている。

 ネパール政府は4日、地震の死者数が7365人に達したと発表した。インドなど周辺国と合わせて7400人を超えた。

 ネパール政府は、山間部で大けがをした被災者については、インド軍などと協力し、ヘリコプターなどを使って都市部の病院への搬送を進めている。カトマンズの病院では、この日、重傷者約10人が運ばれ、緊急手術を受けた。

 3日に手術を受けたアンジュ・タマンさん(25)は、北東部シンドゥパルチョクで被災した。家が崩れ、左手を骨折したが、村の病院も建物が被害を受けており、診察が出来なかったという。


ネパール大地震 8日ぶり男性救出「小麦粉で飢えしのぎ」 外国人旅行者の死者58人、112人が不明
産経新聞 5月4日(月)17時54分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパール中部で起きた大地震で、ネパール警察は3日夕、外国人旅行者58人の死亡が確認され、112人が行方不明になっていると発表した。

 死者の出身地の内訳は、インド41、米国4、中国、フランス各3、イタリア2、日本、オーストラリアなど各1。行方不明者はフランス15、ロシア12、カナダ10、アメリカ9、インド・スペイン各8、ドイツ7などとなっている。日本は不明者リストに上がっていない。また、けが人は日本人1人を含む52人だった。

 一方、4日付のネパール紙ヒマラヤンは、首都カトマンズの北西80キロの村で105歳の男性が地震発生から8日ぶりとなる3日、倒壊した自宅のがれきの中から救出されたと伝えた。

 男性はヌワコト郡のファンチュ・ガレさんで、同紙に「台所にいたので、小麦粉を食べて飢えをしのいだ」と話した。ネパール警察報道官は、報道を事実だと確認した。


ネパール、AIIBに支援要請へ
2015年5月4日(月)17時47分配信 共同通信

 【バクー共同】ネパールのマハト財務相は4日までに、大地震で壊滅的な打撃を受けた同国インフラの復興に向け、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)へ支援要請することを明らかにした。実現すれば、今年中の設立を目指すAIIBの最初の支援案件となる可能性がある。

 アジア開発銀行(ADB)の年次総会が開かれているアゼルバイジャンの首都バクーで、共同通信の単独インタビューに応じた。

 マハト氏は、道路や政府施設などのインフラ再建に向けた投資に、AIIBの協力が必要と強調。


ネパール大地震 地元紙で自衛隊の救援活動紹介 博物館で活動も
産経新聞 5月4日(月)17時27分配信

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ネパールの地元紙「ザ・ヒマラヤン・タイムズ」の3日付紙面に、自衛隊の活動を紹介する記事が掲載された=4日、ネパール・パランセ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震で、自衛隊で組織された医療援助隊の活動が、地元紙で紹介された。援助隊は4日、被災者のニーズに合わせ活動範囲を広げた。

 3日付の地元紙ヒマラヤン・タイムズは、援助隊の活動を写真2枚付きで、医官が被災者を診療している様子を掲載した。

 医療援助隊はカトマンズ市内にある最大規模の避難所、ラトナ公園で1日から活動。4日からは、ナラヤンヒティ博物館の周辺でも活動を始めた。

 博物館近くの広場には約400人の被災者がおり、テントの下で5人の医療隊が診療に当たった。援助隊の医療隊長、清野宏幸・二等陸佐(44)は「医療の需要があるところを丁寧に対応し役に立ちたいと思う」と話していた。


ネパール大地震、エベレスト登頂の中止決める登山会社相次ぐ
AFP=時事 5月4日(月)17時19分配信

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ネパール大地震で雪崩に巻き込まれたエベレストのベースキャンプ(2015年4月25日撮影、資料写真)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】先月25日にネパールを襲ったマグニチュード(M)7.8の大地震により世界最高峰エベレスト(Mount Everest、8848メートル)で雪崩が発生し登山者に死者が出たことを受けて、複数の登山会社が3日、当面の間エベレスト登頂を中止する方針を示した。

地震でカトマンズが3メートル移動、エベレスト高さは変わらず

 地震当時エベレストには約800人の登山者がいたが、地震で誘発された雪崩にベースキャンプがのみ込まれて18人が死亡した。

 首都カトマンズ(Kathmandu)に拠点を置く登山会社アジアン・トレッカーズ(Asian Trekkers)のダワ・スティーブン・シェルパ(Dawa Steven Sherpa)さんは「いまも余震や揺れが続いているので登山を続けるのは無理だ」と語る。「ロープやはしごなど登頂に必須の設備も整っていない…だから今季の登頂継続はあきらめるしかない」

 米国のインターナショナル・マウンテン・ガイズ(International Mountain Guides)やネパールのセブン・サミッツ(Seven Summits)も同様の見解を示している。

 最大手のヒマラヤン・エクスペリエンス(Himalayan Experience)も登頂中止を決定。地震発生時に登山途中だった同社の登山者はみな下山し始めている。再びルートが整備され、必要な設備の準備ができるまで登山は再開しないという。

 ネパールの観光当局は数日前に、エベレスト登山ルートの復旧作業は進んでおり、新たな地震や余震の懸念は小さいとの見通しを示したうえで、登山を中止しないよう登山者に呼びかけていた。エベレストでは昨年4月にもネパール人登山ガイド16人が死亡する雪崩が発生し、その際も多くの登山客が登頂を断念していた。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール大地震 10万余冊所蔵の国立図書館が半壊、散乱する書籍…旧王宮施設、200年以上前の古書も危機
産経新聞 5月4日(月)17時8分配信

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3日、ネパール国立図書館の被害状況を説明するニラウラ氏(岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールを襲った大地震で、200年前以上に出版された貴重な古書を含む書籍10万余冊を所有する首都カトマンズの国立図書館も建物が半壊するなどの被害を受けた。近く訪れる雨期を前に、散乱した蔵書が雨漏りなどで失われる事態が懸念されている。

 図書館の建物は、100年以上前に建造された3階建ての旧王宮施設。今回の地震では床が陥没し、壁が崩落したり、ひび割れたりするなどした。

 ネパールで2番目の蔵書数を誇る同図書館は、古書室には200年以上前のサンスクリット語の書物や、国内には1冊しか残っていないとみられる書籍を含む約1万2千冊が収蔵されている。また、日本関連専用の書棚も含め、多くの書庫が転倒し、本が散乱したままになっている。

 職員のヤダブ・チャンドラ・ニラウラさんは「ここは気温が10~25度に保たれ、本の保存に適している。同様の保管場所を早く見つけて移さなければ、今月下旬にも始まる雨期で水浸しになってしまかもしれない」と困惑している。


【外信コラム】インドと中国にはさまれたネパール 災害支援の“本音”
産経新聞 5月4日(月)13時0分配信

 大地震に見舞われたネパールで、面白い風刺漫画が短文投稿サイト「ツイッター」などネット上で出回っている。

 救援物資を届けるインド兵の胸のポケットからテレビカメラマンが飛び出し、兵士の映像を撮影、兵士がポーズをとる。インドのネパールへの支援は、宣伝のためでしかないと皮肉っているのだ。

 実際、ネパールでは、インドの支援を批判する声がよく聞かれる。インドは飛行機やヘリコプターを大量に派遣したが、「あれはインド人を救出するために来ただけだ。空港の駐機場を占領して、支援物資の輸送や救助隊の到着を遅らせている」(現地の学者)といった具合だ。

 一方、インドと支援を競い合う中国の評判も芳しくない。がれきの中から120時間ぶりに15歳の少年が救出されたカトマンズ市内のビル倒壊現場で、行方不明になっている家族の生還を待つある男性は「中国の救助隊なら以前、来たよ。ちょっとだけいて、活動の撮影をさせて移動していった」と顔を曇らせた。

 インドと中国という2つの巨大国家にはさまれたネパール。どちらの国に対しても国民は、支配されたくないとの思いが強いのだろう。日本も支援が宣伝活動と受け取られないよう、注意しなければならない。(岩田智雄)


ネパール地震の教訓、企業は海外の自然災害に備えよ 新興国、アジア地域は特に自然災害リスクが高い
JBpress 2015/5/4 12:24 茂木 寿

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画像:JBpress

 現地時間2015年4月25日11時56分26秒(日本時間25日午後3時11分26秒)、ネパールの首都カトマンズの北西約77キロメートルのガンダキ県ゴルカ郡サウラパニを震源とするM7.8の地震(震源の深さ約15キロメートル)が発生した。

 ネパール国内では建物の倒壊、雪崩、土砂災害等により甚大な被害が発生したが、いまだに被害の全容は不明である。また、周辺のインド、中国、バングラデシュでも人的被害が発生する等、地震の規模が大きいことを物語っている。

 ネパールはヒマラヤ観光の拠点として日本人にもなじみ深く、2008年5月まで王政であったことから、日本の皇室とも親密な関係を維持し、日本からの援助も長年にわたりネパール経済の基盤を支えていた。

 現在、ネパール国内には1011人の在留邦人(2013年10月1日現在)が居住しているが、国内の主な産業が農業、繊維業、観光業となっていることから、日本企業の進出は観光業を中心に64社にとどまっている。そのため、今回の地震(以下、「ネパール地震」)による日本企業への影響は極めて限定的である。

 一方、ネパール地震は新興国を中心に海外展開を拡大している日本企業にとって大きな教訓を与えていると言える。そこで以下では、ネパール地震が、日本企業が海外進出する際のリスクマネジメントにどのような示唆を与えているのかについてまとめてみた。

■世界的に自然災害は拡大傾向

 下の図は国連国際防災戦略事務局(UNISDR)が運営する世界的な自然災害のデータベースである「EM-DAT」から抜粋した1900年以降の自然災害の発生件数のグラフである。このグラフからは1970年代以降、急激に自然災害が増加していることが分かる。

 この要因には世界的な気候変動の要因も挙げられるが、最大の要因は人口の増加であるとされる。

 1970年代初頭、世界の年平均の人口増加率は2%を超え、1900年以降、最高の増加率を記録(1975年当時の世界の人口は約40億人であったが現在では約70億人とされている)している。このような急激な人口増加が自然災害増加の要因とされる。

 人口の増加が自然災害の増加を助長する理由は、一般的に自然災害とは人間に影響を与える自然現象であるためである。例えば、南極で大規模な地震が発生しても、人に影響を与えない場合には、自然災害とはされていない。そのため、人口増加は直接的に自然災害の増加を助長することとなる。

■新興国はなぜ自然災害リスクが高いのか

 新興国においても、同様の傾向となっている。特に、BRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)はいずれも大国であり、4カ国で全世界の人口の約4割を占めている。そのため、自然災害のリスクは相対的に高くなる傾向にある。特に、新興国においては人口増加率が高いことから、当然ながら、増加傾向となる可能性が高いとされる。

 一方、新興国では、防災対策は他のインフラ整備よりも優先順位が低いことが多いことから、新興国における自然災害リスクは今後も高い傾向が続くことに留意が必要である。

■地質、気候の特性から自然災害リスクが高いアジア地域

 アジア地域は、北は中国・モンゴル、東は韓国・日本、西はパキスタン、南はインドネシアにわたる地域である。アジアの地理的特徴は起伏に富んだ地勢および気候帯が多岐にわたることが挙げられる。アジア地域は地質学的に、太平洋プレート、フィリピンプレート、ユーラシアプレート、オーストラリアプレート、インドプレート、アラビアプレート等の多くのプレートおよび境界線が存在することにより、地震・噴火・津波のリスクが非常に高い地域となっている。また、気候帯が多岐に分かることから、台風・サイクロン等の風害のリスクも高くなっており、地域別では世界で最も自然災害のリスクの高い地域とされている。

 ネパールも南部のタライ平原の海抜約100メートルからヒマラヤ山脈の8000メートルまで高低差があり、全土が起伏、傾斜に富んだ姿勢となっている。これに伴い、気候帯も多様化しており、ネパールには6つの季節があるとされている(大きく分けて雨季6月~8月・冬12月~2月)。

 また、地質学的には、インドプレートがユーラシアプレートに沈み込む収束型境界を形成しており、世界的に地震活動が活発な地域の1つとなっている(このプレート運動によってヒマラヤ山脈が形成された)。そのため、自然災害も多様化しており、地震の他、干ばつ、異常気温、洪水、地すべり、火災(家屋および森林)、風害、異常低温、風害がある。特に、洪水、地すべり、火災の発生頻度が高く、経済的損失額もこれらがほとんどを占めている。

■自然災害に対する「脆弱性」に注意が必要

 このようなネパールでの自然災害リスクはインドでも同じ傾向であると言える。例えば、インドでも洪水の発生件数が最も多く、経済的損失額も最大である。6月から9月の雨季に発生することが多く、特に、アッサム州、ビハール州、西ベンガル州で発生することが多い(洪水の次に経済的損失額が大きいのがサイクロン等の風害)。地震は西部のグジャラート州、マハラシュトラ州で発生することが多いが、北部パキスタンとの国境地帯での発生も多い。

 下の表は国連大学環境人権研究所が発表した自然災害のリスク(発生可能性・脆弱性等を総合的に勘案)についてのランキング(ランキングが上位な程リスクが高い)である。

 この表ではネパールの自然災害リスクのランキングは世界171カ国中108位となっており、リスクの低い国に分類されている。特に自然災害の発生の可能性は9.16%と極めて低い数値となっている。しかしながら、脆弱性は57.73%となっており、耐震対策等の災害対策が脆弱であることが分かる。


 また、インドの自然災害の発生の可能性も11.94%と低くなっているが、脆弱性は58.91%となっており、ネパール同様、災害対策が脆弱であることが分かる(インドの自然災害リスクのランキングは世界171カ国中73位)。

 インドについては、昨今、製造業を中心に日本企業の進出が加速している。今回の地震はネパールで発生したものであるが、同じような規模の地震がインドの主要都市の近郊で発生したことを想定した場合、事業継続を含め極めて甚大な被害が発生することは明らかである。既述の通り、世界的に、特に新興国での自然災害リスクは拡大傾向であることを念頭に、日本企業はネパール地震を大きな教訓として捉える必要があると言える。

■日本企業が講じるべき事前の対策

 日本企業における、海外の自然災害リスクへの対策のポイント、留意点は下記の通りである。

 ・日本は世界で最も自然災害の多い国の1つであることから、日本国内においては企業の防災対策は十分に講じられていると言える。一方、海外においては、日本よりも自然災害のリスクは低いとの先入観を持つ場合が少なくない。事実、日本よりも災害リスクが低い国の方が多いことから、あながち間違いとは言えないが、いずれの国であっても、地域によって災害リスクは異なっている。そのことを十分に留意する必要がある。

 ・日本企業の海外進出が拡大し、特に製造業における海外生産比率は近年格段に上昇している。また、国内においては事業継続計画等の策定も進んでいるが、海外拠点において事業継続計画を策定している例はそれ程多くないのが実情である。今後はグローバルでのサプライチェーンという点から海外拠点も含めたグローバルな事業継続計画の策定が不可欠となっていることに留意する必要がある。

 ・企業としては進出時、操業開始時、操業期間を通じて、拠点所在地における自然災害リスクを評価する必要がある。ほとんどの国においては、公的な機関が過去の自然災害の記録を開示しており、場合によってはハザードマップ等のリスク評価結果も公表しているので、これらを参照することが可能である(大規模な工業団地等に入居する場合、周りに有名企業等があることから安心してしまい、このようなリスク評価をしない例が非常に多い)。

 ・拠点所在地における自然災害リスク評価の後は日本国内での対策と同様、被害想定、対策の選択肢の洗い出し、実際の対策の実施、マニュアル等の整備、教育・訓練等を継続的に実施することが肝要である。

 (本記事は執筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではありません)

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