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2015年5月 2日 (土)

ネパール中部でM7.8の地震・15

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに7300人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

またインドやチベットなどでも多数の被害が出ている模様。

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リンク:がれきの下から101歳男性を救出 ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:英グルカ兵、祖国ネパールで任務 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール 雨期への警戒強まる 食糧事情悪化「大混乱に」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「なぜ公平に食料配らぬ」住民同士小競り合いも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震救援に普天間基地のオスプレイが出動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:犠牲者の多くは高齢者と子供=警察が初期分析―ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール復興へ支援国会議…日本とADBが主導 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>雨期目前、家ほしい…2次災害や衛生悪化も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>死者は7250人に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:101歳男性救出の報道=ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール再建ファンドを創設 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール大地震、101歳の生存者救出 警察当局 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、広域で激しい揺れ=東京都の3.8倍―中国分析 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、死者7300人超…遺族に見舞金 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 祖国の地で支援任務に就く英軍グルカ兵 任務は「ネパール人の誇り」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール「7日ぶり救出」は誤り - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール支援会合を緊急開催=アジア開銀 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震の救援物資、「お役所仕事」で輸送遅れる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震の死者、7千人超す 負傷者1万4千人 - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:【タイ】スラムの人情をネパールへ スラム街での募金集め - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 岩崩落「ジェット機の音のよう」 日本人登山者が証言 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 土砂崩れ、各地に爪痕 「集落ごと消えた」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 死者7000人超に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:救援物資、空港に山積み=税関手続きの遅れで―ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
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リンク:ネパール大地震 犠牲者数、拡大の一途 全壊約15万戸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がれきの中のネパールの女性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がれきの中から食料を探す被災者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「米とテントが足りない」…ネパール地震1週間 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>死者7000人超える 発生1週間 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

がれきの下から101歳男性を救出 ネパール地震
CNN.co.jp 5月4日(月)9時30分配信

(CNN) ネパールの大地震から1週間が過ぎた2日、倒壊した家屋の跡から101歳の男性が救出された。

警察の報道官がCNNに語ったところによると、現場は首都カトマンズの北西に位置するヌワコト地区。男性の健康状態は安定している。けがの程度や生き延びた経緯などは明らかでない。

ネパール緊急対策当局の発表によると、大地震による死者は7250人、負傷者は1万4122人に上っている。

アゼルバイジャンでアジア開発銀行(ADB)の会合に出席している同国のマハト財務相は「被災した村落の中には、全家屋が倒壊したとの情報はあっても救援隊が到達できていない場所がある」と述べた。

マハト氏は、全壊または半壊した家屋が30万棟近くに上るとして、諸外国に技術、知識面や財政面での支援を呼び掛けた。


英グルカ兵、祖国ネパールで任務
産経新聞 5月4日(月)7時55分配信

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1日、カトマンズ市内の旧王宮で取材に応じたグルカ兵のビカシュ・グルンさん (岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】勇猛果敢で知られる英軍のネパール人兵士、グルカ兵が大地震に見舞われたネパールに派遣され、被災者支援に携わっている。

 ネパールに派遣されたグルカ兵は20~30人。首都カトマンズ市内の旧王宮で取材に応じたビカシュ・グルンさん(26)もその一人だ。英軍工兵部隊の兵士で被災者向けに、水道水を浄化して5千トン入りの貯水タンクに入れるのが任務だ。水は被災者やネパール兵に配られている。

 ネパール東部コタン郡出身で、2009年に英国に渡ってグルカ兵となった。地震発生後の4月30日、支援部隊の一員としてネパールに派遣された。

 甚大な被害に「とても悲しくて、残念だ」としたが、支援任務を「ネパール人として誇りに思っている」と述べた。

 グルカ兵は1815年、英国東インド会社とネパールの戦争時に、東インド会社によってネパール住民の部隊が集められたのが始まりだ。第二次世界大戦では日本軍を苦しめた。英国は現在もグルカ兵の募集を行っており、アフガニスタン、イラクといった紛争地に派遣するなどしている。

 地震発生から1週間が過ぎ、ネパール国内の死者数は7千人以上に達した。

 在ネパール日本大使館によると、約1100人の在留邦人については、ほぼ全員の無事が確認されたという。


ネパール 雨期への警戒強まる 食糧事情悪化「大混乱に」
産経新聞 5月4日(月)7時55分配信

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標高約1400メートルのカトマンズ近郊の町・ドゥリケルでは、急斜面に建つ家屋でも地震の被害が見られた =3日(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【ドゥリケル(ネパール中部)=天野健作】ネパール大地震で、今月下旬にも始まるモンスーンによる雨期への警戒感が強まっている。被害が甚大だった山村地域は地盤が弱まっており、二次災害への不安が募る。今月末から田植えの時期にも入るがそれもできず、山村地域にある段々畑も損壊しており、国際機関は食糧事情の悪化を警告している。

 雨期は毎年9月までの約4カ月の期間、滝のような土砂降りが続く。ネパール事情に詳しいカトマンズ在住の土木専門家、石黒久さん(69)は「山村地域の二次災害で土砂崩れが起き幹線道路が封鎖されれば、南部から入ってくる主食の米などの食糧はカトマンズに来なくなり、大混乱になる」と懸念する。

 山村地域に入ると、山々には幾筋もの蛇状の土砂崩れの跡が見られる。山村地域での段々畑はネパールの特徴だが、地震で大きなダメージを受けた。石黒さんは「雨期が始まれば、段々畑は崩れ落ちるのではないか」と心配する。

 建物の倒壊も予想される。山間部は特に石と泥で造った家も多く、横揺れに弱い。石黒さんは「マッチ棒の上に石が乗っかっているようなものだ」という。

 土砂崩れは震災前も恒常的に起きており、昨年8月には北東部シンドパルチョーク地区の村が泥流に巻き込まれ、約150人が亡くなった。同地区は今回の震災で最大の被害を受けている。いまだ約3千人の行方不明者がおり、雨期に入ればその捜索も難航する。

 国連食糧農業機関(FAO)によると、震災被害で田植えができない場合、食糧事情は来年の2016年まで影響を受けるという。FAOは800万ドル(9億6千万円)の農家への緊急援助を求めている。


「なぜ公平に食料配らぬ」住民同士小競り合いも
読売新聞 5月4日(月)6時10分配信

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支援物資の配給方法で口論する住民たち。山岳部では十分な支援物資が届いていない(3日、ネパール・シンドゥパルチョクで)=竹田津敦史撮影

 【シンドゥパルチョク(ネパール北東部)=石崎伸生】ネパール中部で発生した地震で、日本の国際緊急援助隊の医療チームが活動している首都カトマンズの北東のシンドゥパルチョク地区では、悪路などで支援物資が行き渡らない状態が続いている。

 「なぜ公平に食料を配らないんだ」。同地区の有力者宅前で3日昼、若い男性らが怒声を上げた。食料の配給を巡り、一部の住民が「有力者に多く配られている」と不満を募らせ、住民同士の小競り合いが起きた。

 同地区を通る幹線道路は、土砂崩れによって道が狭まり、支援物資を積んだトラックがスムーズに行き来できていない。

 地区内にあった病院は地震後、医師らが避難して不在のままだ。日本の医療チームは1日から地元の英会話学校の敷地で診療を行っている。同地区郊外に住むフルマヤ・タマングさん(30)は、高熱を出した息子(7)を連れ、4時間歩いて訪れたといい、「診察してもらえてよかった」と話した。医療チームのもとには1日約100人の患者が来ており、副団長の大友康裕さん(55)は「汚い水を飲んでいる人も多く、感染症が発生する可能性もある」と話す。


ネパール地震救援に普天間基地のオスプレイが出動
JSF | 軍事ブロガー
2015年5月4日 4時28分

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ネパール米国大使館より、カトマンズに到着したオスプレイ

ネパール地震救援の為に、普天間基地に所属するアメリカ海兵隊の垂直離着陸機MV-22オスプレイが出動しました。オスプレイは艦船や大型輸送機に搭載されずに、沖縄から自力で飛行してネパールまで到着しています。第一陣の4機は日曜日に現地に到着しています。

ネパールの国際空港には各国から救援隊の航空機が殺到し処理能力を超えたために、近隣のインドに引き返す事例が多発しています。そのような場合でもオスプレイならば自力で長距離を飛行し、尚且つもしも空港が過密状態であってたとしても付近の空き地に降りる事が可能です。

ネパールのような山岳地帯はもともと道路事情が悪い上に、地震で道路が寸断されて救援物資が届けられないため、救援にはヘリコプターを用いなければなりません。ヘリコプターは幾らあっても足りない状態です。しかし標高の高い高地で使えるエンジンが大出力のヘリコプターは数が限られる上に、航続距離の短いヘリコプターを現地に集める為には艦船か輸送機で運ぶことになります。ネパールは海から離れている為、大型輸送機に頼ることになりますが、上記の通り空港の処理能力を超えてしまった場合には、空港で大型輸送機から梱包状態のヘリコプターを取り出して組み立てて・・・といった長時間掛かる作業が滞ってしまう事になります。その点についてオスプレイは自力で飛んで行ける上に垂直離着陸できる為に問題となりません。

またオスプレイのチベット山岳地帯での運用に付いて、過去にインド軍が興味を示していたことを航空専門誌フライトグローバルが2012年1月18日に報じています。その当時からオスプレイの長い航続距離と高い巡航高度は、ヘリコプターの展開を阻む広大なチベット山岳地帯で有用となるだろうと見越されていました。そして今、オスプレイのその実力が発揮されようとしています。


犠牲者の多くは高齢者と子供=警察が初期分析―ネパール地震
時事通信 5月4日(月)2時36分配信

 【カトマンズ時事】甚大な被害をもたらしたネパール大地震で、犠牲者の多くを高齢者と子供が占めたとみられることが3日、警察当局への取材で分かった。ネパール警察のカマル・シン・バン報道官は「家に残っていた高齢者と子供が逃げ遅れた可能性がある」と分析している。
 報道官によると、内務省と警察は現在、各地の死傷者数のデータを集積している。報道官は、年齢別の死者数などの分析にはなお時間を要するとしつつも、「これまでに集まったデータを見る限り、高齢者と子供の死者数が多い」と述べた。
 3日までに確認された死者は、周辺国も合わせると7100人、負傷者は1万4000人を超えた。報道官は「最終的な死者は1万人に達する見込みだ」と述べ、ネパールとインドで計約1万6000人が死亡した1934年の地震に迫る被害が出ているとの見方を示した。
 一方、内務省のラクスミ・ダカル報道官は2日時点のカトマンズ周辺の死者は1592人であることを明らかにした。女性が男性より約140人多いという。 


ネパール復興へ支援国会議…日本とADBが主導
読売新聞 5月3日(日)21時45分配信

 【バクー=栗原守】アジア開発銀行(ADB)による緊急の「ネパール支援会合」が3日、アゼルバイジャンの首都バクーで開かれ、アジアや欧米などの約30か国・機関が参加した。

 ADBは3億ドル(約360億円)の追加支援を表明した。日本とADBが主導し、ネパール復興のための支援国会議を開くことでも合意した。

 会合で、ネパールのマハト財務相は「インフラ(社会基盤)の被害が大きい。ネパール中部に被害が集中し、家屋の90%が倒壊した地域もある」と述べ、少なくとも20億ドル(約2400億円)の資金が必要との考えを示した。麻生財務相が支援国会議の開催を提案した。


<ネパール地震>雨期目前、家ほしい…2次災害や衛生悪化も
毎日新聞 5月3日(日)21時28分配信

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地震で倒壊したがれきの中から廃材を探し出し、雨季を前に急ピッチで家を作る被災者ら=ネパール・ゴルカ地区のパスランヌ村で2015年5月3日午前11時39分、望月亮一撮影

 【ゴルカ(ネパール中部)金子淳、カトマンズ平野光芳】「テントの中が膝上まで浸水した」--。ネパール大地震の震源に近い中部ゴルカ地区では3日、前夜に激しい嵐に見舞われたことから、今後の厳しい避難生活を心配する住民の声が聞かれた。ネパールは間もなくモンスーン(雨期)を迎える。地滑りなどの2次災害や衛生環境の悪化が懸念されており、復興支援は待ったなしの状況だ。

 首都カトマンズから車で約5時間。ゴルカ地区の山村パスランヌで、がれきから拾い集めた材木や竹で掘っ立て小屋を作る人たちに出くわした。「テントではずぶぬれになるので小屋を作っているんだ」。頭にトタン板を載せて運んでいたディーパク・サイさん(37)が言った。一帯を襲った前夜の嵐でテントの中は膝まで浸水し、わずかな家財道具はぬれてしまった。サイさんは「いつまでこんな生活が続くのか」と力なくつぶやいた。

 ゴルカ地区は山あいに集落が点在し、狭い山道が続く。4月25日の地震発生時は至る所で崖崩れが起きた。雨が降れば交通は寸断され、地滑りなどが起こる危険性もある。

 中心都市ゴルカに近い村ゴヒダラのマドゥ・ワタライさん(42)も「嵐でテントが約300メートル先まで飛ばされた。テントで雨期を乗り切るのは不可能だが、お金がなくて小屋も建てられない」と嘆く。そして「それより明日の食事の方が心配だ」とも。

 ネパールでは5月から雨量が増え、6~8月のモンスーンには、多い月で800ミリ近い雨が降る。カトマンズで最大規模のトゥンディケル避難所には現在約2000人が暮らすが、支援物資の頑丈なテントはまだ全員に行き渡っていない。

 水を通す布をがれきで支えたテントで暮らすビマヤ・グルンさん(31)は「雨が降ったときは水漏れがひどく寝られなかった。12歳と8歳の子供もおり、早く新しいテントに移りたい」と訴えた。

 ネパールを視察に訪れた国連のエイモス事務次長(人道問題担当)は2日、「モンスーンが迫っているので(テントなどの)シェルターや生活必需品を緊急支援する必要がある」と強調した。


<ネパール地震>死者は7250人に
毎日新聞 5月3日(日)21時21分配信

 【カトマンズ平野光芳】AFP通信によると、ネパール大地震の死者は3日、7250人に達した。けが人は1万4000人以上。死者は周辺国も含めると約7350人に上っている。AP通信によると、人気トレッキングルートがある中部ラスワ地区のランタン谷では同日、外国人6人を含む51人の遺体が見つかった。さらに200人以上が行方不明との情報もある。

 一方、ネパール唯一の国際空港で、海外からの支援物資の窓口であるカトマンズの空港が、離着陸の増加で滑走路が劣化し、大型輸送機の受け入れ制限を始めた。空港当局者が明らかにした。米国などがボーイング747(ジャンボジェット)での輸送を求めているが、空港当局は断っているという。今後、物資がさらに不足する可能性がある。


101歳男性救出の報道=ネパール地震
時事通信 5月3日(日)21時16分配信

 AFP通信によると、ネパール警察当局者は3日、大地震で生き埋めになった101歳の男性が倒壊した自宅から2日に救出されたと述べた。男性は病院に搬送されたという。 


ネパール再建ファンドを創設
2015年5月3日(日)21時14分配信 共同通信

 【バクー共同】アジア開発銀行(ADB)は3日、アゼルバイジャンの首都バクーで開催中の年次総会に合わせて、大地震の被害を受けたネパールの復興支援策を検討する臨時会合を開いた。会合でネパールのマハト財務相は20億ドル(約2400億円)規模の国家再建ファンドの創設を発表し、各国に資金拠出を呼び掛けた。

 ファンドは、個人の住宅再建のほか、破壊された道路などのインフラ整備に使う。ネパール政府も資金を出すが、大部分を国際金融機関に依存する予定。マハト財務相は会合後の記者会見で「人命など緊急に必要な支援と同時に、本格的な復興に向けた長期の支援が必要だ」と話した。


ネパール大地震、101歳の生存者救出 警察当局
AFP=時事 5月3日(日)21時7分配信

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大地震に見舞われたネパールの首都カトマンズでがれきを片付ける警察官ら(2015年5月3日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】(一部更新)大地震に見舞われたネパールの警察当局は3日、前日に被災地のがれきの中から101歳の男性が救出されたと発表した。

ネパール地震の救援物資、「お役所仕事」で輸送遅れる

 首都カトマンズ(Kathmandu)の北西80キロに位置するヌワコット(Nuwakot)地区の警察官によると、101歳のFunchu Tamangさんは崩れた自宅のがれきから救出され、ヘリコプターで病院に搬送された。Tamangさんは左足首と手を負傷しているが、容体は安定しているという。

 地震は4月25日に発生しており、Tamangさんは7日後に救出されたことになる。

 また、カトマンズの警察当局者によると3日にも、大きな被害を受けたシンドゥパルチョーク(Sindupalchowk)地区のがれきから3人の女性が警察によって救出されたが、いつから閉じ込められていたかは不明だという。1人は地すべりに巻き込まれ、ほか2人は崩れた住宅に閉じ込められていた。

 ネパール政府は2日、首都のがれきから生存者がこれ以上見つかる可能性はないという見方を示していた。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール地震、広域で激しい揺れ=東京都の3.8倍―中国分析
時事通信 5月3日(日)20時35分配信

 【北京時事】中国地震局は3日までに、ネパール大地震の最大震度について、12段階ある中国の基準で上から4番目に強い震度9以上だったとする分析結果を発表した。震度9以上の地域はネパール中部を中心に東京都の3.8倍に当たる約8300平方キロに及んだ。
 新華社電によると、地震局の専門家は、現地調査はできていないものの、震度10に達した地域もあるとみている。
 震度9は木材やれんが、土などでできた古い家屋が倒壊など重大な被害を受け、土砂崩れが起きるレベル。日本の震度6弱前後に当たるとみられる。断層の長さは150キロに達した。


ネパール地震、死者7300人超…遺族に見舞金
読売新聞 5月3日(日)20時20分配信

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倒壊して埋もれた自宅の上で過ごす被災者たち(3日、ネパール・シンドゥパルチョクで)=竹田津敦史撮影

 【カトマンズ=石田浩之】ネパール中部で発生した大地震で、ネパール政府は3日、死者が7240人になったことを明らかにした。

 インドなど周辺国を合わせた死者数は7300人を超えた。ネパール警察のカマル・シン・バン報道官は同日、読売新聞の取材に対し、死者について、「高齢者と子供が多数を占めている」と語った。

 警察などによると、地震が発生した4月25日正午前の時間帯は、高齢者や子供の多くが自宅にいて、逃げ遅れた可能性が高いという。ネパール政府は3日、犠牲者の遺族に対し、死者1人につき4万ルピー(約4万7000円)の見舞金を支給すると発表した。

 ネパールの国連常駐調整官事務所は2日、4月29日に各国に支援要請した、今後3か月で復旧作業などに必要とされる4億1500万ドル(約500億円)について、2日時点で必要額の2%しか集まっていないことを明らかにし、さらなる支援を呼びかけた。


ネパール大地震 祖国の地で支援任務に就く英軍グルカ兵 任務は「ネパール人の誇り」
産経新聞 5月3日(日)19時54分配信

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1日、カトマンズ市内の旧王宮で取材に応じるビカシュ・グルンさん(岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】勇猛果敢で知られる英軍のネパール人兵士、グルカ兵が大地震に見舞われたネパールに派遣され、被災者支援に携わっている。

 ネパールに派遣されたグルカ兵は20~30人。首都カトマンズ市内の旧王宮で取材に応じたビカシュ・グルンさん(26)のその一人だ。英軍工兵部隊の兵士で被災者向けに、水道水を浄化して5千トン入りの貯水タンクに入れるのが任務だ。

 ネパール東部コタン郡出身で、2009年に英国に渡ってグルカ兵となった。地震発生後の4月30日、支援部隊の一員としてネパールに派遣された。甚大な被害に「とても悲しくて、残念だ」としたが、支援任務を「ネパール人として誇りに思っている」と述べた。

 グルカ兵は1815年、英国東インド会社とネパールの戦争時に、東インド会社によってネパール住民の部隊が集められたのが始まりだ。第二次世界大戦では日本軍を苦しめた。英国は現在もグルカ兵の募集を行い、アフガニスタンなどの紛争地に部隊を派遣している。

 ネパールでの地震発生から1週間が過ぎ、国内の死者数は7千人以上に達した。被災者は数百万人に上る。在ネパール日本大使館によると、3日までに約1100人の在留邦人については、ほぼ全員の無事が確認されたという。約450人いるとみられる旅行者に関しては、旅行会社などを通じて確認作業を続けているという。


ネパール「7日ぶり救出」は誤り
2015年5月3日(日)19時52分配信 共同通信

 【カトマンズ共同】ネパール北東部シンドパルチョーク地区当局者は3日、大地震でがれきの下敷きになっていた男性が7日ぶりに救助されたとの自身の2日の発言は誤りだったと訂正した。当局者は共同通信の取材に対し「情報が交錯する中、誤解が生じてしまった」と説明した。

 救助された男性は3日、首都カトマンズの病院で取材に応じ、がれきの下から助け出されたのは地震発生当日の4月25日だと話した。

 男性によると、山間部の村の家屋が倒壊し下敷きになったが、その日に住民らに助け出された。頭部を負傷し救助ヘリを待ち続けたが、2日になって軍のヘリに発見されカトマンズに運ばれたという。


ネパール支援会合を緊急開催=アジア開銀
時事通信 5月3日(日)19時25分配信

 【バクー時事】アゼルバイジャンの首都バクーで年次総会を開催しているアジア開発銀行(ADB)は3日、大地震で大きな被害が出ているネパールへの支援会合を緊急に開いた。中尾武彦総裁は会合で3億ドル(約360億円)を追加支援することを表明。当初予定していた開発融資から転用する。
 支援会合には、日本を含む25カ国や世界銀行、国際通貨基金(IMF)などが参加。麻生太郎財務相は席上、今後、復旧・復興に向けた支援会合をADBと日本が共催で開く提案を行った。ネパールのマハト財務相は日本の提案について「歓迎する」と述べた。 


ネパール地震の救援物資、「お役所仕事」で輸送遅れる
AFP=時事 5月3日(日)18時52分配信

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ネパールの首都カトマンズにある救援活動の基地で、世界食糧計画が被災地で配給する食料を降ろす作業員たち(2015年5月2日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】先月25日に発生したネパールを震源とする大地震の死者が7000人を超える中、国連(UN)のバレリー・エイモス(Valerie Amos)人道問題担当事務次長兼緊急援助調整官は、ネパール税関当局の「官僚的」対応が救援物資の輸送を滞らせている現状を「極めて憂慮している」と述べた。

ネパール大地震、死者7000人超える(5月3日)

 ネパール政府は首都カトマンズ(Kathmandu)でがれきから生存者が見つかる可能性はほぼなくなったとの見方を示しており、救援活動の焦点は遠隔地の被災者の支援に移りつつある。

 だがエイモス氏は、ネパール政府の官僚的な対応により、同国に押し寄せている外国からの援助物資の輸送が遅れているとして懸念を示した。

 エイモス氏は2日、カトマンズ市内でAFPに対し、「税関で非常に長い時間がかかっているとの報告を受けており、極めて憂慮している」と話し、ネパールのスシル・コイララ(Sushil Koirala)首相に救援物資の通関手続きの迅速化を要請したと述べた。

 救援物資を積んだ航空機が世界各地から内陸国のネパールに駆け付けたが、大量の物資がカトマンズにあるトリブバン国際空港(Tribhuvan International Airport)で滞留しているとの報道が相次いで伝えられている。ネパールの税関当局が隣国インドから物資を積んでネパールに入ろうとするトラックを止めているという報道さえある。

 トリブバン国際空港のビレンドラ・プラサド・シュレスタ(Birendra Prasad Shrestha)空港長はAFPに対し、地震と一連の余震により、1本しかない滑走路の状態が懸念されるため、重量が非常に重い航空機の着陸を禁止していると説明。「総重量196トンを超える航空機の着陸を認めないと通知した」と述べた。

 同空港長は、「滑走路に目に見えるひび割れはないが、最近も非常に多くの余震が起きており、用心する必要がある。路面の下がどういう状況になっているのか分からないのだから」と述べた。「この滑走路はカトマンズにとって唯一の命綱だ。これを失えば、全てを失ってしまう」

 今回の地震による正確な被害規模はまだ把握されていない。山岳地帯という地理的条件が救援活動を困難にしている。国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は、雨期の始まりを数週間後に控える中、甚大な被害を受けた地域で暮らす推定170万人の子どもたちの間で疫病の流行を回避するには、時間との競争になっていると警告している。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール地震の死者、7千人超す 負傷者1万4千人
CNN.co.jp 5月3日(日)16時43分配信

(CNN) ネパールの国家緊急事態対策当局は3日までに、マグニチュード(M)7.8の地震に伴う犠牲者は7040人に増えたと報告した。負傷者は1万4398人。いずれも現地時間2日午後8時半ごろの時点での数字となっている。

同国内務省の報道担当者は2日、がれきの下などから生存者が新たに見付かる可能性は極めて少ないとの悲観的な見方を示した。発見されたら奇跡だろうとも述べた。ただ、生存者の捜索は全面的にあきらめたわけではなく、今後も続けると語った。

国連人道問題調整事務所は2日、首都カトマンズから西へ約180キロ離れたポカラ近くで同日、M5.0の地震が発生したと述べた。死者の拡大につながる可能性があるとしている。

国連の推定によると、食糧支援が必要な被災者は300万人以上。このうちの約半数は即時の配給が必要な窮状にあるとした。

ただ、被災地への接近は土砂崩れや道路損傷などで阻まれており、物資輸送も順調に進んでいない。カトマンズ郊外への一部の村落にはヘリコプターのみで到達出来る状況となっている。そのヘリコプターの数も多くはない。遠隔地への人道支援の輸送にはがれき処理が必要な事態ともなっている。


ネパール大地震、死者7000人超える
AFP=時事 5月3日(日)13時37分配信

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ネパール・カトマンズのスワヤンブナート寺院で、大地震で倒壊した建物のがれきを片付ける兵士ら(2015年5月2日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパール政府の災害対策当局者は3日、先月25日に発生したマグニチュード(M)7.8の大地震による死者が7040人になったと明らかにした。活動の焦点はがれきに埋まった生存者の捜索から、遠隔地に取り残されている被災者への支援に移っている。【翻訳編集】 AFPBB News

ネパール地震、EU市民1000人の所在不明


ランドローバー、全国36ディーラーがネパール被災地へ義援金…販売1台あたり1万円
レスポンス 5月3日(日)10時15分配信

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ネパール大地震

ジャガー・ランドローバー・ジャパンは5月1日、ネパール大地震による被災地支援として、全国のジャガー・ランドローバー正規ディーラーが支援金を拠出すると発表した。

[関連写真]

支援金は、全国36拠点の正規ディーラーが、5月と6月のランドローバー車の販売1台あたり1万円を拠出する。ランドローバー・ブランドアンバサダーであり、アルピニストの野口健氏が代表を務める認定NPO法人ピーク・エイドの「ヒマラヤ大震災基金」を通じて、被災者へのサポートに活用される。

《レスポンス 纐纈敏也@DAYS》


【タイ】スラムの人情をネパールへ スラム街での募金集め
Global News Asia 5月3日(日)9時0分配信

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クロントイスラムの細い路地を歩き、募金を呼びかける理事長のプラティープさん。(そむちゃい吉田 撮影)

 2015年5月1日、メーデーとして祝日だったこの日、バンコクのスラム街クロントイで長年にわたって活動しているNGOドゥアンプラティープ財団が、ネパールの被災者たちへの募金活動として、スラム街を練り歩いた。

 この日、バンコクはぶり返した猛暑で日中は37度を記録。焼け付くような日射しは、午後16時になっても衰える事は無かった。その中で、世界的にも有名なスラム街クロントイで長年子供の教育支援活動を続けているNGO団体ドゥアンプラティープ財団が、スラム街の住民たちにネパールの被災者を支援しようと呼びかけた。

 財団はネパールでの地震発生直後から、日系のNGO団体とも連携して、間接的に支援の働きかけを行っていた。

 日本からネパールへと向かう為にバンコクに立ち寄る救助犬の検疫作業を、極力早くするようにと空港や入管などに働きかけたのだ。生物検疫の場合、通常なら7日間も空港に留め置かれる。しかし、財団の働きかけもあり、事態を了解した関係各所は手続きを迅速に進め、すでに日本隊は救助犬とともに現地で活躍している。

 ドゥアンプラティープ財団の理事長プラティープ・ウンソンタム・秦(はた)さんは、スラム街の環境改善や子供たちの教育支援に取り組み、アジアのノーベル賞と言われるマグサイサイ賞を受賞している。日本人の夫を持ち日本の支援も多く受けていた、理事長のプラティープさんは日本への恩返しの気持ちも込めて、阪神淡路大震災の際に募金活動を思いついた。

 その後、東日本大震災の直後に行った募金では、スラム街住民たちの寄付が約40万バーツ(約110万円)もの金額にもなったことは、当時日本でも話題になった。

 当時も寄付したという住民の一人は、「自分たちには住む家も食べ物もある。ネパールの人たちは今、家も無く瓦礫の中で暮らしている。少しだけど助けたいという気持ちです」と語った。

 また、ジャスミンの花輪を作っていた老婆は、寄付の呼びかけに100バーツ(約360円)を寄付していた。しかし、花輪はひとつ売れても10~20バーツ(約36~72円)。経費を差引けば、一日のあがりは100バーツに届かないにも関わらずだ。

「これまで苦しい状況の中で生きて来た人たちだからこそ、他の人たちの痛みが余計によくわかるんです。一人一人は貧しくて、出せる額もたかが知れている。けれど、それを集めればそこそこの額になる。そして、それが現地の人々の役に立つということが、住民たちも過去何度か経験した中でわかっています」

「それに日本を始めとする外国の支援もあって、自分たちの環境が改善されて来たこともあります。恩返しという気持ちもあるのでしょう」と財団関係者は語った。

 集められた募金は、ネパールのNGO団体を通じて現地の被災者に届けられる。
【翻訳/編集:日本とタイ、震災の被災地で始まった友好の織物がついに完成】


ネパール地震 岩崩落「ジェット機の音のよう」 日本人登山者が証言
産経新聞 5月3日(日)7時55分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールを襲った地震発生から6日後、世界最高峰エベレスト周辺のトレッキング・ルートからカトマンズに戻った日本人男性登山客ら3人が2日、市内のホテルで、産経新聞に現場の様子を証言した。

 埼玉県在住の古川史典さん(66)らは4月25日の地震発生時、ヒマラヤ登山の拠点、ナムチェバザールの数キロ手前でトレッキングをしていた。足元が大きく揺れ、岩が崩落する音が2、3度聞こえた。「まるでジェット機が飛ぶような音だった」という。3人にけがはなかった。

 ナムチェバザールのホテルに宿泊。余震が続き、道路状況が分からなかったため4泊し、その後、飛行機で1日にカトマンズに入った。

 ナムチェバザールでは、古いいくつかの家屋が倒壊。「午後3時に別の地震が来る」といった誤った情報が飛び交い、住民は夜間はテント暮らしをしていたという。


ネパール地震 土砂崩れ、各地に爪痕 「集落ごと消えた」
産経新聞 5月3日(日)7時55分配信

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日本の国際緊急援助隊の医療チームの診察を受ける地元住民ら =2日、ネパール・シンドパルチョーク地区のバラビセ (早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【シンドパルチョーク(ネパール)=天野健作】ネパール大地震で最多の約2千人が亡くなり、今も約3千人が行方不明となっているシンドパルチョーク地区に2日、入った。幹線道路には岩石が落ちて大型車が通れないため、支援が届かずに孤立している集落がいくつも見られた。土砂崩れのため、そっくりなくなった集落もあるといい、被害の甚大さがうかがえた。

 首都カトマンズから約80キロ。四輪駆動車で約3時間、未舗装の道路を乗り越えて曲がりくねった道を進むと、がれきと化した小さな集落があった。

 がれきの横でたたずんでいたブッゾ・シマレストさん(17)は「全部壊れてしまった」とつぶやいた。集落には約70人が住み、唯一形をとどめたのは教会。それもあちこちひび割れて中に入るのは危険だという。この集落では1人が骨折しただけで死者はいないが、水や食糧などは何も届いていなかった。山道を2時間歩いた先では、斜面にあった集落がそっくりなくなってしまったといい、ブッゾさんは「誰もそこに行けず、救出は難しい」と悔やんだ。

 約30万人が住んでいるシンドパルチョーク地区は、険しい山々に囲まれた集落が点々としている。石とトタン板だけで建てられた簡素な家も多く、幹線道路沿いの集落にある家は軒並み倒壊している。

 ラムサンという村ではレイサム・スレアックさん(40)が、がれきの中をかき分けて、残った物がないか探していた。レイサムさんは「親類や私が働いている店のオーナーも亡くなった。何か思い出の品を取り戻したい」と話した。

 同地区の最大規模の街、バラビセでは日本の国際緊急援助隊の医療チーム約10人が1日から診療を開始。道路状況が悪いため、ヘリコプターでバラビセ近くまでたどり着いた。この街では約200人が亡くなった。私立病院があるが医療助手が1人いるだけで医師はいない。この周囲では約2万人が医師不足に悩まされているという。

 2日には新たに20人の医療チームがカトマンズからバラビセに到着。意識がほとんどない男性らが続々と運ばれてきた。

 援助隊の副団長、大友仁さん(52)は「昨日は45人の患者を見たが、骨が折れて突き出ている人もおり、医療を必要としている人がたくさんいる」と支援の必要性を訴えた。


ネパール地震 死者7000人超に
産経新聞 5月3日(日)7時55分配信

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日本の国際緊急援助隊の医療チームの診察を受ける地元住民ら =2日、ネパール・シンドパルチョーク地区のバラビセ (早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールの地震は2日、発生から1週間を迎えたが、死傷者の数は依然として増え続けている。ネパール内務省報道官は同日、国内の死者数が7040人に達したことを明らかにした。

 ロイター通信などによると、首都カトマンズを中心に住宅などの被害が激しく、建物の全半壊は約60万戸に及ぶ。ネパール政府は、さらに40万張りのテントが必要だとしている。

 現地の欧州連合(EU)関係者は、欧州の観光客約1千人の安否がなお確認できていないと話した。


救援物資、空港に山積み=税関手続きの遅れで―ネパール地震
時事通信 5月3日(日)6時42分配信

 国連関係者は2日、ネパール大地震を受けて国外から送られた救援物資が、税関手続きの遅れにより首都カトマンズの国際空港に滞っていると相次いで訴えた。ロイター通信は、増え続ける物資が空港で山積みになっていると伝えた。
 山間部などの被災地では、今も救援物資が届いていない所が多く、住民の不満が高まっている。政府は1日、テントや防水シートに限って関税を免除する措置を講じたが、国連は全ての救援物資を対象とするよう求めている。
 AFP通信によると、ネパールを訪問した国連のエイモス事務次長(人道問題担当)は2日、税関手続きの遅れに懸念を表明するとともに、コイララ首相に事態の改善を要請した。首相は対応を約束したという。 


ネパール、7日ぶり男性救出
2015年5月2日(土)23時15分配信 共同通信

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 地震から1週間を迎え、傾いた建物から日用品を急いで取り出す少年=2日、カトマンズ(共同)

 【カトマンズ共同】ネパール北東部シンドパルチョーク地区当局者は2日、大地震でがれきの下敷きになっていた58歳の男性が同日午前に救出されたと明らかにした。負傷しているが命に別条はない。大地震発生から2日で1週間となり、発生から7日ぶりの奇跡の救出となった。

 ネパール警察当局によると、大地震による同国内の死者は2日、7074人となった。ネパール政府はさらに40万張りのテントが必要とした。国内の被害は家屋など建物の全壊が約15万戸、半壊が約15万戸に上り、避難生活者用のテントの配給が急務になっている。

 警察当局によると、国内の負傷者は約1万4千人。


<ネパール地震>病状訴える人、殺到 自衛隊が診療所開設
毎日新聞 5月2日(土)22時9分配信

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自衛隊の医療チームによる診察を受ける被災者。地震によるけがの他にも慣れないテント生活で体調を崩した子供などが大勢集まった=カトマンズで2015年5月2日午前11時57分、望月亮一撮影

 【カトマンズ竹内良和】ネパールの大地震で、現地に派遣中の自衛隊が2日、医療援助活動を本格化させた。テント暮らしなどで体調を崩す被災者が続出しているものの、貧しさから治療費を払えなかったり、押し寄せたけが人で手いっぱいの病院に診療を断られたりするケースが多く、現地の医療事情は悪化している。このため自衛隊が開設した診療所には、多くの患者が詰めかけた。

 診療所となる大型テントが張られたのは、首都カトマンズ最大規模のトゥンディケル避難所の空き地。この日は医師、薬剤師を含む約40人の隊員が約3時間、診療活動をした。ネパール語に堪能な隊員がいないため、病状をイラスト入りで記した特製シートを患者に指してもらうなどして診察。テント前は、診察待ちの人でいっぱいになった。

 「体調が良くない。飲み水が悪いせいかもしれない」と話したのは、地方の村の出身で大学生のナンドゥ・カーキさん(23)。地震で壊れ危険な状態のアパートで今も暮らし、「学生でお金がなく、なかなか病院にも行けない」と漏らした。

 ラリタ・モガルさん(23)は、血便が止まらない長男サウラブちゃん(4)を連れてやってきた。「昨日病院に行ったのに『薬もないし、けが人の治療で忙しい』と治療を断られた」と訴える。アパートが壊れ、この1週間は一家でテントに身を寄せ、夜の寒さに悩まされているという。「この子は食事も少ししか口にしない。血便の原因も分からない」と顔を曇らせた。

 患者の受け付けなどを担当する岡本史郎・救護陸曹(38)は東日本大震災でも発生直後に福島県で医療援助活動に当たった。「がれきのほこりでのどを痛めてかぜ症状が出たり、地震のショックで眠れなくなったりした人が多い」と話した。


<ネパール地震>チベット巡礼地 冥福祈る人々
毎日新聞 5月2日(土)22時8分配信

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ボダナート寺院でお祈りをするロウジナ・ロカちゃん(4)。自宅は壊れ、テント生活を続ける。病気で足の悪いお父さんと一緒に訪れ、「遠くにいるおばあちゃんと地震でなくなった大勢の人のためにお祈りしたの」=カトマンズで2015年5月2日、望月亮一撮影

 【カトマンズ竹内良和】ネパールの大地震から1週間がたった2日、首都カトマンズの各地の寺院を人々が訪れ、犠牲者の冥福を祈った。

 チベット仏教徒の巡礼地であるボダナート寺院では、朝の光が差す中、巨大な仏塔の周りで人々が深く頭を下げていた。小さな手に花を握りしめていたのは、病気で足の悪い父親と一緒に訪れたロウジナ・ロカちゃん(4)。地震で自宅は壊れ、テント生活を続ける。「地震で亡くなった大勢の人のためにお祈りしたの」


ネパール大地震 犠牲者数、拡大の一途 全壊約15万戸
産経新聞 5月2日(土)21時42分配信

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中国国境に近いバラビセで、倒壊した家屋の横をあるく地元住民=2日、ネパール・バラビセ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールの地震は2日、発生から1週間を迎えたが、死傷者の数は依然として増え続けている。AP通信によると、地元当局は同日、国内の死者数が6600人を超えたことを明らかにした。

 また首都カトマンズを中心に住宅など建物の被害が激しく、建物の全壊が約15万戸、半壊が15万戸に及んだ。ネパール政府は同日、40万張りのテントがさらに必要だと明らかにした。

 現地の欧州連合(EU)関係者は、欧州の観光客約1千人の安否がなお確認できていないと話した。


がれきの中のネパールの女性
時事通信 5月2日(土)21時15分配信

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2日、カトマンズ郊外で、半壊した建物のがれきの中、残った壁の上に座る女性。


がれきの中から食料を探す被災者
時事通信 5月2日(土)21時15分配信

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2日、カトマンズ郊外で、がれきの中から食料を探すネパールの地震被災者。


「米とテントが足りない」…ネパール地震1週間
読売新聞 5月2日(土)21時15分配信

 【カトマンズ=丸山修】ネパール中部で発生した大地震は2日、発生から1週間が経過した。ネパール政府によると、死者数は6841人となり、インドなど周辺国と合わせて6900人を超えた。ネパールのマハト財務相は1日夜、記者会見し、「米とテントが足りない。特にテントは50万張り必要だが、まだ4万5000張りしか配布できていない」と窮状を訴え、さらなる支援を求めた。

 震源に近い山間部では道路が寸断されるなどして被害の全容が把握できず、支援が十分に届いていない。政府はヘリコプターの追加派遣を各国に要請している。首都カトマンズでは、支援物資を速やかに配るよう求めるデモも相次いでいる。

 小川正史駐ネパール大使は2日、カトマンズで記者団に対し、同国の在留邦人約1100人と短期滞在者約450人の安否確認について、「ほぼ終わった」と述べた。宿泊先を確保できない邦人には大使館を開放し、現時点で約30人が滞在しているという。


<ネパール地震>死者7000人超える 発生1週間
毎日新聞 5月2日(土)21時4分配信

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地震から1週間の朝、ボダナート寺院を訪れ、犠牲者のために祈りをささげる被災者ら=カトマンズで2015年5月2日午前7時3分、望月亮一撮影

 【カトマンズ金子淳】ネパールの政府当局は2日、大地震による死者数が7040人に達したと明らかにした。けが人は1万4398人に上る。米CNNが伝えた。依然としてがれきに埋もれている人も多いとみられ、死者数はさらに増えそうだ。

 また、国連によると、約60万軒の家屋が倒壊または損壊した。同国の人口約2800万人のうち約800万人が影響を受けており、約200万人がテントや水、食料、医薬品などの支援を必要としているという。

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