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2015年5月 1日 (金)

ネパール中部でM7.8の地震・14

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに6600人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

またインドやチベットなどでも多数の被害が出ている模様。

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リンク:支援物資に殺到するネパールの被災者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 死者数最大、不明いまだ3000人 取り残された集落 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 日本人登山客証言「岩崩落、ジェット機の音のよう」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災1週間、救出劇混乱=内務省「7日ぶり」で一時騒然―ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールの大規模崩落、衛星が確認…JAXA - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がれきの中を進むネパールの人々 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災したカトマンズの塔「ダラハラ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「現地NGOと協調を」=駐在スタッフが電話報告―ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:JVCケンウッド、ネパール陸軍に無線通信機を寄贈…震災復興支援 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:伝染病の懸念高まる=「時間との闘い」とユニセフ―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール、観光産業が打撃…遺跡など甚大な被害 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震「生存者の可能性なし」 死者6621人に 内務省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール、首都広場に追悼の火…地震発生1週間 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、死者6700人 - 速報:@niftyニュース.
リンク:キャンドルで追悼 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>JICA隊員ら一時帰国…成田空港 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>各国救援活動、本格化 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、EU市民1000人の所在不明 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:食料をもらおうと並ぶカトマンズ市民 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 松江から救いの手を 出身者ら料理店に募金箱 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震1週間 道路寸断、地方に支援届かず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:児童、職員ら募金活動 杉並のネパール人学校 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震1週間 自衛隊が救護開始 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震1週間 食糧求めて1000人の列 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震1週間 エベレストで死亡、山方さん 録音技師、映画撮影で現地へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震1週間 「医者に初めて診てもらった」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:テント、コメ不足深刻化=国際社会に追加支援要請―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:日本の医療チーム、活動開始―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 政府、支援金を増額 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震1週間>水も食料も物資も何も来ない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>進まぬ防災 脆弱な建物、都市に集中 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールへ6.8億円追加支援=外務省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>カトマンズから日本人帰国の途 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:EUの千人所在不明=ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

支援物資に殺到するネパールの被災者
時事通信 5月2日(土)21時3分配信

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2日、大地震の震源に近いネパール中部ゴルカ郡の村で、インド軍のヘリコプターが投下した支援物資に殺到する被災者たち。


ネパール大地震 死者数最大、不明いまだ3000人 取り残された集落
産経新聞 5月2日(土)19時31分配信

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カトマンズから北東へ60キロの中国国境に近いバラビセでは、建物が倒壊するなど大きな被害が出ている=5月2日、ネパール・バラビセ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【シンドパルチョーク(ネパール)=天野健作】ネパール大地震で最多の約2千人が亡くなり、今も約3千人が行方不明となっているシンドパルチョーク地区に2日、入った。幹線道路には岩石が落ちて大型車が通れないため、支援が届かずに孤立している集落がいくつも見られた。土砂崩れのため、そっくりなくなった集落もあるといい、被害の甚大さがうかがえた。

 首都カトマンズから約80キロ。四輪駆動車で約3時間、未舗装の道路を乗り越えて曲がりくねった道を進むと、がれきと化した小さな集落があった。

 がれきの横でたたずんでいたブッゾ・シマレストさん(17)は「全部壊れてしまった」とつぶやいた。集落には約70人が住み、唯一形をとどめたのは教会。それもあちこちひび割れて中に入るのは危険だという。この集落では一人が骨折しただけで死者はいないが、水や食糧などは何も届いていなかった。

 山道を2時間歩いた先には、斜面にあった集落がそっくりなくなってしまったといい、ブッゾさんは「誰もそこに行けず、救出は難しい」と悔やんだ。

 約30万人が住んでいるシンドパルチョーク地区は、険しい山々に囲まれた集落が転々としている。石とトタン板だけで建てられた簡素な家も多く、幹線道路沿いの集落にある家は軒並み倒壊している。

 ラムサンという村ではレイサム・スレアックさん(40)が、がれきの中をかき分けて、残った物がないか探していた。レイサムさんは「親類や私が働いている店のオーナーも亡くなった。何か思い出の品を取り戻したい」と話した。

 同地区の最大規模の街、バラビセでは日本の国際緊急援助隊の医療チーム約10人が1日から診療を開始。道路状況が悪いため、ヘリコプターでバラビセ近くまでたどり着いた。この街では約200人が亡くなった。私立病院があるが医療助手が一人いるだけで医師はいない。この周囲では約2万人が医師不足に悩まされているという。

 2日には新たに20人の医療チームがカトマンズからバラビセに到着。意識がほとんどない男性らが続々と運ばれてきた。

 援助隊の副団長、大友仁さん(52)は「昨日は45人の患者を見たが、骨が折れて突き出ている人もおり、医療を必要としている人がたくさんいる」と支援の必要性を訴えた。


ネパール大地震 日本人登山客証言「岩崩落、ジェット機の音のよう」
産経新聞 5月2日(土)19時27分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールを襲った地震発生から6日後、世界最高峰エベレスト周辺のトレッキング・ルートからカトマンズに戻った日本人男性登山客ら3人が2日、市内のホテルで、産経新聞に現場の様子を証言した。

 埼玉県在住の古川史典さん(66)らは4月25日の地震発生時、ヒマラヤ登山の拠点、ナムチェバザールの数キロ手前でトレッキングをしていた。足下が大きく揺れ、岩が崩落する音が2、3度聞こえた。「まるでジェット機が飛ぶような音だった」という。3人にけがはなかった。

 ナムチェバザールのホテルに宿泊。余震が続き、道路状況が分からなかったため4泊し、その後、飛行機で1日にカトマンズに入った。

 ナムチェバザールでは、古いいくつかの家屋が倒壊。「午後3時に別の地震が来る」といった誤った情報が飛び交い、住民は夜間はテント暮らしをしていた。食糧は不足していなかったが、断水していたという。


被災1週間、救出劇混乱=内務省「7日ぶり」で一時騒然―ネパール地震
時事通信 5月2日(土)19時22分配信

 【カトマンズ時事】大地震で被災したネパールでは2日もがれきの下敷きになった犠牲者の捜索と救助作業が続けられた。この日、首都カトマンズ市内で助け出された女性について、内務省は当初「166時間ぶりの救出」と述べていたが、その後「女性は地震発生当日ではなく、後日自宅に戻った際に建物が崩壊して下敷きになった」と訂正した。被災から1週間を経て、なお救出劇をめぐり情報が錯綜(さくそう)している。
 内務省によると、女性の名はマヤ・ビシタさん(45)。重傷だが、意識はあり、話もできる。2日午前10時(日本時間同日午後1時すぎ)ごろ、倒壊した自宅のがれきの中から発見された。
 4月25日正午近くに起きた大地震から「7日ぶりの救出」と内務省は一時騒然とした。しかし、救出に携わった地元警察関係者がその後「発生当日の被災者ではない」と主張。内務省も地元警察の説明を受けて訂正し、謝罪した。 


ネパールの大規模崩落、衛星が確認…JAXA
読売新聞 5月2日(土)19時10分配信

 宇宙航空研究開発機構(JAXA(ジャクサ))は、ネパールのヒマラヤ山脈の谷あいで起きた大規模な崩落現場を、地球観測衛星「だいち2号」が確認したと公表した。

 だいち2号が4月26日、首都カトマンズの北にあるランタン村周辺を撮影した画像で見つかった。崩落は東西約1500メートル、南北700メートルにわたっており、雪崩か地滑りのいずれかが原因で生じたとみられるという。

 周辺のランタン国立公園は「世界で最も美しい谷」とも呼ばれている。JAXAの担当者は、「ランタン村の一部がのみ込まれた可能性がある」と指摘している。


がれきの中を進むネパールの人々
時事通信 5月2日(土)18時8分配信

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2日、カトマンズで、地震で崩れた建物のがれきの中を進むネパールの人々。


被災したカトマンズの塔「ダラハラ」
時事通信 5月2日(土)18時8分配信

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2日、ネパール地震で大きな被害を受けた首都カトマンズの観光名所の塔「ダラハラ」。


「現地NGOと協調を」=駐在スタッフが電話報告―ネパール地震
時事通信 5月2日(土)17時48分配信

 甚大な被害をもたらしたネパール大地震を受け、主に南アジアの国々への支援活動を行う国際協力NGO「シャプラニール」は2日、東京都新宿区内でネパール駐在スタッフによる救援活動の報告会を開き、宮原麻季カトマンズ事務所長は電話を通じ、「多くのネパール人がボランティアをしたいと言ってくれている。現地NGOとうまく協調できれば、より良い復興ができるのではないか」と提言した。 


JVCケンウッド、ネパール陸軍に無線通信機を寄贈…震災復興支援
レスポンス 5月2日(土)15時15分配信

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ネパール大地震

JVCケンウッドは5月1日、ネパール大地震の被災者救護、被災地復興支援を目的に、無線機器を寄贈すると発表した。

[関連写真]

現在ネパールでは壊滅的被害を受けた地域での救護活動と復興作業に従事する陸軍にて陸上無線通信機の不足が発生。同社では地震発生直後から現地エージェントと共に状況確認を行ってきたが、復興支援として、陸軍通信部に対して陸上無線通信機とその付属品を寄贈することを決定した。引き渡しについては、調整のうえ5月上旬頃となる見込み。

今後、寄贈した無線通信機は、陸軍通信部を通じて各被災地での復旧作業に有効活用される予定だ。

《レスポンス 纐纈敏也@DAYS》


伝染病の懸念高まる=「時間との闘い」とユニセフ―ネパール
時事通信 5月2日(土)15時5分配信

 【カトマンズ時事】ネパール大地震から1週間以上が経過し、現地では6月の雨期入りを前に伝染病の流行に対する懸念が高まっている。国連児童基金(ユニセフ)は2日、雨期に伴って被災地の衛生状態は一段と悪化するとして、疫病対策が「時間との闘い」になっていると警告した。
 地震による死者は同日、インドや中国など周辺国を含めて6700人以上に達した。
 アジア最貧国の一つであるネパールでは下痢やはしか、コレラなどが風土病として存在。ユニセフの報道担当者はロイター通信に対し「降雨で状況はさらに深刻になる」と指摘した上で、雨の降る屋外での避難生活が長引けば、こうした病気が「爆発的に増える」恐れがあると述べた。
 ユニセフ幹部も声明で「病院はいっぱい、水は足りない、遺体はまだがれきの下、被災者は野外で寝ている。これは疫病がまん延する完璧な条件だ」と警鐘を鳴らした。
 一方、世界保健機関(WHO)は、病院のスタッフは足りているものの、医薬品などが不足していると説明。伝染病の流行を防ぐための警戒を怠らないよう呼び掛けている。 


ネパール、観光産業が打撃…遺跡など甚大な被害
読売新聞 5月2日(土)14時12分配信

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地震で大きな被害を受けたダルバール広場(1日午前、ネパール・カトマンズで)=竹田津敦史撮影

 【カトマンズ=丸山修】地震発生から2日で1週間となったネパールで、主力の観光産業が打撃を受け、経済に影響を及ぼす懸念が高まっている。

 観光の目玉だった世界遺産の遺跡など古い建築物は、軒並み甚大な被害を受けた。首都カトマンズで観光客が集う最大級の繁華街「タメル地区」も7割近くの店が閉まり、閑散としている。

 政府関係者などによると、1979年に世界文化遺産に登録されたカトマンズ盆地では、19世紀前半に建てられた「ダラハラ塔」が倒壊した。この塔は81年前の1934年の地震で被害に遭い、再建されたもので、約10年前から一般公開されていた。カトマンズ中心部に位置する「ダルバール広場」でも被害が出たほか、多数の寺院が損壊した。

 観光の拠点になっているタメル地区は、レストランやホテルが所狭しと並び、国内外の観光客で夜遅くまでにぎわう場所だ。だが、地震で一部損壊の被害に遭った上、商店主らが避難。30日から商店の一部が営業を始めたが、全体の3分の1程度で、メインストリートはシャッター通りとなっている。


ネパール地震「生存者の可能性なし」 死者6621人に 内務省
AFP=時事 5月2日(土)13時13分配信

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ネパールの首都カトマンズの露店で、病気の予防などのためのマスクを買うカップル(2015年5月2日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパール内務省の報道官は2日、先月25日に発生したマグニチュード(M)7.8の大地震による死者が6621人、負傷者が1万4023人になったと発表するとともに、倒壊した建物のがれきなどから生存者が見つかる可能性はほぼなくなったという見方を示した。

【写真特集】ネパール大地震、捜索・救助活動続く被災地

 ネパール内務省のラクスミ・プラサド・ダカル(Laxmi Prasad Dhakal)報道官はAFPに対し、「地震発生からすでに1週間がたった。捜索救難活動に全力を尽くしているが、がれきの下に生存者がいる可能性はないと私は思っている」と述べた。

 20か国以上から派遣された救助隊が救助犬や熱探知機も使ってがれきに埋まっている生存者の捜索活動を行っているが、先月30日夕方以降、生存者は発見されていない。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール、首都広場に追悼の火…地震発生1週間
読売新聞 5月2日(土)13時7分配信

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ろうそくに火をともし、地震の犠牲者を追悼する参加者たち(1日午後7時40分、ネパール・カトマンズで)=竹田津敦史撮影

 【カトマンズ=石崎伸生】ネパール中部で起きた地震は、2日で発生から1週間。

 首都カトマンズ中心部の広場では1日夜、被災した市民ら約50人が集まり、犠牲者を弔った。

 広場には、ろうそくがネパールの国土の形に並べられ、次々に火がともされた。地震で亡くなった親戚に祈りをささげるため広場を訪れたというカトマンズ在住のスリエ・ラマさん(31)は「たくさんのものを失った。故郷では家をなくした両親がテントで生活している。早く帰って、一緒に生活を再建したい」と話した。また、この集いを主催した地元労働団体代表のビシュヌ・リマルさん(52)は「この悲惨な時に、国民の団結を示したかった。力強く復興していきたい」と語った。

    ◇

 ネパール政府によると、2日午後1時(日本時間)現在、死者は6624人、負傷者は1万4021人。インドなど近隣国を含めた死者数は6700人を超えている。


ネパール地震、死者6700人
2015年5月2日(土)12時44分配信 共同通信

 【カトマンズ共同】ネパール警察当局は2日、大地震の死者が6624人に達したと明らかにした。中国やインドなど近隣国を含めた死者は6700人を超えた。

 一方、ロイター通信によると、ネパールのマハト財務相は1日、大地震の被害を受けた家屋や病院、歴史的建造物などの再建に、少なくとも20億ドル(約2400億円)が必要になるとの見通しを示した。「当初の見積もりにすぎない」としている。

 2日までのネパール国内の被害は家屋など建物の全壊が約15万戸、半壊が約15万戸。負傷者は約1万4千人。


キャンドルで追悼
時事通信 5月2日(土)11時42分配信

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1日、ネパールの首都カトマンズ市内の広場で行われた大地震の犠牲者を追悼するイベント。キャンドルで同国の国土をかたどっている。


<ネパール地震>JICA隊員ら一時帰国…成田空港
毎日新聞 5月2日(土)11時33分配信

 ネパール地震の発生を受け、同国に派遣されていた青年海外協力隊の隊員23人とシニア海外ボランティア9人が2日、タイ経由で成田空港に一時帰国した。隊員らは現地の友人らの生活を心配し、「ネパールの人々は自分たちで復興に立ち上がろうとしていた。復興の手伝いのために早く戻りたい」と話していた。

 小中学生に対する環境教育などを担当していた、さいたま市出身の小口聡美さん(31)は「路線バスに乗っていて地震に遭った。塀がゆっくり倒れるのが見えて、信じられない気持ちだった」と話した。バスを降りて徒歩で避難したが、店の商品やレストランの食器が店内に散乱しているのが見えたという。

 神奈川県藤沢市出身の松田協子さん(27)は成田空港の到着ロビーで、迎えに来ていた女性の友人と抱き合って無事に帰国できたことを喜び合った。「夜に余震が続き、怖がるネパール人の友人に誘われて一晩だけ広場で寝たが、多くの人が避難していて足を伸ばすスペースもなく翌日から自宅へ戻った」と振り返った。

 国際協力機構(JICA)広報室によると、同国に派遣されている日本人は52人で、うち23~67歳の男性16人、女性16人が帰国した。野菜栽培の指導や女性に対する職業訓練などを担当していた。【早川健人】


<ネパール地震>各国救援活動、本格化
毎日新聞 5月2日(土)11時31分配信

 【カトマンズ金子淳】大地震の発生から1週間が経過したネパールで、日本や各国による緊急援助隊が活動を本格化させている。

 ◇日本のチーム、拠点を開設

 日本の緊急援助隊の救助チームは1日から、カトマンズから東へ約20キロにある町サクーで救助活動を開始。生存者の救出には至っていないが、2日以降も引き続き活動を行う。医療チームは、最大規模の被害が出た中部シンドゥパルチョーク地区バラビゼの学校に診療拠点を開設。多くの住民らが列を作り、メンバーが治療などに当たった。医療チームの多賀政幸団長は「下痢などの症状が広がっている。遠隔地の負傷者もいるので、期間を決めず、ニーズに合わせて対応したい」と話した。

 スペインのテレビ局TVEによると、スペイン軍はカトマンズ近郊のランタン国立公園で行方不明となっている自国民9人の捜索を始める許可をネパール側から得た。同国軍は近く援助物資6トンと共に援助部隊を派遣し、捜索に乗り出す。ネパールで自国民の捜索活動の許可を得たのは米国、インド、イスラエルに次ぐという。

 国際機関や関係国は先月25日の地震発生以降、捜索や援助要員の派遣を申し出てきたが、ネパール国内の国際空港がカトマンズにしかないことなどが原因となり、受け入れが遅れてきた。


ネパール地震、EU市民1000人の所在不明
AFP=時事 5月2日(土)10時31分配信

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ネパールを震源とする大地震後に雪崩に見舞われたエベレストのベースキャンプから負傷者を乗せて飛び立つ救難ヘリコプター(2015年4月26日撮影、資料写真)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】1週間前に大地震に見舞われたネパールで欧州連合(EU)市民1000人の所在が依然として分かっていない。外交筋が1日、明らかにした。

【写真特集】ネパール大地震、捜索・救助活動続く被災地

 所在が分かっていないEU市民のほとんどは、地震後に雪崩に見舞われたエベレスト(Mount Everest)付近や、震源に近く、多くの民家や建物が崩壊して人々が救援を待っているランタン(Langtang)のトレッキングコースにいた人たちだという。

 EUのレンシェ・テーリンク(Rensje Teerink)駐ネパール大使は地震で大きな被害を受けた首都カトマンズ(Kathmandu)で記者会見し、「所在不明の人たちがどういう状況にあるのか把握していない」と述べるとともに、現在までにEU市民12人の死亡が確認されたと明らかにした。

 別の匿名のEU当局者は、所在不明者の大半は無事とみられ、遠隔地や通信が途絶した場所にいるために安否が判明していない可能性が高いと話した。

 今回の地震では、現在までに6204人の死亡が確認され、隣接するインドと中国でも約100人が死亡した。しかし、カトマンズの北東に位置するシンドパルチョーク(Sindhupalchowk)地区が甚大な被害を受けたことが明らかになりつつあり、被害の全容はいまだに把握されていない。【翻訳編集】 AFPBB News


食料をもらおうと並ぶカトマンズ市民
時事通信 5月2日(土)9時0分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、ボランティアが配る食料を受け取るために長い列をつくる市民


ネパール地震 松江から救いの手を 出身者ら料理店に募金箱
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

 ネパール中部で起きた大地震は2日で発生から1週間。現地ではなお不自由な日々が続くなか、山陰地方に住むネパール出身者らが募金活動に乗り出した。松江市千鳥町のネパール料理店「アガン」では店頭に募金箱を設置、来店客らに母国の状況を訴えるとともに募金を呼びかけている。

 同店にはネパール中部のバグルン郡出身の5人がおり、地震後、家族や友人らの安否確認に追われた。家族にけが人などはなかったが、同店のケム・パウデルさん(29)によると、首都のカトマンズにいる友人の家が崩れ、家族が公園のような場所で過ごしているという。

 「電話などで連絡したら、電気が限られた時間しか来ず、水や食べ物がないと話していた。テントの中にいるが、夜は暗くて怖いという話も聞いた。道も寸断されていて、救援の人たちもなかなか来ないとも訴えていた。何とかしなければと思っている」とパウデルさん。

 そこで、国内にいる他のネパール出身者らとも協力して28日から店に募金箱を設置。衣類なども募り、他地域とも連携して支援活動を展開するという。

 パウデルさんは「私たちでできる支援をやっていきたいので、みなさんも協力してほしい」と話す。


ネパール地震1週間 道路寸断、地方に支援届かず
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパールでの大地震は、2日で発生から1週間になる。首都カトマンズを別にすると、地方では多くの地域でいまだに支援の手が届いておらず、復旧にはほど遠い状況だ。同国が誇る多くの歴史的文化財も震災で破壊され、経済にも深刻な打撃を与えている。

 ネパール内務省のラクスミ・ダカル報道官によると、カトマンズと地方都市を結ぶ複数の幹線道路が寸断されたままで、被災地支援に支障をきたしている。

 首都より多い約2千人が死亡した首都東方のシンドパルチョーク地区で、政府は限られた数のヘリを使って食糧投下や負傷者の搬送を行っているものの、「時間ばかりがかかっている」(ダカル報道官)状況だ。

 また、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されているカトマンズ市内のダルバール(王宮)広場など多数の歴史的建造物が被災した。

 文化観光・航空省のスレシュ・マン・シュレスタ次官によれば、広場では数世紀前に建立された約50の寺院や旧王宮のうち、15棟が全壊した。首都郊外の2カ所にある別の世界遺産の王宮広場を含め、カトマンズ周辺の歴史的建造物の被害は100件以上にのぼる。シュレスタ氏は「文化財の修復には少なくとも5、6年、数十億ネパールルピー(1ネパールルピー=約1・2円)がかかる。ユネスコや、日本など友好国の支援を期待する」と述べた。

 ネパール商工会議所のスラジ・バイデヤ前会長は、「さまざまな会社の運営が正常化するには1、2カ月、経済活動が元に戻るには半年~1年かかるだろう」と予想した。

 一方、ネパールのマハト財務相はロイター通信に、復興には20億ドル(約2400億円)が必要との見通しを明らかにした。


児童、職員ら募金活動 杉並のネパール人学校
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

 ネパール中部で起きた大地震で、杉並区阿佐谷南のネパール人学校「エベレスト・インターナショナル・スクール」の児童らが1日、阿佐ケ谷駅南口で募金活動を行った。

 同校の児童や職員ら約30人が参加。児童らが日本語で「ネパール地震への募金をお願いします」と呼び掛けると、多くの人が足を止め、募金に協力した。集まった募金は、ネパールの教育に役立てるために活用されるという。


ネパール地震1週間 自衛隊が救護開始
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

 【カトマンズ=天野健作、岩田智雄】ネパール中部で発生した大地震で、自衛隊で組織された医療援助隊の主力部隊約70人は1日、首都カトマンズに到着し、医療活動を始めた。日本の国際緊急援助隊の医療チームも1日、多数の死者が出た首都東方のシンドパルチョーク地区バラビセで診療を始めるなど、支援活動を本格化させた。カトマンズの一部では電気や水道などインフラが復旧し、営業を再開した商店もあるなど、市民生活に回復の兆しも出ている。

 ネパール当局は1日、大地震による同国の死者数が6260人になったと明らかにした。犠牲者は近隣諸国を含めると6300人を超えた。

 4月30日には、倒壊したホテルのがれきに閉じ込められていた従業員の女性(24)が震災発生から5日ぶりに救出された。なお多数の行方不明者がおり、犠牲者はさらに増える恐れが大きい。


ネパール地震1週間 食糧求めて1000人の列
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

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ネパール・カトマンズ市内中心部の公園で、ネパール陸軍から救援物資を受け取るため長い列を作る被災者=1日(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震は、2日で発生から1週間を迎える。1日までに電気や水などインフラ設備が一部復旧し、回復の兆しもうかがえる。しかし、大きな避難所ではテントの数がさらに膨れ上がっており、食糧を求める人たちで長蛇の列ができていた。支援から取り残された場所もあり、救援を望む人が「こちらにも来てほしい」と訴えている。

 カトマンズ市内の小さな広場に、地元住民らが畑で採れた野菜や果物を持ち込み、1日、青空市場が姿を見せた。ボリシビ・ビマさん(50)は「みんなが助け合おうという気持ちでいる」。トマトを震災前と同じ値段の1キロ=60ネパールルピー(70円)で売り、サービスの品もたくさん付けていた。

 揚げたパンなど軽食を売る店も同日からちらほらと開き始めた。大勢の人の列に並んでいたサムエル・タイティワット君(12)は「お父さんやお母さんに持っていくんだ」とにっこり。学校は14日まで休みだといい、「早く友達に会いたいんだけど」と下を向いた。

 食糧不足は深刻度を増している。カトマンズ市内最大規模の避難所、ラトナ公園ではこの日、水やスナック菓子を持ち込んだネパール軍が姿を見せると、一気に千人以上の列ができ上がった。ただ、地元民によると、商店街はシャッターが閉まっている店がほとんどだが、壊されたり物が盗まれたりなど目立った略奪や盗難は聞かれないという。

 観光客が訪れるタメル地区。カトマンズは観光業でも成り立っており、震災で大きな打撃を受けた。

 がれきの砂がかぶった仏頭などの土産物をほうきで払っていたライ・ユワンガルさん(30)は「食べていくために店を開いたが、観光客が全然こない」と嘆く。民族楽器を演奏していた男性(60)は、震源地近くの中部ゴルカから出稼ぎにやってきたといい、「ここもまだだめだ」と首を振った。

 支援が届かない場所もある。ヒマラヤ最古の寺院の一つがあるスワヤンブナート。寺院ではがれきの下に埋もれ1人が亡くなった。今もがれきが散乱したままだが、僧侶12人が住み込んでいる。

 境内にテントを張って寝泊まりしているという僧侶のプンズさん(49)は「誰も支援にこない。毎日、街から水と食糧を持ち込んでいる」と窮状を訴えていた。


ネパール地震1週間 エベレストで死亡、山方さん 録音技師、映画撮影で現地へ
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

 ネパールの大地震により、エベレストのベースキャンプで雪崩に巻き込まれて死亡した日本人は、録音技師の山方(やまがた)浩さん(56)だったことが1日、日本政府関係者らへの取材で分かった。中国の登山隊を描くドキュメンタリー映画撮影のため現地入りし、被害にあったという。山方さんの遺体は近く日本に移送される予定。

 関係者や参加した映画の資料などによると、山方さんは日本の映画界でフリーで働いた後、平成2年に中国へ渡り、張芸謀(チャン・イーモウ)監督らの作品に参加するなどした。その後は日本と中国で活動していたという。

 4月に公開された映画「セシウムと少女」で昨年8月から半年間、山方さんと一緒に仕事をしたという映画監督の才谷(さいたに)遼さん(62)=東京都杉並区=は、「映画が完成した3月にお会いしたばかりだった。まさかという気持ち」と驚きを隠せない様子だった。

 「『楽しいとかつらいとかじゃなく、仕事は仕事なんだ』と話していたのが印象的。カメラマンの信頼も厚かった」。こう振り返る才谷さんは「張芸謀監督について学んだという中国語がとても堪能だった。日本と中国を頻繁に行き来していたようで、3月に会ったときも中国行きをとても楽しみにしていたのに…」と語り、その死を悼んだ。

 山方さんは今月公開予定の映画「種まく旅人 くにうみの郷」にも録音技師として参加。この映画で撮影を担当した阪本善尚さん(73)は「撮影終了後、宿に帰っても遅くまで熱心に仕事をする姿が印象的だった」と話した。

 録音技師の間では“大ベテラン”として知られ、中国との縁が深かった山方さん。映画の撮影は昨年初めから行われたが、同年2月の山方さんの誕生日には山方さんの携帯電話に中国から祝いの連絡がひっきりなしにかかってきたという。

 阪本さんは、「向こうでも慕われているんだなと思った。大ベテランだが、まだ50代。これからいろんないい仕事ができた。まさか亡くなるとは…」と声を詰まらせた。


ネパール地震1週間 「医者に初めて診てもらった」
産経新聞 5月2日(土)7時55分配信

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カトマンズ市内で本格的な医療活動を開始した自衛隊の医療援助隊=1日(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】カトマンズの避難所で本格活動を始めた、自衛隊で組織された医療援助隊の先遣隊の医官ら4人は1日、市内にある最大規模の避難所、ラトナ公園を訪問した。公園には約2500人の避難者がいるが、これまで医師が来たことがないという。

 テントで生活するクマル・ラマさん(27)は「吐き気がする。地震から逃げ出したときに膝を捻挫した」と訴えた。近くの病院は重症患者で埋まっており、通常の診療は受け付けてくれないという。クマルさんは薬と湿布をもらって「医者に初めて診てもらった」と笑顔を見せた。

 「胸が痛い」と訴えた女性(48)は、症状を絵で紹介した本を指さしながら、診療を受けた。診療の列はひっきりなしに続くため、自衛官は途中で列を切り、「明日も来るから」と後続をなだめていた。

 約40人を診療した竹島幹雄・二等陸佐(47)は「避難者の不安は相当強い。笑顔で心配を和らげてあげたかった」と話した。

 この日、医療機器を積んだC130輸送機もカトマンズの空港に到着。主力部隊約70人も同日に合流したため、2日から医療支援活動を拡充する。


テント、コメ不足深刻化=国際社会に追加支援要請―ネパール
時事通信 5月2日(土)5時17分配信

 【カトマンズ時事】ネパールのマハト財務相は1日、首都カトマンズで記者会見し、国際社会にテントやコメなどの物資の追加支援を訴えた。ネパール大地震で確認された犠牲者は、インドや中国など周辺国を含め6300人、負傷者は1万4000人を超えた。国連によると、約280万人が家を失い、野外生活を余儀なくされている。
 同相は「被災者に一時的な住居を提供するためにはテント50万張りが必要だが、1日までに4万5000張りしか配布できていない」と説明。「コメなどの食料不足も深刻化している」と窮状を訴えた。 


日本の医療チーム、活動開始―ネパール
時事通信 5月1日(金)23時46分配信

 【カトマンズ時事】日本の国際緊急援助隊・医療チームが1日、首都カトマンズ東方約60キロにあるシンドパルチョーク郡バラビセで活動を開始した。
 同日正午(日本時間午後)ごろから野外診療所で地震の負傷者らの診察を始め、患者45人を診察したという。
 同郡は最も被害が大きかった地域とされる。医療チームは今後、手術など本格的な医療を提供できる施設を目指すという。 


ネパール大地震 政府、支援金を増額
産経新聞 5月1日(金)23時36分配信

 政府は1日、ネパール中部で発生した大地震に関し、同国政府に約16億8千万円の緊急無償資金協力を行うと発表した。すでに10億円規模の支援を決めていたが、支援ニーズの増大を受けて増額した。


<ネパール地震1週間>水も食料も物資も何も来ない
毎日新聞 5月1日(金)22時28分配信

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避難所で水や食料の配給の列に並ぶ被災者ら。地震から1週間が経過した今も多くの被災者がテントでの生活を余儀なくされ、配給の食料や水も十分ではない=カトマンズで2015年5月1日午後3時56分、望月亮一撮影

 【カトマンズ平野光芳、竹内良和】ネパール大地震の発生から2日で1週間を迎える。AP通信によると死者は1日、6260人に上り、周辺国を含めた犠牲者は6300人を超えた。また、中部シンドゥパルチョーク地区で約3000人が行方不明との情報があるほか、欧州連合(EU)の駐ネパール大使は、加盟国の観光客ら約1000人が所在不明だと明らかにした。一方、被災地では多くの人がテント暮らしを強いられ、支援物資も行き届いていない。ネパール政府の対応は後手に回り、物資の配給をはじめあらゆる面で混迷が深まっている。

 カトマンズ中心部にある首相公邸。1日、武装警官が目を光らせる監視塔のすぐ脇の空き地に6張りのテントが並んでいた。近所の数十人が集まる自主避難所だ。敷地にたまったゴミが異臭を放ち、ハエがしつこくまとわりついてくる。

 「水も食料も物資も、支援は何も来ない。そこに首相が住んでいるのに、なぜなんだ」。2畳ほどのテントに妻や子供ら6人で暮らす観光業のミラン・タマンさん(38)が吐き捨てるように言った。

 自宅アパートにひびが入り、料理や食事で家に戻る以外はテントで横になって過ごす。隣のテントで暮らすめいのアイサちゃん(7カ月)は、被災後ずっと下痢が止まらない。「政治家は選挙の時は都合の良いことを言うが、いざとなると何もしてくれないと分かった」。ミランさんが嘆いた。

 カトマンズでは普段から停電や断水が頻発し、市民は不便な生活には慣れっこだ。それでも被災者支援の遅れには多くの人が業を煮やす。

 「もう7日。私たちの支援物資はどこ?」。各国の支援物資が到着する国内唯一の国際空港「トリブバン空港」でこの日、約40人が模造紙を掲げて抗議していた。雑誌編集者、ソン・シンさん(44)は「世界中から集まった支援物資がここで止まっている」と怒った。

 警官が「空港ではなく政府庁舎でやりなさい」と声をかけると、参加者らは口々に「我々は物資の配布を手伝いたいだけだ」「国民は助け合うべきだ」と詰め寄り、騒然となった。

 また、カトマンズ最大規模のトゥンディケル避難所では、中国の支援団体が食料の入った袋や清涼飲料水を配り始めたところ、順番待ちの行列に「うちには子供が居る」などと言って割り込む人が続出。複数の物資を取ろうとする人もおり、支援団体のメンバーが注意したものの収拾できず、最後は物資を置き去りにして逃げ出した。その後、物資を巡ってもみ合いが起きた。被災者のストレスは高まっている。

 こうした状況は、地方ではなおさらだ。最大規模の被害が出たシンドゥパルチョーク地区では29日、軍のトラックを住民が取り囲み怒声を浴びせる光景が目撃された。必要なテント400張りに対し、配られたのは30張りだったからだ。住民の一人は「各国の支援団体は物資をネパール政府に渡さず、被災者に直接届けてほしい」と訴えた。同じ日、同地区では、道にタイヤを並べて軍のトラックの通行を妨害して抗議の意を示す活動も行われた。


<ネパール地震>進まぬ防災 脆弱な建物、都市に集中
毎日新聞 5月1日(金)22時12分配信

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カトマンズの安宿街タメル地区で倒壊したホテルの現場に立ち尽くす住民たち。スプリタムさん(左)は、母が下敷きになり死亡した=金子淳撮影

 【カトマンズ金子淳】ネパールで起きた大地震は2日に発生から1週間を迎えるが、救助や支援活動は大幅に遅れ、被害の全容もつかめていない。米地質調査所(USGS)によると、ネパール周辺では1934年にマグニチュード(M)8.1の大地震が発生するなど「地震国」であるにもかかわらず、防災対策は進んでいなかった。ヒマラヤ山脈沿いの険しい山岳地帯を抱えるネパールでは、貧困や内戦後の政治混乱により支援インフラの整備や地震対策が後回しにされてきた歴史がある。

 首都カトマンズの安宿街タメル地区。路地の奥に建つ7階建てホテルががれきの山になっていた。隙間(すきま)から、直径約1センチの細い鉄筋が何本も突き出ていた。

 住民によると、ホテルは道路を挟んだ向かい側の広場に倒れ、宿泊客や広場にいた住民らが亡くなった。「数年前に建った新しいホテルだ。建築がちゃんとしていれば、こんなことにならなかったはずだ」。近くに住む運転手、ナジールさん(35)が憤った。

 日本政府の国際緊急援助隊に同行している建築構造の専門家、一條典(つかさ)さんによると、カトマンズは地震に弱いレンガ造りの建物が大半で、古い家はレンガを粘土で積み重ねただけの造りだ。鉄筋コンクリート造りの建物でも、鉄筋の太さは「日本の半分ほど」で、日本のように複数の鉄筋を組み合わせて強度を保つ工夫もない。一條さんは「コンクリートも品質が悪く強度が弱い。建築基準は守られていたのだろうか」と話した。

 カトマンズ盆地は2006年まで続いた内戦で地方から避難民が流入し、人口は11年までの10年間で約2・5倍にふくれ上がり、現在は盆地全体で250万人を超える。脆弱(ぜいじゃく)な建物に人々が集中したところへ大地震が起き、犠牲者の拡大につながった格好だ。死者は1000人以上に上る。

 救助や支援体制も整っていなかった。ネパールは空軍がないうえ国際空港はカトマンズの一つだけ。駐機場も狭く、各国の救助隊や支援物資を積んだ航空機は着陸できず引き返す便が相次いだ。救助の主力、陸軍は約9万6000人のうち9割が出動したが、ヘリは十数機しか所有していない。軍用車両も約3割が破損。山岳部や農村部には、いまだ支援の届かない場所があるとみられる。

 また、災害救助訓練も不足していた。外国の支援関係者によると、別の救助隊と情報を共有するため、確認済みの建物には目印をつけるのが普通だが、地元の軍や警察はこうした措置を取っていない。ある支援関係者は「ネパール軍は救助の基本がなっていない」と明かす。

 地震の危険性は以前から明らかだった。02年には日本の国際協力機構(JICA)が地震の被害想定をまとめた報告書を作成し、ネパール政府に提出したが、都市開発などの実務には生かされなかったという。JICAは今年6月ごろから再度、被害想定調査をする予定だったが、その矢先に震災に襲われた。

 JICAネパール事務所の清水勉所長は「都市部の人口増加で災害リスクが高まっていたところへ大地震が起きた。きちんと被害調査をし、今後の町づくりに生かしてほしい」と語る。

 ◇長引く政治的混乱、インフラ整備後回し

 防災対策が後手に回った背景には、政治の混乱がある。ネパールでは06年に10年間続いたネパール共産党毛沢東主義派との内戦が終結し、翌07年に暫定政府が発足。08年には新憲法を決めるための制憲議会選が実施されたが、任期中に憲法を制定できずに解散した。

 13年に再度、制憲議会選が実施されたが、その後も憲法の制定期限はたびたび延期されている。国内には多数の少数民族やカースト間の対立があり、あつれきを避けるために議員が討議に時間をかけているとされる。ただ「政治家が自分の立場を守っているだけ」(地元住民)との批判もある。

 長引く政治混乱は経済も停滞させた。13年の国内総生産(GDP)成長率は3.8%だったが、インフレ率は9%。政治への不満は頻繁に国民によるゼネストを引き起こし、経済低迷に拍車をかけた。さらに、昨年にはエベレストやアンナプルナ連峰で雪崩や暴風雪により多数の外国人観光客が死亡。成長産業として期待のかかる観光業が大打撃を受けた。

 ネパールはアジア最悪レベルの貧困国でもある。空港や道路などの大規模なインフラ整備は、海外援助に頼らざるをえない。地元記者が嘆いた。「政府のシステムが機能していないうえ、資金が限られ防災対策がほとんど実施されてこなかった。何度も地震で被害を受けてきたのに、そのたびに見過ごされてきた」


ネパールへ6.8億円追加支援=外務省
時事通信 5月1日(金)22時10分配信

 外務省は1日、大規模地震の被害を受けたネパールに対し、6億8000万円の緊急無償資金協力を追加実施すると発表した。先に10億円の支援を決めているが、水や衛生関係を中心に支援ニーズが増大しているため。 


<ネパール地震>カトマンズから日本人帰国の途
毎日新聞 5月1日(金)22時5分配信

 【カトマンズ竹内良和】ネパールの大地震発生時、登山や国際協力のボランティアで現地にいた日本人の帰国が本格化している。1日も首都カトマンズの国際空港から、国際協力機構(JICA)のボランティア32人や個人の旅行客らが日本に向け出発した。日本大使館は空港に臨時デスクを置き、帰国する人に安否確認のための報告を求めている。

 JICAのシニア海外ボランティアとして現地で農作物の栽培を支援している沖縄県浦添市の坂本守章さん(62)は「あんなに激しい揺れは生まれて初めてだった」と話した。JICAの指示で一時帰国するが、また戻るつもりだという。妻らとカトマンズの北のクトゥムサン(約2500メートル)を登山中に揺れに襲われた札幌市中央区の自営業、佐々木隆妃(たかひ)さん(64)は「歩いてふもとを目指す途中、村人が避難するテントに泊めてもらい、シェルパにも助けられた。感謝している」と話した。


EUの千人所在不明=ネパール地震
時事通信 5月1日(金)21時56分配信

 【カトマンズAFP=時事】テーリンク駐ネパール欧州連合(EU)大使は1日、大地震の後、ネパールで1000人のEU出身者の所在が今も不明になっていると語った。多くは世界最高峰エベレストに向かう観光客が集まるランタン地区やルクラ地区にいたとみられるという。 

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