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2015年5月 1日 (金)

ネパール中部でM7.8の地震・13

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに6200人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

またインドやチベットなどでも多数の被害が出ている模様。

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リンク:【写真特集】ネパール大地震、捜索・救助活動続く被災地 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 「医者に初めて診てもらった」 日本の支援活動本格化 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール、生後4カ月男児を救出 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<ネパール地震>「丈夫な家を」81年前経験の90歳 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 エベレストで死亡の日本人は録音技師の山方さん 映画撮影で現地入り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 食糧求め1000人の列 発生から1週間 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:治療を受ける子供 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:列をつくる被災者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:生存者を捜す救助隊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 犠牲者6200人超 日本援助隊は活動本格化 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:280万人避難生活、山間部の被害実態つかめず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:日本の医療チームによる活動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:治療に当たる日本の医療チーム - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:生存者を捜す救助隊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、カトマンズ北東部で大きな被害 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:巨大地震で混乱のネパール 復興支援はどうあるべきか - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、インドと中国が救援合戦 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がれきを撤去する住民 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールゆかり、日本国内からも支援の輪広がる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 死者6200人超に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震に備えた減災計画、JICA着手予定だった - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:消えた姉妹の笑顔=届かぬ支援「6日間コメだけ」―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震の死者6200人、復興には最低2400億円=政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:日本の防災計画、活用されず=JICAが今夏更新予定も―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:あふれるゴミ・悪臭…カトマンズ、感染症の恐れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、死者6200人超に 震源付近「壊滅状態」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、奥地の現状を伝える写真 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:首都カトマンズから40万人脱出…食料不足など - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震、死者6千人超 - 速報:@niftyニュース.
リンク:救出女性は「24歳」と訂正 - 速報:@niftyニュース.
リンク:ネパール地震 15歳少年を5日ぶりに救助 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>「また大きいのが来る」まことしやかにデマ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震死者6200人…5日ぶり女性救出 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>家屋13万棟が全壊 被害の甚大さ、徐々に - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

【写真特集】ネパール大地震、捜索・救助活動続く被災地
AFP=時事 5月1日(金)21時52分配信

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ネパールの首都カトマンズで生存者を捜索する救助隊員と救助犬(2015年5月1日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】4月25日にマグニチュード(M)7.8の大地震に見舞われたネパールで1日、捜索・救助活動が続いた。地震発生から7日目を迎えたが被災状況の全容はまだ明らかになっていない。地震による死者は周辺国を含めて6300人を超えた。【翻訳編集】 AFPBB News

【写真25枚】倒壊寸前の建物


ネパール大地震 「医者に初めて診てもらった」 日本の支援活動本格化
産経新聞 5月1日(金)21時52分配信

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不調を訴える住民の診察にあたる陸上自衛隊の医官や看護官=1日、ネパール・カトマンズ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】カトマンズの避難所で本格活動を始めた、自衛隊で組織された医療援助隊の先遣隊の医官ら4人は1日、市内にある最大規模の避難所、ラトナ公園を訪問した。公園には約2500人の避難者がいるが、これまで医師が来たことがないという。

 テントで生活するクマル・ラマさん(27)は「吐き気がする。地震から逃げ出したときに膝を捻挫した」と訴えた。近くの病院は重症患者で埋まっており、通常の診療は受け付けてくれないという。クマルさんは薬と湿布をもらって「医者に初めて診てもらった」と笑顔を見せた。

 「胸が痛い」と訴えた女性(48)は、症状を絵で紹介した本を指差しながら、診療を受けた。診療の列はひっきりなしに続くため、自衛官は途中で列を切り、「明日も来るから」と後続をなだめていた。

 約40人を診療した竹島幹雄・二等陸佐(47)は「避難者の不安は相当強い。笑顔で心配を和らげてあげたかった」と話した。

 この日、医療機器を積んだC130輸送機もカトマンズの空港に到着。主力部隊約70人も同日に合流したため、2日から医療支援活動を拡充する。


ネパール、生後4カ月男児を救出
2015年5月1日(金)21時43分配信 共同通信

 【カトマンズ共同】ネパール大地震で甚大な被害を受けた同国の古都バクタプルで、倒壊した家屋に取り残されていた生後4カ月の男の子が地震発生の約20時間後に救助され、「奇跡の救出」と喜びの声が上がっている。AP通信などが1日までに伝えた。

 救出劇は4月26日に起きた。現場に駆け付けたネパール軍の兵士が、がれきの中から男の子を発見し救出した。全身ほこりまみれになった男の子が生きていることが分かった瞬間、救出活動を見守っていた住民らから拍手が巻き起こった。

 男の子は軽い切り傷を負っただけだったといい、母親は「もうだめかと思っていた。奇跡が起きた」と話した。


<ネパール地震>「丈夫な家を」81年前経験の90歳
毎日新聞 5月1日(金)21時38分配信

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81年前の地震の記憶を語るドゥルバ・ラズさん。自宅(右)の後方の高層マンションも倒壊の危険性が指摘される=カトマンズで2015年5月1日、竹内良和撮影

 【カトマンズ竹内良和】2日で発生から1週間となるネパールの大地震は、脆弱(ぜいじゃく)な建物の構造が被害拡大の要因として指摘されている。同国は81年前にも大地震で多くの建物が倒壊した。首都カトマンズに暮らすドゥルバ・ラズさん(90)は当時、父が地震に備えて建てた家で一命を取り留めた。幼少の記憶はいつしか薄れていたが、今回痛切に感じた。「丈夫な家を造らなければならない」

 ドゥルバさんは、市西部の住宅街で息子夫婦、孫娘と暮らしている。先月25日のマグニチュード(M)7.8の地震で、家族はみな無事だった。だが、レンガやセメントを固めた鉄筋なしの平屋の自宅は、倒壊こそ免れたものの、壁や基礎にひびが入り、いつ崩れるか分からない状況だ。

 かすかに残った「あの日」の記憶を、いまたぐり寄せている。

 1934年1月15日の昼過ぎだった。当時8歳。4階建ての自宅の屋上で遊んでいた時、激しい揺れに襲われた。M8.1。震源地はネパール東部のインドとの国境付近だった。死者は約1万1000人とされる。

 揺れが収まって街の様子を見ると、レンガ造りの古い家々が潰れていた。いつも屋上から眺めていたカトマンズのランドマーク「ダラハラ塔」はぽっきり折れてしまい、視界から消えていた。だが、自宅は無事だった。

 「地震にも耐えられる、丈夫で立派な家に」。その10年前、国王に仕える父はそう言って、王宮を手がけた職人に自宅の新築を頼んだという。幼心に、分厚く立派な壁を持つ家を誇らしく思った。しかし、ドゥルバさんの大地震の記憶は年を重ねるごとに薄まり、今の自宅を建てた40年前には、地震など考えもしなかった。

 今回の地震で死者は隣国を含め約6300人に上った。耐震化の遅れが指摘されるカトマンズでは、倒れた建物の下敷きになるケースが多かった。81年前の地震後に再建されたダラハラ塔も再び倒壊した。

 「丈夫な家を造っていたら、みんな死ぬことはなかったんだ」。ドゥルバさんは家を建て直すつもりだ。そして、今度は父の教えを守ろうと思っている。


ネパール大地震 エベレストで死亡の日本人は録音技師の山方さん 映画撮影で現地入り
産経新聞 5月1日(金)21時31分配信

 ネパールの大地震により、エベレストのベースキャンプ付近で発生した雪崩に巻き込まれて死亡した日本人は、録音技師の山方(やまがた)浩さん(56)だったことが1日、日本政府関係者らへの取材で分かった。中国の登山隊を描くドキュメンタリー映画撮影のため現地入りし、被害にあったという。山方さんの遺体は近く日本に移送される予定。

 関係者や参加した映画の資料などによると、山方さんは日本の映画界でフリーで働いた後、平成2年に中国へ渡り、張芸謀(チャン・イーモウ)監督らの作品に参加するなどした。その後は日本と中国で活動していたという。

 4月に公開された映画「セシウムと少女」で昨年8月から半年間、山方さんと一緒に仕事をしたという映画監督の才谷(さいたに)遼さん(62)=東京都杉並区=は、「映画が完成した3月にお会いしたばかりだった。まさかという気持ち」と驚きを隠せない様子だった。

 「『楽しいとかつらいとかじゃなく、仕事は仕事なんだ』と話していたのが印象的。カメラマンの信頼も厚かった」。こう振り返る才谷さんは「張芸謀監督について学んだという中国語がとても堪能だった。日本と中国を頻繁に行き来していたようで、3月に会ったときも中国行きをとても楽しみにしていたのに…」と語り、その死を悼んだ。

 山方さんは今月公開予定の映画「種まく旅人 くにうみの郷」にも録音技師として参加。この映画で撮影を担当した阪本善尚さん(73)は「撮影終了後、宿に帰っても遅くまで熱心に仕事をする姿が印象的だった」と話した。

 録音技師の間では“大ベテラン”として知られ、中国との縁が深かった山方さん。映画の撮影は昨年初めから行われたが、同年2月の山方さんの誕生日には山方さんの携帯電話に中国から祝いの連絡がひっきりなしにかかってきたという。

 阪本さんは、「向こうでも慕われているんだなと思った。大ベテランだが、まだ50代。これからいろんないい仕事ができた。まさか亡くなるとは…」と声を詰まらせた。


ネパール大地震 食糧求め1000人の列 発生から1週間
産経新聞 5月1日(金)21時29分配信

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市内中心部の公園で、ネパール陸軍から救援物資を受け取るため長い列を作るテント暮らしの被災者=1日、カトマンズ(早坂洋祐撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作】ネパール大地震は、2日で発生から1週間を迎える。1日までに電気や水などインフラ設備が一部復旧し、回復の兆しもうかがえる。しかし、大きな避難所ではテントの数がさらに膨れ上がっており、食糧を求める人たちで長蛇の列ができていた。支援から取り残された場所もあり、救援を望む人が「こちらにも来てほしい」と訴えている。

 カトマンズ市内の小さな広場に、地元住民らが畑で採れた野菜や果物を持ち込み、1日、青空市場が姿を見せた。ボリシビ・ビマさん(50)は「みんなが助け合おうという気持ちでいる」。トマトを震災前と同じ値段の1キロ=60ネパールルピー(70円)で売り、サービスの品もたくさん付けていた。

 揚げたパンなど軽食を売る店も同日からちらほらと開き始めた。大勢の人の列に並んでいたサムエル・タイティワット君(12)は「お父さんやお母さんに持っていくんだ」とにっこり。学校は14日まで休みだといい、「早く友達に会いたいんだけど」と下を向いた。

 食糧不足は深刻度を増している。カトマンズ市内最大規模の避難所、ラトナ公園ではこの日、水やスナック菓子を持ち込んだネパール軍が姿を見せると、一気に千人以上の列ができ上がった。ただ、地元民によると、商店街はシャッターが閉まっている店がほとんどだが、壊されたり物が盗まれたりなど目立った略奪や盗難は聞かれないという。

 観光客が訪れるタメル地区。カトマンズは観光業でも成り立っており、震災で大きな打撃を受けた。

 がれきの砂がかぶった仏頭などの土産物をほうきで払っていたライ・ユワンガルさん(30)は「食べていくために店を開いたが、観光客が全然こない」と嘆く。民族楽器を演奏していた男性(60)は、震源地近くの中部ゴルカから出稼ぎにやってきたといい、「ここもまだだめだ」と首を振った。

 支援が届かない場所もある。ヒマラヤ最古の寺院の一つがあるスワヤンブナート。寺院ではがれきの下に埋もれ1人が亡くなった。今もがれきが散乱したままだが、僧侶12人が住み込んでいる。

 境内にテントを張って寝泊まりしているという僧侶のプンズさん(49)は「誰も支援にこない。毎日、街から水と食糧を持ち込んでいる」と窮状を訴えていた。


治療を受ける子供
時事通信 5月1日(金)21時9分配信

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1日、ネパールのカトマンズにある病院で、地震で負傷し治療を受ける子供。


列をつくる被災者
時事通信 5月1日(金)21時9分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、配給の食料を受け取るため列をつくる地震被災者。


生存者を捜す救助隊
時事通信 5月1日(金)21時9分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、倒壊したビルで生存者を捜す救助隊員ら。


ネパール大地震 犠牲者6200人超 日本援助隊は活動本格化
産経新聞 5月1日(金)21時5分配信

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30日、がれきの下から120時間ぶりに少年を救出したことを喜ぶネパールの救助部隊(岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=天野健作、岩田智雄】ネパール中部で発生した大地震で、自衛隊で組織された医療援助隊の主力部隊約70人は1日、首都カトマンズに到着し、医療活動を始めた。日本の国際緊急援助隊の医療チームも1日、多数の死者が出たネパール北部シンドパルチョーク地区バラビセで診療を始めるなど、支援活動を本格化させた。カトマンズの一部では電気や水道などインフラが復旧し、営業を再開した商店もあるなど、市民生活に回復の兆しも出ている。

 ネパール内務省は1日、大地震による同国の死者数が6204人になったと明らかにした。犠牲者は近隣諸国を含めると6300人を超えた。

 4月30日には、倒壊したホテルのがれきに閉じ込められていた従業員の女性(24)が震災発生から5日ぶりに救出された。なお多数の行方不明者がおり、犠牲者はさらに増える恐れが大きい。


280万人避難生活、山間部の被害実態つかめず
読売新聞 5月1日(金)20時44分配信

 【カトマンズ=石崎伸生、丸山修】ネパールの地震発生から2日で1週間となる。

 ネパール政府によると、死者は6204人に上り、インドなど近隣国を含めた死者数は6300人を超えた。

 首都カトマンズなどで今も救助活動が続いている一方、山間部の被害実態はほとんどつかめておらず、ネパール政府はヘリコプターによる山村地域の集中捜索を実施している。ネパールの避難生活者は人口の1割を超える約280万人となり、医療支援が本格化。自衛隊も1日、首都カトマンズで診療活動を始めた。

 ネパール政府などによると、死者は6204人、負傷者は1万3930人に上った。13万棟が倒壊、8万5000棟が損壊し、政府関連の建物1万棟以上が全壊したという。マハト財務相は1日、病院や政府庁舎、歴史的建造物の再建などで、少なくとも20億ドル(約2400億円)が必要になるとし、国際社会に支援を訴えた。


日本の医療チームによる活動
時事通信 5月1日(金)20時19分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、地震被災者の医療検査に当たる日本の国際緊急援助隊・医療チーム。


治療に当たる日本の医療チーム
時事通信 5月1日(金)20時17分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、負傷した男性の治療に当たる日本の国際緊急援助隊・医療チーム。


生存者を捜す救助隊
時事通信 5月1日(金)20時13分配信

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1日、ネパールのカトマンズで、がれきに埋もれた生存者を捜す救助隊員と救助犬。


ネパール地震、カトマンズ北東部で大きな被害
AFP=時事 5月1日(金)19時46分配信

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ネパール・カトマンズ北東部のシンドパルチョークにあるマーミング村で、ヘリコプターに乗せられる負傷した被災者(2015年4月30日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】大地震に見舞われたネパールで1日、首都カトマンズ(Kathmandu)の北東に位置するシンドパルチョーク(Sindhupalchowk)地区の被害が甚大なことが明らかになってきた。

ネパール大地震、死者6200人超に 震源付近「壊滅状態」

 マグニチュード(M)7.8の地震発生から6日が経った1日、ネパール当局は国内の死者が6204人に上ったと発表した。近隣のインドや中国でも合わせて100人以上の死者が出ており、地震による犠牲者は6300人を超えた。

 だが山間部への救助活動が難航していることなどから、地震の被災状況の全容はまだ明らかになっていない。国際赤十字・赤新月社連盟(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies、IFRC)は、遠方の地域は「壊滅的」だと警告している。特にシンドパルチョーク地区の被害は甚大とみられ、同地区の被災者たちの間では絶望感が広がっている。

 国際赤十字・赤新月社連盟のアジア太平洋支部ディレクター、ジャガン・チャパガイン(Jagan Chapagain)氏によると、シンドパルチョーク地区のチャウタラ(Chautara)では住宅の9割が破壊され、病院も倒壊した。がれきに埋もれた家族を救いだそうと、住民たちは道具もなく手でがれきを掘り起こそうとしているという。

 またシンドパルチョーク地区内の別の場所を訪れたAFP記者も同様の壊滅的状況を目の当たりにしたという。

 さらに、同地区のメラムチ(Melamchi)の住民によると、ここでも住宅のほぼ全てが破壊され、学校も倒壊したという。だが、車やトラックなどは通り過ぎるだけで、誰も救援に来てくれていないという。【翻訳編集】 AFPBB News


巨大地震で混乱のネパール 復興支援はどうあるべきか
THE PAGE 5月1日(金)18時40分配信

 ネパールの大地震は、25日の発生から1週間が経とうとしていますが、現地からはまだ混乱の大きさが伝わってきます。過去にマグニチュード8クラスの地震が繰り返されていたネパールは、近年も地震リスクの大きさが指摘され、日本から調査団なども派遣されていました。しかし、対策が整わないうちに見舞われた今回の震災。今後、どのような復興支援があり得るのか、関係者に聞きました。

【写真特集】ネパール大地震

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[写真]首都カトマンズからわずか10数キロ東のバクタプル。崩壊した建物のがれきの中で、人々が遺留品を探している(ロイター/アフロ、2015年5月1日撮影)

JICAは1年前にリスクを指摘
 国際協力機構(JICA)は2002年、ネパール一帯のカトマンズ盆地を対象とした地震防災に関する調査を実施。これまで同地域を襲った最大級のビハール地震(1934年、M8.4)を基に、起こりうる地震被害予測を死者1万8000人、大破する建物5万3000棟などと試算していました。

 昨年4月には、ネパール政府の要請を受けて12年ぶりの事業となる「ネパール国カトマンズ盆地における地震災害リスクアセスメントプロジェクト詳細計画調査」に着手。民間コンサルタントと共同で3週間ほど現地調査をした上で、前回2002年以降の人口や建物の増加を考慮すると、地震によるリスクはさらに増大していながら、「建築物の耐震化や土地利用規制、建築基準法の順守はほとんど進んでいない」と指摘。ネパール政府の防災体制や法制度、地域計画なども確認した上で、「リスク評価の活用方針や関係省庁の役割分担の不明確さなどが判明した」などと結論付けていました。

 調査団の一員として現地調査したJICA地球環境部の土井ゆり子さんは「ネパール政府も大きなリスクを抱えているという認識を持ちながら、どこからどう手を付けていけばいいかわからないという状況でした」と振り返ります。それでも、今年に入ってネパール側とプロジェクトの本格化に向けて合意、6月から再び現地調査に入ろうとしていた矢先に、今回の地震が現実に起こってしまったのです。

 「首都カトマンズを直撃する地震で、政府関係者らも被災して混乱が混乱を呼んでいるのでしょう。72時間を過ぎて緊急救助は一時ストップされましたが、援助そのものが止められたわけではありません。必要な物資は膨大で、それをどう調達し、被災者に届けていくか。調査の成果、日本の経験を生かしてサポートしていきたい」という土井さん。JICAは日本の国際緊急援助隊として救助チームや医療チームを派遣中ですが、土井さんたちのプロジェクトチームも5月中旬の現地入りを目指して準備を始めているそうです。

教育、観光など長期的支援を
 一方、地域防災の研究者の立場でネパールに通っていた、ひょうご震災記念21世紀研究機構副理事長、ひょうごボランタリープラザ所長の室崎益輝・神戸大学名誉教授は「これだけの大災害で大量の物資や救援部隊が入り、全体のコーディネーションに困っているのは間違いない」とした上で、「ネパール人は非常に我慢強くて大らか。日本人が考える以上に社会秩序も保たれている」点を強調します。

 「今回は日本のNPOなどもどんどん現地に入っていて、それ自体はいいことですが、受け入れる側の状況もよく考えてほしい」とする室崎名誉教授。現在は首都カトマンズに人も物資も集中しているように見えますが、空港はカトマンズだけでなく地方空港も少なからずあり、インドからの陸路も含めてさまざまなルートを検討し、まずは水や食料、医療機械などを運び込むこと。その上で、日本からいかに被災者の立場に寄り添った長期的支援を続けられるかが復興のカギだとします。

「再び地震が来ても建物が壊れないように、耐震補強などについて技術移転や教育を進めていかなければなりません。世界遺産などの文化財も耐震補強をしながら修復を進めていくべきでしょう。すべてコンクリートで固めていくようなことでなく、文化や自然を大切にしながら復興していけば、観光の再生にもつながります。そうしたことが問われているのは東日本大震災も同じ。途上国だからということでなく、互いに学び合うことで日本にとっても実りのある支援ができるでしょう」

 こう話す室崎名誉教授は、自身が役員を務める神戸市のNPO法人「CODE海外災害援助市民センター」のスタッフが間もなく現地入りすることから、彼らを通じて情報を収集し、支援のあり方を考えていくつもりだそうです。

 今のところ犠牲者は6000人を超え、被災地の衛生状態の悪化なども懸念されています。被災者はもちろん、日本から現地入りする支援者らの安全確保も願いながら、よりきめ細かく、長い目で現地に関心を持ち続けていきたいものです。

(関口威人/Newzdrive)


ネパール大地震、インドと中国が救援合戦
AFP=時事 5月1日(金)18時19分配信

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ネパール・カトマンズの空港で大地震の被災者の女性を介助するインド軍兵士。インド空軍提供(2015年4月28日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールの山岳地帯にあるポカラ(Pokhara)の空港で、インド軍の兵士たちが大地震の被災地に届ける食料や毛布、防水布などの援助物資を慌ただしくヘリコプターに積み込んでいる。一方、首都近郊の古都バクタプル(Bhaktapur)では、中国の救助隊員たちが倒壊した寺院や住宅のがれきをかき分けて、行方不明者の捜索を急ぐ。

【写真特集】ネパール大地震、カトマンズ近郊の写真

 4月25日に発生したマグニチュード(M)7.8の大地震では、ネパール政府の対応の遅れに被災者たちが不満を募らせる中、外国の援助隊に称賛が集まっている。とりわけ隣国インドの評価は突出している。首都カトマンズ(Kathmandu)から避難するバスの列に並んでいたネパール人男性(30)は、「食べ物がないのにネパール政府は何もしてくれない」「助けてくれるのはインドの政府だけだ」と不満をもらした。

 貧しいネパールを挟んで、2つの大国・インドと中国はそれぞれの影響力を高めようと、長年にわたって火花を散らしてきた。死者6200人を超える大災害を受け、中国はネパールに300人の救助隊を派遣したほか、1000万ドル(約12億円)の支援を約束したと報じられている。

 一方、インドもナレンドラ・モディ(Narendra Modi)首相が「全てのネパール人の涙を拭う」と約束。空軍兵士だけで950人を派遣し、ネパール各地に400トン超の援助物資を投下した。

 インドのシンクタンク「ゲートウエーハウス(Gateway House)」のアナリスト、ラジリシ・シンガル(Rajrishi Singhal)氏は、救援活動が一段落した後の復興でも、インドと中国が重要な役割を果たすだろうと予測する。

■「中国は救援を利用」、警戒するインド

 中国の洪磊(Hong Lei)外交部報道官は4月30日、ネパール大地震の救援活動で中国の存在感がライバルのインドに負けているのではないかとの見方を一蹴しつつ、今後「災害援助を強化していく」として、復興支援に言及した。

 ネパールのマヘンドラ・バハドゥル・パンデ(Mahendra Bahadur Pandey)外相は28日、インドと中国の救援活動地域を分けているとインド紙に語っている。

 インドのモディ首相は昨年5月に就任して以降、自国の「裏庭」への影響力拡大を明言しているが、中国の経済力にはなかなか対抗できずにいる。中国はこれまでもネパールに多額のインフラ支援を行い、道路や発電所、通信などの整備に貢献してきた。3月には、世界最高峰エベレスト(Mount Everest)にトンネルを造り中国とネパールを結ぶ鉄道の計画を中国メディアが伝えた。

 中国はインドの隣国パキスタンと同盟関係にあり、スリランカやモルディブとも緊密な経済関係を構築しつつある。地域で中国の存在感が高まりつつあることに、インドは警戒感を強めている。

「中国は、ネパール救援を外交政策の道具として利用している」と、ニューデリーにあるジャワハルラル・ネール大学(Jawaharlal Nehru University)のアミターブ・マットゥー(Amitabh Mattoo)教授は断言した。【翻訳編集】 AFPBB News


がれきを撤去する住民
時事通信 5月1日(金)18時8分配信

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ネパール地震で倒壊した寺院のがれきを撤去する住民(国際赤十字・赤新月社連盟提供)=4月30日、カトマンズ近郊バクタプル


ネパールゆかり、日本国内からも支援の輪広がる
読売新聞 5月1日(金)17時46分配信

 日本国内ではネパール大地震への支援が広がっている。

 カトマンズ近郊のバネパ市にあるジャナジョティ小学校と姉妹校提携を結ぶ東京都江戸川区立第六葛西小は、児童からの募金を義援金としてジャナジョティ小に送ることを決めた。

 両校は1994年、第六葛西小の創立20周年を機に交流を始めた。翌年には第六葛西小の児童が集めた募金など200万円をジャナジョティ小の校舎増改築費として贈り、2013年には向田弘司校長(59)が現地を訪ね、鉛筆やノートなどを届けた。ジャナジョティ小の児童も定期的に第六葛西小を訪問し、習字や算数などを一緒に学んでおり、向田校長は「子供たちはボロボロになったノートを大切そうに使って一生懸命勉強していた。なんとか無事でいてくれれば」と心配そうに話した。

 前橋市で日本語学校を運営する学校法人「NIPPON ACADEMY」(鈴木良幸学校長)などは、義援金を集める「おもいやりファンド・ネパール大地震425」を設立した。同校にはネパールからの留学生が99人おり、義援金は現地の日本ネパール民間親善協会などに届ける。

 エベレストの麓にあるクムジュン村と25年近く交流を続けている富山県立山町のNPO法人「立山エベレスト友好協会」も、協会員から募った義援金を送る。


ネパール地震 死者6200人超に
CNN.co.jp 5月1日(金)17時44分配信

(CNN) 先月25日に発生したネパール地震で、ネパール当局などは1日までに、地震による死者数が周辺国を合わせて6200人を超えたと明らかにした。都市部から離れた村落への道路が通行不能となり、支援物資が届きにくい状況の中、死者数の一段の増加が懸念される。

ネパール当局の発表によると、地震による国内の死者は少なくとも6134人。負傷者は1万4000人近くに上るという。このほかインドと中国でも、それぞれ72人、25人の死者が報告されている。

一方、震源地に近い山間部の村落では、あらゆるインフラが寸断されたままだ。地震による地すべりが道路をふさぎ、支援物資の供給も難航している。孤立した村の一つであるケウラでは、ボランティアらが仮設の支援所を設置し、徒歩による物資の輸送を行っている。


地震に備えた減災計画、JICA着手予定だった
読売新聞 5月1日(金)17時40分配信

 国際協力機構(JICA)が6月から、大地震が起きたネパール中部で、マグニチュード(M)8級の地震に備えた減災計画づくりを始める予定だったことがわかった。

 JICAは「地震に強い街づくりを進めるための時間がもう少しほしかった」と説明する。

 JICAによると、ネパール中部にあるカトマンズ盆地では、約70年間隔で大地震が発生。1934年のビハール地震(M8・4)では同盆地内の建物の約20%が壊れて9040人が亡くなった。

 ビハール地震から約80年が経過、耐震補強も進んでいない状況から、ネパール政府の要請により、JICAが3年計画で4億円かけて支援に乗り出すことにしていた。

 JICAは2002年、ビハール地震の被害を基に、同盆地でM8級の地震が起きた場合には1万8000人が亡くなるとする被害想定を行っていた。その後、同盆地の人口が約1・5倍に増えたことから、被害想定を作り直す計画だった。さらに、耐震補強などを進めることで、被害をどの程度減らせるのかといった試算を行う予定だった。

 実際に地震が起きたため、JICAは、地震に強い街に復興するための支援に切り替える方針だという。


消えた姉妹の笑顔=届かぬ支援「6日間コメだけ」―ネパール
時事通信 5月1日(金)17時31分配信

 【カトマンズ時事】その姉妹は、外国人を見るとわいわいと駆け寄り、片言の英語で話し掛けてくる子供たちとは対照的だった。眉間にしわを寄せ、唇はきゅっと結んだまま。いくら問い掛けても、「チャイナ」(ネパール語で「いいえ」)と返ってくるだけだった。
 ネパールの首都カトマンズから東に約60キロ、車がやっと1台通れるくらいの細い山道を登ったところにオピ村はある。山の急斜面を切り開いて作られた段々畑が並ぶ。鳥のさえずりだけが聞こえるのどかな村だ。この村には地震発生から1週間がたっても、政府やNGOの支援の手は届いていない。
 「地震の前はもう少し明るい子だったんだけど…」。父親のマン・バハド・タマンさん(39)は申し訳なさそうに語った。
 数年前、妻は家族を捨てた。1年前、当時14歳だった長男も家を出た。2人ともずっと音信不通。残ったマヤちゃん(12)とムイサンちゃん(10)の姉妹と3人で暮らしていた。
 石と土で造った家は、地震でもろくも崩れた。タマンさんは自分の土地を持たず、他人の畑を耕して生計を立てる。収入はごくわずか。「この6日間、コメしか口にしていない」と話す。
 隣人の厚意で納屋を借りられた。だが、その納屋も壁が崩れ、大人がしゃがんでようやく出入りできる程度のスペースしかない。「500ルピー(約600円)あれば、地面にビニールシートが敷けるのに」。その切実な願いさえ、政府には届かない。
 姉妹の服は泥にまみれ、ほつれた髪には木くずが付着していた。帰り際、「地震は怖かったけど、無事で良かったね」と話し掛けた。マヤちゃんの答えは、またも「チャイナ」だった。


ネパール大地震の死者6200人、復興には最低2400億円=政府
ロイター 5月1日(金)17時7分配信

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 5月1日、ネパール内務省は同国の大地震による死者は6204人、負傷者は1万3924人に達した、と明らかにした。写真は救援物資をヘリに積むネパール軍兵士。ポカラで1日撮影(2015年 ロイター/Athit Perawongmetha)

[カトマンズ 1日 ロイター] - ネパール内務省は1日、同国の大地震による死者は6204人、負傷者は1万3924人に達した、と明らかにした。

また、マハット財務相は、住宅や病院などの施設、政府庁舎や歴史的建造物の再建で、少なくとも20億ドル(約2400億円)が必要になるとし、国際社会に支援を訴えた。

国連の推計によると、今回の地震では800万人が被害を受けた。また、今後3カ月間、200万人分のテントや飲料水、食糧や医薬品が必要になる。


日本の防災計画、活用されず=JICAが今夏更新予定も―ネパール
時事通信 5月1日(金)14時31分配信

 【カトマンズ時事】甚大な被害をもたらしたネパール大地震で、国際協力機構(JICA)が2002年に策定した防災計画を、ネパール政府が十分に実施に移していなかったことが4月30日、分かった。JICAは同国政府の要請を受け、今夏から同計画の更新を始める予定だったことも判明した。
 JICAは02年、首都カトマンズを中心とするカトマンズ盆地の地震防災対策計画調査を実施。将来発生が予想される地震に備え、住民の啓発や建物の耐震化、建築基準法の改正などを行うよう、政府に提言していた。
 ただ、その後の調べで提言の多くが実施されていなかったことが判明した。ネパール政府は数年前、日本政府に02年防災計画の更新を要請し、今年夏からJICAが着手する予定だった。
 また、世界遺産に登録されている「ダルバール広場」についても、昨年11月ごろ、日本の協力で耐震化を進める計画が持ち上がっていたという。観光局によると、同広場では最大8割の歴史的建造物が壊滅的被害を受けた。
 JICA関係者は防災計画の更新前に大地震が発生したことについて「残念でならない」と沈痛な表情を浮かべた。ただ「新たな防災計画を作るプロジェクトがなくなったわけではない」と述べ、今回の体験を将来に生かすべきだと力を込めた。 


あふれるゴミ・悪臭…カトマンズ、感染症の恐れ
読売新聞 5月1日(金)14時31分配信

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道路の脇に山積みになった大量のゴミ(29日、ネパール・カトマンズ近郊で)=竹田津敦史撮影

 【カトマンズ=古屋祐治】発生から7日目を迎えたネパール大地震で、首都カトマンズや近郊では避難者が出した大量のゴミがあふれ、衛生環境の悪化が懸念されている。

 行政機能のマヒで収集車の巡回が滞っており、住民からは感染症の広がりを心配する声が上がっている。

 カトマンズではここ数日、道路脇や河川敷などの至る所に大量のゴミが積み上げられている。テント生活を送る避難者らが捨てた生ゴミやおむつ、地震で壊れた電化製品などで、時間の経過とともに、悪臭が強くなり、大量のハエも発生。野良犬や鳥がゴミを食い散らかし、周囲に散乱している。

 地元住民らによると、普段は行政の収集車が毎日のように巡回し、ゴミを集めているが、地震で回収が一時中断。4月28日から再開したが、量が多すぎて回収が難航しているという。

 家族と路上生活を送るプスパ・ラズ・スレスタさん(67)は「病気が心配。いつ回収に来てくれるのか」と不安そう。ゴミ集積場を管理する行政職員の男性は「崩落したがれきで、収集車が入れないところもある。回収にはまだ時間がかかる」と話している。

 カトマンズでは、住民らが連日、倒壊した建物から家具や生活用品を取り出そうと、スコップなどでがれきを掘り起こしており、あちこちで粉じんが巻き起こっているが、マスクなども着用していない。


ネパール大地震、死者6200人超に 震源付近「壊滅状態」
AFP=時事 5月1日(金)14時8分配信

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ネパールの首都カトマンズ郊外のバクタプルで、マグニチュード7.8の大地震で倒壊した世界遺産「ダルバール広場」の建物(2015年4月30日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールの災害対策当局は1日、先週末の大地震による国内の死者数が6204人に達したと発表した。負傷者は1万3932人に上っているとしている。

【写真】ネパール、徒歩で5日かかる被災地も

 25日に起きた大地震では、このほかインドや中国など近隣諸国でも100人以上の死者が出ている。

 ネパール政府が大規模な被害状況への対応に苦慮する中、国際赤十字・赤新月社連盟(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies、IFRC)は4月30日、首都カトマンズ(Kathmandu)から離れた震源近くの被災地は「壊滅状態だ」として懸念を表明した。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール大地震、奥地の現状を伝える写真
ナショナル ジオグラフィック日本版 5月1日(金)13時37分配信

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ターメの村で家のがれきを片付ける村人たち。(Photograph by David Morton)

 ネパール大地震の日、山岳ガイドで写真家のデーブ・モートン氏は東部にあるシェルパの村、ターメを訪れていた。

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 地震が襲ったそのとき、彼はシェルパの家でランチを食べていた。モートン氏はその一家にしたがって外に飛び出し、簡素な家が壊滅する様子を目にした。それから数日間、余震が続くにもかかわらず、モートン氏はターメとクーンブ谷にある村の被災状況を記録した。

 ネパールの人々が結束してがれきの中から人を助け、ごみを片付け、村を再建し始めると、彼は山の人々の回復力に感銘を受けた。「村の再建に何年もかかるでしょう。つまり、しばらくはテントや仮の住まいで暮らすことになりますが、それでもほとんどの村は再建を目指しています」とモートン氏は言う。

「ここにあるのはネパールの山村でいま起こっていることのありのままの姿です」


首都カトマンズから40万人脱出…食料不足など
読売新聞 5月1日(金)12時31分配信

 ネパール警察当局などによると、首都カトマンズの被災者ら約40万人が地方などに移動したという。

 避難所などでの食料不足に加え、衛生状態の悪化や自宅再建などの見通しが当面立たないことなどから、人口が集中する首都から外への大規模な移動が起きているとみられる。

 当局などによると、カトマンズの現在の人口は100万人超で、長期の観光客など一時滞在者を含めると150万人近いとされる。被災者の中には、出身地の山間部の被災状況を知るために移動したり、国外に住む親族を頼ったりするケースもみられるという。

 ネパールの国連常駐調整官事務所によると、首都カトマンズの避難所では1日現在、2万4000人超の住民がテント生活を送っている。4月30日には、感染症の拡大を防ぐための措置として、病院に安置されている身元不明遺体の火葬を始めると発表した。後で身元確認ができるよう、指紋やDNAの採取は済ませたとしている。


ネパール地震、死者6千人超
2015年5月1日(金)12時22分配信 共同通信

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 ネパールの古都バクタプルで、大地震で倒壊した建物=4月30日(ゲッティ=共同)

 【カトマンズ共同】ネパール内務省は1日、同国の大地震による死者は6204人になったと明らかにした。近隣国を含めた犠牲者数は6300人を超えた。1日付の地元紙ヒマラヤン・タイムズによると、北東部シンドパルチョーク地区では約3千人が行方不明となっている。犠牲者は、さらに増える恐れが出てきた。

 ロイター通信によると、内務省当局者は4月30日、被災した山村地域での救援活動に使用するヘリコプターが不足しているとして、国際社会にヘリの派遣や貸与を訴えた。

 同当局者によると、ネパールでは現在、インドから派遣された機体を含め、約20機のヘリが救援活動中。


救出女性は「24歳」と訂正
2015年5月1日(金)12時14分配信 共同通信

 【カトマンズ共同】ネパール警察当局は1日、首都カトマンズで4月30日に地震発生から5日ぶりにがれきの中から救出された女性について、24歳のクリシュナ・カドカさんと発表した。内務省報道官は当初、42歳だとしていたが、訂正した。

 カドカさんは4月30日、倒壊した建物のがれきから助け出された少年(15)の約5時間後、ほぼ同じ場所から救出された。けがをしているが、命に別条はないという。


ネパール地震 15歳少年を5日ぶりに救助
CNN.co.jp 5月1日(金)12時10分配信

カトマンズ(CNN) 大地震から6日目を迎えたネパールの首都カトマンズで30日、15歳のペンバ・タマンさんが倒壊した建物のがれきの下から救出された。

救出にあたったネパール武装警察によれば、タマンさんは意識があり、見た限りでは大きなけがもないという。オートバイの陰になっていたおかげで、コンクリートや鉄に押しつぶされずに済んだらしい。

タマンさんは点滴を受け、イスラエルの救助隊が運営している仮設の救急病院に運ばれた。

5時間続いた救助活動のきっかけは、がれきの下からタマンさんの声が聞こえたことだった。

近くにいた米救助隊も救助犬や工具、がれきの下を調べる高性能カメラなどを手に駆けつけ、救出に協力した。

現場はコンクリートの破片が鉄筋からぶら下がっているなど非常に危険な状態。米救助隊の責任者は「建物がこんな状態なのにまさに奇跡だ」と述べた。

別の救助隊員は「助け出すことができていい気分だ。彼は私の想像もつかない経験をした。勇気のある若者だ」と語った。

ピーター・ボッディ駐ネパール米大使によれば、別の米救助隊がバンブービレッジという村落から米国人3人を含む30人をヘリコプターで救出した。

「家族が村で足止めされている」との米政府への通報があったという。大使によれば、村は孤立していてヘリコプター以外に外に出る手段はないという。

また、地震による雪崩で19人の死者が出たエベレストでは早ければ来週にも登山ルートが再開される予定だ。観光省によれば、登山路の整備やはしごの修理が行われているという。


<ネパール地震>「また大きいのが来る」まことしやかにデマ
毎日新聞 5月1日(金)11時43分配信

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地震が起きるというデマや余震を恐れて、道路に出てきた被災者ら=カトマンズで2015年4月30日午後6時18分、望月亮一撮影

 ◇首都カトマンズ 住民が屋外避難のパニックも

 【カトマンズ竹内良和】ネパールを襲った大地震で、新たな地震の発生時刻を予告するデマなどが飛び交い、住民が混乱している。また地震が起きるのではないかという不安感が、根拠のない情報を本当らしく広めているらしい。4月30日にも首都カトマンズでデマが流れ、住民が屋外に避難するなどのパニックが相次いだ。

 「午後6時に地震が来る。2時間は外にいた方がいい」。30日の夕刻、カトマンズ中心部のラジンパット地区の高級住宅街に出所不明の情報が流れた。

 あちこちの家から住民が庭や自宅前の道路に飛び出す。子供たちまで「お母さん、地震がこれから来るよ」と口々にうわさを振りまく。空き地では、若い女性たちがしゃがんで肩を寄せ合い、揺れに備えた。

 やがてバイクに乗った警察官が「みんな落ち着いてほしい」「外に出た隙(すき)に、泥棒が家に入ろうとしているのかもしれない」と住宅街を説得して回り、住民は落ち着きを取り戻した。

 自宅前で立ちすくんでいた男性(21)は「『地震が来る』と近所の人から聞き、家族みんなで逃げたけれど、うそだったのか」と照れ笑いを浮かべた。

 中心部の繁華街タメル地区や、首都で最大規模のトゥンディケル避難所でも、夕刻にほぼ同様のデマが流れ、人々が混乱。街を走るタクシードライバーの携帯電話にまで、家族から「避難して」と連絡が入った。「マグニチュード(M)8.5の地震が来る」。インターネット上ではそんなデマも流れているという。

 ラジンパット地区に住む電力会社員、アソック・ポカレルさん(55)は言った。「みんな大地震の経験は初めてで、神経質になっている。いくら『うその情報だ』と言っても信じてくれないんだ」


ネパール地震死者6200人…5日ぶり女性救出
読売新聞 5月1日(金)11時39分配信

 【カトマンズ=丸山修】ネパール中部で発生した大地震で、ネパール政府は1日、死者が6155人になったことを明らかにした。

 インドなど近隣国を含めた死者数は6200人を超えた。4月30日夜には、がれきの下敷きになっていた20歳代の女性が5日ぶり、127時間後に救出されるなど、生存率が急激に下がる「発生から72時間」が過ぎてからの奇跡の救出が相次いでいる。

 警察当局によると、首都カトマンズで30日夜、ノルウェーの救助隊らが、倒壊した宿泊施設のがれきの中から、ネパール人の女性を助け出した。

 英BBC放送によると、女性は身動きがとれない状態で建物のがれきの下に閉じ込められており、5か国の救助隊が8時間かけてがれきを取り除いた。女性は宿泊施設の従業員で、地震発生時も勤務中だったという。同じ場所から遺体も発見された。

 発見時、女性は衰弱が激しかったが、意識はあったという。救出作業の間、救助隊が女性の腕に点滴針を入れて水分を補給した。

 同日昼には、近くで15歳の少年も救出されている。地元紙などによると、このほか、カトマンズ近郊で11歳の少女が救助されたとの未確認情報もある。

 ただ、ネパール政府は、この先は新たな生存者が見つかる可能性は低いとして、活動の重点を救命救助から被災者支援へと移し始めている。

 日本の国際緊急援助隊の医療チームは30日午後、ネパール軍のヘリコプターで中部のシンドゥパルチョク地区に移動し、1日から診療を開始した。この地区では1500人以上の死者を出すなど、最大規模の被害が確認されているが、道路が寸断されて支援が滞っている。地元紙ヒマラヤン・タイムズによると、同地区では約3000人が行方不明となっているという。

 自衛隊の先遣隊も、カトマンズ中心部の広場で、避難生活を続ける被災者の診療を開始している。1日には新たに70人がカトマンズに到着する予定だ。

 ネパール政府は、震源地に近い山間部の詳しい状況をまだ把握しきれておらず、死者はさらに増える可能性がある。孤立した地域が多く、援助物資も十分に行き渡らない状況が続いている。ネパール軍やインド軍は、計約20機のヘリを投入して物資輸送にあたっているが、これだけでは手が回らず、各国にヘリの派遣や貸与などを新たに求めた。


<ネパール地震>家屋13万棟が全壊 被害の甚大さ、徐々に
毎日新聞 5月1日(金)11時38分配信

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地震で倒壊した自宅のがれきの中で、ままごとをして遊ぶ=ネパール・メラムチで2015年4月30日午後3時28分、望月亮一撮影

 【カトマンズ金子淳、平野光芳】ネパール大地震は1日、発生から6日が過ぎ、被害の把握ができていなかった山間部の情報が徐々に入り始めその深刻さが明らかになってきた。ネパール政府は30日、約13万棟の家屋が全壊し、約8万5000棟が損壊したと発表。政府関連庁舎も約1万棟が全壊したという。AFP通信によると死者は6204人に上り、負傷者も1万3932人に増えた。インドなど周辺国を含めた犠牲者は約6300人となった。また、現地紙ヒマラヤン・タイムズによると、1500人以上が死亡した中部シンドゥパルチョーク地区ではなお約3000人が行方不明との情報もある。

 一方、生存率が急激に下がるとされる発生後72時間が過ぎたが、各国の救助隊による活動が本格化したことで「奇跡の救出」が相次いでいる。AP通信は30日、首都カトマンズで倒壊した建物の下から約120時間ぶりに少年(15)が救助されたのに続き、近くから女性(24)も助け出されたと伝えた。

 女性は倒壊した宿泊施設で家政婦として働いていたといい、少年から約5時間後にイスラエル、ノルウェーなどのチームに救出された。命に別条はない模様だ。作業を見守っていた住民は「救出は希望を与えてくれる」と語った。

 カトマンズ市内には倒壊を免れた建築物も多いが、安全かどうか分からず、日本政府の国際緊急援助隊は、ネパール当局から安全診断をする専門家の派遣要請を受けている。

 また、ネパール政府は30日、道路が寸断されて近づけなかった山間部でのヘリコプターを使った救出・救援活動を本格化させた。震源に近いゴルカ地区では9割近い建物が倒壊しているという。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)は30日の声明で「震源近くの一部の集落はほとんど壊滅状態だ」と明らかにした。

 だが、悪天候などの影響で救援物資の配布は遅れている。ネパール政府は軍やインド軍などのヘリ20機では足りず、各国にヘリの支援を要請した。

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