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2015年5月11日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・1994,2015年5月11日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:福島に被ばく医療センター=原子力政策懇が提言 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>死者数、行方不明者は変わらず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:北海道泊村、ヨウ素剤の配布開始 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<松島水族館>88年の歴史、花火で幕 別れ惜しむ人人人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災漁船、なお漂流…海流で循環・今後も漂着か - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大川小周辺で不明者捜索…震災から4年2か月 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<松島水族館>思い出胸に別れ惜しむ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:風化懸念 首都圏で個展 石巻出身の写真家 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:楢葉の避難解除 国「7月5日までに判断」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ホヤ復活、喜び半分…「得意先」韓国はなお禁輸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原子炉>大学教育用も手続き大型と同じ…再稼働できない! - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災4年2カ月、3県で集中捜索 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<原発事故>賠償手引6社未整備 再稼働申請が先行 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

福島に被ばく医療センター=原子力政策懇が提言
時事通信 5月11日(月)21時24分配信

 安倍晋三首相は11日、有識者でつくる「エネルギー・原子力政策懇談会」会長の有馬朗人元東大学長らと首相官邸で会談した。懇談会は、東京電力福島第1原発事故に伴う福島県民の健康対策として、低線量被ばくに関する国際医療センターの県内設置や、個人の線量の継続的なモニタリング実施などを求めた提言書を提出した。これに対し、首相は「そういうことは重要だ」と述べた。 


<東日本大震災>死者数、行方不明者は変わらず
毎日新聞 5月11日(月)20時3分配信

 警察庁は8日現在の東日本大震災の被害状況を発表した。死者は1万5891人、行方不明者は2579人で前月10日現在から変わっていない。一方、4月10日~5月8日に宮城県で新たに1人の身元が判明し、岩手・宮城・福島3県の身元判明数は1万5739人となった。


北海道泊村、ヨウ素剤の配布開始
2015年5月11日(月)20時0分配信 共同通信

 北海道電力泊原発が立地する北海道泊村と道は11日、村民を対象に原発事故時に甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤の事前配布を始めた。19日まで、年齢に応じて1~2錠ずつ配る。安定ヨウ素剤の事前配布は道内で初めて。

 村によると、事前の問診で安定ヨウ素剤を服用できると判断された3歳以上の村民1076人が対象。親族が代理で受け取ることもできる。一方で、隣町の共和町は誤飲や紛失への懸念から事故後の配布を原則にしており、同じ原発の5キロ圏の自治体でも、対応が分かれた。

 配布会では村職員が服用方法などを一人一人に説明し、安定ヨウ素剤と注意書きを封筒に入れて手渡した。


<松島水族館>88年の歴史、花火で幕 別れ惜しむ人人人
毎日新聞 5月11日(月)18時42分配信

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人気者のペンギンに見入る子どもたち=宮城県松島町のマリンピア松島水族館で

 現存する国内の水族館では2番目に古い宮城県松島町の「マリンピア松島水族館」が10日、閉館した。別れを惜しむ多くの人たちが詰めかけ、水族館はこの夜、感謝を込めて100発の花火を松島湾に打ち上げ、88年の歴史に幕を閉じた。展示生物や飼育員は、仙台市の仙台港背後地に7月1日に開館する「仙台うみの杜水族館」に移る。【渡辺豊】

 現在の仙台急行が運営を引き継いだ1969年以来の入館者は延べ約2000万人。先月の入館者数は前年の3倍近い約6万人、大型連休に入ってからは1日で1万人を超す日もあった。「カウントダウンデイズ」として営業時間を延長した最後の10日間の入場者は約7万人に上った。

 この日も開園前から長蛇の列。人気のアシカショーでは、アシカがひもを引くと横断幕に感謝のメッセージが現れた。閉館までの日数を掲げた記念ボードの前や、同館の歴史を紹介した「おもいで博覧会」会場も懐かしむ人たちであふれた。

 一番乗りは仙台市青葉区の産婦人科医、黒沢靖大さん(33)で午前6時に到着。インターネットで連絡を取り合う全国の水族館ファン5人を案内し「昔ながらのぬくもりのある水族館。閉館は残念で、しっかり見届けます」。子ども3人を連れた岩沼市館下の主婦、長尾さつきさん(34)は幼少時代を過ごした山形の小学校の修学旅行以来で「同じ年になった長女に思い出を作ってあげたい」と話した。

 仙台急行の西條直彦社長(68)は「閉館会見」を開き「感謝に尽きる。震災も乗り越え、続けてきて良かった。マリンピアのDNAを新水族館でも引き継いでくれるはず」と語った。

 同館は27(昭和2)年に開館。同じ場所で営業する水族館としては最も古い。84年に飼育日数世界一を記録したマンボウ▽87年に日本で初展示したイロワケイルカ▽89年に日本最大規模になったペンギンランドなど人気者の展示をはじめ、水族館と遊園地一体の「身近でアットホームな雰囲気」が長く親しまれた。しかし老朽化は進み、2008年に仙台市への移転計画を発表したが資金難で挫折。東日本大震災では200点以上の生き物が犠牲になったが、震災1カ月半後に再開した。

 同館は生物などを新水族館に移転させ、来月中旬から施設の解体に入る。敷地は県有地で、跡地について県観光課は「観光松島にふさわしい利用を検討中」という。仙台急行は近く「マリンピア」に社名変更の予定で、「チャンスがあれば、跡地に新たな水産・観光施設を提案したい」(西條社長)としている。


震災漁船、なお漂流…海流で循環・今後も漂着か
読売新聞 5月11日(月)17時39分配信

 東日本大震災の津波で流されたとみられる宮城、福島県などの漁船が、震災から4年前後の今年2~4月、米ハワイで7隻、沖縄・宮古島で1隻漂着しているのが見つかった。

 環境NGO「JEAN」(東京都国分寺市)によると、漁船は太平洋上でいったん滞留した後、亜熱帯循環と呼ばれる海流に乗ったとみられる。今後も漂着が続く可能性があるという。

 漂流物の調査を続けているJEANは、ハワイで見つかった漁船の船舶番号などから、宮城県、福島県の漁師が所有する漁船各1隻が含まれていることを突き止め、残る5隻の照会を続けている。宮城の漁師は高齢のため廃業し、漁船の返還を希望しなかった。福島の漁船所有者とは連絡がついていない。宮古島で3月に見つかった漁船は、宮城県の漁師が所有していたものと確認された。


大川小周辺で不明者捜索…震災から4年2か月
読売新聞 5月11日(月)15時40分配信

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大川小(上)周辺の山林で行方不明者の捜索をする警察官ら(11日午前10時56分、宮城県石巻市で)=冨田大介撮影

 東日本大震災から4年2か月となった11日、児童と教職員84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校東側の山林で、河北署員など計11人が行方不明者の捜索を行った。

 大川小周辺の石巻市河北地区では現在も、同小の児童4人を含む43人が行方不明のままとなっている。

 山林は傾斜がきつく、重機が入ることができないため、これまで本格的な捜索が行われてこなかった。大川小の不明児童の家族などから要望を受け、初めて同署が捜索を実施した。署員らは午前10時から、スコップなどを使って土を掘り起こし、行方不明者の手がかりを捜した。

 同署の佐藤友彦地域課長(38)は「時間の経過とともに捜索は難しくなっているが、最後の一人が見つかるまで捜したい」と話した。


<松島水族館>思い出胸に別れ惜しむ
河北新報 5月11日(月)15時10分配信

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<人、人、人>松島水族館の人気者イロワケイルカの水槽を取り囲んだ人、人、人。輪っかやボールを使った遊びを見て最後の一日を満喫した=10日午前9時20分

  マリンピア松島水族館(宮城県松島町)は営業最終日の10日、閉館を惜しむ人たちで朝からにぎわった。来場者や職員はそれぞれの思い出を胸に、最後の一日を過ごした。

  大型連休の入場者数は昨年の2.4倍に上った。福島市の会社員切石ゆかりさんは、5月に入ってから3回目の来館。「ウミガメが大好きだった。職員の皆さんに『ありがとう』と言いたい」と話した。

  松島水族館公認のファンクラブ「マリンピアクラブ」の植松純子代表=仙台市青葉区=は水族館の法被を着て、来場者の記念撮影を手伝った。「これからも水族館ファンとして、ここにいた動物や飼育員を応援していきたい」

  神宮潤一展示部長はにぎわう広場の様子を写真に収めた。「最後の日が来てしまった。でも、何にでも最後はありますから」と、しみじみと語った。

  午後7時半すぎ、100発の花火を打ち上げ、マリンピア松島水族館は営業を終えた。


風化懸念 首都圏で個展 石巻出身の写真家
河北新報 5月11日(月)15時10分配信

  二科会写真部会友で石巻市出身の写真家、川島あつ子さん(75)=横浜市=は、再生への長い道のりを歩む故郷に思いを寄せ、写真を撮り続ける。東日本大震災以前の光景、被災の惨状、よみがえろうと立ち上がる地域-。被災地を映し出す三つのアプローチからの写真を組み合わせ、震災を風化させまいと横浜や東京発の問い掛けを発信する。

  震災から丸4年を迎えた3月上旬から中旬にかけ、川島さんは東京都内で、震災をテーマにした写真展を開いた。題して「未来に羽ばたく」。再生に向かう被災地の息遣いを、飛び立つ鳥に例えた。

  約50枚の展示作品のうち、震災から間もない時期に撮影した惨状が生々しい写真は3分の1程度。残り3分の2は、震災前に撮りためたものと震災後に撮り続けているものを、半数ずつ紹介した。

  震災前の写真は「猫の島」として知られる石巻市の田代島でライフワークのように撮ってきた写真。風情ある漁村の光景を伝える。

  震災後に追い続けている被写体は、壊滅的に被災した石巻市雄勝町で再生への心の支えとなっている雄勝法印神楽。「雄勝の人々が力強く演じるこの神楽を震災後に初めて見た時、心にびんびん響く感動を覚えた」と川島さんは話す。

  震災をキーワードにした自らの写真展は今回が初めて。「作品を発表するために撮ってきたわけではない」ことが、大きな理由だ。

  だが横浜で暮らし、被災地は復興がどんどん進んでいると思われているかのような周囲の捉え方に疑問を感じた。震災前と今をつなぐ写真を撮り続けてきた自分なりの問い掛けをしたいと、写真展を思い立った。

  手織り物教室を主宰する傍ら、写真家としての活動に力を注ぐ。手織りを通した被災地支援活動もしている。

  「今後も被災地にずっと目を向け、震災を風化させないための一助となっていきたい」と語る。


楢葉の避難解除 国「7月5日までに判断」
河北新報 5月11日(月)13時15分配信

  東京電力福島第1原発事故で全町避難し、避難指示解除に向けた準備宿泊が行われている福島県楢葉町の町民を対象に、国が開いてきた懇談会は10日、いわき市の会場で全日程を終えた。国の原子力災害現地対策本部の後藤収副本部長は懇談会後、準備宿泊が終了する7月5日までに、避難指示解除の判断など国の意思を表明する考えを示した。

  4月25日に始まった全12回の懇談会には計478人が参加。町民からは放射線量や第1原発の現状、水道水に対する不安の声が相次いだ。医療や買い物などの生活環境が整っていないことや、荒廃した住宅の修繕が進まないことを挙げ「帰りたくても帰れない」との訴えも目立った。

  いわき市で2回開かれた10日の懇談会でも、上水道の水源で、湖底に放射性物質が堆積している木戸ダム湖のしゅんせつを求める意見や、子どもへの放射線の影響を心配する声などが出た。

  懇談会後、後藤副本部長は「課題はある程度、把握できた。国として何ができるのかを整理、検討し、地元に示したい」と述べた。国の意思表明の方法は「決定の内容によって変わる」と説明した。

  懇談会全てにオブザーバーとして出席した楢葉町の大和田賢司副町長は「国は町民の不安や課題を受け止め、しっかり対応してほしい。町も連携し帰還の環境を整える」と語った。


ホヤ復活、喜び半分…「得意先」韓国はなお禁輸
読売新聞 5月11日(月)12時26分配信

 東日本大震災で大打撃を受けた三陸特産のホヤ漁がまもなく最盛期を迎える。

 震災から4年がたち、水揚げ量はようやく元の水準に近づいているが、生産量の7割を消費していた韓国が、原発事故の汚染水漏れを理由に水産物の輸入を停止したまま。被災地の漁業者からは「このまま輸入規制が続けば、三陸産のホヤが行き場を失いかねない」と悲鳴が上がっている。

 「おー、大きいなぁ」。先月26日早朝。宮城県石巻市寄磯浜の漁港に真っ赤なホヤが大量に水揚げされると、漁業者たちから歓声が上がった。

 2011年の震災前は全国一の生産量を誇った石巻市だったが、津波で寄磯浜も養殖場などが流され、ホヤ漁は壊滅状態に陥った。それでも地元漁業者が放ったホヤが、ようやく食用に適した大きさに成長した。「やっと復活って感じだな」。地元漁協の養殖部会長を務める遠藤正さん(56)もとれたてのホヤを手に笑顔を見せた。

 同市によると、ホヤは3~4年間の養殖期間が必要で、震災後に育て始めたホヤは昨年から収穫できるようになり、今年は震災前の8割にまで水揚げ量が回復する見込みだ。待ち望んだ復活だが、遠藤さんらは「今のままでは手放しで喜べない」と表情を曇らせる。最大の得意先だった韓国に出荷できないためだ。


<原子炉>大学教育用も手続き大型と同じ…再稼働できない!
毎日新聞 5月11日(月)11時57分配信

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運転が停止する前の実習では、学生が核燃料の交換作業も経験できた=近大原子力研究所提供

 国内に3基ある大学の教育研究用原子炉が、東日本大震災後の規制基準強化に伴って運転できない状態が約1年続いている。東京電力福島第1原発事故の教訓を踏まえて改められた基準は、出力の小さい研究用原子炉にも商業原発に準じる安全対策を求めているが、大学側が対応しきれず、原子力規制委員会の合格をもらえるめどが立たない状況だ。人材育成への影響も懸念される中、安全に直結する審査を緩めるわけにはいかず、大学側も規制委側も頭を悩ませている。

 現役の原子炉は、京都大原子炉実験所(大阪府熊取町)に2基、近畿大原子力研究所(東大阪市)に1基ある。出力は京大の炉が100ワットと5000キロワット、近大の炉はわずか1ワットで、大地震が起きても住民避難が必要な事故は起きないとの立場だ。他大学も含め、年間数千人の学生や研究者が炉の起動や停止、出力調整などの実習や研究に使ってきた。

 福島の事故前は、大学の研究炉は設置した時の基準のままの運転継続が認められていた。しかし新基準では、最新の知見を反映させた原発並みの地震想定や多重の安全対策が必要になる。地震の想定が変われば、機器一つ一つが揺れに耐えられるかどうかを計算し直さなければならない。

 近大炉は昨年2月5日、2基の京大炉も昨年5月26日までに定期点検のため運転を停止。両大学は昨年秋に再開を目指して規制委に安全審査を申請したが、審査で具体的な数値や資料の提示を求められ、合格に至っていない。多くの社員を抱える電力会社と違って、教員が授業や研究の合間にこなさざるを得ない大学では作業がはかどらず、近大原子力研究所の伊藤哲夫所長は「対応できる教員は5人だけ。これ以上人手をかける余裕はない」と嘆く。

 一方、規制委の田中俊一委員長も「学生の教育に大事な施設だ」と、大学の研究炉の重要性には理解を示す。しかし審査の実務を担当する原子力規制庁の黒村晋三安全規制管理官は「規制基準は譲れない。審査を甘くはできない」ときっぱり。「何か方法はないか考えたい」とも話すが、人材育成と安全を両立させる妙案はない。

 国内では運転実習ができないため、近大は昨年夏、文部科学省の補助金を受け、名古屋大や九州大の原子力関係学科の学生と合同で、韓国・慶熙(キョンヒ)大まで出向いて実習した。京大は実習の代わりに、原子炉設備の見学でしのいでいる。

 伊藤所長は「廃炉を安全に進めるためにも、人材育成は必要だ。学生全員を海外に連れてはいけない。緊張感のある運転実習を体験せずに社会に出る学生がいるのは残念だ」と話す。【鳥井真平】


震災4年2カ月、3県で集中捜索
2015年5月11日(月)11時20分配信 共同通信

 東日本大震災の発生から4年2カ月となった11日、深刻な被害を受けた岩手、宮城、福島3県の沿岸部で、各県警が行方不明者の手掛かりを求めて集中捜索をした。

 94人が行方不明の岩手県宮古市では宮古署員約20人が、津波の到達した海岸線で漂着物などを確認し、海上には警備船も出動した。

 津波で多くの児童が犠牲になった宮城県石巻市の大川小。家族の要望で、これまで重機が入れなかった近くの山林斜面に河北署員ら約10人が登り、手作業で不明者の持ち物などを捜索。河北署の佐藤友彦地域課長(38)は「一つでも多くの手掛かりを見つけるという気持ちを持って捜索に臨みたい」と語った。


<原発事故>賠償手引6社未整備 再稼働申請が先行
毎日新聞 5月11日(月)7時30分配信

 原発事故が起きた際の損害賠償手続きの体制や手順を定めたマニュアルについて、文部科学省が5年以上前に原子力事業者に作成を促したにもかかわらず、12社中6社がいまだに作成していないことが毎日新聞の取材で分かった。作成済みであっても、「福島第1原発事故を踏まえて作成や改定をした」と答えたのは6社中1社のみで、福島の事故後の国による賠償制度の見直し作業が進まない中、作成や改定が滞っている。専門家は再稼働の条件としてマニュアル整備が必要だと指摘する。

 文科省は1999年に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故を受け、原発事故発生から賠償合意までの流れや平常時からの関係者間の連携など、原子力事業者らに求められる対応を示した「原子力損害賠償制度の運用マニュアル」を2009年12月に制定。事業者に配布し、翌年3月には説明会も開いた。

 文科省マニュアルは各事業者に対し、事業者ごとの「損害賠償に関する業務マニュアルなど」の作成を求めている。具体的には「的確に賠償手続きを実施できるよう賠償対応の体制・手順・書類様式等の委細をあらかじめ整理し、業務マニュアルなどの形式で組織的に共有しておく」こととし、「2~3年程度の一定期間ごとに更新していくことが望ましい」とした。文科省の役割についても「作成に必要な支援を適切に行う」と記載している。

 これについて毎日新聞は原発を保有する大手9電力を含む12事業者(うちJパワー=電源開発=は建設中)に尋ね、4月までに全事業者から回答が得られた。「マニュアルを作成した」と答えたのは東北、関西、四国、九州の4電力と、日本原子力発電、日本原子力研究開発機構の計6社。東京電力は「整理を進めていたところ大震災が発生した」とし、未作成のまま事故対応をしていた。

 原子力損害賠償制度を巡っては、福島の事故に対応する原子力損害賠償支援機構法(11年8月成立)の国会の付帯決議で1年をめどに抜本的に見直すとしながら、今年1月、ようやく検討の場が原子力委員会と決まっただけで、本格的な議論には至っていない。事故後もマニュアルを作成・改定していない事業者は、事故やその後の賠償制度見直しの遅れを踏まえ、「国の動向などを踏まえつつ検討していく」(未作成の中部電力)「事故の内容を反映させる必要性は認識しているが、国の総括がなされていない」(作成済みの九電)などと説明した。

 一方、国による賠償制度の見直しを待たずに今年作成した四電は「福島の事故を踏まえ、損害の規模や発生状況を踏まえて対応することや被災者の利便性を十分考慮することを定めた」と答えた。関電は改定したかどうか回答しなかった。

 文科省原子力損害賠償対策室はマニュアルの作成状況について「統一的に把握していない」としてコメントを避け、「(マニュアル整備を含めた賠償制度の見直しと)再稼働とは関係すると考えていない」とした。【関谷俊介】

 【ことば】原子力損害賠償制度

 原発事故の被害者の保護と原子力事業の健全な発達を目的に、民法とは異なる特別の損害賠償制度として、1961年成立の原子力損害賠償法などで定められた。原子力事業者が原則、無過失・無限責任を負い、国の役割は事業者への援助にとどまる。制度はおおむね10年ごとに見直され、最後の見直しは2009年。

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