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2015年4月30日 (木)

ネパール中部でM7.8の地震・11

ネパール中部で25日午前11時56分(日本時間午後3時11分)ごろ、マグニチュード(M)7.8の強い地震が発生した。

各報道によると、これまでに5400人以上が死亡したとされる。死者がさらに増える恐れがある。世界最高峰エベレスト(8848メートル)では大規模な雪崩が起き、日本人登山者1人を含む18人が犠牲となったほか、まだ約400人以上が山中で孤立していると見られる。

またインドやチベットなどでも多数の被害が出ている模様。

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リンク:ネパール大地震、徒歩で5日要する被災地も 国連が懸念 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ウェザーニューズ、ネパール地震の救助活動を支援…航空気象情報で - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:自分の尿飲み「72時間の壁」を超え生存 専門家「非常事態には有効」 ネパール大地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:がれきの下から男性を82時間後に救出 ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:エベレスト登山、来週までに再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:15歳少年、120時間ぶり救出=震源地付近、最大9割倒壊―ネパール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 120時間ぶり少年救出 カトマンズのがれきから「水もとらず、奇跡だ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>サポーターの善意続々 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:倒壊した家屋の間を歩く被災者 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被害が深刻なネパール・ゴルカ郡 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遠隔地の支援始まる=山間部90%倒壊―ネパール地震 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール山中に大きく「HELP」、外国人ハイカーら4日ぶり救出 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震の死者、5500人超す - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールの大地震被害で支援=パナソニック〔BW〕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>「雪崩、爆風のよう」エベレスト生還の男性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 自衛隊の国際緊急援助隊、先遣隊がカトマンズ到着 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 懸念される“インビジブル”な人々の安否 「把握不可能に近い」と現地NGO - 速報:@niftyニュース.
リンク:<ネパール地震>最大の被災地、孤立 がれきの中から食べ物 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>死者5200人超す 発生から6日 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震死者5300人超す…自衛隊先遣隊が到着 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震 「もっとくれ」救援物質に押し寄せる避難者 カトマンズ避難所ルポ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:倒壊ビルでの捜索活動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震で傾いた建物 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地震で倒壊した建物 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「ネパール震災に長期的な支援を」親日ネパール人ジギャン・タパさんが訴え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:[写真特集]怒りの声を上げるネパール地震の被災者…カトマンズを脱出する行列も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパールの大地震が政情の不安定化をもたらす不安~日本は復興への支援を! - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:カトマンズの火葬場 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:カトマンズの火葬場 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<ネパール地震>診療所治療追いつかず メラムチ、医師2人 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール地震 80時間ぶり男性救出 自衛隊、現地入りへ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール震源地近くの村 支援いまだ届かず「政府は助けてくれない」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ネパール大地震、自衛官も到着 - 速報:@niftyニュース.
リンク:日本の国際緊急援助隊 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

ネパール大地震、徒歩で5日要する被災地も 国連が懸念
AFP=時事 4月30日(木)17時40分配信

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インド軍のヘリコプターが撮影した、ネパールで発生した大地震で被災した北中部ゴルカの村(2015年4月29日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールで発生した大地震の被災者に対する支援の調整を行っている国連(UN)は30日、被災地の中には救援物資を届けるのに徒歩で5日かかる場所もあるとして、懸念を表明した。国連はネパール地震の被災者支援として、国際社会に4億1500万ドル(約493億円)の資金拠出を求めている。

負傷者を運ぶ被災地の人たち

 ネパール当局の公式発表によると、地震による死者数は30日までに国内で5489人に達し、負傷者は1万人を超えた。しかし、地方部の被害の規模はいまだ正確には把握されていない。

 国連は、被災地が非常に広範囲にわたり、道路が整備されていないことなどから、遠方の被災地に到達するのは困難になると述べている。国連は、被災地の一部は徒歩でしかたどり着くことができず、到着までに4~5日かかる地域もあると指摘。捜索・救助隊の輸送に使用できる燃料が限られていることも明らかにした。

 首都カトマンズ(Kathmandu)では、配給用のボトル入りの飲料水を略奪するなどした被災者たちと、動員されていた機動隊との衝突が発生し、ネパール政府は、被災状況の規模に圧倒されていることを認めている。【翻訳編集】 AFPBB News


ウェザーニューズ、ネパール地震の救助活動を支援…航空気象情報で
レスポンス 4月30日(木)17時30分配信

ウェザーニューズは、航空気象チームによる臨時救援便のフライトサポートを実施するなど、ネパール大地震における支援を発表した。

ウェザーニューズの航空気象チームは、避難・救助活動や支援活動のため、臨時でネパールを離発着する大型航空機のフライトサポートを実施する。ネパール国内で救援活動を行う小型航空機へのピンポイント気象情報や離発着可否を判断するために必要な情報も提供する。

ネパールの空港の多くは、気象の変化が激しい山岳地帯に立地しており、滑走路も短く離発着が難しい。ウェザーニューズ航空気象チームは、これまでの知見を活かして救援活動にあたる航空機の安全運航を支援する。

また、被災者の安全な避難や捜索・救助活動をサポートするため、被災地向け特設サイト「4.25 Nepal Earthquake Information」をリリースした。サイトでは、ウェザーニューズのグローバル予報センターによるネパールの気象見解や、地象センターによる余震情報を英語で閲覧できる。ネパールはこの時期、強いにわか雨が多くあるため、随時最新の情報を更新していく。

《レスポンス 編集部》


自分の尿飲み「72時間の壁」を超え生存 専門家「非常事態には有効」 ネパール大地震
夕刊フジ 4月30日(木)16時56分配信

 近隣国を含め死者が5500人を超えたネパール大地震で、28日夜、がれきの中から約80時間ぶりに男性が発見された。生き埋めになった人の生存率が急激に下がるとされる「72時間の壁」を超え、男性の命をつないだのは、自らの尿だった。専門家によると、非常事態に尿を飲むことは、有効な生存手段の一つになるという。

 AP通信によると、救出されたのはリシ・カナルさん(27)。ホテルの3階にいた際に地震で建物が倒れ、がれきに閉じ込められた。周囲の遺体が腐臭を放つなか、自身の小便を飲んでなんとか生き延び、28日夜にフランスの救助隊がカナルさんを発見した。

 なぜカナルさんは助かったのか。新渡戸文化短大名誉学長で医学博士の中原英臣氏は、「まずは空気を確保できるスペースがあったのだろう。寒くはないネパールの気候も関係している。さらに尿を飲んだことも一つの要因」と語る。

 「尿は無菌のため健康に有害とはいえず、飲んでも何の問題もない。ほとんどが水分で、その他に尿素や微量のアンモニアなどが含まれる。かつて健康法の一つとして尿療法が話題になったぐらい。生活習慣としては抵抗はあるが、非常事態の水分補強策としては有用になる」(中原氏)

 ネパール当局などによると、各国の死者はネパールで5238人、インドで73人、中国で25人、バングラデシュで4人。ネパールの負傷者は約1万1000人。

 日本からも国際緊急救助隊のほか、医療チームや自衛隊の先遣隊が現地に到着し、懸命の捜索活動を続けている。


がれきの下から男性を82時間後に救出 ネパール地震
CNN.co.jp 4月30日(木)16時39分配信

カトマンズ(CNN) ネパールで25日に発生した地震で、がれきの中に取り残されていた男性が82時間ぶりに救助された。

専門家によれば、地震発生から72時間を過ぎて負傷者が生還するのは非常に珍しい。

救助されたのはリシ・カナルさん(27)。ネパール当局によれば、カトマンズ郊外のがれきの下にいるのをフランスの救助隊が28日正午ごろに発見した。フランスの救助隊は生存者を発見する特殊装置を使っていたという。

だが、フランスの救助隊と地元警察がカナルさんを掘り出すには、さらに10時間程度を要した。

警察が撮影したビデオでは、救助隊がコンクリートにドリルで穴を開け、カナルさんを引っぱり出す様子が捉えられている。カナルさんはストレッチャーに乗せられ、外に運び出された。

カナルさんは足を骨折しており手術を受けた。治療にあたった医師はロイター通信に対し「生き延びられたのはまさに意志の力のおかげだろう」と語っている。

カナルさんの他にも、地震発生から少なくとも22時間後に生後4カ月の赤ちゃんが倒壊した建物から救出されたほか、40歳の女性が36時間後にインドの救助隊に救出されている。

この女性の夫はがれきの中から女性の叫び声を聞いて生存を確認。地震の直後から救助を求めて駆け回ったが、実際に救助隊が到着したのは18時間後だった。救出まではさらに18時間かかったという。女性は建物の梁に守られたらしく無傷だった。

「外で物音がしていたからきっと助けてもらえると思っていた」と女性は語っている。

また、7階建てのビルの倒壊現場からは28日、地震発生後60時間以上を経て男性がトルコの救助隊に助け出された。男性はけがをし、脱水症状を起こしていたが、命に別条はないと救助隊はみている。


エベレスト登山、来週までに再開
時事通信 4月30日(木)16時34分配信

 【カトマンズAFP=時事】ネパールのガウタム観光局長官は30日、エベレストへの登山を来週までに再開できるとの見通しを示した。25日に発生した雪崩では、ベースキャンプとともに登山道途中の氷瀑に設置されたはしごも破壊されており、登山再開が危ぶまれていた。
 ガウタム氏は「はしごが2~3日で修復できる」として登山者に計画を中止しないよう呼び掛けた。また、「再び地震が起こるという科学的根拠は存在せず、(登山ルートの)山肌は余震にも耐え得る状態だ」と語った。 


15歳少年、120時間ぶり救出=震源地付近、最大9割倒壊―ネパール
時事通信 4月30日(木)16時33分配信

 【カトマンズ時事】ネパール大地震の発生から30日で6日目を迎え、これまで被害状況が不明だった震源地近くの町や村では、建物が壊滅的打撃を受けていることが判明し始めた。一方、首都カトマンズでは、15歳の少年が約120時間ぶりにがれきの下から救出された。少年は重傷だが、意識ははっきりしているという。
 これまでに確認された犠牲者数はインドや中国など周辺国を含めて5500人を超えた。
 内務省報道官によると、救出されたのはペンバ・ラマさん。カトマンズのバラジュ地区で倒壊したゲストハウスの下敷きになっていた。救助後は市内の病院に搬送され、治療を受けている。
 日本を含む各国からの救援チームが入る中、これまで道路が寸断され、被災状況が分からなかった震源地近くのゴルカ郡の山間部では、最大9割の建物が倒壊していることが明らかになった。ただ、通信事情が悪く、住民約1万人の安否はいまだに分かっていない。
 世界食糧計画(WFP)などによる遠隔地への支援も始まった。ただ、ヘリコプターなどでしかアクセスできない山あいの地域への支援は、依然として困難を極めている。
 カトマンズ東方約50キロに位置するカブレ地区。車がようやく1台通れるほどの細い山道が続く同地区には、政府やNGOの支援が一切届いていない。 


ネパール大地震 120時間ぶり少年救出 カトマンズのがれきから「水もとらず、奇跡だ」
産経新聞 4月30日(木)15時53分配信

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30日正午(日本時間午後3時15分)前、カトマンズ市内の倒壊したビルのがれきの下から救出された少年(岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【カトマンズ=岩田智雄】強い地震に襲われたネパールの首都カトマンズで30日正午前(日本時間同日午後3時ごろ)、地震発生から約120時間ぶりに倒壊したビルのがれきの下から15歳少年がネパールの救助部隊に救出された。

 少年の生存は、この日早朝にネパールの救助部隊の捜索活動で判明。駆け付けた米国の救助隊の支援を受けて約5時間後に救い出された。

 ネパールの救助部隊の責任者は「少年は何の食べ物も水もとらずに生き続けていた。奇跡としか言いようがない」と話した。

 少年は目をつぶり歯を食いしばった状態で担架で運び出され、救急車で搬送された。


<ネパール地震>サポーターの善意続々
河北新報 4月30日(木)15時45分配信

  サッカーJ1仙台と鹿島のリーグ戦が行われた仙台市泉区のユアテックスタジアム仙台で29日、ネパール大地震の被災地を支援する募金活動があり、観客から86万5505円が寄せられた。募金の届け先は調整中という。

  東日本大震災で世界中から支援を受けた恩返しをしようと、チームの運営会社のベガルタ仙台と、ベガルタ仙台・市民後援会が実施した。

  MF杉浦恭平、FW山本大貴の両選手も募金箱を手にして呼び掛け、仙台、鹿島のサポーターが次々と善意を投じていた。

  仙台市青葉区の無職佐藤保さん(65)は「震災の時は全国のJクラブサポーターから届いた支援物資をユアスタ仙台で仕分けする作業を手伝った。今回はネパールが大変な事態。少しでも役立ちたいと思った」と話した。


倒壊した家屋の間を歩く被災者
時事通信 4月30日(木)15時27分配信

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30日、ネパールの首都カトマンズで、倒壊した家屋の間を歩く被災者。


被害が深刻なネパール・ゴルカ郡
時事通信 4月30日(木)14時56分配信

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29日、地震で壊滅的被害を受けたネパール中部ゴルカ郡の航空写真=インド軍ヘリより撮影


遠隔地の支援始まる=山間部90%倒壊―ネパール地震
時事通信 4月30日(木)14時45分配信

 【カトマンズ時事】ネパール大地震の発生から30日で6日目を迎えた。震源地に近く深刻な被害が出ている遠隔地域にも支援が入り始める一方、数百万人に上る被災者には十分な支援が行き渡っておらず、支援不足による被災者の健康悪化や治安の不安定化への懸念が高まりつつある。
 地震による犠牲者は30日、インドや中国など周辺国を含め約5500人に達した。
 日本を含む各国からの救援チームが入る中、これまで道路の寸断により支援が届いていなかった地域にも支援が入り始めた。世界食糧計画(WFP)は28日に被害が深刻なゴルカ郡に到着し、支援を開始。ただ、山あいの地域へは上空からしかアクセスできず支援は困難を極めている。ロイター通信によると、震源地に近い山間部では、最大90%の建物が倒壊。通信状態が悪く約1万人の住民の詳しい安否が分かっていないという。
 一方、住民からは「支援不足」に不満の声も上がっている。インドのPTI通信によると、コイララ首相は29日、被災者のキャンプを視察した際、救援物資の配給について怒りや不満を被災者からぶつけられた。 


ネパール山中に大きく「HELP」、外国人ハイカーら4日ぶり救出
AFP=時事 4月30日(木)14時28分配信

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中央ネパールのゴルカ地方マチャコーラで、石を並べて作った「ヘルプ」の文字のそばでヘリに向かって大きく手を振る外国人ハイカーら。インド軍のヘリコプターから撮影(2015年4月29日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパール中部ゴルカ(Gorkha)地方の渓谷で29日午後、大地震のため山中に取り残されていた外国人ハイカー十数人が、上空から捜索していたインド軍のヘリコプターに発見・救出された。ハイカーたちは白い石を並べて3メートルほどもある大きな「HELP! 」の文字を描き、ヘリに向かって大きく手を振って助けを求めた。

【写真:6枚】救出され安堵の表情

 ハイカーらはスロバキア人やドイツ人、フランス人、ロシア人で、25日の大地震発生時はネパール人のガイドらを伴って、緑深い渓谷のトレッキングを楽しんでいた。地震で負傷したメンバーはいなかったが、近隣の村々は壊滅状態で、助けを期待できる状況ではなかったという。

 救助された1人はAFPに対し、「大きな石やがれきが崩れ落ちてきた。人生で最も恐ろしい経験だった」と語った。余震が続く中、通信手段は失われ、道が崩れている恐れもあったため、それ以上進むのをやめてその場で救助を待つことに決め、4日間ずっと救助を待っていたという。【翻訳編集】 AFPBB News


ネパール大地震の死者、5500人超す
AFP=時事 4月30日(木)13時31分配信

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ネパールの首都カトマンズ近郊のバクタプルで、地震で損壊した住宅のがれきの間を歩く男性(2015年4月28日撮影)。【翻訳編集】 AFPBB News

【AFP=時事】ネパールの災害対策当局によると、25日に発生した大地震による同国内の死者数が5489人に達した。インドや中国など近隣諸国でも100人以上が死亡しており、犠牲者数は合わせて5500人を超えた。【翻訳編集】 AFPBB News

ネパール首都、被災者の怒り噴出


ネパールの大地震被害で支援=パナソニック〔BW〕
時事通信 4月30日(木)12時19分配信

 【ビジネスワイヤ】パナソニック <6752> は、25日の大地震に見舞われたネパールに支援を行うと発表した。総額610万円相当の支援で、被災者救済や被災地復興に役立ててもらう。支援金は、特定非営利活動法人ジャパン・プラットフォームを通じて500万円を拠出する。支援物資は、インドのパナソニックグループがソーラーランタン250個、乾電池1万個、懐中電灯1000個(計約110万円相当)を届ける。〈BIZW〉
 【編注】この記事はビジネスワイヤ提供。原文はwww.businesswire.comへ。 


<ネパール地震>「雪崩、爆風のよう」エベレスト生還の男性
毎日新聞 4月30日(木)12時8分配信

 【カトマンズ竹内良和】ネパールを襲った大地震で、日本人1人を含む少なくとも19人が死亡した世界最高峰エベレスト(8848メートル)の雪崩に巻き込まれ、命を取り留めた神戸市垂水区の和田博美さん(67)が29日、毎日新聞の取材に雪崩の恐怖を語った。和田さんは、収容された首都カトマンズ市内の病院で「雪崩が爆風のように迫ってきた」と、エベレスト史上最悪の惨事を振り返った。

【エベレストのベースキャンプ付近など】遅れる救出活動

 地震発生は現地時間で25日午前11時56分ごろ。数人のパーティーを組んでエベレストを訪れた和田さんは、標高約5300メートルにあるベースキャンプにいた。昼食前にテントに入り、横になって休んでいると、激しい横揺れに襲われた。

 その直後、「ドン」「ゴー」という雪崩特有のごう音が聞こえた。写真を撮ろうと、テントから出た。キャンプの北西のプモリ峰の方角で雪崩が起き、岩や石を巻き込みながら雪煙を上げるのが見えた。

 カメラのレンズからキャップを外そうとしたところ、その間に灰色の雪崩は一気に目前まで迫っていた。「斜面を滑り降りてくる時にたまったエネルギーが、爆風のようになってテントをのみ込んだ」。テントの陰に身を隠し、そこにあったプラスチック製のドラムにしがみつく。「爆風」が運んだ石がぶつかり、ドラムがカチカチと音を立てた。

 当時、ベースキャンプには登山者やシェルパら約1000人がいたとみられている。雪崩が収まって見回すと、周辺のテントはところどころ潰されていた。完全に埋まっていたのは、直撃を受けたプモリ寄りのテント群。「一面真っ白だった」という。

 幸い目立ったけがのなかった和田さんは、自力で山を下りてホテルに避難した。途中、何体もの遺体が運ばれるのを目にし、ホテルにも傷だらけの人がいた。ベースキャンプより高い標高のキャンプにいた登山者は一時足止めされ、その後救助されたが、和田さんは「まだ取り残されている人がいるのではないか」と気遣った。


ネパール大地震 自衛隊の国際緊急援助隊、先遣隊がカトマンズ到着
産経新聞 4月30日(木)11時54分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパール中部で発生した大地震での医療活動にあたる自衛隊の国際緊急援助隊の先遣隊約20人が29日深夜(日本時間30日未明)、首都カトマンズに到着した。自衛隊の医療援助隊長を務める中川博英1等陸佐はカトマンズ空港で記者団に対し、「各国関係機関や各軍とよく連携をとりながらいい仕事をしていきたい」と述べた。

 援助隊の派遣はネパール政府の要請に基づくもので、先遣隊を含む約110人からなる。先遣隊が現地の被害状況を確認した後、残る隊員らがネパールに向かう予定だ。

 米CNNなどによると死者数は5200人に達し、負傷者数も1万人を超えた。被災者の捜索活動は依然続いており、死傷者数はさらに増える見通し。カトマンズ近郊などでは、海外から届く救援物資などが被災地に来ていないとして、住民らによる抗議デモが発生するなど、住民の不満は高まりつつある。

 一方、米ホワイトハウスによると、オバマ大統領は29日、ネパールのコイララ首相と電話で協議し、米政府としてあらゆる可能な支援を提供することを約束した。国連も同日、緊急人道支援のため4億1500万ドルの資金を支援提供国などに呼びかけた。


ネパール地震 懸念される“インビジブル”な人々の安否 「把握不可能に近い」と現地NGO
2015年4月30日(木)11時53分配信 NewSphere

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 ネパール中部で発生した地震から4日目となった28日、同国政府は死者が5064人に上ったと発表した。コイララ首相は、死者数は2倍の1万人を超える可能性もあると述べている(ロイター)。首都カトマンズでは被災者の捜索活動が難航。震源近くの山岳地帯では多くの村が孤立し、今だに被害状況すら把握しきれていない。また、世界文化遺産のカトマンズ盆地の歴史的建造物の被害も深刻だ。観光地のカトマンズとバグタプルのダルバール広場(王宮広場)では、主な寺院が全壊した。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)、ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)などが、これまでの被害を現地ルポを交えて報じている。

◆日本の救助チームも捜索活動を開始
 国連によれば、今回のM7.8の地震で、ネパールの総人口の3割に当たる約800万人が被災した。主要海外メディアは、「この80年で最悪の地震」と、同国で少なくとも1万人以上の死者を出した1935年のM8.1の地震に匹敵すると報じている。国際社会もこの未曾有の大地震に素早く対応し、発生の2日後の27日にはインド、中国、パキスタン、アメリカ、イスラエル、オランダの救援隊が現地入りし、イギリスやフィンランドも続いた(英フィナンシャル・タイムズ紙=FT)。

 空港の混雑などにより到着が遅れていた70人規模の日本の国際緊急援助隊も28日に現地入りし、カトマンズなどで災害救助犬を使った行方不明者の捜索活動などを始めた。外務省は、29日未明に出発した自衛隊員約20人による第一陣に加え、追加でより大規模なチームを派遣するとしている。また、10億円の緊急援助の実施も発表した(WSJ)。

 アメリカは2機の輸送機で130人の人員と物資を派遣。既に地震前から合同訓練のためネパールに滞在していた米陸軍特殊部隊の26人も急遽、孤立したエベレスト登山客の救出に当たった。その活躍により数十人が下山することができたが、外国人登山客ら19人の死亡が確認され、まだ多くの行方不明者がいるという。また、インド防衛省高官のTwitterによれば、インド空軍は山岳地帯で救援物資の投下作戦を進めており、これまでに孤立した村に取り残された100人以上を救助したという(ワシントン・ポスト紙=WP)。

◆震源地帯では壊滅状態の山村が孤立
 首都カトマンズでは、警察発表によれば900人以上の死亡が確認された。ネパール最大のヒンズー教寺院、パシュパティナートでは、地震発生以来、これまでにひっきりなしに286回の葬儀が行われたという。それでも到底間に合わず、河原などで勝手に火葬をする人々も多いと寺院関係者は言う(WP)。FTの現地報道などによると、カトマンズの市街地ではまだ多くの人々が瓦礫に下に閉じ込められていると見られ、地元警察などによる捜索活動が続いている。

 震源に近い首都周辺の山岳地帯の状況も深刻だ。尾根伝いに小さな村が点在しているが、もともと道路から1日以上も歩くような所にある村も多く、さらに地震であちこちで発生している土砂崩れが行く手を阻んでいるという。今だに被害状況すら把握できていない状況で、国際NGO『マーシー・コープス』の現地代表、ジェフリー・シャノン氏は、「現時点で我々のスタッフを含む全員から耳にするのは、とにかく『分からない』という言葉だ」と嘆く。「どの村が最も助けを必要としているのか、どれくらい負傷者がいるのか、把握するのは不可能に近い」という。

「鉄筋コンクリートの建物以外はほとんどが崩壊している」「生死を分けたのは運だけだ」「1300軒あった村が全滅した」など、生存者や軍関係者の証言による山岳地帯の様子は悲惨だ(NYT、FT)。シャノン氏によれば、こうした村々の住民はもともと中央政府から切り離され、正式な市民権すら持っていない「インビジブル」な人々で、捜索や身元の確認をより困難にしているという(NYT)。

 ◆多くの世界遺産も倒壊
 ネパールには仏教やヒンズー教の聖地が多い。それらの歴史的建造物の被害も深刻だ。ユネスコの調べでは、世界遺産だけでも12ヶ所が全壊したという。特にネパール観光の目玉になっているカトマンズのダルバール広場(王宮広場)の寺院はほぼ全壊。ランドマークのダルハラ塔も倒壊した。ダルバール広場は、カトマンズだけでなくカトマンズ渓谷内の3つの主要都市にそれぞれあり、その一つのバグタプルでも4つの寺院が全壊した。

 バグタプルのダルバール広場の様子を、WPは「ネパールの王によって建てられた寺院が崩壊し、象や蓮の花をかたどったプライスレスな石像のかけらだけが残った」と記す。連日多くの市民が広場に集まり、瓦礫を手に取って頬ずりをしたり、黙祷を捧げているという。同広場でカフェを営む男性は「何百年もの歴史が失われた。この地震は、ネパールの観光産業の右腕と左腕を切り落としてしまった」と、WPに語っている。

 同紙は、「世界で最も貧しい国の一つであるネパールは、長年エベレスト登山と歴史遺産を訪れる観光客の外貨に依存してきた」と記す。ネパール観光省によれば、2013年には80万人の外国人観光客が訪れている。APによれば、この地震による被害の国全体の再建費用は、GDPの20%に当たる50億ドルに上るという試算も出ている。


<ネパール地震>最大の被災地、孤立 がれきの中から食べ物
毎日新聞 4月30日(木)11時45分配信

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地震で大規模な被害を受けたシンドゥパルチョーク地区チョータラで、倒壊家屋から家財道具を運びだそうとしている住民ら=2015年4月29日、金子淳撮影

 ネパールの巨大地震で最大規模の被害を受けた中部シンドゥパルチョーク地区へ29日に入った。カトマンズに隣接する地区に点在する集落では、多数の家屋が倒壊し、道路は巨大な亀裂や崖崩れで危険な状態が続く。25日の地震発生から4日が過ぎても支援物資は届かず、救助活動もほとんど手つかずだ。【チョータラ(ネパール中部シンドゥパルチョーク地区)金子淳】

 カトマンズから北東へ車で約2時間。崖沿いを進む道路には所々に直径2~3メートルの巨大な岩が転がり、幅十数センチの亀裂が走る。道路沿いに建ち並ぶ民家や店舗はひしゃげ、住民らが手でがれきを取り除いていた。

 シンドゥパルチョーク地区は人口約29万人。地元メディアによると少なくとも1176人が死亡した。人口が100万人を超える首都カトマンズでの犠牲者より多い数だ。

 スクテ村で、バブタバハドゥル・カトルさん(35)がぼんやりと立ち尽くしていた。「家族3人がここで下敷きになった」。目を見開いたまま早口で当時の様子を話し始めた。

 亡くなったのは父親(65)と次女(12)、末娘(1)の3人。自宅1階で昼食中「『ドルーン』という爆弾のような音」とともに1分以上揺れが続き、住宅がつぶされた。外にいたカトルさんが慌てて戻ると、中から「助けて。水をちょうだい」という次女の叫び声が漏れてきた。

 住民らと約5時間かけてがれきの山を掘り続け、約15メートル下から3人が見つかった。次女だけはまだ息があり病院に搬送したが、約24時間後に死亡した。「いまは何も考えられない」。カトルさんはぼんやりとつぶやいた。

 近くにある広場では、避難した住民のテントが並ぶ一角で、死者を弔う儀式の準備が始まっていた。近くに住むエスダ・ラーマさん(23)は夫(25)と長男(3)を地震で亡くした。

 2人は発生約10分前、昼食を取るために経営する化粧品店から先に自宅へ向かった。ラーマさんが1人で店番をしていると、突然大きな揺れに襲われ、広場まで走って逃げた。目の前にある自宅が土煙を上げて崩れていくのが見えた。家族の遺体は2日後に見つかり、近くの川で荼毘(だび)に付した。ラーマさんは「一人になった。どうすればいいのか」と、涙をぼろぼろとこぼした。

 道路網は回復したが、救助活動はほとんど始まっていないのが現状で、死者数はさらに増える可能性がある。支援物資はほとんど届いておらず、住民はがれきの中から食べ物や毛布を集め、広場などで身を寄せ合う。

 地区を流れる川沿いでは、火葬の煙が立ち上っていた。その様子を見守っていたラームクマール・スレシュタさん(31)が悲しそうに言った。「祖父だ。避難中に呼吸器の持病が悪化して昨晩亡くなった。薬もなく病院にも行けない。支援物資があったなら……」


<ネパール地震>死者5200人超す 発生から6日
毎日新聞 4月30日(木)11時40分配信

 【カトマンズ平野光芳】ネパール大地震は30日、発生から6日目を迎えた。AP通信によると、死者は5285人となり、インドや中国など周辺国も含めると5400人近くに上っている。

 震源に近いゴルカ地区など救援が遅れていた山間部にも救援物資が届き始めたが、国連世界食糧計画(WFP)の担当者は「ヘリや人員、テントや水、食料などの救援物資がさらに必要だ」と語った。

 国連は29日、緊急声明を出し、350万人が食料支援を必要としており、このうち140万人は緊急を要すると訴えた。また、今後3カ月間の緊急支援のために4億1500万ドル(約493億円)の資金拠出を国際社会に要請した。


地震死者5300人超す…自衛隊先遣隊が到着
読売新聞 4月30日(木)11時22分配信

 【カトマンズ=丸山修、石崎伸生】ネパール中部で発生した大地震は30日、発生から6日目を迎え、これまでの死者は中国などの近隣国も含めて5300人を超えた。

 医療活動にあたる自衛隊の国際緊急援助隊の先遣隊21人が29日夜(日本時間30日未明)、首都カトマンズに到着した。隊長の中川博英1等陸佐は「各国、各軍と連携を取り、いい仕事をしたい」と述べた。今後、本隊も合流し、総勢114人で活動にあたる。

 ネパールの国連常駐調整官事務所は29日、4億1500万ドル(約500億円)の緊急支援を各国に呼びかけた。現地の被災地では、約420万人が医療サービスなどの緊急支援を必要としており、食料支援を必要とする人も約350万人に上るという。

 支援物資の配給の遅れが深刻化して被災者の不満も高まり、カトマンズでは29日、食料を求めるデモが発生。コイララ首相は、日本の救助チームの捜索現場に向かったところ、住民に取り囲まれて「水はまだか」などと抗議され、視察を断念した。

 政府によると、被害の少なかった地域に住民が脱出する動きも広がっており、これまでに約40万人がカトマンズを離れたという。


ネパール大地震 「もっとくれ」救援物質に押し寄せる避難者 カトマンズ避難所ルポ
産経新聞 4月30日(木)10時16分配信

 【カトマンズ=天野健作】「こっち、こっち」「もっとくれ」。食糧や水を求めて、支援車に人がどっと押し寄せた。ネパール大地震は30日、発生から6日目になり、カトマンズ市内では100万人以上の市民が避難生活を余儀なくされている。市内を離れた人は約40万人とされるが、行く当てのない人たちが、近くの公園や寺院の境内でテントを張り、支援を求めている。

 カトマンズ首都圏には国の全人口の約1割にあたる約250万人が住むという。古い家を中心にがれきと化した建物が見られるが、電気や水道などは徐々に復旧しはじめてきた。

 カトマンズ市内のトゥディケル公園には、市内で最大規模の避難所が自発的にできあがった。緑や黒、オレンジの色とりどりのテントが数百張り。家からシートを持ち寄って、テントが今も続々と立ち上がっている。

 「ほら見て、これだけしか米がないの」。近くに住んでいた主婦、スウェイター・ネパーリーさん(38)は子供ら4人のために米と芋だけの食事を作っていた。幸い家族は全員無事だったが、家は倒壊し、家からガスボンベや鍋など持てる物を持参し公園に逃げ込んできた。テントの中での生活には慣れたというが、「他の物が食べたい」と訴える。

 水がめと野菜を積んだトラックが広場にやってくると、皆が我先にと走り寄った。小さな子供も荷台の上に向かって、一生懸命手を伸ばす。瓶から水をくんでペットボトルに入れる作業が追いつかない。全ての物資がさばけると、車の作業員は「カトマンズ郊外からやってきた。また来るよ」と話して去った。

 汚物などが広場の隅にたまってきており、ペットボトルなどのゴミも散乱。テントでの生活も長くは続かないが、テントから抜け出す方法が現状では見つからない。

 アンビー君(10)とタンビ-君(8)の兄弟は小さなテントの中で、さいころのような石のゲームで仲良く遊んでいた。両親は食べ物を探しに出ているため、テントで留守番しているという。タンビー君は「家に亀裂が入って住めないんだ」と寂しそうに笑顔を作った。


倒壊ビルでの捜索活動
時事通信 4月30日(木)10時11分配信

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ネパールの首都カトマンズ市内で、地震により倒壊した建物で捜索活動に当たる救助隊員=29日


地震で傾いた建物
時事通信 4月30日(木)10時11分配信

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ネパールの首都カトマンズ市内で、地震により大きく傾いた建物=29日


地震で倒壊した建物
時事通信 4月30日(木)10時11分配信

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ネパールの首都カトマンズ市内で、地震により倒壊した建物=29日


「ネパール震災に長期的な支援を」親日ネパール人ジギャン・タパさんが訴え
THE PAGE 4月30日(木)10時0分配信

 「すぐにでもネパールの実家に帰りたい」。来日15年目で、日本ネパール協会の理事を務める同国出身のジギャン・クマル・タパさん(35)は、そう打ち明けた。首都カトマンズの南20キロにある実家が、25日の大地震で倒壊した。家族は無事だったが、祖国が直面している国難に心を痛めている。

いまネパールが必要としているもの
 6歳のとき、青年海外協力隊のメンバーが自宅にホームステイしたことをきっかけに、日本の文化に触れた。願いかなって、2000年に留学生として来日した親日派。以来、テレビやラジオにも出演し、日本とネパールの友好の架け橋となってきた。

 地震が起きてからというもの、大使館と連絡をとったり、日本からネパールに支援物資を届ける段取りを整えたり、ラジオやインターネットを通じて情報を発信したりして力を尽くしてきた。震災から4日目。互いに心支え合いたいこの時期に、心配は募るが、家族らとは多く連絡をとっていない。「私がいま、国のために働いていることを家族は知っていますから、大丈夫です」と気丈に話す。

 日本でも連日、ネパールの地震被害が報道される。しかし、報道の範囲はカトマンズやエベレストや世界遺産といった日本人の関心が高いエリアの被害に限られることが多い。「確かに文化財的な被害は大きいのですが、実際は地方の被害の方が大変なのです。カトマンズからのサプライチェーンが途切れていて、必要な物資が届いていないのです」。

 現地が必要としている物資は8品目あるという。(1)薬(2)テント(3)ドライフード(4)水(5)ブランケット(6)浄水器(7)衛生用品(8)マットレスだ。ネパールは、5月中旬から雨季を迎える。現地では、ワラ敷いて寝ている子どもたちもいるといい、早く安心して暖かく寝られる環境を与えてあげたいと心がはやる。
 
 28日、全日空がネパールで発生した地震被害の輸送協力を行うと発表した。「日本政府や企業の動きが早く、助かりました」と感謝するが、物資を送るルートは十分に確保できていない。全日空の輸送協力は、成田発着のインド・デリー線が対象であるため、そこからカトマンズには国境を超えて陸路で輸送しなければならない。2日かかる。ほかの航空会社のさらなる支援に期待するところは大きい。

心と教育に長期的な支援を
 「物資による支援は2、3か月は必要でしょう。しかし、さらに長い期間にわたって支援が必要な分野があります」と強調する。

 一つは心のケアだ。カトマンズでは、5万トンの薪を使って被災者の遺体を焼いているのだという。あまりにも死者の数が多いため、身元不明の遺体の顔写真だけを撮り、集団埋葬されている。「もともと火葬の文化ですが、心の奥に傷を持ち、精神的な支援を必要としている人たちがいます」。
 
 もう一つは、教育への影響だ。「世界遺産の復興も大事です。しかし、ネパールはもともと学校が足りない国で、地震によって学校も被災しました。学校が再建されないと、子どもたちの教育を受ける機会が、震災によってそがれ続けます」と話し、緊急物資支援に終わらない長期的な復興支援を訴える。
いる子どもたちも。写真はタパさん提供

 東日本大震災でタパさんは、遺骨収集のボランティアにも携わった。親日国としても知られるネパールで、多くの家屋が倒壊。人口約2800万人の国で死者は1万人を超えるとも言われている。「自分の無力さを感じることもあります。日本の皆さんにぜひ力を貸してほしい」。タパさんは遠く祖国に目をやるように、そう訴えた。

Yahoo!基金 ネパール 地震被害緊急支援募金(http://donation.yahoo.co.jp/detail/1630016/)


[写真特集]怒りの声を上げるネパール地震の被災者…カトマンズを脱出する行列も
Yahoo!ニュース 4月30日(木)9時39分配信

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政府の初期対応に怒る被災者=2015年4月29日(写真:ロイター/アフロ)


ネパールの大地震が政情の不安定化をもたらす不安~日本は復興への支援を!
児玉克哉 | 三重大学副学長・教授
2015年4月30日 9時22分

 ネパールで起きた大地震は死者数も5000人を超え、大きな被害を与えました。交通や通信事情の悪い山間部の状況はまだ分からず、被害者数はさらに大きくなると予想されています。海外からの救援支援も行われていますが、国の混乱と不十分な交通体制で、身動きがとれない状態と言われます。救援を断る状態に追い込まれています。
 まずは一刻も早く救援活動が行われることが大切です。そして、多くの被災者の衣食住を確保すること。大地震によってライフラインが壊滅状態にある地域も少なくないでしょう。そうした被災者への対応が急務です。
 心配なことがあります。ネパールは共産党マオイストと王族との間で、内戦が繰り広げられた国です。素晴らしい観光資源を持ちながらも治安が安定せず、海外からの観光客もあまり入ることができない時期もありました。私がネパールを訪れたのは1995年。その頃は貧しいながらも安定しており、国の発展に希望を抱かせました。しかし、1996年にはネパール共産党毛沢東主義派、いわゆるマオイストが王制の打破を目指して人民戦争を始めます。2001年にはビレンドラ国王を含むネパール王族が殺害され、マオイスト側のギャネンドラ国王が王位につきます。ギャネンドラ国王は議会を停止し、国内は混乱状態に陥ります。国軍を掌握する国王派とマオイストによる内戦が続きました。政府支配地域とマオイスト支配地域に分裂した状態となりました。
 2006年に包括的和平合意が成立し、政情は安定するかに見えました。2008年には国連の協力の下に制憲議会選挙が2008年に実施され、マオイストが第1党になりました。王制は廃止され連邦民主共和制への移行が決まったものの、実際には、期限内に憲法制定ができず、制憲議会は解散してしまいました。
 こうした混乱を経て、やっと2013年に再度制憲議会を開くための選挙が実施され、今から新たな国の体制を整えていくという時期にありました。第1党となったコングレス党のスシル・コイララ首相と第2党となったネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派のヤダブ大統領を選出されて連立内閣が発足したところです。光は見えてきたものの、政情はまだ不安定で、政府は脆弱といえました。
 今回の大地震に到底、対応できるような政治体制、経済体制、社会体制、インフラ体制はありません。政府の対応の遅れは、国民に様々な形で不満を生むことになります。文化的な観光資源もかなりダメージを受けましたし、最大の観光資源と言えるヒマラヤへの観光客も今回の地震をみて、しばらくの間は躊躇するでしょう。つまり、しばらくの間は経済的にも厳しい状況が予想されます。政府に失業者に対応する資金があるとも思えません。国民の不満は徐々に高まる可能性が高いのです。
 ちょっと前まで、内戦をしていた国です。恨みや感情的なわだかまりがあります。暴力的な社会文化もまだ残っています。また暴動が起きたり、内戦が勃発したら、復興どころではありません。
 治安の維持と未来への復興のために日本を含めた国際社会が何ができるのか。日本の大震災の場合には、治安の乱れは極めて限定的でしたし、それで政情が乱れることも考えられませんでした。ネパールならではの、課題があります。隣国インドは大きな経済発展をしています。その恩恵を受けることができるか、という岐路にたっていました。今回の震災で、復興⇒次のステージへの発展となるのか、暴動⇒治安悪化⇒長期低迷となるのか、まさに二極のシナリオがあります。日本は半年後、1年後、5年後の復興のための援助を考えていきましょう。ヒマラヤのある素晴らしい自然と文化のある国です。ネパールを大好きな日本人も多いのです。私もその一人。日本の経験とともに、治安の維持と復興への協力を惜しまず、新たなネパールの実現ができればと思います。


カトマンズの火葬場
時事通信 4月30日(木)8時51分配信

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ネパールの首都カトマンズ市内を流れるバグマティ川の火葬場で、白い布にくるまれた夫の遺体に火を付けるインディラ・ブダ・トキさん(左から2人目)=29日


カトマンズの火葬場
時事通信 4月30日(木)8時51分配信

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ネパールの首都カトマンズ市内を流れるバグマティ川の火葬場。場所が足りず、川の中州にまきを組み上げて火葬している=29日


<ネパール地震>診療所治療追いつかず メラムチ、医師2人
毎日新聞 4月30日(木)8時0分配信

 ネパールの巨大地震で、被害の大きいカトマンズ近郊の山間部を調査した日本赤十字社の粉川(こかわ)直樹・国際支援統括監(62)が28日夜、毎日新聞の電話取材に応じた。元々、医療環境の悪い山間部では診療所にけが人が殺到し、治療が追いつかない状況という。日赤は30日、この地域に医師や看護師など十数人の保健医療チームを資機材とともに派遣する。

 粉川さんは地震発生翌日の26日に日赤の先遣隊としてカトマンズに入り、28日に車で2時間半かけてカトマンズの北東約60キロの川沿いの村メラムチを訪れた。この村では住宅の8割が倒壊しており、特に被害が甚大だとして、ネパール保健省から医療支援の要請があったという。

 村に1カ所しかない診療所は周辺地域を含め約2万5000人の人口を受け持つ。発生以降、約1000人が搬送された。「私がいる間にも、車や担架で次々と患者が運び込まれてきた」と粉川さん。診療所では医師2人、看護師6人が対応していたが、設備が貧弱なうえ、医薬品のほか傷口を縫う針や糸も足りず、医療器具の消毒さえままならない様子だったという。

 重傷の約300人はすでにヘリコプターでカトマンズに搬送された。患者のほとんどは地震の際に倒壊した家屋に挟まるなどして負傷しており、骨折した人も多数いた。待合室では何日も治療を待っている人も多かった。

 一方、カトマンズの6カ所の国立病院も患者であふれており、ネパール政府からは、手術を待つ重傷者が100人いる病院もあると説明を受けたという。粉川さんは「被害が広範囲にわたっており、長期的な支援が必要だ」と話した。【須田桃子】


ネパール地震 80時間ぶり男性救出 自衛隊、現地入りへ
産経新聞 4月30日(木)7時55分配信

 【カトマンズ=岩田智雄】ネパール中部で起きた大地震は29日、被災から5日目に入り、AP通信などによると死者数が周辺国を含めて5100人を超え、負傷者数は1万人に達した。各国の救助チームによる救出活動が続いており、日本の国際緊急援助隊の救助チームは29日、首都カトマンズで活動を本格化。自衛隊の先遣隊も同日中にも現地入りする予定だ。

 救出を待つ人の生存率が低下する72時間が過ぎたがAP通信によると、カトマンズで28日夜、倒壊した建物のがれきに閉じ込められていた男性(27)が約80時間ぶりに、フランスの救助隊に救出された。

 日本の援助隊の救助チームは29日、カトマンズを中心に捜索。医療チームも同日、カトマンズに到着した。

 カトマンズでは治安が悪化。被災住居からの略奪容疑などで数十人が拘束されたと報じられている。支援物資を求め、住民による抗議デモも散発しているもようだ。ネパール警察当局によると地震発生以来、40万人以上が首都を脱出した。

 山岳部では新たな雪崩の発生が伝えられており、依然として被害の全容把握が進んでいない地域もある。コイララ首相は犠牲者が「1万人に達する恐れがある」と語っている。


ネパール震源地近くの村 支援いまだ届かず「政府は助けてくれない」
産経新聞 4月30日(木)7時55分配信

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震源に近いネパール中部ゴルカ近郊のパスラン村で支援を待つ人々。がれきの下敷きになっている牛を掘り出す作業に追われた=29日(岩田智雄撮影)(写真:産経新聞)

 【ネパール中部パスラン村=岩田智雄】ネパールを襲った地震で、震源地近くの中部ゴルカ近郊のパスラン村では、住宅の大半が倒壊し、住民は野宿を強いられている。首都カトマンズからは車で約4時間。29日になっても支援の手はいまだに届いておらず、政府の対応に不満が高まっている。

 ラジュ・ラナマガルさん(32)は自宅が倒壊し、生後1カ月の息子を亡くした。農作業をしていて助けられなかったという。村は、民家21軒のうち19軒ががれきと化し、壊滅状態に陥った。ラナマガルさんは、「近隣から食料を分けてもらい、飢えをしのいでいるが、テントがなく野外での生活が続いている」と窮状を訴えた。息子の妻を亡くしたシェア・バハドル・タパマガルさん(66)は壊れた建物の前に座り込み、「政府からは何も届かない。埋まっている食べ物や衣服を取り出したいが、自力では無理だ」と肩を落とした。

 隣のリブ村も小学校や民家が倒壊した。自宅をなくしたラム・バハドル・バタライさん(45)は、「外国から支援が届いているのに、政府は私たちを少しも助けてくれない」と不満をもらした。

 一帯は、川を望む斜面に貧しい農家が並ぶ。内戦時代には、反政府武装勢力、ネパール共産党毛沢東主義派の影響力が強い地域だった。2006年の内戦終結後、毛派は初の制憲議会選で与党となったが、2回目の選挙では野党に転落。政府の支援が滞れば毛派が支持を広げる可能性もある。


ネパール大地震、自衛官も到着
2015年4月30日(木)7時54分配信 共同通信

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 30日、カトマンズの空港に到着し多くの物資を運ぶ国際緊急援助隊の自衛隊員(共同)

 【カトマンズ共同】ネパール大地震での医療活動のため、自衛隊で組織された国際緊急援助隊の先遣隊21人が29日深夜(日本時間30日未明)、首都カトマンズに到着した。

 自衛隊の医療援助隊長の中川博英1等陸佐はカトマンズ空港で記者団に対し「各国関係機関や各軍とよく連携を取りながらいい仕事をしていきたいと思っている」と強調。「(東日本)大震災などでも支援してきたので、心をしっかり伝えて行きたいなと思っている」と、これまでの経験を生かした活動に意欲を見せた。

 先遣隊は被害状況の確認を実施。残る主力の93人は現地での準備が整った後に派遣される。


日本の国際緊急援助隊
時事通信 4月30日(木)7時38分配信

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29日、大地震に見舞われたネパールの首都カトマンズで活動する日本の国際緊急援助隊・救助チーム。

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