« 宮城沖地震に関するニュース・1960,2015年4月7日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1961,2015年4月8日 »

2015年4月 7日 (火)

天皇皇后両陛下、8~9日にパラオを公式にご訪問 戦没者の慰霊

天皇皇后両陛下は、友好親善と戦後70年に当たり戦没者を慰霊するため、8~9日の日程でパラオを初めて公式にご訪問される。

両陛下は8日午前、羽田空港をチャーター機でご出発、同国到着後レメンゲサウ大統領夫妻と会見。夜には大東亜戦争の激戦地となったミクロネシア連邦、マーシャル諸島の大統領夫妻も参加するパラオ主催の晩さん会にご出席される。同夜は沖合に停泊する「あきつしま」に宿泊され、9日には巡視船からヘリコプターで激戦地・ペリリュー島に渡り、日本政府が建てた「西太平洋戦没者の碑」と米軍の慰霊碑をご訪問されたのち、同日夜にご帰国の予定。

リンク:待望の訪問、友好の乾杯=地元は歓迎ムード一色-パラオ - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下パラオご訪問 大統領夫妻とご会見 遺骨収集「加速させたい」の言葉に天皇陛下は「遺族の方が大変感謝されると思います」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ペリリュー島の子供たち、両陛下を「両国友好の証」の手作り横断幕で歓迎へ 日本人教諭と島民協力 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:説明を受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:ハゼの水槽を視察される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:陛下パラオご訪問 「訪問実現に感謝」十年来の宿願かなえられるご覚悟 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:戦前は南洋拠点の地=空襲で町が「火の玉」―コロール - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:花束を受け取られる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:子どもたちの歓迎を受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:パラオ大統領夫妻と会見される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大統領夫妻の出迎えを受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:出席者の紹介を受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:待望の訪問、友好の握手=現地は大歓迎―パラオ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:歓迎式典に臨まれる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:なお2600人分の遺骨…島民「早く日本へ」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下がパラオ到着 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<両陛下>パラオに到着 晩さん会に出席へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:陛下パラオご訪問 天皇陛下の羽田空港でのお言葉全文 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、パラオに到着=大統領と会見、晩さん会出席―初めて巡視船に宿泊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下を歓迎する横断幕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<天皇陛下>「悲しい歴史、決して忘れてはならない」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:安倍首相のあいさつを受けられる両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:お言葉を述べられる天皇陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「歴史を忘れてはならない」…両陛下がパラオへ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、パラオにご出発 「悲しい歴史、忘れてはならない」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、パラオ慰霊の旅へ出発 - 速報:@niftyニュース.
リンク:パラオへ出発される両陛下 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:菅官房長官「日程をつつがなくお過ごしを」 天皇、皇后両陛下のパラオご訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「悲しい歴史、決して忘れず」=両陛下、パラオへ出発―戦後70年で戦没者慰霊 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<両陛下>パラオへ出発 戦後70年「慰霊の旅」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<天皇、皇后両陛下>8日パラオへ出発 生還の元日本兵万感 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、きょうパラオへ…十数年来の希望で実現 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<パラオ>両陛下の訪問目前 日の丸が歓迎ムード盛り上げ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、8日にパラオ入り - 速報:@niftyニュース.

以下、参考のために同記事を引用

待望の訪問、友好の乾杯=地元は歓迎ムード一色-パラオ
2015年4月8日(水)21時9分配信 時事通信

Photo_32
晩さん会でパラオの伝統的なダンスを鑑賞される天皇、皇后両陛下=8日午後、パラオ・コロール島(代表撮影)

 【コロール時事】「パラオを訪問できて大変うれしい」。戦後70年の節目の年に、10年以上前から待ち望んだ訪問が実現した。終戦まで日本が約30年間統治し、太平洋戦争の激戦地となったパラオを8日、天皇、皇后両陛下が訪問された。「世界一の親日国」ともいわれる同国に初めて降り立ち、レメンゲサウ大統領夫妻と笑顔で杯を交わした。中心地コロールの市街地は歓迎ムード一色となった。
 両陛下は午後4時前、南国の熱気に包まれたパラオ国際空港に到着。空港での歓迎式典、大統領夫妻との会見の後、皇后さまは地元の小学校に通う女の子(11)からランの花束を渡され、にっこりほほ笑んだ。
 両陛下を乗せた車は、多くの日本国旗が風にたなびく「日本パラオ友好橋」を渡り、コロール市街地へ。「ようこそパラオへ!」などと書かれた横断幕も掲げられ、沿道では大勢の地元の人々が両国国旗の小旗を振って歓迎した。
 晩さん会ではパラオの伝統的な料理が振る舞われ、両陛下は隣国のミクロネシア連邦、マーシャル諸島を含めた3カ国の大統領夫妻と笑顔で記念撮影。レメンゲサウ大統領が日本語で「乾杯」と発声し、地元の女性たちが同国の伝統的な踊りを披露すると、両陛下は笑顔で拍手を送った。 


両陛下パラオご訪問 大統領夫妻とご会見 遺骨収集「加速させたい」の言葉に天皇陛下は「遺族の方が大変感謝されると思います」
産経新聞 4月8日(水)20時20分配信

 【コロール島(パラオ共和国)=伊藤真呂武】天皇、皇后両陛下は8日、戦後70年の節目に戦没者を慰霊するため、羽田発の民間チャーター機でパラオ共和国に入られた。海外での「慰霊の旅」は平成17年6月の米自治領サイパン島以来10年ぶり2度目。パラオご訪問は、天皇陛下が強く望みながら一度断念しており、十年来の宿願をかなえられた。

 両陛下は8日夕(日本時間同)、パラオ本島のパラオ国際空港にご到着。空港内でレメンゲサウ大統領夫妻と会見された。宮内庁によると、大統領は国を挙げた歓迎の意を示したのち、戦没者遺骨の収集を「加速させたい」と明言。約200カ所とされる戦後埋められた日本軍の洞窟や壕を「順次開けていきたい」と語った。天皇陛下は「遺族の方が大変感謝されると思います」と述べられた。

 パラオには日系人も多く、沿道には地元住民が多数並んで両国国旗を振って歓迎した。

 コロール島での歓迎行事には「アイランドフォーマル」と呼ばれる南国の礼装に合わせ、陛下は長袖シャツにスラックス、皇后さまはチュニックなどのクールビズでご臨席。パラオ側に招待された隣国のミクロネシア連邦のモリ大統領、マーシャル諸島共和国のロヤック大統領とも懇談し、続く晩(ばん)餐(さん)会では3大統領と席を並べられた。

 9日は日本軍約1万人、米軍約1700人が犠牲になったペリリュー島にヘリコプターでご移動。日本政府が建立した「西太平洋戦没者の碑」と近くにある米軍の慰霊碑に供花するなどし、帰国の途に就かれる。

 陛下は出発時、羽田で見送った安倍晋三首相らを前に同島での犠牲に触れ、「このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べられた。


ペリリュー島の子供たち、両陛下を「両国友好の証」の手作り横断幕で歓迎へ 日本人教諭と島民協力
産経新聞 4月8日(水)20時4分配信

Photo_27
天皇、皇后両陛下が9日に訪問されるペリリュー島のペリリュー小学校で、両陛下を歓迎する手づくりの横断幕を掲げる練習をする児童ら=8日午前、パラオ共和国・ペリリュー島(松本健吾撮影)(写真:産経新聞)

 【ペリリュー島(パラオ共和国)=今村義丈】天皇、皇后両陛下が9日に訪問されるペリリュー島では、地元の子供たちが歓迎の横断幕を作り上げ、8日にお迎えの練習を行った。ペリリュー小学校にボランティアで赴任中の愛知県の教諭、酒井大輔さん(30)の提案で保護者以外の島民も協力。子供たちは、両国協力の証となる横断幕を両陛下に見ていただくのを心待ちにしている。

 同小学校と幼稚園の子供約85人が手がけた横断幕は、横約3・7メートル、縦約1・4メートル。水色地に黄色い月のパラオ国旗の中に「Alii!」(パラオ語でこんにちは)など歓迎の言葉、日本国旗、友好の握手の手などが描かれ、島民が非公式ながらペリリュー州の花と呼ぶ桜もあしらった。酒井さんの提案で、空き缶などを集めて換金し、材料費にした。

 両陛下が通られる沿道で掲げ、代表の子供はご懇談にも同席予定。同小生徒会長のチャド・キム君(11)は「桜の色を一生懸命塗った。ようこその気持ちを伝えたい」、ニルブルント・アルラン校長(50)は「歴史的なご訪問を子供らが次の世代にも語り継いでほしい」と話した。


説明を受けられる両陛下
時事通信 4月8日(水)19時42分配信

Photo_26
パラオ国際サンゴ礁センターで、大水槽のサンゴ礁などの説明を受けられる天皇、皇后両陛下=8日午後、パラオ・コロール


ハゼの水槽を視察される両陛下
時事通信 4月8日(水)19時42分配信

Photo_25
パラオ国際サンゴ礁センターで、ハゼの水槽を視察される天皇、皇后両陛下=8日午後、パラオ・コロール


陛下パラオご訪問 「訪問実現に感謝」十年来の宿願かなえられるご覚悟
産経新聞 4月8日(水)19時13分配信

 戦後70年での戦没者慰霊のため、パラオ共和国を8日に訪問された天皇、皇后両陛下。天皇陛下は出発前、「この訪問の実現に向け、関係者の尽力を得たことに対し、深く感謝の意を表します」と述べられた。このお言葉には、厳しい条件を受け入れつつ十年来の宿願をかなえられることへの覚悟が込められている。

 戦後50年の平成7年に長崎、広島、沖縄、東京・下町をめぐる「慰霊の旅」を果たした後、陛下は側近に「今度は南洋に慰霊に行きたい」と相談された。慰霊の旅を終えた感想の中でも「遠い異郷」との言葉で、海外での戦没者や遺族への強い思いを示された。

 南洋の地として、日本の委任統治領だったパラオ、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国の3カ国が検討されたが、移動手段の問題などで断念。両陛下は平成17年6月、米自治領サイパン島で初めて海外での慰霊を果たされた。

 ただ、宮内庁幹部は「サイパンで海外での慰霊を済まされたということはない。両陛下のお気持ちに終点はない」という。別の側近も「パラオを含む南洋への慰霊のお気持ちはこの10年の間、弱まることがなかった」と打ち明ける。

 1月にパラオご訪問が正式決定すると、防衛省や厚生労働省の担当者から戦禍や遺骨収集の現状について改めて説明を受けられた。出発前のお言葉では「美しい島々」と「悲しい歴史」を対比、戦争の悲惨さを忘れないよう訴えられた。

 さらに、米国側の戦没者にも思いを寄せるとともに、パラオの人々が日本の遺族に代わり、慰霊碑の清掃や遺骨収集に尽力してくれたことにも謝意を伝えられた。移動の問題をクリアするため、異例の宿泊先として海上保安庁の巡視船を活用することも「関係者の尽力」に含まれるだろう。

 「一度口にされたことは、必ず実行される。パラオご訪問は、両陛下のお姿そのものだ」。側近の一人はこう強調した。


戦前は南洋拠点の地=空襲で町が「火の玉」―コロール
時事通信 4月8日(水)18時10分配信

 天皇、皇后両陛下が8日訪問されたパラオの中心地コロールは、日本統治下だった太平洋の島々を管轄した南洋庁が置かれた拠点の地で、沖縄などから多くの日本人が移り住んだ。太平洋戦争中、ペリリュー島のような大規模な戦闘はなかったが、米軍による空襲で大きな被害を受けた。
 開戦当初から、旧日本軍はパラオを南方進出のための足場として使用し、フィリピンやニューギニアなどの攻略を図った。
 1944年3月、米軍は航空機による大規模な攻撃を実施。町は激しく燃え上がり、当時を知るマリヤ・アサヌマさん(85)は「コロールが火の玉になった」と振り返る。同年7月の空襲で自宅に爆弾が落ちてめちゃめちゃになったが、家族と防空壕(ごう)にいて助かった。
 戦争が激しくなり、コロールのほか、ペリリュー島の住民たちもパラオ本島へ疎開した。待っていたのは食糧難。パラオ人と違い、ジャングルで食べる物がどこにあるかを知らない日本人の餓死が相次いだ。アサヌマさんも、日本兵が木の下に座ったまま亡くなっていたとの目撃談を聞いた。
 ニナ・アントニオさん(83)はある日、畑の作物を取りに行くと、家の小屋に日本兵の姿を見つけた。やせ果て、家族の写真を柱に立てかけ、座っていた。「兵隊さん、バナナをどうぞ」と渡そうとしたが、「私はもう助からない。あなたたちの分が減る」と受け取らず、次の日小屋に行くと姿はなかった。
 戦時中の苦しい中、パラオの青年たちは「斬り込み隊」という部隊を結成。米軍が上陸したら、日本の兵隊と一緒に戦う準備をしていたという。
 両陛下の訪問について、アサヌマさんは「コロールでもたくさんの日本の兵隊が死んだから、天皇陛下が来るのはいいことだ」と語った。アントニオさんは「学校で毎朝、『私どもは天皇陛下の赤子(せきし)です』と言っていたので、天皇陛下を一度見てみたい」と話した。


花束を受け取られる両陛下
時事通信 4月8日(水)18時3分配信

Photo_24
パラオ国際空港に到着し、地元の子どもから花束を受け取られる天皇、皇后両陛下=8日午後(代表撮影)


子どもたちの歓迎を受けられる両陛下
時事通信 4月8日(水)18時3分配信

Photo_23
パラオ国際空港に到着し、地元の子どもたちの歓迎を受けられる天皇、皇后両陛下=8日午後(代表撮影)


パラオ大統領夫妻と会見される両陛下
時事通信 4月8日(水)17時58分配信

Photo_22
パラオ国際空港で、レメンゲサウ大統領夫妻と会見される天皇、皇后両陛下=8日午後(代表撮影)


大統領夫妻の出迎えを受けられる両陛下
時事通信 4月8日(水)17時58分配信

Photo_21
パラオ国際空港に到着され、レメンゲサウ大統領(左から2人目)夫妻の出迎えを受けられる天皇、皇后両陛下=8日午後(代表撮影)


出席者の紹介を受けられる両陛下
時事通信 4月8日(水)17時46分配信

Photo_20
パラオ国際空港に到着され、パラオのレメンゲサウ大統領(右端)から歓迎式典出席者の紹介を受けられる天皇、皇后両陛下=8日午後(代表撮影)


待望の訪問、友好の握手=現地は大歓迎―パラオ
時事通信 4月8日(水)17時38分配信

 【コロール時事】戦後70年の節目の年に、10年以上前から待ち望んだ訪問が実現した。終戦まで日本が約30年間統治し、太平洋戦争の激戦地となったパラオを8日、天皇、皇后両陛下が訪問された。「世界一の親日国」ともいわれる同国に初めて降り立ち、レメンゲサウ大統領夫妻と笑顔で握手を交わした。中心地コロールの市街地は歓迎ムード一色に包まれた。
 日本を出発した両陛下は午後4時前、南国の熱気に包まれたパラオ国際空港に到着。大統領夫妻の出迎えを受けた。空港での歓迎式典、大統領夫妻との会見の後、地元の小学校に通う女の子(11)から花束を渡された皇后さまは、にっこりほほ笑んだ。
 両陛下を乗せた車は、多くの日本国旗が風にたなびく「日本パラオ友好橋」を渡り、コロール市街地へ。「ようこそパラオへ! 」などと書かれた横断幕も掲げられ、沿道では大勢の地元の人々が両陛下に両国国旗の小旗を振って歓迎した。 


歓迎式典に臨まれる両陛下
時事通信 4月8日(水)17時30分配信

Photo_18
パラオ国際空港に到着し、レメンゲサウ大統領(右から2人目)夫妻と歓迎式典に臨まれる天皇、皇后両陛下=8日午後、代表撮影


なお2600人分の遺骨…島民「早く日本へ」
読売新聞 4月8日(水)17時26分配信

Photo_17
多くの日本兵が戦い、戦死した壕の脇には慰霊碑が立ち、今も日本人が訪れる(3月3日)

 天皇、皇后両陛下が9日に訪問されるパラオ・ペリリュー島では、太平洋戦争で犠牲になった日本兵ら約1万人のうち、約2600人分の遺骨が今も見つかっていない。

 「一日も早く、戻るべき故郷に帰してあげたい」と収集作業に協力してきた島民らは、両陛下の訪問が収集を加速させるきっかけになればと願う。

 「激しい戦いだったことは、島の変わりようからも分かった」。島で民宿を営むマユミ・シノヅカさん(77)は、70年前の故郷の様子を振り返る。

 日本人の父、パラオ人の母を持つ日系2世。1944年9月に島で戦闘が始まる前、パラオ本島に一家で疎開して難を逃れた。戦後に戻った故郷は、生い茂っていた木々が焼き尽くされ、サンゴ礁の白い地面がむき出しになっていた。

 守備隊が島に張り巡らせ、2か月以上にわたって戦った壕(ごう)には、日本兵の亡きがらがそのままになっていた。

 70年代に入ると、日本から慰霊や遺骨収集に訪れる人が増え、受け入れ先として民宿を始めた。壕の前で号泣し、宿舎でも涙が乾かない遺族らを見て、「私も日本人。だから悲しくなった」と深く同情した。

 2012年12月に島を襲った大型の台風で、民宿と自宅が全壊した。それでも「遺族のために」と、民宿の再建を優先させた。「慰霊に訪れる人がいなくなるまで民宿は続ける」。シノヅカさんはそう決めている。


両陛下がパラオ到着
2015年4月8日(水)17時23分配信 共同通信

Photo_16
 パラオ国際空港に到着し、歓迎式典の出席者と笑顔で握手される天皇、皇后両陛下。右端はパラオのレメンゲサウ大統領=8日(共同)

 【パラオ共同】天皇、皇后両陛下は8日午後、太平洋戦争の戦没者を慰霊するため、パラオに到着された。訪問は初めて。夜にはパラオ政府が中心地コロールで主催した晩さん会に出席し、天皇陛下があいさつ。平和への決意を新たにする。

 両陛下は9日、日本軍約1万人がほぼ全滅した激戦地ペリリュー島へ渡り、日米双方の慰霊碑に供花して拝礼し、戦没者を悼む。両陛下が慰霊目的で海外訪問するのは、戦後60年の米自治領サイパン以来、2度目。

 両陛下は8日午後4時ごろ、民間チャーター機でバベルダオブ島のパラオ国際空港に到着し、出迎えたレメンゲサウ大統領夫妻と会見。


<両陛下>パラオに到着 晩さん会に出席へ
毎日新聞 4月8日(水)17時20分配信

Photo_19
パラオ国際空港に到着し、地元の子どもから花束を受け取られる天皇、皇后両陛下=2015年4月8日午後4時50分(代表撮影)

 【パラオ古関俊樹】天皇、皇后両陛下は8日午後4時ごろ(日本時間同)、太平洋戦争の激戦地だったパラオ共和国に到着された。夜には同国主催の晩さん会に出席する。


陛下パラオご訪問 天皇陛下の羽田空港でのお言葉全文
産経新聞 4月8日(水)16時51分配信

Photo_8
羽田空港の貴賓室から車に乗り込まれる天皇、皇后両陛下=8日午前、羽田空港(大山文兄撮影)(写真:産経新聞)

 天皇陛下はパラオ共和国訪問にあたり、羽田空港でお言葉を述べられた。

     ◇

 本年は戦後七十年に当たります。先の戦争では、太平洋の各地においても激しい戦闘が行われ、数知れぬ人命が失われました。祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々のことが深く偲(しの)ばれます。

 私どもはこの節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。

 パラオ共和国は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国と共に、第一次世界大戦まではドイツの植民地でしたが、戦後、ヴェルサイユ条約及び国際連盟の決定により、我が国の委任統治の下に置かれました。そしてパラオには南洋庁が置かれ、我が国から多くの人々が移住し、昭和十年頃には、島民の数より多い五万人を超える人々が、これらの島々に住むようになりました。

 終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約一万人、米軍は約千七百人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います。

 この度のパラオ共和国訪問が、両国間にこれまで築かれてきた友好協力関係の、更なる発展に寄与することを念願しています。私どもは、この機会に、この地域で亡くなった日米の死者を追悼するとともに、パラオの国の人々が、厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後に、慰霊碑や墓地の清掃、遺骨の収集などに尽力されてきたことに対し、大統領閣下始めパラオ国民に、心から謝意を表したいと思っております。

 この訪問に際し、ミクロネシア連邦及びマーシャル諸島共和国の大統領御夫妻が私どものパラオ国訪問に合わせて御来島になり、パラオ国大統領御夫妻と共に、ペリリュー島にも同行してくださることを深く感謝しております。

 終わりに、この訪問の実現に向け、関係者の尽力を得たことに対し、深く感謝の意を表します。


両陛下、パラオに到着=大統領と会見、晩さん会出席―初めて巡視船に宿泊
時事通信 4月8日(水)15時59分配信

 【コロール時事】天皇、皇后両陛下は8日午後(日本時間同)、羽田空港発のチャーター機でパラオ国際空港に到着された。戦後70年の戦没者慰霊と友好親善を目的とした訪問で、空港ではレメンゲサウ大統領夫妻が出迎えた。
 両陛下は9日、太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島に渡り、日米双方の慰霊碑に供花。同日夜、帰国する。
 午後4時ごろ到着した両陛下は空港で歓迎式典に臨んだ後、貴賓室で大統領夫妻と会見した。空港を出発する際は、地元の小学生が小旗を振って歓迎した。
 両陛下は続いて中心地コロールにあるパラオ国際サンゴ礁センターを訪問する。
 夜はガラマヨン文化センターで同国主催のレセプションと晩さん会に出席。これに先立ち、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島も交えた3カ国の大統領夫妻と懇談する。
 晩さん会終了後はコロール沖に停泊する海上保安庁の巡視船「あきつしま」に初めて宿泊する。  


両陛下を歓迎する横断幕
時事通信 4月8日(水)14時33分配信

Photo_14
天皇、皇后両陛下を歓迎するため掲げられた横断幕=8日午後、パラオのコロール
(時事通信社)


<天皇陛下>「悲しい歴史、決して忘れてはならない」
毎日新聞 4月8日(水)13時14分配信

Photo_15
パラオへ出発される天皇、皇后両陛下=羽田空港で2015年4月8日午前11時16分、山本晋撮影

 「私は戦争のない時を知らないで育ちました」

 天皇陛下は、即位10年の記者会見で、幼い頃の記憶が日中戦争の導火線となった盧溝橋(ろこうきょう)事件が起きた3歳から始まり、戦火の中で子供時代を過ごしたと述べられた。終戦までの8年間は栃木・奥日光などへ疎開し、疎開先から列車で原宿駅に降り立った時、目の前に広がった一面の焼け野原が強烈な印象として残っていると話したこともある。

 日本人が忘れてはならない日として、陛下は終戦記念日、広島と長崎に原爆が投下された日とともに、国内で唯一地上戦となった沖縄戦が事実上終結した「沖縄慰霊の日」の四つを挙げる。そして、戦後60年時のサイパンや今回のパラオなど日本人が多数犠牲になった海外の地での慰霊は陛下にとって、長年の課題になっていた。

 「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」。羽田空港からの出発に当たり、陛下は、慰霊とともに自身がこだわってきた戦争の記憶を伝え続けることの重要さも語った。

 来月下旬には10万人以上が亡くなった東京大空襲の犠牲者慰霊のために東京の下町を訪問。6月には、戦時中、魚雷攻撃などで沈没した民間船2500隻約6万人の船員を祭る「戦没船員の碑」(神奈川県横須賀市)に拝礼する。それは、平和を祈念し慰霊の旅を今後も続けるという天皇、皇后両陛下の思いの表れでもある。【大久保和夫】


安倍首相のあいさつを受けられる両陛下
時事通信 4月8日(水)12時28分配信

Photo_10
パラオ訪問を前に、空港の貴賓室で安倍晋三首相(左端)のあいさつを受けられる天皇、皇后両陛下=8日午前、東京・羽田空港
(時事通信社)


お言葉を述べられる天皇陛下
時事通信 4月8日(水)12時18分配信

Photo_9
パラオ訪問を前に、空港の貴賓室でお言葉を述べられる天皇陛下と皇后さま=8日午前、東京・羽田空港
(時事通信社)


「歴史を忘れてはならない」…両陛下がパラオへ
読売新聞 4月8日(水)12時18分配信

Photo_13
パラオに向けて出発される天皇、皇后両陛下(8日午前11時16分、羽田空港で)=清水健司撮影

 天皇、皇后両陛下は8日午前、太平洋戦争の激戦地、西太平洋パラオに向けて東京・羽田を出発された。

 戦後70年の「慰霊の旅」で、両陛下の強い希望で実現。出発前のあいさつで、天皇陛下は、9日に訪問するパラオ・ペリリュー島で、日米合わせて約1万2000人が戦死したことなどに触れ、「太平洋に浮かぶ美しい島々で、悲しい歴史があったことを私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べられた。

 出発行事は午前11時頃から羽田空港の貴賓室で行われ、皇太子さまと秋篠宮さま、安倍首相ら三権の長が出席。天皇陛下は、戦後70年の節目に南洋の地に向かう思いを、「祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々のことが深くしのばれます。戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ訪問いたします」と語られた。

 パラオが第1次大戦後、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島と共に日本の委任統治下に置かれ、多くの日本人が入植した歴史にも言及。パラオの人々が厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後、日本人遺族が現地に建てた慰霊碑の清掃や、遺骨収集に尽力してくれたことに対し、「心から謝意を表したい」と述べられた。

 安倍首相は「今回の訪問は、戦争で亡くなられた人を慰霊し、日本とパラオの友好親善の上で意義深い」と見送りの言葉を述べた。

 両陛下は午前11時29分に民間のチャーター機で羽田を出発。4時間半の飛行の後、パラオに入られる。この日はレメンゲサウ大統領夫妻との会見や歓迎晩餐会(ばんさんかい)に出席。夜はコロール島沖合に停泊する海上保安庁の大型巡視船に宿泊される。

 9日は、ペリリュー島で日米の慰霊碑に供花し、平和を祈願される。同日夜、空路で帰国される。


両陛下、パラオにご出発 「悲しい歴史、忘れてはならない」
産経新聞 4月8日(水)12時13分配信

Photo_8
羽田空港の貴賓室から車に乗り込まれる天皇、皇后両陛下=8日午前、羽田空港 大山文兄撮影(写真:産経新聞)

 天皇、皇后両陛下は8日午前、戦後70年の節目に戦没者を慰霊するため、羽田空港発の民間チャーター機でパラオ共和国に向けて出発された。慰霊目的での海外ご訪問は、平成17年6月の米自治領サイパン島以来で10年ぶり2度目。

 天皇陛下は羽田空港で見送った安倍晋三首相らに、9日に訪問する同国ペリリュー島で日本軍約1万人、米軍約1700人が犠牲になったことに触れ、「このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べられた。

 8日夕にパラオ本島の空港に到着し、空港内でパラオのレメンゲサウ大統領とご会見。その後、パラオと同じ日本の委任統治領として戦禍に遭ったミクロネシア連邦とマーシャル諸島共和国の両大統領と懇談し、晩(ばん)餐(さん)会でも同席される。

 9日には、宿泊先の海上保安庁の巡視船からヘリコプターでペリリュー島にご移動。島南端に日本政府が建立した「西太平洋戦没者の碑」と近くにある米軍の慰霊碑に供花し、追悼の祈りをささげられる。

 両陛下ご訪問を前に訪島した生還者の元海軍上等水兵、土田喜代一さん(95)らとも面会される。


両陛下、パラオ慰霊の旅へ出発
2015年4月8日(水)12時3分配信 共同通信

Photo_7
 パラオに出発される天皇、皇后両陛下=8日午前、羽田空港

 天皇、皇后両陛下は8日午前、戦没者を慰霊するため、羽田発の民間チャーター機で太平洋の島国パラオへ初めて出掛けられた。戦後70年の「慰霊の旅」として、太平洋戦争の激戦地となったペリリュー島で9日、日米双方の慰霊碑に供花し、拝礼する。

 天皇陛下は、出発に先立って空港の貴賓室で催された行事であいさつ。ペリリュー島で日本軍の守備隊約1万人が戦死し、米軍にも多数の犠牲が出たことに触れ「悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と平和への思いを述べた。

 両陛下が戦没者慰霊を目的として海外を訪問するのは、戦後60年のサイパン以来、2度目。


パラオへ出発される両陛下
時事通信 4月8日(水)12時0分配信

Photo_6
パラオへ向け出発するため、空港の貴賓室を出られる天皇、皇后両陛下=8日午前、東京・羽田空港
(時事通信社)


菅官房長官「日程をつつがなくお過ごしを」 天皇、皇后両陛下のパラオご訪問
産経新聞 4月8日(水)11時59分配信

 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は8日午前の記者会見で、天皇、皇后両陛下のパラオ共和国ご訪問について「両陛下が日程をつつがなくお過ごしの上、帰国されることをお祈りする」と述べた。


「悲しい歴史、決して忘れず」=両陛下、パラオへ出発―戦後70年で戦没者慰霊
時事通信 4月8日(水)11時46分配信

 天皇、皇后両陛下は8日午前、戦後70年の戦没者慰霊と友好親善でパラオを公式訪問するため、羽田空港発のチャーター機で同国へ向け出発された。慰霊を主目的とした外国訪問は戦後60年のサイパン以来2度目。
 空港の貴賓室で行われた出発行事で、天皇陛下はパラオのペリリュー島で激しい戦闘が行われたことに触れ、「太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べた。
 空港では皇太子さまや秋篠宮さま、安倍晋三首相夫妻らが見送った。
 宮内庁によると、両陛下は先月下旬から風邪の症状が続いていたがほぼ回復し、体調面で大きな心配はないという。 


<両陛下>パラオへ出発 戦後70年「慰霊の旅」
毎日新聞 4月8日(水)11時31分配信

 天皇、皇后両陛下は8日午前、羽田空港から民間のチャーター機でパラオ共和国に向けて出発された。戦後70年の節目にあたり、両陛下の強い思いから実現した「慰霊の旅」で、9日には太平洋戦争で日米合わせて約1万2000人が犠牲になった同国のペリリュー島を訪問。同日夜に帰国する。

 午前11時から空港の貴賓室で行われた出発行事には、皇太子さまと秋篠宮さま、安倍晋三首相らが参加。天皇陛下は「終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います」と述べた。

 両陛下は到着後、同国のレメンゲサウ大統領夫妻と会見する他、戦争で多くの日本人が命を落としたミクロネシア連邦とマーシャル諸島の大統領夫妻とも懇談する。夜は海上保安庁の巡視船「あきつしま」に宿泊。9日にはヘリコプターでペリリュー島に渡り、「西太平洋戦没者の碑」などを訪問する。【古関俊樹、大久保和夫】

 ◇天皇陛下のおことば

 本年は戦後70年に当たります。先の戦争では、太平洋の各地においても激しい戦闘が行われ、数知れぬ人命が失われました。祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々のことが深く偲(しの)ばれます。

 私どもはこの節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。

 パラオ共和国は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国と共に、第一次世界大戦まではドイツの植民地でしたが、戦後、ベルサイユ条約及び国際連盟の決定により、我が国の委任統治の下に置かれました。そしてパラオには南洋庁が置かれ、我が国から多くの人々が移住し、昭和10年ごろには、島民の数より多い5万人を超える人々が、これらの島々に住むようになりました。

 終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約1万人、米軍は約1700人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います。

 この度のパラオ共和国訪問が、両国間にこれまで築かれてきた友好協力関係の、更なる発展に寄与することを念願しています。私どもは、この機会に、この地域で亡くなった日米の死者を追悼するとともに、パラオの国の人々が、厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後に、慰霊碑や墓地の清掃、遺骨の収集などに尽力されてきたことに対し、大統領閣下はじめパラオ国民に、心から謝意を表したいと思っております。

 この訪問に際し、ミクロネシア連邦及びマーシャル諸島共和国の大統領ご夫妻が私どものパラオ国訪問に合わせてご来島になり、パラオ国大統領ご夫妻と共に、ペリリュー島にも同行してくださることを深く感謝しております。

 終わりに、この訪問の実現に向け、関係者の尽力を得たことに対し、深く感謝の意を表します。


<天皇、皇后両陛下>8日パラオへ出発 生還の元日本兵万感
毎日新聞 4月8日(水)5時0分配信

 天皇、皇后両陛下は8日午前、太平洋戦争の激戦地だったパラオ共和国に向けて出発される。戦闘に参加した元日本兵の関係者らの多くは、日本に残って両陛下の訪問を見守るが、約1万人が犠牲になったペリリュー島での戦闘を生き延びた大阪市西淀川区の杉村武雄さん(93)もその一人だ。「仲間たちは国のために戦った。今回の訪問で魂が休まれば」と期待する。

 杉村さんが徴兵を受けたのは国鉄(現JR)に勤務していた1940年。太平洋戦争が始まる前年だった。旧満州(現中国東北部)で国境警備の任務にあたった後、ペリリュー島に派遣された。

 44年9月15日、米軍はオレンジビーチから上陸を開始。海上に並んだ戦艦からは砲撃を受け、移動中だった杉村さんは池に飛び込んで隠れた。しかし外の仲間は「天皇陛下ばんざーい」「おかあさーん」などと叫びながら次々と倒れていったという。

 上官からの指令は「1カ月、この島を持たせてくれ」。洞窟やマングローブ林で籠城(ろうじょう)しながら抗戦を続けた。水はスコールを水筒に集めて飲み、カタツムリを捕って食べた。「何が何でも生き抜く」という一心だった。

 戦闘開始から1カ月半が経過したとき、仲間と別の島に泳いで脱出を図った。途中、水陸両用戦車に乗った米兵に見つかって仲間が撃たれ、肩を組んで支えたが、一緒に海中に沈んだ。その後気を失ったが、気がつくと米軍の戦車の中だった。捕虜となり米国内の収容所を転々とし、終戦から2年後、復員した。

 帰国以降は大工の仕事に追われ、パラオの土を踏んだことはないが、40年近く自宅の仏壇でお経を読み、仲間の冥福を祈り続けてきた。

 杉村さんは「死んだ後、米軍に穴に埋められた仲間は遺骨も帰ってきていない。両陛下の訪問で、仲間の冥福を祈ってきた自分の役目が全うできたような気持ち」と語る。両陛下の動静は新聞で見守るつもりだ。【古関俊樹】


両陛下、きょうパラオへ…十数年来の希望で実現
読売新聞 4月8日(水)0時11分配信

Photo
読売新聞

 戦後70年の「慰霊の旅」として、天皇、皇后両陛下は8~9日、太平洋戦争の激戦地、西太平洋のパラオを訪問される。

 戦没者慰霊を目的とした海外訪問は戦後60年の米自治領サイパン以来2回目。日米両軍約1万8000人が戦死したパラオ訪問は、両陛下の十数年来の希望で実現する。

 パラオでは、1944年、南方のペリリュー島などで激しい地上戦が行われた。今回の訪問は、海上保安庁の巡視船に宿泊するなど異例の態勢となる。両陛下は8日にパラオに到着。中心地コロールでレメンゲサウ大統領夫妻、さらにパラオと同じ委任統治領だったミクロネシア連邦、マーシャル諸島の両国大統領夫妻も合流して懇談。9日にペリリュー島で日米の慰霊碑の前で追悼される。3か国の大統領夫妻も同行する。

 両陛下は3月下旬から風邪の症状が続いていたが、宮内庁によると、「大きな心配はない」という。


<パラオ>両陛下の訪問目前 日の丸が歓迎ムード盛り上げ
毎日新聞 4月7日(火)20時54分配信

Photo_4
天皇、皇后両陛下の訪問を歓迎するため、街の中心部の通りに日の丸を掲げる人たち=パラオ・コロール島で2015年4月7日午後2時58分、長谷川直亮撮影

 【コロール(パラオ)真鍋光之】パラオの国内各地では両陛下を迎える準備が進み、歓迎ムードが高まっている。7日は両陛下が特別機で到着されるパラオ国際空港や晩さん会会場のガラマヨン文化センター周辺道路に日の丸が掲げられた。

 空港では、パラオ政府職員が高所作業車で各所を回り、ポールなどに日の丸を取り付ける作業に追われた。政府職員のチェクリー・エリクソンさん(24)は「訪問はパラオ国民にとって光栄。できれば一緒に写真を撮りたい」。主要都市コロールの繁華街などと合わせ100本を掲げるといい、作業をしていたチバ・リーさん(55)は「両国の友好関係がさらに高まる」と話した。

 9日の訪問先のペリリュー島では、穴が目立っていた主要道路の道幅が広げられ、舗装も行われた。ペリリュー小学校の児童らが横断幕を作って両陛下を歓迎するといい、前駐日パラオ大使のミノル・ウエキさん(84)は「準備は進んでいるが緊張もしてきたね」と笑った。


両陛下、8日にパラオ入り
2015年4月7日(火)16時53分配信 共同通信

Photo_3
 パラオ・ペリリュー島で天皇、皇后両陛下が供花、拝礼される「西太平洋戦没者の碑」(中央)=3月24日(チャーターヘリから・共同)

 戦後70年の節目に戦没者を慰霊するため、天皇、皇后両陛下は8日に日本をたち、太平洋戦争で日米が激戦を交わしたパラオを初めて訪問される。1泊2日の日程で、ペリリュー島にある日米双方の慰霊碑で花をささげ、平和への思いを示す。

 1944年のペリリュー島の戦いでは、日本軍の守備隊約1万人がほぼ全滅し、米軍の死者も約1600人に上った。同様に激しい戦闘が繰り広げられたアンガウル島も海を隔てて望む地を訪れ、犠牲者をしのぶ。

 両陛下は8日午前、羽田空港を民間チャーター機で出発。夜には中心地コロールでパラオ政府が主催する晩さん会に出席し、あいさつをする。

« 宮城沖地震に関するニュース・1960,2015年4月7日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1961,2015年4月8日 »

ニュース」カテゴリの記事

国家・元首・国事」カテゴリの記事

歴史・故事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566606/61404785

この記事へのトラックバック一覧です: 天皇皇后両陛下、8~9日にパラオを公式にご訪問 戦没者の慰霊:

« 宮城沖地震に関するニュース・1960,2015年4月7日 | トップページ | 宮城沖地震に関するニュース・1961,2015年4月8日 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30