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2015年3月22日 (日)

宮城沖地震に関するニュース・1944,2015年3月22日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:宮城・石巻の被災小学校で閉校式 - 速報:@niftyニュース.
リンク:原発避難世帯対象保育施設・米沢「光」が閉園 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東松島への東京・大田区からのバスツアー終了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:広島大生の亘理・仮設への交流会終了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:小牛田駅でも横断幕で祝う 石巻線全線再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「いつまで来られるか」中間貯蔵予定地の彼岸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<まちびらき>女川・中心市街地、未来へ再出発 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島県>全町避難自治体の一つ「職員2割うつ」判断 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<まちびらき>女川・石巻線全線再開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<まちびらき>女川に「笑顔」到来 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1汚染水対策、凍土壁見直し要請へ 規制委検討会 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:JR石巻線4年ぶり全線再開 復興行き出発、笑顔運ぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1で枯れ草が焼ける - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新女川駅“出発進行”!震災から4年 石巻線が全盛復旧 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

宮城・石巻の被災小学校で閉校式
2015年3月22日(日)21時44分配信 共同通信

 東日本大震災で被災した宮城県石巻市立門脇小の閉校式が22日、教室を間借りしてきた同市立門脇中の体育館であり、児童や卒業生ら約600人が母校との別れを惜しんだ。

 門脇小周辺は震災で大きな被害を受け、児童数が震災前の約3分の1にまで減少。今年4月から同市立石巻小に統合されることが決まっており、1873年の創立から142年の歴史に幕を閉じる。

 代表であいさつした6年尾形凌太君(12)は「震災はつらかったけど、今度は自分たちが人々を守り、支えていこうと強く感じた。ありがとう門脇小、さようなら」と力強く述べた。


原発避難世帯対象保育施設・米沢「光」が閉園
河北新報 3月22日(日)15時30分配信

  福島第1原発事故の影響で米沢市に避難する就学前児童を対象とした興道南部保育園分園「光」が、利用世帯の帰還に伴う在園児の減少などにより31日付で閉園する。閉園式を兼ねた修了式が21日あった。

  光は2012年1月、市が、解体予定だった市立保育園の建物に耐震補強を施し、山形県内初となる避難者専用の保育施設として開設。社会福祉法人米沢仏教興道会に運営を委託した。当初は30人が利用したが、13年度は20人、本年度は0~4歳の17人となった。

  市によると、保護者への聞き取りで、ほとんどが米沢への定住を考えており、住まいや勤務先に近い保育所や幼稚園の利用を希望しているため、閉園を決めたという。

  園児や保護者ら計約50人が出席した式で菊池道喜園長が園児一人一人に修了証書を手渡し「他に移っても元気に過ごしてください」と話した。福島市から避難し2人の子どもが通った会社員渡辺純さん(43)は「先生や友達に恵まれ子どもたちは有意義に過ごせた。閉園はさびしいが思い出は一生の宝になる」と感謝の言葉を述べた。

  園児たちがお別れの童謡を披露、保護者たちは涙ぐみながら撮影していた。

  山形県の調べでは、福島県から米沢市への避難者は19日現在、1051人。


東松島への東京・大田区からのバスツアー終了
河北新報 3月22日(日)15時30分配信

  東日本大震災で大きな被害を受けた東松島市東名地区に2011年からボランティアを派遣してきた東京都大田区のバスツアーが終了した。最後のツアーに合わせて交流会が企画され、住民とボランティアが絆を確かめ合った。

  ツアーは大田区被災地支援ボランティア調整センターが運営。11年6月に3日に1回のペースで派遣を始めた。徐々に間隔を開け、昨年からは月1回となった。参加者は延べ約1万2000人に上った。

  定期的なボランティアは復旧・復興に大きな力となった。当初の泥かき、がれき撤去から被災跡地の草刈りなど時期に応じて幅広い活動を展開。最近は被災者向けの健康教室を開くなど心身のケアを重視してきた。

  交流会は今月14日、東名地区ふれあいセンターであった。33人のボランティアが訪れ、11年8月に初めて開いた交流会と同じメニューの焼きそばを振る舞った。住民は約4年間の活動に感謝の気持ちを込め、雑煮などでもてなした。

  地元から要請があれば、これからもボランティアを派遣するという。被災地を視察したり住民の体験を聞いたりするため昨年夏に始まった「防災塾」のツアーは継続される。

  ボランティア調整センターの小野紀之事務局長は「支援の場から今後は震災を学ぶ場として、東松島市民と交流を続けていきたい」と話した。


広島大生の亘理・仮設への交流会終了
河北新報 3月22日(日)15時30分配信

  広島大の学生ボランティア団体「オペレーションつながり」が亘理町の仮設住宅で定期開催してきた交流会が17回目で終了した。励ましてきた東日本大震災の被災者の暮らし再建が進んできたため。学生たちは住民に別れを告げ、地元の高校生に今後を託した。

  交流会は震災半年後の2011年9月から、旧舘仮設住宅(96戸)の集会所で続けてきた。最終回の14日には学生7人と亘理高生や卒業生25人が住民ら約30人と食事を共にし、3年半の活動を写真で振り返ることができる記念のフォトブックを一緒に作った。

  3年半で延べ200人の学生が訪れ、手芸や流しそうめんなどのイベントを実施。高齢世帯を回って部屋の清掃にも当たった。

  元住民で災害公営住宅から駆け付けた町臨時職員青田辰子さん(62)は「学生たちは住民に優しく接してくれた。訪れるのをみんな楽しみにしていた」と感謝する。

  仮設には現在、38世帯が入居。震災から4年を経て当初から大きく減った。町の災害公営住宅の整備は今夏までに全て完了し、転出は一層加速する。

  交流会のプロジェクトリーダーを務めた広島大2年鬼村直生(なおき)さん(20)は「住民の皆さんの生活再建が進むのはいいこと。でもさみしさがこみ上げる」と心境は複雑だ。

  活動は地元の亘理高生徒会などの有志が受け継ぐ。鬼村さんは「住民が最後の一人になるまで頑張ってほしい。この経験はきっと将来に生きる」とエールを送った。生徒会長の2年猪瀬光生(こうき)君(17)は「相手の気持ちを考えて接する先輩たちを見習いたい」と誓った。


小牛田駅でも横断幕で祝う 石巻線全線再開
河北新報 3月22日(日)14時25分配信

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横断幕を掲げ、手を振って女川行きの列車を見送る鉄道OBや商工会女性部員ら

  JR石巻線全線復旧を祝い、美里町の始発駅・小牛田駅ホームや近隣の沿線で21日、旧国鉄、JRの退職者や町民らが、午前7時11分発女川行きの列車を見送った。

  小牛田駅4番線ホームには、東日本鉄道OB会北宮城支部(石垣一彦支部長)の会員や、遠田商工会女性部(成沢京子部長)の部員ら約50人が集まって「祝全線復旧開通」などと書かれた横断幕を掲げた。

  石垣支部長は「全線復旧が地域復興の一助になることを確信している」とあいさつ。参加者は、ホームを離れる列車に「いってらっしゃい」と声を掛けながら手を振った。成沢部長は「小牛田駅と沿岸部が再びつながったことをみんなで喜びたい」と話した。

  女川駅員時代に終戦を迎え、小牛田駅や石巻駅の助役などを務めた美里町の沼沢昭さん(87)は「復旧作業で苦労した人たちに感謝する。新しい女川駅をぜひ訪ねてみたい」と語った。

  沿線では、美里町の地域おこし団体「みさとプロジェクト」の呼び掛けで町民らも手を振って列車を見送った。


「いつまで来られるか」中間貯蔵予定地の彼岸
河北新報 3月22日(日)12時15分配信

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中間貯蔵施設予定地の共同墓地を訪れ、墓前に手を合わせる井上さん=21日、福島県双葉町

  彼岸の中日の21日、東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域に指定されている福島県双葉町の郡山地区の共同墓地にも、避難先から町民が訪れ、先祖の霊を慰めた。この墓地は、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の予定地になっており、町民は「お墓はどうなるのか」と複雑な思いを抱く。

  「いつまでここに来られるかねえ」。第1原発から北に約3キロの共同墓地で、いわき市に避難する無職井上ヒメ子さん(83)は防護服姿で墓前に花を供え、手を合わせた。

  自宅は第1原発敷地のすぐそばで、先祖代々の墓には、原発事故の前年に82歳で亡くなった夫英雄さんが眠る。自宅や墓地は自由に立ち入れないが、春と秋の彼岸には町の許可を得て、必ず墓に足を運んできた。

  中間貯蔵施設は双葉町と大熊町に建設が計画されている。13日には大熊町の一時保管場への廃棄物搬入が始まったが、共同墓地がどうなるのかは、何も決まっていない。「先祖代々のお墓だけは残してほしい。遺骨を他の土地に移すなんて考えられない」。井上さんは墓地の存続を望む。

  国は地元両町から「彼岸は静かに迎えたい。最後の墓参りになる可能性もある」との要望を受け、18~24日は大熊町への廃棄物搬入を休止している。彼岸明け後の25日には、双葉町の保管場への搬入も始める。


<まちびらき>女川・中心市街地、未来へ再出発
河北新報 3月22日(日)11時15分配信

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大勢の住民が復興の進展を喜び合い、祝福のくす玉が割られた「まちびらき」=21日午後0時ごろ、宮城県女川町のJR女川駅前歩行者広場

  巨大な津波にのみ込まれた中心市街地が、再生に確かな一歩を踏み出した。東日本大震災から4年。宮城県女川町は21日、JR石巻線の全線再開に合わせ記念式典「おながわ復興まちびらき」を開いた。まちづくりの本格始動を町内外にアピール。走り始めた列車に、未来に向けて再出発する思いを重ねた。(1.14面に関連記事)

  式典会場となった女川駅と町営「女川温泉ゆぽっぽ」の併設施設前の駅前歩行者広場。竹下亘復興相ら約200人の来賓に加え大勢の住民が集まり、人影が薄れていた中心部は久しぶりににぎわいが戻った。

  「駅周辺はまだまだ造成中だが、4年かけてここまできた。一度は破壊された場所の再生を支えてくれた人々と共に喜び、明日からまた全力で復興に向かう」。須田善明町長は時折声を詰まらせながら、誓いを新たにした。

  住民も待望の日を迎えた。主婦半沢陽子さん(72)は「狭い仮設住宅で『つらいのは皆同じ』と自分に言い聞かせて頑張ってきた。ようやく町の復興を自分の目で見ることができた気がする」と涙ぐんだ。

  震災当時の町長で、町復興基本計画をまとめた安住宣孝さん(69)も式典に出席。「住民が気持ちを一つにして進んでいるのが女川の力強さ。決して簡単ではないが、今後は産業の活性化や雇用の場の確保も目指してほしい」と、次のステップに向かう町に期待を寄せた。


<福島県>全町避難自治体の一つ「職員2割うつ」判断
毎日新聞 3月22日(日)11時0分配信

 東京電力福島第1原発事故により全町避難を強いられた福島県のある自治体に対し、県立医科大などが実施したメンタルヘルス調査で、職員の21%が「うつ病」と判断されていたことが分かった。面談を実施した精神科医らは該当者に対し、病院での正式な診察を受けるよう促した。別の町の調査でも以前、15%との結果が出ており、東日本大震災から4年が経過しても事故の収束が見えない中、職員が過度なストレス下にあることを裏付ける結果となった。

 調査は昨年10月、沿岸部にある町の全職員76人を対象に実施。精神科医らによる個別面接の結果、16人(21.1%)がうつ病と判断された。震災時から勤務を続ける44人に限ると、25%にあたる11人が該当した。「自殺の危険がある」とされた深刻なケースも7人(9.2%)いた。

 厚生労働省のホームページによると、過去12カ月にうつ病を経験した人の割合は国内では1~2%。原発事故の被災自治体で高率になった背景として、調査に当たった県立医科大の前田正治教授(災害精神医学)は、震災後の慢性的な業務増▽家族の離散▽町民らの不安や不満を受け止めざるを得ないこと--などを挙げる。

 同大などが別の被災町で昨年1月に同様の調査をしたところ、職員92人のうち15.2%がうつ病と判断された。

 二つの町は、放射線量や住民帰還を巡る状況が異なり、前田教授は「復旧、復興の度合いに関わらず、避難を経験した自治体の職員は心身ともに参っている。2町だけの問題ではない」と指摘。両町には同大などから月に1回、医師らが派遣され、メンタルケアを担っている。

 福島第1、第2原発の作業員のメンタルケアを担当する重村淳・防衛医大准教授は、職員の休職や退職による、残された職員への負担増を懸念。「職員を増やしたり、メンタルケアの専門医を増やしたりすることが求められる」と指摘している。

 ◇答えきれない苦情、負担に

 「早く元の場所に戻れればなあ」。今回の調査対象になった町の総務課に所属する男性(48)はつぶやく。町によると、福島県立医科大の調査で、職員が最もつらいと感じるのは「苦情の対応」だった。

 不安を抱えた住民からの電話が鳴り始めたのは原発事故での避難直後からだった。「いつ帰れるんだ」「何でこんな事故になったんだ」。一職員では答えられない問題を突きつけられ、連日午前1時ごろまで対応した。「自分だって職員でなければ、同じように尋ねていたと思う」

 事故から4年。町外からと思われる電話が増えた。進まない復興状況が報道されると「賠償をもらってるんだから、いいじゃないか」などと匿名の心ない批判もある。

 町民の離散に伴い、町の拠点も複数設けられた。男性職員は「住民サービスは、町にいたときと比べたら相当低くなった」と認める。残業は、震災直後からは減ってきているものの、昨年度も震災前の1・5倍だ。

 一方、職員の約15%がうつ病と判断された町の防災関係の課にいる男性職員(42)は「24時間拘束されているようだ」とこぼす。交代で緊急連絡用の携帯電話を持ち、昼夜なく東京電力や県から入る報告メール全てに確認の返信をする。膨大な業務に「頭がおかしくなりそうだ」と同僚は退職した。「電話が鳴ると手が震える」と話した別の同僚は病欠中だ。男性職員は「周りが発病すると、自分がさぼっているように感じる。病欠や辞めた人に仕事を押しつけてしまったのかな」と罪悪感を抱いている。【喜浦遊、小林洋子】


<まちびらき>女川・石巻線全線再開
河北新報 3月22日(日)10時40分配信

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4年ぶりに全線復旧したJR石巻線で、多くの人に見送られながら女川駅を出発する臨時列車=21日午後0時15分ごろ、宮城県女川町

  JR東日本は21日、東日本大震災の影響で休止していた宮城県女川町の石巻線浦宿-女川間の運行を4年ぶりに再開した。県内で被災した在来線で全線復旧は初めて。町が復興の第1段階を宣言する「まちびらき」も行われ、多くの住民らが鉄路復活と地域の再出発を祝った。

  再建された女川駅と町営「女川温泉ゆぽっぽ」の併設施設には早朝から多くの人が訪れた。午前6時12分、始発列車は大漁旗や横断幕を掲げる人に見送られ、警笛を響かせて出発した。

  駅は震災前より200メートル内陸に移され、再開区間は約2.3キロ。震災前と同じ1日に上下22本が運行される。

  女川町の実家に帰省中で始発に乗り込んだ埼玉県上尾市のパート従業員浅川真実子さん(32)は「駅ができて列車が通れば、車を持たない人も自由に行き来できる。女川の復興はいよいよここから、という気がする」と感慨深げだった。


<まちびらき>女川に「笑顔」到来
河北新報 3月22日(日)10時40分配信

  東日本大震災で被災したJR石巻線が全線再開し、女川町の「まちびらき」があった21日、女川駅周辺では多彩なイベントなどで復興に向かう町の新たな一歩を盛り上げた。

  始発列車には大勢の人たちが乗り込んだ。地元の和太鼓グループが力強い演奏で臨時列車を見送り、浦宿駅では大漁旗が出迎えた。

  まちびらき会場の女川駅前歩行者広場は石巻焼きそばや水産加工品などを提供する出店も並び、特産品をアピールした。

  22日に開かれる復幸祭の前日祭として避難の教訓を引き継ぐ「津波伝承 女川復幸男」もあった。町に津波が到達した時刻と同じ午後3時32分、約200人が「逃げろ」の掛け声を合図に女川駅前から高台の女川小を目指した。

  千葉県松戸市の中学校教諭高田将さん(25)がトップでゴール。「本当に津波に追われている気持ちで走った」と息を弾ませた。


福島第1汚染水対策、凍土壁見直し要請へ 規制委検討会
産経新聞 3月22日(日)7時55分配信

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福島第1原発凍土壁のイメージ(写真:産経新聞)

 東京電力福島第1原発の汚染水問題で、原子力規制委員会の監視検討会が、土壌を凍らせて地下水の流入を防ぐ「凍土遮水壁(とうどしゃすいへき)」の工事の見直しを東電などに求めることを検討していることが21日、分かった。25日に開かれる会合で議論される。特に未着工の海側部分は工事自体の難航も予想され、会合の場で東電の説明が不十分なら、工事を認可しないことも検討する。

 凍土壁は昨年6月に着工し、今年3月末までに凍結を開始する予定だったが、進捗(しんちょく)は遅れている。2月末までに、既に凍結管(長さ26・4メートル)は全体の半分に当たる約750本を埋設。冷媒を冷やす冷凍機も30台設置されている。

 ただ、規制委が認可しているのは山側の凍土壁の着工だけで、海側の凍土壁の工事と凍結そのものを認めていない。

 規制委の検討会は、山側の凍土壁で地下水の流入を止めることで建屋内の汚染水と地下水の水位の差が逆転し、地下水より水位が高くなった建屋内の汚染水が外部に漏れ出すことを懸念。安全性の観点から凍結を認可していない。

 さらに、着工を認めていない海側の敷地内の地下には、ケーブルや配管用トンネルなどの埋設物が多く通り、凍結管を埋設する際に交差するリスクがある。

 2号機タービン建屋付近のトレンチ(地下道)では、内部にたまった汚染水を抜いてセメントでふさぐ工事が進行中。建屋からの汚染水の流入を防ぐため、昨年、接合部に凍結管を通して周囲の水を凍らせる「氷の壁」で遮断しようとしたが、うまく凍らずに断念したケースもあった。海側の凍土壁はこのトレンチを突き抜ける必要があるが、付近は放射線量が高いため、工事の難航も予想されている。

 規制委の田中俊一委員長は「凍土壁ができれば汚染水問題がなくなるという変な錯覚をまき散らしているところに過ちがある。(凍土壁は)不要では、と指摘しても東電や経済産業省は検討しない」と苦言を呈している。(原子力取材班)


JR石巻線4年ぶり全線再開 復興行き出発、笑顔運ぶ
産経新聞 3月22日(日)7時55分配信

 東日本大震災の津波で被災し、不通となっていた宮城県女川町のJR石巻線浦宿(うらしゅく)-女川間(2・3キロ)が21日、4年ぶりに運転を再開した。祝福ムードの中、一番列車は多くの町民の歓声を背に復興に向けて走り出した。

 小牛田(こごた)駅(同県美里町)と女川駅の約45キロを結ぶ石巻線は震災直後の一時、全線不通となった。被災した女川駅は運転再開に向け、震災前より約200メートル内陸側に移設。世界的な建築家の坂(ばん)茂氏がウミネコをモチーフに駅舎を設計した。

 一番列車が午前6時過ぎに駅に姿を見せると、待ちわびた町民らから歓声が上がった。須田善明町長が記念式典で運転士に花束を手渡した後、大漁旗がはためく中、同12分に送り出された。通学で利用するという同町の高校2年、須田茉緒(まお)さん(17)は「列車が通ってくれて便利」と笑顔で乗り込んだ。

 須田町長は「復興を通じて新しい価値を生むことが、4年前に旅立った人の無念に応える唯一の道」と強調。竹下亘復興相は復興状況を築城に例え「今は大手門か三の丸。本丸は町民が帰ってくることで完成する」と話し、震災前から人口が約3割減った町に活気が戻ることを願った。


福島第1で枯れ草が焼ける
産経新聞 3月22日(日)7時55分配信

 21日午前11時35分ごろ、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)内の道路脇の土手から出火、枯れ草約150平方メートルが焼けた。原発の建物の被害はなく、けが人もいなかった。県警双葉署が出火原因を調べている。

 東電によると、福島第1原発5、6号機の西側にある道路脇の土手から火が出ているのを作業員が発見。自衛消防隊と双葉消防本部が消火活動に当たり、約50分後に鎮火した。

 現場に乗用車のブレーキパッドが落ちており、枯れ草が熱せられて発火した可能性があるという。


新女川駅“出発進行”!震災から4年 石巻線が全盛復旧
スポニチアネックス 3月22日(日)7時1分配信

 東日本大震災の津波で大きな被害を受けたJR石巻線は21日、最後の不通区間だった宮城県女川町の浦宿―女川の約2・3キロが復旧、4年ぶりに全線で運転を再開した。津波で被災したJR路線の全線再開は宮城県内で初めて。

 石巻線は東北線の小牛田(宮城県美里町)と女川を結ぶ約45キロの路線。震災で全線不通となったが、2013年までに小牛田―浦宿の運転を再開。浦宿―女川間は震災後、これまで代行バスが運行していた。

 21日、新しい女川駅では市街地復興の本格スタートと位置付けた「まちびらき」の記念式典が開かれた。須田善明町長は「復興を通じ新しい価値を生むことが、4年前に旅立った人の無念に応える唯一の道だ」とあいさつした。同駅は、旧駅より約200メートル内陸に移設。世界的建築家の坂茂氏が設計し、ウミネコが羽を広げる様子をイメージした屋根が特徴で、温泉も併設されている。

 三陸沿岸にある女川町は最大約15メートルの津波に襲われ、町民の約1割にあたる827人が犠牲になった。約1万人だった人口は震災から4年がたち、約7000人にまで減少。同町の災害公営住宅に暮らす男性(75)は「駅開業で町が活気づけば、若い人も戻ってくるだろう。人口減の歯止めになってほしい」と期待する。

 一方、2000人以上がプレハブ仮設住宅で暮らし、住まいの再建のめどが立たない被災者も多い。宅地を含めた造成工事の完了は4割弱。町内の仮設住宅に住む永沼昭子さん(82)は「駅ができても不安は尽きない。生きている間に仮設を出たい」とため息。

 町は商業施設や住宅など主な機能を中心部に集めた「コンパクトシティー」として再生を目指す。駅と海辺を結ぶ約400メートルの道路周辺に、商店街や水産業体験施設などを16年度末までに整備。海沿いには被災した旧女川交番を見学できる公園を設け、近くの高台に役場や小中学校も造る。

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