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2015年3月16日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・1938,2015年3月16日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:中部電、浜岡廃炉計画の変更申請 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<浜岡原発>廃炉作業で低レベル廃棄物、建屋内に保管へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・富岡>津波で大破のパトカー展示 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:子どもは空間線量の8割被ばく - 速報:@niftyニュース.
リンク:<福島原発>汚染水処理5月中に間に合わず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<川内原発>1号機工事補正書で700ページに誤字・脱字 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<滋賀県議会>高浜原発「再稼働に県同意必要」請願を不採択 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災と復興、パビリオンで体感=防災意識高めて―仙台・国連会議 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:パトカーを震災遺産に=津波避難誘導で殉職―福島・富岡町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:凍土壁、一部は来月開始=死亡事故で遅れ―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波被災の双葉署パトカー展示 - 速報:@niftyニュース.
リンク:6月の復興マラソン応募開始 - 速報:@niftyニュース.
リンク:今も漏れ続ける汚染水…外洋流出9カ月“隠蔽”した東電「原因判明してから…」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:2万トン処理しきれず=汚染水、5月までに―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:遮水壁凍結は4月にずれ込み - 速報:@niftyニュース.
リンク:<復興カレー>地元野菜8種類使い 避難指示解除の福島・都路地区の飲食店など - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大塚愛が原発放射能めぐりトンデモツイート 「未だに食品には不安が多く・・・」に批判集中 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<祈りと震災>(22)土地を離れても共に/第4部 民の信仰(3) - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:田老かさ上げ国道開通 津波被災地で初 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原子力推進の標語看板残して - 速報:@niftyニュース.
リンク:両陛下、石巻のかまぼこ工場を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:希望の光ともした 南三陸VC閉所前に感謝祭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「人の心離れていく」 福島4市町村長、窮状訴え 原発事故フォーラム - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

中部電、浜岡廃炉計画の変更申請
2015年3月16日(月)21時20分配信 共同通信

 中部電力は16日、浜岡原発1、2号機(静岡県御前崎市)の廃炉計画の変更を原子力規制委員会に申請したと発表した。認可を受ければ、2015~22年度に行う原子炉周辺設備の解体作業で発生する低レベル放射性廃棄物約4千トンを敷地内に仮置きする。

 中部電は、15年3月末までに低レベル放射性廃棄物の処分先を決める方針だったが、国が主導する処分場選定の難航を受けて決定を先送りすることにした。

 仮置きには既存の建屋内を活用、敷地内に専用の保管施設は建設しない。中部電の担当者は「(処分先の早期選定は)電力業界や国で検討すべき課題だ」と説明した。


<浜岡原発>廃炉作業で低レベル廃棄物、建屋内に保管へ
毎日新聞 3月16日(月)21時4分配信

 ◇中部電力、計画変更を規制委に申請

 中部電力は16日、浜岡原発1、2号機(静岡県御前崎市)の廃炉作業で、今後発生する低レベル放射性廃棄物について、処分先が決まるまで1、2号機の建屋内に保管する計画を発表した。同社は16日、廃炉計画の変更を原子力規制委員会に申請した。

 中部電は3月末までに処分先を決定する計画だったが、「浜岡3、4号機の安全向上対策などを優先した」として決定を先送りし、建屋内で保管することにした。

 1、2号機は2009年に運転を終了し、中部電が廃炉計画を国に提出していた。工期を4段階に分け、36年度までに廃炉作業を終える予定。今年3月までを放射能の汚染状況調査など第1段階の準備作業とし、15~22年度の第2段階では原子炉周辺の配管やポンプ、タービンなどの解体工事を行う。第2段階では、低レベル放射性廃棄物約4000トンが発生する見通しで、処分先を検討してきた。

 国内では、原発の廃炉に伴う低レベル放射性廃棄物の処分先が決まっていない。

 一方、中部電は、一連の廃炉作業で出る解体物の量について、当初計画の48万2400トンから45万1200トンに減る見通しを明らかにした。【森有正】


<福島・富岡>津波で大破のパトカー展示
毎日新聞 3月16日(月)20時59分配信

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公園に移設された被災パトカーに献花する行方不明の警察官の同僚ら=福島県富岡町で2015年3月16日午後1時41分、森田剛史撮影

 福島県富岡町の県警双葉署に隣接する公園に16日、東日本大震災の津波で大破した同署のパトカーが展示された。このパトカーに乗って避難誘導していた警察官2人が犠牲になり、県警は当初、パトカーを処分する予定だったが、町民有志が「住民の命を守った行動と被災の実情を後世に伝えたい」と保存を要望。町が震災遺産として譲り受けた。

 パトカーに乗っていたのは、同署地域交通課の増子洋一さん(当時41歳)と佐藤雄太さん(同24歳)。増子さんは遺体で発見され、佐藤さんは行方不明のままになっている。パトカーは長い間、沿岸部で野ざらしになっていたが、公園に移されて防さび加工された。

 公園は日中に立ち入り可能な居住制限区域にあり、この日は佐藤さんの両親ら関係者が花を手向けた。同署が2人へのメッセージを募るために沿岸部に設置したポストと祭壇もパトカーと一緒に公園に移された。

 佐藤さんの父、安博さん(56)は「月命日に訪れると、パトカーが段々朽ちていき、寂しかった。皆さんの熱い思いを頂き、うれしく思います」と話した。【森田剛史】


子どもは空間線量の8割被ばく
2015年3月16日(月)20時44分配信 共同通信

 放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構は16日、東京電力福島第1原発事故に伴う避難住民の帰還に向けて個人被ばく線量の特性を調べた結果、子どもの場合、外部被ばく線量は空間線量の8割程度となると発表した。

 昨年4月に発表した研究で成人の場合は空間線量の7割としていたが、子どもの場合、体の厚みがなく遮蔽効果が低いため透過する線量が多く、成人より空間線量の影響を受けやすいことが裏付けられた。

 報告書によると、さまざまな年齢の子どもの体格に似せた人形に個人線量計を着け、放射線を照射する実験を実施。空間線量と個人線量の関係を調べた。


<福島原発>汚染水処理5月中に間に合わず
毎日新聞 3月16日(月)20時40分配信

 ◇東電、タンク保管60万トンのうち2万トン

 東京電力は16日、福島第1原発でタンクに保管している汚染水など約60万トンのうち2万トンについては、放射性物質を除去する処理が目標としていた5月中に間に合わないと明らかにした。原子炉の冷却に海水を使った事故初期に発生した汚染水で、塩分濃度が高く、多核種除去設備(ALPS)など処理装置の性能が落ちるため、処理を後回しにするという。

 東電は「(2万トンの)処理に数カ月かかる」と説明した。また、ためている汚染水全量をALPSで処理し、トリチウム(三重水素)以外の放射性物質を基準以下まで減らす時期についても「見通せない」と述べ、当初目標の来年5月から遅れる可能性を示唆した。

 一方、貯蔵タンク内の汚染水に起因する被ばく線量については、処理が進む結果、廃炉計画で定められた「敷地境界で年間1ミリシーベルト未満」という基準を今月末までに達成できる見通しとなったことを明らかにした。作業員の被ばく低減のため、原子力規制委員会が年度内の達成を指示していた。

 また、1~4号機の地下を氷の壁で囲んで地下水の流入を防ぐ「凍土遮水壁」について、4月から山側の一部で凍結開始すると表明した。3月中に開始予定だったが、1月に作業員の労災事故が相次ぎ、安全対策を見直した影響などから遅れる。

 原子炉建屋の海側トレンチ(電源ケーブルなどが通る地下道)にたまっている高濃度汚染水の抜き取り作業は、6月に完了できる見通しを示した。トレンチ内の汚染水は海側の凍土遮水壁を建設する際の妨げになる。【斎藤有香】


<川内原発>1号機工事補正書で700ページに誤字・脱字
毎日新聞 3月16日(月)19時45分配信

 ◇規制委が18日にも出す工事計画認可には影響せず

 九州電力は16日、原子力規制委員会に提出した川内(せんだい)原発(鹿児島県)1号機の工事計画の修正文書(補正書)約3万ページのうち、700ページに誤字・脱字などが見つかったと発表した。規制委が18日にも出す工事計画認可には影響しない見通しだが、九電によると、2号機の工事計画、保安規定の補正書提出は4月中旬にずれ込むという。

 工事計画は地震や津波などに対する機器の安全性評価をまとめたもので、運転管理方法などを定めた保安規定とともに、原発の稼働に必要な認可の一つ。非常用ディーゼル発電機など1、2号機共用の設備があるため、2号機の補正書提出が遅れれば、1号機の再稼働も遅れる。これらの認可手続きや規制委による使用前検査などを経て、同原発の再稼働は今夏以降になるとみられる。【鳥井真平】


<滋賀県議会>高浜原発「再稼働に県同意必要」請願を不採択
毎日新聞 3月16日(月)18時39分配信

 関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)を巡り、滋賀県議会(定数47)は16日、30キロ圏内にある滋賀県の同意がなければ再稼働しないよう国に求める意見書の請願を不採択とした。6日の県議会総務・企業委員会は賛成多数で採択すべきだとしていたが、本会議では24対21で反対多数になった。【加藤明子】


震災と復興、パビリオンで体感=防災意識高めて―仙台・国連会議
時事通信 3月16日(月)18時33分配信

 仙台市で14日から18日までの日程で開かれている国連防災世界会議では、東日本大震災で得た教訓を発信して一人ひとりに防災に対する意識を高めてもらおうと、市内各所で多彩なサイドイベントが開かれている。同市青葉区のせんだいメディアテークに開設された「東北防災・復興パビリオン」もその一つで、震災や復興の状況を体感してもらう狙いがある。
 パビリオンでは、来場者がタブレット端末を操作すれば、壁面に東日本大震災の市町村ごとの犠牲者数などの被害状況が映し出される。目で見て震災を体感できる仕組みだ。
 また、青森、岩手、宮城、福島4県と仙台市がそれぞれブースを設置。宮城県のブースでは津波で流され、がれきの中から見つかった時計や教科書など「被災物」の実物を展示し、来場者に震災の影響や、今後の地域再生に思いをはせてもらえるよう工夫している。 


パトカーを震災遺産に=津波避難誘導で殉職―福島・富岡町
時事通信 3月16日(月)18時33分配信

 東日本大震災で避難誘導中に津波にのまれたパトカーが16日、震災の記憶をとどめる遺産として福島県富岡町内の公園に設置され、町主催の式典が開かれた。行方不明の警察官の両親は「震災を風化させてはいけない。こういう警察官がいたことを分かってほしい」と話した。
 2011年3月11日、増子洋一警部補=当時(41)=と佐藤雄太巡査長=同(24)=は、パトカーに乗って住民避難を促している際、津波の被害に遭ったとみられる。増子さんの遺体は見つかったが、佐藤さんの行方は分かっていない。
 パトカーは車体がひしゃげて屋根やドアがなくなり、津波のすさまじさを物語る。東京電力福島第1原発事故による避難指示区域の浜辺で風化が進んでいたが、有志の要望で町などが保存を決めた。 


凍土壁、一部は来月開始=死亡事故で遅れ―福島第1
時事通信 3月16日(月)17時24分配信

 東京電力は16日、福島第1原発の放射能汚染水の増加抑制策として、1~4号機建屋周囲の地下を「氷の壁」で囲む凍土遮水壁について、4月に一部で凍結を開始できるとの見通しを明らかにした。先行して凍結させる予定の建屋山側(西側)のうち、凍りにくいとみられている60メートル程度で運用を始める方針。
 3月中に着手する計画だったが、1月に作業員が死亡した労災事故を受けた安全点検で作業が中断し、1カ月程度遅れた。山側全体の凍結は5月に始めたい考え。福島県楢葉町で16日開かれた政府と東電による廃炉・汚染水対策現地調整会議に報告した。 


津波被災の双葉署パトカー展示
2015年3月16日(月)17時22分配信 共同通信

 福島県富岡町は16日、東日本大震災の津波で被災し、震災の記憶を伝える遺産として保存を決めていた双葉署のパトカーを、同町の署北側にある公園に設置し展示を始めた。

 福島県警によると、2011年3月11日、双葉署の増子洋一警視=当時(41)=と、佐藤雄太警部補=同(24)=(ともに2階級特進)が、住民の避難誘導のためパトカーで出動し、津波に巻き込まれた。増子さんは同年4月に沖合で遺体が発見されたが、佐藤さんは行方不明となっている。

 この日は、双葉署の渡部敏久署長や署員のほか、宮本皓一町長ら約30人が黙とうし、2人の冥福を祈った。


6月の復興マラソン応募開始
2015年3月16日(月)17時21分配信 共同通信

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市で6月に開催される「第1回いしのまき復興マラソン」の参加受け付けが、16日までに始まった。同市で大規模なマラソン大会が開かれるのは震災後初めて。

 石巻市やNPO法人石巻市体育協会などの主催。6月21日にウオーキング、27日に2キロ、3キロ、5キロ、28日に10キロとハーフマラソンの各部が開催される。担当者は「ボランティアなどで石巻を訪れた人に復興の状況を見てほしい」と話している。

 参加申し込み用のインターネットサイトから応募する。問い合わせは大会エントリーセンター、電話03(6808)0058。


今も漏れ続ける汚染水…外洋流出9カ月“隠蔽”した東電「原因判明してから…」
産経新聞 3月16日(月)17時5分配信

 東京電力福島第1原発の汚染水問題が再び“炎上”した。汚染水が排水路を通じて外洋(港湾外)に流出しているにもかかわらず、9カ月近く公表しなかった東電の体質に批判が集中。ろくに対応策を講じなかった国への不信も増幅している。東電は急場しのぎで外洋への流出防止策を打ち出したが、抜本的な解決とは言い難い。いつになったら安心できるのか、漁業者や周辺住民の怒りは収まらない。(原子力取材班)

■ひたすら謝る東電幹部

 「今回は、避難されている住民や国民の皆様方に不信感をさらにもたれる状況になり、データの扱いや公表の仕方で、われわれに落ち度があったと考えている。今回は大変なご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 東電の原子力部門のトップ、姉川尚史常務は3月4日、原子力規制委員会の福島第1原発監視検討会で、ひたすら頭を下げ続けた。

 汚染水の流出経路となったのは、1~4号機の原子炉建屋の西側を通る「K排水路」と呼ばれる水の通り道で、地下に埋まっている。2号機の建屋屋上には、事故時の放射性物質が降り積もっており、雨が降るたびに汚染された雨水が排水路を通じて外洋に流れ出していたとするデータを東電は2月末に公表した。

 汚染された雨水は、敷地内にある汚染水に比べ数値は低いが、セシウム137は1リットル当たり2万3000ベクレル。外洋への排出口では1000ベクレル程度の濃度が出ていた。国の排出基準値のおよそ10倍だ。

 問題は、東電が昨年5月にはそのデータを把握しておきながら、9カ月間“隠蔽”していたことだ。

 東電は「原因調査をして結果が出てから公表しようと考えた」と説明。公表しなかった間、雨が降るたびに基準値以上の濃度が検出されたため、排水路を清掃するなどして原因を探ってきたという。

 東電の広瀬直己社長は2月末の規制委との会合後、「漁業者がどういう思いを抱くのか、回路(考え)が回っていなかった。一から出直したいと思う」と陳謝。地元漁業者らの反発は強く、「信頼関係が崩れた」などと激しく非難している。

 汚染水トラブルは平成25年夏にも大きな問題となっている。タンクからプール1杯分に相当する約300トンの高濃度の汚染水が漏れ、原発事故を評価する国際尺度で下から4番目に当たる「レベル3」(重大な異常事象)と評価された。それ以降、汚染水問題は比較的落ち着いていたはずだった。

■「箸の上げ下ろしまで指導しない」

 流出防止策を指示しなかった国にも大きな責任がある。

 宮沢洋一経済産業相は2月末の閣議後会見で、「港湾外の濃度が非常に低い濃度であることを監視していたが、少しうかつだった気がする」とずさんな対応を認めた。

 昨年2月の東電との会合では、排水路の濃度が高いという話があったが、同年12月まで東電から報告がなかったことから、宮沢経産相は「順調にいっていると思った。もう少し注意しなければならなかったという気がする」と釈明した。

 規制委の関与の仕方も問われている。規制委は昨年2月に濃度が高いことを把握し、今年3月末までに対応を取るよう東電に指示していたが、その間の監視は不十分だった。

 規制委の田中俊一委員長は定例の記者会見で「責任は東電にある。箸の上げ下ろしまでわれわれが技術指導する立場ではない」と強調。その上で「データはできるだけ速やかに出すのが原則だ」と述べた。

 雨水が規制の対象外となっていることも問題となった。3月3日の衆院予算委員会で、野党議員から追及された田中委員長は「原子炉等規制法には雨水のことは書かれていない」と繰り返した。

 経産省も規制委も、海洋や港湾で濃度を常に測っているが、有為な変動はないことを根拠に「環境への影響はない」と主張、事態の沈静化に努めている。

■今も漏れ続ける汚染水

 しかし、外洋への汚染水は今も完全に止め切れていない。東電は問題発覚後、外洋に通じている排水路の水をポンプでくみ上げて、港湾内に通じる排水路に移送する策を発表した。

 ただ、ポンプを設置する工事は時間を要し、ポンプが稼働するのは4月上旬からだという。それまでは汚染源となっている2号機の建屋屋上に、放射性物質を吸着するゼオライトを置いたり、雨水が直接触れないようにブルーシートをかけたりして、応急処置を施している状態だ。

 ポンプを設置できたとしても万全ではない。ポンプのくみ上げ能力は最大1時間当たり1700トンで、年間の降水量を見ると、7日間、ポンプの能力を超える流水量を記録した日があり、東電自身も「水があふれることもある」と認める。

 抜本的な対策としては、平成27年度内に排水路を港湾に付け替えて、外洋への流出を防止することだ。

 しかしそれでも完全ではない。港湾内の水は毎日、約半分が外洋の海水と入れ替わっている。

 結局、敷地内の汚染源をくまなく除染するしかないが、放射線量が高く、人が近づけない場所もあり、汚染水問題の抜本解決はまだ見通せない。

 今月6日には、東電は周辺環境に直接影響を及ぼす水やほこりの全ての放射線データを原則公開する方針に転換した。今後は、「情報公開分科会」を設け、元検事を中心に数人の委員のその実効性を検討していくが、遅きに失したことは否めない。


2万トン処理しきれず=汚染水、5月までに―福島第1
時事通信 3月16日(月)17時2分配信

 東京電力は16日、福島第1原発でタンクにためている放射能汚染水について、目標の5月までに処理しきれない分が2万トンに上ることを明らかにした。汚染水の総量約60万トンの3%に当たる。海水を多く含んでいるため、処理にさらに数カ月かかるという。他の汚染水は浄化装置「ALPS」(アルプス)と健康への害が大きいストロンチウム90を除去できる装置を併用し、一通り処理が完了する見通し。
 福島県楢葉町で同日開かれた政府と東電による廃炉・汚染水対策現地調整会議に東電が報告した。
 東電などによると、海水が多い汚染水は、含まれているマグネシウムなどの成分が障害となり、他の汚染水に比べALPSなどでの処理に時間がかかるという。
 また、ストロンチウム除去装置で処理しても他の放射性物質が残るため、東電は62種類の放射性物質を取り除けるALPSで再浄化する方針。全ての処理が来年5月までに完了するとの考えを示していた東電幹部は同日の会議後、「処理の状況を見極めて改めて示したい」と述べた。 


遮水壁凍結は4月にずれ込み
2015年3月16日(月)16時54分配信 共同通信

 東京電力は16日、福島第1原発の廃炉・汚染水対策の現地調整会議で、汚染水対策として建設中の「凍土遮水壁」の建屋山側の凍結開始が目標の今月中に間に合わず、4月にずれ込むとの見通しを示した。

 凍土壁は1~4号機の周囲約1・5キロの地中に凍結管を埋めて地中を凍らせ、原子炉建屋内への地下水流入を抑える計画。原子力規制委員会の許可が出れば、4月に凍結しにくい箇所から部分的に凍結を始め、5月から山側全体を凍らせる。

 海側は、2~4号機のタービン建屋地下とつながるトレンチ(電源ケーブルが通る地下道)にたまる高濃度汚染水の抜き取りが難航し、凍土壁建設工事は進んでいない。


<復興カレー>地元野菜8種類使い 避難指示解除の福島・都路地区の飲食店など
毎日新聞 3月16日(月)16時45分配信

 福島第1原発事故に伴う避難指示が初めて解除された福島県田村市都路地区など市内の飲食店や農家、直売所でつくる「田村市ご当地グルメプロジェクト」が3月から、地元野菜をふんだんに使った「たむら八彩(やさい)カレー」(700~750円)の提供を市内4店舗で始めた。原発事故から4年を経ても住民の帰還は進んでいないが、関係者は「地元野菜で地元の人を元気づけたい」と復興に取り組んでいる。

 八彩カレーは、野菜と「八彩」をかけ、地元野菜を8種類以上使うことをルールにした。タマネギやニンジン、ダイコンなど甘くてみずみずしい地元自慢の野菜を使い、各飲食店がそれぞれ個性あふれるカレーを考案した。

 都路地区の飲食店「よりあい処華」は、プロジェクトメンバーの一人が帰還した住民同士がつながる場を作ろうと、築100年を超える実家を改修して昨年6月にオープンした。ダイコンやニンジン、ゴボウを使ったけんちん汁をカレー仕立てにした「けんちんカレー」を提供している。

 他にも、数種類の地元産野菜を煮込んで作ったブイヨンを加え、旬の野菜やコロッケが乗ったカレー(レストランドルフィン)▽タマネギやリンゴをふんだんに使い、寝かせたソースを加えたカレー(スカイパレスときわ)▽シソ科のエゴマを餌に混ぜて肥育した県産「エゴマ豚」のモツ煮込みを、田村市産の小麦粉「きぬあずま」で打ったうどんと合わせたもつ煮込みカレー(江戸光)--などがある。カレーは1年を通して食べられる。

 発起人の一人でドルフィンオーナーの箱崎哲司さんは「避難指示解除で戻った人も高齢化で農業を諦める人が多いが、地元野菜のおいしいカレーを食べて頑張る気持ちになってくれたらうれしい」とし、「これから『(樹齢約100年とされる田村市の名物)小沢の桜』が咲き誇るころで、市外の方にも田村に遊びに来てほしい」と話していた。

 八彩カレーは田村市ご当地プロジェクトの第1弾で、今後は夏から秋にかけて収穫を迎える特産のブルーベリーを使ったデザートなどを検討している。問い合わせは、レストランドルフィンの箱崎さん(0247・82・0679)。【垂水友里香】


大塚愛が原発放射能めぐりトンデモツイート 「未だに食品には不安が多く・・・」に批判集中
J-CASTニュース 3月16日(月)16時0分配信

Demat
十分な理由や根拠を示さず、断定?(画像は11日のツイートより)

 シンガーソングライター・大塚愛さん(32)のあるツイートが波紋を呼んでいる。

 東日本大震災発生から丸4年を迎えた2015年3月11日、東京電力福島第1原発の事故で起きた食品の放射線被害に触れたのだが、その内容に批判が集中している。

■「不用意な発言がデマを拡散させる」

 大塚さんは3月11日午前、

  「4年の月日が経って、薄れていく記憶とは反比例に募る放射能による子供への影響の不安。未だに食品には不安が多く、神経質に過ごす毎日には、起こった出来事の大きさを少しも忘れることはありません」

とツイート。

  「これからも月日が経ってわかることがでてくることと向き合わなきゃいけない未来が来たときに、子供たちを守れることは何か、考えて行動しなきゃいけない。守りたい」

と続けた。

 このツイートに対して、

  「お歌の世界の立ち位置では、言いにくいことを、あえて呟いてくださってありがとうございます」
  「あたしも食品にはめちゃくちゃ気ぃ遣います、、」

など最初こそ好意的な感想が寄せられたものの、すぐに厳しい指摘が相次ぐ。

  「あなたの知名度から、不用意な発言がデマを拡散させる事になることを自覚しなさい」
  「4年もたったいま、こんな活動家じみた発言で福島県死ね死ねを振りまく人間性には呆れますね」

 十分な理由や根拠を示さずに大塚さんが「未だに食品には不安が多く」といった断定的な発言をしたことに対して「不安をあおる」といった反発が相次いでいるようだ。

調査した全100家庭でセシウムの検出限界値を下回る
 実際は、今では福島の食事からは放射性物質はほぼ検出されていないと言ってもいい。生活協同組合コープふくしまが14年7月から15年2月にかけ、県内の100家庭の食事を陰膳方式(編注:一般家庭で調理された食事と同じものを検査し、栄養素や化学物質の総量を推定する調査)で測定。100家庭すべてで福島県産の食材も使用されていたが、どの家庭からも検出限界値の「1キログラムあたり1ベクレル」のセシウムは検出されなかった。この調査は、コープふくしまが15年3月7日に結果をウェブサイトで公開している。

 厚生労働省が定めている食品に含まれる放射性セシウムの基準値は、一般食品の場合で1キログラムあたり100ベクレル。福島で出されている食事は、この基準値を大幅に下回っていることになり、福島県産食材は安全と言ってもおかしくない状態だ。

 15年3月16日午後になっても、大塚さんは寄せられた指摘に未だ答えていない。

 しかし、「ファンにとってはカリスマですから、服装やメイクなどのファッションに留まらず、ライフスタイルや思想まで真似る人は多いと思いますので、不勉強な発言は控えて欲しいと思います」などの厳しい批判は寄せられ続け、15日には元ツイートと反応をまとめた記事まで作られた。


<祈りと震災>(22)土地を離れても共に/第4部 民の信仰(3)
河北新報 3月16日(月)13時30分配信

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津波に耐えて残った永浜家の一本松。根元のほこらには先祖から続く屋敷神が宿る=宮城県亘理町

  1階の窓はブルーシートで覆われている。東日本大震災の津波に集落がのまれた宮城県亘理町荒浜の2階建て家屋。辺りに人の気配はない。

  家の敷地の隅に高さ60センチのほこらがたたずむ。陶製の稲荷(いなり)様が祭られ、お神酒が供えられていた。

  家や土地を守る屋敷神だ。神様や仏様のような存在ともちょっと違うカミ。古くからの習俗として各地に広がる。

  「うちではオイナさんと呼んでいた」。震災前までここに暮らしていた永浜紀次さん(75)が語る。

  ほこらの脇で高さ十数メートルの松が神々しい存在感を放つ。津波に耐え抜いた。

  永浜家は200年以上続く漁師の家。墓石は5代前からの先祖の戒名を刻む。屋敷神は歴史を共にしてきた。

  阿武隈川の河口に自宅があった。「漁師として半世紀、シャコエビやカレイを捕りノリ養殖もした」。恵みあふれる海が懐かしくよみがえる。

  その海が牙をむいた。地震直後、海水が沖に引くのを見た。近くの小学校の屋上に避難してすぐ、無残な姿になった屋根や壁、柱が泥水に巻き込まれながら流れてきた。

  近所の行政区だけで38人が死亡、行方不明となった。「津波なんか来ない」と言っていた漁師仲間も命を落とした。

  自宅は1階の天井まで水に漬かったが、流されずに残った。長男家族を含む一家7人は全員無事。空高く枝を伸ばす松を見て、屋敷神がわが家を守ってくれた気がした。

  信心が厚かったわけでは必ずしもない。「隣は屋敷神に毎日お供えしていたが、うちは祭りの日と正月ぐらい」

  震災でありがたみが増した。感謝の気持ちを込め、屋敷神と松の根元のすぐ前に、背丈ほどの鳥居を建てた。

  何げなくしていてもふと湧き起こるカミの存在。先祖から脈々と受け継ぐ屋敷神はそんな信仰心の発露でもある。

  昨年、松に異変が起きた。葉が茶色になり枯れ始めた。

  震災前の記憶を刻む原風景として松に期待が寄せられていた。でも被災した自宅周辺は災害危険区域に指定され、再び住むことができない。

  「枯れたら希望が失われてしまう」。永浜さんと同じく松に神秘的な力を感じていた妻の由紀子さん(74)は心配を募らす。

  家主がそこにいなくなった屋敷神は、役目を終えたと思い、自ら区切りを付けようとしているのだろうか。

  松の異変に気付いたのは、夫婦で3年暮らした仮設住宅から別の場所に建てた新居に引っ越したころだった。

  「家が解体されたら、ほこらは新居に移す」。屋敷神への畏敬の念を抱き続ける。


田老かさ上げ国道開通 津波被災地で初
河北新報 3月16日(月)13時30分配信

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かさ上げされた宮古市田老地区の国道45号。左が旧国道(写真は一部加工しています)

  国土交通省が東日本大震災で被災した宮古市田老地区で進めてきた国道45号のかさ上げ工事が終了し、15日、新しくなった国道の通行が始まった。岩手、宮城両県の津波被災地でかさ上げした国道区間の使用を始めたのは初めて。

  かさ上げは昨年5月に着工。市田老一中前や市田老総合事務所前を通る区間(約1.3キロ)を山側に約40メートル移し、平均約2メートルかさ上げした。

  工事前と同じ片側1車線だが、災害時に緊急停車しやすいよう路肩部分を1.5メートル確保し、幅を5メートル広げて17メートルにした。

  正午から、同省三陸国道事務所の先導車に続き車両が次々と新しい国道を走った。新国道沿いでは今後、市の土地区画整理事業で住宅地や商業地が整備される。旧国道は封鎖され、海沿いの巨大防潮堤へ向かうには新国道の側道を通ることになる。

  旧国道との接続部分は工事が残っているため、4月下旬の大型連休前まで片側交互通行となる。


原子力推進の標語看板残して
2015年3月16日(月)12時19分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町で撤去が決まった「原子力明るい未来のエネルギー」などの看板をめぐり、看板の標語を考えた男性が16日、同町長と町議会議長に看板を保存するよう求める要望書を手渡した。

 男性は茨城県古河市在住の自営業大沼勇治さん(39)。撤去が決まった2枚の看板のうち「原子力明るい未来のエネルギー」は、大沼さんが考えた原子力推進の標語で、1988年に設置された。大沼さんは「原発事故の反省を踏まえ、子どもたちにうそのない真実の未来を残すため、負の遺産として残すべきだ」と保存を求めた。


両陛下、石巻のかまぼこ工場を視察
河北新報 3月16日(月)11時20分配信

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ガラス窓越しにかまぼこの製造工程を見学する両陛下=15日午前10時40分ごろ、石巻市

  宮城県を訪問していた天皇、皇后両陛下は15日、東日本大震災で被災した石巻市の「白謙蒲鉾店」門脇工場で笹かまぼこの製造工程などを視察された。震災後、石巻市入りは初めて。多くの犠牲者が出たことから、以前から訪問を希望していたという。

  同社の白出征三会長が「市内3カ所の店舗と工場が津波で最大6メートル浸水しました」と被災や生産再開の状況を説明。両陛下は「随分ご苦労も多かったでしょう」といたわりの言葉を掛け、魚のすり身を串焼きにしたり包装したりする作業をガラス窓越しに見学した。

  東松島市役所では地元の首長らと会食した。両陛下は同日午後、仙台市で開かれている国連防災世界会議の開会式出席など3日間の日程を終え、JR仙台駅から専用列車で帰京した。


希望の光ともした 南三陸VC閉所前に感謝祭
河北新報 3月16日(月)10時10分配信

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全国から大勢のボランティアが詰め掛けた「感謝のつどい」

  東日本大震災後、宮城県内の災害ボランティアセンター(VC)で唯一活動を続けてきた南三陸町災害VCが今月閉所するのを前に、ボランティアに感謝する集いが15日、町総合体育館であった。

  町と町社会福祉協議会が企画。災害VCを通して町内で活動をした約1万2000人に案内を送り、約1100人が参加した。

  感謝の辞で、佐藤仁町長は「お帰りなさい」と呼び掛けた。声を詰まらせながらがれき処理や産業支援などの活動を振り返り、「絶望と悲嘆に暮れた住民に、希望の光をともしてくれた」と貢献をたたえた。

  体験発表では、東京都府中市の生田久也さん(52)が「災害VCのサポートで安心して活動できた。南三陸の景色を見て復興が終わったと思う人はいない。来なくていいと言われるまで支援を続ける」と語った。

  会場の外では、住民らが鍋物やおにぎりを振る舞った。志津川小避難所自治会(当時)の仲間と参加した高橋長泰さん(61)は「素晴らしい行動力で支えてくれた」と感謝した。

  4月以降、町社協に設置するVCが町外ボランティアの受け入れを担う。町は災害ボランティア経験者を軸とした「南三陸応援団」を結成し交流拡大を図る。


「人の心離れていく」 福島4市町村長、窮状訴え 原発事故フォーラム
産経新聞 3月16日(月)7時55分配信

 仙台市で開催中の第3回国連防災世界会議の関連イベントとして、東京電力福島第1原発事故の被害報告と復興をテーマにしたフォーラムが15日、仙台市内で開かれ、福島県の4市町村長が放射線や風評被害に悩む現状を訴えた。

 飯舘村の菅野典雄村長は「4年過ぎると身も心も病んでいく。普通の災害はゼロからスタートできるが、放射線の闘いはゼロへの闘いをしなくてはいけない。一生懸命やってきたが、人の心が離れていく大変さがある」と苦悩を語った。

 原発事故後の病院避難と健康被害について報告した南相馬市立総合病院の及川友好副院長は「災害に備えた基幹病院になっていたが、放射線に対してどれくらい知識を持っていたか。恥ずかしい話で、原発で事故が起きたときにどれだけ影響があるか分からなかった」と吐露した。

 この日は、国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長が東北大主催の公開シンポジウムで講演。潘事務総長は「国際社会は皆さんの力強い復興を応援している」と東日本大震災の被災地にエールを送り、「(大震災から)4年でここまで見事に復興したのは、すさまじい力だ」と述べた。

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