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2015年3月14日 (土)

宮城沖地震に関するニュース・1936,2015年3月14日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:安倍首相「輸入制限再考を」=東北の食材でもてなし - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:国連防災会議 「なかったことにしない」大川小遺族が訴え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下、被災地でイチゴの摘み取りをご体験 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災 「ここに来る人は“家族”みたい」…大船渡市の『居場所ハウス』 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「実が大きい」両陛下、被災地の畑でイチゴ摘み - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<両陛下>宮城でイチゴ栽培を視察 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東北の伝統、外国人も鑑賞=震災からの復興祈り―成田空港 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:食品輸入規制の撤廃を要請 安倍首相、タイ暫定政権首相に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地の未来 小学生が想像 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:両陛下が震災犠牲者へ献花 岩沼「希望の丘」訪問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災の記憶生かす…100か国4万人が意見交換 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島・大熊>「いつか帰れるように」熊川河口のハクチョウ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<桜染め>「つながりは富岡」…福島から避難 群馬で復活 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染土壌など中間貯蔵搬入開始 環境改善に期待、事故など懸念も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵、搬入開始 地権者「故郷捨てたくない」 復興へ前進も、用地交渉難航 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵、搬入開始 最終処分に向け「減容化」図る - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

安倍首相「輸入制限再考を」=東北の食材でもてなし
時事通信 3月14日(土)21時44分配信

 「まだ日本の食材の輸入を制限している国があれば、どうか味わって考え直していただきたい」。安倍晋三首相は14日夜、国連防災世界会議の参加者らを招いて仙台市内のホテルで開いたレセプションで、日本の食材の安全性をアピールした。東京電力福島第1原発事故による風評被害を払拭(ふっしょく)しようと、地元東北の魚や肉を用いた料理と酒で各国首脳らをもてなした。
 首相の抜け目ないあいさつに会場からは笑いが起こり、出席した潘基文国連事務総長は「安倍首相は常々優れた政治リーダーだと尊敬しているが、また別の資質を発見した。優れた貿易推進者だ」と持ち上げた。 


国連防災会議 「なかったことにしない」大川小遺族が訴え
産経新聞 3月14日(土)20時39分配信

 「子供の命にしっかり向き合った話をしよう」。14日に仙台市内で始まった国連防災世界会議。関連イベントの中で、東日本大震災で児童74人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校の教訓がアピールされた。大震災に備え、世界各国との間で情報交換が活発に行われる一方で、会議では原子力防災の議論は少ない。日本の教訓が、いかに国際社会と共有できるかが会議成功のカギを握る。

 「次々に運ばれる何十人の子供の遺体の泥が付いた顔を拭いて、トラックに積んだ。あの光景を絶対繰り返してはなりません」

 大川小6年生の次女、みずほさん=当時(12)=を亡くした中学教諭の佐藤敏郎さん(51)は、防災会議の関連シンポジウムでこう訴えた。遺族の訴えは、100人の収容会場には入りきらず、大勢の立ち見が出るほど関心を集めた。

 大川小では地震発生後、児童らが学校のすぐ裏の山に逃げることも可能だったが、約50分間校庭で待機したため、避難を始めた直後、津波に巻き込まれた。

 佐藤さんは一人の教諭として「学校が子供を守る組織として機能しなかったことは許せない」と強調。「遺族の中には『そっとしておいてほしい』という気持ちの人もいる。しかしあれだけのことが起こって、なかったことにはしない」と語り継ぐ大切さを実感したという。

 シンポに同席した富山大の林衛准教授は「前代未聞ということで、忘れてしまおうということがあってはならない。語られないことは『ないこと』になる。大川小の問題はどういうものか語り継いでいくことが重要だ」と同調した。

 東京大地震研究所の纐纈一起(こうけつ・かずき)教授は「大川小の出来事は科学者にも責任がある。科学には不確かさがある。これからの先生に期待したいことは、ハザードマップが出たとしてもそれを疑う教育だ」と訴えた。


両陛下、被災地でイチゴの摘み取りをご体験
産経新聞 3月14日(土)20時29分配信

 宮城県を訪問中の天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災の津波で農地が壊滅的な被害を受けた東松島市の農業生産法人「サンエイト」を視察された。千葉久馬社長から除塩作業の成果で稲の生産量が戻ってきたとの説明を聞き、天皇陛下は「それは良かったですね」といたわられた。

 続いて、震災後にハウスでの水耕栽培を始めた宮城県オリジナル品種のイチゴ「もういっこ」の摘み取りをご体験。陛下が皇后さまにコツを教えられる場面もあり、両陛下とも12個ずつ箱に詰め、持ち帰られた。皇后さまは「(実のなっている場所が)高いから摘むのが楽ですね」と笑顔を見せられていた。

 両陛下はハウスを出た後、見送りに出た従業員一人一人に声をかけ、「津波からうまく逃げられましたか」「大変な経験だったけれど、お元気でね」などと励まされていた。


東日本大震災 「ここに来る人は“家族”みたい」…大船渡市の『居場所ハウス』
産経新聞 3月14日(土)20時18分配信

 東日本大震災は11日、発生から4年となった。被災地では依然、不便な生活が続く。出かける目的や場所、地域社会の喪失が心身の負担として蓄積していく。平成27年度から、医療や介護、予防、コミュニティーを生活圏域で活性化する「地域包括ケア」が本格化する。人々に、少しでも元気になってもらいたいと願うボランティアや専門職の取り組みを追う。

 「タコ丼できたよ」「ちょっと休んでいったら」

 明るい声が飛び交い、笑顔がはじける。2月下旬、岩手県大船渡市・末崎地区の住民交流拠点「居場所ハウス」で朝市が開かれた。

 野菜、焼き鳥、地元で採れたホタテ…。隣接する陸前高田市の名物「タコ丼」も並ぶ。地域の産品を中心に、約10団体が出展した。月1~2回開かれる朝市には、地区内外から多くの人が訪れる。買い物をする人もいれば、おしゃべりを楽しむ人もいる。

 居場所ハウスは25年6月、末崎地区の高台にオープンした。高齢者の知恵と経験を生かし、多世代交流の場にしてもらうのが狙いだ。地域住民らによるNPO法人「『居場所』創造プロジェクト」が運営。ハウスの中にはキッチンがあり、椅子(いす)とテーブルが並ぶ。お茶を飲んで自由におしゃべりする「目的がなくても立ち寄れる」場所だ。踊りや歌の教室などさまざまなイベントを開催する。

■引きこもり、孤独死…「地域再生」を

 大船渡市は27年度、復興へ向け転機を迎える。被災者の移転先となる災害公営住宅の8割以上が27年度中に完成。高齢化が進み、住まいが変わるなかで地域コミュニティーをどう形成するか、が課題だ。

 末崎地区には27年度、災害公営住宅72戸が完成、防災集団移転による戸建て用の宅地135戸のすべてが引き渡される予定だ。地区の公民館長で、同NPO法人の近藤均理事長は「災害公営住宅に引っ越した高齢者をどう支え、地域をどう再生していくかが課題だ」と指摘する。

 震災後、末崎地区でも孤独死が発生した。災害公営住宅などへの転居を機に、引きこもったり、孤独死したりするケースが懸念されるなか、人と人をつなぐ居場所ハウスに期待がかかる。「ここに来るのに、目的はいらない。足を運ぶ高齢者も自然と増えた」(近藤理事長)

■出会い、知り合いとの再会

 近くの市営住宅に住む村上セツさん(92)は、イベントのたびに居場所ハウスに足を運ぶ。震災前は末崎地区で1人暮らし。被災して車で20分ほど離れた仮設住宅に転出した。知り合いもなく、精神的なダメージで引きこもった。だが、昨年6月、末崎地区の市営住宅に入居でき、居場所ハウスに通い始めた。生活は一変した。知り合いとの再会。外出を楽しみ、懐かしい知人との交流で明るい気持ちが生まれた。

 村上さんは「みんながセツさんって声をかけてくれる。ここに来る人は家族みたい」と笑顔を見せる。

 医療や介護の人材が限られるなか、住民も介護予防に関わるまちづくりが始まる。居場所ハウスでは、毎日顔を出す人が姿を見せなければ、スタッフが様子を見に行くこともある。居場所ハウスの鈴木軍平館長は「まず、家から出てここに来てもらう。交流が心身のケアにつながっていく」。

 ■岩手県大船渡市 岩手県沿岸南部に位置し、人口約3万9000人。平成26年度の高齢化率は33・3%。基幹産業は水産業。東日本大震災では、死者340人、行方不明者79人、建物被害は5566世帯に及んだ。避難者は最大8700人超。


「実が大きい」両陛下、被災地の畑でイチゴ摘み
読売新聞 3月14日(土)19時7分配信

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栽培ハウスでイチゴを摘まれる天皇、皇后両陛下(14日午後、宮城県東松島市で)=代表撮影

 国連防災世界会議の開会式出席のため宮城県を訪問中の天皇、皇后両陛下は14日、東日本大震災で津波の被害を受けた東松島市の農業法人の畑を訪れ、震災後に新設されたビニールハウスでイチゴの摘み取りを体験された。

 この農業法人は震災後、浸水した農地を除塩し、新たにイチゴ栽培を始めるなど規模を拡大させている。両陛下は、真っ赤に実った宮城県オリジナル品種「もういっこ」の実を12個ずつ丁寧に摘み取り、「実が大きい」と笑顔で話された。

 両陛下はこの日午前の世界会議の開会式の後、県幹部らとの昼食に出席された。天皇陛下は「こういう国際会議が仙台で開かれるのは意義深いことですね」と話されたという。


<両陛下>宮城でイチゴ栽培を視察
毎日新聞 3月14日(土)18時51分配信

 天皇、皇后両陛下は14日、仙台市の仙台国際センターで開かれた第3回国連防災世界会議の開会式に出席された。開会式前に会議に出席する各国の大統領や首相らと面会し、国連の潘基文(バン・キムン)事務総長夫妻と懇談した。

 その後、津波で農地が浸水し、施設が全壊した宮城県東松島市の農業生産法人「サンエイト」を視察した。同所では震災後からイチゴ栽培を始めており、両陛下は栽培ハウスの中に入って同県のオリジナル品種「もういっこ」を丁寧に摘んで箱に入れた。天皇陛下は社員らに「(津波による)塩害は大丈夫でしたか」と話し、皇后さまは「今の生活はいかがですか。お元気でお過ごしくださいね」と気遣った。 【真鍋光之】


東北の伝統、外国人も鑑賞=震災からの復興祈り―成田空港
時事通信 3月14日(土)18時50分配信

 成田空港第2旅客ターミナルビルで14日、東北6県の伝統芸能を披露するイベントが開かれ、海外に出発する旅客や見送り客らが鑑賞した。
 イベントは東日本大震災から4年の節目に、被災地の復興を祈るとともに外国人旅客らに日本文化への理解を深めてもらおうと、成田国際空港会社が企画。2日間の日程で、東北出身の民謡歌手や楽器奏者、伝統舞踊の愛好家らが、各県自慢の芸能を演じる。
 14日は、青森県の津軽三味線、宮城県の「すずめ踊り」、福島県の会津民謡が実演され、外国人旅客がスマートフォンで写真を撮るなどしていた。
 15日は岩手県の「盛岡さんさ踊り」、秋田県の「西馬音内(にしもない)盆踊り」、山形県の「花笠踊り」が披露される。 


食品輸入規制の撤廃を要請 安倍首相、タイ暫定政権首相に
産経新聞 3月14日(土)17時43分配信

 安倍晋三首相は14日、タイ暫定政権のプラユット首相と仙台市で会談し、東京電力福島第1原発事故による宮城、福島、群馬3県の食品輸入規制の撤廃を要請、プラユット氏は「近く朗報を届けられるようにしたい」と応じた。タイの高速鉄道網整備に向けた両国の協力を加速させる方針も確認した。


被災地の未来 小学生が想像
河北新報 3月14日(土)14時45分配信

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(写真:河北新報)

  ◇…国連防災世界会議を目前に控え、仙台市青葉区の竹中工務店東北支店定禅寺ギャラリーに「被災地の未来」が現れた。

  ◇…2メートル40センチ四方のパネル上に、避難タワーや小型水力発電所など震災の教訓を生かした街の模型が広がる。菜園や図書館が入った避難ビルもあり、防災に環境、文化の視点を融合させた未来都市になっている。

  ◇…東日本大震災で一部学区が被災した若林区七郷小の6年生が、将来の七郷を想像して作った。14日にはギャラリーに集い「まちづくり」に込めた思いを世界へ発信する。


両陛下が震災犠牲者へ献花 岩沼「希望の丘」訪問
河北新報 3月14日(土)14時45分配信

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千年希望の丘の慰霊碑に花を供える両陛下=13日午後1時55分ごろ、岩沼市

  天皇、皇后両陛下は13日、仙台市で14日開幕する第3回国連防災世界会議の開会式臨席と東日本大震災被災地視察のため、宮城県入りされた。震災後、両陛下が来県するのは2011年4月、12年5月、14年7月に続き4回目。

  両陛下は同日午後、特別機で仙台空港に到着。冷たい雨が降る中、津波よけの機能を持つ岩沼市の「千年希望の丘」を訪問し、慰霊碑に白菊の花束を供えた。

  千年希望の丘について菊地啓夫岩沼市長から説明を受けると、両陛下は「鎮魂の思いが込められていますね」と話した。車窓から周辺を視察した天皇陛下は地盤沈下の程度や、植樹された木の種類などを尋ねた。

  両陛下は14日、午前に防災会議の開会式に出席し、午後は東松島市のイチゴ栽培農家を視察。15日午前に石巻市のかまぼこ工場を訪問し、午後に専用列車で皇居に戻る。


震災の記憶生かす…100か国4万人が意見交換
読売新聞 3月14日(土)13時52分配信

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国連防災世界会議の開会式に出席された天皇、皇后両陛下(14日午前11時12分、仙台市の仙台国際センターで)=代表撮影

 震災の経験から何を学ぶのか――。東日本大震災の被災地、仙台市で14日開幕した第3回国連防災世界会議には、18日までの期間中、本体会議に出席する100か国以上の首脳・閣僚級のほか、民間人も合わせ4万人以上が参加する見通しだ。

 参加者たちは、4年前の震災の記憶を持つ市民らも交え、初日から早速、議論を繰り広げた。

 開会式の会場となった仙台国際センター(青葉区)には、各国の代表ら関係者が次々に到着し、周辺は国際会議らしい華やかな雰囲気に包まれた。

 参加者の一人、リジー・ブレイスデールさん(32)は、2010年の地震で約32万人が死亡したハイチで学校の耐震化を手がけているといい、「学校の安全性は多くの国でまだ低い。会議を機に、防災への理解が広がってほしい」と期待。インドの団体職員ラマン・カンナンさん(45)は「インドでは度々洪水が起きている。防災を進めるには資金援助も必要だ」と訴えた。


<福島・大熊>「いつか帰れるように」熊川河口のハクチョウ
毎日新聞 3月14日(土)13時23分配信

 ◇中間貯蔵施設から南に1.5キロ

 福島第1原発事故後の除染で出た汚染土などの搬入が始まった中間貯蔵施設の保管場から南に約1.5キロ。大熊町を流れる熊川河口で北帰行ほっ(きこう)に備えハクチョウが羽を休める。防護服姿の同町現地連絡事務所職員が姿を見せると、餌を求めて寄ってきた。

 北岸一帯は同施設と岸辺を隔てる緩衝緑地帯となる予定だが、事務所ではハクチョウやサケが「安心して戻ってこられるよう」、この水辺の自然保護を町に求めている。

 おととし4月に開設された事務所の職員には、大熊町の要職を定年退職した初老の男性ら6人が志願した。「いつか住民が帰れるように」と、居住地の96%が帰還困難区域となった無人の古里で、道路の維持や一時帰宅者の安全確保に当たる。

 復興事業課長だった横山常光さん(62)は、「町外の人たちも、ここが自分の古里だったという視点で、施設を受け入れる住民の気持ちを思ってほしい」。福島の人たちの心を映す言葉が重く響いた。【森田剛史】


<桜染め>「つながりは富岡」…福島から避難 群馬で復活
毎日新聞 3月14日(土)12時8分配信

 ◇全町避難が続く福島・富岡町の障害者施設

 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県富岡町で知的障害者施設を運営していた社会福祉法人「友愛会」が、避難先の群馬県で世界遺産・富岡製糸場(富岡市)の桜の葉を使い、「桜染め」を復活させた。「富岡つながり」で交流が生まれ、製糸場での販売を目指している。

 友愛会は富岡町で四つの障害者施設を運営していた。近くには、桜のトンネルで知られる夜の森の桜並木がある。2005年、剪定(せんてい)された桜の枝葉を煮出した液でシルク生地をピンク色に染める桜染めを開始。コサージュやスカーフなどをつくり、06年には「ふくしま特産品コンクール」で知事賞を受けた。

 原発事故の後、友愛会は群馬県高崎市に利用客ら約120人が避難。「富岡」が結んだ縁で富岡製糸場構内の桜の葉を使えることになり、今年2月に、群馬産の生糸で織ったハンカチ30枚を染めた。

 事故前、桜染めの工房は毎日のように活動し、年間80万円ほどの売り上げがあった。現在は避難先で週1、2回。作業する入所者は4人に半減した。中心メンバーで福島県相馬市出身の立谷雅光さん(46)は実家が東日本大震災の津波で流された。以前は正月などの休暇には帰省していたが、避難後は両親ともなかなか会えなくなり、「帰りたい」とこぼすこともあった。それでも、桜染め作業を始めると、生き生きした表情が戻ってきた。

 友愛会は来春、富岡町と同じ双葉郡の広野町に施設を再建する。事務局長の寺島利文さん(61)は「やっと帰郷というゴールができた。福島に帰った後も、富岡市の桜で染め物を続けたい」と話している。【尾崎修二】


汚染土壌など中間貯蔵搬入開始 環境改善に期待、事故など懸念も
産経新聞 3月14日(土)7時55分配信

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中間貯蔵施設予定地に搬入される除染廃棄物=13日午後、福島県大熊町(三尾郁恵撮影)(写真:産経新聞)

 東京電力福島第1原発事故で出た除染廃棄物について、環境省は13日、福島県大熊町の中間貯蔵施設予定地への搬入を始めた。県内の廃棄物が集約されることで、生活環境の改善や除染の加速化が期待される。一方で用地取得が難航し施設本体の建設時期は不明。廃棄物を積んだ大型トラックの交通量増加も予想され、道路状況の悪化や事故などへの懸念もある。

 中間貯蔵施設は福島第1原発周辺の大熊、双葉両町にまたがる約16平方キロに建設される予定で総工費は約1兆1000億円。除染で出た汚染土壌や汚泥、草木などの廃棄物を約3000万トン貯蔵できる。だが、本格稼働の見通しが立っていないため、搬入された廃棄物は一時保管場2カ所(計約2ヘクタール)で管理される。当初予定していた双葉町側の保管場への搬入は町内の調整が付かなかったため、25日に延期された。

 環境省によると、搬入開始後の1年間は輸送上の課題などを探る「試験輸送」と位置付けた。最初の1年間で搬入するのは計約4万3000立方メートルで、最大2200万立方メートル(東京ドーム18杯分)と推計される廃棄物全体の1%以下にとどまる。

 政府は当初、今年1月中に廃棄物を施設予定地に搬入する方針だったが、施設受け入れをめぐる福島側との交渉の長期化や地権者約2400人との用地交渉が難航したことなどから搬入時期を延期していた。国は搬入開始日から最大30年間、廃棄物を保管後、県外で最終処分すると法律で定めたが、最終処分場の確保は見通せない。


中間貯蔵、搬入開始 地権者「故郷捨てたくない」 復興へ前進も、用地交渉難航
産経新聞 3月14日(土)7時55分配信

 東京電力福島第1原発事故で出た除染廃棄物の中間貯蔵施設予定地内への搬入作業が13日、福島県大熊町で始まった。原発事故から丸4年が経過したが、地元住民はいまなお故郷を離れて避難生活が続く。廃棄物を1カ所にまとめれば、生活環境の改善が期待できるが、一方で施設予定地の住民は「故郷を捨てたくない」と苦しい思いを抱えている。

 大熊町の仮置き場では午前7時半から、汚染土を入れた袋を移動する作業が始まった。午後1時ごろには、約10人の作業員が10トントラックに6個のフレコンバッグ(廃棄物用の袋)を積み込んだ。作業は慎重を期して進められ、午後3時40分に初めての搬入作業を無事に終えた。

 搬入作業後、環境省の藤塚哲朗・中間貯蔵施設等整備事務所長は「試験輸送を通じて問題点をあぶり出しながら保管場の工事を進めていきたい」と気を引き締めた。

 県内には廃棄物の仮置き場が983カ所、民家の庭先などの「現場保管」は約8万6千カ所に上り、復興を大きく妨げている。搬入が始まっても課題は山積しており、最も困難なのが、約2400人に上る地権者との用地交渉だ。

 今月上旬にはようやく一部で売買契約が成立したが、施設を建設できる用地は取得できていない。13日に廃棄物が搬入されたのは、あくまで一時的な保管場にすぎない。

 望月義夫環境相は「福島の再生、復興の大きな一歩。受け入れてくれた地元に感謝したい」と述べた。

 しかし、地権者にとっては苦しい選択だ。自宅が同県双葉町の施設予定地内にある林日出子さん(83)は「搬入から30年以内に県外に搬出する約束も、そんな先では私たちはもういない。本当は故郷は捨てたくない」と胸の内を明かした。

 一方で、廃棄物搬入に前向きな意見もある。双葉町から同県郡山市に避難し仮設住宅で生活する専門学校1年、志賀一稀(かずき)さん(22)は「福島が復興するためには必要な施設だと思う。故郷がなくなるのは寂しいけど、(搬入を)早く進めてほしい」と話した。

 中間貯蔵施設予定地から50キロ以上離れた福島市の渡利地区に住む無職男性(81)は「(廃棄物は)早く持っていってほしいが、受け入れ先は故郷を失うかもしれない。押し付け合いだ」と複雑な心境を語った。


中間貯蔵、搬入開始 最終処分に向け「減容化」図る
産経新聞 3月14日(土)7時55分配信

 中間貯蔵施設予定地の保管場に搬入された土や汚泥、草木などの除染廃棄物について、政府は30年以内に福島県外で最終処分することを法律で明文化した。廃棄物を最終処分場に運び出すまでの間に、中間貯蔵施設では、廃棄物の量を少なくする「減容化処理」に挑む。

 環境省によると、廃棄物が入った袋のうち、劣化したものは、強度が高く水分を通さない袋に移し替える。県内の仮置き場や民家の庭先などに保管されてから既に3年以上が経過したものもあり、保管場で中身が漏れ出さないようにするためだ。

 搬入された廃棄物は、雨水がたまらないよう排水処置が施された保管場で、日光や水分を通さないシートで覆い、中間貯蔵施設が稼働するまで保管される。

 施設に移した後は、まず放射線量の濃度や廃棄物の種類ごとに分別。その後、薬品を使ったり焼却したりする減容化処理を行う。減容化のための研究開発は、平成27年度から本格的に進める方針だ。

 放射性セシウム濃度が1キロ当たり10万ベクレル以上の焼却灰や汚染された土などは、それぞれ専用の貯蔵施設で保管する。

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