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2015年3月12日 (木)

宮城沖地震に関するニュース・1934,2015年3月12日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:<汚染水>雨水漏れせきの周囲が高線量…地下水汚染の可能性 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:風評払拭へ福島産品アピール=外務省と県がレセプション - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島県で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<原発事故>新たに5世帯9人が東電など賠償提訴 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:大友克洋さんの陶板レリーフ 仙台空港に設置 震災復興のエールに - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興事業効果を検証=安倍首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:全線開通の常磐道、1日あたりの交通量は7500~3万1800台 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島県警に20人派遣=復興支援で壮行式―警視庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設「卒業後」もつながろう 仙台8ヵ所連携 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>こぼれる涙と今歩む - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「関東大震災から4年・・・」 ネットに流れる「間違いツイート」は震災の「風化」? - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>旧閖上中 校舎前で最後の集い - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地励ます巨大レリーフ - 速報:@niftyニュース.
リンク:<震災4年>伝える・岩手 三鉄で震災学ぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>写真返却活動 女川町で終了 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災>関連自殺者は22人 福島県が7割 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>「AKIRA」漫画家描く仙台空港の陶板壁画 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:雨水漏えいで地下水汚染か - 速報:@niftyニュース.
リンク:福島は依然高水準=東日本大震災の自殺 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>家族の思い背に 被災地集中捜索 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>復興事業ヤマ場の1年に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波で流された写真保管、女川のセンター閉鎖 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 午後2時46分 鎮魂の祈り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 大川小で祈り - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東電再建に再び不信の目 汚染水の外洋流出、廃炉へ大きく影響 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 復興財源の地元負担が焦点に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:【震災から4年、一歩一歩】国立聖火台を元気の象徴に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:津波、母残し…受け入れられないような悲しみ - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

<汚染水>雨水漏れせきの周囲が高線量…地下水汚染の可能性
毎日新聞 3月12日(木)22時15分配信

 東京電力福島第1原発の汚染水貯蔵タンク群を囲むせき(高さ30~50センチ)から放射性物質を含む雨水が漏れた問題で、東電は12日、せきの周囲に高線量の場所があり、そこからせき内に放射性物質が流れ込んで雨水が汚染された可能性があると発表した。今回の雨水漏れでは、周辺の地下水からストロンチウム90などベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり1万1000ベクレル検出されており、地下水も汚染している可能性が出ている。

 東電によると、11日にせき外側で放射線量を測定した結果、最大でベータ線が1時間当たり約35ミリシーベルトと高線量の場所が見つかった。2012年に高濃度汚染水が漏れ、そのうち約100トンが土壌に染みこんだ場所で、東電は「当時の土が回収しきれず残っていたと考えられる」と説明する。

 東電は汚染範囲の把握のため、監視を強化するとともに対策を急ぐ。東電は「タンクからの汚染水漏れはなく、地下水が海へ流出することはない」と話す。【斎藤有香】


風評払拭へ福島産品アピール=外務省と県がレセプション
時事通信 3月12日(木)20時28分配信

 外務省と福島県は12日、東京電力福島第1原発事故による風評被害を払拭(ふっしょく)するためのレセプションを東京都内で開いた。同省飯倉公館の会場では、福島県産の食材を用いた料理や酒が各国の駐日大使ら招待客に振る舞われ、同県いわき市の観光施設「スパリゾートハワイアンズ」のフラガールによるダンスも披露された。
 岸田文雄外相はあいさつで「ぜひこのおいしさを実感して本国に報告いただき、福島県産品の輸入規制緩和・撤廃につなげていただくよう強くお願いしたい」と呼び掛けた。内堀雅雄知事も「ぜひ自分自身の体で、目で味わっていただければと思う。多くの課題を乗り越えて福島が世界に誇れる復興を進めていく」と訴えた。 


福島県で震度3
時事通信 3月12日(木)20時13分配信

 12日午後8時2分ごろ、福島県沖を震源とする地震があり、同県いわき市で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約40キロ。地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定される。主な各地の震度は次の通り。
 震度3=福島県いわき市
 震度2=福島市、宮城県石巻市、茨城県高萩市、栃木県那須町。 


<原発事故>新たに5世帯9人が東電など賠償提訴
毎日新聞 3月12日(木)18時51分配信

 東京電力福島第1原発事故による放射能汚染で生活の平穏を奪われ避難を強いられたとして、福島県などからの避難者が国と東電に損害賠償を求めた訴訟で、新たに5世帯9人が12日、計9000万円の賠償を求めて神戸地裁に提訴した。同地裁での3次提訴で、原告は計34世帯92人、総額7億9000万円になった。

 新たな原告は、福島県南相馬市や富岡町、福島市に住んでいた9歳~60代の男女。慰謝料として、1人あたり750万~1500万円を請求している。

 事故の半年後、富岡町から兵庫県宝塚市に避難し、現在は大阪市東住吉区に住む主婦(41)が提訴後、神戸市内で記者会見。「親類や友人は全国ばらばらに避難している。原発事故による避難そのものが多大な負担になっている人がいることを忘れてはいけない」と語った。【後藤豪】


大友克洋さんの陶板レリーフ 仙台空港に設置 震災復興のエールに
産経新聞 3月12日(木)18時43分配信

 世界的にヒットした「AKIRA」などの作品で知られる宮城県登米市出身の漫画家、大友克洋さん(60)が原画を描いた陶板レリーフが同県名取市の仙台空港に設置され、12日、除幕式が行われた。

 東日本大震災の被災地にエールを送ろうと制作。幅約8・7メートル、高さ約2・8メートルで、タイトルは「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤(ハトウ)ヲ越ユルノ図」と名付けた。ロボットのような魚にまたがった少年が風神と雷神を引き連れ、荒波を乗り越える様子を描いたという。

 除幕式に出席した大友さんは「子供たちに触ってもらい、震災を語りつないでほしい」と話した。


復興事業効果を検証=安倍首相
時事通信 3月12日(木)18時20分配信

 安倍晋三首相は12日の衆院予算委員会で、東日本大震災からの復興に関し、2016年度以降の新たな復興支援の枠組み策定に当たり、15年度までの集中復興期間中の事業効果を検証する考えを示した。維新の党の江田憲司代表への答弁。
 首相は「計画を作っていく上で、今までの復興の総括をしていく必要がある」と指摘。「これまでの支援の在り方をレビューする作業をし、集中復興期間以降にどのような課題が残され、どのような事業を行っていくべきか、整理していく」と述べた。 


全線開通の常磐道、1日あたりの交通量は7500~3万1800台
レスポンス 3月12日(木)16時52分配信

NEXCO東日本東北支社は、常磐富岡IC~浪江IC間の開通により、3月1日から全線開通となった常磐自動車道の交通量を発表した。

常磐自動車道は、東京都から宮城県仙台市までの約350kmの高速道路。全線開通から1週間後のいわきJCTから仙台若林JCTまでの1日あたりの交通量は、7500~3万1800台。今回開通した常磐富岡IC~浪江IC間の交通量は7700台となっている。

一方、常磐自動車道と並行する国道6号の交通量は、最大で3割程度減少した。

《レスポンス 纐纈敏也@DAYS》


福島県警に20人派遣=復興支援で壮行式―警視庁
時事通信 3月12日(木)14時56分配信

 警視庁は12日、東日本大震災で大きな被害を受けた被災地の復興支援のため、福島県に特別出向する警察官20人の壮行式を行った。
 任期は1年間で、地域のパトロールや仮設住宅の巡回訪問などに当たる。20人のうち14人が福島県出身者。被災地への警視庁の警察官出向は今回で4回目。
 高綱直良警視総監は「震災から4年が経過したが復興は道半ばで、治安面でも多くの課題が山積している。皆さん一人一人の力が福島県警の活力となり、本格的な復興の力強い礎となると確信している」と訓示した。 


仮設「卒業後」もつながろう 仙台8ヵ所連携
河北新報 3月12日(木)14時50分配信

  東日本大震災の被災者が入居する仙台市内8カ所の仮設住宅が連携し、住民交流会を5月に開催する。自宅の再建や災害公営住宅の完成が相次ぎ、仮設住宅を「卒業」する住民も増える中、「苦楽を共にした仲間とのつながりを持ち続けたい」と年1回程度の「同窓会」をする予定だ。

  交流会は5月9日、青葉区の仙台市シルバーセンターで開く。震災発生からの4年間を映像で振り返り、仮設住宅対抗カラオケ大会で盛り上がる。

  宮城野区文化センターで今月7日にあった交流会の企画会議には、各仮設住宅の自治会長ら約20人が集まった。「仮設住宅の住民で踊りを披露したい」「これからも連絡が取れるよう名簿を作りたい」といった意見が出た。

  交流会の開催は大阪市のNPO法人「アジアフレンドシップウェイブ」が提案した。震災後、仙台を中心に被災地の仮設住宅を回り、関西を拠点に活動する歌手高橋樺子(はなこ)さんのコンサートを200回以上開いてきた。

  被災者との交流を続けるうちに仮設住宅の住民たちが高橋さんの応援団を結成した。持ち歌のカラオケ映像に出演したり、東京での新曲披露会に応援に行ったりした。交流会には住民全員で感謝を伝えようと高橋さんを招待する。

  みなし仮設住宅の川内国家公務員住宅(青葉区)で暮らす小瀬良けさ子さん(64)は「樺ちゃんはみんなの娘のような存在。応援してきたたくさんの人と楽しい会にしたい」と話す。

  市内の仮設住宅に入居するのは7147世帯(2月1日現在)でピーク時の約6割にまで減っている。一方で転出先での孤立などコミュニティーの維持が課題になっている。


<震災4年>こぼれる涙と今歩む
河北新報 3月12日(木)14時50分配信

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雪が降りしきる中、震災で犠牲になった同級生に祈りをささげる夫婦=11日午前9時50分ごろ、気仙沼市波路上杉ノ下

  そっと目を閉じる。懐かしい笑顔、懐かしい景色。浮かび上がる思い出は決して色あせることはない。東日本大震災から4年の11日、東北の被災地は慰霊の祈りに包まれた。

【写真特集】各地の追悼行事 鎮魂と復興へ願いこめ

  全国の死者、行方不明者は1万8000人を超える。浜辺で、職場で、雑踏の中で。人々は犠牲者一人一人に思いをはせながら、手を合わせた。

  目を開けば津波浸水域には荒涼とした空き地が広がり、原発事故の影響も色濃く残る。失われた日常と平穏は今も戻らない。いとしい人への追悼を地域再生の誓いに変え、被災地は復興への道を歩み続ける。


「関東大震災から4年・・・」 ネットに流れる「間違いツイート」は震災の「風化」?
J-CASTニュース 3月12日(木)14時46分配信

 東日本大震災から4年を迎えた2015年3月11日、ネット上に追悼の声が多数寄せられた。復興が遅々として進まない中、震災や原発事故の「風化」を危惧する声も上がっているという。

 その一方で、ネットでは震災の風化ともかかわるある出来事が話題を集めている。

■「四年前に関東大震災っていうのがあったらしい」

  「今日の4年前 関東大震災お見舞い申し上げます はやく完全復興しますように」
  「四年前に関東大震災っていうのあったらしい」
  「関東大震災から4年たちました。当たり前に過ごせてる生活に感謝したい」

 ネット上に溢れる「追悼ツイート」の中になぜか「関東大震災」の文字がチラホラ。もちろん、関東大震災は今から92年前の1923(大正12)年9月1日に発生した。4年前に東北地方を襲った地震は2011年4月1日、時の菅直人政権が「東日本大震災」という名称にすると閣議決定している。

 それ以降、報道各社は「東日本大震災」の名称を使い、復興の様子や原発事故の進展などを繰り返し伝えてきた。

 しかし、ツイッターなどでは双方を混同したかのような声が少なからず見受けられる。よほど衝撃的だったためか、ツイートをまとめて晒し、「関東大震災91年前です」などと揶揄するユーザーも出た。

「こんなに馬鹿が多いとは」
 「揚げ足取りはよくない」「ネタにするべきことなのか、考えが至りませんか?」と諌める声も出たが、それを上回る勢いで「こんなに馬鹿が多いとは」「間違っている時点で忘れるも何も、ちゃんと理解出来てない」「どうしようもないですね」と厳しい指摘が相次いだ。

 真偽は確認できないものの「これって、関東と東北で関東大震災にしたんじゃないのかなー、と思いました」との、うがった見方も出ている。

 もっとも、ツイートの文面だけでは、風化してしまったのか、震災自体を知らなかったのか、東日本大震災の違った「表現」なのか、判断できない。


<震災4年>旧閖上中 校舎前で最後の集い
河北新報 3月12日(木)13時35分配信

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犠牲者へのメッセージを託して風船を飛ばす参加者

  名取市の旧閖上中校舎前では、閖上中遺族会による追悼の集いが開かれ、白いハト型などの風船360個が空を舞った。

  津波で犠牲になった閖上中の生徒14人の名前を刻んだ慰霊碑前で行われた。参加者は午後2時46分に黙とうをささげた後、犠牲者へのメッセージを書き込んだ風船を一斉に飛ばした。

  旧閖上中校舎は復興事業に伴って解体されるため、校舎前で追悼の集いを開くのはことしが最後になる見通し。遺族会は慰霊碑を日和山周辺に移すことを計画している。

  遺族会代表の丹野祐子さん(46)は「校舎はなくなっても、あの日の記憶は決して消えないように活動していく」と話した。


被災地励ます巨大レリーフ
2015年3月12日(木)12時49分配信 共同通信

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 漫画家大友克洋さん(左)が原画を制作し、仙台空港でお披露目された巨大な陶板レリーフ=12日午前

 東日本大震災の被災地を元気づけようと、宮城県登米市出身で「AKIRA」などの作品で知られる漫画家大友克洋さん(60)が原画を制作した巨大陶板レリーフが12日、仙台空港に設置され、一般にお披露目された。

 縦2・8メートル、横8・7メートルで「金華童子風神雷神ヲ従エテ波濤ヲ越ユルノ図」と名付けた。「童子」が荒波を越えていく力強い構図で、厳しい環境に負けず未来に向かう姿をイメージしたという。

 この日、除幕式に参加した大友さんは「将来、子どもがこれを見て家族と震災があったことを振り返ってもらいたい」と話した。空港1階の国際線到着ロビーに設置されている。


<震災4年>伝える・岩手 三鉄で震災学ぶ
河北新報 3月12日(木)12時40分配信

  第三セクター三陸鉄道(宮古市)は、個人客を対象とした「震災学習列車」を運行した。久慈-田野畑間を走る北リアス線コースには、岩手県内をはじめ北海道や東京都、静岡県などから14人が参加した。

  ガイド役は三鉄職員。車窓から見える復興工事の状況を説明したほか、震災発生時の状況を当時の写真を示しながら振り返った。

  地震発生時刻の午後2時46分に合わせ、列車は陸中野田-野田玉川間の太平洋が見える地点に停車。追悼のサイレンが響くと、乗客全員が海の方に手を合わせて黙とうした。

  盛岡市の主婦加藤裕子さん(65)は「行方不明の方が早く見つかるようにと祈った。ガイドさんから津波で多くの人が亡くなった経緯を聞き、胸に込み上げてくるものがあった」と教訓をかみしめるように語った。

  震災学習列車は団体客向けに2012年6月に始まった。これまで441団体、1万9000人が利用した。個人参加の要望が多かったため、昨年から3月11日に限って個人対象の列車を運行している。


<震災4年>写真返却活動 女川町で終了
河北新報 3月12日(木)12時40分配信

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津波で流失した写真の束をめくり、家族の姿を探す人たち=11日正午ごろ、宮城県女川町総合体育館

  東日本大震災から4年が経過し、被災地で回収された写真の返却活動が節目を迎えている。引き取りの減少からサービスをやめるケースが出ており、宮城県女川町も11日、最後となる展示会を開いた。追悼式会場などで陳列した自治体では、被災者らが家族らとの思い出を求めていた。

  女川町は町総合体育館に約3万9000枚の写真を並べた。祖母の遺影を含む家族の写真8枚を見つけた同町の主婦木村佳世子さん(52)は「津波で自宅が流され、アルバムも失った。見つかって本当によかった」と話した。

  保存・管理を担う町写真センターは、約9万6000枚を回収、洗浄するなどしてきた。これまで約6割に当たる5万7000枚超を返却しており、残った写真やデータの取り扱いは今後検討する。

  今月末に返却を終える宮城県亘理町は、追悼式会場の一角に約4万5000枚を展示。約30人が訪れた。

  同町荒浜地区出身の主婦伊藤美和さん(37)=神奈川県=はこの日、60枚の返却を受けた。「両親と姉を津波で亡くし、家族で残ったのは私だけ。命日に見つけられて、運命を感じる」と喜んだ。

  町は31日まで町内の公共ゾーン仮設住宅の第3集会所で展示、返却を続ける。


<東日本大震災>関連自殺者は22人 福島県が7割
毎日新聞 3月12日(木)11時25分配信

 ◇警察庁と内閣府 14年の1年間

 警察庁と内閣府は12日、2014年の1年間に東日本大震災に関連したと判断された自殺者数が22人だったと発表した。前年比16人減だが、水準は12年(24人)とほぼ同じ。福島県が7割近くを占めており、内閣府の担当者は「福島が突出する理由ははっきりしないが、仮設住宅の見回り訪問などの対策を強めたい」としている。

 22人の発見場所の内訳は、福島15人(前年比8人減)▽宮城4人(同6人減)▽岩手3人(同1人減)。遺書などで推定できる動機を1人につき三つまで計上したところ、体の病気やうつ病など健康問題11人▽家庭問題5人▽負債など経済・生活問題2人--などだった。福島県では、60代が前年から4人増えて6人となり、全15人中8人が60代以上だった。

 全国の自殺者数も確定し、前年比1856人減の2万5427人だった。年間の自殺者数が3万人を下回ったのは3年連続で、1997年とほぼ同じレベルにまで下がったが、内閣府は「すべての世代で低下したが、まだまだ高水準だ」とみている。

 内訳は、全体の約68%が男性で、職業は「無職者」が約6割を占めた。年代別では60代が4325人と最多だったが、人口10万人当たりの自殺者数を示す「自殺死亡率」では50代が27.1人でトップだった。

 原因・動機別(複数回答)では、健康問題1万2920人▽経済・生活問題4144人▽家庭問題3644人▽勤務問題2227人--など。健康問題の主な理由は、「うつ病の悩み・影響」5439人、「体の病気」4119人--などだった。【長谷川豊】


<大震災4年>「AKIRA」漫画家描く仙台空港の陶板壁画
毎日新聞 3月12日(木)11時22分配信

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仙台空港に設置された巨大な陶板壁画と原画を担当した大友克洋さん=宮城県名取市で2015年3月12日午前11時4分、梅村直承撮影

 ◇ターミナルビル国際線1階到着ロビーで除幕式

 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた仙台空港(宮城県名取市)のターミナルビル国際線1階到着ロビーで12日、「AKIRA」などで世界的人気を誇る漫画家、大友克洋さん(60)が原画を描いた陶板壁画の除幕式が行われた。

 壁画は高さ約2.8メートル、幅8.7メートル。人間が荒波を乗り越え、未来に向かう姿を表現した。同県登米市出身の大友さんが、親子で震災と復興を話し合う機会になるようにとの願いを込めた。【梅村直承】


雨水漏えいで地下水汚染か
2015年3月12日(木)10時26分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発の汚染水を保管するタンク群を囲むせきから放射性物質に汚染された雨水約750トンが漏えいした問題で東電は12日までに、周辺の地下水からベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり1万1千ベクレル検出されたと発表した。9日採取時点の370ベクレルから約30倍になった計算。

 地下水を採取した場所は汚染雨水が漏えいした「H4」と呼ばれるタンク群から数十メートル離れており、東電が雨水漏えいとの関連を調べている。


福島は依然高水準=東日本大震災の自殺
時事通信 3月12日(木)10時7分配信

 東日本大震災が原因で自殺した人が2014年は22人おり、前年より16人減ったことが12日、内閣府のまとめで分かった。女性が5割を占めたほか、東京電力福島第1原発事故の影響で復興が難航している福島県は依然として高水準にある。
 大震災関連の自殺は11年6月から集計を開始。11年は55人、12年は24人、13年は38人と推移していた。 


<震災4年>家族の思い背に 被災地集中捜索
河北新報 3月12日(木)9時50分配信

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地中レーダーを使い、行方不明者の手掛かりを捜す石巻署員ら=11日午前10時30分ごろ、石巻市渡波のながはま海浜公園

  岩手、宮城、福島の3県警などは11日、東日本大震災の行方不明者の手掛かりを求め、沿岸36カ所で集中捜索を行った。

  宮城では警官165人のほか、ボランティアや自治体職員が捜索に当たった。石巻市渡波での捜索活動には、石巻署員ら35人が参加。東北大が開発した地中レーダーで反応が出た場所をスコップで掘るなどした。

  気仙沼市本吉町の小泉海岸では、気仙沼署員や一般社団法人「気仙沼復興協会」が受け入れたボランティアと住民らの計150人が捜索を実施。雪交じりの強風の中、熊手などで手掛かりを探した。

  石巻市の現場を訪れた横内泉本部長は「時間の経過とともに厳しさは増しているが、家族の思いを背に捜索を継続していく」と話した。

  警察庁によると、11日現在の行方不明者は、被災3県で計2580人(岩手1129人、宮城1249人、福島202人)。


<震災4年>復興事業ヤマ場の1年に
河北新報 3月12日(木)9時45分配信

  東日本大震災の発生から4年。岩手、宮城、福島の被災3県では恒久住宅の建設が進みつつあるが、地域再生は道半ばだ。国の集中復興期間が終わる2015年度をにらみ、各地の復興事業はヤマ場に差し掛かっている。

  3県の被災42市町村で完成した災害公営住宅は約4700戸(1月末現在)。計画の1割に満たない。東京電力福島第1原発事故の影響が続く福島県では、再生の入り口にさえ立てない自治体がある。

  15年度は岩手、宮城で事業が大きく前進する。復興庁は災害公営住宅で6~7割、防災集団移転などの土地造成で4~5割の完工を見込む。

  復興の加速化を目指し、多くの被災自治体は15年度の事業費を上積みする。津波被害を受けた東松島市の阿部秀保市長は「一つでも多くの事業に予算を割り当てたい」と意気込む。

  被災地は集中復興期間の延長を強く望むものの、国は慎重姿勢を崩さない。16年度以降の復興事業費について、竹下亘復興相は地方負担を求める考えを示し、被災自治体に困惑と反発が広がっている。今後の支援策をめぐって被災地と国の綱引きが激化しそうだ。

  資材高騰や人材不足で土地造成や家屋建設が停滞するなど、被災地を取り巻く環境は厳しさを増す。「これまで以上に緊張感を持って臨まなければならない」。宮城県内の被災自治体幹部は表情を引き締めた。


津波で流された写真保管、女川のセンター閉鎖
読売新聞 3月12日(木)8時42分配信

 震災の津波で流された写真を保管する宮城県女川町の町写真センターが11日、閉鎖された。

 これまでに約5万7000枚が持ち主に返却されたが、訪れる人が少なくなってきたため、震災4年で区切りをつけることになった。残る約3万8000枚の写真は画像データとして保存し、原本は順次処分していくという。

 最終日には約350人が訪れ、思い出の写真を捜した。津波で自宅が流され、町内の仮設住宅で暮らす会社員鈴木憲子さん(66)は、長男の妻の両親の写真を捜しに、午前9時にセンターが開くと同時に訪れ、カタログを一枚一枚めくった。鈴木さんは約30分後に、2人が写った集合写真を見つけ、「今まで見つけられなかったのに……。最終日に見つけられて感激です。本当は悲しい日だけど、お嫁さんに良い報告ができそう」と話していた。


東日本大震災4年 午後2時46分 鎮魂の祈り
産経新聞 3月12日(木)7時55分配信

 東日本大震災は11日、発生から4年を迎えた。関連死を含め、2万人超が犠牲となった未曽有の災害の記憶があせぬ中、東京都千代田区の国立劇場では、天皇、皇后両陛下をお迎えし、政府主催の四周年追悼式が開催された。被災地をはじめとする各地でもさまざまな行事が開かれ、日本中が鎮魂の祈りをささげた。

 政府主催の追悼式には岩手、宮城、福島の3県の遺族ら約1120人が参列した。国歌斉唱後、震災が発生した午後2時46分から1分間の黙祷(もくとう)を実施。天皇陛下がお言葉で犠牲者らに哀悼の意を表された。

 安倍晋三首相は式辞で、被災者に寄り添い、被災地の復興を加速させていく決意を表明。震災の教訓を生かし、「被害を少しでも小さくするため、常に最新の英知を取り入れつつ、総合的な防災対策に、政府一丸となって取り組む」と述べた。


東日本大震災4年 大川小で祈り
産経新聞 3月12日(木)7時55分配信

 東日本大震災から4年を迎えた11日、津波で児童と教職員計84人が死亡・行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校には、朝から遺族や関係者が訪れて祈りをささげた。この日の早朝は、強い風が吹いて雪が舞い、凍えるような寒さで、周辺はうっすらと雪化粧した。(写真報道局 竹川禎一郎)


東電再建に再び不信の目 汚染水の外洋流出、廃炉へ大きく影響
産経新聞 3月12日(木)7時55分配信

 廃炉に向けた作業が続く東京電力福島第1原発では11日、免震重要棟で東電の広瀬直己社長が約100人の社員らを前に「われわれは加害者で、加害者と被害者の立場はなかなか超えられない。長く大変な道のりだがきっとやっていけると確信している」と訴えた。

 ただ、2月には、汚染された雨水が排水路を通じて外洋に流出していたことを9カ月間公表していなかった問題が発覚。再び不信の目が注がれており、最長40年かかるとされる廃炉の進展に大きく影響している。電気料金の値上げや大幅なコスト削減で業績は持ち直しているものの、地元との関係の再構築に一からの出直しが求められている。

 汚染雨水の外洋流出問題では、漁業関係者が大激怒。広瀬社長はこの問題にも触れ、「漁業関係者がどういう思いか、もう少し寄り添えていたら違う対応ができた」と悔やんだ。

 昨年末には、リスクの大きかった4号機の燃料貯蔵プールから燃料の取り出しが無事に完了するなど、廃炉作業は一歩ずつ進んでいる。しかし、汚染水に悩まされる状況は変わっておらず、タンクにためる汚染水はこの1年間で15万トンも増えた。タンクは2日に1個のペースで増設しているが敷地内のスペースは限界に近づいている。

 長い廃炉への道のりで重要なのは人材だが、土砂の下敷きになったり、タンクの天井から落下したりして、この1年で2人の作業員を不慮の事故で失った。

 東電によると、若手を中心に平成26年度は268人(今年1月末時点)が自主退職しており、事故から4年間で約2千人が社を去ったという。東電福島復興本社の石崎芳行代表は「100年後の皆さんに誇れる地域に必ずする」と力を込めていた。(原子力取材班)


東日本大震災4年 復興財源の地元負担が焦点に
産経新聞 3月12日(木)7時55分配信

 ■竹下氏「年1000億円はあり得ない」

 東日本大震災の集中復興期間が終了する平成28年度以降の復興財源をめぐり、政府は被災自治体に一部負担を求める方針だ。野党側は引き続き国の全額負担で対応すべきだと主張、財源問題は国の財政健全化計画とも密接に絡んでおり、国会論戦の主要テーマになりそうだ。

 竹下亘復興相は11日夜、BSフジ番組と番組後の記者団の取材の中で、防潮堤をはじめとする復興の基幹部分や原発災害対応は引き続き全額国費で行うと説明した。残りについては一部の地方負担を求めるとしたものの、「復興に対する地方の気概を示してほしいのだ。(1県当たりの負担が)年間1千億円(を超えること)はあり得ない」と述べた。

 菅義偉(すが・よしひで)官房長官は11日の記者会見で、これまで地方負担を実質ゼロにしてきたことについては「異例中の異例の対応」であり、阪神・淡路大震災などの過去の実例を考慮すべきだとした。また「地元負担をゼロとするために、地元からも過剰な仕様や過大な設備になっているとの指摘がある」と述べ、地方負担の必要性を重ねて訴えた。

 これに対し、東日本大震災発生時の官房長官だった民主党の枝野幸男幹事長は記者会見で、「28年度以降も国が責任を持って対応していくことが必要だ」と述べ、国の全額負担を続けるべきだとした。


【震災から4年、一歩一歩】国立聖火台を元気の象徴に
スポーツ報知 3月12日(木)7時4分配信

 関連死を含め2万人を超える犠牲者を出した東日本大震災は11日、発生から4年となった。死者・行方不明者約4000人の被害が出た宮城県石巻市には、ハンマー投げの室伏広治(40)が訪問。建て替え工事中の国立競技場から貸与されている聖火台を、地元の小中学生約60人とともに磨いた。聖火台は今年6月に予定される「第1回いしのまき復興マラソン」でお披露目される予定。「スポーツを通じて復興を」が市を挙げての願いだ。

 午前9時半の石巻市総合運動公園。室伏は、倉庫から取り出された直径2・1メートル、重さ2・6トンの聖火台を、地元のスポーツ少年団の小中学生とともにごま油を浸した手ぬぐいで磨き始めた。手ぬぐいが黒く汚れていくほどに、聖火台と子供たちの笑顔は輝いていった。

 室伏は、1964年の東京五輪に向け聖火台を作製した埼玉県川口市の鋳物職人・鈴木万之助さんと鈴木文吾さん(いずれも故人)親子への敬意を込め、遺族らや子供たちとともに2009年から聖火台を磨いている。聖火台は万之助さんの四男・昭重さん(80)が中心となり、定期的に磨き続けてきた。50年たっても、ほとんど傷んでいないという。

 室伏にとって、石巻市は震災前から地元の少年たちとの交流のために訪れていた縁のある地。聖火台は昨年12月に国立競技場から運び込まれて以来の“お披露目”だ。「縁を感じます。石巻に移ってからも磨き続けることに意義があると思います」と話した。

 石巻市は6月27、28日に「第1回いしのまき復興マラソン」を計画。この日から参加申し込みの受け付けを開始した。コースは仮設住宅前を通るように設定され、ランナーと被災者とのふれあいも諮られる。聖火台の除幕式は27日の号砲前に行われる予定で、現在は土台を造成中だ。

 室伏は子供たちとおそろいの復興マラソンのオリジナルTシャツ姿で大会をPR。聖火台を磨き終えた後は、復興への願いを込めて全員のシャツにサインを書き入れた。

 聖火台は、2019年3月に新国立競技場の完成に合わせて返還される予定だが、20年五輪の聖火リレー国内出発地に名乗りを上げている石巻市には、そのまま聖火台を残してほしいという声もある。

 聖火台誘致委員会事務局長で市体育協会会長の伊藤和男さん(68)は「誘致活動を通じて聖火台の重みを石巻の市民の皆さんも理解されてきた。スポーツを通じて被災者が元気になっていく象徴であってほしいと思います」と話した。


津波、母残し…受け入れられないような悲しみ
読売新聞 3月12日(木)0時15分配信

 政府主催の追悼式では、宮城県石巻市出身の菅原彩加(さやか)さん(19)が、肉親を失ったつらい体験を振り返った。

 「クギや木が刺さり、足が折れ、変わり果てた母の姿がありました」

 あの日、自宅で津波にのまれ、流れ着いたがれきの山に母の姿を見つけた。懸命に助けようとしたが、がれきはびくともしない。

 自身も深手を負い、次の津波が迫り、「ここにいたら私も死んでしまう」。瀕死(ひんし)の母を残し、凍える水に飛び込んだ。「行かないで」という母に「ありがとう。大好きだよ」。そう伝えるのが精いっぱいだった。

 100メートルほど泳いで市立大川小学校の屋根で一晩を過ごし、救出された。母の遺体は数日後に見つかった。

 この4年間を「家族を思って泣いた日は数え切れない。15歳だった私には受け入れられないような悲しみがたくさんあった」と振り返る。高校進学後、被災体験を海外でも語り、昨年は石巻市の追悼式でもスピーチした。この日も、決して消えない贖罪(しょくざい)の思いを、声を震わせながら伝え切った。

 福島と岩手の遺族代表も追悼の言葉を述べた。両親と弟を亡くし、原発事故のため避難生活が続く福島県浪江町出身の鈴木幸江(ゆきえ)さん(32)は、「多くの尊い命が犠牲になったことを教訓として、大震災を風化させないために、この経験を次の世代に伝えていく」と決意を述べた。父を亡くした岩手県山田町の内舘伯夫(みちお)さん(38)も、「記憶を思い出せば、かなしく、悔しく、後悔と自責の念に駆られる。お互いを思いやり、助け合う心にしたことを伝え残していく。それが私たちがこの震災を乗り越えた証しとなる」と語った。(3県の遺族代表の追悼の言葉全文などはヨミウリ・オンラインに掲載)

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