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2015年3月10日 (火)

宮城沖地震に関するニュース・1930,2015年3月10日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:被災3県で計画の防潮堤、37%が未着工 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:〔常磐線〕国交省 震災・原発事故による不通区間の運転再開見通しを発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:玄海原発、来週にも廃炉決定 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<大震災4年>海岸近くの慰霊塔 手を合わせて 仙台・若林 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:せきの水最大8300ベクレル - 速報:@niftyニュース.
リンク:JR常磐線を順次再開=富岡―浪江除き、18年3月までに―政府 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 保存か解体か、今も割れる 骨組みの南三陸町防災対策庁舎 沖合では水産物収獲が回復 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>安倍首相の記者会見要旨 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:中間貯蔵施設の建設予定地、初の売買契約 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染雨水、747トン地中にしみ込む…福島第一 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:JR常磐線、順次再開へ 原発付近も安全確保後に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:JR常磐線、福島県内区間の全線復旧へ計画発表 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新たな復興枠組み夏までに=福島自立の将来像も―東日本大震災4年・安倍首相会見 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>安倍首相「福島自立の将来像」夏までにまとめ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新たな復興支援の枠組み、夏までに策定…首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<川内原発>2号機の修正文書提出、4月上旬にずれ込み - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染雨水、タンクせき外に=流出量は747トン―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島自立の将来像、夏までに決定 - 速報:@niftyニュース.
リンク:徐々に低下も依然活発=この1年の余震活動―調査委 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災3県不明者なお2500人超 - 速報:@niftyニュース.
リンク:復興の地方負担「丁寧に検討」=安倍首相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新たな「復興枠組み」策定=安倍首相会見 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:住まい再建、20~30%台も - 速報:@niftyニュース.
リンク:川内原発、再稼働さらに遅れ 補正書提出 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本の地震発生頻度 最近2年間で「3・11」前の約100倍に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>生活再建「くらしむき」重視 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:災害住宅で新生活 塩釜・野々島に15戸完成 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>実態と合わぬ援助に疑問 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災仏像、輝き戻った…京都で修復、福島へ 東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「一人でも妻と二人」=写真、手紙に思い新た―津波で不明、今も待つ・岩手 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災、11日で4年=復興へたゆまぬ努力―原発の収束作業続く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<福島第1原発事故>4年たっても消えぬ不安…避難者ら手記 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<キーパーソンインタビュー>「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災4年>遺骨、家族の元に「話をしたい」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:タンクせきに亀裂か=雨水400トン地中に―福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<東日本大震災4年>身元特定、誓いの献花…宮城 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:声楽家姉妹、被災小学校に春の歌声届ける=宮城県南三陸町〔地域〕 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:逸失利益3カ月分仮払い 東電、営業損賠暫定案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:災害公営住宅の住民、薄い復興実感 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:イラク行政官が被災地視察 避難民支援策学ぶ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:事業内容で判断=復興予算―麻生財務相 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:イノシシ381頭捕獲=福島第1原発周辺で―環境省 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:感震ブレーカー設置促す…大地震の電気火災対策 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:動き始めた浜街道=国道6号から見た原発の町―東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災で「最大4」=宮城・山形から静岡まで―長周期地震動 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高層ビルの揺れ、速報へ=長周期地震動、16年度末にも―伝達方法が課題・気象庁 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:交流を生きる糧に=被災住民とボランティア―宮城県石巻市・東日本大震災 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:命守るルール、自分で=「みんなで助け合い」―危険箇所マップも・東日本大震災 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:高まる「共助」の機運=動きだす地区防災計画―住民主体で立案、実践・東日本大震災 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<被災42市町村調査>復興計画「見直し必要」4割 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:要避難名簿、3割超が提供せず - 速報:@niftyニュース.
リンク:<地震>発生頻度、震災後100倍 東北・関東の一部 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:浪江は11年3月11日のまま…町民の一時帰宅に記者が同行 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

被災3県で計画の防潮堤、37%が未着工
読売新聞 3月10日(火)23時43分配信

 東日本大震災の発生から11日で4年となる。

 多くの犠牲者を出した津波被害の教訓を踏まえ、被害が特に大きかった岩手、宮城、福島の3県で計画されている計573か所の防潮堤のうち、今も4割近い211か所が未着工のままで、計画は既に3年程度の遅れが生じている。

 集中復興期間が来年3月末で終了することから、10日記者会見した安倍首相は、次の5年間を見据えた新たな支援の枠組みを今夏までに策定し、復興を改めて加速化させていく方針を強調した。

 防潮堤は国、県、市町村が建設主体となり、計573か所で計画され、総延長約400キロ、総事業費は約1兆円に上る。完成済みは、そのうちわずか8%の46か所で、建設中が55%の316か所。残り37%の211か所は着工もしていない。

 建設が遅れているのは、用地取得が難航していることに加え、資材高騰と人手不足による入札不調のためだ。防潮堤の高さなどを巡って住民との話し合いに時間をかけたケースもある。3県は2015年度中に全ての防潮堤の完成を目指していたが、着工の遅れによる計画変更が相次ぎ、18年度以降にずれ込む見通しだ。

 防潮堤の建設費は国が全額を負担し、予算は確保されている。しかし、工事を請け負う業者が見つからない。3県が14年度に発注した公共工事(岩手、福島は1月、宮城は昨年12月現在)のうち、23%が入札不調となった。

 中でも防潮堤工事は、「風や波などの天候に左右されやすいため、業者に敬遠されやすい」(宮城県東部土木事務所)という。宮城県石巻市の離島・田代島の防潮堤工事では、県が昨年6月まで計4回入札を行ったが、業者は決まらなかった。


〔常磐線〕国交省 震災・原発事故による不通区間の運転再開見通しを発表
レスキューナウニュース 3月10日(火)23時30分配信

10日に開催された政府の復興推進会議において、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故の影響により、長期にわたって一部区間で運転を見合わせているJR常磐線について、国土交通省から運転再開の見通しが示されました。
原発事故の影響による帰還困難区域内を通る区間を含め、最終的には全線で運転を再開するように方向性が示されています。

●JR常磐線 今後の運転再開見込み
※現在は、竜田(福島県)~原ノ町(福島県)、相馬(福島県)~浜吉田(宮城県)の各駅間(計68.6km)で運転見合わせ中。
2016年春まで 小高~原ノ町駅間開通
2017年春頃  相馬~浜吉田駅間開通
2017年まで  浪江~小高駅間開通(遅くとも2年後)
2018年頃   竜田~富岡駅間開通(3年以内を目途にできるだけ早く)
※帰還困難区域内を通る富岡~浪江駅間は、除染や異常時の利用者の安全確保策を完了した後、開通へ


玄海原発、来週にも廃炉決定
2015年3月10日(火)23時12分配信 共同通信

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 九州電力の玄海原発1号機=2013年6月、佐賀県玄海町

 九州電力が玄海原発1号機(佐賀県玄海町)の廃炉を来週にも正式決定する方針を固めたことが10日、分かった。決定次第、立地する玄海町と佐賀県に廃炉方針を伝える。1号機は10月で運転開始から40年を迎える。運転を続けるには原子力規制委員会への申請が必要で、安全対策にも巨額費用がかかるため、採算に合わないと判断した。

 東京電力福島第1原発事故を受け、原発の運転期間は原則40年に制限された。ただ、規制委の審査を受け、新しい規制基準に適合すると認められれば最大20年の延長が可能。延長申請の期限は7月で、九電は玄海1号機を廃炉にするか運転延長するかを慎重に協議した。


<大震災4年>海岸近くの慰霊塔 手を合わせて 仙台・若林
毎日新聞 3月10日(火)22時34分配信

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荒浜地区で犠牲になった192人の名前が刻まれた慰霊碑=仙台市若林区で2015年3月10日午後0時28分、梅村直承撮影

 2万1000人を超す犠牲者を出した東日本大震災は11日、発生から4年となる。約190人が津波の犠牲になった仙台市若林区の荒浜地区には10日、海岸近くに建てられた慰霊塔に多くの人たちが訪れ、手を合わせた。

 塔のそばにある犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑の前で涙ぐんでいた佐藤まさ子さん(72)は、息子の妻を亡くした。「ここにあるのは、顔見知りの名前ばかりです」。周囲は11日にかけ、鎮魂の思いに包まれる。【梅村直承】


せきの水最大8300ベクレル
2015年3月10日(火)22時17分配信 共同通信

 東京電力福島第1原発の地上タンク群を囲むせきの側溝にたまった汚染水が漏れた問題で東電は10日、せきに残っていた水からストロンチウムなどベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり最大8300ベクレル検出されたと発表した。漏えい量は約750トンで、せき内の側溝の接ぎ目などから地中に漏れていたとみられる。

 海に放出できる放射性物質濃度の法定基準は、ベータ線を出すストロンチウム90だけで1リットル当たり30ベクレル。東電は「付近の排水路への流れ込みはなく海への流出はない。大半が地面に浸透したとみられる」としており、せき内の水が高濃度だった原因を調査している。


JR常磐線を順次再開=富岡―浪江除き、18年3月までに―政府
時事通信 3月10日(火)21時56分配信

 政府は10日、東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の影響で不通が続く福島県内のJR常磐線竜田―原ノ町間について、第1原発に特に近い富岡―浪江間を除き、2018年3月までに順次開通させる方針を発表した。同じく運休中の相馬(福島県)―浜吉田(宮城県)間は、17年春に運転を再開する予定だ。
 政府が示した運転再開見通しは、小高―原ノ町が16年春まで、浪江―小高が17年3月まで、竜田―富岡が18年3月まで。安倍晋三首相は同日の記者会見で「地元の強い期待に応える」と述べ、将来は全線再開を目指す方針を強調した。 


東日本大震災4年 保存か解体か、今も割れる 骨組みの南三陸町防災対策庁舎 沖合では水産物収獲が回復
産経新聞 3月10日(火)21時43分配信

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宮城県南三陸町の防災庁舎(写真:産経新聞)

 3月に入っても、真冬のような冷たい風が吹き抜ける宮城県南三陸町。復興工事のトラックが行き交う中、「震災遺構」として保存か解体かで意見が分かれている、骨組みだけが残る防災対策庁舎がたたずみ、沖合では水産物の収穫が進む。

 震災発生から4年、カキの水揚げは震災前の7割、ワカメは同じ水準に回復したという。

 (写真報道局 大西正純)


<大震災4年>安倍首相の記者会見要旨
毎日新聞 3月10日(火)21時40分配信

 安倍晋三首相は10日、東日本大震災の発生から4年を迎えるのを前に、首相官邸で記者会見した。安倍首相の記者会見要旨は次の通り。

 <次の5年間の枠組み>

 来年3月で集中復興期間は終了するが、次の5年間の新たな復興支援の枠組みをこの夏までに策定する。閣僚全員が復興相であるとの思いで、内閣の総力を結集して策定作業にあたるよう指示した。

 <福島の復興>

 営業損害賠償の再検討と併せ、事業やなりわいの再建に向けた支援策を大幅に拡充する。福島再生のための政策パッケージを早ければ今年5月にも決定し、福島の自立に向けた将来像をこの夏ごろまでにとりまとめる。

 <原発事故の放射性廃棄物の最終処分場>

 廃棄物を発生させた現世代の責任として、将来世代に負担を先送りしないよう、国から適地を提示するなど、国が前面に立って最終処分場を確保していく。

 <復興財源の地方負担>

 2016年度以降も必要な事業は引き続きしっかりと実施する。財源も含めて今後、あり方を検討する。地方負担のあり方も含めて被災地の声に耳を傾けつつ、丁寧に検討していく。


中間貯蔵施設の建設予定地、初の売買契約
読売新聞 3月10日(火)21時33分配信

 東京電力福島第一原発事故に伴う除染で出た汚染土などを長期保管する中間貯蔵施設を巡り、環境省が建設予定地の地権者の一部と用地売買契約を結んだことが10日、同省への取材でわかった。

 福島県大熊町と双葉町にまたがる約1600ヘクタールの予定地には2300人以上の地権者がおり、同省は、土地を買い取るか、所有権を残したまま土地が利用できる「地上権」設定による用地確保を順次進める。

 国は売買契約に先立ち、予定地内にある工業団地の敷地計6ヘクタールを企業から無償で借り、汚染土の「保管場」を建設している。

 汚染土の保管場への搬入は13日からの予定。同省は大熊、双葉両町の仮置き場から搬入を始めるとしている。


汚染雨水、747トン地中にしみ込む…福島第一
読売新聞 3月10日(火)21時33分配信

 東京電力は10日、福島第一原子力発電所で、汚染された雨水747トン(推定)が、タンクエリアの外に漏れ出し、地中にしみ込んだとみられると発表した。

 残った雨水から、1リットルあたり最大8300ベクレルの放射性物質が検出された。港湾につながる排水路では、今のところ、放射性物質の濃度に大きな変化は出ていないという。

 汚染された雨水が漏れたのは、汚染水を保管するタンク群の中で、「H4エリア」と呼ばれる区域で、二重の堰(せき)で囲まれている。内側と外側の堰の間にたまった雨水の水位が、9日夜から10日朝にかけて8センチ・メートルも下がり、東電が漏水に気づいた。

 内側の堰はコンクリート製だが、外側は土のうを積み上げたもので、今回の点検の結果、堰にすき間が見つかった。東電は「過去にも漏水が起きていた可能性がある」と説明している。


JR常磐線、順次再開へ 原発付近も安全確保後に
産経新聞 3月10日(火)21時30分配信

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(写真:産経新聞)

 国土交通省は10日、東京電力福島第1原発事故の影響で不通が続く福島県内のJR常磐線原ノ町(南相馬市)-竜田(楢葉町)の46キロ区間について、原発に近い浪江(浪江町)-富岡(富岡町)を除き、平成30年までに順次再開させる方針を示した。浪江-富岡でも安全確保策が完了したあと再開させる。

 東日本大震災以降、同区間を含め一部で不通となっている常磐線は震災から4年の節目を前に全線で再開の見通しが立ち、復興の加速が期待される。国交省によると、再開の時期は原ノ町-小高(おだか)(南相馬市)が28年春まで、小高-浪江が遅くとも29年、竜田-富岡が30年まで、となっている。

 再開時期が未定の浪江-富岡は、放射線量の高い地域もあるため、除染や異常時の利用者の安全確保対策が完了したあとに再開させる。

 原ノ町-竜田区間については、国交省がJR東日本と協議するなどして再開の時期を検討していた。

 常磐線ではこのほか、浜吉田(宮城県亘理町)-相馬(福島県相馬市)が不通区間として残っているが、29年春までの再開を目指し復旧工事が進められている。


JR常磐線、福島県内区間の全線復旧へ計画発表
読売新聞 3月10日(火)21時28分配信

 国土交通省は10日、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響で不通となっているJR常磐線の福島県内の区間について、全線復旧に向けた計画を発表した。

 現在、代行バスが運行している原ノ町(南相馬市)―竜田(楢葉町)駅間のうち、原ノ町―小高(南相馬市)駅間は2016年春まで、小高―浪江(浪江町)駅間は17年春まで、富岡(富岡町)―竜田駅間は18年春までの開通を目指す。帰還困難区域にあたる浪江―富岡駅間は、除染などで安全確保策が完了した後に開通する。


新たな復興枠組み夏までに=福島自立の将来像も―東日本大震災4年・安倍首相会見
時事通信 3月10日(火)21時15分配信

 安倍晋三首相は10日午後、東日本大震災発生から11日で4年を迎えるに当たり首相官邸で記者会見した。首相は2015年度に集中復興期間が終了することを受け、「次の5年間の新たな復興支援の枠組みをこの夏までに策定する」と表明した。財源に関しては「地方負担の在り方も含め、被災地の声に耳を傾けつつ、丁寧に検討していく」と述べた。
 政府は復興期間を10年間とし、15年度までの5年間を集中復興期間と位置付ける。同期間中の復興財源は全額国庫負担のため、被災自治体などからは期間延長を求める声が出ている。
 また、首相は東京電力福島第1原発事故への対応に関し、「被災者の自立への道を後押しするために、営業損害賠償の再検討と合わせ、事業やなりわいの再建に向けた支援策を大幅に拡充していく」と明言。その上で、「福島再生のための政策パッケージを早ければ5月にも決定し、福島の自立に向けた将来像を夏ごろまでに取りまとめる」と述べた。
 首相は「復興はいまだ道半ばだ。しかし、私たちの歩みは確実に前へ前へと進んでいる。これからも前進あるのみだ」と強調した。
 原発事故の影響で不通となっているJR常磐線については「(福島県の)浪江と富岡間も含め、将来的に全線で運転を再開させる方針を決定した。今後、順次開通を目指していく」と語った。 


<大震災4年>安倍首相「福島自立の将来像」夏までにまとめ
毎日新聞 3月10日(火)21時6分配信

 ◇「次の5年間の新たな復興支援の枠組み」も

 安倍晋三首相は10日、東日本大震災の発生から4年を迎えるのを前に、首相官邸で記者会見した。首相は、来年3月に集中復興期間が終了した後について「次の5年間の新たな復興支援の枠組みを夏までに策定する」と述べた。原発事故の被害を受けた福島については、企業の事業再開の支援拡充などを盛り込んだ政策パッケージを5月に決定した上で「自立に向けた将来像」を夏ごろまでにまとめる意向を明らかにした。

 政府は2011年7月、震災の復興期間を20年度までの10年間と定め、前半の11~15年度を集中復興期間としている。首相は会見に先立ち、復興推進会議と原子力災害対策本部の合同会合で「できる限り早期に16年度以降の復興支援の枠組みを示す必要がある」と述べ、16年度からの後期5年間を新たな枠組みと位置付け、必要となる事業や予算などの計画を策定するよう閣僚に指示した。同会合ではまた、一部不通が続いているJR常磐線を全線再開する方針も正式決定した。

 福島支援について、首相は会見で、原発事故を受けて主に避難区域内の商工業者に支払ってきた「営業損害賠償」について、継続を再検討する方針を示した。国と東電は来年2月で打ち切るとする素案をまとめていた。首相はその上で「事業再建に向けた支援策を大幅に拡充し、福島再生の政策パッケージを早ければ5月にも決定する。自立に向けた将来像を夏ごろまでにとりまとめる」と述べた。【仙石恭】


新たな復興支援の枠組み、夏までに策定…首相
読売新聞 3月10日(火)20時49分配信

 安倍首相は10日、東日本大震災の発生から11日で4年となるのを前に首相官邸で記者会見し、来年3月で集中復興期間が終わることを踏まえ、2016年度から5年間の新たな復興支援の枠組みを、今年夏までに策定する方針を表明した。

 首相は「復興は新たなステージに移りつつある。被災者の自立を応援し、政府として出来る限りの支援を行っていく」と強調した。

 東京電力福島第一原子力発電所の事故があった福島県の復興に関しては、原発事故によって営業休止などの損害を受けた商工業者らへの支援策を5月にも決定し、夏までに「福島の自立に向けた将来像」をまとめる考えも示した。

 同原発で汚染された雨水が排水路を通じて外洋に流出していた問題については、「東電の情報公開が不十分だったことは遺憾だ。漁業関係者らと信頼関係を再構築し、放射性物質の流出を抑制する追加対策をとるよう東電に指示した」と述べた。


<川内原発>2号機の修正文書提出、4月上旬にずれ込み
毎日新聞 3月10日(火)20時27分配信

 ◇再稼働に必要な工事計画など 九州電力が明らかに

 九州電力は10日、川内(せんだい)原発2号機(鹿児島県)の再稼働に必要な工事計画と運転方法を定める保安規定の修正文書(補正書)を原子力規制委員会に提出する時期が、4月上旬にずれ込むことを明らかにした。3月中に提出する予定だったが、2月末に提出した1号機の工事計画の補正書に多数の誤字・脱字が見つかり、残りの文書の再確認が必要になったためだという。

 2号機の補正書の提出が遅れれば、非常用ディーゼル発電機など1、2号機共用の設備もあるため、1号機の再稼働も遅れることになる。工事計画や保安規定の認可手続きに加え、規制委による使用前検査などもあり、再稼働は今夏以降になるとみられる。

 九電によると、1号機の地震や津波、竜巻などに対する建屋や機器の安全性評価をまとめた工事計画の補正書約3万ページのうち、約2000ページで誤字・脱字などが見つかったため、10日に再提出した。【鳥井真平】


汚染雨水、タンクせき外に=流出量は747トン―福島第1
時事通信 3月10日(火)20時12分配信

 東京電力は10日、福島第1原発の汚染水タンク群を囲うせきの2カ所で汚染された雨水が流出していたと発表した。東電は流出した量を、当初の約400トンから約747トンに訂正した。雨水は、地中に染み込んだとみられる。
 せき内の雨水からは、ストロンチウム90などベータ線を出す放射性物質が最大で1リットル当たり8300ベクレル検出された。東電は、「海への流出はない」と説明している。
 東電によると、雨水はタンク群を二重に囲うせきの外側から流出。せきは、土のうの上を樹脂で覆い、水の浸透を防ぐ仕組みだが、2カ所で土のうと地面の境目から雨水が流れていた。
 せき内では、コンクリート製の底の複数箇所で気泡が出ているのを確認。この場所からも汚染雨水が流出し、地中に染み込んだとみられる。 


福島自立の将来像、夏までに決定
2015年3月10日(火)19時17分配信 共同通信

 安倍晋三首相は10日、東日本大震災から4年を迎えるのを前に官邸で記者会見し、5年間の集中復興期間が終わる2016年度以降の復興事業に関し、今夏までに次の5年間の枠組みを策定すると表明した。福島自立への将来像を夏までに決定する考えも示した。

 首相は「被災地の復興に全力を挙げていく決意を新たにしている」と強調。被災者が居住する公営住宅については、さらに1万戸の完成を目指すとした。高台移転を加速し、1万戸分の宅地整備の意向も示した。

 東京電力福島第1原発事故をめぐり「福島再生へ除染を一層加速させる。廃炉、汚染水対策に、引き続き国が前面に立ち取り組む」と述べた。


徐々に低下も依然活発=この1年の余震活動―調査委
時事通信 3月10日(火)19時9分配信

 政府の地震調査委員会が10日開かれ、東日本大震災の巨大地震から4年目となったこの1年の余震活動について、「全体として徐々に低下傾向にあると見て取れるものの、依然として震災前より活発で、今後も強い揺れや高い津波に見舞われる可能性がある」との評価をまとめた。
 調査委によると、岩手県沖から千葉県東方沖にかけての余震域では、マグニチュード(M)4以上の余震回数が震災4年目は震災1年目の15分の1以下まで減少。一方で、震災前と比べると2倍以上で、沿岸部の活動が高い状態にあるほか、沖合では規模が大きく津波を伴う地震も時折発生している。
 本蔵義守委員長(東京工業大名誉教授)は記者会見で、「沿岸地域の地震は規模が小さくても距離が近いので、今後とも注意が必要」と述べた。 


被災3県不明者なお2500人超
2015年3月10日(火)18時40分配信 共同通信

 東日本大震災は発生から11日で4年。岩手、宮城、福島の被災3県を中心に行方不明者は2月10日現在、なお2590人に上る。警察庁によると、10日現在の震災による直接死は1万5823人。昨年3月10日現在に比べ、行方不明者の減少は3県で43人にとどまった。親しい人を失った悲しみは癒えず、地域や住まいの再生、再建など真の復興は道半ば。各地で追悼行事が開かれ、祈りの一日となる。

 被災地では住宅再建のため土地のかさ上げ工事が行われているが、住宅建設は思うように進まず、造成が完了した土地にも空き地が目立つ。住まいを再建して暮らしを安定させるにはほど遠い状況だ。


復興の地方負担「丁寧に検討」=安倍首相
時事通信 3月10日(火)18時32分配信

 安倍晋三首相は10日の記者会見で、東日本大震災に関する集中復興期間が終了した後の復興財源について「地方負担の在り方も含め、被災地の声に耳を傾けつつ、丁寧に検討していく」と述べた。 


新たな「復興枠組み」策定=安倍首相会見
時事通信 3月10日(火)18時21分配信

 安倍晋三首相は10日午後、東日本大震災発生から11日で4年を迎えるに当たり首相官邸で記者会見した。首相は復興支援について「来年3月で集中復興期間が終了するが、次の5年間の枠組みを夏までに策定する」と表明した。また、「福島再生のためのパッケージを5月にも決定し、福島の将来像を夏ごろまでに取りまとめる」とも述べた。
 東京電力福島第1原発については「廃炉、汚染水対策も国が前面に立って取り組む」と改めて表明した。 


住まい再建、20~30%台も
2015年3月10日(火)17時55分配信 共同通信

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 寒風にさらされる岩手県大槌町吉里吉里地区の仮設住宅、今なお多くの被災者が避難生活を送る=10日午後

 東日本大震災で住宅が被災し生活再建支援金を受け取った世帯のうち、自宅再建にめどを立てたり、災害公営住宅に入居したりして住まいを再建できた割合が、沿岸にある6市町で20~30%台(1月末時点)に低迷していることが10日、岩手、宮城、福島3県への取材で分かった。津波被害が大きく、用地不足などで住宅整備が遅れていることが背景だ。

 3県の内陸部では60~70%台の自治体も多く、被災地での地域格差が拡大。沿岸復興の最大の課題である、安心して暮らせる住居の確保は足踏み状態で、仮設住宅暮らしが長引く被災者は将来への不安を募らせている。


川内原発、再稼働さらに遅れ 補正書提出
産経新聞 3月10日(火)17時41分配信

 九州電力は10日、審査に合格した川内(せんだい)原発1号機(鹿児島県)の工事計画認可に関する補正書を原子力規制委員会に再提出するとともに、2号機の補正書などの提出を延期することを明らかにした。2号機の補正書には1号機との共用部分が記載されるため、川内原発の再稼働はさらに遅れる見通しとなった。

 九電によると、先月に1号機の補正書を提出したが、精査したところ誤字・脱字が見つかったり、表現を修正したりする必要があったという。このため2号機の補正書と両号機に関する保安規定変更認可の補正書の準備に影響し、今月末の提出予定を来月中に延期することになった。

 再稼働には、規制委による工事計画と保安規定変更の認可が必要。その後、1~2カ月の使用前検査を実施する。


東日本の地震発生頻度 最近2年間で「3・11」前の約100倍に
夕刊フジ 3月10日(火)16時56分配信

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東日本大震災では、千葉県浦安市で液状化現象もみられた(写真:夕刊フジ)

 東日本大震災から4年を前に、次の大地震のリスクが顕在化した。東北や関東地方で最近2年間の地震の発生頻度が「3・11」前の100倍以上に達していることが判明。マグニチュード(M)7級の首都直下地震が懸念されるエリアも震災前の10年間と比べて地震活動が約2倍に上昇しており、警戒が必要だ。

 東北大災害科学国際研究所の遠田晋次教授(地震地質学)が、震災から2年後の2013年3月11日から今年2月18日までに東日本の地下20キロ以内で発生したM1以上の地震の発生頻度を解析。福島県・浜通り、千葉県・銚子、岩手県・久慈などのエリアで、震災前の10年間と比較して発生頻度が100倍以上になっていた。

 首都直下地震の発生が懸念される東京を中心とした100キロ圏内の地下100キロ以内の地震も分析したところ、最近2年間でのM3超の発生頻度が震災前10年間の約2倍に増えていたという。

 遠田氏は「震災から4年がたつが、東日本はいまだにその影響をひきずっている。2月にも三陸沖で中規模の海溝型地震があり、津波注意報が発令された。大津波を伴う海溝型の大地震のリスクも残ったままで、警戒が必要だ」と話す。

 夕刊フジで「警戒せよ! 生死を分ける地震の基礎知識」を連載中の武蔵野学院大学・島村英紀特任教授(地震学)は、「今回の調査では、千葉県・銚子で地震が増えているのが気になる。岩手県沖から茨城県沖までの500キロを震源域とする『3・11』によって、地殻の“留め金”が外れ、震源域の境界に位置する房総半島で大地震のリスクが高まっている」と指摘し、続ける。

 「東日本大震災などの影響で、震災の震源域の先端にあたる宮城県・牡鹿半島の地下が5・3メートルずれた。関東地方でも30~40センチ程度のずれが確認されている。こうした地下のひずみがじわじわとたまり、限界を超えると地震になる。『3・11』で発生した急激なゆがみの反動がどこかでくるはずだ。この先5~10年で『3・11』と同規模か、あるいはM8級の大型地震が発生する可能性もある」

 日本列島の地下は依然、危険シグナルを発し続けている。


<震災4年>生活再建「くらしむき」重視
河北新報 3月10日(火)14時55分配信

  東日本大震災の発生から4年を前に、河北新報社と東北大災害科学国際研究所は、宮城県内で被災者アンケートを行った。震災2年目に始まった継続調査は、時間の経過に応じて復興の段階を把握する試みだ。調査の設計と集計を担当した災害研の佐藤翔輔助教(災害社会情報学)の分析を交え、被災者の意識の変遷を探った。

 ◎生活再建7要素

  「生活再建を進める上で重要だと思うこと」を尋ね、自由記述で回答してもらった。回答を記述内容に基づいて「すまい」「つながり」「まち」「こころとからだ」「そなえ」「くらしむき」「行政とのかかわり」の7項目に分類。回答総数を100として、各項目の割合を算出した。

  阪神大震災から4年後の1999年、同志社大の立木茂雄教授(福祉防災学)が神戸市で同じ調査を行っている。二つの震災で被災者が考える生活再建の必須項目にどのような違いがあるか比べた。

  神戸市で6位だった家計の状態を表す「くらしむき」が、宮城県では2位以下を大きく引き離して1位になった。

  「すまい」以下の項目の並び順は二つの被災地で大きな違いが見られない。それだけ東日本大震災は、暮らし再建が復興のポイントになっていると言える。

 <分析/震災前の経済低迷影響>

  宮城県で「くらしむき」を重視する傾向が強く示された背景には、神戸市に比べて震災前の地域経済が低迷しており、震災後も被災者の収入が上向かないことが要因として挙げられるのではないか。


災害住宅で新生活 塩釜・野々島に15戸完成
河北新報 3月10日(火)14時55分配信

  塩釜市が浦戸諸島・野々島に整備していた災害公営住宅15戸が完成し、9日、現地で入居式があった。2月末に先行入居を開始した桂島の8戸(1期)とともに、離島の浦戸地区では初めての災害公営住宅での生活がスタートした。

  野々島の住宅は木造2階建ての集合住宅タイプ。建設を委託された都市再生機構(UR)が2年前から島民と意見交換し、仏間・神棚や風通しのよい通り納戸、住み慣れた「田」の字型間取りなどを取り入れた。

  集会所は島に帰省した家族らが宿泊できる役割をもたせたほか、介護サービスに対応した浴室も設置。屋外にも海の作業のための共同洗い場をつくるなど、島民のライフスタイルに配慮した離島用住宅となった。

  入居式で佐藤昭市長が「4年間、不便な思いをさせて申し訳なかった。木の香りのする住宅で、元通りの生活を始めてほしい」とあいさつ。住民を代表して鈴木虎男野々島区長は「島民の意見を取り入れたオリジナル住宅になった。新生活が楽しみだ」と述べた。

  東日本大震災の津波で住宅を流され、仙台市宮城野区のみなし仮設住宅で暮らしていた鈴木幸男さん(70)は「慣れ親しんだ磯の香りのする環境に戻れてうれしい」と入居の喜びを語る。

  塩釜市によると、浦戸諸島4島の災害公営住宅整備は総工費18億円で計45戸を計画。残りの寒風沢島11戸、桂島6戸(2期)、朴島5戸は15年度内の入居を予定している。


<震災4年>実態と合わぬ援助に疑問
河北新報 3月10日(火)14時55分配信

  東日本大震災の発生から4年を前に、河北新報社と東北大災害科学国際研究所は、宮城県内で被災者アンケートを行った。震災2年目に始まった継続調査は、時間の経過に応じて復興の段階を把握する試みだ。調査の設計と集計を担当した災

 ◎不公平感と納得度

  「この1年間で不公平に感じたこと」を尋ね、自由記述で回答を得た。その上で、不公平だと感じた事柄についての納得度を5段階で評定してもらい「納得できない」「分からない」「納得できる」の三つに分類した。

  不公平に感じたことの上位は(1)「被災程度と支援の不一致」(154人)(2)「支援や復興の自治体格差」(141人)(3)「自立を妨げる過剰な支援」(103人)など。

  「本当に苦しい人とそうでない人の支援が一律なのはおかしい」「自治体によって医療費免除の継続に違いがある」「原発事故への支援が手厚過ぎる」といった意見があった。支援や待遇に不満を感じる意見が多く、被災者同士で不公平感を抱き合っている。

  不公平だと感じる事柄への納得度を見ると、復興業務に当たる「一部企業の震災バブル」や「仮設住宅の不便さ」を、やむを得ないと考える回答が比較的多かった。

  「行政の対応」「仮設住宅の入居条件」「復興予算の使われ方」などは、納得できないとする意見が高い割合を示した。

 <分析/五輪必ずしも歓迎せず>

  自宅が全半壊した被災者では不公平に感じる事柄が変化し、住環境に関する不満が上位に集まった。不満は身近な事柄に向きがちだが「復興を妨げかねない東京五輪」は異質だった。2020年の東京五輪開催を被災者は、必ずしも歓迎していないのではないか。


被災仏像、輝き戻った…京都で修復、福島へ 東日本大震災4年
産経新聞 3月10日(火)14時54分配信

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東日本大震災後に仏師の長谷法寿さんの手で修復され、4年ぶりに福島に戻る真福寺の金剛界大日如来像=京都市山科区(写真:産経新聞)

 平成23年の東日本大震災で被災した高野山真言宗の真福寺(福島県いわき市)の仏像が修復され、約4年ぶりに古里に戻る。手がけたのは、京都市山科区の仏師、長谷(はせ)法寿さん(58)。金箔(きんぱく)で輝く仏像は10日に送り出され、震災発生から丸4年となる11日までに真福寺に届く予定。長谷さんは「復興への願いを込め、(約300年前といわれる)制作当時の姿をよみがえらせたかった」と話す。(北崎諒子)

 仏像は本尊の金剛界大日如来像で、享保4(1719)年の制作とされる。ヒノキの寄木(よせぎ)造りで、台座を含めた高さは約180センチ。

 4年前、丘陵地にあった真福寺は津波の被害を免れたが、劣化が進んでいた仏像には地震の影響でひびが入った。

 永崎亮寛住職(68)は、平成19年2月にタイの仏教遺跡をめぐるツアーで知り合った長谷さんに修復を依頼した。当時、永崎住職は現地に住んで日本人納骨堂を管理しており、長谷さんのガイドを務めた。

 一方の長谷さんは、昭和51年に火災があった摩耶山天上寺(神戸市)の御前立七観音を復元するなど実績を重ねていた。

 修復作業は平成23年9月に始まり、約3年半後の今年2月に終わった。仏像は複雑なパーツが組み合わされ、長谷さんは一つずつ撮影し復元に努めた。後光をかたどった「光背」と台座は安政元(1854)年の火災で焼失したとされていたが、これを機によみがえらせた。

 漆を塗り、金箔を貼った後は通常、年代の経過を醸し出すため、くすませる。だが今回はあえて手を加えなかった。

 「くすんだ仏像ではなく、きらびやかな当時の姿をみてもらうことが、地域の人の心の支えになるのではないか」。そうした永崎住職の思いにこたえたかった。

 本堂は今も修繕が続き、仏像は境内の別の場所に安置することになるが、永崎住職は「待ちきれない」と本尊との再会を心待ちにしている。

 長谷さんは「生まれ変わった仏像が、地域の支えになれば」と話している。


「一人でも妻と二人」=写真、手紙に思い新た―津波で不明、今も待つ・岩手
時事通信 3月10日(火)14時26分配信

 山崎清剛さん(68)が1人で暮らす岩手県大槌町の仮設住宅の部屋には、たくさんの写真が飾られている。「きれいでしょ」。津波で行方不明になったままの妻治子さん=当時(64)=の写真をじっと見詰め、ほほ笑む。
 大槌中学の同級生だった。愛らしい笑顔に真面目な性格。陸上も得意で人気者の治子さんに「一目ぼれだった」と山崎さんは照れ笑いする。親から家業の漁師を継ぐよう言われたが、「この人しかいない」と24歳で婿入りした。治子さんはいつも明るく、3人の子どもの習い事や大学受験などを優先し、自分の身なりは質素だった。
 2011年3月11日、治子さんは自宅の玄関先で実母と一緒に津波にのみ込まれた。「おかげで助かった」。1人の女性が涙ながらに教えてくれたのは、アパートの大家でもあった治子さんが地震直後、入居者に避難を呼び掛けていた姿だった。
 がれきの中や遺体安置所を捜し回ったが、焼けた遺体をあちこちで目の当たりにし、「もう無理だ」と断念。DNA型鑑定や、県警公表の身元不明者の似顔絵にも手掛かりはないまま月日が過ぎ、「ひとりぼっちになった」と寂しさが募った。
 そんな中、親しくしていた友人が、治子さんから受け取った手紙やクリスマスカードなどを送り返してくれた。「小柄なのに大きな字を書くんだった」。特徴を思い出し、顔や姿が目に浮かんだ。米国に住む義妹からは写真やビデオが届き、映像には物まねで家族の笑いを誘う治子さんが写っていた。「形見と呼べるものが何一つ無かった」山崎さんは、治子さんと二人でいると感じられる瞬間がうれしいと言う。
 仮設住宅では台所に立つ。料理上手だった治子さんの味付けは「舌が覚えている。これも形見だね」。11日は治子さんの誕生日。仏壇には毎朝「おはよう」と声を掛けるが、お骨がない違和感は残る。もっと捜せばよかったと後悔もある。「どんな形でもいい。待っている」。


東日本大震災、11日で4年=復興へたゆまぬ努力―原発の収束作業続く
時事通信 3月10日(火)14時23分配信

 東日本大震災は11日午後、発生から4年を迎える。警察庁によると、2月28日現在の死者数は12都道県の1万5890人。岩手、宮城、福島各県を中心に2589人が今も行方不明だ。復興庁によると、震災後の傷病悪化による「震災関連死」は3県で計3139人となり、6割を東京電力福島第1原発事故が起きた福島県が占める。
 2月12日現在の避難者は全国で約22万8800人。県外への避難は福島が4万7000人、宮城7000人、岩手1600人。プレハブの仮設住宅で暮らす人は3県計8万1000人(1月末現在)で、前年同期より1万6000人減った。一方、完成した災害公営住宅は5000戸余りで、計画総数の2割に満たない。
 原発事故の避難者が、県内外の避難先で新たに土地や家屋を購入して移住する動きが広がっているほか、津波被災者の多くが新たな住まいを確保。一方、大規模な造成工事が必要な高台への防災集団移転には遅れも見られる。
 岩手県沿岸部を走る三陸鉄道の全面再開や常磐自動車道の全線開通など、交通インフラの復旧が加速。工場進出など企業活動も活発化するが、人手不足はなお深刻だ。
 福島第1原発では、完了まで30~40年とされる廃炉に向け、困難な収束作業が続く。放射性物質を含む汚染水を減らすため、地下水くみ上げなどさまざまな対策が取られ、使用済み燃料の取り出しも進められている。除染で出た汚染土などの中間貯蔵施設への搬入は13日に始まる。 


<福島第1原発事故>4年たっても消えぬ不安…避難者ら手記
毎日新聞 3月10日(火)14時15分配信

 東京電力福島第1原発事故を受け、主に東海地方に避難している人たちでつくる「原発事故被害者支えあいの会 あゆみR・P・Net」が、会員の手記を集めた本「愛する土地を離れて~福島原発事故から4年 伝えたい想(おも)い~」を発行した。同会代表の井川景子さん(32)=名古屋市西区=は「4年がたち、風化した感じがするが、私たちはまだ不安の中にいることを知ってほしい」と話す。

 会員47人に執筆を依頼したが「思い出したくない」という人も多かった。手記投稿者は16人で、3人が写真のみを投稿した。福島県の他、東京都や埼玉、千葉県などから移転してきた人たちだ。

 井川さんは、栃木県那須塩原市から広島県などに避難し、名古屋に落ち着くまでを振り返った。桜の花が咲く直前の大震災発生に「切ない思い出の桜。いつになったら心晴れ晴れと見上げられるかな。1年ずつでも心穏やかに見上げることができるといいな」と書いた。

 副代表で、福島県伊達市から避難してきた岡本早苗さん(36)=名古屋市熱田区=は、移転直後は心身ともに疲れ果て「感情が無くなったような状態と、ものすごい勢いで怒り狂っている状態、幻聴が聞こえてきてそれから逃げたくて仕方ない状態、まともに会話もできず、ただひたすら死にたいと思って時間を過ごしてきた」とつづった。

 2人とも、他の会員やボランティアの人たちの支えで今の生活ができている、と感謝の言葉を添えた。ともに幼い子を持つ。岡本さんは「同じ世代のお父さんやお母さんに、今の思いを伝えたかった」と語る。井川さんは「子どもたちのため、と避難を決意した。娘が大きくなった時、どんな思いで我が子を守ったのか知ってほしい」と話す。また、放射性物質の影響について「娘たちは定期的に甲状腺検査を受けているが、がんの発症は被ばくから数年後と聞く。避難時よりもさらに不安を感じているのが現状」と訴える。

 A5判136ページ、1200円で、700部を作った。会は15日午後2時から、名古屋市熱田区新尾頭1の愛知県司法書士会館で「被害者による『ぶっちゃけトークライブ』~愛する土地を離れて」を開催。会場でも本を販売する。

 問い合わせは同会(070・5259・1842)。【黒尾透】


<キーパーソンインタビュー>「記録を意識」 漫画「いちえふ」作者・竜田一人さんに再び聞く
毎日新聞 3月10日(火)14時10分配信

 東京電力福島第1原発(通称「1F」=いちえふ)で作業員として働きながら漫画を描き続ける竜田一人(たつた・かずと)さんの原発ルポ漫画「いちえふ 福島第一原子力発電所労働記」(講談社)の2巻が発売された。以前は「2巻くらいで終わりかな」と語っていた竜田さんだが、2014年も1Fで働き、「全然、(紙幅が)足りなくなってきた」と連載を続けている。竜田さんにとって、1Fの風景はどう変わったのか。描き続けることで心境の変化はあったのか。見えてきた「いちえふ」らしさとは。ロングインタビューでお届けする。【聞き手・石戸諭/デジタル報道センター】

 ◇「私の目から見た『福島の現在』を伝えたい」

 --「いちえふ」2巻では、竜田さんが漫画を描くことになる12年末までの1Fでの作業を軸にしながら、14年の福島の姿も描かれています。以前は「2巻くらいで終わりかな」と話されていましたが、まだまだ続きそうですね。

 竜田さん そうですね。描いているうちに全然、足りなくなってきました。2巻あれば、12年までは終わると思っていました。漫画にも描きましたが、新しい現場に足を踏み入れることができたことが大きいです。14年7月から1カ月弱、さらに10~12月にかけて1Fで働くことができたのです。そこで、またいろんな経験ができました。作業については現在進行形の話が多く、どう描くかはまだ決まっていません。でも、連載は続けていきますよ。

 12年までの話は2巻までで、かなり描けたと思います。

 開通したばかりの国道6号を縦断したり、ボランティアで行った仮設住宅やいわき市内のライブバーで歌を歌ったり、(この時、実際は愛知県産でしたが)いわき市の名物・メヒカリを食べたり--。そんな私的なエピソードも描くことができました。連載中の感想でも「面白い」と言ってもらえたのがうれしかったです。震災や原発という人によっては重いテーマの話なのに、読んでもらえて、なおかつ福島に関心を持ってもらえる。これはありがたいことです。

 担当編集者の講談社・篠原健一郎さん 少し、補足させていただくと、この巻では本当にありがたいことに「週刊モーニング」読者のアンケートでも人気があった話を盛り込むことができました。国道6号のエピソード(第14話「(Get Your Kicks On)Route6!」)や1Fの現場から離れる話(第15話「アイル・ビー・バック」)は特に人気がありました。原発問題に特別な関心がある読者だけでなく、そうではない普通の漫画好きからも評価されるようになったのが2巻の特徴かもしれません。

 竜田さん 原発事故も発生から4年が過ぎ、原発関連のニュースや番組は追っている人はどこまでも追っているけど、もう関心がないよという人もいます。福島のイメージが震災後、固定されてしまったという人も少なくありません。そこまで「関心はないよ」という人たちにも、私の目から見た「福島の現在」を伝えることができればいいな、と思っています。

 ◇変わった3号機の姿

 --14年の作業で1Fの変わったところ、印象に残った風景はありますか?

 竜田さん 印象的なのは3号機の姿です。1巻の表紙と大きく変わっていました。12年も作業の進捗(しんちょく)が見えて面白いと思いましたが、14年は3号機の姿が大きく変わっていました。少しずつでも廃炉に向けた作業が進んでいるなと思えて、単純にうれしかったです。12年の作業中に「2年後には3号機内で作業ができる」と言われても、無理だと思ったでしょう。日々のニュースでは汚染水問題が中心に報じられることが多いのですが、現場の作業は(12年当時の)私が思っていた以上に、進展しています。

 構内の風景も大きく変わっていました。まず緑が少なくなりました。中央分離帯にあった草木が切られていましたね。これはちょっと寂しいとおもいました。

 作業員の環境も変わりました。12年に私が働いていたときはJヴィレッジでタイベック(防護服)に着替えて、1Fまで向かっていました。今は入退域管理棟というのが1F正門付近にできて、構内ぎりぎりのところまで普通の作業服で行けるようになりました。そこで、APD(警報付き個人線量計)の貸し出しや着替えをします。

 つまり、構内の放射線量や汚染もがれきの撤去や除染作業で2年前に比べて低くなったということです。1Fの中に入る時点で初めてタイベックを着ますし、1Fの中でも場所によっては防護服を着ないで、普通の作業服で移動できます。劇的な変化は無いですが、少しずつ状況は動いています。

 14年の作業内容について今はあまり詳しくは言えないのですが……。いずれ、漫画で描くときのお楽しみということにしておいてください。

 --2巻では家探しの苦労など1Fの現場以外でも苦労された様子が描かれています。今回の作業で、住環境は改善されたのでしょうか?

 竜田さん これはどこの下請け会社で働くかによるので一概には言えませんが、私が働いた環境は良くなりました。

 住居については、働いていた下請け会社を私が変わったことが本当に大きいですね。私も1Fの中で移籍交渉をして、下請け会社をうまく移ることができたのですが、実際に移れるかは運次第。良い環境を求めていろんな人に声をかけておきました。

 その結果、下請けを変えられたので漫画にあるように一軒家におっさん十数人が一緒に住むということはなく、1人で住める宿舎も確保することができたのです。おかげで1Fで働きながら連載原稿も仕上げることができました。2巻の中には1Fで働きながら描き上げた話もあるんですよ。現場までは相変わらず、相乗りで車を走らせました。移動についてはあまり環境は変わっていないですね。

 ◇「技術の伝承、実践的なノウハウは現場でないと身につかない」

 --竜田さんが初めての高線量の現場での作業で無意識のうちに恐怖心を持っていたのではないか、という描写もありました。

 竜田さん 多少、漫画的な表現をしていますが、自分では「放射線についての知識も勉強したし、この現場だったら大丈夫」だと思っていたのですが、恐怖感もあったのかもしれません。それでマスクを締めすぎて、頭が痛くなってしまったのかもしれないですね。それだけでなく、建屋内の作業は集団行動が原則です。自分が足を引っ張りたくないと、いつも以上に万全を期す、という意識もあったのかな。

 いずれにしても建屋内の作業でヒュヒューイとAPDの警報音が鳴り響くのはあまり気持ちがよいものではありません。「このくらいの被ばくなら影響はでない」と頭で分かっていても、やっぱり嫌な音ではあります。一方で、矛盾するようですが、これだけ鳴るような高線量の場所で働いているという自負も出てきました。

 1巻では原発内の休憩所で働いていたのですが、そこではそんなに被ばく線量が高くなることはないのです。言ってみれば、後方支援的な作業ですよね。大事な仕事なのですが、建屋内から帰ってきた作業員を見ると「あの人たちは、高線量の現場に行って廃炉のために頑張っている。一方で、俺は……」と思うこともありました。やっぱり建屋内の作業ができた、というのは単純に達成感もありました。自分の手で直接的に作業に携われるよろこびですね。

 現場に出て自分の手でネジ1本締めるだけでも、あそこに工事にかかわれたという気になります。実際に、長く働いている職人さんは手際も本当に良い。背中を見ながら、すごいなあと感じることがたくさんありました。漫画の中で現場の描写が「アーク溶接」だとか、「ビード」(溶接部分で波のような跡になっている部分)の出来がどうとか、細かい作業中心になっていますが、そこのすごさを自分が感じていたのでしょうね。元々、こうした作業は好きだからだと思いますが、この人はすごいなあと思う人にどうしても目がいってしまう。細かく観察してしまいました。

 それだけでなく、細かい作業は職人さんたちの腕によって微妙な違いがでてきます。腕が立つ人なら早く片付く作業も、慣れない人がやると遅くなる。高線量の現場では大野さん(作品中のベテラン作業員)のモデルにした人たちも、すぐにそれぞれの会社で定める年間の被ばく限度量(「いちえふ」によると、ほとんどの会社は年間20ミリシーベルト以下で設定している。基準に達すると4月1日にリセットされるまで1Fでの作業はできない)に達してしまう。

 そうすると、その作業を大野さんたちはできなくなってしまい、代わりの人がやることになります。大野さんは別の現場を探して食いっぱぐれることは無かったのですが、高線量の現場に行って食いっぱぐれることになってしまっては元も子もない。現状、働ける日数はかなり限られています。これだけでは日々の暮らしで食べていくことができません。ベテランの作業員ほど腕は立つけど、高線量の現場では線量を気にすることになります。

 被ばくを避けたい切実な理由は、高線量現場で働ける日数が限られるからです。場所によっては1日1ミリシーベルトに達することもありますからね。

 代わりに来る人の腕が立てば問題はないのですが、みんながみんな腕の立つ職人ではないのはどこの世界でも一緒です。高線量の現場ほど経験が必要なのですが、職人確保は難しくなっています。原発特有の作業についても技術の伝承や実践的なノウハウは現場でないと身につけることはできません。何らかの対策は必要です。ここが現場最大の問題と言ってもいいと思います。

 私も昨年、1Fに行った時で既に高線量現場経験があるという理由で現場リーダーをやりました。少し出世とも言えますが、一緒に行った仲間の中には「1Fが初めて」だという人もいたのです。経験者も増える一方、未経験者も新規に入ってきているので経験の有無が重視されているとも言えますね。

 ◇高線量の現場「少し慣れてくるくらいが怖い」

 --そんな中で、現場に慣れてきたと感じたことはありますか。

 竜田さん そうですね。慣れてよかったというより、慣れてきたための失敗があります。

 現場では無駄な被ばくや放射性物質による汚染を避けることが大原則です。しかし、私も慣れてきたせいか、少し注意が足りずに汚染を避けることができなかった。

 例えば靴下のはき方、靴の脱ぎ方一つとっても注意が足りなかったなと思うこともありました。現場の靴は履き回しです。靴の脱ぎ方が悪い人がいると、靴の中に放射性物質が入り、靴下に付着します。慎重な人は靴下の上からビニール製の靴カバーをするのでいいのです。でも、私は靴下が二重だったのと、ビニールで蒸れたり、踏ん張りが利かなくなったりするのが嫌だったので、付けていませんでした。そうしたら、案の定、無駄な汚染が出てしまった。汚染防止は大事。注意が足りないと指摘されても反論できません。慎重に避けるべきことであり、恥ずかしいですね。

 何事も少し慣れてくるくらいが怖い。高線量の現場であることを怖がって用心しているくらいでちょうどよいと思います。「絶対に無駄な被ばくはしたくない」という作業員もいますからね。

 --作業員の中にもいろんな考え方がある、と。

 竜田さん そうなんです。ちょっと話はずれるかもしれませんが、作業員の中でも「東京電力がホールボディーカウンター(WBC)の値を低くしている」といううわさが出回って、本当に信じている人もいるんです。私は実際に自費で他の病院のWBCで検査したのですが、そんなことは無かった。うわさはうわさにしかすぎないのです。

 1Fで働いているからといって、みんながみんな放射線や被ばくについて正確な理解をしているわけではないというのが面白いところです。案外、調べないで現場に来る人が多い。つまり、仕事なんですね。そこに仕事があるから来ている。勉強してから来るというのは珍しいかもしれませんね。

 ◇福島への愛着「人を通じて深まってきた」

 --最初の話でも出ましたが、2巻では国道6号開通とか福島の話も多いですよね。竜田さんの福島への思いが、「思い出の町」以上に深まっているように読めます。

 竜田さん なるべく最近の話を入れようとしたので、(昨年秋に)一般車で走れるようになったばかりの国道6号を縦断した話を盛り込みました。漫画の中の時間の流れは少し無視して、事故から1年数カ月の1Fだけでなく、14年の周辺状況だったり、食事だったり、地域の話も入れたかったんですね。そうしないと、せっかく14年に福島に行ったのに、リアルタイムの話を届けられない。

 「ここは俺が住んでいたところだ」「懐かしく思いました」という感想もいただきました。皆さんもお時間があれば6号を車で走ってみてはいかがでしょうか。誰も住んでいない街並みを通るだけで感じるものはあります。

 私の場合、愛着は人を通じて深まっていきました。福島では人の出会いに恵まれました。どこの土地にも良い人もいれば悪い人もいるっていうのは分かっているんだけど、福島で出会った人は良い人ばっかりだった。弾き語りをしたライブバーのマスターも良い人だし、家探しを手伝ってくれた人も……。こういう人たちとの出会いがあったから、見知らぬ土地にもかかわらず、通っているうちに勝手に「あっちがふるさと」と感じるようになったのでしょう。

 漫画で「酪王カフェオレ」(福島県の名物カフェオレ)を取り上げたら、今では読者から「これも飲んでみてください」「食べてください」という反応をたくさんいただきました。そうそう、地元産のメヒカリも食べたいですよね。

 ◇鼻血描写と「いちえふ」らしさ

 --あえて振り返っておきたいのですが「美味しんぼ」との関連で原発事故と「鼻血」の描写についても「いちえふ」が話題になりましたね。このとき、竜田さんがツイッター上で珍しく意見を表明していました。この理由を教えてください。

 竜田さん 前回のインタビュー(毎日新聞のニュースサイトで5月22日掲載)でも話しましたが、私が作業中に鼻血を出した作業員を見たのは本当です。それを見て、作業員同士で話したこともあった。でも、それをどう漫画で描けるのか。なかなか、答えが見つかりませんでした。あえて描こうと思ったこともありましたが、それが「いちえふ」でやるべきことなのか、と考えた時にそうではないと思いました。

 そこで、(「美味しんぼ」と)対比されたりするのも少し違うなあと思っていました。描写についても実際に何について悩んでいたのか。うまく伝わっていないかもしれないなあという時もあります。

 「いちえふ」は説明的な漫画ではないし、何かの目的のためにメッセージを込める漫画ではない。何かに反論したり、「美味しんぼ」の騒動に影響を受けたような形で描いたりしてもよいものには仕上がらない。あくまで私が見たものを漫画に落とし込んだものですから。

 一言で「見る」といっても、いろんな作業員と付き合って初めて「見えてくる」ものがあります。実際に働いて、見てきたことを凝縮しています。ぱっと見るだけでなく、いろんなところをしつこく「見てきた」ところをベースにしている。私自身の関心の高低もあります。強く印象に残っているものなら掘り下げて描けますが、鼻血の話は正直「ああそんなこともあったな」程度にしか覚えていませんでした。「美味しんぼ」の騒動があったから思い出したようなものです。

 これだけの材料で漫画にするには無理があります。無理して描くと、そこだけが切り取られ象徴的なエピソードして取り上げられてしまう可能性もあります。「いちえふ」のトーンにあわせて、いつも通り描けるなら描きますが、そのためだけに別のトーン、これまでと違う回にしてしまうと、作品自体が変わっていってしまう恐れがあります。そこが最大の悩みどころでした。結果的に描かなくて良かったと思っています。

 --「いちえふ」がどういう漫画なのか。基本的な性格にかかわる話です。

 竜田さん そうですね。描かなかった話ですが、「いちえふ」らしいエピソードだと思います。「いちえふ」は科学や医学を語る漫画ではありません。事実を積み上げて描く漫画です。描くに足る事実がそこまで積み上がっていないなら、単純に描けない。ふわっと覚えているくらいの話ですからね。どのエピソードを描くかは、私と編集者と相談して決めます。いつも、一番大事な論点は自分が経験したエピソードが漫画として成立するかです。

 「いちえふ」は私の目線を通したものでしかありません。1Fのすべてを描いているものでもない。まして原発や福島県、浜通り--といった全部の論点を包括して描く漫画ではない。

 例えば、2巻では構内でメディアや東電社員の女性を見かける機会が増えた、という描写があります。これは少し表現方法を批判されたのですが、私にとっては大きな変化なんですよ。当初は見かけなかった女性が線量も低くなり、姿をみるようになった。男ばかりの男子校的な世界に若い女性も取材に来るようになったのを作業員が喜んでいる、というのは本当なのです……。が、人によっては「品がない」と思われたかもしれません。でも、これが私の見た「いちえふ」だから、曲げて「品の良い世界」にはできなかった。

 「いちえふ」はこういう漫画だと思ってもらえるとありがたいです。

 ◇2巻は「軽く描けるようになってきた」

 --漫画家として腕が上がったという実感はありますか。

 竜田さん 自分では何とも言えないですけど、1巻はある意味、漫画というよりも、報道寄りの「ルポ」として読まれた方もいたと思います。私自身も見てきたことを描かないといけない、と力が入っていました。

 当時の報道とは違った視点、1Fの作業員目線で描く。日常の視点で描きたいという意欲がありました。知られていない、姿を出したいという気負いもあったかな。イメージを覆そうみたいなものが意識の底にはあったと思います。力を抜くことを意識していた時期もありましたね。

 2巻では本当の意味で力が抜けてきたと思います。力を抜いて軽く描こうと思わなくても、軽く描けて、それが普通になった。

 タイトルの付け方も遊んでいます。私の趣味であるギターの弾き語りの話も入れたりと自分の話もかなり描いています。原発や震災を身構えて考えないといけない、と思っている人にもぜひ手に取ってほしいです。

 篠原さん 編集者の目から見ると、漫画家として連載を重ねるごとにうまくなっていますし、全体的に読みやすくなっています。1巻の1話目は時間もかけているし、背景も人物もものすごく描き込んでいます。大変な力作で情報量も多いのはわかるのですが、そこが取っつきにくい印象も与えるかもしれません。2巻は気軽に読める話が多くなっています。「いちえふ」らしいというか、竜田さんらしい内容になっているのかな、と。これは重そうで読めないなと思った方も、2巻のほうが入りやすいと思うので、ぜひ読んでみてください。

 ◇「記録」を意識

 --描き続けることで変わったな、と思うことはありましたか。

 竜田さん 漫画を描きながら、今は自分の役割として「記録」という面を意識しています。原発や福島に関する情報も適度に盛り込みながら、ちゃんと漫画として読めるようにコマ割りやセリフの長さも意識しています。漫画という手段でしか残せないことをやりながら記録していきたいですね。

 --記録は確かに竜田さんの役割ですね。12年は「売れない漫画家」。描けるかどうかわからない立場ですよね。週刊モーニング掲載の最新話でも描かれていますが、持ち込み原稿も何度か断られています。14年は「いちえふ」の竜田一人として入っています。記録者としての視点が1巻とは違ってしまうのではないですか?

 竜田さん 幸い、描いたら載るという立場になりました。確かに漫画を描くという意識は前より高くなっていると思います。そこは否定しません。

 しかし、実際に働いてみると、やっぱり、夢中になってしまう。14年の作業も面白い話はいっぱいあるし、描く意義はあると思います。普通の人はできないと思うような経験がおかげさまでたくさんできました。作業が進んでいるし、早く描きたいこともあります。少し、工夫しながら年末くらいに3巻がお届けできるかな。最初との比較をしながら、構内の変化も漫画で表現できたらと思います。

 この前もお話ししましたが、原発の廃炉作業は巨大な工事現場です。廃炉のために建設するものもあるという、ちょっと変わった現場ですけど。そこに働いている人がいるというのは変わらない。この人たちと付き合いながら、理想としてはこのままずっと、働きながら、その都度ためた話を描いていきたい。

 --今後、作業が進むと「いちえふ」の描き方は変わってくると思いますか?

 竜田さん 基本的なトーンは変わらないと思います。しかし、作業が進んでいけば、いずれは全体の状況とリンクして漫画を描いていくことになると思います。今のように細かい作業を描くだけでなく、自分の作業が全体の廃炉作業のなかでどこに位置付けられているのか。この先、どのように進展するのか。私の目からみた全体像も描けるのではないか、という気もします。原発周辺の地域の復興や廃炉作業の進捗も漫画の中で描きたいという思いは強まっています。

 --最後に読者の方に一言いただけますか。

 竜田さん どこを読めとか、何を訴えたいというのは作者があれこれ言うことではないと思います。まずはお手にとっていただいて、私の目から見た1Fの現場、福島の姿を好きなように読んでいただければうれしいです。普段、原発のニュースに接していない人も、これを読んで頭の中の情報が更新されたらいいな、と思っています。


<震災4年>遺骨、家族の元に「話をしたい」
河北新報 3月10日(火)12時50分配信

  東日本大震災で行方不明となり、ことし2月末に身元が判明した気仙沼市の男性の遺骨が9日、市役所ワンテン庁舎で市から遺族に引き渡された。震災発生から11日で4年。遺族は「夢かと思った」と語り、遺骨を大事に引き取った。

  気仙沼署によると、身元が判明したのは同市本吉町沖の田の無職小野寺徳男さん=当時(73)=。震災当時、津波で全壊した自宅付近にいたとみられ、1月25日に同市本吉町の日門漁港沖合3キロで骨盤が見つかった。県警のDNA鑑定で身元が確認された。

  同市の松岩中仮設住宅に暮らす妻かつ子さん(74)と長女松尾明美さん(50)が遺骨の引き取りに訪れた。松尾さんは「丸4年を目前に見つかり、夢かと思った。父も戻ってきたかったのではないか。これから4年分の話を聞かせてあげたい」と喜んだ。

  遺骨を見つけた同市本吉町高の漁師芳賀功さん(76)は、兄夫婦とおいが津波の犠牲になった。「兄とおいが行方不明なので、誰かの身元が確認できればいいと思っていた。よく網に掛かってくれた」と話した。

  県警によると、気仙沼市内では9日現在、225人の行方が分かっていない。


タンクせきに亀裂か=雨水400トン地中に―福島第1
時事通信 3月10日(火)12時8分配信

 東京電力は10日、福島第1原発で放射性物質を含む汚染水を保管しているタンク群で、周りを囲むせき内の雨水400トンが地中に漏れたと発表した。東電は劣化によりせきに亀裂が生じたとみている。
 雨水にはストロンチウム90が1リットル当たり100ベクレル以上含まれているが、タンクの水位に変化はなく、海につながる排水路への流出も確認されていない。 


<東日本大震災4年>身元特定、誓いの献花…宮城
毎日新聞 3月10日(火)11時38分配信

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身元不明などの遺骨が仮安置されている部屋で献花する宮城県警の捜査員ら=仙台市青葉区で2015年3月10日午前9時58分、佐々木順一撮影

 東日本大震災の津波で多数の犠牲者が出た岩手、宮城、福島の3県で、発生から4年がたっても身元が分からない遺体が83体あり、墓地や寺院に仮安置されている。「遺骨に花をあげてください」。身元特定に取り組む宮城県警の捜査班には、そんな手紙とともに寄付が届く。捜査員らは10日、仮安置所で献花。改めて全員の身元特定を誓った。

 午前10時、仙台市青葉区の市営葛岡墓園管理事務所。線香の匂いが漂う10畳間に遺骨の箱が並ぶ。そのうち二つには「57-RC4」「55-RA1」と書かれた紙が張られていた。震災後、海中などで見つかった身元不明の部分遺骨だ。金野芳弘警部(61)ら捜査員3人は、市職員らとともに白いユリなどの花束を置き、両手を合わせた。

 県警は3日現在で震災犠牲者9519人の身元を特定したが、18遺体の身元が分からない。部分遺骨も約80柱あり、合わせて県内10カ所で仮安置されている。

 身元特定に取り組むのは8人の専従捜査班。「情報は年々少なくなる」(県警幹部)といい、最近では時計の裏ぶたに書かれた修理者のイニシャルや、入れ歯の製造記録に着目し、身元特定にこぎつけた。

 そんな捜査班に最初に寄付が届いたのは2012年11月だった。「震災後、何もできなかった私がせめて皆様に一杯の温かい物をと思い、送らせていただく」。「南十字星」を名乗る手紙には、現金3万円が同封されていた。「少しの金額ですがお花でもお供えしていただければ幸いです」「行方不明者のご家族のお気持ちを考えると心が痛みます」……。徳島県美馬市に住む女性からは寄付が計7回にわたり送られてきた。

 新聞記事で捜査班の存在を知り、13年1月に現金を送った相模原市南区の関敏明さん(80)は「仙台には友人もおり、人ごとではない。捜査員の方に感謝の気持ちを表したかった」と言う。これまでに届いた寄付は計12件、約27万円に上り、県警は全て身元不明遺骨への花代に充てた。【伊藤直孝】


声楽家姉妹、被災小学校に春の歌声届ける=宮城県南三陸町〔地域〕
時事通信 3月10日(火)10時20分配信

 「春のうららの隅田川~♪」。3日、4年前に東日本大震災の津波で壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町の歌津地区にある名足小学校(加藤えり子校長、児童63人)の教室に女性2人の声量豊かな歌声が広がった。2人は姉妹声楽家として活動中の佐藤容子さん(ソプラノ)と佐藤寛子さん(メゾソプラノ)。同校でボランティアの演奏会を開き、「花」をはじめ春にちなんだ童謡・唱歌を披露。児童たちはその美しいハーモニーに聞き入っていた。
 名足小学校は海岸から200メートルのところにあり、2011年3月11日の大震災発生後、巨大津波が直撃。校舎1階部分は全壊し、2階も浸水する大きな被害に遭ったが、当時校内にいた児童64人は、教職員の誘導で学校裏の高台に避難し全員無事だった。その後、同小は隣の伊里前小学校に間借り。被災した校舎の改修や津波対策の補強工事が完成するのを待って、13年11月に授業を再開した。
 佐藤さん姉妹の同校訪問は昨年に続いて2回目。演奏会で姉妹は「どこかで春が」「うれしいひなまつり」「春の小川」などを歌ったほか、ピアニストの前田拓郎さんが「トルコ行進曲」などを独奏。また演奏会の締めくくりでは、佐藤姉妹と全児童が一緒になって、「BELIEVE(ビリーブ)」を合唱し、最後に6年生の佐藤信太郎君が全校を代表して「2人がおなかの底から声を出していてすごかった。ありがとうござました」と感謝の意を表した。
 演奏会を終えた感想について妹の寛子さんは「演奏を聴いている子どもたちの素直な表情がかわいらしく、温かく優しい気持ちで歌えた。これからも名足小でのコンサートを続けていきたい」と話した。姉妹は山形県山野辺町出身。昨年11月に「Sugar Sisters」の名で初のアルバムCD「わすれがたき ふるさと」を発売している。 


逸失利益3カ月分仮払い 東電、営業損賠暫定案
河北新報 3月10日(火)10時0分配信

  東京電力が福島第1原発事故に伴い避難区域の商工業者に支払う営業損害賠償で、東電は9日、資金繰りが厳しい事業者に対し、直近1年間(2014年3月~15年2月分)の逸失利益3カ月分を仮払いすると発表した。16年2月で賠償を打ち切るとする素案の撤回を3日に表明しており、暫定案として示した。打ち切り時期を含めた最終的な賠償方針は今後決定するという。

  3カ月分を支払うのは、賠償を数カ月分ずつ分割請求している事業者が対象。数年分ずつ包括請求している事業者には、請求期間の3カ月分を支払う。

  事故に伴う減収分を償う営業損害賠償に関し、東電がこれまで支払いに応じているのは12年7月~15年2月分。東電は昨年12月に明らかにした素案で、営業損害賠償を16年2月に打ち切る方針を示したが、商工団体の反発を受け、見直すことにした。

  東電福島復興本社は記者会見で「最終的な賠償案については商工業者の意見を聞いて検討している。できるだけ早期に示したい」と説明した。

  県商工会連合会の轡田(くつわた)倉治会長は「一時的な措置にすぎず、われわれの要望を全く考慮していない。引き続き賠償の継続を求めていく」と話した。


災害公営住宅の住民、薄い復興実感
河北新報 3月10日(火)10時0分配信

 ◎河北新報社と東北大、被災者アンケート

  東日本大震災の被災者が暮らしの中で感じる復興の手応えを居住形態別に見ると、災害公営住宅の入居者ほど復興を実感できずにいることが、宮城県沿岸12市町の被災者を対象としたアンケートで分かった。自力再建が難しい事情を抱えながら、自立を求められる災害公営住宅入居者の実態が浮き彫りになった。震災発生から11日で4年となるのを前に、河北新報社と東北大災害科学国際研究所が共同で調査した。

  アンケートは「生活の充実度」「生活の満足度」などに関する計15項目を5段階で評定してもらった。評定結果を点数に置き換え、75点満点で「生活復興感得点」を算出した。

  居住形態別の得点はグラフ(上)の通り。最低点は災害公営住宅の入居者の34.3点。生活復興の象徴とされる災害公営住宅だが、入居を果たした被災者の主観評価は低かった。

  既に耐用年数を過ぎたプレハブ仮設住宅も36.6点にとどまる。いまだに転居できない入居者の不安や不満が得点に表れた。

  最も得点が高かったのは、被害のなかった持ち家。以下、民間賃貸住宅、修繕した持ち家、再建した持ち家、借り上げ仮設住宅と続いた。

  災害研の佐藤翔輔助教は「阪神大震災でも同様の結果が出ている。災害公営住宅の入居者は、もともと経済面、健康面の問題から自力再建が困難な層。さまざまな場面で復興の手応えを感じられずにいるのではないか」と分析した。

  その上で「比較的得点の高かった借り上げ仮設住宅が、今後の復興のヒントになり得る」と助言した。

  平均は40.0点で前年調査から2.0ポイント上向いた。

  市町村別の得点推移(グラフ(下))では、仙台(41.5点)名取(40.8点)亘理(40.7点)岩沼(40.5点)が平均を上回った。

 [調査の方法]2013年2月に宮城県内の被災12市町でアンケートを行った仮設住宅の入居者1150人のうち、継続調査に同意した374人にことし1月下旬、調査票を郵送。255人(14年2月調査は354人)から回答を得た。性別は男性38.4%、女性58.4%。平均年齢は65.3歳。調査会社のサーベイリサーチセンター東北事務所の協力を得た。


イラク行政官が被災地視察 避難民支援策学ぶ
河北新報 3月10日(火)10時0分配信

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被災住民と昼食を囲んで会話を弾ませるイラクの行政官(中央)

  イラクの行政官12人が9日、東日本大震災の被災地の視察を始めた。中東の過激派組織「イスラム国」の侵攻によるイラク国内の避難民は250万人ともいわれる。自宅を失った被災者への中長期的な支援や復興の施策などを学び、本国の取り組みに役立てる。

  イラク政府の要請を受け、国際協力機構(JICA)が招待した。初日は宮城、福島両県を訪問。宮城県亘理町の公共ゾーン仮設住宅では、町内で被災者支援を続けるNPO法人「ロシナンテス」(北九州市)の事例を学んだ。

  大嶋一馬事務局長が、仮設で暮らす高齢者の健康づくりを目的としたコミュニティー農場の運営や集会所での学習塾などの取り組みを紹介。「行政の手が届かない部分をカバーするのが私たちの役割だ」と話した。住民から託された義援金も一行に手渡した。

  行政官らは熱心に耳を傾けた。「ISIS(イスラム国)からの避難民が目の前にいたら、どう支援するか」などと質問した。

  一行は、農場に参加する仮設住民らの昼食会に加わり、農場で収穫した野菜を使った和食を味わった。

  仮設を出て災害公営住宅で暮らす長橋美恵子さん(69)は「双方の避難した状況などを語り合い、私たちより大変だと思った。野菜を『おいしい』と食べてくれ、一息つけたようでうれしかった」と喜んだ。

  約35万人の避難民がいる北部キルクークの副知事ライード・ジャマール・ヒンディさん(52)は「住民が仮設で落ち着いて暮らしていることに驚いた。キルクークも避難民用の仮設住宅を建設する計画があり、細かい支援の大切さが参考になった」と話した。

  一行は12日まで釜石市や宮城県南三陸町などを訪問。13日に東京で避難民対策を発表する。


事業内容で判断=復興予算―麻生財務相
時事通信 3月10日(火)9時42分配信

 麻生太郎財務相は10日午前の閣議後記者会見で、東日本大震災からの集中復興期間が2015年度に終了するのを踏まえ、その後の復興予算について「先に金額を決めることは考えられない。実際にどれくらいのものが出てくるかを見た上での話ではないか」と述べた。事業の内容を精査した上で判断する意向を示した発言だ。
 竹下亘復興相が16年度以降の復興予算の財源の一部を被災自治体にも求める考えを示したことには、「発言は知っている」とした上で「(自治体の)費用負担が実質ゼロというのが異例であることははっきりしている」と指摘。一方で、集中復興期間中の全額国庫負担は、被害の大きさや自治体の財政力を考慮した判断だったとの認識も示した。 


イノシシ381頭捕獲=福島第1原発周辺で―環境省
時事通信 3月10日(火)9時41分配信

 環境省は10日、東京電力福島第1原発の周辺地域で増えているイノシシについて、昨年5月下旬から先月下旬までの間に計381頭(イノブタ15頭を含む)を捕獲したと発表した。福島県富岡、大熊、双葉、浪江4町と葛尾村でわなを設置し、捕獲した。
 原発事故で立ち入りが原則禁止とされている帰還困難区域などでは、イノシシが住宅や田畑を荒らす被害が深刻化している。このため同省は、前年度よりも事業の期間や対象範囲を拡大して捕獲に取り組んだ。来年度も事業を継続する方針だ。 


感震ブレーカー設置促す…大地震の電気火災対策
読売新聞 3月10日(火)9時24分配信

 政府は9日、大規模地震対策を協議する有識者検討会を東京都内で開き、木造住宅の密集地で建物を新築する際、地震の揺れを感知して電力供給を止める「感震ブレーカー」を設置するよう促す報告書をまとめた。

 東日本大震災で、漏電などが原因で起きる電気火災が多発した教訓を踏まえ、今後発生が予想される首都直下地震や南海トラフ巨大地震への備えとしたい考えだ。

 感震ブレーカーは、揺れを感知したブレーカーが自動的に落ちて電力供給を止める。復旧も容易で、失火の可能性のある箇所に遮断部分を限定できるコンセントタイプもある。

 報告書は、業界団体「日本電気協会」が作る電気工事の規定を見直し、「震度5強」以上で作動する感震ブレーカーの設置を電気工事業者に勧告するよう求めた。また、既存の住宅でも設置が広がるよう、自治体や業者に広報や情報提供を行うよう要請した。


動き始めた浜街道=国道6号から見た原発の町―東日本大震災4年
時事通信 3月10日(火)8時6分配信

 福島県沿岸部を南北に貫く国道6号。地元の人たちから「陸前浜街道」と呼ばれ、地域の生活を支える大動脈として親しまれてきた。東京電力福島第1原発事故による避難区域の設定で通行止めになっていたが、昨年9月に全線開通した。原発を境とした南北の分断が解消された周辺の町では新たな生活が動き始めた。
 ほぼ全町民が避難する楢葉町。昨年7月にオープンした仮設商業施設「ここなら商店街」の昼時は除染作業員らでにぎわう。「武ちゃん食堂」の看板メニューはレバニラ定食。佐藤美由紀さん(50)は「作業員さんたちとは顔なじみ。ふるさとのために働いてくれる人の力になりたい」と話す。
 双葉町から富岡町までの約14キロは放射線量の高い帰還困難区域。原発から約2キロ西側を通り、自転車、バイクの通行はできない。自動車でも停車や降車は原則禁止だ。
 今年1月、不通が続くJR常磐線の竜田―原ノ町間を結ぶ代行バスの運行が始まった。帰還困難区域で初めての公共交通だ。「このバスは高放射線地域を通ります。窓は開けないでください」。車内の放射線量を測定する野木美智子さん(44)の本職はバスガイド。「右手には『夜ノ森の桜』という名所があります。バリケード越しでしか見えませんが、春には桜並木が満開になります」。県外からの乗客には車窓を案内する。「観光バスではないのでガイドすべきか迷いもあるけど、放射能汚染の不安が少しでも和らげれば」と前を向いた。 


東日本大震災で「最大4」=宮城・山形から静岡まで―長周期地震動
時事通信 3月10日(火)8時6分配信

 長周期地震動の揺れは、高い建物ほど地上に比べてゆっくりと大きく、長く続く。気象庁の4段階の階級では最大の4は立っていられず、床をはわないと動けない揺れで、固定していない家具の大半が動き、倒れることがある。東日本大震災では宮城、山形、福島、茨城、東京、山梨、静岡の各都県で階級4の地域があったと推定される。
 気象庁が都内の高層オフィスビルで大震災を経験した約100人に聞き取り調査を行ったところ、「隣のビルがぶつかりそうになるぐらい揺れて怖かった」「船酔いのような状態で気分が悪くなった」「揺れがいつまでたっても止まらない」などの証言が得られた。
 揺れを制御する装置の導入が進み、ビルが倒壊する可能性は低くなったが、中にいる人は倒れた家具や落下物でけがをする恐れがある。エレベーターが止まり階段で下りようとすると、転倒する危険があり避難は難しい。高層階ではけがをしても救急隊が到着するまで時間がかかる。地震の発生を知ったら大きく揺れ始める前に、その場で身の安全を確保することが大事だ。 


高層ビルの揺れ、速報へ=長周期地震動、16年度末にも―伝達方法が課題・気象庁
時事通信 3月10日(火)8時5分配信

 東日本大震災の際、震源から離れた関東などの高層ビルでは、大きな揺れがゆっくりと長く続いた。気象庁はタワーマンションなどの急増を受け、この「長周期地震動」の直前速報を2016年度末にも始める方針だ。揺れを経験した人がまだ少なく、一般になじみが薄いため、緊急地震速報や震度速報、津波警報と重なっても混乱を招かない伝達方法の検討が続いている。
 気象庁は13年3月から、長周期地震動の「観測情報」を試験的にホームページで公表し始めた。主に既存の地震観測網のデータから、高さ45メートル(14~15階)以上で起きると予測される揺れを全国188地域ごとに計算。震度1以上の地震が発生した場合、約20分後に掲載している。
 揺れの大きさは4段階で示す。これまでの最大は昨年11月22日、長野県北部で最大震度6弱の地震が起きた際、同じ地域に出された「階級3」(立っていることが困難)だった。
 観測情報はビルやエレベーターの管理者向けに、損傷チェックに必要な加速度波形などのデータも提供。首都圏では高層ビルが集中する西新宿など7地点に長周期地震動の観測装置を新設した。
 検討中の速報は、地上で大きな揺れが来ることを直前に知らせる緊急地震速報のシステムを応用する。震源とマグニチュードに基づき、距離が遠くなるにつれ揺れが減衰する程度や各地の地盤の揺れやすさを考慮して計算し、長周期地震動が起きる地域と揺れの程度、大きく揺れ始める時刻を予測し速報する。
 発表は緊急地震速報と別に行い、当面は警報ではなく予報とする。
 課題は速報の発表基準の階級のほか、自治体の防災無線やテレビ・ラジオ、携帯電話のメールなどによる伝達方法だ。検討会ではテレビ・ラジオ局側が、地震・津波全体で想定される被害や被災者数を考えると優先度が低いとして、長周期地震動の速報に消極的な姿勢を示している。
 気象庁の中村雅基地震動予測モデル開発推進官は「大規模な高層ビルでは民間事業者と契約し、個別のケースに応じた速報を内部で放送するようになるのではないか。長周期地震動は震源から遠い所で起きることがあり、緊急地震速報の警報が発表されなくても長周期地震動の速報が発表される場合がある」と話している。 


交流を生きる糧に=被災住民とボランティア―宮城県石巻市・東日本大震災
時事通信 3月10日(火)8時5分配信

 東日本大震災発生から4年。宮城県石巻市では、フリーペーパーを配布するボランティアと仮設住宅に暮らす人々との交流が続く。月2回、1人暮らしの高齢者らを訪れ、生活の不安や人生の悩みを聞く活動が、孤立しがちな被災者の生きる糧になっている。
 「仮設きずな新聞」はピースボート災害ボランティアセンターが2011年10月から同市内で発行。地域や行政のニュースに加え、仮設住宅で暮らす住民同士が励まし合う記事を紹介している。
 配達には現在まで全国各地から延べ2千人以上が参加した。田上琢磨さん(27)は東京生まれ。震災直後から「被災地の役に立てれば」と、石巻でさまざまな支援に携わってきた。「原動力は住民の笑顔」という彼に4日間同行した。
 吉田とみ子さん(67)は津波で自宅を失い、夫と狭い仮設住宅で暮らす。親身になって将来の不安について聞いてくれる田上さんを「まるで息子」と語った。
 荻原哲郎さん(77)は、行方不明の妻が忘れられない。津波で全壊した自宅跡を訪れるたび「今でも『おっかあ』って叫ぶんだ」。捜索が打ち切られくじけそうになったが、たくさんのボランティアからの電話や手紙に勇気づけられた。
 息子と暮らす菊地みさ子さん(75)の仮設住宅には、田上さんらと一緒に撮影した写真が壁一面に貼ってあった。「地震が起きればすぐ電話をくれ、安否を気に掛けてくれる」。集会所で開かれる交流行事にも何度か足を運んだが、仲良くなった人たちは自宅を再建するなどして離れていった。「寂しいけど、ボランティアがいるからね。何よりも効く心の薬です」と笑った。 


命守るルール、自分で=「みんなで助け合い」―危険箇所マップも・東日本大震災
時事通信 3月10日(火)8時4分配信

 東日本大震災を教訓に、「命を守るルール」を自ら決める住民たち。同じ被害を繰り返すまいと、コミュニティーが一体となった取り組みが進む。
 住民の1割以上が津波の犠牲になった岩手県大槌町安渡地区(940人)は、2013年に初めて地区防災計画を策定した。「命を守るためにまず自助、次に共助が重要」。計画作りの中心となった町内会長の佐々木慶一さん(53)は強調する。
 アンケートや聞き取りで、逃げ遅れの理由や避難所運営の課題などを分析し、対応策をまとめた。声を掛け合いながら各自が高台へ向かう「津波てんでんこ」の実行、被災後の経過時間別の避難所運営の方法などを盛り込んだ。高齢者らの避難を手助けした消防団員らが命を落としたことを踏まえ、手助けは地震発生後15分以内に制限した。
 今後は訓練などを通じ、計画の不足部分や、避難路をスロープにするなどハード整備の必要性を洗い出す。渋滞を招く恐れがある車での避難対象者の範囲なども詰めていく。
 宮城県気仙沼市の滝の入2区(約300人)は、大半が土砂災害の警戒区域。05年に自主防災組織を立ち上げ、毎年の訓練のほか、有識者を講師に招いた防災講習会を開催する。住民100人以上が地区を歩き、危険箇所や避難場所を写真付きで記した防災マップも作製、全世帯に配布した。
 目指すのは「防災の日常化」。自治会長の臼井弘さん(72)は「普段からみんなで防災を考え、いざという時は助け合う」。震災を機に、地区内を小単位に分けて声掛けや支援を行う「小ブロック制」も導入した。
 静岡市葵区上足洗3丁目地区は昨年11月、有志による支援組織を発足させた。代表の佐藤隆さん(74)は「高齢者が多く、自助、共助が大切。少しでも防災、減災をしたい」と言う。現在は、液状化現象に対処する計画作りのため、住民との面談など情報収集を進める。
 水害対策を進める新潟県燕市笈ケ島地区は、自主防災会が作った防災地図を、仙台市で開かれる国連防災世界会議のパブリックフォーラムで発表予定だ。 


高まる「共助」の機運=動きだす地区防災計画―住民主体で立案、実践・東日本大震災
時事通信 3月10日(火)8時3分配信

 東日本大震災を機に、災害発生時の行動や避難所運営などで身近な住民同士が助け合う「共助」の考え方に基づく「地区防災計画」作りの動きが広がっている。自治体の防災計画よりも、きめ細かくコミュニティーの特性に応じた最適な対処法を、住民主体で立案し実践する。
 内閣府によると、世界でも先進的な取り組みといい、14日から仙台市で開かれる国連防災世界会議のパブリックフォーラムで、モデル地区の住民らが内容を紹介する。
 地区防災計画は、地区の立地や特性、起こり得る災害などに合わせ、住民らの意向を反映させて策定。物資や資材の備蓄、避難ルートや近隣での助け合いのルールのほか、避難所運営の組織体制などを定める。計画単位は自治会や集落、商店街など自由に決められる。
 2014年4月の制度施行を受け、内閣府が11月に選定した15のモデル地区は、岩手県大槌町安渡、福島県桑折町半田地区のほか、新潟県燕市笈ケ島、長野県下諏訪町第1、2区、静岡県富士市の富士駅南地区など。神奈川県横須賀市にある大規模マンションの自主防災組織も選ばれた。
 共助は1995年の阪神大震災で注目され、東日本大震災でもその意義が広く認められた。自治体が被災し、避難所運営などを住民だけで行ったケースなどがあったためだ。内閣府は、公的機関などの「公助」に自助と共助を組み合わせることで、大規模災害への有効な対処が期待できるとみている。
 一方、課題もある。計画をまとめ継続的に実行していくためには、地域への目配りができる指導力を持った人材が不可欠。住民の入れ替わりが激しい地域や、大都市圏など近隣との関わりが薄い地域で普及させられるかも未知数だ。
 安渡地区の防災計画作りに関わった早稲田大文学学術院の浦野正樹教授は、公助の重要性を指摘した上で、「防災意識は一人では高まらない。いざというときに何をすべきか地域の人と具体的に考えることで、自助に必要な行動も判断できる」と話している。 


<被災42市町村調査>復興計画「見直し必要」4割
毎日新聞 3月10日(火)8時0分配信

 東日本大震災から11日で4年を迎えるにあたり、震災で大きな被害を受けた岩手、宮城、福島3県の42市町村の首長に各自治体が策定した復興計画の進捗(しんちょく)状況について聞いたところ、全体の4割に当たる18人が、計画の見直しが必要と考えていることが分かった。福島県で東京電力福島第1原発事故による避難生活の長期化や除染作業の遅れからインフラ整備が進んでいないほか、岩手、宮城県でも資材高騰や作業員不足などから一部の工事に遅れが生じている。国は2015年度までの集中復興期間終了後、復興事業の一部地方負担を検討しているが、各自治体は期間延長や財政支援の継続を求めている。

 アンケートは2月、岩手12、宮城15、福島15の自治体の首長に書面で実施。復興計画は11年12月に成立した復興特別区域法などに基づき、各自治体が定めている。各自治体とも各県の復興計画に合わせ、5~10年を計画期間としている。

 アンケートで「抜本的に必要」と回答したのは福島県大熊町。同町は第1原発の立地自治体の一つで、全町避難が続いており、「避難区域再編や中間貯蔵施設の設置などの状況変化を踏まえ、見直している」とし、既に作業を進めている。

 「ある程度必要」は17人で岩手3、宮城4、福島10。宮城県名取市は津波被害の大きかった閖上(ゆりあげ)地区の集団移転問題も抱え「策定当時と状況が変化し、実施財源の確保も難しい」と、国の財政支援の継続を求める。同県利府町は自治体の職員不足や入札不調から復興工事に遅れが出ているとし、「事業期間の延長が必要」とした。

 福島県内の除染計画は、15自治体のうち5人が「ある程度見直しが必要」と回答。いわき市や浪江町などでは汚染土について「仮置き場の確保に苦慮」とし、作業の遅れが続いている。【まとめ・山本浩資、深津誠】


要避難名簿、3割超が提供せず
2015年3月10日(火)7時47分配信 共同通信

 東日本大震災で被害を受けた岩手、宮城、福島3県で、災害対策基本法に基づき、災害時の避難に助けが必要な障害者や高齢者らを事前登録する名簿を作った自治体の3割超が、民生委員や自治会など外部の支援者に情報提供していないことが10日、分かった。

 個人情報保護が主な理由だが、緊急時の支援の実効性に疑問符が付きそうだ。災対法は外部提供の義務付けまではしていないが、内閣府は「平時から提供した方がいいことは明らか」としている。

 大震災で自治体が持つ要支援者情報が活用されず、犠牲者が増えた反省から、国は名簿作成を義務付け、事前提供を促している。


<地震>発生頻度、震災後100倍 東北・関東の一部
毎日新聞 3月10日(火)7時31分配信

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最近2年間の地震活動

 東北や関東地方で、最近2年間の地震活動が東日本大震災の発生前と比べて約100倍と活発になっている地域があることが、東北大災害科学国際研究所の遠田晋次教授(地震地質学)の解析で分かった。遠田教授は「大震災から4年を迎えても影響が長引いている地域がある。活動活発化による巨大地震の発生にも一層の警戒が必要」と話す。

 遠田教授は、大震災2年後の2013年3月11日から今年2月18日までに東日本の地下20キロまでで起きたマグニチュード(M)1以上の地震の発生頻度を、大震災前の10年間と比べた。余震が著しく多かった大震災直後の2年間は除いた。

 発生頻度が約100倍となっているのは、福島県・浜通り、千葉県・銚子、岩手県・久慈などの一帯。いずれも以前は地震が比較的少なかった地域だが、大震災に伴う地殻変動の影響が残っているとみられる。青森県沖から千葉県沖までの大震災の余震域以外の内陸部にも、活動が活発な地域がみられた。

 また、首都圏を震源とする「首都直下地震」が懸念される地域は、対象を広げて地下100キロまでで起きた地震を分析。その結果、最近2年間のM3を超える地震の発生頻度は、大震災前の10年間と比べ約2倍と高くなっていた。

 新潟県・中越地方などは、大震災前に比べて地震活動が低調だったが、大震災前に発生した内陸地震の余震の減少が原因とみられる。

 一方、気象庁は9日、東日本大震災の余震活動状況を発表した。最近1年間(昨年3月11日~今月7日)に余震域で観測した震度1以上の有感地震は737回と、大震災前10年間の年平均306回を大きく上回り、「依然活発な状態」と分析した。【千葉紀和】


浪江は11年3月11日のまま…町民の一時帰宅に記者が同行
スポニチアネックス 3月10日(火)7時1分配信

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検問所で通行証を確認するため車を止める警備員

 ◇東日本大震災から4年

 福島県浪江町は、福島第1原発事故に伴う放射能被害により、今も全域が避難指示区域に指定され、立ち入りが制限されている。町民は国内各地で避難生活を送る。現在は東京都内に住み、震災4年を前に一時帰宅した浪江町民に同行した。

 浪江町で代々続く老舗飲食店の男性店主(59)の車で、町に入った。メーンストリートの手前で、車は警備員に止められた。通行証を確認するためだ。警備員は通行証に記された名前が実際に車に乗っている人間と同じかどうかをチェック。初めて訪れる記者だけならまだしも、浪江町の住民までも入念に調べられるのだ。これが、震災から4年たった浪江町の現実だ。

 検問所を抜けるとJR浪江駅近くの商店街が広がっていた。地震により倒壊した家屋もあったが、商店街自体はきれいに残っている。ただ、人がいない。歩行者用の信号は消えている。音もしない。カラスの鳴き声が響くのみだった。

 店主の店は、幸い津波や地震の被害は受けなかった。月1度の割合で、一時帰宅し点検。この日も、空き巣被害などがなかったことを確認し、ホッとした表情を見せた。

 原発事故での全町避難後、県外数カ所を転々として、現在は東京都江東区に暮らしている。近い将来、避難指示が解除される可能性はある。しかし、店主は「浪江に戻れと言われたとして、人がどれだけ戻ってくるのか。医療面や治安面が不安だし、生計を立てるビジョンも見えない」と話した。震災からの4年間の月日について「1、2年目は何が何だか分からず過ぎた。3年目は、もう戻れないのかもしれないと分かり始めた。4年目は、戻れないのならば、商売や生活をどうしなければいけないのかと問題点がはっきりしてきた」と心境の変化を語った。

 人生にも変化があった。茨城県内の介護施設に入院していた父親(87)が1月2日に亡くなった。震災時は近くの病院に入院していたが、原発事故からの避難で一時行方が分からなくなった。新潟県内の病院に搬送されていたと分かったのは震災から2週間後だった。

 今月13日に、浪江町の代々続く墓に納骨をする予定という。本来は親戚らで法事を執り行うが、避難区域ではそれもままならない。「面倒くさくなくて、かえっていいこともあるよ」と笑い話にしたが、そこに避難生活が続く現実が見えた。

 店に貼られたカレンダーは、2011年3月のままだった。11日の昼までの天気や予約が記されていた。「天気や曜日での過去の客足などが分かるようにずっと書いていたもの」という。4年たっても外さない理由を「これは、自分たちがここで仕事をしていたという存在証明だから」と見つめた。

 町から車で出るとき店主は、生徒がいなくなった小学校の校庭など、町中に生えた雑草を見て「植物は元気だな」とつぶやいた。人の営みはなくても、植物は成長していた。約1メートルの高さまで伸びた草木のたくましさは、一筋の光明のように感じられた。

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