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2015年3月 8日 (日)

宮城沖地震に関するニュース・1928,2015年3月8日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:東日本大震災 大川小「校舎は保存」が優勢 宮城県石巻市で住民アンケート - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災 「夢」よ大空へ! 復興の連凧、仙台の空に舞う - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災から4年を前に…追悼の日曜日、沿岸捜索も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災 児童ら見つめた100年桜、かさ上げ工事でお別れ 岩手・大槌町 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>津波被災石巻・大川小「全体保存」市に要望へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>高崎でいわきの高校生フラ披露 続く避難訴え - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>元タカラジェンヌ「被災地に夢と希望を」支援 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>防潮堤海側に3000本の植樹祭 千葉・旭 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災校舎の保存支持が半数 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「福島は安全」と中国学生 - 速報:@niftyニュース.
リンク:震災被災地で追悼式や防災訓練 - 速報:@niftyニュース.
リンク:米核施設、地下タンク14基損傷 - 速報:@niftyニュース.
リンク:震災4年 遺族の言葉取りやめ 被災地追悼式 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<大震災4年>福島の恵みを再び - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「忘れない」700人が祈り いわき四倉海岸 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:地権者との交渉難航=「最終処分場にされる」―福島中間貯蔵・大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:変わる姿、遠い廃炉=汚染水対策に追われ―苦闘続く福島第1・東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<被災地のいま>(7)風評/拭えぬ抵抗感、地元でも - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:帰れぬまちに復興の光跡 福島・常磐道 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染水処理「来夏の前に」=労災防止へ訓練施設―東電廃炉責任者・福島第1 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:見つかるか、溶融燃料=宇宙線で原子炉「透視」―「結果出せる」研究者・大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染水対策、新たな段階=タンク保管分は処理増―福島第1・東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興アピールの首相 強い思い入れとは裏腹に、「上滑り」の危惧も - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<入所制限>400人待ち…避難家族悲痛「ベッドあるのに」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<介護施設>福島東部で入所制限 高齢者増と職員不足深刻 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:最終処分、描けぬ展望=中間貯蔵13日搬入開始―汚染土減量が課題・大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:燃料取り出し遅れも=3号機、線量依然高く―福島第1・東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:仮設撤去1%届かず…被災3県、復興住宅遅れ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 福島を忘れない - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:東日本大震災4年 復興へ山田線走る 復旧工事着工、30年度全面開通へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「後期復興」5年で6兆円 - 速報:@niftyニュース.
リンク:核のごみ処分で国が啓発活動 - 速報:@niftyニュース.
リンク:「ゆめあかり」犠牲者悼む1万2000本 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

東日本大震災 大川小「校舎は保存」が優勢 宮城県石巻市で住民アンケート
産経新聞 3月8日(日)22時12分配信

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大川小学校の保存について、意見を述べる同小の卒業生たち=8日、宮城県石巻市(上田直輝撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災で児童と教職員計84人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市立大川小学校の被災校舎をめぐり、地元住民でつくる「大川地区復興協議会」は8日、石巻市内で住民説明会を開催し、校舎を解体すべきか保存すべきかについて、住民アンケートを実施した。参加した大川地区の住民126人のうち57人が保存と回答し、解体と回答した37人を上回った。

 同協議会は20日に開く会合で集計結果を踏まえて結論を出し、3月下旬以降、市長と教育長に対して要望書を提出する方針。

 集計結果によると、残りは、一部保存3人、その他15人、白票8人、票の持ち帰り6人だった。

 大川小をめぐっては、同協議会が、校舎周辺を「鎮魂の森」として公園化する復興計画案をまとめている。この日の住民説明会では、校舎について、(1)解体=跡地に原寸大平面図を復元しスマートフォンなどで昔の校舎の写真や映像が見られるようにする(2)一部保存=低学年棟や野外音楽堂などを保存する(3)保存=公園内に全施設を残す-の3案を提示。アンケートのほか参加者から意見を聞いた。

 同協議会の大槻幹夫会長(72)は「今日出た意見やアンケート結果を慎重に議論し、結論を出したい」と話した。


東日本大震災 「夢」よ大空へ! 復興の連凧、仙台の空に舞う
産経新聞 3月8日(日)21時56分配信

 仙台市若林区の海岸沿いで8日、東日本大震災からの復興を願い、たこを揚げるイベント「笑み舞う」が行われた。

 揚げられたのは、2組のたこで計約60枚。たこ1枚にそれぞれ、事前に寄せられた「夢」をテーマとするメッセージがつけられた。2組のたこは参加者によって次々と揚げられ、被災地の大空に舞った。

 主催者の書道家、亀井勤さん(53)は「まだ復興が進んでいない若林区を見てもらいたい。被災地の現状を多くの人に知ってもらうことが大事」と話していた。


震災から4年を前に…追悼の日曜日、沿岸捜索も
読売新聞 3月8日(日)21時56分配信

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海沿いで行方不明者の一斉捜索をする消防団員ら(8日午前、福島県相馬市で)=清水健司撮影

 東日本大震災から4年を迎えるのを前に、各被災地で8日、追悼行事が行われた。

 一部自治体では、被災者の仕事などに配慮し、多くの人が参加できるように日曜日に式典を行った。

 死者・行方不明者が約1800人に上り、岩手県内で最大の被害が出た陸前高田市では、市主催の追悼式が開かれ、約900人が犠牲者に黙とうをささげ、献花した。戸羽太市長は「一日も早い復興を市民一丸となって実現しなくてはならない」と語った。

 福島県では、いわき市と双葉、楢葉両町が追悼式を開催。このうち、東京電力福島第一原発事故で全町避難中の双葉町は、いわき市で追悼式を行い、約110人が参列。伊沢史朗町長は「震災前の平穏な暮らしに戻すことが、亡くなった方々に報いることだ」と述べた。

 震災では依然、行方不明のままの人もいる。同県相馬市の沿岸では、相馬署員や消防団員らが犠牲者に黙とうをささげ、この後、捜索を行った。


東日本大震災 児童ら見つめた100年桜、かさ上げ工事でお別れ 岩手・大槌町
産経新聞 3月8日(日)21時46分配信

 東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町・赤浜地区にある町立の旧赤浜小学校=廃校=の校庭に植えられている樹齢100年の桜が周囲のかさ上げ工事で伐採されることになり、近隣住民ら約50人が8日、お別れ会を開いた。

 伐採される桜は、大正3年と昭和13年に当時の卒業生が記念に植えた5本のソメイヨシノ。町立大槌中学校3年の中村史佳(ふみか)さん(15)は「住みよい街になると信じて、お別れをしなければなりません。桜は心の中にずっといます」と作文を朗読した。

 赤浜地区には11~13メートルの津波が押し寄せたと推定されており、10メートル以上のかさ上げが計画されている。震災で津波をかぶった後も花を咲かせてきた桜は9日に伐採されるが、地区では挿し木によって、同じ遺伝子を持つ苗木を16本育てており、かさ上げ工事が終わった地区に植樹するという。


<大震災4年>津波被災石巻・大川小「全体保存」市に要望へ
毎日新聞 3月8日(日)21時44分配信

 東日本大震災の津波で児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の被災校舎の保存について、地域住民で作る「大川地区復興協議会」と遺族との集会が8日開かれ、参加者にアンケートを実施した結果、「全体保存」を望む意見が最多となった。協議会の大槻幹夫会長は「全体保存を求める要望書を市に提出することになる」と話した。市は住民の意見を踏まえて検討を始める方針で、保存に向けた議論が大きく動き出す。

 この日の話し合いには遺族や現在の大川小の保護者を含めて約120人が参加。(1)全体保存(2)一部保存(3)解体し、立体映像で見せる拡張現実装置の設置--の3案について参加者から賛否の意見を聞いた後、アンケートを実施した結果、「全体保存」が57人で最も多かった。「一部保存」は3人、「解体」が37人、「その他」が15人だった。

 話し合いでは、娘を亡くした男性が「負の遺産。亡くなった子らも(校舎を見て)親が苦しむ姿を喜ばない」と解体を求める一方、地元での意見表明をためらってきた同小の卒業生6人も発言。当時5年で、津波にのまれ助かった只野哲也さん(15)が「校舎を見ることはどんな文章や映像よりも強い印象を与える。なくなれば友達や地域の人が生きた記憶が薄れ、本当の意味で死んでしまう」などと訴えると、涙を流す遺族の姿もあった。

 「全体保存」が多数を占めた結果について、遺族会の鈴木典行会長(50)は「遺族会が12年8月にとったアンケートでは壊す方がいいという意見が多かったが、遺族の間でも保存を求める声が増えている。来られなかった遺族もいるが、住民、遺族が集まって出た意見として意味がある」と述べた。

 同協議会はこれまで、被災校舎を地区の復興の中心と位置づけ、校舎周辺を「鎮魂の森」として公園化する整備案をまとめている。市は津波火災の跡を残す市立門脇小の保存の検討を進めているが、「大川小についても住民、遺族の意見を尊重し対応を検討する」としている。【百武信幸】

 ◇大川小学校の被災校舎

 太平洋から約4キロの北上川右岸に建つ2階建て校舎。東日本大震災で屋上を越える津波にのまれた。教室と体育館を結ぶ渡り廊下はねじ倒され、校舎全体が吹きさらしの姿で残る。現在も国内外から追悼に訪れる人が絶えない。児童23人の遺族は昨年3月、宮城県と石巻市を相手取り、損害賠償を求めて仙台地裁に提訴。安全対策を怠ったとして学校側の責任を問う裁判が続いている。


<大震災4年>高崎でいわきの高校生フラ披露 続く避難訴え
毎日新聞 3月8日(日)21時16分配信

 福島第1原発事故から4年を前に高崎市内で8日、脱原発イベント「力あわせる200万群馬・さよなら原発アクション」が開催され、避難生活を余儀なくされている福島県いわき市の県立いわき総合高校の生徒たちがフラダンスを披露した。「事故を風化させたくない」「県外避難を続ける人を勇気づけたい」。そんな思いが込められた踊りに、惜しみない拍手と歓声が送られた。

 舞台に立ったのは同校のフラダンスサークル「アロヒ・ミノ・アカ」の女子生徒5人。ハワイ語で「輝く笑顔」の意味を持つ。

 1年の鈴木萌さん(16)は東日本大震災当時、同県大熊町立大野小6年で下校途中に激しい揺れに襲われた。原発事故に追われるように、同県会津若松市まで両親と3人で避難し、高校進学を機にいわき市に移り住んだ。同級生や親戚は県外避難するなど離ればなれになり寂しさも感じるが、「今は周りの友だちがすごくいい人たちなので、私も頑張れる」と笑顔を見せる。

 やはり避難生活を送る1年の住吉雛乃さん(16)は「地震直後は単身赴任の父と会えず不安な毎日だった。避難所ではお風呂に入れず、トイレに行くことも大変だった」と振り返る。

 この日は「ホール・ニュー・ワールド」など3曲を披露した。住吉さんは「緊張もあったけれど、皆さんのかけ声や笑顔を見て頑張って踊れた」と満足そうに話した。鈴木さんは「多くの人が今も避難生活を続けていることを忘れないでほしい」と付け加えた。【田ノ上達也】


<大震災4年>元タカラジェンヌ「被災地に夢と希望を」支援
毎日新聞 3月8日(日)20時55分配信

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「防災フェスタ」で記念講演をする元タカラジェンヌの妃乃あんじさん=大阪市阿倍野区で2015年3月8日午後2時39分、梅田麻衣子撮影

 元タカラジェンヌが東日本大震災の被災地・宮城県で子どもたちに歌やダンスの楽しさを広める支援活動を続けている。4年前に母親をがんで亡くし、無力感から舞台を去った。被災地でボランティア活動をするうちに被災者の姿に励まされ、生きる希望を取り戻した。8日には大阪市内で講演、「今度は自分が被災地に夢と希望を届けたい」と語った。

 宝塚歌劇団の月組で娘役として活躍した妃乃(ひの)あんじさん(31)=大阪市住吉区。母千鶴子さん(当時57歳)は2011年2月、「あなたのお陰で希望が持てた」という最期の言葉を残し、世を去った。歌劇団入りを応援してくれた母。練習を終えて深夜に帰宅し、介護する日々を送っていた。「母の所へ行きたい」と思い詰め、仏壇の前で泣き続けた。歌劇団もこの年の10月に辞めた。

 そんな時、「誰かの力になれれば」とボランティアに訪れた宮城県石巻市で小学生の娘を津波でさらわれ、遺体を捜す女性に出会った。「どこにいるの」と叫びながらスコップで泥をかき続ける姿に「大切な人を失ったのは自分だけじゃない。悲しんでばかりでは駄目だ」と感じた。

 以降、毎月のように被災地を訪れ、がれき撤去や遺体捜索を手伝ってきた。宮城県南三陸町の幼稚園や保育所では、歌やダンスの体験会を開いている。町立志津川保育所では震災前より子どもが30人以上減ったが、工藤和貴子所長(60)は「妃乃さんが歌うと、すぐにみんなが笑顔で歌い出す。明るい話題が少ない中、夢をもらっている」と話す。

 妃乃さんは8日の講演で「震災を過去のことと思わず、ずっと心に留めてほしい」と訴えた。【茶谷亮】


<大震災4年>防潮堤海側に3000本の植樹祭 千葉・旭
毎日新聞 3月8日(日)20時36分配信

 東日本大震災で津波被害を受けた千葉県旭市の飯岡地区で8日、津波の威力を減殺する海岸林の植樹祭が開かれた。防潮堤の海側に盛り土して植栽する全国初の「旭モデル」として、津波の教訓を後世に伝えようと、市民ら650人がクロマツや広葉樹の苗3000本を植えた。

 九十九里浜東端の同市は高さ7メートルを超える津波に襲われ、飯岡地区を中心に14人が死亡、2人が行方不明となった。市と県はコンクリートの防潮堤を海抜6メートルにかさ上げするとともに、前後に「旭市海岸減災林」の造成を計画。後背地がない同地区では堤防の海側に13種の草木を試験植栽することにした。

 この日は、海岸沿いの100メートルの堤防斜面(幅10メートル)に、クロマツやトベラなど9種の苗木を1本ずつ植えた。今後、海側の砂地にハマゴウなど海浜植物も植栽する。参加した飯岡小6年、向後晃佑(こうごこうすけ)君(12)は「僕らが大人になる頃までに大きく育って街を守ってほしい」と話した。【武田良敬】


被災校舎の保存支持が半数
2015年3月8日(日)19時52分配信 共同通信

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 大川小の被災校舎保存の是非をめぐる住民説明会で、保存を訴える大川小の卒業生=8日午後、宮城県石巻市

 東日本大震災の津波で児童・教職員計84人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市立大川小の被災校舎をめぐり、地域住民でつくる「大川地区復興協議会」は8日、校舎周辺の整備方針についてアンケートを実施し、回答者の半数近くが、校舎を全部保存する案を希望していることが分かった。

 協議会は、周辺を追悼公園にすることを前提に同日、住民説明会を開催。参加した126人のうち120人がアンケートに回答した。集計の結果、全部解体を選んだのが37人、一部保存が3人、全部保存が57人だった。追悼公園を造ること自体に反対し、更地にしてほしいと要望する意見も複数あった。


「福島は安全」と中国学生
2015年3月8日(日)19時50分配信 共同通信

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 8日、中国上海市のホテルで行われた東日本大震災の被災地復興応援イベントで花を供える参加者(共同)

 【上海共同】東日本大震災から4年となるのを前に中国上海市のホテルで8日、被災地の復興を応援するイベントが行われ、昨年、福島県を訪問した中国人大学生が「福島は安全なので遊びに行ってほしい」などと呼び掛けた。

 福島県上海事務所などが主催し、中国人関係者を含め約80人が参加。カーネーションで作られたモニュメントの前に花を供え、黙とうをささげた。

 昨年10月末~11月初めに福島県を訪れた上海理工大3年の何雲舒さん(21)は「家族から『危ないから行くのは考えてほしい』と言われたが、自分の目で見たかったので決断した」と話した。


震災被災地で追悼式や防災訓練
2015年3月8日(日)18時46分配信 共同通信

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 高台に設置された石碑(中央)と七十七銀行女川支店跡地(奥)=8日、宮城県女川町

 東日本大震災から11日で4年を迎えるのを前に、被災地では8日、犠牲者の追悼式や住民参加の防災訓練が行われた。遺族らは、二度と悲劇を繰り返さぬ決意を表す一方、大切な人を失った悲しみに思いを募らせた。

 宮城県女川町では、津波で行員らが犠牲になった七十七銀行女川支店跡地近くの高台で、遺族が慰霊のため設置した石碑の除幕式があった。

 1200人以上が犠牲になった岩手県大槌町。住民ら約400人が避難訓練に参加し、防災無線で大津波警報が流れると、高齢者を車いすに乗せて高台へ向かった。


米核施設、地下タンク14基損傷
2015年3月8日(日)15時41分配信 共同通信

 【ニューヨーク共同】米西部ワシントン州のハンフォード核施設で、高レベル放射性廃液を保管する地下タンク177基のうち少なくとも14基に壁の損傷があり、地下水が入り込むなど廃液が漏れ出す危険性が高いことが米政府監査院(GAO)の報告書などで8日分かった。うち1基からは年平均約2400リットルの廃液漏出が確認されている。

 同施設は1945年に長崎に投下された原爆のプルトニウムを製造するなど冷戦期に米の核戦力を支えたが、その後、放射性物質のずさんな管理が発覚、「米国で最も汚染された核施設」とされる。


震災4年 遺族の言葉取りやめ 被災地追悼式
河北新報 3月8日(日)15時0分配信

  東日本大震災の発生日となる11日に被災地で開かれる追悼式で、遺族が思いを語る場面を省くケースが出ている。背景には「人前で話すのは心理的負担になる」との配慮がある。震災から4年がたち、慰霊の形も微妙に変化しつつある。

  気仙沼市はことし、追悼式で行ってきた「遺族代表の言葉」を取りやめる。菅原茂市長は「遺族に負担を掛けている。お願いするのが難しい」と説明する。

  仙台市も今回から遺族あいさつをやめる。秘書課は「震災から一定の年数がたった。過去3年と違う形にした」と理解を求める。

  宮城県内では昨年、追悼式を開いた沿岸14市町のうち3市町で遺族の言葉がなかった。ことしは6日現在、開催13市町のうち4市町が予定していない。

  大船渡市は震災丸1年を最後に次第に盛り込んでいない。「市全体の式典。特定の遺族の気持ちを伝えるのはそぐわない」と話す。対照的に「慰霊の場の主役は遺族」(東松島市)「遺族が前向きな思いを語る大事な場。市長の話とは伝わり方が違う」(石巻市)として、遺族の協力を求める自治体は多い。

  阪神大震災で被災した神戸市は、毎年の式典で遺族が追悼文を朗読している。市は「つらい経験をした遺族が語ることが、震災の記憶の継承につながる」と説明している。


<大震災4年>福島の恵みを再び
河北新報 3月8日(日)15時0分配信

  福島第1原発事故の発生から間もなく4年。除染作業が徐々に進む一方で、福島県内に積み上げられた除染土は、住民の帰還の妨げとなっている。避難生活を余儀なくされている県民は約12万人に上り、苦悩は深い。

  原発周辺の街を回ると、古里と日常を奪われたことに怒り、嘆きながらも事故前の美しい田園風景や豊かな漁場を復活させようと闘い続ける人たちの姿があった。「福島を取り戻したい」。出会った人々の思いを伝える。(写真部福島取材班)

 <南相馬・農業 奥村健郎さん>

 「放射能をやっとクリアしたよ」。南相馬市原町区太田地区の農業奥村健郎さん(58)が収穫したコメを見せてくれた。原発事故直後から稲作を続け、放射性セシウム対策を練ってきた。昨年の作付けでようやく基準値を下回った。「風評被害もあるが、多くの人に食べてもらえるコメを作るよ」=2月16日


「忘れない」700人が祈り いわき四倉海岸
河北新報 3月8日(日)9時40分配信

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海に向かい、「故郷」を歌う参加者

  東日本大震災の発生から4年となるのを前に、いわき市の四倉海岸で7日、日の出に合わせて鎮魂と復興を祈る「福島を忘れない! 祈りの集い」があった。

  東京や福島県内などから700人が参加。海沿いにかがり火がともされる中、参加者は砂浜に1列に並んだ。あいにくの雨模様で太陽は見えなかったが、日の出の時間に合わせて黙とうをささげ、「故郷(ふるさと)」を合唱した。

  東京から参加した女性(70)は「津波で亡くなった人の冥福と、大震災や原発事故が二度と起こらないことを祈った」と話した。


地権者との交渉難航=「最終処分場にされる」―福島中間貯蔵・大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時20分配信

 東京電力福島第1原発事故の汚染土を保管する中間貯蔵施設建設をめぐり、施設本体の用地取得交渉が難航している。環境省が示す、原発事故後の下落した価値に基づく取得価格に納得できない地権者が多い上、「最終処分場にされる」との懸念が根強いためだ。中には組織をつくって「団体交渉」に臨む動きもあり、取得交渉は長期化が避けられそうにない。
 福島県が施設への汚染土搬入の受け入れを表明した2月24日午後、東京都港区にあるビルの一室では「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春事務局長(57)ら2人が環境省の担当者3人と向き合っていた。2回目というこの日の交渉は3時間に及んだ。
 地権者会は、土地価格の算定方法を見直して、事故前の水準で評価するよう改めて主張。環境省は算定の根拠としたデータを説明したものの、その方法は譲らなかった。地権者会が求めた「30年以内の県外最終処分」に向けた具体的な工程も、示さなかった。
 「納得できない。事故の一番の被害者がふるさとを追い出される。事故前の水準を下回る価格はあり得ない」。門馬さんは環境省の姿勢に憤りを隠さない。
 地権者会は昨年12月に設立、会長は門馬さんの兄、幸治さん(60)が務める。会員は当初の37人から約100人に達した。「福島復興のために施設は必要。建設に反対しているわけではない」。施設が建設される大熊町に自宅や農地を持つ幸治さんは言う。
 ただ、「1人暮らしの高齢者も多く、対等な交渉などできない。納得できない価格でも、はんこを押してしまう」と、仲介組織を立ち上げた。「地権者が納得できる内容を少しでも引き出す」ため、粘り強く協議する構えだ。
 施設の予定地は、原発周辺の約16平方キロに及び、地権者数は判明しているだけでも2300人を超える。環境省は昨秋以降、大半と接触したが、契約成立にこぎ着けたのはごく一部にすぎない。門馬さんらの他に、地域単位で同様の団体を設立する動きもあるという。
 一方で、県内各地に汚染土が積み上がった状況を解消するのは急務だ。「汚染土を安定的に保管する必要と故郷を失う地権者のつらさのジレンマ」(内堀雅雄知事)の中で、着地点を探る厳しい話し合いが続きそうだ。 


変わる姿、遠い廃炉=汚染水対策に追われ―苦闘続く福島第1・東日本大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時20分配信

 構内の森や桜並木は切り倒され、灰色のタンク群が広がる。水素爆発で大破した原子炉建屋は姿を変えたが、内部の放射線量は依然高い。事故から間もなく4年。東京電力福島第1原発は汚染水対策に追われながら、遠い廃炉への道を手探りで進んでいる。
 2月26日、第1原発に時事通信記者が入った。雨の中、1号機原子炉建屋の西約100メートルの高台でバスを降りると、東電の担当者が「放射線量が高いので短時間でお願いします」と注意を促した。線量計は毎時300マイクロシーベルト前後を示した。
 1号機を覆う白いカバーは、解体に向け準備が始まっている。南側には爆発を免れた2号機。その脇にある大物搬入口の屋上にたまった放射性物質を含む雨水が、排水路から海に流出したことが明らかになったばかりだ。
 隣の3号機は水素爆発で原子炉建屋上部が吹き飛んだ。放射線量が高いため遠隔操作で大きながれきを撤去し、上部は平らになっている。使用済み燃料プールからの燃料取り出しに向け、建屋はクレーンなどの足場になる構台で囲まれたが、2号機側で崩れた壁が今も無残な姿をさらしている。
 廃炉作業が最も進んでいるのは4号機。事故当時は定期検査中で原子炉内に燃料がなく、炉心溶融(メルトダウン)を免れた。燃料プールに1535体も燃料があり危険視されたが、昨年12月に取り出しを終えた。
 燃料プールがある5階に上がった。放射線量は毎時10マイクロシーベルト。プールには制御棒などが残っているが、他の作業を優先するため水を張ったまま置かれている。
 構内の樹木は多くが伐採され、汚染水を保管するタンクが800基余り並ぶ。あちこちで表土が削られ、雨水が地面に染み込むのを防ぐため灰色のモルタルが吹き付けられていた。染み込んだ雨が建屋地下に流れ込み、汚染水が増えるのを防ぐためだ。
 東電は汚染水の増加抑制策として、地下水のくみ上げや建屋周囲の土壌を凍らせて「氷の壁」を造る計画を進めているが、担当者は「(地面を覆う)フェーシングは効果が高い」と期待する。
 プレハブの上に大きな文字で「子供たちの未来のためにがんばろう」と掲げられていた。第1原発では1日6000~7000人が働く。正門脇には3階建ての仮設休憩所が2棟。企業ごとに分かれ、カーペットの座敷で作業員が休んでいた。
 9階建ての大型休憩所が4月上旬に完成する予定だったが、タンクの点検中に起きた死亡事故で作業が一時中断し、完成が遅れているという。 


<被災地のいま>(7)風評/拭えぬ抵抗感、地元でも
河北新報 3月8日(日)9時20分配信

  東京電力福島第1原発事故から4年。福島県内の農家らは「足元」からの風評にも苦しんでいる。

  南相馬市原町区の増山一郎さん(68)は、リーフレタスをハウス栽培する。原発から約26キロ。事故直後は業者に敬遠され、大量廃棄に追い込まれた。今は事故前の8割まで生産量を戻したが、地元の学校給食での使用自粛が続いている。

  「放射性物質は検出されていない。どうしたら食べてもらえるのか」。もどかしさが募る。

  南相馬市の学校給食はかつて、市内産を含む県内産の食材使用率が50%を超えた。現在、市内産の採用は皆無。コメは新潟、この時期のレタスは香川など、ほぼ県外から調達している。

  背景には保護者の不安がある。市教委の昨年のアンケートで「市内産を避けてほしい」との回答が38%に上り、容認派の47%に迫った。「不安で家でも使わない。給食でも使わないでほしい」「地元農家のため活用を」との声が混在する。

  市内の給食では食材の放射性物質検査を徹底している。汚染食材が入り込む可能性は低いが、青木紀男市教育長は「地場産の採用は将来的な課題。アンケート結果を見れば慎重にならざるを得ない」と説明する。

  同じ浜通りでも対応は一様ではない。南相馬市の北にある相馬市と新地町は、4月から学校給食に地場産米を使う。アンケートで導入に否定的だった保護者は両市町とも10%未満。原発事故の避難区域外にあり、プラントから離れていることが抵抗感を薄めているとみられる。

  地元でさえ拭い切れない風評。県外となればなおさらだ。仙台市の市場関係者は「給食食材を扱う仲買業者は、まだ福島産を避ける傾向にある」と話す。

  福島県商工会連合会は首都圏の消費者500人を対象に、県産加工品に関する意識調査を続けている。「原発事故後に買わなくなった」との回答は全体の3割を占め、この3年間大きな変化は見られない。

  連合会は「福島産に抵抗がある層が固定化しているようだ」と指摘。「原発の汚染水漏れなどが報道されるたびに、悪いイメージが喚起される」と憂う。

  生産者からは「地元で風評が収まらなければ、よその風評も消えない」との嘆きも漏れる。「足元」と「遠方」の風評。解消には想像以上に長い時間がかかるかもしれない。(南相馬支局・大場隆由)


帰れぬまちに復興の光跡 福島・常磐道
河北新報 3月8日(日)9時20分配信

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(写真:河北新報)

  夕暮れ時、福島県富岡町の山間部から立ち入り規制が続く大熊町方向を望む。暗い町内とは対照的に、廃炉作業が続く福島第1原発が明るく浮かび上がる。手前を横に走る光跡は、1日に全線開通した常磐自動車道。糸のような細い線が、復興へ導く力強い明かりに見えた。


汚染水処理「来夏の前に」=労災防止へ訓練施設―東電廃炉責任者・福島第1
時事通信 3月8日(日)9時19分配信

 東京電力福島第1廃炉推進カンパニーの増田尚宏代表(56)は、事故から4年を迎えるのを前に時事通信のインタビューに応じた。タンクに保管している放射能汚染水について「来年の夏前までには、ほとんどリスクがなくなったと報告したい」と述べ、放射性物質を大幅に減らす装置「ALPS」(アルプス)を使った処理が来年5月ごろには完了するとの見通しを示した。
 今年5月までに放射性ストロンチウム濃度を下げる装置を併用して処理を一巡させ、さらに1年かけてALPSで全量処理する。相次いだ労災事故を踏まえ、第1原発の入り口近くに体験型の訓練施設を3月中に整備する考えも示した。
 ―2015年度は3号機使用済み燃料プールからの燃料取り出しが控える。
 4号機で燃料取り出しができたことは、大きな自信になった。3号機は、4号機とは比較にならないくらい放射線量が高く、仕事の難しさを感じている。除染と遮蔽(しゃへい)をしてから取り出しに入るが、遅れている。来年度中に着手できたと言えるかは分からない。設備の設置などの準備に入り、一歩近づきましたと言えればいい。
 ―タンクの汚染水処理のスケジュールは。
 ALPSが期待した稼働率になっていないこともあり、遅れている。5月までに半分はALPSで処理し、残りはストロンチウムを除去した水にする。ALPSでの全量処理はそこから1年くらいかかる。来年の夏前までに、タンクの汚染水はほとんどリスクがなくなったと報告したい。
 ―労災事故が相次いだ。作業現場の状況と対策は。
 現場の状況は改善し、落ち着きは出てきた。第1原発近くに事務所ができ、現場に密着して仕事ができるようにもなった。労災事故は申し訳なく思っている。作業員が現場に入って初めて全面マスクや防護服を着るのでは、慣れるのに時間がかかる。装備などを体験してから現場に入れるようにする。3月中に入り口近くのテントに体験型の訓練施設を設け、その後、本格的な施設を造りたい。
 ―汚染された雨水が排水路から海に流出した問題では公表が遅れた。
 排水路の放射性物質濃度が高いことは、昨年1月には把握していた。技術的な目線では議論してきたが、県民が何を不安に思っているか、認識が足りなかった。隠すつもりはなかったが、私も排水路の清掃などに没頭し、データ公表への配慮が足りなかった。(情報公開の態勢を)立て直したい。 


見つかるか、溶融燃料=宇宙線で原子炉「透視」―「結果出せる」研究者・大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時18分配信

 原子炉で溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)はどこにあるのか。東京電力福島第1原発事故で、政府と東電は2020年度前半の燃料デブリ取り出し開始を目指すが、今は位置も把握できていない。高エネルギー加速器研究機構の素粒子物理学者らは、宇宙線で原子炉内を「透視」する方法を提案し、2月から第1原発で実験を始めた。研究者は「データは順調にたまっており、3月末までに何らかの結果を出せるはずだ」と自信を示す。
 高エネ研の高崎史彦名誉教授らが進めるのは、宇宙線が地球の大気に衝突して生じる「ミュー粒子」を使う方法。火山内部のマグマ測定や、ピラミッドの隠し部屋探索にも使われたという。
 ミュー粒子は1平方メートルに毎秒1個の割合で降り注ぎ、鉄やコンクリートも通り抜ける。だが、核燃料のウランなど密度が非常に高い物質に当たると一部が吸収されるため、検出器で粒子の飛来方向と個数を数えれば、高密度の物質をレントゲン写真のように浮かび上がらせることができる。
 高エネ研は事故直後に提案。素粒子物理学が専門の高崎さんは「原発事故に関わるなんて考えたこともなかったが、これだけの国難。知識や技術の蓄積がある誰かが調べないと」と話す。12年には停止中の日本原電東海第2原発(茨城県)で実験し、使用済み燃料プールの核燃料を誤差0.5~1メートルの精度で突き止めた。
 昨年7月にプロジェクトが採択され1号機で実施が決まったが、事故現場だけに制約もある。周囲の放射線の影響を避けるため、レントゲンフィルムに相当する1メートル四方の検出器3枚は厚さ10センチの鉄板で囲んだ。容易に近づけない場所なので温度管理やデータ送出を自動で行う装置も付けた。
 建屋の周囲3カ所に装置があれば3次元(3D)データにできるが、他の作業との兼ね合いで2カ所に。地下に置けないため、燃料が地下の格納容器下部に落ちたと推定される1号機では、観測範囲にデブリがない可能性もある。
 高崎さんは「圧力容器内にあるかないか確認できるだけでも意味がある」と強調。装置は比較的小さいため「何らかの方法で地下に置ければ、デブリの所在を確認できるはずだ」と話している。 


汚染水対策、新たな段階=タンク保管分は処理増―福島第1・東日本大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時18分配信

 東京電力福島第1原発で、事故直後から大きな問題となってきた放射能汚染水。東電は浄化装置を増強したが、目標としていた3月末までの処理完了は果たせなかった。ただ、タンクに保管されている高濃度汚染水の処理量は増えており、対策は新たな段階を迎えつつある。
 東電は昨秋から、汚染水の放射性物質を大幅に減らす装置「ALPS」(アルプス)を増強。稼働率は想定より低いが、平均処理量は以前の2倍以上に増えた。
 一時は36万トン以上タンクに保管されていた未処理の汚染水は、2月末時点で約11万トン減少。2号機トレンチ(ケーブルなどの地下トンネル)にたまっていた高濃度汚染水約5000トンも、失敗を繰り返しつつ大半を除去できるめどが立った。同様に3、4号機トレンチでも作業が進められている。
 汚染水が増え続ける主な要因は、1~4号機建屋の配管の隙間や壁の亀裂などから地下水が流れ込み、中の高濃度汚染水と混じるためと考えられている。その量を東電は1日約300トンと推計している。
 一方、2号機原子炉建屋の「大物搬入口」屋上にたまった汚染雨水が、排水路を通じて外洋に流出していたことが判明。東電が測定データを公表していなかったことも明らかになり、批判が高まった。
 東電は1~4号機の周囲で地下水をくみ上げ、放射性物質を取り除いて海に放出する「サブドレン計画」や、周囲の地盤を凍らせて地下水の流入量を減らす「凍土遮水壁」の準備も進めている。ただ、地元の了解や原子力規制委員会の認可をまだ得ておらず、開始の時期は見通せない。 


復興アピールの首相 強い思い入れとは裏腹に、「上滑り」の危惧も
産経新聞 3月8日(日)9時10分配信

 平成23年3月11日の東日本大震災の発生から4年を迎えるのを前に、安倍晋三首相は2月28日から1泊2日の日程で、福島県の被災地を視察した。24年12月の第2次政権発足以降22回目の被災地視察で、ほぼ月1回ペースでの視察を続けている。

 「新たな復興のステージに立つことができた」

 首相は28日午後、昨年12月に郡山市に完成したばかりの東原復興公営住宅での車座集会に参加し、復興事業が一定の成果を上げ、新たな段階に入ったと強調した。さらに、「明日(3月1日)、常磐道が全線開通する。相当前倒しさせた」「これからは住まいや生業とともに、身体や心のケアにも寄り添っていきたい」とも述べ、これまでの成果やこれからの取り組みを次々と挙げた。

 一方で、首相はこんな心境も吐露している。

 3月4日夜、首相は衆院福島1区選出の自民党の亀岡偉民(よしたみ)氏らと会食し、震災のことを話題にした。

 「あのときは自民党が政権を失っていたときだった。政権は取り戻したが、復興のスピードは…」

 亀岡氏によると、首相は震災が発生すると直ちに、食料を積んだ10トントラックで被災地に入り、被災者や捜索活動にあたる人たちを支援したという。そういう意味でも、首相の復興への思い入れは強い。被災地の現場で問題点を把握し、具体的に対応しようというのが首相の復興への原点だといえる。そういう首相の目から見ても、特に福島の復興は道半ばという思いなのだろう。

 「早く復興を成し遂げて、誇りを持てる国にしないと…」

 首相はこうも語り、復興への決意を示したという。

 首相の現状認識は、車座集会に参加した住民の表情にも見て取れた。公営住宅には東京電力福島第1原発事故の影響で、今も避難生活を続ける大熊町の出身者が多く住む。

 70歳を過ぎた男性は「楽しく暮らしたい」と前向きな発言をした。一方、50歳前後とみられる女性は「まだ行く道も定かではなく、ここにずっと住んで生活するかどうか、家族で落ち着いて考えてみたい」と疲労感をにじませた。

 今回の福島視察は、英国のウィリアム王子との児童施設訪問や夕食会、常磐道全線開通式などの行事が注目を集めた。原発事故の影響が今も色濃く残る福島の復興がメディアで取り上げられれば、震災だけでなく、原発事故からも日本は着実に立ち直りつつあると国内外にアピールできる。

 その狙いは一定の成果を上げたといえるが、首相の被災地での視察先は復興の成果が目に見える「復興先進地」が多いとの指摘があるのも事実だ。

 首相の視察先は復興庁がおぜん立てしている。被災者の中には、「復興先進地」ばかりが強調されて、いまだ復興の足がかりも始まっていない地域がますます取り残されるのではないかという不安も漏れる。

 福島第1原発事故による避難指示区域に指定され、今も“流浪”の生活を続ける被災者はさらに深刻だ。

 浪江町から福島市に避難している建設業の男性は「新しい場所での暮らしが安定すると、故郷に帰ろうとは思わなくなる。特に子供を持つ若い人はそうだ」と訴える。

 首相の視察が「上滑り」になってはいけない。そのためには、復興庁をはじめとする事務方が復興の全体の現状を首相に知らせなければいけない。でなければ、首相は新たな決断ができないし、有効な対策も打てないというものだろう。(政治部 千田恒也)


<入所制限>400人待ち…避難家族悲痛「ベッドあるのに」
毎日新聞 3月8日(日)9時5分配信

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した福島県の市町村で、職員不足により約4分の1の高齢者介護施設が入所者の受け入れを制限していることが明らかになった。ベッドが空いているのに入所できない現状に、被災者からは「避難生活で疲れ果てているうえに、施設があっても人手不足で介護サービスを受けられないなんてひどい」と切実な声が上がる。【高橋隆輔】

 原発事故のため原発20キロ圏の福島県南相馬市小高区から市内の仮設住宅に避難した鎌田文子さん(59)は、日常生活に全面的な介助が必要な要介護4の義母マサさん(87)と夫の3人で暮らす。マサさんは仮設入居後しばらくして、慣れない室内で布団から起き上がろうとして転倒。自力で歩けなくなった。「ばあちゃん、そろそろトイレ行こうか」。文子さんは1時間おきに声をかけるなど付きっきりの介護を続ける。

 「仮設暮らしの疲労も重なり、介護中に動悸(どうき)も感じる。このままでは私も倒れて母の面倒を見られなくなる」と文子さん。市内の特別養護老人ホーム2施設にマサさんの入居を申し込んだが、どちらも400人待ちと言われた。「施設には空いたベッドが幾つもある。でも介護職員が足りないので受け入れられないと説明された」とやつれた表情で語った。

 同市の特別養護老人ホーム「福寿園」では入所待機者が震災前の250人から480人に膨れ上がった。一方で、原発事故に伴う避難の影響などで職員は74人から56人に減少。100床のベッドのうち10床は稼働させていない。現在新規に入居を受け入れるのは、避難者で認知症があるケースなどに事実上限られている。

 福寿園の大内敏文施設長(58)は「遠方に避難した家族から『南相馬で施設が見つからないと戻れない』という申し込みを多数受けている」と明かす。避難が人手不足を生み、施設の運営難が介護の必要な高齢者を抱える家族の避難の長期化を生む悪循環が生じている。

 仮設住宅や復興住宅が多く建設されたいわき市でも、避難者を含む高齢者の増加に伴い特別養護老人ホームの入所待機者が増えている。

 同市の男性(85)には認知症で要介護4の妻(78)がいる。今は介護老人保健施設に入っているが、在宅復帰を目的とするためいつまでもいられないと言われた。男性は「私もがんを患い介護する体力がなく、妻の落ち着き先が決まらないとどうにもならない」と話した。


<介護施設>福島東部で入所制限 高齢者増と職員不足深刻
毎日新聞 3月8日(日)9時3分配信

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被災した福島県東部15市町村にある特別養護老人ホームと介護老人保健施設計54施設(未再開の9施設を除く)のうち、約4分の1にあたる13施設が入所者の受け入れを定員未満に制限していることが県や市町村への取材で分かった。津波や原発事故による避難者のうち若い世代の帰還が進まず、高齢化率が上がって入所希望者が増えたのに対し、介護職員の数が足りないのが原因。県は国と昨年4月から、県外からの介護職の就労を促す事業を始めたが、事業の利用者は伸び悩み、制限解除のめどは立たない。

 受け入れ制限施設数が最も多いのが南相馬市だ。特別養護老人ホーム(特養)5施設のうち、宿泊が原則認められない避難指示解除準備区域の1施設を除く4施設が再開した。だが計300人の定員に対し、受け入れを254人(今年2月現在)に絞る。リハビリ中心のサービスを行う介護老人保健施設(老健施設)も、2施設のうち1施設が制限し、2施設を合わせたベッド稼働率は83.5%。

 市によると、震災前に25.9%だった65歳以上の高齢化率は、今月1日現在で33.6%と上昇。高齢者が住み慣れた場所に戻る一方、若い層は介護職に就いていた人を含め20~30代の女性を中心に避難先への定着が一部で進んでいるためだ。自宅介護の担い手を失って施設入所を望む高齢者が増えたのに対し、市内計6施設の介護担当職員は震災前の計81人から76人(2月現在)に減少。避難で抜けた中堅の穴を新人で埋めているため、減った数字以上に人手が足りない。一部の施設は再開後に増床したにもかかわらず、受け入れ制限せざるを得ない状況だ。

 入所待機者は、震災前の1109人より約8割増の1973人。市の担当者は「今の職員の数では定員まで受け入れると適切な対応ができない」と話す。

 避難者向けの仮設住宅や復興住宅を受け入れるいわき市は特殊な事情を抱える。昨年12月現在で2万4150人の避難者が暮らし、うち高齢者は6110人。避難元のうち3町は同市内で仮設による施設再開を目指すが、再開にこぎつけたのは楢葉町の老健1施設だけ。浪江町の施設再開は2016年度以降にずれ込む予定で、双葉町は再開時期のめどが立っていない。いわき市民も含め入所待機者は増える傾向だ。

 国と県は県外から被災地域に介護職員を呼び込むため、就職準備金や研修費用を最大45万円まで無利子で貸し付け、1~2年間の勤務で返還を全額免除する取り組みを昨年4月から始めた。だが、利用者は20人と当初予定した数百人規模に遠く及ばない。【金秀蓮】


最終処分、描けぬ展望=中間貯蔵13日搬入開始―汚染土減量が課題・大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時3分配信

 東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵は、事故から4年を前にようやく動きだした。政府は2月に福島県大熊、双葉両町の施設予定地内で保管場の建設工事を開始。同県は汚染土搬入を容認し、13日に運び込みが始まる。しかし、貯蔵開始から30年以内に同県外で最終処分する約束は、実現への道筋が描けておらず、前途は多難だ。
 政府は2011年10月にまとめた工程表の中で、「中間貯蔵開始後30年以内に、福島県外で最終処分を完了する」と明記した。「中間貯蔵施設がそのまま最終処分施設になるのではないか」という住民らの懸念を払拭(ふっしょく)するためだ。昨年11月には、その実現に向けた国の責任を明確にする関連法も成立させた。
 しかし、施設本体の用地取得交渉は進んでおらず搬入完了の見通しが立たない上、最終処分地の選定作業は難航必至だ。環境省は今後、最終処分場を受け入れやすいように、汚染土の量を減らす方策の確立を急ぐ。具体的には、放射性物質の濃度に応じて分離した上で、低濃度の土は公共工事で再利用し、残った高濃度の土だけ最終処分の対象とすることを考えている。政府・与党内では「汚染土が大幅に減れば、最終処分地を受け入れる地域が出るかもしれない」(自民党東日本大震災復興加速化本部の幹部)と期待する声が上がる。
 環境省は15年度から、低コストで濃度別に分離できる技術の開発や、道路舗装でアスファルトの下地となる路盤材に混ぜるなど再生利用の方法の検討作業を本格化させる。それらに道筋を付けた上で最終処分地の選定を進める考えで、同省放射性物質汚染対処特措法施行チームは「30年という期間を逆算すれば、技術開発などにかけられる時間はそれほどない。可能な限り前倒しして進めたい」と語る。
 しかし、再生された資材が各地で受け入れられるかどうかは不透明だ。同チームは「再生利用そのものへの抵抗感も出るだろう。『安全』だけでなく『安心』までたどり着くのが課題だ」としている。 


燃料取り出し遅れも=3号機、線量依然高く―福島第1・東日本大震災4年
時事通信 3月8日(日)9時0分配信

 史上最悪レベルの原子力事故から4年を迎える東京電力福島第1原発では、依然として困難な状況下で作業が続けられている。2015年度の主要目標の一つは、3号機使用済み燃料プールからの燃料取り出し開始だが、プールにはがれきが多く残り、放射線量も高いため遅れが懸念される。
 東電によると、3号機原子炉建屋のプールには使用済み燃料が514体、未使用燃料が52体の計566体が保管されている。原子力規制委員会の更田豊志委員長代理は「3、4号機プールの燃料取り出しが完了すれば、福島第1のリスクは大きく下がる」と強調する。
 だが、作業は工程通り進んでいるとは言い難い。3号機は1~4号機で最も建屋の損傷が激しく、プールには多くのがれきが沈む。中には重さ約35トンの燃料交換機もあり、大きな障害となっている。東電は3月中の交換機撤去を予定していたが、4月以降にずれ込むという。
 加えて、放射線量も思うように下がらない。3号機原子炉建屋は線量がもともと高く、毎時100ミリシーベルトを超える所が多かった。昨年10月から最上階の除染が行われていたが、低下幅は緩やか。同60ミリシーベルトと高い場所も残る。
 目標の同1ミリシーベルトは遠く、東電は放射線を遮る板を設置したり、追加で除染したりすることで一層の低減を目指す。その後、燃料取り出し用のクレーンを設置する予定だが、線量が十分下がらなければ、さらに対策が必要となる。
 昨年12月に燃料取り出しが完了した4号機は、作業員が現場で目視しながら機器を操作した。線量が高い3号機では同じようにできず、取り出しにはより高い技術が求められる。 


仮設撤去1%届かず…被災3県、復興住宅遅れ
読売新聞 3月8日(日)8時55分配信

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県に建設されたプレハブ仮設住宅計約5万3000戸のうち、今年1月までに撤去されたのは、1%に満たない計467戸にとどまることが3県への取材でわかった。

 被災者の転居先となる災害公営住宅(復興住宅)の建設が遅れているためで、発生4年で復興住宅の8割近くが完成した阪神大震災では、約4万8000戸あった仮設の32%が4年時点で撤去された。東北の被災地では、住まい再建の遅れが目立っている。

 仮設住宅は、複数の部屋が一つになった長屋タイプが大部分を占めているため、1棟すべての住民が退去しないと撤去できない造りになっている。3県で撤去されたプレハブ仮設は、岩手が120戸、宮城が154戸、福島が193戸。3県とも仮設建設戸数の1%前後にとどまる。


東日本大震災4年 福島を忘れない
産経新聞 3月8日(日)7時55分配信

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福島県いわき市の四倉海岸で行われた「福島を忘れない!祈りの集い」。浜辺に集まった参加者=7日午前、福島県いわき市(大西史朗撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災から11日で4年を迎えるのを前に7日、福島県いわき市の四倉海岸で日の出時刻に祈る「福島を忘れない!祈りの集い」が開かれた。約700人の参加者は一列になって手をつないだ後、海に向かって黙祷(もくとう)した。


東日本大震災4年 復興へ山田線走る 復旧工事着工、30年度全面開通へ
産経新聞 3月8日(日)7時55分配信

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JR山田線の運休区間(写真:産経新聞)

 東日本大震災で被災し、約4年間にわたり運休が続いているJR山田線の宮古-釜石間(55.4キロ)で7日、復旧工事が始まった。JR東日本によると、平成30年度中にも全面開通する見通しで、復旧後の運営は岩手県の第三セクター、三陸鉄道(三鉄、本社・宮古市)に移管されることが決まっている。

 JR宮古駅で行われた着工式には、沿線自治体の首長ら約100人が出席。宮古市の山本正徳市長は「住民の思いが一つの形になった。鉄路はつながってこそ。全線復旧に向けて最大限努力する」と述べた。式典終了後、近くの第34閉伊川橋梁(へいがわきょうりょう)で、津波で流された線路の位置を測量する作業が行われた。

 JR山田線は全壊した4カ所を含む7駅舎と7つの橋梁などが被災。JR東の復旧スケジュール案では、28年秋までに宮古-豊間根(とよまね)間(15.4キロ)と鵜住居(うのすまい)-釜石間(8.3キロ)、29年度に豊間根-吉里吉里間(24.3キロ)、30年度に吉里吉里-鵜住居間(7.4キロ)を復旧させる。JR東は210億円の復旧費のうち140億円を負担するほか、移管に伴う赤字補填(ほてん)などに充当する協力金30億円を支援する。

 JR東と県、沿線自治体は、30億円の具体的な使い道や三鉄への移管のスケジュールについて協議を続ける。


「後期復興」5年で6兆円
2015年3月8日(日)2時0分配信 共同通信

 東日本大震災からの復興で、政府が検討する新たな財政計画の素案が7日、分かった。2015年度までの集中復興期間は延長せず、16~20年度の5年間を「後期復興期間(仮称)」とし、6兆円前後を追加投入。再増税はせず、主に歳出削減や税収が自然に増える分で財源を賄い、自治体の一部負担も検討。

 原発事故の被災地以外は発生から10年以内の事業完了を掲げ「自立に向けた施策」への重点化を打ち出す。近く安倍晋三首相が検証を指示し、議論を進めて6月末にも決める。

 通算10年の予算額は30兆円を超える見込みだが、内容がニーズに合うかどうかや、安定財源を明示できるかが焦点。


核のごみ処分で国が啓発活動
2015年3月8日(日)2時0分配信 共同通信

 原発から出る核のごみ(高レベル放射性廃棄物)に関し、政府が5月から全国の主要都市で、最終処分場建設の必要性を訴える啓発活動を始めることが7日、分かった。これまでは電力会社などがつくる原子力発電環境整備機構に任せきりだったが成果はなく、国の関与を強める方針。

 原発の再稼働を控え、核のごみ問題放置との批判を避けたい思惑があるが、政府が啓発活動に乗り出しても処分地選定が進むかどうか不透明だ。

 経済産業省と機構は札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡など全国10カ所程度でシンポジウムを共催する方向で調整中。経産省が10日に開く作業部会の議論も踏まえ詳細を詰める。


「ゆめあかり」犠牲者悼む1万2000本
読売新聞 3月8日(日)0時59分配信

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東日本大震災の犠牲者への追悼と復興の願いを込めてともされたキャンドル(7日、茨城県取手市で)=三浦邦彦撮影

 約1万2000本のろうそくをともして東日本大震災の犠牲者を悼む「ゆめあかり3・11」が7日夜、茨城県取手市の市役所藤代庁舎内の広場で開かれた。

 同市の主婦グループ「ゆめまっぷの会」が主催。ろうそくに灯がともると、地元の小中学生らが復興を願って紙袋に書いた「希望」「絆」などの文字や絵などが浮かび上がった。福島県双葉町から避難する小学4年生(9)は「絆という言葉が好き。これからも大事にしていきたい」と話した。

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