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2015年3月 7日 (土)

宮城沖地震に関するニュース・1927,2015年3月7日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:復興への関心「弱まる」43%…読売世論調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島の被災地でイルミネーション - 速報:@niftyニュース.
リンク:<山田線>復旧へ着工…18年度の全線開通目指す - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:復興へ山田線が走る 30年度全面開通へ復旧工事始まる - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:山田線の復旧工事始まる…宮古―釜石、三鉄に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:避難住民「戻らない」4割…指示区域で意向調査 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:鎮守の森で自然発電、避難場所にも…震災教訓に - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災地に鳥獣出没、住宅や田畑の被害深刻化 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「福島を忘れない!祈りの集い」700人が手をつなぎ、海へ黙祷 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災山田線、復旧着工 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<被災地職場体験>「一緒に」福岡から石巻の会社に就職 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「被災原発美化は誤り」13市民団体が抗議 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:自販機、防災に一助 大河原・柴田に設置 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<過去10年の災害損失>日本は米中に次ぐ3位 大震災影響 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<南三陸>佐藤さん「これからも海と生きていく」 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島の海岸で祈りの集い - 速報:@niftyニュース.
リンク:東電、福島第一構内の放射性物質濃度を原則公開 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<被災地のいま>(6)不明者捜索/見つけたい 見つからぬ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:企業進出、復興後押し=航空機・車関連で集積も―地域間のばらつき課題・大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:新しい家「暖かい」=安心求め高台へ―希望かなわぬ人も・東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:6割が住まい確保=津波被害の沿岸部―高台移転になお時間・東日本大震災4年 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:農業、除染…続く格闘=地元に残る住民ら―「先見えぬ」苦しさも・福島 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:放射線の恐怖根強く=「諦め」「子ども守る」―古里に見切り、移住決断 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:原発避難なお12万人=移住の動き広がる―土地取得、4年で急増 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:災害被害総額、日本3位 - 速報:@niftyニュース.
リンク:大津波の海、向き合い続ける=「もっと救えた」、自分鼓舞―震災経験の海上保安官ら - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災復興・企画部長に大塚氏=宮城県 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

復興への関心「弱まる」43%…読売世論調査
読売新聞 3月7日(土)21時42分配信

 読売新聞社は、東日本大震災から4年の節目を前に、全国世論調査(郵送方式)を実施した。

 震災復興への関心は、1年前より「弱まっている」が43%で、「強まっている」は10%、「変わっていない」は45%だった。復興に関して気になること(複数回答)は、「被災者の暮らしぶり」70%と「復興予算の使い道」69%が、とくに高かった。

 国の復興予算が適切に使われてきたと思うかを聞くと、88%の人が「そうは思わない」と回答し、「適切に使われてきた」は10%にとどまった。復興予算を確保するために国民の負担を増やすことには「反対」が71%と、否定的な回答が多数を占めた。背景には復興予算の使い方に対する不信感があるようだ。

 国が定めた2015年度までの5年間の集中復興期間を「延長すべきだ」との回答は71%に上り、「そうは思わない」の27%を大きく上回っている。

 福島県が、原発事故の除染で出た汚染土などを一時的に保管する中間貯蔵施設の建設を受け入れる方針については、88%が「評価する」と答え、肯定的に受け止める声が多かった。また、原発の停止が日本経済に与える影響を「心配している」は66%で、「心配していない」は33%だった。

 調査は1月下旬~2月下旬に実施した。


福島の被災地でイルミネーション
2015年3月7日(土)21時12分配信 共同通信

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 津波被害者鎮魂の祈りを込め、打ち上げられた花火や飾られた電飾=7日夜、福島県いわき市

 東日本大震災の津波被害に遭った福島県いわき市岩間町で7日夜、ハート形のイルミネーションを飾るイベントがあった。

 津波被害者への鎮魂と、離れ離れになった地区住民が交流するきっかけにと、地元NPO法人が初めて企画。津波でも流されなかったコンクリート製の構造物(高さ約5メートル)にハート形の電飾を取り付け、周囲にキャンドル800個以上を並べた。追悼の花火も打ち上げられた。

 更地となった同地区で暗闇に浮かぶ光を目指し多くの住民らが訪れた。斎藤正志区長(69)は「久しぶりに会う人も多く、ありがたい催し。みんなの気持ちが一つになるようだ」と喜んだ。


<山田線>復旧へ着工…18年度の全線開通目指す
毎日新聞 3月7日(土)20時32分配信

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対岸まで線路があったが、橋ごとながされた閉伊川橋りょう。復旧に向けて測量が始まった=岩手県宮古市で2015年3月7日、安藤いく子撮影

 東日本大震災の津波で不通となったJR山田線宮古-釜石間(55.4キロ)の復旧工事の着工式が7日、岩手県宮古市であった。JR東日本は2016年度以降、工事が完了した区間から順次運転を再開し、18年度の全線復旧を目指すとの案で地元と調整中。その後は第三セクター「三陸鉄道(三鉄)」=宮古市=に完全に経営が引き継がれる。

 復旧すれば、宮古駅以北が三鉄北リアス線と、釜石以南が同南リアス線と結ばれる。同県沿岸の鉄道がつながることで、利便性の向上や復興への弾みとなることが期待される。

 ただ、同区間では計9.4キロ部分が津波の被害に遭い、その他の区間も4年間の放置で傷みが激しくなっている。三鉄移管後、自治体の財政支援がなければ赤字は必至で、自治体の負担や人口が減少する中での運賃収入維持、運賃アップなどが懸念される。

 宮古駅の構内で午後1時半から開かれた着工式には、JR東の冨田哲郎社長や達増(たっそ)拓也知事ら約90人が出席。冨田社長は終了後の取材に「多くの観光客を呼び込み、移管後も三陸の復興や活性化に全力を挙げる」と誓った。

 復旧を巡ってはJR東が赤字補填(ほてん)や運賃アップの緩和などに充てる「移管協力金」として30億円を提示し、今年2月に移管が合意された。今後、県などと配分先を決める。【安藤いく子、森健太郎】


復興へ山田線が走る 30年度全面開通へ復旧工事始まる
産経新聞 3月7日(土)20時25分配信

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山田線宮古・釜石間鉄道復旧工事着工式 線路を敷設する中心点に杭を打ち込む測量現場が公開された=7日午後、岩手県宮古市(鈴木健児撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災で被災し、約4年間にわたり運休が続いているJR山田線の宮古-釜石間(55・4キロ)で7日、復旧工事が始まった。JR東日本によると、平成30年度中にも全面開通する見通しで、復旧後の運営は岩手県の第三セクター、三陸鉄道(三鉄、本社・宮古市)に移管されることが決まっている。

 JR宮古駅で行われた着工式には、沿線自治体の首長ら約100人が出席。宮古市の山本正徳市長は「住民の思いが1つの形になった。鉄路はつながってこそ。全線復旧に向けて最大限努力する」と述べた。式典終了後、近くの第34閉伊川(へいがわ)橋梁(きょうりょう)で、津波で流された線路の位置を測量する作業が行われた。

 JR山田線は全壊した4カ所を含む7駅舎と7つの橋梁などが被災。JR東の復旧スケジュール案では、28年秋までに宮古-豊間根(とよまね)間(15・4キロ)と鵜住居(うのすまい)-釜石間(8・3キロ)、29年度に豊間根-吉里吉里間(24・3キロ)、30年度に吉里吉里-鵜住居間(7・4キロ)を復旧させる。JR東は210億円の復旧費のうち140億円を負担するほか、移管に伴う赤字補填などに充当する協力金30億円を支援する。

 JR東と県、沿線自治体は、30億円の具体的な使い道や三鉄への移管のスケジュールについて協議を続ける。


山田線の復旧工事始まる…宮古―釜石、三鉄に
読売新聞 3月7日(土)20時12分配信

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津波で流された橋の横で、測量作業が行われたJR山田線の復旧工事(7日午後、岩手県宮古市で)=武藤要撮影

 東日本大震災後、不通となっている岩手県沿岸部のJR山田線宮古―釜石駅間(55・4キロ)で7日、復旧工事が始まった。

 JR東日本は2018年度の全線復旧を目指している。

 宮古駅で開かれた着工式には、JR東日本の冨田哲郎社長や沿線市町の首長ら約80人が出席。冨田社長は「(19年開催の)ラグビーのワールドカップ会場に釜石が選ばれたこともあり、一日も早く復旧させたい」と述べた。その後、駅近くの津波で壊れた橋の周辺で測量などが行われた。

 宮古―釜石駅間は復旧後、地元の第3セクター三陸鉄道に運営が移管され、三陸鉄道の北リアス線(久慈―宮古駅間)と南リアス線(釜石―盛駅間)をつなぐ。


避難住民「戻らない」4割…指示区域で意向調査
読売新聞 3月7日(土)19時40分配信

 東京電力福島第一原発事故による福島県内の避難指示区域世帯を対象に、復興庁などが今年度行った住民意向調査で、「戻らない」と回答したのは40・8%(昨年度比0・1ポイント増)だった一方、「戻りたい」が23・0%(同3・1ポイント増)となった。

 データ非公表の川内村を除くと、「戻らない」が上回ったのは原発周辺の全町避難4町。「戻りたい」が上回ったのは、昨年度調査に比べ飯舘村が加わり5市町村となった。放射線量や原発からの距離が影響しているとみられる。

 調査は昨年8月~今年1月、復興庁と県などが合同で、富岡、浪江、大熊、双葉、楢葉、川俣の6町と川内、飯舘両村の避難指示区域住民らを対象に行った。さらに、南相馬市が昨年6~8月、葛尾村が同5月に、単独で調査を実施し、これらを読売新聞が集計した。

 川内村を除く9市町村の調査対象3万9173世帯のうち、54・2%の2万1239世帯が回答。「戻らない」は8670世帯で、「戻りたい」は4903世帯、「わからない」は5968世帯だった。


鎮守の森で自然発電、避難場所にも…震災教訓に
読売新聞 3月7日(土)18時41分配信

 全国に点在する神社やお寺はいざという時、地域の避難場所にもなりうる。

 東日本大震災の教訓から、「鎮守の森」に太陽光や水車などを使った自家発電機能を設け、急場のエネルギーを確保しようという試みが広がり始めている。

 大学教授や元会社員など約20人で構成する一般社団法人「鎮守の森コミュニティ推進協議会」(東京都文京区、代表=宮下佳廣・千葉大研究員)が呼びかけている。鎮守の森を地域の交流の場などに再活用しようという活動の一環。

 埼玉県越谷市越ヶ谷の久伊豆(ひさいず)神社は一昨年夏、社務所の一角に太陽光発電を導入した。「きっかけは東日本大震災」と同神社の小林威朗(たけろう)さん。当時、水道水の放射能汚染を心配する近隣住民が神社の井戸水を求めて来たが、停電でモーターが動かず、井戸水をくみ上げられなかった。非常用ディーゼル発電機を新調したが、さらに「災害時に少しでも近隣住民を受け入れられるよう、太陽光発電を備えたい」と考えた。震災翌年、鎮守の森発電構想を提唱した広井良典・千葉大教授(同協議会理事)の寄稿文を読んで共感した。広井教授らと連絡を取り、1年以上の準備を経て導入。社務所に併設する道場の夜間照明に利用できるようにした。


被災地に鳥獣出没、住宅や田畑の被害深刻化
読売新聞 3月7日(土)18時8分配信

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民家の近くに仕掛けられたわなで捕獲されたイノシシ(2月27日、福島県楢葉町で)

 東京電力福島第一原発事故の避難指示区域などにイノシシやハクビシンなど鳥獣が出没し、住宅や田畑を荒らす被害が深刻化している。

 特にイノシシは深刻で、福島県の推計によると、生息数は事故前の1・4倍に増加。自治体は駆除を進めるが、狩猟者数の減少も足かせになっており、住民らの間では、自衛手段として狩猟免許を取得する動きも広がっている。

 ◇大けがの恐れも

 今春以降の避難指示解除が検討されている楢葉町。先月末、民家のそばに仕掛けたわなに体重約40キロのイノシシがかかった。大きさは成獣の半分程度だが、金属製のオリがきしむほど体当たりして暴れた。

 「人に突進してきたら大けがは免れない」。町有害鳥獣捕獲隊長の早川洋一さん(80)は危惧する。町内ではイノシシが田畑を荒らしたり、ハクビシンやアライグマが家屋を傷つけたりする被害が続発。町はイノシシ用のわなを12基設置、200頭以上を捕獲した。

 ◇生息数「1・4倍」

 県によると、原発事故で県内の農業は縮小し、鳥獣による農作物の被害額は、2010年度の約1億5800万円から13年度は約1億4800万円と減少した。

 しかし、イノシシがイネやイモを食い荒らすなどの被害額は、10年度の約5300万円から13年度は約7500万円に増えている。

 県内のイノシシの推計生息数は、10年度の約3万5000頭から14年度は1・4倍の約5万頭に増加。農業被害は福島第一原発に近い沿岸部で増加傾向にあり、13年度、鳥獣全体に占めるイノシシ被害は50%に達した。

 県内ではほかにも、サルやハクビシンによる果樹類の食害やネズミによる家屋の損傷などの被害が報告されているという。


「福島を忘れない!祈りの集い」700人が手をつなぎ、海へ黙祷
産経新聞 3月7日(土)18時2分配信

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福島県いわき市の四倉海岸で行われた「福島を忘れない!祈りの集い」。浜辺に集まった参加者=7日午前、福島県いわき市(大西史朗撮影)(写真:産経新聞)

 東日本大震災から11日で4年を迎えるのを前に7日、福島県いわき市の四倉海岸で日の出時刻に祈る「福島を忘れない!祈りの集い」が開かれた。約700人の参加者は一列になって手をつないだ後、海に向かって黙祷(もくとう)した。


被災山田線、復旧着工
2015年3月7日(土)17時35分配信 共同通信

 東日本大震災で被災し約4年間運休が続く岩手県のJR山田線宮古―釜石(55・4キロ)で7日、復旧工事が始まった。JR東日本の素案では、2018年度中にも全線開通する見通し。復旧後の運営は第三セクター・三陸鉄道が引き継ぎ、生活の足や観光振興の要として再生を目指す。

 宮古市の宮古駅前で開かれた着工式に、JR幹部や地元自治体の首長ら約90人が参加。達増拓也知事は「山田線が三陸鉄道とつながることで相乗効果が生まれる。一日も早い復旧に向けて取り組みたい」と話した。


<被災地職場体験>「一緒に」福岡から石巻の会社に就職
毎日新聞 3月7日(土)13時7分配信

 ◇西南学院大4年の市原さん、受け入れ先の水産加工会社に

 東日本大震災の被災地での職場体験に参加した西南学院大(福岡市)4年の市原慎也さん(24)=福岡県糸島市=が今春、受け入れ先だった宮城県石巻市の水産加工会社に就職する。津波による壊滅的な被害から再起をかける社員たちの姿に感銘し「この人たちと一緒に働きたい」と決意した。

 市原さんが参加したのは、復興人材の育成を目的に宮城県内の大学や自治体などが設立した「復興大学」が、復興庁などと取り組む「復興支援インターン」だった。2013年から昨年末までに全国16の大学から188人が参加したが、事務局によると、体験先の企業に就職するのは市原さんが初めてという。

 昨年9月に市原さんを受け入れた石巻漁港近くの「大興水産」は津波で壊滅的な被害を受けた。幸い人的被害はなかったものの、社屋や冷蔵庫、すべての生産設備が流された。震災から1年8カ月後の12年11月に新社屋を完成させて本格的に営業を再開したが、この間に多くの販路を失い、原発事故の風評被害などで売り上げは半減した。

 4日間の研修中、市原さんはブリやサバの箱詰め作業を体験し、最終日には十数人の社員が集まって市原さんら3人のインターン生との交流会も開かれた。被災後、新社屋ができるまで仮設のテント型加工施設で営業を続けるなど、再建に向けて必死に取り組んできた話を聞いた市原さんは「石巻の水産業界の再起に向けて社員一丸となっている姿に感動した」と言う。

 市原さんが社員に「恩返しに何かできないか」と聞くと、「うちに来てくれたら」と冗談ぽく返ってきた。市原さんは以前から宮城や岩手の仮設住宅などを訪れ、ボランティアに携わってきた。それでも被災地で就職する考えはなく、インターンシップに参加したのも「体験を就職活動に生かせたら」という思いだった。だが4日間の研修中に「ここで働きたい」という思いが強まっていた。福岡へ戻ってからすぐに履歴書を送った。

 社員数四十数人。事業拠点は本社がある石巻だけだ。同社総務部の尾形勝さん(46)は「最初は本当にうちに来るのかと驚いたけれど、意欲的に遠く離れた福岡から就職してくれるので期待しています」と言う。

 市原さんは公務員の父親の転勤に伴い、千葉や沖縄などを移り住んできたが、水産加工業の世界とは職場体験まで縁がなかった。入社は25日。「不安はあるけど、まずは仕事を覚え、ゆくゆくは地域の街づくり、町おこしにも関わっていきたい」と力強く話した。【山崎あずさ】


「被災原発美化は誤り」13市民団体が抗議
河北新報 3月7日(土)13時0分配信

  国連防災世界会議(14~18日)の一環で県が企画した東北電力女川原発(女川町、石巻市)の公式視察について、脱原発を訴える市民団体が6日、「被災原発を美化することは世界に対する誤った情報発信になる」とする申し入れ書を県と東北電に提出した。

  視察は17日の「千年に一度の町づくり~歴史に学んだ女川原発の安全対策」。現地で東北電が震災時の状況や安全対策を説明するほか、町地域医療センター、仮設商店街などをめぐる。参加定員30人に対し、6日現在8人が申し込んだ。

  「女川原発の再稼働を許さない!2014みやぎアクション」など13団体は、女川原発の安全面を強調した視察を問題視。「事故回避は紙一重の幸運にすぎない。海外の防災関係者に対し、福島第1原発事故の教訓に立った真実を伝えるべきだ」などと求めた。

  県国際経済・交流課は「客観的な事実に基づく説明をするよう東北電に伝える」、東北電は「事実をしっかり説明する」と答えた。

  女川原発は震災の揺れで海抜14.8メートルの敷地が1メートル沈下。当時の想定(9.1メートル)を超える13メートルの津波が到達し、一部施設が浸水するなどの被害が出た。


自販機、防災に一助 大河原・柴田に設置
河北新報 3月7日(土)13時0分配信

  緊急地震速報や災害情報を表示できる電子画面が付いた自動販売機が大河原町と柴田町に設置され、両町は6日、設置した飲料メーカーと防災情報提供に関する協定をそれぞれ締結した。県内では初めての設置で、両町は「災害時の速やかな情報発信に役立つ」と期待している。

  販売機は、大河原町中央公民館と柴田町役場の1階に設置した。普段は町や観光の情報、気象情報を表示し、緊急地震速報や津波の情報を自動受信すると画面と音声で周囲に伝える仕組み。掲載内容は市町村が自由に変更できる。

  設置者のダイドードリンコ(大阪市)によると、停電しても10時間程度は表示が続くという。維持管理の費用も同社が負担し、市町村の要請に応じて発電機も用意する。

  協定を結んだ大河原町の伊勢敏町長は「災害情報を24時間、タイムリーに発信できる」と歓迎。柴田町の滝口茂町長は「住民に素早く的確に伝えることができる」と語った。

  ダイドードリンコは今後、設置場所を増やす方針。松林毅東北第一営業部長は「防災の一助として役立ててほしい」と話した。


<過去10年の災害損失>日本は米中に次ぐ3位 大震災影響
毎日新聞 3月7日(土)11時24分配信

 ◇国連国際防災戦略事務局が発表

 【ローマ福島良典】仙台市で14日に開幕する第3回国連防災世界会議を前に、国連国際防災戦略(UNISDR、本部・ジュネーブ)事務局は6日、世界で過去10年間に発生した災害の被害状況を発表した。世界全体の死者数は約70万人、経済的な損失は約1兆4000億ドル(約169兆円)に上った。4年前に東日本大震災が起きた日本の経済的損失は米国、中国に次いで3番目に大きく、2390億ドル(約29兆円)だった。

 過去10年間で災害件数が最も多かったのは中国の286件。以下、米国(212件)▽フィリピン(181件)▽インド(167件)▽インドネシア(141件)の順。日本は62件で9位だった。アジア諸国で地震や津波、台風などの災害が多発している現状が浮き彫りになった。

 被災者は計約17億人。死者の7割は地震の被災者だった。災害件数の8割以上は洪水など気候変動に関連したものだった。経済的損失は米国が最大で4430億ドル、中国は2650億ドルだった。

 会議では、2005年に採択された防災戦略「兵庫行動枠組」の取り組みを踏まえ、後継の「ポスト2015年防災枠組」を採択する。ワルストロム国連事務総長特別代表(防災担当)は「貧困、気候変動などの(災害)リスクにどう対処すべきか指針を提示することが重要だ」と強調した。


<南三陸>佐藤さん「これからも海と生きていく」
毎日新聞 3月7日(土)11時7分配信

 「これからも海と生きていく」。宮城県南三陸町の佐藤昭吉さん(61)は、防潮堤の建設作業をしながら思う。東日本大震災の津波で妻ら家族3人を失った。仮設住宅に1人で住む。漁船員だった暮らしも変わった。あれから4年。すさんだ心を洗い流してくれたのは、憎み続けたはずの海だった。

 「みそ漬け送ってくれてありがとう」。震災の1時間ほど前、長崎県の寄港先で妻ときわさん(当時54歳)に電話をしたのが最後だった。2階建ての自宅は跡形もなく流された。一緒に暮らしていた義父正さん(同90歳)と義母たけのさん(同84歳)は変わり果てた姿で見つかった。ときわさんの行方は分からないままだ。

 サンマやマグロ漁の大型船の船員としてほぼ年中船上にいる生活。漬物の得意なときわさんと、「おらほの息子だ」と近所に自慢してくれた義父母を一度に失った。1人きりになった。「家族と過ごした場所にいたい」と仕事を辞め、自宅近くの仮設に入った。食べては寝ての繰り返しで体重は半年で10キロ増えた。「もっとしてやれることがあったんじゃないのか」。そんな思いが頭から離れなかった。

 半年後、がれきの撤去をする仕事を始めた。そばには家族を奪った海があった。「このやろう」。憎む気持ちばかりが膨らみ、海をまともに見られなくなった。海産物も極力食べなかった。

 職を転々とし、震災から1年がたったころ、防潮堤建設の作業員になった。海は目の前。遠い日に、友達ともぐって魚を捕った日々がよみがえった。「ずっと海と生きてきたんだよな」と実感した。少しずつ、胸のしこりがとれていった。

 昨年5月、小型船を買って海に出た。風を切って進むと、何かが吹っ切れたような気がした。「自分は生きている」。そう思うと、自然に笑顔になれた。家族に対する後悔も、「一緒に生きてくれてありがとう」という感謝の気持ちに変わっていった。

 防潮堤の建設作業にもやりがいを感じている。「自然の脅威にはかなわない」と思うが、自分の作業で助かる命があるかもしれないという気持ちもある。かつて濁っていた仮設近くの海は澄み切り、底には昔のように無数のウニが戻ってきた。

 最近、たばこをやめた。「生かされた命。一日でも長く、大切に生きなくちゃ」。穏やかな表情で語った。【中里顕】


福島の海岸で祈りの集い
2015年3月7日(土)10時53分配信 共同通信

 東日本大震災で被災した福島県いわき市の四倉海岸で7日の明け方、鎮魂と復興の願いを込めたイベント「福島を忘れない!祈りの集い」が行われた。

 「下村満子の『生き方塾』」の主催で、今年で4回目。小雨が降る中、かがり火がともされた砂浜に県内外から訪れた約700人が海に向かって黙とう。日の出は雲に遮られたが、約500メートルにわたって手をつなぎ「故郷」を合唱した。

 特別養護老人ホームを経営している市内の岩谷都子さん(62)は「シンプルに祈る会と聞いて初めて参加した。人を思う気持ちが集まったこの地を幸せの発信地にしたい」と話した。


東電、福島第一構内の放射性物質濃度を原則公開
読売新聞 3月7日(土)10時7分配信

 東京電力福島第一原子力発電所で汚染された雨水が排水路を通じて海に流出した問題で、東電は6日、構内で測定した放射性物質の濃度の全データを原則、公開する方針を決めた。

 東電がデータを十分に解釈できない場合に備え、複数の外部専門家にチェックを依頼する仕組みも導入する。

 有識者で構成する東電の「原子力改革監視委員会」が同日、提言した内容を踏まえた。東電は今月30日までに、一連の問題が生じた経緯や原因を調べ、調査結果を委員会に報告する。

 東電は先月までの10か月間、汚染した雨水が港湾外に流出したことを示すデータを公表せず、地元漁協が「公開すべき情報が何かが判断できていない」と東電を批判していた。


<被災地のいま>(6)不明者捜索/見つけたい 見つからぬ
河北新報 3月7日(土)10時0分配信

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重機が搬入できず、打ち上げられた漁網を手作業で取り除く署員。電動ウインチで引っ張ったが微動だにしなかった=2月11日、石巻市雄勝町の名振湾沿岸

  海岸に1メートル以上堆積した石やがれきを一つ一つ手で取り除く。不明者の手掛かりを求め、地道な作業が続く。冷たい海風が容赦なく吹き付ける。

  石巻市雄勝地区の名振湾。宮城県警河北署は昨年7月から、入り江で集中捜索を行っている。地区内では東日本大震災で71人が行方不明となっている。

  重機を投入できず、これまで本格的な捜索はできなかった。遺族らの要望もあり、平日は専従の署員2人が遺物などを探す。月命日の11日には10人程度に要員を増やしている。

  海岸約300メートルのうち手を付けていない場所は約50メートルだけになった。徹底的な捜索にもかかわらず、成果は挙がっていない。

  「名前の書かれた服など、不明者が身に着けていたものでもいいので家族に届けたいのだが…」。守屋光雅署長は話す。

  2月10日現在、被災3県の行方不明者は計2585人。震災から4年たつ今も、県警やボランティアによる捜索が各地で行われている。沿岸部の地図を細かくメッシュ状に区分して着手漏れを防ぐなどしているものの、手掛かりの発見は減る一方だ。

  警察庁によると、頭蓋骨がある「完全遺体」は3県で計1万5820体(2月10日現在)が収容されている。うち1万5786体(99.8%)は震災1年以内に発見された。3年目以降に収容されたのは福島の2体のみ。宮城では1年以上、岩手では2年以上にわたって実績ゼロが続く。

  骨片など「部分遺体」の発見も同様に厳しい状況だ。宮城県警はこれまで計200個(172人分)を見つけているが、ことしは骨片1個にとどまる。

  災害対策基本法は、不明者捜索の終了の判断を市町村に委ねている。17人が死亡、6人が行方不明になった2008年6月の岩手・宮城内陸地震では、地元の栗原市が「捜索を尽くした」として、2年2カ月後に終結を決めた。

  深刻な津波被害をもたらした東日本大震災では、捜索範囲が東北の太平洋岸に広がる。捜査関係者の一人は「自治体が終了時期を判断するのは極めて難しいだろう」と推測する。

  岩手、宮城、福島の3県警は、体制縮小などはせず2015年度もこれまで通り捜索を継続する方針を固めている。宮城県警の担当者は「時間の経過とともに状況は厳しくなるが、不明者家族の期待に応えたい」と話す。(報道部・宮崎伸一)

 [メモ]警察庁によると、東日本大震災で亡くなり、岩手、宮城、福島の被災3県で検視を終えた1万5820人のうち、2月末時点で0.5%に当たる83人の身元が分かっていない。内訳は岩手64人、宮城18人、福島1人。


企業進出、復興後押し=航空機・車関連で集積も―地域間のばらつき課題・大震災4年
時事通信 3月7日(土)8時21分配信

 東日本大震災から間もなく4年。被害が大きかった岩手、宮城、福島の3県では地元企業の再建に加え、東北以外に本社を置く大手企業の進出も目立ってきた。「今年は沿岸部でも復興への形が見えてくる」(守本憲弘東北経済産業局長)との期待も高まるが、人手不足などで産業復興がままならない地域も残る。
 ◇雇用創出に期待
 福島県いわき市で2月23日にあった大王製紙の新工場起工式。佐光正義社長は震災復興への貢献を掲げ、「紙おむつ事業の東の拠点建設がいよいよ始まる」と力を込めた。地元から80人近くを採用する予定で、「工場立地は復興の助けになる」(タクシー運転手)と歓迎の声が広がる。
 3県への企業進出では、復興に向けて国や自治体が設けた補助金が呼び水となっている。東北経産局によると、震災前年の2010年に15件だった域外企業による3県での工場立地数は、11年が29件、12年が33件、13年が15件。14年の集計はまだだが、堅調に推移したもようだ。
 中でも自動車産業は、トヨタ自動車が東北地方を「国内第3の製造拠点」と位置付けたことで、宮城県を中心に関連企業の集積が進行。福島県北部から宮城県南部の沿岸部では、IHIなど航空機関連企業の工場建設が相次ぐ。
 「震災後の生活は厳しかったが、工場で働くようになって将来の計画を立てやすくなった」。航空機部品大手ジャムコが13年4月に宮城県名取市に開設した新工場に勤める笠松貴司さん(36)は、安定した職場がある意義をこう語る。桃園健志工場長も「皆さんの期待を肝に銘じている」と話す。
 ステンレス加工のメルコジャパン(茨城県日立市)は、3月中に宮城県山元町で航空機部品の新工場を着工する。栗田益行会長は「Uターン人材が増えており、受け入れ先として期待されている」と指摘し、工場増設も視野に入れている。
 ◇人手不足が壁に
 企業進出や産業復興の歩みにはばらつきも見られる。宮城県石巻市では、津波の被害を受けたマルハニチロ子会社の工場跡地が更地のままだ。同市では主力産業である水産加工業者の8割程度が操業を再開したが、売り上げ低迷にあえぐ事業者が少なくない。人手不足でフル操業が難しいことも一因だ。
 岩手、宮城、福島3県の有効求人倍率は全国平均を大きく上回り、石巻市など沿岸部では2.0倍を超える。雇用状況の改善を示す数字だが、津波の記憶から沿岸部での仕事は敬遠され、復興需要が続く建設関係に求職が偏る傾向が続く。
 ハローワーク石巻の担当者は「求職者が減ったとはいえ、生活や産業が回復したとまでは言えない」と同市の現状を分析。隣接自治体で工業団地の整備が進むことなどに、復興のスピードの差も感じている。
 取り残される危機感は、メルコジャパンの進出が決まった山元町にも共通する。同町では震災後に人口流出が加速。震災前の10年末に1万6735人だった人口は14年末に1万2767人に落ち込み、今なお毎月40人前後の減少が続く。地元商工会の幹部は「雇用の面で喜ばしい」と新工場を歓迎しつつも、「もっと多くの企業に来てもらわないと人口減が止まらない」と表情は険しい。
 企業誘致をさらに進める上での課題を、東北経産局の守本局長は「地域自身の魅力を高め、企業立地を促すような努力を進める必要がある」と話す。 


新しい家「暖かい」=安心求め高台へ―希望かなわぬ人も・東日本大震災4年
時事通信 3月7日(土)8時17分配信

 東日本大震災から4年を前に、沿岸部では新しい住まいを確保する被災者が増えている。「やっと仮設住宅を出られる」「住み慣れた地は離れたくない」。一方、再建のめどが立たない被災者は焦りと不安を募らせる。
 「やっぱり自宅は暖かいね」。岩手県釜石市の中島秀子さん(65)はしみじみと語った。3年5カ月間、仮設住宅で暮らし、昨年12月から夫と次男夫婦と新築の2世帯住宅で新生活のスタートを切った。「まだ慣れないけれど、一から出直し」と笑顔を見せる。
 新しい家は、津波で全壊した元の自宅から1キロほどの高台に建てた。「津波の心配がないからいいよ」と安心した様子の中島さん。仮設を出るときは離れ難い気持ちもあったといい、週に数回は仮設にいる友人を訪ね、茶飲み話をする。
 同県大船渡市の金野綾子さん(71)は、今も息子と高校2年の孫と仮設住宅に住む。仙台市在住の次女から一緒に暮らそうと誘われたが、「知らない場所に行くのは不安」ととどまり、昔からの知人と共に高台へ集団移転する。
 ただ、移転先は市内で最多の34区画の宅地を整備する場所で、来年3月末に終わる予定だった造成工事は1年ずれ込んだ。孫は卒業後に地元を離れる予定で、新居では一緒に住めない。「じれったいけど、新居は人の集まるような家にしたい」と完成を心待ちにする。
 宮城県気仙沼市の小野道子さん(70)は猫1匹と仮設住宅で静かに暮らす。希望していた戸建ての災害公営住宅は人気が高く、抽選で外れてしまった。「戸数も少ないから難しい。仮設は狭いし、夏は暑くて冬は寒い。早く出たい」
 別の公営住宅にも応募する予定だが、ペット可の物件は少ない。所有する土地の換地が近々決まる予定で、新築も検討しているが、宅地の造成はまだ先になる見通し。「いつになったらここを出られるのか」と不安は拭えない。 


6割が住まい確保=津波被害の沿岸部―高台移転になお時間・東日本大震災4年
時事通信 3月7日(土)8時16分配信

 岩手、宮城、福島3県の沿岸部で、東日本大震災の津波で自宅が全壊や流失など重大な被害を受けた世帯のうち、6割が新たな住まいを確保したことが分かった。新築や補修、災害公営住宅への入居などに見通しが立ち、仮設住宅を離れる人も増えている。一方、大規模な造成工事が必要な高台への集団移転などに時間がかかり、再建方法を決めかねている住民もいる。
 被災者生活再建支援法に基づき、被害が大きかった世帯が受け取る「基礎支援金」の支給件数は、3県沿岸部の計36市町村で16万6490件。このうち新築や補修、賃貸などで住宅を確保できる世帯が対象の「加算支援金」の支給が9万5342件、完成した災害公営住宅は4566戸となった(集計は1月31日時点)。
 宮城県の15市町では3県の75%に当たる12万4841件の基礎支援金が支給された。補修が可能な世帯が多く、62%が住まいを確保。岩手県では2万2576件のうち43%、福島県でも1万9073件のうち63%が確保した。
 災害公営住宅は3県の計32市町村で整備するうち、福島県の沿岸6市町の2488戸が2015年度中にほぼ完成し、岩手、宮城両県では16年度末までに9割以上が完成予定だ。
 一方、自治体が進める被災者向けの宅地整備には遅れが目立つ。岩手県は、高台への防災集団移転を含む8000区画の整備を計画するが、完成は約7%にとどまる。県によると、加算支援金を受けた5600世帯のうち約4000世帯は個人で土地を見つけるなどしており、県は「宅地供給を待たず、個々で家を建てるケースがある」とみている。
 宮城県石巻市では36市町村で最多の3000区画余りの宅地を供給予定だが、完成したのは1割弱。「用地買収はほぼ終わり、15年度が工事のピークになる」(担当者)という。
 一方、再建方法が確定しない住民もいる。岩手県が11市町村で行った意向調査では、2割以上が再建方法を「検討中」などと回答。宮城県も「2~3割の世帯の意向が分からない」としている。 


農業、除染…続く格闘=地元に残る住民ら―「先見えぬ」苦しさも・福島
時事通信 3月7日(土)8時12分配信

 東京電力福島第1原発事故の後、元の暮らしが戻ることを信じ、福島で農業や除染作業を続ける人々もいる。成果が徐々に表れる一方、事故から4年近くたっても将来像を描きにくい現実がある。
 福島県南相馬市。第1原発から約20キロの距離で酪農を営む杉和昌さん(53)は、牛を育てて牛乳を出荷している。35年前から続けてきたが、原発事故で飼っていた55頭のうち一部を処分するなどし、一時は半数以下に減った。事故前は餌も畑で作っていたが、今は北海道や海外から取り寄せるため費用がかさむ。
 妻と3人の子は新潟県に避難したまま。それでも「農業を続けて、息子が望むなら継がせたい」。牛乳も、田んぼで作っているコメも放射能検査で安全性を確認した。出荷しても高い値段では売れないが、「作ったものを買ってもらうという消費者とのつながりがあれば、励みになる」と語る。
 全町避難が続く福島県浪江町。役場の男性職員の一人は「人手が足りない」とやや疲れた表情を浮かべた。避難した住民の仮設住宅の管理、汚染土の仮置き場の交渉などに追われる日々。「避難された方々もストレスを抱えている。先が見えないのが大きいと思う」と話した。
 町内を車で走ると、汚染土が詰め込まれた黒い袋が積み上がった仮置き場が目につく。車内の放射線測定値は毎時0.3マイクロシーベルト程度だが、除染が手付かずの場所を通ると同1マイクロシーベルト近くまで跳ね上がった。年間被ばく線量に換算すると4ミリシーベルト以上。それでも事故直後に比べれば大幅に下がったという。
 浪江町などで除染作業を支援している東京大の児玉龍彦教授は、「最終的に戻るか戻らないかは住民が判断することだが、選択できる環境を整えることは必要。私たちと福島との関わり方も問われている」と話している。 


放射線の恐怖根強く=「諦め」「子ども守る」―古里に見切り、移住決断
時事通信 3月7日(土)8時10分配信

 東京電力福島第1原発事故から間もなく4年。福島県外での避難を続ける一部の人は、生活の場再建を優先し、不安を抱えながらも新たな生活に踏み出している。
 ◇放射線への恐怖
 鈴木直清さん(63)は事故後、同県南相馬市から埼玉県鳩山町に避難。「親戚や若い人も去り、生活環境が壊されてしまった。ダムに沈む放射性物質も怖い」と、古里に戻る気はないと言う。
 既に定年を迎え3人の子供は独立。同町に隣接する坂戸市内に約40坪の土地を購入した。近隣には若い世代が多く、「うまく溶け込めるか心配だが、新しい生活を一歩一歩前に進めていきたい」と、8月の新居完成を心待ちにする。
 福島県富岡町から避難する50代の女性は「放射線の健康被害が不安で帰りたくても帰れなかった」と明かす。老後のための貯金を取り崩し、東京都八王子市にマンションを購入したが、富岡町の自宅は約20年のローンが残る。
 同町から埼玉県久喜市に避難中の木幡日出夫さん(65)も、市内に2世帯住宅を建て、息子夫婦と住む予定だ。生活費のため町の復興支援員として働くが、再就職できない知人もおり、「避難先でも雇用環境を整備してほしい」と要望する。
 ◇「原発あるうちは無理」
 「諦めムードだな」。同町から東京都中野区の都営住宅に避難している深谷計さん(88)は複雑な表情を浮かべる。自宅は第1原発から約10キロ。外壁に大きな被害はなく、当初は「修理すればまた住める」と考えていた。しかし、避難が長期化するにつれ「原発のあるうちは無理だ」との気持ちが強くなった。
 住み慣れた富岡に戻りたいが、「私らも年だし、みんなで一緒に住むのが一番」。長男が今秋、福島県いわき市に建てる家に移り住むと決めた。
 那覇市で暮らすパート従業員神野律子さん(42)が、同県郡山市からの自主避難を決心したのは事故発生の8カ月後だった。線量計の数値に神経をとがらせ、長男の優真君(7)を外で遊ばせられなかった記憶は鮮明だ。「不安はない方がいいですよ。取り越し苦労だと言われるのかもしれないけれど」
 避難先の家賃を行政が負担する借り上げ住宅制度が来春に終了する。神野さんは「自己負担してやっていけるか…。東京にいる夫とも、まだあまり話し合っていません」と顔を曇らせた。 


原発避難なお12万人=移住の動き広がる―土地取得、4年で急増
時事通信 3月7日(土)8時6分配信

 東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県では、事故から丸4年を迎える今も約12万人が避難生活を送り、うち約4万7000人は県外で暮らす。昨年以降、政府の避難指示が一部解除されたが、放射線への不安は拭えず帰還に向けた動きは鈍い。避難先で土地や家屋を購入し、新しい環境に活路を見いだそうとする人も増えている。
 内閣府によると、12万人のうち放射線量の高い避難指示区域からの避難者が7万9000人。4万1000人は自主的に避難する人たちだ。県外の避難先は46都道府県にわたる。
 県人口は震災以降、約9万人減少し、200万人の大台を割り込んだ。県は危機感を強め、2012年から県外の自主避難者を対象に、県内の放射線量が低い市町村にある家賃無料の借り上げ住宅を提供し、帰還を促している。
 しかし、復興関連事業に携わる作業員が県外から多数流入し、住宅供給は逼迫(ひっぱく)。避難者を支援するNPO法人は「物件不足で支援策は有効に機能していない」と指摘する。自主避難者は原則、東電からの賠償金を受け取れず、「生活再建の見通しが立てづらい」(県避難者支援課)状況にある。
 こうした中、避難指示区域からの避難者が賠償金を活用し、移転先で永住する動きが加速している。政府は居住制限、帰還困難両区域の住民が新たに土地などを購入した際にかかる不動産取得税の軽減措置を導入。土地取得への適用件数は11年度の35件から12年度は356件、13年度804件と急増し、14年度は半年間で593件に達した。
 都道府県別の累計(14年9月末時点)は福島が1451件で最多だが、茨城88件、栃木69件、宮城36件、埼玉33件と続き、実績は29都道府県に広がる。家屋も11年度28件、12年度323件、13年度598件となり、住み慣れた地を離れる決断をした人が年々増えていることがうかがえる。
 避難指示区域にある7町村の約1万6600世帯を対象に、政府が14年度に実施した意向調査では、「放射性物質による健康不安」「原発の汚染水対策の遅れ」などを理由に48%が帰還しない意向を示した。福島大の鈴木浩名誉教授は「帰還を促す施策だけではなく、避難先で生活再建を支援する策の拡充も必要」と指摘している。 


災害被害総額、日本3位
2015年3月7日(土)5時37分配信 共同通信

 【ジュネーブ共同】国連の国際防災戦略(ISDR)は6日、仙台市で14日から開かれる国連防災世界会議を前に、2005~14年の10年間で災害件数が多かった上位10カ国を発表した。日本は62件で9位だったが、被害総額は2390億ドル(約29兆円)で、米国、中国に次いで3位だった。

 大きな被害を出した東日本大震災が影響しているとみられる。災害件数が最も多かったのは中国の286件。米国(212件)、フィリピン(181件)、インド(167件)、インドネシア(141件)が続いた。上位にはアジア諸国が目立っている。


大津波の海、向き合い続ける=「もっと救えた」、自分鼓舞―震災経験の海上保安官ら
時事通信 3月7日(土)4時44分配信

 東日本大震災から間もなく4年。あの日、大津波を乗り越えた巡視船に乗っていた海上保安官らは今も、必死の思いで救助に駆け回った海と向き合い続けている。
 宮城海上保安部の巡視船「まつしま」は、福島・相馬港で訓練中に地震に遭遇し、沖合に避難した。通信長だった畠山仁さん(59)がレーダーを見ると、陸に沿って白い線がざーっと出た。「初めて見たが、津波だと分かった」と振り返る。
 目の前に迫る約10メートルの津波は黒い壁のようで、ブリッジにいた畠山さんは一瞬不安になった。しかし、「船長をはじめ航海科はみんなベテランだったので、信頼していた」。とっさの判断で職員が撮影した動画は、インターネットで公開され、注目を集めた。
 まつしまは津波を乗り越えたが、陸地で上がる大きな白波に「大変なことになる」と直感。畠山さんらは、救助に引き返した。
 まつしまはその後、新造船に名前を譲り「おしか」と改名。畠山さんは青森に異動したが、昨年8月おしかに戻った。船長を補佐する業務管理官として今も沿岸を見守る。
 巡視船「くりこま」の潜水士だった今野昌人さん(35)は震災後、毎日のように海に潜った。不明者を捜す家族の姿に「言葉が出ないくらい胸が締め付けられた」と語る。
 現在は仙台航空基地で、ヘリコプターに乗る「機動救難士」として働く。「あの日、もっと大勢救えたのでは…」。その悔しさを胸に、日々の厳しい訓練に励んでいる。
 海上保安庁は11日、被災地で一斉捜索を予定する。同僚の山本亮輔さん(26)は「不明者を見つけることが、家族の救いになるはず」と強調。今野さんも「われわれが先頭に立って頑張らねばならない。前を向き、下を向かずにやっていく」と力を込めた。 


震災復興・企画部長に大塚氏=宮城県
時事通信 3月7日(土)2時33分配信

 宮城県の村井嘉浩知事は6日、震災復興・企画部長に、総務省出身で昨年9月から県震災復興・企画部理事兼次長を務めている大塚大輔氏(42)を起用する方針を固めた。4月1日付で発令する予定。 

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