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2015年2月23日 (月)

宮城沖地震に関するニュース・1915,2015年2月23日

引き続き、2011年3月11日に発生した、東北関東大震災に関するニュース記事を伝達します。

今後も引き続き、随時追加します。

リンク:大震災被災家庭、正社員が減少 - 速報:@niftyニュース.
リンク:<四国電力>伊方原発3号機の補正書提出、3月に延期へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<中間貯蔵施設>福島県が汚染土の搬入を容認へ - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染水、港湾流出阻止に90分=高濃度示す警報後―福島第1・東電 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:浜岡3号機の審査申請延期=データ解析長引く―中部電力 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<地震>横浜で震度3 震源は千葉県北西部 M4.5 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<岩手県>被災地失業者対策予算を計上せず - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:放射線測る無人ヘリ導入へ=周辺海域で試験飛行―浜岡原発 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:被災者支援、ミスで予算計上せず=補正で対応へ―岩手県 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:神奈川で震度3 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:「震災後の農村」探る 東北大生が提案 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:汚染土搬入、容認へ=中間貯蔵、地元2町と最終協議―福島県 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<南三陸防災庁舎>重い選択 揺れる心 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:震災犠牲者の身元特定に生前写真活用 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<震災遺児支援>40億円が余剰…宮城に全国から寄付 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島、濃度下がり排水ゲート開放 - 速報:@niftyニュース.
リンク:県外避難者支援を宮城県が拡充 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:<南三陸防災庁舎>県有化案 町民意見聴取法が課題 - 速報:Yahoo!ニュース.
リンク:福島第1、港湾内に汚染水流出、排水溝の門閉鎖 - 速報:Yahoo!ニュース.

以下、参考のために同記事を引用

大震災被災家庭、正社員が減少
2015年2月23日(月)22時14分配信 共同通信

 子どもの貧困問題に取り組む公益社団法人「チャンス・フォー・チルドレン」(兵庫県西宮市)は23日、東日本大震災で被災した家庭に父親の職業をアンケートしたところ、正社員の割合が減り、非正規雇用が増えたとの結果を発表した。

 震災前に68・4%だった正規雇用の割合は、震災後は62・7%に減少。一方、派遣社員やパートなどの非正規雇用は4・7%から8・7%に増加した。無職も1・4%から4・4%に増えた。世帯収入の平均は359万円だった。

 アンケートは昨年5~9月、震災で被災し、奨学金を受け取っている世帯などを対象に実施。主に岩手、宮城、福島各県から回答を得た。


<四国電力>伊方原発3号機の補正書提出、3月に延期へ
毎日新聞 2月23日(月)22時3分配信

 四国電力は、伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の安全対策などを盛り込んだ原子炉設置変更許可申請の補正書について、2月中としていた原子力規制委員会への提出時期を3月中旬以降に延期する方針を決めた。23日、関係者への取材で分かった。補正書は再稼働に必要な許認可で最も重要な文書。審査項目に積み残しがあるためとしている。

 規制委はこれまでの審査で、想定する最大の地震の揺れ「基準地震動」を現行の570ガル(ガルは加速度の単位)から650ガルに引き上げることを了承。昨年12月、千葉昭社長は2月中に補正書を提出する方針を明らかにしていた。

 補正書が提出されれば、九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)、関西電力高浜原発3、4号機(福井県)に次いで3例目になる。【伊藤遥、鳥井真平】


<中間貯蔵施設>福島県が汚染土の搬入を容認へ
毎日新聞 2月23日(月)21時27分配信

 東京電力福島第1原発事故に伴う除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設(福島県大熊町、双葉町)について、県は23日、汚染土の搬入を容認する方針を決めた。25日にも政府に伝える。

 県は24日、建設予定地の2町を含む同県双葉郡の8町村の首長に方針を説明する。町村側に反対がなければ、内堀雅雄知事と大熊、双葉の2町長が25日にも、望月義夫環境相と竹下亘復興相と会談。搬入の条件となっていた安全協定を、政府と県、2町とで結んだ上で、搬入容認の方針を政府に伝える。

 県は昨年9月、施設の建設を受け入れる方針を政府に伝達。その際、政府に「建設と搬入受け入れは別」とし、搬入の条件として安全協定締結など5項目を求めていた。内堀知事は23日の県議会で、30年以内に汚染土を福島県外で最終処分することを明記した法律が施行されたことなどを挙げ「県や地元自治体の意向を踏まえた対応がなされていることを確認した」と答弁。搬入の条件は満たされたとの意向を示した。

 環境省は今月3日、汚染土などを仮置きする「保管場」を着工。東日本大震災から4年となる3月11日までの搬入を目指している。【岡田英】


汚染水、港湾流出阻止に90分=高濃度示す警報後―福島第1・東電
時事通信 2月23日(月)21時25分配信

 東京電力福島第1原発で排水路から汚染水が港湾に流出した問題で、東電は23日、気付くきっかけとなった放射性物質が高濃度であることを示す警報が鳴ってから、流出を阻止する作業まで約90分かかっていたことを明らかにした。
 東電によると、警報が最初に鳴ったのは22日午前10時ごろ。その10分後にはさらに濃度が上昇していることを示す警報が鳴った。
 この際、東電は汚染水が貯蔵されているタンクからの漏えいについての確認を優先。水位に変動がないことなどを確かめた後、同11時35分ごろに排水路の下流にあるゲートを閉め、港湾への流出を止めた。
 汚染水が流出し続けた可能性があるが、東電の小林照明原子力・立地本部長代理は23日の記者会見で「問題があったとは聞いていない」などと述べた。
 汚染水の港湾への流出量についても、小林氏は「評価中で分かっていない」と述べるにとどめた。一方、港湾内の海水の放射性物質濃度が流出前と比べて大きく上昇していないとして、「影響がそこまで及んでいないということだと思う」などと話した。
 汚染水が排水路に流入した原因は分かっていないが、東電は放射性物質濃度が通常の範囲に低下したとして、23日未明に排水路のゲートを再び開いた。 


浜岡3号機の審査申請延期=データ解析長引く―中部電力
時事通信 2月23日(月)20時6分配信

 中部電力は23日、浜岡原発3号機(静岡県御前崎市)の新規制基準の適合性審査(安全審査)申請について、予定していた今年度内の申請は難しいとして、4月以降に先送りする方針を明らかにした。安全対策に関して、必要なデータ解析などに想定以上の時間がかかっているためという。 


<地震>横浜で震度3 震源は千葉県北西部 M4.5
毎日新聞 2月23日(月)20時3分配信

 23日午後5時ごろ、千葉県北西部を震源とする地震があり、横浜市保土ケ谷区で震度3を観測したほか、茨城から静岡の各県で震度2~1を観測した。気象庁によると、震源の深さは約80キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は4.5と推定される。この地震による津波はなかった。【狩野智彦】

 各地の主な震度は次の通り。

 震度3=横浜市保土ケ谷区▽震度2=横浜市鶴見区、茨城県笠間市、栃木県真岡市、さいたま市、千葉市、東京都千代田区、山梨県富士河口湖町、静岡県富士宮市


<岩手県>被災地失業者対策予算を計上せず
毎日新聞 2月23日(月)19時48分配信

 国の緊急雇用創出事業の交付金を使った失業者雇用対策で、岩手県が一部の事業で交付が2014年度で終了すると勘違いし、必要な予算を15年度県一般会計当初予算案に計上していなかったことが23日、同県への取材で分かった。当初予算は既に県議会に提出しており、事業継続のため補正予算を追加提案する。

 同県障がい保健福祉課によると、問題の交付金は、東日本大震災の被災地にある障害者就労施設が、障害者を援助する要員として失業者を雇用するケースに交付される。国は13、14年度の2年間で取り組む予定だったが、1月14日に岩手、宮城、福島の3県に限り1年間延長を決定。同課担当者がそれに気づかなかった。

 岩手県は2年間の予算計約1億6000万円全額を交付金でまかない、18施設で28人が雇用された。県は各施設にミスを伝えて謝罪したが、28人の中には既に他の仕事を見つけた人もいるという。同課の鈴木豊総括課長は「チェック不足で深く反省している。制度改正時は、二重チェックなどをして再発防止に取り組む」と話した。【安藤いく子】


放射線測る無人ヘリ導入へ=周辺海域で試験飛行―浜岡原発
時事通信 2月23日(月)19時6分配信

 中部電力は23日、浜岡原発(静岡県御前崎市)で重大事故が起きた場合に、周辺の海で放射性物質の濃度や線量を測定するため、小型の無人ヘリコプターの導入を計画していると発表した。24日以降、飛行試験を行い、2016年9月ごろの運用開始を目指す。
 無人ヘリは高さ約50センチ、幅は6本のプロペラ部分を含め約1メートル、重さ約5キロ。全地球測位システム(GPS)と高度計を内蔵し、測定を行う地点まで自動で飛行できる。 


被災者支援、ミスで予算計上せず=補正で対応へ―岩手県
時事通信 2月23日(月)17時59分配信

 東日本大震災の被災者を雇用する国の緊急雇用創出事業で、岩手県が国からの交付金の期限を勘違いし、それを活用した障害者の福祉サービス事業所への支援を県の2015年度当初予算案に計上していなかったことが23日、分かった。予算案は県議会に提出済みで、県は支援事業を継続するため補正予算での対応を検討している。 


神奈川で震度3
時事通信 2月23日(月)17時23分配信

 23日午後5時ごろ、千葉県北西部を震源とする地震があり、横浜市で震度3の揺れを観測した。気象庁によると、震源の深さは約80キロ、地震の規模(マグニチュード)は4.5と推定される。主な各地の震度は次の通り。
 震度3=横浜市
 震度2=茨城県笠間市、栃木県真岡市、さいたま市、千葉市、東京都千代田区、山梨県富士河口湖町、静岡県富士宮市。 


「震災後の農村」探る 東北大生が提案
河北新報 2月23日(月)16時50分配信

  東北大で農学を学ぶ学生たちが、3月に仙台市で開かれる国連防災世界会議のパブリック・フォーラムで「東日本大震災後の農村モデル」をテーマにしたセミナーを開く。震災の教訓を踏まえた四つのモデルを提案し、参加者とともに新しい農村の姿を探る。

  東北大大学院農学研究科が運営する東北復興農学センターで本年度、復興農学、IT農業の教育プログラムを受講した13人が発表する。

  学生たちは防災、減災の視点から(1)農業の魅力発信(2)バイオマスによるエネルギー生産(3)森林の防災機能を生かした農村づくり(4)地域の安全と環境を守る農業-を提案する。

  農学研究科1年の黒岩直人さん(24)は「人口が集中している都市は災害リスクが大きい。農業の格好良さを伝え、農村回帰の流れを作る必要性を訴えたい」と話す。

  同科2年で中国人留学生の金?さん(26)は「日本の食を支えている農村の現状を示し、人間が生きていく上で農業が欠かせないと伝えたい」と意気込む。

  教育プログラムには社会人も参加し、4カ月にわたって農学に関する講義や実習を行った。震災後、急速に高齢化や過疎化が進む東北の農村の課題解決に向けて議論を重ねてきた。

  農学センターの中井裕副センター長は「学生たちには、多くの参加者と議論を深めて自分たちの提案に磨きをかける機会にしてほしい」と期待を寄せる。

  セミナーは14日午後1時半から青葉区の東北大川内北キャンパスで。定員100人。参加無料。連絡先は農学センター事務局022(717)8934。


汚染土搬入、容認へ=中間貯蔵、地元2町と最終協議―福島県
時事通信 2月23日(月)15時25分配信

 東京電力福島第1原発事故の汚染土を保管する中間貯蔵施設をめぐり、福島県は23日、汚染土の搬入開始を認める方針を固めた。同日開いた幹部会議で、施設の安全対策など政府の対応が地元自治体の意向に沿っていることを確認。施設が建設される大熊、双葉両町や周辺町村と24日に最終協議し、大きな異論が出なければ、地元として搬入開始を容認する見通しだ。
 幹部会議は冒頭を除き、非公開で行われた。内堀雅雄知事は終了後、記者団に「県の考えは取りまとめた。関係自治体と協議した上で(国の対応に対する)評価を示したい」と述べた。内堀知事は25日に望月義夫環境相、竹下亘復興相と会い、地元町村長らとの協議結果を伝える。 


<南三陸防災庁舎>重い選択 揺れる心
河北新報 2月23日(月)12時10分配信

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東日本大震災の痕跡をまざまざととどめる宮城県南三陸町の防災対策庁舎。保存の是非をめぐり、県が2031年までの県有化を提案した(小型無線ヘリから撮影)

  宮城県は1月、東日本大震災の教訓を伝える遺構として保存の是非が焦点となっている南三陸町防災対策庁舎について、時間をかけて冷静に話し合えるように、2031年3月までの県有化を町に提案した。家族や知人を震災で失った被災地の住民にとって、震災遺構はデリケートな問題で、オープンな議論は非常に難しい。県有化を受け入れるかどうか。人口1万4000の小さな町が選択を迫られる中、当事者の住民に思いを尋ねた。

 (聞き手は南三陸支局・中島剛)

 ◎遺族の悲しみ癒えぬ/解体を望む遺族会副代表・千葉みよ子さん

  ずっと解体を願ってきた。2013年9月にやっと解体が決まり、11月には庁舎前で慰霊祭が開かれた。安心したのもつかの間、1年以上も保留され、県有化の提案が出た。遺族の気持ちを無視している。知事は町が決めたことに口を挟まないでほしい。町長は解体の約束を守ってほしい。

  県は31年まで維持すると言うが、町に返還された後の維持費はどうなるのか。今後、町の人口はどんどん減る。新しい世代に重荷を背負わせることになる。

  遺族には一日たりとも庁舎を見たくない人が大勢いる。夜眠れない人、ボーっとして交通事故を起こした人、庁舎の問題になると感情を抑えられない人、みんな苦しんでいる。その気持ちを分かってほしい。

  庁舎で犠牲になった43人は無念だったろう。どんなに苦しんだろう。津波に流された家族の顔が目に浮かぶのがつらい。人が亡くなった場所は残すべきではない。「費用は負担するから解体させてほしい」とまで言う遺族もいる。

  町内では800人以上が犠牲になった。庁舎以外の遺族は「何で庁舎だけ注目されるんだ」と不満だろう。

  庁舎より犠牲者が多い公立志津川病院や特別養護老人ホーム慈恵園はいち早く解体されたが、誰も異論を唱えなかった。なぜ庁舎だけを残そうとするのか不思議だ。

  いろいろな意見があるのは分かる。ただ、保存派には、庁舎で町に観光客を呼びたい人が少なからずいるように見える。庁舎が商売に使われるのは耐えられない。

  震災の教訓を語り継ぐことは大切。それは遺構に頼らなくてもできる。私も語り部をするが、きちんと話せば伝わる。

  町長が万一、解体を撤回したら、私たちは黙っていない。町長は13年10月の町長選では解体の立場だった。町政が信じられなくなる。政治責任を問う。でも、狭い町で争いたくない。

  庁舎は絶対に残してほしくない。遺族にとって理屈でどうにかできる問題ではない。抜き差しならない感情の問題だ。

  [ちば・みよこ] 防災庁舎解体を望む遺族会副代表。震災では庁舎で娘の夫を、別の場所で孫を失った。68歳。

 ◎時間かけ話し合いを/県有化を求める請願を提出・及川渉さん

  解体にしろ、保存にしろ、町民が精いっぱい意見を出し合った後で決めたい。その上で出た結果であれば、どんな形であれ受け入れられると個人的には思う。

  町内では今、この問題について非常に意見を言いにくい。意見が違うと憎しみの対象にされてしまう。発言するのに勇気が要る。その状況を変えるには、ある程度の時間や客観的な話し合いの場が必要。それまで庁舎は解体せず、管理を県に任せるべきだと思う。

  私たち遺族に配慮して発言しにくい雰囲気も、自分自身は感じる。その枠を外し、同じ町民として広く話し合いたい。

  デリケートな問題なので、知事や町長に任せておけばいいという考えもあるかもしれない。しかし、町民全てが当事者であり、単に結論を示されて納得してはいけないのではないか。

  震災直後は、庁舎をなくしてほしいという思いが強かった。その後、少しずつ、庁舎が防災に生かせるのなら、私のように悲しい思いをする人を将来的になくせるのなら、保存する意味もあるのかなと思えてきた。

  解体されても保存されても私の気は晴れないと思う。父が帰ってくるわけではないからだ。43人が犠牲になった事実も変わらない。ならば、それをどう生かせるのか。庁舎をなくすのと、残すのと、どちらが町のためになるのか、じっくり認識を深め合いたい。

  葛藤はある。庁舎を残すことで東日本大震災以上の津波は来ないと思われるのは怖い。低地部に人が集まる場所を残していいのかとも思う。町内で800人以上が犠牲になった。庁舎以外で亡くなった方の遺族は、なぜ庁舎だけが特別扱いなんだと不満を感じるかもしれない。

  南三陸には魅力がたくさんある。庁舎に限らず震災被害を見てもらうだけの町になるのは嫌だ。震災から立ち直った物語を見せたい。

  そういう疑問点、視点を出し合いたい。万人が納得する結論は出ない。結果に向き合うのではなく、そこにたどり着く過程に向き合いたい。

  [おいかわ・わたる] 庁舎で町職員の父を亡くす。庁舎の県有化を求める請願を、町と議会に提出した。33歳。

 ◎復興の加速こそ先決/元町震災復興町民会議会長・小野寺寛さん

  庁舎に関しては町議会が2012年9月に早期解体の陳情を採択し、町長が13年9月に解体を決定した。町長は13年11月に県から解体の保留を求められた時、毅然(きぜん)と拒むべきだった。それが地方自治、民主主義のルールだと思う。

  庁舎の前に立てば、屋上まで波をかぶったという事実は実感できる。でも、現地に来た人にしか分からない。国内、世界の大多数の人はここに来られない。見ただけで教訓を心に刻めるのかも疑問だ。津波の恐怖は現物ではなく、活字や映像などを使った日々の教育で広く伝えるしかない。遺構保存の経費は防災教育の充実に使ってほしい。

  庁舎を残すのであれば、公共施設を低地部に立地した誤りや、災害で仕方のない部分はあるにしろ、結果的に多くの犠牲者を出した責任の所在を明確に示す必要がある。そうでないと教訓の意味はない。ただ、町の恥を未来永劫(えいごう)にわたってさらし続けていいのかとも思う。

  遺族は苦しんでいる。家族を亡くした悲しみは20年程度では癒えない。残す残さないを議論する前の段階に遺族はいる。町長、町当局はまず遺族に誠意を持って向き合うべきだ。さらに、庁舎以外で犠牲になった遺族の中には複雑な思いで庁舎問題を見つめる人もいる。そうした人たちへの配慮も欠かせないだろう。
  一体どれだけの町民が庁舎の保存を望んでいるのか。町が各種団体の代表や公募の町民を集めて11年に開催した町震災復興町民会議では、庁舎を残すという意見は全く出なかった。

  仮に解体決定を覆し、県有化を受け入れるのであれば、事前に町民の意向をきちんと聞く必要がある。それでも納得しない人はいるだろう。

  住宅再建など生活に関わる復興の重要課題がたくさんある中、庁舎は町を二分してまで論じる問題ではない。31年まで16年間、長々と議論し続けることが町のためになるとは思えない。遺構も大切だが、復興を果たし、魅力的な町をつくることこそが震災の犠牲者に報いるすべだと思う。

  [おのでら・ひろし] 南三陸町が2011年設けた震災復興町民会議で会長を務めた。震災でめいを亡くした。66歳。

 ◎津波の恐怖まざまざ/震災当時の町総務課長・佐藤徳憲さん

  役場を退職してからいろいろ考えた。庁舎は残した方がいいと思う。

  震災で2万人近くの方が犠牲になった。その多くは津波が原因だ。南三陸町は明治三陸、昭和三陸、チリと何度も津波災害を経験した。津波の恐ろしさを認識し、訓練を繰り返してきた。それでも800人以上の方が亡くなった。

  私は庁舎の屋上に上がり、津波に遭遇して初めて、こんな大きな津波が来るのかと思った。想定外だった。

  津波犠牲者の中には「ここなら大丈夫だ」と、積極的に避難しなかった方が相当いたのではないか。庁舎の隣にあった自宅で亡くなった私の妻もそうだったろう。

  だから、こうした大津波が、いつか必ず来るんだということを世界中の人に知ってもらいたい。津波注意報、警報が出たら、とにかく避難することを教訓にして、津々浦々で共有してもらいたい。それが犠牲となった方の命に報いる追悼であり、生き残った者の責任だと思う。

  庁舎の玄関の前に立って、屋上を見上げた時、こんなに高い波が実際に来たのかと誰もが思う。津波の恐ろしさ、避難の大切さがすぐ分かる。

  写真とか言葉だけでは伝わらない。実際に現場に来てもらい、見てもらうことが一番心に留まると思う。庁舎を現地にあのままの姿で保存することが、津波犠牲者を一人でも減らすことに役立つのではないか。

  私は庁舎で多くの同僚を亡くした。避難した屋上から妻のいる自宅が津波にのみ込まれるのも見た。庁舎にはつらい思い出がある。心が痛むし、うまく言えないが、もう津波で悲惨な犠牲者を出してはいけないという思いが強い。命だけは取り返しがつかない。自分が感じた思いを誰にも味わってもらいたくない。

  2031年まで県有化し、議論に時間をかけるという県の提案には賛成する。町単独で庁舎を残すのは難しい。保存、解体、遺族、町民…それぞれの立場で思いはみな違う。どれがいいとか悪いとかは言えない。話し合うには時が必要だ。

  [さとう・とくのり] 町総務課長で震災に遭遇。庁舎屋上で津波をかぶったが助かる。震災で妻を失う。64歳。

 ◎取材を終えて/どの意見も否定できない

  防災対策庁舎の在り方をどう考えるか。立場の異なる4人の町民に聞いた。率直な感想は「どの意見も否定できない」。だからこそ、解体か保存か、解を導き出すのが、非常に難しい。

  私自身、答えに迷う。2年前、南三陸に赴任する際、初めて庁舎を見た。追悼の念が湧いたが、どこの被災地にも抱く共通の感情だ。庁舎が特別な存在とは思えなかった。

  自分のことだけを考えれば、教訓としての震災遺構は必要ない。震災直後の沿岸部の惨状は取材を通して脳裏に刻まれている。高台への避難に、もうためらいはない。津波を目撃し、生活をめちゃくちゃにされた町民はなおさらだと思う。

  しかし、震災を体験していない人にはどうか。庁舎をじっと見つめる遠来の人に出会うたび、教訓が伝わっていると感じる。震災の体験者が全ていなくなる百数十年後、庁舎は子孫にとって貴重な教師となるだろう。

  大多数、多世代の公益を考えれば残すべきでは-。ただ、そんな思いも、解体の訴えを涙ながらに遺族から聞かされると、くじけてしまう。考えは堂々巡りになる。

  地縁血縁が入り組む小さな町で今、庁舎問題に実名で意見を述べるのは勇気が要る。取材に応じてくれた4人に感謝する。異なる意見を認め合い、互いの立場を尊重する。その必要性は迷いなく言える。(中島)


震災犠牲者の身元特定に生前写真活用
河北新報 2月23日(月)12時10分配信

  東日本大震災の身元不明者の特定作業を続けている宮城県警は、犠牲者の生前写真を活用した新たな捜査手法を導入している。震災直後の検視では確認できなかった顔の小さな傷やほくろなどを遺体写真から見つけ、生前写真と照合し身元につながる糸口を探す。DNA鑑定など科学的手法が限界に近づく中、「アナログ手法」に活路を見いだそうとしている。

  県警身元不明・行方不明者捜査班はことし1月、遺体写真を拡大するなどして、検視項目にはなかった数ミリの傷痕やほくろなどわずかな特徴を見つける作業を始めた。

  得られたデータは、捜索願に添付された生前写真と照合させる。「生前写真には目の上に5ミリぐらいの傷痕が映っているはずだ」。新手法を提案した岡田満久係長(41)をはじめとする捜査班員は手掛かりを見逃すまいと目を凝らす。

  新手法が可能になったのは、昨年導入した捜査手法で不明者がどこで被災したか推測できるようになったことがきっかけ。捜索願に生前写真が添付されている不明者は450人に上る。被災地域などを絞り込むことで照合作業を円滑に進められる。

  宮城県内で遺体が見つかりながら身元が判明していない犠牲者は残り20人。震災から4年近くがたち、DNA鑑定に必要な新たな試料を本人や近親者から新たに集めるのはほぼ不可能で、科学的捜査だけに頼れない状況となっている。

  捜査班の金野芳弘検視官(61)は「知恵を出して新たな捜査手法を生み出すしかない。諦めず遺体を家族に届けたい」と話す。


<震災遺児支援>40億円が余剰…宮城に全国から寄付
毎日新聞 2月23日(月)11時49分配信

 東日本大震災で親を亡くした遺児の支援のため、全国から宮城県に送られた寄付金約82億円の半分が余剰となり、使い道が決まらないまま4年が過ぎようとしている。遺児約1000人への奨学金に必要な額は約40億円。県は被災児童の支援などに使途を拡大したい意向だが、条例改正などの手続きを検討する必要があり、有効活用のめどは立っていない。【金森崇之】

 ◇使途拡大めど立たず

 宮城県は震災が発生した2011年、遺児・孤児への奨学金給付を目的に「震災みやぎこども育英基金」を条例で設置。昨年末時点で82億1639万円の寄付が集まった。親を亡くした小中学生に月1万円、高校生に2万円などと決め、昨年7月末までに1019人に8億9024万円を届けた。ただこのままの額で給付を続けた場合、全遺児が卒業するまでに必要な額は約40億円にとどまる。

 県は給付の増額について▽既に学校を卒業した遺児がいる▽交通事故遺児との格差が拡大する--などとして否定的。中学生の不登校率が2年連続全国ワーストになるなど被災後の心のケアが課題となっているため、使い道を遺児以外の被災児童に拡大する方向で検討している。

 ただ、被災児童の心のケアなどには国の財政支援もあり、県は震災から5年が経過する再来年度以降も支援が継続するか見極めてから決めたいとして結論を先延ばししているのが現状。岩手、福島両県は既に遺児への支給額を増やしたり、対象者を被災地域の子ども全般に広げたりしており、宮城県だけで善意の活用方法が宙に浮いている格好だ。

 岩手は12年度から被災高校生への教科書や制服などの支給にも充て、13年度には遺児への奨学金をほぼ2倍に増やした。福島県は12年に条例を改正し、寄付金を県内全域の18歳未満の子どもの教育に充てられるよう変更、現在は食育事業や子ども関連のNPO支援にも使っている。条例改正前に手紙で使途拡大を寄付者全員に伝えたが、「反対はなかった」(同県児童家庭課)という。


福島、濃度下がり排水ゲート開放
2015年2月23日(月)10時14分配信 共同通信

 福島第1原発で排水路の水の放射性物質濃度が上昇し、汚染水が港湾に流れ出たとみられる問題で東京電力は23日、濃度低下が確認されたとして、流出防止のために閉めた排水路のゲートを開放した。原因は分かっておらず、東電は調査を続ける。

 ゲート開放は、降雨で排水路から水があふれて土壌にしみこんだり、外洋へ流出したりするのを防ぐため。東電は週1回行っていた排水路の水や港湾の海水の測定を毎日実施に切り替えて監視を強化する。

 東電によると、22日午前10時ごろ、警報が鳴り、放射性物質を1リットル当たり最大7230ベクレル検出したが、午後10時には20ベクレルまで低下した。


県外避難者支援を宮城県が拡充
河北新報 2月23日(月)10時0分配信

  県は2015年度、東日本大震災の県外避難者向けの相談体制を拡充する。県の支援員を増員するほか、NPOと連携して全国5カ所程度に支援拠点を設ける。

  専門の支援員は、東京事務所を1人増の3人とするほか、新たに大阪事務所に2人を配置。首都圏と関西圏で開催する県外避難者の交流会の充実を図る。

  首都圏と関西圏以外は北海道、北陸、東海、中国・四国、九州の5ブロックに分け、それぞれ地元のNPOなどの支援団体と連携。活動拠点への相談窓口の開設などを委託する。事業費として2600万円を見込む。

  県が県外避難者を対象に行ったアンケートによると、避難先で開かれる交流会に「参加する」と「参加しない」はほぼ半々だった。古里への関心が希薄になっているほか、被災者が孤立する可能性も懸念される。

  県内の災害公営住宅は15年度末までに、計画戸数の4分の3が完成。県震災復興推進課の担当者は「帰還を促すためにも相談体制を充実させなければならない」と話す。

  全国避難者情報システムによると、宮城の県外避難者はことし1月現在で約7500人。最も多かった12年4月の約9200人から約1700人しか減っていない。県内帰還の割合は約4分の1という。


<南三陸防災庁舎>県有化案 町民意見聴取法が課題
河北新報 2月23日(月)10時0分配信

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県有化の行方が注目される防災対策庁舎。供物や千羽鶴などを手向ける人の姿が絶えない=宮城県南三陸町

  東日本大震災を後世に伝える遺構として、宮城県南三陸町防災対策庁舎の県有化を村井嘉浩知事が提案したことを受け、町は受け入れの可否について慎重に検討を進めている。町民の意見をどう取り入れ、いつどんな回答をするかどうかが焦点となる。

  町によると、庁舎を県に譲渡するか否かは町長に権限があり、議会の議決は必要ない。佐藤仁町長は13日の町議会で「最終的には町長が決定する」と明言した。

  一方で佐藤町長は「町民の意見を聞く場を設けたい」と話し、町の幹部会議で検討を指示した。

  町民間の表立った議論が避けられてきたテーマであり、意見聴取の手法が課題となる。県有化提案の際、村井知事が町民との対話に前向きな姿勢を示したこともあり、意見を聞く場を知事同席で設定できるかどうか県側と調整に入った。

  住民からは議会に県有化を求める請願が1月に提出された。3月定例会で審議される見通しだ。

  議会は2012年9月、震災特別委で早期解体の陳情を7対6で採択後、本会議では全会一致で採択した。13年10月の改選で議会構成が変わっており、当時と異なる判断が示される可能性もある。

  ただ、請願を3月定例会中に採決するかは不透明。一部議員からは「議決事項でないのなら町長の責任で判断すればいい」と意思表明を避けたい「本音」も漏れる。

  回答時期について村井知事は期限を示さなかったが「庁舎は傷んでいる。補修が間に合わなくなる恐れもある」と早期の結論を求めた。補修の初期費用には復興交付金を活用する考えで国と協議する期間が必要となる。

  佐藤町長は「回答にそんなに時間はかけられない」との認識を示す。議会の請願審議の結果を踏まえての判断となるのか、議会の動向も注目される。

 

 [防災対策庁舎の県有化]村井知事が1月28日、2011年3月11日の東日本大震災発生から丸20年となる31年3月10日まで庁舎を県有化する方針を佐藤町長に伝えた。世界遺産の原爆ドーム(広島市)が原爆投下から21年後に保存が決まった経緯も踏まえ、議論を尽くすために十分な期間を設ける狙いがある。


福島第1、港湾内に汚染水流出、排水溝の門閉鎖
産経新聞 2月23日(月)7時55分配信

 東京電力は22日、福島第1原発で、放射性物質に汚染された水が港湾内に流れ出たことを明らかにした。港湾内はシルトフェンス(水中カーテン)が設置されているが、汚染水が外洋に流出していないか確認している。

 東電によると、同日午前10時ごろ、港湾につながる排水溝に設置された測定器で放射線量の異常を知らせる警報が鳴った。10分後には、さらに高濃度であることを示す警報が鳴った。

 ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質は、1リットル当たり5050~7230ベクレルの値を記録。東電は午前10時25分、汚染水が貯蔵されたタンク周辺から排水溝への水の弁を閉鎖したほか、海につながる排水溝の門も閉めて海洋への流出を防いでいる。

 現時点で、タンクからの漏洩(ろうえい)は確認されておらず、東電は放射性物質濃度が高くなった原因を調べている。

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